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sábado, 8 de agosto de 2015

幕間:お餅つき
※正月ネタです。
 本日2度目の更新です。「10-51.階層の主(2)」を未読な方はご注意ください。

※1/2 一部改稿
※2/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。正月といえば、お節料理にお餅にお年玉でしょうか。初詣や年賀状なんかも正月の定番ですね。子供の頃はお年玉を握りしめてオモチャ屋にゲームを買いに走っていましたが、大人になってからは酒を飲んでごろごろとしていた記憶しかありません。シゴト? 正月ニシゴトナンテナイヨ?





「アリサのほっぺはモチみたいに伸びるな」
「いふぁい、はんふぇーひふぇるから――」

 薄いほっぺなのに、どうしてこんなにモチモチしてるんだろう。

「モチって何なのです?」
「のびる~?」

 ポチとタマがモチという言葉に目聡く反応して寄ってきた。

「モチって言うのはね――」
「あの、ご主人様、アリサへのお仕置きはその辺で……」

 モチの説明をしようとした所で、ルルが控えめに取りなしてきた。視線を下に下げるとアリサが涙目で見上げている。ごめん、忘れてた。





 さっそく杵と臼を用意し、餅米の準備をする。残念ながら、餅米は一晩ほど水に浸しておかないといけないので、いきなり餅つきはできない。
 熟成を促進する魔法があるのに、餅米や豆を一晩浸ける手間を省略するような魔法が無いのは、魔法使い達の怠慢だと思う。

 たぶん、水系だと思うので、今晩にでも何通りか試作してみよう。
 ミーアは暗記がキライだから渋りそうだけど、美味しいお餅を食べさせた後に、餅を手軽に作るための魔法だと説得すれば進んで覚えてくれるに違いない。

 餅の中に入れる小豆や黒豆も餅米同様、一晩ほど水に浸して置く。餡の類いは、前にムーノ巻きとかを作った時に量産してあるのだが、豆大福とかを作るのには使えないからね。

 他にも思いつくままに具材の準備を進める。
 定番の和菓子系だけじゃなく、チーズとかイチゴとかも用意するかな。

 そうだ、この際だから色々と変なのも用意してみるか。
 どんな具材が受けるか判らないからね。





「ぺったん~」
「ペッタンなのです!」

 オレが餅つきを始めるとポチとタマもやりたがったので交代した。
 臼の傍で餅をひっくり返す役はナナが担当している。

「わたしも! ひっくり返すのやりたい!」
「いいよ、コレ付けてから交代しな」

 アリサとミーアも興味津々だったので、薄い手袋を渡してやる。

「ん? なんで手袋?」
「ポチやタマの振る杵が当たったら手首が千切れるぞ? この手袋はルルが迷宮で使ってるのと同じだから、当たる前に魔法の小盾が出てガードしてくれるんだよ」

 お餅が手にくっつかないのが装備する主目的なんだけど、これだけ脅せば慎重に作業してくれるだろう。
 大怪我しても、治癒魔法で一瞬で治るんだけど、血の混ざったピンク色の餅とか食べたくないからね。

 おっかなびっくりお餅を返すアリサやミーアを眺めながら、ルルと一緒にお餅を丸める。丸めるときに、先に作っておいた具材を入れていく。
 屋敷付きの幼女メイド達も、餅を丸めるのを手伝ってくれている。

「あちちっ、よくルル様も旦那様も平気ですね」
「うふふ、冷たい水に手を浸してからやればいいんですよ」
「うう、手がべたべたする」
「こっちの粉を手にまぶしてからすればくっつきませんよ」

 まあ熱いけど、フォージの中に手を入れるのと比べたらたいしたことはない。
 ルルが適度に幼女メイド達をサポートしてくれているので、それを微笑ましく眺めながら作業を続けた。

「ぽちー!」
「たまぁ~」
「あちち、もちがもちがあーーーー」
「アリサ」

 騒がしい悲鳴に振り向くと、餅をつくときに変なアクションを入れようとしたポチが何か失敗したようだ。どうやら、杵に付いていた餅が体に巻き付いてしまったようで、餅まみれになってしまったらしい。
 その横では、伸びた餅を頭からかぶったアリサが、酷い事になっている。

 ルルが「あらあら、まあまあ」と主婦っぽい言葉を呟きながら事態の収拾に向かってくれた。
 火傷はミーアの水魔法で、汚れはルルの生活魔法で綺麗になったようだが、食べ物を扱っている時にうかつな事をしたポチと、それを唆したアリサの2人が正座してリザに説教されていた。





 大量の餅を、プレーン、甘味、主食、色モノの4種に分類しながら並べて行く。
 ちょっと作りすぎたかもしれない。

 余った分は、孤児院や養成所に持って行けばいいか。

「んまい。やっぱ、つきたてのお餅ってサイコーね」
「のびるる~?」
「も、もちの人は手強いのです。口の上にくっついて~」
「おいし」

 年少組は、つきたてのプレーンなお餅を堪能している。

「そうだ! やっぱ、餅は焼かないと!」
「いま、リザが道具を取りに行ってくれてるよ」

 餅を片手に力説するアリサをなだめる。

「こっちのお餅は、具が入ってますよ」
「こし餡が入っているのです!」
「まめもおいし~?」
「ん、蜂蜜餅、美味し」
「ああ、焼き網が来る前に満腹になっちゃう――はちみつっ?!」

 何か気になったのか、アリサが餅を食いながら目を剥いている。
 蜂蜜餅は、餅を噛みしめると中からトロリと蜂蜜が出てくる。そのまま咀嚼すると餅に蜂蜜が絡んで意外と合うんだよね。ちょっと甘すぎるから、オレは1個で十分って感想だ。

「こっちのは角煮が入っているのです!」
「こっちは、てりやきちきん~」
「ん、カスタード」

 おおむね好評のようだな。

 おや? アリサがorzの格好で地面に突っ伏している。
 胸焼けでもしたのか?

「どうした?」
「に、にっぽんの文化が魔改造されていく」

 おおげさな。
 食は進化していくモノなんだよ。

「保守的なアリサ向きなのが来たぞ」

 リザが運んできてくれた、七輪もどきの魔法道具と金網を指さす。
 さっそく復活したアリサが、金網の上に餅を並べて焼き始めた。
 なぜか上手く膨らまないので、表面を魔法で乾燥させたり、その表面に切れ込みを付けたりと色々試行錯誤してみた。

「餅が生きているのです!」
「ぷくぷく~?」
「スライム?」

 年少組が金網の上で膨らむ餅に釘付けだ。うん、苦労した甲斐があった。
 平静を装っているが、リザもさっきから餅の動きを目で追っている。
 そろそろ頃合いかな?

 砂糖醤油を入れた皿をアリサに渡してやる。

「くぅ~ やっぱ、お餅はこの食べ方だよね~」

 でも、保守的な砂糖醤油を付けた焼き餅や、磯辺焼きを楽しんでいるのは、オレとアリサだけのようで、他の面々はネタで用意した奇抜な餅の方が受けているようだ。

「ちーずのせ~中身がみーとそーす~?」
「こっちのお餅は、ハンバーグ先生が隠れていたのです!」
「キャラメル味」
「こちらのテリヤキマヨ味は素晴らしいです。噛むことによって餅にテリヤキの味が移り、違った食感の肉を食べているかのような――」

 まあ、好評だからいいや。
 きな粉餅を口に運びながら楽しそうな面々を愛でる。
 そうだ、今度は草餅やずんだ餅なんかにもチャレンジしてみようかな。春の王国会議には桜餅とかいいかもしれない。

「おぜんざいの用意ができましたよ」

 ぜんざいの入った鍋を抱えたルルが厨房から出てきた。
 その後ろには食器を持った屋敷のメイド隊が続いている。

「ああ、甘辛いモチからぜんざいへのコンボは危険だわ! これで辛いのにつながったら無限コンボが来ちゃう! 幸せすぎて怖い!」
「もちこわい~」
「ぜんざいだって怖いのです!」

 ルルとメイド隊をねぎらいながら、彼女たちの食べる餅を新たについてやる。

 ぜんざいを食べながら、しきりに恐縮するミテルナ女史や、いつの間にか混ざっていたミーティア王女とその侍女が、ミーアの勧める甘味餅に目を丸くしたりと、楽しい時を過ごした。

 パーティー終了後に、ナナは余った餅がたくさん入ったケースを抱えて、孤児院に慰問に行ってしまった。きっと、今頃、餅と幼生体にまみれているのだろう。





 後日、この餅パーティーの事を知った迷宮都市の知人達の所に、餅を配ることになってしまった。
 迷宮都市での餅米の値段を知った幼女メイド達や孤児院の教師達が、顔を青くして卒倒しそうな一幕も。仕入れ値は安かったんですよ?

 餅を食べた後におせち料理が食べたいとアリサにねだられたが、残念ながらレシピがさっぱり判らないので再現不能だった。
 おせちを作る母や祖母の傍で味見をするのは得意だったんだけどね。



 しまった! 雑煮ネタを入れ忘れた!
 お餅ってバリエーション豊かですよね~

 SSネタのつもりが普通に1話分の分量になってしまった……。

※1/2 お餅を焼くシーンを少し修正しました。
    桜餅や草餅などの前振りを追加してあります。

※補足
 孤児院建設後~フロアマスター討伐に出発までの間のお話です。
 作中でも書いていますが、アリサのホッペを見てモチをつこうと考えたので、作内の時系列が正月のわけではありません。
280/413
幕間:お餅つき
※正月ネタです。
 本日2度目の更新です。「10-51.階層の主(2)」を未読な方はご注意ください。

※1/2 一部改稿
※2/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。正月といえば、お節料理にお餅にお年玉でしょうか。初詣や年賀状なんかも正月の定番ですね。子供の頃はお年玉を握りしめてオモチャ屋にゲームを買いに走っていましたが、大人になってからは酒を飲んでごろごろとしていた記憶しかありません。シゴト? 正月ニシゴトナンテナイヨ?





「アリサのほっぺはモチみたいに伸びるな」
「いふぁい、はんふぇーひふぇるから――」

 薄いほっぺなのに、どうしてこんなにモチモチしてるんだろう。

「モチって何なのです?」
「のびる~?」

 ポチとタマがモチという言葉に目聡く反応して寄ってきた。

「モチって言うのはね――」
「あの、ご主人様、アリサへのお仕置きはその辺で……」

 モチの説明をしようとした所で、ルルが控えめに取りなしてきた。視線を下に下げるとアリサが涙目で見上げている。ごめん、忘れてた。





 さっそく杵と臼を用意し、餅米の準備をする。残念ながら、餅米は一晩ほど水に浸しておかないといけないので、いきなり餅つきはできない。
 熟成を促進する魔法があるのに、餅米や豆を一晩浸ける手間を省略するような魔法が無いのは、魔法使い達の怠慢だと思う。

 たぶん、水系だと思うので、今晩にでも何通りか試作してみよう。
 ミーアは暗記がキライだから渋りそうだけど、美味しいお餅を食べさせた後に、餅を手軽に作るための魔法だと説得すれば進んで覚えてくれるに違いない。

 餅の中に入れる小豆や黒豆も餅米同様、一晩ほど水に浸して置く。餡の類いは、前にムーノ巻きとかを作った時に量産してあるのだが、豆大福とかを作るのには使えないからね。

 他にも思いつくままに具材の準備を進める。
 定番の和菓子系だけじゃなく、チーズとかイチゴとかも用意するかな。

 そうだ、この際だから色々と変なのも用意してみるか。
 どんな具材が受けるか判らないからね。





「ぺったん~」
「ペッタンなのです!」

 オレが餅つきを始めるとポチとタマもやりたがったので交代した。
 臼の傍で餅をひっくり返す役はナナが担当している。

「わたしも! ひっくり返すのやりたい!」
「いいよ、コレ付けてから交代しな」

 アリサとミーアも興味津々だったので、薄い手袋を渡してやる。

「ん? なんで手袋?」
「ポチやタマの振る杵が当たったら手首が千切れるぞ? この手袋はルルが迷宮で使ってるのと同じだから、当たる前に魔法の小盾が出てガードしてくれるんだよ」

 お餅が手にくっつかないのが装備する主目的なんだけど、これだけ脅せば慎重に作業してくれるだろう。
 大怪我しても、治癒魔法で一瞬で治るんだけど、血の混ざったピンク色の餅とか食べたくないからね。

 おっかなびっくりお餅を返すアリサやミーアを眺めながら、ルルと一緒にお餅を丸める。丸めるときに、先に作っておいた具材を入れていく。
 屋敷付きの幼女メイド達も、餅を丸めるのを手伝ってくれている。

「あちちっ、よくルル様も旦那様も平気ですね」
「うふふ、冷たい水に手を浸してからやればいいんですよ」
「うう、手がべたべたする」
「こっちの粉を手にまぶしてからすればくっつきませんよ」

 まあ熱いけど、フォージの中に手を入れるのと比べたらたいしたことはない。
 ルルが適度に幼女メイド達をサポートしてくれているので、それを微笑ましく眺めながら作業を続けた。

「ぽちー!」
「たまぁ~」
「あちち、もちがもちがあーーーー」
「アリサ」

 騒がしい悲鳴に振り向くと、餅をつくときに変なアクションを入れようとしたポチが何か失敗したようだ。どうやら、杵に付いていた餅が体に巻き付いてしまったようで、餅まみれになってしまったらしい。
 その横では、伸びた餅を頭からかぶったアリサが、酷い事になっている。

 ルルが「あらあら、まあまあ」と主婦っぽい言葉を呟きながら事態の収拾に向かってくれた。
 火傷はミーアの水魔法で、汚れはルルの生活魔法で綺麗になったようだが、食べ物を扱っている時にうかつな事をしたポチと、それを唆したアリサの2人が正座してリザに説教されていた。





 大量の餅を、プレーン、甘味、主食、色モノの4種に分類しながら並べて行く。
 ちょっと作りすぎたかもしれない。

 余った分は、孤児院や養成所に持って行けばいいか。

「んまい。やっぱ、つきたてのお餅ってサイコーね」
「のびるる~?」
「も、もちの人は手強いのです。口の上にくっついて~」
「おいし」

 年少組は、つきたてのプレーンなお餅を堪能している。

「そうだ! やっぱ、餅は焼かないと!」
「いま、リザが道具を取りに行ってくれてるよ」

 餅を片手に力説するアリサをなだめる。

「こっちのお餅は、具が入ってますよ」
「こし餡が入っているのです!」
「まめもおいし~?」
「ん、蜂蜜餅、美味し」
「ああ、焼き網が来る前に満腹になっちゃう――はちみつっ?!」

 何か気になったのか、アリサが餅を食いながら目を剥いている。
 蜂蜜餅は、餅を噛みしめると中からトロリと蜂蜜が出てくる。そのまま咀嚼すると餅に蜂蜜が絡んで意外と合うんだよね。ちょっと甘すぎるから、オレは1個で十分って感想だ。

「こっちのは角煮が入っているのです!」
「こっちは、てりやきちきん~」
「ん、カスタード」

 おおむね好評のようだな。

 おや? アリサがorzの格好で地面に突っ伏している。
 胸焼けでもしたのか?

「どうした?」
「に、にっぽんの文化が魔改造されていく」

 おおげさな。
 食は進化していくモノなんだよ。

「保守的なアリサ向きなのが来たぞ」

 リザが運んできてくれた、七輪もどきの魔法道具と金網を指さす。
 さっそく復活したアリサが、金網の上に餅を並べて焼き始めた。
 なぜか上手く膨らまないので、表面を魔法で乾燥させたり、その表面に切れ込みを付けたりと色々試行錯誤してみた。

「餅が生きているのです!」
「ぷくぷく~?」
「スライム?」

 年少組が金網の上で膨らむ餅に釘付けだ。うん、苦労した甲斐があった。
 平静を装っているが、リザもさっきから餅の動きを目で追っている。
 そろそろ頃合いかな?

 砂糖醤油を入れた皿をアリサに渡してやる。

「くぅ~ やっぱ、お餅はこの食べ方だよね~」

 でも、保守的な砂糖醤油を付けた焼き餅や、磯辺焼きを楽しんでいるのは、オレとアリサだけのようで、他の面々はネタで用意した奇抜な餅の方が受けているようだ。

「ちーずのせ~中身がみーとそーす~?」
「こっちのお餅は、ハンバーグ先生が隠れていたのです!」
「キャラメル味」
「こちらのテリヤキマヨ味は素晴らしいです。噛むことによって餅にテリヤキの味が移り、違った食感の肉を食べているかのような――」

 まあ、好評だからいいや。
 きな粉餅を口に運びながら楽しそうな面々を愛でる。
 そうだ、今度は草餅やずんだ餅なんかにもチャレンジしてみようかな。春の王国会議には桜餅とかいいかもしれない。

「おぜんざいの用意ができましたよ」

 ぜんざいの入った鍋を抱えたルルが厨房から出てきた。
 その後ろには食器を持った屋敷のメイド隊が続いている。

「ああ、甘辛いモチからぜんざいへのコンボは危険だわ! これで辛いのにつながったら無限コンボが来ちゃう! 幸せすぎて怖い!」
「もちこわい~」
「ぜんざいだって怖いのです!」

 ルルとメイド隊をねぎらいながら、彼女たちの食べる餅を新たについてやる。

 ぜんざいを食べながら、しきりに恐縮するミテルナ女史や、いつの間にか混ざっていたミーティア王女とその侍女が、ミーアの勧める甘味餅に目を丸くしたりと、楽しい時を過ごした。

 パーティー終了後に、ナナは余った餅がたくさん入ったケースを抱えて、孤児院に慰問に行ってしまった。きっと、今頃、餅と幼生体にまみれているのだろう。





 後日、この餅パーティーの事を知った迷宮都市の知人達の所に、餅を配ることになってしまった。
 迷宮都市での餅米の値段を知った幼女メイド達や孤児院の教師達が、顔を青くして卒倒しそうな一幕も。仕入れ値は安かったんですよ?

 餅を食べた後におせち料理が食べたいとアリサにねだられたが、残念ながらレシピがさっぱり判らないので再現不能だった。
 おせちを作る母や祖母の傍で味見をするのは得意だったんだけどね。



 しまった! 雑煮ネタを入れ忘れた!
 お餅ってバリエーション豊かですよね~

 SSネタのつもりが普通に1話分の分量になってしまった……。

※1/2 お餅を焼くシーンを少し修正しました。
    桜餅や草餅などの前振りを追加してあります。

※補足
 孤児院建設後~フロアマスター討伐に出発までの間のお話です。
 作中でも書いていますが、アリサのホッペを見てモチをつこうと考えたので、作内の時系列が正月のわけではありません。
幕間:ポチとタマのアルバイト
※サトゥー視点ではありません。(タマ視点)
※1/24 誤字修正しました。

「おい、そこのお前! 雇ってやるから付いて来い」
「別にいらないのです。それに今日はお休みなのです」
「せっかく雇ってやるって言ってるのに、生意気だぞ」
「むりじ~はダメ~?」

 ポチと遊んでいたら、犬人の子供達に声を掛けられた。同い年くらいなのに、何か偉そう。

「ごめんね。こいつ、口が悪くてさ」
「ゴンは、可愛い子に意地悪な言い方しかできないダメなヤツなんだ。許してやってよ。僕はケン、こっちの背の高いのがハンって言うんだ」
「何だよ、2人して」

 背の高さで大中小、ハン、ゴン、ケン。3人とも犬人族の男の子。

「可愛いって言われたのです」
「ポチかわいい~」

 ポチは可愛い。でも、3人の男の子は、どこか汚れていて可愛くない。

「どうかな? 日当は払えないけど、ちゃんと荷物運びをしてくれたら、御飯をご馳走するよ」
「ごはん! 肉なのです?」
「にく~?」

 今日は、ご主人様がばーべきゅーするって言ってた。今から楽しみ。

「判った。僕達も男だ。今日は肉を奮発するよ!」
「やったー、なのです!」
「いいのかよ、ケン。そんな安請け合いして」
「一人でいい格好しやがって」

 いつの間にか、盛り上がる3人と一緒に迷宮に行く事になってた。ポチを一人で行かせるわけにもいかないもの。だって、お姉ちゃんだから。





「ゴン、戻って、一人でそんなに前に出たら危ない」
「へへ~んだ、ゴブリンの一匹や二匹に、びびってんじゃねえよ」
「待ってよ、ゴンにケン。あんまり急いだら運搬人の女の子達が追いつかないよ」

 ポチと顔を見合わせる。さっき3人が倒した跳ね芋(ホッピング・ポテト)が入った大袋をポチと2人で持っているだけだから、別に大丈夫。

「大丈夫なのです」
「らくしょ~?」
「そ、そうなんだ」

 背の高いハンの方が、息が上がってる。大丈夫?

「うわ、物陰に2匹いた。ハン、お前も一匹引き受けろ。ケン、オレが倒すまで2匹を捌いていてくれ」
「了解。これはきついね」

 ゴブリンがキーキーいいながら、3人の男の子達に飛び掛る。
 投石で援護したかったけど、迷宮に入る時に「後ろから石を投げちゃダメ」って言われたから投げれない。

 だから、応援しよう。

「がんばれ~?」
「頑張れなのです!」
「「「おう!」」」

 ゴブリンに噛まれるたびに、血がぴゅーぴゅー出て、すごく痛そう。見ていられないのか、ポチが手の平で目を覆って顔を伏せている。

「手伝う~?」
「だいっ、じょうぅぶ、だ! 安心しろ」

 あんまり大丈夫そうじゃない。

「おいっ、そこの犬人! 救援は必要か?」
「助かる! 2匹取ってくれ」

 え~、さっきいらないって言ったくせに。
 他の探索者達が来たら、素直に手伝って貰ってる。ちょっと複雑。

「判った! ウササ、右端のヤツを」
「了解!」

 ありゃ? ウササにラビビ。ぺんどら育成隊の卒業生達だ。シュピッのポーズでご挨拶。

 うう、誰も気が付いてくれない。

「すごい、あっと言う間に1匹倒しちゃったよ」
「知らないのか? あれが『ぺんどら』だよ。青いマントを着ているから、卒業したエリート達だ」

 数が減ったゴブリンを、犬人の男の子達が血を流しながら倒しきった。とっても痛そう。ポチが包帯で止血してあげてる。

「ありがとうございます」
「気にするな、困ったときはお互い様だ――えっ?」

 あ、ウササがやっと気がついた。もう一度、今度はシュタッのポーズでご挨拶。

「え? タマとポチの姐さん? 何しているんですか、こんな所で」
「あるばいと~?」
「荷物運びのお仕事中なのです!」

 ウササが変な顔をしている。お腹痛いのかな?

「2人とも『ぺんどら』の人と知り合い?」
「いえす~」
「知り合いと書いてダチなのです!」

 あ、子鬼がいる。

 するりんと移動して、ポーチから取り出した小剣で、さっくりと倒す。影小鬼(ゴブリン・アサシン)は、いつのまにか近くに来てるから危険なの。

「えっ? タマちゃんが消えた?」
「あ、あそこ!」

 気がついたラビビに手を振る。

「そんな影小鬼の接近に気がつかないなんて!」
「しょうじんするる~」

 注意してないと危ないよ?

「その剣は何処から?」
「気にしたらまけ~」
「そ、そうなんだ」

 あれ? 何か地面が振動してる?

「タマ、何か来るのです」
「いしんでんしん~?」

 この振動は、六本足。どた、どたたった、だから、兵蟷螂か鉄鋼蟻かな?
 足音の間隔が、ちょっと広いから兵蟷螂のはず。

「たぶん、兵蟷螂の足音~?」
「さすがタマなのです! きっと当ってるのです」

 でも、みんなの顔色が変。間違えたかな?

「どしたの~?」
「ポチさんとタマさんこそ、どうしてそんなに冷静なんですか!」
「いつもの御ニ人ならともかく、普段着に小剣一本じゃ敵うわけないじゃないですか!」

 そう? 兵蟷螂って弱いよね? ね?
 ポチも不思議そうな顔をしている。

 他のみんなは抱き合って、その場で青い顔をして「どうしよう?」とかドウヨウしてる。勝てないなら、逃げた方がいいよ?

「お前ら逃げろ、カマキリ野郎がくるぞっ!」

 4人くらいの大人の男の人が駆け抜けていった。

 あ~、い~けないんだ~
 とれいんダメ、絶対!

「そ、そうだ逃げないと」
「逃げよう、早く立てよ。ゴン、手伝って。ハンを2人で運ぶんだ。ポチちゃんとタマちゃんも、ぼうっとしてないで一緒に逃げよう」

 倒さないの?

「倒しちゃうのです!」
「おっけ~」

 曲がり角から姿を見せた兵蟷螂は1匹だけ。ポチと視線を合わせて頷きあう。

「ぽち~」
「たま~」

 2人で小剣に魔力を通す。

「魔刃」「ご~」「なのです!」

 リザみたいに赤い光を残しながら、兵蟷螂の前足をポチと2人でシュパシュパと切っちゃう。関節に上手く小剣を当てると簡単に斬れちゃうの。

 足を斬り終わったら急停止して反転。
 今度は地面に転がった兵蟷螂の背中を駆けて、脆い首をさっくりと切り落としちゃおう。

 てぃっ。

「しゅ~りょ~」「なのです!」

 2人で勝利のポーズを取る。





 兵蟷螂の肉は美味しくないので、あんまり嬉しくない。

 ウササやラビビにも手伝って貰って、魔核と蟷螂の甲殻を持ち帰った。迷宮の出口で、職員のお姉さんに金貨を一杯貰ったので、皆で肉をいっぱいいっぱい食べた。

 もちろん、犬人の男の子達も、一緒。
 屋台で買った蛙肉の串焼きは、とっても美味しい。

「いつか僕達も、2人みたいに強くなって見せるよ」
「負けないのです!」

 ポチは男の子達に負けない勢いで、肉串を食べ始めた。肉はベツバラだけど、あんまり食べ過ぎるとご主人さまの晩御飯が食べれないよ~?

 晩御飯のばーべきゅーは、ムテキにサイキョーでした。まる。
※補足
 孤児院建設後~フロアマスター討伐に出発までの間のお話です。
SS:はじめての炭酸
※再掲載SSです。新作は18時です。

 半月近く休み無く働いていたので、今日はお休みにした。

 オレは、中庭の木陰に、自作のデッキチェアを置いて惰眠を貪る。

 それにしても、これだけ暑いと炭酸が飲みたくなる。たしか、炭酸水がそれなりに残っていたはずだ。ルルに頼んで、ポテチを揚げるように頼んで、飲み物の準備を始める。葡萄ジュースに炭酸を加えてスパークリングワイン風にしてみた。ちょっと甘みがたりない気がしたので、砂糖を追加投入する。

 リザにも手伝って貰って、皆が学習カードの遊び方を学んでいる場所に、ポテチと炭酸葡萄ジュースを差し入れた。

「しゅわしゅわり~?」
「甘くて美味しいのに、しゅわしゅわと弾けるのです!」
「くぅ~、久々の炭酸ね~ できればキョージュペッパーが飲みたいわ~」

 単純に喜ぶ3人に、驚いて固まる子供達。驚いてゴブレットを放してしまった子もいたが、タマが器用にキャッチしてあげていた。

「はう、ぷちぷちする」
「?!」
「ひっく」

 中にはシャックリが出て止まらない子もいたり、なかなか盛況だった。

「これは、葡萄山脈の特産品では無いですか?」
「良く知っているね。知り合いから貰ったんだよ。珍しいから、皆で楽しもうと思ってね」

 ミテルナ女史は、小さい頃に先代のシーメン子爵に振舞って貰った事があるとかで知っていた。彼女によると、炭酸水は迷宮都市では非常に高価らしい。このあたりでは産出しない上に、炭酸が抜けないようにするには密閉するしかなく、運搬中の振動で密閉容器が破裂する事が多いので、めったに入荷しないそうだ。コップ1杯で金貨1枚くらいするらしい。その話を聞いていた子供達が固まっていたが、アリサが「飲まなくても、時間が経ったら、ただの水になるから飲みなさい」と言い聞かせてくれた。

 ポテチと甘い炭酸水という組み合わせが合いすぎたのか、菓子皿は瞬く間に空になった。ポテチの粉を指で丹念に掬う子供達に、「また作ってあげるね」とルルが話していた。

 後日、練成で簡単に炭酸が抽出できる事が判った。エールなどの酒が微炭酸だった事を思い出してからは早かった。当然、地元の錬金術士達も知っていたが、わざわざ炭酸を分離抽出する意味が無かったからしていなかっただけらしい。

 あとは、炭酸を安価に取り出せるようになれば、新しい名物が産れそうだ。
 オレは、グラスの中で弾ける泡を見つめながら、そんな未来を空想する。

 迷宮中層に炭酸水の湧き出る場所があるのを知ったのは、この1週間後の事だ。
※2013/10/23の活動報告に掲載したショートストーリーです。
SS:幸運な子供達
※サトゥー視点ではありません。(迷宮都市の衛兵A視点です)
 本日2回目の投稿です。

 路地裏の暗がりに転がる3つほどの塊を、棒で軽くつつく。あくまで軽くだ。
 2つは、くぐもった声を漏らしながら動いたので、まだ生きている。問題は、最後の1つだ。

 代わってくれないものかと相棒に視線を送ったが、顎をしゃくって作業を促すだけで、手伝ってくれる気はないようだ。メシ代の借りがあるからしかたない。

 死んでてもいいから、腐乱してたりはするなよ。
 棒で、そのガキの顎を上に向かせる。

 僅かに口が動いていたが、もう先は無いだろう。

「どうだ?」
「生きてる」

 次の巡回は10日後だから、その時には腐乱してそうだな。俺も鬼じゃ無いから、この場で殺すわけにも行かない。上司に報告して、3日後くらいに別の班を寄越すように頼むか。

「さっさと行こうぜ、こんな所に居たら気がめいってくる」
「そうだな」

 ガキの顎から棒を引いて踵を返そうとしたところに、そいつは居た。
 闇の中から爛々と光る目がこちらを見ている。
 さっきのガキの消えそうな目とは明らかに違う生気溢れた眼光だ。

「何をしているのです? 小さい子をイジメてるのです?」
「ち、違う」

 思わず、どもってしまった。
 おかしい、普段は荒くれ者達を相手に丁々発止の荒事をこなしているのに。

「俺達は、太守の衛兵隊だ」
「えーへー? おまわりさんなのです! すごいのです!」
「そう、そうだ。オレ達は凄いんだ」

 おまわりってのが何かは判らないが、適当に合わせて退散しよう。
 こいつが、ガキ共を喰らっても、少し死ぬのが早くなるくらいだろう。

「この子達は、病気なのです?」

 暗がりから出て来たのは、犬人族の小娘だ。亜人の分際で、高そうな服を着てやがる。きっと変態貴族の奴隷なんだろう。うちの娘にも一度でいいから着せてやりたいぜ。

「空腹で死に掛けてるんだろう。お前みたいに金持ちの商人か貴族にでも買われていたら、生き延びれただろうにな」
「空腹は辛いのです! ひもじいのは悲しいのです!」

 急に慌て始めた犬娘が、鞄から何か笛のようなものを取り出して、力一杯吹いた。思わず耳をふさいだが、音は出ていないようだ。

「ご主人さま! ポチはここなのです!」

 笛を吹き終わった犬娘が、大声で自分の主人を呼び始めた。
 なんて、でかい声だ。

「大変なのです! 助けてほしいのです!」

 顔の横に手を当てて空に向けて、力の限り声を張り上げている。
 おいおい、大丈夫か? このガキ、頭沸いてるんじゃないのか?

「おい、行こうぜ」
「そうだな」

 同僚が、何かを思い出そうと首を傾げて居るが、面倒ごとは御免だ。

 急に吹いた突風が、路地裏に溜まった砂を巻き上げる。
 ちっ、ついて無いぜ。口の中がじゃりじゃりだ。

「ポチ、どうした。こいつらに苛められたのか?」
「ち、違うのです! この人達はおまわりさんなのです。違うのです、こっちに早くなのです。お腹が減って死んじゃうのです!」

 こ、こいついつの間に現れやがった。

「おい、どこから現れやガ――」

 いってぇ~。
 後ろから同僚に棒で殴られたみたいだ。あまりの痛さに声も出ねぇよ。

「すみません、ペンドラゴン士爵さま。同僚が失礼な事を」
「いや、こちらこそ失礼」

 貴族の若様相手だからって、そこまで卑屈になる事はないだろう?
 貴族様が、犬娘に手を引かれて死に掛けのガキのところに連れて行かれた。それを見届けてから、相棒に文句を付ける。

「何しやがる」
「それは俺の台詞だ。相手が誰かも判ってないのか?」

 いっつも俺の事を馬鹿にしやがって、ふん、ペンドラゴンだろ。ぺんどらごん?
 まさか?

「もしかして、迷賊王を退治したメイドの主?」
「どんな覚え方だ――まあ、良い。その人だ。ついでに言うと、太守夫人のお気に入りで、遠国で下級魔族を倒した事もある腕利きだ。迷賊王ごときメイドで充分相手ができるんだろう」

 ふう、危なく二重の意味で首が飛ぶところだったぜ。

「士爵さま、何を? 安楽死は、一応、国法で禁止されていますので」
「違うよ。ただの栄養剤の魔法薬さ」

 えいよーざい? って言うか魔法薬だと? こんな死に掛けのガキに銀貨が何枚もいるような魔法薬だって? そんだけあれば半年くらい喰っていけるじゃねぇか! 貴族の道楽ってヤツぁ……まったく。

「動いたのです!」
「ああ、あとはミテルナ女史に任せよう。この子達は連れて行くけど、何か手続きとかはいるのかい?」

 変態貴族のオモチャか。哀れだが、それでもここで野垂れ死ぬよりは百倍マシだろう。

「いえ、私共の方で、上司に報告しておきますので、そのまま連れて行ってくださって問題ありません。よろしければ、私どもがお手伝いしましょうか?」

 おいおい、相棒ちゃん? アンタ何言ってんの?

「いや、いいよ。ポチ、タマ、そっちの2人を優しく担いであげて」
「はい、なのです!」
「あい~」

 貴族様が断ってくれたお陰で面倒ごとにならなくて良かったぜ。
 なに?! この猫人のガキはいつのまに現れたんだ?

 同僚が慰めるようにオレの肩を叩く。
 何か知らんがムカつくから、同情すんな!

 その日を境に、路地裏で死に掛けるガキ共の姿を見かけなくなった。蔦の館の近くの公園によくうろついてる死にそうな爺婆も見なくなった。誰かが死体を回収しているのか、死にそうなヤツが減ったのか俺には判らない。

 一つ言えるのは、巡回のついでに死体回収なんて仕事をしなくて済むようになったって事くらいだ。



 半月後、見知らぬ3人の少女が詰め所にやってきて、礼を言って帰って行った。
 あんな身なりのいい娘に知り合いは居ないはずなんだが?

 相棒と2人、娘達が礼にと言って置いて行った料理に舌鼓を打つ。
 うん、美味い料理に罪は無い。
※10-42の孤児院に拾われた子供のお話。
 子供を拾ったのはタマでしたが、ポチに変えました。
SS:探索者の日常「蟻羽の銀剣」
※サトゥー視点ではありあません。(クロ配下の隊長さん視点です)
※2/11 誤字修正しました。

「こんち~、親方いる?」
「スミナ! あんた生きてたんだね」

 武器屋の女将さんが、泣きながら無事を祝ってくれる。正直、アタシみたいな貧乏人を覚えてくれているとは思わなかった。10年近い付き合いとは言っても、けっして上客じゃない。この10年の間に買った武器は6つだけ。最初に買った槍なんか、金が足りなくて、不足分を半月近く炉の番をやったりして購ったもんだ。手入れの仕方が判らなくて、何度も通ったお陰で覚えてくれてたのかもね。

「おお、誰かと思ったら、噛み付き亀の小娘じゃねぇか」
「もう小娘って言われるような年じゃないよ。世間じゃ嫁き遅れって言われる年さ」

 奥から出て来た親方さんの失礼な徒名を訂正する。自分で言っててへこむけど、もう27だから嫁き遅れもいい所さ。クロ様が妾にでもしてくれないモンかねぇ。

「今日はどうした? 生還を報告しに来るような愁傷なタマじゃないだろ?」

 親方は相変わらず失礼だけど、その言葉は的を射ていた。

「へへへっ、親方は何でもお見通しだね」
「何でもは知らねぇよ」

 照れるな50男。

「それよか、この剣の手入れの仕方を教えて欲しいんだけど」

 腰の剣を抜いて親方に見せる。これはクロ様に貰った「蟻羽の銀剣」っていう魔剣だ。透き通った銀色の剣で、魔力を通すと怖いくらいの切れ味を発揮する。前に一度だけ親方に振らせて貰った黒鉄の剣よりも、何倍も斬れる。なんせ、あのやたらと硬い蟻の甲殻さえ簡単に斬り裂くくらいだ。

「おい、スミナ。この剣を何処で手に入れやがった」

 親方が、怖いくらいに真剣な顔で銀剣を見つめている。

「どうしたのさ?」
「いいから答えろ」

 なんだろう、仕事の最中よりもピリピリした声だ。隠すほどの事でも無いし正直に「クロ様に貰った」と答えた。

「この剣は、そいつが作ったのか?」
「誰が作ったかまでは知らないよ。」
「そうか」
「親方だって、前に作ってたじゃない?」
「ワシが作ったのは、蟻羽の銀剣だが、蟻羽の銀剣じゃねぇ」

 親方が、何か怪しげな問答みたいな事を言い出した。
 まだ、ボケる歳でもないよね?

「確かに、こんなに綺麗な銀色じゃなかったよね?」
「そうだ。蟻羽の銀剣は、高価だが作り方が広く知られているからな。この迷宮都市だけでも、年に10本以上は作られている。魔剣としちゃ、比較的ありふれたヤツだ」

 だよね。

「だが、それは全部、灰色の剣だ。こんなに綺麗な銀色にはならねぇ」
「ふ~ん?」
「蟻羽の銀剣は、温度管理が命なんだ。薬液に浸した蟻羽に銀が付着するまでの間に、温度が数度ズレるだけで黒くくすんで使い物にならなくなる。昔々に、この魔剣の製法を伝えてくれた賢者様が作った剣は、透き通った銀色だったと伝えられている。これは、その賢者様が残した物じゃないのか?」

 老人の話は長いねぇ。

「違うんじゃない? だって、その剣を貰った時に新品同然だったよ? 刃毀れどころか傷一つ無かったし」

 今はちょっと傷がある。だって、迷宮蟻って硬いのよ。

「そうか……。スミナ、この剣を売る気は無いか? 金貨100枚まで出すぞ。なんなら、オレが前に作った蟷螂の大剣を付けてもいい」

 げっ? 金貨100枚? しかも、その大剣って、確か幾ら金を積まれても売らないとか豪語していた親方の最高傑作じゃない。

「ごめん、親方。その剣をくれたのって敬愛する恩人さんなんだよ。いくら親方の頼みでも譲れないんだ」

 この剣を売っちゃったら、クロ様に会わす顔が無いもんね。

「くっ、そういう事情なら仕方ねぇ。ただし、この剣を手入れする時は、必ずこの店に来い。ワシが手ずから念入りに手入れをしてやる。もちろん、タダだ」

 おお、そりゃ凄い。

「ありがとう親方。でも、迷宮の中でも戦いの後に手入れが必要だから、最低限のやり方を教えてくれない?」
「あたりめぇだ。朝まで、みっちりと教えてやる。今晩は寝れると思うな」

 宝物のように蟻羽の銀剣を持つ親方に手を引かれて、店の奥の工房へと連れて行かれた。アタシの手入れの仕方に親方が合格をくれたのは、本当に朝日が差してくる時間だった。

 クロ様がくれたこの銀剣に恥ずかしくない探索者になろう。
 ミスリルなんて馬鹿な目標を目指す気は無いが、せめて赤鉄証を得て、クロ様が銀剣を与えた事を後悔しなくて済む――そんな探索者に、私はなりたい。

 朝日を受けて輝く愛剣に、そう誓う。
 銀剣は、私の想いに応えるように、一度だけ赤く輝いた。



 スミナさんは、クロの時に救出していた探索者の一人で、作中(10-38.黒衣の男(3))では「隊長さん」と呼ばれていた人です。クロと話しているときと口調が違いますが、こちらが地です。
 容姿の描写なんかも、10-38にあります。
 銀剣はインテリジェンスソードではありません。
SS:タマの散歩
※サトゥー視点ではありません(タマ視点)
 再掲載(新作は18時に投稿予約済みです)
※2/11 誤字修正しました。

「忍者は~ガケ~」

 ご主人様に作ってもらった忍者装束を着て、裏路地や塀の上を駆ける。
 タマは誰にも見つからないの。だって忍者だから。

 橋の上から用水路を覗き込む。

 綺麗な水の底に、小さい海老が見えた。美味しそう。思わず水面に手を伸ばす――。

 はっ!? 

 危ない、危ない。
 用水路は危険が一杯にゃん。ちがった。危険が一杯でゴザル。ゴザンスだっけ~?
 どっちでもいいにゃん。用水路に映った姿を見たけど、やっぱり黒よりピンクが良かった。アリサが忍者装束は黒じゃないと! って言っていたけど、やっぱり、ご主人さまにピンクのを作ってもらおう。

 だって、そっちの方が可愛いもの。

「ガケからガケへ~」

 崖? 影だったかな? どっちでもいっか~
 ぴょんぴょんぴょんっと、屋根の上を駆け抜ける。

『いや、止めて!』
『黙りやがれ、このアマぁ?!』

 悲鳴が聞こえたので、屋根から路地裏を覗き込む。
 むむむぅ。男の人が女の人を押さえつけて服を破ってる! 服を破られたのが悲しいのか、女の人が泣きながら男の人を叩いてる。あ、叩いてる手を掴まれて、地面に押さえつけられちゃった。

 助けなきゃ。

「テンシルー! チシルー! ミラクルン! 謎の忍者タマ参上!」

 あ、名前を言っちゃった。
 まあ、いいや。

 下で何か叫んでいる男の人の頭に飛び乗って、「えいや!」と首投げをして気絶させちゃう。上手くやらないと死んじゃうから注意しろって、シーヤが教えてくれた技なの。サムライならタイジュツも出来てようやく一人前なんだって。

 白目を剥いてて気持ち悪いけど、ピクピクしてるから生きてるよね?

「あの、ありがとう?」
「どういたまして~? ニンニンでござる~」

 そう、忍者はニンニンとゴザルが必要だってアリサが言ってた。
 それに、忍者は人助けをしても、すぐに立ち去らないといけないんだって。それがヤミに生きるもののシュクメーなの。

サバラ(・・・)でござる~?」

 煙幕玉を足元に叩き付けて、煙に紛れて屋根の上にじゃ~んぷ。そう言えば、忍者は刀を使ってジャンプするってアリサが言ってたけど、どうやって使うんだろう? 屋根までなら普通にジャンプすればいいのに。

 あ、今度は向こうで、お爺さんが苛められてる。助けに行かなきゃ。
 まっててお爺さん、すぐ助けるからね。

 お屋敷に帰ったら、ご主人様の膝の上でタマの活躍を聞いて貰うの~
 ――でゴザル。
※活動報告 2013/11/06 に掲載したお話です。特に加筆はしていません。

 シーヤ氏は、ボルエナンの里でタマの師匠をしていたエルフさんです。詳しくは九章の登場人物を参照してください。
幕間:忍者タマの冒険
※サトゥー視点ではありません。(タマ視点)
※2/11 誤字修正しました。

 ご主人様の作ってくれたピンクの忍者服を鏡の前で確認。

 うん、かわい~

 ポチに見せびらかそうとしたけど、どこにも居なかった。
 朝早くに遊びにいっちゃたらしい~

「タマちゃん、これ今日のお弁当とオヤツよ」
「さんきゅ~ばりま~」

 うれしくて、楽しみで、ルルの作ってくれたお弁当セットを頭上に掲げてくるくると回転する。
 きっと今日もいい日にゃん。





 今日も街をぱとろーる。
 だって、忍者は闇に生きるサダメだから、街の平和を陰から見守るの。

 あ、トンボだ!
 小川のそばに飛んでるトンボの横をピョンピョンと追いかける。

 洗濯してるおばちゃんや、赤ちゃんを抱いたおね~さんに手を振る。
 みんな楽しそうに振り返えしてくれた。

 あれ? 忍者は見えないはずなのに。
 ま、いいか~

 あ、オジサンが苛められてる!
 まってて~ 忍者タマ、ただいまさんっじょ~。





「待ってくれ! それを持っていかれたら商売が立ち行かないんだ!」
「奴隷商に身売りすればいいだろう?」
「お父さん! 助けて!」
「ああ、娘は許してくれ!」

 え~っと、こっちのチンピラの人が悪い人?
 むずかし~?

「はん! 今日は調理道具と娘だけで許してやるぜ!」
「そんな、借金は銀貨1枚だけのはず!」
「利息ってもんがあるんだよ! 今じゃ金貨100枚だ!」
「そんな暴利にもほどがある!」

 金貨? にゅ~ん?
 今朝、ご主人様に1枚貰ったけど足りないね。

 あ、オジサンが棒で叩かれ始めた。
 お姉さんが泣いてる!

 泣かすのは、だめっ!

「テンシルー! チシルー! ミラクルン! 謎の忍者タマ参上!」

 そうだ、ここは忍術で!

「にんぽー、う()せみのじゅつ~」

 気絶させたチンピラの人たちと、服を着せた丸太と交換しちゃう。
 丸太は残して、チンピラの人達と一緒に屋根の上へ、じゃ~んぷ。

 えっと、素早く縛ったチンピラの人達は、路地裏に捨てちゃえ。
 くるくる~っとまわして、ポイっと。

「え? 強欲狐の人たちがいない?」

 驚くお姉さんの横に、密かに着地。

「あく、そく、ザザーン!」

 勝利のポーズで、勝ち誇る。
 お姉さんが口を開いたまま固まってる。虫が入るよ?

「たいじした~でゴザル」
「あ、ありがとう」
「どういたし()して~、ニンニン」

 後ろのオジサンは、そのままでいいの?
 コテンと首を倒してオジサンの方をみたら、ようやくお姉さんがオジサンの事に気が付いたみたい。

「そうだわ! お父さん、しっかりして!」
「これ、のませるる~でゴザル」

 怪我にはポーションが一番だよ?
 ご主人様のくれたポーションを飲ませたら驚いてた。





 蔦の館の近くの公園で、お昼。
 う~ん、ここは緑一杯でとっても好き。
 ご主人様の膝の上の次くらい。

 耳短兎でもいたら追いかけっこして遊ぶのに。

 あり? 誰か来た。

 人形を地面に置いて、タマは木の上に移動しちゃう。
 だって、忍者だから。

「見つけたぞ! お前だな! 三代目をボコったヤツぁ」
「へいへい、どうした? 怖くて振り向く事もできないんじゃねぇか?」
「ぎゃははは~、俺達は、泣く子も逃げ出す強欲狐一家だからな!」

 えっと、脂肪ふらぐ? ダイエットは大変だよ?
 チンピラの人たちが、人形に剣を突きつけて大声で喋ってる。

 そろそろ気付こう?
 なかなか出番がこなくて、ちょっと、おこ。

「なんだ、こりゃ? 人形じゃねぇか!」
「くそっ、もう逃げられたか!」

 あ、キョロキョロしてる。
 木の上も見てるけど、タマに気が付かない。だって忍者は見えないの。

 そろそろ、風車で割り込む時!
 ポシェットから取り出した風車を、チンピラの足元に投げる。

 えいっ。

「うわっ、兄貴! 兄貴がぁ!」

 あれ?
 チンピラの人たちが風車の下敷きになっちゃた。

 おかし~、アリサがこう言う時は、風車って言ってたのに。

「どうして、こんな場所に風車(ふうしゃ)が!」
「おい、生きてるか?」

 カザグルマとフーシャって違ったっけ?
 証拠隠滅~?

 蛇腹剣で、しゅっと回収してポーチにしまう。

「あ、あんな場所に桃色のヤツが!」
「おい、兄貴を担いで逃げるぞ!」

 あ、逃げ出した。
 追いかけなきゃ! だって、逃げるんだもん!





 チンピラの人を追いかけてる時に貰ったオイモを、食べながら陰から陰へ飛び移る。
 このオイモおいしい。半分はポチへのお土産にしよう。
 全部食べちゃいそうだから、オイモの残りを包んでポーチにしまっちゃう。

「親分! 桃色のバケモノが襲ってきやがったぞ!」
「なんだと! 先生を呼んで来い」
「へいっ」

 ナタや骨棍棒を構えたチンピラの人たちを、ちぎっては投げ、ちぎっては投げる。
 大怪我させないように注意するのがタイヘン。

「なんて、強さだ」
「先生はまだか!」

 あと2人。
 さっきから大声で命令するだけで、何もしないヒゲのオジサンと、痩せたオジサン。

「もう、まだ肉串を食べてる途中だったのです! ぷんぷんなのです」

 奥から羽織袴のサムライがでてきた!
 サムライといえば忍者のらいばる!

 頭巾の間から見える顔がポチに似てるけど、センセイなんて名前じゃないから別人。

「正義の用心棒、遊び人のキンさんなのです!」
「なぞの忍者~?」

 その正体は謎なの。

 キンさんが日本刀を抜いて構えてる。

「円月さっぽーなのです!」
「木の葉おとし~?」

 きゅいんと飛んでくる赤い魔刃砲の輪っかを、両手の忍者刀で斬り裂いちゃう。3つのうち避けた2つが、後ろに飛んで行って壁を壊しちゃった。怒られるよ?

 ポチやリザみたいに魔刃砲を使うなんて、キンさんは強い。

「こっちのばん~?」

 分身の術で、3人に分かれて三方から襲い掛かっちゃう。

「すごいのです! さすがは忍者なのです!」

 むむぅ、ポチの瞬動みたいに凄い速さで、分身に襲ってくる。
 はんそく~?

「三人なら三倍速で攻撃すればいいのです!」
「こんどはりったいきど~?」

 天井も使って、手裏剣乱れ撃ち。
 たまに天井に掴まって、ふぇいんとを混ぜちゃう。

「当たらなければどうという事はないのです!」

 全部、日本刀で弾かれちゃった。

 すごい、すごい! ポチ以外にも、こんなに強い子がいるなんて。
 後でポチに教えてあげよう。

「次で決めるのです!」
「こっちも、ひっしょうわざ~?」

 必ず殺すと書いて必殺。
 ぜったい殺さないようにするときは、必生。アリサが言ってた。

魔刃突貫(ヴォーパル・ランス)!」
魔刃双牙(バンキッシュ・ファング)

 全身が真っ赤に光ったサムライが、必殺技の名前を叫んでる。
 お約束が良くわかってる~





「はい、そこまで」

 あれ?
 軽々と掴みあげられちゃった。
 くりんと見上げると、ご主人様がいた。

「ごしゅじん~?」
「ご主人様なのです!」

 あれれ?
 忍者装束の頭巾を外して、キンさんの方を向く。
 向こうも同じように頭巾を外した。

「ぽちー!」
「タマなのです!」

 どうりで強いはず、にゃん。

 ご主人様の後ろからやって来た人たちが、チンピラの人たちを縛っていく。

「それじゃ、隊長さん、この人たちの始末をよろしく」
「はい、士爵様」

 衛兵の隊長さんだ!
 この人は良く出店でお肉を奢ってくれるイイ人。
 ご主人様に抱えられたまま、シュピッのポーズでご挨拶。

「どうして、ワシらが捕縛されるんだ!」
「お前達の所業は、すべて侯爵様の諜報班が調査済みだ。おまけに魔人薬の製造に必要な機材の密輸にかかわっていた以上、反逆罪が適用される。申し開きができると思うな」

 むずかし~、説明はもっとみじかく!
 ポチにさっきのオイモをあげながら、今日の活躍をご主人様とポチに話してあげた。
SS:ルルの包丁
※サトゥー視点ではありません(ルル視点)
 再掲載です。
 今日はご主人様と海上デートです。
 船が海面の少し上を飛んでいますけど、細かい事はいいじゃないですか。

 だって、2人きりのデートなんですから。

「ルル、見えたよ。アレが目印だ」
「あれですか?」

 ご主人様の指差す方向にいるのは、海鳥達です。
 たしか、今日はマグロという魚を獲りに来たはずなのですが、鳥に変えるのでしょうか?

「うん、あの鳥の狙っている小魚を、マグロが追いかけているはずなんだ」
「はい、ご主人さま!」

 さすが、ご主人さま。凄い、です。
 アリサが、ご主人さまを賞賛する時は「凄い」の後にタメを入れるのが「お約束」だと言っていました。でも、少し恥ずかしくて、声に出して言う時は普通に話してしまいます。

「ご主人さま、マグロって美味しいんですか?」
「もちろん! 特に大トロはね、食べると、こう口の中で溶けるんだ! ああ、どう言葉にすればいいんだろう! 一度食べたら、ルルにも判るよ。最上級の霜降り牛肉と比べても甲乙付けがたいくらいなんだ! まさに鯨と双璧を成す海の王者だね」

 ご主人様の饒舌な言葉に、コクコクと頷く事しかできませんでした。
 だって、ご主人様が、ハンバーグの事を語るポチちゃんみたいで可愛くて。ああ、鼻血が出そうです。たまに、アリサがご主人様を見て、ニマニマしている気持ちが良く判ります。普段は落ち着いていて紳士なのに、好きなことをしているご主人さまって、どこか可愛いんです。ヒミツですけどね。

「ほら、海の中を見てご覧、あれがマグロ……だよ?」
「はい!」

 どうして、ご主人様は疑問系なんでしょう?
 小首を傾げるご主人様が素敵です。そう、アリサ風に言うなら「れあ」です。

 海を裂いてマグロが空を飛んで、海鳥を食べています。
 さすが、海の王者だけあります。
 リザさんへのお土産に、数羽獲って帰りたかったんですが、あの様子じゃ全部食べられてしまいそう。

 空を飛んでいたマグロが、こちらに向かってきました。
 自ら調理されに来るなんて、なんて潔いのでしょう。

 私は、妖精の鞄から、昨晩ご主人様に作ってもらった、黄金色の大包丁「マグロスレイヤー」を抜きます。リザさん達のように魔刃を使う事はまだ出来ないですけど、魔力を通すくらいはできます。青く輝きを放つ全長2メートルの巨大な包丁を肩に載せて構えて、襲って来たマグロを一刀両断で真っ二つにしました。さすが「おりはるこん」の包丁です。素晴らしい切れ味ですね。

 どうしたんでしょう? ご主人さまの笑顔が固いです。
 連日の剣造りで疲れが溜まっているのでしょうか?

 今日は、ご主人様の楽しみにしていたマグロ尽くしを堪能してもらいましょう。

 マグロの兜煮に炙り焼き、それからお刺身。中でもマグロのお寿司は、とっても喜んで貰えました。
 アリサなんて泣きながら食べていました。
 よっぽど好きだったんですね。

 ご主人様が食べ終わった後に、「美味しかったよ、ルル」って言ってくれたのが、最高のご褒美です。マグロは沢山獲れたので、今度は「ネギトロ」と「漬け」を食べて貰おうかな。ご主人さまから頂いたレシピ集は、「くいず」の様に所々抜けているので、ちゃんと完成させるまでが色々楽しいです。

 えへへ~、お母さんも言ってました。

「男の人は、胃袋からだよ」って。

 明日も頑張りましょう!
「10-39~40.修行」あたりのお話です。
※活動報告 2013/11/13 に掲載したものと同じです。
SS:ハンバーグ詐欺
※サトゥー視点ではありません(ポチ視点)
本日2話目です。
※2/11 誤字修正しました。

「ただいま~?」「なのです!」

 お屋敷の中に入る前に、ちゃんと玄関脇の水瓶の水を使って、手や靴を洗ったのです。だって、ちゃんと洗わないとルルに怒られるのです。

 屋敷の中には美味しそうなハンバーグ先生の香りが!
 あれ? おかしいのですよ。

「臭いが違うのです」
「しちゅ~?」
「ルルが気分でメニューを変えるのは珍しいですね」
「ん」

 パタパタと屋敷に入るとメイド長のミテルナが出迎えてくれたのです。
 いつもならルルが、厨房から声だけでも「みんな、おかえりなさい」って言ってくれるのに、今日は静かなのです。

「お帰りなさいませ」
「マスターに帰還報告を」
「それが、子爵様の晩餐からまだお戻りになっておられません」

 ご主人様がいないなんて、寂しいのです。
 ししゃくの人なんて……なのです。

「食事の用意ができているので、食堂へどうぞ。アイナとキトナは、皆さんの道具をお部屋に運びなさい」
「「はい」」

 ミテルナの後を追って入った食堂には夢も()ぼーも無かったのです。

「ありり~?」
「ハンバーグ先生がいないのです!」

 イスの上に乗って周りを見回しても、やっぱりないのです。
 リザに「行儀が悪い」と叱られたけど、それよりもじゅーよーな事があると思うのですよ!

「ああ、ルルさんがいないので、ハンバーグではなく黒肉のシチューに変更してあります。料理人の不在に厨房を我が物顔で使うわけにはいきませんから」

 そんなミテルナの残酷な言葉が耳を抜けていったのです。

「ぽちー」
「たまぁ」

 タマと絶望を共有しながら、食べた黒肉のシチューは少ししょっぱかったのです。
「10-25.探索者達(2)」の後のお話です。前に書いてお蔵入りしていたSSです。

この翌日はハンバーグ祭りだったようです。
289/413
SS:ユニへの手紙
※サトゥー視点ではありません(セーリュー市の門前宿の小間使いユニの視点です)

「ユニー?!」
「は~い、ちょっと待ってください。すぐ行きま~す」

 よいしょ、っと。これで、薪は十分だよね。
 マーサさんの呼んでいる方に小走りで駆けていくと、何か紙の束みたいなのを押しつけられちゃった。

「あの?」
「さっき、商人さんが届けてくれたんだよ。ユニ宛ての手紙だってさ」

 手紙? もしかして!

「ああ! やっぱり!」
「すごいね、手紙で連絡をくれる知り合いがいるなんて、商人さんとか貴族様みたいだね」

 えへへ~。羨ましそうなマーサさんの言葉がくすぐったい。
 手紙を開いて読む。

 まずはタマちゃんのから。

『めいきゅーとしついた。たま』

 タマちゃんの手紙短っ。
 でも、無事に迷宮都市に着いたみたいで良かったよ。

 今度はポチちゃんの。

『セーリュー伯領を出発したポチとご主人様は、山の麓で百を超える虫の大群に襲われたのです。圧倒的とも思える虫たちをポチ達は、ご主人様と一緒に弩で果敢に撃ち落として対抗したのです。そして出会ったのは赤い兜の鼠人に守られた妖精族のお姫様――』

 え~っと、手紙よね?
 ポチちゃんの手紙は百枚以上もあるみたい。

 ……うん、後で読もう。うん、それがいい。

 次の手紙は、アリサちゃんからだ。そんなに仲良くなったわけじゃないのに、手紙を送ってくれるなんて、ちょっと嬉しい。

『拝啓 初冬の候、ユニ様ますますご活躍のこととお慶び申し上げます。
 さて、ポチとタマの近況ですが、みな怪我も無く無事に迷宮都市へとたどり着きました。手紙と一緒に届けて頂いた荷物は、私どもの主人サトゥー・ペンドラゴン士爵よりの心ばかりの品ですので、快くお受け取りください。
 まずは、取り急ぎお知らせいたします。
   敬具
   アリサ・ペンドラゴン』

 堅い。アリサちゃん、文章が堅いよ。
 所々判らなくて女将さんに教えて貰ったけど、子供の書く手紙じゃないよ。

 サトゥーさん、お金持ちだと思ってたけど、やっぱり貴族様だったんだね。
 荷物の中には、女将さん宛の「高級はんどくりーむ」とかマーサさん宛ての珊瑚の首飾り、それからわたし宛には櫛と手鏡が入っていた。

 手鏡! 自分の鏡なんて初めて!
 女将さんがいうには、セーリュー市で売ってる銅鏡よりもはるかに高価な硝子製の鏡なんだって。
 うう、綺麗に写るのは嬉しいけど、そばかすがくっきり見える。

 あれ? 他にも1枚の紙切れが入ってる。

「ありゃ、良かったじゃない。返事の手紙が書けたら、これを手紙と一緒に商会に持って行ったらタダで迷宮都市まで届けてくれるってさ」

 やったー!
 迷宮都市までだと、1年くらいお金を貯めないと手紙を出せないんだもん。
 さっそく近況をしたためて返事を書かなきゃ。

 でも、その前に、今晩は徹夜でポチちゃんの力作を読まなくっちゃ!
SS:リザ買い食い
※サトゥー視点ではありません(アリサ視点)
 再掲載です。

「お、リザさん、ハッケーン!」

 西門前の軽食エリアに来れば、誰かいると思ったのよね。

 声を掛けたいトコだけど、買い食いする品を選んでる時はダメなのよ。前に声を掛けたときに、食い殺されそうな目を向けられたもん。アレは夢に見るレベルよ。
 露店のオヤジとか、脂汗を流しながらあの視線に晒されながら笑顔で接客するなんて、見上げた商人魂だわ。笑顔が引きつってなかったら「一流の」って付けてあげたんだけど。

「おい、アレは黒槍のリザか?」
「お、今度は何の肉を選んでるんだ?」
「トカゲの肉串と兎の骨付き肉を迷っているらしい」
「どっちも、大銅貨が必要な肉か~、さすが赤鉄証の探索者は羽振りがいいねぇ」

 周りの探索者達が話すのが聞こえた。リザってば、有名人じゃん。
 鋼トカゲの肉串と岩兎の骨付き肉を選んでるのか。どっちも堅そう。
 でも、朝方、アイツから皆に金貨1枚配ってたんだから、両方食べればいいのに。
 選ぶのが楽しいから別にいいけどさ~

「お、選んだぞ」
「どれだ?」
「トカゲの肉串だ」
「おいおい、共食いかよ」

 む? ギャラリーの最後のセリフがムカついて振り向いたら、周りのリザのファンからタコなぐりにされていた。

 あらら、出番なしか。
 街中じゃ魔法が使えないから、スキルレベル0の杖術が唸ったのに。やっぱ、ルルみたいに護身スキルでも取って置くべきかな? かな~?

「美味です。鋼トカゲの肉串は、淡白な味に思えて噛めば噛むほどに中から旨味が染み出してきて――」

 うぁ、リザってば、串を齧るなり語りだした。
 でも、ホントに肉なの? 何かヘンな音してるよ?

「おい、リザさんの『美味です」が出たぞ。あの串焼きはアタリみたいだ」
「はん! この素人がっ。『美味です』の後の言葉をよく聞け」

 素人って、アンタ達……。

「そうそう、歯ごたえを絶賛している時は買っちゃダメだ。オレ達ごときの惰弱な顎じゃ歯が立たねぇ」
「お前ら人族と一緒にするな、獅子人のオレに喰らえぬ肉など無いわ! オヤジ、オレにもコイツと同じ肉をくれ!」

 まわりのギャラリーの人の忠告を無視して獅子人族の男が、リザと同じ肉を買って食べて「歯がっ」とか呻いて座り込んだ。
 ご愁傷様~
 それにしても、あんな肉を仕入れるなんて、チャレンジャーよね。
 半分くらいの肉串は、色が違うから別の種類の肉なのかな?

 リザが、2本目に選んだ肉を咀嚼している。今度は「歯ごたえがイマイチですが」と続けている。
 なるほど、選んでたのは、どれを食べるかじゃなくて順番だったのか。納得。

「よし、岩兎の方が狙い目なわけだな」
「オレ、今度、迷宮で大金を稼いだら岩兎の肉を食べるんだ……」

 最後のヤツが死亡フラグを立ててない事を祈るわ……。
 結局、リザさんに声が掛けられたのは、5本目の締めの蛙肉の肉串の後だった。
※活動報告 2013/12/05 に掲載したものと同じです。
SS:屋台を楽しむ裏技
※サトゥー視点ではありません(アリサ視点)
 本日2回目の投稿です。
※2/11 誤字修正しました。

 リザの勧めはやっぱボリューミー過ぎる。
 途中で拾ったお使い中の屋敷の幼女メイドを引き連れて甘味を攻略してみた。

「あんまり、美味しいのはないわね」
「そう? どれも美味しくて幸せだよ」

 迷宮蜂の蜜菓子というのが、少し美味しかったけど、あのチートなご主人様のお菓子を食べ慣れてしまうと、イマイチな感じがしてしまう。これは危険な兆候だわ。

「アリサちゃん、あれ」

 横を歩く幼女メイドに袖を引かれてそちらを見ると、ポチとタマが子供達に混じって、肉串の屋台の近くで口をパクパクさせている。

 何してるんだろう?

「ポチ、タマ、2人とも何してるの?」
「ありさ~」
「アリサ! 発見なのです! 屋台の美味しそうな匂いを嗅いで、肉串を食べる人に合わせて口をパクパクさせていると、食べている気になれるのです!」

 力説してくるポチに脱力してしまう。

「楽しい?」
「もちろん~」
「凄く楽しいのです!」

 そっか~、楽しいのか~ でも、空気を読まずに言っちゃおう。

「ねぇ」
「なに~?」
「どうしたのです?」
「普通に、肉串を買って食べたらいいんじゃない?」

 あんた達もご主人様にお小遣い貰ってたよね?

「あっ」「なのです!」

 2人がポーチから取り出したお金を見て、わなわなと震えている。

「かいぐい~?」
「入れ食いなのです!」

 いや、意味わかんないから。

「何本くらい~?」
「金貨1枚分くらい貰ってたでしょ? 100本くらい買えるわよ」
「ひゃっ、100本なのです?! そんなに食べきれないのです?」
「食べ過ぎたら、ルルの晩御飯が食べれないから注意しなさいよ」
「あい~」
「なのです!」

 2人で可愛くシュタッ! のポーズを取ったポチとタマは、肉串の屋台に肉迫して、屋台のおっちゃんをビビらせてから蛙の肉串を大人買いしている。さっきの忠告は馬耳東風だったみたい。
 いやいや、いくら、あんた達でも、その量は無理じゃない?

「ならべ~」
「一人一本ずつなのです!」

 ああ、一緒に見物していた子供達に配るのか。

 肉串を貰った子供達が、口々にポチとタマにお礼を言っている。2人は、それがくすぐったいのか、珍しく照れているみたい。

 10人くらいの子供達に囲まれて、2人は美味しそうに串焼きを食べている。
 もちろん、幼女メイドちゃんも乱入してゴチになってる。
 ちゃっかりしてるわね、あの子。

「うまうま~」
「やっぱり焼きたてはサイキョーなのです!」
「おいしいね」
「うん、黒肉みたいに硬く無いしね」

 ああ、ポチもタマも胸元に串焼きの脂が落ちてベトベトだわ。

 ルルが、安物の庶民ワンピを着ていくように言っていた理由が良く判る。
 あの子もどんどん、お母さんちっくになってくよね~

「アリサにもあげるのです」
「いい、遠慮しておく」
「えんりょはむよ~?」

 遠慮じゃないのよ。さっきからウェストが、ちょい苦しかったりするの。

「さっきから甘いものを色々食べてるから、これ以上食べるとね」
「ダイエット~?」

 ああ、走馬灯のように脳裏を流れる、あの苦難の日々!
 あれをもう一度やるのは絶対に無理。無理だから!

「本当にいらないのです?」
「おいし~よ?」

 誘惑するなぁ~ 
 わたしは、幼女メイドの手を引っ張って、全速力でその場から離れた。

 だって、もうダイエットは、嫌なのっ!
 買い食い3部作の最初の一話目として書いていたのですが、掲載を忘れていたお話です。
SS:モテモテ
※サトゥー視点ではありません(アリサ視点)
 再掲載です。
※2/11 誤字修正しました。

 ん? この音色はミーアかな?
 さっきは、リザのトコで焼き鳥を食べたし、こんどはミーアと一緒に甘味もいいかもね。
 あの子は老人に好かれるから、良くジモティーしか知らないような質素なお菓子を貰ってるのよね。

 ん~っと、こっちの広場かな。かなっ?!!
 なんとぉ!

「アリサ?」

 驚いているわたしを見て、ミーアが小首を傾げる。くそぅ、可愛いじゃねぇか。
 ミーアの傍らでリュートの音色に耳を傾けていたイケメン達(・・・・・)が、一斉にこちらを一瞥し、すぐに興味を失ってミーアに視線を戻している。

 くぅ、なんだ! その態度は!?
 ミーアめ、いつもは子供みたいに「サトゥー」とかいって甘えるくせに、影でこんなにモテていたとは!

 やさしそうな黒髪の影人(シャドウ)族の青年に、赤毛のヤンチャ系のレプラコーンの少年、それからキリリとした金髪の長耳族の青年、灰色の短髪で、ちょっと筋肉が多目の鬼人(オーガ)族の男性が、ミーアを守るように周囲に集まっている。全員、イケメンと称しても誰からも物言いが付かないくらい美形だ。これなんて乙女ゲー?

「ミーア、モテモテじゃない。浮気?」
「むぅ、違う」

 冗談で言ったのに本気で否定された。ちょっと言葉に、やっかみが乗ったのかも。

「我らはミーア様の休暇を守るために、はせ参じているのです」
「ミーアのリュートを聴くのが目的だけどね」
「様を付けぬか! ボルエナンのエルフ様方は、我らの仕えるべき主だぞ!」
「ふふふ、ミーア様はいつ見ても若草のように瑞々しい」

 黒赤灰金の順でミーアをチヤホヤするイケメン達。リア充爆発しろ!
 というか、わたしもモテたいんですけど! (おも)にうちのご主人さまに!

「アリサ、食べる?」

 ミーアが膝の上に置いていたリンゴみたいな赤い果物を持ち上げて聞いてくる。果物の中を刳り貫いて器にしたヤツみたい。中にはカットした果肉が、シロップみたいなものに浸かっていた。

「うん、一口ちょうだい」

 あ~んと口を空けて、ミーアに一匙食べさせてもらう。普段は、こんなに百合百合しい事はしないんだけど、まわりのイケメン共に見せ付ける為にやってみた。
 おお、睨んでる、睨んでる。さぞかし、羨ましいだろう。

 パクリとミーアの差し出すスプーンを咥える。味もリンゴみたいね。シロップはメープルたんかと思ったけど、これはハチミツかな? 違う、このネットリ感は(アリ)蜜の方だわ。う~ん、これならハチミツの方が合うと思う。

「何点?」
「60点かな。ハチミツを使えば70点くらい」

 わたしの厳しい評価に金髪イケメンがショックを受けている。あいつが作ったのか。うちのご主人さまといい、男の癖に料理上手なんて、どこの乙女ゲーのキャラだっての。

 男なんて、粉っぽいカレーとか、レトルトのお粥をレンジで爆発させるくらいでいいのよ。そうじゃないと、せっかくの看病シチュでも活躍できないじゃない。

 そんな機会は一回もなかったけどさ……orz。

 甘味ツアーに誘おうと思ったけど、ミーアの音楽を聴きに近所のご隠居達が集まってきたので、「後で」と言ってその場を離れた。老い先短い老人の楽しみを取っちゃいけないよね。





 犬人族の少年達に、屋台でご馳走になっているポチとタマを見かけたけど、あれは幻影に違いない。
 きっと、ミーアがイケメンに囲まれているのを見たのがショックだったんだよね。

 うん、ナナが白翼族と黒翼族の幼児を両手に抱えていたのも、きっと見間違い。
 誘拐じゃありませんように!

 空き地の一つで子供達の集団に出会った。うちの孤児院の子供達だ。社会奉仕の一環でやってる空き地の草むしりかな?

「あ~! アリサだ! ドロケイやろうぜ、ドロケイ!」
「ダメよ、アリサちゃんは、あたしたちとおままごとするんだから! アリサちゃんの魔王はすごいんだよ!」

 ああ、どうしてわたしに寄ってくるのはガキんちょばっかりなのよ~
 また魔王役をやらせる気ね。たまにはお姫さま役もやらせなさいよ!

 くそぅ、今日は悩む気も起きないくらい遊び倒してやる!

「順番に遊ぶわよ! アンタ達! 覚悟しなさい!」
「オウ!」
「わ~い!」

 日が暮れるまで、遊び倒して帰った。

 たっぷり遊んで、たっぷり食べたせいか、久々にアイツの添い寝ポジが廻って来た日だったのに、寝顔を堪能するまえに先に寝てしまった。

 ああ、イチャイチャしたい!



※活動報告 2013/12/12 に掲載したものと同じです。
 蜂蜜と蟻蜜の漢字が似ていたので、ハチミツをカタカナ表記に変更しました。
幕間:黄金の騎士と篭の鳥
※サトゥー視点ではありません(ナナ視点)
 本日2本目の投稿です。
※2/11 誤字修正しました。

 視覚監視システムが緊急指令を上げてきました。
 視線を正面から優先タグを付けられたオブジェクトに切り替えます。

 そこには、2体の幼生体の姿。
 奴隷商館の入り口に下げられた鳥かごに収監されているようです。

 救出しなくてはならないと論理回路が訴えます。

 救出を実行――エラー。
 再実行――エラー。

 これは由々しき事態です。
 エラーの理由は、最優先処理のマスターの指令による物と判明。

 金銭授受を伴わない物品の移動を禁止する項目があります。
 仕方ありません。

 私には禁則事項を破る権限はないのです。
 商館に踏み入れ幼生体を、正規ルートで獲得しましょう。

「主人、この子達を解放したいと要請します」
「これはこれは探索者のお嬢様、お目が高い。これは翼人族のなかでもなかなか希少な種族でして――」

 要約すると、「幼生体の所有権が欲しくば、金貨100枚を持って来い」という理不尽な物だと判明。

 所持金は、金貨2枚。
 あと98枚ほど不足。

 マスターに支援して貰いましょう。
 論理回路の回答に従って、店を出ます。





「ダメ」
「再考を」
「ダメ」

 マスターは幼生体の確保を拒否します。
 ぱふぱふで籠絡を試みましたが、ルルに妨害されました。

 マスターの支援を得られないとなると、幼生体の救出は絶望的だと論理回路が告知してきます。
 困りました。

「どうしたんですか? ナナ様」

 訓練校の教師をしている獣人が、会話を申請してきました。

「金銭の獲得方法を検索中です。良案があれば提示を」
「そうですね、ペンドラゴンの皆さんなら、上層の33区画のルビーゴーレムあたりを討伐すれば一攫千金できるんじゃないですか?」

 ルビーという名前を検索したところ、宝石の一種である事が判明。
 ゴーレムの体を構成できるサイズのルビーであれば、金貨100枚程度の価値はあるはず。
 情報提供者に礼の言葉を告げ、出発します。

「あ、ナナ様。ルビーゴーレムの傍には、猛毒スライムが――」





 探索者ギルドにて経路を確認し、迷宮に出発します。
 途中でオリハルコン装備に換装し、移動ペースをアップします。もたもたしていては自由行動許可時間が終了してしまいます。

 マスターを見習い、雑魚敵は自在剣で始末し、強敵はオリハルコンの大剣で叩きつぶします。

『なんだ? 黄金の騎士?』
『おいおい、ナニモンだ? 迷宮蠍を一撃だってよ』
『赤鉄の誰かじゃ無いのか?』
『あんなハデハデなヤツはいねぇよ!』

 時折、他の探索者達とすれ違いますが、処理優先が低いので会話等の行動は処理キューの奥に破棄します。

 偶に現れる実体剣の効かない相手には、理術で速やかに排除します。

『おい、いま無詠唱で魔法使ったぞ?』
『無詠唱って、勇者様か?』
『黄金の勇者様だ!』

 偶然、危地を救うことになった探索者達が、会話を申請してきますが行動キューが詰まっているので対応できません。

 今度は、5つも首があるヒュドラが道を塞いでいます。
 速やかに排除したいのですが、他の探索者達が戦闘しているので、ヒュドラを排除するのは「横殴り」という禁則事項に触れるようです。

 探索者達は、一人また一人と行動不能になっていきます。
 対処方法を検索して一つの結論を得ました。

「問おう! 汝らは救援を(もとめる)や否や!」

 そう、相手が救援申請をしてくれれば、禁則事項に該当しません。
 我ながら素晴らしい妙案だと自画自賛します。

「頼む、助けてくれ!」
「救援申請を受託する」

 マスターが与えてくれた装備の「城塞防御(フォートレス)」機能を起動します。
 8枚の理力の盾と3枚の魔法壁が、ヒュドラの火炎や毒息を防ぎます。

 私には、リザやポチの様な圧倒的な攻撃力はありません。
 ですが、マスターの授与してくれた鉄壁の防御力があります。

 全ての攻撃を無効化し、地味な大剣の攻撃で敵対ユニットを排除します。

「おお! ヒュドラの首を大剣の一振りで切断してるぞ!」
「それより、どうして鉄をも溶かす火炎を浴びて平気なんだ!」

 マスターの武具を装備しているのです。
 これは当然の結果だと分析します。

 ヒュドラを排除し、33区へ急ぎます。
 後ろからコアがどうとか叫ぶノイズが聴覚回路に届きましたが、優先順序が低いので破棄しました。
 移動速度をアップするために理術による身体強化を付与しましょう。





 33区であることを標識碑を確認。
 マスターの索敵機能があれば、ルビーゴーレムの所在を確定できるのですが。

 前方に大質量スライムが通路に満ちているのを発見。

 理槍による排除を実行――失敗。理槍の吸収を確認。
 自在剣による排除を実行――失敗。切断は無効。刃の吸収を確認。
 大剣による排除を実行――失敗。切断無効。

 有効な対策手段を検索――該当なし。
 スライムを回避して探索を続行。

 前方の空間にルビーゴーレムを発見。
 中間地点に複数のスライムを確認。

 有効な対策手段を検索――該当なし。
 ルビーゴーレムへの接敵手段を検索――該当なし。

 有効な対策手段を検索――該当なし。
 ルビーゴーレムへの接敵手段を検索――該当なし。

 有効な対策手段を検索――該当なし。
 ルビーゴーレムへの接敵手段を検索――該当なし。

 論理回路のループを確認。
 ブレイクスルー手段を検討――アリサ語録を発見、検索を開始……。

 対抗手段を発見。

防護陣(シェルター)」を多重起動。
 オリハルコンアーマーの緊急移動バーニアを始動。

 急激な加速で防護陣を張ったままスライムの中を通過。
 後方で散逸したスライムの再生を確認。
 脅威レベル、低。放置します。

「ルビーゴーレムよ! 宝石だからといって偉いと思うのは誤解であると論破します!」

 接近してきたルビーゴーレムを「理槍(ジャベリン)」の連打で撃破しました。
 目的に反するので大剣の使用は自重したのでマナの残量に不安があります。
 緊急手段の使用許可条件をクリア――魔力回復薬を使用。

 オールミッションコンプリート。
 帰還を開始。





「これはルビーゴーレム! どうやって、こんなに完全な姿で!」
「換金を」
「いえ、どうやって――」
「換金を」
「あ、はい。少々お待ちください」

 無事に金貨100枚を獲得。
 奴隷商館にて、幼生体の保護に成功。

 白翼族の幼生体を「シロ」と命名。
 黒翼族の幼生体を「クロ」と命名――エラー。

 ライブラリを検索し「クロウ」と再命名。

 ホームに帰還後、マスターにお披露目します。

「確保しました。シロとクロウです」
「返してきなさい」

 マスター!
 無慈悲な命令に対抗する手段を検索――友軍ユニットに支援を要請。

「再考を」
「ダメ」
「いーじゃん、育てて連絡要員とか砲撃の測量要員とかさ~」
「かわい~?」
「そうなのです! 可愛いは正義なのです!」
「ん」
「ご主人様、私からもお願いします」
「僭越ですが、ナナの奴隷として購入済みなので、メイド見習いとして教育してはいかがでしょう?」

 友軍の支援により、ついにマスターも白旗を上げ、無事にシロとクロウの屋敷への着任を許可してくれました。
 感謝の意を込めて、就寝時にマスターの好きなぱふぱふをしたら、友軍ユニットから集中砲撃をうけました。

 理不尽で不可解です。

 感謝の表現とは、難易度の高い物だと評価します。
 困惑と歓喜に混乱しつつ、シロとクロウの羽に包まれて眠りに落ちました。



 この翼人の子供達は、孤児院行きの予定です。
 たぶん、レギュラーメンバーにはなりません。

 ナナがどこでルビーゴーレムを換金したのかは……。
幕間:ゼナ隊の旅路
※サトゥー視点ではありません。
※1/13 誤字修正しました。

「リリオ! 生存者を見つけた! 人足の人達を呼んできて!」
「ほーい!」

 軽い受け答えとは裏腹に疲労の溜まった身体に鞭を打ってリリオが駆けていく。
 それを見送ることもせず、私は急いで次の魔法を唱える。

「ゼナさん、魔法の使いすぎです。もう少し休憩を挟んでください」

 せっかくのイオナさんの気遣いだけど、首を振って拒否します。
 今は生き埋めになっている人に、助けが来る事を伝える方が先です。
 さすがに詠唱のしすぎで顎が痛くなってきました。「囁きの風(ウィスパー・ウィンド)」の魔法の詠唱を噛まないように注意しないと。

「イオナ、向こうの救助は順調みたいだから任せて来たぞ」
「ゼナさんの魔法が発動したら、要救助者に話し掛ける相手はルウに任せます。よろしいかしら?」
「はいはい。よろしい、ですとも」

 ルウが叫びすぎて男の人みたいな低い声になりながらも、快く引き受けてくれました。ルウって、頼れるお姉さんみたいで、助けを待つ人が安心できるみたいなんです。
 魔法の発動を確認して、あとはルウに任せて瞑想に移行します。次の生存者を探す魔法を使う為にも、少しでも魔力を回復しておかないと。

 馬の足音がして、近くで警戒してくれていたイオナさんが「次期様が来ましたわ」と瞑想中で目を開けられない私に、情報を伝えてくれます。
 もう少し魔力を回復したいところですが、上級貴族の前で瞑想を続けるのは非礼すぎるので諦めて立ちましょう。

「そなたがマリエンテール卿か。貴殿の働きは私の元にまで聞こえてきているぞ」
「はっ、恐縮です」

 わざわざ次期伯爵様が、一介の兵士の所に労を労いに来たのでしょうか?

「家督は弟君が継ぐと聞いた。貴殿にその気があるなら、私の家臣にしてやろう。初めは名誉士爵程度の身分しか与えられんが、働き次第では永代貴族に取り立てると約束しようではないか」
「身に余るお誘いなれど、我が身は既にセーリュー伯に忠誠を誓っております。なにとぞ、ご容赦を」

 ずいぶんと破格のお誘いですが、代々セーリュー伯に仕えてきたマリエンテール家の人間としては、今更、他家に仕官する気にはなりません。
 お若い次期伯爵様は、断られるとは思っていなかったのか不快そうな怒気を顔に浮かべました。ですが、さすがにそれを感情のままに解放しない分別はあったようです。

「そうか、気が変わったらいつでも来るといい。貴殿の席はいつでも空けておこう」

 そう告げ、お供の騎士を引き連れて去って行きました。

「ゼナ、良かったのか? 来年、弟君が家督を継いだら、身分が準貴族扱いまで下がるんだろう?」
「かまいません。軍にいる間は貴族も平民も扱いは一緒ですから」
「そうよね~、ゼナっちは少年が待ってるもんね」

 もう、リリオったら!
 サトゥーさんの事は、関係ありません――ちょっとだけ、です。

「それに、彼が伯爵位を継げるかわかりませんからね」
「そうなの?」
「被害が大きすぎる上に、魔族討伐をサガ帝国の勇者様の手を借りてしまいましたからね」
「なるほど、失策に加えて手柄無し。おまけに、無茶な野戦で働き手の多くを死なせて、若様の評判は地に落ちちゃったわけか」
「ちょっと、ルウ」

 歯に衣を着せないにも、ほどがあります。レッセウ伯爵家の人が聞いてたらどうするんですか!





 魔族との戦いが終わって、もう10日も経ちます。
 セーリュー市の迷宮選抜隊のうち、最前線で戦っていた騎士は半数が戦死。私達とノリナ隊の2つは奇跡的に無傷ですが、ロドリル魔法分隊と混成部隊の2つは、ほぼ壊滅状態です。
 魔族との戦いの翌日には、片腕を失ったデリオ隊長と正騎士1名が、伯爵様に報告するためにセーリュー市に帰還してしまいました。

 同時に伝書鳩で報告を送ったので、そろそろセーリュー市から返信が来る頃です。返信が届かない場合、私達は迷宮選抜隊の生存者と戦死者の確認を済ませてから、セーリュー市に帰還する予定です。

 一時は戦死したと思われていたリーロ副隊長も、無事瓦礫の下から救出されたのですが、命の対価として片足を無くしてしまいました。

「みんな、聞いてくれ。伯爵様より命令書が届いた――選抜隊の任務は続行だそうだ」

 リーロ副隊長が読み上げた命令書に、気合いを入れる者、落胆する者、苦笑いをする者、みんな様々な反応です。

「副隊長、頼む、俺をセーリュー市に帰らしてくれ。臆病風に吹かれたと後ろ指をさされてもいい。女房や子供達の傍に居てやりたいんだ」
「リーロ副隊長、オレもセーリュー市に戻るよ。この手じゃ剣も満足に振れないからな」

 大柄な兵士に続いて、魔族の戦術魔法で片腕を失った従士の男性も脱落を宣言しています。他にも数人がそれに同調するようにリーロ副隊長に詰め寄りました。

 リーロ副隊長は、苦笑しながら両手でそれを制します。

「慌てるな。命令には続きがある――」

 身体に障害を受けた方や、迷宮都市に向かう意思を失った方は、セーリュー市に帰還するようにとの事でした。
 意外な事にロドリルもセーリュー市に帰るそうです。やはり、自分を残して魔法分隊の護衛兵達が全滅したのが、堪えているのでしょう。





「騎士ヘンス、皆の事は任せたぞ」
「はい、セーリュー市に戻るときは、シガ八剣に求められる程の腕になっていますよ」
「ははは、その意気だ」

 気のせいでしょうか? 新隊長の騎士ヘンスを激励するリーロ殿の笑いが乾いている気がします。
 結局、迷宮都市セリビーラに向かうのは、騎士ヘンスとその従者、私とノリナの隊と文官さん達、あとは混成部隊の生き残りのガヤナともう一人の兵士で、合計18名です。

 セーリュー市に戻る方達を見送り、私達もレッセウ領を出る準備を急ぎます。

「ゼナってば、本当に未練はないの?」
「何の事ですか?」
「次期様から熱烈な勧誘を受けていたじゃない」

 準備を終えたノリナが、茶化すように話を振ってきました。私だけで無く彼女も次期伯爵様から勧誘を受けていたはずなのですが?

「ほら、私は普通に魔法兵としての勧誘だから」

 ノリナは何を言っているのでしょう?
 私への勧誘も、魔法兵が手元に欲しいからだと思うのですけど?

「だめだって。ゼナっちは次期様の想いなんてまったく届いていないんだから」
「そうよね~ だって、私の所に勧誘に来ていたのは、家来の人だけど、ゼナの所には毎回、次期様本人が直々に足を運んでいたもんね」
「だよね~」

 遺憾な事に、リリオとガヤナさんまでノリナさんと一緒に、変な事を言い出しました。普通に考えて上級貴族の嫡子の方が、私みたいな最下級の貴族の娘なんて相手にするわけがないじゃないですか。

 騎士ヘンスが空気を読まずに出発の号令をしてくれなかったら、ルウとイオナさんまで荒唐無稽な恋の話に参加するところでした。

 こうして私達は、空を舞い始めた粉雪に背中を押されるようにレッセウ伯爵領を旅立ったのです。





 レッセウ伯爵領からゼッツ伯爵領への道程は、なかなかに大変でした。中級魔族が集めた魔物達の残党が、そこかしこに巣を作っていたのです。
 街道の安全は地方領主の仕事だと思うのですが、兵士が巡回に来ないと嘆く村人に同情した騎士ヘンスが、魔物狩りを引き受けてしまい、私達の旅路はなかなか前に進みませんでした。

 自軍が壊滅したレッセウ伯だけでなく、ゼッツ伯もろくに領土の巡回をさせていないようなのです。道すがら聞いたゼッツ伯の噂を信じるならば、魔族の奇襲を警戒して領軍を都市の守りに集めてしまっているせいだという事です。

 南北に長いゼッツ伯の領地を旅し、ようやく最南端の都市へと辿り着きました。この都市を抜けたら、数日で王家の直轄領に入ります。

 迷宮都市まで、あとわずか――待っててくださいサトゥーさん!

「なあ、ゼナの様子が変じゃないか?」
「あ~、あれは少年の事を考えて気合いを入れている所だから、見ない振りをして生暖かく見守ってあげてよ」
「そうですわよ、ルウ。愛の力って素晴らしいですわね」

 もう! みんな好き勝手言うんだから!
 特にイオナさん! 口元が笑ってますよっ。





「直上の雲間に敵影あり!」
「魔物か?!」
「恐らくワイバーン!」

 リリオの警告に皆がすぐさま自分のするべき行動の準備を始めます。
 セーリュー伯爵領以来の遭遇とはいえ、慣れ親しんだ強敵の出現です。皆、自分の役割は把握しているのです。

「総員、対空戦準備!」

 騎士ヘンスが、勇ましい号令を掛けました。
 ああ、ここに一人、把握していない人がいたようです。でも、従士さんがすかさずフォローを入れています。代々の家来だそうですが、なかなか大変みたいですね。

「命令を変更する! あの丘の向こうに見える林に退避だ! ワイバーンが接近するようなら、ゼナとノリナの魔法でたたき落として時間を稼ぐ」

 皆が、ほっとした顔で命令通りに行動を始めました。

「うちの、新隊長(仮)は、自分の部隊の戦力をちゃんと把握してて欲しいよね。実働10人でワイバーンに勝てるわけないじゃん」
「リリオさん、(仮)はお止めなさい。あれでも突然の重責に耐えてがんばっているのですから」
「イオナは、ヘタレ好きだからな。泣き言を言ってくる男を――いや、なんでもない。だから、その大剣を抜こうとするな! なっ!」

 イオナさんが、にこやかに大剣を抜こうとしますが、今はそんな時じゃ無いと思うんです。

「リリオ! あのワイバーンの尻尾と右の翼を見て!」

 ノリナ隊の斥候の子が、ワイバーンに感じた違和感をリリオに確認しています。
 あの高度でよく見えるものです。私には小さな黒い塊にしか見えません。

「うーん? どれどれ~、あっ! 皆、撤退中止! あれって、王国の飛竜騎士(ワイバーン・ライダー)だわ」
「上に乗ってるのって――白い鎧着てるよ! ひょっとしてシガ八剣のトレル卿じゃない? たしか、飛竜に乗ってたよね?!」

 白い鎧の老騎士は、低い高度で旋回して手を振って去って行きました。
 きっと何かの任務の最中だったのでしょう。

 その日、領境の街ファウに入った私達は、予想だにしない話を聞かされたのです。

「ドラゴンだと?」
「ああ、お陰で王都へ向かう隊商が全部足止めだよ」

 なんと、領境の山脈に下級竜が、陣取ってしまったそうです。
 さすがに、下級とはいえ本物のドラゴンを人の手でどうにかできるわけもありません。私達は、しばらくの間、このファウの街で足止めを余儀なくされたのです。
※予定していたベリアの実(実験農場と迷宮都市の錬金術士)の話はボツになりました。
幕間:ゼナ隊の旅路(2)
※1/13 誤字修正しました。

 ファウの街で足止めをされて、もう一ヶ月が経ちます。

 ドラゴンの占拠している峠を迂回する道があれば良いのですが、鳥の様に空を飛ぶのでもない限り、レッセウ伯爵領まで戻って、険しい山脈を越えてムーノ男爵領を経由する南進路を行くか、北回りで小国群を経由してエルエット侯爵領を通るしかありません。
 ムーノ男爵領方面だと何ヶ月かかるかわかりませんし、小国群を経由するのは論外です。いくら交戦目的では無いと言っても、私達はセーリュー伯爵領の軍隊なのですから。

「ゼナさん、そちらはいかがでした?」
「残念ながら、どの店も昨日より値上がりしていました。やはり、無理をしても街に来た初日に買っておくべきでした」

 ムーノ男爵領方面を選ぶにせよ、王国軍がドラゴンを撃退するまで待つにせよ、旅を再開する為の糧食が必要なのですが、値上がりが酷くて十分な量を入手できないでいます。周辺の農村に直接買い付けにも行ったのですが、すでに利に聡い商人達に買い占められた後でした。

「ゼナっち~」

 人混みの向こうから手を振る小さい影があります。
 姿は見えませんが、この呼び方をするのは一人だけです。

 間道の調査に出かけていたリリオとルウが、10日ぶりに帰ってきてくれました。こんな通りの真ん中では、さぞかし邪魔だったでしょうけど、堪えきれずに抱き合って無事の帰還を祝いました。

「おかえり、リリオ。間道は使えそうだった?」
「人だけなら通れそうだけど、文官さん達や侍女っ子たちは無理ね」
「兵士だってキツイぞ? あたしだっていつもの甲冑を着たままだったら、途中で音を上げていたぜ」

 体力自慢のルウでも無理となると、確かに文官さんには酷な話でしょう。

「あと、峠の竜も見てきたよ」
「やっぱり、下級竜?」
「いや、それがさ――」

 ルウとリリオの話だと、下級竜ではないそうです。たしかに、頭に極彩色の襟巻きを付けた竜なんて聞いたこともありません。おまけに、翼もなかったそうです。イオナさんの見解では、「ワイバーンやヒュドラのような亜竜系の魔物だろう」との事でした。

「それでは、それを排除すれば峠を通れるのですね」
「大きさだけなら本物の下級竜よりデカくてさ、おまけに口から霧みたいなものをはき出して岩をとかしてたんだよね~」

 竜じゃ無いと聞いてホッとしたのもつかの間、リリオとルウの言葉に咲いた花が萎れるようにがっくりとしてしまいました。

「どうして峠に陣取っているかは判りましたか?」
「どうも、峠に生える蜜柑の木が好きらしくて、蜜柑を樹木ごと囓っては昼寝していたぜ?」

 草食の魔物なのでしょうか? 溶かした岩を飲んだりもしていたそうなので、魔物の食性を考えるのは無意味な行為なのかもしれません。

 取りあえず、隊長の所へ報告に行こうと提案して、重い足取りで仮の住処へと向いました。





 人混みの中で黒髪の若い男の人を見かけると、思わず目で追ってしまいます。
 出発した時期から考えて、サトゥーさんがこの辺りにいるはずなんて無いのに。

 あら? あの黒髪の人に見覚えが――誰だったかしら?
 私の視線を追いかけたリリオが「あー! 見つけた!」とか言って駆け出しました。

「リリオのヤツは、どうしたってんだ?」
「ほら、前にセーリュー市でリリオを振った子ですよ」

 イオナさんの言葉で思い出しました。セーリュー市の人に、コロッケや水飴の作り方を教えてくれたジョイとかジョミスとかいう隻腕の人です。これでも人の顔を覚えるのは得意なんですけど、どうしても、あの方の名前と顔が思い出せません。

「三ヶ月も前にセーリュー市を出発したアンタが、どうしてこんなトコにいるのよ? 迷宮都市で一山当てるって言ってなかった?」
「予定は未定って言うだろ? ゼッツ伯領のはずれに遺跡があるって聞いてさ、探索に行ってたんだよ」
「何か出たの?」
「出たとも言えるし、出なかったとも言える」
「何よそれー!」

 リリオとジョさんの会話は、途切れる事無く続きます。リリオも調査で疲れているはずなのですが、実に活き活きとした笑顔で会話を楽しんでいるようです。

「夫婦喧嘩はゴブリンも喰わないといいますから、お若い二人は放置して間道の報告をしにヘンス新隊長の所にいきましょうか」
「だな。このままだと胸焼けしそうだ」

 私達はリリオに手を振って、先に報告を伝えるために兵舎に戻る事にしました。





「もう一つの間道? そんなのがあるのか?」
「うん、アイツの話だとあるらしいのよ」
「でも、リリオ。街の衛兵さん達に聞いても、間道は一つしか無いって言ってたじゃない?」
「それがさー、例の竜モドキが住んでいた谷間を通る道があるんだってさ。馬車は無理だけど、勾配も緩やかだから例の間道よりはマシなはずだってさ」

 夜も更けた頃に戻ってきたリリオがもたらした情報に、皆が色めき立ちます。ひょっとしたら、現状を打破できるかもしれないのですから。
 騎士ヘンスは、そのまま全員で谷に突貫しそうな勢いでしたが、彼の従士が上手く取りなしてくれて、まずは偵察部隊を送り込んで調査しようという事で話がまとまりました。

 でも、どうして、みんなこっちを見ているんでしょうか?
 ――嫌な予感がします。

 騎士ヘンスが、一つ咳払いをしてから「では、谷間の調査はゼナ隊に任せる」と命令を下しました。もちろん、私達に拒否権なんてありません。任務を拝命し、調査の準備に取りかかりました。





 翌日、私達はリリオの彼氏さんから間道の話を聞くために、下町にある飯店にやってきました。

「では、行程で問題のある場所は、ハーピーの巣くう枯れ谷とスライムの湧く岩場なんですね?」
「ああ、他にも魔物の出る場所は多いが、リリオから聞いたアンタらの戦力なら、その2カ所を上手く捌けば(ぬし)のいた谷間まで行けるはずだ」

 地図を広げながら、彼氏さんの話を確認します。大ざっぱな地図ですが、向かうべき方向や、目印について書き込んでおきます。

「あらあら、まあまあ、ジョン君がハーレムしてる」
「げっ、ミト」
「何? 知り合い?」

 彼氏さんの知り合いらしき女性が現れて、喜色を浮かべた顔で彼氏さんの頬を指でついています。彼氏さんと同じ黒髪ですし、顔つきからして同郷の方みたいです。

 ひょっとして修羅場というヤツなのでしょうか?

「おー、修羅場だぜ」
「ちょ、ちょっと、ルウったら」
「そうですよ、あれは男女の関係というよりは姉弟といった関係ですわね」

 男女の機微に聡いイオナさんが、そう言うなら、きっとそうなのでしょう。
 修羅場かと思ってドキドキしました。

「コレは、ミトって言って、若作りの婆だ」
「ひっどーい、永遠の20歳だって言ったでしょ? 聞き分けの無い子はお仕置きしちゃうぞ?」
「そのしゃべり方が、婆臭いってんだよ」
「がーん」
「口で言うな」

 イチャイチャしているように見えるのは気のせいなんでしょうか?
 リリオがご機嫌斜めになってきています。

 ああ、もうどうしたらいいんですか!
 助けを求めてイオナさんの方を向いても、状況を楽しんでいるようで当てにはなりません。ルウは最初っから野次馬になる気満々ですし……。

「どういう知り合いなの?」
「遺跡で拾った」
「遺跡? 探索者なの?」
「むか~しね。探索者をしていた時期もあったわよ」

 ただ者ではない感じはするのですが、戦士にはみえません。やはり、魔法使いなんでしょうか? それにしては杖も発動体らしき装身具も身につけていないようです。

「ひょっとして新しい彼女?」
「そんな訳ないだろ。俺に婆趣味は無ぇ」
「そうよ~、こんなクソ生意気なおガキ様に恋心を抱くほど男に飢えてないもの」
「ふ、ふーん。なら、信じてあげる」

 気安い感じはあったものの、彼女の口から彼氏さんに恋愛感情は無いと断言されて、ようやくリリオの態度が軟化しました。
 ようやく本題に戻り、調査経路の聞き取りを終えました。できれば彼氏さんに道案内をお願いしたかったのですが――

「俺一人ならどんな場所でも潜入してみせるが、他のやつと一緒じゃ本領を発揮できないんだよ。戦闘力はアンタラの足下にも及ばないからな。足手まといにしかならないから、付いていく気は無い」

 ――そんな感じに、自信たっぷりに断られました。





 地面から変な蒸気がでる谷を進みます。枯れ谷という名前が指すように木々が枯れています。短時間なら大丈夫だそうですが、長時間吸っていたら身体に悪いそうです。

 霧状の蒸気のせいで、遠くの景色が靄の向こうに霞んでいて視界が悪いのが気になりますね。注意を怠ると魔物に奇襲されそうです。

「そろそろハーピーが出そうですわね」
「うん、偵察に行ってこようか?」

 リリオを一人先行させるか、しばし黙考します。
 ですが、思案するのは少しばかり遅かったようです。一瞬後に頭上を通り過ぎた影に中断されました。

「対空防御陣形を取れ! リリオは周辺索敵。イオナさん、後の指揮は任せます」

 私は、対音防御の呪文を唱え始めます。
 まったく、詠唱を始めると指揮ができない隊長なんて!

「はい。さっきの影はハーピーの可能性が高いですね。リリオさん、弩の短矢はあとどのくらいありますか?」
「ごめん、さっきの魔物で使いすぎたから、残り7本だけ」
「敵は恐らく1体だけです。それだけあれば十分でしょう」

 うん、リリオの腕なら7本もあれば余裕です。
 でも、さっきのハーピーは飛び方が変でした。

「……■■■■ 防音膜(サウンド・プロテクション)

 これで万全かな?
 ハーピーで怖いのは、眠りや魅了を誘う歌声。
 それさえ防げば、あとはリリオが撃ち落としてくれます。

 私は今のうちに瞑想に入って魔力回復に移ります。
 もし私の想像通りなら、魔力を最大まで回復しておいた方がいいでしょう。

 防音膜に防がれて聞こえないけれど、ハーピーが何かを叫びながら林の上から襲ってきました。

「はっはー! これだけ大きいマトなら目を瞑っても当てられるよ!」

 リリオの短矢がハーピーの翼の付け根に命中し、飛行できなくなったハーピーは、そのまま地面へと墜落しました。

「ルウは、ゼナさんのガードを!」
「応! 任せとけ」

 イオナさんの大剣が、容赦なくハーピーの頭を叩き割ります。
 リリオも小剣を抜いていたけど、出番はなかったみたい。

 そして、ほんの僅かな間を開けてハーピーを追いかけていたイキモノが枯れ谷の木々の間から顔を覗かせました。

 それは最強の存在――。
※次回は1/12(日)の予定。

 1/12は11章の予定でしたが、今回の話で判るように、もう1話続きます。前の話で終わっても良かったのですが、感想欄で続きを求める人が多かったので、続けてみました。

 謎の黒髪2人の正体は、秘密です。
 きっとばれていると思いますが、秘密です。
幕間:ゼナ隊の旅路(3)
※今回も語り手はゼナです。
※1/13 誤字修正しました。
※1/12 一部改稿しました。

 ――それは、竜。

 人間では決して勝てない相手。

 王都の聖騎士団を動員しても追い払うのがやっとの存在。

 身体の大きさからして下級竜なのでしょうが、そんな分類なんて何の意味もありません。戦えば必ず負けるでしょう――いいえ、戦いにさえならず一方的に蹂躙されるに違いありません。

 それが靄の中から悠然と姿を現し、私達を睥睨しています。
 ただそれだけで、私達は息をするのも忘れて身を竦ませてしまい、行動を起こすことができません。

 時間にすれば僅かだったのでしょうが、私には今までの人生よりも長く感じられました。
 竜が興味を失ったように、視線を私達と屍になったハーピーの間で往復させて、再び靄の方へ首を巡らします。

 安堵に腰が抜けそうになりましたが、僅かな物音で竜の注意を引いてしまうかもしれません。歯を食いしばって耐えます。

 竜が身体の方向を変えようとした、その時に――


 ――新たな乱入者が現れたのです。

『やあ、やあ! 我こそはっ! シガ王国にその人ありと謳われた、シガ八剣が第四席「疾風」のトレル! 今ここに、竜殿との尋常なる勝負を挑もう!』

 彼はワイバーンに乗って上空を旋回しながら、竜に名乗りを上げ始めました。
 シガ八剣といえば、シガ王国最強の戦士達です。ワイバーンに騎乗するトレル卿の手には、馬上槍(ランス)よりも長い魔法の武器が握られているようです。

 ですが、相手が悪すぎます。
 それこそ、セーリュー市のお城に現れた上級魔族と一人で戦うようなモノです。あの時も銀仮面の勇者様が現れなかったら、私達は誰一人生き延びられなかったでしょう。

 竜は、一瞬だけ力を溜めて、ドンとばかりに空中へ助走も無しに飛び上がりました。
 飛び上がるときに見えた竜の目が、いたずら小僧のように輝いて見えたのは、きっと気のせいでしょう。

「おい、リリオ! 今のうちに逃げるぞ。そっちの分隊長さんもだ」

 後ろから二の腕を掴まれて引っ張られました。

 そこには、いつの間に現れたのか、革鎧姿のジョンさんが居たのです。
 後ろにはミトと呼ばれていた女性が、「ちょっと買い物に出ました」と言わんばかりの普段着で、目が合った私に小さく手を振っています。さすがに足下は旅用のブーツですが、こんな場所まであんな格好で良く来たものです。

「おい、分隊長さん?!」
「そうでした、総員転進! 岩陰へ!」

 怪訝そうに聞いて来るジョンさんの言葉で我に返り、皆に指示を出しました。





 上空では、竜がトレル卿を弄ぶように戦っています。まるで、鼠で遊ぶ猫みたいです。
 その隙に私達は、ジョンさんに先導されて枯れ谷の岩壁にできた亀裂に避難する事ができました。

「まったく、前に来たときは竜なんていなかったぞ?」
「あら? ドラゴンが居るって噂なら街中に流れてたじゃ無い」
「それは、峠の上にいた蜜柑好きの亜竜の方だ」
「だからー、峠の上に亜竜を追い出した存在を想定しなきゃ」

 目の前でジョンさんとミトさんが軽快におしゃべりしていますが、それに参加できるほど心が回復していません。現にリリオも不快そうに2人のやりとりを眺めるだけで、参加する様子も無いくらいですから。

 追いかけっこに飽きたのか、竜がワイバーンを地面に叩き落としました。
 墜落したワイバーンが、枯れ木を薙ぎ倒しながらこちらに向かって地面を転がってきます。

「おいおい、こっち来んなよ」
「あらら、あのワイバーン、もう飛べないんじゃないかしら?」

 ミトさんの言葉通り、ワイバーンは片翼を支える腕が中程で折れて酷い状態になっています。
 高位の治癒魔法でも掛けない限り、もう飛べないでしょう。

 ワイバーンが衝撃を吸収してくれたのか、その背から投げ出されたトレル卿は、血を流しているもののしっかりとした足取りで長槍を構えます。

『竜よ! 我が人生の全てをこの槍に懸けん! 戦士達よ、我が勲を語り継ぐが良い!』

 トレル卿の長槍が赤い光を帯び、先端に光でできた切っ先が生まれました。
 あれは、もしかして――。

「魔刃ね」
「あれが……」

 ミトさんの見立てを聞いて、ジョンさんが息を呑んで沈黙しました。
 魔刃といえば、セーリュー伯爵領でも2人しか使い手の居ない秘奥の技です。

『いざ! 参る! 魔刃穿孔撃!』

 大砲の弾の様に飛び出したトレル卿が、長槍を構えて竜に突撃します。彼の踏み出した地面が抉れ、土埃が後ろに蹴り上げられました。
 赤い残光を白い靄に残しながら、長槍が竜へと吸い込まれるように突き込まれます。

 これならば、竜の鱗だって貫くに違いありません!

 槍の穂先が、竜の表面で激しく火花を上げます。ところが、槍の穂先は鱗にすら届いていません。いつの間にか竜の鱗の手前に生まれた、鎖帷子のような光の防御膜に阻まれてしまったようです。

『まだまだぁー!』

 トレル卿の裂帛の気合いに呼応して、長槍の表面を覆っていた赤い光が捻り込まれるように先端に集まり、竜の防御膜に僅かばかりの亀裂をいれました。

「すげぇ」
「お爺ちゃん、やるじゃん」

 ミトさんが横で、小さくパチパチと拍手しています。どうして、この人はこんなに暢気なのでしょう。

『GROUUU?』

 竜が小首を傾げて、自身の鱗で止まった槍を羽虫を払うように排除してしまいました。突然自分の手から消えた長槍に一瞬気を逸らしてしまったトレル卿を、竜の手が弾き飛ばします。
 トレル卿は、さきほどのワイバーンと同じように地面を転がって目を回してしまったようです。彼はレベル40超えの猛者のはずなのに、その彼をここまで子供扱いするなんて……。

 竜はトレル卿に歩み寄って、指で突いて反応を見ています。

「ゼナたんは、治癒魔法使える?」
「は、はい、簡単なものなら」

 ミトさんの変わった呼び方が気になりますが、今はそんな場合でもありません。

「上級の『治癒の凱風(キュア・ストリーム)』とかは?」
「すみません、中級までしか……」
「そう、なら骨折の治癒は無理ね」

 ミトさんは、私の言葉に落胆する様子も無く、しばし黙考してから明るい笑顔で予想外の言葉を告げて歩み出しました。

「なら、しゃーないか。皆はここに隠れててね」
「おい、ミト婆。年寄りの冷や水は――」
「悪い口は、これかな~?」
「――若く麗しいお姉さん、失言でした」

 隠れ場所から気楽に出ていくミトさんの後を、ジョンさんがついて行こうとしましたが、リリオが慌てて彼の腕を胸に抱き込んで止めています。私も小声でミトさんを止めましたが、彼女は笑顔で「大丈夫だから、見てなさい」と告げて行ってしまいました。

「そこのドラゴンくーん。試合終了ですよ~。お爺さんはもう戦えないから、フジサン山脈に帰ってくれないかな?」
「ZUGOOOUN」
「あら、やっぱダメ?」

 彼女は、傍に現れた黒い穴から、一本の棒を取り出しました。
 あれは杖? それともフレイルかしら?

「仕方ないな。それじゃ、第二ラウンドの相手をしてあげる」

 彼女の周りに、術理魔法で作られるような透明の刃や板の様なモノが現れます。それらは彼女を守る盾のように、そして外敵を排除する矛のように周囲に浮かび、生き物のように彼女の動きに追従しています。

 まるで、王祖様の伝説にあるような、攻防一体の上級魔法みたい――魔法? そういえば、呪文はいつ唱えたのかしら?

「少し離れるわよ!」

 ミトさんから放たれた見えない魔法の砲弾の雨が、竜の表面に当たって弾けます。先ほどのトレル卿との戦いでは棒立ちだった竜も、この攻撃は痛かったのか慌てて空に逃げました。

 ――竜が逃げるですって?

「じゃ、ちょっと行ってくるわね」

 彼女は、まるで見えない足場でもあるように、空中を跳躍して上空の竜に戦いを挑みにいきました。サトゥーさんよりも身軽な人を、初めて見たかもしれません。

 ミトさんと竜の戦いは、枯れ谷の靄の向こうで繰り広げられたので、詳細はわかりませんでした。
 でも、時折聞こえてくる竜の悲鳴や、楽しそうな笑い声を聞く限りでは一方的な戦いだったに違いありません。

 もし、人からこの話を聞かされたら、きっとホラ話だと思って信じなかったでしょう。





 トレル卿の応急処置が終わる頃には、枯れ谷の向こうに戦場が移ったのか、この辺りは静かになってしまいました。

「ねえ、本当にあのヒトって、何者なのよ?」
「だから、知らねえって。遺跡の地下の隠し扉の奥で眠ってたんだよ」
「遺跡の奥で暮らしてたんでしょうか?」
「さすがに無いだろ」
「そんな事より、少し静かにしてくださいませんか?」

 イオナさんの言葉に口を閉じ、耳を澄ませると、靄の向こうから羽ばたく音が聞こえてきます。やはり、最後は竜が勝ったのでしょうか?

「おーい、終わったよー」

 それは竜の背中から手を振るミトさんの姿でした。反対側の手には、馬の手綱のように竜の口から伸びた淡く光る魔法で作られた鎖を掴んでいます。

「私は、この子をフジサン山脈のテンちゃんの所に返しに行ってくるから、ここでお別れだね。ジョン君、短い間だったけど楽しかったよ! もし、私が恋しくなったら王都の下町を探したらたぶんいるからさー」
「恋しくなんてならねぇよ! それよりも、俺も連れて行け!」
「ごめんねー、天竜の聖域に他の人を連れて行くわけにもいかないのよ。またねー」

 ミトさんはそう告げて大きく手を振ると、竜を駆って空の彼方に飛び去ってしまいました。その姿は、建国の物語に出てくる王祖様や竜騎士様のようです。





 結局、ジョンさんとは枯れ谷で別れ、私達は探索を中断してトレル卿をファウの街まで運ぶことになりました。

 トレル卿ですが、元々、高齢を理由にシガ八剣を退こうとしていて、勇退に相応しい相手を探していたそうなんです。そんな折りに竜の噂を聞き、引退前の最後の戦いを挑もうと思ったとおっしゃっていました。

 彼も最初から勝てるとは思っていなかったそうで、「死に損なった」と呟いて空の向こうを見つめて黄昏れていました。きっと、死なせてしまったワイバーンの冥福を祈っているのでしょう。

 中断してしまった間道の探索ですが、再開する事はありませんでした。

 この数日後に、亜竜が討伐されたからです。
 亜竜は、討伐の為に派遣された王国騎士団ではなく、紫の髪をした勇者様が護国の聖剣クラウソラスを使って討伐したと人伝に伺いました。

 もしかしたら……その勇者様の正体は、ミトさんだったのかもしれません。

 こうして竜騒動も終わり、親切な商人さんの手配で糧食の調達ができた私達は、再び迷宮都市への旅路に戻ることができました。

 その後に幾つもの不思議な事件を経て、ついに迷宮都市の門前へと辿り着きました。正門の左右に立つ2体の巨大な石像が、まるで門番のように睨みを効かせています。

 ここが、迷宮都市セリビーラ。

 すぐに会いに行きますからね。
 サトゥーさん!
※次回更新は、1/19(日)の予定です。
 もしかしたら、週内にSSか11-1を投稿するかも。

 ジョン君⇒「7-15.色々な日本人」や「7-28.幕間:転移者の受難」「9-04.魔狩人の街にて(3)」に出てきた「三人目」のジョンスミス氏です。

 ミトさんの正体は、バレているかもしれませんが、サトゥーと出会うまでは正体不明という事でお願いします。

 トレル卿は、今回の幕間が初登場になります。

※1/12 ゼナが回復魔法を使える(3-1参照)のを指摘していただいたので修正しました。
【SS】熱砂の猛特訓
「アリサ~、何め~とる~?」
『ちょっと待って、1109メートルね』
「わ~い、新記録~?」
『そうよ、おめでとう』

 砂丘の向こうのアリサとお話。
 魔法って、すごい。

『さすがタマなのです。ポチも負けないのですよ!』

 砂丘の向こうからポチが大きく手を振っているのが見える。
 小さく「ぽひゅん」という音がして、ポチが飛んでくる。

 ――あ、ばらんすを崩しちゃった。

 錐揉み状になって、ぐるぐるボスンと砂丘に突っ込んで埋まっちゃった。

 ポチに続いてリザとナナも飛んでくる。
 どっちもポチより短い距離。

 だって、大きいから。

 砂丘に埋まったポチが出てこない。
 心配して駆け寄ったけど、砂丘を掘る前にポチがわさわさと砂を掻き分けて出て来た。

「ぺぺっ、失敗したのです」

 ポチがぶるぶると体を揺すって砂を落とす。
 もちろん、その前に風上に逃げた。

「むぅ」
「ごめんなさい、なのです」

 もろに砂を被ったミーアが膨れてる。
 ポチが謝りながらミーアに付いた砂埃を払う。

『ポチ、1050メートル。残念』
「無念なのです」
「ポチ、どんまい~」
「次は負けないのです!」

 ポチがシュピッのポーズで再戦を挑んできた。
 もちろん、いつだって挑戦は受けちゃう。

 だって、タマはお姉ちゃんだから。



 ポチと競争してダッシュでご主人様の所に駈け戻る。
 後ろで砂に埋まったミーアが凄く怒ってた。

 今度はポチが先行。
 3つ「加速門」の輪に向かって瞬動で飛び込む。

「うわ~、なのです~」

 ポチがさっきと同じ錐揉みで飛んでいく。
 すっごく楽しそう。

 もしかして、錐揉みで飛ぶと楽しい?

 視線を感じて見上げると、ご主人様の優しい笑顔があった。
 思わずニパ~ッと笑い返しちゃう。

「ポチのマネをしてもいいけど、回転中に喋ったら舌を噛むから注意するんだよ」
「あいあいさ~」

 ご主人様は何でもお見通しにゃん。
 タマはシュピッのポーズでご主人様に応えてから、加速門に向かう。

 よ~い、どん!

 空中でポチみたいにバランスを崩してみる。

 くるりん、くるりん、と目が回る。
 空が下にいったり、地面が上にいったり、目まぐるしくて楽しい。

 ご主人様に注意されたのに、自然と笑い声が口から漏れる。

 あっ、もう地面が――。

 ボスンッと砂丘に突っ込んじゃった。
 でも、飛んでいた勢いが止まらずに、そのまま砂を突き抜けて砂丘の反対側から飛び出て地面をクルクルと転がる。

 ――楽しい。
 砂をぶるんと払って、心配そうに駆け寄って来たポチと顔を見合わせて、笑い声を上げる。

 さあ、もう一回!
【SS】熱砂の猛特訓(2)飛行靴編
 ――楽しかった。
 動けなくなるまで遊んでミーアの作ってくれた水のベッドで休憩中。
 ポチも横で寝てる。

 アリサと一緒にご主人様とルルが転移してきた。

「みんな体に痛いところとか無いかい?」

 ご主人様が心配そうに聞いてくるけど、大丈夫。
 どこも痛くない疲れて寝てるだけ。みんなも同じ答えを返してる

「加速門を使ったカタパルト発射と『殻』を展開した滑空ボード機能は上手く動いているみたいだね」
「でも、砂漠ならともかくポチみたいにバランスを崩したら、危ないんじゃない?」
「ポチは怪我してないですよ?」
「うん、普通だったら幾ら砂がクッションになるっていっても、あの速度だと砂漠でも大怪我をしちゃうよ。でも、滑空翼になる箇所以外も『殻』の薄い膜が搭乗者を守っているから、多少の衝撃は大丈夫だよ」

 ご主人様の説明は難しいにゃん。
 もうちょっと判り易く言って欲しい。

 ルルのくれた「すぽーつどりんく」を飲んで元気回復~?
 飲み終わったコップをルルに返して、タマと同じように判っていないポチと一緒に手信号で遊ぶ。

「じゃ、次は飛行靴の方を試そうか」
「前に偽クラウソラスを飛行させるのに使っていた魔法回路ね。ようやく人も浮かべられるようになったの?」
「アレとはまた別の回路だよ。燃費が凄く悪いけどね。これに使ったのはオレの天駆を模した魔法回路なんだ」

 ご主人様のくれたピンクのブーツを履く。
 踵の横に付いた小さな羽根が可愛い。

「靴に魔力を通すと一瞬だけ力場が出来て体を支えてくれるよ」
「あい~」
「がんばるのです!」

 にゅにゅ、難しい。
 きゅっと踏むと、足が引っ付く感じ。しゅっと抜くと落とし穴に落ちた時みたいになる。

 でも、大丈夫。
 だって、タマは忍者だから。

「おお、さすがタマだね」
「うは、空中を歩いてる。やるわね~」

 ご主人様とアリサが誉めてくれる。
 もっと、誉めて。タマは誉められて育つの。

「むむぅ」
「あうち! なのです」
「難しいモノですね」

 横ではミーアとポチが上手く行かなくて砂に顔から墜落した。
 リザはそもそも地面に吸い付いて浮かび上がれないみたい。

「がんば~」

 空中を散歩しながら、皆の応援。ご主人様に貰った「天晴れ」と「ヒノマル」の扇子を両手に「ちあがーる」の舞いを踊る。
 応援のときはコレだってアリサが教えてくれた。

 ありゃりゃ、目が回る~?

「大丈夫かい、タマ」
「空が回る~?」
「魔力切れだね。やっぱり、まだまだ改良が必要そうだ」

 ご主人様にお姫様だっこして貰いながら魔力を分けてもらった。
 せっかくだから、このまま皆の応援をしよう。

 ご主人様の腕の中が暖かくて、なんだが幸せ一杯で眠くなってきた。
 お、応援しないと……。

 ――ムリにゃん。
 眠気の人は強すぎなの。

 ……おやすみなさ~い。ZZzz。
※SS=ショートストーリーなので短いのは仕様です。
 明日のトレル卿のは幕間並みの長さの予定です。
299/413
SS:レリリルの憂鬱?
「ありえねぇです!」

 私室で一人気炎を上げても、それに応えてくれる者はいない。
 賢者様の残された館の管理人を任されたのに、人族の小僧が新しい主になるなんて……。

 せめて、エルフのミサナリーア様が主に就任してくださったら良かったのに。
 よりにもよって、ハイエルフ様のご友人とか馬鹿げたお話まで作って、その片棒をミサナリーア様に担がせるなんて、ふてえヤツです。

 ふるるるる、と管理人のメダリオンから音がする。
 小僧の呼び出しかよ、と思いながらメダルを見ると発信元が世界樹の通信局となっていた。

 慌てて身だしなみをチェックして、メダリオンを軽く叩いて通話状態に切り替える。

『はじめまして、あなたがリレルルね?』
『アーゼさま、違います。レリリルですよ』
『え? うそ、やだ。ごめんなさい、レリルル』
『だから、レリリルですってば』

 普段なら「人の名前を間違えるんじゃねぇです」と怒鳴りつける所だけど、今はそんな余裕は無い。
 だって、メダリオンが映し出した通話相手はエルフ様だけじゃなく、見たら目が潰れそうなほど神々しい聖樹様――ハイエルフのアイアリーゼ様だったのだから……。

 わたしは、きっと今日死ぬんだ。
 エルフ様にお会いできただけでも10年くらいは職務に励めるのに、うちの耄碌爺だってお会いした事がないような聖樹様にお声を掛けてもらえるなんて。

 名前を間違われた事くらいどーってことねぇです。

『リレレル、サトゥーの事をよろしくね。サトゥーなら蔦の館の設備を有効に使ってくれるはず。トーヤの遺言も知っているから、きっと良い行いに使ってくれると思うわ』
「聖樹さまの御心のままに。誠心誠意おつかえ致します」
『アーゼ様、ビロワナン氏族から例の賢者の石の件で通話が入っています』
『あら、すぐ行くわね。じゃ、レリリル――で、あってるわよね? サトゥーのお手伝い頑張ってね』

 聖樹様に名前を呼んで激励して貰えるなんて!
 ああっ、もう、死んでも良いくらい嬉しい。こんな余禄があるなら、小僧の手伝いくらい幾らでもしてやるです。



「あれ? ミサナリーア様はご一緒ではないのですか? 小ぞっ、サトゥー殿」
「ああ、ミーアなら迷宮で頑張ってるよ。オレは、工房を使いに来たんだ」

 人族の分際でエルフ様を愛称で呼ぶなんて、とっても無礼な野郎です。
 でも、聖樹様に頼まれた以上、このレリリル、私心を押し殺して手伝いをしてやるのです。

 どーせ、手伝ってやらなきゃ、この館の装置一つ動かせないに決まってやがるのですから。


 ……どうして初見の装置をそんなに当たり前みたいに動かせるですか?

「ああ、事前にトラザユーヤの残した資料に目を通しておいたからね。それにギリルから蔦の館の設備について『ヒアリング』してあるから問題ないよ。レリリル、悪いけど培養液を合成するから清潔なトレイと大き目のバケツを持ってきてくれないかな?」
「は、はい、です」

 教えられたからといって、使えるわけねぇはずですけど……使いこなしてやがりますね?
 おかしい。このレリリル様だって、耄碌爺の数年にわたる地獄の特訓でようやく機材の使い方を覚えたのに。

 でも、こぞ、サトゥー殿は普通に使っている。
 まるで、使い慣れた道具で料理を作る調理師のように。

 練成機材を魔法を併用して何台も並列して動かすなんて、見ていても信じられねぇです。
 おまけに、この館の偽核(フェイク・コア)の補助があるにしても、あれだけバンバン魔力を使って魔力欠乏症を起さないなんて人とは思えないです。

 まったく、ありえなさすぎて、頭が痛いです。
 聖樹様がお認めになっただけあります。

 そうだ! きっとサトゥー様は、人族の振りをした亜神様か神々の使徒様に違いないのです!
 そう考えればガテンが行くです。

 聖樹様のご友人で、エルフ様を嫁にできるなんて人族のわけがないです。

「急用が出来たので屋敷の方に戻る。レリリル、悪いが工房の後片付けを頼む」
「はい、了解しましたサトゥー様!」

 これからは気合を入れてお仕えしなくては!
 お出かけになられるサトゥー様をお見送りして、私は腕まくりして工房の片付けに向かった。
11-1.祝勝会
※1/27 誤字修正しました。
 サトゥーです。お祝い事というのは嬉しいモノですが、パレードの様な派手なのはちょっと遠慮したい所です。派手好きのアリサ達は喜びそうですが……。





「フロアマスター討伐を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!」」」

 蔦の館で、本日何度目かになる乾杯の音頭を取る。

 迷宮都市への帰還は3日後の予定だ。
 討伐に向かって即日に倒しきった事はないそうで、往復の移動時間とフロアマスターの討伐にかかる時間を考慮して、そのようなスケジュールになっている。
 もっとも、階層の主を撃破して蔦の館に帰還してから、祝勝会が始まるまでに半日もかかってしまった。





 戦利品の回収を済ませ、比較的損傷の少ないイカの身とゲソを確保して蔦の館へと帰還した。

 地上の事も気になるが、やはり身内の事を先に片づけるべきだろう。
 蔦の館にあるオレの研究室に、アリサだけを呼び出した。

 オレは意を決して、「不死の王(ノーライフ・キング)」ゼンや狗頭の魔王から聞いた転生者と魔王、ユニークスキル、神の欠片といったキーワードに関する情報を告げ、そこにオレの見解を付け加えた。

「――という事らしいんだ」
「何か秘密にしてると思ったら……」

 深刻な顔で黙られてしまったので、膝の上に抱き上げて胸に顔を埋めさせて慰めようとしたのだが、あっさりと「もちろん、知ってたわよ?」と返されて、頭を撫でる手のやり場に困ってしまった。

「だって、その辺は転生するか神様に尋ねられた時に、説明して貰ったもの」
「詳しく聞いていいか?」

 アリサは、唇の下に指をあてて「甘いキスをくれたら何でも話すわ」と寝ぼけた事を言ってきたので「命令」して喋らせた。

「うう、いけず」
「いいから、話せ」

 まったく、アリサの行動は、どこまで本気か判りにくい。

「う~んとね。聞いたこと全部は話せないわよ? 神様に口止めというか制限を掛けられているの」

 そう、前置きしてアリサは話し始めた。

 新しい情報はそう多くない。

 ――転生する時に、神の欠片を受け入れて、1つの欠片につき1つのユニークスキルを得られる事。

 これは、大体予想が付いていた。

 ――神の欠片を人の魂が受け入れるには適性が必要な事。

 大抵の転生候補者は、一つ目を受け入れきれずに魂が消滅してしまうらしく、2つ以上受け入れる事ができる者は希らしい。
 アリサによると欠片を受け入れる時に、なんとなく「マダ行ける」「もうムリ」とかが判ったそうだ。

 ――神の欠片を受けて転生した者が必ずしも魔王に成るわけでは無い事。

 むしろ、魔王に成る方が珍しいそうだ。1つの欠片で魔王に成った者も居たらしいが、大抵は3つ以上の欠片を持つ者が魔王へと成り上がるのだそうだ。
 ……それって、2つのアリサよりも、4つあるオレの方が危なかったりしないか?

 ――ユニークスキルの使用回数は、魂のリミッターという事。

 回数を超えて使用する事はできるが、限界を超えてユニークスキルを使用すると魂が摩耗して神の欠片を納める事ができなくなってしまうらしい。
 そして、納めきれなくなった時に、器になっている魂が壊れて消滅するか、魔王へと変化(へんげ)するそうだ。

 狗頭が言っていた「絶望して魔王に成る」というのは、絶望して自棄になった転生者が限界を超えてユニークスキルを使った挙げ句に魔王へと変化する事を指していたのだろう。

 最後に、神についての情報を尋ねる。

「それで、アリサを転生させた神の名前は?」
「それがね~、『神』としか言われなかったんだけど、あのときは『そっか~、神様なのか~』って、あっさり納得しちゃったのよね。物語とかの神様転生でも、神様の名前を聞いたヤツなんていないでしょ?」
「神の姿は判るか?」
「肉体のない魂だけの存在で出会ったから判んないのよ。男か女か、老人なのか幼いのか、イケメンなのかブサメンなのか、それ以前に人の姿なのかさえ判らないわ」

 神様転生という見知らぬワードが出たが、なんとなく判るのでスルーした。
 結論としては正体不明という事らしい。

 ある程度、神の正体の予想は付くが、決めつけるのは良くないので結論は保留する。
 相手が神である以上、何らかの思惑があってミスリードされていないとも限らないしね。

 それ以前に、本当に神かも判らない。
 神の名を騙る悪魔や第三者なんて、物語の定番なのだから。





 アリサが、狗頭と出会った時に限界を超えてでも戦おうとしていた、と聞いて背筋が寒くなった。
 八つ当たり気味に梅干しで反省を促しておく。もちろん、オレ自身が正確なレベルを秘密にしていたのが遠因なので、そろそろ教えておく頃合いかもしれない。

 アリサだけに告げても良かったが、アリサ並に心配症のリザもついでに教えておく事にした。
 他の面々は、戦闘面でオレがどうにかなるとは思っていないようなので、この2人の反応を見て伝えるか決めようと思う。

「さんびゃくじゅういち?」
「さすがは、ご主人様です」

 アリサは、カクンと音がしそうなくらい口をぽか~んと開いたまま言葉が続かないようだ。
 リザは、驚きつつも誇らしそうに賞賛の言葉を告げて、神妙に頷いている。
 ニマニマするリザというのはレアかもしれない。

 この2人の反応の差は、異常さを実感できる情報を持っているか否かの違いだろう。
 特にリザは、ブースト装備で格上の敵を中心に討伐していたので、レベルが上がるほどに必要経験値が増えるという事に実感が無いはずだ。彼女にしてみれば、レベル311も「頑張ればそのうち到達できる」くらいの認識なのだろう。

 他の面々は、知りたがったら教えてやろうと思う。
 オレのレベルについての情報は極秘にするように、2人に言い含めておいた。





 さて、身内の方はこれでいいとして、次は屋敷などに残してきた使用人達のケアをしよう。

 アリサを呼び出す前に、屋敷や都市内を「遠見(クレアボヤンス)」の魔法で確認したが、なかなか大きな騒ぎになっているようだった。

 屋敷の方はミテルナ女史が、職人長屋はポリナが、そして孤児院や養成所の方は麗しの翼の2人や獣人の教師達が、それぞれ秩序を保つように奮闘してくれていた。
 そのお陰で、不安そうにしているもののパニックを起こしたりはしていないようだ。幼児達は盛大に泣いていたが、周りの年長の子達があやしてくれるのを期待しよう。

 むしろ、騒ぎが大きいのは街中だった。
 太守の館や、探索者ギルド、方面軍の駐屯地に人々が殺到して、暴動でも起こったかのような騒ぎになっている。

 探索者ギルドは、ギルド長が天空に火球を打ち上げて「静かにしないと魔王が来る前に火だるまにするよ!」と宣言し、よりいっそう騒ぎを大きくしてしまい、隣にいたエルフの女性と秘書さんに叱られていた。

 そういえば直接会った事がなかったが、エルフのセベルケーア女史は落ち着いた様子の見目麗しい少女のようだ。酒の席でギルド長から聞いた、セベルケーア女史の武勇伝からは想像できない可憐な姿だ。
 たぶん、ギルド長が話を盛ったのだろう。


 さすがに、騒ぎの片棒を担いだ以上、これを放置したままだと宴会が楽しめないので、アーゼさん経由でセベルケーア女史に「勇者が魔王を討伐した」とだけ伝えて貰った。彼女の属する氏族のハイエルフ経由だったので、伝わるのに少し時間がかかってしまった。

 それでも、ちゃんと伝わったらしく迷宮都市の暴動寸前の騒ぎは沈静化し、今では一転してお祭り騒ぎに変わっている。

 屋敷や孤児院、訓練所には、「サトゥーの知り合いの商人」という触れ込みのアキンドーとして、「魔王倒滅」祝いのご馳走をプレゼントしてある。
 もちろん、アキンドーの正体は変装したオレ自身だ。
 ああ、ややこしい。


 一応、勇者にも例の無線機で、魔王倒滅を通知しておいた。
 もちろん、サトゥーでは無くナナシでだ。

 勇者は、イタチの帝国にある迷宮を調査しているそうなので、連絡相手はノノという抑揚のない声の女性だった。
 オレ達と入れ替わりに迷宮都市セリビーラから勇者の元へと出発したそうで、直接の面識は無い。
 勇者の仲間だから、きっと巨乳に違いない。一度、会ってみたかった。





「ちょっふぉ、飲んでりゅ?」
「飲んでるよ」

 酔っ払ったアリサが、でろんと肩口にもたれ掛かるように絡んできた。
 膝の上は、タマとミーアの激しい戦いが続いているので、そちらは諦めて後ろからにしたらしい。

 今日は、フロアマスター討伐のお祝いなので、特別に飲酒を許可してある。

「そうりょ~、もっろ飲んで野獣になりゅの! そいで、わらしの青い肉体(にくりゃい)をむさぼうのよ~」
「はいはい、10年後にでも頂くよ」

 オレの顔を抱え込んで、唇を奪おうとするアリサを引きはがしながら、適当に返事をしておく。

「タマは、ずるいんじゃないかしら? ずるいと思うの。だって、独り占めは独占禁止で、わりゅいのひょ? だから、たまには私にも譲るべきじゃないかしりゃ? 譲るべきひょ」
「にゅ~? ここはタマの場所。だって、安心だから~?」

 ミーアの長文も珍しいけど、タマの長文はもっと珍しいな。
 独占といっているが、タマが不在の時はミーアも良く座ってるじゃないか。

「リザ! こっちの銀色のお肉が強すぎなのです!」
「これは素晴らしいですね! ポチ、良いですか? まず、歯に魔力を通します。ですが、あまり流しすぎて歯を痛めないように注意なさい」
「あいなのです! 魔歯なのです!」

 冗談で、ルルの包丁でも切れないクジラの硬質な部位を、聖剣で切り出して食用では無く刺身の盛りつけ用の飾りに使ったんだが……。
 なにやら、リザとポチの琴線に触れてしまったみたいだ。

「くにゅにゅ、かみ切れないのです」
「今までに無い歯ごたえですね。クジラに似た旨味があるのですが、ちゃんと噛まないと胃にもたれそうです」
「この肉の人は強すぎなのです!」

 たぶん、リザとポチも酔っている。
 草履サイズの銀色に光る薄い肉片を、両手に持って一生懸命に咀嚼しているが、かみ切れないようだ。
 歯形が付くだけでも凄い。

 お腹を壊さないように後で胃腸薬を調合しておこう。

「マスター、魔力の循環に支障が出ています。メンテナンスを!」
「ちょっと、ナナさん、ダメです! 脱がないでぇ~!」

 酔ったナナが、衣装をはだけてにじり寄ってくる途中で、シーツを持ったルルにインターセプトされていた。
 レベルが上がってから、ルルの行動が素早すぎてラッキースケベ率が下がった気がする。

 師匠さん達や水増し戦力役の人達も、パーティー会場内で楽しそうに酒や料理を楽しんでくれているようだ。

 酔った師匠達が、新技を試したいとゴネだしたので上層の狩り場に連れて行った。
 どうやら、ウチの子達の戦いを見て触発されたらしい。

 酔っ払いつつも、その技は冴え渡り色々な秘技を間近に見せて貰って、ほくほく顔で宴会場に連れ帰ったら、なぜかミーアやアリサにギルティ呼ばわりされてしまった。

 やはり、ポルトメーア女史が半脱ぎだったのがマズかったのだろうか?
 中学生くらいの子供に欲情するわけがないのに、とても心外だ。

 それはともかく、宴は翌朝まで続き、竜泉酒やドワーフ殺しなどの貴重な酒を浴びるように飲み明かした。

 やっぱり、宴会は人数が多い方が楽しいね。
 次回更新は、1/19(日)の予定です。
※スキル一覧と10章人物紹介は、週末に割り込み投稿します。





※作者よりのお知らせ

 書籍化します。

 詳細は次回更新時までに活動報告の方で発表させていただきます。
 なお、ダイジェスト化はありません。
11-1.祝勝会
※1/27 誤字修正しました。
 サトゥーです。お祝い事というのは嬉しいモノですが、パレードの様な派手なのはちょっと遠慮したい所です。派手好きのアリサ達は喜びそうですが……。





「フロアマスター討伐を祝って、乾杯!」
「「「乾杯!」」」

 蔦の館で、本日何度目かになる乾杯の音頭を取る。

 迷宮都市への帰還は3日後の予定だ。
 討伐に向かって即日に倒しきった事はないそうで、往復の移動時間とフロアマスターの討伐にかかる時間を考慮して、そのようなスケジュールになっている。
 もっとも、階層の主を撃破して蔦の館に帰還してから、祝勝会が始まるまでに半日もかかってしまった。





 戦利品の回収を済ませ、比較的損傷の少ないイカの身とゲソを確保して蔦の館へと帰還した。

 地上の事も気になるが、やはり身内の事を先に片づけるべきだろう。
 蔦の館にあるオレの研究室に、アリサだけを呼び出した。

 オレは意を決して、「不死の王(ノーライフ・キング)」ゼンや狗頭の魔王から聞いた転生者と魔王、ユニークスキル、神の欠片といったキーワードに関する情報を告げ、そこにオレの見解を付け加えた。

「――という事らしいんだ」
「何か秘密にしてると思ったら……」

 深刻な顔で黙られてしまったので、膝の上に抱き上げて胸に顔を埋めさせて慰めようとしたのだが、あっさりと「もちろん、知ってたわよ?」と返されて、頭を撫でる手のやり場に困ってしまった。

「だって、その辺は転生するか神様に尋ねられた時に、説明して貰ったもの」
「詳しく聞いていいか?」

 アリサは、唇の下に指をあてて「甘いキスをくれたら何でも話すわ」と寝ぼけた事を言ってきたので「命令」して喋らせた。

「うう、いけず」
「いいから、話せ」

 まったく、アリサの行動は、どこまで本気か判りにくい。

「う~んとね。聞いたこと全部は話せないわよ? 神様に口止めというか制限を掛けられているの」

 そう、前置きしてアリサは話し始めた。

 新しい情報はそう多くない。

 ――転生する時に、神の欠片を受け入れて、1つの欠片につき1つのユニークスキルを得られる事。

 これは、大体予想が付いていた。

 ――神の欠片を人の魂が受け入れるには適性が必要な事。

 大抵の転生候補者は、一つ目を受け入れきれずに魂が消滅してしまうらしく、2つ以上受け入れる事ができる者は希らしい。
 アリサによると欠片を受け入れる時に、なんとなく「マダ行ける」「もうムリ」とかが判ったそうだ。

 ――神の欠片を受けて転生した者が必ずしも魔王に成るわけでは無い事。

 むしろ、魔王に成る方が珍しいそうだ。1つの欠片で魔王に成った者も居たらしいが、大抵は3つ以上の欠片を持つ者が魔王へと成り上がるのだそうだ。
 ……それって、2つのアリサよりも、4つあるオレの方が危なかったりしないか?

 ――ユニークスキルの使用回数は、魂のリミッターという事。

 回数を超えて使用する事はできるが、限界を超えてユニークスキルを使用すると魂が摩耗して神の欠片を納める事ができなくなってしまうらしい。
 そして、納めきれなくなった時に、器になっている魂が壊れて消滅するか、魔王へと変化(へんげ)するそうだ。

 狗頭が言っていた「絶望して魔王に成る」というのは、絶望して自棄になった転生者が限界を超えてユニークスキルを使った挙げ句に魔王へと変化する事を指していたのだろう。

 最後に、神についての情報を尋ねる。

「それで、アリサを転生させた神の名前は?」
「それがね~、『神』としか言われなかったんだけど、あのときは『そっか~、神様なのか~』って、あっさり納得しちゃったのよね。物語とかの神様転生でも、神様の名前を聞いたヤツなんていないでしょ?」
「神の姿は判るか?」
「肉体のない魂だけの存在で出会ったから判んないのよ。男か女か、老人なのか幼いのか、イケメンなのかブサメンなのか、それ以前に人の姿なのかさえ判らないわ」

 神様転生という見知らぬワードが出たが、なんとなく判るのでスルーした。
 結論としては正体不明という事らしい。

 ある程度、神の正体の予想は付くが、決めつけるのは良くないので結論は保留する。
 相手が神である以上、何らかの思惑があってミスリードされていないとも限らないしね。

 それ以前に、本当に神かも判らない。
 神の名を騙る悪魔や第三者なんて、物語の定番なのだから。





 アリサが、狗頭と出会った時に限界を超えてでも戦おうとしていた、と聞いて背筋が寒くなった。
 八つ当たり気味に梅干しで反省を促しておく。もちろん、オレ自身が正確なレベルを秘密にしていたのが遠因なので、そろそろ教えておく頃合いかもしれない。

 アリサだけに告げても良かったが、アリサ並に心配症のリザもついでに教えておく事にした。
 他の面々は、戦闘面でオレがどうにかなるとは思っていないようなので、この2人の反応を見て伝えるか決めようと思う。

「さんびゃくじゅういち?」
「さすがは、ご主人様です」

 アリサは、カクンと音がしそうなくらい口をぽか~んと開いたまま言葉が続かないようだ。
 リザは、驚きつつも誇らしそうに賞賛の言葉を告げて、神妙に頷いている。
 ニマニマするリザというのはレアかもしれない。

 この2人の反応の差は、異常さを実感できる情報を持っているか否かの違いだろう。
 特にリザは、ブースト装備で格上の敵を中心に討伐していたので、レベルが上がるほどに必要経験値が増えるという事に実感が無いはずだ。彼女にしてみれば、レベル311も「頑張ればそのうち到達できる」くらいの認識なのだろう。

 他の面々は、知りたがったら教えてやろうと思う。
 オレのレベルについての情報は極秘にするように、2人に言い含めておいた。





 さて、身内の方はこれでいいとして、次は屋敷などに残してきた使用人達のケアをしよう。

 アリサを呼び出す前に、屋敷や都市内を「遠見(クレアボヤンス)」の魔法で確認したが、なかなか大きな騒ぎになっているようだった。

 屋敷の方はミテルナ女史が、職人長屋はポリナが、そして孤児院や養成所の方は麗しの翼の2人や獣人の教師達が、それぞれ秩序を保つように奮闘してくれていた。
 そのお陰で、不安そうにしているもののパニックを起こしたりはしていないようだ。幼児達は盛大に泣いていたが、周りの年長の子達があやしてくれるのを期待しよう。

 むしろ、騒ぎが大きいのは街中だった。
 太守の館や、探索者ギルド、方面軍の駐屯地に人々が殺到して、暴動でも起こったかのような騒ぎになっている。

 探索者ギルドは、ギルド長が天空に火球を打ち上げて「静かにしないと魔王が来る前に火だるまにするよ!」と宣言し、よりいっそう騒ぎを大きくしてしまい、隣にいたエルフの女性と秘書さんに叱られていた。

 そういえば直接会った事がなかったが、エルフのセベルケーア女史は落ち着いた様子の見目麗しい少女のようだ。酒の席でギルド長から聞いた、セベルケーア女史の武勇伝からは想像できない可憐な姿だ。
 たぶん、ギルド長が話を盛ったのだろう。


 さすがに、騒ぎの片棒を担いだ以上、これを放置したままだと宴会が楽しめないので、アーゼさん経由でセベルケーア女史に「勇者が魔王を討伐した」とだけ伝えて貰った。彼女の属する氏族のハイエルフ経由だったので、伝わるのに少し時間がかかってしまった。

 それでも、ちゃんと伝わったらしく迷宮都市の暴動寸前の騒ぎは沈静化し、今では一転してお祭り騒ぎに変わっている。

 屋敷や孤児院、訓練所には、「サトゥーの知り合いの商人」という触れ込みのアキンドーとして、「魔王倒滅」祝いのご馳走をプレゼントしてある。
 もちろん、アキンドーの正体は変装したオレ自身だ。
 ああ、ややこしい。


 一応、勇者にも例の無線機で、魔王倒滅を通知しておいた。
 もちろん、サトゥーでは無くナナシでだ。

 勇者は、イタチの帝国にある迷宮を調査しているそうなので、連絡相手はノノという抑揚のない声の女性だった。
 オレ達と入れ替わりに迷宮都市セリビーラから勇者の元へと出発したそうで、直接の面識は無い。
 勇者の仲間だから、きっと巨乳に違いない。一度、会ってみたかった。





「ちょっふぉ、飲んでりゅ?」
「飲んでるよ」

 酔っ払ったアリサが、でろんと肩口にもたれ掛かるように絡んできた。
 膝の上は、タマとミーアの激しい戦いが続いているので、そちらは諦めて後ろからにしたらしい。

 今日は、フロアマスター討伐のお祝いなので、特別に飲酒を許可してある。

「そうりょ~、もっろ飲んで野獣になりゅの! そいで、わらしの青い肉体(にくりゃい)をむさぼうのよ~」
「はいはい、10年後にでも頂くよ」

 オレの顔を抱え込んで、唇を奪おうとするアリサを引きはがしながら、適当に返事をしておく。

「タマは、ずるいんじゃないかしら? ずるいと思うの。だって、独り占めは独占禁止で、わりゅいのひょ? だから、たまには私にも譲るべきじゃないかしりゃ? 譲るべきひょ」
「にゅ~? ここはタマの場所。だって、安心だから~?」

 ミーアの長文も珍しいけど、タマの長文はもっと珍しいな。
 独占といっているが、タマが不在の時はミーアも良く座ってるじゃないか。

「リザ! こっちの銀色のお肉が強すぎなのです!」
「これは素晴らしいですね! ポチ、良いですか? まず、歯に魔力を通します。ですが、あまり流しすぎて歯を痛めないように注意なさい」
「あいなのです! 魔歯なのです!」

 冗談で、ルルの包丁でも切れないクジラの硬質な部位を、聖剣で切り出して食用では無く刺身の盛りつけ用の飾りに使ったんだが……。
 なにやら、リザとポチの琴線に触れてしまったみたいだ。

「くにゅにゅ、かみ切れないのです」
「今までに無い歯ごたえですね。クジラに似た旨味があるのですが、ちゃんと噛まないと胃にもたれそうです」
「この肉の人は強すぎなのです!」

 たぶん、リザとポチも酔っている。
 草履サイズの銀色に光る薄い肉片を、両手に持って一生懸命に咀嚼しているが、かみ切れないようだ。
 歯形が付くだけでも凄い。

 お腹を壊さないように後で胃腸薬を調合しておこう。

「マスター、魔力の循環に支障が出ています。メンテナンスを!」
「ちょっと、ナナさん、ダメです! 脱がないでぇ~!」

 酔ったナナが、衣装をはだけてにじり寄ってくる途中で、シーツを持ったルルにインターセプトされていた。
 レベルが上がってから、ルルの行動が素早すぎてラッキースケベ率が下がった気がする。

 師匠さん達や水増し戦力役の人達も、パーティー会場内で楽しそうに酒や料理を楽しんでくれているようだ。

 酔った師匠達が、新技を試したいとゴネだしたので上層の狩り場に連れて行った。
 どうやら、ウチの子達の戦いを見て触発されたらしい。

 酔っ払いつつも、その技は冴え渡り色々な秘技を間近に見せて貰って、ほくほく顔で宴会場に連れ帰ったら、なぜかミーアやアリサにギルティ呼ばわりされてしまった。

 やはり、ポルトメーア女史が半脱ぎだったのがマズかったのだろうか?
 中学生くらいの子供に欲情するわけがないのに、とても心外だ。

 それはともかく、宴は翌朝まで続き、竜泉酒やドワーフ殺しなどの貴重な酒を浴びるように飲み明かした。

 やっぱり、宴会は人数が多い方が楽しいね。
 次回更新は、1/19(日)の予定です。
※スキル一覧と10章人物紹介は、週末に割り込み投稿します。





※作者よりのお知らせ

 書籍化します。

 詳細は次回更新時までに活動報告の方で発表させていただきます。
 なお、ダイジェスト化はありません。
11-2.再会(1)
※2014/1/18 誤字修正しました。
 サトゥーです。旧友との思わぬ再会は嬉しいものです。例え再会した相手の名前が思い出せなくても、です。





「まぁ、ずいぶん大きな魔核(コア)ですね。まるで、階層の主(フロアマスター)の魔核みたい――」

 顔の半分を包帯で覆ったアリサが、巨大な魔核をドヤ顔で突き出す。
 やや驚きながら魔核を受け取ったギルド職員の表情が凍っていく。彼女は物品鑑定のスキルを持っているので、その魔核が何か判ったのだろう。

 さび付いたロボのような動きで、こちらに顔を向けて来た。

「あの、これはまさか」
「そうよ! 上層の主を倒してきたのよ!」

 アリサが答えるが、ギルド職員はオレに視線を合わせたまま、否定して欲しそうな顔でこちらを凝視している。
 そんなに信じたくないのだろうか?

「はい、階層の主の魔核ですよ」

 そう断言すると、その職員は卒倒してしまった。魔核を落とされても困るので、彼女と一緒に受け止める。
 見ない顔だが新人職員だったのだろうか?

 後ろにいた年嵩の職員が、ギルドへの連絡や卒倒した職員の介抱を手配してくれた。

 オレ達は、彼の先導で迷宮都市へと向かう。
 フロアマスターの魔核は、倒したパーティーの者が運搬する慣例らしいので、オレがそのまま持ち運んだ。





 オレ達が西門を出るとざわめきが広がった。
 迷宮門を出た所でも驚かれたが、こちらの方が騒ぎが大きかった。

 オレ達は、いつもの迷宮出入り用の旧装備を破損加工し、特殊メイクや包帯で激戦の後のような仮装をしている。
 実際、怪我らしい怪我などしていないのだが、無傷だとフロアマスター討伐の信憑性が下がるので、こんな感じで演出してみた。

『おい! 「傷知らずのペンドラゴン」の連中が怪我しているぞ!?』
『ほんとだ! 盾姫の盾まで裂けているぞ!』

 盾姫って、ナナの事かな?
 しかし、「傷知らず」は言いすぎだ。いつも地上に戻る前に治療しているだけで、後衛3人も含めて一度もケガをした事のないメンバーはいない。

『まさか、階層の主にでも挑んだのか?』
『いくら、ペンドラゴンの連中でも無いだろう』
『ああ、「深層の輪舞」が赤鉄の連中を集めて鳴り物入りで出かけて、階層の主どころか、その召喚用の魔核を取りに行って半壊したばかりだからな』

 忙しく各地を飛び回っている間に、そんな事があったのか。
 適当に周りの騒ぎに耳を傾けながら探索者ギルドに向かって進む。

『黒槍のリザの抱えてる豆鎧の2人は死んでないよな?』
『ああ、よく抱えられてるから大丈夫じゃないか? ほら、手を振ってるし』

 死んだふり役のポチとタマが愛想良く手を振っている。
 これじゃ、重傷メイクの意味が無い。まあ、いいか。

「ふはははー! これをみるがいい!」

 オレに肩車されたアリサが、ビーチボールサイズのフロアマスターの魔核を頭上に掲げて周囲にアピールする。
 ざわざわと、さざめくように探索者達や街の人達が言葉を交わし合う。

 アリサは、顔に眼帯のような感じで血を滲ませた包帯を巻いていて大怪我を演出している。ちゃんとフードの下には金髪のカツラを装備済みだ。

「これこそは!」

 アリサが、そこまで言って言葉を止める。
 続きを期待して、ざわざわしていた周りの連中が、一斉に息を呑む。

「これこそは、上層の主『赤雷烏賊(サンダー・スクィッド)』の魔核よ!」

 アリサが、そう宣言すると、爆発するような騒ぎが巻き起こった。
 本当に派手好きなヤツだよ。





「まったく、本当に階層の主を討伐しちまうとはね」
「ええ、こちらの方々と合同で、ですけどね」

 ギルド長の執務室で討伐の詳細を報告した。

 ここにいるのは、討伐に参加したという事になっている各パーティーのリーダー役だけだ。
 他のメンツは、怪我の治療を理由に屋敷に移動させてある。

「それでは、7団体72名で挑んで、生存者15名ですか。被害が大きい方ですが、最短記録ですね」
「火力重視の構成でしたからね」

 最短というのに少し驚いたが、無表情(ポーカーフェイス)スキルが、頑張ってくれた。
 とりあえず、適当に話を合わせておく。

 それにしても、移動時間分はちゃんと加算したし、オレが狗頭の魔王を討滅するまでの時間をロスしているはずなのに最短だったのか。

 秘書さんが、色々な書類を机に並べながら話を続ける。

「それで、ミスリル証を申請されるのは、『ペンドラゴン』と『侍大将』『青薔薇』『双鬼』『大精霊の祝福』の5団体15名でよろしいですか?」
「拙者は遠慮しておこう」
「我らは不要だ」
「同じく」
「50年も生きてない小僧の下に付く気は無い」
「あ、あの……」

 師匠さん達の演技指導は、もう一度しておくべきだった。昨日までの宴会で、レクチャーしておいた内容が消し飛んでしまったみたいだ。

 秘書さんが、予想外の返答に困っているので、フォロー気味に切り出す。

「私達は申請させて頂きます」
「は、はい、それでは本当に『ペンドラゴン』以外の方は申請なさらないのですか?」
「くどい」
「後の差配はペンドラゴン卿に任せる」

 師匠さん達にそう断言されて、ギルド長や秘書さんは一旦引く事にしたようだ。オレ以外は、ギルド長に許可されて執務室を出て行った。

 恐らく、後から再度交渉するつもりなんだろう。
 ギルド長や秘書さんから交渉の代行を求められたが、遠回しに断った。

 師匠達の出自についても尋ねられたが、迷宮都市内で強そうな人をスカウトしただけなので詳しくは知らない、と誤魔化してある。

 続けて宝物の中からどれを選ぶか尋ねられたので、「物品鑑定」の宝珠を指定した。
 アタリ宝珠の中でも、「宝物庫(アイテムボックス)」並に取り合いになるスキルらしい。
 予定では、ルルに使わせて食材のチェックに有効活用して貰おうと思っている。





 翌日、オレ達はギルド長と太守共催によるパレードに強制参加させられた。

 派手に飾りつけられた3台の馬車に分乗し、市内中をパレードするのだそうだ。
 師匠達は、昨日の内にボルエナンの森へと送っていたので今居るのは「ペンドラゴン」のメンバーだけだ。

 一番先頭の馬車は、オレとアリサ、ミーアの3人だ。2番目がポチとタマ、リザで、最後尾がルルとナナになっている。
 オレ以外は昨晩の内にくじ引きで決めたようだが、予備抽選で引く順番を決めてからとか厳重すぎる。よっぽど、このパレードが楽しみだったのだろう。

 皆、ドレスアップした上に戦利品の装備品を身につけて、周囲に笑顔を振りまいている。
 もちろん、オレも何時もよりフォーマルなローブに、アリサの選んだ派手な金モールのついたショートタイプのマントを羽織っている。

『アリサちゃ~ん、こっち向いて~』
『ミーア様、目もくらむような麗しいお姿です!』
『アリサ! 今度、串焼きでも奢れよ!』
『ああ、ミーア様。今日も儚げなその横顔が鈴蘭のように爽やかで――』

 おお、ミーアがモテている。「モテモテだね」と感心したら「違う」と強い口調で否定されてしまった。ちょっとデリカシーが足りなかったかもしれない。反省反省。

 それにしても、アリサに声を掛けるのが童女や悪ガキばかりなのが哀れだ。
 きっとアリサも慰められたくないに違いないので、そっとしておこう。さっきからチラチラとこっちを見たり「またガキんちょか~」とか呟いては視線を寄越したりしているが、優しさが辛いときもあるだろうからスルーしておくのが正解だろう。

 沿道の娼婦っぽいお姉さん達に「若様~」と声を掛けられたので、手を振って愛想をふりまく。アリサとミーアに左右からツネられたのは言うまでもない。

 馬車の前で竿の先に花びらの入った篭を振りながら先導してくれる「ぺんどら」の子達と一緒に、パレードの列はフロアマスター討伐お披露目の会場へと入っていった。





 そして、オレ達は2時間にも渡るフロアマスター討伐お披露目会を無事に済ませた。

 最初の討伐の挨拶も恥ずかしかったが、貴族や街の名士、ミスリル証の探索者達からの祝賀メッセージを笑顔で聞き続けるのがなかなか辛かった。
 その後の戦利品の紹介では、エンターティナーなアリサの語り口調に加え、複数の楽器を使ったミーアによる効果音が人々の興奮を倍増し、会場のテンションが危ないくらい高くなっていた。

 先ほど全てのプログラムが終了し、会場では立食パーティーが始まっている。
 この会場の端に用意された出店には様々な料理や酒が用意され、すべて無料で振舞われる。
 費用は探索者ギルド――というか国王が負担してくれるらしい。別にオレが出してもよかったのだが、慣例という事なので甘えておく事にした。

「でもさ、良かったの?」
「何がだ?」

 会場の控え室に行く途中で、気まずそうにしたアリサがそう話しかけてきた。

「だって、目立ちたくないって何時もいってたじゃん」
「構わないよ。目立ちたくなかったのは、ウチの子達が自分で身を守れるようになる前に、ヘンなヤツに目を付けられるのが怖かったからだよ」

 今なら、毒や強力な罠でも用意しない限り軍隊相手でもなんとかなるはずだ。
 人脈も十分に築いたし、オレ達に敵対する人や勢力があれば自然と耳に入ってくるので、抱き込むなり敵の敵を利用するなりしてサクサクと排除すればいいだろう。

 オレの場合は、ヘンなのに目を付けられて排除する内に、魔王フラグが立ちそうだったから目立ちたくなかっただけだ。周りに追われる事になったら、物見遊山とかがしにくくなる。
 同じ理由で、勇者ナナシがオレ自身である事を身内以外にカミングアウトする気は無い。
 勇者ハヤトみたいに、公務で遊ぶ暇も無い状態になりたくないからね。

「でも、シガ王国で変な役職とか押し付けられないかな?」
「大丈夫だろう。ギルド長以外の大臣職や将軍職は、門閥貴族が独占しているからね。もし、来るとしても騎士団や諜報部署なんかのお誘いくらいだろう? その辺ならコネでどうとでも断れるから大丈夫だよ」

 むしろ、王宮の料理人になれと言われる可能性の方が高そうだ。





 ギルドの職員に付き添われて、先ほど紹介していた戦利品を地下金庫へと運び込む。
 ここから王都までの搬入は、ギルド職員と近衛騎士団の仕事になる。物品鑑定の宝珠には、念の為にマーカーを付けておいた。

「みんな、お疲れ様。オレは立食パーティでお偉いさん達に挨拶があるけど、皆はどうする? 疲れたなら屋敷に帰って休んでもいいよ?」
「ダメよ! ミーア達と一緒にステージでライブするの!」
「ん」
「タマはみわくのだんさ~?」
「ポチだって、クルクルと踊るのです!」

 年少組の4人はライブか。

「それは楽しそうだね。後で見に行くよ」
「ん、約束」
「ぜったい来てよ?!」
「がんばる~」
「サイコーの舞台にするのです!」

 気合を入れた4人はそれで良いとして、他の面々は?

「マスター、私は孤児院でシロとクロウを回収してきます」
「休んでなどいられません。私には露店の全ての肉を制覇する使命があるのですから!」

 この2人はブレないな。

「ご主人さま、私は迷宮大魚の解体ショーを頼まれているのですが、行ってもいいでしょうか?」
「もちろん、いいよ。でも、包丁は屋敷にある普通のヤツを使うようにね」
「はい!」

 それにしても、迷宮大魚なんて中層にしか居ないのに、誰が獲りに行ったんだろう?
 オレ達の帰還から獲りに行っていたら間に合わないだろうから、太守あたりが依頼していた品を回してくれたのかもね。

 皆の予定を聞きながらギルドの地上階に戻る。

 そこでオレ達は、懐かしい人に再会した。
 次回更新は、1/26(日)の予定です。
11-3.再会(2)
※1/27 誤字修正しました。

 サトゥーです。修羅場という言葉は、本来、痴情のもつれなどの愁嘆場を指すそうです。幸いな事にそちらの意味の修羅場には突入した事はありませんが、炎上プロジェクトの後始末的な修羅場なら日常茶飯事だったりします。どちらの方がマシなんでしょうね……。





 オレはレーダーのマーカー表示で気がついていたが、サプライズの為に周りの面々には内緒にしていた。

『おい、アレみろよ』
『う、うそだろ?』
『おお……神よ……』

 気持ちはわかるが最後のヤツは、ちょっと大げさだ。

『なんて綺麗なんだ……』
『おお! 我が麗しの女神よ! お忘れでしょうか――』

 人々のざわめきの向こうで、大盾のジェルが話の途中で排除されるのが見えた。

「サトゥー!」

 彼女は人ごみの向こうから、空を舞ってオレ達の前に現れた。
 探索者ギルドの吹き抜けのロビーだから天井が高くてぶつからなかったようだが、ドレス姿で飛ぶのはどうかと思う。

 そんな事を考えながらも、オレの視線は揺れる2つの奇跡に奪われたままだ。

「来たわよ!」

 真っ赤な顔で照れながら、偉そうに腕を組んでそう宣言する。
 どうして、この人は、こう演出方向が間違っているのだろう。

「かりな~?」
「いざ、尋常に勝負なのです!」

 あ、待て。

 ぎゅん、と音がしそうな勢いでポチが飛び出し、タマも天井を使って三角飛びでカリナ嬢を急襲する。

 ポチは、魔法生物ラカの作り出した障壁を軽々と突き破り、カリナ嬢もろとも背後の壁をぶち抜く。
 タマはギリギリで停止したが、ポチとカリナ嬢の2人は壁の向こう側だ。

「オッパイさん撃沈。南無~」
「ポチ偉い」

 アリサとミーアが何気に酷い。

「カリナ殿なら大丈夫でしょう。ムーノ城でも、よくポチやタマと遊んでいましたから」
「確かに公都でも楽しそうに遊んでましたけど、あまり大丈夫そうに見えないです……」
「通常の生命体なら死亡確定だと評価します」

 リザも心配していないようだが、ルルは心配そうに壁の向こうを覗き込んでいる。
 もちろん、ナナの推測通り、今のポチの本気の一撃をくらっていたら、ラカの守りがあろうともカリナ嬢は即死だ。

 ポチが瞬動を使わずに手加減していたのと、とっさにオレが常時発動している「理力の手(マジック・ハンド)」でフォローしたお陰で、気絶で済んだようだ。
 普段はちゃんと制御できているのに、カリナと再会できたのがよっぽど嬉しかったみたいだ。それでも、ここはちゃんと叱っておくべきだろう。

 カリナ嬢を介抱しながら、リザと一緒にポチを叱っておく。
 3日間の肉抜きの刑だ。





「カリナ様~、どこですか~?」

 人ごみの向こうからカリナ嬢を探す声が聞こえたので、そちらに視線を向けるとムーノ男爵領の戦闘メイドをしているエリーナの姿があった。

「エリーナ、こっちだ」
「あ! 士爵様!」

 その後ろには、初見の女性兵士の姿がある。どこかで見た記憶があるが、思い出せない。男爵の所のメイドさんや領軍の兵士じゃなかったはずだから――。

 ――思い出した。

 ムーノ市でトルマの乗っていた馬車に轢かれた娘だ。
 それにしても、よくあんな目に遭ったのにムーノ男爵に仕える気になったもんだ。

 向こうはオレの事を知らないはずなので、「はじめまして」の挨拶をする。

「ピナは来ていないのかい?」
「はい、ピナさんは昇進しちゃったので、今回は私と新人ちゃんの2人だけです。タルナも来たがってたんですけど、公都への留学生達の護衛任務に抜擢されちゃって」

 オレ達が旧交を温めている間に回復したのか、カリナ嬢が目を覚ました。

「お加減は如何ですか?」
「サ、サト、だい、じょぶ、デスワ」

 せっかく膝枕で介抱してあげていたのに、カリナ嬢はぎこちなく立ち上がってオレから離れてしまった。
 ポチがショボンとした顔で、カリナ嬢に「ごめんなさい、なのです」と謝っている。

 そこに新たな乱入者があった。





「士爵様! この度は、おめでとうございま……す?」
「ありがとう、メリーアン」

 デュケリ准男爵令嬢のメリーアンが、人混みの向こうから現れて祝福の言葉をくれたのだが、途中で疑問系に変わってしまった。
 視線が、カリナ嬢というか彼女の胸にフォーカスされている気がする。

 メリーアンに遅れてミーティア王女が専属の侍女さんと一緒にやってきた。もちろん、強面の護衛さん達も一緒だ。

「サトゥー殿! 偉業を讃えに来たのじゃ!」
「恐縮です、ミーティア殿下」

 ミーティア王女は、いつも通り天真爛漫に話し掛けてきてくれた。
 横でカリナ嬢が「殿下?」とか呟いている。
 エリーナが「強力なライバルが!」とか新人の子に耳打ちしているが、真の強敵は世界樹にアリだ。

 オレの後ろから内気な少女みたいに袖を引くカリナ嬢が「紹介しなさい」と囁いてきた。
 内弁慶な彼女にしては珍しい。もちろん、最初からそのつもりだ。

「殿下、こちらは私の主家のご令嬢で、カリナ・ムーノ様です」
「おお! サトゥー殿を家臣にするとは、貴殿の親御はさぞ徳高き高潔な為政者なのだろうな! ご令嬢も実に美しい姫君なのじゃ! ……もしかして、サトゥー殿の婚約者なのではないのかや?」
「ち、ちがっ――」
「違いますよ、殿下」

 カリナ嬢が言葉を詰まらせたので、代わりに婚約者ではない事を告げた。
 先に言われたのが不満だったのか、カリナ嬢が恨めしそうな視線を送ってくる。
 そんな目で見ないでください。事実無根なのだから、肯定するわけにもいかないでしょう?

「カリナ様、こちらは中つ国連合の西の雄――ノロォーク王国のミーティア王女殿下であらせられます」
「サトゥー、あなたまさか!」

 何がまさかなのか想像は付くが、ロリ顔のミーティア王女に手を出したりしないので安心して欲しい。
 なので、「その想像は誤解です」とカリナ嬢の耳元で訂正しておいた。

 しかし、先程からギャラリーがやかましい。

『盾姫やジェナだけでなく、あんな美女まで隠してたのか?!』
『くそぅ、のじゃ姫もお手つきだったりしないよな? なっ?』
『おまえ、あんな年端のいかない子が……』

 相変わらず、不敬罪寸前のヤツが混ざってるな。いや、聞こえていたらアウトか。
 さて、そんな事より、そろそろ本命の到着だ。





『やっぱり、本場の探索者ギルドは混んでいますわね』
『そうですね、イオナさん。やっぱり、騎士様の薦められていたように東ギルドに行った方が良かったかもしれません』

 まだ、人混みに隠れて姿は見えない。

『ルウ、私にもそっちの肉串1本分けてよ』
『おう、いいぜ。そっちの赤い串と交換だ』
『もう! 2人ともいないと思ったら買い食いに行ってたんですね!』
『だって、どの露店もタダなんだもん。食べなきゃ損じゃん』
『何かのお祭りみたいですけど、すべてタダなんてずいぶん気前がいいですわね』
『うん、ペンドラゴン士爵って貴族様が、ものすっごく強い魔物を討伐したお祝いだってさ』

 相変わらず姦しい。
 人混みの向こうに、お日様色の髪が見えた。ナナやカリナ嬢よりも明るい金色だ。

『もう! 探索者に登録して、職員の方にご挨拶しないといけない――』

 目が合った。

「サ、サトゥーさん!」

 手に持っていた荷物を投げつけるようにリリオに渡して、人混みを掻き分けて駆けてくる。
 ぶつかりそうになった人に律儀に謝りながら、視線はこちらを捉えて放さない。

「サトゥーさん」
「はい」

 勢いが付きすぎて止まりきれず、オレの腕の中にぽふんと飛び込んできた彼女を優しく受け止める。
 軽装の革鎧姿だが、柔らかさは健在だ。

「サトゥーさんっ」

 オレの名前を繰り返す彼女の言葉を待つ。
 胸元から見上げてくる彼女の目尻に涙が浮かぶ。

「――来ちゃいました」

 その一言に万感の思いが篭っていたのだろう。
 彼女は震える声で言葉を紡ぐ。

「迷宮都市へようこそ、ゼナさん」

 オレの歓迎の言葉を耳にして、ゼナさんの少し不安げな笑顔が大輪の花の様に咲き誇る。

 扱いが違うと不平を漏らすカリナ嬢のフォローは後でやろう。ポチとタマが左右からカリナ嬢の足をポンと叩いたのに他意はないはずだ。

 お久しぶりです。
 ゼナさん。
 次回の更新は2/2(日)の予定です。
 微妙に扱いの悪いカリナ嬢ですが、ちゃんと今章に活躍の場を予定しているので、ご安心を。

 割り込み投稿で10章の登場人物を追加してあります。
11-4.再会(3)
※5/19 誤字修正しました。

 サトゥーです。同窓会で久々に昔の友人に会うと、どうしてあんなに当時の事を鮮明に思い出すのでしょう? 普段は、まったく思い出さないのに不思議なものです。





「いつ迷宮都市に?」
「はい、昨日遅くに」

 もちろん知っていたが、ゼナさんたち選抜隊の拠点に偶然を装って遊びに行くのは何かストーカーっぽかったので控えていた。
 少なくともパレードの間、彼女達は拠点の屋敷に篭っていたので見られていないはずだ。

「ちょーいっと失礼。はいはい、離れて離れて~」
「ん、破廉恥」

 うっかり、抱き合った姿勢のまま会話していたオレとゼナさんの間に、アリサとミーアがぐいぐい割り込んできて、オレ達を引き離す。
 抱き合ったままだったのに気がついたゼナさんが、わたわたと手を振りながら離れた。

「ご、ごめんなさい、私ったら……」
「いえいえ、再会を喜んでくれて嬉しいですよ」

 ゼナさんって、意外に情熱的な所もあるんだよね。セーリュー市の迷宮から脱出したときもタックル気味に抱き付かれたし。

「ずいぶんと親しそうですわね? ワタクシにも紹介してくださらないかしら?」

 後ろから肩に置かれたカリナ嬢の手がギリギリとオレを苛む。
 カリナ嬢の方を振り向くと、ミーティア王女達やルルまで興味津々でこちらを見つめていた。
 あれ? ルルは面識あったはずだけど?

「こちらは、セーリュー市でとてもお世話になった方で、領軍の魔法兵をされているマリエンテール士爵家のゼナさんです」

 家名は一度聞いた事があるが、口にするのは初めてだ。
 いつもゼナさんとしか呼んでなかったからね。

 紹介の仕方が悪かったのか、ゼナさんの表情が少し曇った。
 ここは友人とか言った方が良かったかな?

 背後のギャラリーがセーリュー市の噂話をしているが、「上級魔族に襲われても無事だった」とか「兵卒でもワイバーンと戦わされる無慈悲な軍団だ」とか色々だ。
 国の反対側の領地なのに知っている人が多いのは、それだけ有名なんだろう。

「ゼナ様。お忘れかも知れませんが、セーリュー市で貴方様に命を救われたリザと申します。そのお陰でこうしてご主人様にお仕えし、偉業を成すことができました。いかに感謝の言葉を重ねても足りません」
「感謝~」
「ありがと、なのです」

 リザが武器を地に置き、片膝をついてゼナさんに最敬礼をする。
 ポチとタマもセーリュー市でゼナさんに命を救われた事を覚えていたのか、神妙な顔でペコリと礼をしている。

『おい、黒槍のリザが槍を手放したぞ!』
『というか、あの3人の命を救うとか、どんだけだよ』
『やはり、セーリュー市の兵隊がワイバーンを雑魚扱いにするって噂は事実だったんだな』
『あの娘、地味だけど意外に可愛くないか?』

 ギャラリー達が喧しい。
 赤鉄や貴族しか使わないギルド奥の商談スペースに移動した方がいいか?

「非才の身ではありますが、私で役に立つことがあれば何なりとお申し付けください。ご主人様の許可を頂いて、すぐにでも駆けつけさせて頂きます」
「そんなっ、お礼の言葉だけで十分ですよ」

 真摯なリザの言葉に、ゼナさんが恐縮している。
 今のリザが居れば、竜は無理でもワイバーンくらいならソロでも余裕だ。

「ちょっと、私を紹介しなさい」

 今日は珍しく社交的なカリナ嬢がそんな催促をしてきた。
 ゼナさんにカリナ嬢を紹介しようと口を開いたところに、邪魔が入って来た。

「あー! アリサちゃん、まだこんなトコにいた!」
「アリサにミーア、早く舞台の方に来てくれ。前座の連中に引き延ばしを頼んであるが、そういつまでも続かないぞ」

 舞台の進行管理をさせられていた「麗しの翼」のジェナとイルナが、アリサ達を呼びに来た。
 そういえば、アリサとミーアでステージをするって言ってたっけ。

「うっわ、忘れてた」
「ん」
「いそげ~」
「大変なのです! カリナも来るのです! ポチ達の勇姿を近くで見て欲しいのです!」

 カリナ嬢がポチとタマに両腕を掴まれて舞台の方へと引っ張られて行く。
 引っ張られながらも、オレの名前を呼んでいたから何か用事があったのかもしれないが、夜中に聞けばいいだろう。
 たぶん、滞在先の手配もせずに行き当たりばったりで来たに違いないからね。

「ご主人様も、いつまでもイチャイチャしてないで、ちゃんと舞台を見に来てよ!」
「ああ、もちろん見に行くよ」

 念を押すアリサに肯定の返事を返して手を振って送り出す。
 ミーティア王女も「ミーア殿の演奏なら、ぜひとも聞かねば!」と、まだ話を聞いていたそうなメリーアンの手を引っ張って舞台の方に向かった。

「マスター、自分もシロとクロウの回収に向かうと宣言します」
「待ちくたびれているだろうから、早く行ってあげるといい」

 ナナも一言断ってから孤児院に向かった。
 ルルも包丁を取りに戻ると言っていたっけ。

「ルル、包丁を取りに戻った時に留守番の子に、離れの準備をするように伝えておいて。たぶん、カリナ様達が滞在するだろうからさ」
「は、はいっ」

 これでカリナ嬢達の寝床の準備は大丈夫だろう。





「サ、サトゥーさん、あのっ。さっきの……。えっと――」
「少年、おひさ~。さっきの美人軍団の中に愛人とか許嫁とかいる?」
「居ませんよ。ついでに言うと恋人でもありません」

 どう聞いていいか迷っていそうなゼナさんに助け船を出すように、リリオ嬢が核心を突いた質問をしてきた。
 事実無根なので、即座に否定する。

 アリサ達は大切な存在だが、どちらというと身内とか家族というニュアンスの方が強い。
 カリナ嬢は世話の焼ける後輩とか上司の娘とか、そんな感じだ。あの魔乳に魂が奪われそうになるが、まだまだ屈する気は無い。
 なにより、さっきの集団にアーゼさんはいないのだから。

 そこに空気を読まない壮年の男の渋い声が割り込んできた。

「黒槍のリザ! 俺様は『白矛の騎士』ケルン! 貴殿に、一騎打ちを挑む!」
「ご主人様。宜しいですか?」
「ああ、いいよ。殺さないようにね」
「はい」
「はっはー! そんな余裕があるのも今のうちだけだ!」

 ギルド内での刃傷沙汰は禁止されているので、リザ達は迷宮方面軍の城塞前に臨時で作られた闘技スペースに向かった。
 祭りで盛り上がって喧嘩を始める者が後を絶たず、戦闘力が高い故に迂闊な場所で決闘を始められると建物が壊れるので、闘技スペースが仮設されている。

「あの、サトゥーさん、ついて行かなくていいんですか?」
「大丈夫ですよ。リザなら相手に怪我を負わせずに上手く倒すでしょう」

 レベル差もあるし、ワンサイドゲームで終わるだろう。
 オレが見に行ったりしたら、リザが張り切って相手の怪我が増えそうだ。





 4人の探索者登録を済ませ、一緒にギルドを出る。
 ゼナさん達は、一時間後に他の領軍の人達と西門前に待ち合わせをして迷宮にアタックするそうだ。

 迷宮都市に着いて一日しか経過していないのに、もう迷宮に入ろうとするなんてなかなかアグレッシブだ。
 もっとも、到着した当日に迷宮に挑んだオレ達がとやかくいうほどじゃないか。

「買い出しとかは宜しいんですか?」
「はい、武装以外の準備は、工兵の人達が代表して準備してくれるそうなので、私達は自分の装備だけを用意すれば良いと言われてます」

 なるほど、ゼナさん達は12人ほどらしいから工兵の人も大変そうだ。

「ゼナっち~、あたしらは露店で英気を養ってくるから」
「ゼナも色恋だけじゃなく、ちゃんとメシも喰っておけよ」
「ルウさん、余計な事は言わなくても大丈夫ですわよ。ゼナさん、集合時間に遅れないようにだけ注意してくださいね」

 ゼナさんの同僚3人は姦しく言い置いて会場の人波みに紛れて行ってしまった。

「もう! 皆して!」
「行きましょうか、ゼナさん」
「は、はい」

 はぐれないようにゼナさんの手を取って、アリサ達が出場する舞台に向かう。

 パレードをした直後だからか、見知らぬ探索者や街の人からも「若様」呼ばわりされてしまった。

 良く行く風俗店のお姉さん達からも声を掛けられたが、横にいるゼナさんを見て機転を利かせてくれたのか、「一度くらいお店に来てください」とごく自然な口調で話を逸らしてくれた。
 さすが、高級店の従業員だけはある。実に如才の無い対応だ。
 今度「ぺんどら」の子達を連れて遊びに行く時は、チップを弾もう。


 会場には貴賓席だけでなく、今日の主役であるオレ達用の席も用意されているのだが、そこに座っているのはカリナ嬢達と白黒の翼人を左右に侍らせたナナだけだ。
 オレもそこに向かおうとしたのだが、アリサ達のステージが始まってしまったので、一般席から見物する事にした。

「素敵な音楽ですね。あの子の後の光る球体が音を鳴らしてるんでしょうか?」
「ええ、『奏でる者』と呼ばれる妖精族の魔法らしいです。でも、音楽が素晴らしいのは演奏者の腕が良いからですよ」
「ええ……。ええ、判ります。なんて素敵な音色」

 確かに一人でオーケストラをやるミーアも凄いが、それをアニメの主題歌の伴奏にするアリサも侮れない。
 音楽に耳を傾けながら、舞台の上を歌に合わせてクルクルと踊るポチとタマを見て癒やされよう。羽妖精の衣装で軽やかに飛び回る2人に、会場からも黄色い声が掛けられている。
 良く耳を澄ませたら、ポチとタマも踊りながら歌っているみたいだ。
 会場から聞こえる歌声は、孤児院の子供達かな?

 魂を込めて絶叫するアリサは気がついて居ないが、ポチとタマはオレに気がついたようで空中で回転しながら手を振ってくる。
 こちらからも手を振り返すと、嬉しかったのか空中での回転数が増した。





 アリサ達の舞台が終わり、ゼナさんと2人で出店の肉串や、跳ねイモで作ったポテチを摘まみながらお祭り騒ぎを楽しんだ。なんだか、セーリュー市の露店を冷やかして回ったのを思い出す。

 そうだ、セーリュー市ではゼナさんにとっておきの品を紹介して貰ったんだし、こちらも相応に珍しい品を紹介しよう。
 そう考えて、ドライフルーツを出している店主の所へ向かったのだが――。

「すみません、ナツメヤシは売り切れなんですよ。ここ半月ほど大陸西部の荷が少なくてね」

 ――との事で残念ながら品切れだった。

 店主は不謹慎な事に「砂漠の向こう側でも魔王が復活しているのかもしれませんね」とか冗談めかして言っていたが、本当にありそうで笑えなかった。

 ルルの迷宮大魚の解体ショーを見物して、できたての魚フライに舌鼓を打つ。
 少しグロテスクな魚だったので、ゼナさんは食べるのを躊躇していたがオレが食べるのを見て意を決して口にしていた。

「美味しい!」

 あまりの美味しさにゼナさんが目を見開いて驚く。

「……凄い、あんな見た目なのに、こんなに繊細な味なんですね。見た目がコロッケみたいなのに口の中でフワリと砕けて凄く美味しいです。それにこの白いソースが不思議なくらい合います」

 囓った一口を食べ終わってから、訥々と感想を述べるゼナさん。
 瞬く間に彼女の持っていた魚のフライはお腹の中に消えてしまった。

「あんなに若いのに凄いです」
「ルルは迷宮都市でも随一の料理人ですから」

 ルルに「美味しかったよ」と褒め言葉を残して、他の客に場所を譲る。
 これだけ美味しければ、もの凄い行列ができているのも致し方なしだ。

 ルルの手伝いをする幼女メイド達を激励して、ゼナさんを西門前まで送る。
 残念ながら、そろそろ時間切れだ。

「ゼナっち、少しくらい遅れても良かったのに」
「分隊長なんですから、そういう訳にはいきませんよ」
「少年はお見送り?」
「ええ、それとコレは差し入れです」

 オレは鞄から取り出した、中級魔法薬数本と魔力回復薬、それに竜白石から作った万能の解毒薬が入った小袋をゼナさんに渡す。魔法薬関係は前調合を他の人にやって貰うことで、一般的な効果まで性能を落としてあるヤツだ。
 高価な品なのでゼナさんは遠慮していたが、横からイオナ嬢が代わりに受け取ってくれたので問答を続けずに済んだ。

「総員、揃っているか? こちらが今回の迷宮探査の案内人を務めてくれる『月光』のケテリ男爵令嬢ヘリオーナ殿とダリル士爵令嬢ジーナ殿だ」

 ゼナさん達の隊長らしき若い騎士が紹介したのは、知り合いのジーナ嬢とヘリオーナ嬢だ。
 AR表示によるとヘリオーナ嬢と隊長氏が縁戚らしい。

 ゼナさん達に挨拶をし終わったジーナ嬢がオレに気付いた。

「し、士爵様! この度はお日柄もにょく――」
「落ち着けジーナ。それでは見合いの席だ。ペンドラゴン士爵! 赤鉄に昇格したアナタにいつか追いつこうと励んでいたが、まさか階層の主を倒してミスリル証まで手に入れてしまうとは! これからも勝手ながら目標にさせて頂くぞ!」
「光栄です」

 いつの間にライバル認定なんてされたんだろう?
 たしかヘリオーナ嬢とは1回しか話した事がなかったはずなんだが。

「シシャク? ぺんどらごん?」

 ゼナさんが瞳孔が開いたような光の無い瞳でこちらを呆然と見つめる。なぜか片言だ。
 あれ? 言って無かったっけ?
 そういえば、ここまで街の人達は、オレの事を「若様」としか呼んでなかった。

 でも、そんなにショックを受けるような事だろうか?
 ニナ執政官の話だと、最下級の名誉士爵なら、どの領地でも毎年何人も授爵するって話だったのに。

「言ってませんでしたか? 実はムーノ男爵から名誉士爵の位を賜りまして、今はペンドラゴン士爵を名乗っています」
「えーっ、それじゃ、このお祭りの主役って少年だったの?」
「正確に言うと主役の一人ですね。迷宮の主に挑んだのは大人数ですから」

 もっと正しく言うと、主役はウチの子達であってオレはオマケだ。
 空気を読まない隊長氏の「では、出発するぞ!」というかけ声に、セーリュー伯爵軍の皆さんが迷宮門に向かって移動を開始する。

「迷宮から戻られたら、お勧めの美味しいお店でもご案内しますね。その時にでも授爵の時の顛末を聞いて頂けますか?」
「は、はい。きっと、ですよ?」

 まだ、ショックが冷めないゼナさんにそう約束する。
 一緒について行ってあげたい所だが、軍事訓練の一環で迷宮に行くのに部外者がついて行ったりしたら、ゼナさんの評判が下がりそうなので自重した。

 案内人が月光の2人だし、それほど深くまで潜るわけじゃないはずだ。
 時たま「遠見(クレアボヤンス)」の魔法で安全を確認する程度にしておこう。

 帰還日程を聞き忘れたが、初回から何日もかけて攻略しないだろうし、5日後に王都へ出発するまでの間、レストランの予約を毎日入れておけばいいか。
 食べに行けない日はミテルナ女史や、知り合いの人達の慰労を兼ねて代わりに行って貰えばいいしね。

 会場に戻ったオレを待っていたのは、衆目と貴族席からの好奇心の篭った視線にさらされ続けたカリナ嬢の恨み言だった。
 カリナ嬢は美人の癖に、不思議なほど視線慣れしてないよね。
※次回更新は、2/9(日)です。

 切りの良いところが無くて、いつもの1.5倍くらいの長さになってしまった……。
 次回はきっとカリナ嬢のターン!

※アリサ達の舞台の練習風景SSを活動報告にアップしてあります。
 未読の方はよかったらご覧ください。
11-5.カリナの武器
※2/10 誤字修正しました。
 サトゥーです。獣娘達ではありませんが、肉は好きです。というか、ベジタリアン以外で肉が嫌いな人は少ないのではないでしょうか。
 関係ありませんが、昔読んだラノベのイラストでヒロインのシルエットに肉とだけ書かれたものがありました。
 肉って、いいですよね。





「ふう、サッパリしましたわ」
「待ってくださいカリナ様、腰帯がまだ結べてません」
「カリナ様、髪を乾かすまで動かないでぇ~」

 母屋の風呂場で、旅の疲れを癒やしてきたカリナ嬢とエリーナ達が部屋に入ってきた。
 オレ達はふだん風呂上がりにバスローブを使っているのだが、さすがにそれを着てリビングに来るとは思わなかった。

 カリナ嬢は膝丈のを着ているので腰回りは無事だが、胸元がヤバイ。
 深い谷間に吸い込まれそうだ。

 ああ、悪魔が耳元で囁く。蛇に誘惑され「知恵の実」に手を伸ばしたアダムの心境だ――。

「ぎるてぃ。■■■■ (ダークネス)

 ――幸せな映像は、ミーアの精霊魔法でカットされてしまった。

 オレは、さっきの映像を忘れない。
 絶対にだ!

「何? 魔法?」
「破廉恥」
「そーよ、そんなチート兵器で籠絡とかダメなんだから」
「カリナ様、その衣装ですと少々刺激が強すぎるので、申し訳ありませんがこちらのワンピースにお着替えください」

 困惑するカリナ嬢に、ミーアとアリサの文句とルルのフォローが入った。

 ミーアの魔法で造られた闇のカーテンの向こうでの会話なので、その様子は見えない。
 もちろん、「遠見(クレアボヤンス)」の魔法を使えば見えるが、それでは覗きになるので自重した。





 ミーアの魔法が解除され、がっちりと胸元をガードされたカリナ嬢が部屋に戻ってきた。

 彼女達は、旅装束の他は着替えを持たず、予備はカリナ嬢がさっき着ていたドレスくらいしか無かったらしい。
 風呂に入った後に旅で汚れた服に戻すのも可哀相だったので、今日の所はナナやルルの着替えを渡してある。

 どことは言わないが、少し窮屈そうだ。生地が悲鳴を上げている。

「明日の午前中にでも仕立屋を呼んで新しいのを作らせますので、今日の所はその服で我慢してください」
「前に貰ったドレスがあるから、別に新しく作らなくてもいいのですわ」

 オレの申し出をカリナ嬢がすげなく断る。

 風呂上がりのせいか、さきほどのバスローブでの登場のせいかわからないが、ほんのりと桜色に頬を染めていて少し色っぽい。

「太守夫人から晩餐とお茶会の招待状が届いているので、同じドレスで出席するわけにもいかないでしょう?」
「ワタクシは欠席します。断り状をお願い致しますわ」

 そういう訳にもいかないので、しばしの問答の末に迷宮に挑むときに必要な装備品や武器防具などを新調するという事で承知させた。

 それともう一つ。

「5日後に、王国会議の為に王都に向かって出発します。カリナ様も同行させるようにとムーノ男爵とニナ執政官の連名で指示が来ています」
「嫌ですわ!」
「決定事項です」
「い・や」

 カリナ嬢が子供みたいに駄々を捏ねる。

「かりな、わがまま~?」
「ちゃんとギムを果たさないとケンリが怒られるのです!」

 ポチとタマが援護してくれるが、微妙に説得内容が変だ。

「王国会議が終わったら、また迷宮都市にくれば良いじゃないですか」
「でも、そのまま男爵領に戻れって言われないかしら?」

 オレとしてはそれでも良いのだが、長い旅路を経てようやく辿り着いて5日でトンボ返りとかは辛いだろう。

「その時は援護しますよ」
「絶対ですわよ!」

 援護はする。
 絶対に迷宮都市に戻ってこれるとは断言できないけどね。





「お肉さん、どうしてあなたはお肉なのです?」

 ポチが絵本の肉を見つめて黄昏れている。
 さっきの肉抜きの食事がそんなにショックだったのか。

 オレとルル、それにミーアまでポチに付き合って肉抜きの野菜オンリーの食事だったのに。
 タマは肉抜きじゃなかったけど、定量の半分だったので少し辛そうだった。

「ポチ、明日は、に――」
「もしかして! 明日からお肉解禁なのです?!」

 オレの言葉に被せるように超反応したポチが、そんな事を言ってくるが、さすがに今回のはもうちょっと反省させるべきなので甘い事は言わない。

「――肉無しだけど、ポチの大好きなカレーにしてあげるね」
「しおしお~なのです」

 ぬか喜びに終わったポチが、へなへなとクッションの上に崩れ落ちる。
 大好きなカレーでも回復しなかったか。

 タマが横から、こっそりとポチに渡そうとしたジャーキーを「理力の手(マジック・ハンド)」で取り上げる。

「だめ~?」
「ダメ」
「タマの気持ちだけで十分なのです。罪人のポチは罰を受けるべきなのです」

 どこか微妙に演技チックなポチだが、チラチラとこちらを見ている様子からアリサの入れ知恵に違いないので聞き流しておこう。





 皆を寝かしつけ、カリナ嬢達の装備を作るために蔦の館の地下工房に移動する。
 今晩は迷宮下層の調査に行こうと思っていたんだが、予定外の作業が増えたので明日の晩に延期だ。

 寝間着姿のレリリルが出迎えて作業台の準備を始めようとするが、ふらふらと眠そうなので寝室に帰らせた。

 そうだ、作業に入る前にもう一度、迷宮のゼナさん達の様子をチェックしておこう。

 ゼナさんのマーカーを頼りに「遠見(クレアボヤンス)」の魔法で迷宮内の様子を覗き見る。
 どうやら、夕飯前と同じく甲虫エリアで狩りをしているようだ。
 隣の蟷螂エリアに移動していないか心配だったが、甲虫エリアならレベル20前後の迷宮甲虫か短角甲虫くらいしか危ない魔物は居ないから大丈夫だろう。
 普通の探索者なら、湧き穴から溢れ出る迷宮コオロギが危険だが、ゼナさん達には範囲攻撃魔法が使える人間が2人もいるから特に危険もないだろう。むしろ、美味しい経験値の元だ。

 安心した所で装備の作成に入ろう。

 まず、カリナ嬢だが、剣はダメだ。
 彼女は刃筋を立てるという事が上手くできないようで、ムーノ城で何本も剣を折ってしまいゾトル卿から使用禁止令がでていた。

 彼女には鈍器が良いだろう。

 ナックルガードやトゲ付きの籠手なども考えたが、迷宮内には接近戦が危険な敵が多いので長柄の武器を持たせたい。
 フレイルやメイス、トンファーなどが考えられるが、ラカ由来の怪力があるので、ハンマーあたりが良いかもしれない。

 総ミスリル製のハンマーが取り回しの早さと威力の両立ができていいのだが、カリナ嬢に器用な魔力操作ができるとも思えないので、鉄かミスリル合金製にするとしよう。

 最初は鎚頭の小さめのヤツを作ってレベルが上がる毎に、大きくして行こうと思う。
 鋳造のハンマーをサクサクと作成し、ムーノ男爵の印章を刻み込む。

 軽く振ってバランスをチェックする。
 ドワーフの里で使った大鎚を参考に作ったので1回で上手く作れた。やはり見本は大事だ。

 防具はアリサ達の公開装備とおなじく鎧井守の革鎧でいいだろう。アリサが計測してきたサイズに合わせて鎧井守の革でベースの甲冑を作る。
 念の為、胸部甲冑は3サイズ調整できるようにした。オレの目視とアリサの計測でカップ数が1~2サイズ違ったからだ。

 カリナ嬢の鎧は動きやすさを重視した作りで、やっぱり手甲に格闘用のナックルガードを付けておく事にした。
 エリーナ達には追加で、作り置きしてある普通の片手剣と丸盾を渡しておけばいいかな。





「ああ、天国にいるようなフクフクたる匂いがするのです」
「ふくふく~」

 馥郁(ふくいく)の間違いだと思うが、露店から流れてくる焼き肉の匂いに目を閉じて鼻を突き出すポチとタマの顔が幸せそうだ。
 さっき、お昼ご飯にカレーを食べたばかりなのに、「肉は別腹」という事だろうか。

「マスター、到着を報告します」
「おはよ、マスター」
「おはようございます、マスター」

 シロとクロウを連れたナナが、抱えていた2人を地面に下ろす。
 この2人はナナに影響されてか、オレの事をマスターと呼ぶ。

「発音が違います。『マしター』です」
「そう? マしたー?」
「マしターですか? ナナ様の発音と違いますけど……」

 シロは年相応だが、クロウは小学校1年くらいの年なのに、やたらとしっかりとした物言いだ。

「ポチ、タマ。行きますわよ! ワタクシ達の戦いが待っているのですわ!」

 ポールハンマーを担いだカリナ嬢が、気合いの篭った表情で迷宮へと続く西門を見つめている。

「サトゥー! 帰ってきたら、手合わせして頂きますわよ? 迷宮で急成長したワタクシをその身体で確かめさせてあげますわ!」

 不敵に笑うカリナ嬢だが、言い方が少しエロい。
 途中からしか聞こえなかった周りのギャラリーが、ざわざわしている。

 特に含みのある発言では無かったのか、ポチとタマに手を引かれたカリナ嬢を先頭に西門の向こうへ意気揚々と出発した。

 さて、わざわざ見送りに来たのは用事のついでだ。
 ギルド長からの呼び出しに応じて来たのだが、あの婆さまの場合、単に珍しい酒が手に入った自慢とかいう事もあるので油断できない。

「若様」

 ギルド会館の横の路地から、小声でオレを呼ぶ声が聞こえた。
 物陰から怪しく揺らめく繊手に誘われ、オレは路地裏へと足を向ける。
※次話は、2/16(日)の予定です。

 活動報告にバレンタインSSがアップしてあるので良かったらご覧下さい。
11-6.予兆
※2/18 誤字修正

 サトゥーです。迷子といえばデパートや遊園地を思い出します。デパートで涙目の迷子にズボンを掴まれて「お母さん、ドコ?」と聞かれたのは、懐かしい思い出です。
 徹夜明けの怪しい風体だったので、すぐ近くの店員さんに押し付けましたけどね。





 声に呼ばれるままに路地裏に向かったオレを待っていたのは、街娼のような胸の谷間を強調した色っぽい女性だった。

「若様、ごぶさたしております」

 オレの首に手を掛け、しなだれかかってくる女性を受け止めて睦言を交わすような姿勢を取る。

「もう、少しくらい恥ずかしがってくださいよ」
「そんな事より、何か情報があるんだろう? 先にそれを話せ」

 拗ねたように人指し指でオレの胸元を捏ねる女性に、先を促す。

 彼女は、侯爵家の子飼いの諜報員だ。
 前にヴィラス審議官の一件があってから、侯爵夫人の指示でオレに色々な情報を提供してくれている。
 主な情報はオレに悪意を持つ貴族達の噂話や、素行の悪い探索者や犯罪ギルドの動向などだ。
 なぜか手紙ではなく、娼婦や探索者の振りをして直接教えてくれる。

「もう、せっかく娼婦の振りをしているんですから、せめて髪かお尻を優しく撫でててくださいよ」
「用件が無いなら、行くぞ?」

 用件が有るのは判っているのだが、向こうのペースに合わせると延々抱き合ったままになるので、こういう態度や口調が必要になる。
 早い話が、アリサと同類の年下好きの人だ。

「真面目にやりますから! まず、魔人薬の件です――」

 結局、オレが懸念していた王都のクーデターは発生せず、ソーケル卿が黒幕だと話していたケルテン侯爵では無く、その配下の将軍が黒幕として処分されたらしい。

「――トカゲの尻尾切りなのは間違い無いのですが、証言をしたソーケル卿の叔父がオーユゴック公爵の派閥だったので……」

 その為に嫌オーユゴック公爵の筆頭だったビスタール公爵が、ケルテン侯爵の擁護に回ったそうだ。

 ビスタール公爵って誰だっけ?

 思い出せないので久々にトルマメモをチェックする。それによると迷宮方面軍の将軍の係累で、迷宮都市の北側にあるエルエット侯爵領の更に北にある大領の領主らしい。

 結局、魔人薬が見つかった倉庫を管理していた軍団の長が真犯人として処理される流れになったらしい。
 前に王都に行った時に見つけたアレか。
 まさか正規軍の倉庫に堂々と違法な品が置いてあったとは……。

「魔人薬の件は続きがありまして、押収された魔人薬は王立研究所で処分されたのですが、そのうちの一部が外部に流れまして――って、これは他の人には秘密でお願いします」
「ああ、勿論だ」

 その魔人薬は、貿易都市で一部が押収されたそうだが、何隻かの密輸船が出港した後だったらしい。密輸船の船籍は不明で、大陸西部航路に向かったそうだ。

「ふむ、所で話の後半は不要だったんじゃないか?」

 魔人薬の件には関わっていたが、主にクロとして関わっていたのでサトゥーにはそれほど詳細な情報を伝える必要は無いと思う。

「いえ、そこは枝葉でして」
「本題は?」
「はい、『自由の翼』という組織を覚えておいでですか?」
「ああ、セーラ様を攫った上に公都に魔王を蘇らせようと画策していた狂信者達だな?」

 言葉を濁したが、黄金の猪王を復活させたのは「自由の翼」の連中だ。
 もっとも、彼らの意思だったのか、「自由の翼」の幹部に憑依していた上級魔族の企みだったのかは闇の中だ。

「その魔人薬を密輸しようとしていた連中ですが、その中に『自由の光』の構成員がいたんです」
「光? 翼じゃなくてか?」
「はい、『自由の光』から放逐された過激派が『自由の翼』なのです」

 彼女の話によると「自由の光」は、大陸西部にあるパリオン神国に本部があるらしい。魔王を討伐する勇者を召喚した神を冠した国のお膝元に、魔王信奉者がいるというのも不思議な話だ。

 余談だが、シガ王国の王都には『自由の風』という類似団体がいるそうだ。
 こちらも「自由の光」の一派閥らしいのだが、穏健派というか、禁断の書物を集めて悦にいったり、背徳的な儀式の準備が好きなだけの小物の集団らしい。
 例の魔人薬にも全く関わっていなかったそうだ。

「それで?」
「はい、魔人薬が『自由の光』経由で『自由の翼』の残党に渡ったかもしれないので……」

 逆恨みした「自由の翼」の連中が魔人薬を飲んで襲ってくるかも知れないという話か。
 もっと簡潔に話して欲しいものだ。

 最後に関係ない話として、大陸西部で政情が不安定だと教えてくれた。
 今のところは通商の閉鎖や小規模な小競り合い程度らしいが、いつ戦争に発展してもおかしくないレベルになってきているらしい。

 魔王の季節の間は、国家間の戦争は起きにくいという話だったのに、どうした事だろう。やはり、魔族や魔王が背後で暗躍しているのだろうか?

 どうやら、ナツメヤシの入荷が止まっているのは、それが原因みたいだ。
 さすがにナツメヤシの安定入荷の為に戦争を止めて回るのはアレだが、シガ王国やサガ帝国から圧力を掛けて戦争を止められないのだろうか?

 イタチ帝国の迷宮で魔王を探している勇者が地上に帰ってきたら、相談してみよう。
 そういえばパリオン神国にも魔王顕現の預言があったっけ。一応、勇者ハヤトがイタチ帝国に行く前に調査していたはずなんだが……。





 ギルドのエントランスで何やら男女の言い争う声が響いている。

「だからっ! ゲルカは戦闘中にいなくなるような()じゃ無いって言ってるじゃん!」
「ギルドには報告しておいたから、単に逃げたならすぐ判るだろう?」
「どうして探しに行ってくれないのさ」
「魔法使い無しにあの区画は無理だってソソナも判ってるだろう?」
「あたしの土魔法があるじゃん!」
「火魔法使いの火力が無いと押し切られて魔物の腹の中に収まるのが関の山だ。諦めろ」

 レプラコーンの少女がリーダーらしき戦士にくってかかるが、リーダーはそれをすげなく扱っている。
 どこかで見た顔だと思ったら、公都で黄肌魔族が襲ってきた時に魔物と戦っていたヤツらか。

 わざわざ探しに行ってやる気も無いが、多少の縁もあることだし迷宮に入った時に名前検索をするくらいはしてやろう。
 ちなみに迷宮都市内にはいないようだ。

 尚も言い争うパーティーの横を抜けてギルド長の部屋に向かった。





「見ろサトゥー! この色艶――味を想像するだけで涎がでそうだろ?」

 ギルド長がガラス瓶に入った透明な高級酒を見せびらかす。
 やっぱり、そんな用事か……。

 あの瓶は、王都の有名な酒造倉のシガ酒だったはずだ。相場が教えてくれる値段からして、酒代のツケで汲々のギルド長がほいほい買えるような酒ではない。
 おそらく、出入りの商人からのワイロだろう。

「良いモノなのですか?」
「おうともさ! アンタの竜泉酒ほどの逸品とは比べようもないが、こいつ一本で男爵クラスなら身代が傾くほどの銘酒だ」

 ギルド長が「ほれほれ、飲みたいか?」と嫌らしい笑いで酒瓶を見せびらかすが、それほど飲兵衛でもないのでさほど興味は無い。それにソレ1本で傾くほど男爵の身代は安くないと思う。
 もっともそれを口にするほど子供ではないので「味見くらいはしてみたいですね」と話を合わせておいた。

「よし! それなら今晩は宴会だ! 酒の肴は士爵に任せたぞ!」

 ギルド長が嬉々とした笑顔で、酒宴の料理を押しつけてきた。
 やはり、それが狙いだったか。だけど、今晩は迷宮下層のチェックをしておきたいんだよね。
 狗頭の魔王が下層から――あるいはもっと下から――来たのなら、他にも30体くらい魔王がいるかもしれないし。

「すみません、今晩は先約がありまして。明日なら大丈夫ですが、明後日は侯爵夫人の晩餐に招待されているので」
「また、女か? その内刺されるぞ?」

 人聞きが悪い。
 まるで人を女癖が悪いみたいに言うのは止めて欲しい。少なくとも素人娘さんと火遊びはしていませんよ?

「ところで、今日呼び出したのは酒宴の打ち合わせだけですか?」
「ああ……もちろん、本題は別だ」

 言い淀んだ理由を追求したかったが、話が長くなるので流した。

「最近、迷宮都市の魔物素材の武具が高騰しているのは知っているか?」
「はい、懇意にしている武器屋から聞いています」

 聞いたのはクロでだが、別にいいだろう。
 魔物の素材の買い取り依頼が多くて、美味しい魔物の取り合いが凄いと「ぺんどら」の誰かが言っていた。

 なんでも市外の商人が相場の数割増しから倍の価格で、魔法の武具を買いあさっているそうだ。
 さっきの諜報員の話からして、大陸西部にでも流れているのだろう。

「そこで普通に素材を集めてくるならいいんだが、探索者の宿や家とかに空き巣に入るバカが出てきてね」

 しかし、宿に魔法の武器を置きっ放しにする探索者は少ないと思うのだが。
 薬で眠らせて武器をかすめ取るヤツは出てきそうだね。

「アンタみたいに大きな屋敷に住んでいる赤鉄クラスのヤツの留守が狙われているらしいから気をつけな」

 フラグっぽいが、屋敷には魔法の武具を置いてないんだよね。
 ダミーとかでも置いておいた方がいいかな?
 念の為、報知用のカカシも設置しておくか。

 ギルド長に宴会の日程を確認し、情報の礼を告げて部屋を出た。





 ギルド会館を出る時に、満身創痍な金属鎧の集団に出会った。
 貴族や騎士が主体になったパーティーだろう。普通の探索者たちはコストパフォーマンスが悪いので、こういった鎖帷子(チェインメイル)金属甲冑(プレートメイル)は使わないんだよね。

「少年!」

 お、リリオがいる。
 という事は、この集団はセーリュー市の迷宮選抜隊の人達か。
 ゼナさんのマーカーが無かったから気がつかなかった。

 ――あれ?

 オレの感じた違和感を肯定するように、リリオの言葉が続いた。

「ゼナっちが迷宮で行方不明になっちゃったの!」
※次回更新は、2/23(日)の予定です。

※2014/2/18 公爵の家名を間違えていたので修正しました。
※2014/9/12 魔人薬の処分方法を修正

 活動報告にバレンタインSSがアップしてあるので良かったらご覧下さい。
11-7.ゼナの行方
※3/7 一部加筆しました。
※3/10 誤字を修正しました。

 サトゥーです。晴天の霹靂という言葉がありますが、人生いつ何が起こるか判りません。だから今日という日を悔いなく楽しく過ごすのだ――そう田舎の爺ちゃんが、いつも言ってました。





 ゼナさんが行方不明?
 素早くマップを開き、検索バーではなくマーカー一覧からゼナさんを選ぶ。

 現在位置は――迷宮下層?
 どうして、そんな場所に。

「ゼナっちが魔物に攫われたのかもしれないんだ! 少年は色々と顔が利くんでしょ? お願い、ゼナっちを探して!」

 リリオがオレの両腕を掴んで懇願する。
 ボロボロとあふれ出した涙が、彼女の頬を伝う。

 取りあえずゼナさんに怪我は無い。状態異常も無いみたいだ。
 そうは言っても、いつまで無事か判らないので、素早く行動しよう。

「判りました。探しに行ってきます」
「お待ちなさい」

 横にいたイオナ嬢に肩を掴まれる。
 彼女の甲冑も肩当てが壊れて、肩が剥き出しになっている。

「何ですか?」

 早く救助に行かせて欲しい。

「行方不明になった場所も状況も聞かずに何処に行こうというのです」
「それは……」

 しまった、急ぎ過ぎた。少し不自然だったか。
 言い訳だ。詐術スキルよ、君の本気を見せてみろ。

「人を集めに行ってきます。探索系の魔法が得意な人間に心当たりがあるので、助力を請おうと思って。状況は後で伺いますから、先に神殿の出張所で治療して貰って来てください」
「ええ、判りました。ゼナさんは黒い霧に攫われる直前に大怪我をしていたので、治療のできる方も確保してください」

 大怪我?

 マップで見る限り全回復しているけど?
 それに、「黒い霧に攫われた」って、そんな魔物なんていたっけ?

 おっと、疑問は後回しだ。

 オレはイオナ嬢の依頼を請け負い、ギルドを後にした。





 屋敷まで辻馬車で戻り、地下室から迷宮の66区画へ「帰還転移(リターン)」の魔法で移動する。フロアマスター退治の時に刻印板を設置しておいて良かった。
 そこから中層へ降り、下層入り口までの最短距離を調べる。
 念の為、迷宮到着後にクロの姿に変装しておいた。

 移動しながら、アリサに「遠話(テレフォン)」の魔法で連絡を取る。

「アリサ、悪いが試食会を中断して迷宮に入る準備をしてくれないか?」
『おっけー』

 理由も聞かずに即答とは、さすがアリサだ。
 男前過ぎる。

 アリサに「ゼナさん失踪」を伝え、ダミー救出隊を編成して貰う。
 公都の料理大会の為に特訓していたルルには悪いが、味見係兼アドバイザーのリザ、アリサ、ミーアの3人を少し借りる事にした。

 潜伏のスキルを頼りに、中層で狩りをする探索者達に気がつかれないように天井付近を天駆で突破する。
 少し風が巻き起こったかもしれないが、許して欲しい。

 道を塞いでいた巨大なスライムに穴を開け、密集して生えていた食人植物の森を砕き、幾重にも鋼糸を編んだ巣を作る惨殺蜘蛛の領域を薙ぎ払って中層を抜けた。
 他にも通行に邪魔な大型の魔物を始末したが、些細なことだ。

 下層へと続く道を、謎金属の扉が塞いでいた。
 どうやら、謎解き(リドル)で開く扉らしい。

 開け方自体は「謎解き(リドル)」スキルですぐに判ったのだが、時間がかかりそうだったので聖剣カリバーンで切断して無理矢理に道を作る。

 今は寸刻が惜しい。

 扉の向こうにあった螺旋階段で、どのくらい地下に潜ったのだろう。
 ようやくレーダーが未知の領域に入った事を知らせてくれた。

 久々に「全マップ探査」の魔法を使って、下層を調べる。

 迷宮下層は、上層中層とは少し異なる作りになっていた。
 植物に例えると、8個ほどの巨大な瘤状の地下茎があり、網の目状の回廊が数百の小さな地下茎を結んでいるといった表現になる。
 この地下茎に当たる部分が、上層や中層でいう区画に相当する。小さい方は平均的な区画の1~3割程度の小さいものだが、8つの大きな方はセリビーラ市がそのまま入りそうなくらいの巨大な区画だ。

 そして、ゼナさんは、そのうちの一番大きな区画にいた。





 ゼナさんを攫った相手はマップの範囲検索ですぐに判ったのだが、ちょっと油断ならないヤツだった。

 吸血鬼(バンパイア)――それも真祖だ。

 おまけに、「一心不乱(コンセントレイション)」というスキルを持っている。確証は無いがユニークスキルの香りがする。
 しかも、レベルが61だ。その他のスキル構成を見る限りでは魔法使い寄りの魔法剣士らしい。
 マップに表示される名前は、「バン・ヘルシング」――吸血鬼の名前としては些か間違っている気がしないでもない。
 あからさまに転生者っぽい名前だ。
 転生者の子孫とも思えたが、詳細情報に「ヘルシング伯爵家の開祖」とあるので家名は自分で付けたのだろう。「ヴァンじゃないのか?」とか突っ込む者も居ないだろうし。


 ゼナさんがいる大区画は、ほぼ全てが一つの地下空間を成しており、その中心に大きな城がある。
 城内にいるのは、真祖を除いて7人の上級吸血鬼(バンパイア・ロード)達と無数の騒霊(ポルターガイスト)達、そして17人の人族の女性達だ。
 不思議なことに普通の吸血鬼はいない。

 ゼナさんのいる部屋には、彼女の他にも攫われたとおぼしき女性が6名ほど居り、そこには探索者ギルドで失踪したと言われていたゲルカという女性もいた。
 この部屋の外にいる10人は、「常夜城の侍女」という肩書きが付いていたので、城で働いている者達なのだろう。

 正面入り口から突貫してもいいが、ゼナさんを人質にされると困るので、こっそりと侵入する事にする。

 その区画の直下にある小区画から、土魔法を駆使して迷宮の壁に通路を作成する。
 前に公都の地下迷宮から脱出するときにも使った魔法だが、この迷宮で通路を作る方が抵抗が強く、その分だけ魔力消費が多かった。

 ゼナさんのいる城の地下に出たかったのだが、間に地底湖のような大量の水源があったので避ける。
 大量の水はストレージに収納するという手段も使えるが、急に水が無くなったら、その上にある構造物が崩れたり、吸血鬼に気付かれそうなので、止めておく事にする。

 それでも10分後には無事に通路を作成し終わり、無事にゼナさんが捕まっている大区画に侵入する事に成功した。

 穴から抜け出て、近くの茂みに身を隠す。
 そこから顔を出して静かに周囲をチェックした。

 地下都市(ジオフロント)という言葉よりも、魔界という言葉が相応しい光景が眼前に広がっている。
 思わずマップを確認してしまったが、ちゃんと迷宮の中だ。

 スケルトンの農夫達が広大な葡萄畑で作業を行い、操り人形のようなリビングドールが取り入れた作物をぎくしゃくした動きで何処かに運んでいく。

 畑の向こうには地底湖があり、その上には白亜の城が月明かりに浮かびあがる。
 そう、地下のはずなのに空には月が昇り、この広大な空間を照らしている。おそらく、あの月は魔法か魔法道具なのだろう。

 岸から湖上の城までは、曲がりくねった橋が架けられている。
 湖上には何らかの結界が施されているのを、魔力感知スキルが教えてくれた。

 オレは侵入に使った穴を土魔法で埋め、念の為、消費した魔力を魔剣からリチャージしておく。

 こっそりと潜入したい所だが、橋の上を通れば城から確実に見つかってしまうだろう。
 湖上にガーゴイルらしき影も見えるし、水中にも魔物がいるようだ。

 さて、どこから侵入するべきか。
 もちろん、城主に直接会って話し合いで返して貰う手もあるが、ここはゼナさんの安全を最優先で行こうと思う。
 大怪我をしたゼナさんを治療してくれたようだし、悪人とも限らないのだが、なんといっても吸血鬼だ。ゼナさん達を食糧としか見ていないとか、花嫁にするために攫ったとかの可能性が高すぎる。

 とりあえず、ゼナさんの居る場所を「遠見(クレアボヤンス)」の魔法で確認する。

 ――あれ?

 空間魔法が阻害されているのか、魔法が失敗した。
 湖上の結界のせいだろうか?

 マップやレーダーは阻害されないようなので、ゼナさんのマーカーをアクティブ設定にして、AR表示で現在位置が出るように設定する。
 本来は、クエストなどでNPCの位置をナビゲートするための仕組みだったのだが、こういう使い方もできるようだ。
 正直、便利すぎる。

 気のせいか、AR表示のゼナさんのマーカーが移動している。
 まさかと思うが、自力で脱出を始めたのか?

 マップでチェックした所、自力で脱出を始めたのはゼナさんとゲルカ嬢の2人だけのようだ。
 彼女達の進行方向のマップ上に、光点が出現した――真祖だ。
 恐らくは彼女達を捕縛しようとしているのだろう。

 ――時間が無い。

 彼女達の未来位置を想定して、そこまでまっすぐ突貫する事にした。

 ストレージから神剣(・・)を抜き、閃駆で一直線に湖上を駆け抜ける。
 途中にあった結界は神剣でサックリと穿ち、通り道を作って突き抜けた。

 結界を抜け、ストレージに納刀した神剣をしまう。
 城壁の直前で静止し、背後に「風壁(エア・カーテン)」の魔法で壁を作り全速の閃駆で生まれた突風を散らす。

 城壁に手をついてゼナさん達のいる通路まで、土魔法で一気に穴を開ける。
 よし、ゼナさんの横顔が見えた。

 ゼナさんは進行方向を向いたまま停止していたので――おそらく真祖と対峙しているのだろう――閃駆でゼナさんの正面に急接近し、彼女達が驚きの声を上げるより早く両肩に担ぎ上げて、「帰還転移(リターン)」の魔法を使う。

 転移直前に、驚いたのか肩の上のゼナさんが、ビクッ(・・・)と身体を固くする。

 さきほどの「遠見(クレアボヤンス)」みたいに阻害されるかと危惧したが、神剣で結界に穴を開けたせいか問題なく転移できた。

 少しギリギリだったが、ミッションコンプリートだ。

>称号「救出者」を得た。
>称号「逃亡者」を得た。
※次回更新は、3/2(日)の予定です。

※3/7 「マップに表示される名前は」の以降の部分に転生者疑惑について加筆しました。
11-8.ゼナの行方(2)
※3/7 誤字を修正しました。
※3/7 少し加筆しました。

 サトゥーです。パニック物の映画だと一安心した後に、必ず次のパニックが待っています。判っていても驚かされるんですよね。





 迷宮上層の第一区画に転移後、肩に担いだままだったゼナさんとゲルカ嬢を地面に下ろす。
 だが、2人の様子がおかしい――硬直したように動かない。

 ゲルカ嬢には悪いが「理力の手(マジック・ハンド)」の魔法で空中で待機してもらい、ゼナさんの様子を詳細に調べる。

 AR表示で見ると「束縛(ホールド)」という状態異常になっているようだ。
 ログで確認すると転移直前に、オレも真祖から「束縛の視線(ホールドゲイズ)」という状態異常攻撃を受けていた。

 壁面に穴を開けてから転移まで数秒も無かったのに、大した物だ。
 いや、ゼナさん達を束縛しようとした場所にオレが飛び込んだのか。
 抵抗できていなかったらと思うと、ゾっとする。

 耐性系のスキルが手に入らなかったので、既に持っていた耐性スキルのどれかが有効だったのだろう。
 とりあえず、「魔法破壊(ブレイク・マジック)」で状態異常が解除できるか調べてみよう。

 その前に、一声掛けるか。

「落ち着け。我はお前達を助けに来た者だ」

 ゼナさんとゲルカ嬢の緊張が少し和らぐ。
 さっきから喋らないのも警戒していたからじゃなく、「束縛」の効果で声が出せないからのようだ。
束縛(ホールド)」の魔法だと喋りにくいだけで会話は可能なのに、吸血鬼の固有スキルだと効果が少し違うみたいだ。

「吸血鬼の城からは脱出した。これから、お前達の状態異常を解除する。力を抜いて待っていろ」

 そう2人に告げて「魔法破壊(ブレイク・マジック)」を使う。
 ほんの僅かの抵抗を感じたが、問題なく解除できたようだ。

「念の為に聞くがゲルカというのは、お前で合っているか?」
「はい、あたしです」
「そうか、ソソナという娘の依頼でお前を助けに来た。そっちの娘は一緒に助けてしまったが問題ないな?」

 とりあえず、ゲルカ嬢を助けるついでにゼナさんを助けた事にした。
 ソソナには悪いが、救出の報酬代わりに言い訳に利用させて貰う。

 礼を告げる二人に鷹揚に応え、脱出を促すことにする。
 ゆっくりしていたら、心配しているリリオ達に悪いしね。

 そうだ、ゼナさん達に護身用の武器を渡しておこう。
 出口までは、デミゴブリンくらいしかいないので武器など不要なのだが、ゼナさんに魔法の武器や高性能な杖を渡す良い機会だったので利用させて貰った。

「ここは迷宮上層の第一区画だ。出口前の大広間まで送る。これは護身用に持っておけ」
「素朴だけど綺麗な短剣……もしかしてミスリル製だったり?」
「純粋なミスリル製ではない。ミスリル合金製だから気にするな」

 オレが渡した短剣の材質に気がついたのか、ゲルカ嬢が少し絶句してから自分の見立てを問うてきた。
 それに適当な答を返して、ゼナさんには小剣を渡す。
 こちらもエチゴヤ商会で販売している量産型の鋳造魔剣だ。

「凄い鋭さですね……。デリオ隊長の持っていた魔剣よりも力を感じます」
「この剣帯を使え。その服では帯に挿すわけにも行くまい」

 小剣を鞘から10センチほど抜いて刃を見ていたゼナさんに、貴族への売却用に作り置きしておいた瀟洒な剣帯を押し付ける。
 彼女達は、薄手のドレスに華奢なパンプスを履いているだけなので、剣帯が無いと剣を下げる事が出来ない。

「あの~、もし良かったら杖も貸してもらえないかしら? わたし達は魔法使いなの。護身用には剣よりも杖の方が嬉しいんだけど」
「よかろう、これを使え」

 元々渡すつもりだったので、ゲルカ嬢の求めに応じて「宝物庫(アイテムボックス)」から取り出した長杖を渡す。
 ボルエナンの森の樫の古木から作った杖で、魔法の収束率と発動までの魔力ロスの低減を追及した物だ。
 迷宮のように連戦が必要だったり、誤爆が怖い状況で使うのに適している。

 元々、アリサ用に作っていた杖だが、後日、大量に世界樹の枝が手に入ったのでお蔵入りしていた。

 ゲルカ嬢が早速、自分に身体強化の魔法を使って長杖の感触を確かめている。

「おお、凄いよコレ! 気持ち悪いくらいに、すんなりと魔法が流れる」
「……本当ですね。それに魔力の消耗が凄く少ないです」

 ゼナさんも、オレを含めた全員に「風防御(ウィンド・プロテクション)」の魔法を掛けて感想を呟く。

 気に入ってくれたようで何よりだ。
 杖もストレージの肥やしになるよりは、使ってもらった方が嬉しいだろう。
 作成者名も空欄(ナナシ)になっているし、変に出所を疑われる事も無いはずだ。

 オレ達は入り口に向かって回廊を進む。
 途中、デミゴブリンと戦う少年少女達がいたので、ゼナさん達の護衛と入り口までの案内を頼んでみた。

「この娘達たちを入り口まで案内して欲しい。むろん、報酬は出す」
「くっ、せめて、戦いが終わるまでっ――待ってくれっ」

 リーダーらしき青いマントの少年が、ゴブリンと戦いながらも律儀に返答を返してきた。
 彼らは「ぺんどら」の卒業生のようだが、顔に見覚えが無い。
 それにしても、デミゴブリン相手に苦戦するとは少々情けない。

 数分後、無傷でデミゴブリン達を倒し終わってこちらにやってきた。

「ちぇ、こいつの短剣は血の汚れだよ」
「なんだ、毒じゃなかったのか」

 少年達は、デミゴブリンの持つ骨を削った短剣を、光に翳しながらそんな会話を交わしている。

「最近、こいつらの中に毒の短剣を使うやつが居るんだ」

 なるほど、それで攻撃を受けないように慎重に戦っていたのか。
 リーダーらしき少年が、聞きもしないのにそんな事を教えてくれた。

「悪いが、この娘達を入り口まで送ってやってくれ。これが報酬だ」

 そう一方的に告げて、人数分の金貨が詰まった小袋をリーダーに投げ渡す。

「わかった。大階段まででいい?」
「ああ、それで頼む」

 チャリという金属音がする小袋を受け止めて、中身を確認もせずに案内を了承してくれた。
 入り口までは30分ほどの場所だから、小遣い稼ぎとでも思ってくれたのだろう。

「では、サラバだ。ソソナ殿によろしく伝えておいてくれ」
「あの、お名前を教えてください」
「名乗るほどの者では無い」

 ……我ながら何を言ってるかな。
 まあ、クロと名乗ってもいいのだが、目的は果たしたので回廊の暗がりに姿を隠して「帰還転移(リターン)」の魔法を使い屋敷に戻った。





「あ! 少年! こっち!」

 アリサ達を連れてギルド前に来るとリリオの周りには「月光」のメンバーが集まっていた。
 もちろん、治療を終えたセーリュー市の迷宮選抜隊の人たちも一緒だ。
 さすがに装備品の修理は間に合うはずもないので、鎧の破損はそのままになっている。

 迷宮選抜隊隊長のヘンス卿と挨拶を交わしている間に、ゼナさん達が迷宮門を通過して「死の回廊」を進み始めた。
 西門の近くまでやって来たところで、適当に話を切り上げてゼナさんを迎えに西門前に歩み寄る。

「ゼ、ゼナっちぃーー!」
「リリオ! ただいまっ」

 西門から出てきたゼナさんを見てリリオが飛びつく。
 彼女に遅れてイオナ嬢やルウ嬢の2人もゼナさんの無事を祝う。

「ゼナさん、ご無事で何よりです」
「サトゥーさん!」

 3人に抱きつかれながらも、体の隙間から手を伸ばしてきたゼナさんの白い手を握って生還を祝う輪に加わった。
 後ろからアリサとミーアに軽く踵を蹴られたが、再会を祝うのを嫉妬するのは止めて欲しい。





 ゼナさん達は「契約(コントラクト)」スキルで吸血鬼たちの事を話せなくされていたようで、迷宮で攫われて監禁されていた所を謎の人物に助けられたとギルドに報告していた。
 謎の人物は、特徴的な風体(ふうてい)から、すぐにその正体がクロと判定された。そのせいか、ゼナさんを攫ったのは迷賊という事になってしまった。

 後で、クロとして吸血鬼の話をしにギルド長の所に行けばいいだろう。

 ゼナさん達は装備の修理の為に、数日の間、迷宮に入れないそうなので今日は休養に努めて貰い、明日一緒に食事に行く約束を交わした。

 ちなみに迷宮選抜隊がボロボロだったのは、吸血鬼達のせいでは無く、甲虫と戦っている所に、剣斧蟷螂(ソードアクス・マンティス)が湧き穴から現れてリンクしたせいで激戦になった為らしい。
 その時にゼナさんが重傷を負い、直後に黒い霧に攫われたという事だった。
 後で聞いたのだが、ゲルカ嬢も影小鬼の毒刃で死に掛けていた所を同じように黒い霧に攫われたそうだ。

 もう少し詳しい話を聞きたかったが、西門からナナの後ろに死体の様な姿勢で浮かべられたカリナ嬢が現れたので中断を余儀なくされた。
 どうやら、ナナの理術「自走する板(フローティング・ボード)」で作られた透明な板の上に載せられているようだ。
 カリナ嬢だけでなくエリーナ達やシロとクロウも、ぐったりとして運ばれている。
 たぶん、急激なレベルアップで倒れたのだろう。

「マスター帰還を報告します」
「たらりま~?」
「ただいまなのです!」
「お帰り。カリナ様達はレベルアップ酔いかい?」
「ハイと肯定します」

 AR表示で見るとカリナ嬢で3レベルアップ、シロとクロウに至っては1レベルから7レベルまで急激に上がっている。

 どんな荒行をしたのやら。

 明後日にはお茶会と晩餐に連れて行かないといけないから、明日の迷宮修行は、もう少し手加減するように言っておかないとね。





 そして、その日の晩、肉抜きお子様ランチにうなだれるポチを慰めた後に、再び、迷宮下層へと舞い戻った。

 そう、例の転生者疑惑のある真祖に会う為だ。
※次回更新は、3/9(日)の予定です。

 活動報告にてゼナさん達のラフイラストを順次公開しています。
 良かったらご覧下さい。

※3/7 杖の銘について少々追記しました。
※3/7 「転生者疑惑が判り辛い」との指摘があったので、11-7に少し加筆しました。
※3/8 晩餐会の日付が間違っていたので、ゼナのデート予定を修正しました。


●サトゥーのスケジュール(2日目)

1日日:パレード。ゼナ出発。
2日目:カリナ迷宮1日目。ゼナ誘拐⇒救出、真祖に会いに行く。
3日目:カリナ迷宮2日目。ゼナとデート。ギルド長と宴会。ポチの肉禁止最終日。
4日目:カリナ嬢を連れてお茶会&晩餐会へ。
5日目:(予定無し)
6日目:王都へ
11-9.吸血鬼(1)
※5/19 誤字修正しました。

 サトゥーです。魔王に並んでゲームや物語のラスボスになる事の多い吸血鬼ですが、これほど弱点の多い敵役もいないのではないでしょうか?
 日光、ニンニク、流水を超えられず、招かれないと家屋に侵入できないなど弱点のオンパレードですが、それゆえに勇者に頼らずとも知恵と勇気で倒せる点が物語に向いているのでしょう。





 下層に戻ってきたオレは、吸血鬼の元を訪れる前にもう少し下層を調べる事にした。

 先ほどはゼナさんを救出する事に主眼を置いていたので、あまりちゃんと調べていなかったので詳細に調査する。

 下層にはレベル50超えの存在が、30体ほどいた。

 一番レベルが高いのは、2番目に広い大区画にいる太古の根魂(エルダー・ルート)でレベル99。植物型の魔物なのか、大区画一杯の巨体だ。
 大怪魚(トヴケゼェーラ)と同レベルだが、階層の主(フロア・マスター)では無いらしい。
 一応、階層の主(フロア・マスター)で検索してみたが、存在しないようだった。

 次に高いのが、邪竜(エビル・レッサードラゴン)でレベル80。
 黒竜ヘイロンよりレベルが高いのに下級竜(レッサードラゴン)なのか。
 どういう基準で下級かどうか決まるんだろう?

 今度、ヘイロンに聞いてみよう。
「知らん」と回答が返ってきそうで仕方がないが他に聞けそうな者もいないしね。

 3番目に高いのが「骸の王(キングマミー)」のレベル72。骸の王は「金属創造」「夢幻工場」というユニークっぽいスキルを持つ上に名前が「テツオ」だ。
 彼も真祖と同じく転生者に違いない。
 真祖との面会の後に、会いにいってみよう。

 そして幾分落ちてレベル53の「鋼の幽鬼(アイアン・ストーカー)」という存在がいる。
 彼も「魂魄憑依」という禍々しい感じのユニークっぽいスキルを持っている。名前が「タケル」になっていたので転生者の可能性が高い。
 種族がリビングアーマーなので、「魂魄憑依」で金属鎧を身体にしているのだろう。
 アリサ辺りが聞いたら「『兄さん』って言って」と強請りそうだ。

 この2人の転生者(仮)は、2つの隣接する大区画にそれぞれ陣取っているようだ。
 たぶん、仲良しなのだろう。





 吸血鬼のいる大区画へと繋がる正門の前にはガーディアンが配置されていた。

『この門を越えたくば、その力を示せ』
『この門を越えたくば、その知恵を示せ』
『剣と魔法、その2つが無くば引き返すが良い』

 正門に刻まれた三つの口が生き物のように蠢き、言葉を紡ぐ。

 ガーディアンの内訳は、身長9メートルを超える巨大なゴーレムが二体と、半透明のレイスが一体だ。
 ゴーレムは、巨大なスケルトンのようなボーンゴーレムと、ロボのような鋼鉄製のアイアンゴーレムの2種類がいる。

 アイアンゴーレムが大砲と斧を融合させたような武器を持ち、ボーンゴーレムは4本の腕に短剣を2本とメイス、さらに丸盾を構えている。短剣といっても9メートルのゴーレムから見たサイズなので、オレから見たら肉厚の大剣みたいな感じだ。

 話し合いに来たのだから、殲滅するのはマズいか。

 オレが考えに沈むのに頓着せずに、アイアンゴーレムが戦端を開いた。
 砲斧を構えたアイアンゴーレムが、砲口から火炎弾を打ち出してくる。

 オレは「魔法破壊(ブレイク・マジック)」を使うのも面倒だったので、手で火炎弾を弾いて軌道を逸らす。
 逸らされた火炎弾が、後方で回廊の壁に当たって大爆発を起こした。

 それを合図に、レイスが「凍結麻痺(アイス・パラライズ)」の詠唱を始め、両手に武器を持つボーンゴーレムが踊りかかってきた。
 小さいモーションで左右から連撃を繰り出してくるのを軽やかなステップで回避して、向こうの攻撃にタイミングを合わせて掌で軽く触れる。
 その瞬間に「魔力強奪(マナドレイン)」で一気に相手の魔力を奪って行動不能にする。

 魔力を失ったボーンゴーレムが、ターンアンデッドを受けたスケルトンの様にバラバラになって地面に散らばった。

 飛び散ったボーンゴーレムの骨を棘蔦足(ソーン・フット)の蔦から作った魔封じのロープとワイヤーで束ねて戦闘に復帰できないように捕縛してやる。
 もちろん、手作業では無く「理力の手(マジック・ハンド)」の魔法を使って縛った。

 レイスの詠唱は無視して、大砲を構えるゴーレムを無力化しに向かう。
 たとえ麻痺したとしても、無詠唱で「魔法破壊(ブレイク・マジック)」すれば解除できるので、相手にするのは最後で良い。

 大砲はタイムラグがあるのか斧の部分で攻撃してきたが、動きが遅いので縮地を使うまでも無く軽く回避し、ボーンゴーレムと同様に「魔力強奪(マナドレイン)」で魔力を奪って行動不能にする。
 魔封じのロープで右足と左手を背中で結んで適当に拘束する。

 ログにレイスの麻痺をレジストしたと表示されたのを視界の隅に捉えつつ、レイスに跳び蹴りを加える。

 もっとも物理無効の特性があるせいか、レイスはオレの蹴りを余裕の顔で待ち構えていた。
 レイスには「生命強奪(ライフ・ドレイン)」という凶悪なスキルがあるので、向こうにすれば「飛んで火に入る夏の虫」といった感じなのだろう。

 レイスに触れる瞬間に一瞬だけ靴裏に魔刃のスパイクを発生させて蹴り飛ばす。
 もちろん、一撃で倒してしまわないように手加減を忘れない。

 蹴り飛ばされたレイスは、よほど痛かったのか魂消る(たまぎる)ような悲鳴を上げて出てきた門の横の墓標の中に逃げていった。

 痛みに弱いレイスというのも珍しい。
 そもそも痛みとか感じるのか?

 そんなオレの疑問には誰も答えてくれず、ただ静かに正門が開くだけだった。

>「奪命(ドレイン)耐性」スキルを得た。





 出迎えも来ないので、勝手に入らせて貰う事にする。

 今日のオレの姿は、クロの基本セットに別の変装マスクを付けたカスタムバージョンだ。

 クロのままでも良かったのだが、吸血鬼の癖に吸血鬼殺し(バンパイア・ハンター)で有名なバン・ヘルシング――本来はヴァン・ヘルシングだが――と名乗る転生者疑惑のある人物に会うのに外人顔のクロの顔よりは、日本人顔の方が良いだろうと新しく作った変装マスクを付けている。
 外注デバッグスタッフをしていたタナカ氏の顔を拝借した。メタボ氏の顔だとオレの体型に合わないので、印象に残りにくい彼の顔を選んだ。

 湖上の城へと続く橋のたもとで、黒いドレスを着た2人の上級吸血鬼(バンパイア・ロード)の女性が待っていた。
 女性なのにロードなのか。レディじゃないのかと命名したヤツを問い詰めたい。
 種族名なので文句を言っても仕方ないのだが、無性に突込みをいれたくなるので、勝手に吸血姫とでも呼ばせて貰おう。

 吸血姫は、背の低い幼い娘と背の高い年嵩の美女の2人だ。
 白い髪に碧眼の幼い方が300歳でレベル49、金髪に薄い青の瞳のグラマラスな美女の方が100歳でレベル41になっている。外見と年齢が一致しないのはフィクションの吸血鬼と同じみたいだ。

 せっかくなので先ほど手に入れた「奪命(ドレイン)耐性」スキルを最大まで上げておく。

「ようこそ、強き者よ」
「あなたが求めるのは戦いですか? それとも血珠や月夜草などの宝物ですか?」
「オレの希望は、真祖殿との会談だ」

 2人の吸血姫がオレの目的を問うてきたので、端的に答えた。
 今回はクロの口調ロールプレイは無しだ。

「そうですか……戦いは望まないのですか……」

 なぜか、美女の方が落胆している。
 戦いたかったのだろうか?

 吸血姫の幼い方が、「しばし待て」と告げて、片手をコウモリに変化させて城の方に遣いに出した。
 なんて、便利(ファンタジー)な。

 待っている間、ヒマだったので雑談でもしようと、2人に話しかけてみた。
 幼女は憮然とした顔で答えてくれなかったが、美女の方は愛想が良いのか普通に雑談に付き合ってくれた。

 といっても、共通の話題が無いので、月明かりしかないのに葡萄が実っているのは何故か、とか周りに見える不思議な光景について質問してみた。

 なんでも、アレは宵闇葡萄という植物型の魔物の一種らしい。名前通り、暗がりでしか育たず、日光を浴びると枯れてしまうのだそうだ。
 肉食の魔物なので、スケルトンやリビングドールでしか飼育が出来ないらしい。
 なるほど、農夫が喰われてしまうのか……作物まで魔界ちっくだとは……。

 吸血姫達には通常の食事は不要らしいのだが、嗜好品として育てているそうだ。

 色々と教えてくれるのは嬉しいのだが、オレが珍しい品に興味を持つたびに「私との戦いに勝利すれば対価に与えよう」とか、やたらと勝負したがるのに参った。
 彼女だけを見て吸血鬼がバトルジャンキーだと決めつける気はないが、キラキラした目で戦いに誘導するのは止めて欲しい。

 そんな雑談をしている間に、コウモリが戻ってきて幼女の手に戻る。

「主様がお会いになるそうだ。ついて来い」

 幼女は、そう無愛想に告げて、オレの反応も確認せずに踵を返して城に向かって歩き始めた。
※次回更新は、3/12(水) の予定です。
 今回は若干短めですが、その分、次回更新を早めにしますね。
11-10.吸血鬼(2)
※5/19 誤字修正しました。

 サトゥーです。フランスあたりの言葉だったと思いますが、「高貴なる義務(ノブレス・オブリージュ)」という言葉が有名になったのは何時(いつ)頃からでしょう。
 日本では漫画かアニメでしか目にしない言葉ですが、異世界では割とありふれた行為のようです。





「その詰め襟に、黒髪黒目でその名前。何より平たいその顔! 『もしかして、日本人なんか?』」
『そうだよ。見ての通り生まれも育ちも日本だ』
「やはり、そうであるか」

 後半、日本語で尋ねてきたので、こちらも日本語で返す。
 面会した真祖は、ワカメの様に縮れた天然パーマの紫髪の青年だった。

 青白い肌でフランス系の顔立をしているのに、日本語の時だけ関西弁っぽいアクセントだった。
 いや、今世と前世の容姿に因果関係はなかったっけ。
 本名は「番」とか「播」という漢字だったのだろうか?

「サガ帝国の勇者ではないようだが、神隠しに遭った<迷い人>であるか?」
「その<迷い人>という言葉は知らないけど、たぶん転移者ってやつだと思う」
「ほう? 何百年か前に、聖ヘラルオン教国がサガ帝国の勇者召喚の秘儀を真似て、日本から勇者を招こうとした事があったが、また同じような事を繰り返している国があるのか……」

 彼は渋い顔をしながら「誘拐犯共め」とか「また、召喚士や国の中枢を始末するか」とか物騒な事を呟いている。
 彼にとっては転移者=召喚者なのか。

 レベル61の真祖が、レベル40~50の吸血姫達を率いて襲えば小国くらいなら簡単に滅ぼせそうだ。
 何よりオレの知る限り、この大陸に聖ヘラルオン教国という国は無い。

 ここはメネア王女の為にもフォローしておこう。

「それには及ばないよ。既に上級魔族の襲撃を受けて、召喚に関わった人達は排除された後らしいからね」
「魔族も(たま)には良い事をするようであるな」

 真祖にメネア王女から聞いた話を教えておく。
 それが事実かどうかは確認していないが、あの時点で王女が嘘をつく意味がないので無闇に疑う必要もないだろう。

「色々と日本の話で盛り上がりたいところであるが、先に用件を片付けておこうではないか」
「そうだね。オレの用事は――」

 オレはゼナさん達を救出した際に破壊した結界や城の事を詫びた後、ゼナさん達と一緒にいた女性達の解放を頼んでみた。

「彼女達は奴隷として正規ルートで購入した者達である」
「対価なら支払うけど?」
「金には困っていないのである」

 ――無理か。

「正規ルートで買ったと言うけど、まさか街まで出向いたのか?」
「まさか、である。2月に一度、迷宮上層で秘密の市場が開かれる。そこで魔核(コア)や魔物素材を売って得た金で、出品される奴隷達を買い求めるのである」

 しかも、お得意様らしく、彼にしか買えない様な高価な奴隷が連れて来られるそうだ。

「奴隷達は血液の供給源として飼っているのか?」
「失敬なのである。彼女達は大切な城の使用人だ。飼うという表現は撤回して貰おう」
「失礼、先ほどの言葉は撤回させてもらうよ」

 わざと挑発的な言い方をして見たのだが、予想より激しい否定の言葉が返ってきた。

「購入した奴隷達は月に数十cc程度の血を提供して貰うが、その他には城内で侍女の真似事をして貰うだけだ。無理矢理吸血鬼にする事は無いし、無体な暴力をふるう事も陵辱することも無い」

 血液の供給源というのは間違っていない気がするが、彼女達の自由意思は奪っていないようだ。

 彼は吸血鬼に成ってから、次第に普通の性欲が無くなっていったそうだ。
 吸血姫たちは全て彼の嫁らしいが、抱きしめて口付けを交わす程度の関係らしい。

 唯一の欲求は、日に3度ほど血を一滴垂らしたワインを一杯飲む事だと言うのだから、オレのイメージする吸血鬼とは少々違う。
 なんというか、女性向けの小説や物語に登場しそうな吸血鬼だ。

「希望者は5~10年ほどで解雇するが、雇用期間中に自活できるだけの教養と技術、それに数年遊んで暮らせるほどの生活費を与えてから奴隷解放する事にしているのである」

 これだけの厚遇なら、雇い主が吸血鬼でも成り手が多そうだ。

 教養と技術を与えるのは解放後の奴隷達を自立させる為というのもあるそうだが、一番重要なのは吸血姫たちの暇潰しの為らしい。
 慈善事業が目的と言われるよりは、吸血鬼らしい所業だ。

 しかし、10年もここに居たら日光浴もできないし、不健康になりそうだ。

「その心配は無用である。この大区画のはずれに光属性の魔術士の庵がある。そこで侍女達は日に一度、日光浴をするように言いつけてあるのだ」
「吸血鬼の領域に、光属性の魔術士?」
「ああ、愛娘を陵辱しようとした大貴族のバカ息子を血祭りに上げた咎で追われ、迷宮に逃げ込んだ男とその娘夫婦だ。匿い食糧や生活必需品を提供する対価に働かせているのである」

 なるほどね。

 少し奴隷達への配慮が厚過ぎる気がしたが、それにはちゃんと彼なりの理由があった。

「へたに虐待とか殺戮をすると勇者がやってくるからな。何事も共存共栄、ほどほどが良いのだ」

 真祖は偽悪的な笑みを浮かべて、そう(うそぶ)いた。





「でも、奴隷達を買うならゲルカ嬢達を攫う必要は無かったんじゃないのか?」
「うむ、必要ないな」
「では、何故?」
「今月の闇市が開かれなかった故、市場の顔役の迷賊共に事情を聞きに行く途中に瀕死の乙女を見かけてな」

 真祖の話によると、ゲルカ嬢は毒刃に刺されて動けなくなって魔物達の餌食になりそうな所を、ゼナさんは剣斧蟷螂(ソードアクス・マンティス)の一撃を受けて瀕死の所を、それぞれ救われたらしい。

 吸血鬼と一緒だと、彼らが霧になって移動するときに毒の進行や出血が止まるそうなので、この城まで連れてきてストックしてあった魔法薬で治療してくれたそうだ。
 彼の言う「霧になる」というのが、どういう仕組みなのか興味があるが好奇心を満たすのは後回しにしよう。

「慈善事業が趣味なのか?」
「ふむ、長く生きていると最大の敵はヒマなのである。目の前で見かけた不遇な者は、気まぐれで助ける事にしているのだ。それが美しい乙女なら手を差し伸べない理由はあるまい?」
「確かに」

 もっとも、闇市の時にしか下層を出ないそうなので、ゼナさん達のように命を救う為に城に連れてくるのは百年ぶりだったそうだ。





 お人好しの真祖にゲルカ嬢やゼナさんの命を救ってくれた礼を告げ、謝礼に何か地上で調達して欲しい物が無いか尋ねてみた。

「うむ、『レッセウの血潮』を所望するのである」

 必要な物は無いと突っぱねられそうな気がしていたのだが、意外にも即答された。
 オレの記憶が確かなら格安ワインの銘柄だったはずだ。

「珍しいワインが好みなんだな。アイテムボックスと転移魔法があるから生鮮食品や生地なんかも調達できるぞ?」

 真祖が周りに侍らせている吸血姫に視線を送る。

「流行のドレス」
「ミスリル、無ければ鋼か銀のインゴット」
「可愛い小物」
「紙とインクが欲しいです」

 吸血姫が口々に告げる品目を交友欄のメモ帳に記入していく。
 結構な品目だが「レッセウの血潮」以外は、ストレージに既にある品ばかりだった。
 すぐに渡しても良いのだが、真祖用のワインと一緒に渡した方が良いだろう。品目を読み上げてメモが間違っていない事を確認して、次に来訪する時に届けると約束する。

 お(いとま)しようと腰を上げた所を真祖に止められた。

「せっかく来たのだ、一つ勝負をしようではないか」





 最初の内は接戦を演じていたのだが、真祖との勝負はオレの圧勝で終わりそうだ。

「王手」
「待て、その手はイカン」
「だが、『待った』は先ほどのが最後と言っていなかったか?」
「ぐぬぬぬ。では血珠3つを差し出すから、もう一手待って欲しいのである」
「わかった、これが最後だぞ?」
「うむ」

 そう、勝負の内容は将棋だ。
 真祖が用意した将棋板を挟んで勝負を始めたのだが、真祖の腕はヘタの横好きとしか言えないレベルだった。
 吸血鬼産のレア素材が手に入るから待つのは良いのだが、彼との将棋は若干ストレスが溜まる。

 オレは仕事で将棋アプリを作る時に、奨励会に居た事もあるメタボ氏の鬼の特訓を受けたお陰で、素人にしてはそれなりに強い。
 しかも、アプリには難易度設定もあるので上手く手加減をするコツを熟知しているのだが、それでもなお真祖に勝たせるのは至難を極めた。

 あからさまな隙を作っても、自爆としか思えない手を打ってくる。
 何度、「待った」に応じても、彼が勝てる見込みは薄い。

 もっとも、観戦している吸血姫達には勝敗は関係ないようだ。
 彼女達は、真祖が子供のように「待った」を掛けたり、くやしそうに唸る姿を見せる度に愛おしそうに慈しみの視線を送っている。

 まあ、人の趣味にとやかく言うのは止めておこう。
 彼との将棋対決は、明け方近くに、とある人物が来訪するまで続いた。
※次回更新は、3/16(日) の予定です。
 もう1話挟んでゼナさんやカリナ嬢のターンが来ます。たぶん。




※宣伝コーナー

 新エピソードが一杯の書籍版「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」は、3/20(木) 発売予定です。
 活動報告に第一巻の見所を書いてあるので、良かったらご覧下さい。
11-11.吸血鬼(3)
※5/6 誤字修正しました。

 サトゥーです。ホラーだと首だけでケタケタ笑ったり、呪いで首だけになっても死ねずに怨嗟の声を上げたりするシーンがあります。
 喉も肺も無いのにどうやって発声しているのか、気になってしかたがありません。





「倒しに来たぞ! バン様!」
「セメリーは、今日も元気であるな」

 大サソリの背に乗り、ティラノと蔦を手足にした遊歩触手(ローパー)を連れた美女が、城の中庭で真祖と対峙している。
 青白い肌に波打つ黒髪が絡みついて、とても艶めかしい。
 彼女は真祖バンによって吸血姫となったバンパイア・ロードだ。彼女の騎虫の大サソリや護衛の魔物は、彼女によって吸血鬼化している。

 なぜ彼の配下が襲ってくるのか不思議だったので聞いてみたのだが、「ちょっとグレる時期なのである」と気楽な回答が返ってきた。
 彼らにとっては娯楽の一環なのだろう。

 それに真祖を倒しに来たと言っているセメリーだが、その青白い肌を紫色に染めている。
 言葉とは裏腹に、恋する乙女の瞳だ。

「さて、今日の先鋒はだれがする?」
「バン様、わたし!」
「いえ、ここはワタクシが」
「アタシやりた~い」

 さっきの金髪美女だけでなく、赤毛と黒髪の女性も手を挙げて自分がやりたいと主張している。
 どうやら、バトルマニアなのは彼女だけでは無いらしい。

「わたしの番」

 先ほどの無口な白髪の幼女吸血姫が、小さく手を挙げて中庭へ出て行く。

 幼女が小さな指の先に伸びた爪で手首を切り裂く。
 手首から吹き出る血が、生き物のように蠢き大鎌を形成していく。

 ……吸血鬼らしいというかテンプレっぽい能力だが、実にファンタジーな光景だ。
 セメリーの方は、魔物の素材でできた大剣を担いでいる。

「ふん、まさか白姫が先鋒? てっきり、そっちの金髪デブが出てくると思ったのに」
「ふ、太ってません! ちっとふくよかなだけです!」

 セメリーがグラマーな金髪さんをデブと表現していたが、痩せているわけじゃないけど太っているとは思えない。
 2人の掛け合いなど聞こえないかのように、中庭まで進み出た幼女が大鎌をセメリーに突き出す。

「こっちの先鋒は、ティラノンよ。行け、ティラノン!」

 セメリーの微妙なネーミングセンスに少し親近感を抱いてしまった。

 その場で片足を軸に旋回したティラノの尻尾が、幼女に叩き込まれる。
 体高6メートルの巨大ティラノの割に実に身軽だ。

 幼女が大鎌でティラノの尻尾を軽々と切断する。
 だが、切断されるのは初めから想定していたようだ。

 切断されたティラノの傷口から吹き出した血しぶきが、どういう理屈なのか一気に燃え上がる。
 火炎放射器のような燃える血しぶきを体に被る寸前、幼女が霧になって回避する。
 だが、吸血鬼の能力を良く把握しているのか、血しぶきは霧になった身体を燃やす特別製のようだ。
 観戦している吸血姫達が息を呑み、セメリーの笑みが深くなる。

「……甘いのである」

 そのつぶやきは真祖から出た。

 オレのAR表示でも、幼女のダメージは軽微だ。
 ティラノの足下の影から湧き上がった幼女が、素早く両足を切り落とす。

 どうやら霧になったのはフェイクで、本体は影に溶け込んで移動していたらしい。
 影魔法では無く「影歩き(シャドウ・ウォーク)」という種族固有能力だ。所持しているのは、真祖と幼女を含む数人だけだった。
 歳経た吸血鬼にのみ使える能力らしく、170歳のセメリーは持っていない。

 移動手段を失ったティラノは、抵抗するすべもなくそのまま細切れにされて灰になってしまった。
 どうやら体力(HP)が無くなった吸血鬼は灰になるらしい。

「勝者、白姫リューナ」

 無口な幼女が小さく拳を握り、こっそりと喜んでいる。
 彼女は優雅な歩みで真祖に近付くと、彼に頬を突き出す。真祖が頬に軽くキスをすると、彼女の口元が綻ぶ。

 ちょっと可愛い。





「こっちの中堅は、ロッパ! 白姫の連戦はダメだぞ?」

 口元が綻んだままの幼女が中庭に歩みだそうとした所を、イライラしたような口調のセメリーが止める。
 幼女が真祖の方を振り向いてジャッジを求めた。

「うむ、ワンサイドゲームは楽しくないのである」

 その一言で、2回戦は、ローパー対金髪美女の戦いになった。
 金髪美女も幼女の様に、自分の手首を切って血で作った2本の短剣を手に戦闘を開始する。

 縦横無尽に襲ってくるローパーの触手を、人間を超えた素早い動きで避け、避けきれない触手は短剣で受け流す。
 このローパーの樹液は、ティラノと違って燃え上がらないようだ。
 ただし、粘性が強いのか、金髪美女の動きを鈍らせる。

 ローパーの触手の先端にある角質化したツメのような部分が、美女の服をかすめて切り裂いていく。

「あははは! ロッパ、いいぞ! そのデブっちょのみっともない身体を白日の下にさらしてやれ」
「わたしっ、は、太って、無い」

 セメリーの罵詈雑言に反論して呼吸を乱したせいか、金髪美女はついに避けきれずに複数の触手に絡みつかれ、四肢を拘束された状態で空中に持ち上げられた。

 ――なんて、エロいポーズだ。
 彼女の名誉の為に、後ろを向いて視線を逸らす。

 後ろからバチバチと電撃の様な音が聞こえてきた。
 触手の先からの電撃攻撃でも受けたのか、金髪美女が麻痺の状態異常になっている。

 この状態では霧になる事もできないのか、反撃もできないまま金髪美女の敗北が確定した。

「勝負あり、勝者ローパー」

 決着がついた様なので振り返る――なんて、スプラッタ……胴体で真っ二つにされ四肢をもぎ取られた金髪美女だった骸がローパーの触手にぶら下がっている。
 ローパーが、ぺいっと投げ捨てた金髪美女の頭部を、幼女が拾い上げる。

「無様ね」
「……無念です」

 げっ、さすが吸血鬼。
 首だけでも喋れるのか。

「心配は要らぬ。血を掛けてやれば、すぐにでも復活するのである」

 驚愕の眼差しで喋る生首を見ていると、真祖がそうフォローしてくれた。
 AR表示を確認すると、体力ゲージが徐々に回復していっている。





「こっちはロッパで連戦する。そっちは大将だ!」

 セメリーの視線は真祖を捉えている。
 彼女の視線に気がつかないかのように、真祖はオレに視線を向ける。

「ルーチンワークは怠惰を呼ぶのである。今日は趣向を変えよう。クロ殿、ガーディアンを倒した君の技を見せてはくれまいか?」
「ああ、いいとも」

 ローパーは「理力の手(マジック・ハンド)」で触手を縛って、火系の魔法で一撃で排除できるから別に構わない。

「このロッパはバン様用の特別性だ。そんなニンゲン如きに使えるものか! 私が直々にいたぶってやる」

 ……真祖用って、さっき金髪美女にも使ってたじゃないか。
 それと、どういう使い方をするつもりだったのか、聞くのが怖い。

「怪我をさせたく無いんだけど、手加減のコツとか無いかな?」
「ニンゲンの分際で、手加減だと?! このセメリー様も舐められた者だ」
「安心するのである。上級吸血鬼(バンパイア・ロード)は、灰になっても滅びぬ」

 小声で真祖に相談したのだが、吸血姫は耳が良いようでセメリーにも聞こえてしまったみたいで血管が切れそうなくらい激昂している。
 真祖は楽しそうに、「灰の上に魔核を置いて血を垂らせばすぐ復活するから、思いっきりやって構わないのである」と煽るように告げてきた。
 本気でやったら城の侍女さん達にまで被害がでちゃうよ。

 首を落としても死なないようだから、首刈りで終わらせようか。

「バン様! こいつを倒しても条件は変えないぞ?」
「ああ、セメリーが彼に勝てたら、約束通り来月まで君の虜になろう。だが、君が負けた場合、君への命令権を得るのはクロ殿とする」

 いや、命令権とかいらないから。

 オレと目が合うとセメリーの表情が歪む。
 深い谷間を誇示していた胸元をかき寄せて、オレの視線から庇うのは止めて欲しい。
 実に心外だ。

「は、破廉恥な命令はダメだぞ!」
「あらセメリー、もう負ける気なの?」

 さっきの意趣返しなのか、金髪美女が首のまま憎まれ口を叩く。

 シュールすぎる光景だ。
 本当に彼女たちは、不死の身体(アンデッド)なんだな。

 無詠唱で「理力剣(マジック・ソード)」の魔法を使ってガラスのように透明な剣を生み出し、それを得物にする。

「ほう、『旋風刃(ダンシング・ブレード)』系列の魔法で武器を作ったのか。実に珍しい使い方なのである」

 長い年月を生きている吸血鬼に言われると、自分が凄く変わり者のような気分になるよ。

 だが、そんな感想も、大剣を細腕で軽々と振り回すセメリーが突撃してきたので、中断する事になった。
 強引な力業だけの人かと思ったが、意外にちゃんとした剣術を使うようだ。

 170歳になるまでの間、ヒマさえあれば剣をふっていたのだろう。
 ポチの師匠のような洗練された太刀筋だ。

 ただし、エルフ師匠と比べると老獪さが足りない――それ故に読みやすい。

 おまけにセメリーの表情が豊かすぎる。
 ポチを相手にした訓練の時のように、相手のしたい攻撃をさせつつ次第に追い詰めていく。

 じり貧になってきたセメリーが、手首を切り裂いて作りだした血流が針となって襲ってくる。
 そんな苦し紛れの攻撃を、単発の「短気絶(ショート・スタン)」で蹴散らし、理力剣でセメリーの大剣を破壊する。

「くっ、このっ」

 セメリーが作りだした血剣を片手持ちの理力剣で受け、身体をねじ込むように彼女の懐に潜り込み掌打を打ち込む。
 掌が彼女の身体に触れた瞬間に、「魔力強奪(マナドレイン)」で一気に相手の魔力を奪う。

 魔力による防御を失った彼女に、そのまま掌を押し出しえぐり込むように掌をめり込ませる。
 吸血鬼も呼吸をするのか、セメリーが息を詰まらせて動きを止めた。

 手を引き戻す流れのまま、反対側の手に持っていた理力剣を首筋に叩き込み、寸前で止める。
 いや、止めてしまった。

 オレには青白い肌以外は人間にしか見えない女性の首を落とせなかった。
 いくら死なないと判っていても、生理的な嫌悪感が上回ったみたいだ。

「勝者、クロ殿!」

 だが、真祖はオレの勝利と判断したようだ。
 セメリーが地面に両手をついて咳き込む。

「クロ殿、セメリーに何を望む」

 真祖の問いかけに答えようと口を開く前に、セメリーと目が合った。
 彼女は悔しそうに口を噛みしめて、屈辱に震えている。

 嗜虐心がそそられるが、エロ方面の要求をする気は無い。
 無いったら無い。

「そうだな――」

 少しタメを入れてセメリーをドキドキさせるくらいは許して欲しい。
 彼女は天性の弄られキャラの素質がある。

「――迷宮下層の名所を案内してくれないか?」

 オレの申し出は意外だったようで、セメリーは気が抜けたように「名所?」と首を傾げている。
 それが気に入ったのか真祖がオレの肩を叩きながら愉快そうに笑っている。

「名所だな! 任せておけ。キサマが今まで見たことの無いような驚天動地の名所を見せてやる」

 どうやら案内する事をオレからの新たな挑戦と解釈したのか、セメリーが気合いを入れた表情で腕を突き出してオレを指さしてくる。

 今からでも案内してくれそうな勢いだったが、そろそろ夜明けだし、今日の昼はゼナさんとデートで晩はギルド長との宴会予定だ。
 明日はカリナ嬢をお茶会と晩餐会にエスコートしないといけないから、明後日にしてもらおう。
 今晩でもいいのだが、名所を巡るなら、ちゃんと睡眠を取って休憩してからにしたいからね。

 戦いの報酬に真祖から、下層の転生者への顔つなぎをして貰える事になった。
 名所巡りのついでに訪問する事にしよう。
※次回更新は、3/17(月) の予定です。
 第一巻発売日までカウントダウン投稿を予定しています。

 そろそろタマリンやポチニウムが不足してきたので、少し補充がしたい……。




※宣伝コーナー

 発売まで後4日!
 新エピソードが一杯の書籍版「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」は、3/20(木) 発売予定です。
 Amazonは売り切れですが、楽天などではまだ予約可能です。


●サトゥーのスケジュール(現在2日目)

1日日:パレード。ゼナ出発。
2日目:カリナ迷宮1日目。ゼナ誘拐⇒救出、真祖に会いに行く。
3日目:カリナ迷宮2日目。ゼナとデート。ギルド長と宴会。ポチの肉禁止最終日。
4日目:カリナ嬢を連れてお茶会&晩餐会へ。
5日目:吸血姫セメリーの案内で下層の名所巡り。
6日目:王都へ向けて出発

※あくまで「予定」です。この通り進行するとは限りません。
11-12.デート(1)
※5/19 誤字修正しました。

 サトゥーです。都会に住んでいると、街路樹や観葉植物以外の植物を見ることが少ない気がします。
 たまに公園に散歩に行くと癒やされますが、徹夜明けだと職務質問されそうになるのが玉に瑕です。





「さあ、出発しますわよ!」
「あい~」
「らじゃっ! なのです!!!」

 カリナ嬢のかけ声に、タマはいつものようにのんびりと応えたが、ポチはいつも以上に大きな声で応えた。
 少し自棄気味に聞こえるのは、肉絶ちのストレスだろうか。
 今度から肉抜きの罰をするときは2日までにしておこう。

「明日は朝から肉のフルコース祭りをしてあげるから、頑張っておいで」
「ぐあっ! 頑張るのです!」

 目の輝きを取り戻したポチが、両手を握りしめて気合いを入れ直す。

「ふるこ~す?」
「そうだよ。オードブルに3種類のローストビーフからはじまって、シャブシャブ、唐揚げ、照り焼きチキン、ビーフシチュー、それから忘れちゃいけない分厚~いステーキ。もちろんハンバーグはオーソドックスな和風洋風を始めとした7種類の味だ。箸休めのエビやカニ料理を挟んで、すき焼きで〆よう」

 オレが品目を語る(たび)に、ポチの尻尾が揺れる速度が上がる。

「ああっ……楽しみ過ぎて、どうにかなっちゃいそうなのです!」
「わくわく~」
「とても素晴らしいですね。お腹を空かせるためにも、今日の迷宮攻略には私も参加させて頂きます」

 嬉しさを表現できなくてタマと一緒に回り始めたポチに加えて、リザも肉祭りに興奮してきたのか尻尾をビタンビタンと床に打ち付けている。

 そんなに好きか、肉。

 気合いを入れる獣娘達に「頑張っておいで」と手を振って見送る。
 カリナ嬢に引きずられるエリーナ達が少し哀れだが、肉祭りには彼女達も招いてあげるから頑張れと激励しておいた。





「サトゥーさん、今日は良い天気ですね」
「はい、珍しく雲が出ていて過ごしやすい日差しですね」

 ゼナさん達迷宮選抜隊が宿舎にしている屋敷に迎えに来たのだが、屋敷の門前で待っていたゼナさんがやけに緊張した面持ちをしていた。

 はて?
 今更何を緊張しているんだろう?

 今日のデート用に借りた馬車から降りてゼナさんをエスコートする。
 門の向こうからリリオ達や見知らぬ選抜隊員達が物見高く覗いているから、それが恥ずかしいのかもしれない。

 老御者が踏み台を地面に置いて、スカート姿のゼナさんが馬車に乗り込むのをサポートしてくれている。
 彼は辻馬車組合から派遣された人だが、無口で無愛想ながら丁寧な操車と意外に気が回るので、辻馬車を使うときは良く指名している。

「ゼナさん、朝ご飯は食べましたか?」
「は、はい」

 話し掛けても、少し反応が遅い。
 やはり、体調が悪いのだろうか?

「まだ本調子で無いなら、出かけるのは又にしますか?」
「いえ、大丈夫です」

 あまり大丈夫そうに見えないし、少し景色の良い場所でリフレッシュして貰おう。
 老御者に蔦の館前の公園に向かうように指示した。





「この都市に、こんなに豊かな自然があるなんて知りませんでした」
「この近くにはエルフの賢者と呼ばれる方が作った、水源を地表にくみ上げるための施設があるんです。その余録で自然が豊かなのだそうですよ」

 公園の樹木や芝生を見て目を細めるゼナさんに、レリリルから聞いた話を語る。
 実際には水源だけでなく、地脈から「魔素(マナ)」も吸い上げているらしい。

 それはともかく、ゼナさんの元気が戻ったようなので、ここを少し散策しよう。
 老御者に言って、公園の入り口付近の草地に馬車を止めて貰う。

「少し散歩しませんか?」
「はい、喜んで」
「ここの散歩道は涼しいから、きっと気分が良くなりますよ」

 オレは老御者に待つように告げて、ゼナさんの手を取って木陰の小道をゆったりと散策する。

「サトゥーさん……」
「はい」

 オレの名前を呼んでは口ごもるゼナさんに先を急かす事をせずに、ただ相づちを打って彼女の中の言葉が纏まるのを待つ。

 ここは朝露の気化熱のお陰か、とても涼しい。
 それに、木々の間から聞こえる小鳥のさえずりが耳に優しい。

「あのっ、サトゥーさんは、セーリュー市にいた頃から、そのっ、貴族だったんですか?」
「いえ、あの頃は普通に平民ですよ」

 それが聞きたかった事だったのか、オレの答えを聞いてゼナさんの肩から力が抜ける。
 そんなに重要な事でもないよね?

 盗賊から貴族一家を助けた縁でムーノ男爵を訪ねる事になり、その時にリザ達の活躍でムーノ市を襲った魔物を撃退し、男爵からの褒美として士爵位を賜ったのだと手短に語った。

「……それで、あの綺麗な方は?」

 ゼナさんが会った中で「綺麗」と表現する相手と言えばカリナ嬢とかナナあたりかな?
 カリナ嬢については紹介前だったし、多分、彼女の事だろう。
 そう当たりを付けて説明する。

「金髪巻き毛の女性ですか?」
「は、はい」
「あの方はカリナ様と言って、ムーノ男爵のご令嬢です。前々から迷宮都市に来たがっていたので、今頃はリザ達に案内されて迷宮探索を堪能してらっしゃると思いますよ」

 男爵令嬢が迷宮探査というのが意外だったのか、ゼナさんが怪訝な表情になった。

「勇者の従者になるのが夢だと仰ってましたから強くなりたいのでしょう」
「それ、判ります!」

 判っちゃうのか……。
 案外、ゼナさんとカリナ嬢って嗜好が似ているのかも。





 半時間ほど散歩しながら、ミーアやナナとの出会いを語る。
 もちろん、「トラザユーヤの迷路」や「不死の王ゼン」の話をするわけにもいかないので、当たり障りのない内容に修正してある。

 その途中で、ゼナさんのお腹が小さく鳴るのが聞こえた。
 やはり朝食を食べていなかったのだろう。

 この先の樹間にタマの昼寝スポットがあったはずだ。
 今日はそこでお弁当を食べる事にしよう。

 小道からは見えないが、細い獣道を少し進むだけでタマの昼寝スペースに辿り着く。
 木漏れ日の間を小さな蝶が飛び、枝の陰からリスのような小動物が顔を覗かせる。
 なかなか心休まる空間だ。

 草地に腰掛けるためのシートを敷いて、今朝お弁当に作ってきたサンドイッチとクジラの唐揚げセットを取り出す。
 飲み物には、レモン水に蜂蜜を溶いた物を用意した。レモン水といってもレモンっぽい味のハンドボールくらいの果物の果汁を使った物だ。

「あの、サトゥーさんは『宝物庫(アイテムボックス)』のスキルを持っているんですか?」
「この鞄が魔法の品なんですよ。『宝物庫(アイテムボックス)』みたいに沢山の品を軽々と運べるんです」
「凄いですね。絵本の中の魔法使いみたいです」

 しきりに感心した様子を見せるゼナさんに、魔法の鞄(ホールディングバッグ)を渡して自由に触らせてあげる。

 セーリュー市に居た頃は秘匿していたが、迷宮都市に着いてからは皆の妖精鞄のカモフラージュ代わりに普通に使っていたから見せても問題ない。
 意外なことに、赤鉄証が不心得者を退ける虫除けにでもなったのか、この鞄を盗もうとする者は現れなかった。

「さあ、食べましょうか」

 ゼナさんに手製の紙ナプキンを渡して、サンドイッチの食べ方を教える。
 サンドイッチは紙ナプキンで包んで手掴みだが、唐揚げにはちゃんとフォークを2本付けてある。

「白パンですか? こんなに薄くて柔らかいのは初めて見ました」
「白パンの一種ですが、食パンという種類のものなんです」

 この食パンはアリサの強い要望を叶えるために作った。
 パン酵母自体は王都で手に入ったのだが、食パンらしさを出すのに半月もかかってしまった。

 アリサは完成した食パンを咥えて「遅刻、遅刻」と言いながら廊下を走って、リザとルルだけでなくミテルナ女史にまで怒られていた。
 元ネタは判るが、何をしたかったのやら。

「この唐揚げは、そのまま食べても良いですが、こちらの赤いソースか黄色いソースに付けて食べるともっと美味しいですよ」

 赤い方が少し甘めのトマトソース、黄色いのが少し辛いマスタードソースだ。

 サンドイッチは、タマゴサンドとチーズ&ハムサンドの2種類を用意した。
 ツナフレークも用意したかったのだが、あの独特のフレーク感が試食して貰った屋敷のメイド達に不評だったので、今回は見送った。

「おいしっ」

 サンドイッチを小さく囓ったゼナさんが、一言呟いて絶句する。
 こういう反応を見るのは久々だ。

「すごく美味しいです。こっちの赤いのは唐辛子かと思ったんですけど甘いんですね」
「はい、それは公都方面の名産でトマトという実から作った調味料だそうです」

 サンドイッチや唐揚げはゼナさんの口にあったらしく、瞬く間に彼女のお腹の中へ消えていった。
 少し遅めの朝食を食べながら、ゼナさんに公都での工房訪問や公爵の城でのティスラード卿の結婚式の模様を面白おかしく聞かせた。

 結婚式の最後を飾った花火の話になると、ゼナさんが、うっとりした表情で「素敵ですね」と心底羨ましそうに吐息を漏らす。
 その仕草が可愛かったので、つい、ゼナさんに今度花火を見せる約束をしてしまった。
 アリサに頼むのも悪いので、花火を打ち上げる魔法道具をもう一度作るとしよう。

 すっかり元気になったゼナさんを連れ、公園を後にした。
次回更新は3/18(火)です。


※宣伝
 デスマ1巻発売まで、あと3日です!
 通販サイトだと3/17からなので、もう手に入れている方もいるかもしれませんが……。
11-13.デート(2)
※3/19 誤字を修正しました。
 サトゥーです。学生時代の社会見学はさっぱり覚えていませんが、社会人になってから行ったビール工場や半導体工場の見学は良く覚えています。
 やはり、自分の興味のある事だと感心の深さがちがうんでしょうね。





 食事の後はゼナさんの希望で、探索者向けのお店を巡る事になった。
 馬車は武具通りの出口で待ってもらい、オレ達は徒歩で通りを練り歩いている。

 武具店の横に併設された加工所では、職人達が魔物の素材を使った棍棒(メイス)骨鎚(ボーン・ハンマー)なんかを作っている。
 作業の効率のためだと思うが、通りから見える場所に未加工の素材を積み上げて置くのは止めて欲しいものだ。

「これって、魔物の死骸じゃないんですか?」
「そうですよ。でも、死骸じゃなくて素材と呼んだ方が良いですね」

 ゼナさんの何気ない言葉で、職人達の間の空気が不穏な感じになったので、小声で訂正しておく。

 オレの言葉で自分の失言に気がついたゼナさんが、職人達に向けて頭を下げて謝る。
 良いところのお嬢様然としたゼナさんが、自分たちに頭を下げてまで謝罪するのが意外だったのか、職人達は呆気にとられた後に「いいって事よ」とぶっきらぼうに謝罪を受け入れていた。

 この辺りは魔物の素材をそのまま加工しただけの武具が多い。
 錬金術を併用した疑似魔剣なんかを創る店は、秘伝を盗まれない為に屋内や中庭などで作業をさせている。
 ゼナさんを案内してきたのは、そんな疑似魔剣を扱う店だ。

「立派なお店ですね」
「迷宮都市でも有数の武具と魔法道具の総合商店ですからね」

 ここの武具は最低でも金貨10枚以上なので、中堅の探索者でもなかなか手が出せない高級店だ。
 ただ、品質では文句なく迷宮都市最高なので、ゼナさんを一度連れてきて店主に彼女の顔を売っておこうと考えたわけだ。
 彼女がこの店で買い物をできるようになるのは少し先になると思うが、セーリュー市の選抜隊は優秀なので、早晩、素材の買取りなどで出入りするようになるだろう。

 ゼナさんをエスコートして店内に入ると、愛想の良い売り子の女性店員達が一斉に「いらっしゃいませ」と元気の良い挨拶をしてくれる。
 彼女達の勢いに釣られて挨拶を返すゼナさんを促して、陳列されている武具を見物に行く。

 だだっぴろい店内には10箇所ほどの陳列台があり、それぞれの陳列台には必ず2名の店員が配置されている。
 彼女達は元探索者で、売り子だけでなく商品の警備員も兼ねているそうだ。
 清楚な装いの女性店員達のお尻に手を伸ばした客が、にこやかな笑顔のままの女性店員に手を捻り上げられるのを何度か見たことがある。

 それはともかく、ゼナさんが陳列台の一つに惹きつけられるように歩み寄っていく。

「こちらは晶角恐獣の角から造られた晶短剣(クリスタルダガー)です」
「綺麗ですね」

 店員に紹介された晶短剣を目にしたゼナさんが、感嘆の吐息を漏らす。
 これは前に迷賊退治の途中に見かけた、トリケラトプスもどきの角から作られた武器だ。
 魔力を通すと角からスタンガンのような電撃が出て相手を麻痺させることができる。
 もっとも、ゼナさんが惹きつけられたのは、その宝石のような外見だろう。

「ご興味がおありなら、どうぞお手にとってご覧ください」

 女性店員さんの勧めに、ゼナさんが短剣を怖々と手に取る。
 少し興奮した様子で短剣を光にかざしていたゼナさんが、何かに気がついたのか血の気の引いた顔で短剣を台座に戻す。

 ん?

「どうかされましたか?」
「ね、値札が」

 ゼナさんが小声で耳打ちしてくれる。
 少しくすぐったく思いながら短剣の台座をみると「金貨120枚」と値札が付いている。
 前はこんなモノは無かったはずなんだけど。
 それに相場の3倍近い。

 女性店員さんに確認したら、急に値上げしたわけではなく市外から訪れ商品を買い占めようとする商人達に向けた値段らしい。
 明らかに法外な値段だが、たまにこのままの値段で買っていく商人もいるそうだ。

「これはこれはペンドラゴン士爵様。ようこそおいで下さいました」

 奥から出てきた中年店長氏が、常連客に会釈をしながらオレの所まで挨拶をしに来た。
 デュケリ准男爵に紹介されたときから愛想の良い人だったが、ここまで下にも置かない扱いになったのは、この晶短剣のレシピの再現に手を貸してからだ。
 もちろんレシピを直接教えたのではなく、偶然を装ってヒントを与えただけだ。

 そんな事はともかく、オレは当初の目的通りゼナさんの顔を売り、彼女を連れて工房見学をして、職人達から素材を高く売るための素材の剥ぎ方や注意点を教えて貰ったりした。
 ゼナさんが真剣な顔で素材の剥ぎ取り方のコツをメモするのを待っている所に、別の職人さんが「剣斧蟷螂(ソードアクス・マンティス)」の部位を使った擬似魔剣の刀身の出来を横にいた店長氏に見せに来た。

「良い出来だ。士爵様、よろしければ診て頂けますか?」
「ええ、拝見させて頂きます」

 店長氏が、差し出してきた刀身を受け取る。
 取っ手の拵えが無いが、斬り合うわけじゃないから手に持つのは問題がない。

 刀身に魔力を通す。
 作りが甘いのか魔力を大剣に通すのが難しい。途中で引っかかる感じがする。

 魔力が引っかかる場所に集中して、針のように絞った魔力を操作して経路を押し広げてやる。
 普通は使用者が長い時間をかけて馴染ませるのだが、人にバレるようなモノではないから別にいいか。

 あまり強く魔力を流すと、刀身が破裂したり魔刃が発生したりするので注意する。
 10数秒ほどで刀身の表面にうっすらと赤い光が帯びるようになった。

「さすが、士爵様。初めて触った魔剣に魔力を通すとは!」

 店長氏がオレをヨイショしてくれるが、これくらいは誰でもできるんじゃないかな?
 うちの前衛陣は普通にやってるし、ルルやミーアも時間を掛ければできるしね。

 店長氏の賞賛の声に引かれて顔を上げたゼナさんが、魔力紋の浮き上がった刀身を見て驚きの声をあげた。

「サトゥーさんっ。まさか、それは魔刃ですか?!」
「いいえ、違いますよ」

 もっとも勘違いをしているようなので、それはすぐに訂正する。

「魔刃ではありませんが、魔物の素材で作られた魔剣に魔力を通すと赤い光が刀身に浮き上がるんです」
「綺麗ですね」
「ええ、ですが見た目だけではなく、この状態だと実体の無い魔物にもダメージを与えられますし、酸や腐敗毒を持つ魔物を攻撃しても刃が傷みません。連戦が基本の迷宮内だと重宝しますよ」

 ゼナさんに物知り顔で説明するが、これは以前のゴキ退治宴会の時にレイドリーダーのコシン氏から聞いた話だ。
 アイテムボックスや魔法の鞄が無いと、複数の武器を迷宮に持ち込むのは効率が悪すぎるので、単純な攻撃力以上にこういった性質がもてはやされるそうだ。

 刀身から魔力を抜いて店主へ返す。
 なぜか「さすがミスリルの探索者だけある」と感心されたが、この話を教えてくれたのは青銅証のコシン氏だ。

 職人さんが刀身の拵えについて店長氏と打ち合わせがしたそうだったので、空気を読んで商店をお暇させてもらう事にした。





 武具店通りを抜けて、錬金術や魔法の品が並ぶ通りに行く。
 こちらは消耗品を扱っているお店が多いので、さっきの武具通りに比べても探索者達が多い。

 魔法薬や軟膏なんかの相場や、それぞれの店のお買い得な商品を教えつつ、店主にゼナさんの顔を売っておく。
 このあたりの店主はデュケリ準男爵の宴会で知り合った人が多いので、オレの知人だと知らせる事で変な品を売りつけられるリスクを減らすのが目的だ。

「可愛い。この小物はなんでしょう?」
「さあ? 何でしょうね」

 とあるファンシーグッズ店のようなお店でゼナさんが、手に取ったのはタマゴサイズのピンク色の魔法の道具だ。
 色が示す通りHな道具なので、適当に流しておく。

 そのまま道具を棚に戻そうとしたゼナさんに、女性店員がスススと近寄ってどういう道具なのか耳打ちしてしまった。
 真っ赤になったゼナさんが、焼けた鉄を掴んでしまったかのような早さで道具を棚に戻す。
 そのままオレの手を掴んで、店の外へと脱兎のごとく逃げ出してしまった。

 しかし、魔法道具にあんな物まであるとは知らなかった。
 世界が変わっても人のする事に違いは無いようだ。

 ゼナさんが落ち着くまで通りを闊歩し、ようやく足が止まった西ギルド近くの喫茶店でお茶をして落ち着いて貰った。
 この店は甘い焼き菓子と美味しい青紅茶を出してくれる。
 西ギルドの女性職員達に教えて貰った店だ。

 今日は日差しが弱いのでオープンテラスに日避けの布が掛けられていないみたいだ。
 風向きも砂漠の方に吹いているので、砂も舞っていないしオープンテラス側でお茶をする事にした。

「さっきの果実水も美味しかったですけど、この青紅茶も美味しいですね」
「ギルドの職員さん曰く、迷宮都市で一番美味しい青紅茶を出してくれるお店らしいですから」

 そんな会話をしているところに割り込む声があった。





「やっぱり、ご主人様の匂いだったのです!」
「ゼナもいる~」

 喫茶店のオープンテラスと通りを区切る柵の上に身体を預けたポチとタマが、尻尾を振って自分の存在をアピールしている。
 後ろからはリザもやってきて、2人を両脇に抱え上げた。

「ご主人様、ゼナ様、ご歓談の邪魔をして申し訳ありません」
「いいんだよ」

 リザの小脇に抱えられた2人の口に、小皿に残っていた焼き菓子を一つずつ食べさせてあげる。

「ポチ、タマ、あ~ん」
「あ~ん?」
「なのです!」

 ゼナさんの方を振り向いた時に、彼女の口が少し開いていたのは見なかった事にしよう。
 小さな2人に手ずから食べさせるのはともかく、衆人環視の中で高校生くらいのゼナさんに食べさせるのは少しばかりハードルが高い。

「今日の迷宮探索は終わりかい?」
「いいえ、13区画での作業が終了したので、休憩のために引き上げて参りました」

 なかなか頑張っているみたいだ。
 リザ達にはカリナ嬢たちのレベルアップのついでに、過疎エリアだった13区画を開拓して貰っていた。
 後で安全地帯の作成と、リザ達が刈り損ねた危ない魔物の間引きをして完成だ。
 一旦、『ぺんどら』達に開放して、少し数を減らさせれば育成校の者達でも問題ないレベルの狩場として使えるだろう。
 開放といっても、進入禁止扉を付けたりするわけではなく、13区画が安全だと教えて完璧な経路図や安全地帯の情報を書いた地図を配るだけだ。

 獣娘達3人以外が見当たらないので、ポチとタマの頭をグリグリと撫でながらリザに確認する。

「カリナ様達はレベルアップ酔いが酷いので、探索者ギルドの医務室にいます。ナナが付いているので大丈夫でしょう」
「昨日、運ばれていた方ですよね? 翌日までレベルアップ酔いが続くなんて、神官さまに診て頂いた方が……」
「ゼナ様、それは違います。カリナ様達は今日の探索で、またレベルアップ酔いになったのです」

 ポチとタマに「あっちむいてホイ」をしながら、ゼナさんの驚く横顔を見る。
 2人は指の動きを目で追ってしまうので、ウチの「あっちむいてホイ」は指を追いかけられなくなったら負けというハウスルールを採用している。

「い、一体どんな荒行をしたんですか?」
「数十回ほどの戦闘を行っただけです。討伐した魔物は百に満たない数なので、荒行という程ではありません」
「ひゃ、百?」
「ご興味がおありなら、一度、ご一緒されますか? 宜しいですかご主人様?」

 絶句するゼナさんに、リザがそんな提案をしてきた。
 ゼナさん達の目的を考えたら、パワーレベリングをして彼女の安全マージンを確保するべきだろう。
 足手まといじゃないかと問いかけるゼナさんのレベルを確認し、カリナ嬢たちの方が低いから大丈夫だと太鼓判を押してやる。

 僅かな逡巡をしたゼナさんだが、リザ達と一緒に迷宮に挑む事にしたようだ。
 装備を取りに宿舎へと戻るゼナさんに馬車を貸してあげた。

 彼女の鎧は先日壊れたはずなのでルルの鎧井守製の皮鎧を融通しようと思ったのだが、同僚の魔法使いの皮鎧を借りるから大丈夫だと断られてしまった。
 今日はナナが一緒だし、普通の鎧でも大丈夫だろう。

 彼女が戻るまでの間、ポチとタマを相手に常人には見えない速度まで加速した「あっちむいてホイ」の攻防を続けた。
 次回更新は明日3/19(水)です。


※宣伝
 デスマ1巻の公式発売日まで、あと2日!!

 早売りの店舗では既に販売がはじまっているようです。
 ネットはほぼ完売でしたが、TSUTAYA Onlineでの予約が今日から始まっているはずです(TSUTAYAは発送日が「メーカー取寄」とかの場合があるので注意ですよ! この場合、店舗で買った方が早いです)
 Amazonの方も近日中に補充されるはずなので、しばしお待ち下さい。
11-14.パワーレベリング
※ゼナ視点です。
※3/20 誤字修正しました。

「今日は宜しくお願いします」

 探索者ギルド前でムーノ男爵令嬢に挨拶をする。
 彼女は豪奢な金色の髪をバサリと後ろに跳ね上げて、その(かんばせ)を不快そうに歪めた。
 やはりサトゥーさんの紹介とはいえ、部外者が突然参加するのが不快なのだろう。

「カリナ様?」
「なんでもありませんわ。足手まといにならないように注意なさい」
「かりな~?」
「ツンツンはダメなのです」
「ゼナ様は風魔法の達人です。足手まといにはなる事はありません」

 カリナ様から少しキツイ言葉を掛けられたが、リザ達の取り成しで不承不承ながら参加を認めてくれた。
 サトゥーさんに何か耳打ちされて赤くなるカリナ様の姿に少し胸の奥がもやもやする。





「が~」
迷宮蛾(メイズ・モス)なのです!」

 先頭を行くポチとタマの指し示す方向に、翼人族の幼児達の持つ小さな軽弩(ライト・クロスボウ)が短矢を放つ。
 迷宮蛾は2本の矢に貫かれて地面に落ちた。
 あんなに小さいのに、その狙いの正確さはリリオ並みだ。
 きっと物心ついた頃から厳しい修行をしていたに違いない。

 ここまでの行程では他の探索者達が頑張っていたので、私達が戦ったのは迷宮蛾やゴブリンなどの弱い魔物だけ。
 区画間をつなぐ主回廊には魔物が少ないと「月光」のジーナ様も仰っていた。

「そろそろ目的の19区画だから注意して」

 サトゥーさんの注意に私を含め皆が頷き返す。
 主回廊を塞ぐように積み上げられた岩塊の隙間を一列になって抜ける。

 先頭を行くタマが「罠」と告げて、慎重な足取りで回廊の一角に向かう。

「じゅんじょ~かいじょ~」
「さすがタマなのです!」

 ――早い。
 物影でほんの少しゴソゴソしていただけで解除するなんて。


「前から魔物が来るのです」
針毛虫(ニードル・クローラー)だ。麻痺効果のある針を飛ばしてくるから当たらないようにね」
「だいじょび~」
「当たらなければ大丈夫なのです!」

 針毛虫は鈍重そうな見た目にもかかわらず、人が駆けるよりも速い速度で近づいて来る。

「ゼナさん、防御魔法をお願いします」
「はい!」

 しまった。サトゥーさんに促される前に唱えるべきだった。
 私は慌てて風魔法「風防御(ウィンド・プロテクション)」の詠唱を始める。
 でも、魔法が形を成すのよりも早く針毛虫が接近を止め、体表の針を広げて射撃体勢を取る。

 ――間に合わない。

 でも、詠唱を止めるわけにはいかない。
 せめて何割かは止めてみせる!

「毛虫よ! 針を飛ばして弓兵のマネごととは片腹痛いと嘲弄します!」

 大盾を構えたナナさんが前に出て挑発する。
 針毛虫から打ち出された無数の針が、彼女に向けて殺到する。一本一本が細剣のようなサイズの針が飛んでくる(さま)に、背筋が凍る。

 大盾ごと無数の針に貫かれて息絶えるナナさんの姿。

 ――幸いな事に、そんな幻視は現実のものとはならずに済みました。

 彼女の大盾は見た事の無い材質だが、命中した針が重い衝突音を残して跳ね返る。
 幾つか彼女の大盾を逸れた針は、ポチとタマの2人が巧みに迎撃していく。

 ようやく発動した「風防御(ウィンド・プロテクション)」の魔法が、針の第二陣を防ぐ。

「この魔物はちょっと危ないね。悪いけどこの魔物は、『パワーレベリング』対象外にしよう。見つけたら接近する前にナナの魔法で始末して」
「イエス、マスター」

 サトゥーさん達の会話は一部わからない専門用語が混じっている。
 だけど、今はお喋りしている場合では無いと思う。

「ポチ、タマ、蹂躙します。続きなさい」
「なんくるないさ~?」
「らじゃなのです!」

 リザ達が針の第三陣の飛び交う空間に突撃する。
 いくら何でも無謀すぎる。

「待ちなさい!」

 カリナ様が3人を呼び止めるが、リザ達の歩みは止まらない。

 でも、私は誤解していた。
 なんと、カリナ様まで針の飛び交う戦場へと駆け出したのだ。
 兜から溢れる金色の髪をなびかせて、美の化身のように美しい肢体を空に舞わせる。

 釣られて一歩踏み出した私を、サトゥーさんが止めた。

「危ないですよ。あの4人なら大丈夫です」

 リザ達3人は彼の言葉通り鎧袖一触で魔物を始末している。
 リザの槍だけでなく、ポチとタマの2人の武器も赤い光の尾を引いているから、魔剣に違いない。
 カリナ様は肩に担いだ巨大な大鎚(ヘビーハンマー)を振るが、魔物の体表を滑って虚しく地面を叩く。

 針毛虫の頭から生えた鞭のような触手がカリナ様に命中する。
 だけど、彼女の体の前に生まれた小さな盾が割れつつも触手を防いだ。

 あれは魔法?
 それとも魔法の道具?

 私の視線に気が付いたサトゥーさんが声を掛けてくれた。

「カリナ様は家宝の魔法生物ラカが守っているから、大丈夫ですよ」

 彼女の首元や手足を飾っている装飾品が、知性ある魔法道具(インテリジェンス・アイテム)らしい。
 御伽噺にしか出てこないような家宝があるなんて、さすがは領地持ちの諸侯だけはある。
 ――あんなに美人の上にお金持ちなんて、羨まし過ぎます。





「……■■ 風散弾(エア・ブラスト)

 私の魔法が襲い掛かってくる装甲蛾(アーマー・モス)を迎撃する。
 少し遅れて翼人族の幼児達が、軽弩を撃つ。

 リザの槍やナナさんの大剣が装甲蛾の翼を切り落とし、ポチやタマの投石が翼に大穴を空けて地面に落とす。
 カリナ様が護衛の女性兵士2人と一緒にそれに一撃ずつ入れて回り、最後に獣人の3人が止めを入れて戦闘を終了する。

 私の魔法もそうだが、彼女達の攻撃も装甲蛾の体表に弾かれているのに、リザ達やナナさんの攻撃は易々と切り裂いている。
 これがミスリルの探索者との実力差なのだと思う。

 サトゥーさんの横に並ぶには、あれだけの強さが要るんだ……。
 連戦に次ぐ連戦で魔力の残りが心もとないけど、クロさんから貰ったこの長杖が無かったらもっと早く魔力が尽きていたはずだ。

 魔力の使いすぎで眩暈がするけど、休んでいてはサトゥーさん達に追いつけない。
 魔力が枯渇したら、長杖と一緒に貰ったこの小魔剣(マジック・ショート・ソード)で戦おう。

「疲れましたか?」
「だ、大丈夫です!」

 サトゥーさんを心配させないように空元気を振り絞る。

「あまり気を張りすぎると倒れますよ。これをどうぞ、さっぱりしますよ」

 なおも心配そうな彼が差し出してくれた小瓶を受け取り、柑橘系の味のする液体を飲み下す。
 体の奥から魔力が湧き上がるような感覚がして、眩暈が治まる。

 ――まさか、魔力回復の魔法薬?

 その問いかけはすぐさま肯定されたが、私の知る魔法薬はもっと濃い草の味がして飲みにくいものだった。
 それに一本あたり銀貨数枚くらいするはずなのに、「沢山あるから」といって何本も渡されてしまった。

「瞑想で魔力を回復している時間が勿体無いですから、気軽に飲んでくださいね」

 そう言われたけど、こんな高価な魔法薬を気軽には飲めないと思う。
 領軍だと万が一の時の保険に1本だけ支給される貴重品なのに……。

 ――価値観が狂いそうです。





 どれくらいの魔物を倒しただろう。
 迷宮に入る時にカリナ様の護衛兵の2人が死んだ魚のような目をしていた理由が判った。
 彼女達は、こんな無茶な戦いを連日繰り返していたのだ。

 翼人の幼児達に続いて護衛兵の2人が体調不良を訴えたので、サトゥーさんの案内してくれた安全地帯だという小部屋で休息を取っている。

 そういえば道中の案内はサトゥーさんがしていたけど、経路確認用の発光石を使う様子も、地図を見ている様子さえなかった。
 彼は全ての道順を覚えているのだろうか?
 これまでサトゥーさんの腰にあるミスリルの長剣が抜かれる事はなかった。
 きっと指揮と地図管理(マッパー)が彼の役割なんだろう。

「ゼナ、あ~ん」
「ありがとう」

 ポチが差し出してきた蜜菓子を受け取って口に運ぶ。
 甘すぎるくらい甘いけど、今はこの甘さが染み渡るように美味しい。


 ……いつの間にか眠っていたみたい。
 柔らかいフェルト地の敷物の上に寝かされていた。

 顔をあげると、ポチとタマが無音で手信号のような遊びをしているのが見えた。

「目が覚めましたか?」

 サトゥーさんに「お腹が減ったでしょう?」と差し出された深皿とスプーンを受け取る。
 深皿は温かく、おいしそうな湯気が立っている。

 ――湯気?

 サトゥーさんの背後に火に掛けられる鍋が見える。
 彼は迷宮の中で煮炊きをしていたみたい。「月光」の人たちからは、魔物を集めるから絶対にしてはいけない事として教えて貰っていた行為だ。

「ここは安全地帯だから大丈夫ですよ」

 私の心配を読み取ったように、サトゥーさんがいつもの落ち着いた口調で囁くように教えてくれる。
 彼と一緒だと街中にいるような錯覚を抱いてしまう。

 そのとろみのついた野菜シチューは、今まで食べたどんな料理よりも美味しかった。
 だから、つい、はしたなくお代わりまでしてしまった。

 ――あんなに美味しいなんて反則です。





 少し眠ったおかげか体が軽い。
 魔法の威力も心なしか上がった気がする。

 休憩後も休憩前のような連戦に次ぐ連戦だったけれど、皆の役割が定まってきたおかげか安定して倒せるようになってきている。

 そんな油断を突くように、湧き穴からソレは現れた。

 ――挟み長虫(シザー・セントピード)

 立ち上がると塔のように長大な体をしていて、無数にある足の先には剣のような形の鋭い爪が生えている。
 そして頭部の側面には、カニのようなハサミが凶悪な赤い光を放っていた。

 そのハサミが、長虫の巨体に竦んで動けない私に振り下ろされた。

 私達は既に10体近い強敵と戦っている。
 誰もその凶刃を防ぐ事ができる者はいない――。

 無駄と判っていても、振り下ろされるハサミを防ごうと長杖を横に構える。横に避けたら、別の敵に串刺しにされてしまう。

 ――ハサミが長杖を両断する直前に、黒い颶風が割り込んだ。

 振り下ろされた右のハサミが蹴り飛ばされ、いつの間にか現れたサトゥーさんに抱えられて安全な位置まで後退させて貰っていた。

「もう大丈夫ですよ」

 サトゥーさんが、安心させるようにさわやかな笑顔で語りかけてくれる。
 窮地を救ってくれたのに、あくまで自然体のまま。いつも通り、身軽に。


「ゼナ様に手を出すとは不遜な」

 私達を追撃してきた左のハサミが、赤い槍で受け流され床に突き立つ。
 リザが赤い槍を片手に持ち、反対側の手で左のハサミを床に押し込むようにしている。
 心なしか、その手が赤く光っている。

「たかが長虫の分際で、ご主人様とゼナ様を相手にするなど百年早い」

 リザの啖呵が切られた瞬間に、バキンと音がして左のハサミが砕け散った。
 今のは魔法?

「リザ、後は任せた」
「承知」

 リザの赤い光を纏う槍が、更に赤い光を強める――あれは魔刃?
 彼女は秘奥の技「魔刃」を使うのだろうか?

 彼女は引き絞るように槍を腰ダメに構えて、一気に長虫に突き出す。
 いくら長い槍でも届かない距離だ。

 ――え?

 槍の先端から打ち出された赤い光の塊が砲弾のように飛び、長虫の頭に命中する。
 光が消えたそこには、頭に大きな穴を開けた長虫の姿が残っていた。

 あれはもしかしたら、小さい頃に読んだ勇者物語に出てきた「魔刃」を打ち出す技なのだろうか。
 創作としか思っていなかったけど、実在したなんて。

 でも、そんな雑事に心を乱しているヒマはなかった。
 頭を失った長虫が、節ごとに分裂して別の生き物のように襲い掛かって来たのだ。

「魔刃砲なのです!」
「まじんほ~、つばい~?」
「もっと! なのです!」
「ばるかんふぁらんくす~」

 ポチとタマの暢気な声を消し飛ばすように、2人のいた場所から放たれた無数の赤い光の弾丸が節長虫(ブロック・ピード)達を残骸に変えていく。

 ――私は夢を見ているのだろうか。

 風魔法で援護する事も忘れて、その光景を呆然と見守る事しかできなかった。





 探索者ギルドで成長を確認して愕然とした。
 たった一日で、レベル17だった私が、レベル24まで上がっていたのだ。

 迷宮では成長が早いと言われているけど、これは幾らなんでも早すぎる気がする。
 あの無力だったリザ達3人が、数ヶ月で一角(ひとかど)の探索者に成った事を考えたら変ではないのだろうか。

 たぶん、サトゥーさんの誘導や指揮がすごいんだと思う。
 あんなにも連戦していたのに、湧き穴の1度を除いて命の危険を感じなかった。
 選抜隊の皆と迷宮に入った時は、少数の敵と戦っていたのに毎戦毎戦が命がけの接戦だった気がする。

 この差を埋めるためにも知識や経験が必要だ。
 今度、サトゥーさんの運営している探索者育成校に、体験入学をさせてもらえないか頼んでみよう。





 迷宮探索中に、何度かカリナ様に話し掛けてみたけど、「ええ」とか「そうね」とか短い答えが返ってくるだけで、なかなか会話にならなかった。

 一度だけ、サトゥーさんの話題で会話が続いたのだけれど、お付きの護衛さん達に茶化されて中断してしまった。
 派手な美人さんに見えるのに、驚くほど純情な方のようだ。

 私はきっと、彼女と友達になりたいんだと思う。

 あの迷宮探索中に、ただの一度も弱音を吐かず、ただひたすらに強くなりたいと願う彼女の真摯な姿に共感を覚えた。
 ひょっとしたら恋敵なのかもしれないけれど、いつかお酒を酌み交わしてサトゥーさんの事を一晩中語り合えるような仲になってみたい。

 そして、いつか2人で一緒にサトゥーさん達のいる高みに!
 次回更新は明日3/20(木)です。

※ちょっと「ですます調」の地の文が書きにくかったので変えてみました。
 不評なようなら従来の文に戻します。

 もう少しで二話分になる所だった……。


※宣伝
 デスマ1巻の公式発売日まで、あと1日!!

 家や会社の近所のツタヤには置いてませんでした……アニメイトに遠征したい所ですが、開いてる時間に帰れないんですよね。
 週末まで残っていて欲しいような残っていて欲しくないような、複雑な心境です。
11-15.再来訪
※5/6 誤字修正しました。

 サトゥーです。友人の家に遊びに行く時に手土産を持参するようになったのはいつからでしょう?
 子供の頃は手ぶらが基本でしたが、友人が家庭を持つようになってからは新婚家庭にお邪魔する後ろめたさを和らげる為に、持って行くのが普通になっていました。





 昨晩は疲れた。
 迷宮都市へ帰還後に寄ったギルド長主催の飲み会が、なかなかサバトだった。

 デートからのパワーレベリングのせいですっかり肴を作るのを忘れていたのだが、ルルが気を利かせて色々と作ってくれていたお陰で難を逃れられた。
 ギルド長自慢の酒は、なかなか美味だった。辛口で一口目のインパクトが凄く、後味がさっぱりしていたので、杯を重ねたくなる。
 そう思ったのはオレだけではなかったようで、ギルド長が2杯目を注ぐ前に瞬く間に空になってしまった。

 こうなるのは予想していたので、真祖バンへの土産用の安ワインを買うついでに購入しておいた酒樽を宴会場に運ばせる。

 ミスリル証を得てしまったせいか、赤鉄証の頃よりもあからさまに女性職員や女性探索者のアプローチが増えた気がする。
 ある意味、態度が変わらなかったのは風俗店のお姉さん達だ。
 どちらも金と名声目当てという点は一緒か。

 年若い職員達をいなすのは楽だったのだが、妙齢の色っぽい女性達の誘惑に抵抗するのが辛かった。
 これなら魔王と連戦する方が楽だね。





「はうぅ、幸せ過ぎて怖いのです」
「まんぷく~まんぷく~?」
「至福です」

 日の出と共に起き上がってきたポチ達に、約束していた肉料理のフルコースをご馳走した。
 3人ともマンガの表現のようにお腹をポッコリと膨らませて、クッションにまみれてリビングを転がっている。
 その顔は幸せそうに、ゆるゆるだ。

 オレやミーアは第一ラウンドで退場したが、獣娘達は最後まで肉料理を相手に戦い抜いた。

「美味しかったけど、一度に食べる量じゃないよね」
「ん」

 他人事のように言っているがアリサも第三ラウンドまでは参加していたから、さっき胃薬を飲むまでは「食べすぎで死ぬ」とか呻いていたくせに。
 アリサと一緒に第三ラウンドに参加していたエリーナ達2人は、胃薬を飲んでベッドに帰還してしまった。

 オレと一緒に料理をしていたルルも疲れ果ててベッドの住人になっている。
 そのため今日のお茶会に参加するカリナ嬢の着付けは、ミテルナ女史に担当して貰った。





 緊張に表情が硬いカリナ嬢を、侯爵夫人の勧めてくれたソファに腰掛けさせる。オレもフォローの為に並んで座る。

「まあまあ、なんて素晴らしいお召し物かしら」
「王都の流行かしら?」
「この布地はオーユゴック公爵領の翠絹ではないかしら」

 侯爵夫人だけでなく、その取り巻きのご婦人方も気さくに話しかけて来るが、カリナ嬢の容姿ではなく衣装やアクセサリーばかりを褒めている。
 こういう時に容姿に言及しない暗黙のルールでもあるのだろうか。

 カリナ嬢は持ち前の人見知りを発揮して、ご婦人方の話題に「はい」か「いいえ」で短く答えるだけなので、会話のキャッチボールが続かない。
 オレもなるべく会話が続くようにフォローするのだが、その度にオレとだけ会話をしようとするのに参った。

 やはり、同年代の女性の友人を作るところからはじめるしかないか。

「カリナ様は、サトゥー士爵とご結婚されるのですか?」

 不倫話やどろどろとした恋愛話の好きなラルポット男爵夫人が、厭らしい笑みを浮かべてそんな話題を振ってきた。
 カリナ嬢は否定も肯定もできず困っていたので、「カリナ様には私などより、もっと高貴な方が相応しいですよ」と話を流しておいた。

 男爵夫人が30前の五男を勧めて来たが、カリナ嬢が失言する前に五男と某士爵令嬢が付き合っている噂話を少し匂わせて話題を変えた。

 もっとも、カリナ嬢が横から不満そうな視線を送ってきたので、流せていなかった気がするが、ラルポット男爵夫人は満足そうにオレが振った別の話題に食いついてくれた。

 場が少し変な雰囲気になったので、あらかじめメイドさんに渡しておいたショートケーキとチーズタルトを運ばせて場を和ませる。

 侯爵夫人の侍女が何やら耳打ちすると、稚気のある笑顔を扇で半分隠してこちらに向ける。

 ――ここは驚く準備をした方がいいだろう。

 レーダーに映るマーカーで彼女の用意したサプライズゲストの事が全てわかっているのだが、ここであっさりと流したら彼女の苦労が報われない。

「二人目のお客様のご用意ができたようですわよ。入ってらっしゃい」

 侯爵夫人の侍女に付き添われたドレス姿のゼナさんが、部屋に入ってくる。
 オレは大げさになり過ぎないように、驚いて見せる。

「あらあら、いつも落ち着いたサトゥー殿がそんなに取り乱すなんて」

 オレの態度が満足いくものだったのか、侯爵夫人がコロコロと笑い「やはり、こちらが本命だったのね」と的外れな呟きを漏らした。





 気苦労の多いお茶会と晩餐を終え、ゼナさんを宿舎に送ったあとカリナ嬢を屋敷の離れに送り届けた。

 なんとか侯爵夫人のコミュニティで彼女達が不興を買わないで済ますことができたが、オレを弄るためのダシにするには弱かったと印象付けれたはずなので、今後は彼女達が呼ばれたりはしないで済むだろう。

 唯一の収穫としては、勇者物語という共通の話題のお陰で2人の間に会話が弾んだことだ。
 少々、淑女の話題としては珍しい種類だが、勇者物語の話だと人見知りのカリナ嬢が非常に饒舌だった。

 友人になれるほどではないが、少なくとも知人レベルくらいにはなったはずだ。
 できればゼナさんには、カリナ嬢の同性の友人になってあげて欲しい。

 案外ミーティア王女あたりとも、勇者物語の話を振れば仲良くしてくれそうな気がする。





 翌朝、真祖や吸血姫達への手土産を持参して下層へと訪れた。
 彼らの大区画の近くに刻印板を設置してあるので、「帰還転移(リターン)」を使えばすぐに訪ねられる。

「バン様、このミスリルでカタナを打ってくださいませ」
「うむ、素晴らしいインゴットであるな。これならば良い刀が打てるであろう」

 ミスリルのインゴットを渡した吸血姫が真祖に加工を強請(ねだ)るのを聞いて、土産を渡す手が止まった。

「バン殿は刀鍛冶ができるのか?」
「うむ、まともな刀が打てるようになるまでに300年ほどかかったのである」
「後学の為に、一度、刀を打つ所を見せて貰えないかな?」
「良いのである。鍛冶場の準備があるので、セメリーに案内して貰った後に寄ると良いのだ」

 前に日本刀を打とうとした事があるんだけど、イマイチ上手く行かなかったんだよね。
 見た目だけ日本刀っぽいカタナは出来たんだけど折れ易いし、ストレージにある「虎徹」や「村正」とは比べ物にならない攻撃力しかなかった。

 少しホクホクとしながら、土産を配り終える。

 侍女さん達にも彼女達が喜びそうな裁縫道具や本などを配っていく。

「あの、宜しいのですか?」
「もちろんだよ」
「あたし、この本がいい」
「わたしはこっちの珊瑚の耳飾!」
「あなたたち! お客様やバン様の御前ですよ! 選ぶのは後になさい!」
「「「はい、ミセス・フェドラルカ!」」」

 姦しく土産の争奪戦を繰り広げる年若い侍女さん達を、侍女頭の中年女性が叱る。
 彼女はこの真祖の城で一番老けた見た目だ。
 幾度となく吸血姫にならないかと誘ったそうだが、彼女は頑として人間をやめる事はなかったそうだ。

 フェドラルカ女史が運んで来た品を、アイテムボックス経由でストレージに仕舞う。
 これは土産物の返礼として真祖から貰った品々だ。

 明らかに普通でない魔法の武具が混ざっている。

「これほどの魔剣を貰うほどの品は持って来てないんだけど?」
「下層の主を狩れば手に入る品ゆえ、気にせず受け取るが良いのである」
「もしかして、詠唱の宝珠とかを持ってないか?」

 一縷の望みを託して聞いてみた。

「詠唱であるか? 宝物庫を探せば――」
「宝珠の類は侍女達に使わせておりますので残っておりません」

 真祖の記憶に残っていなかったが、宝物庫の目録を管理しているフェドラルカ女史に否定されてしまった。

「そうであるか。心配するなクロ殿。10年も修行すればすぐに使えるようになる」
「そうだよ、ここの侍女達も途中で諦めて修行を止めた子以外は、5年くらいで覚えてたしさ」

 真祖やお盆の上に載せられた金髪美女の生首が、慰めてくれた。

「首からの復活は時間が掛かるのですか?」
「ちょっと血が足りなくてね。この子達に分けて貰ったら倒れちゃうからさ」

 不足分の血液補充は血飛沫草という薬草から作る魔法薬ができるまで待つ必要があるそうだ。
 この魔法薬を使うと、水を血液に変えることができるらしい。
 仕組みが想像できないが、魔法薬の不気味な回復力を考えたら水を血に変えるくらいは簡単にできてしまいそうだ。

 オレの血を提供しても良いのだが、物語とかだと食材扱いされたりするのがテンプレだから、余計な事を言わないでおこう。

「バン様! クロを迎えにきたぞ!」
「うむ、大儀である」

 相変わらずテンション高く吸血姫のセメリーがやって来た。
 足の速そうなラプタータイプの吸血鬼を2頭連れている。

「まず、最初はムクロとヨロイの所が楽しいぞ!」

 ムクロというのは「骸の王(キングマミー)」のテツオ、ヨロイは「鋼の幽鬼(アイアン・ストーカー)」のタケルの事だろう。
 楽しいという事は、ミイラ展とか甲冑展でもしているのかな?

「うむ、きっと楽しいはずである」
「何か催し物でもやっているんですか?」

 腕を組んだセメリーがドヤ顔で答えを返す。

「ああ、戦争だ!」
※次回更新は、3/23(日) の予定です。

※宣伝
 新エピソードが一杯の書籍版「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」は、本日 3/20(木) 発売です。
 白地に黒文字の背表紙なので本屋さんでも見つけやすいはず!
 通販だとアニメイト様、紀伊國屋書店様などで在庫があったはずです。

 3/9の活動報告に一巻の見所を書いてあるので良かったらご覧下さい。
※22時追記:おかげさまで重版が決定しました!

●サトゥーのスケジュール(現在5日目)

3日目:カリナ迷宮2日目。ゼナとデート。ギルド長と宴会。ポチの肉禁止最終日。
4日目:カリナ嬢を連れてお茶会&晩餐会へ。
5日目:吸血姫セメリーの案内で下層の名所巡り。
6日目:王都へ向けて出発

※あくまで「予定」です。この通り進行するとは限りません。
11-16.地下帝国の戦争
※2015/6/17 誤字修正しました。

 サトゥーです。地下帝国というと地底人をイメージしてしまいますが、エジプトを舞台にした洋画の影響か、近年ではアンデッドでも違和感がなくなってきました。





 ――洞窟を抜けると戦場だった。

「始まったばかりみたいだな」

 キュラキュラと音を立てる無限軌道が、二条の溝を刻んで鋼鉄の車体を前進させる。
 陣地内の丘に並んだ四台の戦車(・・)が進行を止め、砲塔を旋回させた。
 一瞬の空白に遅れて、黒煙が砲身の先にある砲口とマズルブレーキから吹き出でる。
 ――無煙火薬じゃないのか。

 砲口から打ち出された四条の砲弾が戦場を舞い、最初の塹壕を乗り越えたばかりの鋼鉄のゴーレムに突き刺さる。
 砲弾はゴーレムの分厚い装甲を突き破り、その背後の地面を抉って土煙を吹き上げる。
 一撃で破壊されたゴーレムの体が、周囲に飛び散った。

「お、ムクロのキメ台詞が来るぞ」
「キメ台詞?」

 オレの問いかけにかぶさるように、拡声器で増幅したような大声が地下空洞に響き渡る。

『くたばれぇ! ファンタジーィィィィィ!』

 ――おいおい。

『またソレか! たまには自分の言葉で勝どきを上げて見せろ!』

 姿の見えない対戦相手が合成音声のような声で罵声を上げた。
 こちらは多分、「鋼の幽鬼(アイアン・ストーカー)」の方だろう。

 よく見たら戦場に、赤と白に塗り分けられた細い鉄塔が作られており、その上端部分にスピーカーらしきものが備え付けられている。
 さっきの音声はそこから出ていたのだろう。

 マップで確認した所、防御側が「骸の王(キングマミー)」のようだ。
 防御側には先ほど見た4台の戦車の他に、4台の装甲車と56体の骨兵士(スケルトン)が配備されている。
 攻撃側は鋼鉄のゴーレムが7体に粘土兵(マッド・ソルジャー)が56体ほどいるようだ。
 どちらも装備は剣や盾ではなく、銃剣の付いた小銃を装備している。

 さっき破壊されたゴーレムを入れると、きっちり64対64で戦っているらしい。
 戦争というよりは戦争(ウォー)ゲームみたいだ。





 セメリーに案内された観戦塔という場所から戦いを見ていたが、最初に感じた印象通り、本物の戦争というよりは戦争ゴッコあるいは兵器の運用実験のように見えた。

 戦いは待ち伏せに徹した戦車側が、優勢のまま勝利を飾った。

 一度だけ、ゴーレムに接近されて戦車2台を破壊されていたが、使い捨てのバズーカーを持った伏兵がゴーレムの足を破壊して、動かなくなった所を遠距離からの集中砲火で殲滅していた。

 この戦いだけを見たら現代兵器の勝利だが、ゴーレム達の動きがあからさまに遅かった。

 真祖の大区画の入り口を守っていたゴーレムと同じ外見なのに、出力不足であるかのように「もっさり」とした動きだった。
 もし、あの門衛のゴーレムがいれば一体で全ての戦車に勝てていたはずだ。
 なんらかの制約というか、レギュレーションでもあるのかもしれない。

「よし、ムクロの所に行くぞ」

 勢いよく塔から飛び降りたセメリーに続いて、オレも下に降りる。
 現代兵器っぽいモノを見たせいか、今更ながら命綱なしで高さ50メートルから飛び降りている事に違和感を覚えた。





 戦場の向こうにあったのは、研究所のような白亜の建物だ。
 2メートルほどのフェンスの上には返し付きの鉄条網が付けられ、アリサ風に言うならば「ファンタジー感が無くなる」ような作りだった。
 セメリーは顔パスなのか、門を守っていたミイラに挨拶すると止められる事無く建物内に入る事ができた。
 建物の材質は遠目に大理石かと思っていたが、近付いてみるとコンクリート製だと判った。

 出迎えに来ていたスケルトンに案内されて、建物の中を進む。
 スケルトンがメイド服を着ていたのは、見なかった事にした。

 案内された先は、蛍光灯のような灯りに照らされた50畳ほどの広い部屋だ。
 中央に大きなテーブルがあり、さきほどの戦場を再現したジオラマの上に、ミニチュアの戦車やゴーレムが置かれている。

 そのテーブルを挟んで、何やら舌戦を繰り広げているミイラと全身鎧がいた。
 AR表示で、この2人がムクロこと「骸の王(キングマミー)」のテツオと、ヨロイこと「鋼の幽鬼(アイアン・ストーカー)」のタケルだと判る。

「むう、セメリーか。バンと戦うのに戦車でも寄越せとか言いに来たのか?」
「その使い道のない脂肪のカタマリを、小一時間ほど揉みくちゃにさせてくれたらバンと戦える強化外装を設計してやるぜ?」
「こ、このスケベ爺ども! 戦車みたいな無粋なものを持って行ってバン様に嫌われたら、どう責任を取ってくれるつもりだ!」

 ムクロとヨロイのセクハラ発言に、顔を真っ赤にして腕を振り上げるセメリーから逃げ惑う二人。
 気のせいでは無く楽しそうだ。しかし、小学生みたいなかまい方だな。

 さんざんセクハラ発言でセメリーをいじり倒した後に、ようやくオレの存在に気がついた2人が誰何(すいか)してきた。

「ところで、そっちの兄ちゃんは誰だ?」
「セメリーのコレか?」

 ヨロイが指で下品なサインをして、セメリーに殴られて兜を床に転がしている。
 やっぱり中身は空洞なのか。

「はじめまして、クロと申します。バン殿と同郷――『日本人』だと言えば伝わりますか?」
「ぬう? 勇者では無いのに黒髪の『日本人』だと?」
「その歳で早くも永遠の身体が欲しくなったのか? もう30年ほど人生を楽しんでからにしろ」
「そうだぞ、ワシみたいに機械の身体になってはならん。こんな金属甲冑の身体では、セメリーの乳を揉んでも楽しくないぞ?」
「アタシの胸はバン様のものだ!」

 挨拶しただけで姦しいヤツらだ。

 しかし、バンといいラスボスになれそうな逸材なのに、悪意を感じられない。
 特にムクロなんかは、不死の王(ノーライフキング)ゼンに会った事が無ければ魔物と間違えて退治してしまいそうだ。
 ――まあ、短気なヤツや敵を作りやすいヤツなら、長生きする前に殺されるか魔王化して勇者に倒されてしまうんだろう。

「それで、用件は何だ? 本当に永遠の身体が欲しいのか?」
「いえ、セメリーに下層の名所案内を頼んだら、ここが一番面白いと連れて来られたんですよ」
「はあ? 観光だと?」
「ウヒョヒョヒョ、そんな理由でこの地獄の釜の底まで来た物好きは初めてだな」

 用件を聞かれて正直に話したら、大いに笑われてしまった。

「まあ、良い。ここ千年ほどは永遠の命が欲しいとか、逸失した知識が欲しいとか、ギラギラした望みをもったヤツばかりだったからな」
「後はワシらを魔王と勘違いして討伐に来て返り討ちにされた『勇者』とかな」

 表情が全く読めないが、うんざりとした気配が伝わってくる。

 取りあえず歓迎してくれているようなので、手土産代わりにストレージの肥やしになっていた火薬式の大砲やマスケット銃なんかを進呈した。
 アイテムボックスから大砲を取り出せるか心配だったが、取り出す瞬間だけ入り口が変形して取り出せた。

「おお、レアだな」
「こっちのはワシがフルー帝国に居た頃に設計した大砲だぞ。魔法を吸収するスライムが大繁殖してな、それを退治するのに作ったヤツだ」

 ヨロイ氏はフルー帝国の技師だったのか。
 たしか猪王に滅ぼされた帝国だったはずだ。

 思った以上に土産物は好評で、その返礼に閉鎖空間に作られた博物館を見学させて貰える事になった。





 支えもなく宙に浮かぶ黄金で飾られた扉を、ムクロが潜る。
 転移門になっているのか、ムクロの光点がマップやレーダーから消えた。

 マーカー一覧で調べると、現在位置が「UNKNOWN」と表示されていた。
 試しに「遠見(クレアボヤンス)」の魔法で見ようとしたが、真祖の城を覗こうとしたときのように効果が発揮されなかった。

 ヨロイやセメリーに続いて、黄金の扉を潜る。
 マップを確認すると「マップの存在しないエリアです」と表示された。
 前に一度見たことがある――そうか、ゼンの影の中に囚われていた時と同じか。

 中は何処までも続くような広大な白い世界だ。
 そこに等間隔で、高さ50メートルほどの直方体の建物が立っている。

「これは空間魔法で作った場所ですか?」
「いや、ここはユイカのユニークスキルで創って貰った空間だ。ここだと神々に覗かれる心配もないからな」

 神様って雲の上から下界を覗くのが仕事みたいなイメージがある。
 おっと、その前に確認したい事が。

「ところで、ユイカという方も転生者なんですか?」
「ああ、そうだ。ただしワシ等と違って人族では無く『小鬼人族(ゴブリン)』に生まれてな。結構酷い目にあったせいで、他人を怖がって自分の領域に潜んで引き篭っておるよ」

 ゴブリンか。(デミ)って付かないゴブリンは初めてだ。
 しかし、女の子がゴブリンに転生とか……不憫すぎて涙をそそる。男かもしれないけどさ。

「ユイカは大人しいけど良い子よ? アタシの恋の相談とかにも乗ってくれるし」

 セメリーがフォローしてきた。コイツはアホ可愛いから、きっと拒絶されてもズガズガ近付いていって仲良くなったんだろ。
 今度、バンと戦う用の魔剣でもプレゼントしてやろう。

「おい、せっかく博物館に連れてきてやったんだから、ちゃんと見学せんか!」
「ヒョヒョヒョ、恩着せがましいぞ。見せたくて仕方が無いくせに」

 仲良くケンカしだした2人は放置して、博物館の品々を見学する。
 何処かで見たような拳銃や小銃、サブマシンガンや迫撃砲に手榴弾――兵器ばっかりじゃないか。

 続いて連れて行かれた建物には、単葉や複葉のレシプロ戦闘機や戦車が飾られていた。地上で見かけた戦車と違い、鑑定した限りではセメリーでも苦戦しそうな戦闘力があるようだった。

 200メートル級の戦艦の前で、ムクロが楽しそうに解説するのを聞きながら、何と無しに窓外に見つけたモノに興味を引かれた。

「あれはもしかして鉄道ですか?」
「おう、そうだ。ワシが神に追われる事になった元凶だ」

 ムクロは三千年ほど前に、小国の王子として転生したらしい。持ち前のユニークスキルと軍事知識を使って大陸に一大帝国を築いたそうなのだが――。

「帝国の情報と流通を安定させるために、電波塔と鉄道網を作ったんだが……それが神の逆鱗に触れたらしくてな」

 穀倉地帯をイナゴの大群に食い尽くされたり、干ばつが起こったり、地震や火山噴火なんかの天変地異がバーゲンセールのように襲って来たらしい。

 ――無理ゲーにも程がある。

 そんな状態でも10年ほどは国を存続させたらしいのだが、神託によって元凶がムクロの作りだした技術だと伝えられた為に、帝国は分裂し彼自身も暗殺されてしまったらしい。
 もっとも、暗殺者が来るのは想定していたらしく、「骸の王(キングマミー)」に成る為の儀式を準備していたそうだ。

「この身体になっても、執拗に神の使徒が付け狙って来よったのだが、迷宮の奥深くに隠棲する事を条件に止めさせてやった」

 それを聞いてヨロイが噛み殺すように嗤いだした。

「こいつは全人類を人質にしたんだぜ? 核兵器を山ほど作って、『人類を滅ぼされたくなかったら付け狙うな』って」

 冗談かと思ったが、ムクロが不機嫌そうに鼻を鳴らすだけで否定しなかったので本当の話なんだろう。
 神を脅迫するとか、無茶すぎる。さすがは一代で帝国を築いた男だ。

 彼の話では、神々が材料になる放射性物質を全て鉛に変える奇跡を使ったそうなので、地上付近では採掘不能になっているそうだ。
 彼のユニークスキル「金属創造」でもウランやプルトニウムは作れないそうなので、核兵器は残存していないらしい。
 良かった、ファンタジー世界で核の冬とかイヤ過ぎる。

 魔法道具で原子炉とかを作ってみたかったんだが無理そうだ。
 水素はあるから重水素にして核融合とかならできそうだけど、作ったらオレも神様に追われるかもしれない。

 予想外の所で、狗頭の魔王の話の裏付けが取れてしまった。
 やはり、大きく文明を進めようとすると妨害が入るようだ。

 食材流通の向上の為に、石レールの鉄道を作ろうと研究していたので危なかった。
 ムクロが欲しがった魔法金属各種と引き替えに、幾つかの設計図や学術書を貰い、彼の博物館を後にした。
※次回更新は、3/30(日)です。

※宣伝
 Amazonの在庫が復活したようです。
11-17.地底火山の死闘?!
※5/6 誤字修正しました。

 サトゥーです。安全運転は大切です。乗車前に車の点検を済ませ、シートベルトを締め、車の周囲を確認して発車――ここまでしている人は少ないかもしれませんが、安全運転は大切だと思うのです。





「おお、この乗り物はこんなに速かったのか!」
「ウヒョヒョヒョ、おい自殺願望でもあるのか? ワシやセメリーはバラバラになろうがミンチになろうが元に戻るが、キサマはそこで終わりだぞ?」
「――安全運転ですよ?」

 オレはムクロから借りた高機動車――タイヤや車体の大きい軍用ジープだ――を運転している。
 ヨロイの邸宅を訪問したときに見つけて、彼に頼み込んで観光の足に使わせてもらっている。
 自動車の運転は久々だが、馬車を模したゴーレム車とは違った趣がある。

 エンジンの咆哮を全身で感じながら、急カーブを曲がる。
 勢いが付きすぎて後輪が滑る――思ったよりもグリップが悪い。下が石畳だから仕方ないのか?
 こっそり「理力の手(マジック・ハンド)」で流れる車体を支えつつ、ドライブを楽しむ。

「すごいぞ! ヨロイやムクロの運転と全然違う!」

 後部座席のセメリーが興奮して、後ろから首に抱き着いてくる。
 残念ながら、シートが邪魔して幸せな感触はお預けだ。

「こんな自称安全運転ヤロウと一緒にするな! こちとら筋金入りのゴールド免許だ!」

 ――自称って。
 反論したかったが、喋ったら舌を噛みそうなのでヨロイの失礼な叫びは聞き流した。

 マップで経路をマーキングしてあるし、地形を立体図でチェックをしながらの運転なので、ある意味ナビを使う以上の安全さだ。
 障害物や魔物は、先行させてある「自在剣」と「理力の手」のコンボでストレージ行きにして処分してあるので問題ない。

 少しスピードを出し過ぎな気もするが、時速100キロも出していないはずだから自殺志願者呼ばわりは少々心外だ。
 閃駆での移動に比べたら、止まっているような速度なのに。

 同乗しているのはセメリーとヨロイの二人だけで、ムクロはオレが譲った伝説級の魔法金属で何やら工作に取りかかっていた。

 高機動車のお陰で、地下の観光は順調だ。

 縦長の小区画で落差1キロの滝を見物したり、球状の水がふわふわ浮かぶ謎空間を見物したり、芥子の花が咲き誇る小区画をレーザーで焼き払ったり、と若干嫌がらせのような場所を含みつつ、短時間で下層の名所を駆け抜けた。





「車はそこの岩陰で止めてくれ」

 ヨロイの指示に合わせて車を止める。
 ここは邪竜ご一家の暮らす大区画だ。邪竜達だけでなく、バジリスクや火蠍(フレア・スコーピオン)などの魔物も生息している。

「ここは何時来ても臭いから嫌いだ」

 セメリーがボヤきながら車を降りる。

「これは硫黄の臭いですか?」
「ああ、そうだ――期待していたら悪いが、温泉はないぞ」

 オレの心を見透かすとは流石日本人だ。
 しかし、このあたりの暖かい空気は温泉のせいじゃないのか?
 外套をアイテムボックスに仕舞いながら、ヨロイの後ろを付いていく。

 何枚かの岩の門を潜るたびに温度が上がっていく。
 今では真夏のような暑さだ。ビキニのような衣装になったセメリーの色っぽい肢体だけが、唯一の潤いだ。

「よかろう?」
「たまには暑いのも良いですね」
「ヘンなヤツらだな」

 ヨロイの言葉に賛同しつつ回廊を進む。
 セメリーが首を傾げているが、理解されて潤いが消えても困るので黙秘した。もちろん、ヨロイも無粋な事は口にしない。

 最後の扉を抜けて、ようやく大区画内にある最大の大広間にたどり着いた。

「いやはや、絶景ですね」
「うむ、漢のロマンを刺激するだろう」

 そこは溶岩が間欠泉のように噴出し、岩々の間を急流の小川のように赤い流れを作っている。
 致死性のガスも噴出しているようなので、「風防(キャノピー)」や「気体操作(エア・コントロール)」の魔法で対処しておく。

 溶岩の赤い光に浮き上がる魔物達が、良い雰囲気を出している。
 後で何匹か狩ってリザ達のお土産にしよう。

「さて、少し手伝ってくれ」
「鉱石の採掘ですか?」
「いや、硫黄が足りんから、その補充だ。普通の鉱石ならムクロが土塊(つちくれ)から作るから採掘せんでいいぞ。たまに火石が落ちてるから、要るなら気をつけて探してみろ」

 ふむ、火石か。
 軍用の火杖とかに使えるから需要はとても多いし、ちょっと集めておくか。
 マップで近傍の火石を範囲指定マーキングして絞り込み検索する。反応が多すぎて目が痛い。
 一定以上のサイズにして再検索してみる――近くの溶岩溜まりの底に人間サイズの巨大な火石がゴロゴロしているのを見つけた。

 あまり近付くと服や靴が燃えそうなので、装備に魔力を通して保護しておく。リザの魔力鎧をマネてみたが、なかなか難しい。
 巨大火石の回収は1個だけにして、その周辺に沈んでいた拳大の小さな火石を数十個ほど集めておく。
 中に入って拾うと熱そうなので、「遠見(クレアボヤンス)」と「理力の手(マジック・ハンド)」の合わせ技を使った。

「おい、クロ。そんなに近寄ると落ちるぞ」
「勝手に死ぬなよ! キサマを倒して下僕にするのはアタシだからな!」

 周りからは溶岩の近くで惚っとしているように見えたのか、硫黄を採取していたヨロイとセメリーから声が掛かった。
 2人に詫びて、オレも硫黄の採取に参加する。
 地割れの周辺に黄色く付着しているので、集めるのは簡単だ。金属のトングで大きな袋に集め、一定量になったらヨロイに手渡すのを繰り返す。

「ヤベエ」
「ガキの方か?」
「いんや、親の方だ」

 ヨロイとセメリーが近くに寄って来ていた邪竜に気が付いたようだ。
 威嚇するように翼を怒らせた邪竜が、ドシドシと溶岩のながれる岩場を歩み寄ってくる。

「どうして飛んで来ないんだろう?」
「ああ、そいつあ――」
「前にムクロが、タイクーシャの的にして遊んだせいだ」

 セメリーが被せるように説明してくれた。どことなく声に余裕が無い。
 しかし、対空車で迎撃したのか。さっき見せて貰ったラインナップには無かったから、王都の用事を済ませたら見せてもらおう。

「おい、逃げるぞセメリーにクロ」
「だな、バン様やムクロもいないのにガチのケンカをしたら負けちまう」

 セメリーが気持ちのいい速さで、入り口に向かって駆けて行く。ヨロイはその後ろをガシャガシャやかましい音を立てて追いかける。

 熱風を掻き分けて赤黒い影がオレの頭上を飛び越え、入り口の前に着地した。
 あまり大きくない。尻尾込みで80メートルほどだ。レベルが高いくせに、黒竜ヘイロンより小さい。
 対空車で迎撃されたという話だったが、翼に穴が開いているわけではないから警戒して歩いて接近していただけのようだ。

「セメリー、ちと時間を稼げ。ロックゴーレムに乗り換える」
「げっ、無茶言うなよ」

 ヨロイの言葉にセメリーが震える声で抗議している。
 ちょっと「下級」竜に興味があったので、時間稼ぎを担当させて貰おう。

『竜よ、我が名はクロ。黒き成竜ヘイロンの朋友だ』

 そう竜語で名乗りを上げてみた。

 ヘイロンに似た咆哮が邪竜から上がったが、ただの叫びだったらしく意味は判らなかった。もちろん、新しい言語スキルが手に入ったりもしなかった。
 やはり、会話は不可能か。

 セメリーが白姫のように血で作った片手剣を作る。
 ガシャリと音が聞こえて、ヨロイを構成する全身甲冑が地面に崩れ落ちるのが見えた。代わりに、周囲の岩が意思を持つかのように集まって来る。

 試しに称号を「竜殺し」に変えてみる。
 邪竜の注意がオレに集まるのを感じる。先ほどまでの猫が鼠を甚振る様な稚気に溢れた雰囲気が消え去り、憎悪にも似た敵意の視線が刺さるのを感じる。

 この辺は魔物に対する「魔物殺し」と同じか。
 続けて、称号を「竜族の天敵」に変えてみた。竜の瞳に怯えが見える。竜が落ち着き無く周囲を見回し、逃げ道を探している。

 注意を引こうと飛び掛ったセメリーが、無造作な竜の手の一振りで壁に叩きつけられた。
 ヨロイの作り出したロックゴーレムの名前が「ヨロイ」に成っていた。
 どうやら、憑依先を変更したみたいだ。

 邪竜の苦し紛れの火炎のブレスが、オレに向かって吐き出される。
 ――遅い。火炎放射器の実演くらいの速度で、ブレスが襲ってくる。起き上がったばかりのロックゴーレムの片腕がブレスに焼かれて千切れた。

 展開の終わっていた自在盾を使って、ブレスを受け止める――そう受け止められた。
 黒竜ヘイロンのブレスは、一瞬で2枚の自在盾を消し飛ばしたのに、邪竜のブレスは1枚目の自在盾を突破するのがやっとのようだ。

 千切れ砕けたロックゴーレムの一部を拾い上げ、邪竜の額に投げつける。
 ブレス後の硬直時間を狙ったせいか、避けられる事もなくクリーンヒットした。

 成竜と下級竜の比較検証はこの辺でいいか。あまりやると弱いものイジメになりそうだし。
 そうだ、最後に称号を「黒竜の友」に変えてみよう。





「――何をしたクロ」
「企業秘密だ」

 まさか、邪竜が犬みたいな服従のポーズを取るとは思わなかったよ。称号に「竜の飼い主(ドラゴン・テイマー)」と「竜騎士(ドラグーン)」というのが追加されてしまった。

 今は称号を竜騎士に変えて、邪竜の背に乗って広場を遊覧飛行中だ。
 もちろん、この遊覧飛行の光景は撮影してある。

 巣から飛び上がった、邪竜の一家に向かってセメリーが手を振っている。
 長男らしき邪竜が襲い掛かってきたが、親の方が遥かに強いのか長男のブレスを避けた後に、尻尾の一撃で巣に叩き落していた。

 何やら巣の宝を進呈して来ようとしたが、今更金塊とかを貰っても仕方ないので、火晶や炎珠という火石系のレア素材を少しだけ貰った。もちろん、巣に落ちていた鱗や爪の欠片はこっそり回収してある。

 貰うばかりだと悪いので、「火炎炉(フォージ)」や「型作成(モールド)」などを使って金塊を加工し、竜が装備できそうなアクセサリーを作ってやった。
 やはり竜は光物が好きなのか、身に着けたアクセサリーを見てウットリとしている。

 セメリーが凄く羨ましそうにしていたので、金塊の一部を貰って竜達とお揃いのアクセサリーを作ってやった。

 邪竜一家に見送られ、広間を後にする。

 さて、そろそろバンの城に戻らないと、刀鍛冶の実演を見そびれてしまう。
 オレは安全運転という言葉に蓋をして、ほんの少しだけ高機動車のアクセルペダルを深く踏んだ。
 次回は、4/6(日)の予定です。

 邪竜のサイズを修正しました。

※宣伝
 デスマ一巻が品切れしていて申し訳ありません、増刷分は4/11以降にお店に出回るはずです。
11-18.鬼
※5/6 誤字修正しました。
 サトゥーです。ゴブリンといえばオークやコボルドに並ぶファンタジーの定番ヤラレ役ですが、元々はふざけたり、いたずらが好きな普通の妖精だったそうです。
 そういえば、超有名な魔法少年のお話では、理知的な小人として描かれていますね。





「おっと、車はここで止めて。花畑を荒らしたらユイカに怒られるからさ」
「わかった」

 邪竜の遊覧飛行を終えた俺達は、バンのカタナ鍛冶実演というイベントに間に合わせるために車を走らせていたのだが、セメリーから「ユイカの所に寄って」の一言で進路を変える事になった。
 バックミラーに映った素敵な乱舞で、目の保養をさせて貰った相手の頼みは断れない。
 もちろん、ヨロイにも異存はなかった。

「ワシはここで待ってるから二人で行ってこい」
「なんだ? ヨロイはいかないのか?」
「幼い方のユイカだと、また泣かれるからな」

 なんだ、ゴブリンのユイカ女史は子持ちか?
 勝手に独身で引き籠もりの内気な女性をイメージしていたよ。

「お子さんがいるなら菓子の用意をしてくれば良かったな」
「ん? ユイカは子供じゃ無いぞ? でも、甘い菓子は好きだから用意してきたら、また連れてきてやる」

 あれ? 話がかみ合わない。

「お子さんがいるんじゃないのか?」
「居ないぞ? ユイカは『タージュジンカック』だってバンさまが言ってた」
「多重人格な。ユイカは耐えきれないほどの辛いことがあったら、古い人格と記憶を捨てて新しい人格を産み出して交代する。マンガみたいな話だが、事実だ」

 古い人格は背後霊みたいに、傍観しかできないらしい。
 主人格ユイカが眠ったり気絶したりすると、憑依して表に出てこられるそうだ。
 昔見たマンガやアニメでよくあった設定だ。
 ある意味、アーゼさん達ハイエルフが世界樹を使ってやっている事を、単独で実行しているようなモノか。

 留守番のヨロイを残して、オレ達は花畑へと歩を進める。
 もちろん、こんな色とりどりの花々が咲き乱れる花園を踏み荒らす趣味はないので、セメリーを小脇に抱えて天駆で地表スレスレを飛んでいった。





「クロ、そこの紫色の花が六芒星を描いているだろ? その中心に着地してくれ」

 セメリーの指示に従って地上に着地する。
 恐らく、この近くにムクロの博物館のあったエリアみたいな場所があるのだろう。

「それで、どこから入るんだ?」
「入れない。ちょっと待ってろ」

 セメリーが大きく息を吸ったので、素早く耳を塞ぐ。
 案の定「ユイカ」と大声でシャウトを始めた。喧しい。

 その呼びかけがインターフォン代わりだったのか、六芒星を描く花が淡く輝き始め、光の中から六枚の半透明の扉が浮かび上がる。

 扉には地球の文字が書かれているが、その内の5枚は「はずれ」「地獄行き」「罠です」「入っちゃダメ」「DEATH」と書かれている。
 そして、残り一枚が「うぇるかむ」だ。

 個人的な感想を言わせて貰えば、全て罠なんだが……「危機感知」スキルや「罠発見」スキルが、「うぇるかむ」のみ安全だと教えてくれる。

「えっと、たしかコレが正解だ!」

 セメリーがそう自信たっぷりに指したのは、「地獄行き」だ。
 不敵な顔で、地獄の門を潜ろうとしたセメリーの襟首を掴んで止める。

「何をする!」
「それはハズレだ」
「なぜ判る?!」

 オレはそれに答えず、セメリーを連れて「うぇるかむ」の門を潜った。





「おお! 本当に正解だ! すごいなクロ!」

 はしゃぐセメリーにいつもはどうしているのかと聞いたら、成功するまで繰り返すのだと答えが返ってきた。
 失敗したら霧やコウモリになって逃げ帰るのを繰り返すらしい。
 いつもは4回目くらいで成功するのに、と良くわからない悔しがり方をしていた。

「向こうが出迎えてくれないのか?」
「ユイカは『にーと』だから、ぜったいに出てこないって言ってた」

 ニートじゃ無くて引き籠もりの間違いじゃないだろうか。
 それはともかく、ここは予想通り、ムクロの博物館と同じく「マップの存在しないエリア」だ。

 全マップ探査でこのエリア内を調べたが、オレ達以外は誰もいない。

「誰もいないぞ?」
「ああ、ユイカは恐がりだから、この門をあと8回潜らないとたどり着けないんだ」

 全部で6の9乗分の1――大体1千万分の1くらいか?
 用心深いな。

 オレ達は合計9度門を潜って、ユイカのいる空間へと移動した。

 そこには小さな畑と竹林が隣接する日本家屋があった。
 縁側に面した中庭では鶏がエサをついばみ、(のき)にはタマネギや大根が吊されている。

 オレは「全マップ探査」の魔法を使い、ユイカの情報を獲得する。
 ムクロの言っていた通り、ユイカの種族は「小鬼人族(ゴブリン)」だ。ハイゴブリンとかかと期待したのだが、そこは普通だった。
 ちなみに「小鬼人族(ゴブリン)」は、ファンタジー物でよくある「妖魔」ではなく、エルフ達と同じ「妖精族」だ。

 年齢がムクロ並だったが、女性の年齢をとやかくいう程無粋じゃ無い。
 アーゼから見れば皆、大差無い。

 レベルは意外な事に50しか無い。
 普通のスキルやギフトは無いが、ユニークスキルが馬鹿げている。

 この空間を作り出している「箱庭創造(クリエイト・マイ・ガーデン)」を初めとして、実に13種類――狗頭の魔王と比べても倍近い数だ。
 インフレーションするにしても、やり過ぎだ。
 オレはマダ見ぬ神に悪態をついた。





「きたぞ! ユイカ!」

 セメリーがこの場の空気を壊す陽気さで、日本屋敷の向こうに呼びかける。

「セメリー? 美味しい沢庵ができたの。バンのお兄ちゃんに持って帰ってあげて」
「げっ、タクアンはダメだ。バンさまの美貌が黄色くなってしまう」

 障子戸を開けて出てきたユイカが、歳に似合わぬ涼やかな声でセメリーに話し掛ける。
 バカな――美少女だと?!

 白く透き通る肌に、床まで延びた絹糸のように艶やかなストレートの紫髪。
 ルルほどでは無いが、アリサやミーアにも匹敵するほどの美形だ。

 エルフのように先端が少し尖った耳と、こめかみの近くの額にある二つの短く小さな角が無かったら、人族にしか見えなかっただろう。
 細く華奢な体はエルフ達のように起伏に乏しいが、幼女趣味は無いのでどうでも良い。

「もう、日本のお袋の味なんだから――」

 ようやく、ユイカがオレに気がついたみたいだ。
 セメリーのインパクトのある存在のせいで気がついて貰えて無かったが、ユイカの紫色の瞳がオレを捉える。

 一瞬、嬉しそうな表情を浮かべたのだが、笑顔のまま表情が凍って行く。
 はて? 特に男嫌いという話は聞いていなかったんだが。

 パクパクと小さく動く唇が「イチロー」と紡いだ気がした。
 だが、実際にオレの耳に聞こえたのは別の言葉だ。

「――無限連鎖(インフィニット・チェイン)

 紫色の波紋がユイカの体を巡る。
 危機感知が、未だかつて無いほど反応している。

 ユイカの周りに、小さな黒い点が無数に生まれる。

 それらが漆黒の弾丸と成って、一斉にオレに襲いかかってきた。
 ビーズ玉くらいの大きさだが、AR表示がその漆黒の弾丸の正体をマイクロブラックホールだと教えてくれた。

 閃駆を発動するのが少しでも遅れたら、きっと呑み込まれていた。
 理由を聞こうと口を開いたが、無限連鎖で連続発動された漆黒の弾丸が、閃駆で逃げたオレの軌跡を追いかけて地面に巨大なクレーターを穿っていく。

 逃げ遅れたセメリーが呑まれた気がするが、吸血姫の彼女なら大丈夫だろう。
 後で文句を言われそうだが、魔剣の一本で許してくれそうだ。

 会話でなんとかしたいのだが、漆黒の弾丸に吸い込まれて言葉が届かない。
遠話(テレフォン)」の魔法で会話したい所だが、この魔法は電話と同じで相手に拒否されたら通じない。
 上級魔法の「強制遠話(フォース・テレフォン)」が欲しい。

 オレは襲い来る漆黒の弾丸を「魔法破壊(ブレイク・マジック)」で破壊していくが、向こうが弾丸を産み出す速度も負けていない。
 相手が魔王なら、「光線(レーザー)」や「爆縮(インプロージョン)」で先制できるが、美少女相手じゃそうも行かない。

 普通ならそろそろ魔力が切れるはずなのだが、「魔力循環(マナ・ループ)」や「魔力召喚(マナ・スプリング)」といったユニークスキルが魔力の効率化と魔力の供給を行っているのだろう。

 このチートめ。

 いったい幾つのユニークスキルを並行発動する気だ。
 正体はわからないが、あの後に3回ほど紫色の波紋がユイカの体を撫でたので、何かのユニークスキルが3種類追加で発動しているのだろう。

 あんなに無茶をして大丈夫なんだろうか?

 オレは状況を打開するために相手の死角から閃駆で急接近し、ユイカを気絶させようと掌打を叩き込む。

 ――それが全てのトリガーだった。

 オレは全力で逃げるべきだったのだ。
 だが、今更そんな事を言っても、もう遅い。

 オレの不注意な行動が、邪神とも呼ばれた狗頭の魔王を超える13種のユニークスキルを使う「最悪の魔王」を産み出すきっかけになってしまった。

 ゴブリンの魔王「白鬼王(はっきおう)」は、その日生まれた。
※次回更新は、4/13(日)です。
 そろそろ11章も終わりが見えてきました。
 はたしてカリナ嬢の活躍シーンはあるのか?


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 品切れが続いていたデスマ第一巻ですが、昨日から在庫が復活したようでAmazon、楽天などのネット通販が再開しています。
 書店にも順次並び始めているそうなので、宜しかったら手に取ってみて下さい。
11-19.鬼(2)
※6/22 誤字修正しました。

 サトゥーです。パニック物という映画ジャンルが好きです。次々に襲いかかる逆境を主人公達が知恵と勇気と運と作為で、くぐり抜けていくのが最高です。
 でも、登場人物が全員助かるパニック物って、見たことが無いんですよね。





 オレはユイカの瞳に映る恐怖に気がつくべきだった。

 ユイカを気絶させるべく打ち込んだ掌が、硬い魔力の壁に阻まれる。
 ユニークスキル「自動防御(ガーディアン)」による物だろう。

 なんとなく感触に覚えがある。
 ナナの装備に付けた「城塞防御(フォートレス)」機能に近い。

 ――なら、弱点だって。

 防御壁に軽く手を当てた状態から、更に体の捻りを加えて抉り込むように力を叩き込む。刹那の内に打ち込んだ衝撃に、純粋な魔力の塊を追撃で放つ。

>「鎧通し」スキルを得た。
>「魔力撃」スキルを得た。

 ダメ元で放ってみたが、思いつきが正しかったらしく、ユイカの意識を奪う事に成功した。

 ――ピキッと音が聞こえた。

 倒れ行く華奢なユイカの手を掴む。

 ――ピシッと異音がする。何処からだ?

 人形のように力なく崩れるユイカの手を引き、体を支えようと反対側の手を伸ばす。

 最後の破滅の音(トリガー)は、この時に聞こえた。

 ――パキン。

 そんな軽い音だった気がする。
 オレは最初の音がした時に気がつくべきだったんだ……。





 ――宙に舞い跳ぶ紅の輝き。

 それは空間に満ちた淡い明かりに反射して煌く。

 ――力なく空に舞う羽衣のような軽やかな布。

 楔を失ったソレは自由を取り戻す。

 ――白日の下に晒された双丘(・・)

 オレは紳士らしく、起伏に乏しいそれから目を逸らす。
 砕けた服の留め金が、地面を跳ねる小さな音が聞こえた。

 気絶していたはずのユイカの瞳が、カッと見開かれる。

「こんのスケベ野郎がぁぁぁぁぁ!!」

 叫びと共に放たれた拳を紙一重で避ける。
 性格まで変わっているみたいだ。
 そういえば、気絶したら「後の人」と精神が入れ替わるって言ってたっけ。

「避けるなぁぁぁ!」

 紫色の波紋がユイカの体を巡り、先ほどとは雲泥の差の拳が飛んでくる。
 恐らくユニークスキルの「豪腕無双」だと思うが、気軽に連発するのは止めて欲しい。
 まったく、ユニークスキルを使いすぎて魔王になったらどうする気だ。

 オレは文字通り一撃必殺の拳の雨を「先読み:対人戦」スキルで避けていく。
 50だったユイカのレベルが55になっている。家庭的だったスキル構成も半分くらいが格闘系のスキルに変わっていた。
 人格が入れ替わったとは思っていたが、レベルやスキルが変化するとは思わなかった。

 ――しかし、そろそろ気がついて欲しい。

 少し距離が取れたタイミングで、自分の胸元を指で叩くジェスチャーをする。
 ユイカはオレの仕草から、ようやく自分の胸が外気に晒されたままだった事を思い出してくれたようだ。

「ぐぬぬぬぬ……」

 羞恥に顔を歪め、片手で胸元の布を手で押さえて悔しそうに唸る。
 よし、動きも止まったことだし、話し合いに持って行こう。
 オレはアイテムボックスから取り出したマントを、「理力の手(マジック・ハンド)」でユイカに渡す。

「使え」

 宙で広がったマントがユイカを覆い隠す。

「ククククク」

 マントの影から聞こえるユイカの含み笑い。
 バサリと音がしてマントが打ち払われる――その下から現れたのは、先ほどとは異なる漆黒のドレス。いわゆるゴスロリ系のドレスだ。白い肌や紫色の髪が良く映える。
 彼女の薄紫色だった瞳が、朱と蒼のオッドアイに変わっていた。

 それに、またユイカのレベルが変わっている。レベル52と少し落ちて、格闘系だったスキルが闇魔法を初めとする魔法戦士系になっていた。

 ユイカは指を広げた片手で顔を覆い、俯き嗤い続ける。

 ――まさか、魔王化の兆候か?

「……ハハハ」

 指の間から眼光を光らせつつ、ユイカがゆっくりと顔をあげ、そのまま仰け反るように笑い続ける。
 鋭い視線はオレを刺し貫くように固定している。

「ハーーッハッハハハハ」

 ――三段笑いだと?!

 オレの驚愕を察したように、顔を覆っていた手をビシッと突きつけて名乗りを始めた。

「我れは虐げられし闇の末裔、天魔の巫女にして、鬼人族最後の王族」

 ポーズを変え、少し溜めを入れる。

「我が名はフォイルニス・ラ・ベル・フィーユ! 人は私を畏れ敬い、こう呼んだ『漆黒の美姫ダーク・ラ・プランセス』と!」

 うん、中二病の人か。
 それにしても、フランス語と英語を混ぜるのは止めて欲しい。語感からしてドイツ語もかな?

 否定するとややこしそうだから、乗っかるか。

「はじめまして、『漆黒の美姫』フォイルニス・ラ・ベル・フィーユ殿。オレはバンやムクロの友人でクロと言う」

 オレが名乗りを上げると、ユイカ3号はそれを鼻で笑った。

「ムクロやバンの友人だと? 勇者の称号を持つ者が、闇の同胞達の友を騙るか!」

 赤い方の目から炎の様な幻影を産みながら、ユイカが激昂する。
 オレの非表示の称号が見えるのか?

 それっぽいユニークスキルは見当たらないんだが、「神破照身(デバイン・サイト)」あたりが怪しい。
 てっきり攻撃系の魔眼の類いだと思っていたのに。

「我こそは、幾多の魔王と勇者を葬り去ってきた最強の魔法戦士ッ! 世代交代で往年の半分ほどのレベルしかないが、レベル差が戦力の決定的な差では無いことを教えてやろう!」

 いやいや、6倍のレベル差は「決定的」な違いだと思う。
 うちの子達の成長を見守ってきた経験から言わせて貰えば、10レベル差の相手と戦うのが限界だろう。20レベルも離れると装備やスキル構成によほどのアドバンテージがないかぎり、まともに戦う事もできない。

 ユイカ3号は、尚もオレのステータスを眺めて悪態を吐く。

「ふん、偽名のオンパレードか。トリスメギストスにミケランジェロ、エチゴヤ、イチロー、ノブナガ――どれだけ有名人の名を騙る気だ」

 いや、本名が混ざってるんだけど。そりゃ同名の有名人もいるけどさ。
 大体、ユイカ3号には言われたくない。

「人の事は言えないだろう? ユイカ」
「そ、それは世に秘めし真名! 神々の呪いを受けし『唯一神(ユイカ)』の名を口にしてはならぬ! 我が名はフォイルニス・ラ・ベル・フィーユだ!」

 しまった、自戒していたのに、ついツッコミを入れてしまった。
 しかし、ステータスには「神々の呪い」とかの称号や状態異常は無いから、これも「自称」かな?

 瞬間的に激昂したユイカ3号だが、すぐに落ち着きを取り戻し、オレを詰問してきた。

「問おう! 多くの名を持つ名無しの勇者よ! 汝の目的は何ぞや!」

 ――目的?

 この場合は、ユイカの家を訪れた目的だろう。

「吸血姫セメリーの付き添いと、『元』同郷の女の子に挨拶に来ただけだよ」
「なんだと? 勇者なのに我を討伐に来たのではないのか?」
「うちの子達に危害を加える怖れの無い相手なら、例え相手が魔王だって問答無用で討伐する気はないよ」

 実際、狗頭だってセーラや巫女長達に危害を加える気がなかったら、敵対する事もなかっただろう。

「――信じられん。我がスキルが貴様の言葉が事実だと告げている……」

 絶句するユイカ3号。

「看破」スキルで真偽を判定したみたいだ。





「うむ、ピザは久々だ」
「次は何を焼く?」
「もういい、お腹いっぱいだ」

 アレから何とか和解を果たし、空腹を訴えるユイカ3号のリクエストに応えてピザと炭酸飲料で歓待中だ。
 夜食用のピザは1枚しか残っていなかったのだが、おかわりを切望するユイカ3号の懇願に負けて、土魔法で創った即席窯を使って焼き上げた。

 セメリーはユイカが別の閉鎖空間に送っていただけだったらしく、無事な姿で現れて無言のままピザと格闘している。むき出しのお腹がポッコリと膨らんで来たからそろそろ止めないと。

「一番新しいユイカも料理上手だが、クロの料理の味はヤバヤバだな」
「ああ、バン様の所の料理人より美味い」

 ユイカ3号はオレの料理の腕前を褒めながら、果汁と砂糖で味付けした甘い炭酸飲料を飲み干す。
 意外にセメリーは炭酸が苦手な様だったので、妖精葡萄酒(ブラウニー・ワイン)を代わりに出しておいた。

「異世界でピザが食べれる日が来るとは思わなかったぞ。今度は是非コーラも再現して欲しい」
「コーラはレシピどころか材料も判らないから」
「材料なんてコーラの実じゃないのか?」

 コーラの実って、そんな実は聞いた事がない。
 ユイカ3号の言葉に「研究しておくよ」と適当な返事を返しておく。

「さっきは一番新しいユイカが悪かったな」
「もういいよ。さっきも謝ってくれただろう」

 満腹で動けないユイカ3号が、しおらしい言葉を掛けてくる。
 もちろん、出会い頭にユイカ1号の先制攻撃を受けた件だ。

 彼女は迷宮地下の愉快な転生者達に、「勇者」の危険性を過剰に教え込まれて居たためにパニックを起こして先制攻撃に走ってしまったそうだ。

 ユイカ3号が出会った勇者達は皆、出会い頭に「ゴブリンの魔王め!」と叫んで攻撃してきたそうなので、一概にムクロ達が悪いと責めるのも酷だろう。
 しかも、勇者だけでなく魔王まで「最強の魔王」を名乗る為にユイカ3号に挑んで敗北していったらしい。当時のユイカ3号はレベル99だったそうなので、片手間に倒していたそうだ。

 中二病特有の作り話かと思ったのだが、ユイカの称号には「真の勇者」と「ゴブリンの魔王」という称号があった。どうやら実話みたいだ。

 もっとも、魔王の称号を持っていたが、本当に「魔王」になったわけでは無く敵対した相手からそう呼ばれている内に称号に増えていたそうだ。
 ちなみに、鑑定で判るユイカ達の称号は「隠者」だ。よっぽど長く引き篭っていたんだろう。

 怠けていたのでレベルが下がったと思って聞いてみたが、新しい主人格を生み出すとレベル30ほどまで低下してしまうと言っていた。スキルもそれに併せて失われるらしい。
 主人格から本体の操作権を受け取るとレベルやスキルも戻るそうだが、主人格のレベルの2割程度までしか戻らないらしい。しかも相性とかもあると言っていた。

「ところで、『漆黒の美姫(ダーク・ラ・プランセス)』フォイルニス・ラ・ベル・フィーユ。ここは惨憺たる有様だが、今日の寝床はあるのか?」
「うう、改めて人に呼ばれると恥ずかしい……」

 大仰な芝居のノリで呼ばれると嬉しいが、淡々とマジメに呼ばれると中2ネームは恥ずかしいからな。
 かつて罹患した事があるオレには良くわかる。

「新しい名前でも付けるか? 洋風に飽きたなら和風か中華風か?」
「クロが付けてくれ」
「そうだな――」

 オレ達はユイカ3号と一緒に、ムクロの城で新しいユイカの庵の発注を済ませ、バンの城へと向かった。

 ユイカ3号の新しい中2ネームは「白鬼王」。
 彼女の白い肌から付けてみた。

 こうして迷宮下層の観光は、多少のトラブルも楽しみつつ平和裏に終わろうとしていた――。
※次回更新は、4/20(日)の予定です。



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11-20.地下迷宮の愉快な仲間達
※5/19 誤字修正しました。
 サトゥーです。食い物の恨みは恐ろしいと言いますが、何時の頃にできた言葉なんでしょうね。
 行列のできるお店で、割り込んでくるルール無視のヤツに抱くような気持ちなんでしょうか?





「ようやく来たか。まったく、遅過ぎるのである」
「失礼、ちょっとトラブルがあってね」

 城の最奥にある工房に来るなり、真祖バンの叱責が飛んできた。
 自分から見せてくれと頼んでおいて間に合わないとか、申し開きのしようもない。

 炉の過熱の問題もあるから、予定の時間を2時間以上も超過していては待つ事もできなかったのだろう。
 火を落として再度加熱から始めるには、ミスリル刀を求める吸血姫の圧力に耐えられなかったに違いない。

 オレが加熱の終わったバーベキューセットの前で、獣娘達の視線に耐えながら生肉の刺さった串を焼かずに待つようなものだ。きっと耐えられない。

「見てみるが良いのである」
「いいのかい?」

 バンが火箸に挟んだ刀身を差し出してくる。
 荒熱が取れて日本刀らしい色合いになっているが、普通の人なら触ったら火傷するくらいには熱そうだ。

 邪竜の所でやっていたみたいに体表に魔力を纏わせて「魔力鎧」もどきを形成する。なかなか、加減が難しい。
 リザに「魔力鎧」のコツを尋ねたら「こうふわっとしてキュッと絞ります。絞りすぎるとポシャッとなるのでギュウとならないようにしてください」と判りにくすぎる説明をされてしまった。
 この説明でなんとなく使えたのだが、「魔力鎧」と呼ぶには魔力の編み込み具合が緩く強度が弱い。

 閑話休題。魔力を纏った状態で、日本刀を掴む。当然、魔力の膜ができているので、手の脂が移る事はない。

 刀身を照明に(かざ)す。
 そこで少々日本刀らしからぬ事に気がついてしまった。

「バン殿、刃紋が出てないぞ?」
「うむ、クロ殿の持ってきてくれたミスリルの純度が非常に高かったので、さほど折り返しをする必要がなかったのである」

 それと波紋に何の関係が?
 オレが首を傾げる様子をみた真祖が、説明しようと口を開いた。

「本来、鍛造による折り返しとは――」
「聞け! 我が同胞にして闇の貴公子、真祖バンよ!」

 後ろからトテトテと走ってきたユイカ3号が、神妙な顔で蘊蓄(うんちく)を語り出したバンの言葉を遮った。

「私の言葉を遮るとは、ゴブリン最後の姫君にして――」

 ユイカ3号のノリに合わせて真祖が、無駄に長い口上で非礼を責める。
 だが、ユイカ3号は短杖のような棒を振って、又しても真祖の言葉を遮ってしまう。

「我の話が、『失われた3種の秘宝』の一つを見つけたと言っても、そんな態度で居られるのかな?」

 愕然とした表情で固まる真祖。
 その姿にユイカ3号がニヤリとした笑みを浮かべる。

 しかし、手にしていたのが、短杖では無く水飴の付いた棒だったので、間抜けさが際立って残念な感じにまとまってしまっている。
 さっきヨロイと一緒に城の厨房に寄っていたはずだから、その時に水飴をせしめたのだろう。ユイカ3号の後ろには、一緒に行ったヨロイの姿はない。

「まさか!」
「そう、そのまさかだ!」

 なんとなくオチが見えていたので、会話に参加せず傍観を決め込んだ。

「その口から漂う香りからして、『ピザ』だな?」

 ……やっぱりか。
 そんなに真剣な顔で議論することではないと思う。

「うん、クロが焼いてくれた」
「クロ殿、どういう事であるか?」

 途中で飽きたのか、ユイカ3号が水飴を舐めながら軽い口調でオレに下駄を預けてきた。
 真祖は血走った目でこちらに詰め寄ってくる。

「ト、トマトを見つけたのであるか?!」
「ああ、シガ王国東部の片田舎の村で栽培されていたんだよ」

 無駄に端正な顔を寄せてくる真祖を押し返す。BLは勘弁してくれ。
 こんな事で吸血鬼の怪力を発揮するな。レベルが低い者なら大怪我をしているぞ。

「なんと! あの辺りの土地は何年も掛けて探索したはずなのに……」

 あの辺は大陸東部の小国群やイタチの国の戦争から逃れた人達が流れ着いたりしていたみたいだから、当時はなかったのだろう。
 男を慰める趣味はないので黙して語らず、工房の扉を開けて入ってきたヨロイに関心を移した。

 ヨロイの後ろには、侍女筆頭のフェドラルカ女史と彼女と同年代らしき地味な女性が付いてきている。彼女はこの城の料理人のようだ。
 恐らく、ヨロイやユイカ3号からピザの話を聞いてやってきたのだろう。

「バン様、お仕事場に足を踏み入れる無礼をお許し下さい」
「フェドラルカか。構わぬ」

 フェドラルカ女史の後ろについてきていた料理人の人とも話したが、やはり予想通りの展開だった。
 あらかじめストレージ内でプタの街の簡単な地図とピザ関係の詳細なレシピを書いていたので、それを手渡す。トマトの種と育て方を書いた紙も一緒だ。
 種から育てるのは大変なので本当は苗を渡したいところなのだが、全て実験農場に使ってしまったので手持ちに残っていなかった。

「――では、そのように計らいます」
「うむ、吉報を待つのである」

 諸々を受け取った、フェドラルカ女史達が退出していった。
 土魔法が得意な吸血姫も協力して複数種類の土壌を用意し、トマトを育てる事にしたらしい。

 ついでに迷宮都市の郊外の実験農場でもトマトを育てているので、近日中に新鮮なトマトが入手できると伝えておいた。

「では、実験農場を盗賊という名の害虫から守る為にも、眷属の紅蝙蝠や血炎狼を派遣して掃討と守護をさせるか……」
「ほどほどに頼むよ」

 まったく、トマトくらいで自重がなさ過ぎる。
 こんな食いしん坊キャラだったとは意外だ。





 ピザの材料はないので、簡単な寿司料理で我慢して貰った。
 材料の魚は城の堀の中を泳いでいたピラルクみたいな魚だ。小骨も少なく鯛のような味をしていた。一種類だと寂しいので、何種類か獲ってきた。

「ほう、良い山葵を使っている」
「うむ、絶品だ。こう旨い寿司を喰うと、欲が出て大トロとかが喰いたくなる」
「クロ、我のは山葵を抜いてくれ」

 転生組には好評だったが――

「バン様の趣味とは言え、これをご相伴するのは辞退させていただきたく……」
「これは、ちょっと」
「……」

 ――現地の吸血姫達には敬遠されてしまった。

「生で食べるなんて、獣みたいで気持ち悪い」
「セメリー?」
「それはバン様が獣みたいといいたいのかしら?」
「……八つ裂き、決定」

 セメリーがバンを批難する言葉を漏らした途端、他の吸血姫達の逆鱗に触れてしまったらしく、複数の血鞭に絡め取られてダイニングの外に連行されていった。

 たぶん、セメリーをダシにして酢飯の臭いの立ちこめる部屋から離脱したのだろう。
 白姫なんて、ずっと顔にハンカチを当ててたからね。

「巻き寿司は無いのであるか?」
「キュウリ巻きくらいならできるよ」
「ワシは鉄火巻が喰いたい」
「我は普通の巻き寿司が食べたい」

 ユイカ3号の言う普通の巻き寿司とは、かんぴょう巻の事らしい。
 しかし、ヨロイはさっきから(まぐろ)のリクエストばかりだな。

「それは高野豆腐やかんぴょうが無いから無理だよ」
「高野豆腐ならバンの城にあるぞ」

 ほう? 木綿豆腐なら王都で見かけたが、高野豆腐もあったのか。
 王都を探したら手に入りそうだ。

 手伝いをしてくれている真祖の料理人に、高野豆腐のレシピを教えて貰える事になったので手に入らなくても大丈夫そうだ。

 そこに真祖の爆弾発言が飛び出した。

「それに、かんぴょうならトマト探索の折に見つけているのである」

 ――なんだと?!

 オレは真祖に詰め寄り、その所在を尋ねた。
 もちろん、紳士的にだ。

「吐け! どこで見つけた!」
「クロ、よさぬか! 私には衆道の趣味は無い」

 発見するのが大変だったのか、真祖がなかなか口を割らない。
 紳士的に尋ねている相手の顔を手で押し戻すとは失礼な。

「まて、地図はないが見つけるのは簡単だ」
「それで何処で見つけたんだ?」

 ある程度場所が絞り込めれば、マップの検索機能で見つけられるはずだ。
 昼飯によく食べた巻き寿司が再び食べられる!

「シガ王国の東にある大河は知っておろう?」

 ――勿論だ。
 シガ王国で公都の側を流れる大河を知らない者はいないだろう。

「あの河の上流を源流の辺りまで上り詰め」

 グルリアン市の更に北か。

「その先の山々を越え北北東に抜け――」

 ん? 北北東?

「巨人の棲む大森林がある。その巨人の里のほど近くに自生しておるよ」

 それって。

 ――ムーノ領じゃないか!

 ムーノ市の北西に広がる大森林にあったとは!

「巨人共は気むずかしい。探索に使っていた眷属の狼やグールが何体も踏みつぶされてしまったものだ」
「それは当てがあるから大丈夫だ」

 たしか、カリナ嬢が巨人の里の長と知り合いだったはずだから、単独の交渉に失敗したらご助力願おう。

 オレはユイカに最高の巻き寿司を約束した。





「あのっ、あの時は取り乱しちゃってすみません」

 美少女が土下座をする図というのは、なかなか暴力的だ。謝られているオレの方が悪者に見えてしまう。
 オレはユイカ1号の肩を軽く叩いて、顔を上げさせる。

「いや、もう3号にも謝ってもらったからいいよ」
「……3号ですか?」

 おっと、これじゃ通じないか。

「白鬼王――フォイルニス・ラ・ベル・フィーユもしくはダーク・ラ・プランセスって名乗っていた子だよ」
「ああっ! 初代様の事ですね!」

 あれが初代なのか。

「初代様が止めてくださったんですね。貴方が攻撃してこないのに気がついて居たのに、怖くて攻撃を止められなかったんです」

 彼女達は夢の中で交流する事ができるらしく、お互いの情報をある程度知っているそうだ。
 ちなみにユイカ3号の話だと、アーゼさんの言ってたゴブリンの魔王と彼女は別人らしい。少し悲しそうな顔をしていたので、身内か知り合いだったのかもしれない。

 ユイカは住居が再建するまでの間、真祖の城に間借りするらしい。ムクロやヨロイの城じゃないのは、お化けが怖いから嫌なのだそうだ。
 吸血鬼も十分お化けの範疇だと思うのだが、ここには普通の人も沢山いるし居心地が良いのだろう。

 居候扱いじゃないのは、滞在費代わりにトマトの栽培に最適な空間をユニークスキルで作る事になったかららしい。

 オレにも栽培空間を一つ分けてくれないだろうか。
 頼んだら作ってくれそうだが、今頼むと脅しているみたいになるので後日仲良くなってからにしよう。

 一方、「気持ち悪い」発言で連行されてから、ずっと姿を見せていなかったセメリーは厨房で日持ちのする食料を色々とせしめて来たらしく大きな風呂敷包みを抱えていた。
 自分の領域にはヨロイの車で送って貰うそうだ。

 セメリーの領域には訪れた事がないので、王都からの帰還後に行く約束をしておいた。

「いつでも来い。歓迎してやるから、美味しい物を沢山用意して来いよ」
「ああ、任せておけ」

 美味しい物を用意して「待っている」ではなく「来い」というあたりがセメリーらしい。

 さて、そろそろ地上の屋敷に戻らないと、王都に出発する時間になってしまう。
 オレは、ユイカや真祖達に見送られて迷宮下層を立ち去った。
※次回更新は、4/27(日)の予定です。

 日本刀の描写が間違っています。
 近いうちに修正するので生暖かく見守ってください。
11-21.王都へ(1)
※5/19 誤字修正しました。
 サトゥーです。イタズラ小僧というのは昔からいますが、最近の子供は頭が良いのか小狡いのか、相手が叱る人間かを見極めてからイタズラをするような気がします。
 イタズラが許されるのは、小学生までですよね……。





 屋敷地下の転移室に戻り、細い階段を上ってエントランスホールに出る。
 何やら幼女メイド達が、窓の外を指さして興奮した様子で騒いでいた。

 地下室の扉を閉める時のパタンという音に気がついた幼女メイドの一人が、こちらにパタパタと駆け寄ってきた。

「旦那さま! 『ひくーてい』ですよ! 『ひくーてい』! 飛んでるんですよ!」
「飛空艇だからね」
「そうですよね! 凄いですよね!」

 飛ばなかったら飛空艇じゃないと思う。
 オレは幼女メイドに手を引かれて窓に向かう。迷宮方面軍の駐屯地の真上に大型の飛空艇が浮かんでいた。

 オレが前にナナシとして国に納品した飛空艇1号だ。

 飛空艇の側面装甲にはシガ王国の国旗が描かれ、船首の艦橋上には搭乗者を表わす小さな紋章旗が上がっている。授爵した時にムーノ城の文官のユユリナから叩き込まれた紋章学のお陰で、その旗が「ビスタール公爵」の物だと判った。
 たしか、ここの迷宮方面軍のエルタール将軍の甥が、その公爵だったはずだ。

 オレ達や中層のフロアマスターを攻略した「獅子の咆哮」を初めとする面々も、あの飛空艇に同乗して王都に行く事になっている。
 移動中にオーユゴック公爵と仲の悪いビスタール公爵に絡まれないと良いのだが……。
 まあ、公爵ほどの高位の貴族が、わざわざ最下級の名誉士爵に絡んでくるほど酔狂でもないだろう。

「あなたたち、朝のお勤めが終わっていませんよ。早く仕事に戻りなさい!」

 いつの間にかエントランスホールに来ていたミテルナ女史に一喝されて、幼女メイド達が蜘蛛の子を散らすように仕事に戻っていった。

「おはようございます、旦那様」
「ああ、おはよう」
「昨夜は3人でございました。衛兵の詰め所には連絡してあります」
「そうか、ご苦労だったね」

 ミテルナ女史の言う3人とは、夜中に侵入した盗賊の数だ。これで累計8名か。少し多いな。
 盗賊の感知は、屋敷の屋根に設置したカカシ11号が担当している。

 その後の捕縛は、ミテルナ女史に手配して貰った探索者に任せてある。
 警備をしてくれる探索者には一晩あたり大銅貨1枚という安い報酬なのに、成り手には事欠かないそうだ。幼女メイドの作る夜食が美味しいと評判らしい。探索者には幼女趣味(ロリコン)の者が多いのだろうか?

 もっとも、ほとんどの装備品がオレのストレージやアリサのアイテムボックス、それから妖精鞄に収納してあるので、盗賊達が狙う中庭の地下に新設した倉庫にはダミーの魔法道具しか置いていない。
 大半は迷宮都市で付き合いとして購入した品や、職人長屋の初期を支える為に買い求めた品がほとんどだ。
 もちろん、それっぽく見えるように幾つかの品には装飾を加えてある。

 一応、全部集めれば金貨100枚以上の価値はあるので、ダミーでも魅力的なのだろう。
 先日など土魔法を使う盗賊が、地中に細い通路を作って侵入しようとした程だ。
 丁度、オレが帰宅していた時だったので、レーダーで発見してその日のうちに捕まえて官憲に突き出した。
 今では犯罪奴隷となり、郊外の実験農場で土壌改良に精を出してくれている。

 当たり用の魔法のアイテムは、中庭の地下倉庫では無くオレの地下研究室に置いてある。
 こちらは「狩人蟷螂(ハンター・マンティス)」の鎌から削り出した大剣で、ミスリルやヒヒイロカネで魔改造してある。赤鉄の探索者あたりなら喉から手が出るほど欲しがられそうな品だ。
 この大剣は地下室の階段を通れないサイズにしてあるので、アイテムボックス持ちか魔法の鞄を持っていないと持ち出す事ができない。

 つまり盗める者が限定されるわけだ。
 アイテムボックス持ちの盗賊が罠に掛かってくれたら、色々と役に立ってくれそうだ。

 オレが魔法の鞄を持っていることは迷宮都市では有名なので、変に思う者もいないだろう。

 まあ、そっちはいいか。
 それよりも、アリサ達の準備はできているのかな?

「皆は起きているかい?」
「はい、既に皆様の着付けは完了いたしております」

 ミテルナ女史の言葉を待っていたわけではないと思うが、吹き抜けの階段から見える扉を開けて、アリサを先頭に皆が顔を覗かせた。

 今日の皆は晴れ着姿だ。

「じゃじゃ~ん、どう素敵でしょ?」

 アリサがくるりとその場でターンする。

「ステキナ、レディダネ」
「もう! どうして棒読みなのよ!」

 アリサはオーソドックスなパーティードレスだが、「背伸びをしすぎた子供」っぽさが出てしまっている。本人はレディのつもりみたいなので、余計なツッコミはしない。
 頭に載った華奢な銀色のティアラが輝いている。

 ティアラといっても、のじゃ姫ミーティアやピンク髪のメネア王女が付けているような厚みのある本格的な物では無く、現代日本のお嫁さんがウェディングドレスを着る時に身につける薄く軽いヤツだ。

 アリサのティアラは普通の唐草模様だが、ポチのは小犬が遊ぶ様子を、タマのはネコが伸びをしたり爪研ぎをしたりしている様子をくり抜いて模様にしてある。他の面々もその娘に合わせた模様にしたので、意外に時間がかかった。
 作業時間では無く、皆が意匠を決めるのにだ。

 もっとも、1個あたり銀貨数枚を溶かして作ったので貴金属としての価値は高くない。
 どうも、自作した品は見る人が増えるほど相場が変わる仕組みなのか、最初は金貨一枚ほどの価値だったのが、今では金貨数枚まで跳ね上がっている。
 今日の見送りに来た貴族の令嬢達の視線に晒されて、どんな相場になってしまうのか少々心配だ。

「次はポチなのです!」
「タマも~?」
「二人とも可愛いよ」
「わ~い」「なのです!」

 ポチとタマは普通にかわいい系のピンク色のドレス姿だ。
 その格好だとシュピやシュタッのポーズが似合わない。……可愛いけどさ。

「サトゥー」

 ミーアはエルフっぽい若草色のレースをふんだんに使ったドレスを着ている。
 エルフっぽい民族衣装かアーゼさんが着ていたみたいな巫女っぽい服にするのか迷っていたけど、結局ドレスを選んだらしい。

「ミーアもお姫さまみたいだよ」
「ん」

 ミーアの返事は短いが、頬を赤く染めて嬉しそうだ。

「マスター、起床のご挨拶をすると宣言します」
「ああ、おはよう」

 あれ? ナナの挨拶がいつもと違う。

 ナナは残念な事に胸元が隠れた大人しい黄色のドレスを着ている。
 オレが最初に作った時は胸の谷間で国が傾くほど攻撃力の高いヤツだったのに、ミーアの物言いとアリサの監修で今のような姿になってしまった。
 アリサは大人の芸術が判っていないと思う……いや、男の浪漫か。

「マスターの賞賛を待ち構えていると囁きます」
「今日はいつもより美人さんだよ」

 ナナはあまり表情が変わらないので判り辛いが、あの顔は得意げと言うか、わくわくしている時の顔だ。
 多分、王都に出発するのが楽しみなのだろう。

「お待たせしました、ご主人様」
「ご主人様、おはようございます」

 最後に出てきた、リザとルルは戦闘服だ。ルルはメイド服っぽいのでまだ良いが、リザは完璧に騎士みたいな鎧姿をしている。
 何度かドレスを奨めたのだが、ミスリルの探索者として赴くのだから戦闘服で行きたいと言っていた。珍しくリザが自分から主張しているので、好きにさせる事にした。

「マしター、おはよう」
「おはようございます。マス、いえ、マしター」
「無理しなくてもマスターで良いよ?」
「いえ、大丈夫です。マしター」

 パタパタと飛んできたシロとクロウに朝の挨拶をする。

 あれ? この子達もよそ行きの服だ。
 迷宮都市に置いていく予定なのに、どうしたんだろう? 見送りをするからおめかしをしたのかな?

 ナナが目を合わせようとしないが、断固として連れて行く気は無い。
 そうそう甘い顔はしないのだ。





 ミテルナ女史に促されて、礼服に着替えるために寝室の奥にある衣装部屋に向かう。

 シガ王国は歴史の長い国だけあって、色々と仕来りが多い。
 公都や男爵領では緩かったが、王都では仕来りを重視する門閥貴族達が幅を利かせている。

 おまけに階級毎に礼服の等級があるので、迂闊な服を着て絡まれないようにしないといけない。
 今日は公爵が乗船しているので、少々フォーマルな衣装を着ている。胸元に付けるネクタイのような飾り布(クラヴァット)が、気障ったらしくて嫌な感じだ。

 着替えの終わったオレは、皆と一緒に軽い朝食を取って出発前の確認を取る。

「アリサ、荷物の準備は万端かい?」
「あったりきよ!」

 ホントに昭和なやつだ。

 目立つ荷物はスーツケースが2つと鎧袋3つだけだ。
 それ以外は、各自の妖精鞄やアリサの宝物庫(アイテム・ボックス)、それからアリサの空間魔法「格納庫(ガレージ)」で作りだした収納スペースに入っている。

 幼女メイド達が開けてくれた扉を潜って、外に出る。
 正門前に回してある2台の馬車の前に、見送りの幼女メイドや孤児院の子達が、花道を作ってくれている。

 2台の馬車の内、1台はデュケリ准男爵家から借りて来た物だ。
 デュケリ准男爵がうちの馬車を気に入っている様子だったので、ある程度仲良くなった頃に同型の馬車を1台譲ったヤツだったりする。

 2台だと全員は乗れないので、カリナ嬢達は先に飛空艇の停泊所に送って来て貰ってある。

「「「いってらっしゃいませ、士爵様」」」

 子供達が一斉に声を揃えて礼をしてくれた。
 オレはそれに応えながら馬車に向かって歩を進める。

「■■■ 微風(そよかぜ)

 花道の中程まで来たあたりで、孤児達の一人が、手にした短杖を振って魔法を使った。
 彼の魔法で生まれた風が、幼女メイドやアリサ達のスカートを(めく)る。
 オレは反射的にルルとナナの腿を抱き締めてスカートを固定する。他人からみたらセクハラ野郎に見えたかもしれない。
 だが、オレがガードしなかった子達のスカートは盛大に(めく)れてしまった。
 暑い迷宮都市では軽い生地の短めのスカートが多かったのも原因だろう。

 黄色い悲鳴の後、オレがガードしなかったミーアやアリサから盛大に抗議の声が上がった。
 ポチとタマは(めく)れるスカートが面白かったのか、「ひらひら~」「なのです!」と喜んでいた。

 イタズラ小僧達が勝利を喜び合っている。

 オレは叱るどころか、驚きに顔を引きつらせてしまっていた。

 少なくとも孤児院に引き取った子達の中に「詠唱」スキルや「魔法」スキルを持つ者はいなかった。
 アリサやミーアが休みの度に、文字や魔法を教えに行っていたのは知っていたが、まさか使えるようになっている者がいたなんて……この天才めっ。

 シロやクロウも闇魔法と光魔法が使えるようになっていたが、あの子達はパワーレベリングという後押しがあったからこそ。
 この子達はそんなチートも無しに自力で魔法の詠唱ができるようになったのだ。
 使い道はともかく、その努力と才能に敬意を表したい。

 羨ましい……。

 いや、子供に嫉妬するのは止めよう。
 アリサに叱られて頭に拳骨を落とされているのを見て溜飲を下げたりなんかしない。

 そんな可愛いハプニングの後に、オレ達を乗せた馬車は飛空艇の停泊所に向かった。
 エルタール将軍は、「前」ビスタール公爵の弟。「現」ビスタール公爵の叔父です。

※次回更新は5/4(日)を予定しています。
 次々回から2回ほど幕間やSSを予定しています。
 できればゴールデンウィーク中に幕間をやりたかったのですが……。


 誤字修正や感想返しが止まっていてすみません!
 もう少し時間を下さい~
11-22.王都へ(2)
※5/19 誤字修正しました。
※5/19 一部修正しました。

 サトゥーです。何で見たかは覚えていませんが、飛行船が停泊した広場で見物客が沢山集まってお祭り騒ぎになっているシーンが記憶に残っています。
 そのシーンの中で見た手作りアイスクリームがすごく美味しそうだったんですよね。





「おっき~?」
「すごくすごいのです!」

 左右の窓から身を乗り出したポチとタマが、空に浮かぶ巨体を見上げてはしゃいでいる。
 タマはいいが、ポチのシッポがブンブン当たって痛い。

「むぅ」

 両方の窓を占拠されてしまったミーアが、不服そうに御者台との会話用の小窓を開けて外の景色を覗いている。
 アリサ、ルル、ナナの三人は席取りじゃんけんで負けて前の馬車だ。
 リザは何故か槍を持って御者台に座っている。意外に高い所が好きなんだよね。

 窓外では見送りと見物客でごった返しているのが見える。

 オレ達の馬車に気が付いた人達から、パレードを思い出させる歓声が次々と上がる。
 御者台に座っているせいか、リザに掛かる声援が多いようだ。





「サトゥーさん、これ飛空艇で食べてください」
「ありがとうございます、ゼナさん」

 ゼナさんに手渡された包みを受け取る。
 ほかほかとした温もりが手に伝わってくる。これはゼナさんの手作りかな?

「これはゼナさんが作ったんですか?」
「……えっと、それはその……」

 オレの何気ない問いで、ゼナさんが窮地に陥ってしまった。
 早く話を逸らさなければ――。

「残念ながら、作ったのは兵舎のまかないのおばちゃんと、あたしだよ」
「ちょっ、リリオ! 内緒だって言ったじゃないですか! それに私だって、ちゃんと盛り付けをしました!」

 オレのフォローの言葉より早く、リリオが真相を暴露してしまった。
 後でゼナさんの苦労の成果を見せてもらう事にしよう。

「そうですよ、彩良く盛り付けるのは中々に難しいんですから」
「は、はい……そうですよね……じゅーよーです」

 ゼナさんが視線を逸らして、ぽそぽそと呟く。
 しまった、これはフォローじゃなく、スルーしてあげた方が良かったか。
 失敗、失敗。ギャルゲーだったら好感度ダウンの効果音が鳴るところだ。

「ペンドラゴン卿、この度は魔法兵ゼナの縁にすがる形で厚かましい申し出を――」

 ゼナさんやリリオと一緒にいた文官の女性が、長台詞でお礼を言ってくる。
 ゼナさんに頼まれて彼女を探索者育成校の臨時職員として採用したので、そのお礼だろう。

 彼女はセーリュー伯爵に仕える文官で、ゼナさん達――迷宮選抜隊に随行してきた人だ。
 迷宮都市セリビーラの探索者ギルドのノウハウを学び、セーリュー市の迷宮運営に生かすのが彼女の仕事らしい。

 他にもゼナさんを含む魔法兵とリリオを含む斥候兵の合計四名を、探索者育成校のオーナー枠として訓練に参加できるように手配してある。
 ゼナさん達は恐縮していたが、高レベルの魔法使いや実戦経験が豊富な斥候が一緒なら生徒達だけでなく、教師達にもプラスになるはずだ。WIN-WINの良い取引といえるだろう。

 装備品の修理待ちの残りの騎士や兵士達は、太守夫人に口を利いてもらって衛兵たちに混ざって探索者たちを相手にした治安維持について学んでもらっている。

 ――これで迷宮都市を離れている間に、ゼナさんが窮地に陥る事はないだろう。

 少々過保護な気もするが、友人が無茶をしないか心配するのは普通だよね。

「……サトゥーはゼナの事が好きなんですの?」
「唐突ですね、カリナ様」

 オレは後ろから声を掛けてきたカリナ嬢の方を振り向いて、脱力してしまった。

 ……どうしてドレスじゃなくて鎧姿なのかと問いただしたい。

「その衣装はどういう事ですか? 今日は公爵閣下と同席するから、お渡ししたドレスで準備しておいてくださいと、お願いしたはずですよね?」

 オレは笑顔でカリナ嬢に詰め寄る。
 せっかく有力貴族と同席するんだから、縁談が来易くなるような攻撃力のある素敵なドレスを用意させたのに。

「……だって、ドレスを着たら殿方の視線が怖いんですもの」
「そんな風に可愛く言ってもダメです」
「サトゥーが意地悪ですわ! ゼナにはあんなに優しいのに……」

 そりゃ、ゼナさんは友人だし、色々と恩があるからね。
 拗ねた様子のカリナ嬢は良いとして、ゼナさんやアリサがこっちをガン見してくるのはナゼだ?
 リリオ達のニヤニヤした顔を見て事態を理解した。

 ――さっきのカリナ嬢のセリフか。

「そ――」
「勝負ですわ!」

 オレが「尊敬できる大切な友人」と言おうとしたセリフを、若干焦った様子のカリナ嬢が被せるように大声を出した。
 元々、彼女がした質問に答えようとしただけなのに。

「ワタクシと勝負しなさい! 貴方が勝てばあの恥ずかしいドレスを着てあげます」

 ちょっ、ちょっと、人聞きの悪い事を言わないで欲しい。
 オレが用意したのは、王都で流行している最新のドレスだ。やや胸元がゆったりとしているが、それほど露出が激しいわけではない。

 今までカリナ嬢が着ていたドレスは、グルリアンで作った物も含めて少し古臭い保守的なデザインだった。そのせいで、そう感じたのだろう。

 まあ、勝負に勝ったら素直に着てくれるなら、さっさと決着をつけよう。

「仕方ありませんね、決着はポチやタマ相手のルールでいいですか?」
「もちろん、望むところですわ!」

 ポチやタマとカリナ嬢が対戦する場合、一本勝負で場外に押し出されるか、背中を地面に付けた方が負けになっている。

「私が勝ったら――」

 そう言えばカリナ嬢が勝った時の要求を聞いていなかった。
 カリナ嬢が赤い顔で、こちらを見つめて来た。

 むしろ睨まれていそうな印象を受ける。
 テンパった顔で、カリナが衝撃の要求を突きつけて来た。

「――ワ、ワタクシとこ、こん――結婚していただきましゅわ!」

 は? 結婚?

 周りでアリサがギルティと連呼して喧しい。
 ミーアがポチやタマを連れて買い食いに行っていて良かった。
 ちなみにルルはリザやナナと一緒に、飛空艇に搬入する為のコンテナに荷物を積み込みに行っている。

 ギャラリーから歓声とも罵声とも取れる声援が、カリナ嬢に投げかけられている。

「ち、ちが」

 目をグルグルさせたカリナ嬢が慌てているが、ダレも彼女の言い訳を聞いていない。

 多分、王都での婚活をしなくて済む様に「婚約者のフリをしろ」とか言おうとして、テンパって言葉が出てこずに「結婚」と言ってしまったんだろう。

 彼女がオレに好意を持っているのは間違いないと思うが、異性としてオレに惚れているだろうかと問われれば首を傾げざるを得ない。
 むしろ、悪友や兄弟なんかに抱く感情に近いんじゃないかと思う。

 ゼナさんが「結婚」と壊れたレコードのようにループしているのが気になる。

「若様! 舞台の用意ができましたよ!」

 オレがそのフォローをする前に、気の回るギャラリーが勝負の準備を完了してしまった。
 オレ達が向かうのは、リザがいつも勝負をする時に借りる仮設闘技スペースだ。





 カリナ嬢と相対する。

 今日の彼女の装備はオレが用意した防具にラカだ。武器は持っていない。いつもの徒手空拳だ。
 オレもそれに合わせて、腰に下げていた妖精剣をアリサに預ける。

 カリナ嬢の防具は防御力を維持しつつ胸の揺れを妨げない会心の作だったのに、アリサによる魔改造が施されて揺れないように固定されてしまっていた。

「ちょ、ちょっと、わざと負けようとか思ってないわよね?」
「思ってないよ」
「おっぱいに釣られちゃダメよ? わたしのなら後で好きなだけ触らせてあげるから」
「いや、それはいい」

 アリサが小声でバカな事を尋ねてきたので、即答で否定する。
 そもそも、幼女の胸を触ってどうする。

「だったら、後でルルの胸を触らせてくれるように頼んであげるから!」

 成長著しいルルの胸に触って良いという許可は少し魅力的だが、本人以外の許可なんて空手形にも程がある。

「アリサ、落ち着け。負ける気は無いから」
「そ、そう? そうよね。だって、わたし達がいるもんね」

 不安そうなアリサの頭をくしゃりと撫でて、オレはカリナ嬢の待つ仮設闘技場の中央に足を踏み出した。

 さくっと勝負に勝ってしまいたいところだが、そういう訳にはいかない。

 苦も無く一瞬で勝ったらカリナ嬢に恥をかかせる事になるし、周りに判るレベルで手を抜けば結婚したいのかと思われてしまう。
 しばらく互角の勝負を続けて、僅差で勝利というパターンが最良だ。

 なかなか、やっかいな話だ。
※5/19 ミーアの戻って来た描写がなかったので、決着後の描写を追加しました。

※次回更新は 5/5(月)の予定です。
※おかげさまで1億PVを突破しました!
 今後とも「デスマ」を宜しくお願い致します。
11-23.王都へ(3)
※5/19 誤字修正しました。※5/6 一部改稿しました。

 サトゥーです。判っていても抗えないモノって有りますよね。深夜の残業で、ダメだと判っていても高カロリーのお菓子を食べてしまったものです。





「今までのワタクシだと思って油断していたら、一瞬で負けますわよ?」
「それは怖いですね。お手柔らかにお願いします」
「フン、ですわ。いつまでそんな澄ました顔をしていられるかしら?」

 今日はラカが静かだ。
 こっそりと身体強化や意気高揚、加速の理術を発動するのに忙しいようだ。

 ラカが強化魔法が使い終わるのを確認してから、構えを取る。

 ――探索者同士の勝負に、開始の合図は無い。

 地を這うように接近したカリナ嬢が、目前で転ぶ――いや、転んだように見えただけだ。
 目前で空転して踵落としを仕掛けて来たのだ。

 映像作品なら、ここで腕をクロスさせて十字受けをすると見栄えが良いのだが、そんな配慮は無用だろう。
 身体を半身にズラして、踵を避ける。

 ――避けたはずの踵が、突然横方向のベクトルを得て斜めに襲ってきた。

 恐らくラカが、空中に足場を作って姿勢変更を可能にしたのだろう。
 それを別としても、あの一瞬で、そんな事ができるカリナ嬢の運動神経は大したものだと思う。
 こういう機動はタマが得意だから、あの子に教えて貰ったのかもね。

 ショートレンジからの掌打を、カリナ嬢の足に放つ。
 ラカの作る小盾の何枚かを掌打で破壊しつつ、カリナ嬢の初撃をいなした。

 ギャラリーから歓声が上がる。

「おお! あの一撃を避けたぞ!」
「それより、あの美人さんの鎧は魔法の品だったのか?」
「あれって、『ペンドラゴン』の人達と同じ装備だろ?」
「さすが『傷なし』の装備だけあるぜ!」

 解説を聞いている暇は無い。

 カリナ嬢が地に着いた足を軸に、反対側の足で回し蹴りを放って来た。
 それをバックステップで避け、場外にならないように注意を払う。

 大技ばかりでは当てられないと判断したのか、カリナ嬢は無駄の少ない小技のコンビネーションに変えて来た。

 ジャブの連打で意識を上に集めての足払いとか、ムーノ市に居た頃のカリナ嬢とは明らかに違う巧みな攻撃をしてくる。
 迷宮都市に着いてから獣娘達相手に積んだ修行の成果が出ているようだ。

 オレとカリナ嬢が一進一退の攻防を続ける。
 縦横無尽に繰り広げるそれは、まるでダンスの様だ。

 カリナ嬢の空中三段蹴りを、手で捌いて反撃の回し蹴りを放つ。
 もちろん、十分に手を抜いた蹴りだが、カリナ嬢の速度と遜色無い速さなので誰も不審に思わない。

 カリナ嬢がラカの作った力場を足がかりにして空中で軌道を変え、オレの蹴撃を避ける。
 十分、達人の動きだ。

「おい、なんであの蹴りが避けれるんだよ!」
「やかましい、女神の戦いに集中させろ!」
「ああ、惜しい! カリナ様! ふぁいとー!」
「あー、もうっ。危ない戦い方してないで、サクッと決めちゃってよ!」
「むぅ」

 ギャラリー達の勝手な解説や声援を背景にして、ついにカリナ嬢の奥の手が発動した。

「おい! アレ!」
「魔刃か?」
「でも、青いぞ?」

 カリナ嬢が空中から斬り下ろしてくる青い光の刃を、危機感知に従って飛び退いて避ける。
 ラカの本体が放つ光が具現化したような30センチほどの光の刃だ。

 予想外の攻撃だったが、もう少し光の刃が長かったら肝を冷やされただろう。
 だが、この間合いなら当たりようがない。

「もらったぁ!」

 あ、カリナ嬢、そのセリフはダメだよ。

 オレの不意をつく予定の二段階目の奥の手も、勝利を確信したカリナ嬢の一言がふいにしてしまった。

 ラカ本体から離れて飛んでくる(・・・・・)光の刃を、上半身の捻りで避ける。
 斜め上からの攻撃だから、その射線の先には誰もいない。

 光の刃がオレの横を通り抜ける時に破裂しないか警戒したが、それは杞憂だった。
 そのまま地面に突き立って光の刃は霧散してしまう。

「まだまだぁ!」

 それでも諦めずにカリナ嬢が猛攻を続けようと襲ってくるが、その表情には疲れと焦りが浮かんでいる。
 さきほどのが乾坤一擲の攻撃だったらしく、ラカの本体から漏れる青い光が明らかに弱くなっている。カリナ嬢の魔力も尽きかけだ。

 全く胸元の揺れないカリナ嬢と戦っていてもあまり楽しくないので、この辺で戦いを切り上げる事に決めた。
 ギャラリーも接戦を満足してくれただろうし、カリナ嬢も奥の手を含めた全力を発揮できて後悔もないはずだ。

 誰から見てもオレの猛攻をギリギリで捌ききれずに惜敗したように見せるために、十手ほどで決着するパターンを考える。

 ――油断するなとアリサに怒られそうだ。

 カリナ嬢の体勢を崩すべく、左肩に掌打を放つ。
 掌打は薄くなったラカの守りを砕き、そのままカリナ嬢の肩を押す――はずだったのだが、疲れが足に来たカリナ嬢が姿勢を崩して、偶然にもその掌打を避けた。
 僅かにオレの爪が彼女の鎧にかすったが、このくらいで傷が付くほど柔な作りにはしていない。

 ズレた攻撃の組み合わせを修正し、カリナ嬢を追い詰めていく。
 戦いの場は、場外ラインギリギリまで移動させてある。

 次第に不利になっていくカリナ嬢を、ギャラリー達は固唾を飲んで見守る。
 ガードした腕を連撃で強めに弾かれて、カリナ嬢が身体を仰け反らせた。

 ――あと三手。オレの攻撃をカリナ嬢が捌いて反撃してきた所を、カウンターで倒す予定だ。

 次の瞬間、ギャラリーが沸いた。

 魔が踊る。

「おおおおお!」
「――神よ!」
「な、なんだアレは!」
「き、奇跡はあったんだ……」

 アリサの施した拘束具(のろい)から解放された魔乳が自由を勝ち取り、オレの視線と思考を奪い取る。

 迷宮地下でも見た光景だが、こちらはちゃんと着衣状態だ。
 それでもボリュームの差が違い過ぎる。

 貧富の差とは残酷なモノだ。

 視線を釘付けにされたオレは、死角から迫り来るカリナ嬢の蹴りに反応できない。
 空間把握と危機感知スキルの訴えを一蹴し、自由な軌跡を追う。

「だめぇーーーー!」
「サトゥー!!」
「いっけぇぇーー! カリナ様あぁぁぁぁ!」

 ギャラリーの歓声に混ざってアリサやミーア、それからカリナ嬢のメイド隊の声が聞こえた。

 運命の一撃が決まり、場外の判定をもって決着が付いた。





「だから、油断するなっていつも口をすっぱくして言ってるじゃない」
「むぅ、油断はダメなの。いけないのよ? 余裕は良いけど油断はダメなの。絶対よ?」

 決着後、アリサとミーアに詰め寄られてしまった。
 というか、ミーア。いつ戻って来たんだ。

 二人に「心配(・・)させてごめんね」と詫びて、地面に座り込んで動かないカリナ嬢に声を掛ける。

「大丈夫ですか、カリナ様?」
『気持ちの整理が付くまで、そっとしてやってはくれまいか』
「そうか? なら、慰め役はラカやエリーナ達に任せるよ」

 言うまでも無いが、対決はオレの勝利だった。

 カリナ嬢の蹴りが頭に当たる寸前に、視線は固定したまま彼女の美脚分だけ頭の位置を下げて避けた。
 その後、魔乳が彼女の身体に隠されたのを契機に、空中にある彼女の腰をほんの少し押して場外に飛び出させたのだ。
 運命の一撃というには軽い一打かも知れないが、カリナ嬢の反応を見る限り大げさとは言えないだろう。

 おそらくギャラリーには彼女が勢い余って場外に出たように見えたはずだ。

「かりな~?」
「痛いのです?」

 ポチとタマもカリナを慰めに来たので、その場を任せて離れようと腰を上げる。
 ローブの袖が引っ張られる感触がして視線を落とすと、ローブを掴む白い指とカリナ嬢の悔し涙に濡れた顔があった。

「次こそは勝って見せますわ」
「お手柔らかにお願いします」

 こういう不屈な所は好感が持てる。対象がオレじゃなかったら、幾らでも応援したい所だ。
 涙声のカリナ嬢の再戦の言葉を承諾し、ポチやタマと交代する。

「カリナは良くやったのです」
「一緒に、もっと、もっと修行しよ~?」
「もちろんですわ!」

 熱く燃える三人を後にして、出発の準備をリザに確認する。ルルとナナは先に乗船させてあるので、ここには居ない。
 戦闘が長かったので、出発時刻まで間がないはずだ。

 カリナ嬢には飛空艇内の私室でドレスに着替えて貰うとして、見送りに来てくれた人達に挨拶して回らなければ。

 デュケリ男爵に馬車の礼を告げ、令嬢のメリーアンとのじゃ王女ミーティアと挨拶を交わす。

「サトゥー様、先ほどの勝負は凄かったです」
「まったくじゃ! サトゥーほどの武人なら王都でシガ八剣に推挙されるやもしれぬぞ!」

 そんな話が来たら即答で断るよ。
 第三王子の同類が沢山いるような場所は御免被りたい。

 育成校を代表して「麗しの翼」のイルナとジェナも見送りに来てくれていた。

「ぺんどら見習い達の事は私達に任せておいてください」
「そうそう、恋人さん達には怪我一つさせないから安心してください」
「ゼナさんの事ですか? 大切な友人ですが恋人ではありませんよ?」
「えー? そうなんですか?」
「だから言ったじゃ無い、ジェナ。サトゥー様の恋人は胸の大きなカリナ様の方だって」

 それも違うと否定して、次の客と相対する。
 中堅探索者の顔役のコシン氏や「月光」のジーナ嬢やヘリオーナ嬢も来てくれていた。あまり多くは話せなかったが、皆の祝福が嬉しい。

 最後にゼナさん達と出発前の最後の挨拶を交わす。

「半月ほどしたら戻りますので、それまで無茶はしないでくださいね」
「はい、育成校で学んでサトゥーさん達の強さに少しでも近付いて見せます!」
「ゼナっちの事は任せておいて、無茶は止められないけど無謀な事はさせないからさ」

 リリオの微妙に安心できない言葉に苦笑いを返して、もう一度、ゼナさんに無茶をしないように釘を刺しておいた。

 オレ達は、高度を下げて乗船タラップを降ろした飛空艇に向う。
 タラップを上がる途中で、ゼナさん達の方に手を振った。

 オレ達が最後の客だったらしく、オレが乗り込むとすぐにタラップが巻き上げられて、飛空艇の主機関が始動する唸りが聞こえてくる。

 王都での過密スケジュールを思い浮かべながら、オレ達は展望室へと向かった。
※このお話で11章は終了です。
※次回更新予定は 5/10(土) の予定です。間に合うようなら 5/6(火)に前倒しします。
 12章の前に、活動報告にアップしてあったSS(ショートストーリー)の再掲載もしていく予定です。既読の方は18時以外の投稿はスルーしてください。

※決着を煽るシーンの文言が決着シーンと齟齬があったので表現を修正しました。
SS:練習風景
※活動報告にアップしていたSSの再掲載です。
「アン、ドウ、トロワ! アン、ドウ――ストップ! ポチ! 手と足がバラバラよ! それに右足は踵から、左足は爪先からよ! タマも、もっと指先まで意識して! 2人とも、ジャンプするときはお互いを見て着地するときはお客さん達の方を向くように身体を捻るのを忘れないで! 観客の方にお尻を見せて着地なんて絶対ダメよ」

 手拍子をしていた腕を止めて、ポチとタマの踊りにダメ出しをする。
 今のままでも十分見れるけど、やっぱり大勢の前の舞台だもの、もっとクオリティーをあげたいものね。

「ゆび~?」
「アリサ、一度にポンポン言われても判らないのです! もうちょっと、ゆっくりと一つずつ教えて欲しいのです」

 わたしが指示を急ぎすぎたのか、ポチが涙目で訴えて来る。
 タマも指をわきわきするばかりだ。

 危ない危ない、前世(まえ)の時みたいに一人で熱くなって失敗する所だった。
 落ち着けアリサ。

 ゆっくりと噛んで含めるようにポチとタマに説明する。
 だけど、2人には上手く伝わっていないみたい。

 ああ、もう言葉で教えるのって難しい。
 教育スキルは使い道が少なそうだし、そうだ! 光魔法を使おう。

 レベルアップで使い道を迷ってたスキルポイントで、光魔法をスキルレベル1まで上げる。
 前に一度リセットしたのをもう一度取るなんて無駄な気もするけど、迷宮だとスキルレベル1だけでも結構使えるのよね。
 気のせいか必要ポイントが少ない気がする。前に一度覚えた事のあるスキルだからなのか、レベルが上がったからなのかは判らないけど、検証は後でいいや。
 今は舞台の練習の方が大事だ。

「2人とも、ちょっと見て」
「ちいさいポチ~?」
「ちっちゃなタマもいるのです」
「むぅ、いない」
「ミーアは、後で出してあげるから」

 光魔法で出した3頭身にデフォルメしたポチとタマの幻影に、歌に合わせたステップを踏ませる。

「よく見てて、こっちがさっきポチとタマがやってたステップで、あっちのが正しい動きよ」

 2つ並べて違いを見せる。

「なるる~」
「判ったのです!」

 良かった。
 スキルポイントを使った甲斐が――

「でも、どう直したら良いか判らないのです」

 ――無かった……。

 ああ、もうどうしろってのよ。





 途方に暮れる私を救ったのは愛しのマイダーリンだった。
 おお! 白衣! 白衣じゃないですか、先生!

 うあ、うあ~。
 アイテムボックスから取り出した眼鏡を、両手でそっと差し出す。

「なぜ、メガネ?」
「是非、是非とも掛けてくだされ」
「アリサ、言葉が変だよ?」

 ああ、違うのポケットじゃ無くてちゃんと耳に掛けてよ!
 でも、そのスタイルも捨てがたい。

 デジカメが欲しすぎる。

「アリサ、何か変な事を考えて無いか? 顔がニヨニヨしてるぞ」
「うそっ?!」

 そう指摘されて慌てて口元から頬を撫で付けて表情を整える。

「それで、このイメージ通りにポチとタマにステップを教えれば良いんだな?」
「うん、できる?」
「簡単だよ。こうすれば、ホラ」

 うわ、なんて力業。
 まさか「理力の手(マジック・ハンド)」の魔法でポチとタマを操り人形みたいに動かしてステップを教えるとか……普通思い付かないわよ。

「あやつりにんぎょ~」
「ポチとタマはご主人様のなすがままなのです!」
「ほら、変な事を言ってないで、動きを覚えるんだよ」
「あい~」
「はい、なのです!」

 それにしても、1回見ただけでポチとタマを同時に踊らせる器用さがあるのに、どうして詠唱が上手くできないのか不思議すぎるわ。

 たま~に、誰も見ていない迷宮の奥とかで、一人でこっそり練習してる姿を想像すると萌える。
 そりゃ、もう押し倒したいくらいに!

「アリサっ。よだれ」

 呆れたあいつの言葉に慌てて口元をぬぐう。
 若いと身体が正直過ぎて危ない。危ない。

「衣装は、どうする? 新しいのを作ってあげようか?」
「そうね~、ドレスでもいいけど、ポチとタマは飛び回るから……」
「忍者装束~?」
「それは、ちょっと」
「なら、羽妖精の衣装がいいのです!」

 ああ、エルフの里で空中ダンスしたときのか。
 たしかに、合うかも。

「よっし、それで行きましょう! 御主人様には飛ぶ時に羽から光がこぼれるギミックの追加をお願い!」
「ああ、それは綺麗だね。あまり特殊でない素材でできるか調べておくよ」

 これで衣装はおっけーね。

「さあ! みんな! 今度は通し稽古行くわよ!」
「ん」
「あい~」
「らじゃなのです!」

 ミーアが演奏を始めた音楽に併せてポチとタマが踊り、わたしの魂を込めた熱唱が練習スタジオに響き渡る。





 そして、本番がやってきた。
 舞台の前には黒山の人だかりだ。
 もっと閑散としてるかと思ったのに、みんな意外とヒマみたい。

 わたしは観客に向かって、開始の言葉を絶叫する。

「わたしの歌を聴けぇぇ!」

 ああ、素敵。
 これで今世でやりたい事リストがまた一つ埋まった。

 次は是非とも、愛しのマイダーリンを押し倒したい。
 いいえ! きっと押し倒させてみせるわ!
※11章パレード後に幼少組が行った舞台の練習風景です。
SS:青いマント
※本日2回目の投稿です。
「なんだと! 俺達は『ぺんどら』だぞ?! さっさと一番いい酒を持ってこい」
「は、はい、只今!」

 暴れる若者達に、周りの客達は眉をひそめる。
 彼らは迷宮都市でも頭角を現したペンドラゴンの下部組織の者達のようだ。

 先日も階層の主を討伐し、パレードが行われたので酒場の客達の中にも知らない者はいない。
 だが、噂に聞くペンドラゴン士爵は、孤児院を建設し貧しい人達に炊き出しをしたり徳の高い人物だったはずだ。
 組織も大きくなりすぎると末端には、こういった人物が集ってくるのかもしれない。

「おい! そこの美人のねーちゃん! こっちに来て酌でもしろい」
「何ですの? ワタクシに酌をしろですって?」

 酔った若者が、美女の立派な双丘に手を伸ばすが、彼女の前に生まれた鱗状に光る盾に阻まれる。

「うおっ、イテェ……何しやがる!」
『何をすると抗議するのは、こちらの方だな。先ほどの犯罪行為は、看過できぬぞ?』

 女性の方から不思議な響きの男の声がする。
 もちろん、小人が隠れているわけではないようだ。

「もう、一人で先に行かないでくださいよ」
「まったくです! 男爵令嬢なんだから、せめて馬車で移動してください」

 お付きらしき娘達の言葉を聞いて、先程まで喚いていた男達が裏口から這々の体で逃げ出す。
 永らく王政の続くこの国で、貴族に無礼を働いたとなれば確実に有罪となり、犯罪奴隷に落とされてしまうからだ。





「よう、そこのネーチャン、オレと遊ばないか? オレ達『ぺんどら』なんだぜ!」
「いや、離してください。触らないで!」

 逃げ出した男達は、先ほどの酒場から離れた貧民街の一角で地味な娘に声を掛けていた。
 相手の娘の手を無理矢理掴みあげて、壁に押しつける様はとてもナンパには見えない。

 人通りの少ない道だが、武装した探索者達に意見できる者は多くない。
 できるとすれば、衛兵や自警団に連絡するくらいだ。

 だが、勇敢な者も少なからずいるらしい。

「アンタ達! その手を離しなさい!」
「なんだ? 兎の小娘か? オレ達は『ぺんどら』だぞ! 痛い目に遭いたく無かったら消えやがれ!」
「ぺんどら、ですって?」

 身なりの良いワンピースに身を包んだ兎人の少女は、男達の言う「ぺんどら」という言葉に動きを止める。
 男達の目から怯んだように見えたのか、男達は尚も暴言を続ける。

「そうだ! あんまり喧しいと迷宮に連れ込んで魔物の前に捨ててくるぞ!」
「衛兵なんて呼んでも無駄だぜ? オレ達の後ろにはミスリルの探索者様がついているからな」
「わかったら、さっさと消えな! いくら女でも獣臭いメスなんかに用はないんだよ!」

 肩を震わせる少女の姿を目にして、征服欲を刺激された男達は重ねるように罵声を浴びせ下卑た笑い声を上げる。

 だが、次の瞬間、男達の一人が泡を吹いて地面に崩れ落ちた。
 いつの間にか兎人の少女の姿が消えている。

 町娘の手を押さえていた男が、慌てて手を離して周囲を警戒する。
 男の足下近くに身体を沈めていた兎人の娘が、鞘に入ったままの短剣で男の鳩尾を突き上げる。
 気絶するその瞬間まで、男の目は兎人の娘を捉える事ができなかった。

「あれ? ラビビ、何してるんだ?」
「あ、ウササ! いい所に来たわね。噂のニセ『ぺんどら』を捕まえたわよ」
「え? このオッサン達か?」
「ええ、紺のマントだから怪しいと思って尾行してたの」

 男達は探索者だった事もあり、いきなり奴隷に落とされる事も無く罰金刑で済んだのだが、他人の威光を騙る輩に罰金を支払う事ができるかなど語るまでも無いだろう。

 その後、迷宮都市で「ぺんどら」を騙る者は居なくなっていったそうだ。
※次回更新は、5/10(土)予定です。

※すみません、リクエスト分を書く時間が取れませんでした。
 これは11章の前半で書いていたもので、活動報告にアップするのを忘れていた話です。
SS:戦利品
※活動報告にアップしていたSSの再掲載です。
 フロアマスター討伐後、蔦の館に滞在していた頃のお話です。
「それで、どれを残すか決まったかい?」
「やっぱ、定番だけど『物品鑑定』がいいと思う。まったく3つともアタリ宝珠だと迷うわよね~」

 フロアマスター撃破後に出現した宝箱は大中小の3つ。
 昔話みたいに、どれかを開けたら他の2つが消えると思ったオレとアリサをよそに、タマがさっさと3つとも解錠して開けてしまった。
 迷宮で宝箱を見つけたときは、タマが担当していたそうなので、慌てるアリサを見て首を傾げていた。
 なお、宝箱に罠などは仕掛けられていなかった。

 それはともかく、蔦の館の居間に広げられた戦利品の仕分けを続ける。

 どうせオークション行きといえばそれまでなのだが、先に目録を作っておく事は必要だろう。
 それに何より、戦利品の確認というのは楽しいものなのだから。

 宝箱の中には、中層と同じく3つの宝珠があり、「物品鑑定」「水魔法」「麻痺耐性」の3種類が入っていた。
 密かに「詠唱」の宝珠を期待していたのだが、空振りだったようだ。

 今回見つかった3つの宝珠は、どれもアタリの部類で、特に「物品鑑定」はレア中のレアらしい。
 盾役のナナか回復役のミーアに「麻痺耐性」を持たせるか、盾役のナナか後衛のルルに「水魔法」を持たせるか、斥候のタマか料理番のルル、物知りのアリサに「物品鑑定」を持たせるかで大いに議論を戦わせていた。

 結局、ルルが「物品鑑定」を持っていれば食材の安全が確保できるという事で、指名できる戦利品には「物品鑑定」を選び、ルルに使わせる事に決まった。
 まったく、選ぶ基準が食事と言うのが、食いしん坊なウチの子達らしいよね。

「他は微妙な装備ばっかよね~」
「アリサ、その判断は基準がおかしいと再考を促します」

 アリサの決め付けにナナの反論が入った。
 確かに、特筆するほどの性能の物はないが、それなりに使えるラインナップだと思う。
 魔法の武器だけでもアダマンタイト製の戦鎚(ウォーハンマー)に、ミスリルの短剣、顔面樹の大弓、蟷螂の蛮刀、雷晶杖、麻痺棘槍の6つもあったし、普通の武具でも黒鋼の片手斧や銀の小剣などが4つほど入っていた。

「確かにいつものチート装備が異常なのよね~ そりゃ、戦術プランを幾つも練って準備に準備を重ねたけどさ、レベルが9つも上の敵相手に無傷で勝利できるとか普通はないもんね」
「ケガすき~?」
「痛いのはダメなのです! 辛いのですよ?」
「変態?」
「ちっが~う!」

 危うくアリサがマゾ認定される所だったが、無傷なのはいい事じゃないか。
 あと70レベルほど上げたら、魔王クラスが来ても安心だ。アリサの話だと狗頭や猪王は別格だったみたいだから、あと50レベルくらい上げるだけでも十分かもしれない。

 今回は武器関係に偏ったのか、防具は少なかった。
 ミスリルで作られた雷手鎧という魔法の鎧と金剛貝の大盾以外は、頑丈なだけの普通の防具ばかりだ。

 雷手鎧は、烏賊のドロップ品だけあって10本の触手が生えていて、装着者への攻撃を自動で防御してくれる優れものだ。先端からスタンガンの様に電撃も出せる機能まで付いていた。
 全身鎧なので、装備者を選びそうだったが影人(シャドウ)族のセオル氏によると、迷宮産の魔法の鎧は着用者に合わせて大きさを自動調整してくれるらしい。
 久々にファンタジーっぽいアイテムを見た気がする。むしろ、ゲームっぽいかも。
 もっとも、ゲームと違って自動調整にも制限があり、せいぜいプラマイ20%ほどの範囲で調整してくれるだけなので、レリリルくらい小柄だと装備できない。

 金剛貝の大盾というのが軽い割りに頑丈で、魔力を通すと対魔法防御の膜を張れるので中層を攻略する盾役には嬉しいかもしれない。
 金剛貝自体はミーアのレベル上げのときに乱獲したので、沢山ストレージに眠っているので自作してみよう。
 他には、鱗恐竜のスケイルメイルや、装甲蛙の皮鎧などが入っていた。

「サトゥー」
「ポチも見て欲しいのです!」
「タマも~?」

 振り返ると、年少組の3人が指輪や王冠、イヤリングにネックレスを「これでもか!」というくらいゴテゴテと身に着けてポーズを取っている。
 満面の笑みの3人が可愛かったので、「みんなお姫様みたいだよ」とリップサービスしたら、珍しく照れた3人がクネクネとアリサみたいなリアクションを取っていた。

 宝石や装飾品は、普通に貴金属の類でさほど精巧な装飾でも無いのだが、宝石の粒も大きいし地金の価値だけでも結構な額になるだろう。
 装飾品の中にはアミュレット類もあったのだが、特定属性の耐性+1%とか微妙な性能の物ばかりだった。複数を装備するとかしたら、また違うのだろうか?

「このマントは狂牙虎の毛皮でしょうか? あの虎は魔法の効きが悪かったですから、これもそういった効果があるのでしょうか?」

 リザが持ち上げているマントは、彼女の見立て通り狂牙虎の毛皮製の品だ。防刃に優れるが、魔法への耐性アップなどの効果は無いようだ。

 他にも種類の違うマントが数枚と血色蜘蛛糸のローブや袖や襟にファーが付いたローブなども入っていた。

 それにしても、この戦利品を用意したのは迷宮の主(ダンジョンマスター)なのだろうか?

 アリサやセオル氏に尋ねてみたが、2人共知らないようだった。
 今度、本人に会った時にでも聞いてみよう。



 アリサが戦利品の紹介をする度に、会場に集まった群衆が沸く。

「じゃーん! これが、今回の目玉! 『雷手鎧』よ! 材質はミスリル製とありふれているけど、この触手が凄いのよ!」
「「「おおおお!」」」

 いや、君ら「凄い」の説明前にどよめくのは止めないか?

「なんと! 鎧の着用者への攻撃を勝手に動いて防御してくれるのよ!」
「「おおお!」」

 あれ? 期待した内容じゃなかったのか、声が減った。

 結構便利だけど、MPの上限が常時100ポイント減るらしいので、魔法使いには使いにくい品かもしれない。

 結局アリサが目玉だと宣言した鎧よりも、アダマンタイト製の戦鎚(ウォーハンマー)や金剛貝の大盾の方が人気だった。

 後日、自作した金剛貝の大盾をクロとして迷宮都市内の武具店に売りに行ったら、買い取れないと言われて委託販売になった。

 何日かの宣伝の後に、探索者ギルド前の広場でオークションが開かれ、赤鉄証の探索者が結構な値段で落札していた。
 金剛貝はあと百枚くらいあるのだが、値崩れしそうなので自重しておく。

 なお、金剛貝の大盾を売ったお金は、隊長さんや職人長屋の面々との宴会に使い切った。
 なぜか、見知らぬ探索者達が大勢参加していたが、楽しかったので良しとしよう。
328/413
幕間:上肉串とペンドラゴン
※5/19 誤字修正しました。

「おっちゃん、上肉串を5本くれ」
「あいよ、上串とは羽振りがいいね。何か大物でも狩れたのかい?」
「ああ、狙ってた双首蜥蜴(ツイン・ヘッド・リザード)を狩れたんだ!」
「そいつあ大したもんだ」

 店主は感心しながら、少年の注文通り金網に上肉串を並べて焼き始める。
 並串と違って、高価な上肉串は常に売れるわけではないので焼き上がった串がないのだ。

 探索者は外見では判らないというが、店主に話し掛けるのは成人したての兎人族の少年だ。彼の仲間達も同じくらいの少年や少女達だ。
 その彼らが迷宮の奥深くに潜む双首蜥蜴を狩ったというのだから、さぞかし才能に溢れた者達なのだろう。将来は赤鉄証だって取れるかもしれない。

「はは、オレ達なんてマダマダさ」
「本物の赤鉄は、化け物揃いだぜ?」
「ポチさんやタマさんに言ってやろ」
「あ、バカ、やめろラビビ! 2人に泣かれたら、他の『ぺんどら』達に殺されちまうよ」

 彼らの会話を聞いて店主は、彼らの噂を思い出した。

 迷宮都市に彗星の様に現れて、瞬く間に探索者達の上位集団に躍り出た「ペンドラゴン」に(ゆかり)の者達だ。
 慈善家の「ペンドラゴン」のリーダーが設立した探索者育成校の卒業生だろう。
 その卒業生達は、ペンを持つ竜の意匠が施された揃いの青いマントを着ていると言う。

「あんた達が噂の『ぺんどら』かい?」
「へへっ、そうさ!」

 兎人の少年が照れ隠しに鼻の下を擦る。
 ピンと立った耳が誇らしげだ。

「ペンドラゴンの人達って、やっぱり凄いのかい?」
「すっごいなんてもんじゃ無いよ!」

 噂話の好きな店主が、上串が焼けるまでの繋ぎに小さな並串を「ぺんどら」の子達に与える。
 この並串は噂話の対価だ。彼はココで仕入れた噂話で、飲みに行った酒場で他の酔客から酒を驕らせて元を取るのだ。

「ポチさんの一撃は、兵蟷螂の胸甲だって貫くんだぜ?」
「タマさんなんて、戦闘中に接近した影小鬼だって、火に迷い込む小虫みたいに退治しちゃうんだ」
「ミーア様の魔法も凄いじゃない。治癒魔法で傷跡すら残さないんだから」

 上串の脂が焼ける匂いが漂い始めても、少年達の「ペンドラゴン」自慢は止まらない。

「あれもナナさんの防御力があってこそだと思うよ? あれだけ、敵を引きつけて、怪我一つしないんだから。同じ盾役としては、差がありすぎてどこから真似ればいいかも判らないよ」
「攻撃担当の俺も同じだよ。リザさんに槍術を教えて貰ったけど、あの領域に辿り着いた自分が想像できないよ」
「ああ、あのヒトは別格だから……」

 楽しげに聞き役に徹していた店主が興味を惹かれて、問いを発した。

「どう別格なんだ?」
「魔刃って知ってるかい?」
「シガ八剣の人達とかが使う奥義だろ? オレも若い頃は探索者をしてたんだ。蟻羽の銀剣を手に入れた時に三年ほど修行してみたけど、一向にできる気がしなかったよ」
「へー、おっちゃんも探索者だったんだ」
「青銅止まりだったがな」

 店主のように危険な探索者に見切りを付けて、他の職に移る者は多い。
 探索者は見た目で強さが判りにくいと言うが、この迷宮都市ではしがない露店主さえ騎士並の強さを持つ者が紛れている。

 それ故に露店の店先で盗みを働く食い詰め者は滅多に出ない。
 リスクが大き過ぎるからだ。

「で、その魔刃がどうしたんだ?」
「リザさんが使うんだよ」
「魔刃をか? この迷宮都市に赤き四天王以外の使い手も居たんだな」

 この迷宮都市には魔刃の使い手が、知られている者だけで4人いた。
「紅の貴公子」「赤牙の獅子」「朱剣の狼」「緋炎の魔女」、赤系の二つ名を持つ4人の事を、迷宮都市の人達は「赤き四天王」と賞賛を篭めて呼んでいる。

 黒槍のリザが栄えある5人目に並んだ訳だが、ペンドラゴンには他に三人も使い手がいる事や、彼女達が更に上位の「魔刃砲」を使える事は知られていない。

 店主は焼き色が付いた上肉串を手際よく裏返していく。
 並串を食べて小腹が落ち着いたはずの少年少女達も、その匂いに鼻をひくひくとさせている。

「そうだ『若様』はどんな人なんだ?」
「優しい!」
「訓練校に居たときは美味しいお菓子とか、いっぱい差し入れしてくれたの!」
「女の子達にモテモテだよ」
「でも、モテてもあんまり嬉しそうじゃないよね」
「士爵様は、大きなオッパイが好きだから……」

 彼らの言葉は街の噂とも一致する。
 総じて人々は「お人好しの道楽貴族」と「若様」を評する。嘲るのでは無く、少しの呆れと賞賛を篭めて彼の噂をする。

「そろそろ焼けたんじゃない?」
「素人は黙ってろ、ここからが腕の見せ所だ」

 店主は焼き加減を見つめ、焼き音に耳を澄ませる。
 これは市場で知り合った「若様」のメイドから教えて貰った「上手い肉の焼き方」の極意だ。
 出会ったばかりの人間に極意を教えてしまうとは、お人好しの「若様」に仕える者らしいと店主は思う。

 最良のタイミングを捉えた店主が素早く金網から串を引き上げ、期待に満ちた笑顔の少年少女達に手渡す。

「へい、おまち!」
「美味そう」
「くぅ、待ってました!」

 口の中を涎で満たしていた少年少女達が、熱々の上肉串に食らいつく。

 彼らの牙が芳ばしく焼けた肉の表面を突き破る。
 牙と肉の間を通って、旨味のタップリ詰まった肉汁が彼らの舌を楽しませる。

 舌から伝わってくる余りの美味しさに、表情をくるくると変えてお互いに無言でうなずき合う。

「うめぇ」
「さすが大銅貨1枚もするだけあるぜ」

 一切れ目を咀嚼した少年達が絶賛する。
 少年達が串を伝って手を汚す脂を舐め取る。この旨い滴を振り払うなんてとんでもないと言わんばかりだ。

「ああ、美味し過ぎる」
「赤鉄になったら毎日こんなお肉が食べれるのかな?」
「きっと食べれるよ! だって、ポチさんやタマさんの話す士爵様のお家の料理ってもっと美味しいらしいもん」
「これより美味しい物なんて想像もできないよ」

 ようやく口の中の肉を飲み込んだ少女達も肉串の絶賛に参加した。
 もっとも、冷める前に食べきらないと勿体ないので、賞賛の声はさほど続かずに残りの肉の攻略に戻って行った。

「あら? ウササ達じゃない。美味しそうなもの食べてるわね」
「よう、アリサ。メチャメチャ旨いぜ!」
「アリサちゃん、おひさ。ここの上串美味しいよ」
「ルルがお勧めしてた店ね。夕飯までまだ時間があるし、あたしも一本頼むわ」
「あいよ! 大銅貨1枚だけど大丈夫かい?」
「それくらい余裕よ」

 身なりの良い子供の場合、探索者に憧れる貴族の子女がお供を連れずに歩き回っている事がある。彼らは得てして金銭を自分で支払った事がないので、先に確認する事は重要なのだ。

 少年少女と会話するこの幼い娘が、先程まで噂していた「ペンドラゴン」の最後の一人だと店主は最後まで気がつく事がなかった。
※次回更新は、5/11(日)予定です。

※階層の主討伐の少し前のお話です。
※アリサをオチに使うのはそろそろ自重しないと……。
 色々な人視点のペンドラゴン士爵のお話を考えたのですが、プロットの段階で1話に収まらなかったので、ウササ二連発に。
SS:ポチの生徒達
※活動報告にアップしていたSSの再掲載です。
「ポチの姐さん、この通りだ」

 ウササ達「ぺんどら」の男の子達が、とっても美味しそうな熱々のカエルの肉串が載ったお皿を突き出して懇願してきたのです。

 皆の真剣な顔を見たら何が望みかなんて、お見通しなのです。
 尚も言葉を重ねようとするウササの前に手を突き出して無言で止めて、コクリと頷いてあげたのです。

「みなまで言わなくても判っているのです。少し時間が掛かるからここで待つのです!」
「はい!」
「さっすが姐さん!」
「話が早いぜ!」
「砂嵐が来たってここで待つガウ!」

 ――ガウ?
 まあ、いいのです。後で過剰なキャラ付けのコウザイを、ガウ君と話し合わなくてば!

 ポチは二階の「すいーとるーむ」にとびっきりの品を取りに戻ったのです。
 油紙に包まれたソレを妖精鞄から取り出して、ちびっとだけ隙間を空けて匂いを楽しんだ後、皆の待つ中庭に駆け戻ったのです。

「みんな一切れずつあげるのです! よく噛んで食べるですよ?」

 とっておきの「バジリスクの燻製」を皆に振舞う。
 ちょっと惜しいけど、皆の笑顔が見れてポチも幸せなのです。

「あ、あの姐さん?」

 あれれ? おかしいのです。
 ウササの顔色がすぐれないのです。

「もしかして燻製は嫌いなのです?」
「い、いえ、大好きです、けど」

 大好きなら食べるべきなのです。

「ウササ、あ~んなのです」

 ウササの口に燻製を一切れ入れてあげる。
 耳を真っ赤にして「美味しいです」と呟いてモグモグと食べ始めた。

 そう、これでいいのです。
 満足一杯に、報酬のカエルの肉串を齧りながら幸せに仲間入りしたのです。



「――魔刃なのです?」
「はい! オレ達も覚えたいんです! お願いします!」

 ポチの勘違いだったのです。
 カエルの肉串も食べちゃったし、ちゃんと教えてあげるのです。

「こう、魔剣にズギャンと魔力を篭めて――」
「姐さん、魔剣なんて持ってません」

 ありゃ?
 ご主人様に言えば一杯くれるかも、なのです。

 中庭の木陰で昼寝をしていたご主人様にお願いにするのです。

「ダメだよ」
「ダメなのです?」
「うん、ダメ」

 残念なのです。
 ご主人様が意地悪なのです。

「ダメだったのです」

 ウササ達が口々に嘆きの声を上げて地面に崩れ落ちてしまったのです。
 ああ、困ったのです。

 丁度、リザが買い食いから帰ってきたので相談してみたのです。

「どうしたのです、ポチ」
「リザ! 魔剣が欲しいのです!」
「持っているでしょう?」
「持っているけど、違うのです」

 リザにちゃんと説明して、「ないすあいであ」を教えて貰ったのです。

「この木剣に魔力を篭めるんですか?」
「そうなのです。ポチも最初は木剣で練習したのです。忘れていたのです!」

 とっても懐かしいのです。
 ポチは、あの頃みたいに毎日ご主人様とベッタリ一緒に居たい、のです。

「姐さんできません!」
「これは秘奥の技なのです! ちょっと練習したくらいじゃできないのです」

 ポチだって半月も掛かったのです。
 ご主人様やタマみたいに直ぐできるのは天才だけなのです!

「地道に訓練するのです! ズギャンと魔力を篭めてズドンと叩き込むのです!」

 ポチの激励を受けて、ウササ達は気合の篭った掛け声を上げて練習を始めたのです。
 それを見守りながら、ご主人様のお腹の上でお昼寝したのです。
 今日はタマが忍者の日なので、独り占めだったのです。

 明日もこんな風にご主人様と一緒がいいのです。
「幕間:上肉串とペンドラゴン」より少し後のお話です。
幕間:ペンドラゴン卿の物語
※5/19 誤字修正しました。

 彼の話を耳にしたのは、酒場での万年青銅の中年探索者達の愚痴だった。
 その青年貴族が只一度の迷宮探査で赤鉄になったと言う信憑性の薄い話だったが、酒を奢りつつ聞いていると話の出所はギルドの職員だと言う。
 俄然信憑性を増した噂話を集める為、私は彼らに教えられたギルド職員の所へ向う事にした。

 申し遅れたが、私は迷宮都市にて探索者達や英雄達の活躍を人々に語り聞かせて糊口を凌ぐ吟遊詩人のバリドと申す者なり。
 新しい英雄譚になるか喜劇を紡ぐかは、彼の行い次第。はてさて、如何なる事になるのやら……。


◇とあるギルド職員の証言◇

「ああ、知ってるよ『ペンドラゴン』の連中だろう?」

 職員達の集う酒場で、顔見知りの職員に話し掛けると、あっさりと彼らのパーティー名を知る事ができた。
 重ねて彼に尋ねた所、「ペンドラゴン」が一度の迷宮探索で赤鉄証を得たのは事実だと断言された。

 酒が口をなめらかにするのか、職員達が口々に情報を提供してくれる。

「若い青年貴族がリーダーをしているよ」
「ああ、金持ちらしくて、美女や美少女や美幼女を侍らせてたぜ」
「獣人や鱗族の亜人の戦闘奴隷が主力らしいぜ」
「不細工なメイドもいただろう?」
「美少女や美幼女が魔法使いだって話だ」

 1つのパーティーに魔法使いが2人もいるとは贅沢な。その代わり神官が居ないという話だったので、亜人奴隷を使い捨てにする攻撃主体のパーティーなのだろう。
 初めての迷宮探索で100個もの魔核を持ち帰ったという話も、その想像を裏付けてくれる。

 私は職員達に求められるままに、リュートを奏で「ドゾン様の活躍」や「紅の貴公子のヒュドラ退治」を謳い上げる。

 それにしても「ペンドラゴン」か……架空の勇者の名前を使うとは、なかなか趣味の良い連中だ。


◇とある美人探索者の目撃談◇

「知ってるよ、あたし達も迷宮で助けられたもん」
「強いかって? 凄いよ、あの硬い迷宮アリを剣の一振りで真っ二つさ」
「高そうな剣だったよね」
「ああ、綺麗な剣だった」

 何十匹もの迷宮アリに追われている所を助けられたという彼女達の話を話半分に聞いても、十分に英雄譚として通用するだろう。

 彼女達の話していた(くだん)の剣は、ドワーフの名匠ドハル老の鍛えたミスリル製の名剣らしい。
 なるほど、それほどの名剣なら迷宮アリを一刀で真っ二つにする事も不可能ではないのだろう。


◇とある運搬人の証言◇

「士爵様? お仕事くれたの! お掃除と草むしり!」
「いっぱい美味しいご飯を食べさせてくれたの!」
「あたしも食べた! すっごいの!」

 新しく買った屋敷の掃除に、仕事にあぶれた運搬人の子供達を雇ったそうだ。
 飢えた彼らが満腹するほど食べさせてくれた、と実に嬉しそうに語ってくれた。

 他にも迷宮門前で、仕事を求める子供達に気前よく食事を振る舞っていたという話もあった。

 ドゾン氏のような慈善家なら良いのだが……彼が年端のいかない幼子を愛人にしているとの噂もあるので少し心配だ。


◇とあるメイドの証言◇

「えへへ、良いでしょ? この服、仕事着なんだよ?」
「うん、士爵様がくれたの。一人前のメイドになったご褒美だよ、って」

 幼いメイドの子達の笑顔が眩しい。
 しかし、この縫製にこの生地だと相当な値段になるだろう。普通はメイドの衣装は各人の持込みだ。この屋敷のように主人が買い与えるような家はごく稀だ。
 裕福だと聞いていたが、彼の資産は如何なる所から来ているのか気になる。

「え? 誰の紹介かって?」
「紹介なんて無いよ」
「あたし達、お屋敷の馬小屋で行き倒れている所を助けて貰ったの」

 なんと! 例え名誉貴族の屋敷でも、住み込みの使用人ならば、相応の家柄の者を雇うのが普通だ。
 無学な運搬人達や行き倒れの子供を治療してまで使用人に雇うとは……。

 この話を聞いた多くの者が彼に下心があって娘達を助けたのだと、口さがなく断言していたが、私の吟遊詩人としての勘がそれは違うと訴えて来る。
 彼女達の明るい笑顔が、その証左だ。人は虐待されていて、あそこまで屈託無く笑えるモノではない。


◇とある中堅探索者の目撃談◇

「『ペンドラゴン』は、そのうちミスリル証あたりを手にするんじゃないですかね」

 そんな話を聞かせてくれたのは、複数のパーティーを集めては迷宮の奥深くに遠征する中堅探索者殿とその仲間達だ。

「凄かったよ、私達は迷宮油虫(メイズ・コックローチ)に包囲されて絶体絶命だったんだ。そこに彼の家臣達が現れて、次々と迷宮油虫を倒して行ったんだよ」
「あれは凄かったよな。滑る迷宮油虫の外皮を難なく切り裂いていたから、あの子達の使っていたのはきっと魔剣だぜ」

 ふむ、士爵殿本人だけでなく、部下の者達にまで魔剣を持たせているのか。
 彼の潤沢そうな資金なら可能かもしれないが……。

「だが、本番はその後にあったんだ」
「湧き穴から巨大な『狩人蟷螂(ハンター・マンティス)』が顔を覗かせた時は、生きた心地がしなかったね」

 ――なんと!

 蟷螂の魔物は迷宮に数多いが、「狩人蟷螂(ハンター・マンティス)」と言えば探索者達でも赤鉄級の者しか手を出さないような強敵だ。
 しかも、予期せぬ遭遇なら確実に逃走を選択する。
 十分な地形の調査と入念な道具類や罠の準備をして、初めて勝負を挑むような相手なのだから。

「あんたが驚くのも判るよ。小さな娘っ子達が、あのデッカイ『狩人蟷螂』を相手に退かない所か始終圧倒していたんだから」
「あの後、逃げ出した『狩人蟷螂』を追いかけて、湧き穴に突っ込んでいく『ペンドラゴン』の連中を見たときは今生の別れかと思ったぜ」

 自ら湧き穴へと侵入するなど、ありえない。
 なんと言っても湧き穴は、魔神の治める魔界に繋がっているという噂話もあるような場所なのだ。魔界自体行った者などいないが、昔から(まこと)しやかに語られている。

 しかし、彼らの話では、「ペンドラゴン」の少女達はちゃんと生還したと言う。
 どのような幸運に恵まれたのか彼女達の話を聞きたいところだが、英雄譚を作る時は本人の話は最後に聞かなければ駄作になる。

 ――ここは我慢だ。

 残念な事に、件の士爵殿はこの戦いに参加していなかったそうだ。
 迷宮には彼や彼に付き従うメイドは滅多に迷宮に入らず、それ以外の娘達だけで迷宮に挑んでいるとの話だった。

 彼は迷宮に行かずに何をしていたのだろう?


◇とある貴族の屋敷にて◇

「どう素敵でしょ? 侯爵夫人のお茶会にお呼ばれした時に戴いたの」

 男爵夫人の見せる指輪は、銀の台座に小さな瑪瑙が付いたありふれた組み合わせの物だったが、その意匠が素晴らしい。
 精緻な細工の一つ一つがお互いの美を引き立て合っている。
 如何なる名工の作なのかは判らないが、これだけの力作だ、さぞや高価だったのだろう。

「彼のメイドはとっても料理上手なのよ?」
「カステイラを食べたら、もう他のお菓子なんて食べられないわ」
「あの柔らかくてしっとりとした甘みは、まさに奇跡ですわよね」

 口の肥えた貴族の婦人達がここまで賞賛するカステイラとやらにも興味があるが、婦人達の欲しがる物を良くわかった人物のようだ。
 それにしても、彼の家来は優秀な人材が多い。
 きっと、莫大な資産を使って方々から集めたのだろう。

 男爵夫人の口利きで、侯爵夫人からも話も伺う事ができた。

 お気に入りの士爵の身辺を嗅ぎ回る曲者(くせもの)と思われていた様で、最初に彼に害意を抱くなら自分を敵に回す事になると釘を刺されてしまった。
 如何なる手管で彼女に取り入ったのか判らないが、迷宮都市の貴族社会を牛耳る彼女を味方に付けるとは、単純な武力だけでなく政治方面でも優秀なようだ。

 彼が栄達を望むなら、侯爵夫人の三女や四女との交際や縁談を望むはずだが、そのような話は出ていないそうだ。
 もっとも海千山千の彼女の言葉を鵜呑みにはできないが……。

 侯爵の屋敷を去るときに、使用人達の話を聞くことができた。
 流石に侯爵家の使用人ともなれば羽振りが良いのか、迷宮都市では珍しい珊瑚の装身具を身につけていた。

「これですか? 奥様から戴いたんです」

 彼女がこっそりと耳打ちしてくれた話によると、それが侯爵夫人から下賜された物で、元々はペンドラゴン士爵様から侯爵夫人への贈り物という事だった。

 他にもお茶会のお菓子を持ち込む時には、かならず使用人達の分まで焼き菓子や蜜菓子を差し入れるらしい。
 普通なら、相応の対価――他人に言えない主人の噂や口利き――を求められるのに、彼は「うちのメイドと仲良くしてやってください」と言うくらいだったそうだ。
 彼のメイドも菓子の感想を尋ねるくらいで、侯爵家の内情を探る様子はなかったらしい。

 彼の深謀遠慮はどこを目指しているのだろうか……。


◇とある貴族の屋敷にて◇

「ふん、あの黒髪の小僧なら、いつか謀反を起してこの迷宮都市を乗っ取るぞ」

 ペンドラゴン士爵に好意を持たない者を探して行き着いたサロンで、壮年の貴族がそんな話を聞かせてくれた。

「貧乏人共を金に飽かせて集め、武器を取らせて迷宮に放り込んでおるのだ。生き残った者のみを兵隊にして、国家に反旗を翻そうと力を蓄えておるに違いない!」

 彼の言葉には裏づけや証拠は無さそうなのだが、妙な説得力を感じる。

 彼の言う「迷宮に放り込まれた貧乏人」とは、噂に聞く「ぺんどら」という士爵の下部組織の事だろう。
 一度、その「ぺんどら」に接触し、彼が設立したという探索者育成校にも顔を出してみよう。


◇ぺんどら◇

 木陰から覗いた育成校は、確かに件の壮年貴族が恐れたように、軍隊もかくやという規律正しい訓練風景だった。

「役割を忘れるな! 槍持ちの三人は盾役二人の横から突け! 斥候は戦闘に参加する必要は無い。他の五人が安心して敵に集中できるように周辺警戒に専念しろ!」

 魔物役の教官が、六人の訓練生に激を飛ばしている。
 校庭には同じような組み合わせの集団が、3組ほど訓練に励んでいる。不意打ち係なのか、戦闘に参加しない教官もいるようだ。

「怪しいヤツ~?」

 突然かけられた声と首に生じた冷たい感触に、心臓が止まりそうになった。

 いつの間に現れたのか桃色の奇妙な服を着た猫人の娘が、私の首に小剣を突きつけていた。
 私は荒事は苦手だが、気配感知は得意な方だ。
 それなのに毛ほども気がつかなかったとは……。

「やめなさい、ただの吟遊詩人さんだよ」

 今度こそ私の心臓は口から飛び出すかと思った。
 いつの間にか私の背後から伸びた手が、猫人の娘の小剣を細い指で摘まんだのだ。

 恐る恐る振り返ると、にこやかに微笑むペンドラゴン士爵の姿があった。
 彼は猫人の娘の無作法を詫びて、訓練校の見学をしたいなら事務所で許可を貰うように私に告げて去って行った。

 それにしても、彼はいつの間に現れたのだろう?

 ――もしかして、最初から?

 彼が歩き去った方を振り向いたが、そこには誰も居ない。
 なのに私の脳裏にはいつまでも、彼の底の知れない笑顔が残っていた。

 私が彼の物語を歌える日が来るのだろうか。
 気弱な心を叱咤するように、胸に抱いたリュートを撫でる。

 今の私には竜に立ち向かう騎士の気持ちが判る。

 私はバリド、迷宮都市の無謀な吟遊詩人だ。いつの日かきっと、後世まで語り継がれる物語を紡いでみせる。

 その物語の名は――。
※次回更新は 5/18(日) の予定です。
 余り幕間ばかりやっても叱られそうなので、来週は本編12章王都編スタートです。

 サトゥーの幕間は他にも「ポーション無双」「サロンに潜む闇」とか2本分のプロットを書いていたのですが、結局、コレになってしまいました。
 「幕間:アーゼ様の日々」は次回持ち越しとなりました。
SS:アーゼの待ち人
※5/19 誤字修正しました。

※短いです

「うぅ、一緒に行かないかって言ったくせに……」

 大きなヒヨコのクッションをポカポカ叩いていたアーゼ様が、涙声で愚痴を呟く。

「昨日の事がまだショックだったんですか?」
「だって!」
「あれはミーアの策略勝ちでしょう。サトゥーさんは『誓約の口付け』なんて習慣を知らないご様子でしたよ」
「きーこーえーまーせーんーー」

 アーゼ様が子供みたいに耳を塞ぐ。
 サトゥーさんが習慣を知らなかったのは嬉しい反面、ご自分との出会いの時にサトゥーさんがした額への口付けもまた『求愛の口付け』ではない事を意味するのだから。

 だからと言って「サトゥーさんと一緒に行けば良かったのに」とは決して口にはできない。
 彼女はボルエナンの里に残った最後のハイエルフなのだから。
 アーゼ様は里に住むエルフ達の心の支えであり、エルフを慕う他の妖精族や亜人達からは生き神様と信仰の対象にすらなっている。

「うぅ……サトゥーのバカ……」

 この姿を見せたら、信仰する気も失せるに違いない。

 それともサトゥーさんを狙った刺客が放たれるかしら?
 もっとも、世界樹を穢していた「魔海月(エビル・ジェリー)」の群れを一撃で始末した彼に勝てる者はいないだろうけど。

 やがて慣れない愚痴に疲れたアーゼ様がクッションを抱えたまま眠ってしまったので、私は静かに樹上の家の掃除の続きに戻った。





「アーゼ、元気出せ?」
「そうよアーゼ! 蜜菓子くれない?」

 樹上の家のバルコニーで黄昏れるアーゼ様を羽妖精達が慰めている。
 でも、アーゼ様の反応は薄い。

 サトゥーさん達が出発して、まだ2日しか経っていないから仕方ないけど……。

 そこに思わぬ来客が現れた。

「ルーアさん、お久しぶりです。これお土産です」
「え? サトゥーさん?」

 転移魔法でやってきたサトゥーさんが、餞別に差し上げた妖精鞄を渡してくる。
 中を見てみると大きな肉塊が入っていた。たぶん、獣系だと思う。ネーアなら美味しい調理方法を知っているだろう。

 私が教えるまでもなく、スタスタとバルコニーで不貞腐れるアーゼ様の方に向かうサトゥーさんを見送る。

「ただいま、アーゼ」
「サ、サトゥー! ど、どうして?」
「アーゼの顔を見たくて帰って来ました」

 うげっ、砂糖を吐きそう。
 サトゥーさんがさらりとスケコマシな発言をする。

 アーゼさまは「あわあわ」と上手く言葉に出来ていないが嬉しそうだ。
 帰ってきたのは一人だけでミーア達はいない。

「サトゥー、出て行ったんじゃないのかよ?」
「アーゼ捨てて、新しい女――」
「ちゃんと、お土産もあるよ」
「わかってるじゃねぇか!」
「わ~い、蜜菓子だ!」
「ひゃっほ~! コンペイトウもあるぜ!]

 サトゥーさんは如才なく小袋に入ったお菓子を羽妖精達に分け与えて、小さな乱入者を無力化してしまった。

 再会というには早すぎるけど、アーゼ様の元気が戻って良かった。

 バルコニーでは二人がイチャイチャした会話を始めたけれど、あの2人なら放置しても過ちは犯さないだろう。
 サトゥーさんはその気が充分ありそうだけど、アーゼ様が拒否する限りは若者にありがちな暴走もしそうにない。

 後は羽妖精に任せ、私はネーアの所に今晩の宴会の段取りを打ち合わせに向かった。
 アーゼ様のお話が全く無いのも寂しかったので、幕間プロットの冒頭を切り取ってSSに仕立ててみました。
SS:トレル卿の決断
※トレル卿は10章幕間で登場したワイバーンに乗ったシガ八剣の人です。
「トレル卿、考え直す気は無いか?」
「ゼフ殿。同期の貴殿を置いて去るのは心苦しいが、愛騎を失った『飛竜騎士(ワイバーン・ライダー)』が陛下の役に立てるとは思えん」

 トレル卿の固い決意に、ジュレバーグ卿も折れるしかなかった。

「もし、魔王が王都に現れたならば、老骨に鞭を打って馳せ参じよう」
「行く当てはあるのか?」
「公都の東にプタという『魔狩人』の街があるのだが、その南東にワイバーンの卵を採取する隠れ里があるのだ。そこに『飛竜騎士(ワイバーン・ライダー)』志願の若者を連れて行き次代のシガ八剣を育てるつもりだ」

 ジュレバーグ卿はプタの街という名に聞き覚えは無かったが、公都の東南東を漠然とイメージしてトレル卿の言葉に頷いた。
 ワイバーンの生息する領地としてはセーリュー伯爵領が有名だが、ワイバーンが巣を作るのは竜の谷との境だ。王祖ヤマトの時代から禁足地として指定されている場所なのでジュレバーグ卿も候補地に挙げなかった。

 ジュレバーグ卿も数年前から次代のシガ八剣に育てるべく、幾人かの見込みのある若者に自費で購った高価な魔法剣を与えて教育していた。

「トレル卿、餞別だ」
「これは魔法の武器ですかな?」
「うむ、陛下から賜った物だが、華奢な見た目とは裏腹に神授の聖剣並みに素晴らしい魔力伝達性能を誇る名槍だ」

 トレル卿は部屋の隅の武器棚に無造作に並べられた似た拵えの魔法の武器の中から、一際長い馬上槍を手に取る。
 魔力を流し、魔刃を生む。

「なんと、軽い」

 普段なら血管が切れそうなほど力む必要のあるその操作が、ほんの僅かに力むだけで成せる事にトレル卿が感嘆の声を漏らした。
 自分と同じ感想を抱いたトレル卿を見て、ジュレバーグ卿も首肯する。

「気に入ったのを持って行け。弟子にする者に与える分も持っていって構わぬ」
「良いのか? これほどの剣や槍を」
「構わん。いずれシガ王国を守る者の為の投資だ」

 シガ王国でも普通に横領になるのだが、聖騎士団の主計長が貸し出し扱いで帳簿や報告書を調整して処理した為に問題が表面化する事はなかった。



「旦那、あの山への道なんてないよ?」

 隻腕の少年が困惑しつつ答える。

「では飛空艇を持つ貴族か飛行型の魔物を使役する魔獣使いはおらぬか?」
「公爵様とか公爵様の軍隊の人くらいじゃないかねぇ」

 少年の横にいた(とう)の立った女魔狩人が、世間知らずなトレル卿の問いに適当に答えを返した。
 こんな田舎の魔狩人しかいないような小さな街に、空を飛ぶ移動手段などがあるわけがない。

 なんとも言えない空気が漂い始めた田舎町に、緊張が走った。

 ――それは、黒い陰。

「尋常ならざる者と見た。何者だ。名を名乗られよ」

 凍り付いて動けないほかの者達に代わってトレル卿が誰何(すいか)する。
 だが、黒い怪人は、それを鼻で嗤った。

「只人風情が偉そうなのである。我が望むのはトマトのみ。塵芥(ちりあくた)に名乗る名は無いのである」
「なんだと……」

 トレル卿が腰の剣を抜く。
 その刃に赤い光を帯びている。

 彼に付き従う三人の従士達も主人への無礼に抜刀した。

「ふん、少しはやるようだが、剣を抜いた以上、斬られる覚悟はあるのだな?」
「シガ王国の禄を食む者として、貴様のような怪しい輩を放置できぬ。命は取らぬゆえ安心して掛かってくるがいい」

 一触即発の二人の武人の前に飛び出したのは、さきほどの隻腕の少年だ。

「ちょ、ちょっと待ってよ、黒い旦那。旦那はトマトが必要なんだろ? 俺が知ってるから案内してやるよ」

 少年の言葉を聞いて、怪人は腰に差した細身の剣から手を離す。

「誠であるか?」
「うん、トマトって赤実の事だろ?」

 もともと、赤実と呼ばれていたトマトはあまり好まれない代用野菜だったのだが、「トマトの貴族」様が公都で広めてくれたのか急に需要や取引値が上がり、寒村だけでなくプタの街の空き地でも栽培されるようになった。

 水草の様に縮れた髪をした怪人は少年の説明に、オオカミのような牙を見せながら笑みを浮かべる。

「それこそ我の求めるモノだ。老い先短い老人を斬るのは本意では無い。トマトが手に入るならば貴様の意図に乗ってやろう」
「まて、勝負の最中――」
「控えよ、下郎」

 怪人の目が赤く光ると、トレル卿とそのお供の従士達が石になったように動きを止める。
 トレル卿の脳裏に壮年の頃に死闘を演じた吸血鬼との戦いが過ぎる。
 その時も彼は今のように動きを止められた。だが、吸血鬼ならば昼日中から出歩けるはずが無い。
 御伽噺に出てくるような上位の吸血鬼や吸血鬼の祖となる者でもなければ、シガ八剣たる彼を一瞬で呪縛できようはずもない。

 ――ならば、怪人の正体とは。

「何をしている、案内せよ」
「うん、任せて。どんなトマトがいるの? 熟した柔らかいやつ? それとも少し緑色をした固いの? 白タレや赤タレが必要なら門前宿の親父に頼めば譲ってくれるよ」
「ほう、赤タレとはケチャップの事か? そちらは後で良い。まずはトマトの苗が必要だ」

 和気藹々と会話しながら二人が門前から去る。
 トレル卿たちが再び動けるようになったのは、街中のトマト畑を案内し終わった隻腕の少年が帰ってきた後だ。

「少年よ。さきほどの黒装束はどうした?」
「え? あの旦那なら、トマトを沢山買い付けたあと空を飛んで公都の方に行っちゃったよ。魔法ってすごいんだね」

 少年の言葉にトレル卿は眩暈を覚える。
 あれだけの力を秘めた怪人の目的が、ただの野菜だった事が信じられないようだ。

「おや? コン、その剣はどうしたんだい?」
「え? これ? 黒い旦那に貰ったんだよ。いいだろ?」

 それは体の小さい少年にも振れるような軽い片刃の剣だった。

「少年、その剣を」
「え~」
「取り上げたりはせぬ」
「ならいいよ」

 トレル卿が受け取った剣に魔力を通す。
 途端に刃から紫電が溢れる。

「うわっ、何なに?」
「危ないね!」

 結果を予想していたトレル卿以外はその光景に慌てふためく。

「これは魔剣だ。それも迷宮の奥深く『階層の主』や『部屋の主』を倒さない限り手に入らないような真の魔剣だ」
「へ~、すごいや」

 価値の判っていない少年が己の剣を手に無邪気に笑う。

「少年、お前にこの剣の使い方を教えてやろう」
「やったー、約束だよ」

 トレル卿は山脈に向かう為の足を調達するために、従士達を公都に使いに出し、それを待つ間、少年に剣の使い方を教えて無聊を慰める事にしたようだ。

 期せずして魔剣と元シガ八剣の教師を得た少年は、従士たちが戻るまでの間、動けなくなるまで猛特訓に勤しむ事となった。

 従士達が山を行くための「跳ね蜥蜴」を調達して戻り、トレル卿は彼らと山脈へと旅立っていった。

「それで、元八剣の騎士様が教えてくれた魔刃は使えるようになったのかい?」
「使えるわけないじゃん。もし使えたら俺だって騎士様になれるよ。精々、時間を掛けて魔力を流し込んで、こんな感じの事ができるくらいさ。しかも3回もやったら疲れて動けなくなるから、ゴブリン相手じゃ使い道は無いかもね」

 隻腕の少年は、パチパチと小さく音を立てる魔剣を片手に、いつまでもトレル卿一行を見送り続けた。
※コン少年はワイバーンの棲む山に黒竜ヘイロンが出るのを知りません。
【登場人物】
 隻腕の少年:魔狩人のコン。
 年増の女性:ケナ。コンの所属する魔狩人達のリーダー。
 謎の男  :真祖バン。肌や髪の色は魔法で偽装しています。陽光に負けない吸血鬼。
 トレル卿 :元シガ八剣の第4位。下級竜に挑んで敗れた人。
SS:ミーアの音楽教室
「ミーア様、今日の演奏も素晴らしかったです」
「ほんと、ミーアの曲は何度聞いても飽きないぜ」
「様を付けろと何度言ったらわかるのですか!」
「二人とも、ミーア様の前で騒ぐな」

 演奏を終えるなり、妖精族の子や長耳族の子達が騒ぐ。
 音楽の余韻に浸りたいのに、浸れないの。
 困った子達。困るの――本当よ?

 演奏を聴いていたお爺ちゃんやお婆ちゃん達みたいに、にっこり笑ってパチパチと小さく拍手してくれるだけでいいのに。

 ボルエナンの森の騒がしい羽妖精達だって、演奏の後は居眠りしているように静かにしてるの。寝てないのよ?
 だって、「演奏はどうだった?」て聞いたら、「今日もサイコーに熱かったぜ!」とか「夢の国にいるように幸せな音色でした」って言ってくれるもの……寝てないわよね?

「ミーアちゃん、喉が渇いたでしょう。井戸水で冷やした瓜をたべんさい」
「ん、ありがと」

 お婆ちゃんのくれた瓜を一口囓る。
 甘い。瑞々しいさわやかな甘みが口に広がる。
 ほんの数度咀嚼するだけで、少しの後味を残して喉の奥へ冷たさを連れて行くの。
 ボルエナンの森の西瓜(スイカ)も美味しいけど、セリビーラの迷宮瓜だって負けていない。

「ミーアちゃん、草笛教えて」
「おしぇーて」

 小さな子供達が、草笛に使うフェシェカ草の葉を片手に請うてきた。
 人族は草の名前を気にしないの。フェシェカ草の事もチェミラナ草の事も同じ雑草という呼び名で一纏めにしてしまう。
 それはちょっと悲しいことなの。ちょっぴり、なのよ?



「アタシの歌をキケー!」

 アリサが変わったリュートをかき鳴らして、そう叫んだの。
 それは騒音だと思うの、内緒よ?

「何?」
「これはね、ギターって言うの。ご主人様に作って貰ったのよ」
「むぅ」

 アリサばっかりズルイと思うの。

「サトゥー」
「ミーアにも何か作ってあげようか?」
「ん」

 おねだりしたらサトゥーはすぐに作ってくれるの。
 だって、婚約者だもの。私にメロメロなの。絶対よ?

「どんな楽器がいい?」
「ぱいぷおるがん」
「パイプオルガン? それは流石に大きすぎるから、ピアノか電子鍵盤あたりで良いかな?」

 サトゥーでも「ぱいぷおるがん」は無理なのかしら?
 伝説の武具でも、不思議な魔法道具でも作れるサトゥーだもの、「ぱいぷおるがん」くらい作れるはずよ。

「ダメ?」

 アリサに教わった「うるうる」攻撃でサトゥーに懇願したの。
 勇者ダイサクが「ぱいぷおるがんは最高の楽器」だってアーゼに言っていたそうなの。
 そうサトゥーに伝えたら、「判った任せておけ!」って言ってくれたの。

 ――嬉しいけど、複雑。
 浮気はダメよ? 絶対なの!



「さあ、ミーア。弾いてご覧」
「すごい……」

 蔦の館の地下にある実験場に「ぱいぷおるがん」が置いてある。
 金色の管が幾つも並んでいて、夏の日の木漏れ日よりも輝いている。

 サトゥーが練習用に作ってくれたピアノとは音の深みが違う。
 私は夢中になって「ぱいぷおるがん」で音楽を奏でた。

 ――音が空から降ってくる。

 サトゥーの「がらけー」で聞いた「わぐなー」や「もつあると」の曲やボルエナン交響曲をピアノ用に編曲したのを弾いてみる。

 ……みんなヘン。

 音楽は楽しいモノなのに、泣いている。

「ミーア」

 サトゥーがハンカチで私の頬を拭う。
 私も泣いていた? 本当に?

「素敵な曲だったよ」
「ん」

 今度はお爺ちゃん達を蔦の館に招いて弾いてあげよう。
 もちろん、妖精族の子や長耳族の子達ものけ者にしないの。多分ね?
SS:リザのご奉仕?
 お風呂は素晴らしい物です。
 ご主人様が与えてくださったモノは沢山ありますが、これほど贅沢で至福の温もりを与えてくれるものは他にはないと思うのです。

 もちろん、肉は別枠です。

「あれ? リザさんまだ入ってたの? そろそろお湯も冷めて来たんじゃない?」
「まだ体温よりは高いので大丈夫です。今日のお風呂掃除はミーアだったはずですが、アリサが代わってあげたのですか?」
「たはは、ちょっとご主人様に罰当番をね……」

 ……また、ですか。
 たぶん、アリサが性懲りも無くご主人様に「セクハラ」を働いたのでしょう。

 アリサのように子孫を増やすために行動するのは当然だと思うのですが、ご主人様はあまり次代を残す事に熱心ではないようです。
 アリサやルルに5年待てとおっしゃるくらいですから。

 罰当番の邪魔をしても悪いので上がるとしましょう。
 アリサが「追い出したみたいで悪いわね」と大人びた口調で謝って来ますが、些細な事です。

 奴隷の身に贅沢な話ですが、お風呂には明日も入れるのですから。



「28時間風呂ですか?」
「うん、中層の転移拠点が狭いからさ、新しい別荘を作るついでに、いつでも温かいお湯が出る仕掛けをお風呂に付けようと思ってさ。みんなに意見を聞いて周ってるんだよ。リザはどう思う?」
「もちろん、賛成します」

 なんと素晴らしいのでしょう!
 一日中、いつでも温かいお湯に浸かれるなんて!


 翌日、私達は中層の別荘を建設する予定の水棲の魔物が多数生息する区画へとやってきました。 迷宮怪魚や砲撃貝、それに蛇腹爪を持つエビガニや跳躍ヒラメが襲ってきますが、食欲に支配された私達の敵ではありません。
 麻痺毒の霧を撒き散らす迷宮珊瑚には少し苦戦しましたが、ご主人様の「さぽーと」とアリサやミーアの魔法の補助のお陰で勝利を収める事ができました。
 額の宝石から雷球を撒き散らす八頭アナゴの生息する砂浜を蹂躙し、宝石ナマコや金剛貝の固い守りを突破して、私達は別荘予定地に到着する事ができたのです。

「ここに建設するの?」
「ああ、この区画の下にマグマ溜まりみたいな熱源があるんだよ」

 私は神妙な顔でアリサとご主人様の会話に耳を傾けます。
 マグマ溜まりが何かわかりませんが、きっとお湯を沸かす魔法道具の一種に違いありません。

 私の役目はご主人様の指示通りに、別荘を建設する事です。

 ……ご主人様が土魔法で配管を通す穴をあっという間に開けてしまいました。
 排水用の溝まで土魔法で瞬く間に作ってしまわれます。

 ご命令を待って傍に控えていたのですが出番がありません。
 私は何をすれば良いのでしょう?

 ご主人様にお尋ねしたら、「ここまで道を開いてくれただろう? 疲れているんだから休憩も仕事の内だよ」と優しく諭されました。
 ですが、ここまで皆の安全を確保してきたご主人様が一番疲れていると思うのです。

 私にできる事はご主人様の邪魔にならないように、お昼御飯の準備をするルルの手伝いをする事くらいでしょう。
 己の無能を悔やむより、できる事を精一杯こなすと致しましょう。



 食事の準備を終えてご主人様を呼びに行った私が見たのは、いつの間にか建造の終わっていた別荘の姿です。
 上層の4区画にあった別荘よりも遥かに立派な建物です。

「あ、リザ! こっちにおいで。大浴場ができたから見てご覧」

 手招きするご主人様に付き従い、大浴場までやってきました。
 そこにあったのは全員で入っても余裕がある大きな湯船でした。

「まだ入っちゃダメだよ? しばらくはお湯を垂れ流しにして、ゴミとか砂を洗い流さないとね」

 湯船に手を差し入れると程よい湯加減です。
 このまま服を脱ぎ捨てて飛び込みたい衝動に駆られますが、一番風呂はご主人様のものです。
 奴隷ごときが一番風呂など、分を超えた行いでしょう。

 ご主人様がお風呂に入られる時には背中をお流しして、今日の疲れを癒して戴かないと。
 私が背中を流すとアリサなどは悲鳴を上げて喜ぶくらいですから、きっとご主人様も満足してくださるに違いありません。

 その為にも、まずは腹ごしらえです。
 ルルと一緒に作った魚介料理が待つ砂浜へと私達は向かいました。
SS:アリサ先生の魔法教室
「■■■ 微風(そよかぜ)
「キャッ」
「いやん」

 少年の声と共に私達のスカートがめくれる。
 色とりどりの下着の乱舞に、少年の後ろにいた子供達から歓声が上がった。
 まったく、色ガキ共め。

「げっ、アリサのやつ、スカートの下にズボンを穿いてるぞ!」

 少年が必死で練習している呪文が「微風」で、その少年の傍で男の子達が含み笑いをしていたら目的なんて考えるまでも無い。
 こんなに早く詠唱に成功するとは思わなかったけど、最低限の保険を用意しておくのは淑女としては当然の備えだ。

 なのに悪ガキ達から批難の声が上がった。

「ずりぃ!」
「狡くない」

 まったく、どこの世界でも男ってヤツは……うちのご主人様も少しは見習って欲しいモノだ。こんな美少女が一緒に寝てるのにイタズラの一つもしないなんて。
 両面にYESと書いたマクラが泣いてるわよ。

 おっと、そんな事よりも。

 生活魔法を使った少年の横でこっちを指さして吠える悪ガキに拳骨を落とす。
 もちろん、横にいる主犯の頭にもだ。

「――ッテェ」
「ぐはっ」

 悶絶する二人を腕を組んで睥睨する。
 他の男の子達は、スカートを捲られた女の子に囲まれて責め立てられている。
 当然の報いね。



「さて、ここに呼ばれた理由は判っているかね。少年?」
「あれだけボコボコにしたんだから、もう許してよ」

 少年が情けない顔で私に懇願する。
 その様子に嗜虐心が首をもたげるが、最愛のご主人様の笑顔を脳裏に描いて耐えた。

 ふぅ、美少年はサイコウだぜ。


 ――閑話休題。

「生活魔法を使えたキミには二つの道がある」

 私は真剣な口調で少年に語りかける。
 一つは生活魔法使いになって安定した収入を得る呪い(まじない)士になる事だ。
 二つ目は術理魔法や属性魔法を覚えて魔法使いになる道がある。

 少年の答えは――。



「第一回アリサ先生主催、パワーレベリング大会ぃ~」
「お、おい、アリサ。迷宮に入るなんて聞いてないぞ」
「言ってないも~ん」

 あせる少年の言葉を聞き流す。
 ナナと私がいるのに上層の11区画なんて危ないわけないじゃない。

「油断大敵~?」

 わわっ、タマってば、いつから居たの。
 タマの足元には塵になって消えゆく這い寄る影(シャドウ・ストーカー)の人型の染みが残っていた。
 うはっ、こいつはもっと奥にしかいないはずのヤツじゃん。
 危ない危ない。忍者が居てくれて助かったわ。

「ねぇ、タマも一緒に来てくれる?」
「おーけー」
「助かるわ。地上に戻ったら好きな肉串を奢るわね」
「わ~い」

 無邪気に喜ぶタマに少し後ろめたさを感じる。

 そこからは、タマの索敵とナナの守りで楽々とパワーレベリングを続けた。
 途中から少年が無口になったけど、魔力回復薬の飲みすぎじゃないはずだ。レベルアップ酔いを魔法薬で強制快癒したせいでもないはず。

 そうして夕方までの間に、土魔法と水魔法が使える魔法使いが爆誕した。
 地上での座学に時間を喰ったけど、これで「ぺんどら」達にも念願の魔法使い枠が埋まるはず。

「でもさ、水はわかるけど、どうして土なの?」

 子供なら光とか火を選びそうなのに。

「だって、『じゅよう』が多いってイルナ先生も言ってたもん」
「あんた子供のくせに堅実ね~」
「まあね。それに士爵さまが土魔法使いを欲しがってたじゃん。少しでも士爵様に恩返したいんだ」

 ガキんちょのくせに生意気。
 でも、やっぱ男の子は小さくても男ね!

 たっぷり頭を撫でて誉めたあと、地上でタマと一緒に肉串を奢ってあげた。
 ナナは「アリサ語録」がどうとか言って対価を求めなかったけど、今度、ナナが好きそうな小物を探してプレゼントしよう。

 後日、肉串だけじゃアレなので、ご褒美に半ズボンをプレゼントしたけど拒否された。
 少年のユニホームといえば半ズボンなのに。解せぬ。
 孤児院の子供達の下着がカラフルなのはアリサが布を提供したからです。
 誰得情報ですが、縫製もアリサが教えたので現代風のデザインとなっております。
12-1.王都への旅路
※5/19 誤字修正しました。
※6/10 加筆修正しました。
 サトゥーです。中学時代に親とケンカして部屋に引きこもった事はありますが、三日と保ちませんでした。アレはアレでよほどの覚悟か適性が必要だと思うのです。





「ビスタール公爵閣下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます」
「うむ、ジェリル卿も壮健で何よりである」

 貴賓室に呼ばれたのは、「紅の貴公子」ジェリルを筆頭に貴族籍にある者達だけだ。
 オレ達以外のミスリル証を得た面々も、王都で叙爵されるはずだが平民でここには呼ばれた者はいない。
 もっとも、貴族と言っても准男爵位を持つジェリル卿を除けば、名誉士爵と爵位無しの貴族の子弟のみだ。

 オレ達を呼び出したビスタール公爵は、叔父のエルタール将軍と同様にワシ鼻の厳ついご面相の中年男性だ。
 オレは他の者達の末席でヒザを突きながら、彼の顔を盗み見た。

 相手は王族では無いので平伏する必要は無いのだが、現国王の従兄弟という高貴な血筋のせいか、それともビスタール公爵の権勢故か、部屋に先に入っていた面々がヒザを突いて彼の入室を待っていたので、オレも日本人らしく右に倣えで場に合わせてみた。

 ようやくジェリルとの会話が終わり、彼が貴族の子弟に「階層の主(フロアマスター)」討伐を祝福する声を順番に掛けて行く。
 続いて名誉士爵達に先程よりも幾分簡素な祝福の言葉を贈り、最後はオレの番になった。

 視線からして、オレに含む所がありそうな感じだ。

「先ほどの曲芸は楽しませて貰ったぞ。卿は探索者よりも大道芸人の方が向いているのではないか?」

 曲芸なんて聞いたらカリナ嬢が逆上しそうだ。
 でも、ミーアに演奏して貰って、ポチやタマと踊りながら大道芸をして諸国漫遊なんて、実に楽しそうだ。
 そんな風に思ってしまったせいか――

「それは楽しそうですね。探索者を廃業したら、公爵閣下の城下町にも巡業させて頂きます」

 ――つい、そんな感じで口にしてしまい、公爵に渋面を作らせてしまった。

 彼は厭味で言ったはずだから、オレの素直な感想が意趣返しにでも聞こえたのかもしれない。
 ここは「下賎な平民出の成り上がりは云々」と盛大に嘲笑して終わるのがお約束なのに……。

「オーユゴック公は貴殿をシガ八剣に推挙するつもりのようだが、実力も無しに務まるほど、シガ八剣という存在は軽くない」

 公爵は視線をジェリルに送り、重々しく頷く。
 なるほど、彼はジェリルをシガ八剣に推挙してオーユゴック公爵に対抗したいのか。

 間違ってシガ八剣なんかになったら、観光どころかうちの子達のレベル上げにも支障をきたしそうだ。
 それに勢力争いの代理戦争のコマ扱いされるのは、できれば遠慮したいしね。

 迂闊な発言で敵認定されても困る。
 とりあえず、さっきの失言をカバーするべく「公爵閣下のご忠告に感謝いたします」と無難に応えておいた。

 もし、火の粉が飛んでくるようなら、第三勢力の「ムサシ」とか「ランスロット」とかの剣豪として登場して、シガ八剣の座を横から攫うとかしてもいい。
 適当に場が納まったら、謎の剣豪は竜に挑んであえなく戦死した事にすればいいだろう。
 ジェリルにはその後釜に座ってもらえば、丸く収まるよね。

 それにしても幾ら政敵のコマ相手だからって、ミスリルの探索者に「実力も無し」と決め付けるのには無理があると思う……。





「へ~、本当にシガ八剣になったら?」
「なって、どうする」

 オレは貴賓室での顛末をアリサ達に話しておいた。
 ルルは厨房に、ポチとタマはカリナ嬢の部屋に行っていてここにはいない。

 万が一、変なヤツが接近してきたら、ちゃんと報告するように言い含めておく。

「何を言ってるのよ。シガ八剣になれば在籍中は大臣達と同様に伯爵扱いよ?」
「そんな地位に興味は無いよ」

 もし、爵位が欲しいならナナシから国王にお願いすれば、侯爵あたりは無理でも伯爵の位なら簡単にくれそうだ。
 そもそもオレには上級貴族になるメリットが無い。

「かぁ~~っ。もう! どうして、そう欲が無いのよ! 男なら異世界来てチートを手に入れたら立身出世したいと思わないの? 伯爵とかになったら貴族の令嬢とか嫁に貰い放題よ?」
「落ち着け、アリサ」

 よく判らない主張をしながらアリサが詰め寄ってくる。
 アリサは「お約束」が絡むと暴走しがちだ。普段はオレの事を好きだと発言しているのに、他に嫁が増えても良いのだろうか?

 そんなアリサの発言に目くじらを立てたのはミーアだった。

「浮気はダメなの。絶対よ? それに嫁はもう充分いるの。一杯なのよ?」
「ミーアごめん! わ、悪かったってば、反省してるからぁ~」

 ミーアの剣幕にアリサもたじたじだ。
 嫁が誰を指すのかは薮蛇なので確認しなかった。

 ちなみに、同室にいたナナはシロとクロウを相手にした「あやとり」に夢中で、オレの話を聞いていなかった。

 シロとクロウの二人は、部屋に入った時に当たり前のように居た。
 飛空艇が出港した後だったので、そのまま同行する事になった。
 羽はあっても、飛空艇から飛び立つのはそれなりに訓練が必要らしいので「帰しなさい」とは言いにくかったのだ。
 ナナの場合、お仕置きとなるのは週一回の魔力供給の停止だが、その場合はオレ自身の損失が大きいので何か他の事を考えよう。

 おっと、少し思考が逸れてしまった。

 リザは特に意見を言わなかったが、アリサと同様にオレがシガ八剣に成ればいいと思っているようだ。

 むしろ、リザの方がシガ八剣に向いていると思う。少なくともシガ八剣だった第三王子よりは強いはずだ。
 ポチやタマも既に第三王子よりは強いが、この二人はまだ子供なのでそういった役職に就くのは早いだろう。





「たらりま~?」
「ただいま、なのれす」

 ポチとタマが疲れた顔で帰ってきた。

「カリナ様はどうだった?」
「ひきもこもこ~」
「部屋から出てこないのです!」

 ぐで、とソファに伸びるポチとタマにお疲れ様の意味も篭めて、とっておきのクジラ肉のジャーキーを口に差し込んだ。
 前に作った100キロ分のジャーキーはこれで最後なのでまた作らないと。

「こ、これは!」
「くじらじゃ~き~」
「元気百倍なのです!」

 口にジャーキーを咥えたまま飛び起きて、シュピッのポーズを取る二人。
 余所行きのドレスだと、こういうポーズはイマイチしっくりこない。

 ――可愛いけどさ。

「さて、それじゃ――」
「おっぱいさん(トコ)に行くの?」

 ――いや、そのつもりは無いけど?

 オレはそう口にしそうになったが、賢明にも言葉にはしなかった。

 たしかに、あの状況で落ち込むカリナ嬢を放置するのは酷いか。
 せっかくだから、皆を連れて他のミスリル証の人達との交流に行こうかと思っていたんだが、そちらは後回しにしよう。

「そうだね。もう少し時間を置いてから、様子を見に行ってみるよ」

 来客を告げるノックの音に、リザが腰を上げる。
 やってきたのはカリナ嬢の護衛兼メイドのエリーナと新人ちゃんだ。
 新人ちゃんは何故か誰も名前を呼ばない不遇な子だが、本人も気にしていないようなのでエリーナが彼女の名前を呼ぶまではこのままにしておこう。

「士爵様助けてください~」
「お願いします!」

 二人が頭を下げて、引きこもったままのカリナ嬢をなんとかして欲しいと頼んで来た。そこまで心配しなくて良い気がするが、彼女達の経験では異常らしい。

「だって、厨房でルルさんに作ってもらったカラアゲのお皿を部屋の前に置いても出てこないんですよ?」

 エリーナ、それで出てくるのは君だけだ。
 ポチとタマに加えて、リザまでうんうんと頷いている気配を感じたが黙殺する。

 ちなみに、気球船の旅では取り乱していたリザやポチを初めとした面々も、さほど揺れない飛空艇は怖くないのか、いつもの調子だ。
 迷宮の中でアクロバティックな戦いを色々と経験したからかもしれない。
 まぁ、今のうちの子達のレベルなら、飛空艇から落下しても魔刃砲や魔法でなんとか生還しそうだけどさ。

「だって、ニナ執政官に叱られたって、ゾトル隊長にコテンパンにされたって、ゲルト料理長の作ったカラアゲの匂いで、元気になってたんですから! それなのに~」

 エリーナが必死な様子でオレに迫ってくる。
 カリナ嬢が心配なのはわかるが、さっきからオレの腕を薄い胸で抱き込むのは止めて欲しい。新人ちゃんまで真似をしているじゃないか。

「ギルティ」
「ちょっと、そんなにくっ付く必要はないでしょ」

 アリサとミーアが二人をオレの腕から引き剥がす。

 他のミスリルの探索者達に面白エピソードを聞くのは後回しにして、オレ達は二人に請われるままにカリナ嬢の部屋に向かう事になった。





「カリナ様、臥せっているとお聞きしましたが、お加減はいかがですか?」

 カリナ嬢の引きこもる寝室のドアをノックする。
 もちろん、返答は無い。

 さて、どうしよう。

「ここは天岩戸作戦よ!」
「アマノイワトですか?」
「そうよ! 勇者様の世界の神話で引きこもった女神様がいたの! その女神様を誘い出した作戦を実行するのよ!」

 鼻息荒くテーブルの上で仁王立ちになって主張するアリサだが、リザに行儀が悪いと叱られて小さくなってしまった。

 アリサは自信満々に宴会準備の為、皆を引き連れてルルのいる飛空挺の厨房へと向かった。

 しかし、本気で落ち込んだ人間の部屋の前で宴会なんてしたら、余計に意固地になって引きこもりそうなんだが……。

 カリナ嬢の寝室の扉を前に、オレは思案に暮れた。
※次回更新は、5/25(日)の予定です。

※6/10 リザやポチ達が空の旅を怖がっていない理由を追記してあります(「ちなみに」以降です)。
12-2.王都への旅路(2)
※5/26 誤字修正しました。
 サトゥーです。天照大神の岩戸隠れのエピソードは有名ですね。もっとも、女神が天岩戸に隠れた理由まで知っている人はそれほど多くない気がします。





 さて、ナナの天鈿女命(アメノウズメ)役なら見てみたいが、いつものパターンだとアリサか他の幼女メンバーの誰かだろう。

 オレは後ろ髪引かれること無く立ち上がり、カリナ嬢との間に立ちふさがる寝室の扉の前に歩み寄る。

 風魔法で音を遮断し、「遠見(クレアボヤンス)」と「理力の手(マジック・ハンド)」の魔法を連続起動して寝室の内側から鍵を開ける。
 このコンボを犯罪に使われたら怖いが、「風魔法」「空間魔法」「術理魔法」の三つが使えるなら、そもそも犯罪者にならなくても大成できる。

 そんな埒もない事を考えながら寝室に入った。

 テーブルの上でラカが青く明滅している。
 カリナ嬢がラカを外すなんて珍しい。普段なら寝る時も装備したままなのに……。

 明滅の具合から、ラカはオレの侵入に気が付いたみたいだが、カリナ嬢に警告する気は無い様で、沈黙を守っている。

 残念な――もとい、幸いな事にカリナ嬢は先ほどの服装のままベッドにうつ伏せになって不貞寝している。
 いや、マップで確認したところ「睡眠」状態にはなっていないので眠ってはいないようだ。

「カリナ様、具合が悪いとお聞きしましたが、お加減は如何ですか?」

 カリナ嬢の枕元で彼女に囁く。
 驚いたカリナ嬢がベッドから跳ね起きて、広いベッドの端にあるベッドボードに背中を預ける。

 しまった、鍵を開けるときに音を消したせいか、忍び足で近寄ってしまった……。
 ここはしらばっくれよう。

「驚かせてしまいましたか?」

 カリナ嬢は赤くなった目元が目立たなくなるほど赤い顔をして、口をパクパクさせている。
 ……そんなに驚いたのか。

 戦いに負けた悔し涙のせいか、目元が潤んでいて暴力的に色っぽい。
 脳裏にアーゼさんを浮かべて、劣情を捻じ伏せる。

「じっとしてください」
「……はぃ……」

 取り出したハンカチで彼女の目元を拭く振りをして、魔法で癒す。これで安心だ。

 カリナ嬢は目を閉じていたし、ラカはオレの体が邪魔で魔法の発動が見えていないはずだから大丈夫。

 でも、拭き終わってもカリナ嬢は目を閉じたままだ。

 ――隙だらけすぎる。
 オレが肉食系の男だったら、そのままキスされて押し倒されてますよ?

「拭けましたよ。もう目を開けても大丈夫です」

 カリナ嬢がパチパチと瞬きした後、呆けた顔で此方を見る。
 オレと目が合うと何が気に入らないのか、ぷくりと頬を膨らませる。

「サトゥーは意地悪ですわ!」

 カリナ嬢の投げた枕がオレの顔に飛んできた。





「料理の到着なのです!」
「カラアゲ山脈~?」

 ポチとタマが、そんな事を叫びながら部屋に飛び込んできた。
 ぷんぷんと怒りながらも甘い空気を振りまくカリナ嬢の扱いに困っていたところだったので、正直助かった。

「うん、いい匂いだね」
「つまみ食いはダメなのです!」

 料理の出来を確認しようとした所、ポチに叱られてしまった。

「味見だよ、味見」
「味見なら仕方ないのです」
「タマも味見~」
「ポチも味見をするのにヤブカサ(・・・・)では無いのです」

 ポチ、それは「吝か(やぶさか)」だ。
 タマの皿の天辺から摘まんだカラアゲを、ポチとタマの口に放り込んでやる。
 続けて自分の口にも一つ。

 ルルも腕を上げたもんだ。もう、調理スキル最大のオレよりも上手いんじゃないだろうか?

 カリナ嬢がオレの横でポチとタマを羨ましそうに見つめていたので、小さく開けていた彼女の口にも1つプレゼントする。

 不意に口にカラアゲを入れられたせいか、もがもが、とカリナ嬢が抗議してくる。
 手を上げてこない所を見ると、口に放り込まれたカラアゲには罪は無いという事なのだろう。

 そこに、ミーアと少し遅れてアリサが戻って来た。
 2人とも、この暑いのに全身を覆うマントを着ている。その下の衣装を問うのが怖い。

「ぎるてぃ」

 カリナ嬢の放つ雰囲気に反応したミーアがあらぬ罪を問うてくるが、むしろギルティ判定されるのは君らだ。

「あら、もう、おっぱ――カリナサマを部屋から(おび)き出したの?」

 少し言葉が悪いが、アリサの問いに首肯する。
 ブツブツと「せっかくの悩殺衣装が無駄になっちゃった」「夜」「そ、そうね!」と小声で交わされたアリサとミーアの不穏な会話は全力でスルーする。

 さて、せっかくだから宴会でも始めようかな?





「ふむ、さすが迷宮都市きっての料理人の作だ」
「美味い。まさか飛空艇で幻の料理人が腕を奮ってくれるとは思わなかったな」

 ルルの作ったパーティー料理を口にしたミスリルの探索者達が、感嘆の声を上げる。
 料理の品数が多かったので、飛空艇の食堂に他の探索者達を招待してパーティーを開いてみた。
 予想よりも参加人数が多かったので、不足する料理は飛空艇の厨房の人達に協力して貰って追加してある。

 飛空艇に乗っているミスリルの探索者達は、ほとんど男性だが7~8人ほどは女性探索者も混ざっている。

 同じ女性の探索者なら、カリナ嬢にも友達が作れるかと思ったのだが、オレの思惑はハズレてしまった。
 テーブルの一角でエリーナや新人ちゃんを防壁にして、料理を(つつ)いている。

 さっきまではカリナ嬢の魔乳と美貌に惹き寄せられた男性探索者達が群がっていたが、多数に近寄られるとカリナ嬢が怖がるので、一度に2人以上が近寄らないようにオレがマネージャーみたいに仕切るハメになった。
 ある程度一巡した所で、カリナ嬢にその気が無い事を悟ったのか、男性探索者達は給仕の女性にターゲットを変えていた。

 ナナも男性陣に纏わりつかれていたが、いつも通りのマイペースさであしらっている。彼らがナナの鉄壁の防御を突破するには幼さが足りないようだ。

 いなくなった男性陣の代わりに、パーティーで仲良くなった女性探索者をカリナ嬢に紹介したのだが、どうも馬が合わないのか会話がぶつ切りで上手くいかなかった。

 せっかく相手が好意的な感じなのに、どうしてそうトゲのある対応をするのか問い詰めたい。
 女性探索者達が苦笑する程度で、あまり気分を害していなかったのが救いだ。





 それなりに広い食堂の一角でミーアが音楽を奏で始める。
 探索者の誰かに請われたのか、シガ王国の社交ダンスに使われる有名な曲だ。

 探索者の男女が曲に合わせて踊り始める。
 あまり練習していないのか、どちらも慣れない感じだ。

「笑わないでやっておくれよ。あたしらはペンドラゴン卿やジェリル達と違って平民なんだから。みんな王都に着く前に練習しておきたいのさ」
「笑ったりなんてしませんよ。最初はみんな初心者ですから」

 さきほどカリナ嬢に話しかけていたアラサーの女性探索者が、ダンスのヘタな探索者達のフォローをする。
 王都に着いたら、彼らは様々な貴族達が主催するパーティーに招かれるはずだ。その場で恥をかかないためにも、社交ダンスができるように練習しているのだろう。

 丁度良い。
 せっかくだから、カリナ嬢にも練習してもらおうか。

「さぁ、カリナ様。私と踊って頂きます」
「お、踊りません」
「ダメですよ。それに、ここでは私の足を踏んだって、叱る人も、笑う人も、失望する人もいません」
「でも……」

 尻込みするカリナ嬢の手を取る。

「決闘の勝者の権利を行使します」

 オレは強権を発動してカリナ嬢をダンスの行われている空間に連れて行く。
 アリサ達から抗議の声が上がったが、カリナ嬢のダンスの練習が終わったら交代するという事で納得して貰った。
 カリナ嬢の次は、今日のパーティーの準備を頑張ったルルの予定だ。

「カリナ様、もう少し体を寄せて」
「うう、は、恥ずかしいですわ」

 恥らうカリナ嬢は少しそそるが、ここはダンスを教える事に集中しよう。

 集中だサトゥー。
 決して、自分の胸板に触れる二つの奇跡に集中シテハイケナイ。

 いけない、のだ。

 ミーアの鋭い視線をかわしつつ、カリナ嬢にダンスを教える。

「そうです。上手いですよ」
「……そ、そんな事」

 少しでも上手く行った時には、間髪いれずに誉めて、ダンスに対する苦手意識を取り払っていく。

「見えない足元に気を取られないで。戦闘中の足捌きを思い出してください」
「こ、こうですの?」
「そう、そんな感じです」

 カリナ嬢は偉大すぎる胸のせいで、ダンス中に足元のステップが確認できない。その為、不安感が増していたようだ。
 格闘や足捌きに絡めて教える事で、少しずつ物に出来てきた。

 優雅とはお世辞にも言えないが、スピーディーな切れのあるダンスだ。
 あとは場慣れして行けば良いだろう。

 カリナ嬢と踊った後は、ルルから順番にうちの子達と踊り、そのままの流れでエリーナや新人ちゃん、それに女性探索者達とも踊る事になった。

 なぜか、一番最後に、男性探索者達のダンスを指導する仕事が待っていた。
 少しばかり大変だったが、こんな事ぐらいで男性探索者達が恩に着てくれるなら安いものだ。

 ただ、オレが男性探索者達のステップの練習相手をするときに、見学するアリサの鼻息が荒くなるのに閉口した。





 特に飛行型の魔物に襲われることもなく、オレ達を乗せた飛空艇は王都前の最後の難所たる山々を越える事ができた。

 さあ、もうすぐ王都だ。
※次回更新は 6/1(日) の予定です。
12-3.王都への旅路(3)
※6/2 誤字修正しました。
 サトゥーです。田植えの始まる前に咲くレンゲの花畑が好きです。うちの田舎ではレンゲじゃなく枝豆とかを植えていたので、そんなに雅な風景は電車の窓越しにしか見た事がないんですけどね。





「わぁ、これは凄いわね」
「綺麗」
「はたけ~?」
「ちっちゃな青い花が一杯で、一杯なのです!」

 難所を越えた後の景色が凄いと聞いたので、皆を連れて展望室に来てみた。
 案の定混んでいたが、うちの年少組はスルスルと隙間や人々の股下を抜けて窓へと辿りついていた。

「やあ、ペンドラゴン卿。オレ達はもう堪能したから代わるよ」
「お嬢さん達にも見せてやれよ。めったに見れない光景だぜ」

 昨日、ダンスの練習を手伝った男性探索者達が場所を空けてくれる。
 オレは礼の言葉を返して、ルル達を前に出してやる。

「凄い、です」
「綺麗ですね。あれは草原でしょうか?」
「恐らく畑と推測。あの一面の青色は青蓮華(れんげ)の花だと報告します」
「きれ~」
「わぁ」

 リザやナナは冷静だが、他の面々は景色を見て感嘆の声を上げている。珍しくクロウが年相応の無邪気な反応だ。

 飛空艇から見える広大な空間が全て青い花で埋まっていた。
 もちろん、ポツポツと林や村落も見えるが、真っ青な花の絨毯を彩るオブジェでしかない。

 ここから王都まではこの光景が続いている。王国最大の穀倉地帯なのは知っていたが、花が咲いているかどうかでここまで印象が違うとは思わなかった。
 最初に閃駆で上空を駆け抜けた時は休耕期の茶色い大地だったから、余計にそう思う。

 演出なのか、展望室の壁際にあるステージで楽団が荘厳な曲を奏で始めた。

 その音色に耳を委ねて、この時期にしか見れない絶景を楽しむ。
 いつの間にか、うっとりした感じのルルがオレの腕に身を委ねていた。

 カリナ嬢と護衛メイドの2人はカリナ嬢をドレスアップする為に悪戦苦闘中なのでココにはいない。
 この景色は当分続くので、見逃して悔しい思いをする事はないだろう。





「ぴかぴか~?」

 展望室の喫茶コーナで喉を潤している時にタマがそんな言葉を呟いた。

「どうかしたのかい?」
「あそこで『ぴかぴか』してた~」

 タマが指差す方に視線をやるが、そこには船体から伸びる安定翼と推進用の大型魔力機関があるだけだった。
 何かが反射しただけとも考えられるが、言い出したのがタマなのが気になる。

 オレはマップを操作してタマが指差した方を確認する。
 大型魔力機関には数人の魔術士や技師が詰めていたが、そこはいつも通りだ。

 いつも通りじゃ無いのは、安定翼の内側にある狭い連絡路の方だった。
 ――そこにはなぜか、ビスタール公爵の家来の人がいた。

「こんどは、あっちでピカッてしたのです!」
「ご主人様、私も見ました。偶然かもしれませんが、何やら不穏な気配を感じます」

 今度はタマだけでなく、ポチやリザまで見かけたようだ。
 もっとも、方角は全然違う。

 2人が見ているのは飛空艇の進行方向だ。
 オレはマップを操作して、獣娘達が指し示した方を調査する。

 一緒にいた他の娘達には見えなかったようで、手でひさしを作って窓外の景色を覗いている。
 この船の窓はガラスの様に透明だが、魔物の素材で作った謎の透過物質なのでオレ自身にもその組成は良く判らない。
 装甲には使えないが意外に頑丈で、割れた時に尖った破片ができないので飛空艇を建造する際に採用した。

 獣娘達が指し示した場所にあったのは、フランスのシャトーと砦の合いの子のような建造物だ。
 詳細を確認するとロイド侯の狩猟館だと出た。彼の名前を見ると公都で一緒に食べた天麩羅を思い出す。

 おっと、そんな事より、おかしな事がある。

 田園地帯のど真ん中にあるのに狩猟館というのも変だが、それ以上に変なのが館にいる人達だ。
 メイドや下男下女のような下級の使用人はロイド侯の家臣なのだが、なぜかビスタール公爵の家来が何人もいる。

 館の地下には魔物達までいた。
 称号が「従魔」になっているから、その近くにいる従魔士(テイマー)達の下僕(しもべ)なのだろうが、レベル20代前半の突撃槍甲虫(ランス・ビートル)やレベル20代後半の砲撃蛙(キャノン・トード)噴進樹(ロケット・ツリー)のラインナップがおかしい。
 まるで対空戦をするかのような布陣だ。
 しかも合計30体近いともなれば、都市が一つしかないような小国なら攻め落とす事ができる。シガ王国でクーデターを起すには不足だが、この飛空艇くらいなら撃墜できそうだ。

 だが、もう一層地下にはもっとヤバいのがいた――。

「サトゥー、ラカさんが不審な光を見つけたそうですわ」
『うむ、杞憂であれば良いのだが、光の反射を使用した信号のようだ』

 甲板で風に当たっていたカリナ嬢とラカがそんな情報をオレにもたらした。
 既知の情報だが、それは指摘すまい。

「オレっちも見たぜ。この船には公爵閣下も乗ってるし、何かきな臭せーぜ」

 カリナ嬢達の後ろからやってきたミスリルの探索者――たしか斥候のマーモットとか言う中年男性がそんな言葉を漏らす。
 火薬が廃れた世界でも「きな臭い」と言うのか、と変な感想を抱いてしまった。

「アリサ、皆を連れて装備を整えて来てくれ」

 万が一の為に、皆をドレスから公開装備に換装するように指示する。

「おっけー。乙型装備でいい?」
「ああ、通常でも可憐でも好きな方で良い」
「あいあいさー。行くよ、みんな!」
「あい~」「なのです!」

 アリサの言う乙型は公開装備でも最上級のモノだ。階層の主を倒した時の甲型装備や未使用の秘匿装備を使うような事態ではないので、その中で一番良いのを許可する。
 ちなみに「可憐」とは見た目が派手なパレード用の装備だ。性能的には通常の乙型装備と変わらない。

 マーモット氏は仲間と一緒に艦橋の方へと走っていった。





 オレとリザは着替えに戻っていない。

 さっきの従魔使い達の黒幕の狙いがこの飛空艇の撃墜だとしたら、もう少しで従魔達の射程圏に入ってしまう。
 噴進樹は対空ロケットみたいな魔物だから、特に油断ができない。

 もっとも、ビスタール公爵が乗船している飛空艇を彼の家来が撃墜するというのもおかしな話だが、お家騒動に巻き込まれた可能性もある。
 その場合、政敵のロイド侯が協力している理由が判らないでもないが、あののんびりした人が暗殺の片棒を担ぐというのもしっくりこない。

 まぁ、考えるのは後でいいだろう。
 今は迫りつつあるかもしれない危機への対処が先だ。杞憂なら笑い話で済むし、今は準備を進めよう。

 オレは座席に腰掛けたまま「信号(シグナル)」の魔法を起動する。

 狩猟館にロックオンしていたマップ上の光点が蠢きだした。
 やはり黒の様だ。

 ――圧縮コード送信。

 自分で作った船だ。
 万が一の保険もしてある。

 ――バックドア経由で飛空艇の最上級操作権を確保。

 できれば使わずに済ませたかったが、そうもいかないようだ。
 飛空艇の索敵水晶にマップで発見した従魔達の情報を送信する。この船に付けたレーダーではまだ発見できていないはずだ。

 少し遅れてサイレンが展望室に鳴り響く。

 サイレンの大きな音に驚きながらうちの子達が部屋に駆け込んで来る。
 その時、危機感知が僅かに反応した。

 地表で5つの赤く輝く光点が動き出した。
 あの速さは噴進樹だろう。

 飛空艇が回避の為に舵を切ったようだが、このままでは避けきれない可能性が高い。
 船内の伝声管から緊急放送が流れた。

『総員に伝達、緊急機動を行います――』
『――死にたくなかったら、最寄(もよ)りの手すりにしがみつけ!』

 女性の震える声に、船長さんらしき男性の怒声が被さった。
 その怒声とほぼ同時に、船体が急激に横滑りを始める。

 オレは「理力の手(マジック・ハンド)」の魔法で、アリサを初めとした非力な面々を支える。

「うっきゃー」
「落ちてる~?」
「キケンが危ないのです!」
「口を閉じなさい。舌を噛みますよ」

 アリサを皮切りに皆が口々に騒ぎ出すが、リザが素早くそれを嗜める。
 ルルとミーアは声も無くオレの腕にしがみ付いてきた。その横にはシロとクロウに抱きつかれて幸せそうなナナの姿があった。

 展望室の人々は最初の横滑りには堪えたようだが、ドンッという爆音に続いて起こった急加速に手すりを放してしまう者が多発した。
 オレが非常用に用意した緊急回避用の加速筒を使用したのだろう。

 展望室を無重力の様に飛ぶ人々の内、壁に激突したら怪我をしそうな一般人を選別し、壁際で「理力の手(マジック・ハンド)」を使って勢いを殺す。
 ミスリルの探索者達なら、この程度は痛がる程度で済むだろうから放置した。

 5本の噴進樹が窓外を飛び去る。
 回避は成功したようだが、こいつらの噴射時間は30秒程度あったはずだ。方向転換をしてもう一度襲ってくるくらいはするだろう。

 艦の左右に各一つある砲塔に頑張って欲しい所だが、右舷は先ほどの緊急機動で砲手が気絶してしまっている。どこかに頭をぶつけたのだろう。
 左舷砲手は健在だが、現在の飛空艇と噴進樹の位置関係だと船体が邪魔をして狙えないはずだ。

 確保したままの最上級操作権を行使して、右舷砲塔を旋回させる。
 マップに連動させてイージス艦のような攻撃をしたい所だが、残念ながらそこまでのシステムはまだ構築できていない。

 マップと砲の角度から弾道を計算し、遠隔で砲撃を開始する。
 魔力による火砲が、秒間3発の連射速度で5本の噴進樹を追いかけるように空に赤い花を咲かせていく。

 なんとか砲身が焼き切れる前に5本全てを撃破する事ができた。
 噴進樹に遅れて発進した突撃槍甲虫に向けて、左舷の砲塔が砲火を開いた。

 距離が離れているのか、至近弾のみで命中弾はまだ無い。

 船体下部から発進した鳥人族の迎撃部隊が隊列を組む。彼らは火杖を装備しているもののレベルは10代後半程度なので、突撃槍甲虫の迎撃をするのは心もとない。

 傾いていた船の姿勢が正されたので、抱きしめていたルル達を放す。
 伝声管から、さっきの男性の声が流れてきた。

『こちら艦長。艦内の魔術師に協力を要請する。本艦に接近しつつある魔物の迎撃を頼む』

 さあ、出番のようだ。
※次回更新は 6/8(日) の予定です。
12-4.王都への旅路(4)
※2014/11/5 誤字修正しました。
 サトゥーです。いつの世も往生際の悪い人間という者はいるようです。生き汚さというのは生死の境では見習うべきものがありますが、責任逃れに足掻くのは止めて欲しいものです。





 オレは封印していた精霊光を解放する。
 まるで中二病患者の台詞のようだが、事実だから仕方ない。漏れないように押さえていた精霊光を解放すると、地表や周囲の空間から凄い勢いで精霊達が集まってくる。
 この飛空艇には精霊視スキルを持つものがオレとミーアしか乗っていないので遠慮は無用だ。

「サトゥー?」

 問いかけて来たミーアに頷く。
 両手を広げたミーアを抱き上げる。どうやら、オレの意図を早々に察してくれたようだ。

「ちょ、ちょっとっ!」

 アリサが何やら慌てた様子で問い詰めてくるが、ミーアが唱え始めた精霊魔法の呪文を聞いてオレ達のやろうとしている事が判ったようだ。

「げっ、その呪文は酷い。ポチ、タマ急ぐわよ! このままだとミーアに良いトコ全部持ってかれるわ!」
「よく判らないけど、急ぐのです!」
「がってん承知~?」

 ポチとタマを両翼に従えたアリサが甲板に駈けて行く。

「ナナとルルは悪いけどここに残って、カリナ様達が甲板に出てこないように押さえてて」
「イエス、マスター」
「あ、あの。か、加速砲は必要ないですか?」
「うん、今回のは雑魚だから、ミーアの魔法で終わるよ」

 ルルがそう問うて来るが、加速砲なんて使ったら地表の被害が凄そうだ。
 オレは不安そうなルルにそう告げて、ミーアをお姫様だっこしたまま甲板に出る。

 後ろでルルに羽交い絞めにされたカリナ嬢が「離しなさい」と喚いているが、聞こえなかった事にした。





 甲板には妙に気合いの入ったミスリルの探索者達が、遠くから接近する突撃槍甲虫(ランス・ビートル)を待ち構えている。

 先に出発した鳥人族の部隊は突撃槍甲虫の迎撃では無く、従魔の拠点となっていた城砦を押さえに向かったようだ。
 飛空艇に乗っている戦力を考えたら妥当な判断だろう。

「きた~?」
「ちっちゃ早いのです」
「2人とも、良く狙いなさい」

 突撃槍甲虫の隙間を縫って飛んで来た砲撃蛙(キャノン・トード)の3発の砲弾を、獣娘達の手裏剣、長楊枝、投槍(ジャベリン)が迎撃する。

「あう、命中したのに……」
「後はむぁ~かせて!」

 質量の差に負けてポチの投げた長楊枝は砲弾に蹴散らされてしまう。
 そこにアリサや他の数人の火杖から放たれた火弾が砲弾を包み込む。ポチの長楊枝で傷ついていた砲弾が火弾の雨を受けて飛散した。

 火杖は魔力の供給だけで撃てるので、詠唱を必要としない分、普通の呪文より早い。
 威力もそこそこあるので、軍用としては巻物より火杖や雷杖の方が需要があるようだ。

「アリサ。ちょっと、頼まれてくれ」
「おっけ~、出番も無さそうだし、皆を鼓舞する美声でも披露する?」
「いや、それは今度の機会にしよう――」

 アリサには雑魚の相手より重要な任務を頼む。ついでにタマにも忍者な用事を指令した。ポチとリザはオレ達の直衛だ。

 そんな会話の間も一生懸命呪文を唱えていたミーアの魔法が、ついに完成する。

「……■■■ 魔風王創造(クリエート・ガルーダ)

 現れたのは半透明の黄金色に輝く王冠を乗せた鳥人の擬似精霊。
 かつてアーゼさんが召喚したベヒモスと同格の存在だ。

 ほとんどの魔力を消耗したミーアに「魔力譲渡(トランスファー)」を使って回復させてやる。

「おおお、何だあれは?」
「新手か?!」
「盾よ! 我が仲間を守れ! ■■■ 金剛盾発動(アクティベート)

 急に現れた擬似精霊に驚いたミスリルの探索者達がガルーダに照準を変えてしまったので、慌てて誤解を解いて侘びを入れる。

 こちらを見上げるミーアに頷いて突撃槍甲虫への攻撃を許可する。

「殲滅」

 ミーアの言葉に答えて、ガルーダが空力を無視したように黄金の翼を広げて静止し、翼の先端の羽をCGのモーフィングのように変形させて突撃槍甲虫達の方へと伸ばす。
 数十条の黄金の羽が糸のように細長く伸びて、突撃槍甲虫達を包み込むように刺し貫き、または切り裂いて細切れにしてしまった。

「凄まじい……」
「アレが階層の主を倒した召喚魔法か」

 微妙に誤解を含む発言が飛び交う。
 悪いが彼らの相手をするのは後回しだ。

 鳥人族の部隊が向こうの拠点に辿り着いたタイミングで、砦を内側から突き破ってアノマロカリスのような姿の飛長虫(フライング・セントビート)という魔物が姿を現した。

 こいつはさっきまでの従魔と違い、調教(テイム)されていない。
 状態「睡眠」で眠っていただけの魔物だ。どうやって、砦に運び込んだのやら……。

「ミーア」
「ん」

 ミーアの指令を受けたガルーダが猛禽のような素早さで飛長虫を襲う。
 周辺を飛ぶ鳥人達を襲おうとしていた飛長虫が、羽を揺らめかせて泳ぐような動きで上昇してきた。

「あの魔物は一度戦った事があるけど、『怪光線(ミスティック・レイ)』という遠距離攻撃をしてくる。オレ達はともかく飛空艇が危ないから、余り近寄らせないで」

 実は飛長虫との交戦経験は無い。情報の出所がマップ情報なので、そういう事にした。
 ミーアはともかく、周りに他の探索者達がいる状況だからね。

「使う?」
「いや、黄金の羽で痛めつけるだけでいい」
「ん」

 ミーアが聞いてきたのは上級の擬似精霊達が持つ奥の手の事だ。
 ガルーダの場合「天嵐(テンペスト)」と呼ばれる大技があるが、威力が高い上に派手すぎるので控えさせた。

 最後の美味しいところくらいは、一生懸命呪文を唱えている魔法使い達に任せよう。

「飛空艇より高い位置まで引き上げて、空中で静止できるかい」
「やる」

 ミーアの声なき指令に従ってガルーダが、飛長虫を空中に縫いとめる。
 時折、飛長虫から怪しいギザギザの光線が放たれたが、ガルーダの黄金の羽が絡みついているせいか、こちらには一度も飛んでこなかった。

 そして魔法使い達の呪文が終わる。
 実際の所、飛長虫の体力は6割方削り終わっているので、このまま2、3分放置すれば終わるのだが、せっかく目立ってくれるのだから最後くらいは譲ろう。

「ペンドラゴン卿。準備ができた。あの召喚獣を下がらせてくれ」
「問題ありません。召喚獣ごと撃ってください」

 魔法使い達の護衛の探索者達の問いかけに、そう答える。
 擬似精霊は体力がゼロになっても、魔力を失って元の小精霊に戻るだけだ。

「…… ■■■ 長距離火炎槍(ロングレンジ・フレイム・スピア)

 幾条もの渦巻く炎の槍が飛長虫に穴を開ける。
 ガルーダに触れた炎は抵抗(レジスト)されたのか、その瞬間に消えてしまう。

「…… ■■ 聖蒼杭(ホーリー・パイル)
「…… ■■■■ 神槌(ディバイン・ハンマー)

 少し遅れて放たれた巨大な蒼い杭が飛長虫に突き立ち、飛長虫の傍に出現した輝くハンマーがその体をバラバラに砕いた。

 甲板が歓声に包まれる。

 ようやく解放されたカリナ嬢が飛び出してきたが、すでに彼女の戦う敵はいない。
 地団駄を踏むのは非常に眼福だが、大人気(おとなげ)ないから止めて欲しい。
 カリナ嬢に遅れて出て来たナナに、ちょっとした用事を頼んでおいた。

 オレの横でミーアがガルーダを送還させる。

 創造したのだから破棄では無いかと思うのだが、属性を持たない精霊に還元して元いた場所に送り戻すから「送還」なのだそうだ。
 珍しくアーゼさんが熱く語っていた。
 ああいうアーゼさんもレアで良い。

 そんな事を考えていたせいか、ミーアが少々お冠だ。

「むぅ」
「ミーア、お疲れ様」

 ミーアに労いの言葉を掛けて、お姫様抱っこ状態から解放しようとしたのだが、降りる様子が無い。

「ミーア?」
「疲れた」

 なら、仕方ない。
 アリサがユニークスキルを使ったときもこんな感じだし、(たま)にはいいだろう。





 ガルーダの召喚はエルフの秘技と言って煙に巻いておいた。
 精霊魔法の呪文を聞いていた魔法使い達も、「セベルケーア殿の魔法とは違うが、古代の文献にある呪文の音韻に近い」とか薀蓄を語って話の真実味を補強してくれていた。

 もちろん、その古代文献とやらは迷宮都市に戻ったら見せて貰う約束を取り付けてある。
 対価はストレージに溢れるほどストックしてある顔面樹の枝だ。
 なんでも杖の素材に良いらしい。

 さて、そんな瑣末事はおいておいて、オレ達の現状だ。

 片方の砲塔が死んでいるが船の航行には支障はない。飛空艇内も怪我人は出たもののミーアを初めとした回復魔法使いの活躍で全員元通りだ。

 砦を探索していた鳥人の部隊に数人の殉職者が出てしまったらしいが、砦にいた実行犯達の大半は捕縛できたようだ。
 何人か逃げられたようだが、そちらは問題ない。

 オレがそんな現実逃避をしている間も、目の前のビスタール公爵閣下はオレや船長に向かってがなり立てている。
 どうも、彼の家臣たちが彼を殺そうと企んでいた事に納得行かないらしい。

 鳥人族の部隊が捕縛した家臣たちを見ても見覚えのない者達だとシラを切ったり、砦が政敵のオーユゴック公爵配下のロイド侯の狩猟館だった事から、自分を嵌める為に仕組んだ罠だと主張している。

「マしター、ただいま~」
「マスター、ご下命を果たして参りました」

 シロとクロウがパタパタと貴賓室に入って来た。
 ビスタール公爵が暴言を二人に投げかける前に、証拠物件を携えたナナが入室してきた。

「マスター、逃亡しようとしていた賊を捕らえて参りました」

 ナナが連れて来た男を床に投げ出す。

 さっき、ナナに頼んでシロとクロウの二人に捕まえさせたヤツだ。
 ナナの理術で飛行能力を強化された二人をオレの「遠話(テレフォン)」で誘導して捕縛させた。
 もちろん、二人だけでは危ないので、実際の捕縛と拘束はアリサの空間魔法で地上に降ろされたタマが行った。

「ゲ、ゲルフ……何者だ? その男は!」

 その男を見た公爵が驚きのあまり、思わず名前を呟いてしまっていたが、聞き耳スキルのあるオレ以外には聞こえていないようだ。
 この男の正体は公爵の部下の中でも結構上位の者だ。肩書きが「公子相談役」となっている。

 ――という事は実子に狙われたのか。
 こういうドロドロした話には係わり合いになりたくないね。

「現場から逃亡した首謀者らしき男です。公爵閣下のお知り合いですか?」
「このような者は知らん」

 彼が予想通りシラを切ってくれたので、男の身柄を艦長に押し付ける。

「この男の身柄は艦長にお任せして宜しいですか?」
「うむ、任せたまえ」

 シロとクロウの頭を撫でながら、公爵の様子を窺う。
 憤懣やるかたなしといった表情だが、この場で直接的な行動をするほど愚かではないようだ。

 王都までの僅かな期間に男を始末しようとするかもしれないが、それはこっそり邪魔しよう。

 お家騒動で、国有の飛空艇や有事の際の貴重な戦力たるミスリルの探索者達に加え、諸侯の直系の姫――カリナ嬢の事だ――まで危険に晒してしまった公爵の失点は大きい。
 彼がそれをどう挽回するかには興味がないが、関係ないオレ達を逆恨みしないで欲しいものだ。

 結局、3度ほど公爵が放った刺客をこっそりと排除する羽目になった。忍者タマに任せると目立ちそうなので、理力の手とミーアの擬似精霊「精霊鼠(エレメンタル・ラット)」に活躍して貰った。
 失敗の報告を聞いた公爵の歯噛みが聞こえてきそうだ。

 そんな人間模様に頓着する事無く、オレ達を乗せた飛空艇が王都の郊外にある空港へと入港した。
※次回更新は、6/15(日)です

※6/9 カリナが地団駄するシーンに少しだけ加筆してあります。

 いつもより長めでしたが、早く王都に入りたかったので途中で切りませんでした。

 感想返しが遅れていてすみません!
 11章の人物紹介も時間が確保できず未着手です~
12-5.出迎え
※6/16 誤字修正しました。
 サトゥーです。受験の合否に「サクラサク」や「サクラチル」とか電報が送られた時代があったそうですが、現代では封筒の大きさで合否が先バレするので廃れたのでしょうか?
 合否の通達まで電子化したら、また復活するかもしれませんね。





「お、王都が燃えている……」

 オレの横でアリサが息を呑む。

「もえる~?」
「どこが燃えているのです?」
「むぅ?」

 当然のように他の幼女達が首を傾げる。
 アリサの頬が赤い。きっと、詩的な表現をしようとして失敗したに違いない。

「あれはサクラだと、情報を開陳します」
「あれが桜ですか? 絵本のままの姿ですね」

 ナナとリザの言葉の通り、アリサが燃えていると表現したのは王都を彩る満開の桜達の姿だ。
 王都までの街道や王都の中の街路を桜色の花が咲き誇っている。
 青蓮華の絨毯も綺麗だったが、こちらの方が華やかだ。

「綺麗ですね……」

 桜に魅せられたルルがオレの傍らでうっとりと呟いた。思わず「君の方が何倍も綺麗だよ」と口説きたくなるような可憐さだ。
 もちろん、ナンパ男みたいに見境無く口説いたりしないけどさ。

 そして空港へと飛空艇が旋回し、シガ王国で一番の桜の木が視界に入る。

「うげっ、何アレ」
「おっき~?」
「綺麗なのです」
「ん、綺麗」

 アリサが驚いたのは王城に寄り添う様に咲く桜の巨木だ。
 かつて王祖ヤマトがエルフ達から贈られた桜の木が桃色の花弁を満開にして白亜の王城を彩っている。

「綺麗ですけど、ちょっと大きすぎませんか?」
「窓のサイズから推測して全長100メートルを超えるサイズだと報告します。樹齢七百年とは考えられないと推論を述べます」

 ルルの疑問ももっともだ。
 巨大な王城と同じサイズの樹木なんて元の世界では考えられない。
 だが――。

「何かおかしいですか? 世界樹はもっと巨大でしたよ?」

 リザの言う通り天にも届く世界樹を見た後だとインパクトが薄い。

「あの樹の下で願ったら、どんな願いでも叶いそうね……」

 そう呟くアリサの言葉は元ネタが判るだけに苦笑が漏れてしまう。
 残念ながら枯れない桜の樹じゃないんだよ。





「サトゥー、王都への入港を見物するならワタクシも誘いなさい!」

 言葉とは裏腹に着飾った己をみせつけるかのようにカリナ嬢がポーズを取る。
 確かに息を呑む美しさだ。

 アーゼさんがいなかったら、思わずプロポーズしそうになるくらいには暴力的な魅力を周囲に撒き散らしている。
 ちょっと悔しいので、カリナ嬢ではなく彼女の横にいるエリーナと新人ちゃんの努力を先に褒め称える。

「お疲れ様、大変だったろう」
「ええ、本当に……。カリナ様もいつもあれくらい着飾ってくれたら良いんですけど」
「ちょ、ちょっと先輩」

 エリーナの不敬な言葉に、生真面目な新人ちゃんが焦りの声を上げる。
 当のカリナ嬢はオレからの称賛の言葉を待っているのか、外野の声は耳に入っていないようだ。

 ほんの少しだけイタズラ心が首をもたげるが、せっかく着飾ってくれたカリナ嬢に報いるためにも普通に誉める事にした。

「大変、お綺麗ですよ、カリナ様」

 なのに、カリナ嬢は返答ができずに赤面してしまった。
 元がいいのに普段は野暮ったい格好をしているせいで、誉められ慣れていないのだろう。

 カリナ嬢が再起動するまで、ドレスから覗く素敵な谷間を堪能させて貰った。
 後ろからアリサとミーアの二人に足を蹴られたが、多少のリップサービスくらい大目に見て欲しいものだ。





 飛空艇が王都郊外にある空港の上空に到着した。
 オレ達は船室の荷物を纏めて、一旦展望室に集まっている。

「わぁ、凄い人ね」
「ひとがごみのよ~?」
「蟻みたいなのです」
「ん」

 少々失礼な物言いのタマをリザが嗜めている。
 空港にはかなり広い駐車スペースがあるのだが、そこが人と馬車で埋まっている。

 ビスタール公爵の出迎えの貴族達にしては馬車よりも人の数が多すぎる気がする。

 飛空艇がゆるゆると高度を下げ、着陸脚のサスペンションが地上へ着地した振動を優しく包み込む。

『下船が可能になりましたら案内の者が参りますので、皆様、お部屋か展望室でお待ちください』

 伝声管から女性船員の声が流れてくる。
 まずはビスタール公爵一行からだろうし、急ぐ必要もないので最後の方に降りるとしよう。

 甲板から搭乗タラップの方を覗き見ると、タラップから公爵家の一際豪華な馬車までの間に蒼い絨毯が敷かれていた。
 ――赤い絨毯じゃないのか。

 絨毯の左右には公爵家の精兵が人垣を築き、蒼い花道に不埒者が近寄らないようにしている。
 憮然とした顔の公爵が先頭を歩き、その後ろから11人の貴婦人が続く。
 彼女たちは全員、公爵の奥さん達だ。

 公爵の直後を歩く3人は公爵と同じ年代の女性だが、後ろに行くほどに若くなっていて最後の女性はナナくらいの若い顔立ちをしている。
 マップで確認した年齢は17歳だった。
 思わず、「何歳差だよ」と突っ込みを入れたくなる。

 奥方達に続いて今年成人を迎える公爵家の子女達や未婚の子供達が7人ほど続き、家臣団が数十人続く。
 凄い人数だ。乗客の半分強が公爵家関連の人達だっただけある。

 しかし、命を狙われていたくせに護衛が子飼いの私設騎士団の人達だけなのか。ジェリルや彼のパーティーに護衛を頼めば、二つ返事で応えてくれただろうに。
 やはり実力よりも、信頼度の方が重要なのかな。

 オレがそんな事を考えている間に、公爵達の馬車が列をなして王城の方へ向かって発進して行った。

 続いて貴族達が続き、そろそろオレ達探索者の番のようなので搭乗口の方へ向かう事にした。





 ジェリル達、「獅子の咆哮」のメンバーがタラップに姿を現すと、出迎えに来ていた人々から黄色い歓声が上がった。皆、妙齢の身なりの良い美女達ばかりだ。
 一番多いのは「紅の貴公子」ジェリルの名だが、他の面子も名を呼ばれてハンカチを持った手を大きく振られている。

 続くパーティーへの歓声は少しずつ減っていったが、オレが姿を現すと、再び声が多くなる。

 ……なぜ、幼女を連れたおっさんか、ご夫婦ばかりなんだ。

 よく見ると公都で見かけた貴族の人達だった。
 ミスリルの探索者として出迎えられたのではなく、知り合いが到着したから知人として出迎えに来てくれた律儀な人達のようだ。

 少し懐かしく思いながら手を振り返す。
 もちろん、中には迷宮都市で知り合った貴族や商人さん達もいた。

 タラップの前を行くミスリルの探索者――マーモットとか言う中年男性が何かを見つけたのか仲間の肩を突いて人混みの向こうを指している。
 少し興味があったので尋ねてみた。

「どなたか有名人でも見えたんですか?」
「ああ、オレっちの記憶に間違いがなかったら、ありゃシガ八剣の筆頭殿だったはずだぜ」

 マップで検索してマーキングしておく。
 結構遠いな、よく気が付くモノだ。さすがはミスリルの探索者パーティーの斥候を務めるだけある。

 他の探索者達も気が付いたようで、ざわざわと波紋のようにざわめきが広がっていく。
 甲子園に出場するような高校球児の前にプロ野球のスター選手が現れたような感じなのだろうか?

 ざわめきは無責任な憶測に代わっていく。
 一番多いのはこんなセリフだ――

「きっと、ジェリルを勧誘しにきたんだぜ」
「それ以外に考えられないな。案外、自分の後継者を探しにきたのかも」
「さっすがジェリル、私達のリーダーだけはある!」

「獅子の咆哮」の仲間たちに冷やかされながらも、ジェリルは自信満々の満更でもない顔をしている。

 ――いささかフラグくさいので、横を歩くアリサが人の悪い笑顔を浮かべている。
 続いて多いのがオレをスカウトに来たというセリフや、どちらをスカウトに来たかという賭けの仕切りの言葉だ。

 無人の野を行くかのごとく、筆頭さんが真っ直ぐにこちらに向かって歩いてくる。
 モーゼが海を割ったように、人々が彼の前に道を作って行く。

 ジェリル達が立ち止まっているせいか、タラップを降り終った他の探索者達が遠巻きに囲んでいる。
 オレとしては出迎えの人達に挨拶に行きたいのだが、人垣が邪魔で移動したくても動く余地が残っていない。
 いや、正面にはスペースが一杯あるが、そこに割り込むほど空気の読めない事はしたくない。

 丁度、ジェリルや筆頭が一列にならぶような位置のせいか、ジェリルの背中しか見えない。
 筆頭がその人垣の中に姿を現したらしい。

 筆頭がジェリルに近付くたびにざわめきが広がる。
 一瞬だけジェリルの横顔が「フッ」という気障な笑みを浮かべるのが見えた。

 次の筆頭の一歩で、場が凍る。
 潮が引く様に、ざわめきが消えた。

 筆頭が、ジェリルの横を通り過ぎてしまったのだ。
 彼はこちらに向かってくる。

「まさか、本命はペンドラゴン卿の方なのか?!」
「だって、若様は魔刃だって使えないだろ?」

 ざわめきが少しずつ復活してくる。
 そこでようやく、彼の後ろに続く白矛を持った聖騎士の姿が目に入る。その顔を見て筆頭の目的を理解した。

 目の前までやってきた筆頭に道を譲る(・・・・)
 ジェリルには悪いが道化仲間に入るのは遠慮させてもらう。

 彼はオレ達の少し前で止まり、口上を述べた。

「我はシガ八剣が第一位、『不倒』のゼフ・ジュレバーグ。ここに『黒槍』のリザ殿と手合わせを望むものなり!」

※6/21 「10-35-2.酒宴とベリアの実」を割り込み投稿しました。
※6/22 11章の人物紹介を割り込み投稿しました。

※次回更新は 6/22(日) の予定です。
 活動報告にポチSSをアップしてあるので良かったらご覧下さい。

 伏線じゃないので一応補足(次回の冒頭でサトゥーが呟きます)
・白矛君は以前迷宮都市でリザにボコられた人です(11-4)。
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