10-41.魔法金属
※11/10 誤字修正しました。
サトゥーです。困難な作業も、小さい単位に分割すると意外に簡単な事があります。大規模なプログラムでも、上手く分割すると急に難易度が下がるのです。もっとも、その分割を上手くするのが大変なんですけどね。
◇
「じゃばら~」
「バラバラなのです!」
ポチとタマが、お遊びで作った蛇腹剣のウィップモードを試している。魔法の刃が5センチ幅くらいに分割して、最大で5メートルほどの長さまで伸びる。今回は練習用の試作品なので、怪我をしないように魔法回路の術式を変更してある。
蛇腹剣を持て余していたポチが、ついに体に巻き付けてしまってスマキ状態だ。予想通りとまでは、言わないがポチらしい。
「た、助けて! なのです」
「ほい、っと」
しばらく、もがいていたが、諦めてこちらに助けを求めて来た。蛇腹剣を触って魔力を抜いてやる。すぐにポチが、拘束状態を解かれて自由になった。
「ありがとなのです!」
ポチが、う~んと伸びをする。
「ぽち~、こうっ!」
タマが2本の蛇腹剣を巧みに操って枝に絡めて樹木の上に登ったり、木の上から地面の上に置いた木桶を絡めて手元に引き寄せたりしている。まったく、どこの探検家だ。
タマにはアレで良いとして、ポチには、本当の新装備を渡してやる。
「ポチはこっちの方が向いているかもね」
「すごいのです! おっきいのです!」
ポチの持つ小剣から3メートル近い大きさの刀身が生まれる。理力剣と同質の魔法の刃だ。良く切れる反面、脆い。また、重さが無い為に、大剣のように叩ききるような使い方ができない。ゆくゆくは慣性を操作するような回路を構築して、普通の大剣なみの攻撃力を発揮できるようにしたい。
遊びで作ったのは、蛇腹剣だけでは無い。ドリル機構をつけたランスや、ロケットパンチっぽい篭手、パイルバンカーという杭打ち機を盾に組み込んだ各種ロマン武器も作ってみた。アリサは始終大はしゃぎだったが、実用性という所では皆に首を傾げられた。まあ、そうだよね。シンプルなのが一番だ。
ドリルは、トルクを強化した設計図をドーアとキーヤ夫妻に贈った。彼女達のゴーレム戦車にドリルが装備されるのも遠い先の事では無いだろう。
他にも、パイルバンカーの杭打ち機構の部分だけが欲しいとレプラコーンのシャグニグに頼まれたので、普通の杭打ち機に仕立て直してプレゼントした。
今度は、死神の鎌や逆刃刀でも作ろうか。
◇
「それにしてもサトゥーさんは、ミスリルが好きですよね」
「好きと言うか、手持ちの金属だとミスリルが一番魔法剣に向いているんですよ」
ポチ達の新装備を眺めていたルーアさんが、不思議そうな顔をして聞いてくる。鉄や鉛だと魔力が拡散して使えないし、真鍮や銅や銀だと魔力伝達がいいものの柔らかすぎて武器としてはイマイチだ。青銅だと硬いが、銅や銀ほど魔力伝達が良くない。結果、消去法でミスリルしか残らないのだ。金はミスリル並みに魔力伝達がいいが、銅や銀以上に柔らかいしコストが高すぎるしね。
「あら? 神金なら武器でも防具でも使えて便利よ?」
「そうですね。頑強さや耐熱性を取るなら日緋色金ですし、かなり重いですが、武器にするならダイヤより硬い真鋼がお勧めです。魔法道具としての機能を重視するなら真銀なんかもありますね」
この「パンが無ければケーキを食べればいいのに」と言わんばかりの空気感は、何なんだろう。
アーゼさんとルーアさんが気軽に挙げたのは、いわゆる伝説の金属だ。ヒヒイロカネは、ドワーフの里でミスリルの精錬用の高炉に使われていたのしか見た事がない。
「オリハルコンは、サガ帝国の勇者から分けて貰らえる話になっているんですが、他の金属は入手の当てが無くて」
「練成すればいいのに」
な、なんですとー?!
気軽にのたまうアーゼさんの両手を、包むように握って尋ねた。
「練成で作れるんですか?」
「ええ、か、簡単よ? オリハルコンは、銅と真鍮と賢者の石から作れば――」
チョイ待った。賢者の石って。
「アーゼさん、さすがに賢者の石は気軽に使えませんよ」
「前に何個かあげたじゃない」
あれは、もう使用済みだ。リビングアーマーと飛空艇の予備回路に使ってしまった。リビングアーマーの方は、一度外すと経験がリセットされてしまうので、使うなら飛空艇の方か。
「なら、もう1個あげるわ」
「いいんですか? そんなに気軽にポンポン配って」
「い、いいのっ」
いや、そんなに可愛く拗ねたように言われても。
「アーゼさまが仰るなら、本当にいいと思いますよ。それにサトゥーさんが活躍してくれたお陰で、千個単位で他の氏族から賢者の石を貰える予定ですから」
「あ、忘れてた。ハイエルフの会合で、サトゥーが賢者の石を欲しがってるって言ったら、分けてくれるって」
「いや、欲しがったからってくれるようなモノなんですか?」
「普通はくれないけどね。自覚していないみたいだけど、あなたはそれだけの事をしてくれたのよ」
最後は魔法でゴリ押しだったけど、自分の仕事が誉められるのはなかなか照れくさい。
というか、他の氏族にはどうしてそんなに余ってるんだろう?
「昔ね、イフルエーゼ達がフルー帝国っていう国の遊び道具に嵌っちゃってね」
その遊び道具というのが高価な魔法道具だったらしく、その対価に賢者の石を支払っていたらしい。傾国の美女ならぬ、傾国の遊技機か。
一度に支払うのは数個だったらしいが、数十年の間にストックしてあった賢者の石の殆どを使い込んでしまったらしい。ハイエルフも色々のようだ。後で、その遊び道具というのを見せてもらおう。ゲーム開発者としては、とても興味がある。
「もっとも、それも千年ほどで回復してきたんだけど、今度は光船を失った例の魔王戦を支援するのに大量消費しちゃったのよね。その後は、壊れた光船を修復するのに余分な賢者の石を使っていたから、貯蓄がなかったのよ」
なるほど。
でも、フルー帝国か。どこかで聞いた名前だと思ったら、竜の谷で手に入れた大量の貨幣を使っていた国の名前だ。そういえば、珍しい貨幣があったっけ。話のネタになるかと1枚取り出して2人に見せる。
「サ、サトゥーさん、その硬貨は?」
「ええ、以前手に入れたフルー帝国の紅貨っていう物らしいです」
「あら珍しい」
取り出した紅貨をルーアさんに「綺麗な貨幣でしょ?」と言いながら手渡す。長生きなアーゼさんは知っていたようだ。
ルーアさんは、紅貨を光に翳して色々な角度から眺めている。「良かったら差し上げますよ」と言う前に、ルーアさんが爆弾発言をした。
「これって、賢者の石ですよね?」
「そうよ」
え?!
ルーアさんの問いを、アーゼさんがあっさりと肯定する。
「賢者の石そのものじゃなくて、ちょっと加工してあるみたいだけど、触媒として使うなら、このままの方が使い易いんじゃないかしら? 賢者の石に戻したいなら、長老に頼めば十年くらいでやってくれるはずよ」
十年って、気長なエルフらしいタイムスパンだ。
「ひょっとして、この貨幣を使って魔法金属とかが作れるのですか?」
「ええ、元々、魔法金属を作る触媒にしたり、魔法の威力を増強するために加工してあるはずよ。知りたいなら、後で教えてあげるわ。今は覚えてないけど、世界樹に戻れば記憶庫の中にあるはずだから」
オレは、お言葉に甘える事にした。アーゼさんと一緒に世界樹に同行して、紅貨の使い方や、魔法金属の練成の仕方を教えて貰う。記憶庫の中のアーゼさんは、前にレリリルが言っていたように、亜神と言ってもいいほどの神々しい美しさと人知を超えた知識を披露してくれた。まあ、こっちのアーゼさんに始めから会っていたら、美人と思いこそすれ惚れる事はなかっただろう。やはり、あわあわしてこそアーゼさんだ。
その対価という訳では無いが、エルフの里でも役に立ちそうなので紅貨を千枚ほど贈った。感情の薄い長老さん達の驚く顔が見れたので、ちょっと得意げな気分だ。
◇
最初に作ったのはアダマンタイト製の金床とハンマーだ。今度はソレを使って、オリハルコン製の剣を鍛える。鍛える手順やこの時に使う触媒の作り方は、アーゼさんの記憶の中にあったので初回から失敗する事無く剣を打つ事ができた。
それほど気合を入れたわけじゃないが、魔力を流していない素の状態で、切れ味も耐久度も妖精剣より数段上の物ができてしまった。金属や道具が違うだけで、ここまで違うのか。
今度、この金床とハンマーのセットをもう一組作って、ドハル老にプレゼントしよう。きっと喜んでくれるに違いない。もちろん、魔法金属各種も一緒にだ。
試作した剣を持って、修行中のアリサとミーアの邪魔をしに行く。
「うわっ、派手な剣ね」
「金色」
「綺麗な剣ね」
「こんなものも作ったのですが、如何ですか?」
オレは、剣を作るついでに作っておいたオリハルコン製のアクセサリーを、3人に見せる。細い鎖のネックレスを始めとして、イヤリングや髪飾り、指輪類など10種類くらい作ってきた。エルフの間で流行っているという耳に被せるように付ける耳飾りも作ってみた。
「耳飾り」
「あ、ミーアずるい。私もそれがいい」
「ダメ」
「うぅ、ミーアの意地悪」
小さい子の取り合いのような2人と違い、アリサは指輪を手に嵌めてウットリとしている。薬指には大きすぎたのか、人指し指に嵌めているのが少しさまにならない。アーゼさんの指を想定して作ったから、ちょっと大きかったようだ。ルルならギリギリ薬指に付けれるサイズかな。
アーゼさんには、後で耳飾を作ってあげると約束して、本来の目的に戻る。
先ほど鍛えたオリハルコン製の剣を、剣を型取りした台座の上に置く。その横に同じ型の台座を置いて薬液を入れ、そこに青液を流し込む。
準備が完了したので、ミーアにオリジナルの水魔法「回路形成:タイプ021」を唱えて貰う。この魔法は、さきほどの台座に流し込んだ青液を誘導して、21番魔法回路を形成する為のものだ。応用が全く利かない代わりに、専用の型に流し込んだ青液をミクロン単位で精密に操作して、緻密な魔法回路を形成してくれる。
「アリサ、頼む」
「おっけー」
アリサが、同じくオリジナルの空間魔法「回路転送:タイプ021」を無詠唱で発動する。この魔法は名前から判るように、ミーアが先ほど完成させた魔法回路をオリハルコンの剣の中に転送する呪文だ。ミーアの唱えた呪文と同じで、決められた型に置かれた剣に回路を転送する機能しかない。今回の魔法剣を作成するためだけの専用魔法だ。
汎用でやろうとすると、ミクロン単位の操作を自前の脳みそでイメージしないといけないので、実現性が低くなってしまう。現に、トラザユーヤの考えていた魔剣作成手順は、その辺りで解決策を見いだせなくて挫折していた。
そこで、プログラマーっぽいアプローチを考えてみた。汎用にするのが難しいなら、汎用にしなければいい。そう考えて作ったのが、先ほどの2つの魔法だ。機能や使える条件が限定されている代わりに、術者の能力に左右されない。職人芸の世界から、工業製品的な世界への移行と言えるかもしれない。
完成した剣に魔力を通す。
複雑な魔法回路に、スムーズに魔力が流れる。魔法回路が起動し、予め登録していた魔法が発現した。
うむ、成功のようだ。
「うあ、青い薔薇だ」
「綺麗」
「ええ、綺麗ね」
好評のようだ。この剣は、魔力を通すと剣の周りに茨と小さな薔薇の花が出現する。薔薇も茨も幻影の様に触れないが、斬った相手を麻痺もしくは昏倒させる追加効果がある。さらに、合言葉を唱えると10メートルほどまで茨が伸びて、対象にした者を拘束する。この術式は「茨姫の棘」というエルフ達の古い魔法を元にしている。拘束された相手が棘に触れると、麻痺した後に魔法の眠りに落ちる。なお、薔薇の花は単なる飾りなので、特に特殊効果は無い。
この剣は、ポチの師匠のポルトメーア女史に贈る事になった。アーゼさんは剣を使わないし、オレ以外は小剣、大剣、槍と、誰も片手剣を使う者がいなかったので、早い者勝ちという事で、彼女の物になった。
彼女がやたらと見せびらかすので、ボルエナン滞在中に、同じ仕組みの魔法剣を大量生産する破目になってしまった。全部鍛造で作ると大変なので、真鍮製の鋳造魔剣で勘弁してもらった。こちらの鋳造魔剣は、小剣サイズに統一してあり魔力を流すと赤い薔薇が出る。
身内の分は、刀身は小剣サイズに変更したものの、オリハルコン製の鍛造のモノにしてある。なぜか、アリサの懐剣とルルの包丁にも組み込むことになった。
オリハルコン製の包丁で作った刺身は、美味かった。
真鍮=黄銅(銅と亜鉛の合金です)
そういえばダマスカス鋼で武器を造るのを忘れてますね。
次回更新は、11/17(日)予定です。
先週の中頃にタマSSを活動報告にアップしてあるので、未読の方は良かったらご覧ください。
そういえばダマスカス鋼で武器を造るのを忘れてますね。
次回更新は、11/17(日)予定です。
先週の中頃にタマSSを活動報告にアップしてあるので、未読の方は良かったらご覧ください。
10-42.ミスリル証
※6/20 誤字修正しました。
※6/21 加筆しました。
※6/21 加筆しました。
サトゥーです。手に入れようと努力に努力を重ねても、なお届かない事は良くあります。他の人は簡単に手に入れたように見えるのに、自分だけが届かない。そんな悔しい想いがあるからこそ、結果が輝くのでしょうか?
ネットゲームのレアドロップの話ですけどね。
◇
ボルエナンの森から戻って2週間ほど経つが、皆のレベル上げや迷宮都市での事業はそれなりに順調だ。
「思ったよりも広いわね」
「ああ、御用商人たちが確保していた土地を纏めて譲って貰えたからね」
今日はアリサと2人で、私設孤児院と探索者育成校の建設予定地を視察中だ。平均的な小学校と同じくらいの大きさだから、都市内としてはかなりのサイズだ。侯爵夫人の口利きのお陰で、ただ同然の価格で手に入れたが、相応の価値のあるアクセサリー類を謝礼代わりに贈ってある。
春の王国会議が近いので、侯爵と夫人のペアで映える派手目の装身具を作ったのだが、普通の貴金属や宝石を使ったにも関わらず、相場スキルで判定できないレベルになってしまった。迷宮に篭るよりも、貴族相手にアクセサリー類を売り捌いた方が儲かる気がしないでもない。侯爵夫人には、交易都市に立ち寄った時に異国の商人から買ったと告げてある。作者欄は、適当な偉人名を割り当ててある。正直、ミケランジェロにしたかダビンチにしたかは覚えていない。
「あとは、教師のまとめ役とか欲しいよね」
「そうだな、組織のリーダーや経理を任せられる人材が欲しいんだけど、なかなかね」
実際、ミテルナ女史の係累や侯爵夫人の紹介してくれた貴族達と面接してみたのだが、教師として雇うならともかく、リーダーや経理を任せられるようなタイプの人材がいなかった。リーダーが出来そうな人間は結構いたのだが、孤児や平民を見下すタイプや、孤児院や学校を成り上がるための踏み台にしようと考える上昇志向の強すぎる人間ばかりだったので、雇用しないでおいた。
そうは言っても、まったく雇用しないのは紹介者の顔を潰す事になるので、比較的マシな者を3人ほど雇って、研修という名目で王都の学院に派遣しておいた。厄介払いに見えなくもないが、2ヶ月の旅費や滞在費として一人当たり金貨10枚を渡してあるので、特に文句は出なかった。
「経理は横領防止に奴隷を雇うことが多いらしいよ?」
「しかたない、近隣の都市で探してくるよ」
ティファリーザ達も算術スキルは持っていないので、経理に回すのは無理だろう。しばらくは、オレとアリサで手分けするしか無さそうだ。
私設孤児院の建物はまだ建築中だが、孤児達はすでに受け入れを開始している。建物が完成してから受け入れる予定だったのだが、路地裏で死に掛けている幼児達をポチが拾って来たので、なし崩しに運営をスタートする事になった。
建物が無いので、学校の運動場にする予定の場所に仮設の天幕を張って日差しを防ぎ、農場や牧場から購入した干草を束ねたものにシーツを掛けて、仮のベッドを増設した。干草のベッドのどこが琴線に触れたのかは判らないが、アリサがやたらとはしゃいで、初日は子供達と一緒に藁束のベッドで寝ていた。翌朝、山羊のミルクに、溶けたチーズを乗せたパンというヘンな食事をリクエストされた。アリサの事だから、きっと何かのマンガかアニメの再現に違いない。
どこから集まって来たのか、数日の内に100人を超える子供達が孤児院で暮らす事になった。初日以外は、普通の質素な食事なのに、文句を言う子供はいない。不思議なほど、好き嫌いをする子や食事を残す子がいなかった。
孤児院に正規の職員達を雇うまでは、うちのメイド隊に任せるつもりだったが、さすがに、この人数では手が足りない。
ミテルナ女史の提案で、近隣の主婦層をパートタイムで雇って人手不足を補う事にした。雇ったのは、20代から50代まで幅広い年齢の女性達だ。彼女達には、貧困層への炊き出しにも参加して貰っている。
これだけの子供達が集まった理由を、ルルが使用人ネットワークで調べてきてくれた。情報料は、蟻蜜のクッキーだけというから格安だ。さすが、ルル。
さて、理由は簡単だ。他の孤児院からあぶれた子供達が流れて来ただけだった。
元々、迷宮都市には、官営民営合わせて3つの孤児院があった。ただし、人死にの多い都市故に孤児の数もまた多く、どの孤児院も定員オーバー状態だったのだ。人数を絞っていた官営の孤児院2つはまだ良かったのだが、民営の孤児院はベッドが足りないどころか、食事も満足に与えきれていない状態だったらしい。
そんな状態だったので、後発のオレの孤児院は諸手を挙げて歓迎された。発育の悪い子や問題児を押し付けられた気もするが、別に問題は無い。やんちゃな子達は、アリサとタマが最初にガツンとやったらしく、今では世話役の大人達の手伝いをしてくれている。
これまで、孤児院からあぶれた子供達は、裏町の犯罪ギルドに拾われたり、奴隷商人に売られたりと悲惨なコースを辿っていたらしい。なお、そういった裏町の犯罪ギルドは、悪質なグループを中心にクロで排除してある。完全に殲滅すると、他の町から新しい悪人が来るだけなので、比較的マシな連中は放置しておいた。
蛇足だが、この時に一緒に色々な雑事もすませてある。
迷宮の地下牢に止め置いていた迷賊達の残りを官憲に突き出したり、コカエリアで回収した石像になった探索者達の遺体を探索者ギルド経由で遺族に届けたりだ。
愁嘆場を見物する趣味は無いので立ち会わなかったが、ギルド長経由で感謝の言葉を貰った。謝礼などの金銭は一旦受け取った後、サトゥーとして迷宮都市の教会や他所の孤児院に寄付しておいた。
◇
「号外?」
「はい、西ギルド前で売っていたので買ってまいりました」
「なになに?」
西ギルドへの用事を頼んでいたミテルナ女史が、渡してくれた号外を読む。ペラ紙にインクで書かれてあり、そこには――
「くぅ、私のフロアマスターが狩られたぁぁぁ」
――例の紅の貴公子と呼ばれる魔法剣士が率いる「獅子の咆哮」というパーティーが中層のフロアマスターを討伐したというニュースが書かれていた。
アリサ、悔しいのは判るが、オレの肩を掴んで揺するのは止めてくれ。
「アリサ~?」
「どうしたのです?」
アリサの絶叫が聞こえたのか、外で遊んでいたポチが窓から帰って来た。ここは2階だとか野暮な事は言わないで置こう。だから、タマ、天井から帰ってくるのは止めなさい。床を埃だらけにしてルルに怒られても知らないよ?
「うう、ミスリル最短記録がああぁぁぁ」
「残念」
「無念です」
アリサだけで無く、ミーアとリザまで残念そうだ。
そんなにミスリル証が欲しいのか?
「そりゃそうよ。だって、それが『お約束』だもの。TUEEEしたいのよ~」
「ご主人様の偉業が記録に残るのは、奴隷としても誇らしいものなのです」
アリサはともかく、リザの言い分は判る。
う~ん、目立ちたくないんだけど。まあ、いいか。皆も強くなってきたし、牙を剥いてくる連中がいても対抗できるだろう。王都の上級貴族が敵に回ったらやっかいだが、その時は、ナナシで国のトップを味方に付ければ良いだろう。うん、何とかなりそうだ。
ちょっと甘いかもしれないけど、ミスリル証くらいなら、サガ帝国の勇者やナナシみたいに突出した存在でもないしね。
「じゃあ、狙ってみようか」
「へ? いいの?」
「宜しいのですか、ご主人さま?」
「一度、強敵と戦ってみるのも、良い経験だしね」
オレの両腕を掴んで、下から覗き込んでくるアリサに頷いてやる。
天井に届けとばかりに飛び上がるアリサに釣られて、ポチとタマも一緒に飛び上がっている。
「やったー!」
「外周一色~」
「健康一滴なのです!」
鎧袖一触に乾坤一擲かな? タマはいいけど、ポチのは一か八かで勝負する事になっちゃうけど良いのかな?
興奮しすぎて、オレの左右からよじ登ってくるポチとタマを、肩の上に乗せて両手で支えてやる。
さて、問題は、フロアマスターが何処にいるかだな。
3日前に確認したときには、中層にフロアマスターらしき魔物はいなかった。何かフロアマスターを湧かせる手順があるのかも知れない。
まずは、知ってそうな人に聞いてみるか。
◇
「なんだい、アンタまで金と名誉に目が眩んだのかい?」
フロアマスターのポップ条件を尋ねたオレに対して、呆れるように言葉を返したのは、放火魔ことギルド長だ。
「どちらも、間に合っていますよ。うちの家臣達が強敵と戦いたがっているんです」
「まったく、アンタ達で7パーティー目だよ」
さすが探索者と言うべきか。
ギルド長が教えてくれた情報は、それほど多くない。
フロアマスターは、討伐から10年が経過するか、50レベル以上の魔物の魔核を祭壇に置いて「召喚の句」を読み上げるかの何れかでいいらしい。
「上層は『天覇の魔女』リーングランデ姫が8年ほど前に倒しているからね。次に湧くのは2年後だろう。50レベル以上の魔物の魔核なんて、それだけで一財産だからね。勝てるかどうか判らない『階層の主』と戦うための餌に使えるやつは早々いないさ」
リーングランデ嬢が上層のフロアマスターを討伐したのは8年前、わずか14歳だったというからすごい。チートなしで、それだけの偉業を成したのか。シスコンの暴力女とか思っていたが、認識を改めよう。
50レベル以上の魔物の魔核は、20個ほどあるから1つや2つ使うのは問題ない。いっそ、連戦してやるかと思ったが、一度召喚したら討伐しても1年は次のフロアマスターは召喚できないそうだ。倒したフロアマスターの魔核を使って連続召喚で経験値を大量ゲットとか考えていたのだが、ちょっと甘かったようだ。
倒せなかったフロアマスターは、1年ほど君臨したあと勝手に送還されるらしい。フロアマスターが君臨している間は、魔物達が強化&活性化されるので探索者の死亡率があがるので、失敗した場合は王都の聖騎士団が討伐に遠征してくるそうだ。
「迷宮方面軍では無く、聖騎士団なんですか?」
「ああ、迷宮方面軍は、あくまで魔物が地上に溢れないようにするための戦力だ。ヘタに『階層の主』と戦わせて消耗させる訳にはいかないんだよ」
聖騎士団は、消耗して良いのか?
◇
「諸君、今日は、私達の凱旋の祝いに参加してくれてありがとう!」
西ギルド前に作られたお立ち台の上に、イケメンと7人ほどの高レベル探索者達が誇らしげに立っている。ギルドに来た時は誰も壇上に居なかったのでスルーしていたが、フロアマスターを討伐した探索者達の中核メンバーらしき男達が何やら演説しているようだ。
「では、俺達の戦いの勇姿は、後で吟遊詩人たちに語って貰うとして、お待ちかねの『階層の主』から勝ち取った戦利品の紹介だ」
広場に集まった探索者を中心とした迷宮都市の人々は、無料で振舞われた酒や食べ物を片手に、歓声を上げている。
イケメンが取り出したのは一振りの剣。
「これが、炎の魔剣『炎蛇の牙』だ」
イケメンが魔力を篭めると、赤い刃の片手剣から炎が吹き上がり、人々から歓声とも怒声とも聞き取れる狂乱じみた叫び声があがる。長く使っていると手を火傷しそうだ。耐火の手袋とセットで使うといいかな。
さらに、高熱を発するハルバードを含む装備品や大小さまざまな魔法の品々が紹介された。貴賓席の女性たちからは、鶏卵サイズのルビーやプラチナのティアラなどの時に黄色い悲鳴が上がり、職人のヒゲオヤジ達からは、オリハルコンの鉱石やダマスカス鋼のインゴットが披露された時に怒声が響き渡った。半月ほど前なら、オレも一緒に歓声を上げていた自信がある。
だが、それじゃない。
オレの魂を惹きつけた品は、それじゃない。
オレ以外の誰も、その品を注目した者はいなかった。いや、アリサだけは、その瞬間に振り向いてオレを見上げてニヤリと笑みを浮かべていた。
その品の名前は「祝福の宝珠」だ。
祝福の宝珠は、3つあった。
1つは、祝福の宝珠「光魔法」。
貴族達をはじめとした多くの人から、羨望の声が上がった。
1つは、祝福の宝珠「毒耐性」。
高位の貴族達が、貴賓席から立ち上がるほどの注目度だ。
最後の1つは、ほとんどの人々が首を傾げていた。
『1.そう? かんけいないね
2.ゆずってくれ、頼む!
>3.殺してでも奪い取る』
アリサが、掌に光魔法で、変な選択枝を表示して見せてくる。
まあ、殺人は無いとして、金とコネとスキルの限りを尽くして手に入れよう。
それは、祝福の宝珠「詠唱」。
オレがもっとも手に入れたいスキルをプレゼントしてくれる素敵なアーティファクトだ。
ネットゲームのレアドロップの話ですけどね。
◇
ボルエナンの森から戻って2週間ほど経つが、皆のレベル上げや迷宮都市での事業はそれなりに順調だ。
「思ったよりも広いわね」
「ああ、御用商人たちが確保していた土地を纏めて譲って貰えたからね」
今日はアリサと2人で、私設孤児院と探索者育成校の建設予定地を視察中だ。平均的な小学校と同じくらいの大きさだから、都市内としてはかなりのサイズだ。侯爵夫人の口利きのお陰で、ただ同然の価格で手に入れたが、相応の価値のあるアクセサリー類を謝礼代わりに贈ってある。
春の王国会議が近いので、侯爵と夫人のペアで映える派手目の装身具を作ったのだが、普通の貴金属や宝石を使ったにも関わらず、相場スキルで判定できないレベルになってしまった。迷宮に篭るよりも、貴族相手にアクセサリー類を売り捌いた方が儲かる気がしないでもない。侯爵夫人には、交易都市に立ち寄った時に異国の商人から買ったと告げてある。作者欄は、適当な偉人名を割り当ててある。正直、ミケランジェロにしたかダビンチにしたかは覚えていない。
「あとは、教師のまとめ役とか欲しいよね」
「そうだな、組織のリーダーや経理を任せられる人材が欲しいんだけど、なかなかね」
実際、ミテルナ女史の係累や侯爵夫人の紹介してくれた貴族達と面接してみたのだが、教師として雇うならともかく、リーダーや経理を任せられるようなタイプの人材がいなかった。リーダーが出来そうな人間は結構いたのだが、孤児や平民を見下すタイプや、孤児院や学校を成り上がるための踏み台にしようと考える上昇志向の強すぎる人間ばかりだったので、雇用しないでおいた。
そうは言っても、まったく雇用しないのは紹介者の顔を潰す事になるので、比較的マシな者を3人ほど雇って、研修という名目で王都の学院に派遣しておいた。厄介払いに見えなくもないが、2ヶ月の旅費や滞在費として一人当たり金貨10枚を渡してあるので、特に文句は出なかった。
「経理は横領防止に奴隷を雇うことが多いらしいよ?」
「しかたない、近隣の都市で探してくるよ」
ティファリーザ達も算術スキルは持っていないので、経理に回すのは無理だろう。しばらくは、オレとアリサで手分けするしか無さそうだ。
私設孤児院の建物はまだ建築中だが、孤児達はすでに受け入れを開始している。建物が完成してから受け入れる予定だったのだが、路地裏で死に掛けている幼児達をポチが拾って来たので、なし崩しに運営をスタートする事になった。
建物が無いので、学校の運動場にする予定の場所に仮設の天幕を張って日差しを防ぎ、農場や牧場から購入した干草を束ねたものにシーツを掛けて、仮のベッドを増設した。干草のベッドのどこが琴線に触れたのかは判らないが、アリサがやたらとはしゃいで、初日は子供達と一緒に藁束のベッドで寝ていた。翌朝、山羊のミルクに、溶けたチーズを乗せたパンというヘンな食事をリクエストされた。アリサの事だから、きっと何かのマンガかアニメの再現に違いない。
どこから集まって来たのか、数日の内に100人を超える子供達が孤児院で暮らす事になった。初日以外は、普通の質素な食事なのに、文句を言う子供はいない。不思議なほど、好き嫌いをする子や食事を残す子がいなかった。
孤児院に正規の職員達を雇うまでは、うちのメイド隊に任せるつもりだったが、さすがに、この人数では手が足りない。
ミテルナ女史の提案で、近隣の主婦層をパートタイムで雇って人手不足を補う事にした。雇ったのは、20代から50代まで幅広い年齢の女性達だ。彼女達には、貧困層への炊き出しにも参加して貰っている。
これだけの子供達が集まった理由を、ルルが使用人ネットワークで調べてきてくれた。情報料は、蟻蜜のクッキーだけというから格安だ。さすが、ルル。
さて、理由は簡単だ。他の孤児院からあぶれた子供達が流れて来ただけだった。
元々、迷宮都市には、官営民営合わせて3つの孤児院があった。ただし、人死にの多い都市故に孤児の数もまた多く、どの孤児院も定員オーバー状態だったのだ。人数を絞っていた官営の孤児院2つはまだ良かったのだが、民営の孤児院はベッドが足りないどころか、食事も満足に与えきれていない状態だったらしい。
そんな状態だったので、後発のオレの孤児院は諸手を挙げて歓迎された。発育の悪い子や問題児を押し付けられた気もするが、別に問題は無い。やんちゃな子達は、アリサとタマが最初にガツンとやったらしく、今では世話役の大人達の手伝いをしてくれている。
これまで、孤児院からあぶれた子供達は、裏町の犯罪ギルドに拾われたり、奴隷商人に売られたりと悲惨なコースを辿っていたらしい。なお、そういった裏町の犯罪ギルドは、悪質なグループを中心にクロで排除してある。完全に殲滅すると、他の町から新しい悪人が来るだけなので、比較的マシな連中は放置しておいた。
蛇足だが、この時に一緒に色々な雑事もすませてある。
迷宮の地下牢に止め置いていた迷賊達の残りを官憲に突き出したり、コカエリアで回収した石像になった探索者達の遺体を探索者ギルド経由で遺族に届けたりだ。
愁嘆場を見物する趣味は無いので立ち会わなかったが、ギルド長経由で感謝の言葉を貰った。謝礼などの金銭は一旦受け取った後、サトゥーとして迷宮都市の教会や他所の孤児院に寄付しておいた。
◇
「号外?」
「はい、西ギルド前で売っていたので買ってまいりました」
「なになに?」
西ギルドへの用事を頼んでいたミテルナ女史が、渡してくれた号外を読む。ペラ紙にインクで書かれてあり、そこには――
「くぅ、私のフロアマスターが狩られたぁぁぁ」
――例の紅の貴公子と呼ばれる魔法剣士が率いる「獅子の咆哮」というパーティーが中層のフロアマスターを討伐したというニュースが書かれていた。
アリサ、悔しいのは判るが、オレの肩を掴んで揺するのは止めてくれ。
「アリサ~?」
「どうしたのです?」
アリサの絶叫が聞こえたのか、外で遊んでいたポチが窓から帰って来た。ここは2階だとか野暮な事は言わないで置こう。だから、タマ、天井から帰ってくるのは止めなさい。床を埃だらけにしてルルに怒られても知らないよ?
「うう、ミスリル最短記録がああぁぁぁ」
「残念」
「無念です」
アリサだけで無く、ミーアとリザまで残念そうだ。
そんなにミスリル証が欲しいのか?
「そりゃそうよ。だって、それが『お約束』だもの。TUEEEしたいのよ~」
「ご主人様の偉業が記録に残るのは、奴隷としても誇らしいものなのです」
アリサはともかく、リザの言い分は判る。
う~ん、目立ちたくないんだけど。まあ、いいか。皆も強くなってきたし、牙を剥いてくる連中がいても対抗できるだろう。王都の上級貴族が敵に回ったらやっかいだが、その時は、ナナシで国のトップを味方に付ければ良いだろう。うん、何とかなりそうだ。
ちょっと甘いかもしれないけど、ミスリル証くらいなら、サガ帝国の勇者やナナシみたいに突出した存在でもないしね。
「じゃあ、狙ってみようか」
「へ? いいの?」
「宜しいのですか、ご主人さま?」
「一度、強敵と戦ってみるのも、良い経験だしね」
オレの両腕を掴んで、下から覗き込んでくるアリサに頷いてやる。
天井に届けとばかりに飛び上がるアリサに釣られて、ポチとタマも一緒に飛び上がっている。
「やったー!」
「外周一色~」
「健康一滴なのです!」
鎧袖一触に乾坤一擲かな? タマはいいけど、ポチのは一か八かで勝負する事になっちゃうけど良いのかな?
興奮しすぎて、オレの左右からよじ登ってくるポチとタマを、肩の上に乗せて両手で支えてやる。
さて、問題は、フロアマスターが何処にいるかだな。
3日前に確認したときには、中層にフロアマスターらしき魔物はいなかった。何かフロアマスターを湧かせる手順があるのかも知れない。
まずは、知ってそうな人に聞いてみるか。
◇
「なんだい、アンタまで金と名誉に目が眩んだのかい?」
フロアマスターのポップ条件を尋ねたオレに対して、呆れるように言葉を返したのは、放火魔ことギルド長だ。
「どちらも、間に合っていますよ。うちの家臣達が強敵と戦いたがっているんです」
「まったく、アンタ達で7パーティー目だよ」
さすが探索者と言うべきか。
ギルド長が教えてくれた情報は、それほど多くない。
フロアマスターは、討伐から10年が経過するか、50レベル以上の魔物の魔核を祭壇に置いて「召喚の句」を読み上げるかの何れかでいいらしい。
「上層は『天覇の魔女』リーングランデ姫が8年ほど前に倒しているからね。次に湧くのは2年後だろう。50レベル以上の魔物の魔核なんて、それだけで一財産だからね。勝てるかどうか判らない『階層の主』と戦うための餌に使えるやつは早々いないさ」
リーングランデ嬢が上層のフロアマスターを討伐したのは8年前、わずか14歳だったというからすごい。チートなしで、それだけの偉業を成したのか。シスコンの暴力女とか思っていたが、認識を改めよう。
50レベル以上の魔物の魔核は、20個ほどあるから1つや2つ使うのは問題ない。いっそ、連戦してやるかと思ったが、一度召喚したら討伐しても1年は次のフロアマスターは召喚できないそうだ。倒したフロアマスターの魔核を使って連続召喚で経験値を大量ゲットとか考えていたのだが、ちょっと甘かったようだ。
倒せなかったフロアマスターは、1年ほど君臨したあと勝手に送還されるらしい。フロアマスターが君臨している間は、魔物達が強化&活性化されるので探索者の死亡率があがるので、失敗した場合は王都の聖騎士団が討伐に遠征してくるそうだ。
「迷宮方面軍では無く、聖騎士団なんですか?」
「ああ、迷宮方面軍は、あくまで魔物が地上に溢れないようにするための戦力だ。ヘタに『階層の主』と戦わせて消耗させる訳にはいかないんだよ」
聖騎士団は、消耗して良いのか?
◇
「諸君、今日は、私達の凱旋の祝いに参加してくれてありがとう!」
西ギルド前に作られたお立ち台の上に、イケメンと7人ほどの高レベル探索者達が誇らしげに立っている。ギルドに来た時は誰も壇上に居なかったのでスルーしていたが、フロアマスターを討伐した探索者達の中核メンバーらしき男達が何やら演説しているようだ。
「では、俺達の戦いの勇姿は、後で吟遊詩人たちに語って貰うとして、お待ちかねの『階層の主』から勝ち取った戦利品の紹介だ」
広場に集まった探索者を中心とした迷宮都市の人々は、無料で振舞われた酒や食べ物を片手に、歓声を上げている。
イケメンが取り出したのは一振りの剣。
「これが、炎の魔剣『炎蛇の牙』だ」
イケメンが魔力を篭めると、赤い刃の片手剣から炎が吹き上がり、人々から歓声とも怒声とも聞き取れる狂乱じみた叫び声があがる。長く使っていると手を火傷しそうだ。耐火の手袋とセットで使うといいかな。
さらに、高熱を発するハルバードを含む装備品や大小さまざまな魔法の品々が紹介された。貴賓席の女性たちからは、鶏卵サイズのルビーやプラチナのティアラなどの時に黄色い悲鳴が上がり、職人のヒゲオヤジ達からは、オリハルコンの鉱石やダマスカス鋼のインゴットが披露された時に怒声が響き渡った。半月ほど前なら、オレも一緒に歓声を上げていた自信がある。
だが、それじゃない。
オレの魂を惹きつけた品は、それじゃない。
オレ以外の誰も、その品を注目した者はいなかった。いや、アリサだけは、その瞬間に振り向いてオレを見上げてニヤリと笑みを浮かべていた。
その品の名前は「祝福の宝珠」だ。
祝福の宝珠は、3つあった。
1つは、祝福の宝珠「光魔法」。
貴族達をはじめとした多くの人から、羨望の声が上がった。
1つは、祝福の宝珠「毒耐性」。
高位の貴族達が、貴賓席から立ち上がるほどの注目度だ。
最後の1つは、ほとんどの人々が首を傾げていた。
『1.そう? かんけいないね
2.ゆずってくれ、頼む!
>3.殺してでも奪い取る』
アリサが、掌に光魔法で、変な選択枝を表示して見せてくる。
まあ、殺人は無いとして、金とコネとスキルの限りを尽くして手に入れよう。
それは、祝福の宝珠「詠唱」。
オレがもっとも手に入れたいスキルをプレゼントしてくれる素敵なアーティファクトだ。
『な、なにをする、きさまらー!』
※次回更新は、11/24(日)の予定です。
※6/21 コカエリアで回収した石像を遺族へ
※次回更新は、11/24(日)の予定です。
※6/21 コカエリアで回収した石像を遺族へ
10-43.ミスリル証(2)
※11/25 誤字修正しました。
サトゥーです。どんな組織にも暗黙の了解や慣例という物があります。長い年月の間に、それらが生まれた経緯が忘れられる事もありますが、それらが無くなる事はあまりないようです。
◇
「それでは、どうしても譲ってはいただけないのでしょうか?」
「悪いね。君が王様や大貴族様でも、応えられないんだ。それこそ、対価に『失われたジュルラホーン』や世界樹の枝とかオリハルコンの鎧を寄越すといっても無理だ」
申し訳無さそうな顔で、紅の貴公子ジェリルがオレにそう告げる。彼は絶対に用意できない品としてあげたのだろうけど、ジュルラホーン以外なら用意してみせるのに。ジュルラホーンも、今ならコピー品くらい作れそうだ。
「諦めな、これは王祖ヤマト様がお決めになった絶対不変の慣例なんだよ」
さっきから黙ってオレとイケメン氏の会話を聴いていたギルド長が、訳知り顔で割って入って来た。また出たか王祖。
「600年ほど前になるかね。ヤマト様がご存命の頃にも、フロアマスターの落とした貴重な伝説級の秘宝を取り合って、国の重臣が国を割るような大騒ぎが起こったんだよ」
なるほど、普通ならフロアマスターを倒すなんて、そうそう無いだろうしね。
「それを見かねたヤマト様が、一つの規則を作ったのさ――」
ギルド長の話を纏めると、まずフロアマスターを討伐した者達が、手に入れた品を全て国王に献上する。そして、秘宝の中から代表者が選んだ一つを除いて、国王主催のオークションに出品され、平等に競り落とされるのだそうだ。
このオークションは、シガ王国の国民なら参加費用さえ払えば誰でも入札できる。ただし、この参加費用は、一人当たり金貨1枚もするので、富裕層や貴族以外は事実上参加できない。競り落とされて集まった現金は、その9割が最初に選んだ品と一緒に褒美として下賜されるそうだ。残り1割は、税として徴収されるが、ほとんどは出品物の警備費用として使われてしまうらしい。
「本来なら、こんな話をする前に門前払いしてお終いなんだが、あんたは将来有望な探索者だからね。特別に頼んでジェリル坊に相手してもらったのさ」
「ギルド長、ジェリル坊は止めてください」
いやがるイケメンに、なおもギルド長がおしめがどうとか言っていたが、聞き流した。ふむ、財力に物を言わすか……。
おっと、その前に確認しないと。彼が、褒美の品に祝福の宝珠を選んだら困るからね。
「それで、ジェリル卿は、何を褒美に望むのですか?」
「もちろん、祝福の宝珠さ」
げっ!? 他の2つであってくれよ?
「そ、それで、どの宝珠を」
「毒耐性の宝珠だよ」
セーフ。
そうだよね。普通は詠唱の宝珠なんて欲しがらないよね。
「なるほど、アンタは、光魔法の宝珠狙いか」
「光魔法は競争率が高いよ。200年前に出た時は、金貨3000枚という破格の値段で落札されたそうだ」
「それは凄い」
感心しつつも、オレはストレージのシガ王国金貨の枚数をチェックする。手持ちの金貨だけでも1~2個買える。真っ当に入札しても競り落とせそうだが、他の参加者が裏技とか使って来たら金だけあっても意味が無い。
一応、関係者や権力者のところを回って、裏技が無いかの確認をしておこう。
オレは、イケメンに面会に応じてくれた礼を告げ、この場をセッティングしてくれた親切なギルド長に「悪鬼殺し」という酒をプレゼントしておいた。これは、オークのガ・ホウから貰った酒で、常人が飲むと、泡を吹いて倒れるほど強い。オレでも10分ほど酔える優れものだ。翌日から3日間、ギルド長の姿を見た者はいない。後日、恨みがましい目で見られたが、味自体は大変旨いので文句を言われる事はなかった。
◇
次に向かったのは、太守の館。
「うむ、残念だが、貴族でも、いや、貴族ならばこそ、その不文律を犯す事はできん。もし、それを破る者がいたら、政敵が必ずそこを突いて失脚させて来るだろう」
相談したアシネン侯爵は、真剣な口調でオレに忠告してくれる。口調は真剣だが、表情はだらしなく緩んでいる。彼の欲望の対象は、オレでは無くオレが贈った美青年の像だ。
これは、エルフの里に帰ったついでに、そば粉を求めて公都に寄った時に買った物だ。オレには相場でしか良し悪しが判断できないので、前にトルマと行ったオカマバーの巨漢のママさんに相談して買った。彼の目利きは確かだったようで、侯爵もご満悦だ。ニマニマしながら美青年の像に指を這わせている姿は、脳裏からカットしておく。
ママさんと像を買い付けに行く時に、子供達と楽しそうにしているセーラを見かけた。変装していたので声を掛けなかったが、レベルも1つ上がっていたので修行を頑張っているのだろう。セーラは筆まめで、頻繁に手紙を送ってくる。迷宮都市に着いて1月も経っていないのに、もう3通目の手紙が届いていた。
未だに返事の来ない筆不精のカリナ嬢とは、大違いだ。ムーノ男爵からの手紙だと、カリナ嬢も迷宮都市で修行したいと言い出しているそうだ。ニナ執政官が、たまに説教をしているらしいが馬耳東風らしい。
迷宮都市にはラカの防御を突破するような魔物が沢山いるので、できれば来ないで欲しい。迷惑云々よりも、あの美貌が傷つくのはあまり見たくない。領内の盗賊退治で、満足していて欲しいものだ。
さて、美青年像とアシネン侯爵の構図を見たくないばかりに、思考が脱線しすぎた。
侯爵に聞けそうな話は聞き終わったので、他の人に相談してみよう。
◇
「珍しいな、貴殿が我が家に訪れるなど」
厳しい顔をさらに険しくしたデュケリ准男爵が、ソファーを勧めてくれる。
ここに来たのは、彼の娘を迷賊から助けた一件の後に1度来ただけだ。あの時は、御礼代わりの宴席に呼ばれ、彼が仕切っている迷宮都市内の魔法道具屋や薬屋の店主達と顔見せを兼ねて酒を酌み交わした。
彼なら、あまり綺麗で無い方法を知っているかもと思って相談にきてみた。
「貴殿らしからぬ相談事だな。陛下に伝手があったとしても難しいだろう」
「ええ、無理なのは承知しているのですが、目的の品を手に入れる良い手はないものかと藁にも縋る思いで、皆様のお知恵を拝借しているのです」
ナナシになれば、国王陛下にも直接交渉できそうだったけど、それもダメか。
ふむ、裏技の存在は心配はしなくても大丈夫っぽいかな。
「手が無いわけでは無い」
「どのような手段でしょう?」
「無論、直接的な方法では無い」
勿体つけるデュケリ准男爵の次の言葉を待つ。
「戦と同じだ。相手を知れば良い。顔の広い侯爵夫人やシーメン子爵に頼んで、君が求める品を欲しがっている人物を探せ。そして交渉するなり、その人物が入札できない状況に持って行ってやれば良いのだ」
なるほど、情報戦か。実は裏技がありました、とかじゃなくて良かった。
入札できない状況っていうのが犯罪臭がするけど、誘拐とかじゃなくても、金を使い込ませて入札できる余裕の無い状態に持っていけばいいかな。
◇
丁度、午後から侯爵夫人のお茶会に呼ばれていたので、デュケリ准男爵の案を採用して、侯爵夫人に情報収集して貰えるように頼もうと思う。
お菓子やお茶を楽しみ、長い世間話の後に、フロアマスターの戦利品の話になった。
「まあ、サトゥー殿もお目当てのお品があるのかしら」
「はい、祝福の宝珠を。そうおっしゃるレーテル様も、何か目を付けておられるのですか?」
ちなみにレーテルというのは侯爵夫人の名前だ。何度も通っているうちに、奥様方の名前を呼ぶ許可を貰っている。
「ええ、あの素敵なティアラを見たかしら? 王国会議の時に、あれを付けてサロンに行ったら、きっと注目の的になると思わない?」
「ええ、侯爵夫人なら、きっとお似合いですわよ」
「あの卵のように大きなエメラルドで、首飾りを作ってはいかがでしょう?」
侯爵夫人の発言に、とりまきの奥様方が姦しく夫人をヨイショする。
儚げな様子のデュケリ准男爵の奥方が、小さな声で「万能薬が」とか発言しているが、誰の耳にも届いていないようだ。オレも聞き耳スキルが無かったら、聞こえなかっただろう。
「食餌療法は上手く行っていないのですか?」
息子さんの病気の事は内緒なので、主語をぼやかして聞いてみた。
「はい、野菜が嫌いみたいで、なかなか食べてくれなくて」
「以前、お渡しした調理法でもダメでしたか?」
「士爵様の料理人の方が作ってくださった物は、美味しいと言って食べていたのですが、我が家の料理人の物だと、やれ苦いとか土臭いと言って食べないのです」
ふむ、腕の差か?
しかし、教えたレシピは、みじん切りにして料理に混ぜたり、裏ごししてスープにしたりするやり方が多かったから、そんなに腕の差は出ないはずなんだが……。
迷宮都市には、彼女の息子同様にビタミン不足の貴族が少なからずいるみたいなので、ビタミンサプリや青汁でも作って販売させてみようかな。試作品ができたら、さっきのお礼も兼ねてデュケリ家にプレゼントしよう。
フロアマスターの戦利品の話で、お茶会が非常に盛り上がり、侯爵夫人はオレが頼む前に、オークションで誰がどの品を狙っているかの情報を集めると請け負ってくれた。
ティアラも入札しないといけなくなりそうだが、情報料と考えればいいだろう。最悪、高すぎるようなら、類似品かそれより華美な品を作れば納得してくれるに違いない。
◇
アリサ達は、オレ抜きで上層と中層の狩場で新装備の慣熟訓練をしている。
装甲貫通型の敵や即死系の攻撃をする敵は間引いてあるので、そうそう危ない事にはなっていないだろう。アリサの新装備には、自動展開型の防御魔法が埋め込んであるから、予想外の奇襲に遭っても転移で逃げれるはずだ。
もう夕暮れだし、ミテルナ女史には夕飯は不要と告げてあるので、迷宮に顔を出して皆で夕飯を食べるとするか。
皆は、蠍と蜘蛛のキメラと戦っていた。
「ポチ、ヤツの足を止めなさい!」
「あい! 分身攻撃なのです!」
ポチが瞬動を駆使した連撃で、八本足のキメラの片側4本を破壊する。ポチの言うように、残像で分身したようにも見える。
擱座したキメラの背に取り付いたタマが、ヤツの複眼を小剣で潰している。キメラは頭を振ってタマを振り落とそうとするが、片方の小剣から蛇腹魔刃をだして触角に絡めて耐えている。
タマの小剣は、鞭状の蛇腹魔刃と錐状のドリル魔刃を使い分けれるように調整してみた。2種類の機能を使い分ける器用さはタマだけのようで、ポチやナナは音声での切り替えを必要としていた。
ミーアが魔法で抉じ開けたキメラの口に、ルルの新型滑腔砲の弾丸が突き刺さる。
ルルが使っているのは、2メートル半の長い銃身の銃で、火薬の代わりに魔力を起爆剤にして実体弾を撃ち出す。射撃の際に、砲身内に斥力を発生させて、銃身の内壁と弾丸が接触しない仕組みになっている。この回路の成型にはとても苦労したので、銃を棍棒代わりに使わないように言い含めてある。
弾速は音速の半分くらいだが、20ミリと口径が大きいので破壊力は抜群だ。
実際、止めを刺そうとしていたアリサの出番が無かったらしく、地団駄を踏んでいる。
「サトゥー」
目ざとくオレを見つけたミーアが、ぽふんと音がしそうな勢いで抱きついて来た。
「ご主人さまなのです!」
「おかり~?」
その声に気がついた皆が集まって来た。
ポチが攻撃したのとは反対側の足を潰していたリザが、魔核を回収して戻って来るのを待って、皆を連れて迷宮の別荘に戻る。
「新装備の使い心地は、どうだい?」
「素晴らしい性能です」
「いい~」
「最高にサイキョーなのです! まさにオヤジィィって感じなのです!」
前衛陣は、手放しの好評さだ。ポチの感想は元ネタが判らないので、後でアリサに解説して貰おう。たしか、アニメかゲームだった気がするのだが、思い出せない。
「ごめんなさい、ご主人さま。まだ加速陣を使うと上手く命中できなくて」
「ああ、あれは手ブレしたら一瞬で弾道がズレるからね。頑張って使いこなしてみて」
「はい、頑張ります!」
両手を握り締めて気合をいれるルルの頭を撫でて、激励してやる。
射撃スキルや狙撃スキルがMAXのオレでも、使いこなすのが難しかった銃だからね。使いこなせば、かなりの性能になるから頑張って慣熟して欲しい。
「オーバーキルね。威力が高くなりすぎて、援護する時は昔の杖とかを使った方がいいかも」
「ん、過剰」
後衛陣からは、概ね好評ではあるものの威力が上がりすぎて困るという贅沢な悩みを言われてしまった。
「ミーアなんか膨張の範囲と威力の調整ミスで、ポチを2回くらい天井にぶつけてたもの」
「アリサ! 秘密!」
ポカポカとアリサを叩くミーアの姿を愛でながら、盾役のナナに話を聞く。
「安全無事であると告げます。消費魔力が増えて継戦能力が低下傾向にあります。久しぶりに魔力の補充を申請します」
鎧を脱ぎ始めたナナを、ルルが力ずくで止めるシーンがあったものの、ナナの希望通り風呂の時に魔力補充をしてあげた。魔力譲渡で良い気がするのだが、こちらの方が気持ちいいそうだ。カロリーバーと、ちゃんとした食事の違いみたいなものか。
風呂でリフレッシュしてから、ミスリル証獲得までのスケジュールをアリサと相談する。
Xデーは、10日後だ。
◇
「それでは、どうしても譲ってはいただけないのでしょうか?」
「悪いね。君が王様や大貴族様でも、応えられないんだ。それこそ、対価に『失われたジュルラホーン』や世界樹の枝とかオリハルコンの鎧を寄越すといっても無理だ」
申し訳無さそうな顔で、紅の貴公子ジェリルがオレにそう告げる。彼は絶対に用意できない品としてあげたのだろうけど、ジュルラホーン以外なら用意してみせるのに。ジュルラホーンも、今ならコピー品くらい作れそうだ。
「諦めな、これは王祖ヤマト様がお決めになった絶対不変の慣例なんだよ」
さっきから黙ってオレとイケメン氏の会話を聴いていたギルド長が、訳知り顔で割って入って来た。また出たか王祖。
「600年ほど前になるかね。ヤマト様がご存命の頃にも、フロアマスターの落とした貴重な伝説級の秘宝を取り合って、国の重臣が国を割るような大騒ぎが起こったんだよ」
なるほど、普通ならフロアマスターを倒すなんて、そうそう無いだろうしね。
「それを見かねたヤマト様が、一つの規則を作ったのさ――」
ギルド長の話を纏めると、まずフロアマスターを討伐した者達が、手に入れた品を全て国王に献上する。そして、秘宝の中から代表者が選んだ一つを除いて、国王主催のオークションに出品され、平等に競り落とされるのだそうだ。
このオークションは、シガ王国の国民なら参加費用さえ払えば誰でも入札できる。ただし、この参加費用は、一人当たり金貨1枚もするので、富裕層や貴族以外は事実上参加できない。競り落とされて集まった現金は、その9割が最初に選んだ品と一緒に褒美として下賜されるそうだ。残り1割は、税として徴収されるが、ほとんどは出品物の警備費用として使われてしまうらしい。
「本来なら、こんな話をする前に門前払いしてお終いなんだが、あんたは将来有望な探索者だからね。特別に頼んでジェリル坊に相手してもらったのさ」
「ギルド長、ジェリル坊は止めてください」
いやがるイケメンに、なおもギルド長がおしめがどうとか言っていたが、聞き流した。ふむ、財力に物を言わすか……。
おっと、その前に確認しないと。彼が、褒美の品に祝福の宝珠を選んだら困るからね。
「それで、ジェリル卿は、何を褒美に望むのですか?」
「もちろん、祝福の宝珠さ」
げっ!? 他の2つであってくれよ?
「そ、それで、どの宝珠を」
「毒耐性の宝珠だよ」
セーフ。
そうだよね。普通は詠唱の宝珠なんて欲しがらないよね。
「なるほど、アンタは、光魔法の宝珠狙いか」
「光魔法は競争率が高いよ。200年前に出た時は、金貨3000枚という破格の値段で落札されたそうだ」
「それは凄い」
感心しつつも、オレはストレージのシガ王国金貨の枚数をチェックする。手持ちの金貨だけでも1~2個買える。真っ当に入札しても競り落とせそうだが、他の参加者が裏技とか使って来たら金だけあっても意味が無い。
一応、関係者や権力者のところを回って、裏技が無いかの確認をしておこう。
オレは、イケメンに面会に応じてくれた礼を告げ、この場をセッティングしてくれた親切なギルド長に「悪鬼殺し」という酒をプレゼントしておいた。これは、オークのガ・ホウから貰った酒で、常人が飲むと、泡を吹いて倒れるほど強い。オレでも10分ほど酔える優れものだ。翌日から3日間、ギルド長の姿を見た者はいない。後日、恨みがましい目で見られたが、味自体は大変旨いので文句を言われる事はなかった。
◇
次に向かったのは、太守の館。
「うむ、残念だが、貴族でも、いや、貴族ならばこそ、その不文律を犯す事はできん。もし、それを破る者がいたら、政敵が必ずそこを突いて失脚させて来るだろう」
相談したアシネン侯爵は、真剣な口調でオレに忠告してくれる。口調は真剣だが、表情はだらしなく緩んでいる。彼の欲望の対象は、オレでは無くオレが贈った美青年の像だ。
これは、エルフの里に帰ったついでに、そば粉を求めて公都に寄った時に買った物だ。オレには相場でしか良し悪しが判断できないので、前にトルマと行ったオカマバーの巨漢のママさんに相談して買った。彼の目利きは確かだったようで、侯爵もご満悦だ。ニマニマしながら美青年の像に指を這わせている姿は、脳裏からカットしておく。
ママさんと像を買い付けに行く時に、子供達と楽しそうにしているセーラを見かけた。変装していたので声を掛けなかったが、レベルも1つ上がっていたので修行を頑張っているのだろう。セーラは筆まめで、頻繁に手紙を送ってくる。迷宮都市に着いて1月も経っていないのに、もう3通目の手紙が届いていた。
未だに返事の来ない筆不精のカリナ嬢とは、大違いだ。ムーノ男爵からの手紙だと、カリナ嬢も迷宮都市で修行したいと言い出しているそうだ。ニナ執政官が、たまに説教をしているらしいが馬耳東風らしい。
迷宮都市にはラカの防御を突破するような魔物が沢山いるので、できれば来ないで欲しい。迷惑云々よりも、あの美貌が傷つくのはあまり見たくない。領内の盗賊退治で、満足していて欲しいものだ。
さて、美青年像とアシネン侯爵の構図を見たくないばかりに、思考が脱線しすぎた。
侯爵に聞けそうな話は聞き終わったので、他の人に相談してみよう。
◇
「珍しいな、貴殿が我が家に訪れるなど」
厳しい顔をさらに険しくしたデュケリ准男爵が、ソファーを勧めてくれる。
ここに来たのは、彼の娘を迷賊から助けた一件の後に1度来ただけだ。あの時は、御礼代わりの宴席に呼ばれ、彼が仕切っている迷宮都市内の魔法道具屋や薬屋の店主達と顔見せを兼ねて酒を酌み交わした。
彼なら、あまり綺麗で無い方法を知っているかもと思って相談にきてみた。
「貴殿らしからぬ相談事だな。陛下に伝手があったとしても難しいだろう」
「ええ、無理なのは承知しているのですが、目的の品を手に入れる良い手はないものかと藁にも縋る思いで、皆様のお知恵を拝借しているのです」
ナナシになれば、国王陛下にも直接交渉できそうだったけど、それもダメか。
ふむ、裏技の存在は心配はしなくても大丈夫っぽいかな。
「手が無いわけでは無い」
「どのような手段でしょう?」
「無論、直接的な方法では無い」
勿体つけるデュケリ准男爵の次の言葉を待つ。
「戦と同じだ。相手を知れば良い。顔の広い侯爵夫人やシーメン子爵に頼んで、君が求める品を欲しがっている人物を探せ。そして交渉するなり、その人物が入札できない状況に持って行ってやれば良いのだ」
なるほど、情報戦か。実は裏技がありました、とかじゃなくて良かった。
入札できない状況っていうのが犯罪臭がするけど、誘拐とかじゃなくても、金を使い込ませて入札できる余裕の無い状態に持っていけばいいかな。
◇
丁度、午後から侯爵夫人のお茶会に呼ばれていたので、デュケリ准男爵の案を採用して、侯爵夫人に情報収集して貰えるように頼もうと思う。
お菓子やお茶を楽しみ、長い世間話の後に、フロアマスターの戦利品の話になった。
「まあ、サトゥー殿もお目当てのお品があるのかしら」
「はい、祝福の宝珠を。そうおっしゃるレーテル様も、何か目を付けておられるのですか?」
ちなみにレーテルというのは侯爵夫人の名前だ。何度も通っているうちに、奥様方の名前を呼ぶ許可を貰っている。
「ええ、あの素敵なティアラを見たかしら? 王国会議の時に、あれを付けてサロンに行ったら、きっと注目の的になると思わない?」
「ええ、侯爵夫人なら、きっとお似合いですわよ」
「あの卵のように大きなエメラルドで、首飾りを作ってはいかがでしょう?」
侯爵夫人の発言に、とりまきの奥様方が姦しく夫人をヨイショする。
儚げな様子のデュケリ准男爵の奥方が、小さな声で「万能薬が」とか発言しているが、誰の耳にも届いていないようだ。オレも聞き耳スキルが無かったら、聞こえなかっただろう。
「食餌療法は上手く行っていないのですか?」
息子さんの病気の事は内緒なので、主語をぼやかして聞いてみた。
「はい、野菜が嫌いみたいで、なかなか食べてくれなくて」
「以前、お渡しした調理法でもダメでしたか?」
「士爵様の料理人の方が作ってくださった物は、美味しいと言って食べていたのですが、我が家の料理人の物だと、やれ苦いとか土臭いと言って食べないのです」
ふむ、腕の差か?
しかし、教えたレシピは、みじん切りにして料理に混ぜたり、裏ごししてスープにしたりするやり方が多かったから、そんなに腕の差は出ないはずなんだが……。
迷宮都市には、彼女の息子同様にビタミン不足の貴族が少なからずいるみたいなので、ビタミンサプリや青汁でも作って販売させてみようかな。試作品ができたら、さっきのお礼も兼ねてデュケリ家にプレゼントしよう。
フロアマスターの戦利品の話で、お茶会が非常に盛り上がり、侯爵夫人はオレが頼む前に、オークションで誰がどの品を狙っているかの情報を集めると請け負ってくれた。
ティアラも入札しないといけなくなりそうだが、情報料と考えればいいだろう。最悪、高すぎるようなら、類似品かそれより華美な品を作れば納得してくれるに違いない。
◇
アリサ達は、オレ抜きで上層と中層の狩場で新装備の慣熟訓練をしている。
装甲貫通型の敵や即死系の攻撃をする敵は間引いてあるので、そうそう危ない事にはなっていないだろう。アリサの新装備には、自動展開型の防御魔法が埋め込んであるから、予想外の奇襲に遭っても転移で逃げれるはずだ。
もう夕暮れだし、ミテルナ女史には夕飯は不要と告げてあるので、迷宮に顔を出して皆で夕飯を食べるとするか。
皆は、蠍と蜘蛛のキメラと戦っていた。
「ポチ、ヤツの足を止めなさい!」
「あい! 分身攻撃なのです!」
ポチが瞬動を駆使した連撃で、八本足のキメラの片側4本を破壊する。ポチの言うように、残像で分身したようにも見える。
擱座したキメラの背に取り付いたタマが、ヤツの複眼を小剣で潰している。キメラは頭を振ってタマを振り落とそうとするが、片方の小剣から蛇腹魔刃をだして触角に絡めて耐えている。
タマの小剣は、鞭状の蛇腹魔刃と錐状のドリル魔刃を使い分けれるように調整してみた。2種類の機能を使い分ける器用さはタマだけのようで、ポチやナナは音声での切り替えを必要としていた。
ミーアが魔法で抉じ開けたキメラの口に、ルルの新型滑腔砲の弾丸が突き刺さる。
ルルが使っているのは、2メートル半の長い銃身の銃で、火薬の代わりに魔力を起爆剤にして実体弾を撃ち出す。射撃の際に、砲身内に斥力を発生させて、銃身の内壁と弾丸が接触しない仕組みになっている。この回路の成型にはとても苦労したので、銃を棍棒代わりに使わないように言い含めてある。
弾速は音速の半分くらいだが、20ミリと口径が大きいので破壊力は抜群だ。
実際、止めを刺そうとしていたアリサの出番が無かったらしく、地団駄を踏んでいる。
「サトゥー」
目ざとくオレを見つけたミーアが、ぽふんと音がしそうな勢いで抱きついて来た。
「ご主人さまなのです!」
「おかり~?」
その声に気がついた皆が集まって来た。
ポチが攻撃したのとは反対側の足を潰していたリザが、魔核を回収して戻って来るのを待って、皆を連れて迷宮の別荘に戻る。
「新装備の使い心地は、どうだい?」
「素晴らしい性能です」
「いい~」
「最高にサイキョーなのです! まさにオヤジィィって感じなのです!」
前衛陣は、手放しの好評さだ。ポチの感想は元ネタが判らないので、後でアリサに解説して貰おう。たしか、アニメかゲームだった気がするのだが、思い出せない。
「ごめんなさい、ご主人さま。まだ加速陣を使うと上手く命中できなくて」
「ああ、あれは手ブレしたら一瞬で弾道がズレるからね。頑張って使いこなしてみて」
「はい、頑張ります!」
両手を握り締めて気合をいれるルルの頭を撫でて、激励してやる。
射撃スキルや狙撃スキルがMAXのオレでも、使いこなすのが難しかった銃だからね。使いこなせば、かなりの性能になるから頑張って慣熟して欲しい。
「オーバーキルね。威力が高くなりすぎて、援護する時は昔の杖とかを使った方がいいかも」
「ん、過剰」
後衛陣からは、概ね好評ではあるものの威力が上がりすぎて困るという贅沢な悩みを言われてしまった。
「ミーアなんか膨張の範囲と威力の調整ミスで、ポチを2回くらい天井にぶつけてたもの」
「アリサ! 秘密!」
ポカポカとアリサを叩くミーアの姿を愛でながら、盾役のナナに話を聞く。
「安全無事であると告げます。消費魔力が増えて継戦能力が低下傾向にあります。久しぶりに魔力の補充を申請します」
鎧を脱ぎ始めたナナを、ルルが力ずくで止めるシーンがあったものの、ナナの希望通り風呂の時に魔力補充をしてあげた。魔力譲渡で良い気がするのだが、こちらの方が気持ちいいそうだ。カロリーバーと、ちゃんとした食事の違いみたいなものか。
風呂でリフレッシュしてから、ミスリル証獲得までのスケジュールをアリサと相談する。
Xデーは、10日後だ。
次回更新は、12/1(日)です。
10-44.仮面の下の顔
※6/21 誤字修正しました。
※6/21 加筆しました。
※6/21 加筆しました。
サトゥーです。自分に似ている人が世の中には三人いると言いますが、有名人ならともかく犯罪者とかと同じ顔だと迷惑この上ないと思うのです。
◇
「こんばんは、陛下」
オレは、紫髪のナナシ口調で努めて気楽に話しかける。相手は、シガ王国の国王陛下だ。2日前に来訪する旨をしたためた手紙を執務室に置いておいたのだが、この部屋には彼一人しかいない。影武者さんを部屋に置いて、自分は別室から覗くか聖騎士達を回りに侍らせておくと思ったんだけど、隣室に宰相さんとシガ八剣の筆頭さんがいるくらいだ。
ちょっと無用心過ぎる気がする。
「久しいなナナシ」
声も影武者さんと同じだ。どうやら、公都で影武者君と会った設定は有効らしい。
「ちょっと天の彼方で用事があってね」
「ふむ、天界に呼ばれるとは、勇者にして聖者、そしてシガ王国救国の英雄だけはある」
いや、天界じゃなくて宇宙だけど。別に訂正はしなくていいか、説明が面倒そうだしね。
さりげにシガ王国の勇者に認定されてるけどスルーだ。
「忙しいところ、ごめんね、陛下」
「かまわぬ。儂も汝に会いたいと思っていたのだ」
アリサの監修が入ったせいか、口調の気持ち悪さが増した気がする。サトゥーと同一視されない為だけならば、もっとマシな口調があった気がする。痛恨の失敗だが、このまま我慢してやりとげよう。そうだ、ナナシは魔王と相打ちになって、新しいナナシ2号が誕生したとかいいかもしれない。
「どうした、ナナシ?」
おっと、いけない。思考が暴走していた。
「用事の一個目はコレなんだ」
「天空の剣は要らぬというのか?」
オレが差し出したクラウソラスの贋作を見て、国王が眉を顰める。聖剣をつき返すなんて、シガ王国を魔王から守る気は無いって宣言するようなものだしね。誤解は早めに解こう。
「誤解だよ。これはニセモノなんだ。前の急造品と違って、所有者を制限できるし聖句で空も飛べるから」
今回の贋作は、本物のクラウソラスとほぼ同じ素材なので生半可な鑑定では真贋を見破れない。オリハルコンとティルシルバーの合金製で、本物と同じ聖句で自動攻撃する機能も搭載している。攻撃力は本物よりも劣るし変形分離もできないが、ニセモノとしては充分な性能を組み込めた。所有者を制限する為の仕組みは、エルフの里で教えて貰った回路を組み込んである。元々は、ポチ達の装備を敵対者に奪われない為に探したモノだ。
この機能を追加した偽、クラウソラスの所有者になれるのは『シガ国王』と『国王が所有を許可した者』のみ。手順は、騎士叙勲の儀式と同じだ。許可者は1度に一人までしか登録できず、最後に許可した人間が有効となる。
「前のよりは本物っぽいはずだよ?」
「うむ、儂には本物にしか見えん」
「後で聖句を使ってみれば、偽物ってわかるよ。詳しくは、こっちの紙に書いておいたから」
そう告げて説明書を渡しておく。清書はティファリーザに任せたのだが、無表情ながらも嬉々として書いていた。書類仕事が好きなのだろう。
「これほどの聖剣を、わずかな期間で作り出すとは……」
王様が白いヒゲを撫でながら、唸るように偽クラウソラスを見つめている。設計込みで1週間かかっていないとかは言わない方がいいだろう。
それよりも、これは前置きなんだからさっさと納得して次の話をさせてくれ。
「ナナシよ、一度、仮面の下の素顔を見せてくれぬか」
「いいよ。でも、恥ずかしいから、ちょっとだけね」
きっと要求されると思っていたので、仮面の下は変装マスクを付けている。今回のバージョン2変装マスクは、透視阻害や認識阻害なんかの魔法道具の回路を組み込んだ特別製だ。仮面にも認識阻害の魔法回路を組み込んであるので、大抵の見破り系の魔法道具をシャットアウトできる。
もったいぶる気も無いので、仮面をずらして変装マスクの顔を見せる。
今回の変装マスクには、知り合いの顔を使った。こちらの知り合いの顔を使うと問題が起こるので、日本での知り合いの顔だ。メタボ氏と後輩氏のどちらの顔を使うか迷ったが、メタボ氏だと体型的に合わないので、今回は後輩氏の顔にした。
「おおぉ、神よ!」
あれ? 後輩氏の顔がお気に召さなかったのか、王様が痙攣を起しそうなくらいショックを受けている。神様に祈らなくてもいいと思うんだけど。
「ヤ、いや、ナナシ殿、その顔を宰相にも見せてやってくれぬか」
殿? それより、遺言する老人みたいな口調で懇願するのは止めて欲しい。
「ナナシでいいよ、陛下。あまり人に顔を見せたくないけど、宰相さんだけならいーよ」
「すまぬ、それでは呼ばせて貰おう」
王様に呼ばれて隣室で待機していた宰相さんがやってきた。トルマメモによると、この人はシガ王国に3家だけある公爵家の人で、ドゥクス前公爵さん。家督は息子に譲って、王の片腕として行政を担当しているらしい。
この宰相さんは、その職業名から来る印象を真っ向から裏切る容姿をしている。将軍と紹介された方がしっくり来そうな、分厚い筋肉に守られた偉丈夫だ。手に持った扇が実に不似合いだ。戦闘系のスキルは「護身」しか持っていないのに、どうしてこうなった。
「お呼びですか、陛下」
宰相さんは、あらかじめナナシの事を聞いていたらしく、仮面を見ても特に驚きもなくオレに一瞥をくれたあと、王様に用件を尋ねる。王様が両者を紹介してくれて、挨拶をすませた。
「ナナシ、頼む」
「ほ~い」
オレが仮面をズラして顔を見せると、宰相さんは一度固まった後に滂沱の涙を流し始める。
王様といい宰相さんといい、どうしてこう過剰反応するのやら。
後輩氏の顔は、普通に地味な顔で、身内びいきで多少美形と言えなくもないが、他人から感動されたりショックを受けるような濃さは無いはずなんだけどね。
案外、ルルみたいに、こちらの人の美的感覚だと変に感じるのかも。
「もう、いいかな?」
「うむ、感謝する」
感謝されるほどの事は無いと思う。
「このドゥクスの家は、建国の前からヤマト様に仕えていた名家でな。建国の折に『姿写しの秘宝』で撮影したヤマト様の姿が保管されているのだ」
ふ~ん? 紹介にしては唐突だね。
「ヤマト様ぁぁぁ!」
滂沱の涙を太っとい腕で拭いた宰相が、両手を広げて抱きついてきたので、スルリと避ける。2度目は王様が止めてくれたので、避けるまでもなかった。
ヤマト様?
え~っと、まとめると後輩氏の顔が王祖ヤマトさんに似てるって事?
でも、同一人物というのはありえない。
召喚の際に時間がズレるとか以前に、あいつはプレッシャーに弱いし、オレ以上に周りに流され易い。少なくとも王様が出来るような人間じゃないというか、建国しようという発想が出てくるタイプじゃない。
他人のソラ似か、百歩譲って関係があるとしても、後輩氏の子孫が王祖ヤマトだったとかじゃないかな。
「ボクはナナシだよ。王祖さんとは関係ないからね」
「相、判った」
いや、その顔は判って無い。
ぜったい、ナナシの事をヤマトさんの転生した姿とか思っている顔だ。
しまった、そうか、この髪だ。紫の髪は転生者の証とも言われているくらい、転生者が多いんだった。顔と髪の2つの条件で短絡するようでは、大国の国王と宰相は務まらないと思うんだが……。
まあ、いいや。訂正するのも面倒だし、適当に勘違いしていてもらおう。
一応、王祖ヤマト扱いしないように念を押しておいた。
◇
「で、用事の二個目なんだけど、シガ王国で魔法の品を売りたいんだけど、商業権とかがあるならくれないかな?」
「ふむ、よかろう用意させよう」
即答で許可とか。さすが王政。こういう所は話が早くていいよね。
「商業権は問題ありません。ナナシ殿、どのような品を売るつもりかな?」
「うん、魔法の武具とか道具、それから薬品関係を扱おうと思ってるんだ。目玉商品には、飛空艇を用意してるんだよ」
「飛空艇だとっ?!」
宰相さんの問いかけに、大雑把な商品ジャンルを告げたんだけど、「飛空艇」という単語に王様が食いついてきた。
「うん、大型の輸送艦と馬車サイズの個人用の飛空艇の2種類を販売しようと思ってるんだ。見本用の輸送艦一隻以外は、空力機関しかないから納品は少し先になるけどね」
輸送艦は、公都で見かけた飛空艇と同程度の性能にしてある。巡航速度や最大高度は同じくらいで、大きさは4割増。積載量を多めに設計してある。
個人用の飛空艇を貴族達の間に広めるのは、オレが都市間を自由に行き来してもおかしくない状況にしたいからだ。
「個人用?! 貴重な空力機関を個人の遊興に使うのか?」
大げさな。
「領主の人が、気軽に王都と行き来できると便利でしょ?」
「たしかに便利だが、貴殿は空力機関をそれほど潤沢に持っているのか?」
「うん、それなりにね」
前にルルと一緒に、マグロやイッカクを乱獲したときに沢山手に入ったんだよね。その時にマグロを横取りしようとサメ型の魔物が空から襲って来た。そいつらをサクサク処分したんだけど、その正体が、空力機関の素材が取れる事で有名な怪魚だったんだよね。
マグロを狙う悪い魔物を周辺海域から抹殺したので、空力機関に使う部位は余りぎみだったりする。マグロやイッカクの素材からも空力機関が作れたんだけど、サメの素材ほど出力がでなかった。それに沿岸の町を襲うのがサメだけらしいので、その素材しか知られていないのだろう。
「具体的には、どの程度の数が用意できるのだ」
「大型輸送艦用のが5隻分、小型船用のが20隻分くらいかな」
曖昧なオレの答えに、宰相さんがちょっと焦れた口調で問いただしてきたので、具体的な数値を出した。
ちなみに、小型のが30隻分くらいで大型1隻分くらいの出力になる。
それより、許可が降りるかが問題なんだけど、王様も宰相さんも思案顔だ。
密売だと、マズイんだよね。
「ナナシよ、国防の為にも飛空艇を気軽に売買されては困る」
「当面はシガ王国の貴族だけに売るつもりだけど、それでもダメ?」
キモかわいく聞いてみた。
ああ、ライフが減っていく……。
「う、うむ、それなら――」
「王家に優先権を付けて貰いたい」
許可してくれそうだった王様に被せるように、宰相さんが条件を付けてきた。王様の言葉を遮るとか不敬罪になりそうだ。
「飛空艇を売る場合、まず最初に王家あるいは王軍に対して商談を持ちかけてもらいたい」
「おっけー」
「おっけえ? 知らぬ言葉だが、肯定という意味か?」
「ああ、ゴメンね。肯定って事」
そんなやり取りを経て、王国での魔法道具の商業権を得ることができた。
大型輸送艦5隻のうち、見本の一隻を献上し、その功績で商業権とメダリオンを授けられた。このメダリオンは、王家ご用達の商人の証で、実際に商売を行う人材が貴族達と対等に取引できるようにと、宰相さんが手配してくれた。
大型輸送艦の値段は、実物を見ないと値段が付けられないそうなので後日という話になった。一応、3日後に王都外縁部にある空港に、献上用の船を乗り付けると伝えてある。
他にも見本用として、魔法の剣と槍、それから魔法薬を数種類ほど献上しておく。魔法の武器は、剣が金貨150枚、槍が金貨200枚と暴利を設定したのだが、剣100本に槍200本という大商いになってしまった。
今回の魔法の武器は、公都の時のように単なる青銅製では無く、青銅をベースに真鍮とミスリルの合金を皮膜に被せて見栄えを良くしてある。同じ鋳造魔剣なので、武器としての攻撃力はほぼ同じだが、皮膜のお陰で錆びや腐敗に強くなり、手入れがし易くなった。
薬は公都の闇市の時と同じラインナップに加えて、栄養剤や滋養強壮剤も追加しておいた。滋養強壮剤は見本という名目で、王様や宰相さんに多めにプレゼントしておいた。
24時間戦ってください。
ああ、それだと4時間も眠れるのか。羨ましい。
商品の受け渡しは、3日後に大型輸送艦に乗せて納品するので、代金の支払いもその時に行う事になった。
今回、商業権を得たのは、後日行われるオークションの為だ。
金の力で無双するにしても、ライバルになりそうな連中の財力を削ろうと思ったわけだ。
さて、オークションに向けての準備は順調だ。
蛇足だが、納品の為に王都を訪れた時にソーケル卿の身柄を宰相さんに預けておいた。彼ならソーケル卿の証言を上手く利用してくれるだろう。
殿下とやらの正体が謎のままなのがむず痒いが、王国の官憲や密偵達が正体を暴いてくれるのに期待しよう。
※次回更新は、12/8(日)です。
ちょっぴり幕間っぽいけど本編です。
次回は、ちゃんと迷宮都市に舞台が戻ります。
1章以降出てきていませんが、デスマの世界は1日28時間です。
※6/21 ソーケル卿の身柄を宰相に渡した旨を明記しました。
ちょっぴり幕間っぽいけど本編です。
次回は、ちゃんと迷宮都市に舞台が戻ります。
1章以降出てきていませんが、デスマの世界は1日28時間です。
※6/21 ソーケル卿の身柄を宰相に渡した旨を明記しました。
10-45.ミスリル証(3)
※12/11 誤字修正しました。
サトゥーです。忘年会シーズンには、焼肉や鍋料理などを囲んで宴会をしたものです。ただ、大晦日も元旦も仕事で、いつのまにか年が変わっていたという事の方が多かったですけどね。
◇
「サトゥー!」
王都からお土産を持って帰って来たオレを最初に見つけたのは、やはりミーアだった。転移魔法を使うと精霊が慌てるそうで、数瞬だが事前に判るらしい。
ミーアに遅れてポチとタマが別荘の方から駆けて来た。この二人は空間か魔力の揺らぎを察知して、オレの転移が判るそうだ。「なんとなく」判るだけらしいので、何を察知しているのかは2人も良く理解していないみたいだ。
「やっぱり! ご主人さまなのです!」
「おかり~」
到着は三人同時だ。
ミーアは、ぽふんと正面から。
タマは、ピョンと飛んで首投げでもしそうな勢いで、オレの首に着地して肩車スタイルになる。着地の時に「ぱおだる~いん」と微妙に間違った掛け声をするのはアリサのせいだろう。
ポチは、騎士相手でも一撃で倒せそうな勢いで頭からぶつかって来た。ミーアの後頭部にヒザが命中しないように、理力の手も使って優しく受け止める。
涙目のポチが下から「アリサが~」と訴えている。
どうしたんだろう?
理由を聞いてみても、あうあう言うか、「アリサが」と繰り返すばかりで、言葉が続かない。人の悪口を言ってはダメとルルやリザに躾けられたせいか、人を罵倒する言葉が上手く出てこないようだ。
「ん、情緒不安定」
ミーアが横抱きにしたポチの横から顔を出して教えてくれるが、ポチの事なのかアリサの事なのか良く判らない。もう少し、言葉を増やして欲しいものだ。
「けんげんがくかう~?」
喧喧囂囂か侃侃諤諤かな?
肩車したタマが、オレの髪の毛をモシャモシャとかき混ぜながら、覗き込んでくる。
良く判らないから、アリサ達に直接聞くか。
「お土産もあるから、食べながら話そうか」
「にく~?」
「甘味?」
「両方だよ」
オレの言葉にテンションの上がる3人。ポチと目が合うと、ちょっと気まずそうにして「肉はベツバラなのです!」とそっぽを向いて口笛のマネをしている。
肉が別腹なら、本腹? には何が入るのか小一時間問い詰めたい。
別荘の扉を開けると、アリサ達の論争する声が聞こえてくる。
「だから! さっきから言ってるじゃん! 最初の一撃は、遠距離から最大威力の魔法を叩き込むべきなんだってば!」
「否定します。その一撃で倒せない場合、アリサ達後衛の命が危険で危ないのです」
「そうです。一番槍は武人の誉れといいます。我々前衛陣が突撃して敵を削り、最後の止めをアリサ達後衛が刺すのが常道でしょう」
「だって、それじゃ、リザさんやポチが怪我するじゃない!」
「アリサ、私の心配もするべきだと進言します」
「ナナは鉄壁じゃない。マギヒュドラのブレスと魔法と噛み付きの三重攻撃くらって無傷とか、中級魔族相手でもタイマンできそうじゃない」
「装備と新魔術のお陰です。賞賛はマスターにこそ言うべきだと推奨します」
なかなか白熱しているみたいだ。
というか、マギヒュドラは魅了攻撃があるから手を出すな、って言っておいたのに戦ったのか。食事の後にでも、お仕置きだな。
◇
「つまり、アリサ、リザ、ナナの三人が、戦術について議論しているのを、ケンカしていると勘違いしたのか?」
「そうだけど、違うのです」
難しい。
「アリサが無茶言うのです」
「え~、ちょっとルルの滑腔砲を使って空蝉蜂鳥に攻撃を命中させろって言っただけじゃない」
「アリサ、空蝉蜂鳥は魔法の矢でも命中させるのが難しいんだから、無茶よ?」
ルルが、テーブルに食器や食材をならべながら、アリサを嗜める。
「だって、ルルは命中させてたじゃない」
「岩の上で休憩している空蝉蜂鳥を遠くから狙撃で、だけどね。あれは連動ゴーグルと銃身安定用の空間杭があったからよ。ポチちゃんみたいに動いている空蝉蜂鳥相手だと、さすがに当てる自信はないかな」
ルルが可愛く顎に指を当てて「ん~」と考えて、アリサの言葉を訂正している。
滑腔砲の連動ゴーグルは、砲身の照準をつけにくいという欠点をカバーする為に作ったものだ。滑腔砲につけられたスコープの画像を転送してくれる。ただ、動画を転送できるほどの速度が出せなかったので、なんとか粒子の粗い静止画を至近距離で送るのがやっとだった。
空間杭は、滑腔砲の手ブレを無くすためのモノで、世界樹に使われていた技術の模倣だ。世界樹に使われている空間杭とは比べるのもおこがましいくらい脆弱なモノだが、銃身を固定できるので手ブレは完全に無くなる。
これらの魔法回路の起動は、手元のボタン操作か音声入力で行う。応答のセリフはオレが吹き込んだ。開発予算の少ないゲームの時は、開発スタッフが持ち回りで声優モドキをやっていたので照れは無い。
「それで、ポチは命中させたの?」
「ちゃんと当てたのです……魔刃砲で」
ポチの言葉は最後の方が尻すぼみにボリュームが下がっていった。なるほど、弾丸が命中しなくてヤケになって、滑腔砲の銃身を剣に見立てて魔刃砲を使ったのか。
「ポチはすごい~ まじんほ~ 曲げてた、でゴザル」
膝の上から見上げながら、タマがポチの偉業を報告してくれた。
魔刃砲って、軌道を曲げられるのか。どこかの最強宇宙海賊みたいだ。今度、オレも練習してみよう。
「でも、どうして滑腔砲の練習なんて?」
「接近するのが危ない敵だった時の為よ」
「それなら魔刃砲でいいんじゃない?」
「だって、フロアマスターなんて、絶対に魔法抵抗が強そうじゃない。遠隔物理攻撃手段を増やしたかったのよ」
なるほど、それでか。
でも、そういう目的なら、滑腔砲用の散弾もあるんだが。
「散弾なんてダメよ。フレンドリーファイヤーが怖いし、威力も弱いじゃない」
「加速陣を使えば、シャレにならない威力になるはずだよ」
それこそ命中すれば、ジェット戦闘機だって落とせそうだからね。
「はい! 難しい話はそこまで! 続きは食後にしてくださいね」
食事の準備を完了させたルルが、手をパンパンと叩いて注目を集め、会議の終了を宣言する。こうやって強制終了させて貰わないと、議論に夢中になりすぎて食事が冷めてしまうんだよね。
◇
「うっはあ~! これは霜降り? どこで手に入れたの?」
「うん、王都から帰る途中で、巨大な魔物に襲われている牧場を見つけてね。その魔物を退治したお礼に貰ったんだよ」
御用牧場だったらしくて、魔物に半分喰われた牛の肉を謝礼代わりに貰った。牧童に言わせると「傷物」の肉らしいが、この赤身と脂身の織り成す素敵な牛肉様の前では戯言と断じるしかない。もっとも、そのおかげで魔物退治の謝礼に現金では無く現物がもらえたんだから、牧童氏の見解には感謝している。
オレ達の眼前には、薄切りにスライスされた肉を綺麗に盛り付けた大皿が10枚。そして、その横には、湯気を上げる独特の形状の鍋がある。
「くぅ~ こっちに来て、しゃぶしゃぶが食べれるなんて思わなかったわ!」
「肉の人がぺったんこなのです!?」
「だいえっと?」
ポチとタマが目線をテーブルの高さに下げて、横から肉の薄さを確認して、そんな感想を口にする。2人にとって、肉とは分厚くあるべきものなのだろう。
ふふふ、その幻想をぶちやぶってあげよう。
「これはね、しゃぶしゃぶと言って――」
「そんな事より早く食べましょう!」
オレの説明を遮ってアリサが催促してきたので、食事を始める。
大皿の周りには、ごまだれやポン酢の入った瓶や、薬味の入った小皿が並んでいる。
薬味には、おろした大根、人参、生姜、それに刻んだネギ、青じそ、タマネギが続き、ごまだれを作ったときに余ったゴマや、クラッシュナッツとかワサビも、それぞれ器に盛ってある。色々あった方が楽しいよね。
牛肉の他に、カニや刺身も並べようか迷ったが、今日は、初しゃぶしゃぶという事もあって、牛肉オンリーにしてみた。
「こうやって肉を一切れ摘まんで、湯にさっとくぐらせて、タレを付けて食べるんだ」
オレが説明しながら実演する。
まずは、プレーンなポン酢に軽く付けて食べる。さすがは、シガ王家ご用達のオーミィ牛だけはある。昔、社長に奢って貰った神戸牛や松阪牛にも匹敵する美味さだ。とろけ具合は、この間のマグロも良かったが、やはり牛肉ならではの旨味がある。
「薬味は自分の好みで入れればいいからね。はじめは薬味無しのタレで食べてごらん」
オレの勧めに、リザが真剣な顔で肉を一切れ摘まんで湯にくぐらせる。いつのまにやら箸使いも上手くなったものだ。
でも、そんなに真剣な顔で食べなくていいからね。
ポチやタマは、箸が使えないので、細いトングを用意してそれを使わせた。フォークだと湯を潜らせる時に落ちそうだからね。トングの折り返しの所には、犬猫ひよこの3種類の押し印を付けてある。ひよこ印のトングは、ナナが真っ先に掻っ攫っていった。
「んまい。A5ランクはあるわね! これなら幾らでも食べれそうだわ」
「美味しいのです! エーゴの肉はクジラやマグロなみなのです!」
「びみびみ~?」
「ごまだれが最強無敵だと告げます」
「ナナさん、ポン酢に大根おろしを入れたのも美味しいですよ」
「ん、おいし」
皆が口々に賞賛の声を上げながら舌鼓を打っている。あっさり味のお陰か、ミーアの口にも合ったようだ。
一人、黙々と咀嚼するリザが気になったが、目じりが幸せそうだから、味に没頭しているのだろう。心の赴くまま堪能してね。
アリサ、ポチ、タマは飲み込むような速さでバクバクと口に詰め込んでいる。百キロ以上あるから好きなだけお食べ。でも、アリサは食べ過ぎに注意だ。
「くぅ、ゴマダレ至上主義だったけど、ポン酢もいいわね! 薬味でこんなに味にバリエーションがでるとは!」
「アリサ、そんな事を言ってワサビの小皿を押してきても、騙されないのです。ポチも学習したのです」
「ゴマダレ好き」
「どれも美味~?」
「うう、美味し過ぎて食べすぎちゃいそうです」
みんなそれぞれに付けタレを選んでいて面白い。ポチはアリサの企みを華麗にスルーしたようだ。ルルは体重を気にして食事をセーブしていたが、オーミィ牛の魅力に敗北しそうな感じだ。たまには、いいじゃないか。
ラー油とかXO醤や豆板醤とかがあったら、もっと味のレパートリーが広がりそうだよね。XO醤や豆板醤は、たしか味噌ベースだったはずなので、一度試作してみよう。ラー油はなんだろう? 唐辛子とかかな?
リザが、湯を潜らせた肉にワサビをちょっと載せて醤油をかけた珍しい食べ方をしていたのでマネしてみた。サシミっぽい食べ方だが、なかなかイケる。
ただ、それを見て興味を持ったポチ、タマ、ミーアの三人がマネをして食べて、口と鼻を押さえて苦しんでいた。その様子に噴き出してしまって、三人にポカポカと叩かれてしまった。
ワサビを紛らわすために、涙目の年少組にホットチョコレートを配る。
「う~ん、まんぷく満腹。ホットチョコか~、今度はチョコフォンデュとかチーズフォンデュとかもいいわね~」
アリサが、ホットチョコレートを飲むポチ達を見て、そんなリクエストをしてくる。チーズフォンデュは良く食べたけど、チョコフォンデュは食べたことがないな。一度作ってみるか。
「どんな料理なのです?」
「フォンデュの肉にチョコをかけたり、チーズをかけたりするの。フォンデュ鳥は、山奥の綺麗な水のあるところにしか棲んでいないから、幻の料理といわれているのよ」
「フォンデュ狩り~!?」
「狩りに行きたいのです!」
「だうと」
アリサの嘘話にポチとタマが乗っかるが、ミーアがすかさず見破ってしまった。ボルエナンの里にも勇者ダイサクが伝えたチーズフォンデュが存在しているそうだ。
◇
翌日の訓練は、フロアマスターが物理無効の場合を想定して行われたらしい。
夕飯に戻ってきたら、全員魔力切れでダウンしていた。
渡しておいた魔力回復薬を全部使い切るまで訓練していたそうだ。一応、帰還用の魔力を残すだけの理性があって良かった。
オレも魔力が切れる寸前だったので、「魔力譲渡」の魔法では無く魔力回復に良い薬膳料理を出したのだが、なぜか大不評だった。
これなら非常用にチャージしてある魔剣の魔力を引き出して魔力譲渡した方が良かったかな?
「にくない~」
「ポチは反省しているのです。だから、ちょびっとだけでも肉が欲しいのです」
「ポチ、タマ。ご主人様の与えてくださる食事に注文を付けるなど百年早いですよ」
ポチとタマの2人は懲罰とでも思ったのか、青菜に塩な感じで情けない表情をして見上げてくる。ポチが指をちょっとだけ開いて「ちょびっと」を表現するのが可愛かった。きっと、あれは肉の厚みを表現しているに違いない。
リザは、そんな2人を嗜めているが、声に全然力がない。きっとリザも肉が無いのがショックなんだろう。ちゃんとダシには鳥ガラを使ったから、味は悪くないはずなんだけどな~
「ダイエットでも無いのに、こんな食事はイヤー! もっとタンパク質を! ぎぶみー、みーと、ぷりーず!」
「魔力回復に良い料理なんだよ」
それにタンパク質なら、ちゃんと煮豆も付けてあるじゃないか。
他の3人は、元々野菜が嫌いじゃないので、文句無く食べてくれた。
食事中に魔力譲渡できるだけの魔力が回復していたのだが、せっかくなので完食してもらい、アリサ達の魔力回復速度の変化を観察させて貰う。あとで魔力回復薬を再生産しておかないとね。
なお、肉好きの4人には、魔力回復後にクジラのステーキを好きなだけ食べさせてあげた。いや、アリサは食べ過ぎる前に、途中で止めた。また、ダイエットに付き合うのはイヤだからね。
次回は12/15(日)の予定です。
たぶん、次回はフロアマスターとの戦いが始まるはず!
活動報告にリザSSをアップしてあるので、よかったらご覧下さい。
たぶん、次回はフロアマスターとの戦いが始まるはず!
活動報告にリザSSをアップしてあるので、よかったらご覧下さい。
10-46.ミスリル証(4)
※6/21 誤字修正しました。
サトゥーです。参観日というと子供達の晴れの舞台という印象がありますが、大人になってみると保護者達の見得の張り合いの場所でもあると気付かされます。きっと、先生方もバランスよく子供達の見せ場を作るのに、胃が痛かった事でしょう。
◇
「わ~い、ポーアなのです!」
「シーヤ、おひさ~?」
オレが別荘に連れて来た2人を見たポチとタマが、諸手を上げて歓迎する。この2人は、フロアマスター討伐時の助っ人だ。
生憎と、戦力としてでは無く、人数を水増しする為だ。この2人には、それぞれトロル5人とスプリガン10人、レプラコーン10人を引率して来てもらった。さきほど、地味な中年男性に変装したオレが、東ギルドまで案内して全員の登録を手伝ってきた。この辺りだと珍しい種族ばかりだったので、みんな人族に偽装して貰った。トロルはサイズ的に無理があったので、比較的メジャーな小巨人に化けて誤魔化した。
エルフ2人以外は、地上の宿を一軒貸切にして、そちらに泊まって貰っている。
オレ達が迷宮都市に最初に来たときに泊まった高級宿だ。トロル達が泊まれるような宿が、他になかったんだよね。食事や酒は全てオレの奢りなので、今頃は人族の料理を堪能しているはずだ。酔ったトロルたちが、宿を壊さないか少し心配だ。
「おう、ポチ! 達者にしてたか?! 後で稽古をつけてやる! 木ッ剣の用意をしておけよ!」
「あい! なのです!」
ポチの師匠のポルトメーア女史が、前に贈った青薔薇の剣を片手にニヤリと微笑む。
別荘に駆け戻ったポチが、無傷木剣2本を頭上に掲げて嬉しそうに帰って来た。さっそく稽古を始めるつもりみたいだ。
「タマは、息災か」
「さくさくでゴザル~? ニンニン」
タマの師匠のシシトウーヤ氏は、着流しのエルフさんだ。落ち着いた物言いはツワモノといった風情だが、見た目が若いので背伸びした中学生に見えて、どこか微笑ましい。外見がショタっぽいので、アリサのお気に入りのエルフさんだ。
こっちの2人はのんびりとしていて訓練を始める様子もないので、別荘の中で待っているリザの師匠のグルガポーヤ氏とユセク氏、それからナナの師匠のケリウル氏とギマサルーア女史の所へ連れて行く。彼らも、今日連れて来た2人と同じく、10~15人ずつの偽装部隊を連れてギルド登録してもらっている。
先に連れて来た50人は、ボルエナンの森に住む獣人達だ。彼らは、迷宮に突入した後に蔦の館に転移で連れて行って、レリリルの作るご馳走を堪能してもらっている。
「おう! シーヤ。ポーアは一緒じゃなかったのかよ?」
「ポーアなら、ポチ嬢と手合わせをすると申して行ってしまった」
「まったく、あの戦闘狂にも困ったものだ」
「然り然り」
オレみたいな温和な人間から言わせると、この5人の師匠連も同類だ。
「やはり、リザ殿には敵わぬな」
「いえ、ケリウル殿ほど手ごわい方は初めてです」
「それは、サトゥーを除いてか?」
「ご主人さまは別格ですから」
真剣勝負を終えたリザとドワーフのケリウル氏が、そんな発言をしている。
もっとも、真剣勝負といっても剣を交えていたわけでは無い。
先ほどから、この2人は、リビングの一角で利き酒ならぬ、利き肉をしていたのだ。
リザが持ち上げてくれたが、オレには別に絶対味覚とかは無い。調理スキルを上げてから、味の違いが鋭敏に感じられるようになったけど、食べただけで産地や雄雌まで見分ける二人には及ばない。
単に、鑑定スキルやAR表示でわかってしまうだけだ。
2人の世界を作っていたのは、リザ達だけでは無い。
「なるほど、気を付けるべきは魔法無効と体力を削った後の暴走状態なのね」
「うむ、そうだ。我が主も、その2点に悩まされたものだ」
アリサに、フロアマスターと戦った時の注意点をレクチャーしてくれているのは、影人族のセオル氏だ。トラザユーヤ氏が迷宮都市にいた頃に、彼のパーティで斥候を担当していたらしい。フロアマスターの討伐にも参加した事があると聞いたので、ご足労願ったわけだ。
「アリサ殿、貴殿らは強い。だが、階層の主とは、更に別次元の相手なのだ。竜を退けた事のある我らが主でさえ、3度挑んで2度は敗退しているのだ。勝てぬと判断したら、速やかに退き、次の機会に賭けるのが宜しかろう」
「ありがとう、セオルさん! 大丈夫よ! わたし達には奥の手が売るほどあるんだから! 明日はズパーンとぶちかましてやるわ! 明日の晩は、食べた事の無いようなご馳走で宴会よ!」
セオル氏の忠告を聞いて、アリサのヤル気は、なおいっそう熱く燃え上がったようだ。
それはいいが、宴会料理を作るのってオレだよな? 変にハードル上げるの止めてくれないかな。そろそろ、レパートリーが尽きてきたんだよね。エルフの料理研究家グループの人達から教えて貰った妖精料理なら沢山あるんだけど、エルフ達に出しても食べ飽きてそうだし。
ここしばらく洋食や日本食ばっかりだったから、中華料理や創作料理に走るのもいいかもね。
◇
翌朝、宿に戻ったシシトウーヤ氏から困った事になったと連絡を受けた。
深夜まで宴会していたトロル達が、酔った勢いで宿の壁を破壊してしまったらしい。なかなか、豪快に壊れている。これは修理代が結構掛かりそうだ。
せっかくなので、このハプニングを利用して、彼らを雇用するきっかけに利用させてもらう事にした。
「何かお困りですか?」
「おお、これはこれは立派な若君。じつは、我らの仲間が粗相を働いてしまったようなのでござる」
オレとシシトウーヤ氏の三文芝居を、ポルトメーア女史はつまらなさそうに無視している。
「こ、これはペンドラゴン様」
オレに気が付いて、気まずそうに挨拶して来る宿の主人に被害額を聞く。
金貨50枚だそうだ。確かに、これだけ激しく壊れていたら修理代と休業補償でそれくらい掛かるだろう。
「ふむ、貴殿らは腕利きの探索者のようだ。私に力を貸してくれるのなら、宿の修理代を建て替えよう」
「なんと! これはかたじけない。我らに出来る事あらば、階層の主の討伐とて手伝ってみせようぞ!」
オレも人の事は言えないが、シシトウーヤ氏もたいがい大根だ。でも、ヘタの横好きなのか、シシトウーヤ氏は芝居がかった仕草をノリノリで演じている。タマが変な影響を受けていないといいんだけど。
宿の主人に修理代を支払う。ちょっとした世間話をしている間に、なぜか修理代が金貨28枚まで減少していた。不思議な話だ。
◇
オレがシシトウーヤ氏達と一緒に西門に向かっていると、街の人達がガヤガヤと好き勝手な事を言っている。きっとトロル達の巨体が珍しいのだろう。
「おい、アレってペンドラゴンの若様じゃないのか?」
「何してるんだ、あの人? いつものチビっ子や巨乳美人がいないじゃないか」
「黒槍のリザさんやメイド王のルルさんなら、何日か前に迷宮に入ってたぞ」
「帰還予定日に帰って来なかったのか? 心配だな」
「心配するだけ無駄だって、養成所の『ぺんどら』達だってアレだけ強いんだ。正規員のあの娘らを怪我させられるのなんて、階層の主くらいのもんじゃねぇ~の?」
炊き出しをしたりしているせいか、知らないうちに若い探索者達の間で、ずいぶん顔が売れていたようだ。
彼らの言う「ぺんどら」とは、養成所の卒業生達の事で、卒業証書代わりにペンドラゴンの紋章――ペンを持ったドラゴン――を3頭身にした簡易版の紋章を染め抜いた青いマントを与えてあるので、そんな名前で呼ばれるようになったらしい。
この簡易版の紋章はアリサが考案したもので、ナナのお気に入りだ。最初にアリサが書いた図案は、今でもナナのポーチの中に大事に仕舞われてある。
しかし、メイド王って、どこから出てきた二つ名なんだろう? ルルなら王じゃなくて女王だと思うんだけどね。
「あの小巨人みたいなヤツらを引き連れて、階層の主の討伐に行くのかな?」
「カネの力にものを言わせての討伐か……オレ達も雇ってくれないかな」
「やめとけ、やめとけ。狩人蟷螂みたいな化け物を無傷で倒すような連中が、助っ人を雇ってまで挑むような相手だぞ。オレ達なんて肉の壁にも使えねぇよ」
よしよし、予定通り外部戦力を沢山雇って迷宮に入るのを、大勢に目撃される目的は達成できた。
先に50人を連れてきていた4人と交渉している姿を、探索者達が良く通るオープンテラスの一角で見せ付けておいたから、オレが多数のパーティーを雇っているのは印象付けれているはずだ。
ふう、あとはアリサ達と合流して、安全に狩りを達成すればミッション完了かな。
◇
迷宮に入ってしばらくのところで、連れていた面々を蔦の館のパーティー会場に転移で連れて行く。
蔦の館に滞在していた奴隷達は、迷宮都市や迷宮都市の近郊に作った実験農場で働いているので、もうココにはいない。
ティファリーザとネルの2人は、王都に作ったエチゴヤ商会で働かせている。蔦の館に残っていた貴族出身の探索者の娘達も一緒だ。
この商会は、フルサウ市の5人の調合士が作った薬を扱う薬剤部門と、迷宮都市の職人長屋のポリナ達が作る日用雑貨を扱う部門から成っている。
一番の売れ筋は、アリサが考案したキックボードだ。王都では受注生産で2ヶ月待ちの人気商品だ。誰でも作れそうなのに、過去の転移者や転生者は作らなかったのだろうか? 売れ行きが良いのはいいが、王都までの輸送が面倒になってきたので、王都の郊外にあった工場を買い取って、そちらで作らせる事にした。工場長にはポリナを送る予定だ。
「サトゥーさま、今度はスプリガンやレプラコーンに加えてトロル達もですか! これは腕の振るい甲斐があるってもんです!」
「食材や酒は足りているかい?」
「はいです!」
色々な妖精族を歓待するのが楽しいのか、レリリルのテンションが高い。
「ワインも蜂蜜酒もたっぷりです!」
「じゃあ、歓待は任せたよ」
「はいです! お任せくださいませです!」
張り切るレリリルと手伝いの魔動人形達に後を任せ、ポチとタマの師匠を連れてアリサ達の待機する別荘へと転移した。
◇
「みんな、準備はいいかい?」
「はいなのです! お弁当もオヤツもバッチリなのです!」
「バナナもちゃんとある~」
「もちろんなのです! バナナはオヤツに入らないのですよ!」
ポチとタマが両手にバナナを握ってポーズを付ける。
くるりとアリサの方に視線を向けたが、容疑者はテンパっていてオレの非難の視線に気が付いていない。
「装備の点検も完了していると告げます。ルルの作ってくれたキャラ弁もヒヨコ柄なのだと自慢します」
フル装備のナナが、巾着に入った弁当箱を妖精鞄から取り出して見せてくる。
3人とも装備と弁当を同列に置き過ぎだ。
前衛陣は最近の正装になったオリハルコン製の全身鎧を着込み、後衛達も魔力ブースト機能を中心にしたドレスアーマーを装備している。デザインをアリサに任せたせいか、ミーアとアリサは、どこかの魔法少女っぽいハデさがある。
ルルはメイド服を基本にしているが、いざという時はアリサとミーアを守る役目もあるので、後衛でありながらナナに次ぐ重装備だ。
オレが66区画の階層の主の召喚部屋を中空に映し出す。それを見て目標地を視認したアリサが、「空間門」の魔法でそこに通じる道を作り出した。
さぁ、行こうか。
オレ達は66区画へと通じるゲートに踏み込んだ。
戦闘シーンまで届かなかった……。
でも、10章は年末年始で終わるはず!
次回更新は、12/22(日)の予定です。
活動報告に「モテモテSS」をアップしてあります。
でも、10章は年末年始で終わるはず!
次回更新は、12/22(日)の予定です。
活動報告に「モテモテSS」をアップしてあります。
10-47.ミスリル証(5)
※中二病な発言や文が存在します。苦手な方はご注意ください。
※12/23 誤字修正しました。
※12/23 誤字修正しました。
サトゥーです。サプライズというのは嬉しい方向でのみ許されると思うのです。ハプニングは全力で遠慮したい今日この頃です。
◇
上層66区画は、一部屋しかない。
ここはフロアマスターの召喚魔法陣のある巨大な広場だ。クジラを5匹同時に解体できるほどの広さがあり、高さも100メートル近いので天井が遠い。
広いので、一見、平地に見えるが、中央付近以外の床には2~3メートルの大きさの岩が砂利の様に転がっているので、遮蔽物には困らないだろう。もっとも、フロアマスターの攻撃に対する壁になってくれるのは、期待できそうにないけどね。
「どうする? フロアマスターを召喚する役はオレがやろうか?」
「大丈夫! わたしがやる!」
一番危ない役なので申し出たのだが、眼を爛々と輝かせたアリサに断られた。
「昨日セオルさんに確認したけど、召喚後は必ず10秒くらい動かないらしいから」
「そうか、それでも油断せずに、防御魔法は展開してから行けよ?」
「うん、判ってる。まったく、心配症なんだから」
魔力譲渡で、ゲートの分で減った魔力を充填してやりながら、アリサに忠告する。
更地になっている中央広場の外縁に少しずつ距離を置いて皆が布陣している。出てくるフロアマスターのタイプによって使う魔法が変わるので、ミーアもナナとルルに守られるような場所にいる。
「みんな! 位置についたわね! はじめるわよっ!」
アリサの声を風魔法で皆に伝達してやる。
この部屋は広すぎて音が反響しにくいからね。
アリサが、トリガーになる魔核を祭壇にある不思議な文様の甕に入れる。AR表示では聖杯と表示されている。
「我は不可能に挑む者! 定命の者にして、神と魔と世界の法則に抗う者なり! 今ここにその証を立てるべく階層の主との対戦を求む! いずれ3つの証を携えて、汝の元に至ろう! 我は挑戦者! 試練よ、今この場に現れ出でよ!」
アリサの中二病っぽい召喚句に応えて、召喚陣から赤い光が漏れだす。アリサの詠唱が終わる頃には目を開けるのも辛いほどの激しい光が召喚陣の上を走る。
そして、そいつは召喚陣の上に湧きあがるように現れた。
◇
「ああ、失礼。君の召喚陣に便乗させて貰った。階層の主なら、もうすぐ来るはずだから、僕に構わず挑戦してやってくれたまえ」
召喚陣の上に現れたのは、180センチほどの背丈の紳士だ。仕立ての良いスリーピースの白いスーツに白いコートを着て、お揃いの白い手袋を付けた手には1メートル強のステッキを持っている。シルクハットを小脇に抱えて、アリサに気安く告げる。
横にいたアリサが、震える手でオレの腕を掴む。
「ふむ、視えるのか? 口封じする気は無い。僕が倒したいのは神々とその狂信者だけなのだ。悪いが神々の人形相手に無双して悦にいる趣味は無いから、僕に挑むのは遠慮してくれよ?」
紫色の体毛をした狗頭の魔王が、哀れむように告げる。
不思議と危機感知が反応しない。手出しをする気が無いと言うのは本気なのだろう。
AR表示では残念ながらスキルが不明だが、レベルだけは過去最高だ。それでもオレの半分もないが、このクラスのヤツはオレの防御魔法を突破する攻撃をしてくるから慎重に対応しないと皆が怪我をしてしまう。
「ま、まおう」
ショックを受けてバランスを崩したアリサを片手で支える。その時にベールに指をひっかけたのか、ベールが少し捲れてアリサの髪が外気に晒された。
「ほぅ、視える筈だ」
立ち去ろうとしていた魔王が、アリサの髪に目を止めて振り返る。
「欠片を内に秘めた種子の娘よ、一つ忠告と行こうか」
――やはり、アリサにも神の欠片があるのか。
「いずれ君は真実にたどり着くだろう。だが、決して絶望をするな。感情に流されて狂える魔王と成り果てて勇者に討伐されるか、僕のような理性ある魔王となって世界と戦う道を選ぶか、それは君の心の強さで決まる。もっとも、魔王と成るか真実から目を逸らし人としての生を歩むかは、君の選択しだいだ」
ふむ、魔王なのに理性的というか、お節介と言ってもいいくらいの助言をしてくれる。できれば、アリサには、こういう話は聞かせたくなかった。
オレは、後ろのナナ達に手信号を出す。
「勇者に気をつけたまえ。やつらはパリオンの走狗だ。くっくっくっ、走狗か、狗頭の僕が言うとギャグにも成らない」
手信号を受けて、ナナとルルが物理防御と魔法防御を重ね掛けする。
内容は「強敵出現、命を大事に」だ。
オレは幾つかの確認をするために彼に話し掛ける。
「聞いていいかな?」
「荷物持ちの下男の戯言に耳を貸す気は無い。話をしたくば、この娘くらいまでレベルを上げてから来るのだな」
そこで初めて、狗頭の魔王の視線がオレの方を向く。そういえば交流欄のレベルが34のままだった。
オレを見て訝しげにしていた魔王が、何かに気が付いたように思案する。指を伸ばした掌を額にあて、ナルシストの様に斜め45度の角度でスラリと天を仰ぐ。
「こんな場所でニンゲンの真似事とは、酔狂がすぎるのでは?」
彼は疲れた声でそんな言葉を吐き捨てる。
まさか、レベル310なのが見破られたのかな? だとしてもニンゲンの真似事ってのは酷い。
「遊びは程々に。僕はこれから世界中の神殿を焼き払う大事な仕事が」
神殿を――
フラッシュバックするように脳裏に映ったのは猪王の時にみたセーラの遺体。
そして、巫女長をはじめとしたテニオン神殿の神官さん達の楽しそうな姿だった。
――それを焼き払う、だと?!
その言葉が耳に入るなり行動を起す。
閃駆でアリサを後方のナナに押し付け、再び閃駆で魔王に肉迫し聖剣を喉元に突きつける。その切っ先は、ヤツの眼前に現れた薄い板を少し貫いた所で止まっている。
我ながら短気な事だ。ちょっと迷宮都市に毒されてしまったのかもしれない。
さっきの発言を聞いて、セーラや巫女長が魔王に殺される幻を視てしまった。こいつが殺すというのなら、彼女達にその運命から逃れる術は無いだろう。
「――相変わらず、無茶苦茶な方だ。物理攻撃を完全に無効化する絶対物理防御の盾を貫くとは」
「悪いが、さっきの発言は容認できない」
まったく、共存できそうな魔王だと思ったのに。語尾が普通だから油断したよ。
というか、知り合いみたいに言うのは止めてほしい。オレの知り合いに狗頭の魔王なんてヤツはいない。
「神殿を焼かれるのを忌避されるのか?」
「そうだ」
オレは魔王を倒す算段を考える――だめだ、ここだと狭すぎて皆を巻き込んでしまう。全力の魔法を使ったら、今の皆の装備とレベルじゃ無事で済みそうにない。
「ちょっと、出ようか」
ヤツのコートを掴んで、迷宮都市の西方にある砂漠へと転移した。
備えあれば憂いなしだね。ルルの滑腔砲の実験用に砂漠に転移ポイントを用意しておいて良かった。
◇
転移に抵抗するかと思ったが、魔王は思いの外、素直についてきた。
「先ほどの発言を撤回する気はないか?」
「ありませんな。アレは僕の存在意義と言っても良い。僕は神と神殿の木偶共を滅ぼす為に魔王に成ったのだから」
一応、翻意を促したが、ダメか。
さっきは熱くなって斬りつけたが、できれば話し合いで妥協点を模索したかった。
だけど、魔王の口調や態度を見る限りじゃ、無理っぽい。
「ふむ、貴方に殺されるのは、これで何度目かな? だが、たまには一矢報いてみせましょう。これでも二万年前に世界中の神殿を滅ぼした原初の魔王としての誇りがあるのでね」
初めから負けるのが前提なのか?
それよりも重要なのは「何度も殺されている」という点だ。殺しても、ヤツは時間経過で復活してしまうのだろう。前に誰かが、神や亜神は死んでも勝手に蘇ると言っていた。きっと、こいつも亜神の領域にいるに違いない。お陰で気兼ねなく戦えるよ。
それにしても、勇者の歴史が1300年くらいなのに、魔王はそんなに昔からいたんだな。どうやって2万年経過したのを知ったのかは知らないが、些末な事だ。
戦いが避けられないなら、全力で行こう。
前に戦った黄金の猪王と同クラスなら、それでも苦戦するはずだ。
悠長に開始の合図を待ったりせずに、「光線」の魔法で先制する。
今回は「集光」で束ねるのを止めておく。余計な魔法を使うと奇襲にならないからね。
かつて大怪魚を焼き切った必中の魔法が、魔王の体を避けるように軌跡を歪めて砂漠の上に幾条もの空洞を穿っていく。
なぜ、外れた?
「お忘れかな? 僕のユニークスキル『確率変動』の前では精密射撃系の魔法や武器は通用しない」
このチート野郎め。アリサの気持ちが少し理解できた。ユニークスキルじゃなくチートスキルと改名するべきじゃないだろうか。
だが、ヤツの勘違いはまだまだ続いているようで、自分のユニークスキルの種明かしをしてくれるのは正直助かる。
なかなかズルいスキルだが、直接殴るか広範囲魔法を使えば関係なさそうだ。レーザーの軌道が逸れたのに驚いてしまったけど、レーザーで薙げば良かったのか。
「では、胸を貸して頂きますよ」
ヤツは耳元の毛を摘まむと、ふぅと一息吹きかけて毛を散らす。
「――眷属よ」
その毛が紫色の狗となって、一斉に襲い掛かってくる。
孫悟空か!
空を駆ける紫色の狗は、レベル50の幽狗と表示されている。「分解」のブレスを使うらしい。
厄介そうな攻撃方法を持っているみたいなので、幽狗達が広がる前に、一網打尽にするべく「火炎嵐」の魔法で焼き尽くす。「火炎炉」と違って効果範囲が広いから楽だ。
「相変わらずふざけた威力だ。とても『火輪』のような下級魔法には見えない。それでこそ、戦う価値があるというものだ」
いやいや、火炎嵐は中級ですから!
――ん?
魔王の言葉に心の中でツッコミを入れた後に、少し嫌な事に気が付いた。
下級の火輪を、オレの火炎嵐と同等の威力にするようなヤツがいるのか? ありそうな存在としては魔神あたりか。
オレはげんなりとしながら、方針を「魔王掃滅」から「情報収集」に変更する。
皆の安全と、今後の観光ライフの為にも、ヤツから情報を集めないとね。
手加減できない相手から情報収集とか、なかなかに無理ゲーっぽいけど、コイツなら勝手にしゃべってくれそうだ。
◇
上層66区画は、一部屋しかない。
ここはフロアマスターの召喚魔法陣のある巨大な広場だ。クジラを5匹同時に解体できるほどの広さがあり、高さも100メートル近いので天井が遠い。
広いので、一見、平地に見えるが、中央付近以外の床には2~3メートルの大きさの岩が砂利の様に転がっているので、遮蔽物には困らないだろう。もっとも、フロアマスターの攻撃に対する壁になってくれるのは、期待できそうにないけどね。
「どうする? フロアマスターを召喚する役はオレがやろうか?」
「大丈夫! わたしがやる!」
一番危ない役なので申し出たのだが、眼を爛々と輝かせたアリサに断られた。
「昨日セオルさんに確認したけど、召喚後は必ず10秒くらい動かないらしいから」
「そうか、それでも油断せずに、防御魔法は展開してから行けよ?」
「うん、判ってる。まったく、心配症なんだから」
魔力譲渡で、ゲートの分で減った魔力を充填してやりながら、アリサに忠告する。
更地になっている中央広場の外縁に少しずつ距離を置いて皆が布陣している。出てくるフロアマスターのタイプによって使う魔法が変わるので、ミーアもナナとルルに守られるような場所にいる。
「みんな! 位置についたわね! はじめるわよっ!」
アリサの声を風魔法で皆に伝達してやる。
この部屋は広すぎて音が反響しにくいからね。
アリサが、トリガーになる魔核を祭壇にある不思議な文様の甕に入れる。AR表示では聖杯と表示されている。
「我は不可能に挑む者! 定命の者にして、神と魔と世界の法則に抗う者なり! 今ここにその証を立てるべく階層の主との対戦を求む! いずれ3つの証を携えて、汝の元に至ろう! 我は挑戦者! 試練よ、今この場に現れ出でよ!」
アリサの中二病っぽい召喚句に応えて、召喚陣から赤い光が漏れだす。アリサの詠唱が終わる頃には目を開けるのも辛いほどの激しい光が召喚陣の上を走る。
そして、そいつは召喚陣の上に湧きあがるように現れた。
◇
「ああ、失礼。君の召喚陣に便乗させて貰った。階層の主なら、もうすぐ来るはずだから、僕に構わず挑戦してやってくれたまえ」
召喚陣の上に現れたのは、180センチほどの背丈の紳士だ。仕立ての良いスリーピースの白いスーツに白いコートを着て、お揃いの白い手袋を付けた手には1メートル強のステッキを持っている。シルクハットを小脇に抱えて、アリサに気安く告げる。
横にいたアリサが、震える手でオレの腕を掴む。
「ふむ、視えるのか? 口封じする気は無い。僕が倒したいのは神々とその狂信者だけなのだ。悪いが神々の人形相手に無双して悦にいる趣味は無いから、僕に挑むのは遠慮してくれよ?」
紫色の体毛をした狗頭の魔王が、哀れむように告げる。
不思議と危機感知が反応しない。手出しをする気が無いと言うのは本気なのだろう。
AR表示では残念ながらスキルが不明だが、レベルだけは過去最高だ。それでもオレの半分もないが、このクラスのヤツはオレの防御魔法を突破する攻撃をしてくるから慎重に対応しないと皆が怪我をしてしまう。
「ま、まおう」
ショックを受けてバランスを崩したアリサを片手で支える。その時にベールに指をひっかけたのか、ベールが少し捲れてアリサの髪が外気に晒された。
「ほぅ、視える筈だ」
立ち去ろうとしていた魔王が、アリサの髪に目を止めて振り返る。
「欠片を内に秘めた種子の娘よ、一つ忠告と行こうか」
――やはり、アリサにも神の欠片があるのか。
「いずれ君は真実にたどり着くだろう。だが、決して絶望をするな。感情に流されて狂える魔王と成り果てて勇者に討伐されるか、僕のような理性ある魔王となって世界と戦う道を選ぶか、それは君の心の強さで決まる。もっとも、魔王と成るか真実から目を逸らし人としての生を歩むかは、君の選択しだいだ」
ふむ、魔王なのに理性的というか、お節介と言ってもいいくらいの助言をしてくれる。できれば、アリサには、こういう話は聞かせたくなかった。
オレは、後ろのナナ達に手信号を出す。
「勇者に気をつけたまえ。やつらはパリオンの走狗だ。くっくっくっ、走狗か、狗頭の僕が言うとギャグにも成らない」
手信号を受けて、ナナとルルが物理防御と魔法防御を重ね掛けする。
内容は「強敵出現、命を大事に」だ。
オレは幾つかの確認をするために彼に話し掛ける。
「聞いていいかな?」
「荷物持ちの下男の戯言に耳を貸す気は無い。話をしたくば、この娘くらいまでレベルを上げてから来るのだな」
そこで初めて、狗頭の魔王の視線がオレの方を向く。そういえば交流欄のレベルが34のままだった。
オレを見て訝しげにしていた魔王が、何かに気が付いたように思案する。指を伸ばした掌を額にあて、ナルシストの様に斜め45度の角度でスラリと天を仰ぐ。
「こんな場所でニンゲンの真似事とは、酔狂がすぎるのでは?」
彼は疲れた声でそんな言葉を吐き捨てる。
まさか、レベル310なのが見破られたのかな? だとしてもニンゲンの真似事ってのは酷い。
「遊びは程々に。僕はこれから世界中の神殿を焼き払う大事な仕事が」
神殿を――
フラッシュバックするように脳裏に映ったのは猪王の時にみたセーラの遺体。
そして、巫女長をはじめとしたテニオン神殿の神官さん達の楽しそうな姿だった。
――それを焼き払う、だと?!
その言葉が耳に入るなり行動を起す。
閃駆でアリサを後方のナナに押し付け、再び閃駆で魔王に肉迫し聖剣を喉元に突きつける。その切っ先は、ヤツの眼前に現れた薄い板を少し貫いた所で止まっている。
我ながら短気な事だ。ちょっと迷宮都市に毒されてしまったのかもしれない。
さっきの発言を聞いて、セーラや巫女長が魔王に殺される幻を視てしまった。こいつが殺すというのなら、彼女達にその運命から逃れる術は無いだろう。
「――相変わらず、無茶苦茶な方だ。物理攻撃を完全に無効化する絶対物理防御の盾を貫くとは」
「悪いが、さっきの発言は容認できない」
まったく、共存できそうな魔王だと思ったのに。語尾が普通だから油断したよ。
というか、知り合いみたいに言うのは止めてほしい。オレの知り合いに狗頭の魔王なんてヤツはいない。
「神殿を焼かれるのを忌避されるのか?」
「そうだ」
オレは魔王を倒す算段を考える――だめだ、ここだと狭すぎて皆を巻き込んでしまう。全力の魔法を使ったら、今の皆の装備とレベルじゃ無事で済みそうにない。
「ちょっと、出ようか」
ヤツのコートを掴んで、迷宮都市の西方にある砂漠へと転移した。
備えあれば憂いなしだね。ルルの滑腔砲の実験用に砂漠に転移ポイントを用意しておいて良かった。
◇
転移に抵抗するかと思ったが、魔王は思いの外、素直についてきた。
「先ほどの発言を撤回する気はないか?」
「ありませんな。アレは僕の存在意義と言っても良い。僕は神と神殿の木偶共を滅ぼす為に魔王に成ったのだから」
一応、翻意を促したが、ダメか。
さっきは熱くなって斬りつけたが、できれば話し合いで妥協点を模索したかった。
だけど、魔王の口調や態度を見る限りじゃ、無理っぽい。
「ふむ、貴方に殺されるのは、これで何度目かな? だが、たまには一矢報いてみせましょう。これでも二万年前に世界中の神殿を滅ぼした原初の魔王としての誇りがあるのでね」
初めから負けるのが前提なのか?
それよりも重要なのは「何度も殺されている」という点だ。殺しても、ヤツは時間経過で復活してしまうのだろう。前に誰かが、神や亜神は死んでも勝手に蘇ると言っていた。きっと、こいつも亜神の領域にいるに違いない。お陰で気兼ねなく戦えるよ。
それにしても、勇者の歴史が1300年くらいなのに、魔王はそんなに昔からいたんだな。どうやって2万年経過したのを知ったのかは知らないが、些末な事だ。
戦いが避けられないなら、全力で行こう。
前に戦った黄金の猪王と同クラスなら、それでも苦戦するはずだ。
悠長に開始の合図を待ったりせずに、「光線」の魔法で先制する。
今回は「集光」で束ねるのを止めておく。余計な魔法を使うと奇襲にならないからね。
かつて大怪魚を焼き切った必中の魔法が、魔王の体を避けるように軌跡を歪めて砂漠の上に幾条もの空洞を穿っていく。
なぜ、外れた?
「お忘れかな? 僕のユニークスキル『確率変動』の前では精密射撃系の魔法や武器は通用しない」
このチート野郎め。アリサの気持ちが少し理解できた。ユニークスキルじゃなくチートスキルと改名するべきじゃないだろうか。
だが、ヤツの勘違いはまだまだ続いているようで、自分のユニークスキルの種明かしをしてくれるのは正直助かる。
なかなかズルいスキルだが、直接殴るか広範囲魔法を使えば関係なさそうだ。レーザーの軌道が逸れたのに驚いてしまったけど、レーザーで薙げば良かったのか。
「では、胸を貸して頂きますよ」
ヤツは耳元の毛を摘まむと、ふぅと一息吹きかけて毛を散らす。
「――眷属よ」
その毛が紫色の狗となって、一斉に襲い掛かってくる。
孫悟空か!
空を駆ける紫色の狗は、レベル50の幽狗と表示されている。「分解」のブレスを使うらしい。
厄介そうな攻撃方法を持っているみたいなので、幽狗達が広がる前に、一網打尽にするべく「火炎嵐」の魔法で焼き尽くす。「火炎炉」と違って効果範囲が広いから楽だ。
「相変わらずふざけた威力だ。とても『火輪』のような下級魔法には見えない。それでこそ、戦う価値があるというものだ」
いやいや、火炎嵐は中級ですから!
――ん?
魔王の言葉に心の中でツッコミを入れた後に、少し嫌な事に気が付いた。
下級の火輪を、オレの火炎嵐と同等の威力にするようなヤツがいるのか? ありそうな存在としては魔神あたりか。
オレはげんなりとしながら、方針を「魔王掃滅」から「情報収集」に変更する。
皆の安全と、今後の観光ライフの為にも、ヤツから情報を集めないとね。
手加減できない相手から情報収集とか、なかなかに無理ゲーっぽいけど、コイツなら勝手にしゃべってくれそうだ。
次回更新は、2013/12/29(日)を予定しています。
※注意! 12/25に8章の最後のあたりにクリスマスのお話を割り込み投稿してあります。
※12/23 AR表示で魔王のレベル等を確認した部分を明記しました。(気になる方は「AR」で検索してください)
※注意! 12/25に8章の最後のあたりにクリスマスのお話を割り込み投稿してあります。
※12/23 AR表示で魔王のレベル等を確認した部分を明記しました。(気になる方は「AR」で検索してください)
10-48.狗頭の魔王
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。等価交換という言葉があります。差し出したものの価値に等しい対価を受け取る古来より存在する行為です。日本古来の神々は、祈りや供物を対価に雨を降らし豊作をもたらしたと神話に記されています。異世界の神は災害を神託で伝え、勇者召喚を手伝いますが、彼らは何を受け取っているのでしょうね。少し、気になります。
◇
魔王に問いただすべき事柄は2つ。
一番重要なのは、神の欠片の事だ。絶望や恐怖などの強い感情の発露が魔王化のトリガーになると、アイツは言っていた。アリサは躁鬱の激しいヤツだから、神の欠片を除去する事が可能なら、その方法を聞き出したい。
――魔王が呼び出した獅子の体に老人顔が生えた巨大な魔物が襲いかかってきたので、自在剣で適当に斬り刻んで始末する。
二つ目は、アイツの言う存在の正体だ。大体の目星は付くが、どんな性格なのか、どんな技や道具を使うのかを知っておきたい。できれば敵対したくないが、可能な限り対策をしておかないと、いざという時に皆を守れなくては困る。
――今度は炎でできた巨人と竜巻でできた巨人が左右から襲ってきたので、「爆縮」の魔法で圧殺した。
あとはフルボッコにしてから、聖職者に手を出さないように約束させられないか試してみるか。悪魔とかだと誓約を違えられないとかあるけど、魔王はどうなんだろう。
少年漫画の敵役みたいに、対戦後に友情が芽生えたら楽なんだけどね。危なくなったら、「お前を倒すのは俺様だ!」みたいな感じで加勢に来てくれたりとかさ。
――単体で強い魔物では意味が無いと思ったのか、百匹近い深紅色のサソリを砂漠に召喚したようだ。次々と赤い点がレーダーに増えていく。
オレを囲むように召喚していたので毒針でも飛ばしてくるのかと予想していたのだが、ハサミからマシンガンのように火弾を打ち出し始めた。さらに一回り大きい朱色のサソリも現れて、背中の甲殻が、潜水艦のSLBMの発射口のように開いて、誘導型の火球を打ち出してきた。まるでミサイルみたいだ。
火弾は「誘導気絶弾」で迎撃し、サソリ本体は「集光」と「光線」の合わせ技で始末する。どちらも必中なので楽で良い。
それにしても、こうもホイホイ召喚するなら、巨大牛とか巨大豚の魔物とかがいいな。クジラを召喚してみせた黄肌魔族のセンスを見習って欲しい。ああ、ミノタウロスとかを出すのは無しで。
しかし、これだけ召喚しておいてMP消費が1割っていうのは、どういうことだろう。MP10万とかシャレにならない量があったりするのかな。
「まったく、『軍団召喚』で呼び出した無敵の軍勢も、貴方の前ではゴブリンにも等しいのですな」
魔王が渋面になりながら、オレの魔法で倒された死体の山を睥睨する。
考え事をしながらだったせいで、適当な力押しだったのがお気に召さなかったようだ。
うん、真面目にやろう。
◇
「少し考え事をしていた。許せ」
ヤツの勘違いを維持するためにも少し横柄な感じにしてみた。
「許せとは、また珍しい。貴方は幼女以外にどう思われようと意に介さない方だと思っていたのだが?」
げっ、まさかのロリコンか!
そういえば、魔王がエルフの森を襲ってきた事は無いとアーゼさんも言っていた。てっきり、エルフの戦力が怖いのかと思っていたけど、黒幕的なポジションのヤツがロリコンだったからとは予想のナナメ上過ぎる。
おっと、オレが攪乱されてどうする。話をアリサの事に持っていかないと。
「さきほどの紫の髪の娘に、ずいぶん親身に助言していたのが意外だったのだ」
「転生者など珍しくもありませんが、貴方にオモチャにされる娘が不憫でね」
「不憫に思うなら欠片を取り出してやればいい」
「あの娘を殺せと? 神の座に片足を踏み入れた程度では、欠片を取り出せない事など先刻ご承知のはずだ」
ちっ、取り出すのは無理か。巫女長にギアスの相談をしたときに神への祈願魔法がどうとか言っていたから、それで除去できないか聞いてみるか。
「では、第二ラウンドと参りましょうか? 魔力を回復するまで待って頂いた甲斐があったと言わせてみせましょう」
魔王はステッキをくるりと回すと3メートルほどのグレイブのようなポールアームに変形させた。オレの知っているグレイブと少し違い、長柄の先に大剣ほどもある片刃の穂先が付いている。
オレもストレージから聖剣を取り出す。クラウソラスは壊れたら困るので、安定の前座――デュランダルを取り出す。前にアリサに預けていたけど、オリハルコンの聖剣と交換でオレの手元に帰ってきている。なんだかんだ言ってもバランスがいいので使いやすいんだよね。それに切れ味が落ちても鞘に戻すだけで復活するので、手入れが楽だったりする。
自前の聖剣は、伝説級の素材のお陰で神授の聖剣まであと一歩の所まで来たんだけど、まだまだ魔王との戦いに使うには心許ない。
「どうなされた? 先程といい勇者の武器を使うなど、遊びが過ぎるというもの。僕が相手では、ご自慢の次元刀と虚無刀を振るうには値しないと?」
すっごい危なそうな名前の武器だ。魔王が勘違いしている黒幕氏とは、絶対に会いたく無い。対戦するなら千年後にして欲しい。いや、千年なんて誤差だとか言われそうだから、ビッグクランチの後がいいな。
「では、使いたくなるような技をご覧に入れましょう」
魔王は自身の周辺に七色の光る玉を産み出す。前に勇者の仲間が、禁呪を使おうとした時と感じが似ている。打ち出す前に魔力破壊で潰すかな。
「まずは、炎の剣」
赤い玉にグレイブを突っ込むと、グレイブの刃が燃え溶け1メートルくらいの揺らめく炎の刃が形成された。
ポチの使う瞬動のような動きで急接近してきた魔王の一撃を、魔力を通し聖刃を発生させたデュランダルで受け止めようとしたが、危機感知の反応にしたがって受けずに回避を選んだ。
代わりに相手の剣を受け流すのに使った自在盾と自在剣が、燃え上がる。
魔力の集合体の剣や盾が燃えるだと?
「『燃焼』という概念を編みあげて刃に変えたモノですが、まさか貴方の神舞装甲や竜破剣を燃やせるとは!」
黒幕氏は、オレの自在剣や盾の上位互換みたいな技を使うのか。発想が似ているんだったら、イヤだな。オレが創ろうとして構想で止まっている魔法まで、もう完成しているのかもしれない。
おっと、疑心暗鬼は止めておこう。
「トロールの魔王から奪った『森羅万象』のユニークスキルが、こんなにも素晴らしいものだったとは、嬉しい誤算だ」
他の魔王からユニークスキルを奪えるのか?
さっきのアリサの話から考えて殺した魔王から奪ったんだろう。
あれ? アリサのユニークスキルを奪わなかったのはどうしてだ?
ちょっと挑発気味に問うてみる。
「ふん、他の魔王からの借り物か。さきほどの娘からも奪えば良かったのではないか?」
「僕は自分の器を熟知しているのですよ」
魔王は、オレの質問に答えながら「燃焼」の効果がきれたグレイブを白い玉に突き刺す。
白い玉の効果は「消滅」らしい。
「今持つ7つのユニークスキルが、この身に宿せる限界でしょう。これ以上手に入れようとすれば、神の欠片の力に自我を喰われて狂える魔王に堕してしまう」
なるほど、宿し放題って訳じゃ無いのか。しかし、7つもユニークスキルがあるのか? 猪王が3つ、アリサが2つ、ゼンは直接確認したのは1つだが話した内容からして2~3個はあるような口ぶりだった。オレの4つと比べても、こいつだけ飛び抜けて多いな。
やつのグレイブを自在剣と自在盾で防ぎ、その隙に「爆裂」の魔法で玉を全て破壊する事にした。
自在剣と自在盾を重ねて、迫る白い刃を受ける――いや、無理か。自在剣や盾が白い光に触れた瞬間に消えていく。黒竜ヘイロンのブレスや牙を受けた時でさえ、一瞬の抵抗ができていたのに、それさえない。
とっさに、爆裂の魔法の対象を魔王に変えて炸裂させる。
読まれていたのか、魔王が作り出した漆黒のカーテンで爆裂の魔法は防がれてしまった。
漆黒のカーテンは「絶対魔法防御」とAR表示されている。
おいおい、さっきの「絶対物理防御」と合わせたら無敵じゃないか。黄金の猪王でも、物理カット99%に魔法カット90%しかなかったのに、それ以上なんて、チートにも程がある。
2つの効果が同時に使えないのを期待して、ストレージから取り出したショットガンを魔王に打ち込む。この散弾は、魔力過剰充填の聖短矢と同じ作りのモノだ。聖散弾とでも命名するかな。
聖散弾は、魔王の周囲に生まれた鱗状の小盾群を蹴散らしながら魔王の下半身に穴を穿っていく。
どうやら、絶対魔法防御と絶対物理防御は、同時には使えないようだ。
魔王は聖散弾の直撃を受けて下半身を失いながらも、白く発光するグレイブをオレに振り下ろす。ストレージからとりだしたアダマンタイト製の長槍で、グレイブの実体部分を打ち据えて難を逃れた。
アダマンタイトの長槍でさえ白光に触れた部分が、綺麗に消滅している。
この光を打ち出す技があったら、ちょっと危なかったかもね。実体部分まで効果が及んでいなくて良かったよ。
「ふふふ、まさか銃のような骨董品をそのように使うなんて! 実に酔狂な貴方らしい」
ふむ、ラスボス氏は酔狂な趣味人と。
やっかいなので、残りの玉は聖散弾で破壊しておく。
「だが、僕の本気はこんなモノではありませんよ? 『軍団召喚』と『森羅万象』、そして『滅心狂乱』を合わせると、こんな事もできるのですよ」
すごい勢いで砂漠の砂が魔族に変わっていく。砂を森羅万象で魔族の苗床にでも変化させたのか? チートすぎるな。
産み出された砂の巨人達は、それぞれ中級魔族クラスのレベルと狂乱状態による攻撃力300%アップのオマケが付いているようだ。奴らの近くにガラスの様な砂が浮遊している。おそらく、オレのレーザー対策だろう。
向こうの準備を待つと面倒な事になりそうだし、砂の巨人から素材がとれるわけでもなさそうなので一気に殲滅する事にした。
少し上空に移動する。地上から砂の巨人達が渦巻く砂で創った槍を打ち上げて来るが、問題なく自在盾で防ぐ。5発くらいで自在盾が一枚無くなるから、数が増えたら厄介そうだ。
空中で、ストレージから海水を出す。
校舎百個分以上の大量の海水を材料に「津波」を使う。上級の「津波召喚」はどこでも使える魔法なんだけど、中級の方は海とか湖のような水源のそばでしか使えないんだよね。
熱砂に触れて一部が蒸発するが、その圧倒的な質量が砂の巨人を突き崩していく。
もっとも、ダメージを与えただけで倒せてはいないようだ。
「おお、さすがは魔を司る者! 砂漠でわざわざ津波とは! 僕には無い発想をされる!」
微妙に馬鹿にされた気がする。
続けて、水に対して「氷結」と「氷柱の園」で凍結させた砂巨人を氷柱で串刺しにして粉々にする。元が砂だから効果がないかと思ったが、問題なく倒せたようだ。
次の呪文の為にも、火炎嵐で氷を蒸発させておこう。
蒸発した水が空に分厚い雲を作る。天空で渦をまく暗い雲の間から時折、稲光が漏れて天魔の最終決戦みたいな雰囲気になってきた。
そろそろ情報は十分だけど、もう一度くらい変節する気がないか確認してみようか。
「最後に、もう一度聞くけど、聖職者に手を出すのを止める気はないか?」
「ありませんな。神殿を討ち滅ぼし、神官や巫女を殺し、信者を奪うのは、神の力を削ぐ為に必要不可欠なのですよ。神と戦うには、神力の元になる信仰心や、神を形作る『神は絶対的な善』であるという誤認識を砕く必要があるのですよ」
こっちの神様も、ギリシャや北欧の神様とかみたいに浮気や理不尽な行いをしているのかな?
「どうして、そこまで神を嫌悪するんだ?」
「それこそ今更でしょう。彼らはこの星の人々を、己の力を増幅させ神の階梯を上げるためだけの畑としか考えておりません。自分たちに都合の悪い文明が発展しようとすれば、内憂や外患を煽って潰し、人々が神を求めるように過酷な災害を起こす。自作自演もここに極まれりといった無能な全能者達を排除したいと思うのは当然でしょう?」
魔王の言葉を鵜呑みにするのは危険だが、符号する事柄が多すぎる。
過去に勇者や転生者達がいたなら、もっと科学が発展してもいいはずだ。少なくとも紙があれだけ普及しているのに活版印刷が無いのは不自然すぎたからね。飛空艇の数が作れないなら、気球や飛行船くらい作れるだろうし、熱気球なんて、それこそ火魔法使いが一人いれば飛ばせそうだ。
だが、突然の乱入者によって、狗頭の魔王との会話はそこで終わってしまった。
次回は遅くとも1/5(日)までには投稿します。
10-49.狗頭の魔王(2)
※2014/12/4 誤字修正しました。
※2014/12/30 称号を追加しました。
※2014/12/30 称号を追加しました。
サトゥーです。人間が二人いると必ず諍いが起きると何かの本で読んだことがあります。学生時代には友人カップルの喧嘩の仲裁を頼まれる事がありましたが、たいていは相手の話を聞かない事に起因する誤解から始まっている事が多かったのです。やはり、コミュニケーションって大切ですよね。
◇
「魔王の戯れ言に耳を貸してはいけませんわよ?」
突然現れたのは、こんな場所に不似合いな5~6歳の童女だ。
AR表示では「UNKNOWN(正体不明)」とだけ出ている。
だが、どこかで見たことがある顔だ。
「まさか、我が君の前に自ら現れるとは! 臆病な貴様らしく無いな――パリオン!」
この童女が勇者を召喚するっていうパリオン神なのか?
魔王が先程の「燃焼」の玉を産み出し、グレイブの刃に変えて童女を切り裂く。
童女はペーパークラフトの模型の様に一瞬で燃え尽きた。
あれ? 神様って弱い?
「失礼ですよ? 私の勇者。この姿は、魔王に籠絡されそうなアナタを救うために産み出したのですから?」
そう訂正しながら、いつのまにか姿を再生させた童女が窘なめる。
ひょっとして心を読まれてないか?
「我が君が勇者だと?」
「あなたは少し黙ってらっしゃい」
魔王が空中に現れた一枚の絵の中に閉じ込められる。
そうか、どこかで見た顔だと思ったら、公爵城の廊下の絵画の中から手を振っていた童女だ。
「ようやく思い出したようね」
まてよ、あの時点でオレに接触してきたって事は、サトゥーがナナシの正体だと知っているって事か?
「そうよ、だって私はずっとあなたの側にいたのだから」
まさか、神様がストーカーだったのか。
「ひどいわ、せめて守護霊とか守護神とか言って欲しいモノね」
心の声と会話するのはやめてください。
おっと、そんな事より問いたい事がある。
「神よ、あなたは魔王の言うように、文明を抑制していたのですか?」
「少なくとも私は人の営みには興味はないわね。私が興味を持つのはいつだってアナタだけよ」
何か煙に巻かれている気分だ。
ここは、もっと問い詰めよう。
「活版印刷や熱気球なんかを伝播しないように、人心を操ったりはしていないと?」
「していた神もいたみたいよ? でも、活版印刷を阻害するのはどうしてかしら? 地球で最大のベストセラーは何? 思い出してご覧なさい」
ベストセラーって言うとアレか。
だとすると、阻害した神の狙いは何だ。
「では、災害を起こしたり、自作自演で信仰心を集めたりはしていないのか?」
「私はしていないけど、他の神々はやっていたみたいね。天変地異の加減が難しかったらしくて、途中からは戦いを司る神々がお互いの信徒に代理戦争をさせて楽しんでいたみたいよ」
彼女は、どこか他人事のように言って小さな肩をすくめてみせる。
たしかに神様のしそうな行いだが、戯れ言と断じていた割に、魔王の言う事を肯定していないか?
「それも魔神が現れてからは自重しているみたいね。だって、自分達がしなくても、魔神が代わりに『魔物』や『魔王』という災害を引き起こしてくれるのだもの。神々は何もせず左団扇で、流れ込んでくる信仰を浴びて悠々自適な生活を送っているわ」
何か違和感がある。竜神に頼んで勇者召喚の魔法を教えて貰った神話の中のパリオン神と齟齬がある。絵本と現実の違いなのだろうけど、ひどく気になる。
「いいこと? 私の勇者。アナタはいつまでもアナタでいいの。私の隣に並べるくらい、いつも強くありなさい」
彼女はそれだけ告げると空に溶けるように消えてしまった。
◇
絵を突き破って魔王が復活してきた。
「まんまと騙されたぞ、神の番犬よ!」
「そっちが勝手に勘違いしただけだろう?」
絵の中は大変だったのか、紳士然とした先程までの姿とは違い満身創痍だ。180センチほどだった体も、2段階変化でもしたのか5メートルの巨大な狼男じみた姿に変わっている。剥き出しの牙で今にも噛みついてきそうだ。
「なあ、魔王」
「黙れ番犬!」
魔王の吐く分解のブレスを、自在盾で防ぐがほんの一瞬耐えるだけで消えてしまう。閃駆でブレスの圏外に避けるまでの時間稼ぎにしかならないか。やはり、詠唱スキルをゲットして上級魔法が使えないと本当に強力な攻撃は防げないね。
「地球で一番売れたベストセラーって知っているか?」
「ふん、聖書だろう? それとも毛主席語録やコーランを挙げて欲しいのか?」
そう、活版印刷の一番の恩恵を受けたのは聖書なんかの思想を広めるための本なんだよね。
「だからさ、どうしてこの世界の神殿は、地球ほどの権力を持っていないんだろうね」
「それが何のっ――」
オレの疑問をとにかく否定しようとした魔王だったが、どうやら言いたい事が通じたようだ。
そう、神の目的が信仰心を集める事なら、神権国家や宗教国家がはびこっていないとおかしい。
シガ王国もサガ帝国も、日本人が建国しただけあって信仰の自由がある。
神が実在する世界なら、神がバックにいる国があってもおかしくないはずだ。
だが、パリオン神国やガルレオン同盟、テニオン共和国の三国を除いて宗教国家は存在しない。そして、どれも中堅国家ではあるが、大国とはとても呼べない。神がバックにいるなら、もっと強大な国家になるはずだ。
少なくとも魔王を簡単に絵に閉じ込められるような神がいれば、シガ王国を侵略するのは訳ないはず。
そして、話が戻るが、布教に一番便利な経典を量産する為の活版印刷が普及するのを妨げる理由は、神には無いと思うんだよね。
「つまり、キサマは、文明進歩を妨げていたのが我が君だというのか!」
「他の第三者の可能性も少しあるけどね。神に敵対する者が、普及を邪魔していたと考えた方がわかりやすいんじゃ無い?」
「ばかな……」
これは説得できそうかな。
「バカァァぬぁぁぁ、デは僕がシていたのは? ……この長い闘争の日々は間違ってイタと言うのか?!」
あ、しまった。
「クルルルォウ、なんノ為に、泣き叫ぶ巫女達をこの手に掛けたノダ? 神への信仰を捨てぬ木訥な農民ヲてにカケタのはァァあァ」
「落ち着け」
ああ、そんな言葉で落ち着く訳ないじゃ無いか。
どうやら、オレも少し焦っているみたいだ。
「僕は、レいセイだ。そうとも沈着冷静ナ、原初の魔王ナノダ!」
ああ、変形し始めちゃったよ。
狗頭の魔王は、狗男フォームから獣そのものの魔狗フォームへ移行したらしい。全長100メートルの巨大な魔狗が天に向けて吠える。
もう、何を言ってもオレの言葉は届かないようだ。
仕方ない、フルボッコにして意識を取り戻して貰うか。
閃駆で256方向からの「爆裂」乱れ打ちと、16方向からの聖散弾での射撃を混ぜて叩き込む。地形が凄いことになっているが、砂だし風が吹けば元に戻るだろう。
さらに雷雲から呼び出した128本の「落雷」の魔法を叩き付ける。
どうやら魔王の脅威度評価は、魔法より聖散弾の方が上みたいだ。
絶対物理防御を張って聖散弾を受け止め、他の魔法は鱗状の小盾群と無数の眷属達に受け止めさせるつもりらしい。幾つかの爆裂が、魔王の防御を突き抜け、その体を穴だらけにする。
魔剣を咥えた眷属達が襲いかかってくるが、魔王本人でないなら余裕でいなせる。たとえ、その魔剣が森羅万象の「消滅」の効果を帯びたものであっても当たらなければ問題ない。
眷属や軍団召喚で産み出された魔族達を殲滅しながら、魔王を正気に戻らせるべくフルボッコにしてみたが、状況は芳しく無いようだ。
一度やり過ぎて殺してしまったのだが、猪王と同様にすぐさま復活してしまった。やはり魔王は一筋縄ではいかないね。
「クハ、クハフハハハハ、こんナ世界など、滅びてしまえば良いノダ」
あ、何か短絡しだしたぞ。
もう一回、殺した方がいいのかな。
「神もヒトも魔モ、等しく滅ベバ良いノダ! 『神喰魔狼』」
ちょっと待て犬頭、玉砕とか無理心中とかは止めてくれ。それに、いつから狼になった。
ヤツを中心に、分解の光が広がっていく。その動きは遅いが砂漠が球状に消滅して行っている。
試しに「魔法破壊」を掛けるが、魔法とは違う仕組みなのか「魔法破壊」自体が分解されてしまっている。「魔力強奪」で魔力を奪おうとしても、その触手となる魔素が分解されてしまって上手くいかない。
ちょっとまずいね。聖散弾やレーザ-も飲み込まれるだけで、効果が無かった。
神剣なら対抗できそうだけど、刃の長さ的にオレの体が分解されて終わりそうだ。特攻は趣味じゃ無いので、他の手を考えよう。
砂丘を分解しているときに少し、分解の光の浸食速度が遅くなっていた。試しにストレージに大量にある瓦礫や海水を叩き込んだらさらに速度が落ちた。
これなら行けるか?
マップ内に誰かいないか再チェックしておく。あれだけ長時間、天変地異が続いたせいか、誰もマップ内にはいないようだ。地虫や砂丘蠍のような魔物はいるが、人的被害がなければ別にいいや。
オレはデュランダルを収納し、魔力タンク代わりになっている魔剣を交換しながら魔法を使う。
動かずに砂漠を飲み込み始めた魔王を中心に半径数キロくらいの所に、海水を出しながら氷壁を築いていく。
もちろん、こんなもので魔王のユニークスキルを止められるとは思っていない。
氷壁を築き終わったオレは、砂漠の外れにある山小屋に帰還転移で離れる。
そして、数分後にソレはやってきた。
暗雲を裂き――。
光の尾をたなびかせて――。
圧倒的な質量を魔王に叩き付ける。
流星雨――かつて竜の谷を滅ぼし、最強の竜神を殺した魔法だ。
百を超える流星を浴びてなお、分解の光は消えない。
うん、想定の範囲内だ。
分解の光に向けて星が降る。
消えようが砕けようが、星は降り続ける。
総計1000個を超える巨大隕石が砂漠に降り注ぎ、やがて分解の光がクレーターの底に消えていく。
せっかくだから、魔剣に貯めてあった魔力を使って10連射してみたんだよね。
周辺の国に影響が出ないように、氷壁を張っておいたけど少しは砂が漏れそうだ。少しくらいなら、それぞれの国がなんとかしてくれるだろう。魔王が暴れるよりはマシだよね。
>称号「魔王殺し『狗頭の古王』」を得た。
>称号「女神の寵児」を得た。
>称号「地裂の魔術師」を得た。
>称号「天崩の魔術師」を得た。
◇
「負けたよ?」
「あいつがじゃまするから」
「ひどいよねー」
「あぅ、苦しい?」
「へんだね、ふらふらする」
「ふらふら~」
「帰れる? かえろー」
帰さないよ?
流星雨の穿ったクレーターの底に現れた紫色の光を、神剣であっさりと始末する。
今度は砕いた光を監視していたお陰か、神剣に吸い込まれるのが確認できた。やはり神剣には何の変化も無い。封印具の類いも兼ねてるのかな?
狗頭の魔王を破滅させてしまった事に多少の罪悪感があるが、気にしない事にした。
亜神らしいし、そのうち勝手に蘇るだろう。ユニークスキルが残っていないだろうけど、魔王の心配なんてするだけ無駄だろう。神の欠片が抜けて正気に戻ってるかもしれないしね。
さて、魔王も片づいたし大体の情報も回収できた。
心配してるだろうし、皆の所に戻ろう。
ひょっとして、もうフロアマスターは倒しちゃったのかもしれないな。
念の為、流星雨の痕跡をストレージにしまって、迷宮へと帰還した。
◇
「魔王の戯れ言に耳を貸してはいけませんわよ?」
突然現れたのは、こんな場所に不似合いな5~6歳の童女だ。
AR表示では「UNKNOWN(正体不明)」とだけ出ている。
だが、どこかで見たことがある顔だ。
「まさか、我が君の前に自ら現れるとは! 臆病な貴様らしく無いな――パリオン!」
この童女が勇者を召喚するっていうパリオン神なのか?
魔王が先程の「燃焼」の玉を産み出し、グレイブの刃に変えて童女を切り裂く。
童女はペーパークラフトの模型の様に一瞬で燃え尽きた。
あれ? 神様って弱い?
「失礼ですよ? 私の勇者。この姿は、魔王に籠絡されそうなアナタを救うために産み出したのですから?」
そう訂正しながら、いつのまにか姿を再生させた童女が窘なめる。
ひょっとして心を読まれてないか?
「我が君が勇者だと?」
「あなたは少し黙ってらっしゃい」
魔王が空中に現れた一枚の絵の中に閉じ込められる。
そうか、どこかで見た顔だと思ったら、公爵城の廊下の絵画の中から手を振っていた童女だ。
「ようやく思い出したようね」
まてよ、あの時点でオレに接触してきたって事は、サトゥーがナナシの正体だと知っているって事か?
「そうよ、だって私はずっとあなたの側にいたのだから」
まさか、神様がストーカーだったのか。
「ひどいわ、せめて守護霊とか守護神とか言って欲しいモノね」
心の声と会話するのはやめてください。
おっと、そんな事より問いたい事がある。
「神よ、あなたは魔王の言うように、文明を抑制していたのですか?」
「少なくとも私は人の営みには興味はないわね。私が興味を持つのはいつだってアナタだけよ」
何か煙に巻かれている気分だ。
ここは、もっと問い詰めよう。
「活版印刷や熱気球なんかを伝播しないように、人心を操ったりはしていないと?」
「していた神もいたみたいよ? でも、活版印刷を阻害するのはどうしてかしら? 地球で最大のベストセラーは何? 思い出してご覧なさい」
ベストセラーって言うとアレか。
だとすると、阻害した神の狙いは何だ。
「では、災害を起こしたり、自作自演で信仰心を集めたりはしていないのか?」
「私はしていないけど、他の神々はやっていたみたいね。天変地異の加減が難しかったらしくて、途中からは戦いを司る神々がお互いの信徒に代理戦争をさせて楽しんでいたみたいよ」
彼女は、どこか他人事のように言って小さな肩をすくめてみせる。
たしかに神様のしそうな行いだが、戯れ言と断じていた割に、魔王の言う事を肯定していないか?
「それも魔神が現れてからは自重しているみたいね。だって、自分達がしなくても、魔神が代わりに『魔物』や『魔王』という災害を引き起こしてくれるのだもの。神々は何もせず左団扇で、流れ込んでくる信仰を浴びて悠々自適な生活を送っているわ」
何か違和感がある。竜神に頼んで勇者召喚の魔法を教えて貰った神話の中のパリオン神と齟齬がある。絵本と現実の違いなのだろうけど、ひどく気になる。
「いいこと? 私の勇者。アナタはいつまでもアナタでいいの。私の隣に並べるくらい、いつも強くありなさい」
彼女はそれだけ告げると空に溶けるように消えてしまった。
◇
絵を突き破って魔王が復活してきた。
「まんまと騙されたぞ、神の番犬よ!」
「そっちが勝手に勘違いしただけだろう?」
絵の中は大変だったのか、紳士然とした先程までの姿とは違い満身創痍だ。180センチほどだった体も、2段階変化でもしたのか5メートルの巨大な狼男じみた姿に変わっている。剥き出しの牙で今にも噛みついてきそうだ。
「なあ、魔王」
「黙れ番犬!」
魔王の吐く分解のブレスを、自在盾で防ぐがほんの一瞬耐えるだけで消えてしまう。閃駆でブレスの圏外に避けるまでの時間稼ぎにしかならないか。やはり、詠唱スキルをゲットして上級魔法が使えないと本当に強力な攻撃は防げないね。
「地球で一番売れたベストセラーって知っているか?」
「ふん、聖書だろう? それとも毛主席語録やコーランを挙げて欲しいのか?」
そう、活版印刷の一番の恩恵を受けたのは聖書なんかの思想を広めるための本なんだよね。
「だからさ、どうしてこの世界の神殿は、地球ほどの権力を持っていないんだろうね」
「それが何のっ――」
オレの疑問をとにかく否定しようとした魔王だったが、どうやら言いたい事が通じたようだ。
そう、神の目的が信仰心を集める事なら、神権国家や宗教国家がはびこっていないとおかしい。
シガ王国もサガ帝国も、日本人が建国しただけあって信仰の自由がある。
神が実在する世界なら、神がバックにいる国があってもおかしくないはずだ。
だが、パリオン神国やガルレオン同盟、テニオン共和国の三国を除いて宗教国家は存在しない。そして、どれも中堅国家ではあるが、大国とはとても呼べない。神がバックにいるなら、もっと強大な国家になるはずだ。
少なくとも魔王を簡単に絵に閉じ込められるような神がいれば、シガ王国を侵略するのは訳ないはず。
そして、話が戻るが、布教に一番便利な経典を量産する為の活版印刷が普及するのを妨げる理由は、神には無いと思うんだよね。
「つまり、キサマは、文明進歩を妨げていたのが我が君だというのか!」
「他の第三者の可能性も少しあるけどね。神に敵対する者が、普及を邪魔していたと考えた方がわかりやすいんじゃ無い?」
「ばかな……」
これは説得できそうかな。
「バカァァぬぁぁぁ、デは僕がシていたのは? ……この長い闘争の日々は間違ってイタと言うのか?!」
あ、しまった。
「クルルルォウ、なんノ為に、泣き叫ぶ巫女達をこの手に掛けたノダ? 神への信仰を捨てぬ木訥な農民ヲてにカケタのはァァあァ」
「落ち着け」
ああ、そんな言葉で落ち着く訳ないじゃ無いか。
どうやら、オレも少し焦っているみたいだ。
「僕は、レいセイだ。そうとも沈着冷静ナ、原初の魔王ナノダ!」
ああ、変形し始めちゃったよ。
狗頭の魔王は、狗男フォームから獣そのものの魔狗フォームへ移行したらしい。全長100メートルの巨大な魔狗が天に向けて吠える。
もう、何を言ってもオレの言葉は届かないようだ。
仕方ない、フルボッコにして意識を取り戻して貰うか。
閃駆で256方向からの「爆裂」乱れ打ちと、16方向からの聖散弾での射撃を混ぜて叩き込む。地形が凄いことになっているが、砂だし風が吹けば元に戻るだろう。
さらに雷雲から呼び出した128本の「落雷」の魔法を叩き付ける。
どうやら魔王の脅威度評価は、魔法より聖散弾の方が上みたいだ。
絶対物理防御を張って聖散弾を受け止め、他の魔法は鱗状の小盾群と無数の眷属達に受け止めさせるつもりらしい。幾つかの爆裂が、魔王の防御を突き抜け、その体を穴だらけにする。
魔剣を咥えた眷属達が襲いかかってくるが、魔王本人でないなら余裕でいなせる。たとえ、その魔剣が森羅万象の「消滅」の効果を帯びたものであっても当たらなければ問題ない。
眷属や軍団召喚で産み出された魔族達を殲滅しながら、魔王を正気に戻らせるべくフルボッコにしてみたが、状況は芳しく無いようだ。
一度やり過ぎて殺してしまったのだが、猪王と同様にすぐさま復活してしまった。やはり魔王は一筋縄ではいかないね。
「クハ、クハフハハハハ、こんナ世界など、滅びてしまえば良いノダ」
あ、何か短絡しだしたぞ。
もう一回、殺した方がいいのかな。
「神もヒトも魔モ、等しく滅ベバ良いノダ! 『神喰魔狼』」
ちょっと待て犬頭、玉砕とか無理心中とかは止めてくれ。それに、いつから狼になった。
ヤツを中心に、分解の光が広がっていく。その動きは遅いが砂漠が球状に消滅して行っている。
試しに「魔法破壊」を掛けるが、魔法とは違う仕組みなのか「魔法破壊」自体が分解されてしまっている。「魔力強奪」で魔力を奪おうとしても、その触手となる魔素が分解されてしまって上手くいかない。
ちょっとまずいね。聖散弾やレーザ-も飲み込まれるだけで、効果が無かった。
神剣なら対抗できそうだけど、刃の長さ的にオレの体が分解されて終わりそうだ。特攻は趣味じゃ無いので、他の手を考えよう。
砂丘を分解しているときに少し、分解の光の浸食速度が遅くなっていた。試しにストレージに大量にある瓦礫や海水を叩き込んだらさらに速度が落ちた。
これなら行けるか?
マップ内に誰かいないか再チェックしておく。あれだけ長時間、天変地異が続いたせいか、誰もマップ内にはいないようだ。地虫や砂丘蠍のような魔物はいるが、人的被害がなければ別にいいや。
オレはデュランダルを収納し、魔力タンク代わりになっている魔剣を交換しながら魔法を使う。
動かずに砂漠を飲み込み始めた魔王を中心に半径数キロくらいの所に、海水を出しながら氷壁を築いていく。
もちろん、こんなもので魔王のユニークスキルを止められるとは思っていない。
氷壁を築き終わったオレは、砂漠の外れにある山小屋に帰還転移で離れる。
そして、数分後にソレはやってきた。
暗雲を裂き――。
光の尾をたなびかせて――。
圧倒的な質量を魔王に叩き付ける。
流星雨――かつて竜の谷を滅ぼし、最強の竜神を殺した魔法だ。
百を超える流星を浴びてなお、分解の光は消えない。
うん、想定の範囲内だ。
分解の光に向けて星が降る。
消えようが砕けようが、星は降り続ける。
総計1000個を超える巨大隕石が砂漠に降り注ぎ、やがて分解の光がクレーターの底に消えていく。
せっかくだから、魔剣に貯めてあった魔力を使って10連射してみたんだよね。
周辺の国に影響が出ないように、氷壁を張っておいたけど少しは砂が漏れそうだ。少しくらいなら、それぞれの国がなんとかしてくれるだろう。魔王が暴れるよりはマシだよね。
>称号「魔王殺し『狗頭の古王』」を得た。
>称号「女神の寵児」を得た。
>称号「地裂の魔術師」を得た。
>称号「天崩の魔術師」を得た。
◇
「負けたよ?」
「あいつがじゃまするから」
「ひどいよねー」
「あぅ、苦しい?」
「へんだね、ふらふらする」
「ふらふら~」
「帰れる? かえろー」
帰さないよ?
流星雨の穿ったクレーターの底に現れた紫色の光を、神剣であっさりと始末する。
今度は砕いた光を監視していたお陰か、神剣に吸い込まれるのが確認できた。やはり神剣には何の変化も無い。封印具の類いも兼ねてるのかな?
狗頭の魔王を破滅させてしまった事に多少の罪悪感があるが、気にしない事にした。
亜神らしいし、そのうち勝手に蘇るだろう。ユニークスキルが残っていないだろうけど、魔王の心配なんてするだけ無駄だろう。神の欠片が抜けて正気に戻ってるかもしれないしね。
さて、魔王も片づいたし大体の情報も回収できた。
心配してるだろうし、皆の所に戻ろう。
ひょっとして、もうフロアマスターは倒しちゃったのかもしれないな。
念の為、流星雨の痕跡をストレージにしまって、迷宮へと帰還した。
すみません! 称号を後で追加しようと思ってたのに忘れてました。
次回はアリサ視点のフロアマスター討伐話です。
たぶん、次回で10章は終了となります。プロット通りなら11章は、のんびり観光主体の予定です。
早ければ1/2~3の間に、遅くても1/5(日)に次話を投稿します。
※流星雨は、魔法と使い捨てアイコンの2種類があります。魔法の方の流星雨は魔力の有る限り回数制限はありません。アイコンの方はあと2回分残っているはずです。
10-50.階層の主
※アリサ視点です。
※2/11 誤字修正しました。
※2/11 誤字修正しました。
れべる140?
まって、犬の頭の魔王? うそ、そんなの知らない――違う、あれは魔王なんて生易しい相手じゃ無い。
そう、あれは神話に記されていたヤツだ。
世界中の神殿を焼き、地上に降臨していた天使達を喰らい尽くした死神。
神の軍団と戦い天竜を蹴散らした魔神の使徒。
それが、どうしてこんな場所に?
もしかして、わたしがいたから?
ワタシが……。
悪い方向にループしようとしたわたしの頭を、あいつが優しく抱き寄せてくれる。
うん、そうだ皆を守らないと。
不倒不屈と全力全開を併用して次元の彼方に放逐してやる。
一回で無理なら何度でも。
この力をくれた神様が言っていた。
使用回数の制限は、魂のリミッターだって。
だったら、わたしの魂を全部つかってもいい、もっとイチャラブしたかったけど、皆や愛しい相手を救えるなら安いものよ。
今世は悪くなかった。今なら笑って死ねる。できれば来世でも、この楽天的なご主人様の側に転生したいわね。
深呼吸して、ユニークスキルを発動――え?
急に目の前の光景が変わる。
これはポチの使う瞬動? 一瞬で、わたしはナナ達のいる場所まで移動させられていた。
わたしの無謀なご主人様は、一人で戦う気に違いない。
◇
魔王と一緒に転移してしまったご主人様を、空間魔法で探してみたけど見つからない。
うそ、よく知ってる人ならすぐに見つけられるはずなのに!
「アリサ、階層の主です。一旦、後方に下がります」
リザの指令で、みんなが後方の安全圏に避難する。
わたしは、リザの小脇に荷物のように抱えられているが、そんな待遇に文句をいう時間も惜しい。全力で探索魔法を使うが該当なしだ。一度だけ、「全力全開」を使って探索したけど見つからなかった。まるで、この世界から「サトゥー」が消えてしまったみたいだ。
「だめっ、見つからない」
「さっきのは~?」
「魔族みたいにゾワゾワしたのです!」
「違う。きっと魔王」
「そんなっ?!」
「本当ですか? ミーア」
ミーアには判ったみたい。
「しんぱいむよ~?」
「でも、心配なのです!」
心配していないのはタマだけみたい。どうしてこの子はここまで信じられるんだろう。
ルルも真っ青な顔をしているし、リザやナナだって落ち着きを無くしている。
「まったく、落ち着いてるのはタマだけか。深呼吸だ!」
いつの間にか近くに来ていた師匠連中にどやされた。
「吸ってー吐いてー吸ってー吸ってー吸ってー」
吸いきれなくて、ぶはっと吐き出してしまった。
でも、少し落ち着いたかな。
「まったく、盾役はいつも沈着冷静でいろっていっただろうが」
「申し訳ないと謝罪します。マスターの危機に何もできない自分をもてあましていましたと自己分析しました」
「まったく、サトゥーは勝てない相手に玉砕を選ぶようなヤツじゃないだろう? アイツは勝てない相手なら何のためらいも無く逃げられるヤツだ。アンタ達を置いていったのは、まだ魔王と戦うには足りないと思ったのか、アンタ達の力を借りるまでもなく楽勝で倒せると踏んだんじゃないか?」
うう、理屈じゃ無いのよ。感情が追いかけたがってるの!
「口止めされてるが、あんた達ならいいだろう。サトゥーは、虚空で万単位のクラゲの魔物を一瞬で倒してみせたぞ? あの冗談みたいな光景を見たらサトゥーの心配なんてするだけ馬鹿馬鹿しいと判るんだけどねぇ」
害獣駆除とかいいながらそんな事してたのか……。
師匠達の話に耳を傾けながらやきもきとしていると、震度3くらいの揺れが断続的に襲ってきた。
「ゆれ~?」
「ぐらぐらなのです!」
「きゃっ、だ、大丈夫かしら?」
「迷宮は頑丈です。この程度の揺れでは崩落しないと断言します」
「この揺れは、ご主人様と魔王が戦っているのでしょうか?」
「たぶん地震じゃないかな。休火山が近くにあったから、あれが噴火したのかも」
てか、この地震長い。震源地とか想像するのが怖いレベルね。
◇
「ただいま。心配掛けてごめんね」
「おかり~」
「お帰りなさいなのです!」
「「ご主人様!」」
「サトゥー」
「マスター、無事の帰還を祝福します」
ちょっと買い物に行ってましたみたいな態度でアイツは帰ってきた。
魔王はどうしたのか聞いたら、あっさりと「倒した」とだけ答えが返ってきた。
倒したって、あんた、そんな簡単に。そりゃ、怪我どころか服も破れてないけどさ。
アレって、神話に出てくるようなヤツよ?
魔王って枠の外側にはみ出てるような規格外な存在なのに……。
「お~、あれが階層の主か。どうする? 日を改めて挑戦するかい?」
「やるっ。みんな行けるわね?」
日を改めるなんてとんでもないわ!
よかった、皆も頷いてくれた。
暢気にフロアマスターを眺めるアイツに鼻息荒く宣言して、皆に作戦を説明した。
わたし達だって一流の探索者だって教えてあげるんだから!
出現したフロアマスターは、真っ赤な稲妻を体表に纏わせた赤雷烏賊だ。レベルは59――けっして届かない相手じゃ無い。水魔法と電撃も厄介だけど、一番やばそうなのは、あの目玉ね。魅了の邪眼みたいだから、早めに潰しましょう。
でも、幾つか想定していたケースの中では、楽勝な部類に入るわね。中層に出た炎蛇みたいに物理無効の敵じゃないのはラッキーだったわ。
「アリサ、全員配置につきましたと報告します」
「おっけー」
わたし達が配置につくまでの間に、赤雷烏賊は自分の周りに綿菓子のようなピンク色の靄を浮かべている。どうやら帯電しているらしく、パチパチとはじける音がしている。
へたに接近戦を挑んだら、感電死して終了だったわけか。
上層でもフロアマスターだけあって生半可な敵じゃないわね。
三方に散ったポチ、タマ、リザの三人が、こっちに手を振っている。まったく、フロアマスターに見つかったらどうすんのよ。
「ミーア、砂巨人の準備を始めていいよ」
「ん」
空間魔法の「格納庫」に収納してあった大量の砂を地面に放出する。
この砂を材料に、ミーアが精霊魔法の擬似生命創造で「流砂の巨人」を創りだす。砂は無くても作れるんだけど、材料を用意しておくと必要魔力が激減するんだよね。流砂の巨人は、電撃や打撃に強いので、序盤の盾役をやって貰おうと思っている。
ミーアの魔力に反応して、赤雷烏賊が動き出した。
すかさず、大広間の反対側に待機していたリザが、馬鹿げた大きさの魔刃砲を赤雷烏賊の後頭部に叩き付ける。赤雷烏賊が、一際激しく放電しながらターゲットをミーアからリザに変えて振り向く。
いやさー、確かに作戦通りなんだけど、リザってば気合い入れすぎ。
ポチとタマに強化魔法を掛けていたルルが、こっちに戻ってきた。
私達の護衛役をルルと交代して、ナナが大広間に足を踏み出す。挑発は、まだ早い。ナナが5発の「理槍」を赤雷烏賊に叩き込んでターゲットを奪う。
さらに、ポチとタマが左右から交互に魔刃砲を叩き付ける。こっちはリザと違って常識的な威力だ。そう、それでいいのよ!
4人で順番に攻撃することで、赤雷烏賊を右往左往させる作戦は上手くいきそう。
ゲームでもレイドボスのタゲ回しのピンポンって良くやったものよ。
ようやく完成した流砂の巨人が、のっそりと赤雷烏賊に向かっていく。
帯電靄を吸収しながら、平気な顔で接近してる。まあ、砂巨人に顔なんてないけどさ。
◇
一定の距離まで近づいた巨人に、赤雷烏賊が威圧のポーズと共に耳が痛くなるような強力な雷撃を浴びせてきた。
うっは、耳が痛い。目は手で庇ったけど、耳がキーンとして聞こえないや。今度、防具に一定水準以上の音を遮断する機能を付けて貰おう。
流砂の巨人は、あれだけの電撃を浴びてなお、平然と赤雷烏賊に向かって歩みを進める。それでも、3割くらい体力を持って行かれてるみたいね。耐雷タイプじゃなかったら、さっきの一撃で沈んでたかも。
あちゃ、ポチはマトモに見ちゃったのか目を押さえて蹲ってる。他のみんなも耳がやられたみたいだから、しばらくは時間を稼がないとね。
「ミーアは大丈夫?」
聞こえていないみたいだけどジェスチャーが通じたみたいで、ミーアがコクリと頷く。
大丈夫みたいね。手信号で巨人を突撃させるように指示する。
流砂の巨人が、赤雷烏賊に組み付く。赤雷烏賊が、それを嫌がるように触手を巨人に叩き付けるけど、巨人の体を構成する砂にめり込むばかりで有効打は与えられないみたい。
打撃が効かないのに焦った赤雷烏賊が、苦し紛れにイカ墨みたいな毒霧をはき出すけど、呼吸をしていない流砂の巨人には何の効果もない。
よっし、思ったより相性が良いみたいね。
本年は、このお話で終了です。
来年もよろしくお願いします!
※次回投稿は元旦です。
年末年始の投稿予定については、活動報告をご覧ください。
10-51.階層の主(2)
新年あけましておめでとうございます!
本年もデスマを、よろしくお願いいたします。
※アリサ視点です。
※2/11 誤字修正しました。
本年もデスマを、よろしくお願いいたします。
※アリサ視点です。
※2/11 誤字修正しました。
ポチの視力が回復するまでの間、わたしの火弾やルルの理槍で赤雷烏賊の目を狙う。
ダメね。抵抗されちゃって通じないや。
「ルル、砲撃でイカの目を狙えない?」
「イカさんは攻撃の時に体を捻るから、ちょっと狙えないかも。もうちょっと動きが止まってくれたら当てられると思うんだけど」
『ポチがやるのです!』
『タマもやるる~』
つなぎっぱなしにしている空間魔法の「戦術輪話」から、ポチとタマの元気な声が入ってきた。
へ? ポチ?
「ポチ、目は大丈夫?」
『ポーション飲んだら治ったのです!』
いや、普通は治らないわよ?
まあ、いいや。
「いける?」
「任せてなのです!」
「あい」
う~ん、赤雷烏賊の脅威評価値が上がりすぎて盾役の砂の巨人からポチやタマにターゲットが移りそうで怖いけど。魅了の目さえ潰したら、なんとかなる、か。
よし、女は度胸っていうしね!
「じゃ、お願い」
「うけたまわり~」「なのです!」
ポチとタマがシュタッとシュピのポーズをそれぞれ取って、全力で小剣に魔力を集める。
「いちごあじ~?」
「ここはとっておきのジャーキー味なのです!」
2人が腰のポーチから取り出したMP回復ポーションを飲み下す。
うげっ、ビーフジャーキー味のポーションなんて良く飲むわね。
赤雷烏賊が何度目かの放電を終えたタイミングで、ポチとタマが突撃する。瞬動で急接近したポチが、大きな刃を産み出したオリハルコンの剣を赤雷烏賊の片目に突き立てた。痛みに赤雷烏賊が目を閉じる。
「まだまだ~、なのです!」
おお! 突き立てた状態から魔刃砲を打ち出して、片目を爆破か……可愛い顔してなかなかエグイ技を使うわね。
「じゃばらそ~ん、あんど~、どりる~」
反対側から接近したタマが、魔刃でコーティングした蛇腹剣を目玉に伸ばして突き刺す。今度は、蛇腹剣を短くする力に乗って自分を持ち上げてる。良く抜けないもんだと思ったけど、たしか先端からトゲがでるんだっけ。エグさではタマも一緒ね。
接近したタマが、もう片手の回転刃のオリハルコンの剣を突き立てる。ほんと、あんなネタ武器を本当に使いこなすなんて、ちみっ子は凄いわ。
おっと、範囲が来そう。
「ナナっ」
「ダイオウイカよ! 偉いと思うならホタルイカの様に輝いて見せろ、と道破します!」
ああ、そんな挑発したら。
赤雷烏賊の表面がチカチカと瞬き、閃光がナナを襲う。
「すごいっ」
横でルルが息を呑む。
ナナを中心に十重二十重の魔法の盾や魔法壁が浮かんでナナを守っている。
発動したのを見るのは2回目だけど、ふざけた防御力だわ。
◇
敵の体力を半分ほど削った所で、リザが勝負にでる。
「ポチ、タマ、連携を行きますよ」
「あいあい~」
「らじゃなのです!」
おお! コンボ技ね!
「一の太刀なのです! 魔刃突貫!」
真っ赤に全身を光らせたポチが瞬動付きで突撃する。
犬娘突撃でいいじゃん。
「二の太刀~? 魔刃双牙」
タマが、両手の小剣から巨大な牙のような刃を産み出す。それを手に突撃したタマが、コマの様に体を回転させながら、交互に剣を突き立て噛み跡のような傷を穿っていく。
赤雷烏賊が、苦し紛れの触手を叩き付けてくるが、タマは華麗にそれを避けていく。
そんな紙一重でアクロバティックに避けなくていいから! そういうのは仮面のアサシンにでも任せておきなさい!
「三の技。魔槍竜退撃!」
ポチとタマの攻撃で体の表面にあった防御膜を失っていた赤雷烏賊の背に、リザの魔槍の連撃が叩き込まれる。最後にくるりと体を回転させて、そのベクトルを乗せた一撃を突き立てる。その一撃は、連撃でズタズタになっていた体表を突き抜け深くえぐり込まれたみたいだ。
リザが、口に咥えていたMP回復ポーションを噛み砕き、飲み干す。
枯渇寸前の魔力がみるみる回復していく。まったく上級ポーションなみの回復量よね。
「絶の技。魔刃爆裂」
赤雷烏賊の体の奥で赤い光が幾つも瞬くのが見えた。
内側から表皮を破って赤い刃がそこかしこから顔を見せている。
触手がリザの左右から迫る。
「腕なのか足なのかはっきりしろと断罪します!」
身体強化をしたナナが、人外じみた速さでリザと触手の間に割り込んだ。
片方の触手を大盾で防ぎ、もう片方の触手を空中に浮かぶ魔法の盾で受け止める。
みんな、凄い。
これで赤雷烏賊の残体力は4割を切った。
◇
「アリサ、そろそろ」
「おっけー」
ミーアの操る流砂の巨人の体力が尽きて崩壊する。
そこに「迷路」の呪文を使って時間を稼ぐ。せいぜい30秒も保てば良い方だけど、それで十分なのよね。
横でコクコクとMP回復ポーションを飲むミーアから、蜂蜜の匂いがする。この子は蜂蜜味か。みんな好き放題改良して貰ってるわね。
崩れた砂を材料に、今度は流砂の蛇が産み出され赤雷烏賊を拘束する。
「ルル、準備して」
「うん、判った」
魔法で皆のサポートをしていたルルに、砲撃準備を促す。
わたしも、空間魔法で赤雷烏賊を動かないように固定しよう。
ただし、狙いは赤雷烏賊じゃない。直接狙ったらレジストされちゃうもんね。
狙うのは、赤雷烏賊に絡みつく流砂の蛇の方だ。流砂の蛇を空間に固定し、間接的に赤雷烏賊を拘束する。
ポーチから、MP回復ポーションを取り出して一気に呷る。にがっ。
ルルの加速弾が当たったら、残り3割を切るはず。暴走状態に入る前に、ユニークスキル全開で「空間消滅」の大魔法を叩き込んで一気に止めをさしてやる。
ルルが、ポーチから滑腔砲を取り出して構える。
目で問うてくるルルに頷いて、GOサインを出した。
「照準完了。固定」
『イエスマイレディー、ディメンジョンパイル スタンバイ』
ルルの指令に、滑腔砲のサポート音声が応える。
不可視の次元杭が重たい滑腔砲の砲身を空中に固定する。
「仮想砲身展開」
『オーケー、ヴァーチャルバレル スプレッド』
滑腔砲の前方に20メートルほどの理力の砲身が展開される。
くぅ、燃えるわ!
「加速魔法陣、制限解除」
『アイアイマム、バッテリー フルチャージ』
滑腔砲の横に付いていた魔力筒から、魔法陣を産み出すための魔力が充填される。
あれ? いつも1目盛り分なのに、予備筒も含めて全部カラになってない?
『アクセラレーション オーバードライブ』
仮想砲身に沿って赤く光る魔法陣が展開されていく――って、何枚出す気だ!
あれ? 加速魔法陣って3枚じゃなかった?
100枚くらい出てない?
「準備完了! アリサ?」
準備が完了したルルが、タイミングを問うてきた。もちろんGOよ。
赤雷烏賊を指さして発射を指令する。
「撃て!」
『イグニッション!』
ルルの細い指が引き金を絞り込み、砲弾が発射される。
バンだかドンだか聞き取れない程の爆音を残して、青い軌跡がルルの滑腔砲から打ち出された。
え? 実体弾よね?
どうしてレーザーみたいなの?
うっは、一撃で赤雷烏賊の胴体に大穴が開いてる。
大穴の周りが内側にえぐり込むように陥没してて、赤雷烏賊の体が後ろに引っ張られていく。終には、固まった流砂の蛇に裂かれるように赤雷烏賊がズタズタの輪切りになってしまった。
げっ、延長線上の迷宮の壁面まで抉れてるじゃない!
そこに、我らがご主人様の暢気な声が耳に入ってきた。
「やっぱ、マッハ20は凄いね」
マッハ? 20って、音速の20倍って事?!
ちょっとは自重しなさいよ!
でも、驚きすぎて口からはあうあうとバカみたいな声しかでない。
「いや、レールガンがマッハ20って聞いたからさ、魔法で実現できないか追求したのが、あの滑腔砲なんだよ」
どうりでライフリングしないはずだわ。
「ありさ~」
「勝利のポーズするですよ!」
え? 今ので終わり?
うそっ? わたしの出番が。
あのユニークスキル、まだ使って無いんですけどっ。
ポチとタマに手を引かれて広場の真ん中に出現した宝箱の前で、勝利のポーズを取って記念撮影した。2枚目は、師匠達も集めて撮影する。
こうして、わたし達はミスリル証を手に入れた。
ダメね。抵抗されちゃって通じないや。
「ルル、砲撃でイカの目を狙えない?」
「イカさんは攻撃の時に体を捻るから、ちょっと狙えないかも。もうちょっと動きが止まってくれたら当てられると思うんだけど」
『ポチがやるのです!』
『タマもやるる~』
つなぎっぱなしにしている空間魔法の「戦術輪話」から、ポチとタマの元気な声が入ってきた。
へ? ポチ?
「ポチ、目は大丈夫?」
『ポーション飲んだら治ったのです!』
いや、普通は治らないわよ?
まあ、いいや。
「いける?」
「任せてなのです!」
「あい」
う~ん、赤雷烏賊の脅威評価値が上がりすぎて盾役の砂の巨人からポチやタマにターゲットが移りそうで怖いけど。魅了の目さえ潰したら、なんとかなる、か。
よし、女は度胸っていうしね!
「じゃ、お願い」
「うけたまわり~」「なのです!」
ポチとタマがシュタッとシュピのポーズをそれぞれ取って、全力で小剣に魔力を集める。
「いちごあじ~?」
「ここはとっておきのジャーキー味なのです!」
2人が腰のポーチから取り出したMP回復ポーションを飲み下す。
うげっ、ビーフジャーキー味のポーションなんて良く飲むわね。
赤雷烏賊が何度目かの放電を終えたタイミングで、ポチとタマが突撃する。瞬動で急接近したポチが、大きな刃を産み出したオリハルコンの剣を赤雷烏賊の片目に突き立てた。痛みに赤雷烏賊が目を閉じる。
「まだまだ~、なのです!」
おお! 突き立てた状態から魔刃砲を打ち出して、片目を爆破か……可愛い顔してなかなかエグイ技を使うわね。
「じゃばらそ~ん、あんど~、どりる~」
反対側から接近したタマが、魔刃でコーティングした蛇腹剣を目玉に伸ばして突き刺す。今度は、蛇腹剣を短くする力に乗って自分を持ち上げてる。良く抜けないもんだと思ったけど、たしか先端からトゲがでるんだっけ。エグさではタマも一緒ね。
接近したタマが、もう片手の回転刃のオリハルコンの剣を突き立てる。ほんと、あんなネタ武器を本当に使いこなすなんて、ちみっ子は凄いわ。
おっと、範囲が来そう。
「ナナっ」
「ダイオウイカよ! 偉いと思うならホタルイカの様に輝いて見せろ、と道破します!」
ああ、そんな挑発したら。
赤雷烏賊の表面がチカチカと瞬き、閃光がナナを襲う。
「すごいっ」
横でルルが息を呑む。
ナナを中心に十重二十重の魔法の盾や魔法壁が浮かんでナナを守っている。
発動したのを見るのは2回目だけど、ふざけた防御力だわ。
◇
敵の体力を半分ほど削った所で、リザが勝負にでる。
「ポチ、タマ、連携を行きますよ」
「あいあい~」
「らじゃなのです!」
おお! コンボ技ね!
「一の太刀なのです! 魔刃突貫!」
真っ赤に全身を光らせたポチが瞬動付きで突撃する。
犬娘突撃でいいじゃん。
「二の太刀~? 魔刃双牙」
タマが、両手の小剣から巨大な牙のような刃を産み出す。それを手に突撃したタマが、コマの様に体を回転させながら、交互に剣を突き立て噛み跡のような傷を穿っていく。
赤雷烏賊が、苦し紛れの触手を叩き付けてくるが、タマは華麗にそれを避けていく。
そんな紙一重でアクロバティックに避けなくていいから! そういうのは仮面のアサシンにでも任せておきなさい!
「三の技。魔槍竜退撃!」
ポチとタマの攻撃で体の表面にあった防御膜を失っていた赤雷烏賊の背に、リザの魔槍の連撃が叩き込まれる。最後にくるりと体を回転させて、そのベクトルを乗せた一撃を突き立てる。その一撃は、連撃でズタズタになっていた体表を突き抜け深くえぐり込まれたみたいだ。
リザが、口に咥えていたMP回復ポーションを噛み砕き、飲み干す。
枯渇寸前の魔力がみるみる回復していく。まったく上級ポーションなみの回復量よね。
「絶の技。魔刃爆裂」
赤雷烏賊の体の奥で赤い光が幾つも瞬くのが見えた。
内側から表皮を破って赤い刃がそこかしこから顔を見せている。
触手がリザの左右から迫る。
「腕なのか足なのかはっきりしろと断罪します!」
身体強化をしたナナが、人外じみた速さでリザと触手の間に割り込んだ。
片方の触手を大盾で防ぎ、もう片方の触手を空中に浮かぶ魔法の盾で受け止める。
みんな、凄い。
これで赤雷烏賊の残体力は4割を切った。
◇
「アリサ、そろそろ」
「おっけー」
ミーアの操る流砂の巨人の体力が尽きて崩壊する。
そこに「迷路」の呪文を使って時間を稼ぐ。せいぜい30秒も保てば良い方だけど、それで十分なのよね。
横でコクコクとMP回復ポーションを飲むミーアから、蜂蜜の匂いがする。この子は蜂蜜味か。みんな好き放題改良して貰ってるわね。
崩れた砂を材料に、今度は流砂の蛇が産み出され赤雷烏賊を拘束する。
「ルル、準備して」
「うん、判った」
魔法で皆のサポートをしていたルルに、砲撃準備を促す。
わたしも、空間魔法で赤雷烏賊を動かないように固定しよう。
ただし、狙いは赤雷烏賊じゃない。直接狙ったらレジストされちゃうもんね。
狙うのは、赤雷烏賊に絡みつく流砂の蛇の方だ。流砂の蛇を空間に固定し、間接的に赤雷烏賊を拘束する。
ポーチから、MP回復ポーションを取り出して一気に呷る。にがっ。
ルルの加速弾が当たったら、残り3割を切るはず。暴走状態に入る前に、ユニークスキル全開で「空間消滅」の大魔法を叩き込んで一気に止めをさしてやる。
ルルが、ポーチから滑腔砲を取り出して構える。
目で問うてくるルルに頷いて、GOサインを出した。
「照準完了。固定」
『イエスマイレディー、ディメンジョンパイル スタンバイ』
ルルの指令に、滑腔砲のサポート音声が応える。
不可視の次元杭が重たい滑腔砲の砲身を空中に固定する。
「仮想砲身展開」
『オーケー、ヴァーチャルバレル スプレッド』
滑腔砲の前方に20メートルほどの理力の砲身が展開される。
くぅ、燃えるわ!
「加速魔法陣、制限解除」
『アイアイマム、バッテリー フルチャージ』
滑腔砲の横に付いていた魔力筒から、魔法陣を産み出すための魔力が充填される。
あれ? いつも1目盛り分なのに、予備筒も含めて全部カラになってない?
『アクセラレーション オーバードライブ』
仮想砲身に沿って赤く光る魔法陣が展開されていく――って、何枚出す気だ!
あれ? 加速魔法陣って3枚じゃなかった?
100枚くらい出てない?
「準備完了! アリサ?」
準備が完了したルルが、タイミングを問うてきた。もちろんGOよ。
赤雷烏賊を指さして発射を指令する。
「撃て!」
『イグニッション!』
ルルの細い指が引き金を絞り込み、砲弾が発射される。
バンだかドンだか聞き取れない程の爆音を残して、青い軌跡がルルの滑腔砲から打ち出された。
え? 実体弾よね?
どうしてレーザーみたいなの?
うっは、一撃で赤雷烏賊の胴体に大穴が開いてる。
大穴の周りが内側にえぐり込むように陥没してて、赤雷烏賊の体が後ろに引っ張られていく。終には、固まった流砂の蛇に裂かれるように赤雷烏賊がズタズタの輪切りになってしまった。
げっ、延長線上の迷宮の壁面まで抉れてるじゃない!
そこに、我らがご主人様の暢気な声が耳に入ってきた。
「やっぱ、マッハ20は凄いね」
マッハ? 20って、音速の20倍って事?!
ちょっとは自重しなさいよ!
でも、驚きすぎて口からはあうあうとバカみたいな声しかでない。
「いや、レールガンがマッハ20って聞いたからさ、魔法で実現できないか追求したのが、あの滑腔砲なんだよ」
どうりでライフリングしないはずだわ。
「ありさ~」
「勝利のポーズするですよ!」
え? 今ので終わり?
うそっ? わたしの出番が。
あのユニークスキル、まだ使って無いんですけどっ。
ポチとタマに手を引かれて広場の真ん中に出現した宝箱の前で、勝利のポーズを取って記念撮影した。2枚目は、師匠達も集めて撮影する。
こうして、わたし達はミスリル証を手に入れた。
これで10章は終わりです。
最後の一行に込めたアリサのやるせなさをお楽しみください。
※年末年始の投稿予定については、活動報告をご覧ください。
18時以外に投稿する分は、活動報告で発表済みのものなので、ご注意を!
幕間:お餅つき
※正月ネタです。
本日2度目の更新です。「10-51.階層の主(2)」を未読な方はご注意ください。
※1/2 一部改稿
※2/11 誤字修正しました。
本日2度目の更新です。「10-51.階層の主(2)」を未読な方はご注意ください。
※1/2 一部改稿
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。正月といえば、お節料理にお餅にお年玉でしょうか。初詣や年賀状なんかも正月の定番ですね。子供の頃はお年玉を握りしめてオモチャ屋にゲームを買いに走っていましたが、大人になってからは酒を飲んでごろごろとしていた記憶しかありません。シゴト? 正月ニシゴトナンテナイヨ?
◇
「アリサのほっぺはモチみたいに伸びるな」
「いふぁい、はんふぇーひふぇるから――」
薄いほっぺなのに、どうしてこんなにモチモチしてるんだろう。
「モチって何なのです?」
「のびる~?」
ポチとタマがモチという言葉に目聡く反応して寄ってきた。
「モチって言うのはね――」
「あの、ご主人様、アリサへのお仕置きはその辺で……」
モチの説明をしようとした所で、ルルが控えめに取りなしてきた。視線を下に下げるとアリサが涙目で見上げている。ごめん、忘れてた。
◇
さっそく杵と臼を用意し、餅米の準備をする。残念ながら、餅米は一晩ほど水に浸しておかないといけないので、いきなり餅つきはできない。
熟成を促進する魔法があるのに、餅米や豆を一晩浸ける手間を省略するような魔法が無いのは、魔法使い達の怠慢だと思う。
たぶん、水系だと思うので、今晩にでも何通りか試作してみよう。
ミーアは暗記がキライだから渋りそうだけど、美味しいお餅を食べさせた後に、餅を手軽に作るための魔法だと説得すれば進んで覚えてくれるに違いない。
餅の中に入れる小豆や黒豆も餅米同様、一晩ほど水に浸して置く。餡の類いは、前にムーノ巻きとかを作った時に量産してあるのだが、豆大福とかを作るのには使えないからね。
他にも思いつくままに具材の準備を進める。
定番の和菓子系だけじゃなく、チーズとかイチゴとかも用意するかな。
そうだ、この際だから色々と変なのも用意してみるか。
どんな具材が受けるか判らないからね。
◇
「ぺったん~」
「ペッタンなのです!」
オレが餅つきを始めるとポチとタマもやりたがったので交代した。
臼の傍で餅をひっくり返す役はナナが担当している。
「わたしも! ひっくり返すのやりたい!」
「いいよ、コレ付けてから交代しな」
アリサとミーアも興味津々だったので、薄い手袋を渡してやる。
「ん? なんで手袋?」
「ポチやタマの振る杵が当たったら手首が千切れるぞ? この手袋はルルが迷宮で使ってるのと同じだから、当たる前に魔法の小盾が出てガードしてくれるんだよ」
お餅が手にくっつかないのが装備する主目的なんだけど、これだけ脅せば慎重に作業してくれるだろう。
大怪我しても、治癒魔法で一瞬で治るんだけど、血の混ざったピンク色の餅とか食べたくないからね。
おっかなびっくりお餅を返すアリサやミーアを眺めながら、ルルと一緒にお餅を丸める。丸めるときに、先に作っておいた具材を入れていく。
屋敷付きの幼女メイド達も、餅を丸めるのを手伝ってくれている。
「あちちっ、よくルル様も旦那様も平気ですね」
「うふふ、冷たい水に手を浸してからやればいいんですよ」
「うう、手がべたべたする」
「こっちの粉を手にまぶしてからすればくっつきませんよ」
まあ熱いけど、フォージの中に手を入れるのと比べたらたいしたことはない。
ルルが適度に幼女メイド達をサポートしてくれているので、それを微笑ましく眺めながら作業を続けた。
「ぽちー!」
「たまぁ~」
「あちち、もちがもちがあーーーー」
「アリサ」
騒がしい悲鳴に振り向くと、餅をつくときに変なアクションを入れようとしたポチが何か失敗したようだ。どうやら、杵に付いていた餅が体に巻き付いてしまったようで、餅まみれになってしまったらしい。
その横では、伸びた餅を頭からかぶったアリサが、酷い事になっている。
ルルが「あらあら、まあまあ」と主婦っぽい言葉を呟きながら事態の収拾に向かってくれた。
火傷はミーアの水魔法で、汚れはルルの生活魔法で綺麗になったようだが、食べ物を扱っている時にうかつな事をしたポチと、それを唆したアリサの2人が正座してリザに説教されていた。
◇
大量の餅を、プレーン、甘味、主食、色モノの4種に分類しながら並べて行く。
ちょっと作りすぎたかもしれない。
余った分は、孤児院や養成所に持って行けばいいか。
「んまい。やっぱ、つきたてのお餅ってサイコーね」
「のびるる~?」
「も、もちの人は手強いのです。口の上にくっついて~」
「おいし」
年少組は、つきたてのプレーンなお餅を堪能している。
「そうだ! やっぱ、餅は焼かないと!」
「いま、リザが道具を取りに行ってくれてるよ」
餅を片手に力説するアリサをなだめる。
「こっちのお餅は、具が入ってますよ」
「こし餡が入っているのです!」
「まめもおいし~?」
「ん、蜂蜜餅、美味し」
「ああ、焼き網が来る前に満腹になっちゃう――はちみつっ?!」
何か気になったのか、アリサが餅を食いながら目を剥いている。
蜂蜜餅は、餅を噛みしめると中からトロリと蜂蜜が出てくる。そのまま咀嚼すると餅に蜂蜜が絡んで意外と合うんだよね。ちょっと甘すぎるから、オレは1個で十分って感想だ。
「こっちのは角煮が入っているのです!」
「こっちは、てりやきちきん~」
「ん、カスタード」
おおむね好評のようだな。
おや? アリサがorzの格好で地面に突っ伏している。
胸焼けでもしたのか?
「どうした?」
「に、にっぽんの文化が魔改造されていく」
おおげさな。
食は進化していくモノなんだよ。
「保守的なアリサ向きなのが来たぞ」
リザが運んできてくれた、七輪もどきの魔法道具と金網を指さす。
さっそく復活したアリサが、金網の上に餅を並べて焼き始めた。
なぜか上手く膨らまないので、表面を魔法で乾燥させたり、その表面に切れ込みを付けたりと色々試行錯誤してみた。
「餅が生きているのです!」
「ぷくぷく~?」
「スライム?」
年少組が金網の上で膨らむ餅に釘付けだ。うん、苦労した甲斐があった。
平静を装っているが、リザもさっきから餅の動きを目で追っている。
そろそろ頃合いかな?
砂糖醤油を入れた皿をアリサに渡してやる。
「くぅ~ やっぱ、お餅はこの食べ方だよね~」
でも、保守的な砂糖醤油を付けた焼き餅や、磯辺焼きを楽しんでいるのは、オレとアリサだけのようで、他の面々はネタで用意した奇抜な餅の方が受けているようだ。
「ちーずのせ~中身がみーとそーす~?」
「こっちのお餅は、ハンバーグ先生が隠れていたのです!」
「キャラメル味」
「こちらのテリヤキマヨ味は素晴らしいです。噛むことによって餅にテリヤキの味が移り、違った食感の肉を食べているかのような――」
まあ、好評だからいいや。
きな粉餅を口に運びながら楽しそうな面々を愛でる。
そうだ、今度は草餅やずんだ餅なんかにもチャレンジしてみようかな。春の王国会議には桜餅とかいいかもしれない。
「おぜんざいの用意ができましたよ」
ぜんざいの入った鍋を抱えたルルが厨房から出てきた。
その後ろには食器を持った屋敷のメイド隊が続いている。
「ああ、甘辛いモチからぜんざいへのコンボは危険だわ! これで辛いのにつながったら無限コンボが来ちゃう! 幸せすぎて怖い!」
「もちこわい~」
「ぜんざいだって怖いのです!」
ルルとメイド隊をねぎらいながら、彼女たちの食べる餅を新たについてやる。
ぜんざいを食べながら、しきりに恐縮するミテルナ女史や、いつの間にか混ざっていたミーティア王女とその侍女が、ミーアの勧める甘味餅に目を丸くしたりと、楽しい時を過ごした。
パーティー終了後に、ナナは余った餅がたくさん入ったケースを抱えて、孤児院に慰問に行ってしまった。きっと、今頃、餅と幼生体にまみれているのだろう。
◇
後日、この餅パーティーの事を知った迷宮都市の知人達の所に、餅を配ることになってしまった。
迷宮都市での餅米の値段を知った幼女メイド達や孤児院の教師達が、顔を青くして卒倒しそうな一幕も。仕入れ値は安かったんですよ?
餅を食べた後におせち料理が食べたいとアリサにねだられたが、残念ながらレシピがさっぱり判らないので再現不能だった。
おせちを作る母や祖母の傍で味見をするのは得意だったんだけどね。
しまった! 雑煮ネタを入れ忘れた!
お餅ってバリエーション豊かですよね~
SSネタのつもりが普通に1話分の分量になってしまった……。
※1/2 お餅を焼くシーンを少し修正しました。
桜餅や草餅などの前振りを追加してあります。
※補足
孤児院建設後~フロアマスター討伐に出発までの間のお話です。
作中でも書いていますが、アリサのホッペを見てモチをつこうと考えたので、作内の時系列が正月のわけではありません。
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