10-20.新しい狩場
※少し残酷なシーンがあります。苦手な方はご注意を。
※2/11 誤字修正しました。
※10/5 加筆しました。
※2/11 誤字修正しました。
※10/5 加筆しました。
サトゥーです。MMOなどのネットゲームだと、美味しい狩場を探すのも醍醐味の一つです。もっともネットでの情報伝達が発達した今では、アップデート後の数日だけの楽しみですけどね。
◇
迷宮の別荘で皆が眠っている間に、1人で屋敷に戻って様子を見に来たが、特に問題は発生していなかった。子供達の回復も順調のようだ。追加の栄養剤をミテルナ女史に預ける。
ミテルナ女史から、引越しの挨拶状について確認されたので、この街の知人だけでなく、ムーノ男爵とニナさんにも手紙を出す事にする。公都やボルエハルトの知人にも引越しの挨拶状を出したいところだが、人数が多いので、迷宮内で暇な時に書こう。
また、明日の朝に戻ると告げて、再び迷宮に行く。
行き先を聞かれたが、野暮用と回答を濁しておいた。公都でのお茶会で、貴族の若者は、女遊びに行くときにそう告げると聞いたので、マネしてみた。
◇
「新しい狩場?」
「ああ、このままだと、明日にでも、この区画の敵が枯れそうだからね。マップを調べた感じだと、74区画か109区画あたりが良さそうだ。74が両生類と爬虫類、109が虫系だ」
「りょーせーるい?」
「どんな魔物なのです?」
「両生類は蛙系だよ。爬虫類はヘビとかトカゲかな」
109区画の横の69区画にはコカトリスが居る。こいつは突出してレベルが高く、レベル50もある。74区画の隣の77区画にも高レベルのバジリスクが居るようだ。経路的に見て、74と109区画の魔物が大量に居るのは、第1区画よりのコカトリスとバジリスクが探索者を排除してしまうせいで、その奥まで探索者が来ないのが理由だろう。
「蟲系は硬い敵が多いですから、退治に時間が掛かりそうです。ここは両生類や爬虫類のいる74区画が良いかと思われます」
キリリとした顔でそう提案するリザだが、蛙と聞いたときの目の輝きは見逃していない。ポチとタマも嬉しそうだし、他のメンバーにも異論は無いようだ。たしかコカトリスの方は、「業火の牙」とかいうパーティーが討伐に向かおうとしているって聞いたから、鉢合わせを避けるためにも74区画がいいだろう。
移動経路は、途中の探索者に、なるべく遭遇しないコースで行くか。接近したら、ナナを抱えて天井付近を天駆で抜ければ見つからないだろう。
◇
「そこの角~」
「魔物が隠れているのです」
「ちょっと待って、空間把握の魔法で周囲を確認するから――迷宮百足が3匹。天井付近に1匹いるから注意して」
「天井のは、私が光粒筒で照らしますから、ミーアちゃんの弓で落として」
「ん」
「ナナ、挑発を」
「ムカデよ! 足が多ければ偉いわけではないと宣言します!」
ムカデもそんな事は思っていないと思うよ。
ナナの挑発で暗闇から這い出てきた2匹のムカデのうち一匹をリザの槍が地面に縫いとめる。そこにポチが小魔剣で斬り付けて、ムカデの頭部を切り落とした。
ルルの光粒筒が天井にいたムカデを照らし出す。そのムカデの甲殻の隙間に、ミーアの小弓から放たれた矢が刺さる。ルルも光粒筒の反対側の手で持っていた魔法短銃で、ムカデの触手の付け根を器用に撃ち抜いている。ルルの射撃も随分上手くなったものだ。
ナナが大盾で突進してきたムカデを防ぐ。ムカデは、体当たりした勢いのまま大盾を登って襲ってきたが、その頭をナナの大剣が下から貫く。更にナナは「裂」の合言葉で、魔剣の特殊機能を発動させてムカデの頭を破裂させた。
この「裂」は試作したばかりの新機能だ。剣の表面に薄い理力の膜を作り、合言葉をキーワードに外側に弾けるように出来ている。この爆発自体は大した威力は無かったので、殺傷力を上げるために弾ける膜を細い糸状にして、敵の体内から引き裂くように改良してみた。敵が柔らかい場合は、普通に剣で斬りつけた方が威力が高いので、「殻」に比べて使えるシチュエーションは少なそうだ。
一人だけムカデとの戦いに参加していなかったタマは、後ろから忍び寄っていた影小鬼を始末していた。この魔物は、狭い通路を使って物陰から忍び寄る暗殺者タイプのデミゴブリンで、油断していると背後から奇襲される。レベル3~5しか無いのに、探索者の年間死亡数の3割を、この影小鬼達が出しているそうだ。
「白7朱3ってトコかな? 17区画の植物みたいに赤級の魔核は、なかなかでないわね」
アリサが、ムカデの魔核に光粒筒の光を当てながらボヤく。今までの経験から推測して、長期間生存している魔物ほど魔核の色が濃くなっていく傾向にあるようだ。そしてレベルが高いほど大きな魔核を持っているらしい。
◇
途中、1の2の21区画のとある広間で、ジーナ嬢やヘリオーナ嬢のパーティーが兵蟷螂と戦っている所に通りかかった。兵蟷螂は13~18レベルほどの弱めの魔物だ。
もっとも、広間と言っても段差がある上に、天井から垂れ下がる幕状の遮蔽物があるので視界が悪い。この垂れ幕状の遮蔽物は、比較的あちこちの広間や回廊で見かけるが、どうやら蜘蛛の巣の残骸に埃が堆積したもののようだ。
向こうのパーティーのリーダーらしき人物も、オレ達に気が付いているようだが、こちらから接近しない限り接触する気はないようだ。
彼女達は、10人ほどのパーティーで、全身金属鎧が4人、部分金属鎧が2人、あとの4人は革鎧のようだった。
ジーナ嬢は、前に見たフレイルでは無く、長槍を持ってヘリオーナ嬢らしき重戦士の後ろから魔物を攻撃している。怪我をしたのか腕に包帯を巻いているようだ。
一人だけ火魔法使いが居るらしく、たまに最後尾から火弾を撃っている。魔物より仲間に火弾が当たっていた気がするが、きっと気のせいだろう。罵声が響き渡っているのも気のせいに違いない。
「うげ、あの火魔法使い、酷いわね。戦線を支えている盾役の背中に、火弾を命中させてたわよ」
「肯定。あの魔法使いは危険が放火魔だと断言します」
相手が一体だから勝てそうだけど、何匹か来たら危なそうだ。
そのまま声を掛ける事無く進み、出口に先行していた獣娘達と合流する。
「らくしょ~?」「なのです!」
「ご主人様、魔核を回収しました」
「ありがとう。それじゃ、先に進もうか」
リザの差し出す3個の兵蟷螂の魔核を受け取る。通路から接近する兵蟷螂の小集団を見つけたので、3人に先行して排除して貰っていた。ポチが頬を浅く切っていたので、「治癒」の魔法で癒してやる。
何かの役に立つかもしれないので、魔核以外の屍骸はそのままストレージに収納しておく。アリサの空間魔法「格納庫」に収納して貰うのもアリなのだが、魔力消費が大きいらしいので、今のところ使っていない。
この21区画は、蟷螂や飛蝗系の敵が多い。高く売れる素材なのか、この区画の広間毎に規模の大きめのパーティーが陣取っている。
通りすがりで見る限りでは、どのパーティーも全力で魔物と戦うのでは無く、必ず戦闘していない予備戦力を作るようにしていた。
安全マージンを取っているのかと思ったのだが、彼らから警告されて初めて魔物以外も警戒対象だとわかった。恐らく、迷賊だけでなく、本来仲間のはずの探索者も警戒対象なのだろう。苦労して倒した獲物を、横から掻っ攫うようなマナーの悪い探索者パーティがいるのかもしれない。
◇
先ほどのジーナ嬢達がいた区画と次の区画を繋ぐ主回廊の中ほどあたりに、魔物に喰われている遺体を発見した。
オレの「短気絶」で遺体から引き剥がした迷宮油虫は、アリサの火球に焼かれて燃え尽きた。どうやら、燃え易い魔物みたいだ。
このゴキブリの魔物に喰われていたのは、前に西ギルドでオレ達と揉めたベッソとか言う男と一緒にいたヤツの死体だった。リザが回収してくれた遺髪と青銅証を、ストレージにしまう。
「うげぇ、敗走した所を背後から襲われたのかしらね」
「肯定。子供は見ない事を推奨します」
この通路の先に十字路があり、左手の奥の方にベッソともう一人の仲間が、右手の広間に20人ほどの大規模パーティーがいる。パーティーの方は、倍ほどの数の魔物と戦っているようだ。その中には「麗しの翼」の2人や蟻トレインの時の獣人パーティーの3人もいた。
ベッソ達は、魔物の追撃も無く逃げ延びているようだ。2人共、体力が2割ほどしか残ってないが、命根性が汚そうだから放置しても生き延びるだろう。
それよりも、20人の混成パーティーの方が気になる。5人ほどの中核メンバーこそレベル15~18だが、他の15人は5~10レベルと、この辺の魔物と戦うには聊か心もとない。はっきり言うと無茶だ。さっきアリサが苦も無く倒したゴキブリもレベル12くらいあった。
知り合いが死にそうなのを見捨てるのもイヤだし、うちのメンバーなら無傷で勝てるだろうからお邪魔しにいくか。
オレが遠隔でさっさと始末する事も考えたのだが、ここは皆に活躍してもらう事にした。
目立たないに越した事はないのだが、すでにギルド長からのお声掛りで赤鉄証に昇格したりして、充分くらい悪目立ちしてしまっている。いっその事、皆に活躍して貰って実力のある探索者として、周囲に認識させた方がトラブルが少ないだろう。
幸いオレの実力は広まっていないので、強い家臣に守られたヘタレ貴族として認識して貰っておけば、誘拐や脅迫なんかの対象はオレになるはずだ。何回か、わざと誘拐されて、後からポチやタマに救出して貰うのもいいかもしれない。
◇
「サトゥー、分岐」
「ああ、この先の十字路を右に行くと20人ほどの探索者達が、さっきのゴキブリの魔物と戦っているみたいだ」
「なら、まっすぐ行く?」
ミーアの報告に、いつもならリザかアリサに判断を任せるのだが、今回は人命がかかっているので、オレが方針を決めさせて貰おう。
「いや、知り合いが居るし、このままだと全滅しそうだから助けに行こう」
「いいの?」
いつものオレらしくない方針に、アリサが問うてきたので、先程の考えを皆に告げた。何故か誘拐されたオレを助けるというシチュエーションに、アリサだけでなく他の面々までもが乗り気になったのが不思議だった。
それはともかく、皆から了承の返事が返ってきたので、十字路を右に進む。
「それで、知り合いって、誰?」
「前の蟻トレインの時の獣人と女性のパーティーの面々だよ」
「ちょっと、助けるのは良いけど変なフラグ立てないでよ」
失礼な。
「覚えています。ご主人さまに抱きついていた、あのはしたない人達ですね」
なんだろう、ルルがちょっと黒い。
◇
たどり着いた広間は、リーダー氏の采配が優れているのか、明らかな劣勢にも関わらず、死者は出ていなかった。
もっとも、既に広間の一角まで追い詰められている。
どこか1パーティでも崩れれば、一気に全滅しそうな危うさだ。
さて、出番を窺っていたみたいで悪いが、騎兵隊の登場と行こうか。
※10/5 冒頭に屋敷を訪ねるシーンを追記
10-21.新しい狩場(2)
※10/12 誤字修正しました。
サトゥーです。甘い話には裏があるのです。最近は用心深い人を騙すためか、微妙に甘くない話を混ぜ込んだ手の込んだ詐欺話もあるようです。そして、異世界でも、人を唆す人はいるようです。
◇
「ミーア、合図したら精霊魔法で照明を作って。アリサは、ミーアと同時に無詠唱で火球をゴキブリの中央に。オレが火球の着弾にあわせて、ゴキブリを他の探索者達から離すから、リザ、ポチ、タマは突撃してゴキブリ共を各個撃破して欲しい」
「ご主人さま、照明を打ち出す前に彼らに声を掛けた方が良いのではないでしょうか?」
リザが小さく手を上げて意見してくれた。確かに、その通りだ。
「助けに来たのに、迷賊と間違えて攻撃されるのは嫌よね」
「そうだね。声を掛けるのはリザに任せる。ミーアは相手が了承するかリザの合図で魔法を唱えて。
アリサは悪いけど、最初の1発以外は無詠唱禁止で、あと空間魔法も控えて。ルルも銃系は目立つから、今回は術理魔法中心でお願い。ナナはオレと留守番ね」
「不服が立腹だと訴えます」
残念だけど、ナナには盾役を我慢して貰う。何と言っても、オレとナナは迷宮にいない事になっているからね。
皆からの了解の言葉を待って作戦がスタートした。
位置的には、探索者達のいる一角を包囲するようにゴキブリ達がいる。オレ達は、丁度ゴキブリ達の側面から攻撃する形になる。
「こちらは、『ペンドラゴン』です。加勢します!」
「おう助かるぜ! 無事に生き延びたら、酒場ごと酒を奢るぜ!」
揉めるかと思ったが、向こうのリーダーは即決でこちらの加勢を認めたようだ。やはり、けっこう追い詰められていたのだろう。
まず、ミーアの精霊魔法で打ち出された光球が、天井付近から戦場を照らす。間髪入れずに、アリサの火球がゴキブリ達の中央に命中し爆発した。直撃を受けたゴキブリは炎上し、その周囲のゴキブリたちにも燃え移る。
オレは、その爆風に紛れて、探索者達を追い詰めていたゴキブリ達を、「理力の手」で少し離れた場所に投げ飛ばす。
「うげっ、キモッ」
「むぅ」
アリサとミーアの気持ちは良く判る。オレも同感だ。投げ飛ばした空中で、姿勢を正して飛行するとは思わなかった。さすがゴキブリだ。
獣娘達3人が、魔刃の赤い光の尾を引きながら、戦場に突撃する。
それは一方的な蹂躙だった。
ポチの小魔剣の一撃が、ゴキブリの体力を根こそぎ奪い。タマの双魔剣の斬撃が、一方的にゴキブリの体力を削りきる。アリサの火球で、敵の体力が減っていたといっても、たいしたものだ。
リザに至っては、地上のゴキブリを魔刃で斬り裂き、飛翔して襲ってくるゴキブリは魔刃砲で撃墜してしまう。正に鎧袖一触を体現していた。
『すげぇ、あの滑る外皮を、軽々と切り裂いてるぞ』
『ちっ、オレにも魔法の武器があったらアレくらいやれるさ』
『無理だっつ~の。オレの蟷螂刀もっ、魔剣の一種っ、だが、見ての通りっ、のありさまさ』
聞き耳スキルが向こうパーティーの声を拾ってくる。
彼らの元には捌ける程度の数しか行かないように、「理力の手」でゴキブリ達の進路を制限していたので、会話する余裕ができたようだ。
会話から察するにリーダー氏の使っている魔物の素材から作った武器も、魔剣の一種らしい。特に赤い光が漏れていないので、気が付かなかった。蟷螂系の魔物の鎌で作れるみたいなので、暇ができたら同じものを作ってみよう。
◇
もちろん、前衛陣だけで無く、アリサ達後衛陣も活躍していた。
「ふははは! ゴキがゴミのようだ~ いや~ 油虫っていうだけあって、良く燃えるわね~ さあ、もういっちょ。今度は火輪行ってみよ~」
アリサのテンションが危ない。
それでも、詠唱してから使っているし、獣娘達や向こうのパーティーを巻き込まない位置に撃つくらいの分別は、ちゃんと残っているようだ。
アリサの派手な火球や火弾が目立っていたが、ルルの「理槍」も着実にゴキブリを仕留めていた。
ルルの魔力はアリサやミーアほど多くないので、オレの傍に留まって貰って、魔力が減るたびに「魔力譲渡」の魔法で魔力回復させてやっている。
ミーアは、獣娘達やアリサがこじ開けたスペースを移動して貰い、向こうの探索者達の治癒を担当して貰った。オレやアリサと違って、ミーアには探索者達のステータスが見えないので、オレが「遠話」で指示した者に「毒消し」や「軽治癒」を掛けて貰う。
『痛みが引いていくぞ』
『おお、傷が治っていく、これなら、まだ戦える』
『なんだ、痺れていた手足に感覚が戻ってきた』
『オレもだ』
『ありがとう! 魔法使いの子!』
ミーアはフードをしているので、エルフとは気が付かれなかったようだが、華奢な体躯はすぐに判るので、探索者達はミーアが少女あるいは子供と受け取ったようだ。ここからは見えないが、ミーアが照れながら頷いている様子が手に取るように判る。
麗しの翼の愛嬌さんの方が、ゴキブリの攻撃をモロに受けたのか、上半身に大きな傷を負っていた。ミーアの魔法で回復したみたいだが、服を裂いて包帯にしたらしく、麗しの翼の2人は上半身が露出して、なかなか眼福な姿になっている。ミーアに事前に頼んでおいたので、ちゃんとマントとシャツを渡してあげたようだ。セーリュー市で昔買った安物だが、何も着ないよりはいいだろう。
ミーアの魔法で、戦闘不能で後に下がっていた探索者達が、少しずつ前線に復帰している。そのお陰で、向こうの戦線も安定してきた。
さて、ゴキブリ退治も、終盤に入ったようだ。
レベルの足りていない探索者達も、集団で1匹を狙う事で順調にゴキブリを倒している。戦いながら無駄口を叩く者も出てきた。
『ベッソのヤツめ、何が美味しい狩場だよ』
『ここはハグレの迷宮油虫が単独で迷い出てくるから、安全に狩り放題だなんて言いやがって』
なるほど、ベッソがトレインを擦り付けたのかと思っていたが、口車に乗せられてしまった面々だったのか。
『あんなに大挙してやってくるなんて、死ぬかと思ったよ』
『ペンドラゴン様々だな』
『流石、ギルド長が赤鉄証に抜擢するだけあるぜ』
獲物の横取りとか、変な逆恨みはされていないようで一安心だ。
◇
アリサとミーアが戻ってきた。
「ねえねえ、向こうのリーダーから聞いたんだけど、この辺って、あんなにゴキブリが出ない場所だって言ってるの」
「言ってた」
「そうみたいだね」
オレは、マップで周辺の広間や回廊を確認しつつ、2人に魔力を譲渡する。アリサはやたらと「フラグ」を連呼していた。そして、アリサのご要望どおり、大物が接近中だ。
「アリサ、予想通りなら、あと4~5分で、オレから見て最奥の壁に湧穴が出来る」
いや、「フラグ、キター!」とかはいいから聞け。
「種類は『狩人蟷螂』。レベルは35とカマキリ系にしては強目だから注意してくれ」
「おっけー、リザさんたちに伝える」
「ん」
残り数匹になったゴキブリ達を探索者達に任せ、アリサ達は、湧穴予想地点で迎撃準備をしている。スタミナなどの回復薬を飲んだのか、皆の各種ゲージが最大値まで回復したようだ。オレとナナも暗闇や物陰に隠れて、アリサ達の近くに移動した。
湧穴から現れた狩人蟷螂君は、なかなかの巨体だった。全高5メートル超えなので、2階建ての民家くらいの大きさだ。兵蟷螂と比べても倍の高さだ。ちょっとした怪獣だね。普通のカマキリと違って鎌のある腕が左右2対に、足が10本ある。
オレは思うところあって、湧穴を「理力の手」で閉じないように押さえてみた。予想通り、ある程度の障害物があると閉じないようだ。
その巨体を見た探索者達が、慌てて広間の出口――さっきオレ達が入ってきた場所だ――に殺到する。向こうのリーダー氏が、大声で指示しているので、ぎりぎりパニックにならずに済んでいるようだ。
主回廊との境まで避難した探索者たちだが、レベルの高い数人がこちらを見守っている。危なくなったら加勢するつもりのようだが、自分たちが足手まといになるのが判っているのか、今のところ戦いに参加する様子はない。
◇
「ポチ、タマ、今回はナナが不参加です。アイツの注意を、後衛に逸らさないように注意なさい」
「なんくるないさ~」
「らじゃなのです!」
相変わらず間違っているタマが、横薙ぎに襲ってきた狩人蟷螂の大鎌を背面飛びで避けた。踏み潰そうと真上から落ちてきた狩人蟷螂の足を、ポチは瞬動スキルで前に避ける。
リザは、真上から踏み潰そうとする狩人蟷螂の足を、魔槍で迎撃している――さすがに無理だったようだ。傷を付ける事はできたみたいだが、足を一本奪おうとしたリザの目論見は叶わなかった。
「この距離ならバレ無いから空間魔法混ぜていいよね?」
「マスター、砲撃支援の参加許可を」
アリサの希望を承諾する。暇そうなナナにも、ルルの陰から魔法攻撃する許可を出した。同じ術理魔法系だからバレないだろう。
狩人蟷螂は予想以上に固い上に、胴体が高い位置にあるために魔法やリザの槍でしか攻撃が届かなくて苦戦しているようだ。
足を登ろうとしたタマとポチだが、狩人蟷螂の別の足に蹴られて地面に叩き落されている。めずらしくタマも直撃を受けてしまったようだ。
「あいたた~」
「カマキリの人は、大きいくせに大人気ないのです!」
うん、無傷だ。
防御を強化しただけある。さすがに大鎌の直撃を受けたら傷を負いそうだが、足の一蹴りくらいなら何とかなるようだ。戦闘中は面防を下ろしているので表情はわからないが、ジェスチャーが大きいので、ポチが憤慨している様子は充分に伝わってくる。
今度はリザが、狩人蟷螂の腹の下に潜って魔槍で刺そうとするが、普通のカマキリとは違い腹部も背甲並みに硬いようで、さほどの傷は負わせられなかったようだ。むしろ、ゲームのモンスターばりの怒涛の踏みつけ攻撃が来るので、別の場所を狙った方がよさそうな感じだ。
「……■■ 炎」
ミーアの精霊魔法で生み出された炎が、狩人蟷螂を焼く。レジストされているのか、ダメージはあまり通っていないようだ。
それでも熱かったのか、狩人蟷螂は背甲や羽を広げてこちらを威嚇している。
「ぽちー!」
「たまー!」
納刀した二人が、狩人蟷螂の背後で何かやろうとしている。両手を組んでしゃがんだポチに、タマが駆け寄って――ジャンプ! ポチがタマを上に投げ上げる力と、助走をつけたタマ自身のジャンプ力が重なって、見事に狩人蟷螂の背中に着地できたようだ。
タマが双剣を抜いて、狩人蟷螂の無防備な背中に突き刺す。
慌てて背甲を閉じる狩人蟷螂だが、その行為はタマの双剣を背中にめり込ませるだけの悪手だった。吹き零れる血を利用して、ミーアが「急膨張」の魔法で背甲をこじ開ける。その勢いで、タマが空中に投げ上げられてしまったが、空中で背甲を上手く掴んで無事だった。
無防備になった背中に、アリサの「空間破壊」の魔法とリザの魔刃砲が決まり、狩人蟷螂の体力を大きく殺いだ。この時、背甲を開閉する腱を切ったのか、片方が閉じなくなったようだ。
その背中に身体強化したナナが、こっそりポチを放り投げる。
ポチとタマの魔刃乱舞の活躍で、狩人蟷螂はついに力尽きて地面に崩れ落ちた。
「大勝利~」「なのです!」
ポチとタマが、狩人蟷螂の背中で勝ち鬨をあげる。遠くから探索者達の歓声が聞こえてくる。
このままだと狩人蟷螂の素材を回収できないので、狩人蟷螂を「理力の手」で操り人形のように動かして、開けたままにしておいた湧穴の向こうに退場させる。見えなくなった所で、狩人蟷螂の遺体をストレージに回収した。
オレは「遠話」の魔法で、リザに退場案を伝え、オレの代わりに探索者達に告げてもらう。皆にも小声で説明した。
「我々は、逃げた狩人蟷螂を追います! ここには戻ってこないので、私達の事は待たずにセリビーラへ帰還してください!」
オレ達が入りきると、背後で湧穴が閉じた。
こちらは、標識碑が無いようなので、ミーアの作り出した灯りを頼りに細い回廊を進む。
マップで経路を確認したら、新しい狩場までのショートカットになる事が判った。
ちょっと敵が多いが、雑魚ばかりなので予定よりは早く着くだろう。
10-22.新しい狩場(3)[改定版]
※10/12 誤字修正しました。
※10/5 加筆修正しました。
※10/5 加筆修正しました。
サトゥーです。毒や麻痺、ゲームに登場する状態異常には様々なものがあります。序盤は難敵だった状態異常も、終盤には毒無効なんかのアイテムが手に入る事が多いせいか、単なる特徴付けになっている気がします。
◇
「何、あれ?」
「見るなよ。バジリスクの親玉だ。石にされるぞ」
「もしかして、あれが階層の主なの?」
「いや、上層には階層の主は居ないみたいだよ」
このあたりは標識碑が少ないので、普通の視力なら広間の中が影の濃淡でぼんやりと見える程度だ。
小山のようなという表現が似合いそうな巨大なトカゲが、77区画の主「母なる石蜥蜴」だ。漠然とワニのような姿を想像していたが、どちらかというとカメレオンに近い外見だ。体高こそ7~8メートルだが、全長は70~80メートルはある。この広間が、1辺300メートル近くなければ、動く事もできなかっただろう。
広間には、このボスっぽいヤツ以外にも、10メートルクラスの石蜥蜴が10匹ほどいる。石蜥蜴はレベル30台前半で、本来なら皆の丁度いい対戦相手なんだが、石化が危ないので素通りの予定だ。
「ご主人さま、バジリスクというと、ドワーフ達の宴席で食べた燻製肉の元ですか?」
「あれは~」「美味しかったのです!」
「ちょっと舌がピリッとするけど、甘いお酒に良く合うのよね~」
「むぅ」
言外に狩ろうと言われている気がする。
「後で2~3匹狩って来るから、接敵しないようにね」
「やっぱ、石化が危ないから?」
アリサの問いかけに「そうだよ」と頷く。
「せきか~?」「なのです?」
「ぐふふふ~ 教えてあげましょう~」
「アリサが悪い顔をしているのです! それはポチを騙す気なのです!」
「や~ね~ ちゃんと、教えるわよ」
タマに服を引かれて振り向くと、物陰から這いよってくる下級石蜥蜴のシルエットが見えた。「自在剣」の魔法で素早く首を落として、その場から動かずに「理力の手」でストレージに仕舞う。神話のメデューサみたいに切り落とされた首にも石化の力が残っているかもしれないからね。丁度いいので、進路上に出てきそうな位置にいる下級数匹と石蜥蜴1匹を仕留めてストレージに収納しておいた。小さめの1匹だけ燻製にしやすいように適当なサイズのブロックに分割しておく。
「にゅにゅ~?」
「どうしたのです?」
タマが両手を組んで頭を捻っている。
「にらまれたら、いし~? バチリスクは、にらめっこしない~?」
「それは大変なのです! にらめっこが出来ないなんて、バジクリスの人が可哀相なのです!」
そんな事を心配してやってたのか。
「たしかペルセウスのメデューサ退治だと、鏡で反射させて石にさせてたもんね。今度、鏡面加工した盾を作って貰って戦おうっか」
なぜ、そんなに戦いたがる。
「服や装備が石化して、裸で戦う事になっても知らんぞ」
脱げば脱ぐほど強くなるのは、海外の忍者だけで十分だ。それに自分の体を見下ろした後、変なポーズをつけてウィンクするのは、時代を感じるから止めろ。
◇
ようやくたどり着いた74区画は、10ほどの大き目の広間と30ほどの小部屋を繋ぐ回廊で構成されている。途中、ゴキ部屋からバジリスク区画までをショートカットできたおかげで、大幅に移動時間を短縮できた。
最初の広間は、半分が水に浸かった蛙エリアだ。地上には、幾つも苔むした巨石が転がり、水面の岸付近には、藻や水草が浮かぶ。水面の中央付近には、蓮っぽい大きな葉が生え、水草のあたりには、小さな虫が沢山飛んでいる。普通の虫らしく、特に変な追加効果がある訳ではないようだ。
天井付近には、コウモリが群生している。このコウモリも魔物のようだが、レベル一桁なので、襲ってこない限りは放置しよう。
この区画の奥に隠し部屋があるみたいだから、そこを転移ポイントとして占拠する事にしよう。
一通りチェックが済んだところで、リザ達に戦闘開始を許可する。
「では、タマ、手頃な魔物を釣ってきなさい」
「あいあいさ~」
気配を消したタマが、するすると巨石の合間を縫って、水際で眠っている岩皮蛙に接近した。巨石の陰から岩皮蛙を、魔法短銃で狙撃する。ゲームの魔物のように、一撃で攻撃手に気がつく訳ではないはずだが、岩皮蛙は視界が広いのか、狙撃したタマを発見したようだ。
蛙らしく跳躍してきた巨体を、タマが障害物を利用して避ける。蛙が着地するたびに、振動が伝わってくる。タマは追いつかれないように、皆の布陣した場所まで蛙を連れて来た。やってくる蛙は1匹だけ。リンクはしていないようなので、オレの出番は無しだ。
「蛙よ! その厚い面の皮を捨て謙虚に生きろと宣言します!」
ナナの相変わらず良くわからない挑発の声に引かれて、岩皮蛙がターゲットをタマからナナに変える。
岩皮蛙は、全高4メートルほどだが、なかなかの重量があるようだ。体皮は青い岩石で覆われており、普通に剣を叩きつけたら刃が傷みそうだ。レベルは34で、猛毒の液体を弾丸状にして吐くらしい。
それらの事は、事前にレクチャーしてあるので、リザ以外の前衛陣は「殻」を使って魔剣の刃を保護している。
何トンあるか判らない巨体の突進を、ナナが受け止める。重量に負けてナナが後退するが、ほんの数メートルだ。ナナの靴裏に付いている術理魔法を応用したスパイクが、良い仕事をしているらしい。
「炎の突貫なのです!」
アリサの火魔法で身体強化されたポチが、瞬動と強打を併用して岩皮蛙の側面に大砲のような突撃を敢行する。小さなポチの一撃に岩皮蛙の重い体が一瞬浮かぶ。
その僅かな隙間に、アリサの「次元杭」の魔法が発動し、岩皮蛙の腹を幾つも貫く。蛙の自重で次元杭がより深く刺さっているようだ。上手く相手の体重を利用したらしい。
ルルは、オレの傍で魔力砲を構え、岩皮蛙の大きな目を狙って攻撃している。岩皮蛙の目は分厚いガラス状の透明の殻に守られているらしく、魔力砲の巨大な弾丸を喰らっても僅かに幻惑させるだけの効果しかなかったようだ。
反対側からは、魔刃を発動させたリザが、蛙の目や脇を狙って突きを放つ。タマはポチが貫いた表皮の下の傷口に、魔刃を発動させた双魔剣で怒涛の突きを入れているようだ。
ここまで一方的な攻撃を受けた事がなかったのか、岩皮蛙が怯む。苦し紛れに毒液の弾丸を吐こうとするのを、いち早く察知したナナが「短気絶」の理術で止める。吐こうとした毒は、口の中に留まった。
口内にミーアの「水裂き」の魔法が発動し、岩皮蛙は自分の分泌した毒によって体力を削られる。毒が苦しいのか、傷が痛いのか、闇雲に振り回される舌を、ナナが豪快に魔剣と大盾で捌く。
最後にリザの螺旋槍撃が決まり、岩皮蛙は地に伏した。
いつもなら勝どきを上げるポチとタマが、勢い良くオレの傍に戻ってくる。
「いいにおい~?」
「できたのです?」
オレは、先ほどのバジリスクの肉を漬け込むタレを作っている。前にアリサから文句が出たので、匂いが戦場に届かないように気体操作で、こちらが風下になるように配慮してある。
「まだだよ。このタレを冷ましてから肉を漬けて一晩寝かさないとね」
「残念なのです」
「あしたの、おたのしみ~」
そこにリザが、大きく赤い魔核と、数十キロはありそうな大きな蛙の肉塊を担いで戻ってきた。
「毒が回っていない後ろ足を回収してきました。胴の肉は食べない方が良いと思われます」
「ごめんなさい」
「どんまい~」
「蛙は、まだまだいっぱいいるから大丈夫なのです」
毒を炸裂させたミーアが、ションボリとした様子で謝っている。獣娘達も別に怒っているわけでは無いようで、落ち込んだミーアを慰めていた。
オレは、事前にストレージから取り出しておいたバーベキューセットで、蛙肉を焼く。まだ、狩りを始めたばかりで、お昼までしばらくあるのだが、お腹が減ったコールが起こりそうなので、早目の昼食にする事にした。
蛙足をそのまま焼けるほど金網が大きくないので、肉を削いで掌サイズの厚切り肉を焼いていく。滴り落ちる肉汁が焦げる匂いが周囲に満ちる。普通に塩で味付けした物と、先ほど燻製肉の漬け汁の余りを塗って焼いた物の2種類を用意してみた。
他にもミーア用のカット野菜を焼いたり、前に作っておいたコーンのパンケーキを温める。蜂蜜の焼ける匂いも混ざって、なかなかカオスな感じになってきた。匂いが混ざらないように、気体操作で空気の流れを調整する。
「ばかうま~?」
「焼きたてはサイキョーなのです!」
「思ったより柔らかいですが、肉汁たっぷりで実に美味です。こちらのタレを付けて焼いたほうも、甘辛さが癖になりますね」
鉄串にさした蛙肉を両手に持ったタマとポチが、交互に齧りながら、バーベキューを満喫している。リザは、語りが長いが実に幸せそうだ。ナナは黙々と肉と野菜を満遍なく食べている。ミーアは、未だに皆と違うメニューだが、小さな口を一生懸命動かして食べている。
アリサとルルも、最近では魔物の肉に慣れてきたのか、普通に食べている。特にルルは、小さく切った肉に、色々なタレを塗っては試食している。自分だけでなく、リザ達にも試食して貰って、お互いの味覚の違いを調整しているみたいだ。
◇
食後の小休止を挟んで、狩りを再開した。
特に危ない局面が生まれないように調整しながら、狩りを続ける。
久々に格上の敵との連戦だったので、夜は蔦の館で十分な休憩を取らせるつもりだったのだが、アリサの「迷宮感が無くなる」という不思議な発言のせいで、昨日と同じく17区画に作った別荘で寝泊りをする事になった。
風呂付きの安全な別荘で寝泊りして、「迷宮感が無くなる」も無いものだ。
※初稿を読まれた方へ
リビングアーマー関係の記述は、後のお話に移動します。
リビングアーマー関係の記述は、後のお話に移動します。
10-23.屋敷の住人
※10/7 誤字修正しました。
サトゥーです。館モノというジャンルが流行っていた頃に洋館を見ると、やたらと猟奇的な事件を想像したりしたものです。なぜか女主人が黒幕の話が多かったのを覚えています。
◇
さて、新しい狩場――74区画への移動用に、刻印板を設置した翌々日、オレ達は屋敷に戻る事にした。オレは、1日に1度ほど「帰還転移」で屋敷の様子を見に戻って来ていたのだが、アリサ達がミテルナ女史の顔を見てみたいというので、4区経由で現在帰還中だ。
翌日に戻らなかったのは、空間魔法を隠す為だ。手前で引き返したはずの迷宮油虫退治の探索者達より早く帰るのも不自然なので、1日遅らせた。
オレとナナは、一足先に屋敷へ直接転移している。転移先は、厩舎だ。馬以外誰もいない事は確認済みだ。オレ達が突然現れても驚かない所が偉い。ご褒美に、特製飼料をプレゼントする事にした。破砕したコーンを加えた新作だ。
オレ達は厩舎を出て、母屋へ向かう。庭で作業をしていた少女達が、オレ達に気付いて寄って来た。たしかロジーとアニーという名前だった気がする。
「おかえりなさい、士爵様」
「おかえりなさいです」
「ああ、ただいま」
2人の元気な声に気が付いたらしく、ミテルナ女史が玄関に向かっているのをレーダーが捉えた。
子供達やミテルナ女史の様子は、「遠見」の魔法でも、確認してある。打ち解けているとは言いがたいが、それなりに上手くやっているようだった。
「おかえりなさいませ、ご主人さま」
「ただいま、留守中何も無かったかい?」
「はい、お手紙が2通ほど届いております」
リビングでミテルナ女史から、留守中の来客や出来事について聞く。
手紙は、シーメン子爵とアシネン侯爵夫人からだ。子爵は、明後日公都に戻るらしく、明日の晩餐のお誘いだった。
アシネン侯爵夫人からはお茶会のお誘いで、明後日の昼過ぎだ。お茶会は、セリビーラの有力貴族の奥方や娘さんを集めて定期的に開かれているらしい。公都でも人脈には色々と助けられたので、招待に応じる旨の手紙を書いてミテルナ女史に預けた。
そうそう手紙で思い出した。
昨晩頑張って書いた、残りの引越しの挨拶状の束をミテルナ女史に渡す。束が分厚かったせいか少し驚かれた。今回は公都の知人とボルエハルトのドワーフ達の分だ。もちろん、王都のメネア王女や太守令嬢のリリーナの分もちゃんと書いた。
セーラや一部の親しい人には、定型の挨拶文だけでなく簡単な近況なんかも書いてある。
遠方のムーノ男爵領と違って、王都と迷宮都市は定期的に商隊が出ているし、王都から公都へは飛空艇が出ているので、手紙を出すのも簡単だ。ドワーフの里は少し遠いが、公都との間に定期的に商隊が出ているから大丈夫だろう。
◇
助けた子供達は、栄養付与の魔法薬のお陰で、簡単な雑用をこなせる程度には回復している。あとは脂肪がもう少しついて筋力が回復すれば大丈夫だろう。
ミテルナ女史の勧めで、子供達は母屋から使用人用の家屋にベッドを移している。
あの子達が、あんな場所にいた理由だが、厩舎に生える草を求めての事らしい。タミケシという草の実で、非常に渋いらしいのだが痛み止めになるそうだ。ただ、わずかに毒素が含まれていて大量に摂取すると、意識が混濁したり、無気力になってしまうらしい。
そんな痛み止めを必要としたのは、迷宮で負った怪我が原因だそうだ。特に骨折した運搬人は、奴隷商人に身売りするか野たれ死ぬかしかないらしい。あの子達は奴隷商人にも見放されたと言っていた。今回のようなケースで助かるのは珍しいそうで、子供達にやたらと感謝されてしまった。
だからという訳では無いが、子供達を屋敷の使用人として雇うつもりだ。この屋敷には、公都の貴族屋敷と違って魔法道具が設置されていないので、色々と人手が必要になるので丁度いいだろう。
「それでは、このまま屋敷に置いておかれるのですか?」
「行く当てもなさそうだしね。少しずつ仕事を教えてあげてくれるかい?」
「承りました。立派な雑用女中に育て上げて見せます」
ミテルナ女史は、そう力強く請け負ってくれた。実に頼もしい。
「そうだ、子供達の給金はどのくらいが相場だろう?」
「住み込みなら無給で問題ありません」
彼女が言うには、成人までは無給の奉公人として雇う代わりに、衣食住を保障するそうだ。成人後も継続して雇うなら、技量にもよるが銀貨1枚が相場らしい。1日では無い。1ヶ月分の給料だ。もちろん、役職が上がったり、技量が優れている場合は、額が跳ね上がっていくそうだ。
ちなみに、ミテルナ女史の給料は、1ヶ月で金貨1枚だ。
「ご主人さま、奉公人としてお雇いになるのであれば、子供達に服と靴をお与えください。高価なものは不要ですが、ぼろ布のような服に裸足では、ペンドラゴン家の家格を疑われてしまいます」
できて数ヶ月の家に家格と言われても困るが、服や靴は与えたい。
「判った。着替えも含めて2~3着買ってやっておいてくれ。前に渡した金で足りないなら追加するが?」
「いえ、お預かりしているお金から、銀貨を1枚ほど使わせていただければ古着と糸を買えますので大丈夫です。下着の替えは必要ですが、服は1着で充分でしょう。あまり過度な待遇は、使用人が増長するので――」
ミテルナ女史にやんわりと窘められてしまった。後で全員分のメイド服を仕立てようと思うのだが、それもマズイのだろうか?
「揃いの使用人服を仕立てられるのですか? 大貴族さまのお屋敷では、メイドの服装を揃える事があるそうですが、王都や公都のような都会ならともかく、この野蛮な迷宮都市では、そういった事をされているお屋敷はありません」
無いだけで、特にダメという訳ではないそうなので、子供達が一人前に仕事ができるようになったらメイド服をプレゼントする事になった。
◇
アリサ達が、帰って来た。なぜか、迷宮門から出たところで「遠話」を使って連絡してきた。生還を祝う探索者たちに囲まれて、身動きできないらしい。適当にあしらって、戻ってくるそうだ。
アリサ達が戻ってきたのは、1時間も経ってからだ。
「揉みくちゃにされて大変だったわよ。今晩、酒場で生還の宴を開いてくれんだって。ご主人さまもご一緒にって誘われたわ」
「了解。今晩は予定が無いから、一緒に行くよ」
そうボヤキながら、現金の入った小袋をオレに手渡す。魔核や素材を売った代金にしては、少し多い。ゴキブリ退治隊のリーダー氏が、オレ達が倒した分の迷宮油虫の魔核を売った分の代金を渡してくれたらしい。
「運搬人を連れて行ってなかったらしくて、ゴキの素材はほとんど持ち帰れ無かったって謝ってたわ」
「ゴキの素材なんて何に使うんだろう?」
「さあ? ゴキ甲冑とか作るんじゃない?」
あまり興味がないのか、アリサの答えが適当だ。
◇
さて、アリサ達と使用人勢を広間に集めて、お互いに自己紹介をさせた。
ちなみに、瀕死だった5人の子供達は、全員人族の女の子で、年長者から順に、アイナ、キトナ、スーナ、テリオナ、ホホという名前だ。奴隷商人に見捨てられるほどだから、不細工なのかと思ったが、どの子も地味目だが普通の容姿だ。手入れが大変だからか、ショートカットやボブカットの子ばかりだ。
「では、ナナ様とミーア様以外は奴隷なのですか?」
「ああ、アリサとルルは解放してあげたいけど、ちょっとした理由があってできないんだよ。リザ達も本人が望むならすぐにでも解放するんだけどね」
ミテルナ嬢の質問に苦笑いで答える。
赤鉄証も手に入れたし、本当にいつ解放してもいいくらいだ。アリサ達のレベル上げが一段落したら、本格的に強制を解除する方法を調べないとね。
「ご主人さま、私共の望みはご主人さまにご恩を返す事です。ぜひ、このまま奴隷としてお使いください」
「いらない子~?」
「捨てないで欲しいのです」
前にセーリュー市で解放しようとしたときと似たような事を言われてしまった。奴隷じゃなくて家臣ならどうだろう?
「いらない子なんかじゃないよ。奴隷じゃなく家臣でもダメかい?」
「かしん~?」
「みんな家臣になるのです?」
「アリサとルルは、少し先になるけどね」
「いっしょがいい~?」
「それなら一緒がいいのです」
アリサがポチとタマの首に腕をかけて「かわいいな~、もう!」と叫んで振り回している。ルルも嬉しそうだ。
「そうだ! どうせ奉公人にするなら、文字も覚えさせない?」
「そうだな、あの学習カードを貸していいかい?」
「あい」「なのです!」
アリサの提案に乗る。後半の言葉はポチとタマに聞いた。問題なくOKと返事が返ってきたので、アリサに学習カードの遊び方を子供達やミテルナ嬢に教えるように頼んだ。ミテルナ嬢は、「平民の子供に文字ですか?」と凄く不思議そうな顔をしている。
「そうよ~ チーム『ペンドラゴン』は全員、文字の読み書きや計算ができるからね」
「こ、この子達もですか?」
ミテルナ嬢が指差す先にいたポチとタマが、「もちろん~」「なのです!」と答えて、絵本の朗読を始めた。朗読は適当な所で止めないとね。
アリサが学習カードの遊び方をレクチャーする間の雑務は、ルルとリザ、ナナの年長組に頼んだ。
◇
中庭の木陰に、自作のデッキチェアを置いて読書に耽る。
もちろん、ダミーだ。
実際には、試作中の自動甲冑に使う動力源の考察中だ。第一候補としてカカシに使った魔力蓄積器を考えたが、世界樹の樹液などの特殊な素材を必要とするので、もう少し汎用性の高いモノが欲しい。
ふと、脳裏に魔力を充填したままの聖剣や木魔剣が浮かんだ。
そうか、何も希少な世界樹の樹液を使わなくても魔力の充填自体は可能だ。問題は、貯蔵量と貯蔵期間、それに貯蔵効率の3つだ。さて、使えそうな回路がないか探してみよう。
大体の方針が決まったのを見越したようなタイミングで、ルルが声を掛けてきた。
「ご主人さま、お茶を如何ですか?」
ルルが硝子のゴブレットに入った青紅茶を持ってきてくれた。ちゃんとTPOにあわせて冷たい紅茶だ。
「ありがとう、生活魔法で冷やしたのかい?」
「はい! やっぱり魔法って便利ですね」
満面の笑みで嬉しそうに話すルルの笑顔が眩しい。レベルが上がって魔力量も豊富になってきたので、気軽に使えるようになったそうだ。
子供達が文字を覚えたら、生活魔法や調合を教えてみるのもいいかもしれない。
そんな事を考えながら、魔法道具の考察へと意識を戻した。
10-24.探索者達
※6/21 誤字修正しました。
サトゥーです。昔、何かの映画で、ゆで卵の黄身をスプーンで掬って食べる姿に驚いた記憶があります。映画そのものはもう忘れましたが、そのシーンだけが、何故か深く記憶に残っています。
◇
「では、救援に来てくれた『ペンドラゴン』の皆に感謝を! そして俺達の生還を祝って、今日は飲み明かすぞ!」
「「「応!」」」
リーダー氏の挨拶で宴が始まる。彼は、コシンという名前で、「白馬の鬣」というベテラン探索者パーティーのリーダーをしているそうだ。今回のように複数のパーティーを集めて奥地に行くのも初めてじゃないらしい。
宴会場は、西門から東に300メートルほど平屋の町並みを進んだ先にある屋台が集まる広場の一角だ。30軒ほどの食べ物屋と、10軒ほどの飲み屋が交互に並んでいる。屋台の看板が光っていて明るい。どうやら、生活魔法使いが照明の魔法をかけているらしい。
この広場は、オレ達以外にも、探索者や運搬人に加え日雇い労働者っぽいガテン系の人たちが、楽しそうに屋台で酒や食べ物を買っている。その中にちらほらと、扇情的な衣装のお嬢さん達や、変に色っぽいお兄さん達が混ざって色香を振りまいている。どちらも娼婦さんに男娼さんたちのようだ。
今日は、広場の一角を占拠している。1軒の飲み屋の屋台と3軒の食べ物屋の屋台を貸切にして宴会を開いているそうだ。
イスやテーブルは無く、地面に車座になって飲み食いするらしい。オレ達が座る一角はルルとリザが先にシートを敷いてくれている。
今回の宴席のメニューは、焼肉、干し肉、茹で豆、茹で芋の4種類だ。宴会の始まる前に「えらく張り込んだね」とコシン氏をからかう声が出ていたので、貧相というわけではないのだろう。
「魔法使いさん、あの時は服をありがとう」
「むぅ?」
ミーアの所に、「麗しの翼」の2人がやって来て、畳んだ服らしきものを渡している。困り顔のミーアがこちらに助けを求めてきたので腰を上げた。
「よろしければ、その服は、そのまま貰ってやってください。あまり、肌を露出していると悪い虫もよってきそうですから」
2人とも、少ない布で無理矢理服を接ぎ当てているようで、大事なところこそ隠れているものの、お腹や肩がむき出しで実に扇情的だ。
「いいんですか?」
「ありがとうございます、士爵さま」
やはり恥ずかしかったのだろう、2人は安物のシャツをいそいそと羽織った。流石にマントは暑いのか、畳んだまま横に置いている。
◇
「かたい~」
「この肉の人はなかなか手ごわいのです」
「はは、チビちゃん達、そんな食べ方じゃ噛み切れないよ。ナイフで削ぎながら喰うんだよ」
ブチンと音がして、ポチが肉を噛み切る。忠告してくれた屋台の店主らしき青年が、それを見て目を丸くしている。
「スジ肉なのかな?」
ルルが小さく削いだ肉を、取り皿に入れて渡してくれる。その肉を一切れ口に含んでみたが、確かに硬い。圧力ナベで煮たら、もう少しマシになりそうだ。独特の臭みがあって美味いとは言いがたいが、吐き出すほど不味いわけではない微妙な味だ。
「これは魔物の肉だから、貴族様の口には合わないかも」
「虫肉は安いし、毎日食べてると癖になるんですけどね」
この焼肉や干し肉は、材料が昆虫系の肉だそうだ。焼く前から真っ黒な肉で、動物のスジ肉を硬くしたような食感だ。何の虫の肉かは、その日の仕入れによって変わるらしく、探索者達も「虫肉」、あるいは、単に「肉」とだけ呼んでいるらしい。非常に安く、肉串1本で賤貨1枚しかしないそうだ。
「探索者になりたての時は、よく強いパーティーの後ろを付いていって剥ぎ取りの終わった魔物の死体から肉を回収してたよね」
「お金にはなるけど、良く意地悪されたよね」
昆虫系の魔物は、甲殻や牙などお金になる部分だけしか回収しない探索者が多いらしく、そんなうち捨てられた魔物の肉を回収する事を専門にしている探索者もいるそうだ。そんな魔物の肉の回収者達は、「屍拾い」と呼ばれて、一段低く見られるらしい。こうやって食を下支えする立派な仕事なのに、不思議な話だ。
探索者達の輪の中央では、何人かの若い探索者が曲芸のような剣舞を披露している。それが終わると、ポチとタマが中央に出てきた。
「ぽちー!」
「たまー!」
「とぅ!」
誰かに煽てられでもしたのか、2人が蟷螂の背に飛び乗った時のジャンプを実演している。ぴょーんと真上に5メートル以上も飛び上がったタマに、周りから歓声が上がる。
落ちてきたタマはナナが受け止めていた。ポチとタマ、それに2人にジャンプを強請った観衆が、食事に埃が入るとリザに叱られてションボリしていた。
◇
「こっちのお豆やお芋は、柔らかいですよ」
「ん」
迷宮都市では、野菜が高いはずなのに沢山ある。
「これも魔物の肉なんだ、です」
「肉とは違うでしょ。歩き豆と跳ね芋っていう植物系の魔物の身なんです」
この豆と芋も魔物から取れるらしい。迷宮は鉱山っていうだけじゃなく、牧場であり、農場でもあるのか。
少し食べてみたが、豆も芋も普通のものと少し違うようだ。豆は表皮が硬く独特の青臭さがある。中身の方は蜜柑のスジのような白い繊維があり、この部分が少し苦い。その部分を削いで中をスプーンで掬って食べると普通の豆の味だった。
「さすが、貴族さま。上品だね~」
「私もスプーンを使ってみようかな?」
しまった、上品ぶる気はなかったんだが。単に中身だけを取り出して味見をしたかっただけなのに、何か変な感心をされてしまった。
芋の方は、甘みの薄いジャガ芋の味に、小芋の粘り気を追加したような感じだった。芋の中にある紫色の所は毒だから食べちゃダメと教えられた。もっとも、毒といっても腹を壊すだけで、命に別状はないらしい。
歩き豆は、鞘に手足が付いた30センチほどの魔物で、倒すと鞘の中から2~3粒の豆が手に入るそうだ。普通のソラ豆の4倍近い大きさなので、20粒で賤貨1枚になるらしい。
跳ね芋は、渦状の弦をバネのようにして飛び跳ねる不思議な芋型の魔物で、歩き豆と同じくらいの大きさらしい。1体で10キロほどの食用できる芋が取れる。キロあたり賤貨1枚なので、それなりに稼げるそうだ。
体当たりで攻撃してくるので、槍を構えて待つと簡単に倒せると、中年の槍使いの男が言っていた。この人は、さっきからリザと槍について熱く語り合っている。
どちらも14区画固有の魔物で、第1区画の魔物の取り合いに負けた成り立ての探索者達が良く狩りに行くらしい。不思議な事に、この2種類の魔物は経験値が得られないか、非常に少ないそうだ。米粒ほどの魔核を持つので魔物の一種なのは間違いないはずなのだが、1年以上狩り続けてもレベルが上がらない者もいるらしい。そのため、ここで初期装備を整えるまで金を稼いだら、別の区画に移動するのが、貧乏探索者達のセオリーだと教えて貰った。
「ささ、士爵さま。お注ぎします」
「ありがとう」
カップに注いで貰ったエールに口を付ける。すっぱ不味い。ビールを薄めて酢を混ぜたような味だ。彼らにとっては嗜好品なようで、みんな美味しそうに飲んでいる。アルコール度数は5%以下な感じだ。
「あら、士爵さま、エールはそんなにお上品に飲んだらダメですよ! こうグィーと一気に飲んで喉越しを楽しむんです!」
酒が入ると性格が変わるのか、「麗しの翼」の美人さんの方が、エールの飲み方を熱く語ってくる。
うちのメンバーは、前みたいにカオスな状態になりそうなので、アルコール禁止だ。皆、オレが持参した果実水を飲んでいる。
一緒に差し入れたワインや蒸留酒の小樽なんかは、宴会開始早々に争奪戦がおこっていた。その酒は来る途中の酒屋で買った普通の物だが、喜んで貰えたようでなによりだ。
日が落ちて3~4時間ほど経ったあたりで、赤い硬革鎧の兵士達が見回りにやって来た。この都市でも深夜営業の時間制限はあるようで、解散するように大声で告げて回っている。
すっかり酔いつぶれている「麗しの翼」を捨て置くわけにもいかず、送り先の住所もしらないので、リザとナナに抱えて貰って屋敷に連れて行く事にする。客間が空いていたから、そこに寝かせばいいだろう。
オレ達は、酔って呂律の回らないコシン氏に、宴会の礼を告げて屋敷へと引き上げた。
◇
「昨日はご迷惑をおかけしたようで」
「すみませんでした」
二日酔いの頭痛に耐えながら、「麗しの翼」が昨晩の事を詫びてきた。普段は、酒場で酔いつぶれるほど飲む事はないそうだが、コシン氏の奢りという事で羽目を外しすぎたと反省していた。2人に二日酔いに効く魔法薬を勧め、朝食に誘う。
ルルの作った朝食が口にあったのか、やたらと感激していた。褒めちぎられたルルが照れながら誇らしそうにしていたのが印象的だった。
昨日の宴席の時に聞いたのだが、例の蟻トレインの罰金は1人金貨2枚だったらしい。借金して支払ったらしいのだが、利子が10日毎に3割増えるそうで、毎月利子分を払えないと奴隷として売られてしまう契約なのだそうだ。なかなか暴利な気がしたが、迷宮で死んでしまう事が多い探索者の事情を考えると、妥当なのかもしれない。
オレは、2人に借金の肩代わりを申し出た。
もちろん、同情したとかでは無い。
簡単にいうと迷宮都市の孤児対策の一環だ。この間からアリサと色々知恵を絞っていたのだが、探索者志望の運搬人の子供達を、迷宮で鍛えて一人前の探索者にするのが手っ取り早いという結論になった。
ある程度レベルが上がれば、自活できるようになるし、安定を求めるならばムーノ男爵の兵士や従士などに紹介してやる事もできる。
一人前になった元運搬人の子供達が、次の代の子供達を育てれば良いループができそうだ。
問題は育成方法で、オレ達が連れて行って促成栽培したのでは、最低限必要な知識が身につかないままにレベルアップしてしまう。その結果、増長したり、油断して死なせたりする事が無いようにしたい。
そこで教師役を探していた所に借金の話を聞いたので、スカウトしてみたのだ。
探索者として色々と苦労してきた彼女たちなら適任だろう。当面はこの2人で十分だが、蟻トレインの時の獣人の3人も金利に苦しんでいるそうなので、そのうちに増員も考えよう。
オレは、今日明日の2日ほどアリサ達を引率できない。その期間、皆には、この2人の育成をしていて貰おう。
◇
「では、救援に来てくれた『ペンドラゴン』の皆に感謝を! そして俺達の生還を祝って、今日は飲み明かすぞ!」
「「「応!」」」
リーダー氏の挨拶で宴が始まる。彼は、コシンという名前で、「白馬の鬣」というベテラン探索者パーティーのリーダーをしているそうだ。今回のように複数のパーティーを集めて奥地に行くのも初めてじゃないらしい。
宴会場は、西門から東に300メートルほど平屋の町並みを進んだ先にある屋台が集まる広場の一角だ。30軒ほどの食べ物屋と、10軒ほどの飲み屋が交互に並んでいる。屋台の看板が光っていて明るい。どうやら、生活魔法使いが照明の魔法をかけているらしい。
この広場は、オレ達以外にも、探索者や運搬人に加え日雇い労働者っぽいガテン系の人たちが、楽しそうに屋台で酒や食べ物を買っている。その中にちらほらと、扇情的な衣装のお嬢さん達や、変に色っぽいお兄さん達が混ざって色香を振りまいている。どちらも娼婦さんに男娼さんたちのようだ。
今日は、広場の一角を占拠している。1軒の飲み屋の屋台と3軒の食べ物屋の屋台を貸切にして宴会を開いているそうだ。
イスやテーブルは無く、地面に車座になって飲み食いするらしい。オレ達が座る一角はルルとリザが先にシートを敷いてくれている。
今回の宴席のメニューは、焼肉、干し肉、茹で豆、茹で芋の4種類だ。宴会の始まる前に「えらく張り込んだね」とコシン氏をからかう声が出ていたので、貧相というわけではないのだろう。
「魔法使いさん、あの時は服をありがとう」
「むぅ?」
ミーアの所に、「麗しの翼」の2人がやって来て、畳んだ服らしきものを渡している。困り顔のミーアがこちらに助けを求めてきたので腰を上げた。
「よろしければ、その服は、そのまま貰ってやってください。あまり、肌を露出していると悪い虫もよってきそうですから」
2人とも、少ない布で無理矢理服を接ぎ当てているようで、大事なところこそ隠れているものの、お腹や肩がむき出しで実に扇情的だ。
「いいんですか?」
「ありがとうございます、士爵さま」
やはり恥ずかしかったのだろう、2人は安物のシャツをいそいそと羽織った。流石にマントは暑いのか、畳んだまま横に置いている。
◇
「かたい~」
「この肉の人はなかなか手ごわいのです」
「はは、チビちゃん達、そんな食べ方じゃ噛み切れないよ。ナイフで削ぎながら喰うんだよ」
ブチンと音がして、ポチが肉を噛み切る。忠告してくれた屋台の店主らしき青年が、それを見て目を丸くしている。
「スジ肉なのかな?」
ルルが小さく削いだ肉を、取り皿に入れて渡してくれる。その肉を一切れ口に含んでみたが、確かに硬い。圧力ナベで煮たら、もう少しマシになりそうだ。独特の臭みがあって美味いとは言いがたいが、吐き出すほど不味いわけではない微妙な味だ。
「これは魔物の肉だから、貴族様の口には合わないかも」
「虫肉は安いし、毎日食べてると癖になるんですけどね」
この焼肉や干し肉は、材料が昆虫系の肉だそうだ。焼く前から真っ黒な肉で、動物のスジ肉を硬くしたような食感だ。何の虫の肉かは、その日の仕入れによって変わるらしく、探索者達も「虫肉」、あるいは、単に「肉」とだけ呼んでいるらしい。非常に安く、肉串1本で賤貨1枚しかしないそうだ。
「探索者になりたての時は、よく強いパーティーの後ろを付いていって剥ぎ取りの終わった魔物の死体から肉を回収してたよね」
「お金にはなるけど、良く意地悪されたよね」
昆虫系の魔物は、甲殻や牙などお金になる部分だけしか回収しない探索者が多いらしく、そんなうち捨てられた魔物の肉を回収する事を専門にしている探索者もいるそうだ。そんな魔物の肉の回収者達は、「屍拾い」と呼ばれて、一段低く見られるらしい。こうやって食を下支えする立派な仕事なのに、不思議な話だ。
探索者達の輪の中央では、何人かの若い探索者が曲芸のような剣舞を披露している。それが終わると、ポチとタマが中央に出てきた。
「ぽちー!」
「たまー!」
「とぅ!」
誰かに煽てられでもしたのか、2人が蟷螂の背に飛び乗った時のジャンプを実演している。ぴょーんと真上に5メートル以上も飛び上がったタマに、周りから歓声が上がる。
落ちてきたタマはナナが受け止めていた。ポチとタマ、それに2人にジャンプを強請った観衆が、食事に埃が入るとリザに叱られてションボリしていた。
◇
「こっちのお豆やお芋は、柔らかいですよ」
「ん」
迷宮都市では、野菜が高いはずなのに沢山ある。
「これも魔物の肉なんだ、です」
「肉とは違うでしょ。歩き豆と跳ね芋っていう植物系の魔物の身なんです」
この豆と芋も魔物から取れるらしい。迷宮は鉱山っていうだけじゃなく、牧場であり、農場でもあるのか。
少し食べてみたが、豆も芋も普通のものと少し違うようだ。豆は表皮が硬く独特の青臭さがある。中身の方は蜜柑のスジのような白い繊維があり、この部分が少し苦い。その部分を削いで中をスプーンで掬って食べると普通の豆の味だった。
「さすが、貴族さま。上品だね~」
「私もスプーンを使ってみようかな?」
しまった、上品ぶる気はなかったんだが。単に中身だけを取り出して味見をしたかっただけなのに、何か変な感心をされてしまった。
芋の方は、甘みの薄いジャガ芋の味に、小芋の粘り気を追加したような感じだった。芋の中にある紫色の所は毒だから食べちゃダメと教えられた。もっとも、毒といっても腹を壊すだけで、命に別状はないらしい。
歩き豆は、鞘に手足が付いた30センチほどの魔物で、倒すと鞘の中から2~3粒の豆が手に入るそうだ。普通のソラ豆の4倍近い大きさなので、20粒で賤貨1枚になるらしい。
跳ね芋は、渦状の弦をバネのようにして飛び跳ねる不思議な芋型の魔物で、歩き豆と同じくらいの大きさらしい。1体で10キロほどの食用できる芋が取れる。キロあたり賤貨1枚なので、それなりに稼げるそうだ。
体当たりで攻撃してくるので、槍を構えて待つと簡単に倒せると、中年の槍使いの男が言っていた。この人は、さっきからリザと槍について熱く語り合っている。
どちらも14区画固有の魔物で、第1区画の魔物の取り合いに負けた成り立ての探索者達が良く狩りに行くらしい。不思議な事に、この2種類の魔物は経験値が得られないか、非常に少ないそうだ。米粒ほどの魔核を持つので魔物の一種なのは間違いないはずなのだが、1年以上狩り続けてもレベルが上がらない者もいるらしい。そのため、ここで初期装備を整えるまで金を稼いだら、別の区画に移動するのが、貧乏探索者達のセオリーだと教えて貰った。
「ささ、士爵さま。お注ぎします」
「ありがとう」
カップに注いで貰ったエールに口を付ける。すっぱ不味い。ビールを薄めて酢を混ぜたような味だ。彼らにとっては嗜好品なようで、みんな美味しそうに飲んでいる。アルコール度数は5%以下な感じだ。
「あら、士爵さま、エールはそんなにお上品に飲んだらダメですよ! こうグィーと一気に飲んで喉越しを楽しむんです!」
酒が入ると性格が変わるのか、「麗しの翼」の美人さんの方が、エールの飲み方を熱く語ってくる。
うちのメンバーは、前みたいにカオスな状態になりそうなので、アルコール禁止だ。皆、オレが持参した果実水を飲んでいる。
一緒に差し入れたワインや蒸留酒の小樽なんかは、宴会開始早々に争奪戦がおこっていた。その酒は来る途中の酒屋で買った普通の物だが、喜んで貰えたようでなによりだ。
日が落ちて3~4時間ほど経ったあたりで、赤い硬革鎧の兵士達が見回りにやって来た。この都市でも深夜営業の時間制限はあるようで、解散するように大声で告げて回っている。
すっかり酔いつぶれている「麗しの翼」を捨て置くわけにもいかず、送り先の住所もしらないので、リザとナナに抱えて貰って屋敷に連れて行く事にする。客間が空いていたから、そこに寝かせばいいだろう。
オレ達は、酔って呂律の回らないコシン氏に、宴会の礼を告げて屋敷へと引き上げた。
◇
「昨日はご迷惑をおかけしたようで」
「すみませんでした」
二日酔いの頭痛に耐えながら、「麗しの翼」が昨晩の事を詫びてきた。普段は、酒場で酔いつぶれるほど飲む事はないそうだが、コシン氏の奢りという事で羽目を外しすぎたと反省していた。2人に二日酔いに効く魔法薬を勧め、朝食に誘う。
ルルの作った朝食が口にあったのか、やたらと感激していた。褒めちぎられたルルが照れながら誇らしそうにしていたのが印象的だった。
昨日の宴席の時に聞いたのだが、例の蟻トレインの罰金は1人金貨2枚だったらしい。借金して支払ったらしいのだが、利子が10日毎に3割増えるそうで、毎月利子分を払えないと奴隷として売られてしまう契約なのだそうだ。なかなか暴利な気がしたが、迷宮で死んでしまう事が多い探索者の事情を考えると、妥当なのかもしれない。
オレは、2人に借金の肩代わりを申し出た。
もちろん、同情したとかでは無い。
簡単にいうと迷宮都市の孤児対策の一環だ。この間からアリサと色々知恵を絞っていたのだが、探索者志望の運搬人の子供達を、迷宮で鍛えて一人前の探索者にするのが手っ取り早いという結論になった。
ある程度レベルが上がれば、自活できるようになるし、安定を求めるならばムーノ男爵の兵士や従士などに紹介してやる事もできる。
一人前になった元運搬人の子供達が、次の代の子供達を育てれば良いループができそうだ。
問題は育成方法で、オレ達が連れて行って促成栽培したのでは、最低限必要な知識が身につかないままにレベルアップしてしまう。その結果、増長したり、油断して死なせたりする事が無いようにしたい。
そこで教師役を探していた所に借金の話を聞いたので、スカウトしてみたのだ。
探索者として色々と苦労してきた彼女たちなら適任だろう。当面はこの2人で十分だが、蟻トレインの時の獣人の3人も金利に苦しんでいるそうなので、そのうちに増員も考えよう。
オレは、今日明日の2日ほどアリサ達を引率できない。その期間、皆には、この2人の育成をしていて貰おう。
次回は仲間視点で、迷宮行きの予定です。
10-25.探索者達(2)
今回はサトゥー視点ではありません。
※10/20 誤字修正しました。
※10/20 誤字修正しました。
「では、行って参ります」
私はご主人様にそう告げて屋敷を後にします。
ご主人様は子爵様との晩餐会があり、ルルは子供達に料理と文字を教える約束があるので残るそうです。
今回は、ご主人様とルルが来ない代わりに、2人の女探索者、イルナとジェナを連れて行く事になります。ご主人様によると普通の兵士程度の強さという事ですが、ご主人様謹製の蟻甲の鎧一式に円盾と片手剣を与えられているのです。多少格上の敵と戦わせても大丈夫でしょう。
「それで、士爵様がいないときのリーダーは、ナナさんかな?」
「戦闘指揮はリザ、複雑な状況判断はアリサが担当だと告げます」
「へー、そうなんだ。よろしく、リザさん」
気さくな調子で話しかけてくるイルナに頷きを返します。どこか男性のような口調ですね。
「それでアリサ、今日向かう11区画という場所は、どんなところなのですか?」
「えーっ! 11区画に行くの?!」
「そのつもりだけど、何か問題でもある?」
アリサとの打ち合わせに、ジェナという黒髪の女性が割り込んできました。アリサの話だと、美人だそうです。
「11区画って言ったら、一角飛蝗とか岩頭蜂みたいな、やっかいな魔物だらけの場所じゃない」
「そうよ。よく知ってるわね」
「あそこは悪い意味で有名だから。魔物が多いから取り合いに疲れた探索者が、定期的に手を出すんだけど、大抵は死ぬか再起不能の大怪我を負って引退になるのよ」
なるほど、強敵なのですね。良い話を聞きました。今から楽しみです。
「一角飛蝗や岩頭蜂は、多少硬いけど、まっすぐ突っ込んでくるから楽よ」
「そうなの? あの巨大な『狩人蟷螂』を倒しちゃうような皆さんなら大丈夫なのかしら?」
「そ~よ! 大船に乗ったつもりで付いてらっしゃい」
こういうパーティーメンバーの不安を払拭する役割は、やはりアリサが適任ですね。
それにしても、アリサは一角飛蝗や岩頭蜂の情報をどこで手に入れたのでしょう。やはり、ご主人様から伺ったのでしょうか?
◇
「あら? リザさん、カンテラの油を買わないの?」
「必要ありません」
迷宮の中は戦闘に支障が無い程度に明るいですし、標識碑の無い場所ならミーアに魔法の灯りを出してもらえば済むことです。それに、光粒筒もありますからね。
「ちょっとギルド寄っていいかな? 止血用の軟膏を使い切ったまま補充できていないんだ」
「不要です。ミーアの回復魔法がありますし、迷宮に入ったら、魔法薬を支給します」
「ま、魔法薬? ほ、本当に? あれって、1本銀貨1枚もするんだろ?」
頷き返しながら、我ながら金銭感覚が麻痺している事に気が付かされました。
ご主人様が気軽に使えと渡してくれるので、気軽に使っていましたが、節約するべきだった気がしてきます。
「命の方が大事よ。うちのご主人様は、身内が傷つくのをすっごく嫌がるから。だから、節約しようとか思っちゃダメよ?」
アリサが私の心の中を読み取ったかのように、上目遣いで私に視線を送りながら忠告してくれます。そうでした、ご主人様はそういう方です。
「発光石とか煙玉に閃光玉は?」
「ん~ 後ろ二つはご主人さまから貰ってあるけど、発光石って何に使うの?」
「迷宮の分岐路に落としていくんだよ。3日ほどで光らなくなるけど、これを落としておけば、初めての場所でも迷わずに済むんだ」
なるほど、普段はご主人様が完璧に誘導して下さるので、気にも留めていませんでした。ですが、なかなか有用そうな品です。
ギルドで買い求め、ご主人様から預かった魔法の鞄に収納します。私達の持つ妖精の鞄は、人前で使わないようにと注意されているのです。
「えーっ! リザさんって、宝物庫のスキル持ちなの?」
「いいえ、この鞄が魔法道具なのです」
「そ、そんな道具があるんだ。さすが貴族様のお抱えだけあるね」
この2人は少し騒がしいですね。ポチとタマを見習って欲しいものです。2人はナナの両手に抱えられて、静かにぶら下がっています。
◇
「来たわよ、岩頭蜂が4匹」
「この働き蜂よ! 堅実であれば良いものでは無いと告げます!」
4匹の岩頭蜂が、大盾を構えたナナに殺到します。岩頭蜂は頭に岩がくっ付いたような魔物です。今日はご主人様がいないので、無闇に魔刃を使うわけにもいきません。ナナの挑発ではありませんが、堅実に行きましょう。
「ポチ、タマ、硬い頭を避けて、首の隙間を攻撃しなさい」
「あいあい~」
「らじゃなのです」
瞬動で飛んでくる蜂の側面に移動して、岩石のような外皮の隙間に槍を突きたてます。脆い魔物なのか一撃で首と胴が千切れてしまいました。ポチやタマも問題なく倒せたようです。
「ナナ! そいつは倒さず、地面に落として」
「承知!」
最後の一匹はナナが大盾で受け止め、アリサの指示通り地面に叩き落としました。
「イルナにジェナ、その岩頭蜂を攻撃なさい」
「いいのか? こんなのを攻撃したら剣がいたむぞ?」
「いいから、殴る! 剣の1本や2本ダメにしたっていいから!」
アリサの指示に躊躇していた2人ですが、再度の指示でようやく動き出しました。件の蜂は、ナナが魔法剣で羽を地面に縫いとめています。
2人がへっぴり腰で剣を叩きつけていますが、なっていません。あとで、少しナナに剣の振り方を教えさせましょう。
◇
「やっぱ、10レベルの敵だと弱いわね」
「いやいや、その判断はおかしいぞ」
「そうよ、岩頭蜂って全身甲冑の騎士さまでも、体当たりされたら大怪我しちゃうくらい強いのに」
きっと、その騎士は根性が足りなかったのでしょう。
「2人とも聞きなさい。複数の敵が来たときは、今のように最後の一匹を残して私達で殲滅します。あなた方は、ナナが抑える1匹に1撃を入れなさい」
「えっ? そんなんでいいの?」
「何か運搬人の石投げみたいで気が咎めるよ」
私の指示に難色を示していたイルナも、彼女達のレベルを上げるのが目的だと告げると、不承不承ですが承知してくれました。
こういう武人としてのプライドの高さは、好ましいですね。
「ところでさ、聞いていい? 運搬人の石投げって何?」
「ああ、毎年、収穫祭の頃に周辺の町や村から大勢の子供達が、探索者や運搬人に成りに、この迷宮都市へやってくるのは知ってるかい?」
「うん、知ってる」
「その中には不心得モノもいてね。運搬人として雇われて迷宮に潜っているのに、探索者達が必死に戦っている魔物に、こっそり石を投げて、レベルを上げようとするヤツがいるんだ。そういう行為を『運搬人の石投げ』って呼ぶんだ。一度でもそれをやったら、二度と探索者達に雇って貰えなくなるんだよ」
なるほど、要は獲物の横取り的なモノなのでしょう。私やポチ、タマも、最初は似たような方法でレベルを上げましたが、あれはご主人様の許可を受けての事ですから気に病むことはないですね。
「へ~、どこの世界にも寄生を狙うヤツっているのね。でも、今回は2人のレベルを上げるのが目的だから、じゃんじゃんっ、攻撃しちゃってね」
「ああ、わかった。世話になる」
「早く足手まといにならないように、頑張ります」
さて、そろそろ会話の時間は終わりです。
回廊の向こうから、タマが一角飛蝗を連れて戻ってきました。
「角があるだけでリーダー気取りとは笑止千万!」
今度の魔物は1匹だけのようです。私には出番がなさそうですが、アリサやミーアが襲われないように油断なく周囲を警戒しましょう。
ナナの足の間を、タマが滑り抜けます。勢い良くナナの大盾に体当たりした一角飛蝗ですが、勢いが付き過ぎたのか、自慢の角がボキリと折れてしまったようです。狩人蟷螂の大鎌の一撃を受けても、傷一つ入らなかった大盾です。この結果は驚くには値しないでしょう。
「うそっ、鉄板だって貫くんだよ?」
「いやはや、すごい盾だな」
「2人とも、無駄口を叩く前に手を動かしなさい」
「はい」
「了解」
一角飛蝗は、先ほどの岩頭蜂よりは柔らかいのでしょう。2人の剣も、先ほどよりは役に立っています。2人が傷つけたのを確認してから、槍を突き入れて止めを刺しました。
◇
「リザさん、そろそろ帰らないと晩御飯に遅れるよ」
それは一大事です。
「あと3匹で100匹だったのに惜しかったですね」
「おなかへった~?」
「そうなのです。ハンバーグ先生が待っているのです!」
今晩はハンバーグですか。歯ごたえが無いのが物足りないですが、ルルならステーキも焼いてくれるでしょう。昨日食べた魔物の肉も、味はともかく歯ごたえは抜群でした。この魔物の肉も、あんな感じなのでしょうか?
「イルナにジェナ、この魔物は食べられるのですか?」
「うん、一角も岩頭も食べれたはず」
「岩頭は、外側の岩を削らないと重くて持って帰れないけど、身は甘くて美味しいって話。食べた事はないので、人から聞いた話だ」
なるほど、美味しいのですか。
槍をナナに預け、後ろ腰に刺した解体用の短剣を使って、岩頭蜂の岩状の外殻を剥がします。肉を持ち帰るシートに岩頭蜂の肉を並べると、ポチとタマもそれぞれ1体分ずつ持って来て並べています。この子達も、先ほどの発言に心を奪われたのでしょう。タマが更に一角飛蝗の肉を持ってきたのを見て、ポチが慌てて肉を集めに行こうとしましたが、襟首を掴んで止めました。今日はこれくらいにしておきましょう。
「ねえ、アリサ達って、いつもこんなに凄い連戦をしてるの?」
「さすがに、こんなに沢山倒したりしないよ」
「そうですね。だいたい30匹くらいです」
「そうだろう。いつもこんなペースで戦っていたら体が保たないよな」
いつもの格上の敵との戦いの方が大変な気もしますが、正直に伝えて落ち込ませる事もないでしょう。
◇
思ったよりも魔核の等級が高かったのもありますが、岩頭蜂の肉が中々の値段で売れて、金貨4枚になりました。一角飛蝗の肉は、1匹分で銅貨20枚だそうです。一角飛蝗の角は買取が出ていませんでしたが、武器屋に上手く交渉すれば、1本あたり大銅貨数枚になるそうです。
岩頭蜂の肉も全て売ろうとしたのですが、ご主人様へのお土産という事で1匹分は持ち帰る事にしました。
岩頭蜂の肉と一角飛蝗の角は、持込税が取られましたが、アリサが文句を言わなかったところを見ると妥当な額なのでしょう。
ご主人様に指示されていた通り、得た収入を人数で割って、彼女達に分配します。金額はアリサが計算してくれました。計算は未だに少し苦手です。
一角飛蝗の角は、売却後に分配すればいいでしょう。
初めのうちは、お荷物だったから受け取れないと分配を拒んでいた2人ですが、ご主人様の指示だとアリサが告げて、無理矢理受け取らせていました。
「すごいわね。たった半日迷宮に潜っただけで、こんなに稼げるなんて!」
「ああ、1人あたり金貨半枚って所か、夢みたいな額だな」
羽が生えて飛んで行きそうな2人に、明日の予定を告げます。
「明日も、同じくらいのペースで狩る予定ですから、今日は美味しいご飯を食べてゆっくり眠りなさい」
「あ、明日も、アレを?」
「うう、イルナ。明日も迷宮都市に帰って来れるかしら」
不安そうな2人を慰めるのはアリサに任せて、早く帰りましょう。
ルルのご飯が待っています。
私はご主人様にそう告げて屋敷を後にします。
ご主人様は子爵様との晩餐会があり、ルルは子供達に料理と文字を教える約束があるので残るそうです。
今回は、ご主人様とルルが来ない代わりに、2人の女探索者、イルナとジェナを連れて行く事になります。ご主人様によると普通の兵士程度の強さという事ですが、ご主人様謹製の蟻甲の鎧一式に円盾と片手剣を与えられているのです。多少格上の敵と戦わせても大丈夫でしょう。
「それで、士爵様がいないときのリーダーは、ナナさんかな?」
「戦闘指揮はリザ、複雑な状況判断はアリサが担当だと告げます」
「へー、そうなんだ。よろしく、リザさん」
気さくな調子で話しかけてくるイルナに頷きを返します。どこか男性のような口調ですね。
「それでアリサ、今日向かう11区画という場所は、どんなところなのですか?」
「えーっ! 11区画に行くの?!」
「そのつもりだけど、何か問題でもある?」
アリサとの打ち合わせに、ジェナという黒髪の女性が割り込んできました。アリサの話だと、美人だそうです。
「11区画って言ったら、一角飛蝗とか岩頭蜂みたいな、やっかいな魔物だらけの場所じゃない」
「そうよ。よく知ってるわね」
「あそこは悪い意味で有名だから。魔物が多いから取り合いに疲れた探索者が、定期的に手を出すんだけど、大抵は死ぬか再起不能の大怪我を負って引退になるのよ」
なるほど、強敵なのですね。良い話を聞きました。今から楽しみです。
「一角飛蝗や岩頭蜂は、多少硬いけど、まっすぐ突っ込んでくるから楽よ」
「そうなの? あの巨大な『狩人蟷螂』を倒しちゃうような皆さんなら大丈夫なのかしら?」
「そ~よ! 大船に乗ったつもりで付いてらっしゃい」
こういうパーティーメンバーの不安を払拭する役割は、やはりアリサが適任ですね。
それにしても、アリサは一角飛蝗や岩頭蜂の情報をどこで手に入れたのでしょう。やはり、ご主人様から伺ったのでしょうか?
◇
「あら? リザさん、カンテラの油を買わないの?」
「必要ありません」
迷宮の中は戦闘に支障が無い程度に明るいですし、標識碑の無い場所ならミーアに魔法の灯りを出してもらえば済むことです。それに、光粒筒もありますからね。
「ちょっとギルド寄っていいかな? 止血用の軟膏を使い切ったまま補充できていないんだ」
「不要です。ミーアの回復魔法がありますし、迷宮に入ったら、魔法薬を支給します」
「ま、魔法薬? ほ、本当に? あれって、1本銀貨1枚もするんだろ?」
頷き返しながら、我ながら金銭感覚が麻痺している事に気が付かされました。
ご主人様が気軽に使えと渡してくれるので、気軽に使っていましたが、節約するべきだった気がしてきます。
「命の方が大事よ。うちのご主人様は、身内が傷つくのをすっごく嫌がるから。だから、節約しようとか思っちゃダメよ?」
アリサが私の心の中を読み取ったかのように、上目遣いで私に視線を送りながら忠告してくれます。そうでした、ご主人様はそういう方です。
「発光石とか煙玉に閃光玉は?」
「ん~ 後ろ二つはご主人さまから貰ってあるけど、発光石って何に使うの?」
「迷宮の分岐路に落としていくんだよ。3日ほどで光らなくなるけど、これを落としておけば、初めての場所でも迷わずに済むんだ」
なるほど、普段はご主人様が完璧に誘導して下さるので、気にも留めていませんでした。ですが、なかなか有用そうな品です。
ギルドで買い求め、ご主人様から預かった魔法の鞄に収納します。私達の持つ妖精の鞄は、人前で使わないようにと注意されているのです。
「えーっ! リザさんって、宝物庫のスキル持ちなの?」
「いいえ、この鞄が魔法道具なのです」
「そ、そんな道具があるんだ。さすが貴族様のお抱えだけあるね」
この2人は少し騒がしいですね。ポチとタマを見習って欲しいものです。2人はナナの両手に抱えられて、静かにぶら下がっています。
◇
「来たわよ、岩頭蜂が4匹」
「この働き蜂よ! 堅実であれば良いものでは無いと告げます!」
4匹の岩頭蜂が、大盾を構えたナナに殺到します。岩頭蜂は頭に岩がくっ付いたような魔物です。今日はご主人様がいないので、無闇に魔刃を使うわけにもいきません。ナナの挑発ではありませんが、堅実に行きましょう。
「ポチ、タマ、硬い頭を避けて、首の隙間を攻撃しなさい」
「あいあい~」
「らじゃなのです」
瞬動で飛んでくる蜂の側面に移動して、岩石のような外皮の隙間に槍を突きたてます。脆い魔物なのか一撃で首と胴が千切れてしまいました。ポチやタマも問題なく倒せたようです。
「ナナ! そいつは倒さず、地面に落として」
「承知!」
最後の一匹はナナが大盾で受け止め、アリサの指示通り地面に叩き落としました。
「イルナにジェナ、その岩頭蜂を攻撃なさい」
「いいのか? こんなのを攻撃したら剣がいたむぞ?」
「いいから、殴る! 剣の1本や2本ダメにしたっていいから!」
アリサの指示に躊躇していた2人ですが、再度の指示でようやく動き出しました。件の蜂は、ナナが魔法剣で羽を地面に縫いとめています。
2人がへっぴり腰で剣を叩きつけていますが、なっていません。あとで、少しナナに剣の振り方を教えさせましょう。
◇
「やっぱ、10レベルの敵だと弱いわね」
「いやいや、その判断はおかしいぞ」
「そうよ、岩頭蜂って全身甲冑の騎士さまでも、体当たりされたら大怪我しちゃうくらい強いのに」
きっと、その騎士は根性が足りなかったのでしょう。
「2人とも聞きなさい。複数の敵が来たときは、今のように最後の一匹を残して私達で殲滅します。あなた方は、ナナが抑える1匹に1撃を入れなさい」
「えっ? そんなんでいいの?」
「何か運搬人の石投げみたいで気が咎めるよ」
私の指示に難色を示していたイルナも、彼女達のレベルを上げるのが目的だと告げると、不承不承ですが承知してくれました。
こういう武人としてのプライドの高さは、好ましいですね。
「ところでさ、聞いていい? 運搬人の石投げって何?」
「ああ、毎年、収穫祭の頃に周辺の町や村から大勢の子供達が、探索者や運搬人に成りに、この迷宮都市へやってくるのは知ってるかい?」
「うん、知ってる」
「その中には不心得モノもいてね。運搬人として雇われて迷宮に潜っているのに、探索者達が必死に戦っている魔物に、こっそり石を投げて、レベルを上げようとするヤツがいるんだ。そういう行為を『運搬人の石投げ』って呼ぶんだ。一度でもそれをやったら、二度と探索者達に雇って貰えなくなるんだよ」
なるほど、要は獲物の横取り的なモノなのでしょう。私やポチ、タマも、最初は似たような方法でレベルを上げましたが、あれはご主人様の許可を受けての事ですから気に病むことはないですね。
「へ~、どこの世界にも寄生を狙うヤツっているのね。でも、今回は2人のレベルを上げるのが目的だから、じゃんじゃんっ、攻撃しちゃってね」
「ああ、わかった。世話になる」
「早く足手まといにならないように、頑張ります」
さて、そろそろ会話の時間は終わりです。
回廊の向こうから、タマが一角飛蝗を連れて戻ってきました。
「角があるだけでリーダー気取りとは笑止千万!」
今度の魔物は1匹だけのようです。私には出番がなさそうですが、アリサやミーアが襲われないように油断なく周囲を警戒しましょう。
ナナの足の間を、タマが滑り抜けます。勢い良くナナの大盾に体当たりした一角飛蝗ですが、勢いが付き過ぎたのか、自慢の角がボキリと折れてしまったようです。狩人蟷螂の大鎌の一撃を受けても、傷一つ入らなかった大盾です。この結果は驚くには値しないでしょう。
「うそっ、鉄板だって貫くんだよ?」
「いやはや、すごい盾だな」
「2人とも、無駄口を叩く前に手を動かしなさい」
「はい」
「了解」
一角飛蝗は、先ほどの岩頭蜂よりは柔らかいのでしょう。2人の剣も、先ほどよりは役に立っています。2人が傷つけたのを確認してから、槍を突き入れて止めを刺しました。
◇
「リザさん、そろそろ帰らないと晩御飯に遅れるよ」
それは一大事です。
「あと3匹で100匹だったのに惜しかったですね」
「おなかへった~?」
「そうなのです。ハンバーグ先生が待っているのです!」
今晩はハンバーグですか。歯ごたえが無いのが物足りないですが、ルルならステーキも焼いてくれるでしょう。昨日食べた魔物の肉も、味はともかく歯ごたえは抜群でした。この魔物の肉も、あんな感じなのでしょうか?
「イルナにジェナ、この魔物は食べられるのですか?」
「うん、一角も岩頭も食べれたはず」
「岩頭は、外側の岩を削らないと重くて持って帰れないけど、身は甘くて美味しいって話。食べた事はないので、人から聞いた話だ」
なるほど、美味しいのですか。
槍をナナに預け、後ろ腰に刺した解体用の短剣を使って、岩頭蜂の岩状の外殻を剥がします。肉を持ち帰るシートに岩頭蜂の肉を並べると、ポチとタマもそれぞれ1体分ずつ持って来て並べています。この子達も、先ほどの発言に心を奪われたのでしょう。タマが更に一角飛蝗の肉を持ってきたのを見て、ポチが慌てて肉を集めに行こうとしましたが、襟首を掴んで止めました。今日はこれくらいにしておきましょう。
「ねえ、アリサ達って、いつもこんなに凄い連戦をしてるの?」
「さすがに、こんなに沢山倒したりしないよ」
「そうですね。だいたい30匹くらいです」
「そうだろう。いつもこんなペースで戦っていたら体が保たないよな」
いつもの格上の敵との戦いの方が大変な気もしますが、正直に伝えて落ち込ませる事もないでしょう。
◇
思ったよりも魔核の等級が高かったのもありますが、岩頭蜂の肉が中々の値段で売れて、金貨4枚になりました。一角飛蝗の肉は、1匹分で銅貨20枚だそうです。一角飛蝗の角は買取が出ていませんでしたが、武器屋に上手く交渉すれば、1本あたり大銅貨数枚になるそうです。
岩頭蜂の肉も全て売ろうとしたのですが、ご主人様へのお土産という事で1匹分は持ち帰る事にしました。
岩頭蜂の肉と一角飛蝗の角は、持込税が取られましたが、アリサが文句を言わなかったところを見ると妥当な額なのでしょう。
ご主人様に指示されていた通り、得た収入を人数で割って、彼女達に分配します。金額はアリサが計算してくれました。計算は未だに少し苦手です。
一角飛蝗の角は、売却後に分配すればいいでしょう。
初めのうちは、お荷物だったから受け取れないと分配を拒んでいた2人ですが、ご主人様の指示だとアリサが告げて、無理矢理受け取らせていました。
「すごいわね。たった半日迷宮に潜っただけで、こんなに稼げるなんて!」
「ああ、1人あたり金貨半枚って所か、夢みたいな額だな」
羽が生えて飛んで行きそうな2人に、明日の予定を告げます。
「明日も、同じくらいのペースで狩る予定ですから、今日は美味しいご飯を食べてゆっくり眠りなさい」
「あ、明日も、アレを?」
「うう、イルナ。明日も迷宮都市に帰って来れるかしら」
不安そうな2人を慰めるのはアリサに任せて、早く帰りましょう。
ルルのご飯が待っています。
※蛇足情報:
「麗しの翼」の2人が今までの槍装備では無いのは、子供達を鍛える時に盾役をしてほしいからです。
一見安物の装備に見えますが、2人の装備は、プタの街のコン少年にプレゼントした防具と同等のものです。武器は、傷むのが前提なので、非サトゥー製の普通の鉄剣です。ちゃんとサトゥーが研いだので、コン少年の剣同様に切れ味は抜群です。
「麗しの翼」の2人が今までの槍装備では無いのは、子供達を鍛える時に盾役をしてほしいからです。
一見安物の装備に見えますが、2人の装備は、プタの街のコン少年にプレゼントした防具と同等のものです。武器は、傷むのが前提なので、非サトゥー製の普通の鉄剣です。ちゃんとサトゥーが研いだので、コン少年の剣同様に切れ味は抜群です。
10-26.晩餐と人脈
※10/20 誤字修正しました。
サトゥーです。高校の時の担任に「社会に出たら人と人の繋がりを大切にしなさい」といわれた覚えがあります。本人は単なる定型文的な訓示として言ったのでしょうが、実際に社会に出てから、折に付けて、その言葉を思い出します。
◇
「はじめまして、ペンドラゴン士爵様。わたくし、王都と迷宮都市の間で商いをさせて戴いているオグーショと申します」
「このオグーショは、高級食材だけでなく、王都の書物や雑誌なんかも扱っていてね。食材関係や書物関係が欲しければ、この者に頼めば大抵のものを仕入れてくれる」
シーメン子爵の晩餐会では、子爵の友人という幾人かの貴族と、お抱え商人を紹介された。貴族達は公都の貴族の親類縁者で、迷宮都市では、それなりに顔が利くという事だ。
お抱え商人は、「宝物庫」持ちの使用人を複数抱えている上に、ゴーレム馬車を所持しているそうで、急ぎの依頼でも応えられますと、自信満々だった。たまに色々な商品の仕入れを頼んでおけば、オレが希少な素材を使っていても、周りが勝手に仕入先を想像してくれるだろう。
ゴーレム馬車は、公都でも見たが、ゴーレムの馬が馬車を引くタイプと、馬車自体がゴーレムの2つのタイプがある。彼の馬車は後者のようだ。
「ほう、ゴーレム馬車ですか」
「ええ、馬車自体がゴーレムになっていまして、盗賊や魔物が現れてもびくともしないのです」
「それは凄いですね。王都では、ゴーレム馬車に乗る方は多いのですか?」
オレが興味を示したのに気を良くしたオグーショ氏が、色々と話してくれた。
「そうですね、上級貴族の方や裕福な者には珍しくありません。ただ、その多くが、王祖ヤマト様の時代に作られた中核部品を使用しているので、商品として出回る事は稀です」
オレの自走馬車みたいに、乗り手の魔力を使うものは稀なのだそうだ。魔法使い達が自家用車として持っていたりするらしいが、魔法使いも疲れるのは嫌みたいで、弟子達に操車させているそうだ。
なぜか、そこでオグーショ氏が、わざとらしいほどの間を作る。
そこに聞き手に回っていた、事情通のソーケル男爵の甥だか従兄弟だかいう青年が話に入ってきた。
「5年ほど前に、キリク伯爵領の遺跡で発見されていただろう?」
「流石はソーケル卿。博識でいらっしゃる。ペンドラゴン士爵様、ソーケル卿が仰った遺跡で、ゴーレムの心臓と呼ばれる動力機関が複数発見されたのです。その心臓はキリク伯から王家に献上され、毎年1つ、大きな勲功のあった貴族に下賜されているのです」
おそらくオグーショ氏は、わざとキリク伯爵領の話をせずに、ソーケル卿が話に交ざり易いように間を空けたのだろう。こういう配慮は見習いたいものだ。
それにしても、良い話を聞いた。
リビングアーマーを地上の屋敷の警護用に配置しようと思っていたから、危なく騒ぎになる所だったよ。
「それは凄いですね。そのような遺跡は良く発見されるのですか?」
「遺跡の発見は、実に稀です。その前に発見されたのは、ゼッツ伯爵領の山中ですが、30年近く昔の話です」
この間見つけた海底遺跡の話は、秘密にした方が良さそうだ。
前に闇オークションに出品された飛空艇の空力機関は、山奥に墜落していた所属不明の飛空艇の残骸から回収したものらしい。所属不明という時に言葉を濁していたので、本当に不明という訳ではないようだ。
◇
恙無く晩餐が終わり解散となったのだが、馬車に乗り込む前に館の執事さんに呼び止められて、シーメン子爵の応接室に寄る事になった。ルルには悪いが、もう少し馬車で待っていて貰おう。少し心配だが、ルルにバカなちょっかいを出す者はいないらしい。西ギルドで大男を倒した武装メイドの話は、貴族の使用人達の間でも有名なのだとミテルナ女史が言っていた。
「ペンドラゴン士爵、呼び戻してすまないね」
子爵はそう一言詫びてから本題に入った。
「君は、この迷宮都市の太守と面識はあるかね?」
「はい、貿易都市で少し」
「その言い方だと、何か問題でも起こしたようだな。あの男は、元々、アシネン侯爵家の傍流の男爵家の跡取りだったのだが――」
子爵が教えてくれた話は、トルマメモの情報で既に知っていた。ただし、既知の情報に、幾つかの注釈が加えられた。彼は侯爵家の継承権を持っていた侯爵夫人に婿入りする事で、侯爵になれたそうだ。
その為、愛人を囲う事もできずに、男色に走ったり、ギャンブルに溺れたりしているそうだ。
最近のお気に入りは、貿易都市の地下で行われている闘技場での賭けらしい。非合法な剣奴同士の殺し合いをさせているそうだ。しかも、殺し合いを盛り上げる為に、わざわざ演出家まで用意しているというから驚きだ。
「そういう訳で、アシネン侯爵は自由になる金に飢えていてね。その資金を供給しているのが、腰巾着のデュケリ准男爵だ」
なるほど、それでワイロ好きなのか。
デュケリ准男爵は、アシネン侯爵に資金を提供する対価に、迷宮都市での魔法薬や魔法道具の販売を独占しているらしい。もちろん、探索者ギルドは別だ。
市外からの持ち込みは、国王の勅命なので制限できないらしいが、市内で魔法商店や錬金術屋を開業するには太守の許可がいるため、商売敵が増えるのをシャットアウトしているらしい。露店での小規模な売買までは規制していないそうだが、目立つ売り上げを出すと彼の子飼いの探索者崩れの部下達が実力行使に来るらしい。
「デュケリ准男爵には、気をつけ給え。彼は大金を稼ぎ、家格を上げるためなら、何でもする男だ」
この迷宮都市では、アシネン侯爵の後ろ盾があるから好き放題しているらしい。
「君のような有為の人材が、あのような男に害されるなど考えたくもない。君が私の知人である事は、あの男も承知しているはずだ。おそらく手を出してこないだろうが、あの男は、利に聡い。取り込まれないように注意したまえ」
料理の腕を振舞うのもやめた方がいいのだろうか?
少なくとも、デュケリ准男爵の口に入らないように注意しよう。
春の王国会議での再会を約束して、オレは子爵邸を出た。
ルルの待つ馬車の所に男性がいたので、少し驚いたが、ミテルナ女史の兄らしい。ルルに、ミテルナ女史の近況を尋ねていたそうだ。色々と差し入れしてくれたそうなので、お礼を言っておいた。
◇
「ほへ? 准男爵対策?」
「ああ、この都市で厄介ごとに巻き込んできそうな人物なんだ」
「う~ん、そんな小物は放置でいいと思うけど?」
オレのベッドで横になっていたアリサに相談してみる。この館には、皆の私室を用意したのに、夜中は何故かオレの部屋に全員揃っている。オレは話しながらも、アリサが背後に隠した棒アメを取り上げる。寝る前の間食はダメだとアレほど注意したのに、困ったものだ。
ベッドの向こう側では、ルルがポチ達に泣きつかれている。出かける前に約束していたハンバーグを期待して帰ってきたのに、ルルが不在でミテルナ嬢が用意していた質素なメニューだったと切々と訴えている。ルルを御者にしたオレのせいなので、ルルと一緒にポチ達に謝っておいた。
アリサには、シーメン子爵から聞いた内容を掻い摘んで話す。
「ふ~ん、薬品とか魔法道具を牛耳ってる人なんだ」
「ああ、そうだ」
「その人って、探索者達からの評判最悪だったわよ」
それは、そうだろう。魔法使いが少ない以上、命綱になる魔法薬が、彼のせいで入手困難なのだから。
「いっその事、変装して謎の商人として暗躍してみたら? あの無茶な性能の魔法道具とか魔法薬を売れば、駆逐できるんじゃない?」
好戦的なやつだな。駆逐してどうする。
「そんな事して睨まれたらやっかいじゃないか」
「だから変装するのよ。ペンドラゴン士爵じゃなくて、謎の黒衣の商人ボッタクルとかになればいいじゃない」
名前が間違っている。
それは暴利を貪る事を宣言する名前だ。
だが、変装してクロの名前を使って、魔法道具屋をするのはいい考えかもしれない。クロとして飛空艇や自走馬車を普及させれば、オレが入手していても目立たないしね。
ちょっと、このアイデアを煮詰めてみよう。
オレは、ベッドに横になり、メニューのメモ帳に新しいページを追加する。その案のメリットとデメリットを箇条書きにして検討する事にした。気が付いた時には、幼女まみれになっていたが、何時もの事なのでスルーする。
◇
翌日の昼過ぎ、オレはお茶会に参加するためにアシネン侯爵邸に来ていた。
御者をしてくれているルル以外の面々は、イルナとジェナの2人を連れて、今日も迷宮でパワーレベリング中だ。
お茶会のメンバーは、アシネン侯爵夫人は当然として、昨日の晩餐でも会ったホーエン伯の弟の奥さんを初めとした貴族の奥方や娘さん達が集まっている。ほとんどが既婚者で、侯爵の2人の娘さんと、20歳過ぎのゴハト子爵令嬢だけが独身者だった。子爵令嬢は、ふくよかでふくよかな人だ。馬車に乗るときは2人の使用人に押し上げて貰うらしい。
他に特筆すべきメンバーは、デュケリ准男爵の奥方だ。あの旦那と違い、准男爵夫人の方は、薄幸の少女といった風情だ。太っていてアラフォーで無ければ、「美少女」と評したい感じだ。なんでも、病弱な跡取り息子がいるらしい。
なぜか、ドリル・ツインテの王女さまは参加していなかった。あの元気そうな王女に似合わないが、体調不良なのだそうだ。侯爵次男のポッチャリ君も来ていないが、そっちはどうでもいい。
「まあ、これがカステイラですの?」
「王都で食べたホットケーキよりも美味しいですわね」
「お母様、もう少し食べたいです」
カステラは好評のようだ。抹茶味まで用意してきた甲斐があるというものだ。
そして、オレ以上に、得意そうなのが、アシネン侯爵夫人だ。カステラの第一人者を自称するくらい、鼻高々になっている。
このまま平和に終われば、良いお茶会だったのに。
なかなか、そうは行かないようだ。
254/413
10-27.晩餐と人脈(2)
※2015/5/30 誤字修正しました。
サトゥーです。ゲームなどではクエストを受けた時に、依頼の品を既に持っているという事は良くある話です。MMOなんかだと移動に時間がかかるので、むしろ依頼の品を集めてからクエストを受けるほうが主流な気がします。
◇
終了間際のお茶会の席に現れたのは、上機嫌のアシネン侯爵だった。
「やあ、皆さんお揃いで、そちらの方が、ペンドラゴン士爵殿かな」
「これは侯爵閣下、ご尊顔を拝謁できて恐悦至極にございます」
オレと目があった瞬間に固まった侯爵に、殊更丁寧な挨拶をした。
彼との間のトラブルは、些細な事だ。
貿易都市に入る時に、彼の馬車が割り込んできた事に端を発する。割り込みを咎めた年老いた下級貴族と彼の決闘の審判を務めることになってしまった。結果は、侯爵の代理人の圧勝で終わったのだが、オレが勝利を告げても剣を引かず、そのまま老貴族に止めをさそうとしたので、それを止めた。彼は、最初から相手の貴族を血祭りに上げるつもりだった様で、その楽しみを邪魔する形になったのだ。
そういったトラブルの当事者が、高価な「黄金の裸婦像」を始めとした手土産を持って挨拶に来たのだ。彼の視点だと、下級貴族が自分に侘びを入れ、媚を売り来たと映ったのだろう。
彼は軽く咳払いした後に、入室した時と変わらない笑顔に戻ってオレに挨拶を返してきた。
「先日は挨拶に出向いてくれたのに、不在で失礼した。君の心尽くしの品は確かに受け取ったよ。なかなか、素晴らしい品だった」
「恐縮です」
裸婦像じゃなくて、男性の裸の方が良かったかも知れないが、どうせ換金するのだろうから同じ事だろう。
「時に士爵。迷宮都市の外に競鼠の競技場を作る計画があるのだが、君も投資してみないかね」
「それは興味深いですね」
競鼠というのに聞き覚えが無いが、競馬みたいなものかな? 雇用の創設という意味では興味深いが、迷宮都市みたいな場所でギャンブルを広めると、身を持ち崩すやつが続出しそうで怖い。
その事を侯爵に忠告する前に、侯爵夫人から叱られた。
「殿方同士のお仕事の話は、又になさいませ。今はお茶と、たわいのない噂話を楽しむ場ですのよ」
「ああ、愛しのレーテル、そんなに怒らないでおくれ。ペンドラゴン士爵、投資の話は、またいずれ」
そういい残して、彼は部屋を退去していった。半月近くも公務をサボっていたのだから、仕事が溜まっているのだろう。
◇
お茶会が解散となった後、侯爵夫人の侍女に呼び止められて、先ほどとは別室のサロンへと案内される。
そこには、侯爵夫人とデュケリ准男爵の奥さんがいた。
「ホシェス、あなた、ペンドラゴン卿に尋ねたい事があったのではなくて?」
「で、でも……」
侯爵夫人にそう水を向けられて口ごもったのは、ホシェスさん――デュケリ准男爵の奥さんだ。侯爵夫人の従姉妹に当たるらしい。なかなか言い出せないホシェスさんだったが、隣の侯爵夫人に背中を押されるように少しずつ話し出した。
つっかえ、つっかえの話をスムーズに語ると、こんな感じになる。
「ペンドラゴン卿は、諸国を旅して来られたのでしょう? 『命の水』という物に心当たりはないかしら?」
「私の知る限りでは、『命の水』と言うと酒類を指すのですが、どういった物をお探しですか?」
オレの言葉に目を丸くした後、目を伏せながら、「命の水」について簡素に語った。
「お、お酒ではありません。万病に効く霊薬なのです」
「知り合いの学者にも尋ねてみましたが、天まで届く霊樹の滴とか賢者の石を溶かした水とか、愚にも付かない話ばかりで困っていますの。博識なペンドラゴン卿なら、何かご存知ないかしら?」
ホシェスさんがじれったくなったのか、侯爵夫人が補足してくれた。ストレージにある資料を検索してみたが、該当項目は無い。だが、「天まで届く霊樹」や「賢者の石」には心当たりがありすぎる。
その知り合いの学者とやらを、今度紹介して貰おう。
万病に効く霊薬のレシピは複数見つかったが、どれも世界樹や賢者の石を素材とするモノだった。さすがに提供するには出所がヤバすぎる。
「申し訳ありませんが、そのような霊薬は聞いた事がありません。ですが、私も練成を嗜んでいます。どのような病か判れば、多少はご助言ができるかと」
「ゴブリン病というのを聞いた事があるかしら? 貴族や裕福な商人にしか掛からない不思議な病で――」
話を聞きながらメニューの検索バーで、ストレージ内の蔵書を調べる。公都で手に入れた錬金術の資料に、ゴブリン病の詳細が載っていた。ほとんどは婦人の言っていた通りで、様々な快癒系の魔法薬でも、効果が無く不治の病と言われているらしい。ただし、不治だが、死に至る病では無いそうだ。寝たきりになってしまうので、放置していいわけではないらしい。
だが、ある資料に、生野菜を大量に摂取させると治ったという記述があった。根拠がない眉唾な説だと書いてあったが、この病がビタミン不足から来るものなら、生野菜の大量摂取で治るのもありそうな話だ。
彼女達は、言葉を濁して明言しなかったが、ホシェスさんの「病弱な息子」さんが、ゴブリン病なのだろう。
「前に公都で、お偉い博士に伺った話で恐縮ですが――」
そう前置きをして、野菜の大量摂取の話をする。霊薬を練成して恩を売っても良いのだが、病気の子供をダシに使うのが嫌だったので、次善の策を教えた。
「そんな事で治るのですか?」
ホシェスさんは、半信半疑だったが試してみる事にしたようだ。オレも、公都の知り合いや、他国の学者や錬金術師に霊薬が手に入らないか打診してみると約束しておいた。
たぶん、食餌療法で治る気がするが、万一の時は、この前振りが役に立つだろう。
◇
相談事が終わり席を立つタイミングを見計らっている所に、メイドさんが乱入してきた。もちろん、乱心した訳では無いみたいだ。
「大変です。王女殿下がいらっしゃいません!」
「ゲリッツの部屋に遊びにいっているのではなくって?」
侯爵夫人は不快気に眉をひそめたものの、客の前で使用人を叱責するのが躊躇われたのか、軽く嗜めた後に問い返した。
「そ、それが、ゲリッツ様もお部屋にいらっしゃらなくて」
「そんな、ゲリッツが自分の部屋にいないなんて!」
その驚き方はどうかと思います。自分の息子を引きこもり認定とか、ちょっと酷い。オレもマップを開いて、王女とポッチャリ君を検索してみたが、迷宮都市にはいないようだ。
「王女殿下は、探索者に憧れておられました。もしかして、迷宮に入ったのではありませんか?」
オレの言葉に「まさか」と答えつつも、侯爵夫人も思い当たる節があったのか使用人達に探索者ギルドにも人をやるように指示している。
マップで迷宮内を検索する事も考えたが、生憎、2人をマーキングしていなかったので追跡できない。
ほぼ万能と言って良いマップだが、実はそれなりに制約がある。一度マップのリストに載れば、マップ外に出ない限り情報がリアルタイムに更新される。これはオレがそのマップにいなくてもマップを参照する度に自動で行われる。ただし、オレがマップにいる場合は、マップ外に出て戻ってきた者もリストに再表示されるが、オレがマップにいない場合はリストに再表示されない。
この例外となるのが、マーキングだ。マーキングされた対象は、既知のマップである限り、位置が特定できる。
ゲームの初期状態では、マーキングできるのは1対象だけで、課金アイテムを購入する事で、無限に増やす事ができる仕様だった。オレの場合、デバッグモード準拠なのか、マーキング数に上限は無い――無いのだが、あまり無闇にマーキングしすぎるとマップのチェックがしにくくなるので、重要人物や親しい友人しかマーキングしていない。
そういう訳で、2人の現在位置は不明だ。
迷宮に入ったのか市外に出たのかは判らないが、2人が市外に出る理由が無さそうなので、十中八九は迷宮に入ったと考えていいだろう。
オレが切り出すよりも早く、侯爵夫人に迷宮の入り口付近を捜してもらえないか打診された。渡りに船なので、快く引き受けておいた。
迷宮に出かけているアリサから、緊急通信を受けたのは、そんな時だ。いつもの家電のような受け答えの後に、ようやく本題に入った。
『迷賊らしき集団に襲われていた貴族子弟を助けたんだけど、襲われたショックで腰を抜かしたのが多くてさ、まだ侯爵邸にいるなら兵士連れて迎えに来てくれない?』
始まった時には、もう解決とか仕事が早すぎる。貴族子弟達の中には、王女や侯爵次男がいるそうだ。
アリサに迎えに行くと告げて遠話を切った。
◇
アリサによると貴族子弟は、王女とポッチャリ君を入れて7人らしいので、侯爵夫人に太守の兵士を10人ほど借りて迷宮に向かった。本来なら侯爵に許可を貰うべきなんだが、どこに雲隠れしたのか、未だに連絡が取れないらしい。
マップで検索した所、歓楽街の一角にある屋敷にいたので、愛人にお土産でも渡しているに違いない。
「し、士爵様、わ、我々は市街の警備が主任務でして、め、迷宮に入ったことがあるものは、殆どおりません」
「大丈夫だよ、戦うのは私と、このメイドの2人でするから、心配しなくていいよ」
衛兵の隊長さんの言葉が引っかかるのは、彼を含む衛兵の皆さんが馬車を追いかけて走っているからだ。そんなに速度は出ていないはずだから、きっと運動不足なのだろう。
迷宮の入り口で少し揉めたものの、オレとルルの赤鉄証が効いたのか、探索者の証明書を持たない衛兵達が迷宮に入るのを認めてもらえた。
迷宮に入って直ぐにマップを更新する。アリサ達は11区画にいるようだ。遠話の魔法でアリサに連絡を取った。助けた貴族子弟だけで無く、捕縛した迷賊20名も一緒らしい。現在は、その捕虜を奪還しようとする迷賊50名が襲ってきたので、袋小路の先にある小部屋に篭城中との事だった。
ルルにはダミーとして妖精の鞄から小さな手鏡を取り出して「信号」の魔法を唱えて貰う。通信系の魔法の品にでも見えるだろう。こそこそとルルと会話した後、隊長さんに話しかける。
「仲間と連絡が取れました。11区画で王女様らしき服装の女性を見たそうです。すぐに発見場所に向かわせたので、私達も向かいましょう」
衛兵さんの一人が「あの騎士殺しの区画にか!」とか喚いていたが、隊長さんが小声で説得してくれたら静かになったので、そのまま移動を開始する。彼の顔色が悪い気がするが大丈夫だろうか?
移動中に遭遇する魔物を、足元の小石や妖精剣でサクサクと始末しながら回廊を進む。小走り程度の速度なのだが、衛兵さん達が遅れ気味だ。ルルでもちゃんと付いてきているのに、兵隊さんともあろう者が情けない。
第1区画を抜けた所で、通信系の魔法の品を使っているフリをした後に、発破をかける意味も篭めて情報を提示する。
「隊長さん、仲間から連絡がありました。王女様方を無事に保護したそうです。ただ、迷賊の襲撃を受けて苦戦中だそうです」
「それは大変だ! 急ぎましょう」
荒い息を吐く衛兵さん達に、スタミナ回復の魔法薬を飲ませて移動を再開した。
◇
終了間際のお茶会の席に現れたのは、上機嫌のアシネン侯爵だった。
「やあ、皆さんお揃いで、そちらの方が、ペンドラゴン士爵殿かな」
「これは侯爵閣下、ご尊顔を拝謁できて恐悦至極にございます」
オレと目があった瞬間に固まった侯爵に、殊更丁寧な挨拶をした。
彼との間のトラブルは、些細な事だ。
貿易都市に入る時に、彼の馬車が割り込んできた事に端を発する。割り込みを咎めた年老いた下級貴族と彼の決闘の審判を務めることになってしまった。結果は、侯爵の代理人の圧勝で終わったのだが、オレが勝利を告げても剣を引かず、そのまま老貴族に止めをさそうとしたので、それを止めた。彼は、最初から相手の貴族を血祭りに上げるつもりだった様で、その楽しみを邪魔する形になったのだ。
そういったトラブルの当事者が、高価な「黄金の裸婦像」を始めとした手土産を持って挨拶に来たのだ。彼の視点だと、下級貴族が自分に侘びを入れ、媚を売り来たと映ったのだろう。
彼は軽く咳払いした後に、入室した時と変わらない笑顔に戻ってオレに挨拶を返してきた。
「先日は挨拶に出向いてくれたのに、不在で失礼した。君の心尽くしの品は確かに受け取ったよ。なかなか、素晴らしい品だった」
「恐縮です」
裸婦像じゃなくて、男性の裸の方が良かったかも知れないが、どうせ換金するのだろうから同じ事だろう。
「時に士爵。迷宮都市の外に競鼠の競技場を作る計画があるのだが、君も投資してみないかね」
「それは興味深いですね」
競鼠というのに聞き覚えが無いが、競馬みたいなものかな? 雇用の創設という意味では興味深いが、迷宮都市みたいな場所でギャンブルを広めると、身を持ち崩すやつが続出しそうで怖い。
その事を侯爵に忠告する前に、侯爵夫人から叱られた。
「殿方同士のお仕事の話は、又になさいませ。今はお茶と、たわいのない噂話を楽しむ場ですのよ」
「ああ、愛しのレーテル、そんなに怒らないでおくれ。ペンドラゴン士爵、投資の話は、またいずれ」
そういい残して、彼は部屋を退去していった。半月近くも公務をサボっていたのだから、仕事が溜まっているのだろう。
◇
お茶会が解散となった後、侯爵夫人の侍女に呼び止められて、先ほどとは別室のサロンへと案内される。
そこには、侯爵夫人とデュケリ准男爵の奥さんがいた。
「ホシェス、あなた、ペンドラゴン卿に尋ねたい事があったのではなくて?」
「で、でも……」
侯爵夫人にそう水を向けられて口ごもったのは、ホシェスさん――デュケリ准男爵の奥さんだ。侯爵夫人の従姉妹に当たるらしい。なかなか言い出せないホシェスさんだったが、隣の侯爵夫人に背中を押されるように少しずつ話し出した。
つっかえ、つっかえの話をスムーズに語ると、こんな感じになる。
「ペンドラゴン卿は、諸国を旅して来られたのでしょう? 『命の水』という物に心当たりはないかしら?」
「私の知る限りでは、『命の水』と言うと酒類を指すのですが、どういった物をお探しですか?」
オレの言葉に目を丸くした後、目を伏せながら、「命の水」について簡素に語った。
「お、お酒ではありません。万病に効く霊薬なのです」
「知り合いの学者にも尋ねてみましたが、天まで届く霊樹の滴とか賢者の石を溶かした水とか、愚にも付かない話ばかりで困っていますの。博識なペンドラゴン卿なら、何かご存知ないかしら?」
ホシェスさんがじれったくなったのか、侯爵夫人が補足してくれた。ストレージにある資料を検索してみたが、該当項目は無い。だが、「天まで届く霊樹」や「賢者の石」には心当たりがありすぎる。
その知り合いの学者とやらを、今度紹介して貰おう。
万病に効く霊薬のレシピは複数見つかったが、どれも世界樹や賢者の石を素材とするモノだった。さすがに提供するには出所がヤバすぎる。
「申し訳ありませんが、そのような霊薬は聞いた事がありません。ですが、私も練成を嗜んでいます。どのような病か判れば、多少はご助言ができるかと」
「ゴブリン病というのを聞いた事があるかしら? 貴族や裕福な商人にしか掛からない不思議な病で――」
話を聞きながらメニューの検索バーで、ストレージ内の蔵書を調べる。公都で手に入れた錬金術の資料に、ゴブリン病の詳細が載っていた。ほとんどは婦人の言っていた通りで、様々な快癒系の魔法薬でも、効果が無く不治の病と言われているらしい。ただし、不治だが、死に至る病では無いそうだ。寝たきりになってしまうので、放置していいわけではないらしい。
だが、ある資料に、生野菜を大量に摂取させると治ったという記述があった。根拠がない眉唾な説だと書いてあったが、この病がビタミン不足から来るものなら、生野菜の大量摂取で治るのもありそうな話だ。
彼女達は、言葉を濁して明言しなかったが、ホシェスさんの「病弱な息子」さんが、ゴブリン病なのだろう。
「前に公都で、お偉い博士に伺った話で恐縮ですが――」
そう前置きをして、野菜の大量摂取の話をする。霊薬を練成して恩を売っても良いのだが、病気の子供をダシに使うのが嫌だったので、次善の策を教えた。
「そんな事で治るのですか?」
ホシェスさんは、半信半疑だったが試してみる事にしたようだ。オレも、公都の知り合いや、他国の学者や錬金術師に霊薬が手に入らないか打診してみると約束しておいた。
たぶん、食餌療法で治る気がするが、万一の時は、この前振りが役に立つだろう。
◇
相談事が終わり席を立つタイミングを見計らっている所に、メイドさんが乱入してきた。もちろん、乱心した訳では無いみたいだ。
「大変です。王女殿下がいらっしゃいません!」
「ゲリッツの部屋に遊びにいっているのではなくって?」
侯爵夫人は不快気に眉をひそめたものの、客の前で使用人を叱責するのが躊躇われたのか、軽く嗜めた後に問い返した。
「そ、それが、ゲリッツ様もお部屋にいらっしゃらなくて」
「そんな、ゲリッツが自分の部屋にいないなんて!」
その驚き方はどうかと思います。自分の息子を引きこもり認定とか、ちょっと酷い。オレもマップを開いて、王女とポッチャリ君を検索してみたが、迷宮都市にはいないようだ。
「王女殿下は、探索者に憧れておられました。もしかして、迷宮に入ったのではありませんか?」
オレの言葉に「まさか」と答えつつも、侯爵夫人も思い当たる節があったのか使用人達に探索者ギルドにも人をやるように指示している。
マップで迷宮内を検索する事も考えたが、生憎、2人をマーキングしていなかったので追跡できない。
ほぼ万能と言って良いマップだが、実はそれなりに制約がある。一度マップのリストに載れば、マップ外に出ない限り情報がリアルタイムに更新される。これはオレがそのマップにいなくてもマップを参照する度に自動で行われる。ただし、オレがマップにいる場合は、マップ外に出て戻ってきた者もリストに再表示されるが、オレがマップにいない場合はリストに再表示されない。
この例外となるのが、マーキングだ。マーキングされた対象は、既知のマップである限り、位置が特定できる。
ゲームの初期状態では、マーキングできるのは1対象だけで、課金アイテムを購入する事で、無限に増やす事ができる仕様だった。オレの場合、デバッグモード準拠なのか、マーキング数に上限は無い――無いのだが、あまり無闇にマーキングしすぎるとマップのチェックがしにくくなるので、重要人物や親しい友人しかマーキングしていない。
そういう訳で、2人の現在位置は不明だ。
迷宮に入ったのか市外に出たのかは判らないが、2人が市外に出る理由が無さそうなので、十中八九は迷宮に入ったと考えていいだろう。
オレが切り出すよりも早く、侯爵夫人に迷宮の入り口付近を捜してもらえないか打診された。渡りに船なので、快く引き受けておいた。
迷宮に出かけているアリサから、緊急通信を受けたのは、そんな時だ。いつもの家電のような受け答えの後に、ようやく本題に入った。
『迷賊らしき集団に襲われていた貴族子弟を助けたんだけど、襲われたショックで腰を抜かしたのが多くてさ、まだ侯爵邸にいるなら兵士連れて迎えに来てくれない?』
始まった時には、もう解決とか仕事が早すぎる。貴族子弟達の中には、王女や侯爵次男がいるそうだ。
アリサに迎えに行くと告げて遠話を切った。
◇
アリサによると貴族子弟は、王女とポッチャリ君を入れて7人らしいので、侯爵夫人に太守の兵士を10人ほど借りて迷宮に向かった。本来なら侯爵に許可を貰うべきなんだが、どこに雲隠れしたのか、未だに連絡が取れないらしい。
マップで検索した所、歓楽街の一角にある屋敷にいたので、愛人にお土産でも渡しているに違いない。
「し、士爵様、わ、我々は市街の警備が主任務でして、め、迷宮に入ったことがあるものは、殆どおりません」
「大丈夫だよ、戦うのは私と、このメイドの2人でするから、心配しなくていいよ」
衛兵の隊長さんの言葉が引っかかるのは、彼を含む衛兵の皆さんが馬車を追いかけて走っているからだ。そんなに速度は出ていないはずだから、きっと運動不足なのだろう。
迷宮の入り口で少し揉めたものの、オレとルルの赤鉄証が効いたのか、探索者の証明書を持たない衛兵達が迷宮に入るのを認めてもらえた。
迷宮に入って直ぐにマップを更新する。アリサ達は11区画にいるようだ。遠話の魔法でアリサに連絡を取った。助けた貴族子弟だけで無く、捕縛した迷賊20名も一緒らしい。現在は、その捕虜を奪還しようとする迷賊50名が襲ってきたので、袋小路の先にある小部屋に篭城中との事だった。
ルルにはダミーとして妖精の鞄から小さな手鏡を取り出して「信号」の魔法を唱えて貰う。通信系の魔法の品にでも見えるだろう。こそこそとルルと会話した後、隊長さんに話しかける。
「仲間と連絡が取れました。11区画で王女様らしき服装の女性を見たそうです。すぐに発見場所に向かわせたので、私達も向かいましょう」
衛兵さんの一人が「あの騎士殺しの区画にか!」とか喚いていたが、隊長さんが小声で説得してくれたら静かになったので、そのまま移動を開始する。彼の顔色が悪い気がするが大丈夫だろうか?
移動中に遭遇する魔物を、足元の小石や妖精剣でサクサクと始末しながら回廊を進む。小走り程度の速度なのだが、衛兵さん達が遅れ気味だ。ルルでもちゃんと付いてきているのに、兵隊さんともあろう者が情けない。
第1区画を抜けた所で、通信系の魔法の品を使っているフリをした後に、発破をかける意味も篭めて情報を提示する。
「隊長さん、仲間から連絡がありました。王女様方を無事に保護したそうです。ただ、迷賊の襲撃を受けて苦戦中だそうです」
「それは大変だ! 急ぎましょう」
荒い息を吐く衛兵さん達に、スタミナ回復の魔法薬を飲ませて移動を再開した。
変なところで切れてすみません。
次回をサトゥー視点で淡々と書くか、王女視点で幕間っぽく書くかは未定です。
今回のお話で100万文字を突破しました。登場人物とかスキル一覧とかも含むので実質は未突破なのですが、なかなか感慨深いものがあります。
これからも完結に向けて頑張ります!
次回をサトゥー視点で淡々と書くか、王女視点で幕間っぽく書くかは未定です。
今回のお話で100万文字を突破しました。登場人物とかスキル一覧とかも含むので実質は未突破なのですが、なかなか感慨深いものがあります。
これからも完結に向けて頑張ります!
10-28.王女と迷賊
サトゥー視点ではありません。
本文中に多数の「のじゃ」が現れます。苦手な方はご注意ください。
※10/20 誤字修正しました。
本文中に多数の「のじゃ」が現れます。苦手な方はご注意ください。
※10/20 誤字修正しました。
退屈なのじゃ。
せっかく迷宮都市に来れたのに、太守様のお屋敷から一度も出れないなんて話が違う。
迷宮に行って魔物を倒して強くならないと、勇者様の仲間になんてなれない。
でも、1人で行っても、きっと魔物に敵わない。
ノロォークの家紋が刻まれた懐剣を見つめ、妾は深いため息を吐いた。そう、剣の練習は2日でくじけ、魔法の勉強は2年続けても種火一つ起せない。人に誇れるものといったら刺繍やレース編みくらい。
唯一自由に歩きまわれる中庭を散策していると、茂みの向こうの東屋から少年達の声が聞こえて来た。
「うわっ、本当に青銅証だ! ジャンス、すごいじゃないか!」
「前に言っていた赤鉄証の従兄弟に連れて行ってもらったのか?」
「まあね。やはり、フダイ伯爵家の嫡男としては、青銅証くらいは必要かと思ってね」
少し酷薄そうな薄茶色の短髪の青年が、彼に詰め寄る2人の少年の言葉に得意そうに答えている。小太りの黒髪がラルポット男爵四男のペイソン殿、少し賢そうな背が低い金髪がゴハト子爵三男のディルン殿だったはず。
それが面白くないのか、侯爵次男のゲリッツ殿と、その取り巻きのトケ男爵次男のルラム殿が毒を吐く。
「ふ、ふんっ。どうせ、従兄弟殿の背後から石でも投げていたんじゃないか?」
「そうだ、そうだ! 剣で一度もメリーアンに勝ててないのに魔物に勝てるわけ無いよ」
それを聞いたデュケリ准男爵長女のメリーアンが、素早く抜刀してルラム殿の鼻先に突きつける。
「それは、私の剣が魔物に通じないって言いたいわけ?」
「そ、そんな事無い。そんな事無いから剣を引っ込めてよ」
顔を引きつらせて懇願するくらいなら、不用意な発言をするべきではなかろう。それとも、これが友達付き合いというやつなのかや?
少し羨ましいのじゃ。
楽しそうな掛け合いを羨ましく思いながら聞いていると、どうやら、彼らだけで迷宮に行こうと決まったらしい。
「じゃあ、明日の朝に家の馬車を回すから、みんな武器と防具を着て待っていて。家人に見つからずに出る所までは自力で頼むよ。武器防具以外の荷物は、僕が用意しておくから、1人銀貨3枚ずつ出して」
「え~、高いよ」
経験者のジャンス殿が采配するのを、ルラム殿の不平が遮った。
「じゃあ、君は魔物に囲まれても、煙玉も閃光玉も無しに脱出できるんだね?」
「大丈夫さ、これだけの戦士がいれば魔物に背を向けるなんてありえないよ」
「そうとも、魔法使いのディルンだっているんだ。囲まれたらディルンの風の魔法で蹴散らしてくれるよ」
「まあ、私の風に切り裂けない魔物なんていないからね」
自信満々の皆の雰囲気に飲まれたのか、ジャンス殿が吐息を吐きながら前言を撤回して1人銀貨1枚まで下げた。
「聞いてしまったのじゃ」
「ひ、姫様」
一緒に連れて行って欲しい。その気持ちに我慢できなくて、皆の前に飛び出してしまった。
「ゲリッツ殿、ジャンス殿、お願いなのじゃ。妾も一緒に連れて行ってたも?」
目をうるうるさせて、可愛く首を傾げながらお願いした。父王陛下なら、これでイチコロなのじゃ。
父王陛下に耐えられないものが、若いゲリッツ殿やジャンス殿に耐えられるはずもなく、顔を赤く染めて、妾のお願いを聞いてくれた。
◇
「妾は気分がすぐれぬのじゃ。今日の朝餉は要らぬ。昼まで1人にしてたもれ」
生まれた時から一緒に育った乳姉妹には、仮病なのがすぐバレたようじゃが、どうやら寝坊がしたいだけと受け取ったようで助かったのじゃ。
「姫様、用意できた?」
「メリーアン殿、ちと手伝ってたも」
どうして、こう服を着るというのは難しいのじゃ。手と頭が同じところから出て動けない。まさか、迷宮に行く前に、こんな難関が控えておったとは! まさに迷宮都市! 恐ろしい都市なのじゃ。
メリーアン殿が持ってきてくれた厚手の乗馬服を着せて貰い、薄い黒いマントを羽織ると、いっぱしの探索者になった気がして、心が高揚するのを感じる。更に渡された顔の上半分を隠す白いノッペリした仮面を耳に掛けて完成した。
「どうじゃ?」
「良くお似合いですよ。では、参りましょう」
「うむ、いざ迷宮へ!」
◇
「彼らの探索者の登録がしたい」
「あの、特別登録でしょうか?」
「いや、一般登録で頼む」
既に探索者としているジャンス殿だけは、仮面を付けていない。なぜか、受付嬢の片眉がぴくぴくと動いている。疲れているのかや?
「では、お名前をお願いします」
「『謎の貴公子』ゲリッツ」
「『黒き暴風』ペイソン」
「『剛剣』ルラム」
「『勇者の従者』ミーティア」
何故じゃ? 皆に続いて妾が名乗っても、ディルン殿とメリーアン殿が名乗らない。振り返って見つめていると、嘆息してから名乗りを上げた。どうして、「二つ名」を言わぬのじゃ?
「はい、それでは、この木証をお受け取りください。説明は必要でしょうか?」
「不要です」
ジャンス殿が、代表して受け取った木証を配ってくれた。
うむむ。どうして、こう口元が緩むのじゃ。こんな木片一つで、ここまで嬉しいのは誤算だった。踊りだしたいが、ここはお澄まし顔で行かねば、ノロォーク王国王女の名折れなのじゃ。
ふと視線を上げると、ジャンス殿以外、みな口元がニヤニヤと緩んでいた。もちろん、ディルン殿とメリーアン殿も例外ではないようじゃ。
◇
「ねえ、ジャンス。敵がいないじゃないか」
「まったくよね。たまに見かけるのも、探索者ばかりじゃない。魔物は何処に行ったのよ」
「俺に文句を言われても困るよ。第一区画は、魔物の取り合いが激しいから。前に来た時も、11区画との境で斥候役の従士が連れて来た『迷宮蛾』を倒してたんだ」
意気込んで入った迷宮で肩透かしを受けてしまった不満を、ジャンス殿にぶつけてしまっているようなのじゃ。
「なら、その11区画に行こうよ」
「僕が聞いた話だと11区画は、騎士殺しっていう有名な魔物がいる危険地帯だってきいたんだけど?」
「だから、境目で止まるんだろ?」
「騎士殺しが来たら私の魔法で切り刻んでくれますよ」
「その前に、私の細剣で貫いてあげるわ」
騎士殺しとな。あの金属の全身甲冑に包まれた偉丈夫を、倒すような魔物がいるのかや? きっと巨大な魔物なのじゃろう。
みな頼もしいのじゃ。さすがは、幼い頃から武術や魔術を学ぶ、大国の貴族子弟達じゃ。実に頼もしい。
◇
時折魔物を見つけても、みすぼらしい姿の歳若い探索者が必死に狩っておって、余っている魔物はおらんかった。
「まったく、平民どもは卑しいものだ」
「ゲリッツ様のいう通り! 僕が行って譲らせましょうか?」
「それはダメだよ、ルラム。迷宮で他人が戦う魔物を横取りするのは、重大なマナー違反だ。そんな事をしたら貴族の栄光が、迷賊と同じところまで堕ちてしまうよ」
探索者達に悪態を吐いていた2人を、ジャンス殿が嗜める。
「ねえ、そこの標識碑を見て。ここって、もう11区画に入っているんじゃない?」
「えっ? そんははずは無いよ。11区画の境目には、魔物が沢山いたんだ――本当だ、しかも、そうとう奥まで来てしまっていたみたいだ」
「引き返すか?」
「いいじゃない、行きましょうよ。さっきから平民達のパーティーも沢山いるもの。きっと大丈夫よ」
ジャンス殿とディルン殿が慎重な意見を交わすが、勝気なメリーアン殿に賛同する意見が多く、そのまま進む事になったのじゃ。
それが見つかったのは、さきほどの場所から小一時間ほど奥に進んだ場所だった。
「見て、あの標識碑の色! 何か変だ」
「みんな! 戦闘準備だ。あれは湧き穴の前兆だ。魔物が来るぞ」
白く光を漏らす標識碑が、ときおり蝋燭の揺らめきのように赤く光る。皆が剣を抜くのに釣られる様に、妾も懐剣を握り締めた。
◇
「はぁっ!」
メリーアン殿の細剣が、迷宮蛾の羽根を貫く。ペイソン殿とルラム殿の小剣は、空を斬ってしまった。残念なのじゃ。
「さすが、メリーアンだ」
「あの細剣を避けれるやつなんていないよ」
ジャンス殿の大剣が羽根を切り裂く前に、ディルン殿の魔法が発動して「風刃」が、ジャンス殿を掠めて迷宮蛾の片方の羽根を切り落とした。
「危ないじゃないか! 魔法を使う時は、前衛に注意しろ!」
「当ててないだろ。戦いは臨機応変にね」
地面に落ちた「迷宮蛾」に止めを刺すべく、ゲリッツ殿が片手剣を振りかぶってふらふらしている。
「今なら安全だから、姫様も切りつけて」
「わ、わかったのじゃ」
妾も懐剣を抜いて、迷宮蛾退治に参加する。柔らかそうなお腹なのに懐剣が刺さらないほど硬くて驚いたのじゃ。
「やったー! 魔物を倒したぞ!」
「ねえねえ、レベルって、どのくらいで上がるのかな?」
「さあ、次行こうよ」
初の魔物退治に沸き立つ皆に、冷水を掛けるような声が掛けられたのじゃ。
「お前らに次はねぇよ」
いつの間にか、妾達を、武器を手にした幾人もの人影が囲んでいた。三叉の槍を担いだ禿頭の大男が、下卑た嗤いを漏らしながら近づいて来る。
「迷賊か!」
「そうだよ、貴族の坊ちゃん、嬢ちゃん。お前らの冒険はここまでだ。ここで屍を晒して魔物の餌になるんだよ」
「そうは行かないわ! 私の細剣を避けれるかしら?」
メリーアン殿の鋭い細剣の突きを、禿頭の男が無造作に槍の三叉で絡め取って、折ってしまった。
「バカにしてんのか? 手前らのお遊戯剣なんざ、オレ達迷賊に届くもんかよ?」
「うう、そんな。メリーアンの細剣が通じないなんて」
「もうダメだー。助けて、父様……」
「母上、無念です」
いかんのじゃ、皆の心が折れそうなのじゃ。
一生懸命に声を出して皆を励ます。その声が震えているのは許して欲しい。
「諦めるな、きっと誰かが助けに来てくれるのじゃ!」
「ほう? 誰が助けに来てくれるってんだ?」
禿頭の男が、無礼にも妾の襟首を掴んで汚い顔を寄せて来る。ううっ、怖いのじゃ。臭いのじゃ。
手足の先が冷たくなって震える。さっきからの耳障りな音は、妾の歯の根がカチカチと鳴る音じゃった。
「ほれ、泣いてないで言ってみな? 誰が助けてくれるってんだ?」
「そんなの正義の味方に決まってんでしょ?」
野太い男の声を遮るように、幼い女の子の声が割り込んできた。
助けかや?!
その場に不似合いな、少女の姿と声が妾に勇気をくれる。頑張って両手を突き出して、禿頭の男を突き放した。助けに来てくれた誰かの足手まといになるようでは、勇者の仲間を目指す事などできぬからな!
赤い光の尾を引きながら現れた3人の亜人達が、迷賊を枯れ木を折るように易々と始末していく。その姿は何かのお芝居のように一方的だったのじゃ。
「救援に感謝するのじゃ。妾は、ノロォーク王女ミーティアじゃ」
「あらら、西の果ての王女さまだったのね。私達は『ペンドラゴン』よ。直ぐに始末するから、もうちょっと待っててね」
ノロォークを西の果てじゃと? この娘も中つ国連合の出身なのかや?
10歳くらいのその娘が、約束してくれた通り、妾達は危機を脱出する事ができた――
「増援」
「アリサ、敵の増援です。保護対象の安全の為にも先ほどの小部屋での篭城を提案します」
「おっけー、移動を完了したら、ご主人様に援軍依頼を出すわ」
――かに見えたのじゃが、迷賊達が次々と現れ、妾達は狭い小部屋へと追い込まれてしまったのじゃ。
迷賊達は、執拗に小部屋に侵入しようと間断なく襲ってくる。何よりも恐ろしかったのは、無数の魔物を引き連れて襲ってくる「とれいん」なる戦法じゃった。ナナ殿の鉄壁の術理魔法が無ければ、無数の魔物に蹂躙されてしまったじゃろう。魔物があんなに恐ろしいとは思わなかった。あのジャンス殿や気丈なメリーアン殿さえ、部屋の片隅で腰を抜かして動けぬほどの激しさじゃった。
援軍が来るまでの短いはずの時がとても長く感じる。
そして妾は、あの少年に出会ったのじゃ。
地の文に「のじゃ」が少ないのは仕様です。読みにくかったので最小限まで削りました。勢いで書いてしまったので、後で若干手直しをするかもしれません。
迷宮蛾は、1~3レベルの11区画最弱の魔物です。
迷宮蛾は、1~3レベルの11区画最弱の魔物です。
10-29.迷賊退治
※10/12 加筆修正しました。
※2/11 誤字修正しました。
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。昔遊んだ迷宮モノのPCゲームで、侍や盗賊が敵として登場するものがありました。当時は気にしていませんでしたが、彼らは迷宮の中で暮らしていたんでしょうか?
◇
「あと15分ほどで、そっちにたどり着く」
『ほ~い、待ってるね』
アリサとの「遠話」で向こうの状況を確認した。
迷賊達は、アリサ達を包囲したものの、膠着状態になっているらしい。リザ達が出てきたら逃げ、その隙に小部屋に突入しようと隙間のような小回廊や迷宮の暗い壁を伝って襲ってくるそうだ。
しかも、迷賊の親玉らしきレベル30台のヒゲ男と、マヒ毒の吹き矢を使う狙撃部隊が厄介で、なかなか攻めに転じられないと愚痴っていた。アリサ達の実力なら、排除自体は簡単なはずなので、不殺を貫いてくれているのだろう。
そして、膠着状態に痺れを切らした迷賊の親玉が、子分に魔物のトレインを作らせて、アリサ達のいる小部屋に突撃させているそうだ。
マップで確認する限り、多少スタミナと魔力が減っているものの、誰も怪我をしていないようだ。
◇
オレとルルは、太守の衛兵達を引き連れ、回廊をひた走っている。
「ご、ご主人さま、前に、また……」
「ルル、見ちゃダメだよ」
回廊に横たわるのは、半ば魔物に喰い散らかされた迷賊の屍骸だ。これで何体目だろう? 当たり前だが、魔物をトレインするのも命がけのようだ。隷属の首輪をしているところをみると、この男は奴隷だったのだろう。
遺体にたかるハチのような魔物を、妖精剣で斬り捨てる。硬そうな見た目の割りに紙のように柔らかい。
回廊を進む間にトレインから漏れた雑魚の魔物を、ルルと2人で倒しながら進む。後ろの兵隊さん達は、このペースの移動が辛いのかさっきから静かだ。
レーダーの端の方に迷賊が映る。
回廊の角を曲がった瞬間を狙って、「誘導気絶弾」を放つ。狙いは、アリサ達を囲んでいる迷賊の連中だ。「理力の手」と違って、誘導気絶弾は発射するのが判るので、後ろから追いかけてくる衛兵さん達の視角から外れた瞬間を狙ったのだ。
同時に、ストレージから取り出したワイヤーの束を投げ、「理力の手」で掴んで気絶させた迷賊を縛っていく。思ったよりも難しかった。
縛った状態で地面に転がる迷賊の所にたどり着いた。
「士爵様、この者共は?」
「恐らく私の家臣達が捕縛した迷賊達だろう。悪いが、縛るだけで固定はしていないようだ。後で地上まで連行するとして、取りあえず、そこの柱にでも括りなおしてくれないか?」
「ハッ! おい、賊を一箇所に集めろ!」
衛兵さん達に、近くにあった柱のような構造物に迷賊達を固定してもらう。 20人弱の迷賊達を衛兵達に任せて、オレとルルで回廊を進む。隊長さんを含む半数ほどの衛兵達が、後を付いて来た。ここからアリサ達のところまでは、魔物はいないようだ。
前方から、剣戟の音が聞こえてくる。
湾曲した通路を駆け抜ける。通路の先に、2つの赤い光が暗闇の中で交差するのが見えた。
1人目はリザ。気のせいか、赤い光が槍だけで無く鎧にまで広がっている気がする。その影響か魔力の残りが厳しそうだ。
2人目は迷賊の頭目らしきヒゲの大男。人族のはずなのにドワーフみたいに見える。やはり手にした魔斧のもたらす印象だろう。バトルアックスで戦う者を見るのは、ドハル老についで2人目だ。
「ご主人さま~?」「なのです!」
小部屋の入り口を守るナナの後ろから、ポチとタマが大きく手を振って来たので俺も手を振り返す。
リザと戦っていた頭目が、ワザとらしい大振りでリザに距離を取らせて、懐から取り出した閃光玉を地面に叩きつけた。
漫画でありそうなシチュエーションだ。
閃光玉が地面に叩きつけられる寸前に、ルルの前に移動して強烈な光からルルの目を守る。少し眩しかったが光量調整スキルのお陰で、幻惑される事はなかった。
「利き手を剣から放すたぁ、とんだ素人だぜ!」
閃光を背にした頭目が、身体強化したナナ並みの素早さで俺を人質にしようと接近してきた。ここで捕虜になって、リザに助けてもらうのも一興かな。
オレを捕まえる為に、剛毛で覆われた頭目の太い腕が首元に伸びてくる。同時に、魔斧を持ち替え、柄の方でオレの鳩尾を狙って突き出してきた。
悶絶させた上で捕まえるつもりなのか。
臭っ。
強烈な臭気が、オレの鼻腔に突き刺さる。
無理、無理。
この臭い腕に掴まれるのは嫌だ。
>「悪臭耐性スキルを得た」
そう考えが頭に浮かぶより早く、相手の腕を握り潰し、魔斧を膝で蹴り上げる。そのまま膝を折りたたんだ姿勢で、つま先で軽く相手の腹を蹴った。悲鳴すらなく小さな空気が漏れる音が耳に届く。臭い唾を自在盾で防ぎ、ヤツの体が浮かぶより速く「消臭」の魔法で臭いを消す。
頭目を頭上で一回転させて、オレの後ろ、丁度ルルの前に着地させた。ルルは、突然目の前に現れた頭目の姿に驚きつつも、エルフの里で学んだ護身スキルを活かして、流れるような動きで頭目を地面に組み伏せる。
閃光が消え切る前に、「誘導気絶弾」とワイヤーで、近隣の通路の残りの迷賊を捕縛しておいた。まだ、衛兵さん達の視界に入っていないから気付かれないはずだ。ついでに、頭目が悪あがきをしないように「魔力強奪」で魔力を奪う。
閃光が消えた時、皆の前にあったのは、頭目を軽々と捕縛したルルの姿だ。
素早く駆け寄ってきたリザが、オレの渡したワイヤーで頭目を縛り上げる。骨が砕けた頭目の腕がぶらぶらとしているのが少し気になったが、先ほどのトレインの犠牲になった死体を思い出して放置する事に決めた。
リザは縛り上げた後に、頭目の装備する魔法の発動体らしき指輪や隠し武器を奪っていく。取りこぼしはオレが指摘して回収させた。最後に鞄から取り出した「魔封じの鎖」をリザに渡して、頭目を更に縛り上げさせる。これは放火貴族の拘束時に見かけた品で、巻物を受け取りに公都に寄った時に買い求めたものだ。公都の魔法道具屋で、普通に売っていた。1本で金貨10枚と、なかなかの値段だった。
「ご主人さま、賊を止められず申し訳ありませんでした」
リザが、頭目を止められなかった事をオレに詫びた後、ルルを褒めている。駆けて来たポチとタマをキャッチして、手をつないでアリサ達の所に向かう。回廊の途中で転がっている雑魚迷賊の回収は、隊長さん以外の衛兵達に任せた。
魔斧は天井深く刺さって、落ちてくる様子もないので、「理力の手」を使ってストレージに回収した。
>称号「迷賊の天敵」を得た。
>称号「秩序の守護者」を得た。
◇
アリサ達が篭城していた部屋の前には、無数の魔物の屍骸がある。
「遅くなってスマン」
「ご主人さま、怖かったですぅ~」
「むぅ?」
変な口調で抱きついて来るアリサが気持ち悪い。ほら、後ろでミーアがハテナ顔だ。抱きついて来た後に、小声で状況の補足をしてくれた。確かに助かるのだが、変な演技は不要だと思う。
部屋の中は20畳くらいの広さの凸凹の石畳の部屋だ。部屋の左側――通路から見えない位置に、王女とポッチャリ君、それに5人の貴族子弟が座り込んでいる。貴族子弟の内、1人は女の子だ。部屋の右側には、25人の縛られた迷賊がいる。5人ほど増えているのは、トレインしてきた迷賊の生き残りだろう。服が血で真っ赤の割りにHPが減っていないのは、ミーアが治癒魔法を使ってやったからだと思う。
おかしいな、怪我をしていないはずの貴族子弟達が、みんな死にそうな青い顔だ。よっぽど、迷賊に囲まれたり、魔物の大群に攻め込まれたのが怖かったのだろう。「麗しの翼」の2人は、もう少しマシだが、気力だけで立っている感じだ。
「ゲリッツ殿、侯爵夫人のご依頼でお迎えに上がりました。衛兵の皆さんも一緒ですから、ご友人方ともども安全に地上までお送りいたしますよ」
「ご、ご苦労」
憔悴した顔のポッチャリ君に、笑顔でそう告げた。「もっと早く迎えに来い」とか文句を言われるかと思ったが、コクコクと頷いた後に普通に労いの言葉が返ってきた。ストレージに保管してある湿らせた絞りタオルを、鞄から取り出してポッチャリ君に渡す。このタオルは、ポチやタマが食事の時に良く顔を汚すので、ストレージにたくさん常備してあるヤツだ。
キョトンとしていた彼だが、顔を拭いてさっぱりしてくださいと伝えると、ぎこちない動作で顔を拭き始めた。
横に座り込んでいた王女も、顔に返り血なのか、泥のような汚れが付着していた。ポッチャリ君に渡したのと同じ絞りタオルを新しく出したのだが、目が死んでいるので、広げて顔を優しく拭いてやる。
「殿下も良く頑張りましたね。可愛い顔が汚れていますよ」
「……う、うむ、救援、感謝なのじゃ」
顔を拭かれてさっぱりしたのか、王女が朦朧とした表情の中に意思の輝きを呼び戻したようだ。ロリ顔だったから気にせず拭いてしまったが、口紅や化粧がはげてしまった。
失敗は笑顔で誤魔化そう。弱々しくだが王女も儚げに微笑み返してくれたので、良しとしよう。
他の貴族子弟も、抜け殻の様な有様だったが、お絞り効果がそこそこ効いたようで、「疲れた」とか「腹が減った」とか不満を漏らす程度には回復したようだ。意外な事に、と言うと失礼かもしれないが、ほどんどの子弟が、ちゃんと救援の礼を告げてきた。
総勢70人もの迷賊を地上まで連行するのは骨だと思ったのか、隊長さんが、この場で迷賊達の首を刎ねるのを提案してきたが却下した。
10人ずつをワイヤーで連結して、うちの前衛陣で1グループずつ連行させる。これで40人。オレとルルが特にレベルの高い10人を担当し、残り20人強の幼い迷賊達を衛兵達に担当して貰った。王女や貴族子弟は、麗しの翼の2人に護衛して貰う。
さて、道中逃げようとするだろうから、迷賊を脅しておこう。レベルの高い10名が、余計な事を言わないように事前に猿轡を嵌めてておいた。
「聞け! 迷賊どもよ! これから貴様達を地上に連行する。逃げようとした者はこうだ――」
打ち合わせ通りに、ミーアの魔法が剥ぎ取り終わった後の一角飛蝗の魔物の死体を強酸の魔法で焼く。嫌な匂いの煙を上げながら、ずぶずぶと溶け崩れる魔物の死体を見て迷賊達が青い顔をしている。
「――こんな風に魔法の酸で生きたまま焼かれるか、このワイバーンの腐敗毒で死ぬよりも恐ろしい姿になって悶え苦しむ事になるだろう」
>「脅迫スキルを得た」
オレは鞄から取り出した殊更に禍々しい形状の瓶を取り出して、迷賊達に見せ付けた。この瓶は、公都で貰った新進気鋭の芸術家の作品なのだが、見た目の印象を利用してみた。詐術スキルの助力もあってか、迷賊達もオレの言葉を信じたようだ。
途中逃げ出そうとする者が出る前に、迷宮方面軍の兵士30名が応援に来てくれたので、特に問題なく地上まで連れて行く事ができた。幸い総勢100名を越える大所帯だったせいか、襲ってくる魔物もいなかった。
さて、あとは保護者達に貴族子弟を渡してミッション完了だ。
※10/12 悪臭耐性をゲットしました。
※10/12 ルルに押し付ける前に色々するように改変してあります。他にも細々と部屋の配置などの描写追加や残りの雑魚迷賊の始末関係の描写を足しています。
10-30.迷賊退治(2)
※10/20 誤字修正しました。
サトゥーです。MMOやブラウザゲームだと取得経験値200%なんかの素敵なアイテムがあります。ゲームだと経験値を取得する時に係数を付けるだけなので、意外に実装は簡単でした。闇市で見たレベルの上がる薬が、どういう仕組みだったのか気になります。
◇
迷宮方面軍が来てくれたすぐ後に、衛兵さんの一人が伝令に出ていたので、迷宮門の前には探索者ギルドの高レベルな職員さんが3人ほど待機していた。高レベルと言っても30~35レベルほどだ。
「こ、こいつは『狂える魔斧』のルダマン?!」
「あの迷賊王のルダマンかっ?」
ヒゲダルマの頭目をヤマト石で確認していた高レベル職員さんが、なにやら酷く驚いている。迷賊王って、海賊王の劣化版みたいなものだろうか?
「士爵様、お手柄ですよ。このルダマンは、何度も討伐隊を送られても返り討ちにしてきた、凶悪な迷賊なんです」
「賞金額も、今では金貨100枚を越えているはずです」
魔剣一本分か。さっき取り上げた魔斧の方が高そうだ。
「では、士爵さま。迷賊共は、我々が責任を持って西ギルドに連行しますので、後で寄ってください」
「はい、判りました。よろしくお願いします」
ヒゲダルマの頭目は、3人の高レベル職員さん達が連行していく。雑魚迷賊達は、ヤマト石での確認が済んだ者から順に、迷宮方面軍の人達が5人ずつくらいの小集団で連れ出して行く。
オレが一緒に行かなかったのは、半数の貴族子弟達がつづら折りの大階段前でヘバってしまったので、彼らが衛兵さん達に背負われて出てくるのを待つ必要があるからだ。
自力で戻ってきたのは、ジャンスとメリーアンの2人だけで、王女はルルが背負って上がって来た。オレとルル以外の面々は、「今日のノルマがまだだから」と言って11区画に戻っていった。麗しの2人が悲鳴を上げていたが、ポチとタマに手を引かれてドナドナされていった。
「サトゥー殿! レベルが上がっていたのじゃ! やはり迷宮は凄いのう」
「おめでとうございます、ミーティア様。ジャンス殿とメリーアン殿は如何でしたか?」
ヤマト石でステータスを確認していたミーティア王女が戻って来た。こんなに短期間で普段通りの状態に戻れるなら、探索者に向いているかもしれない。一緒に戻って来た2人にも聞いて見たが、ジャンスは首を振ってオレの問いを否定した。
「いえ、私達が倒したのは迷宮蛾一匹ですから」
何か思いつめていたメリーアンが、意を決したように問いかけて来た。
「士爵様。どうすれば、あなたの家臣達のような強者になれるのですか?」
「修行と実戦ですね。あの子達は、公都の有名な武人や妖精族の達人に教えを乞うて、寝る間も惜しんで修行していましたし、ここや他の迷宮で死にそうになりながらも、九死に一生を得るような無茶な実戦で強くなったんですよ」
うん、たぶん嘘は言っていない。パワーレベリングとかは秘密だ。
「そうか、やはり実戦か……」
「忠告しますが、今のあなたが実戦で強くなろうとすれば、1ヶ月も経たずに死ぬでしょう」
「なっ、貴殿に私の何がわかるというのだっ!」
思いつめたように呟くメリーアンが心配になって忠告した。オレの発言にショックを受けたのか、メリーアンが反射的に感情的な不服を訴えてきた。
実際に彼女の人となりは表面しか知らないが、レベルやスキルを見る限り、間違いなく複数の魔物に囲まれたら死ぬだろう。彼女はレベル3、スキルは礼儀作法しかない。
ちなみに隣のジャンスも青銅証を持っているのに、レベル4、スキルは社交と乗馬だけだ。どうやって、青銅証を手に入れたのか謎だ。
「一度、身分を隠して、市井の道場にでも通ってみるといいでしょう。一月ほど頑張って、自信がついたら、改めて迷宮に挑めば良いと思いますよ」
「貴殿も私の剣が、お遊戯剣だと言いたいのか?」
「メリーアン、その辺にしておきなよ。ペンドラゴン卿に絡むのは筋違いだよ」
尚も喰い付いてきたメリーアンだが、ジャンスに諭されて不承不承という顔でオレに詫びて来た。修行する気になったのか、何処の道場が良いか訪ねてきた。何度か市内の空き地で青空道場っぽいのを見かけたが、どこが良いかまでは知らないので、職員さんに尋ねてみる。
「評判の良い道場ですか?」
「はい、できれば元探索者の方か、軍関係の出身の方が師範をされている場所がいいですね」
「でしたら、『迷宮護身流』のホルン殿の道場をお勧めします」
「迷宮護身流か。もっと実戦的な道場は無いのだろうか?」
女性職員の紹介先が不満だったのか、メリーアンが腰の細剣を弄りながら別の道場の紹介を求める。その反応は女性職員の予想の範疇だったらしく、にこやかにメリーアンの勘違いを訂正した。
「うふふ、迷宮護身流は、実戦的ですよ。護身というのは、怪我をしないように相手の攻撃を捌く事に、重点を置いているのです。迷宮では、怪我をする事は命の危険に直結しますから」
「それは理にかなっていますね。足を怪我したらそれだけで、回避ができなくなってあっという間に負けてしまいますから」
女性職員の補足説明に納得したのか、オレのフォローが効いたのかは不明だが、メリーアンは、その道場に行ってみる事にしたようだ。
◇
ようやく出て来た貴族子弟達を連れて、迷宮を出る。衛兵に背負われて来た4人は、そのまま西門まで運ばれていった。
西門の外には6台の立派な馬車が待ち受けていた。
「このバカ者がっ!」
真っ先に歩み寄って来たデュケリ准男爵が、娘の頬を平手で叩く。わりと容赦のないビンタだったのか、メリーアンが口の端から血を流して地面に膝を付く。
「ペンドラゴン士爵。貴殿の助力に感謝する。この借りは後日、必ず」
デュケリ准男爵は、オレにそう告げた後、メリーアンを引き摺るように馬車に乗せて帰って行った。
他の貴族子弟達の家は、執事や家令の人が迎えにきていたので、小言を言われながらも馬車に乗せられて帰って行く。家によって温度差が凄かったが、共通していたのは迎えに来たのが親ではなく使用人だった事だ。彼らは主人の命令で迎えに来ただけだったので、後日あらためて当主が礼をすると言っていた。
アシネン侯爵の執事さんだけは、後で太守の館に寄って欲しいと侯爵夫人の言葉を伝言してきた。オレは「今回の件を探索者ギルドに報告するので、お邪魔するのは夕刻になります」と執事さんに言っておいた。
◇
状況を説明するために西ギルドを訪れたのだが、なぜかギルド長の部屋に呼ばれてしまった。
「良くやったぞ、サトゥー殿。あのルダマンのヤツには手を焼いておったのだ。さすがにミスリル証への昇格はできんが、旨味のある情報が上がってきたら優先的に回してやる」
「はあ、ありがとうございます」
「何だ、その気の無い返事は」
上機嫌のギルド長が、ハグして来ようとしたので、スルリと避ける。
あのヒゲダルマは、戦いが不利になったら部下を囮にしてすぐに逃げ出す上に、迷宮内に幾つも拠点を持っていて、ギルドの派遣した討伐隊がなかなかアジトを押さえられないでいたらしい。
「賞金や迷賊共を奴隷として売却した金は、相当な額になるはずだ。後で会計に寄って忘れずに受け取れ」
ギルド長が下品な笑顔で、「ウハウハな額だぞ」と付け加えた。この人は、こういう笑顔が良く似合う。
「迷賊達は、皆奴隷にされるのですか?」
「ああ、犯罪奴隷扱いで炭鉱行きだ。ルダマンみたいな恨まれているヤツは、奴隷に落とされた後に公開処刑になる。今回、捕縛した中ではルダマンの他は、ヤツの補佐をしていた副首領と毒矢使いの2人だ」
もっとも、公開処刑されなくても、炭鉱で危険な作業を押し付けられるので、3年と生きられないらしい。中学生くらいの子供もいたので擁護してやりたいが、全員の賞罰欄に「殺人」があったので、被害者やその遺族の事を考えて余計な口は出さないでおいた。
そこに秘書官のウシャナさんが入って来た。ルダマンがギルド長に交渉したい事があると言っているらしい。何故か話の流れで、オレもギルド長達と一緒に、ルダマンの拘置されている地下牢に行く事になった。
◇
「それで、話ってのは何だい?」
「助命嘆願ってやつだ」
「バカを言うんじゃないよ。アンタは、公開処刑だよ」
地下牢の特に厳重な一角に、ルダマンは捕らえられていた。頑丈な鉄格子の中にいるのに、魔封じの鎖で縛られたままだ。砕けた腕の痛みなんて感じていないとばかりに傲岸不遜な顔で交渉してきた。
「それが順当な所だろうが、クソみてえな貴族やお綺麗な市民どもの見世物になるなんざまっぴらだ。オレをムラサキに送ってくれねぇか?」
「自分の罪を振り返ってみるんだね。西門前の首台で、無様な面を晒すがいい」
なかなか野蛮な風習があるらしい。江戸時代かっ。当分の間、西門に近寄りたくなくなりそうだ。ちなみにムラサキというのは、犯罪奴隷で構成される王国軍の一部隊の俗称で、強大な魔物の排除や囮を専門にこなす消耗率の高い部隊らしい。ウシャナさんに教えて貰った。
「そっちのお優しい貴族様なら叶えてくれるんじゃないか? オレ達、迷賊をその場で殺さずに、わざわざ生きたまま捕縛するくらいだ。人を死なせるのが嫌いなんだろう?」
「人を殺すのは嫌いだが、悪人が処刑されるのまで否定する気は無いよ」
「アンタが興味を持つ情報を教えてやるよ」
興味を持つ情報ね。せっかくだから聞いてみるか。
「内容によるよ。本当に興味がある情報だったら交渉してあげる」
「オレ達のアジトには、探索者が生贄に寄越した運搬人の女子供が沢山いるんだ。そしてそいつらは、オレ達に命令されて魔人薬を作っていた」
「魔人薬だと!?」
静かに傍観していたギルド長が、割り込んできた。
不穏な名前が出て来たので、手持ちの資料を検索する。魔人薬というのは、元々、人間を魔物と素手で渡り合えるほどの身体能力を与えるための薬として開発されたらしい。この薬を飲むと10レベル程度の差を埋めてくれるほどの極端な身体強化の効果がある上に、半分の経験値でレベルアップするという付加効果があり、瞬く間に王国中に広まったそうだ。
ただし、この薬には凶悪な罠が用意されていた。この薬を常飲し、レベルアップを続けると、異形の魔物になってしまうのだ。10レベルアップで50%、20レベルアップで90%の確率で魔物になってしまうらしい。レベルが上がるのはいいが、その後に魔物になったのでは意味がない。ただ、どこか過酷なこの世界だと誘惑に負ける人間も多そうだ。
生贄うんぬんも気になるが、後にしよう。
「このまま放置すれば、数日の内に栽培している女子供は殺される。殺すのはアンタと同じ貴族だ」
「つまり、魔人薬を必要としていたのは、その貴族ってわけだね?」
「ああ、俺達もたまに使っていたがな」
ルダマンは秘密栽培している畑の場所の情報と引き換えに、犯罪奴隷部隊に入れる口利きをして欲しいわけか。それにしても軽々しく喋りすぎじゃないか? 交渉や尋問のスキルが暴発している気がしてしかたがない。
「それで、その貴族の名前は?」
「それを俺様に教えるようなマヌケなヤツとは、組んだりしねぇよ。たまにオレ達に食料や塩を持ってくる仲介役の下っ端の名前なら判るぜ。たしか、ベッソとかいうケチな野郎だ。そいつに尾行を付けたら、向こうから接触してくるだろうぜ」
「どちらにせよ、現場を押さえないと意味がないか。ギルド長、どうなさいますか?」
しばらく思案顔だったギルド長だったが、魔人薬が迷宮都市で広まると危険だと判断したのか、ルダマンとの取引に応じる事にしたようだ。これ以上、ここにいてもしかたないので、ギルド長に暇乞いをした。
賞金と奴隷の売却額は、合計金貨160枚になった。特に数える事も無く鞄にしまう。とりあえず、忘れる前に、ベッソをマーキングしておいた。
ふむ、禁断の魔法薬か。
10-31.魔人薬
※10/20 誤字修正しました。
サトゥーです。変装というと、有名な怪盗物の主人公が得意にしていたのを思い出します。顎の辺りからニセモノの顔をベロリと剥ぎ取る仕草は、多くの日本人が覚えているのでは無いでしょうか。彼は軽々と使い捨てにしていましたが、実際に用意するとなるとなかなか大変な手間が必要になるようです。
◇
さて、犯人を見つけよう。
マップを開いて検索する。検索対象は「魔人薬」だ。
発見箇所は3箇所。最初の2箇所は1本ずつ、どちらも探索者が所持しているようだ。最後の1箇所が本命だろう。そこには100本近い魔人薬がストックされていた。
そこは、先日、子爵の晩餐会で出会ったばかりのソーケル卿の屋敷だった。てっきり、デュケリ准男爵の屋敷がヒットするかと思ったのに意外だ。
ソーケル卿の屋敷を詳細にチェックする。
彼の屋敷内の隠し部屋に、ストックされているのを確認した。その隠し部屋には、調合と練成スキルを持つ奴隷がいたので間違いないだろう。
ソーケル卿、及び、その家人や奴隷を全てマーキングする。全部で20人か。その内の一人が下町で、何やら賞罰が色々とついた連中と一緒にいる。その連中は、「ゴブリンの爪」という名前の犯罪ギルドらしい。60人ほどの大所帯なのでマーキングするとマップが煩くなるので、頭目とレベル高めの3人だけをマーキングするだけに留めた。
彼らが行うとすれば、証拠の隠滅や証人の暗殺だろう。ならば、危ないのは地下牢にいるルダマンを始めとする迷賊の幹部や中継役のベッソ達だろう。
ベッソ達はともかく、迷宮内の作業に従事している運搬人達や奴隷達の安全は確保してやりたい。だが、こちらは早急に手を打たなくても大丈夫なはずだ。最初に迷宮に入った時に迷賊達の拠点を検索したが、かなり奥地に点在していた。そこを急襲できるほどの戦力を用意できるなら、直接ギルドを襲って証人達を殲滅するだろう。
ソーケル卿の屋敷にいる錬金術師も危ないが、そう簡単には始末したりしないはずだ。魔人薬を作る重要なキーマンだし、早々替えが用意できるものでは無いだろう。
さて、犯人探しも終わった事だし、後始末はギルド長に任せようか。
公爵城に忍び込んだ時のように隠形と潜伏を使い、ギルド長の部屋に侵入して「黒幕はソーケル卿?」という怪文書を残しておいた。念のため、ソーケル卿の屋敷の隠し部屋の場所とベッソ達の潜伏先との事も追記してある。
用事を済ませたオレは、ルルを連れて探索者ギルドを出た。
◇
「ご主人さま、どこに向かうんですか?」
「屋敷に向かってくれ」
夕刻までは、まだ2~3時間ある。侯爵夫人のところに顔を出す前にやっておきたい事があるのだ。
「おかえりなさいましぇ、ませ」
「おかえりなさい、ルル様」
「ただいま、ホホにキトナ」
馬車が屋敷に近付くのが見えたのか、前庭で何か作業をしていた子供達が出迎えに走って来た。ルルは、玄関前でオレを降ろした後、御者台に上げたキトナに手綱を持たせて、操車の練習がてら厩舎に向かった。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「ああ、ただいま。子供達の様子はどうだい?」
「はい、寝込んでいた5人は力仕事以外なら問題ありません。ロジーとアニーは言葉遣いがまだまだですが、物覚えが良いですし何よりやる気に満ちているので、思ったより早く一人前の雑役婦になるでしょう」
一時雇いのつもりだったが、このままミテルナ女史に預けて正式雇用でもいいかもしれない。半月ほど様子をみて問題ないようなら、ミテルナ女史に相談してみよう。
幾つかの報告を受けたあと、オレは地下室に向かう。ミテルナ女史には、集中したいので、誰も近付けないようにと指示しておく。
地下室の書斎には、セーリュー市や公都で買った本が並んでいる。内容が重複している初級の魔法書などだ。
閂状の扉の鍵を閉めて、蔦の館へと転移する。
ルルには、蔦の館に転移で出かけると遠話で伝えておいた。
◇
「あれ? ミサナリーア様はご一緒ではないのですか? 小ぞっ、サトゥー殿」
「ああ、ミーアなら迷宮で頑張ってるよ。オレは、工房を使いに来たんだ」
暇そうなレリリルを従えて、工房に向かう。
「人工皮膚とはまた奇妙なものを」
「ああ、ちょっと必要なんだよ」
今回、工房にやってきたのは、変装セットを作るためだ。正体不明の仮面の人だと、どうしても正体を疑われてしまう。なので、今回は仮面の下につける贋物の顔を作ろうと考えたのだ。人は隠すから暴きたがると、偉い人も言っていた。
人工皮膚は、トラザユーヤの資料に記載されていた。ホムンクルスの製法より古い資料に載っていたもので、子守用のリビングドールに使うために開発したものらしい。
まず、培養液を調合する。
世界樹の樹液を水で100倍に希釈するだけなので、すぐに用意できた。
続いて人工皮膚の元になる体細胞を、培養液に落とす。レリリルが手持ち無沙汰っぽかったので、指先から血を1滴分けてもらった。
培養槽に接続された超上級者向けの練成台を操作する。資料に詳細な手順が書かれてあったので実に簡単だ。急速培養でも30分ほどかかるので、並行して作業を進めよう。
まずはカツラだ。白髪で目が隠れるくらいの長さにする。印象操作が目的なので、前髪を一房だけ黒髪にしておいた。
まだ時間があるので、次は服と靴だ。
ストレージから取り出した、黒く染めたユリハ繊維の反物を取り出して、衣装をしつらえる。上着は、撫で肩にならないように肩パットを入れてみた。白地の手袋には、少し悪乗りして、手の甲の部分に青液に浸した翠絹の糸で五芒星を刺繍する。最後に袖なしのインバネスコートを用意して完成だ。
アリサが見たら涎を流しそうな、戦前の男子学生スタイルだ。帽子は用意したが、下駄までは悪乗りが過ぎるので、クジラ皮のスニーカーにしておいた。
服を縫い終わる頃に、ようやく必要な面積の人工皮膚が出来上がった。今回は急ぐので、1枚だけで良いだろう。近いうちに、もう4~5枚作っておこう。
今度はこの人工皮膚をベースに、特撮の特殊メイクに近い処理を施して変装用のマスクを作成する。別人の顔というのは難しいものだ。地球の有名人の顔をベースに、マスクを作るとしよう。オレを連想しないように、若い外人タレントの顔を採用した。
人工皮膚だけだと顔の骨格までは誤魔化せないので、魔力を注ぐ量で伸縮する繊維と、魔力を注ぐ量で硬化する繊維を作成してマスクに組み込む。どちらの繊維の材料も、ストレージに溢れるほど溜まっている素材の中にある物で足りた。
作業の間、レリリルが助手のように作業台の用意をしたり、端切れ素材や削りカスなんかを掃除したり、と甲斐甲斐しく手伝ってくれた。
こうして作った変装マスクは、顔の輪郭や太り方まで変わる魔法道具になってしまった。
ふと「この素材を利用したら体型まで誤魔化せるんじゃないだろうか?」と脳裏に閃いた。
いい考えかも知れない。
もっとも、今は人工皮膚が足りないので、すぐには着手できない。後ろ髪引かれる想いだが、肉襦袢計画は後日に先送りしよう。リビングドールに付加したら、オレの影武者とかも作れそうだ。
◇
さて、完成した衣装と変装マスクで、ソーケル卿を一網打尽にしよう。
状況の変化を確認するために、マップを開く。
どうやら、オレが暢気に工作に勤しんでいる間に、事態は急速に進行したようだ。
襲撃を警戒してか、地下牢の迷賊達は幹部クラスを除いて、迷宮方面軍の地下牢に移送されていた。
ベッソとその仲間は、下町の裏路地にいる。2人とも怪我をしているようだ。「遠見」の魔法で監視した所、ゴロツキっぽい連中に追いかけられていた。たぶん、ゴブリンの爪の構成員だろう。他にもギルド職員風の男達もベッソ達を追いかけている。
そして、肝心のソーケル卿の邸宅は、太守の衛兵達が占拠していた。
邸宅にギルド職員もいる事から、あの怪文書を見たギルド長が、太守を炊き付けて兵を出させたようだ。それにしても、証拠もなしに貴族の邸宅を急襲するとは思わなかった。暗躍スキルが優秀なのか、ギルド長のフットワークが軽いのか、魔人薬がヤバすぎるのかのどれかだろう。
邸宅内の家人や奴隷は、全員、玄関ホールに集められている。その中にソーケル卿は居ない。
マップ検索のマーカー一覧から、ソーケル卿をタップして現在位置を見る。家令の人と一緒に馬車で迷宮都市の外にいた。例の錬金術師さんも、ソーケル卿と一緒だ。
北西に向かっている事から考えて、炭鉱街あるいは、そのまま北のエルエット侯爵領に逃げ込む気なのだろう。マップ外なので追っ手の有無を知るために、「遠見」の魔法で見てみた。5キロほど後方に太守の衛兵達が騎馬で追いかけているので、山道に逃げ込む前に捕まりそうだ。
さて、せっかく用意した変装セットだが、特に使う必要も無さそうだ。
そう気が抜けた時に、ルルから「信号」が来た。
内容は「緊急事態発生」だ。
10-32.魔人薬(2)
※11/5 誤字修正しました。
サトゥーです。嫉妬といえば恋愛がまず思い浮かびます。でも、意外と他者の成功への嫉妬も根深いようです。
◇
「急用が出来たので屋敷の方に戻る。レリリル、悪いが工房の後片付けを頼む」
「はい、了解しましたサトゥー様!」
あれ~? なんだろうレリリルの様子が変だ。小僧呼びどころか「様」付けでオレを呼ぶなんて。キラキラした目で見送ってくれるレリリルに手を振って、転移で戻った。そういえば、人工皮膚を作り終わった後くらいから、静かだった気がする。
さて、瑣末事は置いておいて、ルルの救援に行かねば。
直ぐにでも転移で戻りたいが、先に状況をチェックだ。
まず、マップで屋敷を確認する。屋敷には10人ほどの衛兵と、2人の高レベルの騎士が来ている。全員、太守の部下だ。
謎だな。何の用だろう?
屋敷の地下室を「遠見」の魔法で確認してから転移で帰還する。
ドンドンと叩かれる地下室の扉を無視して、執務机の上にストレージから取り出したペンとインク、それから数枚の紙を置く。さらに燭台と蝋燭をも取り出して火をつけて執務机の上に置いた。最後に印章の指輪も置いて準備完了だ。
できれば、無駄に終わってくれよ。
閂を開けて扉を押し開け、機先を制して怒鳴りつける。
「やかましい。集中できないだろう!」
「も、申し訳ありません。士爵様には、魔人薬使用の嫌疑が掛かっております。太守の公館まで出頭願います」
「オレが魔人薬?」
話しながら地上に戻る。
どうやら、歳若いオレ達のレベルが異常に高いので、オレ達が魔人薬を使用しているのでは無いかと疑われているそうだ。
バカバカしい。効果に比べてリスクがデカ過ぎるだろう。レベルを上げるのだけが目的なら、そんな薬を使わなくても10日もあれば50レベルくらいいけそうだ。
「ご主人さま」
「大丈夫だよ、濡れ衣もいい所だ。どうせ侯爵夫人に用事もあったから、ついでだと思おう」
それにしても誰の差し金だろう?
侯爵はオレの事を金蔓だと思っているはずだし、デュケリ准男爵も娘の件で貸しがある。ありそうなのは、侯爵の取り巻き達が自分達のポジションを奪われないようにと暴発したパターンだ。
ミテルナ女史に留守を頼んだ時に、小声で忠告された。
「旦那様、審議官のヴィラス男爵は、看破スキルを悪用して出入り業者や使用人の弱みを握るという噂を聞いた事があります。ご注意下さいませ」
なるほど、魔人薬と関係無い事を聞かれたら話をそらすか、異議を申し立てればいいわけか。心構えをしておけば、流される事もないだろう。その辺は交渉や腹芸スキルに頑張ってもらおう。
ミテルナ女史の助言に感謝の言葉を返しながら、地下室を遠見の魔法で見る。続けて「理力の手」で地下室の執務机にあるインク瓶の蓋をあけ、羽ペンでメモ用紙にミテルナ女史への指示を書き込む。もう1枚に救援要請の手紙を用意して、オレの印章で封蝋をする。印章と蝋燭は、そのままストレージに回収した。
ここで、直接言わなかったのは、黒幕に先手を取られない為だ。少し汚い字になってしまったが、充分判読できるはずだ。
「そうだ、ミテルナ。地下室の執務机のインク瓶の蓋を締め忘れたんだ。インクが乾く前に蓋を締めておいてくれないか?」
「畏まりました旦那様」
太守公館の用意した馬車で公館へ向かう。迷宮のアリサ達に、事情を説明してしばらく迷宮にいるように指示した。
◇
オレとルルが連れてこられた太守公館は、東門のすぐ傍にある大理石で出来た3階建ての大きな建物だ。
「ペンドラゴン卿、審議官を呼んでまいりますので、しばらく、この部屋でお待ちください」
高級官僚っぽい慇懃な青年が、案内してくれた先は、国賓向けの異様に立派な部屋だった。めったに来れない場所なので、「撮影」の魔法で調度品などの内装をいろいろと記録しておいた。
「ルル、肩の力を抜いて、ここに座りなよ。なかなかの座り心地だよ」
オレが腰掛けたソファーの後ろで立っていたルルを、オレの横に座らせる。部屋の隅に待機していた部屋付きのメイドさんに、2人分のお茶を頼んだ。
ルルの頭を優しく抱き寄せて、小声で心配が必要ない理由を囁く。ルルの顔が赤くなっていたので、メイドさんに勘ぐられる事はないだろう。砂糖でも吐きそうな表情を一瞬見せるあたり、メイドの修行が足りていないと思う。
ようやくルルが落ち着いた頃に、審議官とやらが到着した。しかも、こちらを威圧するつもりなのか、6人の重武装の騎士までいる。レベル20~30の手練だ。
「はじめまして、ペンドラゴン卿。私は審議官のヴィラス男爵だ。ああ、座ったままで結構。審議は直ぐ終わる」
審議官は、禿頭に薄い眉の男で、魔法生物ラカと同じ「看破」のスキルを持っている。確か嘘と本当を見分けるスキルだったはずだ。そういえば、この男爵とは初対面だ。あとは副太守の伯爵さんに会えば、迷宮都市の爵位持ち貴族はコンプだな。
「では、私がする質問に、『はい』か『いいえ』で答えてくれ。余計な補足や注釈は不要だ」
メガネを掛けていたらキランと光りそうな、キメ顔で審議官が注意する。
「審議官ヴィラスが問う。貴殿は魔人薬を自身に投与した事があるか?」
「ありません」
「審議官ヴィラスが問う。貴殿は魔人薬を他者に投与した事があるか?」
「ありません」
「審議官ヴィラスが問う。貴殿は魔人薬を他者に投与を指示した事があるか?」
「ありません」
長い。
1回に1つの質問しかしないのは、ごまかしが効かない様にするためだろう。
「審議官ヴィラスが問う。貴殿は魔人薬の作り方を知っているか?」
最後に来たヤバい質問は、答える必要がなかった。
◇
「ヴィラス卿! どういうおつもりですの? ペンドラゴン卿は、息子や国賓の王女を迷賊達から救い出してくれた。いわばセリビーラ市の恩人ですのよ。魔人薬などに関わっているなら、その手先になっていた迷賊を生かして地上に連れ帰るわけがないでしょう!」
部屋に入るなり長文の文句を言ってきたのは、アシネン侯爵夫人だ。後ろには侯爵本人もいる。虎の威を借るキツネバージョン2だ。今回はコネというよりはワイロパワーなのがアレだが、ちゃんと役に立っているから先行投資と思おう。
「妻の言う通りだ。誰の指示で、ペンドラゴン卿を連行してきたのかね?」
やはりオレを逮捕したのは、侯爵の指示じゃなかったのか。
「い、以前よりペンドラゴン卿とその家臣達の年齢に不釣合いな強さが、サロンでも話題になっていたので……」
「つまり、君はサロンの益体もない噂話に乗せられて、同じ貴族の一員である彼に、屈辱的な審議を受けさせたと言うのだね?」
「太守様、そ、それは誤解です――」
どうも、オレが侯爵夫人のお茶会に参加したのが目障りだった勢力がいるみたいだ。新参の挨拶と1回お茶会に参加しただけで目くじらを立てるとは、えらく狭量な人物がいたもんだ。
ヴィラス男爵を責める侯爵に便乗して質問した所、魔人薬の審議から始めて、関係ない事柄を問いかけて弱みを握るのが目的だと脂汗を流しながら白状してくれた。副太守の伯爵が彼を唆したのだそうだ。
ここまで不自然に白状してくれるのは、尋問スキルと脅迫スキルの効果かもしれない。両スキルは普段OFFにしておいた方がいいかな。
男爵と彼を炊きつけた副太守の処分は、侯爵が請け負ってくれた。侯爵夫人が後ろで満足そうにしているので、任せても大丈夫だろう。精々、厳重注意くらいだとは思うが、今後は気軽に手出しして来なくなるだろうから、それで充分だ。
アリサに事件解決を報告して心配を解いておく。
今回、侯爵夫人が都合よく乱入してくれたのは、地下室に残して来た指示メモをミテルナ女史がちゃんと確認して行動してくれたお陰だ。
オレが馬車で連れて行かれた後に、侯爵邸を訪れ、指示通りにオレの印章を押した手紙を届けてくれたからだ。普通なら下級貴族からの手紙なんて、後回しにされて終わりなのだが、以前菓子をバラ蒔いた甲斐があったのか、メイドから侍女へ、侍女から侯爵夫人へと話が伝わったお陰で、すぐに手紙を読んで貰えたらしい。後で、お菓子の詰め合わせを色々とプレゼントしないとね。
ミテルナ女史は馬車で来ていたので、ルルを乗せて先に帰ってもらった。オレも一緒に帰るつもりだったのだが、侯爵夫人に晩餐に誘われて断れなかったのだ。お互いに礼や侘びの言葉を交換した後に、晩餐となった。
晩餐の席ではやたらと王女に迷宮の話をせがまれたので、他の出席者の迷惑にならない範囲で簡素に答えておいた。ヘタに大げさに話して、またポッチャリ君や王女が迷宮に行きたがっても困るしね。
晩餐のメニューは、所謂コース料理で、魔物の食材を一切使っていないのは、侯爵家の料理人の拘りなのだろう。欲を言えば野菜が足りない。どの料理も美味しかったが、ビーフシチューが絶品だった。今度、この味を再現して皆に作ってやろう。
◇
屋敷まで馬車で送ってくれた侯爵家の御者に礼を言い屋敷に入る。出迎えに来てくれたミテルナ女史が、何かバスケットのようなものを御者に渡していた。甘い匂いがしたので、ルルが作った焼き菓子だろう。
ソファで寛ぎながら、マップを検索する。ソーケル卿は捕縛されたらしく、太守公館の一室に監禁されているようだ。ベッソは呆れた事に、まだ逃げおおせている。ベッソの相棒の男は、無事に探索者ギルドに保護されたらしく、西ギルドの地下牢にいる。
チェックを終えてマップを閉じると、皆に囲まれていた。
「大変だったみたいね」
「ああ、今晩はもっと大変だけどね」
「ほえ? 今日は寝かせないぞ、ってやつ?」
「はいはい、かわいいよアリサ」
茶化すアリサを適当に流す。
「ちょっと、迷賊が思ったよりも迷惑な存在だったんで、本格的に排除しようと思ってね。あと迷賊に捕まって、強制労働させられている運搬人や奴隷達がいるらしいから、纏めて救出して保護しようと思うんだ」
「てつだう~?」
「頑張るのです!」
「ん」
ヒザの上から見上げてくるタマの頭を撫でる。左右のポチとミーアが覗き込んでくるが、今回は手伝って貰う訳にはいかないんだよね。
しかし、自分でも結構無茶な事を言っている自信があるんだが、アリサすら突っ込みをいれて来ないのが少し寂しい。
「悪いけど、今回は留守番していて欲しい。ミーアはアイアリーゼさんが使っていたみたいな、擬似生命は作れるかい?」
「ん」
「監視に向いたヤツはある?」
「……■■ 玉羽」
いや、今すぐ使えとは言っていないんだが。
ミーアの呼びだしたのは、羽の生えた卵みたいなヤツだ。目が無いのに監視なんてできるのか? ミーアが薄い胸をポンと叩いて、大丈夫と請け負った。
「じゃあ、ミーアの玉羽で太守公館と西ギルドを監視して欲しい。騒ぎが起こったら、オレに遠話で連絡してくれ」
「ん」
「おっけー」
さて、安全な迷宮生活のために一働きしますか。
10-33.魔人薬(3)
※10/20 誤字修正しました。
サトゥーです。事前の準備というのは大切です。作業している間は面倒なものですが、ちゃんと準備しないと後で酷い目に遭うのです。失敗して学習するまでは、なかなか必要性が実感できないんですけどね。
◇
蔦の館で昼間作った人工皮膚のマスクを装着し、変装スキル全開で他人に化ける。更に、その上に目元を覆う黒いマスクを付けた。
ついで、交友欄のステータスを変更する。名前をクロ、レベル50、称号を賞金稼ぎに変え、スキルに射撃系、レア魔法、エルフ語、竜語と、サトゥーの控えめなステータスとは真逆にする。次回の変装時に間違わないように、メモ欄に各種ステータスを記録しておいた。ナナシでも良かったのだが、「サトゥーの居るところにナナシあり」となったら変装の意味が無いので、第三者に偽装する事にした。
「サトゥー様、その様な衣装で、何をされるのですか?」
「ちょっと迷賊退治にね。レリリル、悪いけど迷賊に捕まっている人達を一旦、ここに保護するけどいいかな?」
「できれば地上の館の方に、お願いしたいです。地下だと危険な機材が多いですから」
ああ、それは失念していた。
地上に帰還用の刻印板を設置しておく。
「では、行って来る。受け入れ準備を頼むぞ」
「はい、任されました!」
ああ、ハキハキ答えるレリリルに違和感が止まらない。
◇
最初に来た場所は、安全な17区画の別荘だ。
まずは、迷賊の捕縛準備と問題の畑の場所の特定だ。
迷宮内の迷賊を全てマーキングする。全部で300人程だ。9割ほどが「殺人」などの重犯罪を犯している。
続いて、ルダマンの話に出て来た畑を探す。区画毎に魔人薬の主材料になる破滅草と自滅茎を、検索してみる。自生している場所もあるようだが、明らかに人の手が入っていそうな密集して生えている場所や、その近辺に迷賊や運搬人がいる場所をピックアップする。全部で3箇所ほど。しかも、なかなか厄介な区画を経由しないとたどり着けない場所だ。
今度は、貴族や使用人が居ないか検索する。ジーナ嬢達、「月光」のパーティーや、3つほどの貴族のパーティーが検索にヒットした。位置的に見て、どのパーティーも白のようだ。泊りがけで狩りとか、なかなか気合が入っている。出会ったときにレベル6だったジーナ嬢も順調にレベルアップして、今ではレベル9だ。格上ばかりを相手にしているから効率が良かったのだろう。
次に迷賊の一時置き場を用意する。こんな夜中に連行したら迷惑だからね。
候補地は、第37区画の片隅にある広間だ。少し奥地だが植物系の魔物がいる区画なので、水場がある。区画内で湧穴が出来ない地形をしていて、出入り口が1箇所しかない場所があったので、そこを選んだ。
オレの基準で最短コースを調べる。途中2箇所ほど壁を破れば、20分ほどで到着できそうだ。
隠形と密偵スキルを頼りに、回廊の天井付近を天駆で飛行して行く。途中の探索者パーティー達は、誰も気づかなかったようだ。例え気が付かれても、新種の魔物とでも解釈してくれるだろう。
到着した広間は、天井から滴が落ちてくるやけに湿った場所だった。
シダ系の木が群生している。これも魔物の一種みたいだ。試しにストレージにあった蟻足を投げたら、シダの葉がチェーンソーの様に回転して切り裂いてしまった。ファンタジー枠なのかホラー枠なのか微妙な魔物だ。後で、葉っぱの仕組みを調べてみよう。
木々の間に見え隠れするのは、トリケラトプスにそっくりな魔物だ。オレンジ色で透明な角の先から、時折り紫電が漏れているので、普通の恐竜ではないだろう。こいつは、チェーンソーの様に回転する葉を意に介する事も無くボリボリと音を出して喰らっている。他には2メートルクラスのトンボの様な魔物がフラフラと飛んでいた。
まったく、どこの白亜紀世界だ。
気を取り直して掃除を始める。「自在剣」の魔法を使って強めの魔物をサクサクと排除する。放置すると臭いそうなので、「理力の手」で間髪入れずにストレージに回収した。
大物が大体片付いた所で、誘導矢で雑魚を一掃する。死体の回収は大物と同じだ。
10分ほどで、広間の魔物排除が完了した。
部屋の中央に、椀が沢山入った袋、虫系魔物の干し肉の入った壷を置く。この干し肉は、屋敷の子供達が調理の練習に作っていたものだ。試食した獣娘達が、一口でフォークを置くような凄い出来だ。明らかな失敗作なのだが捨てるのも勿体無いので、ストレージに収納してあった。せっかくなので捕縛した迷賊達に消費して貰おう。
次に、一つしかない入り口を、ストレージに収納してあった大岩で通路側から塞ぐ。それから、通路の途中に刻印板を設置する。さらに通路を進んで、ある程度の広さを確保してから、ストレージの中から土を出して土魔法の「石壁」で通路を塞ぐ硬い石の壁を作った。
これで即席の牢屋の完成だ。
◇
誘導気絶弾を始めとした一連の捕縛コンボを使って、迷賊達を捕まえていく。
「なんだキサマは! 俺様を誰だと思ってやがる!」
「はいはい、今度聞いてやるよ」
この集団の首領らしき迷賊の親玉を、誘導気絶弾の乱れ撃ちで倒す。その他の雑魚迷賊は、捕縛コンボで沈めた後だ。
ふむ、これで55人か。この拠点はこれで仕舞いかな。
捕縛した迷賊達を「理力の手」で持ち上げて、第37区画に転移する。そのまま通路を進み、通路と広間を遮る岩をストレージに仕舞って道を開く。
岩の前に居たらしき迷賊が倒れこんで来たので、新規の迷賊達を押し付けて部屋に戻した。中に収納し終わった所で、岩を再配置して通路を塞ぐ。岩の向こうで罵声が上がっているが、興味が無いので無視した。
しかし、少し失敗したかもしれない。迷賊にも女性がいるのを忘れていた。一緒に大部屋に拘置してもいいのだが、なんとなく気が引ける。しかたないので、通路にもう一枚扉を作る事で小部屋を作り、女迷賊はそこに監禁しておく事にする。広間と同じく、ここにも食料と塩、それに水の入った樽を2つ、さらに空壷と衝立を1つ用意しておいた。
先ほどの拠点に転移で戻り、今度は拉致されていた運搬人や奴隷を「理力の手」で持ち上げて蔦の館へと連れて行く。
「こ、ここは?」
「お姉ちゃん、星だ! 星が見えるよ」
「外? 本当に外なの?」
迎えに出ていたレリリルが、パンパンと手を打ち鳴らして注目を集める。
「静かにしなさい人の子達よ。ここは賢者様の住まう蔦の館。騒ぎ立てるようなら迷宮に送り返しますよ」
その脅しが効いたのか騒いでいた人達が静まる。
「代表者を1名出してくれ。ポリナ、代表者に色々と説明してやって欲しい」
「はい、クロ様」
ポリナは、最初に救出した運搬人達のリーダーだ。運搬人なのにレベル7もある。スキルは「運搬」「栽培」「採取」の3種類だ。
レリリルとポリナに後を任せて、再び先ほどの畑に向かう。別荘に設置した監視機構を簡素にした魔法道具を、畑の片隅に設置した。2メートルほどの棒の先に、髑髏が付いているような見た目だ。髑髏の部分に、監視機構と報知通信機構を搭載している。棒の中には、魔力を循環させるだけの魔法回路があり、満タンまで魔力を充填した状態で3日間可動できる。元々は別荘近辺の警戒用に作ったのだが、見た目が不評だったので死蔵する事になった品だ。
さらに残りの大規模迷賊のアジトを襲撃し、畑にいた運搬人達を救出する。これで、大きなところは完了だ。あとは、10箇所に分散する小規模迷賊のアジトを虱潰しに襲撃した。小規模なところほど、逃げるのが上手くて大変だった。
最後の迷賊を仮設牢屋に叩き込んで、一息吐く。
こいつらを西ギルドに突き出すのは、日が昇ってからでいいだろう。
◇
助け出した人達は、合計220人。その内110人が運搬人で、80人が奴隷、残り30人は意外な事に探索者だった。全員が女性だ。なんでも男性は捕まった時点で殺されるか、奴隷の様に働かされた後に特殊戦法の囮役として使われてしまうらしい。
彼女達の多くは足枷を付けられた状態で、栽培作業に従事させられていたそうだ。魔人薬の材料だけでなく、迷賊達が食べる農作物も栽培していたらしい。そのせいか、耕作や採取、調合などのスキルを持つ者がちらほらいた。
女探索者達はレベル5以下の者が多く、それ以上のレベルの者は迷賊に勧誘されて仲間になるか、殺されてしまうかの二択だったらしい。
レリリルは起きていたが、ポリナ達は疲れて眠ってしまったらしいので、今後の相談は夜が明けてからでいいだろう。
彼女らの人数が多すぎて館の部屋だけでは足りなかったので、玄関ホールや廊下まで寝床に提供しているらしい。
「さ、クロ様、実は食糧の備蓄が尽きました。菜園の方も『緑の手』の魔法で即席栽培するのもそろそろ限界なのです」
「ああ、すまない補充を忘れていたよ」
レリリルを連れて食糧庫に移動して、大量の食材を出してやる。迷賊のアジトで回収した物が殆どだが、ちゃんと小麦や芋、蛙肉、塩なども追加しておく。6千食分くらいはあるからしばらく保つだろう。体調の悪い者も、ちらほらと居たので、何種類かの薬品を出して渡して預けておいた。
「これは空間魔法ですか?」
「うん、そんな感じだよ」
時間は夜半過ぎ、朝までまだまだ時間があるので、レリリルを連れて地下の工房へ行く。アリサからの定時連絡が届き、眠そうな声で「異常な~し」と報告してきた。監視を交代しようかと提案したのだが、大丈夫と言っていたので、アリサとミーアが寝落ちして定時連絡が来なくなるまで頑張って貰おう。
ソーケル卿は、貴族といっても爵位さえ持っていない。オレの杞憂ならいいが、後ろに真の黒幕がいる気がする。もし、市内に黒幕がいるなら襲撃は今夜だろう。それも今ぐらいの時刻から未明にかけてが、一番可能性が高い。
一旦屋敷に帰る事も考えたが、地下工房で幾つかの準備を整えてから市街に向かう事にした。
10-34.魔人薬(4)
※10/19 一部加筆修正。
※2/11 誤字修正しました。
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。暗殺者と言えば毒がメインだった気がします。何時の頃からか、ワイヤーでの絞殺や長い針での急所攻撃とか、バリエーションが増えました。今は、どんな武器が暗殺界の流行なのでしょう。少し気になります。
◇
「ソーケルだな?」
「き、君達は何者だ?」
「ただの使い走りさ」
ソーケル卿が監禁されている太守公館に、侵入した賊の数は2人。どちらも顔をすっぽり隠す濃い茶色のマントを纏っている。その手には、怪しい輝きを放つ抜き身の剣が握られている。
「誰の?」
「殿下に決まっているだろう」
その問いかけで、ようやくオレの存在に気がついた賊が、慌てて剣を向けてくる。一人がオレを牽制している間に、もう一人がソーケル卿を抹殺する算段だったのだろう。不確定な言い方だったのは、手前の賊を蹴飛ばして、奥の賊にぶつけて止めた後だったからだ。少し強く蹴り過ぎたのか、男達が石壁に半ばめり込んでいる。もうちょっと強く押したら、向こう側の部屋に抜けそうだ。
「ごはっ、なんと重い蹴りだ」
「噂に聞くミスリルの探索者か」
「ハズレだ」
お前ら、実は余裕があるだろう?
普通なら気絶するはずの攻撃を受けても、男達は平気のようだ。咳き込む唾が赤い色をしている気がするが、立ち上がって武器を構える気概はあるらしい。
どちらもレベル30で、種族は「人族」、状態が「魔身付与」となっている。恐らく魔人薬を飲んでいる状態なんじゃないかと思う。
その証拠に男達は、呪文を唱えたわけでもないのに、体から紫電を漏らしたり、体の周りに炎を纏ったりしている。
「何者か知らヌが、その男と共にココで死んでもらうゾ」
「死への手向けに教えテやろう。我らは魔人。殿下の築ク新世界の守護者となるモノだ」
男達の言葉にヘンなアクセントが入る。一瞬見えたフードの下は、異形が隠れていた。顔の半分が亀の甲羅のようになっている者と両目が昆虫のように複眼になっている者だ。様々な亜人を見慣れた今でも、十分異形に見える。
異形でも種族が人族になっている事だし、不殺で行こう。せめて、それくらいの線引きをしておかないと、それこそオレ自身が魔王になってしまいそうだ。
オレの当身を受けて昏倒しないような頑丈な相手なので、誘導気絶弾では無く、普通の短気絶を打ち込む。最初は手加減して20発づつ。前に甲虫に撃った時は20発くらい耐えていたので、このぐらいから行こう。
1人目は魔法をモロに受けて、後ろの壁を突き破って隣の部屋に吹き飛んでいった。2人目は勘で数発かわしたようだが、残りの弾に追いつかれて不自然な姿勢で外壁にめり込んで止まった。ここの外壁は、なかなか丈夫みたいだ。
どちらも意識を失っていない。ブースト薬としては優秀なようだ。1回限りとかなら戦場で飲むやつも居そうだ。
どうしたものか……あっ、そうか。うっかりしていた。
試しに一人目で実験する。
成功だ。当身を受けて昏倒したまま起き上がってこない。
「き、貴様、何をした?」
「タネを敵にバラすわけないだろう?」
相手の攻撃を避けながら、「魔法破壊」で相手の強化状態を破壊し、続けて「魔力強奪」で根こそぎ魔力を奪う。武器に流していた魔力も、武器に手を添えて漏れなく頂いた。魔人薬がどんなに優れた魔法回路を使い手に与えるかは知らないが、燃料である魔力が切れたら働くはずもない。
最後に魔術的に丸裸になった相手を、当身で昏倒させて終了だ。レベル相応の頑強さは残っていたが、先ほどのような非常識なタフさは失われていた。
男達を魔封蔦で拘束する。これは、さっき工房で作ってきた棘蔦足の蔦から作ったもので、魔封じの鎖と同様の効果がある。いつもと違い、今回は製作者をナナシでは無く、クロにしてある。
太守公館の方は片付いたと、アリサに遠話で報告しておいた。
◇
ようやく騒ぎに気がついた太守公館の衛兵達が、この部屋に向かってくる足音が聞こえる。
『ごはっ』
『なんだ? ここに見えない壁があるぞ?』
『賊に魔法使いがいるんだ。お前達は別の階段を。お前は魔法使い殿を呼んで来い』
彼らには悪いがしばらく通路は封鎖だ。
「さて、ソーケル卿。命の恩人の質問に答えてくれるかな?」
「ああ、教える。教えるから、オレを安全な場所に保護してくれ」
「判った。お前が正直に答えるなら当面の安全を保障しよう」
必死な様子でオレに縋り付くソーケル卿に、黒幕の事を聞いてみた。
「殿下は、シガ王家の血族だ。成人したくらいの男性だと思う。会合には必ず認識阻害の覆面をしてくるので、正体は知らない」
「よく、そんな人間の命令で、魔人薬なんて危ない薬を作ったもんだ」
「彼の後見人がケルテン侯だからだよ。彼も顔を隠していたが、特徴的な喋り方ですぐ判った。八侯爵の一人、それも軍に絶大な影響力のあるケルテン侯が後ろにいるなら、協力すれば士爵、上手くすれば准男爵の位だって貰えるかもしれないって思ったんだよ」
それってクーデターフラグな気がするんだけど、次の王国会議は大丈夫か?
「実際は使い捨てだったと言うわけか」
「そうさ、笑ってくれ」
力なく自嘲するソーケル卿から、殿下の体型や喋り方など、認識阻害の覆面でも誤魔化せない幾つかの情報を聞き出す。やはり第三王子とは別口か。トルマメモを見る限りでは、第四王子が18歳、第五王子が14歳、王弟の第二子が15歳だから、この辺が怪しいといえば怪しい。認知されている庶出の王子はいないようだが、先王や王弟が色欲の強い人らしいので、その辺も加えると凄い数の候補が出てきそうだ。
さて、聞くだけ聞けたし、保護してやるか。
衛兵達が入れるように「理力壁」を解除してやる。
「キサマ! 何者だ」
「しばらく、ソーケル卿は保護させて貰う。そちらの男達は、殿下と呼ばれる黒幕が寄越した刺客だ。高レベルの上に魔人薬まで使用している。気絶していても油断するな。少なくとも下級魔族くらいの強さはあるぞ。迷宮都市なら高レベル犯罪者用の牢があるだろう? そこに拘留しておけ」
彼らの言葉を意図的に無視して、賊の目的などを一方的に伝える。口調もサトゥーの時とは変えて、すこし高圧的な物言いにした。
折角の変装なので、一応「クロ」と名乗っておく。
伝え終わった時点で、オレはソーケル卿を彼の座るベッドごと転移させた。行き先は迷宮の中だ。魔人薬の畑の中でも一番奥地にあった場所へ連れて行った。ここなら報知システムが複数あるしね。
「こ、ここは?」
「迷宮の中だ」
「何? わ、私を始末する気か?!」
「そんな気は無い。ここは安全地帯だ。湧穴も無いし、変な作物が植えられている以外は、魔物も人も来ない。匿うには最適な場所だ」
拉致されていた人々が暮らしていた長屋に連れて行く。迷宮内に雨は降らないが、たまに天井に見える根から水滴が落ちてくるので、屋根は必要なのだ。
比較的広い場所に、先ほどのベッドを置く。空間魔法がどうとか言っていたので、適当に肯定しておいた。日用品に食糧や水などを宝物庫から出して、部屋の隅にあったテーブルに積み上げた。あと、不要だとは思うが、安物のナイフとナタを置いておく。どれも、拉致された人たちが使っていた品だ。
一見至れり尽くせるに見えるが、自炊もできない貴族を一人では出れないような迷宮の奥地に置き去りにするなんて、鬼畜の処遇に思える。だが、迷賊達にこき使われていた人々の不安や辛さを、少しでも味わって欲しかったので監禁場所をここにした。
安全地帯とは告げてあるし、事実そうなのだが、ソーケル卿は小動物や小虫の揺らす草の音に怯え、魔物が突然襲ってくる恐怖に耐えて眠れぬ夜を過ごす事になるだろう。
「では、次は10日後くらいに食糧の補充に来る。節約して喰わないと、飢えても誰にも助けて貰えないから注意しろ」
何か抗議してくるソーケル卿を置き去りにして、蔦の館に帰還する。
◇
蔦の館に戻ったオレの視界に、遠くに立ち上る炎と煙が目に入った。
『こちらアリサちゃん、オーバー?』
アリサからの遠話が入ってきた。ようやく家電っぽく無くなったが、今度はトランシーバー風味だ。もう少し普通に話して欲しい。
「オレだ。炎なら見た。あれは西ギルドか?」
『うん、さっき太守公館を襲ったヤツと同じ服装の男達が、空から降ってきたの。背中に羽が生えてた』
「了解、急行してみる。太守公館の方も、引き続き監視を頼む」
『らじゃー』
天駆で迷宮都市の上空を飛ぶ。空からだと、ギルド会館の一角が燃えているのがわかる。ギルドの襲撃者のステータスを見て首を捻る。魔人薬を服用しているのはわかるが、スキル構成を見る限り、魔法使いでは無く暗殺者寄りだ。魔法も使えるみたいだが、風魔法なので、あの炎の原因がわからない。
地上から火炎が伸び上がる。
オレのスキルで強化された視界に、炎を避けて飛翔する焦げ茶衣装の男が見えた。
おいおい、あの炎ってギルド長の魔法か。自分の拠点を燃やしてどうする。どうして、こう火魔法使いは放火魔が多いんだ。
これ以上の延焼は避けたいので「誘導気絶弾」の魔法で、空を飛ぶ賊を地面に叩きつける。普通なら墜落死確定なんだが、本当に頑丈なヤツラだ。ギルド会館から出てきた大盾のジェル達、高レベル探索者達が、賊を捕縛している。
君達ちょっと行動が早い。
賊が魔人薬のもたらす怪力で、ジェル達を強引に投げ飛ばす。ヤツが再び空に舞おうとしたところに、ギルド長が放った「多段炎弾」の炎の弾丸が殺到した。賊は、周りの地面ごと無数の火炎弾丸に焼かれて地面を転げまわる。
さすが50レベル。当たれば凄い威力だ。
さらに「火炎地獄」を唱え出したので、介入する。さっきのもそうだけど、街中で使う魔法じゃないってば。
火を消し止めて立ち上がる賊の背中に、空から閃駆で着地する。少し勢いが付きすぎて相手の骨が何本か折れてしまった感触がした。幾ら丈夫な相手でも、これは少々やりすぎだったらしい。太守公館で捕まえた連中と同じく、強化魔法を解除して魔力を奪い取り、魔封蔦で縛り上げる。わずか数秒の簡単なお仕事だ。
「何ヤツ!」
「そんな事より、コイツを牢屋に入れて置け。迷賊とやらを退治しに来て見れば、おかしなヤツ等が跋扈しているようだな。さすがは迷宮都市といった所か」
呪文を中断して誰何してくるギルド長を適当に流し、縛り上げた賊を彼らの足元に放り投げた。そのまま空に舞い上がり、ストレージから海水を出して、燃えるギルド会館を消火する。概ね鎮火したのを確認して、蔦の館へと帰還した。
まったく、一番の被害を出したのが、ギルド長とか笑えないよ。アレで良く左遷されたりクビにならないもんだ。
※10/19 最後のあたりを少し修正しました。
262/413
10-35.選抜試験
※10/20 誤字修正しました。
サトゥーです。昨今のゲームでは、緊急クエストなる突発的に発生する期間限定クエストが、単調な作業になりがちなゲームにちょっとしたアクセントを与えてくれます。現実の緊急クエストは、単なる厄介ごとを押し付けられている気分になるのはどうしてなんでしょうね?
◇
魔人薬漬けの賊を退治してから3日が過ぎた。ベッソや魔人薬を所持していた探索者が、ギルドに捕縛されたものの、アレ以降は襲撃が起こっていない。
あの翌日、オレ達はギルド長からの依頼で、ルダマンのアジトや密造畑を調査に行ったのだが、そこは既に引き払われた後で無人の畑があるだけだった。無人にした本人が言うのだから間違い無い。同行していたギルド職員のお姉さんが、証拠品として破滅草と自滅茎を採取しただけで、迷宮都市へと引き返す事になった。
「それじゃあ、密造畑はもぬけの殻だったわけかい?」
「はい、食料品や日用品も無くなっていたので、別の場所に移動したのでしょう」
「隠し部屋なども探しましたが、士爵さまの言うように誰も残っていませんでした。畑に未収穫の破滅草と自滅茎が残っていたので、迷賊の黒幕が移動させたわけでは無く、自力で逃げ出したのでは無いでしょうか?」
ギルド長の部屋で、調査に同行していたギルド職員のお姉さんと結果を報告する。
「近くの通路なども魔法で探索させましたが、誰も見つかりませんでした」
「そうかい、ご苦労だったね」
「拉致されていた人達の探索に、また人を派遣されるのですか?」
「場所が場所だ。あんな奥地まで行って人を探す余裕のあるのは、赤鉄証の連中くらいだ。もし、自力で逃げ出したにしても、地上に戻る前に魔物に喰われて終わりだよ」
ギルド長は、彼らの救出というか探索を諦めつつあるようだ。
「案外、他の探索者に助けられて地上に向かっているのかもしれませんね」
「それならいいんだがね」
「私も可能性は低いと思いますが、無事地上に戻って元の平和な生活に戻って欲しいものです」
「調合や練成スキル持ちがいない事を祈るよ」
オレの言葉を適当に流しながらも、ギルド長がそう言葉を足した。
「何かマズいのですか?」
「ああ、マズい。練成スキルなんて持って居たら確実に魔人薬の作成に絡んでいただろうし、調合スキル持ちでも魔人薬の下準備に使われていたはずだ。こいつらは、魔人薬の製法を拡散させないためにも、奴隷にして確実に口外しない状態にしたあとに、王国の研究施設なんかで一生監禁される事になるだろうさ」
「他の栽培していた人間は、大丈夫なのですか?」
「ああ、破滅草はともかく自滅茎は、迷宮内でわりと見かけるから問題ないだろう」
ふむ、それなら調合スキル持ちの子達以外は、近いうちに解放できそうだ。
そこに職員さんが、控えめに口を挟んで来た。
「あの……よろしいですか?」
「なんだい? 言ってみな」
「ギルド長も士爵様も、お強いからそういう発想が出るのだと思いますが、普通に考えて、安全地帯から魔物の蠢く迷宮を突破しようなどとは考えません。一部にそういう者が居たとしても、大多数は食料の残りが限られているなどの理由が無ければ動かないでしょう。実際、畑には普通の作物も栽培されていましたから」
「つまり安全に移動できる隠しアジトが、近くにあるといいたいわけだね?」
「はい、士爵様の家臣のお嬢さんが使った魔法で、探知できないような隠し通路があるかもしれません」
「ならルダマンを拷問して吐かせてみるか」
この後、ルダマンがギルド長の拷問を受けたそうだが、殺していないらしいので気にせずにおこう。
◇
蔦の館に保護している女性達だが、「今すぐ解放すると迷賊を裏で操っていた黒幕に殺されてしまう可能性がある」からと言って説得し、滞在を承諾させている。不思議な事に、街に帰りたいと強く主張しているのは一握りで、他はさほど帰りたがっていないようだった。彼女達には10日ほど待って欲しいと伝えてある。それまでになんとかしよう。
今の所、彼女達が黒幕達に排除される可能性は薄いだろう。
ギルド長の話でも調合スキル持ちの者以外は、直ぐにでも解放できるだろう。ここが蔦の館だとバラしてしまっているので、調合スキル持ちの者以外を先に解放してやる事ができない。いっそ、王都や公都あたりの人口の多い場所か、ムーノ男爵領あたりの田舎に連れて行って別の名前と身分証明書を発行してやれば、なんとかなりそうだ。
少し、受け入れ先を探してみるか。
◇
「探索者になりたいかぁ~!?」
「「「おーっ!」」」
ミーアの拡声魔法に補助されたアリサの声が、迷宮都市の外壁に木霊する。ここは、迷宮都市を出たところにある仮設テントだ。
アリサの目の前には、探索者志願の運搬人達が100人近く集まっている。この中から麗しの翼のイルナとジェナの教え子が決まる。
男の子が70人に女の子が30人だ。この3日の間に、イルナとジェナが宣伝した話を聞いて集まった子供達だ。子供と言っても、下は10才から上は18歳まで幅広い。ボリュームゾーンは12~14歳くらいだ。
イルナが魔法に頼らず地声だけで、子供達に選抜について説明する。
「この中から15名を選抜する。まずは足の速い者を5名選ぶ。迷宮で足の速い者は、斥候として魔物を釣り出してくる重要な役割を担う。この笛の合図をしたら走り出せ。セリビーラの外壁を1周して先着5名を合格にする」
アリサの吹くピーッという笛の音に合わせて、子供達が駆け出した。足を引っ掛けられてこける者や、自分の足が絡まって転ぶ者など様々だ。共通しているのは、土埃に塗れながらも泣き出さずに、誰もが自力で立ち上がって走り出す所だ。実に逞しい。
途中で倒れる子供が居ないか、「遠見」の魔法で監視したが、貧血で倒れたりする子が2人ほどいただけだった。その子達は、馬に乗って巡回するナナとリザに、「遠話」の魔法で指示を出して回収させた。
なぜかポチとタマも一緒に走りだしていた。きっと釣られたのだろう。ポチがぶっちぎりの一位だった。タマが珍しくムキになって再戦を挑んでいる。
2人が走り終わって、かなり経ってから子供達の先頭が戻って来た。
「くそう、犬人族や猫人族の子供に負けるなんてっ。兎人族の名折れだ」
「まさか、ウササ以外に負けるなんて」
一番目と二番目に帰って来た2人が、ポチとタマを見て悔しがっている。ワンツーを決めた2人は、14歳の兎人族の少年と少女だ。この子達も3位以下を大きく引き離している。3人目が鼠人族、4人目と5人目が人族の少年達だった。
最初の試練で脱落したのは、10名。この10名は、仮設本部の傍で、ルルの指導で体力作りの為の体操の仕方を教わっている。
少しの休憩時間を挟んで、2つ目の試験だ。この休憩の間に水分補給と、カロリー補給に配った焼き菓子を食べさせておいた。空腹で途中で目を回されても困るからね。
「次は耐久走よ。セリビーラの外壁を5周して先着5名を合格にします。2周以上走った者には、お昼ご飯が待っているわよ。頑張りなさい」
「「「オウッ!」」」
なぜか、最初の時よりも力強い答えが返って来た。食事は最初から100人分用意しているから、今回の試験に参加したものには無条件で御飯を食べさせるつもりなんだけど、目の前のニンジンとして有効そうなので、口を出さなかった。だが、選抜メンバーに選ばれる可能性の低い先頭集団以外は、2周走った時点で走るのを止める者が多かった。
耐久マラソンも、やはり男の子が強く、男の子が3名と女の子が2名だった。今回は人族が強く、中でもロジーみたいな色黒の少年少女3人が特に強かった。このまま、何周でもいけそうな安定感をしていた。
食事休憩の後に、残りの5名を選ぶ。ちなみに食事のメニューは、跳ね芋と虫肉で作ったコロッケと、歩き豆と虫肉のスープだ。
今回の食事の準備には、ミテルナ女史やうちの屋敷の7人の見習いメイド達だけで無く、料理の出来る運搬人の女の子を5人ほど雇ってある。この5人は、ミテルナ女史に料理を仕込んでもらって、孤児や貧民街での炊き出し要員として長期雇用しようと企んでいる。14~18歳の地味な容姿の実直な子達だ。
「では、最後の試練よ。さっき配った小枝を剣を持つ様に構えなさい。そう、肘を伸ばして。その姿勢のまま、最後まで腕を下げなかった者を合格にします」
子供達から悲鳴が上がったが、最後の5名は根性のある者が選抜対象だ。迷宮に入る前の事前訓練に耐えられないようでは話にならない。
1時間で大多数が脱落したが、残り7人になってからは長く、3時間後に最後の1人が脱落して5人が決まった。
最終的に選抜されたのは、男の子が11人と女の子が4人だ。この子達は、イルナとジェナが10日間の地上での基礎訓練を指導した後に、5名ずつ3交代で迷宮に連れて行き、それぞれ述べ5日、合計15日で、7レベルくらいになるまで育てる予定だ。
イルナ達との契約は3ヶ月なので、今回の試験に落ちた者もまだ2回はチャンスがある。
「みんな、今日はありがとう! 試験は来月もやるから、今回不合格になった子達も諦めないで!」
アリサの閉会の言葉で、不合格になった子供達が、三々五々に西門の方へ帰っていく。参加賞代わりに、全員に焼き菓子を3枚づつ配ってある。これは今回参加しなかった子達への撒餌なのだそうだ。
◇
イルナとジェナが、合格した子供達に、今後の予定を伝えている。特に、教育中は3度の食事が御代わり自由と聞いて、歓声が上がっていた。
子供達の教練には、近所の空き地を借りてあるので、そちらで行う。
選抜メンバーに与える防具は、イルナとジェナが最初に使っていた蟻装備を与えるつもりだったのだが、アリサからの強い反対で中止になった。家臣として抱え込むならともかく、育成後は一般探索者として独り立ちさせるなら、チート装備はやめた方がいいと止められたのだ。
アリサだけで無く、イルナとジェナからも止められた。理由は少し違い、魔物の攻撃を受けても大丈夫な装備だと、攻撃を避ける事が疎かになるのだそうだ。それに多少の怪我をするくらいでないと、止血の仕方を実戦で学んだり、そういった道具の重要性が身につかないからとの事だった。
子供達に与える防具をイルナとジェナに相談した所、骨装備と呼ばれる物を勧められた。草を編んだジャケットやズボンに、ゴブリンの骨を編みこんだ装備だ。迷宮都市の探索者は、木片装備から始まって骨装備、虫殻装備、虫甲装備へと進むのが基本らしい。
武器は、ゴブリンの大腿骨を素材に使った棍棒を最初に使わせ、2回目から蟻爪の短槍を使わせる予定だそうだ。盾役に育てる者には、皮盾も与える予定らしい。この辺の装備は、職人街で見習い達が作ったものを、イルナとジェナ達が安く買い集めてきていた。作りの甘い所は、少し手を加えておいたので、低レベルな敵相手なら大怪我をする事もないだろう。
ちなみに2人の現在の装備は、蟷螂系の素材を使用したものだ。レベル15記念にプレゼントしたら、飛び上がって喜んでいた。なんでも、迷宮都市では、蟷螂装備はベテランの証なのだそうだ。前の蟻装備と見た目が変わっただけで、防御力の差は殆ど無いとかは言わないのが華だろう。
さて、次は、迷宮都市内で、定期的な炊き出しをするにあたって、太守婦人とギルド長に根回しと必要なら許可を発行して貰うとしよう。
10-35-2.酒宴とベリアの実[改稿版]
※6/21 誤字修正しました。
※6/22 改稿しました。
※6/22 改稿しました。
サトゥーです。昔は脱サラして喫茶店を開くのが流行っていたそうですが、最近ではスローライフを求めて、田舎の土地を買って農業を始めるのが流行っているみたいです。
◇
メリーアン嬢が迷惑を掛けたお詫びという名目で、デュケリ准男爵の屋敷に招かれた。
宴席にはオレだけで無く、彼が仕切っている迷宮都市内の魔法道具屋や薬屋の店主達も招かれているようだ。
宴席の前に応接間でドレス姿のメリーアン嬢から、迷惑を掛けた詫びの言葉と救出してもらった感謝の言葉を受けた。彼女は父親に内緒で剣術道場に通っていると囁きを残して部屋を退出して行った。
悪戯っ子のように微笑を浮かべていたのは、見間違いじゃないだろう。
◇
「迷宮都市で探索者をするなら顔繋ぎをしておいた方が良かろう」
彼はそう告げて、娘の恩人だと言って店主達にオレを紹介してくれた。
酒宴の席では、自然と迷宮都市での売れ筋商品や不足しがちな商品の話になった。特に回復薬が足りなくて、デュケリ准男爵が迷宮都市の商店を纏め上げ、太守を味方にして値段を吊り上げるまでは、品切れがあたりまえの状態だったらしい。
「しかも、この街で回復薬を作ろうと思ったら、商人達が近隣の街で仕入れた高い材料を買い込むか、あの荒地を掻き分けて狼の出る山まで薬草摘みに出るしかないんだ」
「採算度外視のギルドの魔法薬なんかと、張り合ってた頃は辛かったなぁ」
「あいつらは王都の価格で売りやがるからな」
「まったくだ、薬草の仕入れ易さが違うってんだ」
なるほど、買い手と売り手の意識の違いがあるのはあたりまえだけど、そんな事情があったとはね。全部、鵜呑みにするのはマズいけど、一方的に暴利を貪ってるわけじゃないのか。
「でも、品切れの頃は、探索者達は回復手段も無しに迷宮を攻略していたのですか?」
「いや、貧乏な探索者達は、ベリアの葉を摘んで持って行ってたよ」
「それは今も変わらんだろう」
ベリアというのは、迷宮都市の周囲の荒地に自生するサボテンモドキの事らしい。
確かに、街道沿いにもたくさん生えていた。
ベリアは、サボテンの実の周りにアロエのようなトゲトゲの肉厚の葉が生えた多肉植物で、実は食用、葉は止血や火傷の治療などに使えるらしい。
中央の実は、それなりに美味しいらしいが、「乞食殺し」という異名があり、食べ過ぎると脱水症状を起すまで下痢をするらしい。体力の無い子供やお年寄りの場合、そのまま死ぬ事もあるそうだ。
仕事にあぶれた運搬人達は、都市周辺で摘んだベリアの葉を迷宮門前で売って小銭をかせいで糊口を凌ぐらしい。門前の物売りは数が多いのでスルーしていたが、そんな物まで売っていたのか。今度、色々と注目してみよう。
「ベリアの葉から回復薬は作れないのですか?」
「大昔に賢者様が、ベリアの葉から魔法薬を作ったって伝説はあるんだが、失伝して久しいからな」
「今じゃ『ベリアの葉から作る回復薬』って言ったら、迷宮都市の詐欺師の常套句ってくらい誰も信じないシロモノさ」
賢者ってトラザユーヤの事かな?
ベリアで彼の資料を検索してみたけど、該当するのは無かった。
今度、エルフの里に行った時にでも、錬金術士のツトレイーヤ氏にベリアの葉から魔法薬を作るレシピが無いか聞いてみるか。
◇
後日、彼らの店を回った時に、秘蔵の品というものを色々と見せて貰う事ができた。
中でも蟻羽の銀剣というのが、人気の品らしい。銀剣というには灰色の剣だったが、迷宮都市で作られる魔物素材の魔剣の中では一番難易度の低い品だそうだ。迷宮蟻の羽から作る物でトラザユーヤの資料の中にもあったので一度作ってみよう。
一番期待していた魔法のスクロールは、シーメン子爵が一手に卸しているので公都以下のラインナップだった。
面白い事に、大抵の探索者達が持っている点火棒だが、近隣の伯爵領や小国では高値で売れるらしい。クズ魔核でも作れるので迷宮都市では半人前の職人によって量産されていて安いのだが、他の領地では他の魔法道具同様に一人前の職人がちゃんとした等級の魔核で作るから高くつくのだそうだ。
◇
ベリアの実とは関係ないが、侯爵夫人から都市外にある実験農場の再開発を依頼された。
先代の太守が小さな水源の傍に小麦の実験農場を作ったらしいのだが、実りが悪く放棄された場所らしい。
ちょうど、クロとして助けた奴隷の子達の就職先を探していたので、渡りに船とばかりに、その農場開発を承諾した。
農場跡に巣くっていた探索者崩れの盗賊達は、ポチとタマに蹂躙され犯罪奴隷として炭鉱へと連行されていった。
土地がやせていたので、ここでは傷薬用にベリアの実、食用に豆類とトマトを栽培して貰う事にしよう。特にトマトの量産に期待している。
◇
ベリアの実で作る回復薬だが、ツトレイーヤ氏に現物を見せて相談したところ、さらさらとレシピを書いて渡してくれた。エルフの里では有名なレシピだそうで、当たり前過ぎてトラザユーヤも資料に残していなかったらしい。
迷宮都市に戻って早速試作して養成所の生徒達に効果を確認して貰った。
特別効果が高いわけでもないので、公開しようか。
せっかくなので、レシピを書いた紙を宝箱に入れて、迷宮のあちこちに隠してみた。新米探索者たちへのちょっとしたサプライズだ。
レシピはナンバリングして複数のピースに分けて宝箱に入れてある。
サンプルのベリアの回復薬も一緒に入れてあるので、レシピが本物だと判るはずだ。
念の為、レシピを1セットだけでなく6セットほど用意しておいた。
5日後に最初の一枚が見つかってから、迷宮都市は、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。
もうしばらくすれば、低レベル層にも安価な回復薬が広まってくれるだろう。
そんな事を考えながら、迷宮都市の周辺に自生するベリアを楽しそうに刈る子供達を見守った。
◇
メリーアン嬢が迷惑を掛けたお詫びという名目で、デュケリ准男爵の屋敷に招かれた。
宴席にはオレだけで無く、彼が仕切っている迷宮都市内の魔法道具屋や薬屋の店主達も招かれているようだ。
宴席の前に応接間でドレス姿のメリーアン嬢から、迷惑を掛けた詫びの言葉と救出してもらった感謝の言葉を受けた。彼女は父親に内緒で剣術道場に通っていると囁きを残して部屋を退出して行った。
悪戯っ子のように微笑を浮かべていたのは、見間違いじゃないだろう。
◇
「迷宮都市で探索者をするなら顔繋ぎをしておいた方が良かろう」
彼はそう告げて、娘の恩人だと言って店主達にオレを紹介してくれた。
酒宴の席では、自然と迷宮都市での売れ筋商品や不足しがちな商品の話になった。特に回復薬が足りなくて、デュケリ准男爵が迷宮都市の商店を纏め上げ、太守を味方にして値段を吊り上げるまでは、品切れがあたりまえの状態だったらしい。
「しかも、この街で回復薬を作ろうと思ったら、商人達が近隣の街で仕入れた高い材料を買い込むか、あの荒地を掻き分けて狼の出る山まで薬草摘みに出るしかないんだ」
「採算度外視のギルドの魔法薬なんかと、張り合ってた頃は辛かったなぁ」
「あいつらは王都の価格で売りやがるからな」
「まったくだ、薬草の仕入れ易さが違うってんだ」
なるほど、買い手と売り手の意識の違いがあるのはあたりまえだけど、そんな事情があったとはね。全部、鵜呑みにするのはマズいけど、一方的に暴利を貪ってるわけじゃないのか。
「でも、品切れの頃は、探索者達は回復手段も無しに迷宮を攻略していたのですか?」
「いや、貧乏な探索者達は、ベリアの葉を摘んで持って行ってたよ」
「それは今も変わらんだろう」
ベリアというのは、迷宮都市の周囲の荒地に自生するサボテンモドキの事らしい。
確かに、街道沿いにもたくさん生えていた。
ベリアは、サボテンの実の周りにアロエのようなトゲトゲの肉厚の葉が生えた多肉植物で、実は食用、葉は止血や火傷の治療などに使えるらしい。
中央の実は、それなりに美味しいらしいが、「乞食殺し」という異名があり、食べ過ぎると脱水症状を起すまで下痢をするらしい。体力の無い子供やお年寄りの場合、そのまま死ぬ事もあるそうだ。
仕事にあぶれた運搬人達は、都市周辺で摘んだベリアの葉を迷宮門前で売って小銭をかせいで糊口を凌ぐらしい。門前の物売りは数が多いのでスルーしていたが、そんな物まで売っていたのか。今度、色々と注目してみよう。
「ベリアの葉から回復薬は作れないのですか?」
「大昔に賢者様が、ベリアの葉から魔法薬を作ったって伝説はあるんだが、失伝して久しいからな」
「今じゃ『ベリアの葉から作る回復薬』って言ったら、迷宮都市の詐欺師の常套句ってくらい誰も信じないシロモノさ」
賢者ってトラザユーヤの事かな?
ベリアで彼の資料を検索してみたけど、該当するのは無かった。
今度、エルフの里に行った時にでも、錬金術士のツトレイーヤ氏にベリアの葉から魔法薬を作るレシピが無いか聞いてみるか。
◇
後日、彼らの店を回った時に、秘蔵の品というものを色々と見せて貰う事ができた。
中でも蟻羽の銀剣というのが、人気の品らしい。銀剣というには灰色の剣だったが、迷宮都市で作られる魔物素材の魔剣の中では一番難易度の低い品だそうだ。迷宮蟻の羽から作る物でトラザユーヤの資料の中にもあったので一度作ってみよう。
一番期待していた魔法のスクロールは、シーメン子爵が一手に卸しているので公都以下のラインナップだった。
面白い事に、大抵の探索者達が持っている点火棒だが、近隣の伯爵領や小国では高値で売れるらしい。クズ魔核でも作れるので迷宮都市では半人前の職人によって量産されていて安いのだが、他の領地では他の魔法道具同様に一人前の職人がちゃんとした等級の魔核で作るから高くつくのだそうだ。
◇
ベリアの実とは関係ないが、侯爵夫人から都市外にある実験農場の再開発を依頼された。
先代の太守が小さな水源の傍に小麦の実験農場を作ったらしいのだが、実りが悪く放棄された場所らしい。
ちょうど、クロとして助けた奴隷の子達の就職先を探していたので、渡りに船とばかりに、その農場開発を承諾した。
農場跡に巣くっていた探索者崩れの盗賊達は、ポチとタマに蹂躙され犯罪奴隷として炭鉱へと連行されていった。
土地がやせていたので、ここでは傷薬用にベリアの実、食用に豆類とトマトを栽培して貰う事にしよう。特にトマトの量産に期待している。
◇
ベリアの実で作る回復薬だが、ツトレイーヤ氏に現物を見せて相談したところ、さらさらとレシピを書いて渡してくれた。エルフの里では有名なレシピだそうで、当たり前過ぎてトラザユーヤも資料に残していなかったらしい。
迷宮都市に戻って早速試作して養成所の生徒達に効果を確認して貰った。
特別効果が高いわけでもないので、公開しようか。
せっかくなので、レシピを書いた紙を宝箱に入れて、迷宮のあちこちに隠してみた。新米探索者たちへのちょっとしたサプライズだ。
レシピはナンバリングして複数のピースに分けて宝箱に入れてある。
サンプルのベリアの回復薬も一緒に入れてあるので、レシピが本物だと判るはずだ。
念の為、レシピを1セットだけでなく6セットほど用意しておいた。
5日後に最初の一枚が見つかってから、迷宮都市は、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。
もうしばらくすれば、低レベル層にも安価な回復薬が広まってくれるだろう。
そんな事を考えながら、迷宮都市の周辺に自生するベリアを楽しそうに刈る子供達を見守った。
※6/21 割り込み投稿しました。
話の順番的に矛盾するので、最後の方のピザやオムライスを振舞う話を削りました。
話の順番的に矛盾するので、最後の方のピザやオムライスを振舞う話を削りました。
10-36.黒衣の男
※10/27 誤字修正しました。
サトゥーです。大きな作業を行う場合は、するべき事をリストアップして、優先順位を付けていくと捗ります。優先順位を付ける時に、依存性を考慮に入れ忘れると破綻するので注意が必要です。工程Aの完成度チェックをする作業が、工程Aの作成より前にあっても意味がありませんからね。
◇
「如何ですかな? 奴隷商館は王都に数あれど、これほどの品揃えを誇るのは、我がオリエルド商会のみでございます」
商人の合図で部屋に入ってきたのは10人ほどの美女や美少女達だ。全員、丈の短い薄物を1枚羽織っているだけなので、なかなか眼福だ。
オレは計画に必要な、とあるスキルを持つ人材を手に入れる為に、王都まで足を運んだ。
「オリエルド殿、我は知識奴隷を買いに来たといったはずだが?」
「ええ、もちろん、そうですとも。この娘達はいずれも、文字の読み書きができますし、それ以外のお努めも、しっかり教育してあります」
娘達のスキルをもう一度、確認する。シガ王国語のスキルがあるのは、セルシォークの元貴族の娘達だけなので、スキルでは判断できない。セルシォークという国はたしかメネア王女の元婚約者がいた国で、鼬人族に滅ぼされたはずだ。
順番にチェックし、目的のスキルを持つ娘がこの中にいるのを確認する。
奴隷商人が娘達のスキルやアピールポイントを順番に説明するのを、気だるそうなポーズで聞く。
「右から2番目と3番目、それから左端の娘、そうだなそっちの赤毛の娘も残せ」
「はい、畏まりました」
10分ほど掛けて説明が終わったところで、目的の娘とダミーの3人を残して退出させる。ダミーに元貴族の娘達と生活魔法が使える娘を残した。
奴隷商人が合図すると、娘達は纏っていた薄物を脱いで床に落とす。
いや、眼福だけど、そういうサービスは求めてないから。
「それぞれの値は幾らだ」
「はい、この元公爵令嬢が金貨300枚となります。小国とはいえ王家の血を継いでおり、スキルも礼儀作法だけでなくシガ王国語と詩吟を持つ優秀な娘です」
何処と無く気が強そうな娘だ。色白で胸は普通だが、腰はなかなか安産型だ。金髪の豪奢な巻き毛が、色っぽく体に纏わりついている。17歳。レベル4だ。
「こちらの元伯爵令嬢が金貨200枚となります。さきほどの娘よりも血筋では劣りますが、従順で体つきも立派なので色々とお役に立つでしょう」
こちらの気弱そうな娘は、Dカップ近い立派なサイズの胸をしており、やはり色白だ。銀色の柔らかそうなストレートロングの髪型をしている。瞳はきれいな青色だ。スキルは礼儀作法とシガ王国語の2つ。16歳。レベル3だ。
ここまでは前座、次が本命だ。
「これは元々レッセウ伯爵のお城で、紋章官をしていた娘です。レッセウ伯に無礼を働いたとかで、奴隷落ちしております。やや体つきが幼いですが、この氷のような透き通った美貌は、将来化けること請け合いです。スキルは紋章学に命名と地味ですが、文字の読み書きは勿論、書類整理にも長けているので、きっと商人殿のお役に立つことでしょう。値段は少々安めで金貨30枚となっております」
この人生を諦めきったような死んだ魚の目の娘が、この商館にわざわざ足を運んだ理由だ。迷賊に捕まっていた調合スキル持ちの娘達の名前を変えさせて、他の都市に潜伏させようと考えた訳だ。
容姿は、奴隷商人が褒めるだけあって、なかなかの美少女だ。系統は違うが、アリサやミーア並みの美少女と言えるだろう。胸は薄いが、Aカップ程度はある。髪は薄い金色だ。薄い唇と焦点の緩んだアイスブルーの瞳が、少女の生気のなさを助長している。名前はティファリーザ。15歳。レベル5だ。称号は「オリエルドの奴隷」となっているが、隠し称号に「慇懃無礼」「無礼者」などがある。
この称号を見ると、別の命名スキル持ちを探した方が良い気がして来る。
「こちらは呪い士の娘で、先ほどの元紋章官と同じくレッセウ伯のお城で、貴族様方にお仕えしていた者なのですが、やはり粗相があったそうで、奴隷に落とされております」
「ふむ、生活魔法が使えるのなら高いのだろう?」
「いえ、そこは金貨50枚程度に抑えさせて頂いております」
「ふむ、連続で何回ほど魔法が使えるのだ?」
「2回ほどと聞き及んでいます」
この娘は、生活魔法が使えるがレベルが2しかない。おそらくギフトで得たのだろう。先の三人に比べると、劣るが十分かわいいと評していいレベルの容姿をしている。赤毛に焦げ茶色の瞳をした16歳の娘だ。名前はネル。背はオレと同じくらい、胸のサイズはルルと同じくらいのようだ。やや、腰周りが細い気がする。
「紋章官と呪い士、2人で金貨30枚なら買おう。没落貴族の娘は、容姿や血筋はなかなかだが、身の回りの世話をする者が必要になるようなら、不要だな」
2人の相場の合計が金貨48枚ほどだったので、少し安めに値切ったのだが、奴隷商人は、そのままの値段で交渉が成立した。そのまま「契約」スキル持ちの担当者がやって来て、奴隷売買が完了する。2人の称号が、ちゃんと「クロの奴隷」になっているのを確認した。
帰りにすれ違った奴隷を見て、奴隷商人に一杯食わされたような気になった。その奴隷は、命名スキルを持ち、相場は僅か金貨2枚しかしなかった。この奴隷商館には、3人の命名スキル持ちがいたのを知っていたのに、少し失敗した気分だ。
一方で、生活魔法が使える奴隷は、ネルとさほど値段が変わらなかったので、魔法使いは容姿では無く能力で判定されるのだろう。
「それではクロ様、奴隷がご入用の際には、ぜひ当商館へおいでください」
「ああ、その時は真っ先に寄らせてもらうよ」
揉み手をしながら見送る奴隷商人に社交辞令を返し、店の前に手配させておいた辻馬車に乗り込んで宿に向かった。
◇
宿の部屋に入り、宝物庫から、ワンピースとサンダルを取り出してベッドに置く。衣擦れの音に気がついて後ろを振り返った。
なぜ、君達は服を脱いでいる?
まあ、いいか。この子達の裸なら、さっきの奴隷商館でも見たしね。生活魔法で洗わせる必要が無い程度には清潔だ。
「こちらの服に着替えろ。この宿はすぐに引き払う」
「承知しました」
「はい」
女の子が服を着替えるのをまじまじと見るのも何なので、宿を引き払う旨を記した手紙を書いて、テーブルの上に置く。もちろん、宿代は先払いしてある。
着替えの終わった2人を連れて、2つの中継地点を経由して蔦の館の地下室へと転移した。途中の中継地点は、閃駆で王都に向かった時に、だいたい300キロ毎に設置してある。勿論、王都の近くにも転移用のポイントは作っておいた。
王都ではクーデターは発生していない。未然に防いだのか、そもそもクーデターが起こるかもしれないという考え自体が杞憂だったのかは判らない。念のため魔人薬のある場所を調べたが、普通に軍施設の薬品庫の中だったので、ただの備品の可能性がある。
太守やギルド長から報告が届いているはずなので、わざわざオレが出しゃばる必要はないだろう。
◇
「転移魔法……無詠唱……、ご主人様は、サガ帝国の勇者様なのですか?」
「違う。我が無詠唱を使える事を他言する事を禁ずる。これは命令だ」
承諾の返事を返す2人の首から、隷属の首輪を外す。2人は犯罪奴隷という扱いだったので、隷属の首輪を付けていた。
「え? どうして外れたっすか?」
「そんな、高位の魔法使いでも、専用の鍵なしには儀式が必要なのに……」
驚く2人を連れて、応接間に行く。
「クロ様、お帰りなさいませです。その者達が例の人材ですか?」
「そうだ」
「クロ様、お帰りなさいませ」
「ポリナ、調合スキル持ちの5人以外を中庭に集めろ。レリリルは、館内に残っている娘達がいないかチェックしろ」
ポリナの差し出すお茶を受け取りながら、指示を出す。奴隷2人は、この場でお茶を飲んで待機しているように命令して、オレも中庭に向かった。
◇
「探索者達よ、集合しろ。お前達が、迷宮内の安全を保つのだ」
そう宣言して、武装した47人の探索者達を連れて迷宮に転移する。もちろん、長杖を持って、ダミーの詠唱まで付けた。
「ここは、第一区画だ。魔物はまず出ないが、迷宮出口への大階段とここの間の護送を頼む。隊長には第一陣の護送を頼んだ」
「あいよ、クロ様。ちゃんと迷賊達の所から逃げ出してきたって言うよ」
その言い訳に信憑性を持たせる為に、この2日間ほど入浴をさせていない。彼女達、探索者の装備は、迷賊たちから取り上げた物だ。比較的程度の良い蟻鎧や骨鎧を与えてある。隊長には、面倒な任務を頼む代わりに、特別に蟻羽の銀剣という魔法剣を与えた。これは蟻の羽をベースに作る武器で、レシピ通りの加工をする事で、透き通った銀色の剣になる。魔力を通していない状態では、鉄剣よりやや脆いが、切れ味の鋭い魔法の武器となる。トラザユーヤの資料にあったもので、迷宮都市では、それなりにメジャーな魔剣らしい。大体、金貨30枚くらいの品だ。ナナシで作ったので、作者名は鋳造魔剣同様に空欄になっている。
鋳造魔剣よりコストが安いが、作成に手間が掛かるので、頼まれない限り二度と作る事はないだろう。
続けて87人の運搬人達を2回に分けて転移する。最後に主人が生存している23人の奴隷達を転移した。彼らには個別に護衛を付けて5つのグループにして、迷宮を脱出させた。
迷宮経由で解放した者達には、当座の生活資金として、大銅貨5枚ずつを与えてある。少し少ない気もするが、ポリナに言わせると与えすぎらしいので、それ以上与えるのは止めておいた。
さて、蔦の館には、調合スキルを持つ5人を除いて、3人の探索者と55人の奴隷が残っている。
残った奴隷達は、主人無し状態になっているので、主人になって欲しいと頼まれている。独り立ちできそうな職人系のスキル持ちは解放して、残りの者は何か手に職を付けさせてから解放しようと思う。
探索者で残ったのは、シガ王国の貴族や他国の貴族だった娘達だ。迷賊の所から脱出したという噂が立つくらいなら、死んだほうがマシだと泣き叫ぶので仕方なく置いてある。
さて、次のステップに進もうか。
◇
「如何ですかな? 奴隷商館は王都に数あれど、これほどの品揃えを誇るのは、我がオリエルド商会のみでございます」
商人の合図で部屋に入ってきたのは10人ほどの美女や美少女達だ。全員、丈の短い薄物を1枚羽織っているだけなので、なかなか眼福だ。
オレは計画に必要な、とあるスキルを持つ人材を手に入れる為に、王都まで足を運んだ。
「オリエルド殿、我は知識奴隷を買いに来たといったはずだが?」
「ええ、もちろん、そうですとも。この娘達はいずれも、文字の読み書きができますし、それ以外のお努めも、しっかり教育してあります」
娘達のスキルをもう一度、確認する。シガ王国語のスキルがあるのは、セルシォークの元貴族の娘達だけなので、スキルでは判断できない。セルシォークという国はたしかメネア王女の元婚約者がいた国で、鼬人族に滅ぼされたはずだ。
順番にチェックし、目的のスキルを持つ娘がこの中にいるのを確認する。
奴隷商人が娘達のスキルやアピールポイントを順番に説明するのを、気だるそうなポーズで聞く。
「右から2番目と3番目、それから左端の娘、そうだなそっちの赤毛の娘も残せ」
「はい、畏まりました」
10分ほど掛けて説明が終わったところで、目的の娘とダミーの3人を残して退出させる。ダミーに元貴族の娘達と生活魔法が使える娘を残した。
奴隷商人が合図すると、娘達は纏っていた薄物を脱いで床に落とす。
いや、眼福だけど、そういうサービスは求めてないから。
「それぞれの値は幾らだ」
「はい、この元公爵令嬢が金貨300枚となります。小国とはいえ王家の血を継いでおり、スキルも礼儀作法だけでなくシガ王国語と詩吟を持つ優秀な娘です」
何処と無く気が強そうな娘だ。色白で胸は普通だが、腰はなかなか安産型だ。金髪の豪奢な巻き毛が、色っぽく体に纏わりついている。17歳。レベル4だ。
「こちらの元伯爵令嬢が金貨200枚となります。さきほどの娘よりも血筋では劣りますが、従順で体つきも立派なので色々とお役に立つでしょう」
こちらの気弱そうな娘は、Dカップ近い立派なサイズの胸をしており、やはり色白だ。銀色の柔らかそうなストレートロングの髪型をしている。瞳はきれいな青色だ。スキルは礼儀作法とシガ王国語の2つ。16歳。レベル3だ。
ここまでは前座、次が本命だ。
「これは元々レッセウ伯爵のお城で、紋章官をしていた娘です。レッセウ伯に無礼を働いたとかで、奴隷落ちしております。やや体つきが幼いですが、この氷のような透き通った美貌は、将来化けること請け合いです。スキルは紋章学に命名と地味ですが、文字の読み書きは勿論、書類整理にも長けているので、きっと商人殿のお役に立つことでしょう。値段は少々安めで金貨30枚となっております」
この人生を諦めきったような死んだ魚の目の娘が、この商館にわざわざ足を運んだ理由だ。迷賊に捕まっていた調合スキル持ちの娘達の名前を変えさせて、他の都市に潜伏させようと考えた訳だ。
容姿は、奴隷商人が褒めるだけあって、なかなかの美少女だ。系統は違うが、アリサやミーア並みの美少女と言えるだろう。胸は薄いが、Aカップ程度はある。髪は薄い金色だ。薄い唇と焦点の緩んだアイスブルーの瞳が、少女の生気のなさを助長している。名前はティファリーザ。15歳。レベル5だ。称号は「オリエルドの奴隷」となっているが、隠し称号に「慇懃無礼」「無礼者」などがある。
この称号を見ると、別の命名スキル持ちを探した方が良い気がして来る。
「こちらは呪い士の娘で、先ほどの元紋章官と同じくレッセウ伯のお城で、貴族様方にお仕えしていた者なのですが、やはり粗相があったそうで、奴隷に落とされております」
「ふむ、生活魔法が使えるのなら高いのだろう?」
「いえ、そこは金貨50枚程度に抑えさせて頂いております」
「ふむ、連続で何回ほど魔法が使えるのだ?」
「2回ほどと聞き及んでいます」
この娘は、生活魔法が使えるがレベルが2しかない。おそらくギフトで得たのだろう。先の三人に比べると、劣るが十分かわいいと評していいレベルの容姿をしている。赤毛に焦げ茶色の瞳をした16歳の娘だ。名前はネル。背はオレと同じくらい、胸のサイズはルルと同じくらいのようだ。やや、腰周りが細い気がする。
「紋章官と呪い士、2人で金貨30枚なら買おう。没落貴族の娘は、容姿や血筋はなかなかだが、身の回りの世話をする者が必要になるようなら、不要だな」
2人の相場の合計が金貨48枚ほどだったので、少し安めに値切ったのだが、奴隷商人は、そのままの値段で交渉が成立した。そのまま「契約」スキル持ちの担当者がやって来て、奴隷売買が完了する。2人の称号が、ちゃんと「クロの奴隷」になっているのを確認した。
帰りにすれ違った奴隷を見て、奴隷商人に一杯食わされたような気になった。その奴隷は、命名スキルを持ち、相場は僅か金貨2枚しかしなかった。この奴隷商館には、3人の命名スキル持ちがいたのを知っていたのに、少し失敗した気分だ。
一方で、生活魔法が使える奴隷は、ネルとさほど値段が変わらなかったので、魔法使いは容姿では無く能力で判定されるのだろう。
「それではクロ様、奴隷がご入用の際には、ぜひ当商館へおいでください」
「ああ、その時は真っ先に寄らせてもらうよ」
揉み手をしながら見送る奴隷商人に社交辞令を返し、店の前に手配させておいた辻馬車に乗り込んで宿に向かった。
◇
宿の部屋に入り、宝物庫から、ワンピースとサンダルを取り出してベッドに置く。衣擦れの音に気がついて後ろを振り返った。
なぜ、君達は服を脱いでいる?
まあ、いいか。この子達の裸なら、さっきの奴隷商館でも見たしね。生活魔法で洗わせる必要が無い程度には清潔だ。
「こちらの服に着替えろ。この宿はすぐに引き払う」
「承知しました」
「はい」
女の子が服を着替えるのをまじまじと見るのも何なので、宿を引き払う旨を記した手紙を書いて、テーブルの上に置く。もちろん、宿代は先払いしてある。
着替えの終わった2人を連れて、2つの中継地点を経由して蔦の館の地下室へと転移した。途中の中継地点は、閃駆で王都に向かった時に、だいたい300キロ毎に設置してある。勿論、王都の近くにも転移用のポイントは作っておいた。
王都ではクーデターは発生していない。未然に防いだのか、そもそもクーデターが起こるかもしれないという考え自体が杞憂だったのかは判らない。念のため魔人薬のある場所を調べたが、普通に軍施設の薬品庫の中だったので、ただの備品の可能性がある。
太守やギルド長から報告が届いているはずなので、わざわざオレが出しゃばる必要はないだろう。
◇
「転移魔法……無詠唱……、ご主人様は、サガ帝国の勇者様なのですか?」
「違う。我が無詠唱を使える事を他言する事を禁ずる。これは命令だ」
承諾の返事を返す2人の首から、隷属の首輪を外す。2人は犯罪奴隷という扱いだったので、隷属の首輪を付けていた。
「え? どうして外れたっすか?」
「そんな、高位の魔法使いでも、専用の鍵なしには儀式が必要なのに……」
驚く2人を連れて、応接間に行く。
「クロ様、お帰りなさいませです。その者達が例の人材ですか?」
「そうだ」
「クロ様、お帰りなさいませ」
「ポリナ、調合スキル持ちの5人以外を中庭に集めろ。レリリルは、館内に残っている娘達がいないかチェックしろ」
ポリナの差し出すお茶を受け取りながら、指示を出す。奴隷2人は、この場でお茶を飲んで待機しているように命令して、オレも中庭に向かった。
◇
「探索者達よ、集合しろ。お前達が、迷宮内の安全を保つのだ」
そう宣言して、武装した47人の探索者達を連れて迷宮に転移する。もちろん、長杖を持って、ダミーの詠唱まで付けた。
「ここは、第一区画だ。魔物はまず出ないが、迷宮出口への大階段とここの間の護送を頼む。隊長には第一陣の護送を頼んだ」
「あいよ、クロ様。ちゃんと迷賊達の所から逃げ出してきたって言うよ」
その言い訳に信憑性を持たせる為に、この2日間ほど入浴をさせていない。彼女達、探索者の装備は、迷賊たちから取り上げた物だ。比較的程度の良い蟻鎧や骨鎧を与えてある。隊長には、面倒な任務を頼む代わりに、特別に蟻羽の銀剣という魔法剣を与えた。これは蟻の羽をベースに作る武器で、レシピ通りの加工をする事で、透き通った銀色の剣になる。魔力を通していない状態では、鉄剣よりやや脆いが、切れ味の鋭い魔法の武器となる。トラザユーヤの資料にあったもので、迷宮都市では、それなりにメジャーな魔剣らしい。大体、金貨30枚くらいの品だ。ナナシで作ったので、作者名は鋳造魔剣同様に空欄になっている。
鋳造魔剣よりコストが安いが、作成に手間が掛かるので、頼まれない限り二度と作る事はないだろう。
続けて87人の運搬人達を2回に分けて転移する。最後に主人が生存している23人の奴隷達を転移した。彼らには個別に護衛を付けて5つのグループにして、迷宮を脱出させた。
迷宮経由で解放した者達には、当座の生活資金として、大銅貨5枚ずつを与えてある。少し少ない気もするが、ポリナに言わせると与えすぎらしいので、それ以上与えるのは止めておいた。
さて、蔦の館には、調合スキルを持つ5人を除いて、3人の探索者と55人の奴隷が残っている。
残った奴隷達は、主人無し状態になっているので、主人になって欲しいと頼まれている。独り立ちできそうな職人系のスキル持ちは解放して、残りの者は何か手に職を付けさせてから解放しようと思う。
探索者で残ったのは、シガ王国の貴族や他国の貴族だった娘達だ。迷賊の所から脱出したという噂が立つくらいなら、死んだほうがマシだと泣き叫ぶので仕方なく置いてある。
さて、次のステップに進もうか。
※活動報告に詳細を記載していますが、次回は10/27(日)更新予定です。
10-37.黒衣の男(2)
※10/27 誤字修正しました。
サトゥーです。太古の通信手段といえば、狼煙や伝書鳩でしょうか? 早馬や飛脚なんかもありますが、ネットやメールのような即時性は望むべくもありません。異世界には魔法がありますが、通信手段はさほど普及していないようです。
◇
調合人の娘達を連れて応接間に行く。
「もう一度確認する。名前を変えて別人として生きてゆく覚悟はできたのか?」
「「「はい、お願いします」」」
5人の娘達が異口同音に承諾の言葉を返してきた。
「ティファリーザ、この5人に新しい名前を付ける。順番に、アン、ベス、クリス、デビー、エミリーだ」
ABCDEの順番に付けたのは秘密だ。
3人目の名前を付けたあたりで、ティファリーザが魔力切れを起こしたので、「魔力譲渡」の魔法で補充した。
名前を付けた5人を、迷宮都市に一番近いフルサウ市に用意した隠れ家に連れて行く。元奴隷のクリスとエミリーは、一旦奴隷にした後に開放するという面倒な手順を踏んでから自由民にする必要がある。フルサウ市の奴隷商人の所で手続きを済ませてから、他のアン、ベス、デビーの3人と一緒に身分証を発行して貰った。身分証を発行して貰う時に、少し渋られたが衛兵に銀貨を握らせて事なきを得た。
「では、この表に書いてある通りの品を作成してくれ」
「はい、クロ様」
文字の読めるベスとクリスにレシピの束を渡す。彼女達には、この隠れ家と当面の生活費を提供する代わりに、作成が面倒な中間素材の作成を頼んである。元奴隷のエミリーは剣スキルを持っていたので、護身用に鉄剣を1本渡しておいた。
◇
次にフルサウ市の向こうにある分岐都市ケルトンの隠れ家まで、奴隷達を連れて行く。そこそこ広い邸宅だが、さすがに55人は入りきらないので20人ずつだ。無詠唱をごまかすのが面倒だったので、目隠しと耳栓をさせて転移した。
一番小さな奴隷商館を訪れる。奴隷達は隠れ家に待たせたままだ。
「誰かいないか!」
「そんな大声出さなくても聞こえるぜ。こちとら耳はいいんだ」
「頼みがある」
「おう任せときな。金髪巨乳でも銀髪幼女でも好みのタイプを仕入れてきてやるぜ。変わった嗜好があるなら先に言っておけよ。ちゃんと仕込んでやるからなっ」
計算尺を出しながら、楽しそうに売込みをかけて来る草臥れた中年奴隷商人に、待ったをかける。
「主人を失った55人の奴隷達がいる。彼女達の主人を我に『契約』させる事、そして25人をその後に奴隷の身分から解放する事、その2点の作業を依頼したい。それらの手続きに必要な諸経費込みで、金貨20枚の報酬でどうだ?」
「引き受けたっ! やるやる、そんな美味しい仕事を他人に任せられるかってんだ」
「よかろう、では、ついて来い」
留守番を奉公人の少年に任せて、余所行きの外套を着て奴隷商人が店から出てくる。辻馬車に彼を乗せて、隠れ家に連れて行く。良くある陰謀物のように、奴隷商人氏には目隠しをして貰った。別にバレても問題ないんだが、変に吹聴されても良い事はないからね。
15人ほどの契約で奴隷商人が魔力切れを起こすので、魔力回復薬を飲ませて休み休み作業を続けさせた。休憩毎に、契約の終わった奴隷を蔦の館へ連れて戻り、新しい奴隷を連れて来る。
奴隷商人も訝しそうだったが、目の前の金貨に負けて無粋な質問はして来なかった。守銭奴万歳だ。
帰りも目隠しをして、奴隷商館まで送り届け、約束の金貨20枚と、ボーナス代わりのフルサウ市で買った高級シガ酒をプレゼントした。なぜか、酒を受け取った奴隷商人の顔が引きつっていた。よっぽど疲れたのだろう。旨い酒でも飲んで、いい夢を見て欲しい。
◇
さて、解放奴隷達の扱いだが、彼らは生産系のスキル持ちなので、市内の空き地に長屋兼工房を建てて生活させようと思っている。土地の買い付けと仮設長屋の建設手配は、救出した探索者達と一緒に外に出たポリナに依頼してある。長屋が出来るまでは、探索者用の木賃宿で寝泊りさせる手はずだ。
また、主人持ちの奴隷23人の内、18人が出戻ってきている。迷宮から救出した奴隷は、元の主人に優先権があるのだが、迷宮で救出した奴隷は連れ出した探索者に、謝礼という名目で新規購入と同等額を支払う必要がある。出戻りの18人は、主人がその謝礼を拒んだという話だった。現在は、ポリナを仮の主人として登録させてある。
出戻りおよび未解放の奴隷達は、職人長屋で見習いとして働かせるか、迷宮で探索者をさせる予定だ。どちらを選ぶかは、本人の希望を聞いて決めようと思っている。
後日、建築された生産長屋が、オレがサトゥーとして探索者育成に使っている空き地の近くだったのは、単なる偶然だ。
◇
迷宮に入るために必要な木証を手に入れに、東ギルドに向かう。
「ギルド登録を頼みたい。普通登録でいい」
「は、はい。申し訳ありませんが、その仮面をお取り願えますか? それとお名前をお願いします」
「ああ、すまない。名前はクロだ」
オレは目元を隠していた黒いマスクを外して名乗る。
声は変声スキルで、渋めの声に変更してある。声優の日取川ミカル氏の声をイメージしてみた。
「これが木証になります――」
「説明は不要だ」
マニュアル通りの説明をしようとする女性職員を遮って、木証を片手にギルドを後にした。
東西のギルドを結ぶ馬車が来ていたので、新人探索者らしき少年達の後ろに乗り込む。オレの装備が珍しいのか、しきりに後ろを振り向く少年を、もう一人が窘めている。ベテラン風の中年探索者3人が乗り込んできて、定員になった馬車が発車する。
「よう、兄ちゃん、その武器は、銃じゃないのか?」
「よく知っているな。そうだ、マスケット銃という先込め式の古い銃だ」
「やっぱり、そうか。地元の守護様の館で見た事があったんだよ」
シガ王国での銃は最新武器では無く、どちらかというと何百年か前に廃れた古い道具という扱いだ。命中精度が低かったのと、硫黄の入手が難しかったのが理由らしい。オレの持っている魔法短銃のような、魔法道具としての銃も出回っていたらしいのだが、火杖や雷杖と呼ばれる軍用の魔法道具の方が人気が高かったため、そちらも廃れたらしい。
「そんな骨董品で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
撃つ予定も無いからね。探索者の数だけ種類があるせいか、中年探索者達もそれ以上は詮索してこなかった。さっきから、後ろをチラチラ振り返る少年だけがやや不快だ。言いたい事があるなら、さっさと言えばいいのに。
「何か用か?」
「なあなあ、一人だったらオレ達と一緒に迷宮に入らないか? オレ達も今日登録したばかりなんだ」
なんだ、仲間に誘いたかったのか。
「すまん。折角の誘いだが、迷宮前で待ち合わせをしているのだ」
「そっか、残念だ」
「だから、やめとけって言っただろ」
用事が無ければ同行しても良かったのだが、今回は迷賊の運搬作業があるから無理なんだ。
「おいおい、今日は迷宮前が賑やかじゃないか?」
「ああ、あんなに若い娘達ばかりが集まるなんて、中層から赤鉄の連中が戻ってきたんじゃないか? あの数だと『紅の貴公子』目当ての娘達だろう」
「あやかりたいね~」
高レベルの探索者が少ないと思ったら、中層を攻めていたのか。娘達の一人がオレに気が付き、仲間達に知らせる。
「クロ様!」
「お待ちしてましたクロ様」
同乗していた少年達が「え? クロ様って? え?」と妙にキョドっている。そういえば、落ち着きの無い彼の名前は「ケロゥー」だった。ちょっと似ているね。
口々に出迎えの声を掛けて来る娘達は、言うまでも無く解放した探索者達だ。馬車の周りに人が集まって動けなくなったので、途中で降ろしてもらって、皆を引き連れて迷宮へ向かう。
「クロ様、総勢47名。準備万端でお待ちしていました」
蟻羽の銀剣を下げた隊長さんが、横に並ぶ。47人とか、まるで赤穂浪士みたいだ。前回の転移ポイントまで団体で移動して、彼女達を残して迷賊を運搬しに転移した。
◇
「ひゃっはー! おまえら、今だ、全員で掛かれば勝てるぞ!」
「「「うぉおおおお!」」」
迷賊達の数が10人ほど減っている。どうやら、頭目争いがあったらしい。幾らなんでも血の気が多すぎるだろう。面倒がらずに、複数の牢屋を用意するんだった。
武器を取り上げた後だったからか、スリングもどきを作って投石してきたり、何かの骨と石で作った即席の石斧で襲い掛かって来た。
その発想と努力を真っ当な方面で活かせよ。
意外に正確に飛んでくる石を、迷賊達もろとも「誘導気絶弾」の三連射で排除する。一人あたり3発ほど当てたので、当分起き上がれないだろう。これで第二陣を連れに来る時は、静かにしていてくれると面倒が無くていいのだが。
同じ迷賊に殺されてしまった元頭目2人を含む10体の死体を、さきほど襲撃に参加しなかった迷賊達に布を渡して簀巻きにさせる。
気絶した迷賊達を、10人単位で縛って連結させ、女探索者達の待つ第一区画に転移させる。迷賊達を起こして地上へ連行させる役目は、女探索者達に任せた。起こす時に、やや乱暴な行いがあったようだが、境遇を考えれば殺さない程度なら黙認しようと思う。
魔剣で魔力を回復させながら、ピストン輸送を続け死体を含む262名の迷賊の男女を運搬した。殺人などの重犯罪を犯していない38名は、仮設牢屋に残してある。今連れて行くと、他の迷賊達と十把一絡げに扱われそうだったからだ。
後日、ソーケル卿を王国に突き出す時にでも、一緒に連れて行こう。
時間ができるたびに加筆していたら、いつもの2倍強に膨れ上がったので2話に分割しました。
10-38.黒衣の男(3)
※10/30 誤字修正しました。
サトゥーです。偽名というと怪盗や詐欺師など、犯罪者が持つものという印象があります。真っ当に生きていたら、偽名なんて使う機会はないからかもしれない。ペンネームやハンドルネームも偽名の一種と言えるのに、受ける印象は大きく違いますね。
◇
「クロ様、迷賊262名を探索者ギルドまで連行しました。ギルド長がお呼びです」
「そうか、すぐ行く」
隊長さんの報告に頷きながら、オレは死の通路を迷宮都市に向けて進む。隊長さんは、スミナという名前の27歳の女性だ。赤毛のライオンヘアで、太い眉に厚い唇をした迫力のある肉食系の女性だ。美人とは言えないが、不思議な魅力のある人だ。
彼女と連れ立って、西ギルドのギルド長の部屋に行く。オレの顔を見るなり、ギルド長の指示で隊長さんは部屋の外に追い出された。
「やっぱり、アンタか」
「ふん、あの放火魔老女が、ギルド長だったとはな。もう少し場所を考えた魔法を使いたまえ」
「余計なお世話だよ」
オレは、クロとして尊大な口調で、ギルド長と話す。
「アンタ、ソーケルのヤツを脱獄させたらしいじゃないか。ギルド長としてはここでアンタを、捕縛するべきだと思うんだけど、どうだい?」
「くだらない腹の探り合いは結構だ。ヤツなら安全な場所に保護している。尋問したいならさせてやるし、暗殺者や身内からの毒殺を防げる安全な場所をギルドが用意できるのならば、身柄を引き渡そう」
ギルド長は、オレに負けじと偉そうな態度で脅迫してくる。正直な所、ソーケル卿を保護しているのは、顔見知りを無意味に死なせたくないという理由だけだ。ギルド長が責任を持つなら喜んで押し付けよう。
「アンタの後ろに居るのは誰なんだい?」
「天空の剣の主だ」
「ほう、答えるとは思わなかったよ。まさか、後ろにいるのが王家とはね」
いや、ナナシの部下だと言いたかったんだが、ヘンな風に解釈したようだ。
「それで、迷宮の魔人薬の畑は全部抑えたのかい?」
「ああ、ヤツラを釣り出す餌にしようと考えて、畑を焼いたりはしていないが、密造畑で働いていた者達は全員解放した」
「やっぱり、あの連中を助け出したのはアンタかい。練成持ちや調合持ちがいなかったみたいだが?」
「練成持ちは居なかった。調合持ちは然るべき場所に移送済みだ」
ギルド長はオレの回答に満足したようだ。どう誤解したかは予想できるが、訂正する気はない。
「それで、アンタはしばらく迷宮都市に滞在するのかい?」
「いや、元々は知り合いから迷賊なる輩を退治してくれ、と頼まれたから寄っただけだ。近い内にまた来るつもりだが、当分の間は王都にいるつもりだ」
「そうかい。迷宮資源大臣としちゃ、勲章の一つもやりたい所だね」
「不要だ」
そう告げて、ギルド長の部屋を出る。部屋の外で心配そうにしていた隊長さんに、心配不要と告げてギルドの会計に寄って賞金を受け取る。金貨400枚近くになった。ルダマン並みのヤツが2人いたそうだ。
隊長さん達に金貨1枚ずつを配って、解散を指示する。用地買取などを頼んでいたポリナに、その代金を渡して決済を依頼した。
◇
「ティファリーザ、オレに新しい名前を付けろ」
「はい、どのようなお名前をお付けしますか?」
感情の読めない静謐な眼差しで聞いてくる彼女に、適当な地球の偉人の名前を挙げて付けさせる。
「ご主人さま、名前を幾つも付けても最後の名前以外は意味が無いのですが、それでも構いませんか?」
「ああ、構わない」
コクリと頷くと、落ち着いた静かな声で命名の呪文を唱える。
「■■ 命名。『トリスメギストス』」
詳細は忘れたが、トリスメギストスは有名な錬金術師の名前だったはずだ。
命名を終えたティファリーザが、怪訝な顔で首を傾げている。
「ご主人さま、申し訳ありません。先ほどの命名は失敗したかもしれません」
特に落ち込んだ様子も無く淡々と告げる彼女の言葉を確かめるために、メニューを開く。確かに、交友欄の名前はクロのままだ。念の為、交友欄やステータス欄の名前の選択肢を確認すると、「トリスメギストス」の名前がちゃんと増えていた。
「力のある者に名付けられた名前は、後から上書きできない場合があるのです」
そんな事をしらないティファリーザが、命名が失敗する条件を補足してくれる。クロの名前を付けたのが、黒竜ヘイロンだから仕方ない。
「失敗しても構わないから、次の名前を命名しろ」
「はい、そう仰るのであれば……」
若干不服そうな棘が言葉に乗ったが、すぐに淡々とした調子に戻って機械的に命名を続ける。途中に何度か、魔力譲渡で魔力を補充しながら、10種類ほどの名前を付けさせた。
さて、ティファリーザとネルの今後だが――
「2人とも何かしたい事はあるか?」
「叶うならば、故郷の両親の安否が知りたいです」
そういえば、彼女達の故郷は魔族に滅ぼされたんだっけ。
「良かろう、レッセウ伯爵領には転移が出来ぬが、調べてきてやろう」
ティファリーザから、両親の名前とレベルやスキルなどの特徴を聞く。両親も彼女と同時期に奴隷に落とされたそうだ。ネルは、親兄弟と死別した後らしく、特に故郷に思いいれは無い様だった。
「ネルは望みが無いのか?」
「そうっすね。いい加減、生殺しが続いているので、早く抱いて欲しいっす」
アリサと同じ肉食系女子か。
「なんだ、欲求不満か?」
「ち、違うッすよ? こちとら正真正銘の生娘っすから」
「2、3年したら解放してやるから、それまで大事に取って置け」
何時、主人から体を求められるか判らないのが、不安だったらしい。
無理に散らす事もないよね。わざわざ言葉にして主張する気は無いが、女が抱きたいなら娼館へ行くよ。
「解放ですか? 確かわたし達2人で金貨30枚近い金額だったはずです。それほど高価だった奴隷を解放するなんて、聞いた事もありません」
「確かに、50、60過ぎの年老いた奴隷が解放されるという話は聞いた事があるっすけど。あれは、どっちかって言うと、捨てられるって表現がぴったりっすから」
そんなに珍しいのか? セーリュー市で奴隷商人の青年も、そんな事を言っていた気もする。
ネルもティファリーザも特にやりたい事はないそうだ。強いて挙げるなら仕事を与えて欲しいと言われた。
「まあ、やりたい事が出来たら言って来い。それまでは、この本で魔術の勉強をしろ。ティファリーザ、判らない所はネルに教えて貰え」
「はい、ご主人さま」
「わかったっす。ティファさんを一人前の呪い士にしてみせるっすよ!」
うむ、いい返事だ。
ネルには、術理魔法と水魔法、土魔法の入門書を、ティファリーザには生活魔法の魔法書を渡してある。上手くティファリーザが魔法を覚えられれば御の字だが、そこまで期待している訳では無い。いずれ、ヒマが出来たら彼女達を連れてパワーレベリングしてみるつもりなので、その為の布石だ。
さて、さっそく講義を始めたネルを置いて、俺はフルサウ市の郊外に転移する。
◇
そこから閃駆で空を飛びレッセウ伯爵領に向かった。
途中の山中で、王国軍を蹴散らしているドラゴンっぽい魔物を見かけた。
彩土竜という巨大な魔物だ。ドラゴンから羽を取ってシッポを二股に割り、頭に極彩色の襟巻きを付けたような姿だ。レベルは47もあるので、なかなか強敵みたいだ。
街道を封鎖している竜っていうのは、アレの事なんだろうか?
仕事を横取りするようで悪いが、紫髪のナナシスタイルに変身して、遠くからクラウソラスで始末した。これで、街道の封鎖がとけるといいのだが。
途中に何箇所か、転移用の刻印板を設置する。レッセウ伯爵領の手前にあるゼッツ伯爵領の都市近郊にも、刻印板を設置しておいた。ゼッツ伯爵領の都市で意外な人物を見かけたが、サトゥーとして会いに行くわけにもいかないので、次の機会を待つとしよう。その内に迷宮都市か王都で、会えるだろう。
その日の内にたどり着いたレッセウ伯爵領だが、残念ながらティファリーザの両親らしき人物は居なかった。もちろんマップで検索したので間違いは無い。念の為、隣接する3つの伯爵領と2つの隣国でも検索したが、該当者は居なかった。
少し気が重いが、探索を終了し迷宮都市へと帰還した。
事実を告げられたティファリーザは、一言「ありがとうございました」とだけ呟いて寝室へと消えた。今日は好きなだけ泣かせてやろう。
ティファリーザのフォローは、ネルとレリリルに任せて、オレは屋敷へと戻った。
◇
「おかり~」
地下室の扉を開けて出て来たオレを、タマが見つけて出迎えてくれる。少し遅れてポチも駆け寄って来た。
「今日はラザニアとグラタンでチーズ祭りなのです!」
ほう、それは楽しみだ。
体をよじ登ってくるタマが落ちないように手で支えながら、ポチを腕にぶら下がらせてやる。
「おかえり」
「あら、おかえりなさい。見てたわよ~ ご主人様らしくない派手な事をしたわね」
「ただいま。あれくらい派手にしたら、誰もオレを連想しないだろう?」
リビングで寛いでいたミーアとアリサの横に腰掛ける。ミーアがオレの膝にダイブする前に、タマが素早く肩車の姿勢からオレの首に手をかけてクルリンと膝に着地した。ポチがタマに代わって、よじよじと肩車ポジションに移動している。
「むぅ」
「よやくずみ~?」
そんな予約は受け付けていないよ。
「今日ので大体は片付いたの?」
「大体はね。ソーケル卿の後ろにいる黒幕退治と、蔦の館に残っている奴隷達の自活手段を確保するのが残っているくらいかな?」
前者は王国側になんとかして欲しい所だけど、王国会議くらいまでに片付いていないようなら遠慮なく介入させて貰おう。
食堂で、ルルの作った熱々のラザニアを食べながら、子供達の訓練の見学に行っていたリザから報告を受けた。
「なかなか跳ねっ返りが多いようで、イルナとジェナの2人も苦労しているようでした。今日から子供達と一緒に、訓練場に天幕を張って寝起きするそうです」
「なるほど、晩酌用に妖精葡萄酒でも差し入れてやるか」
屋敷のメイド見習いの子供達も、ミテルナ女史にみっちりと仕込まれているらしい。休憩時間にルル達が、学習カードや魔力コマなどで文字や魔法道具操作を教えていたと楽しそうに報告してくれた。
さて、明日からは、久々に皆を連れて迷宮でのレベル上げをしよう。
◇
「クロ様、迷賊262名を探索者ギルドまで連行しました。ギルド長がお呼びです」
「そうか、すぐ行く」
隊長さんの報告に頷きながら、オレは死の通路を迷宮都市に向けて進む。隊長さんは、スミナという名前の27歳の女性だ。赤毛のライオンヘアで、太い眉に厚い唇をした迫力のある肉食系の女性だ。美人とは言えないが、不思議な魅力のある人だ。
彼女と連れ立って、西ギルドのギルド長の部屋に行く。オレの顔を見るなり、ギルド長の指示で隊長さんは部屋の外に追い出された。
「やっぱり、アンタか」
「ふん、あの放火魔老女が、ギルド長だったとはな。もう少し場所を考えた魔法を使いたまえ」
「余計なお世話だよ」
オレは、クロとして尊大な口調で、ギルド長と話す。
「アンタ、ソーケルのヤツを脱獄させたらしいじゃないか。ギルド長としてはここでアンタを、捕縛するべきだと思うんだけど、どうだい?」
「くだらない腹の探り合いは結構だ。ヤツなら安全な場所に保護している。尋問したいならさせてやるし、暗殺者や身内からの毒殺を防げる安全な場所をギルドが用意できるのならば、身柄を引き渡そう」
ギルド長は、オレに負けじと偉そうな態度で脅迫してくる。正直な所、ソーケル卿を保護しているのは、顔見知りを無意味に死なせたくないという理由だけだ。ギルド長が責任を持つなら喜んで押し付けよう。
「アンタの後ろに居るのは誰なんだい?」
「天空の剣の主だ」
「ほう、答えるとは思わなかったよ。まさか、後ろにいるのが王家とはね」
いや、ナナシの部下だと言いたかったんだが、ヘンな風に解釈したようだ。
「それで、迷宮の魔人薬の畑は全部抑えたのかい?」
「ああ、ヤツラを釣り出す餌にしようと考えて、畑を焼いたりはしていないが、密造畑で働いていた者達は全員解放した」
「やっぱり、あの連中を助け出したのはアンタかい。練成持ちや調合持ちがいなかったみたいだが?」
「練成持ちは居なかった。調合持ちは然るべき場所に移送済みだ」
ギルド長はオレの回答に満足したようだ。どう誤解したかは予想できるが、訂正する気はない。
「それで、アンタはしばらく迷宮都市に滞在するのかい?」
「いや、元々は知り合いから迷賊なる輩を退治してくれ、と頼まれたから寄っただけだ。近い内にまた来るつもりだが、当分の間は王都にいるつもりだ」
「そうかい。迷宮資源大臣としちゃ、勲章の一つもやりたい所だね」
「不要だ」
そう告げて、ギルド長の部屋を出る。部屋の外で心配そうにしていた隊長さんに、心配不要と告げてギルドの会計に寄って賞金を受け取る。金貨400枚近くになった。ルダマン並みのヤツが2人いたそうだ。
隊長さん達に金貨1枚ずつを配って、解散を指示する。用地買取などを頼んでいたポリナに、その代金を渡して決済を依頼した。
◇
「ティファリーザ、オレに新しい名前を付けろ」
「はい、どのようなお名前をお付けしますか?」
感情の読めない静謐な眼差しで聞いてくる彼女に、適当な地球の偉人の名前を挙げて付けさせる。
「ご主人さま、名前を幾つも付けても最後の名前以外は意味が無いのですが、それでも構いませんか?」
「ああ、構わない」
コクリと頷くと、落ち着いた静かな声で命名の呪文を唱える。
「■■ 命名。『トリスメギストス』」
詳細は忘れたが、トリスメギストスは有名な錬金術師の名前だったはずだ。
命名を終えたティファリーザが、怪訝な顔で首を傾げている。
「ご主人さま、申し訳ありません。先ほどの命名は失敗したかもしれません」
特に落ち込んだ様子も無く淡々と告げる彼女の言葉を確かめるために、メニューを開く。確かに、交友欄の名前はクロのままだ。念の為、交友欄やステータス欄の名前の選択肢を確認すると、「トリスメギストス」の名前がちゃんと増えていた。
「力のある者に名付けられた名前は、後から上書きできない場合があるのです」
そんな事をしらないティファリーザが、命名が失敗する条件を補足してくれる。クロの名前を付けたのが、黒竜ヘイロンだから仕方ない。
「失敗しても構わないから、次の名前を命名しろ」
「はい、そう仰るのであれば……」
若干不服そうな棘が言葉に乗ったが、すぐに淡々とした調子に戻って機械的に命名を続ける。途中に何度か、魔力譲渡で魔力を補充しながら、10種類ほどの名前を付けさせた。
さて、ティファリーザとネルの今後だが――
「2人とも何かしたい事はあるか?」
「叶うならば、故郷の両親の安否が知りたいです」
そういえば、彼女達の故郷は魔族に滅ぼされたんだっけ。
「良かろう、レッセウ伯爵領には転移が出来ぬが、調べてきてやろう」
ティファリーザから、両親の名前とレベルやスキルなどの特徴を聞く。両親も彼女と同時期に奴隷に落とされたそうだ。ネルは、親兄弟と死別した後らしく、特に故郷に思いいれは無い様だった。
「ネルは望みが無いのか?」
「そうっすね。いい加減、生殺しが続いているので、早く抱いて欲しいっす」
アリサと同じ肉食系女子か。
「なんだ、欲求不満か?」
「ち、違うッすよ? こちとら正真正銘の生娘っすから」
「2、3年したら解放してやるから、それまで大事に取って置け」
何時、主人から体を求められるか判らないのが、不安だったらしい。
無理に散らす事もないよね。わざわざ言葉にして主張する気は無いが、女が抱きたいなら娼館へ行くよ。
「解放ですか? 確かわたし達2人で金貨30枚近い金額だったはずです。それほど高価だった奴隷を解放するなんて、聞いた事もありません」
「確かに、50、60過ぎの年老いた奴隷が解放されるという話は聞いた事があるっすけど。あれは、どっちかって言うと、捨てられるって表現がぴったりっすから」
そんなに珍しいのか? セーリュー市で奴隷商人の青年も、そんな事を言っていた気もする。
ネルもティファリーザも特にやりたい事はないそうだ。強いて挙げるなら仕事を与えて欲しいと言われた。
「まあ、やりたい事が出来たら言って来い。それまでは、この本で魔術の勉強をしろ。ティファリーザ、判らない所はネルに教えて貰え」
「はい、ご主人さま」
「わかったっす。ティファさんを一人前の呪い士にしてみせるっすよ!」
うむ、いい返事だ。
ネルには、術理魔法と水魔法、土魔法の入門書を、ティファリーザには生活魔法の魔法書を渡してある。上手くティファリーザが魔法を覚えられれば御の字だが、そこまで期待している訳では無い。いずれ、ヒマが出来たら彼女達を連れてパワーレベリングしてみるつもりなので、その為の布石だ。
さて、さっそく講義を始めたネルを置いて、俺はフルサウ市の郊外に転移する。
◇
そこから閃駆で空を飛びレッセウ伯爵領に向かった。
途中の山中で、王国軍を蹴散らしているドラゴンっぽい魔物を見かけた。
彩土竜という巨大な魔物だ。ドラゴンから羽を取ってシッポを二股に割り、頭に極彩色の襟巻きを付けたような姿だ。レベルは47もあるので、なかなか強敵みたいだ。
街道を封鎖している竜っていうのは、アレの事なんだろうか?
仕事を横取りするようで悪いが、紫髪のナナシスタイルに変身して、遠くからクラウソラスで始末した。これで、街道の封鎖がとけるといいのだが。
途中に何箇所か、転移用の刻印板を設置する。レッセウ伯爵領の手前にあるゼッツ伯爵領の都市近郊にも、刻印板を設置しておいた。ゼッツ伯爵領の都市で意外な人物を見かけたが、サトゥーとして会いに行くわけにもいかないので、次の機会を待つとしよう。その内に迷宮都市か王都で、会えるだろう。
その日の内にたどり着いたレッセウ伯爵領だが、残念ながらティファリーザの両親らしき人物は居なかった。もちろんマップで検索したので間違いは無い。念の為、隣接する3つの伯爵領と2つの隣国でも検索したが、該当者は居なかった。
少し気が重いが、探索を終了し迷宮都市へと帰還した。
事実を告げられたティファリーザは、一言「ありがとうございました」とだけ呟いて寝室へと消えた。今日は好きなだけ泣かせてやろう。
ティファリーザのフォローは、ネルとレリリルに任せて、オレは屋敷へと戻った。
◇
「おかり~」
地下室の扉を開けて出て来たオレを、タマが見つけて出迎えてくれる。少し遅れてポチも駆け寄って来た。
「今日はラザニアとグラタンでチーズ祭りなのです!」
ほう、それは楽しみだ。
体をよじ登ってくるタマが落ちないように手で支えながら、ポチを腕にぶら下がらせてやる。
「おかえり」
「あら、おかえりなさい。見てたわよ~ ご主人様らしくない派手な事をしたわね」
「ただいま。あれくらい派手にしたら、誰もオレを連想しないだろう?」
リビングで寛いでいたミーアとアリサの横に腰掛ける。ミーアがオレの膝にダイブする前に、タマが素早く肩車の姿勢からオレの首に手をかけてクルリンと膝に着地した。ポチがタマに代わって、よじよじと肩車ポジションに移動している。
「むぅ」
「よやくずみ~?」
そんな予約は受け付けていないよ。
「今日ので大体は片付いたの?」
「大体はね。ソーケル卿の後ろにいる黒幕退治と、蔦の館に残っている奴隷達の自活手段を確保するのが残っているくらいかな?」
前者は王国側になんとかして欲しい所だけど、王国会議くらいまでに片付いていないようなら遠慮なく介入させて貰おう。
食堂で、ルルの作った熱々のラザニアを食べながら、子供達の訓練の見学に行っていたリザから報告を受けた。
「なかなか跳ねっ返りが多いようで、イルナとジェナの2人も苦労しているようでした。今日から子供達と一緒に、訓練場に天幕を張って寝起きするそうです」
「なるほど、晩酌用に妖精葡萄酒でも差し入れてやるか」
屋敷のメイド見習いの子供達も、ミテルナ女史にみっちりと仕込まれているらしい。休憩時間にルル達が、学習カードや魔力コマなどで文字や魔法道具操作を教えていたと楽しそうに報告してくれた。
さて、明日からは、久々に皆を連れて迷宮でのレベル上げをしよう。
先週半ばに、活動報告に炭酸SSをアップしてあるので、未読の方は良かったらご覧下さい。
土竜=もぐら。作中に出てきたのは竜と良く間違えられる魔物です。
土竜=もぐら。作中に出てきたのは竜と良く間違えられる魔物です。
10-39.修行
※11/1 誤字修正しました。
※11/1 書き出しを書き直しました。
※11/1 書き出しを書き直しました。
サトゥーです。どんなに切れるメスでも、マグロの解体には使えません。多少切れ味が落ちても、相応の長さと大きさが必要なのです。
◇
「とーなのです!」
ポチの小さな体躯が、一般民家二軒分ほどもある大きな魔物に突貫する。今、ポチ達が戦っているのはレベル39の棘瘤蜥蜴という、この区画最強の魔物だ。頭に棘の生えた瘤が無数にあり、そこに突進するポチは勇者と言える。
ポチの小魔剣が、根元まで棘瘤蜥蜴の頭に刺さっているというのに、効いた様子がない。棘瘤蜥蜴は、巨大な頭を振って、ポチをペイッとばかりに部屋の隅に振り落とす。
「頭が大きければ賢いというのは、都市伝説だと告げます!」
「アリサ、強化魔法を。ミーア、ヤツの口をこじ開けて下さい」
「ん」
「おっけー」
ポチに追い討ちのシッポ攻撃をしようとしていた棘瘤蜥蜴が、ナナの挑発に引かれて体の向きを変える。
ルルの魔砲から打ち出される魔力弾は、棘瘤蜥蜴の体表を削るばかりで致命打にはならないようだ。タマの双剣も同様で、分厚い体皮を抉るばかりでダメージが薄い。
ミーアの新魔法「膨張弾」が、棘瘤蜥蜴の口を抉じ開ける。元からある水分を利用する「急膨張」よりも必要な魔力が多いが、この魔法は、自前で必要な水分を生み出すので使い勝手がいい。この前、ミーアに頼まれて作った呪文だ。
「強化行くよ~」
「感謝します」
アリサの強化魔法が、リザに更なる力を与える。体の内側から湧き上がる熱量に応える様にリザが裂帛の気合と共に技名を叫ぶ。叫ぶ必要は無いんだが、強化魔法を受けた後のリザは、テンションが上がるのか必ず叫ぶ。
「瞬動螺旋撃」
リザの魔槍から漏れる赤い光が、リザの全身を包んだ。ドンッという空気を割るような音を残して、その姿は10数メートルを一瞬で駆け抜けていた。魔槍と自身を、一本の武器のように見立てて、棘瘤蜥蜴の体を貫く。
無茶な技だ。
「すごい~?」
「さすがリザさんね」
「肯定。突撃は勇猛だと告げます」
蜘蛛の巣塗れになって、トボトボと帰ってきたポチを生活魔法で綺麗にしてあげる。
「ポチもお疲れ様」
「ご主人さま、もっと大きな武器が欲しいのです」
珍しくポチが、我侭と言うか要望を出してきた。実は、敵のレベルが35を超えた辺りから、ポチやタマの武器が短すぎて敵の外皮を突破できない事態が増えて来ていた。オレも昨日から2人の新しい武器を作り始めているのだが、流石に一晩では完成していない。
ストレージから、既存の色々な武器を出してみる。
「普通の長剣でも使ってみるかい?」
「いっぱい~?」
「大きい武器なのです!」
目をキラキラさせたポチが、オレの取り出した片手剣、片手半剣、大剣、大鎚、長槍を手に取っては振り回して感触を試している。どの武器も軽々と持ち上げているのだが、ポチ自身の体重が軽いため、どうしても武器を振り回すと慣性を上手く捌けないようだ。
「ご主人さま~? もう一本だして~」
タマが大鎚を片手に、もう一本をねだってきたので、出してやる。ドワーフの里で振るったミスリル合金の大鎚に比べたら軽いけど、余裕でタマ自身よりも重い。
「みてみて~ コマ~?」
両手に大鎚を持ったタマが、クルクルと大鎚を振り回してコマのように回る。リザやポチに筋力で負けているから誤解しがちだが、タマの筋力もなかなか高い。アリサとルルが「タマがコマ」とか、ブツブツ言いながら肩を震わせていた。ツボに入ったみたいだ。箸が転がっても楽しい年頃だし、仕方ないよね。
「ううっ、ふらふらするのです」
ポチは斧槍みたいな長柄の武器や大剣を使いたいようなので、体に重たい重石をくくり付けてバランスを取らせてみた。
「フラフラしなくなったけど、重くて動けないのです」
重石を増やしすぎたか。動けないと言いながらも、ポチはズリズリと重石を引きずりながら移動している。
「う~ん、やはり術理魔法系の魔法の刃を生み出すタイプの剣を完成させた方がいいかもね」
武器の換装もだけど、20レベル後半くらいから、皆のスキルのバリエーションが止まっているんだよね。後衛陣はそれでいいけど、前衛は、もうちょい技系のスキルを増やしたほうが良い気がする。
「武器を完成させるまでの間、エルフの里にでも戻って新しい技でも学んでみるかい?」
「修行ね! 修行パートなのね!」
それを聞いたアリサの目がキラリと光る――わざわざ光魔法で、そんな効果付けなくていいから。どこまで芸風を広げるのやら。
乗り気なのはアリサだけでは無いようだ。最近の戦闘で、1戦あたりの戦闘時間が延びてきたのを気にしていたリザやナナも賛成のようだ。
「滝に打たれて~?」
「雪山行軍なのです!」
少し方向性が違うが、ポチやタマもヤル気みたいだ。
「エルフの里もいいけど、今度は仙人とか竜族の棲む山とかで修行もいいわよね~」
そんなアリサの戯言を聞き流しつつ、エルフの里に向かう事にした。
◇
「このチートやろぅぅぅ!」
失礼な。
ボルエナンの森には、5回ほどの帰還転移の連続行使で戻ってきた。上級魔法の転移と違って帰還転移では300キロほどが上限なので、1回では辿りつけない。なので、なかなか大変だ。人数が増えると消費魔力も増えるので、流星雨1発分近い魔力が必要だったりする。
ボルエナンの樹上の家には、びっくりした顔のルーアさんが出迎えてくれた。どうやら、部屋の換気をしに来てくれていたらしい。もっとも、オレが転移してくるのには慣れているので、オレが挨拶すると、すぐに普通に挨拶を返してくれた。
「こんにちは、サトゥーさん、今日は大勢なんですね」
「皆の修行をさせて貰おうと思って、しばらく滞在させていただきます」
「はい、いつでも大歓迎ですよ」
後ろでアリサが、「今日は?」とか耳ざとくルーアさんの言葉尻を捕らえて来るがスルーだ。反応してはいけない。川の流れのように華麗にスルーだ。
「はい、ポーア達にも声を掛けておきますね。そうそう、ネーアがバニラの抽出が出来たって言ってましたよ」
「はい、それなら昨日アーゼさんから、遠話で伺っています」
今度はアリサとルルが、昨日のスケジュールを確認し合っている。うん、2人の記憶は間違いない。確かに、一日中、迷宮で魔物と連戦していたし、オレもその後ろでヒマを見つけては魔法道具を作っていた。その魔法道具は、遠隔地の奴隷達と連絡するために開発しているものだ。向こうで緊急事態が起こった時に、連絡手段が無いからね。
「すとーっぷ! じゃすとあもーめんと」
なぜ英語だ。
「何だ?」
「質問一、どうして『今日は』なの?」
「あら、サトゥーさんなら、三日にあげずに戻ってましたよ」
どう言うべきか迷っているオレに弁明する隙を与えずに、ルーアさんが暴露してしまった。迷宮都市に向かってから、まだ7~8回しか戻ってきてないのに。
「いつの間に……」
「むぅ」
ルルとミーアが上目遣いに、責めるような視線を向けてくる。
「美味しい食材とか珍しい料理とかを見つけた時に、お裾分けしに戻ってきていたんだよ」
これは事実。ゲボ煮とか黄奇蜥蜴の肉とか、バジリスクの燻製肉とかを手土産に持って来ていた。他にも抽出方法の思いつかなかったバニラとかの相談をしに、ネーアさんの所を訪れたりもしている。けっして、アーゼさんに会うためだけに、戻って来ていた訳ではない。
「ほうほう? それで遠話って?」
「あれ? 言ってなかったか? オレの遠話やアーゼさんの無限遠話は、迷宮都市とボルエナンの距離くらいなら会話できるんだよ」
聞いて無い、とアリサ達に詰め寄られた。
だって、言ったら「ギルティ」を連発するだろう?
気まずい空気を感じたのか、ルーアさんが話を逸らしてくれた。
「そうだ、冷蔵倉庫にスプリガンの人達が届けてくれた豆を仕舞ってあるので、確認しておいてくださいな」
「もう届いたんですか、ありがとうございます確認しておきます」
「豆って、まさか!?」
ふっ、ふっ、ふっ。探索の得意なスプリガンの皆さんに、ボルエナンの森の中を人海戦術で探してもらったのだよ。
「後のお楽しみだよ。今日の晩御飯の後にでも出すから、食べ過ぎるなよ」
「ついに、アレが来るのね! ああ、早く晩にならないかしら。ねぇ、時だましの香とか持ってない?」
「無いよ」
待ちきれないのは判るが、あれは別に時間が早く過ぎるアイテムじゃ無いだろう。
◇
皆をボルエナンの森に残して、オレはポチ達の新装備の開発に蔦の館へ戻ろうとしたのだが、ミーアから待ったが掛かった。
「レベル差、解消」
「え~っと? アリサ達とのレベル差を解消したいから、迷宮に行きたいって事か?」
「ん」
現在、ミーア以外の全員がレベル35、ミーアがレベル27だ。アリサによると、エルフの必要経験値は、人や獣人の丁度2倍くらいらしい。
「判った、それじゃサクサク上げようか」
「ん」
オレはミーアを連れて迷宮都市へと向かう。転移間際に「サクサクだとぅ」というアリサの言葉が聞こえた気がしたが、空耳という事にしておこう。
◇
「とーなのです!」
ポチの小さな体躯が、一般民家二軒分ほどもある大きな魔物に突貫する。今、ポチ達が戦っているのはレベル39の棘瘤蜥蜴という、この区画最強の魔物だ。頭に棘の生えた瘤が無数にあり、そこに突進するポチは勇者と言える。
ポチの小魔剣が、根元まで棘瘤蜥蜴の頭に刺さっているというのに、効いた様子がない。棘瘤蜥蜴は、巨大な頭を振って、ポチをペイッとばかりに部屋の隅に振り落とす。
「頭が大きければ賢いというのは、都市伝説だと告げます!」
「アリサ、強化魔法を。ミーア、ヤツの口をこじ開けて下さい」
「ん」
「おっけー」
ポチに追い討ちのシッポ攻撃をしようとしていた棘瘤蜥蜴が、ナナの挑発に引かれて体の向きを変える。
ルルの魔砲から打ち出される魔力弾は、棘瘤蜥蜴の体表を削るばかりで致命打にはならないようだ。タマの双剣も同様で、分厚い体皮を抉るばかりでダメージが薄い。
ミーアの新魔法「膨張弾」が、棘瘤蜥蜴の口を抉じ開ける。元からある水分を利用する「急膨張」よりも必要な魔力が多いが、この魔法は、自前で必要な水分を生み出すので使い勝手がいい。この前、ミーアに頼まれて作った呪文だ。
「強化行くよ~」
「感謝します」
アリサの強化魔法が、リザに更なる力を与える。体の内側から湧き上がる熱量に応える様にリザが裂帛の気合と共に技名を叫ぶ。叫ぶ必要は無いんだが、強化魔法を受けた後のリザは、テンションが上がるのか必ず叫ぶ。
「瞬動螺旋撃」
リザの魔槍から漏れる赤い光が、リザの全身を包んだ。ドンッという空気を割るような音を残して、その姿は10数メートルを一瞬で駆け抜けていた。魔槍と自身を、一本の武器のように見立てて、棘瘤蜥蜴の体を貫く。
無茶な技だ。
「すごい~?」
「さすがリザさんね」
「肯定。突撃は勇猛だと告げます」
蜘蛛の巣塗れになって、トボトボと帰ってきたポチを生活魔法で綺麗にしてあげる。
「ポチもお疲れ様」
「ご主人さま、もっと大きな武器が欲しいのです」
珍しくポチが、我侭と言うか要望を出してきた。実は、敵のレベルが35を超えた辺りから、ポチやタマの武器が短すぎて敵の外皮を突破できない事態が増えて来ていた。オレも昨日から2人の新しい武器を作り始めているのだが、流石に一晩では完成していない。
ストレージから、既存の色々な武器を出してみる。
「普通の長剣でも使ってみるかい?」
「いっぱい~?」
「大きい武器なのです!」
目をキラキラさせたポチが、オレの取り出した片手剣、片手半剣、大剣、大鎚、長槍を手に取っては振り回して感触を試している。どの武器も軽々と持ち上げているのだが、ポチ自身の体重が軽いため、どうしても武器を振り回すと慣性を上手く捌けないようだ。
「ご主人さま~? もう一本だして~」
タマが大鎚を片手に、もう一本をねだってきたので、出してやる。ドワーフの里で振るったミスリル合金の大鎚に比べたら軽いけど、余裕でタマ自身よりも重い。
「みてみて~ コマ~?」
両手に大鎚を持ったタマが、クルクルと大鎚を振り回してコマのように回る。リザやポチに筋力で負けているから誤解しがちだが、タマの筋力もなかなか高い。アリサとルルが「タマがコマ」とか、ブツブツ言いながら肩を震わせていた。ツボに入ったみたいだ。箸が転がっても楽しい年頃だし、仕方ないよね。
「ううっ、ふらふらするのです」
ポチは斧槍みたいな長柄の武器や大剣を使いたいようなので、体に重たい重石をくくり付けてバランスを取らせてみた。
「フラフラしなくなったけど、重くて動けないのです」
重石を増やしすぎたか。動けないと言いながらも、ポチはズリズリと重石を引きずりながら移動している。
「う~ん、やはり術理魔法系の魔法の刃を生み出すタイプの剣を完成させた方がいいかもね」
武器の換装もだけど、20レベル後半くらいから、皆のスキルのバリエーションが止まっているんだよね。後衛陣はそれでいいけど、前衛は、もうちょい技系のスキルを増やしたほうが良い気がする。
「武器を完成させるまでの間、エルフの里にでも戻って新しい技でも学んでみるかい?」
「修行ね! 修行パートなのね!」
それを聞いたアリサの目がキラリと光る――わざわざ光魔法で、そんな効果付けなくていいから。どこまで芸風を広げるのやら。
乗り気なのはアリサだけでは無いようだ。最近の戦闘で、1戦あたりの戦闘時間が延びてきたのを気にしていたリザやナナも賛成のようだ。
「滝に打たれて~?」
「雪山行軍なのです!」
少し方向性が違うが、ポチやタマもヤル気みたいだ。
「エルフの里もいいけど、今度は仙人とか竜族の棲む山とかで修行もいいわよね~」
そんなアリサの戯言を聞き流しつつ、エルフの里に向かう事にした。
◇
「このチートやろぅぅぅ!」
失礼な。
ボルエナンの森には、5回ほどの帰還転移の連続行使で戻ってきた。上級魔法の転移と違って帰還転移では300キロほどが上限なので、1回では辿りつけない。なので、なかなか大変だ。人数が増えると消費魔力も増えるので、流星雨1発分近い魔力が必要だったりする。
ボルエナンの樹上の家には、びっくりした顔のルーアさんが出迎えてくれた。どうやら、部屋の換気をしに来てくれていたらしい。もっとも、オレが転移してくるのには慣れているので、オレが挨拶すると、すぐに普通に挨拶を返してくれた。
「こんにちは、サトゥーさん、今日は大勢なんですね」
「皆の修行をさせて貰おうと思って、しばらく滞在させていただきます」
「はい、いつでも大歓迎ですよ」
後ろでアリサが、「今日は?」とか耳ざとくルーアさんの言葉尻を捕らえて来るがスルーだ。反応してはいけない。川の流れのように華麗にスルーだ。
「はい、ポーア達にも声を掛けておきますね。そうそう、ネーアがバニラの抽出が出来たって言ってましたよ」
「はい、それなら昨日アーゼさんから、遠話で伺っています」
今度はアリサとルルが、昨日のスケジュールを確認し合っている。うん、2人の記憶は間違いない。確かに、一日中、迷宮で魔物と連戦していたし、オレもその後ろでヒマを見つけては魔法道具を作っていた。その魔法道具は、遠隔地の奴隷達と連絡するために開発しているものだ。向こうで緊急事態が起こった時に、連絡手段が無いからね。
「すとーっぷ! じゃすとあもーめんと」
なぜ英語だ。
「何だ?」
「質問一、どうして『今日は』なの?」
「あら、サトゥーさんなら、三日にあげずに戻ってましたよ」
どう言うべきか迷っているオレに弁明する隙を与えずに、ルーアさんが暴露してしまった。迷宮都市に向かってから、まだ7~8回しか戻ってきてないのに。
「いつの間に……」
「むぅ」
ルルとミーアが上目遣いに、責めるような視線を向けてくる。
「美味しい食材とか珍しい料理とかを見つけた時に、お裾分けしに戻ってきていたんだよ」
これは事実。ゲボ煮とか黄奇蜥蜴の肉とか、バジリスクの燻製肉とかを手土産に持って来ていた。他にも抽出方法の思いつかなかったバニラとかの相談をしに、ネーアさんの所を訪れたりもしている。けっして、アーゼさんに会うためだけに、戻って来ていた訳ではない。
「ほうほう? それで遠話って?」
「あれ? 言ってなかったか? オレの遠話やアーゼさんの無限遠話は、迷宮都市とボルエナンの距離くらいなら会話できるんだよ」
聞いて無い、とアリサ達に詰め寄られた。
だって、言ったら「ギルティ」を連発するだろう?
気まずい空気を感じたのか、ルーアさんが話を逸らしてくれた。
「そうだ、冷蔵倉庫にスプリガンの人達が届けてくれた豆を仕舞ってあるので、確認しておいてくださいな」
「もう届いたんですか、ありがとうございます確認しておきます」
「豆って、まさか!?」
ふっ、ふっ、ふっ。探索の得意なスプリガンの皆さんに、ボルエナンの森の中を人海戦術で探してもらったのだよ。
「後のお楽しみだよ。今日の晩御飯の後にでも出すから、食べ過ぎるなよ」
「ついに、アレが来るのね! ああ、早く晩にならないかしら。ねぇ、時だましの香とか持ってない?」
「無いよ」
待ちきれないのは判るが、あれは別に時間が早く過ぎるアイテムじゃ無いだろう。
◇
皆をボルエナンの森に残して、オレはポチ達の新装備の開発に蔦の館へ戻ろうとしたのだが、ミーアから待ったが掛かった。
「レベル差、解消」
「え~っと? アリサ達とのレベル差を解消したいから、迷宮に行きたいって事か?」
「ん」
現在、ミーア以外の全員がレベル35、ミーアがレベル27だ。アリサによると、エルフの必要経験値は、人や獣人の丁度2倍くらいらしい。
「判った、それじゃサクサク上げようか」
「ん」
オレはミーアを連れて迷宮都市へと向かう。転移間際に「サクサクだとぅ」というアリサの言葉が聞こえた気がしたが、空耳という事にしておこう。
※次回更新は、11/3(日)です。
10-40.修行(2)
※11/3 誤字修正しました。
※1/2 一部改稿しました。
※1/2 一部改稿しました。
サトゥーです。この世界にはレベルキャップというのは無い様ですが、極端に次レベルまでの経験値が跳ね上がるせいで、成長限界があると錯覚する人が多いようです。
◇
オレ達が向かったのは、いつもの74区画では無く、コカトリスのいる69区画とその隣の虫の楽園になっている109区画、水棲の魔物の巣窟になっている104区画の3つだ。
最初に向かったのは、69区画。そういえば、コカトリスを倒すといっていた「業火の牙」の面々はどうしたのだろう?
ミーアを抱えて74区画から、ほぼ戦闘なしで移動を終える。お姫様だっこをしていたミーアを降ろそうとしたが、移動が怖かったのかなかなか手を離してくれなかった。
「は、速いのよ? 速過ぎなの。速度超過は事故の元だわ、危ないのよ?」
酔った時のように饒舌なミーアが、人差し指を立てて迫ってくる。よほど怖かったのだろう。真摯に謝ったのが功を奏したのか、「許す」と何時も通りの口調で許してくれた。
「石像」
「ああ、外見からして探索者だろう」
子馬サイズのニワトリらしき生き物が、石像を啄ばんでいる。AR表示では、石化雛となっていた。コカトリスの子供だろう。レベルも20くらいしかない。
コカトリス達は、獲物を石化させてから食べるのか、広間には、石になった樹木や魔物が沢山転がっている。この部屋にいるコカトリスは、レベル10~20くらいのコカトリスの子供に、レベル25~35の大人のコカトリス、それからレベル50台の巨大なコカトリスの番がいる。
ミーアのレベル上げを始める前に、スタン系の魔法でコカトリスの子供を蹴散らして、石像を回収する。
「ミーア、なるべく広範囲にダメージを与える呪文はあるかい?」
「ん、嵐」
ミーアに世界樹の杖を渡して、呪文を唱えさせる。この杖は、効果範囲の拡張性能が、手持ちの中で一番優れている。ミーアの精霊魔法が広場を満たして、コカトリス達にダメージを与えていく。たった一度の魔法で、ミーアの魔力が3割ほど消耗していた。
コカトリスの子供達は、ミーアの魔法で過半数が死亡し、残り半分も瀕死だ。オレも自在剣を使ってコカトリス達の首を刎ねてストレージに仕舞っていく。コカトリスは柔らかいから、脆い自在剣でもスパスパと良く斬れる。コカトリスを仕舞う時に、ノミらしき生き物が飛ぶのが見えた。
ドスドスと足音を響かせて、巨大な偉大なる石化雄鶏と雄大なる石化雌鶏が迫って来る。
「サトゥー」
「ああ、すぐ始末するよ」
眷属を殺されて怒りに燃えるコカトリス夫妻を、自在剣で首を刎ねて仕留めた。夫妻をストレージに仕舞うと羽に潜んでいた子猫サイズのノミが周囲に散ったので、火炎嵐で殲滅する。炎が天井付近まで延びた所で、爆発が起こった。
なんだ?
咄嗟に、ミーアをマントで庇って、入り口まで退避する。
「むぅ、熱い」
「ああ、ごめん。威力を加減したんだけど、天井付近に可燃性のガスが溜まっていたみたいだ」
これも罠の一種なんだろうか?
部屋の隅に、タールの沼みたいな場所があった。その沼の表面がボコボコと泡立っていたので、あそこから湧いたガスが天井に溜まっていたのだろう。
部屋にはコカトリスの巨大な卵もあったのだが、さきほどの爆発で割れてしまっていた。
◇
巨大なコカトリスを倒した場所に宝箱が湧いていた。
迷宮で魔物を倒すと、稀に宝箱が湧くと聞いてはいたが実物は初めて見た。悪魔の迷宮でみたのはミミックだったしね。
宝箱には石化ガスの罠が仕掛けられていたので、ミーアを退避させてから罠解除した。解除してから、「理力の手」を使って遠くから開ければ良かったと気がついたが後の祭りだ。
宝箱の中には、貨幣や宝石類、それから幾つかの魔法の品が入っていた。武具は短剣が一本だけだったが、銀製の上に魔法の発動体としても使える逸品のようだ。金属の価値だけでも金貨8~9枚ほどはあるだろう。魔法の品は、虫除けの鈴と点火棒3本が入っていた。使い古されていたので、迷宮で命を落とした探索者達の遺品に違いない。
宝石類の中には、小さな火石と雷石という魔法の触媒が混ざっていた。初めて見たが、魔法道具のレシピ集によく名前が出ていたので知っている。火杖や雷杖という軍用魔法道具の素材に使うやつだ。
短剣はミーアに渡し、残りはストレージに仕舞う。
その後、5つあったコカトリス部屋のうち4つを根こそぎ始末して、ミーアのレベルが4つほど上がった。所要時間30分とか言ったらアリサに怒られそうだ。
コカトリスたちは、比較的強めの個体が多かった上に一度に始末したので連鎖ボーナスが入ったようだ。このゲームのような連鎖で取得経験値がアップする仕組みについては、探索者達との飲み会の時にコシン氏から聞いた事がある。曰く、短期間で沢山の魔物を始末すると、魔物からレベルアップの元になる力――経験値の事だろう――が拡散せずに倒した者に吸収されるので、効率が良くなるのだと言っていた。
さて、それはともかく、ミーアが急激なレベルアップによる体のダルさを訴えてきたので、戦線復帰用の刻印板を設置して別荘に帰還した。甘いものと水分を取らせてからベッドに寝かしつけ、オレは作業部屋でポチ達の装備の設計を進める事にした。
それほど奇を衒った物を作る気は無い。小剣の延長線上に自在剣のような、魔力の刃を作る機構を追加したものを作る気だ。現行の「殻」の回路をすこし拡張するだけで作れそうだ。
そういえば、アリサが前にいっていたカリオンソードだかガレアソードだとかいう、蛇腹剣にするのもいいかも知れない。実剣だと強度が心配だが、魔力の刃なら問題もクリアできそうだし、作ってみようか。
ミーアが目覚めるまでのあいだに、ポチの剣だけでなくタマ達の新武装の設計も進めた。ルルの新魔砲の設計が少し難航したが、魔力筒を利用する事で砲弾の連射性を上げれそうだ。
◇
夕飯までの間に、109区画と104区画を根こそぎ殲滅して、ミーアのレベルを37まで上げる事ができた。予定では40レベルくらいまで上げたかったのだが、水棲の魔物の経験値効率が悪くて、あまりレベルが上がらなかった。
3回目の休憩の時に、104区画の奥から中層へと伸びる回廊を探索してみた。中層へは、入り口すぐの1区画の他に、66区画と104区画からも降りれるようだ。この3つの区画から降りられる中層は、内部で繋がっていないようで、下層へ降りるには66区画を経由しないといけないようだ。1区画から入れる中層には、30~47レベルの探索者達のグループが3つほど存在していた。10人ほどのグループが2つと、70人近い大規模なグループが1つだ。
中層の魔物は、上層より平均して10レベルほど高いが、数は上層の半分もいないようだ。特に1区画から入れる中層の魔物の数が少ない。上層と違い、中層の魔物達は魔法スキルを持つものが多い。中でも即死系のスキルを持つモノが、殆どの区画に存在するようだ。皆のレベル上げに使う時は、即死系のスキルを持つやつは先に間引くようにしないと危なそうだ。
ある程度の目星を付け終わった所で、別荘に帰還する。もちろん、中層攻略用の拠点にする小部屋に刻印板を設置しておいた。
「サトゥー」
「お、もう起きてたのか。そろそろ晩御飯の用意があるから、ボルエナンの森へ戻ろう」
みんなが待ってるしね。
「むぅ」
「アリサ達は、少なくとも3~4日ほど修行するはずだから、また明日続きをすればいいよ」
頬をぷっくりと膨れさせたミーアを連れて、ボルエナンの森へと連続転移した。
「ただいま」
「お、おかえりなさい!」
「ただいま、それからいらっしゃいアーゼさん」
「ん、アーゼ」
樹上家のリビングにはアリサとアーゼさんが居た。魔法書を広げて顔を突き合わせていた所をみると、アリサの質問にアーゼさんが答えていたのだろう。
「頑張ってるみたいだな」
「ま~ねぇぇぇぇぇえええええ?! ちょっと、ミーアに何したのよ」
レベル上げに決まってるじゃないか。
「あら? 頑張ったのねミーア」
「ん」
半日前のミーアのレベルを知らないアーゼさんは普通の反応だったが、半日で10レベルアップしたのを知ったアリサは驚愕の表情で絶叫している。ちょっと煩い。
「コカエリアとその奥のサソリエリア、それからその近くにあった水棲魔物エリアを一掃してきた。サソリは滋養強壮ポーションくらいしか使えなさそうだけど、コカと魚は結構旨そうだったぞ」
「くぅ、本気のパワーレベリングが、そこまでチートだったとは!」
このやり方だとレベルは上がるけど、戦い方が身につかないんだよね。実地の経験は、アリサ達と一緒に積んでいるし、これくらいのレベル調整はありだよね。
◇
「へ? こーひー?」
コーヒーのカップを渡されたアリサが、意外そうな顔をしてカップを受け取る。ストレージから、もう一つカップを取り出してアーゼさんに渡す。ちょっとしたイタズラ心が湧いて、砂糖の入った壷やミルクのピッチを出さないでおいた。
「そうだよ。アーゼさんもどうぞ」
「へー、いい匂いね。紅茶より濃い色だけど美味しいの?」
「ええ、仕事中は、いつも飲んでましたよ」
アーゼさんが、カップが熱いせいか袖を手の平にズラして持ちあげている。持ち手の付いていないカップにしたのはワザとだ。アーゼさんは、カップから上がる湯気に顔を寄せて、香りを楽しんでいる。ああ、カップになりたい。火傷しない様に、ふうふうと息を吹きかけ、やりすぎて目を回している。
相変わらず、可愛い人だ。
「うう、苦すぎて飲めない」
「お子ちゃまね。この苦さがコーヒーの醍醐味じゃない」
涙目のアーゼさんを充分堪能してから、飲みやすく薄めたコーヒーに砂糖とミルクをタップリ入れて出してやる。食事前なので、お茶請けを出さなかったが、新しいコーヒーは口にあったようで「これなら飲めます」と言って嬉しそうに飲んでいた。
「こ、これが女子力53万か……。アーゼ恐ろしい子」
アリサはアリサで、何を言っている。
食後にチョコパフェを出したのだが、なぜか一部で不評だった。ちゃんと底にコーンフレークを敷いて、その上にバニラアイスを乗せ、最後にたっぷりの生クリームとチョコソース、それに板チョコとカットバナナを刺してある。
「くぅ、夢にまで見たチョコパフェがあるのに食べれない。これが孔明の罠か!」
せっかくなので、キャラ名をコウメイにしてみた。残念ながら、アリサは気が付かなかったようで、リアクションは返って来なかった。
「うまうま~?」
「にがあま」
「ちょっと苦くて、甘くて、下の冷たいのが、冷たくてもうサイコーなのです!」
落ち着けポチ。
ナナやリザは、完食していたが「甘い」としか感想が返って来なかった。タマとミーアは短めの感想を口にした後は、美味しそうに食べている。ルルは試作時に食べていたので、今更の感想は無い。
夕飯を食べ過ぎたアリサだけが、チョコパフェを前に唸っている。ちゃんと食事前に、デザートがあるから食べ過ぎないように言ったのに、肉料理、魚料理、野菜料理をフルコンプするからだ。それでも一口でギブアップして涙目になったアリサが可哀相だったので、明日の朝にまた作ってあげると言ってパフェの処分は、虎視眈々とこちらを窺っていた羽妖精達に任せた。
オレはコーヒーを飲みながら、お茶請けにチョコを齧る。ちょっとビター過ぎる粉っぽいチョコの味が口に広がる。バレンタインの時期にしかお目にかからないような、テンパリングに失敗した手作りチョコみたいだ。やっぱり、もっと改良が必要だね。
バニラの甘い香りとチョコレートの素敵な香りに包まれて、ボルエナンの夜は更けていった。
※1/2 チョコレートの記述を一部変更。最高⇒改良が必要に。
10-41.魔法金属
※11/10 誤字修正しました。
サトゥーです。困難な作業も、小さい単位に分割すると意外に簡単な事があります。大規模なプログラムでも、上手く分割すると急に難易度が下がるのです。もっとも、その分割を上手くするのが大変なんですけどね。
◇
「じゃばら~」
「バラバラなのです!」
ポチとタマが、お遊びで作った蛇腹剣のウィップモードを試している。魔法の刃が5センチ幅くらいに分割して、最大で5メートルほどの長さまで伸びる。今回は練習用の試作品なので、怪我をしないように魔法回路の術式を変更してある。
蛇腹剣を持て余していたポチが、ついに体に巻き付けてしまってスマキ状態だ。予想通りとまでは、言わないがポチらしい。
「た、助けて! なのです」
「ほい、っと」
しばらく、もがいていたが、諦めてこちらに助けを求めて来た。蛇腹剣を触って魔力を抜いてやる。すぐにポチが、拘束状態を解かれて自由になった。
「ありがとなのです!」
ポチが、う~んと伸びをする。
「ぽち~、こうっ!」
タマが2本の蛇腹剣を巧みに操って枝に絡めて樹木の上に登ったり、木の上から地面の上に置いた木桶を絡めて手元に引き寄せたりしている。まったく、どこの探検家だ。
タマにはアレで良いとして、ポチには、本当の新装備を渡してやる。
「ポチはこっちの方が向いているかもね」
「すごいのです! おっきいのです!」
ポチの持つ小剣から3メートル近い大きさの刀身が生まれる。理力剣と同質の魔法の刃だ。良く切れる反面、脆い。また、重さが無い為に、大剣のように叩ききるような使い方ができない。ゆくゆくは慣性を操作するような回路を構築して、普通の大剣なみの攻撃力を発揮できるようにしたい。
遊びで作ったのは、蛇腹剣だけでは無い。ドリル機構をつけたランスや、ロケットパンチっぽい篭手、パイルバンカーという杭打ち機を盾に組み込んだ各種ロマン武器も作ってみた。アリサは始終大はしゃぎだったが、実用性という所では皆に首を傾げられた。まあ、そうだよね。シンプルなのが一番だ。
ドリルは、トルクを強化した設計図をドーアとキーヤ夫妻に贈った。彼女達のゴーレム戦車にドリルが装備されるのも遠い先の事では無いだろう。
他にも、パイルバンカーの杭打ち機構の部分だけが欲しいとレプラコーンのシャグニグに頼まれたので、普通の杭打ち機に仕立て直してプレゼントした。
今度は、死神の鎌や逆刃刀でも作ろうか。
◇
「それにしてもサトゥーさんは、ミスリルが好きですよね」
「好きと言うか、手持ちの金属だとミスリルが一番魔法剣に向いているんですよ」
ポチ達の新装備を眺めていたルーアさんが、不思議そうな顔をして聞いてくる。鉄や鉛だと魔力が拡散して使えないし、真鍮や銅や銀だと魔力伝達がいいものの柔らかすぎて武器としてはイマイチだ。青銅だと硬いが、銅や銀ほど魔力伝達が良くない。結果、消去法でミスリルしか残らないのだ。金はミスリル並みに魔力伝達がいいが、銅や銀以上に柔らかいしコストが高すぎるしね。
「あら? 神金なら武器でも防具でも使えて便利よ?」
「そうですね。頑強さや耐熱性を取るなら日緋色金ですし、かなり重いですが、武器にするならダイヤより硬い真鋼がお勧めです。魔法道具としての機能を重視するなら真銀なんかもありますね」
この「パンが無ければケーキを食べればいいのに」と言わんばかりの空気感は、何なんだろう。
アーゼさんとルーアさんが気軽に挙げたのは、いわゆる伝説の金属だ。ヒヒイロカネは、ドワーフの里でミスリルの精錬用の高炉に使われていたのしか見た事がない。
「オリハルコンは、サガ帝国の勇者から分けて貰らえる話になっているんですが、他の金属は入手の当てが無くて」
「練成すればいいのに」
な、なんですとー?!
気軽にのたまうアーゼさんの両手を、包むように握って尋ねた。
「練成で作れるんですか?」
「ええ、か、簡単よ? オリハルコンは、銅と真鍮と賢者の石から作れば――」
チョイ待った。賢者の石って。
「アーゼさん、さすがに賢者の石は気軽に使えませんよ」
「前に何個かあげたじゃない」
あれは、もう使用済みだ。リビングアーマーと飛空艇の予備回路に使ってしまった。リビングアーマーの方は、一度外すと経験がリセットされてしまうので、使うなら飛空艇の方か。
「なら、もう1個あげるわ」
「いいんですか? そんなに気軽にポンポン配って」
「い、いいのっ」
いや、そんなに可愛く拗ねたように言われても。
「アーゼさまが仰るなら、本当にいいと思いますよ。それにサトゥーさんが活躍してくれたお陰で、千個単位で他の氏族から賢者の石を貰える予定ですから」
「あ、忘れてた。ハイエルフの会合で、サトゥーが賢者の石を欲しがってるって言ったら、分けてくれるって」
「いや、欲しがったからってくれるようなモノなんですか?」
「普通はくれないけどね。自覚していないみたいだけど、あなたはそれだけの事をしてくれたのよ」
最後は魔法でゴリ押しだったけど、自分の仕事が誉められるのはなかなか照れくさい。
というか、他の氏族にはどうしてそんなに余ってるんだろう?
「昔ね、イフルエーゼ達がフルー帝国っていう国の遊び道具に嵌っちゃってね」
その遊び道具というのが高価な魔法道具だったらしく、その対価に賢者の石を支払っていたらしい。傾国の美女ならぬ、傾国の遊技機か。
一度に支払うのは数個だったらしいが、数十年の間にストックしてあった賢者の石の殆どを使い込んでしまったらしい。ハイエルフも色々のようだ。後で、その遊び道具というのを見せてもらおう。ゲーム開発者としては、とても興味がある。
「もっとも、それも千年ほどで回復してきたんだけど、今度は光船を失った例の魔王戦を支援するのに大量消費しちゃったのよね。その後は、壊れた光船を修復するのに余分な賢者の石を使っていたから、貯蓄がなかったのよ」
なるほど。
でも、フルー帝国か。どこかで聞いた名前だと思ったら、竜の谷で手に入れた大量の貨幣を使っていた国の名前だ。そういえば、珍しい貨幣があったっけ。話のネタになるかと1枚取り出して2人に見せる。
「サ、サトゥーさん、その硬貨は?」
「ええ、以前手に入れたフルー帝国の紅貨っていう物らしいです」
「あら珍しい」
取り出した紅貨をルーアさんに「綺麗な貨幣でしょ?」と言いながら手渡す。長生きなアーゼさんは知っていたようだ。
ルーアさんは、紅貨を光に翳して色々な角度から眺めている。「良かったら差し上げますよ」と言う前に、ルーアさんが爆弾発言をした。
「これって、賢者の石ですよね?」
「そうよ」
え?!
ルーアさんの問いを、アーゼさんがあっさりと肯定する。
「賢者の石そのものじゃなくて、ちょっと加工してあるみたいだけど、触媒として使うなら、このままの方が使い易いんじゃないかしら? 賢者の石に戻したいなら、長老に頼めば十年くらいでやってくれるはずよ」
十年って、気長なエルフらしいタイムスパンだ。
「ひょっとして、この貨幣を使って魔法金属とかが作れるのですか?」
「ええ、元々、魔法金属を作る触媒にしたり、魔法の威力を増強するために加工してあるはずよ。知りたいなら、後で教えてあげるわ。今は覚えてないけど、世界樹に戻れば記憶庫の中にあるはずだから」
オレは、お言葉に甘える事にした。アーゼさんと一緒に世界樹に同行して、紅貨の使い方や、魔法金属の練成の仕方を教えて貰う。記憶庫の中のアーゼさんは、前にレリリルが言っていたように、亜神と言ってもいいほどの神々しい美しさと人知を超えた知識を披露してくれた。まあ、こっちのアーゼさんに始めから会っていたら、美人と思いこそすれ惚れる事はなかっただろう。やはり、あわあわしてこそアーゼさんだ。
その対価という訳では無いが、エルフの里でも役に立ちそうなので紅貨を千枚ほど贈った。感情の薄い長老さん達の驚く顔が見れたので、ちょっと得意げな気分だ。
◇
最初に作ったのはアダマンタイト製の金床とハンマーだ。今度はソレを使って、オリハルコン製の剣を鍛える。鍛える手順やこの時に使う触媒の作り方は、アーゼさんの記憶の中にあったので初回から失敗する事無く剣を打つ事ができた。
それほど気合を入れたわけじゃないが、魔力を流していない素の状態で、切れ味も耐久度も妖精剣より数段上の物ができてしまった。金属や道具が違うだけで、ここまで違うのか。
今度、この金床とハンマーのセットをもう一組作って、ドハル老にプレゼントしよう。きっと喜んでくれるに違いない。もちろん、魔法金属各種も一緒にだ。
試作した剣を持って、修行中のアリサとミーアの邪魔をしに行く。
「うわっ、派手な剣ね」
「金色」
「綺麗な剣ね」
「こんなものも作ったのですが、如何ですか?」
オレは、剣を作るついでに作っておいたオリハルコン製のアクセサリーを、3人に見せる。細い鎖のネックレスを始めとして、イヤリングや髪飾り、指輪類など10種類くらい作ってきた。エルフの間で流行っているという耳に被せるように付ける耳飾りも作ってみた。
「耳飾り」
「あ、ミーアずるい。私もそれがいい」
「ダメ」
「うぅ、ミーアの意地悪」
小さい子の取り合いのような2人と違い、アリサは指輪を手に嵌めてウットリとしている。薬指には大きすぎたのか、人指し指に嵌めているのが少しさまにならない。アーゼさんの指を想定して作ったから、ちょっと大きかったようだ。ルルならギリギリ薬指に付けれるサイズかな。
アーゼさんには、後で耳飾を作ってあげると約束して、本来の目的に戻る。
先ほど鍛えたオリハルコン製の剣を、剣を型取りした台座の上に置く。その横に同じ型の台座を置いて薬液を入れ、そこに青液を流し込む。
準備が完了したので、ミーアにオリジナルの水魔法「回路形成:タイプ021」を唱えて貰う。この魔法は、さきほどの台座に流し込んだ青液を誘導して、21番魔法回路を形成する為のものだ。応用が全く利かない代わりに、専用の型に流し込んだ青液をミクロン単位で精密に操作して、緻密な魔法回路を形成してくれる。
「アリサ、頼む」
「おっけー」
アリサが、同じくオリジナルの空間魔法「回路転送:タイプ021」を無詠唱で発動する。この魔法は名前から判るように、ミーアが先ほど完成させた魔法回路をオリハルコンの剣の中に転送する呪文だ。ミーアの唱えた呪文と同じで、決められた型に置かれた剣に回路を転送する機能しかない。今回の魔法剣を作成するためだけの専用魔法だ。
汎用でやろうとすると、ミクロン単位の操作を自前の脳みそでイメージしないといけないので、実現性が低くなってしまう。現に、トラザユーヤの考えていた魔剣作成手順は、その辺りで解決策を見いだせなくて挫折していた。
そこで、プログラマーっぽいアプローチを考えてみた。汎用にするのが難しいなら、汎用にしなければいい。そう考えて作ったのが、先ほどの2つの魔法だ。機能や使える条件が限定されている代わりに、術者の能力に左右されない。職人芸の世界から、工業製品的な世界への移行と言えるかもしれない。
完成した剣に魔力を通す。
複雑な魔法回路に、スムーズに魔力が流れる。魔法回路が起動し、予め登録していた魔法が発現した。
うむ、成功のようだ。
「うあ、青い薔薇だ」
「綺麗」
「ええ、綺麗ね」
好評のようだ。この剣は、魔力を通すと剣の周りに茨と小さな薔薇の花が出現する。薔薇も茨も幻影の様に触れないが、斬った相手を麻痺もしくは昏倒させる追加効果がある。さらに、合言葉を唱えると10メートルほどまで茨が伸びて、対象にした者を拘束する。この術式は「茨姫の棘」というエルフ達の古い魔法を元にしている。拘束された相手が棘に触れると、麻痺した後に魔法の眠りに落ちる。なお、薔薇の花は単なる飾りなので、特に特殊効果は無い。
この剣は、ポチの師匠のポルトメーア女史に贈る事になった。アーゼさんは剣を使わないし、オレ以外は小剣、大剣、槍と、誰も片手剣を使う者がいなかったので、早い者勝ちという事で、彼女の物になった。
彼女がやたらと見せびらかすので、ボルエナン滞在中に、同じ仕組みの魔法剣を大量生産する破目になってしまった。全部鍛造で作ると大変なので、真鍮製の鋳造魔剣で勘弁してもらった。こちらの鋳造魔剣は、小剣サイズに統一してあり魔力を流すと赤い薔薇が出る。
身内の分は、刀身は小剣サイズに変更したものの、オリハルコン製の鍛造のモノにしてある。なぜか、アリサの懐剣とルルの包丁にも組み込むことになった。
オリハルコン製の包丁で作った刺身は、美味かった。
真鍮=黄銅(銅と亜鉛の合金です)
そういえばダマスカス鋼で武器を造るのを忘れてますね。
次回更新は、11/17(日)予定です。
先週の中頃にタマSSを活動報告にアップしてあるので、未読の方は良かったらご覧ください。
そういえばダマスカス鋼で武器を造るのを忘れてますね。
次回更新は、11/17(日)予定です。
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