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jueves, 6 de agosto de 2015

幕間:プタの街の災難[前編]
※2/11 誤字修正しました。

※今回はサトゥー視点ではありません。新人魔狩人コン少年の視点です。

「ケナ! 痕跡を見つけたよ。やっぱ、この獣道はゴブリンが使ってるやつだね」
「よっし、良くやったガディ。帰ったらエールの一杯も奢ってやるからね」
「この渋ちんめ。もっといい酒を奢っておくれよ」

 ガディが、拾った枝を落ち葉の間に刺してケナにいってるけど、どこが痕跡なのかサッパリだ。

「ねぇ、ガディ。どこが痕跡なんだ」
「あんたの目は節穴かい? そこにゴブリンのフンがあるだろ?」

 ガディに小突かれたけど、ちゃんと教えて貰えた。頭を掴んで痕跡の場所を教えてくれるのはいいけど……。

 近い、近いよ!

 顔にフンが付いちゃうから!

 落ち葉の陰で良く見えなかった。こんな判りにくい場所のを、良く見つけるよ。
 ヤバい、ケナが面白くなさそうにしてる。

「ジャレ合ってないで、さっさと行くぞ」
「はいよ」
「うい~」
「うん、待ってよ」

 俺は慌てて地面に投げ出したままだった荷物を担ぐ。右手の義手に荷物のヒモを引っ掛けるところがあるので、左手は自由に使える。今みたいに傾いた地面を移動するときは、片手が使えるのは大きい。前みたいにバランスを崩して何度も斜面を転がる事が無いんだよね。





「もっと頭を低くしな」
「あいた、もう、叩く前に言ってよ」

 一緒に隠れていたポミに頭を(はた)かれる。もう、ポミはすぐ手がでるんだから。
 俺達はようやくゴブリン共の巣を見つけて、奇襲の準備中だ。ヤツらは山肌にある洞窟を根城にしているみたいだ。入り口の前には2匹のゴブリンが、何かの生肉を齧っている。

 反対側に移動したケナが合図して来た。

 ポミとガディが短弓(ショートボウ)で洞窟の外でたゴブリンを攻撃する。ポミの放った矢は、ゴブリンの口の中に突き刺さって一発で仕留めた。でも、ガディの矢は少しそれてゴブリンの腕に当たったみたいで、倒せていない。慌ててポミが矢を放つが、ちょっと遅かった。

「ぐぎょらう、ぐる、げろらー」

 しまった、不意打ち失敗だ。
 ポミの矢が、ゴブリンの叫びに少し遅れて届く。こめかみに一撃だ。相変わらずポミの弓の腕は凄いや。

 ゴブリンの悲鳴が止まったけど、洞窟の奥が騒がしい。
 ケナとバハナが茂みを割って洞窟前に飛び出したのを合図に、俺達も茂みから突撃する。
 洞窟から飛び出してきたゴブリン達を、ケナとバハナの短槍が貫く。どちらも一刺しで倒している。仲間が殺された隙を突いて、ゴブリンたちが2人を襲うけど、2人とも蹴りで捌いて距離を開けている。

 俺も義手に付けた盾に身を隠しながら、ゴブリンの攻撃を捌く。2人と違って武器の長さが足りないから、一度受け止めてからじゃないと、相打ちになっちゃうんだ。

 先端が折れた形見の剣を、小盾の陰から見えるゴブリンの腿に切りつける。いつもなら、小さい傷を幾つも付けて相手が弱った所で止めを刺すんだけど、今回は、ちょっと違った。

 すぱっ。

 そんな音が聞こえてきそうなくらいあっさりと、俺の剣はゴブリンの腿を半ばまで切り裂いた。何? この切れ味。

「コン! 動きを止めんな!」

 ガディに蹴られて転がってきていたゴブリンが、地面から飛び掛ってきた。しかも、今剣を振ったばかりの左側からだ。目の前のゴブリンを押しのけて、その反動で後ろに逃げるのが正解なんだろうけど、無理。

 非力な俺の腕力じゃ、現状維持がやっとだ。

 ケナ達みたいに力があったら、蹴りで捌けるんだろうけど、今足を上げたら盾で押さえ込んでいるゴブリンに押し倒されるよ。

 結局、頭がグルグルしている間に、ゴブリンの牙が俺の脇腹に突き立つ。オレは反射的に悲鳴を上げる。前に噛み付かれた時の激痛を思い出しちゃったんだ。

 いつまで経っても痛みが来ない。脇腹に齧りついたゴブリンは大口を開けてオレの肉を噛み切ろうとしている。

「コン、剣を持つ手の肘を叩き込め!」

 俺は、考えるより先に、ケナの助言に従って肘をゴブリンの頭に叩き込む。意外に簡単に剥がれたゴブリンを、駆け寄ってきてくれたポミが短剣で仕留めてくれている。

「ありがとう、ポミ」
「いいから、集中しなよ」
「うん!」

 俺の盾を引っ掻いていたゴブリンに、斬り付けて止めを刺した。いつもなら10回以上は斬り付けないとダメなのに、たった3回斬り付けただけで倒せちゃったよ。

「よし、ガディ、洞窟の外に出ているゴブリンの警戒を任せる。バハナはアタシと洞窟の入り口から出てくるゴブリンを狩るよ。ポミとコンは、ケムの生木を切って来い――っと、コン、アンタはゴブリンに噛まれていただろう、先に治療しておけ」

 あれ? そういえば痛くない。
 貴族さまに貰ったマントが、どろりとしたゴブリンの白い唾液で汚れてるけど、穴も開いてないや。脇腹を守ってくれている白い鎧には、ゴブリンの牙が刺さった痕跡もない。

「ほら、包帯を巻いてやるから、さっさと、鎧を脱ぎな」
「それが、ケガしてないんだよ、ポミ」
「ああん? そんなわけ無いだろう? 思いっきり噛まれてたじゃないか!」

 ポミが乱暴にマントを捲る。俺の脇腹から血が出ていないのを確認して納得したようだ。そのやり取りに、他の3人から視線が集まる。

「ちょっと、ケナ。コンの小僧ったら、本当にケガしてないよ」
「ただの狼の皮で作ったマントかと思ったら、皮と裏地の間に何かすべすべした生地があるよ。これがゴブリンの牙を防いでくれたみたいだね」
「ちょっと、マントの傷を広げるの止めてよ」

 もう、繕い屋に頼むのも高いんだからさ。





 ポミがナタで切り落とした枝を、俺が腕くらいの太さの束に纏める。ポミが枝を伐るのが乱暴なせいか、やたらと虫が落ちてくる。丸々としたイモムシなら歓迎だけど、甲虫とかは殻が邪魔だし、あんまり美味しく無いから嫌いなんだよね。

 纏め終わった生木の束を集めてケナのところに持っていく。
 ケナが、錬金術士から買った細い煙棒を適当な長さに切って、生木の束の間に刺していく。最後に油を少し染みこませて、火口箱を使って火を付けている。

 火を付けた途端に、もうもうと黄色い煙が出始めた。

 うえっ、臭い。
 オマケに目がショボショボするよ。

 ケナから、その束を受け取ったポミが、洞窟の奥にその束を投げ入れる。
 5つほど追加で洞窟に投げ込むと、奥から煙に追われたゴブリンが次々と出て来た。

 俺は出てくるゴブリンに、必死で剣を振る。

「ケナ、あっちに煙が出てる」
「ちっ、出口が他にもあったか。ガディ、バハナを連れて向こうの出口を張っといで」
「え~、取り分が減りそう」
「今回分は均等にしてやるから、文句を言わずにとっとと行け」
「あいよ~」

 煙の漏れている場所に向かってすぐに駆け出したガディの後を、かなり遅れてバハナが追いかけて行った。





 俺達は、あの洞窟で、合計21匹のゴブリンを狩った。俺が倒せたのは3匹だけ。前と違って怪我は無いけど、剣を上手く当てられなくて倒すのに時間が掛かってしまう。早く、ケナ達みたいに上手くなりたい。

 あれ?

「どうした、コン」
「うん、向こうの山肌で、何かがキラキラしてた」
「どこだ?」

 山肌の光を見て思わず足を止めた俺を、目ざとくガディが気付く。その方向を指差すが、そこはもう光らない。

「本当に光ってたんだ」
「ああ、良く見つけた。ありゃ、槍の穂先に陽光が反射したんだろう」
「他の魔狩人かい? アタシらがこっちの山を攻めているのは、元締めに伝えてあるから、もう2、3日は誰も来ない筈なんだけどねぇ」
「あの辺なら、逃げたゴブリンを追って山向こうから来ちまったんじゃないのか?」

 他の魔狩人の組と魔物の取り合いとかになったら大変だ。ゴウツ組とかだったら、集団で囲まれて、さっきの魔核(コア)まで巻き上げられちゃいそうだ。

「あの山の向こうは、双子山だよ。多頭蛇(ヒュドラ)の出る山に向かうような命知らずは、魔狩人にはいないよ。そんな気概のあるヤツは、とっくに探索者になりに迷宮都市に向かっているさ」

 たしかに、多頭蛇なんて昔話とかで英雄とか騎士達が戦うような伝説の魔物だもんね。

 でも、それなら誰がいるんだろう?





「誰だい?」

 ケナが短槍を茂みに向ける。

「オレだ、オレ。矢を射掛けるなよ」

 茂みから出てきたのは、片目の兎人族の大男を先頭に5人の雑多な獣人の男達が出てきた。

「なんだ、オルドか。あんたら、もっと北側の山に行くって話だろ?」
「ああ、そのつもりだったんだが……」

 言い淀んだオルドを、ケナが顎で促している。ケナって、いつも偉そう。

「カタバネが、双子山の方に変な集団がいるってんで監視してたんだが、どうも、その集団がプタの街に向かっているみたいでな。こいつらの家族もいるし、一度戻る事にしたんだよ」

 へー、やっぱり獣人は家族思いなんだ。

「おい、そいつぁマジモンの話か?」
「ああ、間違いない」
「おいおい、止めてくれよ」

 片方の羽しか無くて飛べない鳥人族のカタバネが、さっきキラキラしてた方を指差して仲間に何か言っている。

「おめぇら、オレがケナと話してる最中だ。騒ぐのは後でやれ」
「大将。それどころじゃねぇんだ。カタバネが、あの集団の中に多頭蛇(ヒュドラ)がいるって言ってる」
「はあ? あの集団は多頭蛇(ヒュドラ)から逃げてんのかい?」
「ケナ、それは無いよ。山の中で多頭蛇(ヒュドラ)から逃げ切れないって」

 えーっと、もっと判り易く言って欲しい。
 視線を振って、教えてくれそうな人を探す。ポミと目が合った。残念、ポミも判ってないみたいだ。

「つまり、アレか。多頭蛇(ヒュドラ)を番犬みたいに飼っているヤツらが、プタの街に向かっているってのか」
「そういう事になるね」
「えーっ! 大変じゃん」

 オルドの話でようやくわかった。ちょっと驚いただけなのに、ガディにポカリと頭を叩かれた。ふふん、貴族様に貰った兜があるから痛くないんだぜぃ。そんなオレの心の言葉が聞こえたかのように、後ろに回ったガディが俺の口に指をかけて左右にムニムニひっぱる。

 いふぁいれす。
 後半に続きます。
幕間:プタの街の災難[後編]
※9/15 誤字修正しました。

※今回はサトゥー視点ではありません。


「どうした、ケナ。ずいぶん組の人間が増えてるじゃねぇか」
「こいつらはオマケだよ。それより、報告があるんだ」

 街に辿りつくなり、ケナが門番に山で見た異変について話しにいった。
 今の内にと、こっそり街の中に入ろうとしたけど、もう一人の門番にあっさり捕まって、地べたに組み伏せられてしまった。背中に足を乗せられているだけなのに抜け出せない。

 半月ぶりの街なんだから、もっと優しくしてよ。
 オレはしぶしぶ、山の中の小川で見つけた綺麗な縞模様の石で入街税を払う。この小石は、山奥でしか採れない種類だからそれなりの値段が付く。それでも小袋一杯で、銅貨2枚だからガディ達にはバカにされちゃった。

「どうせ物納するなら、獣でも獲って来いよ」
「前にも言ったじゃん。罠や弓も無しに獣なんて獲れないって」
「カタバネみたいに、投石器で石なげりゃいいんじゃね?」
「あれって見た目より難しいんだよ。前に練習したけどさ、どうやっても狙った所に飛ばないんだよ」
「ふ~ん、簡単そうなのにな」
「まったくだよ」

 胸当てに付いた土埃を払いながら、若い方の門番と駄弁(だべ)る。

「ガディ、あたしゃ、ちょいと守護ん所に行って来るから元締めへの連絡はまかせたよ」
「あいよ」

 ケナとオルドは、年寄りの門番と一緒に、守護の館の方に行ってしまった。若い方の門番は、年寄りの方に言われて正門を閉めている。なぜか、オレも手伝わされている。

「次の入街税は只にしてよね」
「ばかやろう、こんなのはな、義務だ。義務。街が魔物に蹂躙されたら嫌だろう?」
「そりゃ、嫌だけどさ」

 何か丸め込まれた気がする。
 他の魔狩人たちは、とっくにいない。きっと半月ぶりの街を謳歌してるんだろう。





「よう、こんな昼間っから正門を閉めてどうしたんだ」

 閉ざした門に背を預けてへたり込んでいた俺の耳に、暢気なおっさんの声が聞こえてきた。

 顔を上げると、中年のオッサンが若い門番に何か言っている。

 その横には騎士みたいな服のハンサムな男の人、物干し竿みたいな棒を持った女神官、もう一人はローブ姿に杖を持った20過ぎのおばさんだった。

 中年のオッサンは背中に大剣を背負っている。
 もしかして、探索者ってヤツなのかな?

「じつは、近くの山中に多頭蛇(ヒュドラ)が出たそうなんですよ――」
「ほう、多頭蛇だと?! 旨いんだよな、アレ」
「ちょっと、アンタ前に食べた時に、一週間ほど腹痛になったのに懲りないね」
「今回はキューラがいるから大丈夫だって」
「やーですよー。毒と判っていて食べるよーなー、おバカさんはー勝手にぃーくるしめばいいんですー」

 この人達、何言ってんの?
 多頭蛇って食べれるの? えっ? 毒って言ってるよ?

「そこの少年。この男は自分の階位(レベル)を棚に上げる悪い癖がある。多頭蛇(ヒュドラ)は、軍隊が集団で戦うような相手だ、間違っても手をだそうとか考えるなよ」

 ハンサムな男の人に、コクコクと頷く。

「ちょっと失礼。ふむ、素晴らしい出来だな」
「ん? どれどれ。素材は普通の狼じゃねぇか――おい、この甲殻って」
「ああ、甲虫兵(ソルジャー・ビートル)突撃甲虫(アサルト・ビートル)の甲殻だとは思うんだが、ここまで見事な加工は見た事が無い。しかも、1匹の甲虫の一番胸甲に向いた箇所だけを贅沢に使っているぞ」
「ちょっと、ヤサクもタンもその辺にしておきな。小僧が目を白黒させているよ」

 胸当てを褒めて貰えるのは嬉しいけど、2人で詰め寄るのは止めて欲しい。

「この街で作ってもらったのか?」
「うん、そうだよ」
「なら、その鎧職人を紹介して貰えないか?」
「ごめん、無理なんだ」
「偏屈な方なのか? 紹介してくれれば、君にも謝礼は弾むよ」

 謝礼って、お金? う~ん。紹介してあげたいけど、無理だよ。

「ごめんね、その人は、もう街にいないんだ」
「そうか、残念だ。公都には魔物の素材を扱う職人が殆どいなくてな。武術大会で痛めた鎧の補修をしてくれる人を探していたんだ」

 へ~、珍しいのか。魔物の素材の鎧って軽くて頑丈だから、公都とかなら、もっとありふれているのかと思ってた。この鎧をくれた貴族様も、安物だって言ってたし。





 数日後に、多頭蛇が現れた。2匹もいる。
 周りには、変な模様の描かれた布製の覆面をした獣人の男たちが100人ほどいる。その人混みを割って、蜥蜴馬(ラプター)に乗った白い覆面の男たちが出てきた。こっちは2人とも人族みたいだ。

「……■■■ 魔物測定(モンスター・チェック)

 おおっ、魔法だ。ハンサムな人が魔法を使って森の間から姿を見せた多頭蛇の事を調べているらしい。

階位(レベル)29と28ってとこだ。迷宮産のものより少し強め。あっちの白覆面も調べたかったが、どうも見えん。あの覆面が、鑑定阻害の魔法道具のようだ」
「魔物使いは、どいつだと思う?」
「たぶん、あの多頭蛇の影に隠れている背の低いヤツだ」

 俺は、探索者の人達に紛れて、門の上の櫓に上がりこんでいる。この人達と、衛兵長の連絡係――の予備員としてここにいる。

『愚かな民よ、シガ王国の圧政からその身を解き放て! 我らは自由の翼。汝らを真なる自由へと導くだろう!』

 覆面の人の大声が聞こえて来る。難しい言葉だから、何がいいたいのかわからない。降伏しろっていいたいのかな?

「ヤサク殿、守護閣下より攻撃許可がでました。貴方の攻撃を合図に弓部隊が攻撃を開始します」
「おう、任せとけ」

 ヤサクが、何か唱えると目の前に黒い穴が開いた。なんだろう?
 なんと、そこから、気味の悪い像が彫刻された長弓と矢束を取り出した。

「どうした坊主。宝物庫(アイテムボックス)を見るのは初めてか? なら、一度触っておけ。探索者のゲン担ぎで、宝物庫に手を入れた者は、いつか自分の宝物庫を手に入れるってのがあるんだ」

 俺はおっかなびっくり宝物庫(アイテムボックス)に手を突っ込んで、引き戻した。何の感触もないけど、真っ暗な穴に喰われそうな、そんな恐怖がある。

「ヤサク、さっさと撃たないと、あたしが一番手を貰うよ?」
「ばーろー、そこは探索部隊長(パーティーリーダー)様に譲りやがれ。≪撹乱しろ≫、蒼魔弓」

 ヤサクの言葉に答えるように、弓矢が赤く光っている。赤いのに蒼魔?
 赤い矢が、多頭蛇の横にいた魔物使いを倒す。

「ふふん、魔法防御に頼りきるからそんな目に遭うんだぜぃ」
「本当にー、その弓はー魔術士殺しにー向いてーますねー」

 それに続けてプタの街の防衛軍から一斉に矢が放たれる。相手は木陰に隠れて矢を防いでいるようだ。多頭蛇にも当たっているけど、体の表面で弾かれているみたいだ。あ、怒ってる。こっちに向かってきたよ。

「なあ、多頭蛇に敵軍の中で暴れてもらった方が良かったんじゃないか?」
「奇遇ですねー、私もー同ー意見ですー」
「ちょっと、2人とも暢気な事言ってないで、なんとかしてよ。あいつ、こっちに来るってば」

 暢気な二人に、思わず文句を言っちゃった。生意気だって殴られるかと思ったけど、2人とも笑って流してくれた。

 多頭蛇は、森と門の中間地点まで来ると、おもむろに口から火の玉を吐き出してきた。思わず城壁の陰に隠れる。熱い熱風が頭上を飛び越えて、着弾した家を焼いている。

 うあ、あの家、先々月に完成したばかりなのに。

 呪文を唱えていたヤサクの仲間のハンサムさんとローブのオバサンの魔法が完成する。

「…… ■■■■ 理槍(ジャベリン)
「…… ■■■ 雷刃嵐(ライトニング・ストーム)

 何本もの光る槍と耳が痛くなるようなカミナリの暴風が、多頭蛇を蹂躙する。狂ったような悲鳴を上げる多頭蛇が、哀れだ。

『おのれ、公爵め! 我らの作戦を聞きつけて、手練れを送り込んで来おったか!』

 向こうの陣で、白覆面の人が叫んでいる。
 白覆面の人が合図すると半分くらいの人数が、突撃してきた。走り方から見て猿人族みたいだ。

「なあ、オレ達って、公爵の部下なのか?」
「誤解もいい所よね」
「たまたまーですからねー。たまたまーって、かわいくないですかー?」

 どうして、こう緊張感がないんだろう? 探索者はみんなこうなのかな?
 雷の魔法で、多頭蛇の鱗が脆くなったのか、防衛軍の矢が普通に刺さるようになっている。もうちょっとで倒せそうだ

 覆面の猿人族は、一人、また一人と、壁に届く前に射殺されている。
 良く見ると、何人かの仲間を、庇っているみたいだ。

『魔王様! ここに再び供物を捧げます! 我らの自由は陛下と共に!』

「なんだ? 魔王崇拝者か?」
「そーみたいですねー。困ったちゃんですー」
「アタシ、ああいう狂信者って嫌いなのよ。全部焼いていい?」
「待て、シェリオーナ。あのリーダーは捕まえないと背後関係がわからん」
「面倒ね」

「ちょっと、大変だよ」

 壁にたどり着いた獣族の人の体が、ボコボコと歪に歪んでいる。隣にいたヤサクの袖を引っ張って、それを伝えた。

「げっ、なんだありゃ?」

 ヤサクの周りの人がみんな呪文を唱え始めた。ヤサクも弓をしまって、大きな盾を取り出している。

 元の大きさより3倍くらいになった猿人が、軽い跳躍で城壁の上に跳び上がってきた。猿人じゃないよね? だって、お腹に牙がいっぱい生えた口があるんだもん。

 ああ、体が竦んで動けない。牙が、顔の横まで来てる。獣臭い息が目の前の口から漂ってきた。

「探索者ヤサク、いざ参る!」

 横合いから盾を翳して突っ込んできたヤサクが、その腹口猿(まもの)と一緒に地面に落下する。
 でも、どっちも頑丈だ。こんな高さから落ちたのに何事も無かったように距離を取っている。

「……■■■ 身体強化・酷使(ハード・ブースト)
「……■■■■■ 稲妻(ライトニング・ボルト)

 耳が痛くなる音と目が眩む光を伴って、腹口猿に稲妻が落ちる。ハンサムさんは、身軽な動きで、腹口猿の死角から斬りかかっている。どちらも速すぎて目が追いつかないよ。

「……■■■■ 神壁(ディバイン・ウォール)

 ヤサク達の周りに光る壁ができた。

「これでーだいじょーぶ。もうー大っきいー魔法でもー大丈夫ぅー」

 とっくに呪文を唱え始めていた、魔法使いのオバサンが小さく頷く。

「…… ■■■ 雷神嵐(サンダー・ストーム)
「うわっ、ばーろー、オレ達まで消し炭にする気かよ」
「ヤサク、君が逃げるのが遅いのですよ」

 さっきの多頭蛇に使ったのより遥かに凄い稲妻の嵐が吹き荒れている。ヤサクとタンが下で何か言っているけど、聞こえないや。

「とどめは貰ったぜ、旋風烈刃」

 大剣が赤い光を帯びて腹口猿に何本もの傷を刻んでいく。

「見込みが甘いですよ。鋭閃」

 ヤサクの反対側から、タンが光る長剣を突き込んでいる。
 もうすぐ倒せそうだ。やっぱり探索者ってすごいんだ。俺やケナ、それどころかオルドだって全然敵わないくらい強い――こんなに差があるんだ。

 俺の場違いな、わくわくを消したのは、左右の城壁から上がった複数の悲鳴だ。

 そこには何匹もの腹口猿が、衛兵や魔狩人達を蹴散らしている。

『恐れ入ったか! 我らの切り札! 我らにも制御できぬ圧倒的な暴力を味わうがいい! これこそが魔族だ! ああ、魔王陛下! この地より再び、魔族の世界が始まるのです』

「魔族?! まずいね」
「やーばいーですねー。ヤサクー、タンー、とっととずらかりましょー」
「そうね、魔物ならともかく、魔族はまずいわ」
「どうして? もうすぐ倒せそうじゃないか」

 魔族と聞いたとたん、ヤサクの仲間達が逃げ出そうとしている。今、まともに戦えているのは彼らだけなのに。

「魔族はね、頭がいいんだよ。こうやって、弱い魔法使いや神官から狙うくらいにはねっ」

 魔法使いのオバサンが、さっきとは別の杖を飛び移ってきた腹口猿に突き出す。そこから火弾が放たれ、腹口猿に当たって爆発する。地面に落ちた腹口猿は、全然ダメージを受けていないようだ。

「1匹ならともかく、こんな数を相手にできるのは勇者くらいなもんさ」
「あぶないー」

 ぐえっ。
 城壁を越えて降ってきた、腹口猿に潰される。門番の踏み付けなんか目じゃない重さと痛さだ。消えそうになる意識を振り絞って、掴んだ矢を腹口猿の爪の間に突きたてる。何度も突き立てているのに腹口猿は気にした様子もない。

 魔法使い達のオバさんたちも、俺を助けようとしてくれているみたいだけど、俺が邪魔で魔法が使えないみたいだ。

 あれは、なんだろう。
 無理矢理仰向けにされた視界に、空に浮かぶ人影が見えた。紫色の髪?

『≪踊れ≫ クラウソラス』

 その人影から、何本もの剣が振ってくる。綺麗だ。
 その剣は、生き物の様に勝手に動いて、オレの上に乗っていた腹口猿(まぞく)を斬り裂く。ただの一太刀で、腹口猿は真っ二つに斬られて死んだ。

 俺が腹口猿の下から這い出した時には、城壁の中と外での戦いは終わっていた。

「天空の剣だ」
「王祖ヤマト様だ」
「ヤマト様、万歳!」
「王祖ヤマト様に栄光あれ!」

 口々にみんながヤマト様の名前を叫んでいる。
 空を飛ぶあの人が、本当にヤマト様かはわからない。だけど、その人が飛び去る前に、力一杯「ありがとう」と叫ぶ事は出来た。

 死んじゃったかと思ったけど、ガディやバハナは骨折で済んだみたいだ。ケナとポミにいたっては、かすり傷で済んだらしい。

 俺は打ち身程度ですんだ。ヤサク達に言わせると奇跡らしい。貴族様のくれた鎧のお陰かな。今度会ったら、もう一度お礼を言わないとね。
SS:ムーノ市小話
※サトゥー視点ではありません。
 ムーノ男爵領執政官のニナさんの視点のSSです。

「に、ニナ様、ペンドラゴン士爵様からのお手紙を持った馬車の一団が城門前に来ているのですが、どうしましょう」
「馬車の『一団』? その手紙とやらは何処だい?」
「これです」

 手紙の封蝋は確かにサトゥー殿の印だ。
 ユユリナに馬車の一団を中庭に入れて、待たせるように言いつけて封蝋をはがす。

 何だ? 目録か?

 そこには目を疑うような大量の食品の目録が書かれている。
 テラスへ足を運んで眼下を見下ろすと、この目録が嘘ではないと判るだけの数の荷馬車が駐車していた。

「まったく、これで市民を飢えさせずに済むが、一体幾らかかったのやら。借金の総額がいくらになるか計算するのも億劫になるね」

 ユユリナの代わりにやってきた文官のミソナに目録を渡して、商品が目録と一致するかを確認に行かせる。この子は融通の利かないだけに、こういった作業に非常に向いている。





 行商人達から聞かされたあの男の話は耳を疑うものだった。

 グルリアン市を襲った魔族を退治しただと? 下級魔族という事だから判らなくもないが、それでも犠牲も無く倒せるなど聞いた事もない。カリナ様も一緒に戦っていたそうだが、あの娘はまったく。立派な体をしているんだから、さっさとサトゥー殿を篭絡してくれないものかねぇ。

 それよりも公都で築いた人脈の方が脅威的だね。今回の保存食もホーエン伯から格安で譲って貰ったらしいし、どうやってあの気難し屋の伯爵に取り入ったのやら。
 オリオン様も、うかうかしていると、サトゥー殿と主従が逆転してしまいそうだ。サトゥー殿に出世欲や支配欲が無かったのが救いだね。

 これだけ食料があるなら、少しは村落にも回せそうだね。賦役としてムーノ市の区画整理と開墾をさせる代わりに食事を与えるって方向で纏めるとするか、詳細を詰めるのにミソナとユユリナにはしばらく死ぬ気で頑張ってもらおうか。





 だが、私はあの男をまだ見誤っていたようだ。

 その後、同程度の馬車便が3度も届いた。
 それだけでも十分すぎるのだが、帰還したカリナ様の携えていたサトゥー殿の手紙や書類に書かれていた内容は驚愕に値する。

 そこには幾つもの工房で、ムーノ市からの留学生を受け入れると書かれてあったのだ。技術の流出を防ぐためにも、外部からの留学生の受け入れを捻じ込むのは並大抵ではない苦労がいるのに。
 まったく「特別渉外官」への任官を断っておきながら、実質やっている事は同じ――いや、予想より遥かに大きい功績だ。

 料理長のゲルトが持ってきた「ムーノ巻き」とかいう菓子を味わいながら、私は、この功績にどう報いたものか頭を悩ませていた。

 金銭や宝物は無い。爵位も既に与えてしまった。名誉士爵を士爵にするというのが妥当だが、あの男は興味を持っていなかった。これ以上の陞爵は国王陛下に推薦するくらいしか出来ない。あとは、女か。

 男爵様が後妻でも娶ってくれたらねぇ。
 幼い娘を嫁にできるとなったら、あの男も断らないだろうに。

 いっそ、ペンドラゴン村のトトナとかいう娘を男爵様の養女にでもして貰おうか。
 そんな冗談の方が可能性があるように思えるのが辛いところだ。

「全く、もう少し、まっとうな方向で頑張ってくれないものかね」

 私は、窓の外から聞こえてくるゾトル卿とカリナ様の組み手の掛け声を聞きながら、そうボヤかずにはいられなかった。

 私があと20歳くらい若かったらねぇ。
 そんな馬鹿なことを思いながら、一つ吐息をついた。

 領地の経営が改善する程、悩みが増えるなんて、難儀な事だよ。
※2013/08/09 の活動報告に掲載したSSの再収録です。
幕間:ムーノ男爵領にて
※9/15 誤字修正しました。

※今回はサトゥー視点ではありません。


◇男爵城・男爵私室◇


「男爵様、ゾトル卿とハウト殿がいらっしゃいました」
「ああ、入りたまえ」
「失礼いたします」

 男爵の執務室に招かれた2人には、戸惑いがある。気さくな主人だが、軍事的な事に関しては興味がないのか、彼らへの指示はニナ執政官から通達されるのが、常だからだ。

 それに加えて、男爵の執務机の上に置かれた2振りの剣だ。シンプルな鞘に包まれたその剣から、ゾトルは言い知れない力を感じていた。

「ゾトル卿、その剣を抜いてみてくれないか」
「ハッ」

 短い了承の言葉を返し、ゾトル卿が剣を抜く。共に呼ばれたハウトは、言葉を発せずゾトルの後ろに控える。恋人の父とはいえ公的な立場では、天と地ほどの身分差があるので至極当然の行動だ。それでも瞳には、隠し切れない興味の光があった。

「こ、これは魔剣ですか?」

 ゾトルは、手に持った剣をそう評した。かつて、知り合いの名門貴族出の上司に、見せびらかされた魔剣の印象と似ていたからだ。もっとも、その上司の剣はミスリルだった。この剣の様に、鉄の合金製ではない。

 彼は迷いを消して、魔剣に魔力を這わせる。彼が、普段使う鉄剣では意味がないが、かつて彼の佩剣だった魔物部位から作った剣を使う時は必須の行為だった。

「すごい……」

 彼の常識からは、ありえないほどのスムーズさで、魔剣に魔力が流れる。
 その状態で、数度素振りをした後に、剣を鞘に戻して机の上に置く。2本目の剣も同様に抜く。1本目と同型らしく、型に嵌めて作ったかのように均一の出来だ。これもまた、彼の常識からはありえない。普通、魔剣と言うのは、個々の性質と言うか、性能にバラ付きがあるものなのだから。

「すばらしい剣です。これなら金貨100枚以上の値段が付くでしょう――御用商人に売却されるのですか?」

 少し後ろ髪ひかれる思いで、男爵にそう問う。現在の男爵領の経済状況では、このような高価な剣を、自軍の騎士に配れる訳が無い。恐らく男爵は、この剣の相場を聞くために自分達を呼んだのだとゾトルは考えたようだ。

「気に入ったかね?」
「はい、これほどの剣を振る機会はめったにございませんゆえ、その機会を与えて頂いた事、感謝の極みでございます」
「そうか。気に入ってくれたのなら重畳だ。受け取り給え、その剣は君達の物だ」

 その意外すぎる言葉に、歓喜よりも戸惑いが浮かぶ。だが、男爵の言葉を咀嚼しおわると、戸惑いを打ち破って、再び歓喜が表に表れる。

「ま、まさか、これほどの名剣を貸与して頂けるのですか?」
「違う」

 男爵のあっさりした言葉に、再び落胆へと導かれる。

「それは君達に授ける。感謝の言葉は、ペンドラゴン士爵に言いたまえ。この剣は、君達へ渡して欲しいと、彼から頼まれたものだ」

 ペンドラゴン士爵――この男爵領で、たった3人しかいない爵位持ち貴族の一人だ。彼の常軌を逸した逸話には事欠かない。彼からの贈り物だと言うのなら、本当に譲渡されるのだろう。ゾトルは剣を両手で捧げ持ち。士爵と、彼を臣下に納めた自分の主君の英断に感謝の念を抱いた。


◇男爵城・中庭◇


「きれい……」
「ほほう、新人ちゃんは、ハウトさんが狙いかね?」
「きゃっ、エリーナさん! いつから居たんですか」
「さっきから居たよ~ん。で、ハウトさん狙いなの? 下克上しちゃう?」

 彼女達の視線の先には、手に入れたばかりの魔剣を振るう領軍の隊長と副隊長の姿がある。隊長の方はともかく、副隊長の振るう剣には魔力の光は無い。そのさらに向こうの木陰には、侍女に傅かれた男爵令嬢ソルナの姿がある。

「私が見ていたのは、ゾトル様の振るう剣の方ですよ。あんなに美しい剣は見た事がありません」

 何か言いた気な、エリーナの視線に押されて、言い訳がましい言葉が口を付く。

「だから、違いますって。あんなに愛おし気な視線で見守られている人に横恋慕なんて無理ですよ。それに私の好きな人は別にいますから」
「あ~、そういえば言ってたね。馬車に引かれて死にそうになっていたところを、高価な魔法薬を惜しげもなく振舞ってくれた若い商人さんだっけ?」
「えへへ~、名前も知らないし、顔も知らないんですけどね」

 エリーナの脳裏に、自分の良く知る人物の顔が浮かんだが、これ以上のライバル増加を望まない彼女は、賢明にも黙秘した。


◇開拓村◇


「えっ? 行儀見習いですか?」
「ええ、男爵様のお城で、見習いのメイドとして働いてみませんか?」

 ペンドラゴン村に2軒しかない長屋の一室に、2人のメイドと、1人の少女がいた。

 ここは村と言っても、魔物避けの結界柱も無い開拓村だ。いつ魔物に襲われて地図から消えても不思議では無い。ここに住む人々は、口減らしに故郷を捨てた老人と、元農奴の子供達だけだ。

 どうやって、森の中にこれだけの畑を開拓したのかは、ここに住む彼らを含めて誰も知らない。村の名前は、彼らが世話になった人物の名前から取ったそうだ。

「でも、わたし、農作業の手伝いくらいしかした事ないです」
「心配いらないっすよ? あたしみたいな元兵士でもメイドができるくらいっすから」
「メーダ、あなたは黙っていなさい」

 ピナの一喝で、メーダは首を竦ませる。班長になっての初仕事を、馬鹿な部下の言葉でふいにする訳にはいかないとばかりに、ピナの声に力が篭る。

「トトナ姉がやらないなら、あたしがなる! サトゥー様やアリサちゃんの役に立ちたいの!」
「ちょっとロロナ、どこから来たのよ」
「サトゥー様は、わたし達に温かいゴハンをくれた。それに食べきれないほどの食べ物を置いていってくれた。ここの畑だって、きっとサトゥー様が用意してくれたんだよ」

 小さな体で、一生懸命力説する幼女。メイドにするにはいささかどころではなく幼い。だが、ピナは問題なしと判断したようだ。

「いいでしょう。貴方の心意気を汲みましょう。ロロナ、あなたをメイド見習いとして雇います。トトナあなたはどうしますか?」
「うぅ、よろしくお願いします」

 妹分1人を見知らぬ土地に送るわけにもいかず、トトナもピナの申し出を受けてメイド見習いとなった。


◇ムーノ市・門前◇


「何だ、コレは?」
「それが、朝、門を開けたら、こうなってまして」

 門番に呼ばれてやってきたゾトルの眼前には、幾本もの石柱に括りつけられた百人以上の盗賊らしき男たちの姿があった。柱にはご丁寧に、彼らが盗賊なので捕縛したと書かれてある。

「ん? ゴウハンじゃないか?」
「えっ? ゾトル様? 出奔したんじゃ?」
「そっちは、オルタか?」
「ゾトルのダンナ!」

 盗賊の中には見知った顔があった。元々男爵軍の騎士や兵士で、当時の執政官と揉めて軍を抜けた者達だ。他にも、元職人や元神官の姿もある。ゾトルは、男爵領で不足している人材の確保を期待して、ニナ執政官に意見を具申する事になる。ヤマト石での賞罰の確認後に、男爵領の人材不足は、ほんのわずか改善する事になった。


◇男爵城・執政官執務室◇


「ニナさま、大変ですぅ」
「なんだ、ユユリナ?」
「それが、あの、また士爵様の事なんですが……」
「またか! 今度は何をやらかしたのだ!」

 三つ編みを揺らしながらニナ執政官の執務室に駆け込んできたのは、紋章官のユユリナ――幼い容姿ながらも城内でニナに次ぐ頭脳を持つ才媛だ。

「公都の貴族様方より縁談の申し込みと仲介を依頼する親書ですぅ」

 元々は、男爵宛に届いた書状だが、扱いに困った彼が、ユユリナ経由でニナ執政官に押し付けたと言うのが真相だ。直接、男爵がニナ執政官に渡さなかった理由は推して知るべしだ。

「カリナ様が一緒にいたのに、いつのまに、そんな浮名を流しておったのだ」

 苦々しげな表情をするニナ執政官だが、それも無理も無い。彼女としては、男爵領の安定の為にも、男爵閣下の次女のカリナ嬢と彼が、結ばれてくれるのを望んでいるからだ。カリナ嬢の方もまんざらでも無いようだが、令嬢の努力の方向がいささか間違っている上に、くだんの士爵が、幼い容姿の女性にしか興味が無い為に、その計画は成功の見込みが立っていない。もっとも、士爵の幼女好きという話は、ニナ執政官の思い込みなのだが、それを否定できる者はここにはいない。

 ユユリナが執務机の上に積み上げた綺麗な装飾の白木の箱を開ける。中には名匠の作ったらしき黄金の額縁に納められた相手の似姿が描かれている。似姿に描かれているのは、いずれも可憐な乙女ばかりだ。釣書に目を通すと、みな12~14歳くらいの娘ばかり。適齢期より少し若いが、むしろ貴族の縁談なら、その方が普通だ。

 問題は、相手の肩書きだ。

「伯爵令嬢だと? 何をどうやったら、そんな縁談が舞い込んでくるのだ?!」

 普通、名誉士爵の縁談相手といえば、豪商や市井の名士の娘か、同格の名誉士爵の娘くらいが普通だ。よほど名誉士爵本人が優れている場合や縁故があってはじめて、格上の士爵や准男爵の令嬢との縁談が持ち上がる。特に、伯爵以上の上級貴族の令嬢が、名誉士爵相手に降嫁する事はまず無い。

 しかも、この翌日からも続々と士爵との縁談に関する手紙が届く事になる。

 最終的に、3名の伯爵令嬢を始め、准男爵以上の家格のに絞っても30家近く、士爵や名誉士爵、豪商などを数に入れると、縁談の希望者は、優に100名を超える。

 そして極めつけに――

「侯爵令嬢?!」

 しかも本人が望まぬのなら、無かった事にしても構わぬとまで、侯爵の署名入りで書いてある。縁談自体が普通では無いが、気位の高い侯爵らしくない。彼女の知る侯爵は、もっと高圧的に振舞う人物だったはずだ。まるで、何か弱みでも握られているかのような弱気な物言いだ。

「まったく、縁談を断るにしても進めるにしても、本人と連絡が取れないのでは話にならん。言い訳の手紙はユユリナに書かせるとして、この手紙の費用はあの男への借金と相殺にしてやる」

 本気では無いのだろうが、そう呟く事で溜飲を下げたようだ。

 次に取り上げた手紙は縁談の申し込みでは無く、行儀見習の申し込みだった。貴族令嬢の教育として侍女になる事は良くあるが、公都に住む貴族令嬢が、こんな田舎貴族の元へ来る事はありえない。

「外堀から埋めるつもりか。なかなかの策士だ」

 しかも断りにくいように、抱き合わせでムーノ市の郊外に果樹園を共同で運営したいと申し込みが来ていた。なんでも害虫や害獣に荒らされない特殊な果物で、ここ最近、公都で大人気の物らしい。やや眉唾だが、専門家や苗まで向こう持ちだと言うのだから、断るのは、いささか勿体無い。

「くぅ、カリナ様。貴方の競争相手は強敵揃いですよ」

 思わず呟くニナ執政官。しかし、さすがの彼女も、次期巫女長とも目される元公爵令嬢までが、件の士爵に懸想しているとは想像だにできなかったようだ。

 カリナ嬢の戦闘訓練の掛け声に胃が痛くなったニナ執政官がキレて、令嬢に懇々と説教をするのは、ほんの少し未来の話だ。
SS:男爵の宝物
※サトゥー視点ではありません。
「もう、お父様ったら。また、その色紙をご覧になっているのですか?」
「おお、ソルナか」

 何時もの様に、私室で1人色紙を眺める父男爵に、少し呆れ顔のソルナ嬢。
 この色紙は、彼の家臣がオーユゴック公爵の都から送って来た物だ。大きな手形と何やら見たことの無い文字が描かれている。

「この力強い手形をみなさい。まるで世界を担うかの様じゃないか。そして、この躍動感あふれる古代文字! 生憎と難しすぎて読めないが、きっと含蓄のある言葉なのだろう」

 満足そうに1人頷く父の姿に、微笑が零れたのも最初のうちだけ。
 まさか、1月たった今でも、毎夜眺めるとは、娘のソルナでも予想できなかった。

 それは、世界の救世主、サガ帝国の勇者マサキの色紙だった。ペンドラゴン士爵が、どのような伝手を辿って入手したのかはわからない。

 誰にも読めない、その色紙には、古代文字で、こう書いてあった。

『ムーノ男爵さん江

 YES! ロリータ、NO! タッチ

    勇者ハヤト・マサキ』

 彼らの中で、古代語を読めるものが居なかったのは不幸中の幸いであろう。
※2013/09/24 の活動報告に掲載したSSの再収録です。
幕間:セーラの不運
※9/22 誤字修正しました。
※9/15 加筆しました。

※今回はサトゥー視点ではありません。
「ただいま戻りました」
「あら、セーラ様。もう、公爵様の御用はお済になったのですか?」
「はい、日程と随行員の確認だけでしたから」

 神殿の関係者用通用門のところで、神殿兵の女性に声を掛けられました。彼女は、炊き出しの時に、いつも私の護衛を務めてくれている方です。

 先ほどまで、お爺様に呼び出されて公爵城にいました。来春の王国会議には、お父様では無く、お爺様とティスラードお兄様が、出席なさるそうです。私は、お爺様が体調を崩された時のための治療要員として、神殿から派遣される事になったのです。

 遠い王都と言っても、飛空艇なら数日の距離です。

 それに、王国会議には、サトゥーさんも参加するはずなのです。久しぶりに会えるのが楽しみです。

 そんな心の声を聞かれたわけでは無いはずなのだけれど。

「そうそう、セーラ様。さきほど、ペンドラゴン卿をお見かけしましたよ」
「え?! ど、何処でですか?」

 彼女の発言に、思わず大きな声を上げて衆目を集めてしまいました。巫女長さまは許してくれそうですけど、巫女頭さまや神官長さまにお小言を聞かされそうです。

 口元を手で隠して、小声で彼女に確認します。
 馬車で、この通りを北に向かわれたそうですから、きっとシーメン子爵邸に向かわれたのでしょう。私を送って来たまま待っていてくれた馬車の御者さんに、お願いして子爵邸まで送っていただく事にしました。

「待っていれば、向こうから訪ねてくると思うんですけど……」

 そんな声が後ろから聞こえてきましたけど、今日のお仕事はお昼過ぎまでありませんから、だから何の問題もないのです。





 いきなり訪ねてしまった無礼を詫びて、シーメン子爵ホーサリス様への面会をお願いしたのだけれど、王都へお出かけだそうで会えませんでした。相変わらず、ご多忙なのね。

 そのまま帰るわけにもいかないので、今度はトルマ叔父様のいる別館にお邪魔する事にしました。いつでも、遊びにおいでと言って戴いていますし、メイドさんに先触れを出していただきましたから、都合が悪かったらそう言ってくださるはずです。

「やあ、セーラ。君の方から遊びに来るなんて、珍しいね」
「ご無沙汰しています。トルマ叔父様」

 あら? どうしたのかしら、快活なトルマ叔父様に似合わない沈痛な顔をしています。

「セーラ、昔みたいにトルマお兄ちゃんって呼んでくれないかい?」
「あら、叔父様。お子様までいる妻帯者の事を、お兄ちゃんなんて呼んだら失礼じゃないですか。どうなさったの? トルマ叔父様?」
「くくくっ、セ、セーラ様、そのあたりで許してやってくださいな」

 叔母様に縋って泣きマネを始めたトルマ叔父様に代わって、奥様のハユナ様が話し相手になってくださいました。

 早くサトゥーさんの事が聞きたいけれど、いきなり話を切り出すのも失礼だし、何か話題、話題っと……そうだ! とびっきりのお話があった!

「そうだわ、先ほどお爺様から伺ったのですけれど、春の王国会議で、准男爵位を賜るそうですわね。おめでとうございます!」
「ありがとう。名誉准男爵だから、マユナには継承できないんだけどね」

 そういえば、マユナちゃんは、どこかしら? さきほどから泣き声一つ聞こえないです。

「ああ、マユナなら寝ているよ。ペンドラゴン卿がお土産に持ってきてくれたおもちゃのお陰で、起きている時は終始ご機嫌だし、笑い疲れたらそのまま眠っちゃうから、手がかからなくて楽だよ」

 そう、その名前を待っていました。

「ペンドラゴン卿がお見えになったのですか? たしか、公都にはしばらく戻らないと伺っていたのですが……」
「巻物工房に用事が出来たとかで、一人で貿易港から戻ってきたって言ってたっけ」
「サトゥーさんなら、公爵城に向かわれましたよ。なんでも、赤い漬物を探しているとか言っていたので、たぶん、お城の料理人さんの所ではないかしら」

 お城の料理人! じゃあ、すれ違いになってしまったのね。
 ハユナ様が、上手く退出できるように誘導してくださったので、早々にお暇する事ができました。さすがは、トルマ叔父様を射止めただけはあります。





「こ、これはセーラ様。このような下々の働く場所に何か御用で?」

 初めて訪れたお城の厨房には、沢山の人達が忙しそうに働いていました。案内してくれたメイドに、厨房の責任者を呼んでもらったのだけれど、ここにはサトゥーさんはいないみたい。

「ああ、士爵様なら、漬物の話を聞いた後で下町に行くとか言っていたぜ、です」

 今度は下町ですか! もうっ、サトゥーさんったら意地悪です。

 下町まで行ったのに、結局、サトゥーさんにはお会いできませんでした。その日の修行はいつもより集中できなくて、何度も巫女長さまに怒られてしまいました。





「せーら、あのね」
「せーら、マしターいた」
「こら! あんたたち、セーラ様の事は巫女様かセーラ様とお呼びなさい」

 炊き出しが終わって、お手伝いの奥様方とお話していた私に話しかけてきたのは、小さなアシカ人族の子供達です。一緒にいたフォリナ女神官が、私に敬称を付けなかった子供達を叱りつけます。こんな小さな子に、そんなに目くじらを立てなくてもいいと思うのだけれど。

「ましたーって何かしら?」

 私は膝を折って、子供達の目線に合わせる。これはサトゥーさんのマネだ。こうすると、子供達が話しやすいらしい。この姿勢をするようになってから、孤児院の慰問に行った時に子供達との距離が近くなった気がします。

「えっと、ええっと」
「マしターは、ナナのマしター」

 私の知っているナナと言えば、サトゥーさんの従者のナナさんだ。そう言えば、ナナさんはサトゥーさんの事をマスターと呼んでなかったかしら? それに、この子達は、よくナナさんにダッコされていたのを見かけた記憶があります。

「もしかしてサトゥーさんを見たの?」
「さとぅ?」
「見たのはナナのマしター」

 少し要領を得なかったけど、もしかしたらと思って子供達の案内する方に行ってみる事にします。フォリナ女神官には、あまりいい顔をされなかったけれど、何人かの護衛を付ける事で許してもらいました。

 子供達に手を引かれて向かった先は、朝市が終わって閑散とし始めた通りです。

「せーら、マしターいたの、ここ」
「ねえ、マしターは?」

 子供達が指差す先にいたのは、漬物らしき品を片付けていた年配の女性だ。

「巫女様、この子達はなんね?」

 困惑気味のオバさんに一言詫びて、サトゥーさんの事を尋ねる。

「黒髪の15歳くらいの落ち着いた爽やかな風貌の男性で、品のいいローブを着こなしている貴公子? ひょっとして巫女さまのいい人ね?」
「ち、違います! サトゥーさんはお友達です」
「そうね、お友達は大切にせんね」

 そのオバさんからのすごく生暖かい励ましの視線がいたたまれません。

「おばちゃん、何か食べさせて、寝過ごして炊き出しに参加しそこなっちゃった」
「あんた、毎晩働いているんだから、自分で何か買いなさんね」
「地元に仕送りしたばっかだから銅貨1枚ないよ。サっちゃんから貰ったクハノウ漬けは、あんまりボリボリ貪りたくないしさ~」

 私とオバさんの会話に割り込んできたのは、20過ぎの、ちょっとはしたない服装の女性です。男の人は、こういう豊満な人に惹かれるのでしょうか?

「あ、あの」
「黒髪の若いのなら、何人でもいるけどねぇ。そうだ、この間、フツナが助けて貰った兄さんも黒髪だっけねぇ」
「ん? サっちゃんの事? サっちゃんはね、若いのになかなかすごいテクニックだったよ。お陰で寝不足なのよ」
「あんたは、巫女さまの前で何を言ってるんだい。ほら、オニギリを1個やるから、これで我慢しな」
「わーい、オバちゃん愛してる」

 お取り込み中なので、お暇しました。

「マしターいないの?」
「サトゥーさんは、いないみたいですね」
「あら? 巫女さまが、探していたのはサトゥーっていうの? サっちゃんなら、朝一番の船で公都を出るって言ってたわよ」

 そ、そんな……ヒドイですサトゥーさん。ちょっとくらい顔を見せてくれたっていいじゃないですか。教えてくれた女性にお礼を言って、私はトボトボと神殿へと足をむけました。

 でも、どういうお知り合いなのかしら?





 サトゥーさんを目撃してから10日ほどが過ぎました。

『今夜、光の丘で待つ、君の士爵』

 炊き出しの時に、そんな栞を手渡されたのです。渡した方の顔は見えなかったのですが、これは、やはりサトゥーさんなのでしょうか?

 光の丘と言えば、下町の外れにある丘で、大河に映る星空がとても綺麗な、恋人達が逢瀬を交わす場所で有名です。

 巫女の私が、そんな場所に行くわけには……でも、会うくらいならいいですよね?





「星が大河に落ちてきたみたい」

 神官兵の方に護衛をお願いしてまで来た甲斐がありました。
 でも、丘で待っていたのはサトゥーさんでは無かったのです。

「フーン? 逢引にまで護衛を連れてくるなんて、さすがは大公の姫様だね~」

 白髪の少年が抜き身の剣を構えると、護衛の方達が素早く私を背後に庇います。離れて護衛してくれていたお爺様の私兵の方達も、助勢に来てくださいました。前に誘拐されたり、公都で襲撃されたせいか、常に護衛を付けて戴いていたお陰で、この暴漢からも身を守れそうです。

「あははっ、こんな少数の雑魚で、ボクはとまらないよ~?」
「これでも、若い頃は近衛騎士だったんだ。キサマごとき小僧に後れは取らん」

 銀色の光が閃き、剣がぶつかる音が響きます。

 僅か数合で、護衛の方達が地に伏せてしまいました。呆然とした私の手を引いて護衛の方が走り出しますが、瞬く間に追いついてきた白髪の少年に斬り伏せられてしまいます。

「君にはアイツをおびき出す人質になってもらわないとね。抵抗するなら両手両足をもいじゃうから、大人しくしていなよ~?」

 血を滴らせた長剣を肩に担ぐようにして、彼はこちらにゆっくりと歩み寄ります。まるで、獲物をいたぶる鼬のような動きです。

「人の庭先で、何をしておるのだ」

 サトゥーさん?

 どうしてでしょう、声も違えば体格も違うその人が、一瞬サトゥーさんのように思えたのです。黒装束のその方は、サトゥーさんよりも拳3つ分は背が高いですし、なにより、声が違います。

 その手に持つ美しい剣は、青い光を夜闇に撒き散らせながら、白髪の少年を圧倒していきます。

 あの剣は聖剣?

 でも、勇者様と体格が違いすぎます。もしかして、あの方が勇者様と一緒に公都の危機を救ったというナナシ様?

 何合か打ち合った後、白髪の少年が距離を取ります。そのまま逃げる気なのでしょう。そう思ったのですが――

長角(ロング・ホーン)よ、ボクの憎しみを糧に暴虐の力を!」

 彼は懐から取り出した長い角を、自分の額に押し付けようとしたのですが、紫の髪の人が、それを取り上げていました。この紫髪の人は、何処から現れたのでしょう?

「返せよっ」

 白刃が紫髪の人を襲いますが、何気ない動きでその刃を躱わして、小さな子供をしかるときのように、その頭に拳骨を落として地に叩き伏せます。私の護衛をしてくださっていた方達もけっして弱兵ではありません。その護衛たちを一人で惨殺した白髪の少年を、こうもたやすく無力化するなんて、只者ではありません。

「どうした、ナナシ。後ろで見ているのではなかったのか?」
『こいつがヤバイ物を取り出したんでね。使う前に無力化させて貰った』

 この紫の髪の方が、ナナシという方なのね。どうして、こんなに篭った声なのかしら?ナナシ様が、何処からともなく取り出した縄が、独りでに動いて少年を捕縛してしまいました。

 ナナシ様が、手を振ると、瀕死の重傷を負っていた兵士達の傷が癒えて行きます。

 あれは、無詠唱魔法?

『では、巫女セーラ。我等は、これにて失礼する。巫女長さまに宜しく言っておいてくれ。もうすぐ、公都の衛兵達がやってくるが、その白髪には近寄るなよ』

 そう言って、その2人は闇に溶けるように消えてしまいました。奇跡とも言える出会いのお陰で、私は命を拾えたようです。
 ナナシ様に癒されて、無傷で立ち上がる兵士達が、白髪の少年を取り押さえています。それを横目に見ながら、私を守って殉職した兵士達に、冥福の祈りを捧げました。

 でも、ナナシ様は、どうして私の名前を知っていたのかしら?
※9/15 セーラやサトゥーが死者や重傷者に冷たかったので、回復魔法を使わせておきました。後日の話に齟齬がでそうなので、運命の神様には引っ込んでもらいました。

※補足

セーラは覚えていませんが
・アシカ人族の子供は、ナナといつも一緒に居たので、セーラとサトゥーが仲良くしていたのを覚えています。
・アシカ人族の子供は、セーラが炊き出しでいつもゴハンをくれているので、セーラに感謝しています。

 セーラはナナシ=聖者という事を知りませんでした。巫女長さんが、「謎の聖者さまが貴方を助けてくれたのよ」としか言っていなかったのです。

 ナナシと一緒にいたのはオークのガ・ホウです。
 白髪の少年は、王子と一緒にいた戦闘狂の少年です。
SS:ルルの害虫退治
※サトゥー視点ではありません。
 リザ視点のSSです。
「うふふ、アナタがいけないんですよ? 人のモノに手を出したりするから……」

 どうしましょう、ルルの様子が変です。

「さあ、大人しく退治されてしまいなさい」

 包丁片手に暗い笑みをしているルルを見ると、少し背筋が寒くなります。

「あらあら、怖いのかしら? 手足を縮めて。それで隠れているつもりなの?」

 追い詰めるような口調のルルに、声をかけるか迷いましたが、少し遅れてご主人様も来ると仰っていましたから、今の内に止めましょう。

「さあ、観念しなさい――」
「ルル」

 私が声をかけると凄い速さで、ルルが振り返りました。両手で持つ包丁をみたら刺されそうで怖いですね。

「み、見てました?」
「いいえ、見てませんよ。それよりご主人様が来るので、小芝居はその辺にして葉野菜の害虫取りをさっさと済ませてしまいなさい」
「お、お願いリザさん、ご主人様には――」

 焦ってつめよるルルは可愛いですが、包丁を持ったままなので、軽く摘まんで取り上げます。危ないですからね。

 ルルに「私は誓って何も見ていません」と口外しない事を約束しました。ルルが秘密にしてくれるお礼に今日は厚切りのステーキを付けてくれるそうです。そういうつもりは無かったのですが、肉に罪はありません。美味しく頂きましょう。

「どうしたのリザ? 何か嬉しそうだね」
「いえ、何でもありません」

 これは乙女同士の秘め事ですから、ご主人様には秘密です。
※2013/08/29 の活動報告に掲載したSSの再収録です。
SS:ポチのお医者さん

「大変なのです! このままでは大変なのです」
「タイヘン~?」

 女医さんファッションのポチの横には、ミニスカナース姿のアリサとタマがいる。ミーアはアイアリーゼとお出かけ中だ。
 お医者さんごっことは、アリサらしい遊びだ。最初はアリサが女医さんだったのだが、聴診器を当てるマネをしながらセクハラしてきたので、ポチと交代になった。

「へ~、そりゃ困った」
「そうなので困ったのです」

 腕を組んだポチが大げさに困ったポーズをする。
 犬のおまわりさんみたいな会話の流れだ。アリサが「わんわんわわ~ん」とか茶化しているが、アリサの奇行に慣れているのかポチもタマも完全スルーだ。アリサ、哀れ。

 こっちから少し水を向けてあげよう。

「何が大変なんだい?」
「フジのヤマイなのです! アリサニウムとタマリンが不足してしまうのです」

 一体、アリサニウムやタマリンって何だろう? ムスコニウムみたいなモノかな?

 そうか、ポチニウムは不足していないのか。そうか。

 ならば!

「じゃあ、早速補充しようか」

 オレはそう言って、横にいたアリサとタマを両手に横抱きにして、頬をスリスリする。アリサが顔面崩壊しているので、顔を摺り寄せるのはタマだけにしよう。

 ポチが期待に満ちた顔で両手を広げているが、そのままにする。
 あれ? っていう疑問の顔だ。

「ご主人さま、ポチもスリスリして欲しいのです」
「でも、不足しているのは、アリサニウムとタマリンだけだから」

 ポチに「残念」と首を横に振る。ワタワタと短い手を動かして、助けを求めて視線を彷徨わせている。ナナは顔を横に振るばかりだし、リザは沈黙している。ルルも控えめに笑っているだけだ。
 このまま放置しても可哀相だから、そろそろ助け舟を出そう。

「ひょっとしたらポチニウムも不足しているかな?」
「そうなのです! すっごく不足しているのです!」

 ポチがイスの上からダイブしてきたので、受け止めてやる。ポチのヒザが当たったアリサが、後頭部を押さえて悶絶している。あ~あ。今回はアリサに落ち度はないので、魔力治癒で治しておいてやった。

 ルルニウムやリザニウム、ナナニウムなんかも不足している事にして、スキンシップを補充しておいた。ナナニウムの補充量に偏りがあったらしく、連合勢力から物言いが入ってしまった。

 ちょっと、チェックが厳しいと思う。
※2013/09/06 の活動報告に掲載したSSの再収録です。
SS:釣り
※1/2 誤字修正しました。

「何を作っているのです?」
「むし~?」

 道具を作っていたオレの手元を、左右からポチとタマが覗き込んでいる。

「これはフライだよ」
「けむし~?」
「虫じゃないのです?」
「虫のフリをして魚を釣り上げる疑似餌だよ」

 良く判っていないのだろうが、ポチとタマは「なるほど~」「なのです」と腕を組んでうんうんと頷いている。

 ちょうど完成したので、2人を連れて近くの水場に行く。
 このボルエナンの森に限らず、こちらの世界の水場には魚が多い。居なかったのはムーノ男爵領くらいだ。

 竿のガイドはともかく、リールを作るのが面倒だったので、釣り道具は1セットだけだ。竿を前後に振ってフライの勢いを付けて目標の場所にキャストする。

 好奇心旺盛な魚が多いのか、フライが着水するや否や大魚が食いついた。

「いれぐい~?」
「しゅ、しゅごいのです! もう釣れたのです。フライの人は名人なのです」

 のんびりな口調で喜ぶタマと、興奮しすぎて噛みながら手をブンブン振り回すポチが対照的だ。

 今度は、普通に竿の長さの糸に調整して、水面でフライを落としてみる。少し間をおいて、さっきと同じ大きな口のマスっぽい魚が喰らい付いた。それにしても50センチ級がこんなに簡単に釣れるとは、入れ食いにもほどがある。

 3分だけポチとタマに待ってもらって、即席で釣竿2本と疑似餌を2個作って2人に渡した。

「さあ、やってごらん」
「ばくちょ~?」
「がんばるのです!」

 竿を振り回したポチが針を木の枝に引っ掛けたり、大物過ぎる巨大魚を釣ってしまったタマが池に引きずりこまれそうになったりと、ささやかなハプニングを挟みつつ、夕方までに100匹以上の大漁になってしまった。生簀に入りきらない分は逃がしたのだが、それでも溢れそうだ。

「さかなまつり~?」
「今日は魚なのです?」
「魚は泥吐きをさせてからにしよう。今日は、悪いけどいつものクジラ肉を使った料理にしよう」

 確かに美味しいけど、ちょっと飽きてきたんだよね。

「問題ないのです! クジラ肉はチーオドルくらい好きなのです!」
「からあげ~? カツ?」

 揚げ物も続いているし、ステーキも昨日したしね。ちょっと野菜を取りたいから別の料理がいいかな。

「そうだね、ハンバーグにはあんまり合わなかったから、すき焼きにするかい?」
「ハンバーグ先生は万能なのです!」
「すきやきすき~」
「もちろん、すき焼き大明神も大好きなのです」

 そういう事で、夕食はすき焼きになった。

 今日の魚は数日後に煮魚にしてみた。小骨の多さにポチが泣きそうになっていたが、ルルが根気良く小骨の取り方をレクチャーしていたので、残さず食べてくれた。

 さて、明日は何をしよう?
※2013/09/20 の活動報告に掲載したSSの再収録です。
10-1.海の旅
※9/22 誤字修正しました。

 サトゥーです。クジラと違い、イルカを食べるというと眉を顰める人が多い気がします。自分も犬や猫を食べる話を聞くと気分を害するので、やはり食文化の違いなのでしょう。





「野郎共! キャプテンアリサ様の出陣だあ~」
「いえっさ~?」
「あいあい~」
「ん」

 海賊のコスプレをしたアリサ達が、船首で遊んでいる。アリサは、船長役らしく横長の帽子に裾の長い上着、下には白いズボンとシャツだ。腰にはレイピアを差している。

 ちょっとレトロな海賊だな。てっきり海賊王の方のコスをするかと思ったんだが、ちょっと違ったようだ。

 ポチとタマは、海賊の子分ファッションで、縞模様の半そでのシャツに7分丈のズボンを着ている。2人とも昨日オレが作った眼帯を装備中だ。普通の眼帯だと楽しく無いので、それぞれ犬猫をデフォルメした小さなお面みたいな外見にしてある。

 ミーアは海兵っぽいというか、白いセーラー服に白いズボンだ。

「ご主人さま、お茶の用意ができました」
「ありがとう、ルル」

 操舵用に一段高くなっている操縦区画から降りて、甲板の上に並べた簡易テーブルに着席する。ルルがアリサ達にオヤツの時間だと告げると、海賊ゴッコを中断して駆け戻ってきた。

「あれ? ここは日差しが柔らかい」
「ふふん、ルル達が日焼けしたら可愛そうだから、日差しやUVをカットできる『陽光防御(サンライト・プロテクション)』を作ったんだよ」

 前に公都で巻物を注文するときに、追加したやつだ。
 何のための魔法か判らなかったらしくて、ナタリナさんが困惑していた。

「風もない~?」
「本当なのです。上は風が吹いているのに不思議なのです」
「魔法だよ」
「なるる~」
「なるほど、なのです」

 風は、普通に気体操作(エア・コントロール)の魔法だ。帆に風を送るのと同時に、ここは風が凪ぐようにしてある。
 そうしておかないと、ルルやナナのスカートが捲くれて大変だった。特にルルの服はワンピースだったので、おへそまで見えてしまっていた。もちろん、公式には見ていない事になっている。

 帆船は、現在、湾内を航海中だ。
 湾内には、ほとんど魔物もいない。

「イルカ! 今、イルカが跳ねた!」

 イルカが船を並走して来たのを、すばやくアリサが見つけた。口に物を入れたまま喋るのは止めて欲しい。お盆サイズの自在盾(フレキシブル・シールド)を発動してお菓子の破片を防ぐ。

 アリサは、オレの後ろ側の舷側に駆け寄る。釣られた年少組だけでなくルルやナナも駆けて行った。
 リザは? と視線を向けると、階下の倉庫からロープ付きの銛を取りに行っていたようだ。どうやらリザにとっては、漁の獲物扱いらしい。

「ちゅーがえりしたのです!」
「えもの~?」
「何言ってるのよ、イルカを食べるなんてとんでもないわ~ あれは愛でるものよ」

 アリサには、以前に和歌山県の民宿でイルカを食べた事があるとかは、言わない方が良さそうだ。まあ、確かに可愛いから愛でるのもいいか。
 ナナが一番反応するかと思ったが、あまり好みではなかったようだ。ルルも「大きい魚ですね」と言っているが、あれは調理法を考えている時の表情だ。

「ですが、美味しそうです」

 リザが背中に銛を隠しているが、隠しきれていない。
 アリサ以外はイルカを捕食する気まんまんみたいだったが、ここはアリサに免じて見逃してあげよう。

 身の危険を感じたわけでもないと思うのだが、しばらくするとイルカは船から離れて行った。





 午後のオヤツが終わる頃には、船は無事に湾を抜けて外海に出た。

「うわっ、揺れるわね」
「飛行船よりも揺れますね」
「ん」

 アリサ、ルル、ミーアの三人は、船の揺れが不快なようだ。この大きさの船にしては揺れていないはずなんだが、川に比べれば揺れるから仕方ないだろう。

「大丈夫ですよ、下は水です。落ちたら泳げばいいのです」

 リザが静かにそう諭す。飛空艇の時と随分違う。

「ん、泳げる」
「無理、犬掻きで10メートルくらいしか泳げない」
「私は山育ちなので泳いだ事がありません。あら? アリサも泳いだ事はないんじゃ?」

 なるほど、アリサとルルは泳げないのか。今度、海岸に寄った時にでも泳ぎ方を教えてやろう。その前に水着が必要か。

「にゃはははは~」
「タマ、揺れすぎなのです、大変なのです! ご主人さま、落ちるのですぅ~」

 湾を出る前まで、メインマストの上にある物見櫓に登っていたタマとポチの楽しそうな声が聞こえてきた。ポチの声は若干悲鳴っぽいが、微妙に声が楽しそうだから大丈夫だろう。落ちそうになったら「理力の手(マジック・ハンド)」で受け止めるから大丈夫だ。

 そんな感じで、みなのリアクションを楽しんでいたんだが、レーダーに魔物が映った。

 このまま会敵したら危ないので、船を浮上させよう。

 操舵席の舵輪の中央にある操作板に触れる。魔力を供給して空力機関を起動する。船底が海面から出た後も浮上を続け、波頭に触れないくらいの高さまで上昇する。

「あら? 揺れがおさまった? げっ?!」

 舷側から下を覗き込んだアリサが絶句している。

 あれ?
 この帆船が飛行可能だって言ってなかったっけ?

 アリサ以外は、船が飛ぶ事に疑問がないのか平然としている。ボルエナンの森に行く時も飛行船で飛んでいたからね。原理を知らなければ、飛行船が飛ぶのも、帆船が飛んでも同じだと思えるのだろう。

「まさか、この船って飛空艇なの?」
「そうだよ。高空を飛べるほどの出力は無いけどね」

 精々、地表から100メートル程度までしか上昇できない。推進器も搭載していないので、風を受けて進む機能しかない。

 アリサが「ぐぬぬ」とか「チートヤロウめ」とかブツブツ言っている。ちゃんと色んな人から教わった事を応用して作ったのに、酷い物言いだ。

 船の揺れが収まったのを確認したポチが、スルスルとメインマストから垂れたロープを伝って降りてくる。タマも何かを見つけたのか、ポチを追いかけて降りて来た。

「大きな影が近寄って来てる~」
「影なのです?」

 タマが見つけたのは、この船に接近中の首長竜だ。竜と付くが竜族では無く、魔物の一種だ。





 海面を割って、長い首が現れた。

「うっはー、ネッシーよ! リアルネッシーじゃない。ピュイとか鳴かないかしら?」

 アリサのテンションがおかしい。
 UMAとかでも有名な部類だから、気持ちは解る。でも、泣き声が「ピュイ」っていうのは何処から出てきたんだろう?

「蒲焼よ! 我が胃袋の前にひれ伏す事を推奨します!」
「HUROOOOUNN!」

 蒲焼って。前の角蛇(ホーン・スネーク)は確かに絶品だったけどさ。
 ナナの挑発に食いついた首長竜(ロングネック)が、咆哮をあげる。後ろでアリサが、「あんなのピュイ吉じゃない」とハンカチを引き裂いている。小芝居なのは判るが、後でリザとルルに叱られるぞ。

「撃て!」

 俺の掛け声で、ルル、ポチ、タマの三人がショットガンの引き金を引く。的が大きいのもあるが、円錐状に広がる魔力の散弾が30メートル先の首長竜に命中する。

「……■■ 水縛(ウォータ・ホールド)

 3人に遅れてミーアの捕縛魔法が発動して、首長竜を拘束しようと水のロープが纏わり付き始めた。相手のレベルが高いせいか、イマイチ拘束仕切れていないみたいだ。

「……■■■■■■ 空間切断(ディメンジョン・カッター)

 アリサの放つ空間魔法の刃が、首長竜の胴体に深い傷を作る。
 その傷を物ともせずに、首長竜の巨大な牙が大盾を構えるナナに迫る。

 ナナが理術で撃ち出した魔法の矢が、首長竜の両目に突き立つ。視界を奪われた首長竜が、そのままナナに突撃して来るが、ナナは、素早く横に避けた。

 そのまま首長竜に突撃されて船が壊れたら嫌なので、自在盾(フレキシブル・シールド)で船の甲板を守る。
 槍に魔力を溜めていたリザが、自在盾に阻まれて動きの止まった首長竜に魔槍の突きを叩き込む。そこにショットガンを甲板に投げ出したポチとタマも加勢に入った。

 動きの止まった首長竜の長い首に、アリサの空間切断が突き立ち、その傷を抉じ開けるようにミーアの水破裂(ウォーターバースト)が炸裂した。千切れかけていた首長竜の長い首の左右に、リザの魔刃を発動した魔槍とナナの鋭刃で強化された魔剣が命中し、ようやく倒す事に成功した。

 首長竜は船と同じサイズだったので、解体作業は「理力の手(マジック・ハンド)」と「自在剣(フレキシブル・ソード)」の魔法を使って遠隔で行った。

 角蛇ほどじゃなかったが、首長竜もなかなか淡白で美味かった。ヒレを使った料理が、公都で買った料理本に載っていたはずなので、今度チャレンジしてみよう。
 海の旅は、もう1話だけ続く予定です。
10-2.2つの伯爵領
※9/22 誤字修正しました。
※9/23 加筆修正しました。

 サトゥーです。船頭多くして船山を登るという言葉があります。仕切り役の居ない会議に出るたびに脳裏を過ぎる言葉ですが、異世界では、山を登る船くらい普通にいそうです。




 他の船の海路と交差しないように、オレ達の帆船はかなりの外洋を飛行(・・)中だ。波頭より少し高いくらいの高度なので、遠距離から目撃されても普通に航海しているように見えるはずだ。

 もっとも、速度は普通の帆船の3倍以上の速さなので、聡い人なら、この船の異常さに気が付いてしまうだろう。

 何度か、海賊をスルーしたり、海底遺跡を探索したり、海岸に着地して海水浴をしたりと、海の旅を満喫している。

 マップで近傍の船舶を確認しつつ、慎重なコース取りをしていたので、割と遠回りになっている。途中で、幻影魔法で、海の映像を貼り付ければいいと思い付いたのだが、あまり他の船舶に近づけないのは同じなので、実行していない。

 最初の3日で、1200キロほど西南西に進んだ。現在は、着水して速度を普通の帆船程度まで落としてある。この先の湾内にあるウケウ伯爵領の港に入港するためだ。ルル達が船酔いになりそうだが、しばらく我慢して貰おう。





 ウケウ伯爵領の港には、オレ達の船くらいの大きさのガレー船が7隻、帆船が3隻停泊している。港湾設備が乏しいのか、入港しているのは4隻だけで、残りの6隻は少し港から離れた海上で碇を下ろしている。

 オレ達の船も海上に碇を下ろして停船する。

 港で荷降ろしをする必要もないので、小船を下ろして港街を見物しに行く事にした。全員が小船に乗った所で、「理力の手(マジック・ハンド)」を使って海面に降ろす。もちろん、目立たないように港や他の船から見えない側から降ろした。

 船の留守番は、オウム型のカカシ8号に任せる。オウム型だが飛べない。できるのは監視と侵入者の通知、それからちょっとしたワイヤー操作だけだ。このワイヤー操作は、船員を模した人形を動かしたり、罠を発動させたりするのに使う。人形には戦闘能力は無いが、遠目には人間が働いているように見えるので、防犯には充分だ。

 小船の漕ぎ手をリザとナナに任せる。小船といっても、大人8人が乗れる大きさだ。

「ここってどんな港街なの?」
「ウケウ伯爵領の港なんだけど、あの山を越えるとキリク伯爵領の港に近道できるんだよ。この近道を使うと、ここから南に500キロも伸びている半島を回って来る必要が無くなるから、時間を大幅に節約できるみたいだよ」
「往復1000キロなら2日くらいじゃない?」
「アリサ、ご主人様の魔法船の速度を普通と考えてはいけません」
「そうだね。普通の船なら、半月以上かかるよ」

 リザがアリサに注意している。他の面々は興味が無い話題なのか、海面に手を浸して遊んでいる。タマがオレのヒザから必死で体を伸ばして、海面に手を触れようとしている。そんなに無理な体勢にならなくても、ヒザから降りればいいのに。

「山越えって、どのくらいかかるの?」
「山越えなら20キロほどだし、4~5キロ毎に休憩所らしき施設があるみたいだから、ここで荷降ろしする船も結構多いみたいだ」

 魔法でチョチョイと運河でも作ればいいと思う。予算が無くて魔法使いが雇えないとかかも知れない。公都と王都を結ぶ海運の要所になりそうだから、それなりに出資してくれる人が居そうだと思うんだが。





 小船を桟橋に近づけると船着場にいた役人らしき男が身振り手振りで、船を着けるべき場所へと誘導してくれる。

「やあ、商人さん。見ない顔だけど、このウケハーバの港へは初めてかい?」
「ええ、初めてです」

 船から降りるルルに手を貸してやりながら、胸元から身分証明書のプレートを出して見せる。

「これは失礼しました士爵さま。今日の分のキリク伯爵領の港への駅馬車はもう出てしまいましたから、次の便は明日の朝になります。貴族様がお泊りになれるような宿は、灯台の明かり亭くらいしかありませんので誰かに案内をさせましょうか?」
「ああ、ありがとう。夜は船に戻るから宿はいいよ。小船の停泊料は幾らだい」
「1隻だけなら無料です。警備の者が必要なら1日銅貨1枚で派遣いたします」

 ここで下船する貴族は、王都に向かう者が多いらしく、役人氏の言葉は淀みない。オレは、宿の件を断って、警備の人間を2人雇った。しかし、1日銅貨1枚って安すぎないか?

 港湾施設で働く労働者は、獣人族が多い。特に狸人族と猿人族が多めだ。小柄な鼠人族もいるが、彼らは荷の積み下ろしでは無く雑用など、力の要らない作業に従事しているみたいだ。

「そこにおられるのは、ペンドラゴン士爵では無いか?」

 そう声を掛けられて振り向いた先には、公都で何度かお邪魔した貴族の当主さんがいた。名前は、エグオン男爵。たしか、半島の延長線上にある群島まで、香辛料を仕入れるルートを持っている人だ。カレーに必要なクミンやターメリックを仕入れられたのは、彼のお陰だ。

「ご無沙汰しております。エグオン男爵」
「こんな所で会えるとは実に奇遇だな。貴殿のお陰で珍しい香辛料の売れ行きが急増してな。買い付けの強化の為に自ら足を運んだのだよ」

 そういえば、公都では未曾有の料理ブームが起きているとホーエン伯が言っていた。

 なんでも、ホーエン伯の主催で3ヵ月後に料理大会を開催するという事だ。そのせいなのだろうが、巻物を受け取りに公都に行った時、やたらと料理勝負を挑まれてしまった。先に大会の話を聞いていたので、大会優勝したら勝負を受けると空約束をしておいた。

「もう、1日ほど早ければ、レンド子爵も居たのに惜しい事だ」

 彼の言うレンド子爵は、公都で宝石を扱っている。彼の彫金工房や宝石の研磨工房などを何度か見学させて貰っていた。レンド子爵は、王都や迷宮都市に顧客を拡げに旅をしているらしい。この港までは、エグオン男爵の船で来て、先ほど聞いた駅馬車でキリク伯爵領の港に向かったらしい。

 せっかくなので、忙しそうなエグオン男爵の邪魔にならない程度に、ウケウ伯やキリク伯の人柄や領地の情報を教えて貰った。

 ウケウ伯は、良く言えば純朴、悪く言えば田舎者の貴族という事らしい。領軍は比較的強力らしいのだが、陸軍が主体で水上戦力は、ガレー船が数隻あるだけらしい。海運の安全が確保できないのでは? と心配したが、そもそも海賊は盗賊なみに何処にでも出没するらしい。なので、領軍の水上戦力は、航路の安全では無く港が魔物に襲われないようにする為のものらしい。

 キリク伯は、洒落者で商売にも明るい、だが一方で軽薄で金銭に細かい貴族らしい。領軍は弱兵らしいが、装備の充実と兵数の確保でウケウ伯の領軍に拮抗しているそうだ。水軍はウケウ伯よりは少しマシ程度らしい。

 両伯爵家の仲が悪いらしい。しかもトップだけで無く、領民同士も変に張り合っているらしく、何かに付けて争いが起きるそうだ。

 先だっても、両伯爵の港を結ぶ山越えの街道で、領境にある谷越えの橋の補修費用の負担額で揉めたらしい。そして、今度は、どちらの領土の職人に作業をさせるかでもめているらしい、とエグオン男爵が呆れ顔で教えてくれた。





 港湾施設を抜けた先に、内門があり、その先が居住区になっている。人口は8千人ほどで、4割が亜人だ。奴隷が多いが殆どは、港湾施設での荷揚げなどの労働用の奴隷達だ。
 亜熱帯の気候のせいか、街行く人達の肌の露出が多い。若い女性は胸帯にベスト、下はミニスカートという素敵な格好の者が多い。男達も丈の短いズボンや、上半身にシャツだけや上半身裸の者が多い。なぜか、女性たちは忙しそうに働いているのに、男たちは昼日中から木陰で昼寝をしたり酒盛りをしている。不思議な光景だが、そういう土地なのだろう。

「南国チックね~ せっかくだから土地の名物でも食べましょう!」
「肉~」
「肉がいいのです!」
「こういう港町では魚の方が美味しいと言います」
「果物」

 珍しくリザが魚を選んだ。手近な場所に大き目の食堂があったので入る。周囲の家と同じように細い丸太を組んだ家屋で、屋根はバナナの葉みたいな大きな葉を重ねてあるみたいだ。他の住居と違い、壁が無いので、風通しがいい。

 空いている席を確保すると、ナイスバディな女給のお姉さんが注文を取りにやって来た。黒髪の南国風の美人さんだ。

 ゲボという食欲の湧かない名前の魚を煮たモノが名物というので、それを注文する。結構大きな魚なので、1匹だけにしておいた。ここに来る途中に干物を作っている人も見かけたので、焼き魚や干物を焼いた物も追加で注文する。

 肉はあるかと尋ねたのだが、水鼠の肉しか無いと言うので、希望者の分だけ水鼠の串焼きを注文した。獣娘3人は予想通りだったが、ルルも挑戦するという。研究熱心はいいが、涙目になるなら止めておけばいいのに。

 果物は豊富らしいので、色々な種類の盛り合わせにしてくれと頼んだ。

 ゲボはクエみたいな外見の巨大な白味魚で、魚醤ベースの出汁で炊かれている。これをそのまま食べてもいいのだが、店の人のお勧めはピラフっぽいゴハンを茶碗にいれて、そこに白身をかさねてから煮汁を上からかけて丼の様にして食べるのが良いらしい。

「ちょっと臭いがきついけど癖になる味ね」
「うん、こっちの山椒みたいな粉をかけると、臭みが消えるぞ」
「お、ほんとだ」

 このゲボ煮はアタリだ。レシピは大体想像が付くので、後で何匹か仕入れておこう。磯に棲むらしいから、自分で獲って来てもいいかもしれない。魚醤は、壷で売っているのをさっき見かけたから、忘れずに帰りに買おうと思う。

「あぶら~」
「口の中がねちゃねちゃなのです」
「2人とも文句を言わずに食べなさい。ルル、あなたは無理をせずに、そちらの果物で口直しでもしなさい。あなたの残した分は私が食べますから」
「ごめんなさい、リザさん」

 どうやら、水鼠は外れだったらしい。ポチやタマが肉を嫌がる姿を初めて見たよ。値段的には、水鼠の串焼きは比較的高価で、ミーアが格闘している果物の山と同じ値段だ。

「美味いかミーア」
「ん、美味」

 ミーアの前には、文字通り山のように多彩なフルーツが積み上がっている。見知ったところでは、パイナップルに椰子の実、バナナ、キウイ、マンゴーが並んでいる。他にもオレンジ系の柑橘類が何種類もある。リンゴや梨系は無かった。キウイを切ったら果肉が赤かったとかの差異はあったが、元の世界の果物に類似している。特にバナナとパイナップルは、味も食感もそのままだった。マンゴーは「マンゴーもどき」だった。見た目も味も一緒なのに、食感がゴムのようだ。横から一切れ掻っ攫って口に放り込んだアリサは、しばらくモゴモゴしていた後に「これはこれでアリね」と感想を漏らしていた。





 南国の街を堪能したオレ達は、色々な土産を抱えて船に戻った。幸いカカシ達の出番は無かったらしい。

 日が落ちた後、夜霧を発生させる。「(フォグ)」の魔法だ。ミーアの使った場合とは違い、港全体が濃霧の中に沈む。「気体操作(エア・コントロール)」の魔法で、山の方まで霧を流し、3時間ほどかけて反対側のキリク伯爵領の港まで届かせる。

 オレは霧に紛れて船を浮上させ、マップを頼りに山を越える。

 山越えの途中、領境の橋が落ちていて、谷底にレンド子爵とその家臣が瀕死でいた。この辺りには霧が来ないようにしていたのだが、補修が延び延びになっていた橋が落ちてしまったのだろう。運の悪い人達だ。

 霧の中からだと「理力の手(マジック・ハンド)」が届かなかったので、船を濃霧の空中で静止させ、漆黒仮面装備のナナシで救助に向かう。

 残念ながら御者や馬は死んでいたが、子爵達や他の客は生き延びていたので、「理力の手(マジック・ハンド)」をこそっと使ってウケウ伯側の山道に移動させておいた。ついでに、姿を隠したまま「治癒(アクア・ヒール)」を掛けておいたので、全快しているだろう。念のため食料や水なども近くの物陰に置いておく。

 背後で騒ぎが起こっていたが、騒げるだけの元気が残っているなら大丈夫だろう。

 オレは船に戻り、今度こそトラブルに遭遇する事無く山越えを果たした。そのまま濃霧に紛れて船を飛行させて、キリク伯爵領の外れにある小さな湾に船を停泊させた。
 次回、貿易港を経由して迷宮都市に到着予定です。

 飛行帆船の速度は、サトゥーが起きているときで、40ノット(時速72キロ)程度の速度で進んだ計算です。普通の帆船が平均6ノット程度(最高15ノット前後)です。

※魔法薬で回復していたシーンを治癒魔法に変更しておきました。

※活動報告にカリナ嬢の弟サイドのSSをアップしておきました。良かったらご覧下さい。
230/413
10-3.迷宮都市へ
※9/22 誤字修正しました。

 サトゥーです。浜辺というと海の家を連想してしまいます。やはり海で遊ぶなら、イカの姿焼きやトウモロコシ、具の無いカレー、伸びたラーメンは必須でしょう。実現のためには、まずトウモロコシを探さないといけませんね。





 キリク伯爵領沖から出発して、2日目に貿易都市タルトゥミナ近傍の海域までたどり着いた。このまま入港してしまうと、船を港に停泊させておかないといけなくなるので、昨夜の内に人気(ひとけ)の無い浜に上陸して馬車に乗り換える事にした。

 久々の地面に馬達も嬉しそうだ。

 このあたりには魔物が多いせいか人里が無いが、山を一つ越えたところに寂れた街道があるので、そこを経由して貿易都市から迷宮都市へ向かう主街道を使おうと思う。

「マスター、夜間行軍は危険です。砂浜にて演習を希望します」
「はなび~?」
「花火がいいのです! しゅわーもいいけど、パチパチがいいのです!」
「ん」

 ナナの言う演習は、花火の事だ。
 魔物の目を惹きそうだが、近付いたら殲滅すればいいだろう。

 みんなに渡した短杖に、リクエスト通りの「幻花火(ファイアワークス・イリュージョン)」の魔法を掛けてやる。

「くるる~ん」
「綺麗」

 タマとミーアが両手に持った噴出し花火を持って砂浜をクルクル回る。

「ちゃんと、見ててよ!」
「おっけー」

 アリサやルルは、花火を使って闇夜に文字を書く遊びをしている。残像が目に残って文字に見えるらしい。『あいしてる』とか『LOVE』と書いてくるのかと思ったんだが、『よばいはいつ?』とかナナメ上過ぎるメッセージは止めて欲しい。『だいすきです』と書いてくるルルの普通さを見習って欲しい。

「ヒヨコを希望します」

 ナナ?

「ヒヨコが希望なのです」

 2回言った。そんなにヒヨコがいいのか。どういう花火か予想が付かなかったので、短杖の先に火花を散らすヒヨコを生み出すようにして見た。プリセットパターンに無い花火だったので、準備に時間が掛かったが、目だけワクワクした無表情のナナに応えるべく頑張った。

「素晴らしいヒヨコです。マスター触ると消えます」
「幻術だから」

 いきなり触るとは困ったやつだ。光魔法タイプじゃなかったら火傷を負っている所だよ。もう一度、短杖に同じ魔法を掛けてやり、触らないように注意しておいた。

 オレはリザと一緒に、地味な線香花火を楽しんだ。

「良いものです」
「そうだな」

 いつの間にか集まってきていた、アリサ達にも線香花火を掛けてやる。

 海や森から無粋な魔物が接近していたが、タマの感知圏内に入る前に「誘導気絶弾(リモート・スタン)」で撃退しておいた。ゲームなら的確に襲ってくるのだろうが、魔物達の感知能力はそこまで高く無いのか、幾度か鼻先に誘導気絶弾を当ててやると、気味が悪くなったのか警戒したのか、海や森に帰っていった。

 翌朝、綺麗な砂浜の誘惑に勝てず、海水浴を楽しんでしまった。先を急ぐ旅では無いのだが、このままだと何日もキャンプする事になりそうだったので、昼には切り上げて、旅路に戻った。





「何、この馬車。揺れが無くて気持ち悪い」

 揺れなくても文句が来るのか。困ったもんだ。

 この馬車は、以前のような幌馬車では無く街中で乗るような小型の箱馬車だ。台車部分に自走機能があるだけでなく、客席部分の底部に薄型の空力機関を搭載してある。出力が低いので、最大出力でも短期間、地上数メートルを飛行するくらいしかできない。だが、常時10センチ程度の浮遊をさせる事で、揺れの吸収は問題なくできる。台車部分はきちんと接地しているので、外からは普通の馬車に見えるはずだ。

 客車と御者台は完全に分離されているので、2時間おきに客席と御者席のメンバーを交代している。今は、タマが御者のルルと一緒に御者台だ。ナナとリザは完全武装で、騎乗して並走している。

 寂れた街道だけあって何度か魔物と遭遇したが、雑魚だったのでリザの魔槍の一突きやナナの理術による遠距離からの魔法の矢であっさり排除されていた。いつの間にかナナの魔法の矢の同時発射数が、5本になっていてビックリした。

 その日の夕方には、貿易都市タルトゥミナが見えてきた。この都市は迷宮都市と同じく国王の直轄地だ。

 この貿易都市は、公都と同じく、都市の外にも街が溢れている。
 夕方になって閉門までに入市できない順番待ちの馬車や人が、城壁の外の街に一人また一人と流れていくのが見える。

 入市の時に割り込みしたのしないので、貴族同士が決闘になったりとややこしい事に巻き込まれつつも、なんとか閉門前に市内に入る事ができた。

 まったく、大人げ無い事はやめて欲しいものだ。





 あまり高級な宿だと、人族以外お断りらしいので、亜人OKの宿の中でグレードの高い所を門番に紹介して貰った。

 確かに宿の内装も上品で、部屋も広々としているのだが、店員の慇懃無礼な態度が合わない。今日は、このまま泊まるが、次回は違う宿にしよう。

「まったく、獣人は抜け毛でベッドが汚れるから床に寝かせろとか何様よね!」
「酷いです」
「遺憾の意を表明します」
「むぅ」

 アリサ達も立腹しているようだが、肝心のポチやタマは――

「床もふかふか~?」
「アリサ、怒るとお腹が減るのですよ?」

 ――と、意に介した様子も無い。

 リザは、奴隷の扱いとしては納屋で泊まらせられないだけ上等だという態度を崩していない。

 宿の主に文句を言ったら、普通にその店員が叱られていたので宿の方針という訳ではないようだ。店員に謝罪されたタマとポチが「よきにはからえ~」「許すのです」と応えていたので根に持つのは止めておこう。





 シガ王国の国際貿易港という事だったので、少し期待していたのだが、他国からの輸入品が多少安いだけで、品目自体は公爵領の貿易港とさほど変わらなかった。

 唯一の収穫といえば、魔物の部位で作った装備品が、国外へは普通に輸出されているという事実だった。国内ではあまり人気が無いが、国外では高値で取引されているらしい。

 この貿易都市からは、王都と迷宮都市に向けて定期的に駅馬車が出ているらしい。3日に1本という事だが、1度に5台近い馬車がでるらしいので、道中は比較的安全らしい。その駅馬車に合わせて出発する行商人も多いのだそうだ。

 駅馬車は2日前に出た後なので、もう1日滞在してから出発した方がいいと門番に勧められたのだが、他人と一緒の方がトラブル対処が面倒なので、そのまま出発した。

 山を3つほど越えた所から結界柱が目立ち始める。この辺りは王国の穀倉地帯なのだろう。見渡す限りの畑と言うのは、こちらの世界に来て初めて見た。温暖な気候なので、すでに作付けが始まっているようだ。

 幾つかの街を抜け、王都、迷宮都市、貿易都市を結ぶ交差路に、ケルトンという都市があった。この街はさほど特筆する場所も事件もなかったのだが、王都の流行だという衣装や布、それに柔らかい白パンが売っていた。公都と違い、王都方面は米が栽培できるほど水が潤沢ではないそうで、麦というかパンが主食なのだそうだ。

 麦を挽くための風車が村々にあるので、なかなか牧歌的な光景が見れる。あとはチューリップでも栽培していたらオランダにでも迷い込んだように思いそうだ。

 ケルトンと迷宮都市の中間にあるフルサウという都市を越えた辺りから、徐々に村の数が減り、次第に荒地が目立ち始めて来る。

 時折存在する村々には、ちゃんと風車や結界柱があるのだが、それまでの村と比べると明らかに土地が痩せている印象を受けた。

 そして、迷宮都市の手前の最後の山を越えると、ついに迷宮都市が遠方に見えた。勿論、この距離から見えたのはオレだけだ。山の向こうは一県丸ごと入りそうな広い平地だが、迷宮都市までの間に村は無い。幾本かある街道には、数キロ毎にバス亭のような休憩所が作られているようだ。一度、その休憩所に寄って見たが、雨風が凌げる事と、水量の少ない井戸が併設されているだけの簡素なものだった。

「すな~?」
「風がジャリジャリするのです」

 山を越えた辺りから、黄砂のような細かな砂が風に混じるようになった。迷宮都市の向こうに見える山脈を越えると広大な砂漠があるそうなので、そこから飛んできているのだろう。

 ルルの美容のためにも、「気体操作(エア・コントロール)」の魔法で馬車や馬の周りに、砂混じりの風が来ないようにする。もちろん、ナナとリザも馬車の近くに移動させた。

 荒地とは言っても植物が生えていないわけでは無い。雑草だけで無く低い潅木なども疎らに生えている。中には珍しい物もある。サボテンみたいな外見だが、やはりサボテンなのだろうか? AR表示では迷宮サボテンとなっていたので、サボテンであっているようだ。

 迷宮都市の近くまで来ると、セーリュー市の迷宮の近くに作られていたような聖碑が等間隔に建てられているのが見える。街道と直交するようなラインで無数に並んでいるようだ。マップで確認したら、砂漠前の山脈まで半円状に聖碑が並べられているのが判った。旅行記にも記述があったが、この聖碑のラインのお陰で、迷宮が王国側に延びない様に制限しているのだそうだ。

 迷宮都市の向こう側には漆黒の山がある。旅行記によると、あの下に迷宮があるそうだ。

 街の正門の両脇には、阿吽の仁王像の様に険しい顔の石のゴーレムが立っている。どちらもレベル40の強力なゴーレムだ。大理石の門に合わせたわけでは無いだろうが、見た目は大理石のゴーレムだ。

「きょじん~?」
「おっきいのです!」
「あれは、石のゴーレムであると告知します」

 窓から顔を出したタマとポチがゴーレムを見て驚いている。そういえば、2人は公都のゴーレムを見ていなかったね。エルフの里では動く人形(リビングドール)や多脚戦車みたいなゴーレムしか居なかったから、こういう普通のゴーレムは初めて見るようだ。

「強そうですね。魔槍でも傷つけられるか自信がありません。やはり、魔法で体勢を崩してから――」

 ナチュラルに攻略法を考え出したリザをスルーする。

「遠かった~」
「ようやく着きましたね」

 御者席のアリサとルルが、感慨深げに感想を言っている。

「さあ、わたし達の戦いはこれからよ!」

 打ち切りENDみたいな宣言は止めて欲しい。
※これで終わりじゃないので安心してください。
10-4.探索者ギルド
※10/05 誤字修正しました。

 サトゥーです。会員証という物は、どうしてあんなにサイフを圧迫するのでしょう。社会人になってからは枚数を絞る事を覚えましたが、学生時代のサイフは金欠のときでもパンパンに膨れていました。





「おっきな銀貨なのです」
「めだる~?」
「うん、ギリルに貰ったんだよ」
「ん、認証のメダリオン」

 たしか、ギリルもそんな事を言っていた。彼が迷宮都市にいた頃に住んでいた館を貸してもらえるという話が出た時に、受け取った品だ。

「ぎりる、いじわる~」
「そうなのです。お(うち)に入れてくれなかったのです!」
「意地悪じゃないよ。あの館では危険な薬品を使っていたから、ポチやタマの安全の為に入れないようにお願いしてあったんだ」

 前にクラゲ用の睡眠薬を作っていた時の話だ。そういえば、あの後に色々あってポチやタマをフォローするのを忘れていた。

 御者台のアリサがバンバンと天井を叩いている。
 興奮するのもほどほどにね?

「きゃっ」
「ちょっと、大変よ」

 ルルが短い悲鳴を上げながら、馬車を急停車させた。前方の門前が騒がしい。

 馬車の窓から前を覗くと、門の両脇にいた石のゴーレムが定位置より、数歩前に歩み出して片膝を付いて臣下の礼をしている。おお、ファンタジーな光景だ。

『マスター、ご帰還をお待ちしておりました』
『マスター、無事のご帰還を祝福いたします』

 エコー掛かった声が周囲に響く。声はメダルから出ていた。

「もしかして、これのせいか?」
「ん」

 ミーアが、オレの手にあるメダリオンを取り上げてゴーレムの方に翳す。

『我は主人代行なり。汝らの挨拶を嬉しく思う。なれど、汝らの任務は重要なり、疾く職務に復帰せよ』
『承知』
『承知』

 ミーアがメダリオンに語りかけると、ゴーレムたちから応答があり、元の台座に戻っていった。

「良く知っていたな」
「ん。アーゼが教えてくれた」

 できれば、ゴーレムが動き出す前に教えて欲しかった。ギリルは館の鍵だみたいな事しか言っていなかったから、サプライズのつもりだったのだろう。変な所で茶目っ気のある爺さんだよ。





「見た? 門番のゴーレムが(わらわ)に、跪いたのよ!」
「お(ひい)さま、そんなにお声を上げては、はしとのうございますよ」

 前に止まっている白い豪華な馬車から、そんな声が聞こえる。AR表示では、ノロォーク王国王女となっている。ルルと同い年の女の子だ。美人では無いが茶色の髪をしたかわいい子だ。高そうな絹の服を着ている。前にロイド侯の館で写させて貰った地図によると、ノロォーク王国は、すぐ北にあるエルエット侯爵領のさらに北にある小国だ。サガ帝国との緩衝地帯になっている。

 あまり係わり合いになりたく無いので、さっさと入市待ちの列に並ぼう。

 正門の前には、赤い硬革鎧(ハードレザーアーマー)の兵士達が、中に入る人の身分証をチェックしている。商人達の荷はチェックしているようだが、わりとザルなチェックで通している。他の街であるような入市税や関税も無いようだ。その為、市内に入る列は短く、貴族特権を活かす必要も無く街に入る事ができそうだ。

「迷宮都市セリビーラへようこそ、貴族様。失礼ですが、身分証をご提示ください」

 腰の低い兵士に身分証のプレートを見せる。
 しかし、良く貴族だと判るもんだ。

「失礼ですが、士爵様。セリビーラへは、初めての訪問でしょうか?」
「ええ、初めてです」

 丁寧な口調の門番に、釣られてつい敬語で話してしまう。ニナさんに聞かれたら、目下のものに敬語を使うなと怒られそうだ。

 門番氏の話を要約すると、セリビーラへの持込を制限する品は無いが、持ち出しを禁止されている品は種類が多いという事だった。特に、無許可での魔核(コア)の持ち出しは、重大な犯罪なので注意するように言われた。他にも、魔物の肉や魔物の毒腺から抽出した毒なども、持ち出しを禁止されているらしい。

「あと、これは禁止事項では無いのですが、西門付近の屋台は、魔物の肉しか扱っていないので、いい匂いだからと言って手を出さない方がいいですよ」

 そんな忠告を最後に貰って、オレ達は市内に入る。

 門を通った先には、他の都市がそうであったように、半径100メートル程の広場がある。ただし、いつもと違うのは、都市を貫く主街路(メインストリート)が無い事だ。旅行記によると、この街は魔物の襲撃がある事を基本に設計してある為に、侵入した魔物が街中に広がらないように、迷路状の街路で構成されている。この為に、長く街に住んでいる者でも、道に迷う事が多いそうだ。

 ルルを案内する為に、アリサと場所を替わろう。

「ルル、ちょっとアリサと交代するから止めてくれ」
「はい」
「どうしたの? 特等席で観光したい?」

 両手を差し出してきたアリサを受け止めて、地面に下ろしてやる。今日は珍しくセクハラ攻撃をしてこない。どうやら、興奮してそれどころでは無いようだ。

「ねえ、まずはギルドに行って冒険者の登録をしましょう!」

 まずは、宿を取るべきではないだろうか?
 それに、冒険者ではなく探索者だ。

「でね、でね! まずはFクラス冒険者として登録するの! そしたら『女子供がするような仕事じゃ無いぜ?』とか嫌な中堅冒険者が絡んできて、あっさり叩きのめしちゃうのよ!」

 貴族相手に絡んでくるような無謀なヤツはいないと思う。
 それにFって。アルファベットが知られていないわけでは無いようだけど、正直マイナーな文字だから使われていないと思う。

「んで! 注目を集めた後、迷宮に入って新人にはありえないほどの成果をだして、受付のお姉さんを引かせるのよ」

 引かせてどうする。

「で、成果の中にレアな変異種とかの討伐部位があって、ギルド長の部屋に呼ばれて、特別にCランクとかBランクまで一気に駆け上がるのよ~」

 中空を見つめて鼻息荒くまくし立てたアリサに、年少組が割れんばかりの拍手をしている。ルルは、微笑ましそうな顔で、小さくパチパチと無音の拍手をしていた。

「ご主人さま、ギルドに行かれるなら、門番に道を聞いてきましょうか?」

 馬を寄せて来たリザに、大丈夫と告げる。
 聞くまでも無い、正面にある3階建ての白い石造りの建物が探索者ギルドだ。

 仕方ない、このまま宿に向かったら、興奮したアリサに襲われそうだ。まだ、午前中だし、先に探索者ギルドに寄る事にしよう。





 ルルに言って、馬車を探索者ギルドの裏手にある駐車場に入れる。
 馬番らしきギルドの職員の誘導で、空いている駐車スペースへ馬車を入れる。

「先にいくわよ~」
「まって~」
「なのです!」
「ずるい」

 地に足が着いていなさそうなアリサに釣られて、ポチ、タマ、ミーアの3人もタタタッと軽快に正門の方へ駆けて行った。下馬して馬を、馬番の子供らしき幼女に預けていたリザとナナに先に行って貰う。

 他の馬車は、御者が残っているみたいだ。

「すまない、この子達の登録に来たんだ。しばらく馬車を頼めないかな?」
「はい、旦那しゃま。さまっ」

 噛んだのが恥ずかしいのか、幼女が赤くなって俯いている。ポンポンと頭を軽く撫でて「よろしくね」と頼んでおく。後で、チップを弾もう。

 ルルを連れて探索者ギルドの正門へ向かう。

 中は涼風の魔法でも掛かっているのか、ひんやりと快適だ。
 床は大理石で出来ており、どこか大企業のロビーのような雰囲気がしている。

 入って右手に会議ブースのような場所があり、ギルド職員らしき人間と商人らしき人が商談をしている。

 奥には銀行のようなカウンターがあり、8つほどあるカウンターのうちの2つだけに受付の職員がいる。受付は、20歳ほどのキャリアウーマンっぽい女性と、30過ぎのイケメンの2人だけだ。

 アリサ達は、なぜか女性の方で話している。イケメンでも30男はいやだったのか。他には客がいないようで、男性職員はアリサ達の方を微笑ましそうに見ている。

「早く、早く!」
「ご主人さま~」
「こっちなのです!」
「こっち」

 姦しい幼女達に呼ばれてカウンターに向かう。職員のお姉さんは苦笑いだ。

「初めまして士爵様。(わたくし)、本日の担当をさせて頂きます。ケーナと申します。本日はご登録という事ですが、普通登録をなさいますか? それとも特別登録をなさいますか?」

 はて? ゾトル卿や公都で仲良くなった探索者の人からは、そんな話を聞いた事がないけど?

「何が違うんだい?」
「特別登録は、探索者身分証が初めから黄金証(ゴールドプレート)が受け取れます。もちろん、普通登録と違って有償ですが、こちらは魔法道具になっていて、位置特定信号を定期的に発信します。迷宮突入時に、探索帰還予定を登録しておいて頂ければ、猶予期間を経た後に、その信号を辿って救助部隊が急行します」

 位置特定とかノーサンキューだね。
 それに、どちらかというと救助というよりは、遺品回収が目的な気がする。

「そんなに深く潜る予定もないから、普通の登録で頼む」
「はい、了解しました。それでは、みなさんの名前をお願いします」

 胸元から身分証を取り出そうとしていたんだが、不要なのか?

「身分証はいらないのかい?」
「はい、最初の登録では名前のみで構いません。少数ですが探索者の中には、偽名や通り名で登録されている方もいらっしゃいますよ」

 ふむ、管理はかなり緩いみたいだ。資源を産出する国有鉱山みたいな場所に入らせるのに、管理しなくていいんだろうか?

 名前を告げたオレ達に、彼女は、紐の付いた木板を渡してくる。木板には、3桁、2桁、4桁の数字が描いてある。もちろん、算用数字では無く、シガ王国で使われている数字だ。オレ達のプレートは、最初の5桁が同じ数字で、最後の4桁が連番の数字だ。どうやら、前の3桁、2桁はそれぞれ、年と月を表してるらしい。

「この木証が、当座の身分証になります。木証は、見習い探索者の証で、迷宮に入って5つ以上の魔核(コア)を持ち帰る事で、正探索者の証の青銅の身分証を与えられます」

 身分証は、木証(ウッド)青銅証(ブロンズ)赤鉄証(アイアン)、ミスリル証、黄金証(ゴールド)の5種類がある。赤鉄証は、毎月一定数の魔核(コア)を回収できる中堅以上の探索者に与えられ、ミスリル証は、階層の主(フロア・マスター)を倒すような一流の探索者に与えられるそうだ。黄金証は、貴族や大金を惜しげもなく積めるような富豪専用らしい。

「ねえ、これを貰ったって事は、迷宮に入っていいの?」
「はい、いいですよ」

 アリサの問いに、女性職員は笑顔で答え、アリサ達に一つ忠告を付け加えた。

「でも、ちゃんと装備を整えてからにしてね?」
「は~い!」
「あ~い」
「はい、なのです!」
「ん」

 アリサの楽しそうな声に続いて、年少組の楽しそうな声がギルドに響く。
 さて、それでは、迷宮に行ってみますか。
10-5.迷宮へ
※10/12 誤字修正しました。

 サトゥーです。ゲームだと所持アイテム数に制限があるせいで、クエスト中に手に入れたアイテムを泣く泣く捨てるという事が良くありました。取捨選択で、悩んだのも懐かしい思い出です。





「もう! せっかくの生着替えなのに、どうして覗かないのよ」

 着替えを覗かないとか、実に当たり前なのに、酷い言われようだ。
 着替え終わったアリサ達が、宿の一階にあるロビーに下りてきた。この宿の一階には酒場は無い。このロビーも、席料を別に取られるような高級宿だ。ルルが淹れるのに匹敵するくらい、美味しいお茶を淹れてくれる。

 この宿は、探索者ギルドの裏手にある。
 本当は、ギリルの言っていた館に行こうかと思っていたんだが、すぐに住めるかどうかも判らないので、とりあえず馬を預ける為にも宿を取った。

 ちなみに魔動馬車は、馬丁が場を離れた隙に、見た目がそっくりの普通の馬車に交換してある。汚れ具合が少し違うが、証拠隠滅スキルに活躍して貰ったので大丈夫だろう。

「さて、それじゃ行こうか」
「ご主人様、僭越ですが防具を付けるべきです」
「装備は重要だと、具申します」
「今日は様子見だからね。ナナやリザに守ってもらうよ」

 このローブもユリハ繊維でできているし、マントや靴にはクジラの皮を縫いこんであるので、大抵の攻撃は止めてくれるだろう。

 念のため薄手のグローブをはめながら、ソファーに立てかけておいた妖精剣を手にして立ち上がる。

 正門から西門までは、馬車が2時間おきに出ているらしいので、それに乗って西門へ向かう。本来なら、もう1時間後に出発らしいのだが、定員の8人を満たしたので、そのまま出発してくれるらしい。なかなか、融通が利くね。

「えへへ~ リアル迷宮って初めてよ。やっぱ、スプリガンの試練場とは違うの」
「ぜんぜんちがう~?」
「あんな遊び場じゃないのです! ニクワキチーオドル本物のセンジョウなのです!」
「2人共、そんな調子では、迷宮で怪我をしますよ。気を引き締めなさい」
「らじゃ~」「なのです!」

 アリサに先輩風を吹かせていたポチとタマを、リザが窘めている。ミーアは緊張しているのか、言葉少なだ。ナナは平常運転なので、大丈夫だろう。

「士爵様、申し訳ありませんが、もうお一方乗せて頂けないでしょうか?」
「ええ、どうぞ」

 馬車といっても座席だけで屋根のないタイプで、2人席が4つ並んでいる。ミーアなら余裕で3人並べそうだ。乗り込むときに、女性職員にそう頼まれた。タマを膝の上に乗せれば、もう一人くらい問題ないので了解した。

「無理を言って申し訳ない。ダリル士爵の子、ジーナと申す」
「初めまして、ペンドラゴン士爵と申します」

 焦げ茶色の硬革鎧(ハードレザー)に丸盾とフレイルを装備した、16歳くらいの少女だ。背丈は俺と同じくらい。鎧で押さえつけられているので、正確なサイズは判らないが、ナナに匹敵するサイズを持っているようだ。肩にかかるくらいの赤毛に鳶色の瞳、少し日焼けしている。騎士の家系なのか、歳の割りにレベル6もあるし、スキルも盾と片手棍がある。
 フレイルは、1メートルくらいある鉄の棒に、2つの金属塊が鎖で繋がっている。遠心力で金属塊の威力をアップさせるのだろう。ゲームでは良く見かけたが、こちらの世界では初めてみた。





 ジーナ嬢は亜人が嫌いというか怖いようで、リザ達の傍に座りたがらなかったので、ルルとアリサに挟まれて座っている。狭く無いか?

「ジーナ様は、探索者なのですか?」
「うむ、さっきなったばかりだがな。同郷の者が探索者をしているので、西門の近くで探してから、一緒に迷宮に挑むつもりだ」

 アリサが丁寧な口調で話しかけている。ジーナ嬢は、生来なのか、そう演じているのかは判らないが、騎士っぽい男口調だ。

 アリサの口調に若干違和感を感じるが、勇者の時も猫を被っていたし、そのままにしておこう。

 富裕層の領域を抜けると、歓楽街らしき素敵な通りに出た。それまでの落ち着いた町並みから打って変わって、猥雑な雰囲気を醸し出している。特に美女が楼閣から手を振っているわけでもないのに、このわくわく感はなんだろう。少し、迷宮を楽しみにしているアリサの気持ちが判った気がする。もちろん、言葉には出したりしないが。

 その歓楽街を抜けると、小さな店舗が、(ひし)めき合うように(のき)を連ねている。その店舗では、探索者らしき武装した男女が何やら値段交渉をしている。

「うわっ、みんな派手な鎧ね~」
「はではで~」
「トリさんみたいなのです」
「歌舞伎者?」

 勇者ダイサク、エルフの里で何を語った。それからアリサ、猫が剥がれているぞ。

 それにしても、魔物の部位を使った鎧なのだろうが、あの無駄に見える装飾にはどんな意味があるのだろう? やはり、威嚇の為なのかな?

 それにしても、探索者達の装備は独特だ。公都の試合に出ていたヤツらは、割りと普通だった。探索者でもTPOを弁えたりするみたいだ。

 歳の若い人ほど、謎装備の人間が多い。服に木片を縫い付けて防具にしている人間とか、石斧や黒い石の槍を武器にしている人間とかがいる。プタの街の魔狩人の方が、まだまともな装備だったよ。





 西門前の探索者ギルド前で、馬車を降りる。

 こっちの探索者ギルドは、人が一杯だ。目の前に迷宮へと続く西門があるこちらの方が便利なのだろう。

「よう、そこの新人探索者の貴族さま。どうだい、迷宮の地図はいらないですかい? 一枚銀貨3枚だよ」

 相場は大銅貨1枚だ。ボッタクリにも程がある。横でジーナ嬢が、「そんなに高いのか」とか愕然としている。

 地図屋の男は、銀貨に怯まなかったオレを鴨だと思ったのか、更に売り込みのセリフを言って来る。適当に聞き流して、まずは値切りからはじめよう。

「大銅貨1枚なら買うよ」
「おいおい、それは値切りすぎじゃないですかい?」
「それ以上なら別にいらないよ」
「まった、今回は特別に大銅貨1枚でいいよ。うちは迷宮都市で一番正確な地図を売ってるんだ。この地図が役に立ったら、是非とも次からもウチで買っておくれよ」

 大銅貨1枚と、地図を交換する。地図の端には、汚い字で、第一区画と描かれている。地図は線と変な記号で一杯で、読み方が判らない。

「どう読むんだ?」
「読み方は大銅貨1枚――」
「それくらい、さっきの料金の内だ」

 更に小金を掠め取ろうとする小男の言葉に被せるように、サービスを強要した。地図は平面の紙に、立体的な地図を書き記す為に色々と試行錯誤しているようだ。

「この印は何だい?」
「これは、標識碑ですよ」

 小男の要領を得ない説明を纏めると、標識碑というのは昔の探索者達が、迷宮の探索済みエリアに設置したもので、一定の間隔で迷宮に配置されている。この標識碑には、「区画番号」「入り口からの距離」「通し番号」という3つの情報が刻まれている。

 さらに、もう一つ重要な機能がある。魔物が近寄ると赤い光を出し、人が近寄ると青く光るそうだ。暗い迷宮で、探索者の同士討ちを防ぐ役割を果たしているらしい。

「でも、若様。標識碑が青く光っているからって気を許しちゃいけませんぜ?」
「どうしてだい?」
「迷宮の中には、迷賊(めいぞく)って呼ばれている魔物を狩った後の探索者を狙う盗賊がいるんですよ」

 なるほど、PKありのMMOでも、そういうヤツらはいた。

「そんなヤツらに襲われたら、どう対処すればいい?」
「そいつあ、難しいところだねぇ」

 向こうから斬りかかってきたら、殺すなり捕まえて犯罪奴隷として売り払うなり好きにしていいらしいのだが、友好的な振りをされると普通の探索者と区別が付かないらしい。その為、他の冒険者と出会った場合は、顔見知りでもない限り、お互いに距離を取るまで警戒を解いてはいけないそうだ。

 でも、オレやアリサはともかく、相手が犯罪歴持ちかどうかなんて判らないと思う。それは、迷宮の出口にあるヤマト石で判定できるらしい。相手が人を殺す前に捕縛した場合、看破スキルや真偽スキル持ちの職員が常駐しているらしいので、彼らが判定してくれるそうだ。

 アリサ達が焦れて来たので、情報収集はこのくらいにしよう。
 思ったより色々情報を聞けたので、こっそり大銅貨をもう1枚握らせておいた。





 ジーナ嬢は、知り合いを探すと言って、探索者ギルドの建物へ向かったので、そこで別れた。

 東門と違って西門は、普段は閉まっているそうだ。
 門番に木証を見せると、門を少し開けてくれるらしい。ここの門番は、なかなか大変みたいだ。

 西門に近づくと、丈の短い服を着た子供達が寄ってくる。
 物乞いか、孤児か?

 そう思って調べたら、職業欄が「荷運び」となっていた。なぜか、女の子が多い。

「貴族さま、雇ってください」
「雇って、1日賤貨2枚でいいよ」
「あたし、1日賤貨1枚でいい!」
「ちょっと、割り込まないでよ」
「ご飯をくれるなら、お金なんていらない。何でもするから!」

 うわっ、勇者ハヤトが聞いたら「NOタッチだ、サトゥー!」と叫びそうな光景だ。オレの服を掴もうとした幼女は、リザが槍の石突でやんわりと押し返してくれた。

 リザが一睨みしたら、子供達は少し距離を取ったが売り込みは続いている。
 どの子もレベル1~2だ。危なくて迷宮には連れて行けないよ。

 クルクルと可愛いお腹の音を鳴らす子供達に同情したのか、ポチとタマが何か言いたそうにしている。仕方ないな。
 近くの串焼きを売っている店に子供達を連れて行って、1人に1本ずつ串焼きを買い与えた。東のギルドの人の話だと魔物の肉らしいが、他の探索者達も普通に買い食いしているし大丈夫だろう。けっこう大きな串なのに、1本銅貨1枚と格安だ。

「うあ、迷宮蛙の串焼きだ」
「ご馳走だね」
「おいしい。一杯働くよ貴族さま」
「うん、久しぶりのご馳走だよ」

 君ら普段何を食べているんだ。
 ポチ達も食べたそうにしていたので、ついでに買い与えた。

 幼女達をその場に残して、迷宮に行こう。なぜか、幼女達が付いて来ようとしたのだが、連れて行けないと置き去りにした。

「幼女達が仲間にして欲しそうに、こちらを見ている」

 やかましい。
 アリサが、何かのゲームのシステムメッセージのような事を言っているがスルーだ。

 オレ達を通した西門が閉まる向こう側で、幼女達が名残惜しそうな顔をしていたが、心を鬼にして引き返さなかった。
10-6.死の通路
※9/28 誤字修正しました。
 サトゥーです。テーブルトークRPGを遊んだ後にゲーム機用のRPGを遊ぶと、クエストの達成期間が無いものが多くて、クエストの発注者はみんなダメ元で頼んでいるんじゃないかと違和感がありました。





「おおっ! まさに迷宮への入り口って感じね」
「ん」

 門を抜けると下りの階段になっていて、5メートルほど下に降りると、幅10メートル高さ5メートルの半地下の通路になっている。

 セーリュー市の迷宮を思い出したのか、ポチとタマがオレの左右に無言で陣取った。

 天井付近に明り取りの窓があるので、それなりに明るい。松明が無いと歩けないほどではないが、本を読むのは辛いくらいの明るさだ。

 明り取りの窓の向こう側、恐らく地上と思われるが、時折、巡回しているらしい兵士の足が見える。

 通路は蛇行しているのか、どのくらい先に迷宮への入り口があるのか判らない。ここは「死の通路」という名前で、迷宮はもう少し先らしい。

 ヒマだったので、MAPで色々と確認してみる。

 迷宮都市セリビーラの人口は11万人。その内、迷宮方面軍というシガ王国軍が1万人もいる。軍は南西にある広大な城砦の中にいる。平均レベルは8と他の地方の領軍より高い。従士よりやや高いレベルなので精鋭なのだろう。ニナさんから、ここの将軍への手紙を預かっているので、迷宮を探索した後に尋ねないといけない。

 迷宮都市の警備をするのは、この王国軍では無く、セリビーラの現太守たるアシネン侯爵だ。この人とは貿易都市で少し揉めたので、あまり係わり合いになりたくない。貿易都市からの帰還はしばらく先のはずなので、彼が戻ってくる前に、挨拶と無難な贈り物をしておけば義理は果たせるだろう。厄介事は御免だ。

 さて、検索の続きだ。

 探索者は意外と少なくて、5千人弱しかいない。旅行記には毎年千人の若者が、探索者になりに来ると書いてあったのだが、それにしては少ないと思う。彼らは基本的に西側エリアに住んでいるみたいだ。

 先ほどの幼女達のような荷運びジョブの人は、千人ほどいる。荷運び人の多くは、迷宮都市の外で働いているようだ。迷宮での仕事にあぶれて、何か公共工事とかにでも従事しているのかな?

 この先の迷宮入り口にも50人ほどいるが、何をしているんだろう?





 前方から4人の探索者が来る。レベルは7~9と低い。いや騎士がレベル10前後と言っていたから、案外、中堅とか期待の新人とかなのかも知れない。そのうち一人が、大怪我をしているみたいだ。

「血の匂いなのです」
「誰か来る~?」

 蛇行する通路の先から姿を現した探索者達を、ポチとタマが素早く気付く。

「ナナ、アリサとルルを守りなさい」
「了解」

 ミーアはいいのか。と思ったが、ミーアの前にリザが移動していた。

「俺は、『赤い氷』のジェジェだ! 怪我人がいるんだ! 争い事は、またにしてくれ」

 リーダーらしき青年がそう叫んで、手を大きく振っている。厨二っぽい2つ名かと思ったが、パーティー名のようだ。
 怪我人の顔は見えないが、鎧が大きく裂け、傷口に巻きつけてあるシャツに血が染みて滴っている。

「うう、すごい大怪我……」
「ご主人さま」
「ん、サトゥー?」

 アリサとルルが、怪我人を見て真っ青になっている。ミーアが魔法を使っていいか目で確認を取ってきたので、手で制する。

「私は、新人探索者のサトゥーと申します。良かったら、この薬を使ってあげてください」

 そういって肩掛け鞄から、2本の水増し魔法薬を差し出す。彼らのレベルなら、これで充分回復するはずだ。

「すまんが、手持ちが無い。魔核(コア)を売却したリーダーが追いついて来たら支払う。ずうずうしいが、先に薬を貰えないだろうか?」
「ええ、どうぞ」

 元々、無料でプレゼントするつもりだったので、二つ返事で了承して、ジェジェに魔法薬の小瓶を差し出す。

「うん? まさか魔法薬なのか?」
「ええ、そうです。そんな事より、早く飲ませてあげてください」
「ああ、恩に着る」

 一瓶で6割近く回復している。傷口に布を巻いてあるので見えないが、傷は塞がったはずだ。

「では、これで」
「ま、待ってくれ。まだ、代金を支払っていない」
「人からの貰い物なので、気にせずお納めください。また、ご縁があったら、お会いしましょう」

 いつまでも見物してもしかたないので、そう挨拶して、その場を去った。後ろから「1の4区画には迷宮蟻が異常発生しているから近寄るな」と忠告が聞こえたので、手を上げて感謝の意を表しておいた。丁度いいから、今日はそこに向かおう。

 怪我人を見て不安になったのか、ミーアとルルが震えている。アリサもテンションが下がっているが、2人ほどではないようだ。

「2人とも、今日は止めておくかい?」
「だ、大丈夫です」
「大丈夫」

 無理をして気丈に振舞う2人の手を握って歩き出す。
 調子が戻らないようなら、迷宮の入り口まで行って引き返すことにしよう。





 通路の端まで来ると、5メートルほどの高さの大きな扉がある。あれが、迷宮への門だろう。漆黒の扉には、真っ赤な鬼面が浮き彫りにされている。

 門の傍には、奥行き5メートル、幅10メートルほどのカウンターがある。カウンターの後ろにはギルド職員らしき人が数名と、魔法使いを含む高レベルの護衛が4名ほど控えている。

 カウンターの一角では、『赤い氷』のリーダー氏とギルド職員らしき中年男性が、魔核(コア)の買取金額で何やら揉めている。

 そのカウンターの反対側、30メートルほどの空間に子供達が座り込んでいた。

 10~14歳くらいの人族の子供達で、男女比は同じくらい。奴隷はいない。皆レベル1~3くらいだ。接ぎの当たった丈の短い服を着て、草で編んだサンダルを履いている。中にはズボンだけの子やサンダルすら履いていない子供もいるようだ。全員、探索者では無く荷運び人だ。武器や防具を装備する者は皆無だった。

「こども~?」
「子供がいっぱいなのです」
「むぅ?」

 ポチ、タマ、ミーアが不思議そうに顔を傾げている。別に示し合わせた訳では無いと思うが見事に揃っていて、微笑を誘う。アリサが「出遅れた」という口惜しそうな顔をしていたが、ここは見なかった事にしてあげよう。

 さて、その子供達だが、一声も発しないのに目だけはオレをロックオンしている。ちょっと、怖い。

「何しているのかしらね?」
「目が怖いです」

 アリサも不思議そうだ。ルルが気味悪そうにしているが、まったく同感だ。
 子供ばかりだったので、ナナが拉致しないか心配だったのだが――

「幼ければ良いという訳ではないと否定します」

 ――という事だった。彼女なりの判断基準があるのだろう。

「ご主人さま、職員の方がお呼びです」

 リザに促されるまで気が付かなかったが、職員の人が手招きしている。

「何でしょう?」
「失礼ですが、新人探索者の方ですか?」
「はい、今日からお世話になります。サトゥーと申します」
「あら、ご丁寧に。登録時に聞いたと思いますが、迷宮で手に入れられた魔核(コア)はここで買取いたします。他にも、そこの壁に張り出してある魔物の部位の買取もここで行いますが、そこの募集の張り紙は常時出ているわけでは無いので、迷宮突入時にあったからと言って、出てきた時に残っているとは限らないのでご注意ください」

 立て板に水といった感じの職員の言葉を聞いて初めて気が付いたが、確かに掲示板らしき大きなボードが立ててあり、そこには沢山の張り紙がしてある。大部分は、職人や屋台の主なんかが依頼主のようだ。ギルドからの依頼みたいなのは無かった。張り紙には、下半分が空きスペースになっていて日付と名前や記号らしきものが書き込んである。

 どうやら、狙う人がいる場合は、このスペースに書き込むのだろう。

 張り紙の横には、少し身なりのマシな子がいる。職員の人によると字が読めない探索者が少なからずいるので、文字の読み書きができる商人の子供達がここで読み上げや代筆をして小銭を稼いでいるらしい。

「こちらの、迷宮蛙の肉や甲虫系の魔物の外殻は、常時募集があるのでお勧めです。迷宮蛙は、イボイボの毒蛙の肉を間違えて持ち帰る人がいるのでご注意ください」

 職員の人がお勧め依頼を教えてくれる。オレの後ろで、リザが「あれは美味です」と呟きながら、頷いているのが気配で判る。セーリュー市の迷宮での焼肉パーティーを思い出しているのだろう。

 そうだ、ついでに聞いてみよう。

「ところで、あの子供達は何なんですか?」
「ああ、荷運び希望の子供達ですよ。あそこで、探索者のパーティーに雇われるのを待っているんです。2時間で外の子達と交代なんですが、自分から売り込むのは禁止しているんです」

 壁に反響して煩いですからね、と彼女は付け加えた。
 それにしても荷運びなら、あんな子供より大人の男性とか獣人とかを雇った方がいいんじゃないだろうか?

 そんな話をしている所に、迷宮の扉が開いて10人ほどの探索者のパーティーが出てきた。平均20レベルの戦士のみのパーティーだ。その内の3人ほどの獣人が、荷運び人のようだ。

「よう、ベナ。取り込み中悪いが、灰色蜘蛛の肉の買取は、まだあるか?」
「ごめんなさいね。今朝、『梟のヒゲ』が持ってきたから、当分買い取り依頼は出ないと思うわ」
「ちっ、またしても、あいつらか。仕方ねえ、ベナ、この肉を焼いてくれ。おい、小僧ども、お前等にも振舞ってやる。食う前に『ドゾン様カッコイイ』か『ドゾン様ありがとう』か好きな言葉で俺様を賞賛しろよ」

 熊みたいなヒゲ面の探索者がそう子供達に宣言すると、耳が痛くなるような歓声が上がった。

 ポチやタマも食べたそうに列に並ぼうとしていたが、オレが声を掛けるとすぐに戻ってきた。欠食児童達のご馳走を奪うのは可哀相だしね。

 オレ達は、それぞれの木証を迷宮門前のギルド職員に見せて、迷宮に足を踏み入れた。重厚な迷宮の扉を開けたポチとタマに、ギルド職員から驚愕の視線が向いていた。

 はて? 何だろう?
 次回、ようやく迷宮内で戦闘です。

 職員の視線は思わせぶりですが、特に伏線というわけではありません。たんに重い扉を軽々と開けていたポチ達の怪力にびっくりしていただけです。
10-7.迷宮探索
※9/22 誤字修正しました。

 サトゥーです。古典名作にもあるように迷宮というのは、ゲームとしても一つのジャンルを形成するほど、人の心を捉えるようです。もっとも、異世界では、浪漫よりアメリカンドリーム的な意味合いが強そうですね。





「うあ、今度は階段かぁ……」
「アリサは、筋トレかジョギングでも始めて、基礎体力を付けた方がいいな」
「うい~」

 泣きそうな顔のアリサの背を軽く押して階段を進む。

 迷宮の入り口の奥は、幅の広い階段だ。普通の階段や螺旋階段では無く、つづら折りになっている。元々は天井が高く幅の広い傾斜路だった所に、階段をしつらえたのだろう。

 階段の手すりには等間隔で矢狭間が設けられ、階下に矢を射掛けられるようになっている。

 おそらく魔物が侵入してきたときの対処用なのだろう。つづら折りの各段の中ほどには、砲座があり、布が掛けられた大砲が鎮座している。砲座には2人ずつの兵士が待機している。
 彼らはヒマみたいで、将棋の様なボードゲームで遊んでいる。酒を飲んだり居眠りしていないだけ、マシなのだろう。兵士達は人族だけでなく、狼人や獅子人などの強そうな亜人もいた。

 階段を下り終わるまでヒマなので、ちょっと全マップ探査をしてみた。

 広い。
 公都地下の迷宮遺跡と比べても、ありえないほど広い。

 この迷宮の3区画もあれば、セーリュー市の悪魔の迷宮がすっぽり納まってしまいそうだ。
 検索した範囲は、「セリビーラの迷宮:上層」となっているが、全部で数百区画ほどありそうだ。悪魔の迷宮も公都地下の迷宮も下層に行くほど広がっていたので、少なくとも、この倍以上の区画があるに違いない。

 1つの区画には立体的に繋がった回廊や部屋が、ざっと見た感じで百前後あるようだ。中には一部屋だけの区画や、千近い小部屋ばかりの区画もある。

 そして、そんなに広いのに、探索者のいるのは30区画ほど。ほとんどは、第一区画とその隣接する7つほどの区画に集中している。地下にいるのは、探索者が2千人、兵士が5百人、荷運び人が3百人、迷賊(めいぞく)が4百人ほどだ。それ以外の人間も数十人ほどいる。

 階段の途中で、アリサとルルがへばってしまったので、オレとリザで背負っていく事になった。背中のルルが恥ずかしそうに背中に顔を埋めて来るのはくすぐったい。ルルはともかく、アリサは体力作りのトレーニングをした方が良さそうだ。





 第一区画の最初の部屋には、沢山の人がいた。この部屋は壁から生えた魔法道具っぽい照明があるので明るい。広さは、標準的な体育館を横に3つほど連結したくらいと言えば判り易いだろうか?

 兵士たちの内、階段にいた者以外は、全員この部屋にいるようだ。9割ほどの兵士たちは、一段低くなった一角で古参兵らしき人の号令に合わせて、剣の素振りをしている。兵士だけで無く、ゼナさんみたいな魔法兵もいるようだが、セーリュー市に比べると少ない。
 しかし、さっきの「赤い氷」の人達が魔物の大発生を報告したはずなのに、のんびりした物だ。案外、魔物の大発生っていうのも、日常の事なのかもしれないね。

 他にも露店商の人がいる。こんな場所でも商売とは恐れ入るよ。

 殆どは食い物の屋台や研ぎ屋や装備の修理屋、雑貨屋だが、中には面白い者もいる。

「そこの貴族さま、レベルアップ前のゲン担ぎに『宝物庫(アイテムボックス)』に触れていきませんか? お一人銀貨1枚頂きますが、上手くいけば家臣や奴隷にも『宝物庫(アイテムボックス)』が宿るかもしれませんよ?」

 面白そうだが、うちのメンバーは、アリサの「宝物庫(アイテムボックス)」を全員触った後なので無意味だ。

「貴族さま、携行食糧や水は足りていますか? 1食銅貨1枚ですよ。如何ですか?」
「貴族さま、地図はお持ちですか? 銀貨1枚で第一区画の地図セットをお売りしますよ」

 そんな感じで、売り子に声を掛けられるが、特に興味が無いので断った。携行食糧だけは、ちょっと興味があったが、材料が不明なので止めておく。

 この部屋には、幅5メートルを超える大回廊が3つある。大回廊だけでなく細い回廊もある。数は10本以上あるようだが、他の区画に繋がるものは無いようだ。正面奥の大回廊に繋がる扉の前には、探索者ギルドの武装職員がいる。その奥は、地下深くへと潜る螺旋階段となっており、マップの探索圏外へと続いている。今度、1人で侵入してみよう。

 オレ達は、先ほど会った「赤い氷」のジェジェが言っていた「1の4区画」へと繋がる大扉へと足を向ける。その扉の前に土嚢を積み上げて陣地を構成している兵士達からも、1の4区画で蟻が大発生している噂があるので、近寄らないようにと忠告を受けてしまった。

「大丈夫です。今日は様子見ですから、第一区画を一回りしたら帰ります」
「ああ、それがいい」

 忠告してくれた兵士に礼を告げて、リザたちの開けた扉を(くぐ)る。





 後ろで扉が閉まり大回廊をある程度、進んだところでリザが陣形の確認をして来た。

「ご主人さま陣形はどうしますか?」
「移動中は、中央にルル、その左右にアリサとミーア、前衛にナナとタマ、後衛にリザとポチで行こう」

 この陣形なら前だけじゃなく、後ろから襲われても大丈夫だろう。
 それに、そろそろオレに頼らなくても戦えるはずだし、過保護は控えめにして皆の成長を促した方がいいかもしれない。

「ミーア、『探査泡(バブル・サーチャー)』の魔法で、前方を確認してね」
「ん」

 アリサのリクエストにミーアが短く返事をして魔法を唱える。スプリガンの試練場では、最初にこの魔法を使って索敵していたらしい。

 この魔法は30個くらいのシャボン玉のような空中を浮遊する泡を作り出す。触れば壊れてしまうような脆い物だが、触角のように近くにあるモノを感知できる。探知範囲が泡の範囲30センチほどだが、術者から数百メートルくらいまで離れられる。しかも、泡が割れない場合、2時間ほどは効果が継続するので、こういった迷宮探査では、なかなか重宝するだろう。

 ただし、術者が他の魔法を使うと解除されてしまうのが難点だ。

「照明魔法使う? 光魔法スキルは無いけど、それくらいなら使えるわよ?」
「いや、歩くのに問題ないからいいよ」

 回廊は、片側にだけヒザから下を照らすような弱い魔法の照明器具がある。あれが、標識碑なのだろう。話に聞いていた通り、オレ達が近付くと白から青へと照明の色が変わった。

 それに罠や魔物はポチやタマが見つけてくれるだろうし、その圏外から接近するモノは、ミーアの探査泡が見つけてくれるだろう。回廊の壁は一定距離毎に、小通路と見分けの付かない窪みや、蜘蛛の巣に埃が堆積したかのような遮蔽物ができているようだ。

「何かいる~?」
「道の向こうから戦う音が聞こえるのです」
「ん、戦闘中」

 前方からの戦闘音にポチとタマが気付き、少し遅れてミーアの探査泡が、この回廊の先300メートルほどの所で、デミゴブリン6匹と戦う5人の探索者を捉らえたようだ。

 迷宮の回廊は、天井付近に風穴があるようで、常に低い騒音が出ているため、音で遠くの気配を感じるのは難しい。実際、ポチやタマも、いつもより気がつくのが遅かったみたいだ。

 探索者とゴブリンは、オレ達のいる大回廊では無く、大回廊から枝分かれした小回廊で戦っているようだ。大回廊からはそれほど離れていない。接近したオレ達に気がついたのか、探索者の一人が警戒の声を上げてきた。

「このゴブリンはオレ達のだ。お前らは向こうに行け」
「承知」

 あまり気を散らさせても悪いので、短く答えを返す。

 なかなかの乱戦らしく、レベル1~2のゴブリン相手なのに、探索者達は一様に怪我を負っているようだ。この探索者達も3レベル前後なので、新人なのだろう。やはり、彼らも戦士ばかりだ。魔法スキルを持つ者は探索者の中でも5%ほどなので、希少なのだろう。

 今いる第一区画は、探索者が多すぎるのか魔物が殆どいない。

たまに魔物が移動している回廊もあるのだが、探索者のいる回廊とは繋がっていないのか、お互いに出会う事がないようだ。しばらく観察していたら、それらの回廊に横穴が繋がって遠くの方で戦いが始まった。

 なるほど、こういう仕組みで魔物が湧く(POPする)のか。





「敵来る」
「むし、3ひき~?」

 はい正解。
 ハエ型の魔物が天井付近の小さな横穴から出てきた。3匹接近中。どれもレベル3だ。

「この虫けらめ! と宣言します」

 ナナの挑発に反応して、ハエたちが天井付近から急降下攻撃をして来た。
 記念すべき初戦闘だが、アリサが杖に巻いた布を取る前に戦闘が終了した。ポチとタマの投石とリザの魔槍による3連突きで、片がついた。

「うう~、敵が弱すぎるぅ~」

 悔しそうなアリサのアタマを、少し乱暴に撫でて慰めておく。シッポがパタパタしてるポチとタマ、それから当然のような顔をしつつ、ちょっと得意そうなリザを褒めておく。

 1時間ほどで、「1の4区画」へと繋がる大分岐点に差し掛かる。ここまでの幾つかの部屋や分岐点を通りすぎる間に、9つほどの魔核(コア)が集まった。一人5個集めれば昇格のはずだから、もうちょっとで2人分だ。

 ここまでの間に出会ったのは、最初と同じくハエ型ばかりだった。魔物では無い普通の鼠や虫、コウモリなんかも見かけたのだが、経験値がたいして入らないので放置した。

 ようやく、レーダー圏内に大量の魔物が映るようになった。

 300匹ほどの蟻型の魔物と、その蟻から逃げる合計12人、3パーティーの探索者と運搬人の団体が、こちらに向かって移動している。
 ようやく戦いが始まりました。

 活動報告にSSをアップしたので、良かったらご覧下さい。
10-8.迷宮探索(2)
※9/22 誤字修正しました。

 サトゥーです。RPGもウォーシミュレーションもFPSも位置取りが大事だと思うのです。地形効果は、なかなか侮れないものがあるのですよ。





「サトゥー、敵沢山」

 まるでオレが嫌われ者みたいないい方は止めてくれ。
 ミーアに少し遅れて、一番前にいたタマが、遠くから接近する探索者達の足音を捉らえたようだ。

「人来る~?」

 タタッと後ろから前に出てきたポチが、タマの横に並んで地面に耳を当てる。

「きっと、この音は虫なのです」

 ポチの言葉に被せるように、深刻そうなアリサがオレに正確な敵の数を聞いてくる。

「どれくらい来るの?」
「それは人か敵か、どっちだい?」

 ちょっと意地悪ないい方をしてみた。「敵よ」と即答で返ってきたので、300匹前後と素直に答えた。

「さ、さんっ?」
「マスター、撤退を進言します」
「ご主人さま、私もナナに賛成です」
「ん」

 震えるルルが腕に掴まってくる。みんな、なかなか的確で慎重な判断だ。40倍の敵数と聞いて、戦いたいと思うような脳筋だと迷宮には向かないはずだ。

「だいじょうぶ~?」
「大丈夫なのです。ご主人さまと一緒なら余裕なのです!」

 いたよ、脳筋娘たちが。
 ポチとタマが、不思議な決めポーズを取っている。2人の頭に手を置きながら、問いかける。

「オレが一緒じゃなかったらどうする?」
「もちろん、逃げるのです」
「すたこらさっさ~?」

 おや? 脳筋じゃなくて、オレを信頼してくれていたんだ。

「うん、それでいい。格下の敵でも、3倍の数を超える敵には挑まない方がいい」
「どうしても戦いを避けれない時は?」
「どうしたらいいと思う?」

 アリサの問いに質問で返す。

「そうね、地の理かな?」
「正解、相手が数を活かせない場所を利用するのがいいね」
「ネトゲーでソロ狩りする時の基本だったしね~」

 なるほど、そういう知識か。
 オレがやっていたMMOだとソロは一撃で倒せるような雑魚としか戦わないものだったんだが、ゲームが違えば色々違うようだ。





 さて、知り合いでもない探索者を助ける義理は無いんだが、せっかくの魔物だ。みなの経験値になって貰おう。

「今回は、魔物から逃げている連中がいるから、助けるためにも一戦しよう」

 適当な理由を付けて戦闘を提案する。皆から即答で了解の返事が返って来た。

「もちろん、オレが居ない時は、自分達の命を最優先にして、一目散に逃げるんだよ?」

 念の為、そう釘を刺しておいた。

 オレ達は少し道を引き返し、多数の敵と戦い易い段差と瓦礫が溜まっている場所に陣取った。ここなら、戦っている前衛の頭越しに、後衛が魔法や遠隔攻撃ができるだろう。

 問題は回廊が湾曲しているために50メートルほど先までしか見えない事と、逃げてくる探索者達がいるので、通路に罠を仕掛けられない事だろう。

 オレは、遭遇時の保険用に「誘導矢(リモート・アロー)」の魔法を発動し天井の闇に隠して追従させている。もちろん、ちゃんと自重して30本だけしか出していない。





 回廊の向こうから、兎人族と鼠人族のパーティーが、文字通り脱兎の如く逃げてくる。まだ姿が見えないが、その後ろからは、人族の男達のパーティー、最後尾には、人族の女達のパーティーと運搬人の子供達が続いている。

「逃げろ!」
「おい、アンタら、魔物の集団が来るぞ」
「喰われたくなかったら、マゴマゴしてないで逃げろ!」

 亜人パーティーが横を通り過ぎる時に、口々に危険を訴えて逃げるように忠告してくれる。3人共、7~10レベルの戦士達だ。

 続く人族の男のパーティーは、探索者は3人だけで、体格のいい人族の運搬人を2人連れている。その2人は奴隷のようだ。

「おい、奴隷ども、蟻蜜の壷を落としたら、お前らの手足を切り取って蟻どもに食わせるぞ」

 奴隷達は無慈悲な男の言葉に答える事なく無言で男の後を追いかけている。叱咤していた男探索者は、13レベルもあり、この集団の中で一番レベルが高い。2人の奴隷達は、わずか4レベルだ。

「ベッソ。『麗しの翼』が遅れてるぞ」
「ふん、ジェナは勿体無いが、壷は1個分あれば赤字にはならねえ」
「そうだな、あいつらが食われてる間に逃げ切ろうぜ」

 彼らは、こちらに一瞥をくれただけで、横を通り過ぎて行った。

 その2集団にかなり遅れて、女性探索者のパーティーが来る。4人のうち2人が探索者で残り2人が運搬人だ。運搬人の1人は足を怪我しているようで、もう1人の運搬人に手を引かれることで、なんとか追従している感じだ。

「そこの人達! 逃げろ! 迷宮蟻が大発生しているんだ」

 男っぽい喋り方だが、彼女は女性だ。20代前半で、美人では無いが愛嬌のある顔立ちをしている。青銅穂先に木軸の短槍に木盾、それから木綿の服に木を縫い付けた鎧を着ている。この鎧って、迷宮都市で流行っているのだろうか?

「貴方たち、煙玉か閃光玉は持っていない? 追いつかれそうなのよ」

 もう1人は20歳丁度の美人さんだ。胸はルルより、やや大きい程度だが、黒い髪を後ろに一まとめにした落ち着いた感じの人だ。名前はジェナさん。

 残念ながら、彼女の求めるようなアイテムは無い。花火の魔法で代用はできそうだが、そんな魔法を使うなら火弾で焼き尽くした方が早い。

 彼女達は俺達の手前で、後ろの運搬人達を振り返り息を呑んだ。

「イルナさん、助けて! アリが! アリが!」
「お姉ちゃん、私はいいから、お姉ちゃんだけでも逃げて」

 姉妹愛を見せ付ける2人の運搬人の後ろから、人間と変わらない大きさの迷宮蟻(メイズ・アント)が追い縋っている。

 ポチとタマに合図する。

「えい」
「やー」

 2人の投げた石が、運搬人姉妹に食いつこうとした迷宮蟻にクリーンヒットする。バランスを崩して足を縺れさせた迷宮蟻が地面を転がる。続く30匹ほどの迷宮蟻も連鎖で地面を転がって突進が止まる。残りの270匹は、まだ辿りついていない。
 もちろん、連鎖で転がったのは偶然ではない。こっそりと「理力の手(マジック・ハンド)」で迷宮蟻の足を引っ掛けて転がしたのだ。

 こちらを窺っていたリザに頷く。

「ナナ挑発を。後衛は銃撃開始」

 アリサ、ミーア、ルルの後衛組は、段差の上の安全地帯で例の軟散弾(ソフト・ショットガン)を準備している。

「この働きアリ! 過労死するまで働けと告げます!」

 ナナの挑発が入り、アリ達の敵意がこちらを向く――それはいいのだが、過労死とかは心が痛いので止めて欲しい。

 挑発に遅れて3人の散弾が、迷宮蟻に叩きつけられた。元々、対人鎮圧用の武器なので、ほとんどダメージは入っていない。

「ポチ、タマ、行きますよ」
「がってん~?」
「しょうちなのです!」

 いつものように赤い残光を残しながら、魔槍と一体になったリザが突撃していく。迷宮蟻を一撃一殺で蹂躙していく様は圧巻だ。

 タマが二本の小魔剣に魔力を通し、くるくると踊るように迷宮蟻を倒していく。雑魚相手だと二刀流のタマの殲滅速度が一番早い。

 ポチも魔剣に魔力を通すのに慣れてきた様で、直線的な動きで的確に迷宮蟻の甲殻の隙間に小魔剣を突きたてて倒していく。

 ナナは挑発に群がってきた迷宮蟻を、魔剣と大盾によるシールドバッシュであしらっている。身体強化による怪力を上手く使って、倒すよりも押し戻したり捌く事を目的とした動きをしている。この辺の立ち回りは、スプリガンの試練場で学んだのだろう。

 迷宮蟻が4~6レベルしか無いので、物足りなそうだ。

「すごい、あの硬い迷宮蟻を、あんなに簡単に倒してる」
「さっきの魔法が蟻の防御を弱めるものだったかも」

 2人の女探索者たちが、運搬人姉妹に肩を貸して運んできた。はじめはリザ達に加勢しようとしていたみたいだが、加勢不要と判断したらしい。
 さっきの散弾の攻撃が魔法に見えたようだ。もちろん、散弾に防御力ダウンの追加効果など無い。

「助かりました、貴族様」

 女探索者のリーダーらしき愛嬌さんが、話しかけてきた。戦闘中だが、余裕があるからいいだろう。それに聞きたい事がある。なぜか会う人みんなに、一目で貴族と見抜かれてしまうのだ。その理由が知りたい。

「気にしなくていいよ。それより、一ついいかな」
「も、もちろん、街に戻ったら御礼は必ず」
「いや、そんなのはいいんだけど、どうして私が貴族だと判ったんだい?」

 女探索者達は、少し気まずそうにしていたが、イルナと呼ばれていた愛嬌さんが、オレの質問に答えてくれた。もう1人の美人さんは、足を怪我していた運搬人妹の手当てをしてやっている。運搬人姉は背中の荷物が重いのか、地面に膝を付いて荒い息を整えていて周りを見ていない。

「だって、こんな迷宮に上等なローブを着て」

 そうか服装の問題だったか。でも、魔法使いでもローブは着ると思う。

「おまけに、そんな高価そうな剣を腰に差して」

 ナナ達の魔剣は、ちゃんと地味な鞘を用意したのに自分の分を忘れていた。

「それに」

 まだあるのか。

「あんな、ドレス姿の侍女さんまで、迷宮に連れて来るなんて貴族様だけですよ」

 ああ、いつもの服装なので見落としていた。
 ルルの衣装がメイド服、それもアリサと一緒に悪乗りして作った「戦闘メイド」コスだった。これはスプリガンの試練場に行く時に、プレゼントした装備品だ。

 ちゃんと、騎士が着る金属鎧よりは、防御力高いんだよ?

 そんな気の抜ける会話の間に、リザ達は果敢に敵を殲滅していた。まるで危なげないので、後衛組は最初の一撃以降暇そうだ。
 活動報告に釣りSSをアップしてあるので、良かったらご覧下さい。
10-9.迷宮探索(3)
※10/12 誤字修正しました。
 サトゥーです。迷宮探索ゲームだと補給も無しに踏破したりしていますが、現実だと水や食料をどうするかという問題が付きまといそうです。異世界だと飲料水は魔法で解決しそうですけどね。





 32匹いた迷宮蟻(メイズ・アント)も、あと10匹ほどだ。途中、ナナが捌ききれなくて、ポチやタマが複数のアリに囲まれそうになっていたが、アリサやミーアが後ろから魔法で援護して事なきを得た。

「タマ! 左に壁を作ったから右からやりなさい。フォークを持つほうが右よ!」
「あい~」

 特にアリサの「隔絶壁(デラシネーター)」という魔法が活躍していた。これの上位にある「迷路(ラビリンス)」という魔法だと隔絶壁の迷路を作り出して敵を閉じ込めたり任意に解放したりできるらしい。消費魔力が多いらしいのだが、後続のアリが追いついてきたら使ってみると言っていた。

 先ほど窮地を助けた女性探索者パーティーの面々も、まだ傍にいる。彼女達は、加勢が不要だとわかった後も、前衛陣の戦いを食い入るように観戦していた。たまに漏れる賞賛の言葉からして、見惚れているのだろう。

 アリの群れの本体は、あと10分ほどはたどり着きそうも無いが、この回廊に隣接する魔物用の通路を進むアリの小集団が、近くまで接近している。20匹ちょいの群れだ。

「かさかさ~?」
「壁のっ、向こうからっ、音がするのです!」

 タマとポチが戦いながら、壁の向こうから這い寄るアリの気配を感じたようだ。あんなに激しく戦いながら、良く判るものだ。

「サトゥー、標識碑」

 ミーアが段上から指差す方を見ると青と赤で点滅していて紫っぽく見える。向こうの通路の敵にも反応するのだろうか?

「貴族さま、あれは湧穴ができる前兆だ。あそこから魔物が出てくるよ」

 女性探索者パーティーのリーダーからも、そう警告が入る。

 リザ達が戦う主戦場では無く、オレ達の背後にある標識碑の辺りだ。一見石壁に見える通路の壁が粘膜のように薄くなったように見えたあと小さな通路ができる。

 さて、こちらはオレが始末するか。妖精剣を抜いて壁から湧き出るアリを一刀の元に真っ二つにしていく。魔核(コア)まで真っ二つにしないようにだけ注意した。

 女性探索者達がいる場所の後ろにも、小さな湧穴ができて1匹のアリが身を捩って這い出てきた。気がついて無さそうなので、警告してやる。

「そこの君、後ろだ」
「えっ? こっちにも湧穴か! ジェナ、やるよ」
「はいっ。貴方達は離れていなさい」

 ジェナの言葉の指示に従って、運搬人姉妹が後ろに下がる。
 この女性探索者パーティー「麗しの翼」の2人は、リーダーのイルナがレベル8、美人さんのジェナがレベル6だ。這い出てきたアリは、レベル5なので余裕で勝てるだろう。

 そう思っていたのだが、なかなか苦戦しているようだ。
 2人は盾でアリ爪を避けながら短槍を突き出しているのだが、アリの外殻に弾かれてしまって、まともにダメージを入れられないようだ。ポチやタマみたいに甲殻の隙間に突き入れればいいのに。

 アリが美人さんに蟻酸攻撃をしようとするそぶりを見せたので、足元に転がっている屍骸から爪を一本拾い上げて、アリの首に投げつけて妨害した。

 鞄から取り出したトングで、屍骸から魔核(コア)を回収して小袋に収納する。

 リザたちの方も、もうすぐ戦いが終わりそうだ。魔核(コア)の回収を終えて、女性探索者達を振り返ると、まだ一進一退の攻防をしていたので、おせっかいかもしれないと思いつつも、一声掛けてアリの首を切断して戦いを終わらせた。レベル30の魔剣使いなら、これくらいは普通のはずだ。

 彼女達のお礼の言葉に軽く手を振って答え、戦いを終えたリザ達の所に向かう。

「マスター、素材の回収を行いますか?」
魔核(コア)だけでいいよ。アリの甲殻は柔らかいから使い道が無いしね」
「ご主人さま、甲殻は鎧や盾の材料になるはずです。爪は少し湾曲しているので槍よりは短剣や草刈り鎌などにするのが良いと思われます」

 リザの故郷では、アリの魔物は道具の素材に重宝していたらしい。
 普通の鉄剣でも割れてしまうくらい弱いのだが、木片を使った鎧で代用するくらいだから装備品の素材が足りていないようだし、アリの素材でも地上に持ち帰った方がいいのだろうか?

「肉~?」
「焼肉祭りしないのです?」
「やめておきましょう。アリの肉は苦いばかりで美味しくありません。子供が食べると食中毒をおこす事もありますから」

 食中毒は怖いね。
 残念そうなポチとタマには悪いが、後でストレージに保管してある食事を出してあげるから、今は焼き菓子と水で我慢して貰おう。





「貴族さま、これを」
「それは君達が倒したものだろう? お礼ならさっきの言葉で充分だよ」

 女性探索者のイルナが、アリから取り出したらしき魔核(コア)を差し出してきたが、その手をそっと押し返す。

「それよりも、早く逃げた方がいい。仲間が魔法で、こちらに接近する迷宮蟻の大群を捉えている。もう四半時もしないうちに、ここに現れるぞ」
「貴族さまは、逃げないの、ですか?」
「適当に足止めしてから逃げるよ」

 だから、早く逃げてくれると助かると言外に訴えた。ようやく女性探索者達が重い腰を上げて、逃げ始めてくれた。運搬人姉が背負った蟻蜜の壷が眼に入った。案外、アリ達は、あれを追いかけていたりして。

 さて、それよりも、次の戦闘準備だ。
 みんなを集合させて「魔力譲渡(トランスファー)」で魔力を補充してやる。魔力回復薬よりは、手っ取り早いし、何より無料だしね。

 ついでに「柔洗浄(ソフト・ウォッシュ)」と「乾燥(ドライ)」で、アリの返り血を綺麗に落としてやる。

「じゃあ、ここから向こうの角までの範囲に『迷路(ラビリンス)』を張るね」
「まった、通行できないけど攻撃できるような壁は作れないか?」
「ん~、『隔絶檻(デラシネート・ジェイル)』っていうのもあるけど、向こうの攻撃も通り抜けるから、遠隔攻撃技のある敵には向かないわよ?」
「問題ないよ、最初に皆で軟散弾(ソフト・ショットガン)を撃つ間だから、向こうの酸攻撃は、ミーアの『水膜(ウォーター・スクリーン)』で防いで貰うよ」
「おっけー」
「ん」

 打ち合わせが終わり、アリサの「隔絶檻(デラシネート・ジェイル)」の魔法で格子が生み出される。僅かに発光しているので、格子の形状が見える。突きや射撃なら通り抜けるが、斬撃だと格子に当たって止まりそうだ。

 オレは念の為、「自在盾(フレキシブル・シールド)」を準備しておく。格子越しの酸攻撃をミーアが防ぎきれなかった時の保険だ。

「来たのです」
「そういんはいちにつけ~?」

 アリの屍骸を積み重ねて、上に布を掛けた即席の防壁の陰から、皆で魔散弾銃を構える。
 曲がり角のさきから姿を見せたアリの大群が、硬質な足音を響かせながら突進してくる。魔法の格子があるとは言っても、なかなかの迫力だ。ミーアとルルは怖いのか、オレの左右から身を寄せてくる。不安を払拭するために、2人の頭を撫でてやる。

「マダだよ」

 アリの先頭が、隔絶檻に激突して、体液を撒き散らしている。先頭の数匹は後ろから激突してきた仲間の重みに耐えられず、体力を大きく減らしているようだ。格子のまえでわしゃわしゃと蠢く黒い虫が、なかなか視覚に優しくない。

 5分ほど経過したあたりで、この回廊のアリが前方の空間に集まりきった。

「撃て!」
「らじゃ~」「なのです!」

 オレの号令にあわせて7つの銃口から、無数の軟散弾がアリに降り注ぐ。皆の銃口をこっそり「理力の手(マジック・ハンド)」で角度を調整して、なるべく多くの敵にあたるように調整した。

「ナナ、ポチ、タマ、銃を置きなさい。接近戦の準備です」

 射撃を終え、アリサの「迷路(ラビリンス)」が発動する。
 その後は、前衛陣がアリを倒すのにあわせて、次の魔物をアリサが供給するという、実にお手軽な手順で、魔物を殲滅していく。偶にナナやポチがアリの攻撃を受けていたが、鎧やマントに阻まれてダメージを受けたりはしていないようだ。

 前衛だけでなく、後衛も忙しそうだ。アリサは、迷路の管理が大変みたいだ。迷宮の一角に敵が集まり過ぎないように、迷路内の経路を調整している。ミーアは敵が多い時に「霧縛(バインド・ミスト)」でフォローしたり、「盲目の霧(ブラインド・ミスト)」でアリの命中率を下げたりと頑張っている。

 オレも見ているだけだと暇なので、みんなが倒したアリを「理力の手(マジック・ハンド)」で壁際に寄せていく。

 ルルは最初に散弾を撃ってからはする事がないようで、オレが壁に寄せたアリから魔核(コア)を回収している。服や髪が汚れないように、手袋だけでなくエプロンと頭巾を付けて作業している。口内の蟻酸腺を傷つけて、火傷しない様に注意しておいた。

 討伐数が半分を超えたあたりで、前衛陣の疲労が濃くなって来たので、小休止をさせた方がいいかな?

「アリサ、前衛を休ませたい。迷路を維持するコストは足りる?」
「おっけー、注意力散漫になったら危ないしね。迷路を固定状態にすれば魔力消費が抑えられるから、後はMP回復薬を使えば大丈夫よ」
「よし、それなら今戦っている敵が終わったら小休止しよう」
「ほ~い」

 ポチやタマは「まだまだ~」「やれるのです!」と血気盛んだったが、目に見えてフラフラだったので、水を飲ませて塩気の多いハムを挟んだマヨタップリのサンドイッチを食べさせる。

 みな若いだけあって、食後に30分だけ休憩と仮眠を取らせたら別人のように回復していた。アリサにMP回復薬1本分の魔力を、「魔力譲渡(トランスファー)」で回復してやって後半戦を始める。

 こちらに来なかったアリが、第一区画で暴れまわっていたようだが、さっきの女性探索者パーティーは無事に迷宮の外に出れたようだ。

 アリを殲滅し終わるなり、ポチとタマがスタミナ切れでパタリと倒れたりしたが、2人とも何かをやりきった充実した顔をしていたので良しとしよう。

 リザとナナも疲労困憊だったので、アリサ達が陣取っていた高台にキャンプを仮設して休憩を取る事にした。よっぽど疲れたのか泥のように眠る皆を寝かしつけ、ルルと2人で夜番をする。

 それにしても、今日一日で皆レベルアップした。
 やはり迷宮は効率が良い。
 ミーアとルルが1レベルアップ、それ以外が2レベルアップです。


●定期的に質問されるので、追記します。
>「フォークを持つほうが右よ!」
 作中では誰も気にしていませんが、サトゥーファミリーは左手に茶碗、右手に箸かフォークを持ちます。
 ナイフ&フォークではないのです
10-10.迷宮探索(4)
※9/28 誤字修正しました。

 サトゥーです。夢中になっている内に時間を忘れる事は良くあります。MMOのバージョンアップの時など、週末2日分の食料を買い込んで来て、寝る間も惜しんでゲームに没頭したものです。





「ナナ! しばらく耐えなさい。ポチ、タマ、魔刃を! 一気に方を付けます」
「この蔦め! 植物なのか動物なのかハッキリしろと訴えます!」
「魔刃~」「ご~なのです!」

 ナナの挑発に、蔦をタコの足の様に這って駆け寄ってきた棘蔦足(ソーン・フット)が、ナナの体に蔦を絡める。「鋭刃(シャープ・エッジ)」の理術で強化された魔剣が素早く蔦を切断するので、胴体には蔦が巻きつく隙が無い。まったく、そこは、もう少しエロく行って欲しい。

 そんなオレの心の声を他所に、魔刃を生み出したポチとタマの魔剣が、巨大な棘が付いた主蔦を切り裂く。

 棘蔦足(ソーン・フット)の頭にあたるコブの部分に、アリサの「空間切断(ディメンジョン・カッター)」が突き刺さり、コブを半ばまで切断した。

 横にいるルルの持つ魔力砲から発射された大口径の魔力弾が、半ば千切れていた棘蔦足(ソーン・フット)のコブを完全に吹き飛ばす。

 そこにミーアの「水裂き(ウォーター・シュレッド)」が効果を発揮し、棘蔦足(ソーン・フット)の体表を流れる体液を利用して、ヤツの表皮をズタズタにする。

 最後に魔刃で、棘蔦足(ソーン・フット)の足のような蔦を切り裂いていたリザが、螺旋槍撃を叩き込んで止めを刺した。

「大勝利~?」「なのです!」

 魔物を倒して勝ち鬨をあげる皆の怪我を、生活魔法で清潔にしてから「治癒(アクア・ヒール)」で一気に癒す。戦闘中の怪我はミーアに任せてあるが、戦闘後のケアはオレが担当している。

 今回戦っていた棘蔦足(ソーン・フット)はレベル30もあったが、安定して倒せるようになって来た。

 ここは植物系の魔物が溢れる1の4の9の17区画。通る経路によって同じ区画でも入れる場所が変わる事から、こういう名前になっているらしい。長いので以後17区画と言おう。ここはどの部屋も、天井から垂れ下がる植物の根が発光していて明るい。前に気になって、その植物の根を切ってみたら、光ファイバーのような断面になっていた。きっと根や茎が天然の光ファイバーのようになっていて外光を取り込んでいるのだろう。

 そのせいか、この区画には植物型の魔物が多い。さっきの歩き回る蔦の魔物や、ドリアンサイズのドングリを大砲のように打ち出してくる巨木の魔物、親指位の粒をマシンガンの様に連射する歩くトウモロコシの魔物、スライムのような粘液の触手を繰り出して捕食して来ようとする食虫植物型の魔物など様々なバリエーションの敵が襲ってきていた。どれもレベル20~30の範囲だ。

 興味深い魔物に「歩竹(ウギ)」という竹で出来た鹿みたいなのがいた。この魔物の竹のような本体から取れる繊維を加工すると、抹茶のような色をしたウギ砂糖が抽出できる。さらに角に生えた葉は、ポーション用の安定剤の材料だ。この歩竹(ウギ)と先程も狩っていた棘蔦足(ソーン・フット)の蔦が、中級ポーションの材料になる。蔦は数日経つと腐敗して毒性を持ち始めるので、エルフの錬金術の資料にも現地で調合するようにと注意書きしてあった。

 ときおり、デミゴブリンや草食系の魔物が姿を見せていたが、レベルの低い雑魚は邪魔なので、オレが誘導矢(リモート・アロー)で始末している。

 ひとつ手前の9区画が、罠天国の上に、毒や疫病、麻痺攻撃の得意な小虫系やスライム系の敵ばかりだったせいもあって、この区画にはオレ達以外誰もいない。あまり過去の探索者も来なかったのか、標識碑の数が他の区画の2割ほどしか無かった。





「うっしゃー! やったね! さっきのでレベル27よ!」
「にゃはは~?」
「やったのです!」
「慢心は禁物ですよ。ご主人さまがいてくれてこその成果です」
「肯定。マスター感謝です」
「もちろん、感謝してるってば。狩ってる間は他の敵が来ないし、小休止の後にすぐに手頃な敵がやって来るし、効率厨も真っ青な段取りだもんね」

 アリサの微妙に失礼な賞賛を聞き流す。
 最初にアリを始末した1の4区画だと、敵が弱すぎて皆の訓練にならないので、少し足を伸ばしてみた。この17区画の敵が適度に強かったお陰で、効率的なレベルアップと訓練になったようだ。懸念していたアリサのスタミナ不足だが、本人によると魔法使い系のステータスに極振りしていたのが原因だったらしい。レベルアップ時に調整させる事で、問題ない水準まで上げさせる事でなんとかなった。能力値の上昇まで、任意に割り振れるのはなかなか羨ましい。

 この場所は昼夜がある上に、地面に土がむき出しになっているので、地下という気がしない。しかも、水源があり、高い天井付近には通風孔まであったので、煮炊きしても空気が濁る事がなかった。キャンプ狩りには、この上ない良ポイントと言えるだろう。

 むき出しの地面だと土魔法で魔物を簡単に分断できるので、皆と戦う敵を1匹に限定できるように操作するのが楽だった。アリサの空間魔法で分断しなかったのは、格上の敵と戦っている最中に攻撃用の空間魔法を操るのが大変そうだったからだ。

「そういえば、けっこうな日数が経過していますが、まだ街に戻らなくて大丈夫でしょうか?」
「食料も水もたっぷりあるから大丈夫じゃない?」

 すでに4日経過している。一日2~3レベルしか上がっていないが、突入から10レベル以上アップしているから充分な成果だろう。

 特にルルが生活魔法と術理魔法のスキルを、ミーアが精霊魔法スキルを取得したのが大きい。

 アリサも空間魔法がスキルレベル8になった時点で、火魔法スキルを取得していた。なんでもスキルレベル9以上に上げるポイントが大きすぎて心が折れそうになったので浮気したらしい。現状でも上級魔法が使えるので、戦闘での効率がいい火魔法を選んだそうだ。

 アリサ曰く、火魔法の身体強化は体脂肪を燃焼させてエネルギーを生み出すから、ダイエットに良いそうだ。エルフ達に教えて貰ったと自慢していた。

 オレが解析した限りでは、普通に魔力が燃料になっていたので、体脂肪云々はエルフ達の冗談のはずだ。あまりに嬉しそうだったので言いそびれたが、アリサが暴食を始める前に教えてやらねば。





 この広間の敵を全滅させたので、オレ達は夕食の為に、この4日間拠点にしているログハウスへと向かった。

 樹木系の魔物の素材で作ったログハウスで、初めはリビング兼寝室があっただけだったのを、日々少しずつ増築&改良していったものだ。今では、リビング兼食堂と寝室、キッチン、風呂場、工作室を備えた別荘といった風情の拠点となっている。

 別荘の前庭には、土が付いたままだったトマトや薬草を植えてみた。今度来る時は、花や豆、芋類も持って来て植えてみよう。

 この広間を拠点に据えたのは、水場や風穴があった事と、湧穴ができるような魔物の通路が近傍にない事だ。広間から外に出るための通路も3本あるが、それぞれの通路の両端に、魔法鍵を組み込んだ扉を設置して、さらに三重の罠を仕掛けておいた。タマでさえ途中で罠解除を投げ出したので、防犯には充分だろう。出入りが面倒だと困るので、解錠用の認証魔法具と合言葉で開くようにしてある。扉の支柱には、非実体系の魔物の侵入を防ぐために、簡易版の結界柱を組み込んでみた。

「ただいま」

 オレ達は、口々にそういいながらログハウスに入る。このログハウスには、カカシ・シリーズと同じ監視機構を組み込んであり、侵入者を発見すると「信号(シグナル)」で警報を送ってくれる。迷宮内はマナが濃いようで、クラゲの触手繊維を利用したマナ収集器を作る事で監視機構や警報に必要な魔力を捻出できた。

 先ほどの扉や罠で充分だとは思うが、念の為だ。

「お湯沸いたわよ」
「ああ、すぐ行く」

 アリサが呼びに来たので、この別荘の守護者用に作成していた青銅製の自動甲冑(リビングアーマー)をシートの上に置いて風呂に向かった。

 最近の湯沸しは、火魔法を覚えたアリサがやっている。最初の内は火力調整を間違えて風呂場を半焼させていたが、今では安定して沸かせるようになった。

「みんな待ってるんだから、早く脱ぐ脱ぐぅ~」

 脱衣所まで作るのが面倒だったので、リビングで服を脱ぐ必要がある。もたもたしていると、アリサの魔手に捕まってしまうので、早着替えでタオルを腰に巻いたスタイルに変身して風呂場に入る。

 総檜のような趣の木製の浴槽の前には、皆がアリサ同様の浴衣一枚で待っていた。先に入ればいいのにと思わなくも無いが、リザとナナが「一番風呂はご主人さま(マスター)のもの」と言って譲らなかったので、オレが最初に入る習慣ができてしまった。

 リザとナナに左右から掛け湯をして貰ってから、湯船に足を入れる。ゆっくりと浴槽の縁に背を預け、丁度いい湯加減のお湯に心身をリラックスさせる。

 ここの水場は、精霊が多い。魔物の餌にするためなのか、単に地脈の噴出し口なのかは判っていない。湯に浸かっているだけで、マッサージされたように体が楽になるのは、案外、精霊達が揉み解してくれているのかも。

 体が温まったところで、アリサ以外の年少組の頭と背中を洗ってやる。前はアリサやルルも洗ってやっていたんだが、ルルは湯あたりを起しそうなぐらい真っ赤になるし、アリサも興奮しすぎて鼻血を出して目を回していたので自分でさせている。

 じゃんけんで一番手を勝ち取ったミーアが、シャンプーハットを被って待機していたので、素早く洗髪用の石鹸で泡立てていく。この洗髪用石鹸は、エルフの里の錬金術のツーヤ氏にレシピを教えて貰ったやつだ。元の世界のシャンプーほどでは無いが、普通の石鹸より泡立ちも良く頭皮に優しい逸品だ。シャンプーハットはポチ用に作ったのだが、なぜか今ではミーアとナナのお気に入りになっている。

 順番に幼女達の髪を洗った後、湯冷めした体を、ポチ達と百まで数えて温めなおしてから風呂から出た。湯に浸かってほんのり透けるナナの浴衣に目を奪われないようにするのが、なかなか大変だった。





「明日の朝に、一端、地上に戻ろうと思う」
「え~、30レベルまで上げてから戻りましょうよ」
「そうしてやりたいのは、山々なんだが、宿を5泊で契約しているから明日までに戻らないと馬車や馬が売られちゃうんだよ」

 不平が出たのはアリサだけ、だったので戻る理由を告げて説得した。馬車はともかく、馬が売られたらかわいそうだ。馬も長旅を共にした仲間だしね。

「それに刻印板を設置しておけば、すぐに戻ってこれるだろう?」

 その一言が決め手だったようで、アリサの説得に成功した。

 帰る前に、地上へ持ち帰る戦利品の選別だ。

 魔核(コア)のうち、この17区画で手に入れた大量にある真っ赤な大型魔核(コア)は予備の魔法の鞄(ホールディング・バッグ)に入れてログハウスに置いていく事にした。アリや雑魚の小さく白っぽい魔核(コア)は、水増し薬作りの時に大量に消費したが、まだ百個以上残っている。この魔核(コア)だけを小袋に入れて持ち帰ろう。

 魔物の素材は、何も持っていないとかえって疑惑の視線を集めそうなので、無難に迷宮蟻の胸殻と背甲を各10枚と蟻の爪10本、あとは迷宮蛙の肉を持ち帰る事にした。どれもギルドの買取表にあったものだ。

 ちょっと思いついて、買取表に無い黄奇蜥蜴の肉も持って行く事にした。へんな触手のある黄色いイグアナみたいなトカゲだったが、焼くと脂肪分の少ない鶏肉のような味がして旨かった。





 1の4区画で見つけた隠し部屋まで、「帰還転移(リターン)」の魔法で戻る。もちろん、部屋に魔物や探索者がいないかは、事前に「遠見(クレアボヤンス)」の魔法で確認した。転移先の状態を確認するには、マップで調べるよりもこちらの方が手軽なので最近多用している。

 第1区画に戻る手前の十字路付近で、オレ達を囲むように接近する合計30人ほどの迷賊を発見したので、視界に入るはるか手前に「誘導気絶弾(リモート・スタン)」の3連射で始末しておいた。死にはしないだろうが、1人あたり2~5発ほど叩き込んだので、しばらく悶絶している事だろう。

 途中に適当な小回廊を迂回する事で、悶絶した迷賊に遭遇(エンカウント)する事もなく、無事に迷宮から脱出する事ができた。

 オレ達は迷宮の外で驚きを以って迎えられたのだが、その驚きはアリサの期待とは少しベクトルが違ったようだ。
 迷宮内で快適に生活していたようです。

 下記のスキル変化は暫定です。10章の登場人物を作成した時に下記の記述は削除するかもしれません。

●主人公達のレベル、スキルの変化

 アリサ……レベル27
      スキル:
          「不倒不屈(ネバー・ギブアップ)
          「全力全開(オーバー・ブースト)
          「自己確認(セルフ・ステータス)
          「能力鑑定(ステータス・チェック)
          「技能隠蔽(ハイド・スキル)
          「宝物庫(アイテムボックス)
          「空間魔法(Lv8)」
          「火魔法(Lv1)」(new)

 リザ………レベル27
      スキル:
          「槍」
          「刺突」
          「強打」
          「魔刃」
          「魔刃砲」(new)
          「螺旋槍撃」(new)
          「瞬動」(new)
          「解体」
          「調理」

 タマ………レベル27
      スキル:
          「小剣」
          「投擲」
          「2刀流」(new)
          「魔刃」(new)
          「索敵」
          「解錠」(new)
          「罠解除」(new)
          「罠発見」(new)
          「騎乗」
          「解体」
          「採取」

 ポチ………レベル27
      スキル:
          「小剣」
          「強打」
          「兜割り」(new)
          「魔刃」(new)
          「射撃」
          「投擲」
          「索敵」
          「解体」
          「瞬動」(new)

 ルル……レベル26
      スキル:
          「射撃」
          「狙撃」
          「護身」(new)
          「生活魔法」(new)
          「術理魔法」(new)
          「詠唱」
          「操車」
          「礼儀作法」
          「調理」
          「調合」
          「奉仕」(new)

 ミーア……レベル20
      スキル:
          「小剣」
          「弓」
          「水魔法」
          「精霊視」
          「騎乗」
          「精霊魔法」(new)
          「護身」(new)

 ナナ………レベル27
      スキル:
          「片手剣」
          「盾」
          「受け流し」
          「挑発」
          「騎乗」
          「理術」
          「拉致」(new)
          「捕縛」(new)
       理術:
          「魔法の矢(マジック・アロー)
          「短気絶(ショート・スタン)
          「(シールド)
          「身体強化(ライト・ブースト)
          「信号(シグナル)
          「探知(ソナー)
          「防護柵(フェンス)
          「自走する板(フローティング・ボード)
          「魔力感知(センス・マジック)
          「鋭刃(シャープ・エッジ)
          「防護陣(シェルター)
          「(プロテクター)」(new)
          「偽装情報(フェイク・パッチ)」(new)
          「魔法防護陣(マジック・シェルター)」(new)
          「(空欄)」(new)
          「(空欄)」(new)
          「(空欄)」(new)

――――――――――――――――――――――
 名前:サトゥー・ペンドラゴン
 種族:人族
レベル:34
 所属:シガ王国ムーノ男爵領
 職種:見習い探索者
 階級:士爵
 称号:食卓の魔術士
スキル:
    「片手剣」(new)
    「生活魔法」(new)
    「術理魔法」
    「回避」
    「練成」
    「鍛冶」
    「木工」
    「調理」
    「算術」
    「相場」
    「社交」
    「紋章学」
 賞罰:
    「ムーノ男爵領蒼輝勲章」
    「ムーノ男爵軍一等勲章」
    「オーユゴック公爵領蒼炎勲章」
      ◆
    「ムーノ市民栄誉勲章」
    「グルリアン市民栄誉勲章」
    「プタ街民栄誉勲章」

※サトゥーのステータスは、交流欄での公開値です。本来の値は秘匿されています。
10-11.生還の対価
※2/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。小学生の頃、祖父の家に遊びに行っていた時分に、近所の中学生が神隠しにあったとかで、山狩りが行われた事がありました。真剣な大人達の顔を今も覚えています。その中学生は、都会に遊びに行っていただけらしく、後でこっぴどく叱られていたそうです。





「宿に戻って更新手続きしたら、またすぐに突撃する?」
「ダメなのです!」
「あら? 『センジョウこそがワガふるさと』って言ってなかった?」
「ウマのさんぽ~」「なのです!」
「え~、馬なんて宿の人に散歩するように頼めばいいじゃん」
「だめだめ~?」
「アリサは判ってないのです」
「ん」

 幼女達の会話を聞き流しつつ、オレの心を占めていたのは、さっき通過した最初の広間の事だ。
 行軍用の装備を整えた甲冑姿の騎士達が、二百人近く増員されていた。要人救出ミッションでもあるのかな? 迷宮内に隣国の王子や伯爵子弟なんかもいたから、そのあたりが対象だろう。

 行きは下りでも息を切らせていたアリサも、会話しながらでも平然と階段を登りきった。やはり、レベルアップは大したものだ。

 ポチとタマが開けてくれる迷宮門を潜り、迷宮の外へ出る。

 そこには、予想さえしていなかった見知った顔があった。

「シーメン子爵! お久しぶりです」
「おお! ペンドラゴン士爵、無事だったのか!」

 落ち着いたトルマ兄からの突然の抱擁に驚きながらも、事の次第が予想できた。トルマ兄から聞いた話は、それを肯定するものだった。

 一昨日、魔核(コア)と希少素材の買い付けに迷宮都市にやって来たトルマ兄が、貴族同士のサロンで蟻蜜を手に入れようとして半壊した探索者達の噂を聞いたのが発端だったらしい。

 話を聞くうちに小さな獣人の子供や魔槍を持った鱗族の女を連れてた、ミスリルの名剣を持つ黒髪の若い貴族が探索者たちを助けた、という話を聞いて、オレを連想したそうだ。

 そして、念の為、探索者ギルドに人をやって確認したところ、オレ達が事件の日に探索者となり、そのまま迷宮に突入して帰還していないという話が出てきた。

 最初は探索者ギルドに救助部隊の派遣を依頼したらしいのだが、帰還予定日まで出発できないという一点張りで埒が明かなかったそうだ。よくやった探索者ギルド。前日に出動されていたら、色々とややこしい事になる所だった。

 そこで、迷宮方面軍の将軍に直談判して精鋭を借り受けて、救出部隊を編成して案内役の探索者を待っていた所だったらしい。もちろん、子爵自身が迷宮に入るわけでは無かったらしいが、実働隊の隊長と知り合いだったらしいので、わざわざ足を運んできたそうだ。

「それは心配をお掛けしたようで、申し訳ありません」
「いや、その様子からしても私の早とちりだったようだ。こちらこそ騒ぎを大きくしてすまん」
「だから言ったじゃないですか、下級魔族を退けるような魔法剣士なら、第4区画の魔物が束になっても怪我なんてさせられないってね」

 そういって話に入ってきたのは、甲冑姿の騎士隊長さんだ。この人は名誉子爵の位を持っている。トルマ兄が、後で兵舎に酒樽と羊5頭を届けさせるという事で、話が付いたようだ。将軍の方には、明日、トルマ兄と一緒に頭を下げに行く事になった。オレは来なくても良いと言われたのだが、さすがに、社会人として「はいそうですか」とはいかなかった。

 騎士さんたちは、せっかく準備したので、迷賊退治をしていくそうだ。さっき悶絶させたヤツラが残っているはずだから、丁度いいね。

 トルマ兄は多忙なのか、明日の約束を交わした後、雑用に部下の1人を残して行ってしまった。
 部下さんは、40過ぎの恰幅のいい男性だった。美人秘書が良かった。





 トルマ兄と別れたオレ達は、迷宮門の扉前から移動して、ギルド職員のいる買取カウンターの所に行った。

「無事のご帰還、おめでとうございます」
「ありがとうございます」

 おめでとう?
 何か違うが、祝福してくれているみたいなので礼を言っておく。

「成果はいかがでしたか?」
魔核(コア)と迷宮蟻の素材と、迷宮蛙の肉です」

 オレが肩掛け鞄から取り出す。オレ達が魔法の鞄(ホールディング・バッグ)を所持している事を印象付けるために、わざわざこれに入れておいたのだ。変に宝物庫(アイテムボックス)を持っていないか疑われるよりは良いだろう。

 100個以上の魔核(コア)が入った小袋に、アリの胸殻と背甲を各10枚と爪10本、さらに100キロ近い迷宮蛙の肉を取り出した。

「す、すごい数の魔核(コア)ですね」

 アリサの期待通り、ギルドの受付嬢の顔が引きつっている。まだ常識の範囲なのか、騒ぎが起こる程では無いようだ。
 オレ達のレベルからすると、むしろショボイ成果だと思うが、ギルドに提示している情報は名前だけだし、初突入の探索者としては異例の成果なのだろう。キャンプ地で狩った強めの魔物の魔核(コア)を置いてきて本当に良かった。

「ペンドラゴン士爵様、以上でしょうか?」
「いえ、買取があるか判りませんが、黄奇蜥蜴の肉もあります」

 買取が無いのは覚えているけど、美味しい肉だったから、ここで待機している子供達に振舞おうと思って持ってきたヤツだ。20キロほどしかないが、振舞うには充分な量だろう。

「黄奇蜥蜴? あの伝説の食材ですか?!」
「おい、ヒューイ。この肉を鑑定してくれ。黄奇蜥蜴らしい」
「ホントかよ。あんな、逃げ足の速いトカゲを良く倒せたな」

 そういえば、タマの奇襲から逃げられかけたところを「理力の手(マジック・ハンド)」で捕まえたんだっけ。相場がやけに高いと思ったら、レア食材だったのか。鑑定して貰っている間に、他の素材に値段をつけて貰おう。

 迷宮蛙の肉がキロあたり銅貨4枚、100キロで金貨4枚になった。

 アリの胸殻1個あたり銀貨2枚、アリの背甲1個あたり銀貨1枚だった。背甲の方が色々と使えると思うんだが、需要が少ないのかな? アリの爪は、かなり安くて10本で銀貨1枚だった。1本だと銅貨2枚だ。

「間違いなく黄奇蜥蜴です。ギルドに売っていただけるなら、金貨10枚と言った所です。市内への持ち込みも可能ですが、その場合、持込税が金貨1枚かかるのでご注意ください」

 ここで売る魔核(コア)や素材は、税金が天引きされているので、別に払う必要は無いそうだ。相場は金貨20枚となっているので、持込税を払ってでも、外で売った方がお得そうだ。

 魔核(コア)は、アリから回収した103個が各銅貨1枚、黄奇蜥蜴のが銀貨1枚、迷宮蛙のが銀貨2枚だった。
 職員さんが、魔核(コア)の価格の内訳を教えてくれた。

「こちらの数の多い小さい魔核は、白9朱1なので最下級となります。この等級の魔核は、使い道が少ないので買い取り価格も最安値になってしまいますが、ご了承ください」

 せっかくなので、魔核(コア)の等級について詳しく教えて貰った。

 魔核(コア)は、赤色が濃い程良いものらしい。
 白朱赤紅と4種類の区分けがあり、「白9朱1」から「朱10」までが下級、「朱9赤1」から「赤10」までが中級、「赤9紅1」から「紅10」までが上級、この上に「血紅」と呼ばれる最上級ランクがあるそうだ。

 30レベルの蛙が「白7朱3」で、15レベルの蜥蜴が「白2朱8」だったので、レベルが高いほど等級の高い魔核(コア)とは限らないようだ。ちなみに、クジラの魔核(コア)は、濃い紅色だった。売るつもりは無いが、あの巨大な魔核(コア)が幾らになるのか少し興味がある。

 魔核(コア)は個数では無く等級と重量で値段が決まるので、職員さんは1個1個丁寧に拭いてから計量している。この計量には専用の魔法道具があり、そこに基準価格をセットすると計算までしてくれるみたいだ。なかなか優れものだね。

 しかし、「白9朱1」の最下級の魔核(コア)は使い道が無いみたいな事を言っていたが、水増し薬を作る時には普通に使えていたんだが、個人差があるのだろうか?

 ギルド職員の人が、それぞれの内訳と合計を書き出した黒板をオレに差し出す。
 迷宮蛙の肉の買取だけ、20キロほど減らしてもらった。

「この買取金額で宜しいですか?」
「ええ、結構です」

 売買が成立し、ギルド職員さんから木証を青銅証にランクアップするための書類を受け取った。不思議と、不正持込みが無いかのチェックはされなかった。チェックがザルなのだろうか?

 ギルドの職員さんの許可を貰って、カウンターの横にあるバーベキュー用のコンロを借り受けた。燃料とセットで1回大銅貨1枚で貸し出してくれるらしい。





「貴族さま、無事だったのか!」
「良かったです!」

 そう声を掛けてオレに抱きついてきたのは、「麗しの翼」の2人だった。彼女達もオレ達が、アリに敗れて巣に攫われてしまったと思っていたらしい。愛嬌さんの筋肉質な体はともかく、美人さんの柔らかな抱擁はとても素敵だ。

 蛙肉を焼くルルが、驚いたような、責めるような複雑な顔でこちらを見ているので、2人をやんわりと引き離す。アリサ達は、子供を整列させるのに忙しかったようで、こちらに気が付いていなかった。ギルティ祭りは回避できたようだ。

「お二人こそ無事でよかった」
「貴族さまのお陰だよ」
「本当に助かりました」

 彼女達が、救出部隊の案内役の探索者だったらしい。なんでも、トレインを引き起こして他の探索者だけでなく、迷宮方面軍の手を煩わしたという事で、罰金刑を受けたらしい。罰金は高く、クエストで得た賞金だけでは足りなかったそうだ。言葉を濁していたが、足りない分は借金でもしたのだろう。

 木串に刺した焼肉を振舞ってもらった子供達が、オレのところまで来てお礼を言ってから、壁際に戻って舌鼓を打っている。アリサが、肉を配る時に、振舞っているのがオレだとわざわざ宣伝していた。みんな公都での炊き出しの経験があるからか、子供達は秩序を保って並んでいる。

 少し余った僅かな肉は、獣娘達が分けあって食べていた。君ら、昨日1人10キロくらい食べてなかったか?
※再掲載
 貨幣レートは金貨1枚=銀貨5枚=大銅貨25枚=銅貨100枚=賤貨500枚です。
10-12.挨拶回り
※9/27 加筆修正
※2015/5/30 誤字修正しました。
 サトゥーです。ネット決済に慣れると忘れがちですが、手続きというのは時間の掛かるものです。必要だと判っていても不満は溜まるのです。





「やあ、宿泊期間の延長をしたいんだけど、いいかな?」
「こ、これはペンドラゴン士爵様。良くご無事で、え、ええ延長は大丈夫です。申し訳ありませんが、お部屋の方は掃除中なので、しばらくロビーでお寛ぎください。もちろん、席料など、野暮な事は申しません」

 なんていうか、宿の主人があからさまに怪しい。
 そこに、馬の様子を見に行っていたタマとポチが帰ってくる。

「馬いない~?」
「馬車も無いのです」

 ほほう?
 ちろんとアリサやリザの視線が、宿の主人に向かう。オレは日本人らしく微笑んでみた。

「う、馬は牧場に運動させに行かせています。馬車は汚れていましたので、高級馬車の洗浄を生業にしている工房で磨かせております。もちろん、宿のサービスなので無料です」

 なるほど、オレが死んだと思って、こっそり売却しようとしたな?

「ほう? あの馬車は公都の名匠に特注で頼んだもので、金貨200枚は下らない品です。傷を付けたり塗装が剥がれたりしないような工房なのでしょうね?」
「は、はい。もちろんですとも」

 もし塗装を剥がしたりしていたら、本当に金貨200枚を請求しよう。相場もそれくらいだったしね。

「リザ、ナナ、心配だから馬車の確認に行って来てくれるかな?」
「い、いえ、それには及びません。皆様、迷宮からお帰りになられたばかりでお疲れでしょう。子羊の良い肉が入りましたので、お食事など如何でしょう。馬車と馬は店の者に取りに行かせますので、どうか食事でもされてお待ちくだされば、その……」

 なんというか、小物過ぎる。こんな高級宿の主人とは思えない小物さだ。婿養子とかで、金が欲しかったのだろうか?

「みんな、宿の主人殿が子羊料理を振舞ってくださるそうだ、お礼を言っておきなさい」

 悪巧みの代償に、子羊の料理をたっぷりと奢らせよう。それくらいは良いだろう。年少組が屈託なくお礼を言っている。オレに悪巧みがバレたのを悟ったのか誤魔化せると思ったのかは定かでは無いが、素直に料理をサービスしてくれるようだ。

 オレ達が美味しい食事を終える頃、無事に馬車と馬が宿に戻ってきた。馬が入れ替わるという事もなかったので許してやるか。後で馬たちにも、特製飼料をご馳走しないとね。
 さて、馬達や馬車が帰ってきたとは言っても、あまりこの宿に長居しない方がいいだろう。宿泊期間の延長こそしたが、次に迷宮に潜る前に蔦の館の現状をチェックして、暮らせるようなら居を移した方が良さそうだ。





「どういう事だヘーソン! ワシの馬車はどうした! 金貨300枚も吹っかけておいて、今更売れなくなったとはどういう事だ」

 TPOを弁えない人っているよね。
 なるほど、オレの馬車を金貨300枚で売ろうとしたのか。値段の吹っかけ方はなかなか上手い様だ。

「デュケリ准男爵様、その手違いがありましてですね――」

 宿の主人は、針金の様な老紳士に詰め寄られている。女将さんに促されて職員用の通路を通って奥に行ってしまった。

 余計なトラブルに顔を突っ込む気も無いので、部屋に戻って皆に休息を取らせた。オレはベッドで幼女塗れになりながら、メニュー上にトルマメモを表示する。

 デュケリ准男爵を調べてみたが、さすがのトルマも、こんなに離れた都市に住む貴族までは人脈が届かなかったのか、「アシネン侯爵の腰巾着」「魔法道具を商う」と2行しか情報が無かった。

 だが、セリビーラの現太守のアシネン侯爵の情報は、もう少し詳しく書かれている。先代が20年ほど前に王都で変死したとか、現侯爵は金に汚いとかワイロが好きとか、恐妻家とか、傲慢とか、悪口に近い情報が詰まっていた。

 アシネン侯爵は、高価な贈り物をする相手には態度が軟化すると書いてある。美術品よりは下品なほど「高く見える品」が良いそうなので、公都で知り合いの貴族から貰った黄金の裸婦像でもプレゼントしよう。金貨20枚程度の品だから充分だろう。他にも男色家という情報もあったが、マッチョタイプが好きらしいので、オレは対象外っぽいのでセーフだ。

 恐妻家という情報もあったので、奥方にも贈り物をしておこう。トルマメモの情報によると、宝飾品や菓子に目が無いそうなので、公都で貰った宝飾品とカステラを贈る事にした。王都方面でホットケーキが大流行しているそうなのだが、少し毛色の違うカステラをチョイスしてみた。

 皆が寝入ったのを確認してベッドを抜け出し、宿の使用人に太守の館へ面会希望の手紙を届けさせた。明日の午後は迷宮方面軍の将軍さんと会う予定があるから、明後日以降でアポを取ってみた。





「まあ、もう規定数の魔核(コア)を回収されたのですか?」
「はい、こちらが迷宮出口の職員さんから受け取った達成証書です」
「素晴らしい成果ですね。以前も迷宮に入られた事があったのですか?」
「ええ、他の迷宮に少し」

 どこの迷宮かは濁しておいた。相手も何気なく聞いただけのようで、どこの迷宮か突っ込んで問い詰める気は無い様だった。

「それでは、係の者が案内しますので、そちらのソファーでしばらくお待ちください」

 アリサ達にせっつかれて、朝食後に東ギルドまで青銅証への昇格手続きを行いに来た。ちなみに宿の朝食は、パサパサの白パンと、カボチャ味のポタージュスープ、それからスクランブルエッグに厚切りのベーコンを焼いたものだ。なんとなく転生者の影響を感じるラインナップだった。

 別室に案内されたオレ達は、ムーノ市で発行して貰った身分証明書を出して正式な登録証書にサインした。一応、魔力感知スキルで確認していたが、魔術的なトラップは無いようだった。昇格時は無料でヤマト石を使ったレベルやスキルの確認が出来ると言われたが、特に必要がないので断った。

「パーティー名は何にされますか?」

 事務員さんのその言葉で、皆が揉め始めた。すぐ決まらなさそうなので、事務員さんに少し時間を貰う事にした。

「ペンドラゴン士爵と愛人達」

 却下だ。

「ポチとご主人さま」
「あら、ポチちゃんは、私達が一緒だと嫌?」
「い、嫌な事はないのです。ポチとご主人さまとタマとリザとルルとミーアとナナとアリサがいいのです!」
「ながい~?」

 ポチの失言をルルが弄る。直ぐに訂正したが、タマの言うように流石に長すぎる。

「もっと簡潔なのが良いでしょう。魔王殺しなどはいかがですか?」
「称号みたいじゃん?」

 信じる人がいたら困るし、大抵の場合、勇者気取りと失笑されるのがオチだ。

「幼生体保護隊を推薦します」
「え~、迷宮前の幼女ちゃん達を、みんな保護しないといけなくなるじゃない」
「せめて飢えない様にはしてやりたいけどね」

 この市には炊き出しとかする団体はいないのかな?

「ペンドラゴン士爵とゆかいな仲間達がいいです」
「ルル、あなたもやはりアリサの姉ですね」
「え、リザさん、それはどういう意味?!」

 アリサの昭和パワーはルルを着実に染めているようだ。

「妖精の友」
「そりゃ、友達だけどさ~。パーティー名っぽく無いよね~」

 あと、意見を言っていないのはタマか?

「ん~? 肉が食べ隊」
「ハンバーグが食べ隊」
「鳥の丸焼きが食べ隊」
「チョコパフェが食べ隊」

 パーティー名を挙げるフリをして、みんな食べたいものを連呼しているだけじゃないか? でも、チョコレートは久々に食べたいかも。南の群島を探索したら見つかりそうな気がする。

 このままだといつまでも決まらない気がしたので、暫定として、オレの家名をそのままパーティー名として登録してもらう事にした。

「では、3日後に仕上がりますので、それまでは、この仮青銅証をお使いください」

 オレ達は、東-1~東-8と刻まれた仮青銅証を1枚ずつ受け取る。
 正式な青銅証は、青銅の板に名前やパーティー名を刻み込むらしいから時間が掛かるのだろう。





 迷宮方面軍の将軍は、いかにも名門貴族出身といった傲岸不遜を絵に描いたような鷲鼻の中年男性だ。前ビスタール公爵の弟で、エルタール名誉伯爵だ。

 挨拶と俺達の謝罪から会話が始まる。一応、手土産に、自家製の燻製3種類と竜泉酒を持参した。騎士さんたちにも、宿に納品している酒屋から一級酒を樽で何種類か贈ってある。

「ほう、彼がシガ王国の未来を担う逸材かね?」

 エルタール将軍の言葉に、ちょっと固まる。
 そんな未来を担った覚えはありませんよ?

「そうです。彼のお陰で魔族の温床になろうとしていたムーノ男爵領が救われ、グルリアン市では、驚くほど少ない被害で下級魔族を討伐しております。
 彼個人の戦闘能力や、彼の家臣団の強さは一流の騎士団にも相当するでしょう。
 そして、軍事のみならず、魔術にも精通し、様々な魔法を開発する一方で、煌びやかな『花火』という魔法で、人々の心を楽しませる余裕もあります。
 彼の人柄故か、我が主君の領地に蔓延していた派閥対立も、彼の料理や人柄が潤滑油となってくれたお陰で、暗殺などの物騒な話が聞こえて来なくなりました」

 褒め殺しは止めてください。無表情(ポーカーフェイス)さんが死んじゃう。

 それに男爵領やグルリアン市はともかく。潤滑油って何? 何かしたっけ? 後で子爵に詳しく聞こう。あののんびりした公都に派閥とかあったのか。

「料理でそうまで変わるモノなら、あのアシネン侯爵をなんとかして欲しいものだ」
「案外変わるかもしれませんよ? あのロイド侯とホーエン伯の仲を取り持つくらいですから」
「なんと! あの犬猿の仲の二人をか?」

 どこのロイド侯とホーエン伯の話だ?
 先代の話かな? オレの知る2人は、すごく仲のいい間柄だったはずだ。いつもニコヤカだったしね。

 小姓の少年が、オレの手土産の燻製肉を皿に盛ってやってきた。人数分の杯まで用意してある。まさか昼日中(ひるひなか)から酒盛りですか?

 見た目よりも、エルタール将軍は砕けた人物のようだ。

「な、なんだこの酒は? ペンドラゴン士爵、この酒は、どこの物だ? こんな酒は初めて飲むぞ」
「トルマの秘蔵の酒と同じ味か、やはりあの酒は君が贈った物だったのか」

 まさか黒竜が魔法で召喚したとは言えないし、適当にでっちあげよう。

「それは公爵領の貿易港で、ヘイロンなる行商人から仕入れたものです。遠い遠国の酒と聞きましたので、おそらく群島か他の大陸の酒なのかもしれません」

 そんな適当な言い訳が通じたのか、詐術スキルが活躍したのかは判らないが、納得してくれたようだ。話の流れで、後日、2人にもう一本ずつ竜泉酒を贈る約束をさせられてしまった。

 トン単位である酒を一瓶贈るだけで滞在先の軍事のトップと仲良くできるなら、充分元が取れるというものだ。
 探索者ギルドの受付嬢は、サトゥー達が迷宮帰りとは思えないほど落ち着いていたので、他の迷宮で活躍していたパーティーと判断したようです。

※9/27 加筆
 宿を移そうと考えている描写が消えていたので修正しました(特製飼料の後の行です)。

※活動報告に男爵SSをアップしてあります。良かったらご覧下さい。
10-13.挨拶回り(2)
※10/30 誤字修正しました。

 サトゥーです。人間、目標と言うか目的が無いと中々頑張れないものです。あまり壮大すぎる目標だと心が折れるので、長期、短期の2種類の目標を持つのがいいのかもしれません。





「まあまあ、こんなに素敵な贈り物なんて、ムーノ男爵領は豊かなのですのね」

 目の前に座るアシネン侯爵夫人は、オレの贈った「絹の反物」「サファイアの首飾り」「珊瑚細工」を見てご満悦だ。はじめは首飾りだけの予定だったのだが、アリサから、贈り物なら嵩増しした方が見栄えがいいというので少し増やしてみた。特に珊瑚細工は、内陸では珍しい上に、バリエーションが色々あったので、夫人が使用人達へ下賜したりするのにも使えて便利だとシーメン子爵の秘書さんにアドバイスされた。

 アシネン侯爵への黄金の裸婦像は、梱包した上で家令に渡しておいた。婦人に渡したらそのまま出入りの商人に売却しそうだしね。

 アシネン侯爵夫人は、30代後半の肥満女性だ。ここには居ないが娘が4人に息子が2人いるそうだ。子供達は10~18歳で、娘2人は王都の貴族の嫁に行き、上の息子は王城で働いているそうだ。夫人のマシンガントークのお陰で、侯爵家の構成や迷宮都市の貴族や富裕層の情報が色々集まった。聞き役に徹するのは、公都のお茶会で慣れていたから特に疲れることも無かった。

「お母様、お呼びですか?」
「あら、遅かったわね。殿下はどうなさったの?」
「夫人よ! (わらわ)に何用ぞ?」
「殿下ご紹介しますわね。こちらが――」

 新たに入室してきたのは、侯爵次男のポッチャリ少年15歳と迷宮都市に到着した時に見かけた小国の王女様だ。あの時とは違い髪をキチンと巻いて、短めのドリル・ツインテールにしている。銀の髪飾りが茶色の髪に似合っている。その後ろからは王女のお付らしき地味顔の侍女さんが付いて来ている。侯爵次男の許婚とかかな?

 夫人の紹介で、オレの爵位を聞いた侯爵次男が見下したように鼻を鳴らした。

「ふん、なんだ名誉士爵か。お母様に取り入りに来たご機嫌取りのエセ貴族にわざわざ挨拶なんてバカバカしい。もう部屋に戻っていいですか?」

 前に貿易都市で見かけた侯爵も大概だったが、この次男も相当なものだ。相手が格下貴族でも、もうちょっと持って回った侮辱をするものなのに、ストレートすぎる。

「ゲリッツ殿、その物言いは失礼ではないかや? 我が国では下位の貴族相手でも、もそっと敬意を持って接するものなのじゃ」

 こっちの王女は、口調は変だが意外にまともっぽい。
 次男は王女に口の中でボソボソと「女の癖に生意気だ」とか悪態をついたあと侯爵夫人に許可されて部屋を出て行った。

 彼の発言は彼自身では無く、侯爵夫人が代わりに謝ってくれた。過保護なのか?

 入れ替わりに侯爵三女と侯爵四女が入ってきた。三女ゴーナは軽肥満、四女シーナは姉や母と違ってガリガリに痩せている。心なしか顔つきも2人とは少し違うようだ。姉の方は、12歳なのに、もう腹心の子爵の家に嫁に行く事が決まっているそうだ。10歳の妹は病弱の為に、嫁ぎ先が決まっていないらしい。

「失礼いたします」

 そう言って、侯爵家のメイドさんが入ってきた。押して来たワゴンには、オレがお土産に持ってきたカステラと青紅茶が載っている。

「まあ、本当に珍しいお菓子ね?」
「柔らかい」
「まあ、口の中でホロホロと溶けて……なんて上品な味かしら」
「遠い妖精の国で女王が食していたというお菓子で、カステラと言うそうです」

 嘘は言っていない。ハイエルフ様が美味しそうに頬張っていた。うん、後でカステラを持って遊びに行って来よう。

「さすが、大国シガ王国の菓子じゃ。先日の『ほっとけーき』も美味じゃったが、これほど美味な菓子を食べた事が無い。我が国も、早ようこのような菓子が気軽に食べられる国にしたいものじゃ」

 王女さまにも喜んで貰えたようで何より。

 軽肥満の三女さんは、一気に食べ終わって妹の皿を狙っているが、客の前ははしたないと思っているのか、手を出していないようだ。手を付けていなかったオレの皿を、侯爵夫人の視線が外れた瞬間を狙って進呈した。

「シーナも食べて御覧なさい。甘くて美味しいわよ」
「はい、お母様」

 母親に促されて四女さんが、カステラの黄色い部分を小さく切って口に運ぶ。しばらくもごもごしていた四女さんの口から「美味しい」という蚊の鳴くような賞賛の声が漏れた。表情に変化が無いが、青い顔に少し紅がさしているので喜んでくれているのだろう。

 侯爵夫人に迷宮都市に来た目的を聞かれ、「探索者」と答えた。三女と四女は特に興味がなさそうだったが、王女が食いついてきた。

「なんと! 冒険者に成りに来たのか! 良いぞ! (わらわ)も冒険者に成るために来たのじゃ。いずれ必ず貴国のリーングランデ様のような偉大な成果を残して、勇者の仲間になってみせるのじゃ」

 流石に王女が探索者というのは無理では無いかと思う。彼女はレベル2しかないし、戦えるようなスキルは何も持っていない。礼儀作法スキルのみだ。

 目指す相手について、ひとこと言いたい気分だったが、取りあえず社交辞令で「素敵な夢ですね」とだけ答えておいた。





「ただいま」
「おかえりなさい、ご主人様。焼き菓子の方は家令さんに渡しておきました」

 馬車で待っていたルルと一緒に宿に戻る。ルルには、砂糖と蜂蜜をたっぷり使った焼き菓子を、メイドさん達に配るように頼んであった。公都でもそうだったけど、使用人ネットワークはなかなか侮れないので、先行投資のつもりで豪華な焼き菓子を奮発しておいた。カステラにしなかったのは、主従に差をつけるべきというアリサの助言に従ったからだ。

 馬車は富裕層の街並を抜けて、東の探索者ギルドに向かった。

 アリサ達は、朝からギルド主宰の講習会に参加している。参加費用は無料らしい。講義内容はアリサに後で教えてもらう予定だ。この講習会は、ベテランの探索者が講師を務めていて、迷宮での立ち回り方や注意点、魔物の特性など様々な内容を初心者達に教える為に定期的に開かれているらしい。

 講習会は、ギルドの裏手の広場で行われていた。光魔法か術理魔法かは判らないが、魔物の映像を出しながらのなかなか本格的な講義のようだ。

 アリサ達だけでなく、この間のジーナ嬢を初めとした5人くらいの探索者と、40人くらいの子供達が来ている。子供は男女両方だが、男の子は10歳以下の子しかいないようだ。

 見ているうちに講義が終わったようで、職員さん達が参加者に木札を渡している。あれは終了証書みたいな物なのかな?

 なんとなくその様子を眺めていた所に、昨日の受付け嬢に声を掛けられた。

「あら、士爵さま。家臣の方なら熱心に講義を受けておられましたよ」

 彼女は、ギルドの建物の中から大なべを抱えて出てきたようだ。熱いらしく、ナベを持つ手には布巾がある。彼女は先に設置されていた長机のカウンターの後ろにナベを置き、講義に参加していた人たちに呼びかけた。

「配給よ。今日は、セリビーラ風シチューよ。木札を持って並びなさい」

 なるほど、学校給食みたいな物なんだろう。食事を目的に子供達は集まり、結果的に迷宮での知識を得て、迷宮探索時に生き延び易くなるのだろう。ギルドとしては、人件費と食費を負担する代わりに、探索者達の損耗を減らして全体の魔核(コア)収集数の底上げを期待しているに違いない。ただ、この講義は5日に1回しか開かれていない上に、人数制限があるので、来る子供は限られているそうだ。

 子供達は持参した木椀にシチューを注いでもらって、広間の適当な場所に腰を下ろしてシチューをパク付いている。

「ご主人さま、お勤め御疲れ様です」
「おかり~?」
「ご主人様とルルなのです!」

 獣娘達3人もシチューの入った木の椀を持っている。ポチが「あーんなのです」と言って差し出してきた匙を咥える。塩味がキツイが、屑野菜を煮たシチューに何かの肉が入っているみたいだ。食べた事の無い味だけど、たぶん魔物の肉だろう。正直言うと美味しくない。

 もっとも、そんな感想を抱いているのは、オレだけみたいで、子供達はみな美味しそうにシチューを食べているみたいだ。獣娘達は微妙な顔をしていたが、とくに不満を口にする事なく平らげていた。

 アリサ、ナナ、ミーアの三人は、まだ講師をしていた女性探索者を囲んで質問攻めにしている。勉強熱心でなにより。

「ペンドラゴン卿。ご無沙汰している」
「はじめまして、ペンドラゴン卿。私はジーナの友人で、ケテリ男爵の娘ヘリオーナ。『月光』に所属している」

 ヘリオーナ嬢は、背の高い黒髪の女性だ。ボブカットにしているが、その髪には孔雀のような羽をあしらった髪飾りが付いている。服装は騎士服っぽいズボン姿だ。ジーナ嬢と違い胸は小さいが、ウエストの括れから腰へのラインが色っぽい女性だ。最初にあった時にジーナ嬢が言っていた「同郷の友人」というのは彼女の事なのだろう。

「ペンドラゴン卿。不躾だが、迷宮に入る時は鎧を着るべきだ。魔法使いでも皮鎧は着て迷宮に入る。周りが幾ら手練(てだれ)でも、何処から奇襲されるか判らないのだ。油断は禁物だぞ?」

 ヘリオーナ嬢が先輩探索者として諫言をくれたので、反省と感謝の言葉を返しておく。困った事に、オレ達が迷宮で蟻の大群に攫われたという噂は、西ギルドで有名になっているそうだ。特に鎧も着けずにメイド連れで迷宮に入った貴族と言われているらしい。彼女は言葉を濁したが、「貴族」の前に「バカ」と付くのだろう。次からは、ダミーの鎧を着ていった方が良さそうだ。

「時にペンドラゴン卿は、ミスリルの名剣をお持ちとか、ぜひ一度見せて貰えないだろうか?」

 それまでと一転して、愛の告白をするかのようなモジモジしたヘリオーナ嬢に面食らいながらも、腰の妖精剣を貸す。

「抜いていいかな?」
「どうぞ」
「なんと美しい剣だ。しかし、意外と軽いのだな。これでは大型の魔物相手には厳しいのでは無いか? 迷宮では槍や長柄の武器(ポールアーム)を主装備に、予備の小剣を持ち歩くのが良いと思うぞ。
 嘆かわしい事に、迷宮都市では、魔物の素材を使った武具が主流だが、貴族なら、やはり美しい銀色の全身甲冑を着るべきだと思わんか? あの美しい銀! あれこそ破邪の力があると――」

 彼女が迷宮に入る時は金属鎧に長柄斧(ポールアックス)を装備するらしい。細い通路では予備の小剣で戦うそうだ。金属製の鎧が好きらしく、やたらと金属の全身甲冑を勧められてしまった。話が長いので途中から聞き流したが、ジーナ嬢は聞きなれているのか苦笑いをしている。

 彼女の熱い鎧薀蓄はまだまだ続きそうだったが、アリサ達が戻ってきたのを機に席を外させて貰った。

 午後からは、セーリュー市で商人のスニフーンさんに教えて貰った商会に顔を出して、セーリュー市行きの便に手紙を預けに行く。オレはなんでも屋やゼナさん宛てに、ポチとタマは門前宿のユニ宛てに手紙を出した。1通銀貨1枚と高めだったが、あの旅路を考えたら安いものだろう。

 手紙を送った後は、予定通り「蔦の館」へと足を向けた。
 サトゥーも信用できない宿に長居する気はなさそうですね。

※活動報告に男爵SSをアップしてあります。良かったらご覧下さい。
10-14.蔦の館
※1/19 誤字修正しました。

 サトゥーです。ミステリーでは良くある地下室ですが、日本にいた頃は一度も見たことがありません。やはり、建築法と税金の問題で地上に増築するのでしょうか?





 具体的な場所を知らない蔦の館だが、探すのは実に簡単だった。ミーアに言われて「精霊視」スキルを使うと、迷宮都市の一角に精霊が集まる場所が見えた。あとはマップにマーキングして、最短経路を進むだけの簡単な行程だった。

 蔦の館は、迷宮都市の北側にある。北門よりは西側にあり、富裕層エリアの端、歓楽街の少し手前あたりだ。城壁に程近い場所に、緑豊かな公園があり、その中に蔦の館が存在した。

 その名前の通り館の表面を蔦が覆っている。富裕層エリアにある貴族の館に比べると半分以下のサイズしか無いが、敷地面積は同程度あるようだ。生垣の外壁の外には幅2メートルほどの堀があり、透き通った水が流れている。堀の外側にも低い生垣があるので、堀も蔦の館の一部みたいだ。堀を流れる清い水は、細い水路を通って公園の池に流れ込んでいるようだ。

 この辺りは他より数メートルほど地面が高く、少しだけ高台になっている。池に流れ込んだ水は細い水路を介して都市内を流れ出しているらしい。

 蔦の館を前にして、馬車が急に進路を変えた。

「どうしたルル?」
「すみません、どうしてか、馬車の方向を変えないといけないような気がして」

 ログには「『迷いの森(リターン・ホーム)』の魔法に抵抗した」と出ている。何かの人払い系の魔法みたいだ。

「魔法が掛かっているみたいだから、ここからはミーアと2人で行って来るよ。みんなはしばらくここで待っていて」

 そう皆に告げて、ミーアと2人で蔦の館に向かう。
 この魔法はエルフには効かないのか、ミーアは平然としている。念のためギリルから預かったメダルはミーアに渡しておいた。

 正門にあたる場所にアーチ状の樹木と、腰くらいの高さの白い木の門がある。ただ、その門の向こうには、たっぷりと水が湛えられた堀があるだけで、そこを渡る橋が無い。

 魔力感知で確認してみたら、低い堀の内側に空間系の結界魔法が掛けてあるようだ。ギリルによると、ここの前の持ち主は、トラザユーヤ氏という事だが、彼は要塞でも作りたかったのだろうか? あるいは、当時はこれくらいしないと安心できないほど治安が悪かったのかもしれない。

『門よ開け、我はボルエナンの森のミサナリーア。門番よ疾く迎えいでよ』

 ミーアがメダルの裏に書いてあった開門の句をエルフ語で読み上げる。ミーアって、普段喋らない癖に滑舌いいんだよね。

 正門の向こう側で、ひょこりと覗いた童女が、オレと目を合わせて門の向こうに隠れた。彼女は家妖精(ブラウニー)だ。黒に近い緑の髪を短いポニーテールにしている。

『門番よ疾く迎えいでよ』

 重ねて最後の語句を繰り返すミーアに負けて、門の間に橋がかかる。硝子のような透き通った橋だ。

「ん」

 差し伸べられたミーアの手を握って、一緒に橋を渡る。

「ミサナリーア様、私が蔦の館の番人、ギリルの孫レリリルです」
「ミーアでいい」
「そんな恐れ多い。エルフ様を愛称で呼ぶなど! 私の事はレリリルと呼び捨てになさってください」
「ん、レリリル」

 ギリルもそうだったが、レリリルは、ギリルよりもはるかに小人っぽい。人間でいうと6~7歳くらいの子供に見える。ちなみに60歳の女の子だ。還暦とか言ったらきっと怒られる気がする。レベルは20もあって、なかなか高目だ。彼女は隠行系のスキルや種族特性を持っている。斥候なんかが得意そうだ。

「ところで、ミサナリーア様、そちらの人族の小僧は何者ですか? 人族の分際で、エルフ様のお手を取るとか無礼千万です。私が身の程を叩き込んで差し上げましょう」

 初対面で、いきなりディスられた。
 エルフの里の人たちは、人族を差別していなかったんだが、人族に囲まれてると嫌いになってしまうんだろうか? どうしてだろう、何故か人族を擁護できない気がする。

「無礼。サトゥーは婚約者」
「え? ええ? そんな冗談ですよね?」
「むぅ、両親公認」
「はわわ、そんな、そんな事ありえないですぅ~」

 ミーアの婚約者発言が衝撃的だったのか、レリリルが両手をぐるぐる回して否定していた。両親公認と聞いて限界を超えたのか目を回して倒れてしまった。





 このまま寝かせておくわけにも行かないので、木陰に連れて行ってシートの上に寝かせる。

 敷地の周囲の堀のお陰か緑が多いからか、時折り吹く風が涼しくとても爽やかだ。どこか埃っぽい迷宮都市の中で、ここや周辺の公園だけは別世界の様相を醸している。

「はっ、悪い夢を見ました」
「ん、夢?」
「はい、エルフ様が人族の小僧に誑かされる悪夢です」

 わざわざ木陰に運んで介抱した親切な若者に、なんて失礼な。
 ふらふらと起き上がり、はたっとミーアの方を振り向く。そして少し遅れてオレの気配を感じたのか、ロボットのようなぎこちない動きでこちらを振り向いた。その後の騒ぎは割愛するが、童女の相手はなかなか大変だったとだけ記しておく。

「では、ミサナリーア様にサトゥー、どうぞこちらへ」

 ようやく、オレの存在に折り合いを付けたレリリルに案内されて館に向かう。外で待つアリサ達を「迷いの森(リターン・ホーム)」の対象外にさせて、「遠話(テレフォン)」で呼んでおいたので、すぐに到着するだろう。

 入り口の橋や隔離魔法の操作は、レリリルの持つ代理者のメダルで操作できるそうだ。ミーアの持つ管理者のメダルは、レリリルのメダルよりも権限が上との事だ。

「それで、ミサナリーア様が新しい蔦の館の主という事で間違いありませんか?」
「違う。主はサトゥー」
「えっ? その小っ、サトゥーがっ、ですか?」

 小僧と言いかけたな?
 まあ、還暦のお婆ちゃんからしたら、小僧で間違いないんだけどね。

「ああ、ギリルから、迷宮都市に滞在するならこの館を使えと言われたんだ。そのメダルも彼から預かった物だよ」
「ちっ、あの耄碌爺……いえ、お爺様がですか? 信じられません」
「むぅ、事実」

 いやいや、レリリル。言い直すの遅いよ。耄碌爺(もうろくじじい)って言っちゃってるから。

「あの、お爺様はボケて、いえ体調が優れなかったのでは?」

 この子何気に口悪いよね。

「サトゥーは、ボルエナンの森の恩人。アーゼの友人」
「アーゼって、まさかハイエルフのアイアリーゼ様ですか? そんなハイエルフ様が、人族の前に姿を見せるなんて! しかも友人ですか? ハイエルフ様は、亜神とも言える天上人なのに」

 そこは恋人って詐称してもいいのに。しかし、亜神とか天上人とかアイアリーゼさんの呼称として似合わない事この上ない。

「ええ、仲良くさせて戴いてます。精霊視や精霊魔法を教えてもらったり、世界樹の展望台にも連れて行って頂きました」

 レリリルは凄く動揺した後に、平伏して今までの無礼を詫びてきた。しかも、「ハイエルフ様のご友人なら人族でも、呼び捨てにできません」と言って、以後は「殿」付けになった。後から来た他のメンバーも、アイアリーゼさんの友人という事で同じく「殿」付きで呼ばれるようになった。





「ミサナリーア様、他の皆様方もこちらへ」

 レリリルに案内されて館に入る。中は極々普通の館だ。リビングの一角にある見つけ難い細い通路の先に1枚の鏡があった。

 彼女がメダルを翳すと、鏡の表面に波紋状の光が浮かぶ。

「ついてきて下さい」

 そういう彼女が、鏡に飛び込む。おお、異世界にでも行けそうな鏡だな、ってここが異世界だっけ。マップを見るとレリリルが地下10メートルほどの所にいたので、転移門の一種なんだろう。それを確認してオレも続く。

 地下なのに非常に明るい空間だ。天井も高く3メートル以上ある。この明るさは外光のようだ。おそらく、迷宮の別荘の天井と一緒で、例の光ファイバーのような茎を持つ植物か、あるいは魔法で光を伝達しているのだろう。

 ここは半径5メートルほどの中庭のような場所で、芝生のような草が植えられている。マップで確認した所では、さきほどの公園を含む範囲の地下が蔦の館の地下施設のようだ。深さも地下30~50メートルの範囲で広がっているらしい。部屋数も百部屋以上あるようだ。トラザユーヤ氏が使っていた工房や設備もあるようなので、後で使えるか確認しに行かねば。

「ここが蔦の館の本館です。地上の館は来客用のニセモノです」
「用心深い方だったんだね」
「トラザユーヤ様は、エルフの賢者と言われるお方だったのです。発明された魔法道具や魔法技術も多くて、賢者様が迷宮に行っている間に、財産を狙った賊や国家が幾度も襲ってきたとお爺様が言っていました」

 なるほど疑心暗鬼じゃなくて、自衛しているうちにこうなったのか。

「今でも、太守の方が替わるたびに、この館を手中に収めようと武装集団を引き連れてやって来ます」

 それでも落ちないって、凄いんじゃないか?

「高レベルの探索者なら突破できそうだけど?」
「この街に住むものは絶対に、蔦の館を襲いません」

 アリサの疑問に対して、レリリルはやけに自身あり気に断言した。

「だって、この街の水源を維持しているのは、この館の偽核(フェイク・コア)ですから」
「うわっ、ライフラインを抑えるとか、やるわねトラザユーヤ。流石は賢者様だわ」

 レリリルも詳しく知らないようだったが、偽核(フェイク・コア)というのは彼の残した資料に記載されていた。それによると迷路核(メイズ・コア)の前身になった魔法道具で、かなりの量の賢者の石を使って作成したものらしい。近くの地脈から魔力を吸い上げ、プリセットされている機能を使ったり、接続されている魔法道具に魔力を供給したり、色々と使い勝手の良いシステムらしい。

 ここの場合、地下水脈を地上まで汲み上げるのに、偽核(フェイク・コア)の機能を利用しているそうだ。

「しかし、それなら、ここを拠点にするのはまずいかな?」
「そうね、館の中にいる間は大丈夫だろうけど、館の住人が外をふらふら歩いていたら、人質にされたり、色々面倒事に巻き込まれそうよね~」

 アリサも同意見か。しかし、ここの設備は使いたいんだよね。

「外に家を買って、出入りはそこを使ったら? 出入りは私かご主人様の転移魔法を使えばいいしね」
「そうだな、それで行こう」

 ダミーの家は、侯爵夫人か将軍に、適当な物件がないか聞いてみるか。
 今日はお近づきの印にお茶会をした後に、館の部屋割りと刻印板の設置だけして、宿に引き上げる。

 なお、カステラは、皆に好評だった。
10-15.鉄の証
※2/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。昇進するほどに単位時間あたりの収入が減るのは何故なんでしょうね。まあ、少しの昇給とそれを上回る沢山の仕事の増加が原因なのは言うまでも無いですよね。





「申し訳ありません」

 カウンターの向こうで受付のお姉さんが、本当に申し訳なさそうに詫びている。
 今日は青銅証を受け取りに来たのだが――。

「実はギルド長から物言いが入りまして」

 ――横槍が入って、昇格手続きが停止しているそうだ。

「え~っ、ここは断然抗議するべきよ!」
「本当に申し訳ありません。こんな事は異例でして、ギルド長にペンドラゴン士爵から抗議があったとお伝えしておきますので……」

 アリサの不満もわかるが、この人に詰め寄ってもしかたないだろう。

「証書の昇格が許可されるにせよ、却下されるにせよ、いつ頃結果がわかるのでしょう? それまで、この仮証は所持していていいのですか?」
「は、はいっ。仮青銅証は、そのままお持ちください。長くても数日と思われますので、5日後くらいにでもギルドに顔をだして頂けると助かります」

 そうか、ギルドには連絡先も登録していないもんね。

 なおも不平を漏らすアリサを宥めながらギルドを出る。すれ違いに到着した定期馬車から降りてきたアラサーのギルド職員のお姉さんが、慌てたようにオレに声を掛けてくる。

「あ、あの、失礼ですが、ペンドラゴン士爵様ですか?」
「はい、そうですが、何か御用でしょうか?」
「ギルド長の使いで参りました。秘書官のウシャナと申します。急な話で申し訳ありませんが、私と共に西ギルドまで、おいで頂けないでしょうか?」

 後ろでアリサが「テンプレ、キター」と小声で小さくガッツポーズしている。今日はダミーの家を買おうとしていただけだから、別にギルド長の相手をしても構わないだろう。オレは承諾したと伝え、一緒に西ギルドへ向かった。





 目の前に迫ってきたのは一本の杖。

 それは槍の様に鋭く、扉を開いた俺の眼前に突き出される。リザの槍の一撃より鋭いそれを、手で軽く払って受け流す。相手は、受け流された杖を持ち替え肩越しに逆側の手から2撃目を放ってくる。これは杖術というヤツなのだろうか?

 そのまま変幻自在の長杖の攻撃を、すべて受け流し続ける。
 この人は何がしたいんだろう?

 この理不尽な攻撃を止めたのは、秘書のウシャナさんの言葉だ。

「ギルド長! それ以上、おいた(・・・)を続けるなら、セベルケーアさまに叱って頂きますよ」
「ちっ、せっかく面白い所だったのに。なあ、サトゥー?」

 そう、先ほどから長杖で攻撃していたのは、ギルド長さんだ。しかも、87歳の老婆なので反撃するわけにも行かず困っていた。彼女は、レベル52の魔法使いで、炎と光の魔法スキルを持っている。稚気に富む彼女には、テニオンの巫女長の爪の垢でも煎じて飲んで欲しい。

 ここに来ているのはオレだけだ。アリサ達は階下で、ギルド会館を見物している。

「残念ですが、奇襲されて喜ぶ趣味は持っていませんよ」
「なんだよ、初日から迷宮に泊まり込んで、100以上も魔核(コア)を回収してくるような戦闘狂じゃないのか?」

 失礼な。オレが倒した魔物なんて、精々2~30匹くらいのものだ。

「私は見守っていただけで、戦っていたのは仲間達ですよ」
「はん、そんな戯言を誰が信じるもんか。よしんば事実だったとして、自分が戦うまでもない雑魚だったんだろう?」

 恐らく当てずっぽうなんだろうけど、割と真実を突いている。
 オレが適当に誤魔化そうとしている気配を感じたのか、ギルド長が先に言葉を紡いだ。

「それに、その剣は、ドハルの爺の作った物だろう? あの爺が、雑魚いヤツに自分の鍛えた剣を持たせるもんかね。誤魔化したいなら、布でも巻いて真印を隠しておくんだね」

 公都では、誰も真印に気が付かなかったので、特に隠蔽していなかった。エルフの里には、真印付きの武具が一杯あったので、レアじゃないのかと思っていたが、違ったようだ。

「ドハル老とは、酒飲み仲間なんですよ」

 まさか、ドハル老と一緒に鍛えた剣とは言えないしね。
 なんだろう。「酒飲み仲間」と聞いた瞬間に、ギルド長の目が獲物を見つけた肉食獣のように光った。

「ほう? では、私とも酒飲み友達になろうではないか?」
「ええ、私で良ければ、酒と肴を持参してお邪魔しますよ」

 バトルマニアっぽいのは困るが、どこかドハル老と似た「憎めない老人」カテゴリーの人に思える。老害の相手はごめんだが、この人の酒の相手なら、色々と迷宮都市の面白昔話が聞けそうだ。

「よろしい、それでは宴会だ!」
「ダメです」

 楽しそうなギルド長の宣言は、浅い箱を手に持って戻ってきたウシャナさんに却下された。まだ昼間だしね。

「先に、こちらのギルド証を授与してください。宴会はその後で充分です」
「ちっ。わーったよ。サトゥー、この赤鉄証(アイアン)を受け取りな」

 はて? 青銅証のはずだが?

「不思議そうな顔をするな。あの堅物子爵が、お前さんの功績を散々語っていたぜ?」

 そう言えば、オレの救出の為にシーメン子爵が、あちこちに働きかけてくれてたんだった。その時に大げさに言っちゃったのかな?

「たしか『ムーノ市防衛戦の英雄』に『グルリアン市の魔族殺し』だったか? 丁度、あの時に、うちのギルドの中堅クラスのやつらがいたんだが、覚えているか? そいつらからの報告もあってな。下級とはいえ、魔族を無傷で倒せるような破格のパーティーを木や青銅にしておくわけにもいかん」
「だからと言って、ミスリル証はやりすぎです。せめて中級魔族と戦って勝てるくらいで無いと」
「へん、ギルド評議員のバカちん共が、頷いていれば、新記録達成だったのに、惜しかったぜえ」

 どうやら、ギルド長さんはミスリル証を、オレ達に押し付けようと画策していたらしい。オレは、見たことの無いギルド評議員の良識に心の奥で感謝した。アリサは喜びそうだが、デメリットの方が多そうだ。

 ウシャナさんが、赤鉄証の説明をしてくれる。もちろん、オレだけで無く、他のメンバーも全員、赤鉄証に昇格だ。
 簡単に貰ってしまったが、本来は、青銅証を持つ探索者が、等級の高い魔核(コア)を長期的にギルドに納めることで昇格するものらしい。普通は5年10年単位の話らしいので、この赤鉄証でも、充分トラブルの元になりそうだ。

「宜しいのですか? 私達は、1度迷宮に潜っただけですよ?」
「赤鉄証までは、ギルド長の権限で授与できます。乱発はできませんが、ここ2年ほどは1枚も発行していませんから、王都から文句が来る事は無いでしょう」

 ウシャナさんの説明は色々続き、話は赤鉄証を持つことによるメリットの話になった。ギルドでの各種手数料半額やギルド保有の家屋の家賃半額などの金銭的なモノをはじめ、細々としたメリットがあるようだ。金銭的にまったく困っていないので、あまり嬉しくない。

「最後に、一番重要な点ですが――」

 重要な事なら最初に言おうよ。

「――この赤鉄証を持つ者は、准貴族として扱われます。士爵様のように貴族特権までは付与されませんが、騎士並みの社会的地位を保証されます。これはシガ国王の名の下に保障されますので、国内は元より、他国への訪問時にも有効です」

 もちろん、人族だけで無く、亜人にも有効らしい。セーリュー市の様に根強い獣人差別の地域でも、赤鉄証を所持していれば普通に宿に泊まったりできるそうだ。

 准貴族扱いに出来るような証書を民間人が出していいのか気になったので、ウシャナさんに聞いてみた。

「探索者ギルドは、ギルドと名乗っていますが、実際はシガ王国の迷宮資源省の管理下にあるんです。ギルド長は、シガ王国の迷宮資源大臣という役職を兼ねていて、現職の間は伯爵扱いになるので問題ありません」

 なるほど、やっぱり、国が後ろにいたんだ。金のなる木を民間に管理させているのが不思議だったから納得だ。

 念の為聞いてみたが、ミスリル証を所持する者は、赤鉄証同様に准貴族として扱われるだけでなく、国王陛下から名誉貴族としての爵位が授与されるそうだ。

「時にサトゥー。宴会の予定だが、今晩でどうだ」
「はい、予定を空けておきます」
「おう、いい返事だ。小耳に挟んだのだが、エルタールの小僧がたいそう美味い酒を手に入れたとか自慢しておってな――」

 エルタール将軍を小僧呼ばわりするのはともかく、竜泉酒が人気すぎる。山羊を手土産に、黒竜ヘイロンに礼をしに行かないとね。

 まさか、酒が目当てで異例の昇格とかないよね?

「な、なんだ、その目は。違うぞ? 昇格と酒には何の関係も無いぞ?」

 あせるギルド長が、少し怪しかったが、ウシャナさんが否定してくれたので、ただの勘繰りだったようだ。

 さて、階下でワクワク顔で待っているアリサ達に、赤鉄証を持って行ってあげないとね。



 タイトルで出落ちした気がします。
10-16.ギルドの騒動
※9/29 一部修正。
※10/12 誤字修正しました。

 サトゥーです。昔からある迷宮探索ゲームだと、酒場で仲間を集めて、神殿で復活をしたり呪いを解いたり、商店でぼったくられたりしたモノです。





 階下で待っていたアリサ達に、事の顛末を話して赤鉄証を渡す。

「やふー! ギルド長のお墨付きで昇格だー!」
「おかしらつき~?」
「目が怖いのです!」

 アリサが大げさに喜んで、片腕を天に突き上げてジャンプしている。
 タマ、ちょっと違う。ポチは未だに魚の頭が付いていると、目が見つめて来ると言って怖がる。2人もアリサの真似をしてジャンプして、天井に頭をぶつけそうになっていた。自分の身体能力を把握しないと危ないよ?

 他のメンバーも控えめな様子だが喜んでいるようだ。

「けっ、探索者ギルドは、いつからガキの遊び場になったんだ?」

 ちょっと騒がしかったかな?
 侘びを入れようと振り返ったのだが、すぐにその気が無くなった。

 男の足が、ギルドの入り口付近に集まっていた子供達を、蹴散らしていたからだ。彼が言っていたのは、オレ達じゃなく入り口を塞いでいた運搬人の子供達の事だったようだ。この男は見覚えがある。たしか、蟻から逃げていた男探索者パーティーのリーダーだ。

 蹴られた子供達は、大怪我こそ負っていないものの動く事もできずに、ギルドの壁際で小さくなっている。前の虎人族といい、大の大人が子供を足蹴にするなんて。

「幼生体への暴力は危険が禁止だと告げます。言語での警告を推奨します」
「なんだテメーは? ほう、えらい別嬪だな。仕事を間違えたんじゃねぇか? 探索者より娼婦の方が稼げるぜ?」

 男の手が無造作にナナに伸びる。
 ナナの普段着ている鎧は、翠絹を裏地に、中敷きにクジラの皮を使い、表面には鎧井守の革を使っている。見た目は柔らかそうな皮鎧に見えるし、実際に柔らかいのだが、魔力を通すと鎧井守の革の部分が硬化する。

 名前に「鎧」と付くほどの魔物の革だ。普通の兵士達が使う剣や槍さえ弾き返す。

 そこに胸を掴もうと無防備に指を伸ばしたらどうなるか。
 その答えは、この男が身を持って教えてくれた。

「ゆ、指が、俺様の指があああ」

 男は魂消るような悲鳴を上げて、床に蹲った。

「このアマあ、ベッソに何しやがる」
「ベッソの仇だ!」
「否定。彼は自滅しただけと事実を報告します」

 男達は、蹲っている男の仲間のようだ。2人とも顔が赤い。昼間から酒を飲んでいるようだ。
 その2人は、ありえない事に、街中どころか探索者ギルドの中で、剣を抜いた。

 さて、怪我人が出る前に捕縛するか。
 オレが一歩踏み出すより早く、リザが彼らの横合いから槍の一撃を男の横腹に叩き込む。もちろん、穂先では無く石突きの方で軽くだ。

 リザは軽く突いたつもりのようだが、ポコンと軽い音をあげて魔物の甲殻でつくったらしき鎧に穴を開けて、そのままわき腹を痛打したようだ。突かれた男は悶絶し、その向こう側にいた男もバランスを崩して地面に転がった。

『おい、あいつらって確か蟻甲殻の胴鎧だよな?』
『ああ、あんなにあっさり壊れるなんて……』

 ギャラリーが何か言っているが、コン少年の仲間に作った甲殻の胸当てと比較しても、遥かに脆いから壊れても仕方ないと思う。

 突き指をしていたベッソが、反対側の手で地面に転がっていた仲間の剣を拾って、ルルに狙いを付けて襲い掛かった。

 オレは滑るように接近し排除しようとしたのだが、結果的に意味がなかった。ルルは、難なくベッソの剣を避け、そのまま地面に組み伏せてしまった。倍近いレベル差と護身スキルがあるせいか、組み伏せられたベッソの抵抗はまるで効果がない。

『メイドさん強ぇえ』
『今の動き見えたか?』
『ベッソ達って、前に酒場で3倍の数の太守の兵隊と殴り合って、勝ってなかったか?』
『メイドさんが、あんなに強いって事はあのチビたちも強かったりして……』

 残る1人も、素手のポチとタマに負けて地面に這いつくばっている。

『チビども強すぎだろ?』
『噂の迷宮門を軽々と開けた獣人の子供って、コイツらじゃ?』
『って事は、あっちの華奢な子供2人も強いのか?』
『ありえるぜ……』

 ギャラリー煩い。

「おい、あまりホールで騒ぐと、ギルドの地下牢に放り込むぞおおお~?!」

 ギルド職員と一緒に奥から出てきた、体格のいい重装備の戦士がオレ達に注意して来た。語尾がおかしい。

 どこかで見た顔だと記憶を手繰って思い出した。前にグルリアン市で魔族に殴られてダウンしていた大盾の探索者だ。

『大盾のジェルだ』
『魔族と戦って生き延びたらしいぜ?』
『さすが鉄壁のジェルだな』

 彼はオレの前に駆け寄って問いかけた。

「失礼ですが、ペンドラゴン卿ではありませんか?」
「はい、たしかグルリアン市でお会いしましたね」

 相手はオレが覚えているのが意外だったようだ。

「ペンドラゴン卿が加勢して下さったお陰で、こうして生き延びていますよ」
「私の仲間達が頑張ってくれたお陰ですよ」

 彼はオレに礼を言いながらもキョロキョロと誰かを探しているようだ。

「ジェ、ジェルのアニキ」

 足元から聞こえるベッソの声で、こいつの存在を思い出した。ルルに彼を放してやるように身振りで指示する。

「ああ、ペンドラゴン卿に絡んでいた命知らずは、オマエ等だったのか」

 ジェルは、縋り寄るベッソを素気無くあしらう。なかなかの温度差だ。

「いいか? みんなも良く聴け! この人達は、遠い公爵領の街に現れた魔族を倒すほどの手練(てだれ)だ。しかも! ただ倒しただけじゃない。完勝だ! 傷一つ負うことなく倒して退けたんだ」

 彼はギャラリーに熱くいかにオレ達が強かったか語る。特にポチとタマの2人が安全圏に連れて行ってくれたのを覚えていたらしく、2人に命の恩人だとお礼を言っていた。

「時にペンドラゴン卿。あの時に素手で戦っていた麗しの女神は、今日はご一緒ではないのですか?」

 あの時戦っていた素手の女性といえば、カリナ嬢しかいない。さっきから、彼が探していたのはカリナ嬢だろう。

「ええ、彼女は領地へ帰りましたから」
「領地ですか?」
「ええ、彼女はムーノ男爵の次女カリナ様です」

 その後もジェルにカリナ嬢の話を色々聞かれる事になった。ついでにムーノ男爵領では、領軍の兵士や騎士が不足していると吹き込んでおく。彼が仕官するとは思えないが、この話を聞いた探索者がその気になってくれるかもしれないからね。





 ベッソ達3人は、ギルドホールで抜刀した罪で、3日ほどギルドの地下牢で反省させられるそうで、ジェルに連行されて行った。リザも槍を使ったが、槍の穂先では無く石突だった事から不問になった。

 さきほど蹴散らされた子供達は、痣が出来ているようだったが、職員さんに注意される前にギルドの外に移動していた。

「あのカリナが女神って、あのマッチョ頭悪いんじゃない?」
「ん」
「かりな、強い~?」
「ぴょんぴょん身軽なのです!」

 アリサとミーアのカリナ嬢への評価が低い。ポチとタマが擁護しようとしていたが、方向性が間違っていたので、あまり擁護になっていなかった。





 せっかくギルドまで来たので、施設内を見学していく事にした。
 先に探検していたアリサ達に先導されて見学してまわる。

 まずは、ギルドと契約している神殿の神官さんの待機している部屋。

 ルックスで選んでいるのかと聞きたくなるほどに、美形の男女の神官がいる。解毒や解呪、麻痺解除や重傷者の治癒を有料でしてくれるらしい。助手として生活魔法使いもいる。止血したり傷口を消毒したりは彼等の仕事なのだろう。

 地図や迷宮内での情報を売る場所もあった。

 ここでは、未知の区画や知られていない区画間通路などの情報が売れるそうだ。赤鉄以上の探索者しか情報の売買は出来ないらしい。木や青銅の人間は、迷宮前の地図屋で情報を売買するそうだ。
 ここに来て初めて知ったが、第1区画とその隣接区画の地図は、この部屋の壁に掲示してあった。今も新米探索者らしき男性が、一生懸命に書き写している。

 探索者向けの道具屋もあった。

 保存食や寝袋、包帯などの応急処置グッズ、松明や魔物避けの粉、閃光玉や煙玉、ロープや細い草紐なんかが売っている。珍しいところでは、小さな金属板や鏡なんかが売っていた。
 何に使うのか不思議だったのだが、金属板は警報の鳴子、鏡は物陰から敵の位置を確認したりするのに使うらしい。
 この店は品質が良いらしいのだが、他の個人経営の店より高いそうなので、ここで買うのは裕福な貴族出身の探索者くらいなのだそうだ。

 もちろん、探索者向けの薬や魔法薬なんかを扱う薬局もある。
 そして、その薬局から口論らしきモノが聞こえて来た。
※ルルが組み伏せるシーンなどの順番が変だったので修正しました。どうも最終稿を寝ぼけて古いので上書きしてしまったようです。申し訳ありません。
10-17.仮の住処
※10/5 加筆修正しました。
※10/5 誤字修正しました。

 サトゥーです。家の購入というと住宅ローンという重荷を背負い込む、人生に3度ある試練の一つだと言います。マイホームの購入は、異世界でもそれなりに大変なようです。





「解毒の魔法薬が品切れ? 待ってくれよ、先週、王都から錬金素材が届いたばかりじゃないのかよ?」
「はい、ギルド専属の錬金術士たちが頑張って調合してくださったんですけど、コカトリスを討伐するとかで『業火の牙』が全部買い占めてしまったんですよ」
「ちっ、赤鉄証(アイアン)の連中か」

 本物のコカトリスか。ちょっと見てみたいかも。
 でも、コカトリスって、石化のイメージがあったんだが、毒も使うんだな。

「ですので、市内の薬屋か錬金術の店を回って頂くしか……」
「あの辺の店は、太守の息が掛かってるからギルドの薬局の倍はするじゃねえか。なあ、1本くらい残ってないのか?」

 男は尚も食い下がっている。職員のお姉さんは困り顔だ。

「蜘蛛毒用や蟻毒用の魔法薬ならありますが、汎用のは1本も無いんです」
「何種類も買う金なんて無いよ。仕方ない蜘蛛毒用の魔法薬を2本くれ、あと下級回復薬を3本だ」
「はい、解毒薬が1本あたり銀貨2枚に、下級回復薬が1本あたり銀貨1枚になります」

 なかなか安い。
 探索者の男が、小銭混じりの金をカウンターに並べて金を払っている。計算が苦手みたいだ。

「次の方」
「ああ、失礼。並んでいたわけでは無いのですよ」

 紛らわしい場所にいたのを軽く詫びる。

 薬の買取をしているか聞いてみたが、専属の薬師や錬金術士との兼ね合いがあるので、不足している品以外は少量しか買い取れないそうだ。

「でも、大抵の品は不足しているんですよ。この都市の周辺は薬草も生えてませんし、迷宮で素材を集めてくる探索者兼錬金術士もいますが、消費に追いつかなくて慢性的に不足しているんです」

 止血用の軟膏と消毒用のアルコールだけは潤沢に在庫があるらしい。不足している魔法薬なら一定の品質以上であれば、ギルドの売値の八掛けで買い取ってくれるそうだ。
 試しに、水増し薬を出して鑑定してもらったら、大銅貨4枚と言われた。

「回復量は水準ギリギリですけど、安定度が素晴らしいですね。これなら迷宮に潜っているあいだに腐ったり品質が低下する事もないでしょう」

 魔法薬って腐るのか。
 後でアリサの宝物庫(アイテムボックス)や皆の妖精の鞄(マジック・ポーチ)の中にしまってある魔法薬を確認しないとね。

 そういえば、セーリュー市で沢山買った竜白石があるので、買取ができるか確認したら、あるだけ売って欲しいと懇願されてしまった。

 この前、セーリュー市に手紙を出しに行った時に商人から聞いたのだが、最短の北周りルートが止まっているために、南回りルートを使うので時間がかかると言われていたから、そのせいだろう。
 なんでも、レッセウ伯爵領で中級魔族が暴れて都市が一つ滅んだらしいので、流通が止まっていても仕方ない。

「いえ、そちらの話は、もう勇者様が討伐してくださったので、解決したのですが――」
「竜?」

 彼女が言うには、レッセウ伯爵領と王都の間にあるゼッツ伯爵領の峠に竜が棲み付いたらしい。そのせいで、王国の北周りの街道が完全に封鎖されてしまい、流通が止まっているそうだ。迷惑な話だ。

「王国会議が再来月に開かれるので、王国騎士団だけでなくシガ八剣様方も出陣して竜を排除してくださるそうなので、しばらくの我慢ですね」

 オレは、黒竜ヘイロンと公都で会ったシガ八剣の2人を比較して、封鎖は当分続きそうだと確信した。

 さて、そんな事情はともかく、商売に戻ろう。

 魔法の鞄から、小瓶を取り出してカウンターに置いた。中には粉末にした竜白石が、300グラムほど入っている。この小瓶一本で、解毒薬30本ほどの材料になる。

 買い取り価格は銀貨30枚と言われた。
 買った時の値段が18キロほどの小樽一つで金貨10枚だ。不純物を取り除いて粉末にすると10キロほどまで減ってしまうのだが、それでも仕入れ値の20倍で売れる計算になる。

 異常な暴利に少し引いてしまったのを、薬局のおねえさんは誤解したようだ。

「錬金術士の方に、素材だけを売れというのが失礼なのは重々承知していますが、万能解毒薬は足が早いので、一度に沢山納品されても捌けないのです」

 なので、万能解毒薬が欲しい人が来てから、ギルドに詰めている専属の錬金術士に練成して貰うのだそうだ。

 オレは竜白石の粉末が入った小瓶を2本と、水増し魔法薬を5本ほど納品する事にした。さっきの探索者を見かけたら、解毒薬が買えるかもしれないと教えてやらねば。





「士爵さまのご要望に合う屋敷は、この3つです」

 ギルドの不動産を扱う部署の職員の男性が、迷宮都市の地図を指差しながら紹介してくれている。

 紹介されたのは、職人街の中にある工房、富裕層エリアにある屋敷、牧場や農場の近くにある屋敷の3つだ。牧場傍の屋敷は、10年ほど空き家だったそうで、多少の修復が必要だと言われた。

 多少悩んだ末に、乳製品や野菜を仕入れ易いという理由で牧場傍の屋敷を選んだ。

 アリサに「現物を見ないで家を買うなんてアリエナイ」とか散々言われたが、ダミーの家の品質なんて気にするだけ無駄なので、即決で購入する事にした。気に入らなければ買い換えれば済む事だしね。

 市価の半額の金貨150枚という手頃な値段だったのだが、ふらりと現れたギルド長の口利きで、さらに半分になった。
 この屋敷が立地のわりに高いのは、この都市では珍しい木造建築だからだそうだ。好事家なら飛びつきそうなものだが、修繕費用が高いので買い手がつかなかったらしい。

 年間の税金は、屋敷の規模や場所によって変わり、この屋敷の場合、金貨15枚ほど掛かる。この税金も赤鉄証所持者は半額になると教えられた。これは1軒目の家にしか割引が無いそうなので、複数の家屋を持つ探索者はいないらしい。

 魔法の鞄から取り出した金貨と引き換えに、屋敷の登記書類と鍵束を受け取る。登記手続きは、契約(コントラクト)のスキル持ちの人がやってくれた。





 ギルドでの用事も済んだので、連れだって建物の外にでる。
 そこには期待に満ちた目で、こちらを見上げる子供達の視線があった。

 ちょっと怖い。

 この前の荷運び人の幼女たちを先頭に、3~40人の子供達が遠巻きにこちらを見ている。その向こうでは、屋台の主人たちまでこっちを窺っているようだ。そうか、さっきの探索者に蹴飛ばされるほど入り口を塞いでいたのは、食事を振舞ってもらえるかもしれないと集まっていたからなのか。

 誰も何も言わないが、張り詰めた空気の中を子供達のお腹の音が響く。
 あまりこうしていても迷惑だろうし、奢ってやるか。

 アリサ達に小銭を渡して、子供達に食事を振舞ってやるように頼んだ。

「さあ、幼女達! ペンドラゴン士爵が御飯を奢ってくれるわよ。みんなでお礼を言いなさい!」
「「「士爵さま、ありがとう」」」

 お礼を言う多数の幼女と、少数の男の子達の言葉に手を振り返す。

「にく~?」
「アリサ、お肉がいいのです!」
「栄養が偏るからダメよ。野菜炒めか腹持ちのいい煮込み料理にしましょう」

 どの料理を振舞うか相談するアリサ達に、屋台のおっちゃん達から売込みの声が上がる。

「嬢ちゃん、うちの粥は肉も野菜も入っているから腹持ちいいぜ?」
「何言ってやがる、うちの団子汁が一番だ。野菜も入ってるし、うちの肉団子は腹持ち最高だぞ~」
「よっしゃ、両方行こう! みんな、好きな方に並びなさい! 振舞うのはどちらか1方だけよ」

 選ぶのが面倒になったアリサの言葉に、2つの屋台の間を子供達の視線が彷徨う。結局、出遅れたら食いっぱぐれると思ったのか、1人が並ぶとすぐに2つの列ができた。混沌としそうな子供達を、ポチとタマが通行の邪魔にならないように整列させていた。

 満腹になった子供達に別れを告げ、オレ達は購入したばかりの家に向かった。





「うげっ、雑草だらけじゃない」
「まかせて~?」
「草刈り装備装着なのです!」

 雑草が生い茂る屋敷を前に、うんざりしたアリサの愚痴が漏れる。タマとポチは、ポーチから取り出した草刈り鎌を手にポーズを付けている。ナナまで長柄の草刈り鎌を取り出している。前の街道でもそうだったが、この3人は草刈りが好きだよね。

 館の門を封鎖する大きな南京錠に鍵を差し込んで開ける。少し錆びていたが、力ずくで開ける。

 さて、屋敷の中、正確には敷地内にある厩舎の陰に、5人ほどの子供達がいる。恐らく、空き家に不法滞在している孤児だろう。レベルも低いみたいだし、草刈りついでにナナ達に見に行くように指示する。

「ナナ、ポチとタマを連れて厩舎の方を調べてきて」
「イエス、マスター」
「らじゃ~」
「なのです!」

 3人は厩舎までの雑草を掻き分けて、道を作りながら進んでいく。
 残ったオレ達は、井戸を確認に行く事にする。途中の雑草はアリサが器用に空間魔法で刈り取ってくれた。

 井戸は釣瓶を下げる滑車が腐っていて、地面に残骸が転がっていた。井戸にゴミが入らないようにする蓋の横には、縄の付いた桶がある。その桶は少し湿っていた。恐らく、さっきの孤児たちが使っていたのだろう。

「てーへんだー」
「大変なのです!」
「緊急事態を告げます! 命が危険で危ないのです。至急救援を求めます」

 厩舎に行っていた3人が駆け戻ってきた。
 どうやら、孤児達は単なる不法滞在者ではなかったようだ。
※10/5 屋敷の購入周りを修正
10-18.仮の住処(2)
※10/5 誤字修正しました。

 サトゥーです。昔、祖父の家の離れに叔母夫婦が引っ越すというので、掃除を手伝った事があります。畳を交換したり障子紙を張り替えたりと、珍しい経験をしました。





 3人に連れられて行った厩舎の陰には、10~13歳くらいの5人ほどの子供達が座り込んでいた。

 今更ながらに、詳細を調べる。マップのデフォルト表示は種族とレベルだけだ。範囲検索時も、ノーマルだと名前、種族、年齢、性別、レベルしか表示していない。敵対者や賞罰欄で罪を犯した者は赤、スキル不明やレベル50以上は青で表示するようにして分別してある。あまり表示情報を増やすと視界が狭くなるので、調整してあるのだ。

 そこに居たのは、確かに情報通りの子供達だ。ただ、永らく食事をしていないのか、危険なレベルで衰弱している。さっきの井戸を見る限りでは、水も碌に飲んでいないのだろう。意識も混濁しているのか、オレ達が姿を見せても、反応したのは1人だけだ。その1人も動く様子は無い。

 前にプタの街でも使った栄養剤を、子供達に投与する。さらに魔力治癒で、1人ずつ傷を癒していく。どの子も骨折したり、骨折が元で手足が壊疽を起す寸前まで行っていたり、裂傷が酷く膿んでいたりしていた。
 変な風に骨折した骨が癒着していた子供もいたが、丹念に魔力治癒を施す事で、正常な形状へ変形させる事ができた。

「どう?」
「ああ、取りあえず命に別状は無い。薬で無理矢理回復させたから、疲れて眠っているよ。少し時間を置いてから水を飲ませて、もう一度栄養剤を飲ませよう。明日の朝になったら薄い粥でも食べさせてやればいいだろう」
「さすがはマスターです。惜しみない賞賛が溢れます!」
「よかった~」「のです!」

 この子達の看病はナナに任せる。
 そのまま地面に寝かせるのもかわいそうなので、オレ達が野営する時に使っているフェルトを重ねたふかふかのシートを出して寝かせた。





「くもの巣~?」
「ベタベタする、のです」
「サトゥー」

 蜘蛛の巣塗れのミーアと、同じく蜘蛛の巣塗れで耳がペタンとなったポチが泣きついてきた。

 だから、オレが先に行くと言ったのに。

 屋敷の中を調べた結果、床が一部腐っていた以外は埃や蜘蛛の巣を払うだけでなんとかなりそうだ。

 壊れた椅子を始めとするガラクタが多数残留していたので、ストレージ内のゴミ箱フォルダに収納して掃除した。「理力の手(マジック・ハンド)」との複合技は楽でいい。

 母屋は2階建てで、屋根裏部屋や地下室もある。床面積は屋根裏や地下室を除いて60坪ほどなので、平均的な日本の家の倍くらいだ。地下室はワインセラーに偽装されていたが、巧妙に隠された隠し扉があり、その奥には特殊な性癖を満足させるための、ちょっと扱いに困る機材が満載の部屋があった。年少組の教育に悪いので、サックリと破壊してただの空き部屋にしてしまった。ここは、後でダミーの研究室にでもしよう。

 敷地内には母屋の他に、来客の滞在用の別館と使用人用の離れがある。客用の別館は母屋と同じく2階建てで、使用人用の離れは平屋だ。それぞれ45坪ほどの床面積がある。来客用は6部屋しか無いが、使用人用は同じ面積にも関わらず、広めの部屋が10室に狭い部屋が5室ある。

 食堂は母屋にしか無い。水が貴重なせいか風呂は無いようだ。1階にある部屋を一つ潰して風呂場を追加しよう。調理場の竈には、石炭らしき黒い欠片と灰が溜まっていた。

「けっこう広かったわね。これを住めるようにするのって、どのくらいかかるんだろう?」
「私達だけなら5日もあれば住めるんじゃないかな?」

 うんざりしたアリサの言葉にルルが、小首を傾げながら答える。

「ルル、さすがにこの広さだと5日では無理でしょう。ご主人さま、午前中に食事を振舞っていた子供達に手伝わせてはどうでしょう? 草刈りや雑巾掛けなどをさせるなら体力や技術も無くて大丈夫でしょう」
「そうだね、そうしよう。リザとアリサは、西ギルド前の子供達を雇ってきて、報酬は賤貨1枚と夕飯だ。人数は10人くらいいればいいかな? 多少の増減は構わないから、その辺の裁量は2人に任すよ」

 リザの提案を採用して、労働力の調達に行って貰った。

「サトゥー」
「何、ミーア」

 後ろからミーアが、服の裾を引っ張る。蔦の館に行きたいというので、帰還用の刻印板を屋敷の広間に設置して蔦の館へと転移した。ポチとタマが庭で草刈り競争をしているので、ルルには屋敷に残ってもらった。





「レリリル、掃除」
「ミサナリーア様、この廃屋をですか?」
「ん」

 ミーアの用事は、このレリリルを連れてくる事だった。確かに、彼女は「清掃」スキルを持っている。種族も家妖精(ブラウニー)だしね。

「サトゥー」
「なんだい?」
「綺麗になって」

 一瞬ミーアに何を要求されたのか判らなかったが、すぐに気が付いた。普段抑制している精霊光を解放しろという事だろう。よく判らないが、何か考えがあるのだろう。言われたとおりに解放してやる。

「ん、綺麗」

 ハテナ顔のレリリルだったが、ミーアに促されて魔法を使う。

「■■■■■■ ■■ …… ■■■■■■ 家洗浄(ハウス・クリーニング)

 長い呪文が終わると屋内がピカピカになる。気になって足を持ち上げたが、どういう仕組みの魔法なのか、ちゃんと足のあった場所も綺麗になっている。

>「精霊魔法:家妖精スキルを得た」

 精霊魔法系なのか。レリリルは精霊が見えないっぽいのに、精霊魔法が使えるみたいだ。ルーアさんの話だと、精霊視があってはじめて使えるみたいな話だったが、レリリルは種族特性とかギフトとかで覚えたのだろうか?

「偉い」
「お褒めいただき恐縮です……ですが、いつもより魔法の効果が高い気がします」
「ん」

 恐らく、オレが集めた精霊達が効果アップの理由みたいだが、ミーアに説明する気がなさそうなので、黙っておく。後でサプライズっぽく告げたいとかだったら、野暮だしね。

 そこに台所に行っていたルルがパタパタと駆け戻ってきた。

「ご主人さま、急に床がピカピカに! あら? リレレルちゃん、いらっしゃい」
「ちょっと小娘! 私はレリリルだって言ったでしょ!」
「あら、私も小娘じゃなくて、ルルだと言ったじゃないですか。もう忘れたんですか?」

 どうも、この2人は仲が悪い。レリリルはミーア以外なら誰でもこんな感じなのだが、あの温和なルルが喧嘩腰で会話するのは珍しい。アリサに言わせると、オレへの無礼な発言が原因らしいので「そのうち仲良くなるでしょ」と楽観的な事を言っていた。

「次」
「ま、まって下さいミサナリーア様。エルフ様方と違って、私共の魔力は少ないのです。先ほどの魔法で大半を使ってしまったので、大魔法はしばらく使えません」
「ん、サトゥー」

 ミーアは、困り顔で訴えるレリリルを見た後に、オレに呼びかける。たぶん、「魔力譲渡(トランスファー)」の魔法で回復させて欲しいのだろう。お望みどおり魔力を回復させてやる。たしかに、彼女はレベルのわりに魔力が少ない。同レベルの頃のルルよりも少ない感じだ。アリサなんかは同レベルのルルより倍以上の魔力があるので、一概に比較できないけどね。

「えっ? 今のは? 何かしたのか? 小ぞ……サトゥー、殿」
「ミーアのお願いだったからね。魔力を譲渡したんだよ」

 レリリルは、困惑顔で「魔力を譲渡?」と呟いていたが、ミーアに促されて「家磨き(クリーンナップ・ハウス)」や「家回復(ヒール・ハウス)」などの色々と突っ込み所のある魔法を使って、家を新品同然のレベルにしてくれた。

 たいしたモノだ。
 だが、腐っていたはずの床や穴が開いていた壁まで塞がっているのは――回復魔法の建物版と考えると判らなくもないのだが――何か納得が行かないものがある。

 家の外側も綺麗にしようとするレリリルを止めて、外側の汚れはそのままにして貰った。

「雨漏りとかは困るけど、汚れはそのままにして欲しいんだ。あまり一般的な魔法じゃなさそうだから、近所の人が驚きそうだからね」
「人族のいう事は意味不明ですね。ミサナリーア様もさぞかしご苦労されているのでしょう」
「ん」

 レリリルの失礼な発言はともかく、そこは頷くんじゃなくて、否定したり擁護したりする所じゃないだろうか?
 それでも、レリリルは、オレの要求どおりに各建物の修繕と清掃を完了してくれた。

 オレは、清潔になった母屋の1階に簡易寝台を用意して、衰弱していた子供達を移動させた。子供達は、少し肌に赤みが差してきたので、「柔洗浄(ソフト・ウォッシュ)」と「乾燥(ドライ)」で清潔にしてから、寝台に寝かしつけた。この子達の着替えの服をナナに渡し、着替えさせるように頼む。





「よーし、とうちゃーく」

 馬を引いたリザと、馬に腰掛けたアリサが、20人ほどの子供達を引き連れて帰ってきた。半分強が人族で、残りが鼠人族や兎人族なんかの獣人だ。

「お帰り、思ったより多いな」
「まーね、それにしてもポチとタマは頑張りすぎでしょ。子供達が草刈りする場所ないんじゃない?」

 アリサが呆れ顔になるのも判る。広い敷地の8割近くの雑草は、2人の手によって既に刈られている。

「小さい子は、手袋と篭を受け取って、刈り取られて地面に捨てられている草を篭に集める係よ! 大きい子は、手袋と草刈り鎌を受け取って、屋敷の周りの草を刈って行って! 夕暮れまでに終わらせたら、士爵様が美味しい晩御飯をご馳走してくれるわよ!」

 アリサの指示と、モチベーションを維持するための報酬の提示に、子供達が歓声を上げて作業に取り掛かった。

「あら? レリリルじゃない。この子がいるって事は家の中は清掃済みだったり?」
「アリサ殿、この子呼ばわりは止めて頂きたい、とあれほど言ったではないですか!」
「ああ、ごめんごめん」

 レリリルの抗議を適当にいなしながら、アリサが屋敷の扉を開ける。

「レリリルぐっじょぶ! さすがは家妖精(ブラウニー)ね! 恐れ入ったわ」

 クルリと振り返ったアリサがジェスチャー付きでレリリルを褒め千切る。レリリルは調子に乗りやすい性格らしく、賞賛に薄い胸をそらして得意そうだ。

 あまり蔦の館を留守にできない、というレリリルを転移魔法で送る。夕飯の時には呼びに行けば良いだろう。

 夕方までに草刈りは、無事終わり、子供達には約束通り賤貨1枚と夕飯を振舞おう。テーブルや椅子がなかったので、給食みたいなランチプレートに食事を盛る事にした。ランチプレートの中身は、甘辛いソースを塗ったニョッキと軽く茹でた葉野菜、揚げた塩味のポテト、甘い味付けのニンジン、メインは狼肉のサイコロステーキにしてみた。ミーアのみメインを、豆料理にしてある。ミーアは、未だに「ザ・肉料理」というステーキは苦手のようだ。

「いい匂い~」
「うん、あの赤いのって何だろう? 甘い匂いだね」
「あっちのはお肉だよ。一杯ある」
「あたし達にも貰えるのかな?」
「お腹減ったね」

 子供達が遠巻きにしてなかなかランチプレートを取りに来ないので、アリサが号令して並ばせた。作りやすさを優先したから、それほど豪勢でも無いはずだ。

 ランチプレートを受け取った子供達は、我先にと食べだす。口に入りきらないほど詰め込む子や、一口ずつ噛み締める様に味わう子がいる。不思議な事に、味の感想を言う子はいない。みんな、食べるのに必死すぎて、喋る余裕が無いようだ。しかし、泣きながら食べる子がいるのはデフォなのだろうか? 普通に食べようよ。

「ルルも腕を上げたわね~」
「悔しいけど美味しいのです。人族に料理の腕で劣るなんて、家妖精の沽券に関わりますです。アリサ殿の姉の料理の腕は変なのですよ」
「あら、レリリル。うちのご主人様は、もっと上手よ?」
「あの、小ぞっ、サトゥー殿がですか?」
「昨日のカステラを作ったのも、ご主人様だしね~」

 夕飯にあわせて呼んできたレリリルがアリサと並んで食べている。この2人は不思議と仲が良い。その調子でルルとも仲良くして欲しいものだ。

 小さい子達は食べ終わっても名残惜しそうに皿を舐めていたので、獣娘達用に作っていた肉々しい野菜炒めを少し分けてあげた。どの子も作れば作っただけ食べそうだったので、お腹を壊さない程度で止めておいた。ポチやタマが食べたりなさそうにしていたので、後で夜食でも用意してやろう。
 少し長かったですが、そろそろ日常パートが終わります。
10-19.屋敷の管理人
※6/23 誤字修正しました。
※10/12 加筆しました。
 サトゥーです。未亡人という言葉に惹かれるのは、オッサンの証だと何かの雑誌に書いてありました。そもそも死別する前に離婚したり、結婚せずにシングルマザーになる人が多い現代では、もはや身近では無い言葉なのでしょう。





「じゃあ、気を付けて行って来るんだよ」

 西門の前でアリサ達を見送る。みんなとは、迷宮の別荘で合流予定だ。オレが残ったのは、屋敷の管理人を雇うためだ。それに、例の衰弱していた子供達を放置する訳にもいかないので、ナナを看病役に残してある。

 オレは扉の向こうに皆の姿が消えるのを見送ってから、探索者ギルドに足を向けた。

 昨日の夕飯後にギルド長に呼ばれて酒盛りをしたのだが、探索者ギルドは28時間営業なのか、深夜だったにも関わらず沢山の職員や探索者達がいた。高級酒の気配を感じ取ってギルド長の部屋に訪れた高レベル探索者や古参の職員達に強請られて、ギルド長にプレゼントした竜泉酒は瞬く間に無くなってしまった。ギルド長が棚に隠した妖精葡萄酒(ブラウニー・ワイン)の事は、武士の情けで見逃してあげた。

 昨夜の宴会の影響か、職員さんの数が少ない気がする。

 オレが向かったのは、昨日屋敷を紹介して貰った不動産を扱う部署だ。昨日の青年は居ないようで、頭部の後退した中年のオジさんがヒマそうに待機していた。

「こんにちは」
「ようこそ、ギルド不動産局へ」

 思ったより愛想が良い人のようだ。

「昨日、屋敷を紹介して貰った者なのですが」
「何か不都合でもございましたでしょうか?」
「いえ、屋敷の留守番や馬の面倒を見れる馬丁を雇いたいのですが、どこか斡旋してくれる部署をご存じないかと思いまして」
「この探索者ギルドでも、屋敷の警備や雑用などの仕事を斡旋する事はありますが、屋敷の人間が誰もいない状況での留守番などは、信頼できる者を雇われた方がいいでしょう」

 この人って、探索者ギルドの職員なのに、探索者が嫌いなのだろうか?

「ええ、もちろん探索者が全て信用が出来ないとはいいませんが、目の前の誘惑に弱い者が多いのも事実です。留守役をさせるなら、お知り合いの貴族様方に紹介していただくか、手っ取り早く奴隷を購入するのが良いと思います」

 知り合いの貴族と聞いて一番に思い出したのは、シーメン子爵だ。
 まだ迷宮都市に滞在しているか不明だが、富裕層エリアに屋敷があるはずなので、所在をマップで検索してみる。意外にも、彼は同じ探索者ギルド内にいた。そういえば魔核(コア)の仕入れに来たって言ってたっけ。確か商取引は東ギルドが中心と聞いていたんだが、魔核(コア)の仕入れは西ギルドが担当なのかな?

 彼の部下の人が外で待ってそうだから、面会の仲介をして貰おう。





「旦那様、ミテルナと申します。浅学非才の身ですが精一杯お仕えさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます」
「こちらこそよろしく頼む」

 異様に丁寧な挨拶をしてきたのは、シーメン子爵の紹介で屋敷の管理人になって貰う事になったミテルナ女史だ。人族で、年は26歳、美人と言えなくも無いが、プロポーションはとてもスレンダーだ。ピンと伸びた背筋には惹かれるものがあるが、胸から腰へのラインがストレート過ぎる。160センチほどの長身で、赤みがかった茶色い長い髪を編みこんでいる。細い眉の下の瞳は鳶色をしていた。
 彼女はレベル7と低いものの、「礼儀作法」「奉仕」「交渉」などのスキルを持っている。

 シーメン子爵に相談した所、すぐに彼女を紹介された。代々、この迷宮都市のシーメン子爵別邸の管理をしてきた一家の長女との事だ。現在は、兄夫婦が邸宅の管理をしているそうで、彼女は言わば余剰人員だったらしい。
 元々、彼女は子爵の紹介で准男爵の家に奉公に行っていたらしいのだが、セクハラをしてきた准男爵を拒否した為に解雇されてしまったそうだ。ちょっと都市を検索してみたが、この迷宮都市の准男爵は、デュケリ准男爵だけしか居なかった。彼がセクハラ野郎だと決まったわけでは無いが、ナナやルルを准男爵の近くにやるのは避ける事にしよう。

「男は私一人だから安心していい。もし、私が酔っ払って不埒な事をしようとしたら、近くの花瓶でもイスでも叩きつけてくれて構わないからね」
「いえ、そういう訳には参りません」

 そもそも酔っ払わない体だから、そういう事も無いと思う。
 オレ達は、辻馬車に乗り、探索者ギルド前に戻ってきていた。屋敷の管理に加えて、衰弱した子供達の看病もしないといけないため、一人か二人ほど小間使いの子供を雇う為にやってきた。

「本当に、私が選んでいいのですか?」
「ああ、勿論だ」

 彼女の問いに頷く。一時雇用だし、一緒に働くのは彼女だからね。
 辻馬車を降りた彼女は、年長の子供達の中から2人ほど選んで戻ってきた。朴訥そうな中学生くらいの娘達だ。

「こちらが、あなた方の雇用主のペンドラゴン士爵様です」
「ロジーです」
「アニーです!」

 2人目の気合の入った挨拶をした少女には見覚えがある。昨日、屋敷の草刈に来てくれた子だ。昨日の晩御飯を思い出しているのか、涎が垂れそうに緩んだ顔をしてミテルナに怒られている。最初に挨拶した子は、日焼けしているのか人種が違うのか色黒だ。どちらも、折れそうなくらい手足が細い。

 辻馬車は2人乗りだったので、2人の少女達には徒歩で屋敷に向かって貰った。徒歩でも30分もあれば付くから大丈夫だろう。

 ミテルナ女史に屋敷内の設備について説明する。と言っても、昨日買ったばかりの家なので、井戸や台所、食料貯蔵庫、厠、納屋、厩などを説明するだけで、大体完了した。
 使うかわからないが、本館2階がパーティーメンバーの私室になる予定だ。ついでに、地下室がオレの書斎兼研究設備になっているので入室しない様に言い含めた。

「素晴らしいお屋敷です。こんなにも丁寧に掃除や保守してあるお屋敷は初めてみました。きっと、前任の方は経験豊富な方だったんですね」

 感嘆の溜息を吐くミテルナ女史には悪いが、掃除したのはレリリルの魔法だ。折角感心しているようだし、ここは無駄口は止めておこう。

 ミテルナ女史に銀貨と銅貨が詰まった小袋を渡す。燃料や雑貨、それに食料品を買うにしても現金は必要だろう。

「あの、旦那様。貴族のお屋敷の場合は、ツケで買い物ができるので、この様な大金を使用人に預ける必要はありません」

 そういえば、公都でもツケで買い物していたっけ。大金と言っても合計金貨10枚分くらいしか無いので、そのまま預けておいた。

 ロジーとアニーが到着したのと入れ替わりに、オレとナナは出かける。見送られても困るので、見送り不要と宣言して出かけた。

 厩舎の物陰から、迷宮へと転移した。





「ご~りゅ~」「なのです!」

 オレとナナが別荘に着いてから、少し遅れてアリサ達が転移して来た。甘えて来るポチとタマを受け止めてクルクルと回す。

「ふぃ~、この人数で転移するのは疲れるわね」
「アリサ偉い」

 どこかオッサン臭い仕草で、切り株のイスに腰掛けたアリサの頭をミーアがよしよしと撫でている。

 アリサ達は、連絡したときに、4区画で魔物狩りをしている最中だったので、合流が少し遅れたらしい。

「ご主人様、首尾は如何でしたか?」
「ああ、シーメン子爵の紹介でいい人が雇えたよ。20代後半の女性で、堅物そうな人だった」
「既婚者の方ですか?」
「未亡人らしいよ」
「おお! 未亡人の管理人さん、キター!」

 リザとルルにミテルナ女史の事を伝えていたのだが、「未亡人」という言葉がアリサの琴線に引っかかったらしく、奇声を上げている。

「竹箒と雛柄のエプロンはデフォよね」

 いや、元ネタは判るけどさ。

「後は爺犬が欲しいところだけど、迷宮都市に来てから犬自体見てないのよね」

 ポチが自分を指すが、当然ながらアリサは首を横に振る。

「アリサ、盛り上がっている所に水を差して悪いが、ミテルナ女史は非常にスレンダーな人だ」

 一瞬キョトンとしたアリサだが、オレの言っている意味がわかったらしく、目に見えてテンションが下がっていった。





 マシンガンの様に放たれるコーンの弾丸を、ナナの盾が防ぎ、リザの槍が撃墜する。後ろにそれて飛び去って行こうとするコーンは、漏れなく「理力の手(マジック・ハンド)」で捕まえてストレージにしまった。この歩玉蜀黍(ウォーキング・コーン)の射出するコーンは、皮が硬いものの中身は食べれるようだ。試しに調理して食べてみたが、「~毒に抵抗した」とログに出なかったので、毒性はないのだろう。

 今回の止めはポチが刺したようだ。瞬動スキルを覚えてから、強打での一撃がなかなか強力だ。成長して体格が良くなれば、リザの一撃にも届きそうだ。

「いい匂い~?」
「何を作っているのです?」
「うん? トウモロコシっぽかったから、パンケーキみたいなのを作ってみたんだ」

「もう、人が戦ってる後ろで料理とか止めてよね。お腹が鳴りそうだったわよ」
「ん、鳴ってた」

 適当な大きさに切ってメープルシロップを掛けて皆に配る。ちょっとしたオヤツだ。
 この歩玉蜀黍の前に倒した這いよる香欄(バニラ・ストーカー)の触手のような鞘から、バニラっぽい香料が抽出できそうなのだが、やり方が判らずストレージに死蔵してある。バニラが手に入ったら、色々とオヤツの幅が広がりそうだ。這いよる香欄は、魅了(チャーム)の特殊効果を持つ、なかなかの強敵だった。

「おいし~」
「ほっぺがとろけるのです!」

 あまりふっくらしなかったから、今度は重曹でも足してみようか。

「もうちょいメープルたんを増量して」
「ん」
「もう、2人とも、太っても知らないから」

 アリサとミーアが、メープルシロップを掛ける係のルルに増量を要求している。困った顔でこちらを窺うルルに頷いてやる。たしか、そんなにカロリーが高くなかったはずだ。

「ご主人さま、これはさっきの魔物の黄色い粒で作ったのですか?」
「そうだよ。あの粒を粉にして、それに卵とか砂糖とか色々加えて、だけどね」

 ナナがパンケーキの裏に付けたヒヨコ柄に見入っている。さっき、アリサがヒヨコのエプロンがどうとか言っていたので、加熱用の魔法道具を微調整してヒヨコ柄の焦げ目をつけてみた。

「マスター、この焼印が素敵に無敵です。保護を推奨します」
「また焼いてあげるから、食べなさい」

 おかわりが欲しそうなポチとタマに、オレの分の残りを半分ずつあげる。手招きしたら、トテトテと走ってきて口をパカリと開けて催促してきたので、大きく切ったパンケーキを口に放り込んでやる。

 ミーアとアリサもマネをして、小さな口を開けてきたが、皿がカラだったので、代わりに飴玉を放り込んでやった。

 さて、迷宮内で料理やオヤツタイムができるのは、敵が少ないからだ。この数日のうちに多少は魔物が増えているかと思ったのだが、増えていたのは10レベルくらいの格下の魔物だけだった。

 効率の良い戦いの為には、新しい狩場を開拓しなくてはいけないようだ。

※10/12 ギルド長との宴会のエピソードをほんの少し追記しました。
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