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miércoles, 5 de agosto de 2015

9-20.スプリガンの修練所
※2/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。ゲームのチュートリアルって強制じゃないとプレイしない人が多い割りに、作るのが大変なんですよ。
 リアルだと研修やOJTなんかがソレにあたるんですかね~





 修行を終わらせて片付けを済ました所に、一本の「遠話(テレフォン)」が届いた。

 アリサからだ。

「あの、もしもし、ペンドラゴンさんのお宅でしょうか?」

 アリサの、ちょっと高めの声を聞き、オレは必死に脱力感に耐えた。
 昔の固定電話か!

「モヂモヂ、ドヅラニ オガゲデショウカ?」
「あ、ごめんなさい、間違えました」

 ちょっとしたイタズラ心で、他人の振りをしてみた。すぐにアリサの罵声が返ってくると思っていたんだが、素の謝罪の言葉を残して遠話は切れた。
 冗談だったんだが、アリサは電話が苦手な人だったのか? ちょっと反省しつつ、こちらからアリサに「遠話(テレフォン)」を掛ける。

「は、はい、アリサ・ペンドラゴンです!」

 ツッコミたいが、ここは我慢だ。何かあったに違いないので「遠見(クレアボヤンス)」で向こうの様子を見る。

「アリサ、こちらサトゥーだけど何かあったのか?」
「ああ、良かった、さっき遠話したら知らないオジサンに掛かっちゃってビックリしたわよ」

 焦った様子のアリサが見えた。
 怪我は無さそうだが、ひどい事になってるな。

「それで、ちょっとドジっちゃってさ、助けに来てくれない?」
「OK、すぐ行く」

 オレは2つ返事でアリサに答え、アイアリーゼさんにアリサ達のいる施設(アトラクション)まで、ドライアドの転移で送って貰う。有名な場所らしく、アリサから聞いた施設の名前を伝えると直ぐに行ってくれた。





「ここが3番目の妖精の試練所です」

 デフォルメされた1頭身コウモリみたいな黒い建物が入り口のようだ。開きっぱなしになっている赤い口から入る。実にアトラクションっぽい。

 この施設は他愛無い罠がいっぱいあるそうで、エルフの子供達の遊び場なのだそうだ。
 大抵の子供は、8箇所あるアトラクションを年単位でクリアして遊ぶらしい。よほど運動神経の鈍い子以外は余裕でクリアできるらしいのだが、例外はドコにでもいるようで――その一人であるアイアリーゼさんが、オレに付いて来ようとした所、ルーアさんが必死の形相で止めていた。

 ドジっ子属性がありそうだから、待っていてもらおう。
 念の為に、帰りが遅いようなら、他の応援を呼んでくれるように、ルーアさんに頼んでおいた。

 中に入ると首が千切れたっぽい動く人形(リビングドール)が地面に倒れていた。首の状態から見て、死因はリザの槍だろう。アトラクションを壊したらダメだろ。

 中に入って「全マップ探査」で内部構造を確認する。
 けっこう広い。だいたい6階建てのビルくらいの広さだ。

 みんなは3つに分断されているようだ。
 一番近い位置にリザ、ルル、ポチの3人。真ん中にアリサとミーア。一番奥が、タマとナナ、それから今回のツアコンであるレプラコーンのシャグニグ氏だ。

 あれ? ルルやミーアも来ていたのか。

 早着替えスキルを利用して、借り物の狩衣から汚れてもいい作業着に着替える。

 最短距離までのコースにマーカーをセットして、天駆で一気に駆け抜ける。罠発見スキルが教えてくれる無数の罠の内、回避不能のモノだけを「理力の手(マジック・ハンド)」で遠隔解除して進む。

 どの罠も怪我をしないように配慮されているようだ。
 毒ガスの代わりに、変な刺激臭のガスが噴出し、落とし穴の下にはヒザまでの水が張ってあったり、矢が飛んでくる罠は先端に衝撃吸収の皮が巻いてあったりとケガをしても重症にならないように配慮してある。

 罠を回避した物陰からは、魔物に偽装した動く人形(リビングドール)が襲ってくる。弱点らしき場所に色が塗ってあり、そこを木剣や拳で叩くと動きが止まるように出来ている。

 しかし、配置がイヤらしいな。
 罠を回避してホッとした場所に別の罠とか、安全地帯と思わしき場所に偽魔物を配置してあったりとか、コンシューマーの罠ゲーを髣髴とさせる。

 1分ほどかけてリザたちの部屋にたどり着く。廊下や階段を進むうちに、けっこう地下に潜っているようだ。
 部屋の中は6メートルほどの吹き抜けで、天井付近に吊り上げ網の罠に掛かったリザが不本意そうな顔で捕まっている。

 リザの直ぐ傍には、魔物の顔を模した壁がある。そして、ポチは魔物の口に胴の中ほどの所でパックリと喰われている。ぶらーん、と垂れ下がった足が不服を訴えている様にも見える。勿論、アトラクションなのでポチにケガは無い。

 しかし、どうやったら、あんな場所で喰い付かれる破目になるのやら。いや、良く見たらポチの近くには足場になりそうな出っ張りがある。仲間を助けようと登っていったら喰われる仕組みの罠なんだろう。

 あと、ルルはドコだろう?
 首をめぐらせると、反対側の扉近くの床がなくなっている場所の手前で、ワイヤートラップで両足と片手を吊り上げられて動けないようだ。どのワイヤーも腰くらいの高さまでしか上がっていない。これは、頭に血が上らないようにという配慮だろう。

 しかし、ルルは両足で罠を踏んでしまったようで、別々の方向に吊り上げられている。ちょっと乙女としては恥ずかしすぎる格好と言える。声を掛ける前に「理力の手(マジック・ハンド)」で、捲くれ上がったスカートを直してシマシマが見えないようにしてあげないと。

「助けに来たよ」
「ああ、ご主人さまっ!」
「申し訳ありません、ご主人さま」
「ご主人さま、ポチはココなのです~ たしけて~」

 素早くルルに駆け寄って、短剣で麻縄を切ってやる。
 次にポチの傍まで天駆で上昇して、すぐ横にあった解除ボタンで助ける。ズルっと手前に落ちそうだったので、素早く抱き上げた。

「ありがとなのです。この顔の向こうにリザを助けるボタンがあるって、ミーアが言っていたのです」

 なるほど。
 確かにボタンが見えたので、「理力の手(マジック・ハンド)」を使って押してやる。カラカラと何処かで滑車が回る音がして、リザのロープが下がっていく。ちゃんと大怪我をしないようにゆっくり降りてくるとか、芸が細かい。

「ご主人さま、アリサとミーアを助けてください。2人は、この穴に落ちたんです」

 ルルが指差す先には床が陥没して深い穴が出来ている。アリサとミーアはその先にいるみたいだ。

「わかった」
「2人は無事ですよね」

 ルルが両手を合わせて祈るように聞いてくる。

「ああ、もちろん無事だよ。オレをここに呼んだのもアリサだしね」

 マップで確認した限りでは連続して崩落が起こりそうもないので、3人を比較的構造の安全そうな場所に避難させておく。リザやポチも付いてきたがったが、先ほど醜態を晒したばかりなので素直に引き下がった。
 すぐ戻ってくるつもりだが、水筒と焼き菓子の入った袋を宝物庫(アイテムボックス)から取り出してルルに渡しておく。

 3人に手を振りながら、崩落した先の空間に身を躍らせる。

 天駆で速度を調整しながら崩落面を確認する。
 どうやら、何かが土中を進んで、この辺りの階と階の間の空間に隙間を作ってしまったようだ。何かといったが、地虫(ワーム)というレベル20ほどの魔物が原因のようだ。マップで見た限りでは、2~3キロ先の地中に巣を作っているらしい。後で始末しておこう。





 降りた先に、植物系のモンスターっぽい魔法装置(リビング・オブジェクト)の触手にグルグル巻きにされた2人がいた。

「おまたせ」
「早っ。今度はどんなチート使ったのよ」
「サトゥー」

 アリサは、時々チートの意味を曲解している気がする。

「ドライアドに送ってもらったんだよ」
「ちょ、ドライアドって、あの緑幼女? まさか、また唇を奪われたのか~~」
「そんな訳無いだろう」

 グルグル巻きにされているのに元気なものだ。
 先ほどのように解除装置を探したが、崩れた床の石材に埋まって取り出せないようだ。仕方ないので、触手を短剣で切って解放しよう。アトラクション破壊かもしれないが、もう半分壊れているしいいよね。

「さんきゅー」

 近い位置にいたアリサから解放した。空間魔法で脱出するなり、触手を切るなりすれば良かったのに。ミーアを解放しながら、そう聞いてみたら、アリサから怒涛の抗議が来た。

「空間魔法は威力が大きいのよ。あんなに密着した触手を切ったら、自分の体まで斬っちゃうわよ。嫁入り前の乙女が怪我なんてしたら貰い手が無くなるでしょ――いや、ここは怪我をして、無理矢理、嫁に貰ってもらうのもアリか?!」

 アリサの後半の企みは小声だったが、聞き耳スキルさんが密告してくれたのでバッチリ聞こえてしまった。「陰謀は程々にしろよ」と釘を刺しておく。

「ありがと」

 助け終わったミーアが抱きついてきたので、そのまま抱えて下に降ろしてやる。足元に落ちていたミーアの長杖を拾って渡してやる。ミーアが魔法で脱出しなかったのは杖がなかったからだろう。前に、杖無しだと照準が狂うって聞いた気がする。

 さて、ここには出口がないみたいだな。

「他の3人は?」
「この上の部屋でリザが罠に捕まっていたでしょ、それを解除しに別行動してるわよ」
「ん」

 取り合えず2人を上の部屋まで運ぶ。軽いから2人同時だ。

「肩に担ぐな~」
「荷物不服」

 荷物扱いだと乙女心が傷ついたかな?
 まあ、許せ。

 上に戻ると、ポチが捕まっていた魔物の口の向こうから、タマが手を振っていた。その後ろにはナナとシャグニグ氏の姿も見える。

 なんでも、リザが捕まったのを見てタマ達が解除に向かったそうなのだが、隣の部屋に行った直後にアリサやミーアのいた地面が崩落する事故があったらしい。タマと一緒にいたシャグニグ氏が慌てて戻ろうとしたらしいのだが、扉が歪んでしまって戻れなかったそうだ。仕方なく、そのまま迷路を進んでリザの罠を解除する部屋まで行って、ポチの捕まっていた魔物の口から出て、合流しようという話になっていたそうだ。

 アリサは、崩落事故が連続したり他のメンバーが大怪我をする可能性を考えて、オレに最初に連絡したらしい。GJ(グッジョブ)だ、アリサ。

「いや、面目ない。あっしが案内していながら、こんな危ない目に遭わせちまって」

 シャグニグ氏が平身低頭に謝ってくれるが、想定外の事故まで責任を問えないだろう。モンスターペアレンツじゃあるまいし。3日前から何度も点検していたそうなので、地虫が穴を開けたのは、一両日中の事だろう。

 施設の再点検の為にも本日の探検は終了となった。

 今晩の獲物……金属地虫(メタル・ワーム)7匹。
※ポチタマのアトラクション無双編は幕間でやろうかと思っています。
 作中では明記してませんが、サトゥーが修行している間に2個も制覇してますしね。
205/413
9-21.害虫退治
※9/15 誤字修正しました。

 サトゥーです。専門家が集まっても好転しない難事が、門外漢の何気ない一言をきっかけにして解決に進む場合があります。
 もっとも、お偉いさんの一言は、難事を大惨事に変化させる事の方が多いですけどね。





「はい? 害虫駆除の専門家ですか?」

 動く人形(リビングドール)作りの手を止めて、工房を訪れた長老エルフさんの言葉をオウム返しにする。

 ここは、動く人形(リビングドール)作りの匠、ソトリネーヤさんの工房だ。この間のアトラクションや街で働く動く人形(リビングドール)の殆どは彼の作品だ。

 教えを請う前に、ここで作り方を覚えても素材がなくて外では再現できないと釘を刺された。なんでも、中核になる動力炉に例の賢者の石を使うみたいで、ボルエナンの森でしか作れないという話だった。

 それでも、そこ以外の仕組みは使えそうなので、無駄には成らない。特に情報の入出力の仕組みや人工知能に使う論理回路なんかは、喉から手が出るほど知りたい。

 それはさておき、長老さんのさっきの言葉だ。

「シャグニグに聞いた。試練所の5番と7番に湧いていた毒虫を、素晴らしい手際で駆除したそうだな。その手際を見込んで、知恵を貸して欲しい」

 ああ、アレか。
 先日、アリサ達が遊びにいった試練所の床が崩落する事故があったので、シャグニグ氏と一緒に、残りの試練所を調査に行ったときの事だろう。その時にアトラクション内に大繁殖した毒虫を退治した話が彼に伝わったみたいだ。

 蟲殺しの称号を付けて「害虫避け(バグ・ワイパー)」の魔法を全力で使っただけの簡単なお仕事だったりする。2回目は称号を外して試したんだが、効果に違いは無かった。追加効果の無い称号なのか、あるいは元からオーバーキル過ぎて違いが判らないだけか判断に迷う。

「私で良ければ、いくらでも相談に乗らせて頂きます」

 むしろ、退治までしちゃうよ。

 アイアリーゼさんには、精霊光の隠蔽の仕方を教えて貰ったり、他のエルフ達からも色々な知識やレシピを分けて貰っているからね。

 勢い込んで立ち上がったオレを、長老が宥めてくれる。
 そこまで急ぎじゃないらしいので、明日の午前中に、滞在している館まで迎えを寄越してくれる事になった。

 その日、組み終わった動く人形(リビングドール)は立ち上がる事も出来なかった。
 なかなか先は長そうだ。





「さあ、シガ王国のサトゥー! 迎えに来たわよ」

 迎えに来てくれたのは、アイアリーゼさんだった。
 何やってんのハイエルフ様。

「サトゥーでいいですよ。では参りましょうか」
「ええ」

 顔を赤くしたアイアリーゼさんが斜め下に手を差し出してくる。
 これは手を繋げという事かな?

 空間魔法で跳んでいくのかもしれない。
 そんな事を想像しながら、彼女の手を掴む。

 アリサが、バルコニーから身を乗り出して「ギルティ!」とか叫んでいる。ポチやタマも一緒になって「ぎるてぃ」と言っているが意味判ってるのかな~?

 空間魔法と言えば空間魔法なのかもしれないが、前と同じようにドライアドの「転移(リロケート)」で、世界樹区画へと移動した。

 野暮かもしれないが、手を繋ぐ必要は無かったんじゃないか?





 満天の星空。
 というか、瞬かない星を肉眼で見るのは初めてだ。

 ドライアドに連れて来られたココは、世界樹の天頂都市部の中央塔の上にある展望室だ。
 AR表示やマップが確かなら地上から300キロ近い高空だ。静止衛星軌道には届かないだろうが、十分に成層圏を越えているはず。低軌道よりは少し低いくらいかな?

 これだけの高度なのに1Gが保たれているのは魔法なのだろうか?
 いや、それ以前に、こんな長大な樹木が自重で潰れないはずがない。恐る恐るその事を長老さんに確認してみたのだが――。

「よく世界樹が折れたり潰れたりしないものですね」
「神々の加護だ」

 なんでも、神とか加護とか言って誤魔化せると思うなよっ。
 物理の先生に謝れ!

 アリサの様に「うがー」と叫びたくなったが意思の力でねじ伏せた。無表情(ポーカーフェイス)さんが頑張っているので、答えてくれた長老にはバレていないはずだ。

「すみません、長老はそのあたりの技術的なことには疎くて」

 横に控えていた技術者っぽいエルフの女性ジーアさんが、そう言ってオレに説明してくれた。
 なんでも、世界樹は、無数にある枝を隣接する亜空間(イサー・プレーン)(アンカー)の様に打ち込んで重量を分散して支えているらしい。「隣接する亜空間」という段階で、理解を放棄したくなったが、個々の枝にかかる重量は少ないらしいので自壊したりしないのだそうだ。

 何か納得行かないが、もう不思議な樹(ファンタジー)って事でいいや。

 本題に入ろう。

「あの枝の先を見てください」

 ジーアさんが指差す方向には虚空へと伸びる巨大な枝が見える。枝は途中で無数に分岐して、最後は糸のように細くなっている。どこまでも続いているようにも見えるが、ジーアさんが指差すのは、さらにその向こうらしい。
 オレの横では手持ち無沙汰のアイアリーゼさんが、手で望遠鏡を作って覗いているが、何かの魔法なんだろうか? 違う気がして仕方が無い。ダイサク氏が今度はどんな事を吹き込んだのか気になるが、今は触れないでおこう。

 普通に目を凝らしても何も見えないので「遠見」「望遠」「暗視」「光量調整」「魔力感知」スキルを併用して確認してみる。

 クラゲ?

「あの糸みたいな枝に足を絡めているクラゲみたいなヤツの事ですか?」

 望遠鏡をオレに差し出した姿勢で固まったジーアさんが、コクコクと首だけ動かして肯定してくれた。

 しかし、なぜ、こんな宇宙空間にクラゲが。どうせならクジラ――いや、マグロが飛んでいたら良いのに。うん、宇宙空間にはマグロが似合う。

 頭を振ってバカな思考を追い出す。
 宇宙ステーションの様な光景に呑まれて忘れていた。遅ればせながら、「全マップ探査」を再発動する。
 ココからだと1キロほどの長さの光る枝が見えるだけだが、マップで確認すると、100キロ近い長さの糸のような極細の末枝が伸びている事が判った。

 たぶん、この糸のような枝で、エーテルの流れからマナを掬い上げるのだろう。

 マップで調べた所によると、このクラゲは「魔海月(エビル・ジェリー)」という名前で、レベルは20~40ほど。平均30レベルほどの雑魚だ。ただ、数が1万匹近い。「吸収(アブソーブ)」という種族特性を持っているようだ。良く見たらカテゴリーは、魔物では無く「怪生物」となっていた。ナニソレ?





「あのクラゲなのですが、世界樹がせっかく集めたマナを途中で食べてしまうんです。それだけでも困るのですけど、世界樹の幹の中に卵を植えつけて繁殖しようとするんです」

 なるほど、害虫駆除は、やっぱり、あのクラゲか。
 クラゲの周りの木々ごと排除していいなら、楽勝だな。

「そ、それが――」

 残念ながら、そんなに簡単じゃないようだ。

「――排除できないのは幾つか理由があってですね」

 困る理由その1、クラゲを排除しようとすると世界樹の防衛機能で黒焦げにされる。

 ハア? 何ソレ? と思って聞き直した。
 なんでも、クラゲが世界樹の枝に変な毒を流し込んで、自分達を世界樹の一部だと誤認させているせいらしい。魔法で解毒したり、睡眠で世界樹を眠らせている間に排除というのも試したらしいのだが、世界樹の規模が大きすぎて無理だったそうだ。

 理由その2、クラゲを一定数以下まで減らすと、爆発的に増殖する。

 養殖ウマー! と思ったが、そんなに簡単な話でもなかった。
 クラゲが爆発的に増殖するときに、周辺の世界樹の枝を大量に消費するらしい。しかも、近傍のクラゲが連鎖反応的に増殖するらしく、一度に纏めて処分しないと減らす所か、かえって増加してしまうらしい。

 理由その3、クラゲの周辺にはマナの空白地帯がある。

 意味が判らなかったので確認したら、クラゲの近くでは魔法が使えないらしい。
 この為、クラゲの調査が捗らないそうだ。エルフ達は虚空と呼んでいるが、要は宇宙空間なので、魔法が維持できなくなったら生きてはいられないだろう。
 他にも、世界樹の防衛機能で黒焦げにされてもいいように、魔法で作る擬似生命に攻撃させる手段も取れないらしい。

「なかなか、大変ですね」
「大変なんですよ~」

 オレの他人事な感想に、ジーアさんが心底疲れ果てたような返事を返してくる。目の下の隈が濃いな。

 さて、幾つか解決手段を思いついたが、実行可能かジーアさんに確認してみよう。
※「魔核の種子」⇒「魔海月の卵」の間違いでした。
9-22.害虫退治(2)
※9/1 誤字修正しました。

 サトゥーです。カレールーは偉大です。野菜が多少煮崩れしてたってルーさえ入れればカレーになります。ジャガイモが溶けて粉っぽくてもカレーはカレーなのです。





「既に検討されたか確認したいのですがいいでしょうか?」
「はい、どんな意見でもいいのでお願いします」

 ジーアさんが、低い位置からウルウル目で懇願してくる。
 ああ、適当な事がいいにくい雰囲気だ。

「一箇所に集めて大出力の魔法で遠距離攻撃するというのは試されましたか?」
「はい、他の大陸にいるビロアナン氏族が試したそうなんですが、倒す端から分裂増殖したり、世界樹からの反撃をうけたりして、全て倒し終わった時には、世界樹の枝の半分と過半数のエルフの命が失われてしまったそうです」

 世界樹は、他の大陸にもあるらしい。ビロアナン氏族は、エルフの癖に火系の魔法を得意としている喧嘩っ早い一族らしい。偏見かもしれないが、エルフらしくないな~。

「あの氏族は、ちょっと他とは違ってますから……」
「ジーア、他の氏族の陰口はいかんぞ」
「すみません、長老」

 長老の横で、アイアリーゼさんが腕を組んでウンウンと頷いている。
 そういえば居たな。

「そのビロアナン氏族の世界樹は、その後、どうなったんですか?」
魔海月(エビル・ジェリー)は、全て駆除できたらしいのですが、世界樹から大地へ送れるマナが減りすぎて大陸の3割近くが砂漠や荒地になってしまったそうです」

 なかなか被害甚大だな。
 間接被害を考えたら、魔王よりも酷いんじゃないかな。

 遠距離攻撃の詳細は誰も知らなかったので、長老さんに頼んでビロアナン氏族から聞き取り調査をしてもらう事にした。

「では、2点目です。魔海月(エビル・ジェリー)を捕獲して研究などは行いましたか? 苦手な属性や嫌悪する物質を探したり、引き寄せられる誘引物質(フェロモン)のようなモノが無いか調べたりですね」
「はい、確かベリウナンとブライナンの両氏族が研究していたはずです。苦手属性は、火や熱です。逆に氷や闇なんかには耐性があるみたいです。誘引物質というのは、聞いたことがありません」
「うむ、私から両氏族に打診してみよう」
「お願いします」

 立て板に水といった感じで、オレの質問に答えてくれるジーアさんに、すかさず手配を約束してくれる長老さん。アイアリーゼさんは、その横で、ウンウンと頷いているだけだ。それでいいのかハイエルフ。

「最後に、3点目ですが、魔海月(エビル・ジェリー)に害を成すと、世界樹から攻撃されるそうですが、どの程度の害を与えると、攻撃を受けるのか判りますか?」
「鑑定スキル持ちに確認して貰いましたが、3割ほど体力を削ると世界樹から攻撃されるみたいです」

 なら、デバフで無力化できないかな?
 遠距離からの攻撃魔法が使えるなら、同様に遠距離からの状態変化魔法も使えないだろうか?

魔海月(エビル・ジェリー)を眠らせて世界樹から引き離して抹殺というのは試しましたか?」
「これもベリウナンとブライナンの両氏族から報告を受けた資料に――ああ、ありました。眠らせる事は可能ですが、魔海月(エビル・ジェリー)はお互いの距離を監視しているらしくて、一定距離まで引き離した所で、他の魔海月(エビル・ジェリー)に邪魔されたそうです」

 ジーアさんが捲っていたのは紙のファイルだ。これだけ近未来的な空間にいるのに、その辺はローテクなのが意外だ。

 ふむ、全部一度に眠らせたら、いけるんじゃないか?
 そうジーアさんに聞いてみたのだが――。

「それは無理です」

 ――即答で否定された。曰く、百匹も眠らせると最初のヤツが起きるそうだ。しかも睡眠や麻痺の耐性が強く、なかなか眠らせられないらしい。睡眠の魔法薬の魔力がクラゲに吸われてしまって効果が発揮されにくいのだそうだ。

 水系や風系の睡眠魔法も試したらしいのだが、中級以上の魔法で無いと、クラゲの周りの魔力吸収空間を突破できないそうだ。もっとも、優れた術者の場合、初級魔法でも効果を発揮したそうなので、クラゲの吸収力も完璧ではないのだろう。

 一応、長老さんに「魔海月(エビル・ジェリー)に邪魔された」詳細を問い合わせて貰う様にお願いしておいた。

 問題は数と距離だな。





 オレの手持ちで、クラゲ達の爆発的な増殖が始まる前に倒せそうなのは、「流星雨」と「光線(レーザー)」の2つだ。高威力の技は他にもあるが、超広範囲にいる1万匹を一度に倒すとなると、この2つしか思い当たらなかった。
 まず「流星雨」は論外だ。たぶん、世界樹ごと薙ぎ倒しそうだ。

 となると「光線(レーザー)」なんだが、パルスレーザー式に撃ったとしても、距離的にどうしても「線」の攻撃になるため、世界樹の枝を沢山伐採してしまいそうだ。ヘタをすると、火攻めにしたエルフ達ほどでは無いにせよ、相当な被害が出てしまうかも知れない。

 天駆と縮地で無双斬りするというのも考えたが、広範囲すぎて倒しきるのに時間が掛かりそうだ。光速で動ける少年漫画の主人公が羨ましい。転移魔法があれば楽勝なのに。

 力技はダメみたいだ。

 勢い込んで来たものの大して役に立たなかったのが、申し訳ない。

 長老さんもジーアさんも、「そんな事は無い」「誘引物質の件だけでも充分感謝しています」と言ってもらえたが、何かを見落としている気がしてしかたない。

 ポンポンと慰めるようにして肩を叩いてくれてますが、アナタ何もしてないですよね? ハイエルフ様?





 さて、アイアリーゼさんに当てこするよりも、何か考えよう。

「なに、ウンウン唸ってるのよ?」
「あ~ ちょっとね」

 いい考えが浮かばないまま、リビングで考え込んでいる内に日が暮れたみたいだ。いつのまにか修練場から皆が帰って来ていたらしい。

 アリサの言葉に生返事して視線を送ると、アリサだけでなくみんなが心配そうな目でこちらをみていた。
 いや、タマはマイペースにオレの膝の上に滑り込んで丸くなった。
 ナナも普通だ。クッキーを使って羽妖精を釣り上げて遊んでいる。

「ああ、心配させて済まない。ちょっと相談事をされてね――」

 オレは、詳細をボヤかせてクラゲの事を相談してみた。

「ふーん、果樹園の害虫退治ね。地道にやるのはダメなの?」
「それは、もう試したらしいけど、ダメだったらしい」

「騒いで追い立てる~?」
「アイツラはワシャワシャと逃げていくのです」

 タマが両手をネコの手の形にして大きく手を広げて追い立てるポーズをする。
 ポチはタマの両手を怖がるように、手をワシワシさせて逃げるようなジェスチャーをしている。たぶん、逃げる虫の様子を現しているのかな?

 精神魔法の「恐怖(フィアー)」系なら出来そうだけど、スクロールにできる人がいないんだよ。手持ちの魔法道具に「恐怖の鐘」って言うのがあるから、どこか人里離れた場所に行って一度効果を調べてみるかな。あ、音波系の道具だったら宇宙空間では使えないか。

「魔法」
「ああ、前に使ってくれた虫除けの魔法ですね。ご主人さま、あの魔法なら害虫退治も簡単なんじゃないでしょうか?」

 これはミーアとルル。前に野営地で羽虫が多くて眠れない事があった時の話だ。
 生活魔法を使えるエルフって、ほとんど居ないみたいだから、案外知られていないかもしれないな。「害虫避け(バグ・ワイパー)」には派生魔法も多いから、一度、公都に行って各種取り揃えて貰ってみようかな。効果が出たらラッキーくらいのつもりでいよう。

「虫篭の蓋を開けて、中に美味しい肉を入れておくのです」
「罠は良い案です。ですが、エサには甘いものを推奨します」

 ポチの意見をナナが修正してくれる。
 罠は確かに良さそうなんだけど、1万個の罠を用意するとか大変そうだ。

「煙で燻すのが良いと思いますが、それで済むならご主人さまが悩むとは思えません。その害虫を食べる鳥や小動物など、樹に害を成さない天敵を放ってみてはいかがでしょう?」

 リザの意見はなかなか良いが、残念ながら、宇宙クラゲの天敵なんて思いつかないよ。この間の「大怪魚(トヴケゼェーラ)」なら、喜んで食べてくれそうだけどね。

「人形使いよろしく虫使いになって、自主的に木から退場させたら、どう?」

 アリサは、今日の探検で疲れたのかアイデアが適当だ。

「あ、あとさっきのポチの話で思いついたんだけど、虫を他の虫から離したらダメなんだったら、虫篭に入れて、その虫のいた所にそのまま置いておいたら~?」

 虫篭って何個必要になると……おや?

 ひょっとしたら、このアイデアは良いんじゃないか?

 ステップ1:眠らせて(おり)に放り込んで、その場に放置。
 ステップ2:全部詰め終わったら、(おり)を一斉に世界樹から離す。
 ステップ3:殲滅

 良いな。
 ステップ1がとんでもなく面倒そうだが、(おり)の強度さえ確保できれば何とかなりそうだ。魔法が使えれば材料の心配も無くなるし、クラゲの「吸収(アブソーブ)」という種族特性で吸われにくい種類がないか試してみよう。

 ちょっと光明が見えた。
 明日にでもジーアさんに、色々相談してみよう。

 先に夕飯の準備で席を外したルルの手伝いに向かう。今日もエルフの皆さんが食べに来るようで、広い厨房にはエルフの奥様達が何人も手伝いに来てくれていた。

 今日のハンバーグは脂分を排除した肉を5割まで増量してみた。
 ポチたちの食べる肉汁タップリのハンバーグとは別物だが、それ故にミーアは疑う事無く、肉入りハンバーグを「いつもより美味しい」と言いながら食べていた。

 ふふふ、次からは肉入り豆腐ハンバーグでは無く豆腐入りハンバーグだ。

「今日もムテキに素敵なのです」
「はんばーぐ、3日れんぞく~?」
「美味です」

 獣娘さんたちにも好評だ。

「あまり同じメニューもダメだから明日は別のにしようか」
「ダ、ダメじゃないのです!」
「ん」
「ソースや付け合わせが毎回違うから、同じメニューっていう気がしないわよ?」
「毎日がはんばーぐ」

 さすがに毎日は嫌だ。

「わたしはオムライスかカレーが食べたい!」

 いつの間にか食卓に紛れ込んでいたアイアリーゼさんから、リクエストが来た。ホッペに付いたソースをルーアさんが拭いてあげている。ミーア一家以外のエルフは交代で宴席に来ているのだが、アイアリーゼさんは皆勤だ。

 どちらの料理も、ダイサク氏が食べたがっていたそうだが、最後まで再現できなかったと料理人のネーアさんが言っていた。エルフの里にはトマトが無かったのか。今度ネーアさんに数株ほど進呈しよう。

 カレーか、長らく食べていない。アリサも「はらはら、はらぺらぺーにょん、からからカルだもん」とか変な歌を歌いだした。カレーの歌らしい。

 幸いレシピは入手済みなので、必要な香辛料が無いかネーアさんに聞いてみよう。
 明日はビーフシチューだ。ミーアの分は、肉は細かくバラして食感や脂臭さが残らないようにしてみるか。

 クラゲ退治の準備もあるし、明日も忙しそうだ。
 ごめんなさい! 原稿が遅れ気味で感想返しが止まっています。
9-23.害虫退治(3)
※2/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。カレーの付け合せは古今東西で変わってくるようですが、定番の福神漬けにラッキョウ、紅ショウガ。地方やお店によってはキュウリの南蛮漬けや、ザワークラウト、ピクルスなんかを付けてくれる所もあるようです。
 これだけバリエーション豊かなのは、やはり日本人に愛されたメニューという事なのでしょう。





「アーゼ様、くれぐれも気をつけてくださいね」
「大丈夫よ、初めてじゃ無いんだし」

 心配そうなルーアさんを他所に、アイアリーゼさんは自信満々だ。

 実は、これからクラゲを檻に閉じ込める実験をしに行く。
 さすがに、形式だけとは言っても氏族のトップを連れて行くのはどうかと思ったのだが、「最適」だと言われて押し切られた。

 なんでも、世界樹はハイエルフを自分の一部だと認識しているらしい。誤認させているクラゲと違って、こちらは元からそういう風に作られているのだとアイアリーゼさんが言っていた。気になるワードだが、部外者が興味本位に聞いていいのか迷ったので聞こえなかった事にしておいた。

 アイアリーゼさんの話では、同行者数名まで、自分と同様に世界樹の一部扱いにできるらしいのだが、魔法を使って実験する以上、お荷物は少ない方がいいので、観測係としてオレが同行する事になった。行きたかったから文句なんて無いんだが、ジーアさんが行かなくて良かったんだろうか?

 オレを同行させる理由を尋ねたら、思わせぶりに頬を赤く染めたので、もしかして脈ありかと思ったのだが、黒竜とバトルするような勇者ならクラゲが暴れても平気だからだと言われてしまった。紛らわしい仕草は止めて欲しい。

「サ、えーっと、アナタも準備は良いわね? 行くわよ」

 オレの名前を呼ぼうとして結局呼べなかったようだ。可愛いので、こちらから手を差し伸べるような無粋なマネはやめよう。

 ちょっと不貞腐れたようなアイアリーゼさんが差し出す手を握る。彼女は、なぜか慌てたように風を纏って、そのまま虚空へと飛び出していく。オレも天駆で、握った手が離れない程度の速度で付いて行った。

 おお、ガラスのドームかと思ったら、何かの粘液っぽい膜なんだな。世界樹の樹液なんだろうか? 厚みは2メートルほどだ。

 膜を抜けた先は、真空――。

 あの、アイアリーゼさん? 苦しいんですけど?

 普通に息ができません。顔や髪に霜が付き始めたよ。死にそうなほどでも無いのでステータスを確認したら、スタミナや体力がちょっと減っているものの、自己治癒が働くのか直ぐに回復している。

 てっきり、アイアリーゼさんが風の魔法で包んでくれているものだと思い込んでいた。「風防(キャノピー)」を発動して快適空間を創造する。空気が足りないので、ストレージ内の風船から空気を少量取り出して「風防(キャノピー)」内に補充した。空気が濁ってきたら酸素風船から酸素を足そう。

 ふう、人心地ついた。
 余った風船に空気を詰めておいて良かった。ポチやタマと遊ぼうと思って作ったのに忘れてたよ。

>「宇宙遊泳スキルを得た」
>「生存(サバイバル)スキルを得た」

 変なスキルが手に入ったな。むしろエーテル操作系の魔法が欲しかった。
 虚空でも天駆が使えるので、宇宙遊泳スキルは死にスキル決定だ。生存(サバイバル)スキルは便利そうなのでポイントを最大まで割り振って有効化(アクティベート)しておく。

『どうかした?』
『呼吸ができなかったんですよ』
『え~っと言ってなかったかしら? 虚空は息ができないから注意してね』

 遅いです、アイアリーゼさん。

『あと、魔法を使いすぎたらダメよ。虚空は精霊も殆どいないし、マナが薄いから魔力が回復しにくいのよ』

 どうしても魔力回復が必要になったら、最寄の世界樹の枝まで行くように言われた。世界樹の枝にはエーテルから回収したマナが流れているそうだ。あと、虚空の世界樹の枝は熱いから触るときは火傷に注意しろと言われてしまった。宇宙空間って寒いんじゃないのか?

 そういえば、普通に会話していたな。たぶん「遠話(テレフォン)」の魔法なんだろうけれど、アイアリーゼさんに空間魔法スキルは無いのに、どうやってるんだろう?

『アイアリーゼ様、空間魔法使えたんですね』
『む、昔覚えたのよ、時間と一緒にスキルは無くしちゃったけど、カンタンなのは今でも使えるわよ。難しいのも精霊が沢山いる所なら使えるしね』

 彼女の言う「時間と一緒にスキルを無くした」というセリフが気になるが、クラゲの近くまできたので、無駄口は終了だ。今晩、オムライスを振舞う時にでも聞いてみよう。





 でかいな。

 目の前にいるクラゲは30レベルの平均サイズのヤツなんだが、黒竜ヘイロンよりも大きい。触手をいれたら3倍くらいありそうだ。

『まずは、空間魔法の檻から行くわね』

 アイアリーゼさんは、空間魔法と言っているが詠唱しているのは精霊魔法だ。虚空には精霊が居ないという事だったが、ちゃんと先ほどの展望エリアから連れてきていたそうだ。彼女らしくない抜け目のなさだが、恐らく過去に何度も何度も失敗して学んだのだろう。その様子が目に浮かぶ。

 魔法が完成し、クラゲの周りに6枚の板が現れ、次の瞬間に6面体の檻が形成される。
 檻に入りきらなかった長すぎる触手は、スッパリと切断されて虚空でウネウネとしている。空中に浮かんでいるように見えて相対距離が徐々に離れていっているので、重力に引かれて落下を始めているのだろう。
 世界樹の枝にからまったままの触手から順番に「理力の手(マジック・ハンド)」で剥がして一箇所に集める。そのままストレージに収納できた。切断後の部位は生き物扱いじゃないらしい。

 捕まったクラゲは檻の中で暴れているが、他のクラゲは無反応のままだ。もちろん、世界樹も沈黙している。

 続いて、別のクラゲの所に移動して、光、術理の2種類の檻で、1匹ずつ囲って貰う。
 どちらも、空間魔法と同じく問題なく捕らえる事ができた。他にも火、影、闇、重力でも捕らえる魔法があるそうなのだが、追加ダメージがあるものばかりらしいので、今回は見送った。

 念の為、地、水、風の3種類も試してもらったが、虚空では「水」や「空気」や「地面」などの必要な素材が手に入りにくいために、これらの魔法は必要魔力が増えてしまうそうだ。オマケに構成も甘くなるらしく、この3種類の檻は、早々にクラゲに吸収されて消えてしまった。

 このクラゲだが、個々はかなり弱い。
 現に、結界から逃れた3匹は、オレの「理力の手(マジック・ハンド)」に捕まって接近する事が出来ずにいる。吸収しようとしているみたいだが、「理力の手」の構成を壊すのに時間が掛かっているようだ。

 いつまでも押さえているのが面倒なので、アイアリーゼさんの風魔法でクラゲを眠らせて貰う。起きるまでに距離を取っておけば、こちらを追撃してこない事も確認した。

 そうしている間に、「術理」「光」の順で檻が破壊された。
 前者が2時間、後者が3時間ほど効果が続いたようだ。最初の「空間」の檻にいたっては5時間経過した今でも健在だ。





 しかし、やるじゃんハイエルフ様。
 内心で、ポンコツエルフと思っていてごめんなさい。まさか、こんなに多彩な魔法が使える人だとは思わなかった。

 クラゲを閉じ込めた「術理」や「光」の檻が壊されるまで待つ間ヒマだったので、アイアリーゼさんに許可を貰って、色々と実験をやってみた。

 まずは、「害虫避け(バグ・ワイパー)」だ。残念ながら、何の効果も無かった。虫じゃないしね。クラゲの近くで魔法を使ってみたが、問題なく普通に使えた。アイアリーゼさんが軽く驚いた表情をしていたので、普通では無いのだろう。ほんの少しだけ魔法を使うときの消費魔力が多かった気がする。

 「乾燥(ドライ)」でクラゲのダメージが3割を超えそうになって焦ったが、途中で魔法を解除して事なきを得た。

 次に初級の攻撃系魔法を試す。最小構成の「誘導矢(リモート・アロー)」や「短気絶(ショート・スタン)」を撃ち込んでみる。クラゲの近くで消滅するかと思ったのだが、猪王の時みたいに消えたりしなかった。誘導矢は普通に命中してダメージを与えていたし、短気絶は気絶させるどころか笠に大穴を空けてしまった。見た目どおり脆いので注意がいりそうだ。

 この間の話に出てきた「魔法で作る擬似生命」が気になったので、アイアリーゼさんに実演してもらう。

「う~ん、魔力に余裕がないから簡単なヤツね」

 気乗りしなさそうな言葉とは違い、かなり得意そうな顔で魔法を唱えている。
 ちょっと、アイアリーゼさん? すごい勢いでMPが減ってますよ?

「……■■ 魔獣王創造(クリエート・ベヒモス)

 虚空に魔法陣が出現して、象とカバの合いの子みたいな生き物が出現する。大きさはクラゲの半分くらいしかないのだが、非常に強そうな外見だ。レベル50もあるし、駆逐艦並みの巨体だ。

 ただし、このベヒモス君には羽がない。
 重力に引かれて落下し、遠い彼方で赤い光跡を残して消滅したようだ。

「……■■ 魔光玉創造(クリエート・ウィスプ)

 アイアリーゼさんは、オレの目線を避けるように、次の擬似生命体を作っていた。今度はちゃんと飛べるやつだ。出現したウィスプは、直径10センチくらいのサイズで、淡い白光を放ちながら浮いている。

 クラゲの方にウィスプを移動して貰う。
 一定距離まで近付いたあたりで、ウィスプは輪郭を失って消滅してしまった。光の残滓がクラゲの触手の付け根の方に吸い込まれていくのが見える。

 続いて物理攻撃の実験をした。

 妖精剣で触手を切っていたら、手ごたえ無く切れたので、やはり脆い体なのだろう。魔力を充填した蟻爪槍(アント・ジャベリン)をクラゲの近くに投げたら、思いのほか上手くキャッチして口に運んでいた。応用したら毒殺は簡単そうだ。

 最後は、魔法道具「恐怖の鐘」だ。
 これは近代に作られた魔法道具では無いので、説明がわからなかったヤツだ。読める言葉と単語の流れからの推測なので、上手く使える自信は無い。発動の合言葉(コマンドワード)がなんとか判明したので試してみようと思ったわけだ。

『我を恐れよ』

 おおっう。
 効果範囲にいた3匹のクラゲが、狂ったように電撃や触手攻撃をしてきた。アイアリーゼさんをお姫様ダッコして、電撃の効果範囲外に逃げる。

 予め打ち合わせしておいた通り、アイアリーゼさんの風魔法でクラゲを眠らせてもらう――予定だったのだが、顔を赤くしてあうあう言っているだけで魔法を使ってくれない。そういえば、スキンシップが苦手な人だったのを忘れていた。

 アイアリーゼさんを安全圏に浮かべた後、直ぐにクラゲの傍に取って返す。

 世界樹からの攻撃が来るかと思ったが、クラゲの体力がまだまだあるせいか大丈夫なようだ。世界樹に繋がっているクラゲの触手を妖精剣で斬り裂いて笠の部分だけにする。

 続いて3つの笠クラゲをストレージから取り出した物理の檻に閉じ込める。土魔法で作った分厚い粘土から変成させた石の檻、青銅で作った檻、最後は透明な氷の檻だ。色々な大きさで作っておいたんだが、一番大きいものでもギリギリだ。

 作成時に魔法は使ったが、現在は一切の魔力の痕跡がない状態だ。

 青銅の檻は、他の2つに比べて小さめだったので、クラゲを押し込めるのは無理だった。4LDKの家でも入るくらいのサイズでも足りないとかデカ過ぎだろう。仕方が無いので、2個目の氷の檻に詰めなおした。

 氷の檻は、すぐに破壊されるかと思ったのだが、他の2つと同様に問題ないようだ。
 世界樹の枝に絡まっていたクラゲの触手を掃除してから、アイアリーゼさんと一緒に展望台に戻る。

 空間魔法の檻と氷の檻や石の檻の耐久時間については、ジーアさん達に観測を任せた。物理の檻のどちらかが、1日くらい保ってくれたらエルフ達だけで害虫退治ができるだろう。

 ハイエルフ様への謝罪と慰撫を篭めて、最高に美味しいオムライスを作ってみた。カリカリに焼いた鳥皮にパプリカ、グリーンピースっぽい豆、鳥皮から出た脂を絡めたチキンライスをふわふわの卵で包む。
 アリサのリクエストでハートをケチャップで書いたら、全員分のオムライスに書くことになってしまった。ポチとタマは簡略化した似顔絵だ。ミーアやアイアリーゼさんが、そのイラストを見て凄く羨ましそうな顔をしていたが、勘弁して貰う。冷める前に食べよう。

 カレーにしなかったのにはワケがある。
 香辛料は、公都で入手した分で8割方揃っていたので、残り2割をボルエナンの森で調達するだけで集まった。

 だが、福神漬けが無い。

 ラッキョウはあるのに福神漬けが無いなんて!
 これでは、画竜点睛を欠く。オレは最後のピースを手に入れるべく、夜陰に紛れて公都へと舞い戻っていた。
 活動報告に、ルルSSをアップしてあります。良かったらご覧下さい。
9-24.公都での探索
※9/1 誤字修正しました。
※9/28 一部修正しました。

 サトゥーです。物語などでは、朝起きたら隣に見知らぬ異性が寝ていたという素敵な都市伝説を見かけますが、現実で出会ったことがありません。ですが異世界ではありふれている光景のようで……。





 顔を包み込む柔らかな感触に、目を覚ますのが勿体無い気分になる。
 ああ、至福。でも、この感触はナナじゃ無いし、ルルはこんなに大きくない。まさかアイアリーゼさんが乱入か?

 最後の場合、先に起きないとヒドイ目に遭いそうなので、まどろみから脱出する。

 あれ? 知らない部屋だ。

 視界の半分は、生成りの木綿に包まれた柔らかな肢体だが、もう半分には、見覚えの無い雑多な調度品が積み上げられた狭い部屋が映っている。かすかな汗のにおいに混じって、安そうなアルコールの臭いがする。

 そうだ、思い出した。

「お姉ちゃん! 朝だよ」
「早く起きてよ。お腹減った~」
「ハラペコなの~」

 部屋に乱入してきたお子様に小さく手を振る。
 しまった選択肢を間違えた。ここは扉が開くと同時に天井に張り付いて潜伏スキルを発動するシーンだった。

「わ~ フツナ姉が、若い男を連れ込んでる~」
「母ちゃん、お姉がフシダラだよ!」
「お兄ちゃん、フツナのお嫁さんになるの?」

 子供達が蜂の巣を突いたように騒ぎ出した。
 少し気になる発言があるが、念の為、服装や体をチェックする。うん、大丈夫。睡眠をとっていただけだ。アリサと一緒に旅をするようになってから、どうもチェック基準がおかしくなった気がする。

 昨晩、夜陰に紛れて公都に潜り込んだのはいいが、時間が遅すぎて普通の宿が開いていなかった。公都に知り合いは沢山居るが、深夜にいきなり尋ねて行くのは礼儀に反するので、仕方なく、そう不本意ながら、夜の街に寝床を求めて足を踏み入れたわけなのだが――

 楽しい夜遊びになるはずが、図らずも小さな騒動に巻き込まれてしまった。

 夜の街にはありきたりの騒動だ。少し胸の大きな20代の女性呪い士(まじないし)が、「灰色のコウモリ」という犯罪集団にショバ代を恐喝されていた。ただ、それだけだ。ショバ代が払えないという事で、性的な暴行を受けそうになっていたので、見捨てるわけにもいかずに介入してしまった。その女性呪い士がフツナさんだ。

 犯罪集団は、警邏中の衛兵の前に誘導し、近くを通り過ぎる時に「理力の手(マジック・ハンド)」で、ちょこっと介入した。衛兵に暴力を振るった犯罪集団のメンバーは、そのまま牢に直行する事になったようだ。逃げようとした者もいたが、「理力の手(マジック・ハンド)」で足を掴んでおいたので、全員漏れなく逮捕されたようだ。

 犯罪集団を誘導する時に、緊迫した距離を保っていたので、衛兵に助けられた形になった直後に、フツナさんはダウンしてしまった。仕方なく、彼女を背負って自宅がある集合住宅まで送っていたのだが、彼女の知り合いらしき娼婦のお姉さんたちと遭遇してしまった。丁度、一仕事終えて帰ってきていた所だったらしい。

 そして、フツナさんとの関係を面白おかしく囃された後に、「灰色のコウモリ」に脅迫されていた所をオレに助けられた事と、ヤツらが衛兵に一網打尽にされていた事をフツナさんが告げると、娼婦のお姉さんたちの間から歓声が上がった。街娼達に寄生するロクデナシ集団だったらしい。

 元々はもっとマシな男達が守ってくれていたらしいのだが、オレが公都に来る前に魔族が下町で暴れる事件があり、その時にリーダーが重症を負ったため勢力が減少してしまい、「灰色のコウモリ」がのさばる結果になったそうだ。

 それは兎も角、「灰色のコウモリ」壊滅を祝う宴会が始まり、夜通し酒盛りをする破目になってしまった。オレが酔わないのにムキになった娼婦のお姉さんたちが、体を密着させながら酒盃を差し出してくるので、安酒を大量に飲んでしまった。黒竜と呑んだ酒とは比べるのもおこがましいが、なぜか美味しく感じた。じつに楽しい酒宴だった。

 結構な量の酒だったので、彼女達の懐具合が心配だ。酒代を現金で渡すのも無粋なので、後でシガ酒の良さそうな樽を配達するように手配しておくか。

 オレの頭を抱え込むフツナさんの柔らかな体から、身を滑らせてベッドから起き上がる。

 足が何か柔らかなものを踏んでしまった。「あんっ」と甘ったるい声が漏れ聞こえたので、視線を落とす。そこには一緒に酒盛りをしていた娼婦のお姉さんたちが、空の酒瓶に埋もれて轟沈していた。

 オレは、フツナさんの母親に昨夜の深夜の酒宴を詫びる。こっそりと「密談空間(シークレット・フィールド)」の魔法を使っていたので静かだったはずだが、ここは礼儀として一言詫びておくべきだろう。彼女は、いつもの事だと笑って許してくれ、「行き遅れの年増で良かったら仲良くしてやっておくれ」とまで言われてしまった。う~ん、美女とは言えないが、化粧ッ気はないものの赤毛セミロングで普通に可愛らしい顔をしていたので、内心惚れている男はそれなりにいそうだ。

 フツナ母の振舞ってくれたワカメと雑穀のスープを朝食に戴き、一夜を明かした集合住宅を後にした。





 さて、まずはシーメン子爵の巻物工房からだ。
 裏路地で早着替えして、大壁近くの辻馬車溜りで1台拾って、巻物工房に向かってもらった。

「士爵様! 思ったよりお早いお戻りでしたね」
「ええ、ちょっとナタリナさんに、無理なお願いがあって」

 巻物工房の応接室でナタリナさんに用件を切り出す。
 ここには、クラゲ退治やエルフの里での物作りに使う新魔法の巻物を依頼に来た。中級魔法が8本に初級魔法が4本だ。ついでに、術理魔法の「魔物避け(ドッジ・モンスター)」などのドッジ系魔法各種を倉庫から出して貰えるように頼み込んだ。中でも「海獣避け(ドッジ・ママル)」があったので、クラゲに効く事を期待したい。

「う~ん、12本のうち、この空間魔法の2本は無理です。ここまで高度な空間魔法を使える者がいないんですよ。昔は居たんですけど王都の学院に教師として招かれちゃって」

 ほう、存在しない訳じゃないのか。しかし、巻物技術の漏洩は大丈夫なんだろうか?

「その方に頼むのは無理なのでしょうか?」
「あの子は、自分の興味がある事にしか協力的じゃないのよね。今は王都で授業ほったらかしで、ジュルラホーンを超える聖剣を作るとか、寝言を言っていたはずだわ」

 ナタリナさんは、呆れたような口調で大げさに嘆息する。
 ふむ、聖剣の作り手か。なら竜鱗粉(ドラゴン・パウダー)は交換材料にならないだろうか?

「これを交換材料に、その研究者の協力を得られないでしょうか?」

 そう切り出して、小瓶をテーブルの上に置く。

「これは?」
竜鱗粉(ドラゴン・パウダー)です」
「意味は判ってる?」

 そういえば、竜鱗粉が聖剣の材料になるって言うのは、シガ王国の機密だっけ。頑張れ「無表情(ポーカーフェイス)」スキル。

「残念ながら詳細は存じません。昔、知り合いに『竜鱗粉を手に入れたら王都に持って行け』と言われた事がありまして。その時に、理由を聞いたら『聖剣』に関係するとだけ教えて頂いたのです」

 久々の詐術スキルのアシストが光る。ありがちなストーリーが次々に脳裏に閃くよ。

「いいこと、士爵様。その事は軽々しく人に話さないでね。ヘタしたら王国のヤバい人達に目を付けられかねないわ」

 ナタリナさんは、そう忠告してくれながら竜鱗粉の小瓶の蓋を開けて中を確かめている。今回の竜鱗粉は、黒竜ヘイロンの割れた鱗の破片から作ったものだ。鱗が大きいせいもあるが、粉にするとやたら体積が増えてしまって、たった1枚分にも満たない破片から小瓶120本分も作れてしまった。たしか1本の相場が金貨10枚くらいだったはずだから、結構な資産だ。
 この竜鱗粉だが、鱗の外周、表面、裏面でそれぞれ性質が少しずつ違うようだ。今回取り出したのは、一番量の多い内部繊維のあたりを削ったモノを詰めた小瓶だ。もちろん、竜鱗粉を作るときに、名前をナナシに替えるのを忘れていない。

「そこのメイド! ジャングの爺を呼んできな。『特級の竜鱗粉を鑑定するチャンスをくれてやる』と伝えておいで!」

 自棄に興奮したナタリナさんが、オレのカップにお茶を足してくれていたメイドさんに用事を言いつけて部屋を追い出した。

「士爵様! どこで手に入れた! いや、そうじゃない。そうじゃないよ。これ1本だけかい? 粉にする前の繊維質の部分を持って無いかい?」

 興奮しすぎて言葉遣いが崩壊している。
 割れた鱗は沢山あったので、傷物の鱗を性質別に使い易く仕分けしたのが3枚分ある。だが、何に使いたいんだろう?

「繊維質の部分ですか?」
「ああ、昔王立図書館で読んだ古文書に、上級魔法を巻物にした男の話が載っていたんだが、その男が使っていたのが、竜のヒゲで作った筆だったらしいんだよ」

 ヒゲね~? 黒竜ヘイロンにもヒゲはあったけど、あんなに太いヒゲじゃ筆にはならないと思う。

 ナタリナさんも、その事は知っていた。
 何でも、150年ほど昔に迷宮都市にいた知り合いと竜のヒゲを狩りに行った事があったそうだ。なんて無茶をする人だ。その時狙ったのは、ハグレの下級竜だったらしいが、下級竜のヒゲでさえ筆にするには太すぎたそうだ。下級竜を倒したのか聞いてみたが、追い払うのが精一杯だったと苦笑いで答えられた。それでも鱗が沢山手に入って、その時のパーティーメンバーと「蔦の館」という魔法工房を兼ねた拠点を迷宮都市に構えたりできるほど儲かったそうだ。

 話は戻るが、その経験から、筆の素材が鱗から取り出した繊維では無いかと思ったらしい。当時は、巻物作成とかをしていたわけではなかったそうなのでスルーしてしまったと、天井に向かってシャウトしていた。落ち着け。
 実際に、その時のパーティリーダーだったエルフが、鱗から取り出した繊維を使って高性能な魔法人形を作ったりしていたらしい。そのエルフに会ってみたい、気が合いそうだ。

 オレが、ストレージから竜のヒゲというか竜鱗繊維(ドラゴン・ファイバー)を取り出す機会は失われてしまった。

「ど、どこだナタリナ! 特級の竜鱗粉はコレくぁあぁぁぁ!」

 メタボ体型をモノともしない速度でドタバタと駆けてきた工房長のジャング氏が、テーブルの上の竜鱗粉を取り上げて中身を凝視している。彼の持つ「物品鑑定(アイテム・チェック)」のスキルで確認しているのだろう。

「おお! おおおう! 間違いない、特級品だ。下級竜なんかじゃない、本物の竜、それも成竜の鱗を使った竜鱗粉だ。40年前に1度だけセーリュー市で出回った幻の品じゃないか! うぬぬぬ、作成者がわからん。これはよほど腕の立つ錬金術士が作った物にちがいないぞ! ナタリナ!」

 もっとのんびりした人かと思っていたが、けっこう面白い人だったようだ。ナタリナさんの上司が務まるだけはあるよ。

「士爵様、こ、これは譲ってくださるのか?! 譲ってくださるのだな!?」

 ジャング氏の目が血走っていて怖いです。ああ、ツバを飛ばさないでっ。
 この様子なら多少の無理は聞いてくれそうだ。

「さきほどの無理なお願いをナタリナさんが聞いてくださるなら、進呈しますよ」
「何?! 本当か? いや、本当ですね? こんな婆なら好きにしてください。ええ、このツルペタと引き換えで――ぐぉわっ」

 セクハラ発言に腹を据えかねたナタリナさんのボディブローが、ジャング氏に決まる。悶絶寸前だが、ちゃんと彼女が手加減したのだろう、彼女が本気で殴っていたらジャング氏のお腹に風穴が空いている所だ。

「つまり、先ほどの巻物を、最短時間で完成させればいいわけですね」
「はい」

 獲物を前にした肉食獣のような微笑でナタリナさんが嗤う。
 オレは、「無表情(ポーカーフェイス)」の助力の甲斐あって彼女の微笑みに飲まれる事無く交渉を成功させた。もっとも、王都の研究員の為にもう一瓶の竜鱗粉をせしめる程度には、ナタリナさんは(したた)かだった。

 しかし、本当に上級魔法の巻物が作れるなら、竜の筆を作るのも吝かでは無い。エルフの里の人にでも作り方を知らないか聞いてみよう。





 巻物工房での用件をすませ、ハユナさん一家に挨拶だけして本来の用件に戻る事にした。昨晩のマップの検索で、短角を探した時のように福神漬けを探したが、見つからなかった。きっと名前が違うのだろう。

 オレは、一縷の望みを託して公爵城の料理長さんを訪ねた。
※空間魔法の拒否シーンで「結界」魔法しか記述していなかったので修正しました。
209/413
9-25.公都での探索(2)
※2/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。元の世界に居たときは気にも留めませんでしたが、普段何気に食べているものでも、材料が何かとかどうやって作られているのかとかを知らないことが多いと異世界に来て実感する事が多々あります。





「こんにちは、ご無沙汰しています」
「おう、こりゃサトゥーの若旦那。久しぶりじゃねぇですか」
「お久しぶりです、ペンドラゴン士爵様」

 公爵城の厨房で、ニコヤカにオレを迎えてくれたのは、あいかわらず敬語が不自由な料理長さんだ。大剣片手に鎧姿で戦場を駆け回るのが似合いそうな人だが、繊細な宮廷料理を作らせたらシガ王国でも5本の指に入るほどの人だ。もう一人は、そんな料理長をサポートする華奢な青年料理人さんだ。

 ここへオレを案内してくれたメイドさんが、壁際に控えて期待に満ちた目を向けて来るが、今日は料理をしに来たわけじゃないんだよ。

 手土産代わりの竜泉酒と妖精葡萄酒(ブラウニー・ワイン)を、鞄から取り出して料理長さんに渡す。妖精葡萄酒は、珍しいものの流通していないわけでは無いので身バレはしないだろう。竜泉酒は逆に、珍しすぎて全く流通していないので、鑑定してもマイナーな酒造の酒くらいの認識で済むはずだ。

「葡萄酒ともう1本はシガ酒かい?」
「すみません、士爵様、お気を使わせてしまって」
「いえ、いいんですよ。旅先で珍しい酒を見つけたので、お世話になった皆さんに進呈しようと思って持ち帰ったものですから」

 実際、天麩羅や煮凝りのレシピの代わりと言って、野菜の飾り切りや飴細工のやり方なんかを色々と教えて貰った。ポチ達のキャラ弁は、その成果だったりする。

 当たり障りの無い会話が一段落した所で、本題に入った。

「赤い漬物か? 福神漬けって名前は知らねぇですが、桃の酢漬けにルルの塩漬けあたりなんかは、赤かったはずだ、です」
「そうですね、ニンジンとガボの実の葡萄酢漬けなんかも赤いですが、どちらかというと橙色ですから違いますね」

 残念ながら両名共に福神漬けを知らなかった。
 赤い漬物を色々挙げてくれたんだが、そもそも大根を公都に着いてから見かけないんだよ。お陰で、和風ハンバーグに使う大根が欠品状態だ。焼き魚に、大根おろしを付け過ぎて、在庫切れでも起こしたのか?

「材料が判っているなら自分で漬けて見ちゃどうだい?」
「大根と蓮根を使うのは判っているのですが、調味料が何か判らないんですよ」

 たぶん、塩や酢は使うと思うんだが、あの赤い色が何から出ているのかサッパリ記憶にない。着色料だけじゃないよね?

「ここいらじゃ大根を栽培するヤツはいねぇですから」
「ただの迷信なんですが、大根を植えるとオークが出ると昔から言い伝えが残っているんですよ。たしか、クハノウ伯爵領やセーリュー伯爵領あたりでは栽培していたはずですよ」

 大根が無いんじゃ望み薄だ。
 2人の情報に感謝の言葉を返して、お暇する事にした。壁際で控えていたメイドさんがすごく残念そうな顔をしていたので、「内緒だよ」と断ってから、こっそり焼き菓子の包みを1つ持たせてやった。羽妖精やエルフに連日配っていたから、手持ちがあまり無いんだよ。





 クハノウ伯爵領やセーリュー伯爵領に行くにしても夜が更けてからじゃないと目立つので、今日は公都で旧交を温める事にしよう。

 公爵城を出る前に飛空艇整備工場に寄って、工場長さんにも、妖精葡萄酒を1本進呈しておいた。もちろん、竜泉酒をケチった訳ではない。彼は赤ら顔の酒飲みタイプみたいな外見に反して、強い酒が苦手らしいのでやめておいたのだ。妖精葡萄酒は、アルコール度数が1~3度しか無い上に甘くて飲みやすい。

 不自然にならないように注意して、空力機関の制御について聞いてみたんだが、公都にある飛空艇の空力機関は、出力特性の似たフィンだけを集めて作ってあるそうだ。そのせいで、たまに怪魚を討伐したという話が出ても、新しい飛空艇が増える事はほとんど無いと愚痴を聞かされた。この間の中古の空力機関も、整備後は現在運行している飛空艇の予備機関として保管されているのだそうだ。

「サトゥー殿は、タルビアという国を知っているかね」

 何その、ビール好きが住んでそうな国。

「王国の西方、死の砂漠を抜けた先にあるパリオン神国のさらに南西にある国なのだが、そこでは、浮遊甕という人が入れるほどの小ささの飛空艇が作られているそうなのだよ」

 工場長さんが紙にペンを走らせて、その構造を簡単に書いてくれる。
 イモムシの子供を吊り下げて、酸の海にでも落下しそうな形をしている。なんというか着陸脚のついた単なる酒甕みたいな形だ。甕の底に小さなフィンがついてあり、そのフィンを台座ごと回転させることで、発生する浮力を均一化する工夫がしてあるそうだ。
 シガ王国でもマネをして作ろうとした事があったらしいのだが、この間のオレみたいにまともに浮かべる事も出来ずに大破してしまったそうだ。
 戦場での偵察に便利かもしれないと研究されたそうだが、鳥人族を雇ったほうがマシという結論になったらしい。
 工場長さんは、浮遊甕そのものではなく、そこに使われている機構を大型の飛空艇に使えないかと考えているそうだ。

「そうだ、サトゥー殿、例の王子の話は聞いたかね?」

 オレが第三王子と揉めていた事を知っている工場長さんが、何気ない風を装って、最新のニュースを色々教えてくれた。王子は、病を理由に聖騎士団を強制引退させられ、王位継承権も失って、片田舎にある直轄領の離宮で蟄居させられる事になったそうだ。

 正直な所、王子の事など忘れていたのだが、工場長さんの親切に、礼を言っておいた。





 オリオン君に挨拶をしに行くと嫌がられそうなので、華麗にスルーした。後で、訪問したけど会えなかったと、お詫びの手紙を届けて体裁を整えることにしよう。

 まず、お世話になったウォルゴック前伯爵夫妻の館に寄って、お土産に妖精葡萄酒やエルフ達と一緒に作った金細工のオルゴールを贈った。魔法道具では無く普通にゼンマイを巻くタイプのヤツだ。

 あまり長居せずにお暇し、今度はロイド侯の館に向かう。

 先触れに出しておいたメッセンジャーからは、無事にアポイントを取れたと報告を受けた。忙しい人だから、会えるか判らなかったが、例の放火貴族の顛末だけは話しておかないといけないと思っていたので、早々に会える事になって良かった。

 ロイド侯の館では、熱烈な歓迎を受けた。館の正面扉を開けた先にメイドがズラリと並んで待っているとか、それなんてギャルゲ? と聞きたくなってしまったよ。だが、案内された先で待っていたロイド侯に抱きしめられたのは、勘弁して欲しかった。

「ペンドラゴン卿には、何と礼を言っていいか判らんよ」

 ロイド候の話では、ポトン准男爵は対外的には健康上の理由から自主的にプタの街の守護役を辞任し、彼の派閥から新しい貴族がその後任に着く事になったそうだ。

 自由の翼の残党は、現ボビーノ伯とロイド候による共同討伐隊によって始末させられたらしい。残念ながら、ポトン准男爵の息子を初めとする数名の貴族の子弟達は捕縛後に、服毒自殺してしまったそうだ。

 事件解決から2週間も経っていないのに仕事が早い。

「ダサレス侯なる人物については、公爵閣下からマキワ王国に問い合わせの親書を送っていただいているのだが……」

 歯切れが悪いので、ロイド候が話すまで待ってみた。言いにくそうにしていた彼だったが、「紛れもない事故だ」と断ってから、放火貴族の乗った船が、水棲の魔物の大群に襲われて沈没した事を話してくれた。しかも問題の放火貴族一派だけでなく、同乗していた兵士まで一人残らず魔物に喰われてしまったそうだ。

 なるほど。「事故だ」と断るはずだ。普通に聞いたらロイド候や現ボビーノ伯が結託して始末したようにしか聞こえない。もっとも、たとえ口封じだったとしても放火貴族の自業自得なので別に構わない。なので「事故では仕方ありませんね」とだけ答えておいた。

 信じていますアピールに微笑を足しておいたのだが、ロイド候の顔色が悪い。なぜだ? 忙しい人みたいだし、心労が重なって疲れているのかもしれない。

 ロイド候は、今回の事件の詫びにと、彼の派閥が保有する鉱山や事業をいくつか進呈すると、言い出した。さすがに大盤振る舞いすぎる上に、貰っても確実に持て余すのでやんわりと断る。
 すると、今度は、来年度末に太守が交代する予定の大河河口にある貿易港を有するミトトゲーナ市の次期太守に推挙してもいいと打診されたが当然断った。太守なんて面倒そうな地位はやりたい人に回してあげて欲しい。

 その後は宝飾品や美姫――やはり一桁の幼女だった――なんかを差し出されたが、どちらも間に合っているので断り続けたら、最後は、派閥内の後継者のいない子爵家の養子に、と言われてしまった。

 どうも、普通に断っているのに口止め料を吊り上げているような様相を呈してきたので、もし良かったら、秘蔵の魔法の書などがあったらしばらく貸して欲しいと、こちらからお願いしてみた。

 すごくホッとした顔のロイド候を見て、ちょっと悪いことをしていた気分になった。別に礼とか侘びとかはいらないんだが、何か受け取っておいた方が安心するなら貰っておこう。

 ロイド候の一門は土系の魔法に秀でた人物が幾人もいたそうで、書庫にあった魔法書は土系に偏っていた。

 ヘタに選んで秘蔵の品を持ち去っても悪いので、一緒に来ていた家令のお爺さんに、お勧めを数冊選んでもらった。彼も土魔法スキルを持っているので最適だろう。10冊ほど選んでくれたので、その中から興味深そうな5冊ほどを選んで借りた。残り5冊は、今度返しに来た時に貸して貰おうと思う。書庫の壁際に近隣諸国の配置が描かれた地図があったので、無断で1枚撮影させて貰った。

 長居するのも悪いので、本を借りた後にタイミングを見計らって退出させてもらった。
 お疲れのロイド候に、彼の好きなテンプラの夕食を振舞ってあげれば良かったと気付いたのは彼の館を出た後だった。





 顔を見せようと思ったのだが、セーラは、テニオン神殿で修行中のようだ。
 邪魔をしたら悪いので、テニオン神殿には寄らず、そのまま下町まで繰り出した。出店を冷やかしながら、福神漬けっぽいものを探したが見つからない。

 あるお店で、赤い漬物があるという話を聞いて向かってみたら、売っていたのは赤カブの漬物だった。ご飯には合いそうだが、ちょっと違う。

「マしター?」
「マしター違う?」

 そう足元から呼びかけられて、視線を落とす。
 なんだ、ナナが仲良くしていたアシカ人族の兄妹か。彼らは鼻をスンスンさせながら、キョロキョロと周りを見回している。マスターと言えていない所が可愛いな。

「ナナは?」
「ナナいない?」

 オレの周りをクィクィと体をゆすりながら回って、ナナがいないか探している。
 でも、オレのズボンの裾を捲ってもナナはいないと思うんだ。

 ナナは、この2人に、ずいぶん懐かれていたみたいだ。今度来るときはナナも連れて来ると約束して、ナナから預かっていた砂糖菓子の小袋を2人に渡してあげた。ヘコヘコといった感じに頭を上下しながら礼を言って去っていく兄妹を見送る。

「そこの若旦那、漬物買わないかい?」
「おや、小母さん。出店もされていたんですね」

 オレに声をかけて来たその人は、昨夜泊まらせて貰った女呪い士(まじないし)フツナさんのお母さんだった。彼女の勧めてくれたのはキュウリや瓜を醤油と味醂で漬けた漬物だそうだ。なかなか美味いというか、この味付けは福神漬けじゃないか? ちょっと酸味が強いが、こういう味だったはずだ。

 このレシピは、昨日酒盛りをしていた娼婦のお姉さんの一人が、フツナ母に伝授したモノらしい。

 それまでは、普通の酢漬けを売っていたそうだが、このクハノウ漬けを売り始めてから売れ行きが良くなったそうだ。味醂や醤油が高いので儲けはそれほど増えていないという話だったが、こうやって話している間にも客足が途絶えることが無かったので、固定客がいるのだろう。

 その日の晩、フツナ母にクハノウ漬けを伝授した娼婦のお姉さんに、漬物のレシピを教えて欲しいと頼み込んでみた。交渉が難航するかと思ったのだが、レシピは二つ返事で、気前よく教えて貰えた。彼女は、クハノウ伯領の出身で、地元で食べていた漬物のレシピをアレンジして伝えたそうだ。元々はクハノウ伯領の特産品である丸大根を漬けるのが本来のレシピらしい。「久々に故郷(くに)のクハノウ漬けが食べたいわ」と呟いていたので、大根を買う序でに買って来よう。

 稼ぎ時を逃した彼女に、レシピ伝授の礼も兼ねて数枚の金貨を渡しておいた。その行為は彼女のプライドを刺激するものだったらしく、夜半まで彼女のテクニックの洗礼を浴びる事になった。

 キスマークが自己治癒で綺麗に消えているのを、「遠見(クレアボヤンス)」で確認して、集合住宅を後にした。

 さて、夜の間に大根の生産地――クハノウ伯領まで飛ぼう!
9-26.懐かしい場所
※9/8 誤字修正しました。

 サトゥーです。ダイエットで流行ったロデオマシンですが、今もご家庭で使われているのでしょうか? 我が家の実家では、買って1月もしないうちに洗濯物干しの役目を担うようになっていました。





 夜陰に紛れて、公都を出る。

 天駆で十分な高度を取ってから、「大気砲(エア・カノン)」で一気に加速した。続いて自在盾を翼代わりに広げる。揚力を得る為に、複数枚の自在盾を使って翼の形を調整してみた。最適な形には程遠いかもしれないが、「気体操作(エア・コントロール)」で空気の流れを整えたお陰か、単に天駆だけで飛んでいるよりも魔力消費が少ないし、速度も落ちにくくなったようだ。

 1時間半ほどで、オークの幻蛍窟のある葡萄山脈へと辿り着く。
 幻蛍窟を抜けた方が早いのだが、山脈を越えるついでに、ガラスを作るためのオーク石や炭酸水を回収して行こうと思う。

 公爵領のオーク石の採掘鉱山は、幻蛍窟の西方に2キロほどの所にある。マップ検索した限りでは、東方20キロの山中にオーク石の採掘できる場所があるようだ。もう少し奥に珪石が切り出せる場所があったので、そこで少し切り出していこう。

 土魔法でサクサクと山肌に穴を開けて、必要な素材を切り出してストレージに収納しておく。土中の虫が足元で凄い事になっている。途中で気が付いて空中に退避して良かった。虫が嫌いなアリサだったら、泡を吹いて倒れそうだ。

 葡萄山脈という名前が付いている割に、この山には葡萄どころか他の果物さえあまり実っていない。オークがいた時代は、葡萄の産地だったのだろうか?

 この山には「天鹿(あまじか)」という幻獣がいる。前は船だったのでスルーしたが、一度見てみたかったので会いに行った。

 この天鹿だが、天駆と同じようなスキルを種族固有能力として持っている。
 そう、彼らは空を駆けるのだ。

 だが、地面を走るほうが速いのか、オレが上空から見つけた時は山肌を10匹ほどの群れで走っていた。夜中なのに移動しているのは、オレの採掘音で驚かせてしまったのだろうか?

 オスの天鹿は、ヘラジカよりも立派な角を持っているが、それ以外は普通の鹿と同じ感じだ。リーダーらしき天鹿は体高3メートル近いが、他の天鹿は普通の鹿と変わらない大きさだ。

 飛ばないかな~?
 そんな事を考えながら、天鹿の群れから数百メートルほど離れた空中で浮かんでいたのだが、急な危機感知スキルの知らせに従って素早く体の位置を移動させる。

 そこに、リーダーの天鹿が凄い速さで突っ込んできた。

 天鹿の蹄のあたりから炎が吹き上がっている。足が焼けていない所をみると火のように見えるだけで熱はないのかもしれない。

 その天鹿は幾度も突撃をかけて来るが、こちらには縮地という奥の手もあるので危なげなく避け続ける。どうやらリーダー君は囮らしく、地上にいた他の天鹿は逃げていった。

 何度か華麗に回避した後に、縮地で素早く背後に回りこんで天鹿の背中に着地して騎乗してみた。ちょっとした悪戯心が騒いで、ついやってしまった。

 天鹿は、狂ったように空を暴れ飛び跳ねる。

 ロデオゲームは、一時期やりこんでいたが、そのお陰という訳でも無いと思うのだが、さほど苦労せずに乗りこなせている。いや、騎乗スキルがMAXだからかもしれない。

 それにしても、本能なのか天鹿の動きは、地面にいる時と同じように必ず頭が上に来る形になっている。飛べるんだから宙返りとかすればいいのに。暴れるだけではオレを振り落とせないと思ったのか、木立の間に飛び込む事にしたようだ。ちょっとした悪戯のせいで怪我をさせる訳にもいかないので、自在盾を天鹿の前面に展開して怪我をしないように注意した。地表近くなった所で、「理力の手(マジック・ハンド)」を使って天鹿を押さえ込む。

 天鹿が大人しくなった所で、水を飲ませて落ち着かせた。そういえば、「調教士(テイマー)」の称号を持っていたんだから、セットして試してみれば良かった。

>「馴致スキルを得た」
>「調教スキルを得た」

>称号「天鹿乗り」を得た。

 さて、図らずも天鹿を苛めるような形になってしまったので、侘び代わりに天鹿の脅威になりそうな魔物を排除する事にした。リーダー以外は、レベル的に「戦蟷螂(ウォーマンティス)」や「蜘蛛熊(スパイダーベア)」なんかが相手だと危ないだろう。

 昨日、巻物工房で手に入れた自在剣を早速使ってみる。自在盾を防御では無く攻撃に使う為に加工した魔法だ。16枚の刃を作る事ができ、「理力の手(マジック・ハンド)」と同等の射程を持つ。

 マップでマーキングした戦蟷螂と蜘蛛熊の上空まで接近して、空から素早く自在剣を突き入れて刈り取る。倒した魔物は「理力の手(マジック・ハンド)」で掴んでストレージへと収納しておいた。

 まだ、少数の戦蟷螂がいるが、全滅させなくても構わないだろう。

 山脈を山肌沿いに上昇し、高々度から水平飛行に移って公爵領を抜ける。





 すこし懐かしいムーノ男爵領の上空を抜ける途中で、ムーノ市の開発の様子と、トトナ達の開拓地に何軒かの家が建っているのだけを確認しておく。流石に、この高度だと望遠系のスキルでも人は豆粒くらいにしか見えない。

 そのまま通り過ぎようと思ったのだが、ムーノ男爵領の盗賊の数があまり減っていないようだったので、明け方近くまで盗賊狩りをした。

 今回は、ナナシ銀仮面バージョンにしてみた。ムーノ市の魔族を殲滅した時の幻影の姿だ。

 盗賊達のアジトに空から接近して「誘導気絶弾(リモート・スタン)」で無力化する。気絶させた盗賊は、「理力の手(マジック・ハンド)」で吊り下げて持ち運び、近隣の盗賊を一纏めに捕縛してから、ムーノ市の門前まで空輸する。

 ムーノ市前に、土魔法で石柱を作り、蔦で縛った盗賊達を括り付けておく。好都合な事にムーノ市の門番は練度というか士気が低いらしく、眠りこけているようだ。困ったモノだ。

 そんな盗賊を一網打尽にする作業を、空が白むまでの間に幾度も繰り返した。
 これで街道の安全度は、かなりアップするだろうが、新しい都市伝説が生まれてしまいそうだ。眠りこけていた門番君にはいい薬だろう。

 トトナ達の開拓地に寄って、見つからないように、こっそり覗いてみたが、思ったよりも食糧事情は良さそうで安心した。前に公都から送った食料品を、ニナさんが配ってくれたようだ。





 寄り道が多かったせいで、クハノウ伯爵領に入る頃には夜が明けてしまった。人に遭遇しないコースを低空で飛行し、ノウキーの街近くで着地し、そこからは徒歩で街に向かう。途中、十字路で出会った荷馬車に便乗させてもらって街に入る。街に入る時には、セーリュー市で作った平民時代の身分証を使った。

 荷馬車に乗せてもらったお礼に、御者のオジさんの荷降ろしを手伝う。

「あれ? これは丸大根ですか?」
「いや、これは丸長大根だあ。丸大根が取れるのは、冬に入る前だあ」

 言われてみれば、たしかに少し楕円かもしれない。丁度いいので、大袋一杯の丸長大根を購入した。
 近くに蓮根(レンコン)を出している店があったので、そちらも大袋一杯の蓮根を買った。意外な事にレンコンは大根よりも安かった。レンコンは栽培しているわけではなく山菜なんかみたいに、自生しているのを採取しているだけだから安いのだそうだ。

 露店の人に聞いて回ったが、クハノウ漬けを売っている者はいなかった。ムーノ男爵領の治安が悪くなってから、公爵領から味醂(みりん)を売りに来る行商人が居なくなってしまって、作りたくても作れなかったのだそうだ。

 魔族め、キサマ達のせいか。

 前に漬物や調味料を買った雑貨屋になら「クハノウ漬け」の在庫があるかもしれないという話だったので、一度見に行ってみる事にした。
 持ち歩くにはちょっと邪魔なので、購入した根菜を、オジさんの露店の裏手に置かせて貰う。

「こんにちは」
「は~い、いらっしゃ~い」

 あれ? この店はお婆さんが一人でやってなかったっけ?
 店番をしていたのは、化粧ッ気の無い20歳前の女性だった。

「クハノウ漬けが欲しいのですが、在庫は置いていませんか?」
「ああ、クハノウ漬けですか、ちょっと品切れなんですが、ちょっと待ってくださいね」

 残念、品切れか。
 店員のお姉さんが、店の奥に向かって「お婆ちゃん」と呼びかけている。

「なんだね、大声で」
「このお客さんが、クハノウ漬けが欲しいんだって」
「店のは品切れだよ」
「お婆ちゃんが先月漬けてたのがあったじゃない」
「あれは、割高の味醂を使ったから店で売れる値段じゃないよ」

 一瞬、2人は値段を吊り上げる小芝居をしているのかと思ったが、お婆さんは純粋に売る気がないようだ。

 せっかくココまで足を運んだんだし、高くてもいいから売って欲しいと頼んでみた。高いといっても、小(かめ)に入った500グラムほどで銀貨2枚だ。購入前に味見させてもらい、やや味が違うものの間違いなく福神漬けなのを確認した。例え金貨2枚でも買うさ。

 ミッションコンプリートだ。





 さて、追加の巻物ができるまで最短で5日ほどだから、一旦エルフの里まで戻る事にした。途中に寄った公都で、小甕に入ったクハノウ漬けを100グラムほど小鉢に移して、情報をくれた娼婦のお姉さんに進呈しておいた。

 ボルエナンの森の樹の家に帰り着いたのは、夜半をかなり過ぎた頃だ。

 レシピメモを頼りに、カレー粉を調合する。思ったよりも簡単に完了した。ただ、黄色いカレーを受け入れてもらえる自信がなかったので、そこからアレンジして違う色のカレーが作れないか色々と実験してみた。

 思った感じの色にならないので、気分転換に自家製の福神漬けを作って宝物庫(アイテムボックス)に収納しておいた。

 満足が行くカレー粉が出来たので、材料の足りる範囲で量産してストレージに収納しておく。カレーは使い道が多いから沢山あっても困らないだろう。

 体がカレー臭くなってしまったので、消臭魔法をかけてからベッドに向かった。今からでも3時間くらいは眠れるだろう。心地よい疲労感を感じながら、オレは眠りに落ちた。
9-27.害虫退治(4)
※9/8 誤字修正しました。

 サトゥーです。ゲームをROMカセットやCDなんかの媒体で販売していた時代は、マスターアップ=開発終了でした。最近はバージョンアップなんかの仕事もあるので、終わりが無くて大変です。内容を忘れた頃に依頼が来るのが一番困るんですよね。





 鼻をくすぐる髪の毛の感触に、眠りから引き戻される。
 これはミーアだな。

 もう少し寝かせてくれよ。
 ミーアの悪戯を止めるべく、手探りで捕まえて抱きしめる。

 あれ~?
 これは違う。ミーアじゃない。「あうあう」呻いている相手は、きっとハイエルフ様だな。この柔らかな感触がミーアには出せない。

 これはギルティ判定されそうだが、この手を離せるほどの理性が回復していない。まどろみの中、ステキ感触と可愛い声で耳を楽しませながら、もう一度、至福の眠りに落ちる。





「起きろ~!」
「むぅ」
「ご主人さま、朝です。あの、起きてください」

 髪や頬を引っ張られる感触に、少しずつ深い眠りから覚醒していく。

「疲労度が高いと推測します。休養を」
「たしかに、ご主人様が、朝起きるのが遅いのはめったにありませんから、お疲れなのでしょう」

 リザやナナが心配してくれる声がしてる。大丈夫、ちょっと眠いだけだから、あと5分。いや、10分でいいから寝かせておいて。

「おつかれ~?」
「ゼナを呼ぶのです?」

 ゼナさんを呼んでどうしろと?

「むぅ、アーゼ」
「そうよ、エロフ。いつまでも、楽しんでないで退きなさいよぉ~」
「うう、だって、だって、動けないんだもん。仕方ないの。だって、動けないんだもん」

 何やらミーアとアリサにアイアリーゼさんが怒られている。また、つまみ食い用のおやつ入れを空にしちゃったのかな?

 そういえば、アイアリーゼさんの声が近いな。
 薄らと開けた視線の先には、真っ赤になったアイアリーゼさんの顔があった。ちょっと、近くないか?

「おはようございます」
「お、おはよう」

 どういう状況だろう。

 ベッドで寝ているのに、体の上にはアイアリーゼさんが乗っかっている。視界にはアリサやミーアも入っているから、現在進行形で襲われ中とかじゃないだろう。

「いつまでも抱きしめてないで、離しなさいよぉ~」
「サトゥー」

 オレの手を掴むアリサとミーアの動きに従って手を移動させる。あれ? 寝ぼけてアイアリーゼさんを捕獲しちゃってたのか?

「これは失礼しました」
「い、いえ、寝ボケていたら、し、仕方ないです!」

 オレの拘束から逃れても、上手く起き上がれないアイアリーゼさんを補助してベッドの上に座らせてあげる。

 オレが立ち上がれるようになるまでの間、アリサ&ミーアのギルティ祭りが開催された。寝ボケていたんだから情状酌量の余地は与えて欲しいな。





「それで公都での目的は果たせたの?」
「ああ、バッチリだ」

 ちゃんと福神漬けはゲットしたしカレー粉の調整もバッチリだ!
 なぜか、アリサからの視線が白い。

 ここで福神漬け云々というと「正座」とか言われそうなので、巻物工房で手に入れたスクロールをチラ見せしておいた。

 ちゃんと何度か公都から「遠話(テレフォン)」の魔法で連絡しておいたじゃないか。この魔法の有効距離はスキルレベルに依存するのか、アリサからの「遠話(テレフォン)」は、遠すぎて届かなかったようだ。

 朝食には、フレンチトーストもどきを作ってみた。
 バニラエッセンスが無いが、それ以上にパンが固いのでイマイチな感じだった。最近、ゴハン食ばかりだったので、パンが食べたかったんだよ。

「柔らかいパンがいいんですか?」
「クーアに聞いてみたら? 天然酵母がどうとか言っていたっけ?」

 なんと柔らかいパンがあるそうだ。
 そういえば、オレの料理を振舞うばかりで、エルフの里の郷土料理を食べていなかったっけ。今度、ルルと一緒に、ミーア母にレシピを伝授して貰いに行こう。





 朝食後にやって来たルーアさんから、展望台での観測結果を教えてもらう。クラゲの事は余り公にしたくないそうなので、リビングではなく応接室に案内した。ルーアさんだけでなく、まだ顔の火照りの取れないアイアリーゼさんも一緒だ。

「――という訳で、氷の檻が1日半、石の檻が2日の間、クラゲを拘束できたそうです。アーゼ様の空間魔法の檻は、中級、上級の双方の魔法共に健在です」

 ふむ、やはり空間魔法の結界は強力みたいだ。ルーアさんに空間魔法の檻を作れるエルフの数を確認してみたが、起きている者では、アイアリーゼさんと長老の中の一人だけしか使えないそうだ。眠っている者を合わせても百人ほどしかいないらしい。

「でも、眠っている者は数に入れたくないんですよ」
「どうしてですか? 世界樹の危機なんだから、起しても文句は出なさそうですが?」
「彼らは、忘れたくない思い出の為に、自分の時間を止める事を望んだ人達なんです」

 ルーアさんの言葉が今一つ理解できない。それを察したのか、彼女が少し詳しく話してくれた。

 エルフは、千年間隔で古い情報の記号化が行われるらしい。

 オレの語彙で言うと、記憶の中でも「エピソード記憶」の部分が「陳述記憶」に変わってしまうという事だろう。簡単に言うと、千年経過した「思い出」を「『思い出』という短い文字」に不可逆変換してしまうという事らしい。
 もちろん、「意味記憶」も整理されるらしいのだが、こちらは問題が起こるほど研究に没頭するエルフがいないそうなので割愛する。

 この為、どうしても記憶を薄れさせたくないエルフが、長期の眠りに付くのだそうだ。あの眠るエルフ達がいた場所は、寝床というよりは墓場的なイメージなのだろう。揺り籠というよりは棺桶なのか。

 もちろん、魔法で記憶を強制的に残す方法もあるらしいが、記憶の混乱や整合性が取れなくて情緒不安定になったりするそうで、長老会の許可なしに処置をする者はいないそうだ。

 長生きするのも大変なんだね。

「ハイエルフの7人は起しても大丈夫だけどね。あの子達は『飽きた』とか言って寝てるだけだから」

 ハイエルフ達は、世界樹に記憶が預けられるので記憶が劣化しないそうだ。ただし、世界樹に繋がらないと思い出せないので、それほど万能でもないらしい。

「私は直接お目にかかったわけではありませんが、エルフ以外の人類を嫌っている方や過激な方もいらっしゃるそうなので、できれば起さずに済ませる方法を考えたいです」
「ま~ね、イフルエーゼとか絶対に『ああん? 害虫だと? そんなの炎で焼き払えよ。くははは、祭りだぜ!』って言ってノリノリで『爆炎地獄(デル・インフェルノ)』とか連発して大火事にしそうだわ」

 なるほど、ビロアナン氏族だけが特殊という訳では無いみたいだ。

 アイアリーゼさんの暴露話をなかった事にしたいのか、ルーアさんがコホンと咳払いをして、話を変えて来る。
 前に長老に問い合わせて貰っていた件も結果が返ってきたそうだ。

「まずですね、クラゲが嫌悪したり苦手とする物質は、調査しているものの未発見だそうです。誘引物質は、マナ以外に見つかっていません。魔力を充填した魔法道具やウィスプなんかの擬似生命体を近くに放つと、そちらに魅かれて触手を伸ばすそうです。ただ、世界樹から引き剥がすとなると、世界樹を超える魔力が必要になるそうで、現実的では無いだろうという回答でした」

 クラゲホイホイは作れないのか、残念だ。
 一応、クラゲに対する実験報告書みたいな書類は、後で熟読させて貰おう。見落としがあるかもしれないからね。

「サトゥーさんに提案していただいたクラゲの檻作戦ですが、研究好きのベリウナンとブライナンの両氏族だけでなく、ズワカナン氏族も興味を持ったそうで、実験や考察に協力していただけるそうです」

 誰でも考え付きそうな案だったのに、試した者はいなかったそうだ。
 案外、思いついても言い出せなかったのかもしれない。

 初出のズワカナン氏族だが、ビロアナン氏族と同じ大陸に住んでいるそうだ。なるほど、失敗はできないわけだ。

「えーっと、他には」

 ルーアさんが、報告書の紙を捲りながら、問い合わせて貰った他の件を報告してくれる。

 クラゲを一定距離まで引き離した所で他のクラゲに邪魔された件だが、周辺のクラゲたちが一斉に雷撃を放ってきたのだそうだ。その時に、引き離されていたクラゲは触手を丸めて電磁バリアのような結界で自分を守っていて電撃を防いでいたらしい。

 強力な電撃を放つときに、必要な魔力を世界樹の枝から奪うらしく、クラゲが掴んでいた枝が幾本も枯れてしまっていたそうだ。

 オレが懸念していた、クラゲ駆除後の再発防止策だが、ビロアナン氏族が既に行っていた。ハイエルフ達が作成した擬似生命達が世界樹の外側を巡回しているらしい。

「擬似生命ってベヒモスとかですか?」
「うふふ、それは無いですよ。ベヒモスは飛べないはずですから、ビロアナンなら魔炎王創造(クリエート・イフリート)で呼び出したイフリートか魔炎蝶創造(クリエート・パピヨン)で呼び出した炎の蝶とかのはずです」

 あ、ベヒモスじゃなくウィスプと言うべきだった。ルーアさんの横で、耳まで赤くなったアイアリーゼさんが羞恥にプルプルと震えている。

 可愛いから放置で行こう。

「でも、継続時間が短いのでは?」

 たしか虚空ではマナが少ないとか言っていたはずだ。

「はい、最初に多めに魔力を充填しておけば、10日は維持できるので、クラゲを惹きつける目的で巡回させているそうです。もちろん、戦闘が始まれば短時間で魔力が枯渇してしまうので、クラゲ退治自体は船で行うそうです」

 なるほど、誘蛾灯というか釣り餌か。
 見つけたクラゲは、展望台から出発した船で退治するそうだ。光船という名前らしい。

「どの世界樹にも8隻の光船があったんだけど、ボルエナンには4隻しか残っていないのよね。千数百年ちょい前くらいにゴブリンの魔王が暴れる事があってね。その時にはまだ勇者が居なかったから、魔王を倒すまでに3隻沈んじゃったのよ」

 あれ? もう1隻は?

「それは魔王退治のご褒美に、勇者にあげちゃった。代々乗り継ぐって言ってたから、今でもサガ帝国にあると思うわよ」

 ジュールベルヌと同型船が、あと4隻もあるのか。

「そ、そんな目で見てもダメ」

 アイアリーゼさんに先に釘を刺されてしまった。

「わ、わたしは身持ちが固いんだから!」

 ああ、そっちでしたか。
 クスクス笑っているルーアさんには、オレの内心がバレている気がするが、ここはアイアリーゼさんの勘違いを訂正しないようにしよう。

 でも、他の世界樹より数が少ないなら、駆除後のクラゲ防衛線維持の為の戦力を何か考えておいた方が良さそうだ。
 カレーは次回の予定です。
9-28.カレー祭り
※2/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。カレーは好きですか? 本格的な専門店のカレーもレトルトカレーも、どちらも違った美味しさがあると思うのです。でも、昼休みに食べるとカレー臭が服に染み付いて女性社員から白い目で見られるのが辛いところです。




 さて、今晩のカレー祭りの準備に入ろう。
 朝の内にルーアさんに頼んで、広場を一つ貸切りにして貰っておいた。

 大鍋を地面に並べる。

 大鍋は人間が丸ごと入れるような巨大なモノで、底に8本の足が付いている。もちろん、歩行のためではなく地面においたときに、10センチほどの隙間が出来るようになっている。
 公都滞在中に、地下迷宮で大量に作ったもので、「延焼(フレームフィールド)」の魔法で加熱できるように開発したものだ。

「2人には野菜の皮むきをお願い」
「はい」
「了解しました」
「リザ、ナナに面取りの仕方を教えてあげて」
「はい、お任せください」

 リザとナナに野菜の皮むきを頼む。公都に向かう前から漬け込んでおいた鶏肉を「宝物庫(アイテムボックス)」から取り出して、ルルに渡す。

 トッピング用にチキンカツも作りたいんだけど、ちょっと鳥肉が足りないか?

「ミーア、鶏肉を調達したいんだけど、誰かから譲ってもらえないかな?」
「ん、ヒーヤ」

 言葉が少ないが、恐らくヒーヤ氏が狩人なのだろう。ミーアが薄い胸をポンと叩いて、「任せておけ」のジェスチャーをした後、ポチとタマを両翼に従えて走って行った。

 ロック鳥とか獲ってくるなよ?

 不足していた野菜の皮剥き要員は、すぐに補充された。
 勇者料理の研究家であるネーアさんが、料理好きの婦人達を連れて手伝いに来てくれたのだ。ネーアさんお墨付きの数人とルルに、時間のかかる下ごしらえを頼む。

 オレはネーアさんと、タマネギを炒める。
 じっくり炒める。

 じっくり。

 じっくり。

 ネーアさんが、こちらをチラチラ振り返るほど炒める。
 飴色になった所で完了だ。

 ルルに代わって貰って、ネーアさんと一緒に量産して貰う。このタマネギはカレーに仄かな甘みとコクを与えてくれるので重要だと、例のメモに書いてあった。見えるサイズのタマネギは、ニンジンと一緒に星型や三日月型に飾り切りして、後から入れる予定だ。

 木陰から寂しそうに覗き込んでくる視線を感じる。アリサとアイアリーゼさんだ。

 困ったな。
 アリサに料理をさせるとか、ガチの失敗フラグだ。アイアリーゼさんの場合、鍋をひっくり返してカレー塗れになる未来しか見えない。

 クイクイと手招きをする。
 アリサとアイアリーゼさんが、「私?」って顔をして自分を指差す。

 それに頷くと、パアッと咲き誇るような満面の笑みでトタトタと駆け寄ってくる。
 この後を考えると、心が痛い。

「えへへ~」
「な、何か用かしら?」

 2人に「はい」と公都土産の飴が入った篭を渡す。キョトンとして受け取る2人の口に、細い棒の付いた飴細工を差し出す。

 アリサは、オレの意図に気が付いたのか、不本意そうな顔でハグッとアメを咥える。アイアリーゼさんは、良く判らないようで、少し赤い顔で、戸惑いながら飴を咥えた。ちょっとエロイ表情だ。

「羽妖精たちが邪魔しないように、アメを配ってやってくれ」

 ああ、そんなに「裏切られた!」みたいな顔をしないで下さい。篭を腕に下げたアリサが、涙目のアイアリーゼさんの手を引いて、広場の入り口で羽妖精を集めてくれている。すまん、アリサ。羽妖精とアイアリーゼさんのお守りは任せた。





 豪快に炎を上げて鍋を加熱する。沸騰した所で、火を緩めて灰汁取りに移る。
 実に面倒な作業だ。灰汁取り用のオタマを興味深そうに見ていたナナとリザに渡す。2人は几帳面に灰汁を掬っている。あんな面倒な作業を黙々とやるのは、真面目なリザと趣味人のナナくらいにしかできない。後で、2人を労おう。

 途中、リザの真剣な表情に興味を惹かれたのか、武人っぽい感じのエルフの男性が灰汁取りに飛び入りしていた。君たち、どうしてそんなに真剣勝負みたいな雰囲気になってるんだ……。何か突っ込みを入れたら負けな気がしたので、そっとしておく。

 さて、灰汁取りが済んで野菜が煮えたら、後はカレー粉を投入するだけだ。

 野菜の煮え具合は、ネーアさんに任せておこう。
 オレは、今の内に付け合わせを準備する事にした。

 ルルと一緒に、トッピング用の揚げ物を色々と用意する。クジラの唐揚げやカツ、エビフライ、猪肉のカツ、白身魚のフライを用意する。途中からルルを先生に任命して、エルフの婦人軍団に手伝ってもらう。

 さて、ミーア用に、パプリカやカボチャの揚げ物を準備しよう。
 ここでは、まだ下準備だけで揚げるのは、もう少し後だ。

 先に、余ったイモを薄くスライスして、ポテトチップを揚げる。それを、小篭に入れて羽妖精達とスゴロクで遊んでいるアリサの所に持って行った。

「アリサ、オヤツの追加だよ」
「うはー! ポテチだ! いいの? 食べて良いのね?!」
「みんなで分けろよ」

 前にダイエットしたときに、ポテチは禁止品目に入れたから、めったに作っていない。ルルにも作らないように言っておいたので、1月ぶりかもしれない。オーク石を集める時に汲んだ炭酸水があるから、今度、折を見てソーダー水を作ってみよう。

「おっけー! ポポ、リリー、羽妖精達を一列に並ばせなさい! 勇者の国の素敵なお菓子を配るわよ」
「あいあいさー、だぜ!」
「もう、ありさ、おおげさー」
「でも、いいにおい~」

 ポテチは羽妖精にも好評のようだ。後ろから割りと本気のアリサの怒声が聞こえる。がんばれ、アリサ。

 その声を背後に聞きながら、辛いのが苦手な人用に甘い飲み物を用意する。冷やした牛乳にウギ砂糖を投入するだけだ。この抹茶っぽい色の砂糖を投入すると、見た目だけは抹茶ラテみたいになる。大瓶3本分の抹茶ラテもどきを魔法で冷やす。凍らさないように微妙な魔法制御が、それなりに難しい。





 カレー粉を少しずつ投入し、粉が溶けたところで、しばらくかき回したのだが、とろみが付かない。もとのレシピ集が間違っていたのだろうか? 手軽にとろみをつけるために小麦粉を追加投入してやる。今度はコクが足りない気がする。バターを投入すると良い感じの味になった。

 あとは、火を一端落として味が野菜に染みこむまで待つ。その間に、トッピングの揚げ物を順番に揚げて行こう。

「えもの~」
「大猟なのです!」
「褒めて」

 タマ、ポチ、ミーアの3人がドロドロで走ってきたので、広場に入る前に止める。3人の後ろにはニヒルな顔のエルフの男達が5人ほど続いている。男達といっても中学生くらいにしか見えない外見なので、ナマイキな少年達にしか見えない。アリサが涎を垂らしそうだ。

「おつかれさま」

 猟から帰った人々を生活魔法で綺麗にする。
 ポチとミーアは、狩りの途中で植物系の魔物にでも捕まったのか、ヘンな臭いがしていたので、消臭魔法も使っておいた。なかなか大変だったみたいだ。

 解体して貰った鳥肉は、タレに漬け込んだり、煮込んだりする時間が無いので、トッピング用に回す。雉とか鴨とか実に美味そうだ。鴨は、ダシを取って鴨鍋かうどんにしたいが、今回は蒸してサラダの上に並べよう。

 狩りを終えた男達には、宴席予定地の仮設テーブルで酒と肴を振舞って、先に一杯始めて貰った。ポチとタマが、男達のところで上手くヤキトリを食べさせて貰っている。食べ過ぎるなよ?

「ん」

 ミーアが、アリサの横にあったポテチの篭を持ってきてオレに突き出す。もちろん、中身は空だ。そういえば、ミーアとアリサが良くポテチの取り合いをしてたっけ。

「もうすぐ、ゴハンだから、ダメ。明日のオヤツに作ってあげるよ」
「約束」

 ミーアの突き出して来た小指に、自分の指を絡めて指きりをする。指きりが珍しいのか、羽妖精に埋もれたアイアリーゼさんが、ガン見してくる。ここは華麗にスルーしよう。





 完成したカレーライスを配る。これだけ人数がいるとキャンプか、配給所みたいだ。

 ライスには、グルリアンで買ったちょっと長細い米を使った。前にカレー専門店で食べた米がこんな感じだったので、マネてみた。

「あれ? 黄色くない」
「ああ、初心者にはハードルが高いから着色した。オレ達の分は、ちゃんと黄色いから安心しろ」

 今回のカレーは、橙赤黄緑色の4種類だ。

 まず、ホウレン草っぽい葉野菜を使ったグリーンカレー。これは、ミーアのように野菜好きな者に美味しく食べて貰おうと思って作った。辛さは普通だ。

 次に、唐辛子をたっぷり投入したレッドカレー。ニヒルな男達と、辛いもの好きなルーアさん達、一部の好事家の為に作った。味見したネーアさんやルルが涙目になっていたので、辛さは相当なもののようだ。こちらは大量に余っていた狼肉をタップリ投入してある。

 黄色いのはキーマカレー。もちろん、和風にアレンジされた方のやつだ。これには、例の漬け込んだ鶏肉を投入してある。レッドほどじゃないけど、充分辛い。原色に近い黄色に仕上がったので、カレーに付きモノの忌まわしき連想をする者もいないだろう。

 最後に、橙色のカレー。実は普通のカレーだ。この色は着色料で染めてある。言うまでも無く無害なものだ。元々は、ポーションの種類を見分けるために開発されたモノで、それを少しアレンジして使用してみた。こちらには、エルフさんたちに解体して貰った牛の肉を使っている。辛さは、甘口と普通の2種類を用意した。

 先入観が無いせいか、女性陣には橙色のビーフカレーが人気だ。トッピングの揚げ物は大量に作って自由に取れるようにして置いてある。

 箸休めには、生野菜サラダ、茹でキャベツ、マッシュポテト、スティック野菜、らっきょう、その他漬物を用意した。福神漬けは量が少ないので、オレのテーブル専用だ。布教は今作っている自家製の福神漬が完成してからでいいだろう。

 皆に行き渡った所で、「いただきます」の合図で食事が始まった。

 ああ、久々のカレー。

「あれ? ご主人様のカレーは、色が変なのです」
「元々はこういう色なんだよ」
「星が隠れてる~?」

 カレーの中に沈んでいる星型のニンジンや丸くカットしたタマネギは、評判がいいようだ。これならポチやタマも避けずに食べるだろう。

「辛いですが美味しいです」
「こちらのカレーの方が可愛いと進言します」

 リザ、トッピングは自由だけどさ。カレーが見えないほどクジラの唐揚げを積まなくてもいいと思うんだ。彼女が選んだのはキーマカレー。鶏肉が決め手だったらしい。
 ナナは、激辛レッドカレーと、ウサギカットしたリンゴっぽい果物に、ご満悦だ。

「うう、美味しいけど、辛くて食べられない」
「アーゼ、がんば」

 さっきから水をカパカパ飲みながら、涙目で食べているアイアリーゼさんを愛でていたのだが、そろそろ助け舟をだそう。

「アイアリーゼ様、こちらのをどうぞ」
「辛くない! これなら食べれます」
「それは良かった」

 カレーを、甘口のものと交換してあげた。彼女のカレーは、後でスタッフに美味しく頂いてもらおう。他にも辛いのが苦手な人がいそうなので、甘口カレーの存在を教えてあげる。

「まだ、口がヒリヒリするなら、こちらの飲み物もどうぞ。少しは辛さが和らぎますよ」
「あ、ありがとう。……美味しっ。甘くて美味しいです」

 まだ、辛そうにしていたので、さっき作った抹茶ラテもどきを、アイアリーゼさんに差し出す。両手で持ってコクコクと呑む仕草が可愛い。

 その姿に見とれていたわけではないのだが、なぜかアリサとミーアから「ぎるてぃ」コールが起こった。皆に配るのを忘れていた。元から全員に配る予定だったんだが、最初にアイアリーゼさんに渡したのが悪いらしい。何故だ。

 オレ達だけで独占するのも悪いので、残りの抹茶ラテもどきの瓶は、エルフ達のテーブルに配る。

「ああ、至福。ココニーのカレーと同じくらい美味しいわ」
「アリサ、ハンバーグカレーなのです!」
「からうま~」

 ネーアさんが、余った肉でハンバーグを焼いてくれたそうだ。あの人は、本当にハンバーグが好きみたいだ。

 箸休めに福神漬けをコリコリと食べながら、カレーの宴を眺める。
 口にあってくれたようで良かった。

 だが、ミーア。君は知らない。
 君に配ったカレーは、ほぐした牛肉が入っているのだ。別の鍋で煮て、繊維状になるまでほぐしてあるから、まず気が付かないだろう。食感も肉の感じは無いはずだ。

 などと、脳内で変なナレーションを入れつつ、一生懸命にカレーを口に運ぶミーアを愛でる。

 500人分くらい用意したはずのカレーは、トッピングも含めて全て消費されていた。リザの「カレーかけクジラカツ」みたいな派生料理も色々と生まれていたようだ。

 あれだけ沢山食べたのに、デザートに用意したフルーツゼリーを断る女性はいなかった。いくら別腹でも体に悪いので、後で、胃腸薬を調合して配ろう。

 こうして、カレー祭りは終わった。

 参加できなかったエルフ達から抗議の声がでたそうで、しばらくの間、カレー祭りが延長開催される事になったそうだ。毎日カレーは嫌なので、やる気満々のネーアさんにカレー粉のレシピを渡して押し付けた。

 香辛料の香りに染まるネーアさんを手伝ってあげたかったが、その時、オレは別件で忙しくて手が離せなかったのだ。



 あと数話で、たぶんエルフの森編は終了予定です。
9-29.駆除準備
※9/6 一部加筆修正しました。
※2/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。「毒を薄めれば薬になる」なんて言葉を聞いた事がありますが、全てがそうでは無いでしょう。その逆の「薬も濃すぎれば毒になる」というのは大体の場合に当てはまりそうです。何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」なのです。





「こんにちは、サトゥーさん」
「ああ、ルーアさん、丁度良かった」

 オレは出来たてのクラゲ用「睡眠薬」の入った大瓶を5本ほどルーアさんに渡す。彼女は、オレの持つのと同じような「魔法の鞄(ホールディング・バッグ)」を持っているので重い荷物でも気軽に預けられる。

 ここ10日ほどは、毎日、3~5種類ずつの睡眠薬をジーアさんに渡して実験して貰っている。今のところ、効果が高かったのは、世界樹の樹液を使用したタイプのやつだ。

「確かに預かりました。アーゼ様から『遠話(テレフォン)』で実験結果速報を聞いているとは思いますが、ジーアからの文章の報告書です」

 オレは礼を言って、ルーアさんから紙束を受け取る。
 効果の薄いものだと10分ほどで起きてしまうみたいだが、逆に効果の高過ぎるものだと、仮死状態どころか生命活動が停止しそうになってしまって、大変だったらしい。

 人間に使ったら死にそうなので、誰も来ないように街の外にある無人の工房を借りて薬品を調合している。以前はスプリガンのリレック氏が使っていた場所だそうだ。
 この館の地下にも小さな源泉があるらしく、館の魔法道具は魔力補充をする必要もなく稼動してくれるので、色々と便利だ。

 便利すぎて、引きこもりたくなるが、あまり遅くなるとアリサから1時間おきに「遠話(テレフォン)」が来るのでそういう訳にもいかない。近頃は、ポチやタマを電話口に出して罪悪感を誘うとか、なかなかに手が込んできている。普通の遠話だと出来ないはずなので問い詰めたら、「頑張って改良した」とドヤ顔で返された。

 さて、今日のノルマの睡眠薬も渡し終わったので、別の作業をしよう。

 今進めている作業は、睡眠薬を入れて4つだ。

 1つ目は、先ほどのクラゲ用の睡眠薬作成。

 これは、空間魔法の檻でクラゲを閉じ込められるだけの術者が少ないので、氷の檻と睡眠薬を併用する事で、不足する術者を補完できないかを検証中だ。3日前にテストした睡眠薬で特に効果の高いモノがあり、現在も睡眠中のクラゲがいるらしい。10日くらい効いてくれたら、一気にクラゲの檻作戦にGOサインを出せそうだ。

 2つ目は、クラゲ害の再発防止策の検討。

 これには、自律型の迎撃衛星を考えている。イメージとしては、拠点防衛用の人工衛星だ。虚空でもマナさえ継続供給できれば立方体(キューブ)を維持できるみたいなので、高度維持にはコレを使おうと思っている。最大の問題は魔力維持だ。ついでにレーザー砲台とソレを運用する頭脳を付けて、浮き砲台ゴーレムにしようと目論んでいる。
 そこで、やはり問題になるのは動力炉だ。なるべく人手を必要としないシステムを構築したいので、動く人形(リビングドール)の動力炉と同様に賢者の石を使いたい。実は、既にソトリネーヤさんから、動く人形(リビングドール)の動力炉を3個ほど借りてある。「壊すなよ」と念を押されているので、無茶な実験ができないのが辛いところだ。
 魔法があれば核融合くらいできそうなものだが、資料がないのでどこから手を付けていいか判らない。これは将来の課題にしておこう。

 3つ目は、空力機関の制御だ。

 ソトリネーヤさんの所で「動く人形(リビングドール)」の作成を通して学んだ制御装置の作り方と、プログラマーとしての知識を併用してみた。
 この間、公都で聞いた回転させて出力のバラつきを平均化させる仕組みなんかも色々試している。この館の地下にはクレーンや、大型の固定台があるので、こういった作業がとても捗る。
 制御機関は完璧に仕上がったのだが、情報の応答速度が不足していて空力機関の制御が追いつかない。完成までは、もうしばらく掛かりそうだ。

 この空力機関だが、「空力」と付く時点で想像できていたのだが、大気の無い場所では浮力が発生しない。光船のレプリカ建造作戦は、開始より先に頓挫してしまった。光船の構造を知りたかったのだが、神造艦らしいので、資料が残っていないらしい。整備なんかは、世界樹にあるドックに格納しておくと勝手にやってくれるそうだ。
 勇者が持っていた空力機関は、どうやら後付けしたものらしい。世界樹で整備できない以上、壊れたり痛んだ部分の補修はサガ帝国の技術者や魔術士頼りになるから仕方ないのだろう。

 4つ目は、オレ達の装備の拡充だ。

 エルフの森を出たら、次の目的地は迷宮都市だ。オレは兎も角、娘さん達の装備は完璧にしておきたい。人目を引きすぎても困るので、披露用の装備と地味な普段使いの装備の2種類を作っている。

 今のところ、完成したのは杖が3本と、非殺に特化した魔法剣の試作品だ。

 アリサ用の杖には、ボルエナンの森にある樹齢数千年の古木の枝を贅沢に使わせて貰った。迷宮での連戦を目的としているので、消費魔力の軽減と魔法の命中性能アップを主題にして作った。偉人曰く「当たらなければ意味がない」からだ。
 アリサの杖を作るときに、ついミーアの分まで同型の杖の模様違いを作ってしまったが、一緒に旅をした記念にボルエナンを去るときにプレゼントしよう。なんとなく、一緒に行くつもりでいてしまった。やはり、小さい子供は両親と一緒に暮らすべきだと思う。

 もう1本の杖は、世界樹の枝を使ったものだ。材料に使った世界樹の枝は、クラゲの触手を回収した時になぜか一緒にストレージに回収されてしまったヤツだ。性能的には申し分ないのだが、見た目が鉱物チックというかエメラルドそのものなので、目立って仕方が無い。綺麗な色艶だったので、つい出来心で、先端部分には薔薇の花、本体には絡まる蔦のレリーフをあしらってしまった。

 秘蔵の1本というよりは、死蔵の1本になってしまった。

 やりすぎは、良くないね。
 反省。

 さて、試作の魔法剣は、ポチ達の「殻」を改造したものだ。ポチ達の「殻」が固い鈍器なのに対して、この試作剣は非殺に特化したので柔らかいのだ。この「軟殻」の剣は、発動するとウレタンくらいの硬さの円筒形の魔力フィールドを発生させる。剣の直近には「殻」が発生しているので、強く叩きすぎたからと言って刃まで届く事は無い。
 この「軟殻」の剣には、ブラックジャックみたいなスタンやノックバック系の追加効果を期待している。

 今は、この「軟殻」の仕組みを応用して、ルル用の非殺系ショットガンの作成を考えている。

 他にも、防具類の強化に着手したいのだが、なかなか手が回らない。公都で作った防具があれば、レベル20台後半までの魔物に遅れは取らないはずだが、もう少し安全マージンを増やしてやりたい。飛行船の対爆屋根に使ったクジラの皮を流用して、新しい鎧を作るのもいいかもしれない。今度、ルーアさんに鎧作りの名人を紹介して貰おう。





「若旦那、ルルの嬢ちゃんがお昼を配達して来てくれましたぜ」
「ああ、ありがとうギリル」

 この館の管理を任されている家妖精(ブラウニー)のギリルが、執事よろしく来客対応をしてくれている。昔は、迷宮都市で暮らしていたらしく、休憩時間などに迷宮都市の話を聞かせて貰っている。

 なんでも、彼の曾孫が迷宮都市で働いているらしいので、迷宮都市に行った時には会いに行きたいと思っている。何でも60歳くらいの若いブラウニーらしい。それで、若いんだ。

 彼は滑るような足取りで、ルルから預かったお弁当を持ってきてくれる。人族の半分くらいしか背丈の無い彼らが運んでくると、特大サイズの弁当箱に見える。中身は片手で食べられるサンドイッチやハンバーグだ。クーア女史から分けて貰った白パンで作ってある。普通のパンが恋しかったので素直に嬉しい。

 ここでは危険な「睡眠薬(やくひん)」を扱っているので、ルルと言えど立ち入り禁止だ。

 蓋を開けて中身を確認する。
 野菜たっぷりのサンドイッチだ。ちゃんと一口サイズにするとか芸が細かい。

 食事を口に運びながら、先ほどの計算に問題がなかったか見直す。

「う~ん、やっぱり賢者の石がもっと無いと、索敵くらいならともかく、攻撃分までの魔力を賄うのはムリか」

 ままならない現状に、思わず独り言を口走ってしまった。
 やはり、自動迎撃システムっていうのが無理があったのかな~。

 賢者の石が生み出す魔力を仮に、100Aとすると、高度維持に必要な魔力が30A、索敵が、パッシブ、アクティブを合わせて、45Aほど。
 これは、高度維持が低コストと見るべきか、索敵が高コストと見るべきか難しいところだ。

 そして、射程数百キロを目標とすると、宇宙空間で減衰しにくいレーザー系くらいしか無い。レーザーは、他の攻撃魔法にくらべて、必要な魔力が少ないのだが、それでも1000Aは必要となる。バカみたいな高コストだが、1発でクラゲを倒すにはこれくらいの出力が必要なのだ。照準にもレーザーを使うとなると、さらに50Aほどの魔力が必要になってしまう。

 エルフ達からの技術提供で、バッテリー的なモノもゲット出来たのだが、1Aを充填するのに2リットルのペットボトルくらいの大きさが必要になる。レーザー一発だけ撃てるだけのレベルでも、予定の何倍もの大きさになりそうだ。このバッテリーの素材は、世界樹の樹液らしいので、幾らでも作れるそうだ。

 バッテリーとの伝達ケーブルには、クラゲの触手から取り出した魔力吸収腺が使えそうだ。魔力の逆流を防ぐ機構が元からあるので、余計な回路を組み込まなくて済むのが素晴らしい。

 自動迎撃ゴーレム「カカシ」試作1号は、その日の太陽が沈むまでに完成した。
 試作1号に実装したのは、高度維持機能のみだ。何事も地道な実験の積み重ねだと思う。





 館の入り口で見送ってくれるギリルに手を振って、樹上の家に帰る。

 この館の正門前には、樹上都市や地下街へと繋がる「妖精の環(フェアリーリング)」がある。なので、移動がとても楽だ。

「おかり~」「なのです!」

 丁度、ポチ達の修行が終わったところだったのか、家の前で大の字で転がっていた2人が跳ね起きて飛びついてきた。

「おかえりなさいませ、ご主人さま」
「マスター、無事の帰還が歓喜です」

 練習用の木剣や模造槍を片付けていたナナとリザも、オレに気が付いたようで片づけを中断してオレを迎えてくれる。リザはそれほどでも無いけど、ナナの汗が凄い。

 この4人は、エルフの武術家達の教えを受けている。

 皆の施設(アトラクション)のクリア速度が速すぎて、レプラコーンのシャグニグの整備や準備が追いつかないので、クリア毎に4~5日の休養日が設定されてしまったらしい。その為、暇を持て余していた獣娘達を、同じく暇を売るほど持っていたエルフの武術家が、いい暇つぶしになるからと、訓練を付けてくれる事になったそうだ。

 ポチには剣術家のポルトメーア女史が、教えてくれている。彼女は、ポチと同じく一撃に全てをかけるタイプの剣を使う。盾で相手の攻撃を凌ぎながら、ここぞというタイミングで一撃を決めるのが楽しいと酒宴の席で言っていた。この人は、エルフの里にある色々なお酒を持ち込んできたり、そのお酒の薀蓄を色々聞かせてくれるので、一緒に飲んでいて楽しい。ただ、酔うと脱ぎ癖があるのが玉に(きず)だ。

 タマには二刀流剣術のシシトウーヤ氏が、指南してくれている。彼の使うのは大小の日本刀だ。何百年も昔に、シガ王国の王様から貰ったモノだと言っていた。どちらも無銘だが、オレの持つ虎徹並みの逸品だった。

 リザには、螺旋槍のグルガポーヤ氏と短槍使いのユセク氏が教えている。ユセク氏は、エルフでは無くスプリガンだ。両者共に、魔刃を使いこなす達人だ。

 特にユセク氏は、直接師事しているわけではないのだが、オレの心の師匠でもある。ある時、リザに訓練の最終目標として、短い槍の先から魔刃を打ち出して見せていた。魔刃砲(マナ・ブラスト)というスキルらしい。彼が魔刃砲を打ち出すまでの魔力の流れを見ていなかったので、未だにこの技を成功させていない。
 一度、彼に教えを請うたのだが、酷く嬉しそうな顔で「盗め」と言われてしまった。彼の期待に応える為にも、エルフの里を去るまでに習得してみせたいと思う。

 最後になるが、ナナの先生も2人いる。魔法剣士のギマサルーア女史とドワーフの盾使い、ケリウル氏だ。ケリウル氏は、ドワーフの里で会ったザジウル氏の叔父にあたるそうで、3年ほど前からエルフの里の食客として身を寄せているそうだ。

 先生達は、この前のカレー祭りをした広場に、飽きもせず夕飯を食べに行ったらしい。あの祭りから10日も過ぎたのに、未だにカレー祭りが続いているそうだ。今では、着色していない普通の色のカレーも浸透しているらしい。

 ネーアさんが黄色く染まらない事を祈りたい。
 次回は、ポチニウムとタマリン補充を挟んでから駆除作戦スタートの予定です。

※9/6 杖の作成のあたりの文章を変えました。
9-30.害虫駆除作戦
※9/8 誤字修正しました。

 サトゥーです。好事魔多しと言います。一見順調な時ほど、何かを見落としているのです。ヒマな時こそ、見直しをするべきだと思うのです。





「あ、サトゥーさん! お預かりしたカカシ7号ですが、正常にクラゲの検知をこなして、発見報告を『もーるす』信号で通知する所まで成功したそうです」

 公都から帰ってきたオレを迎えたのは、ルーアさんのそんな報告だった。
 プタの街でのちょっとした騒動に介入していたので、帰るのが遅くなってしまった。決して、綺麗なお姉さんのいる店で遊んでいたからでは無い。

 カカシ3号までは自分で実験していたのだが、将来的に運用するジーアさんに任せた方がよいのではないかとルーアさんに提案されて方針を変えた。何より、実験の殆どがジーアさんの魔法頼りだったので、彼女に任せても実質的な作業に変わりが無いからだ。

 カカシ7号は、ビーチボールに浮き輪を重ねたような形をしている。浮き輪にあたる部分が魔力蓄積器(バッテリー)で、ビーチボールの部分が本体だ。本体には賢者の石を核にした動力炉が組み込まれ、余剰魔力が魔力蓄積器に保管される。蓄積された魔力は、敵検知時の信号送信や軌道修正に使う予定だ。
 ジーアさん達の詰めている展望街に、カカシと連動した警報器を設置する事でクラゲ検知は充分らしい。殲滅自体は、遠距離魔法が得意なエルフを常駐する事で対処する事になった。

 ルーアさんから詳細な実験結果の入ったファイルを受け取って、一緒に樹上の家に向かう。

「ご主人さま、お帰りなのです!」

 そこに、ポチが文字通り飛んできた。

「おかり~ みてみて~?」

 タマも、踊るように宙返りしている。
 2人は、御伽噺に出てくる妖精の様な格好をしている。羽妖精と同じような羽があり、それをパタパタと動かして飛んでいる。羽には魔力の流れを感じるので、魔法道具かエルフに飛行魔法を掛けてもらったのだろう。ポチのはトンボっぽい透明な羽で、タマのは黄色い蝶のような羽だ。

 2人してオレの傍を飛びながらポーズを付けて「褒めて」オーラを出していたので、素直に褒める。

「2人とも可愛いよ。妖精さんみたいだ」
「えへへ~」
「嬉しいのです!」

 ポチが「もっと褒めて」オーラを出してきたので、身もだえするまで褒めちぎった。もちろん、タマもだ。

 満足した2人がオレの前まで飛んできて、それぞれ両手を差し出して一緒に飛ぼうと誘ってくれる。

 せっかくなので空の散歩としゃれ込みますか。

 二人が手を引いてくれるのに合わせて天駆で浮き上がる。ルーアさんに、先に上に行くと断ってから3人で空を舞った。

「この可愛い衣装は、誰に着せて貰ったんだい?」
「アリサ~」
「アリサが、作ってくれたのです」

 アリサが作ったのか、たしかにエルフ達の民族衣装とも違う感じだ。今度、ポチに先端に星飾りの付いた短杖を、タマには、先端に三日月の飾りが付いた短杖を作ってやろう。タマは可愛いらしい方が好きだから、やはりハートの方にしようかな?

「アーゼが魔法を掛けてくれたのです」
「アーゼえらい~」
「へ~、ちゃんとお礼は言ったかい?」
「あい!」
「はい、なのです!」

 2人を楽しませてくれたお礼に、アイアリーゼさんにはプリンアラモードを作ってあげよう。前にミーアに作ってあげたやつを凄く羨ましそうに見ていたから喜ぶだろう。

「あなたの妖精、とってもかわいいアリサちゃん、登場!」
「登場」

 寝ぼけた事を言いながら、新たにアリサとミーアが樹上の家から飛んできた。

 ポチやタマと違い、こっちの2人は、シースルーの羽衣のような衣装を着たエロ可愛い衣装になっている。ナナやアイアリーゼさんならともかく、アリサやミーアだと特にHな気分にはならない。勿論、下着は普通に付けているので、大事なところはちゃんと隠れている。

「どう? 今晩くらい劣情に負けそうにならない?」
「ならない」

 毎日一緒に風呂に入っているのに、今更半裸の格好を見たくらいで何を言う。子供達の教育に悪いので、デコピンでアリサを黙らせる。

 アリサやミーアも交えて、しばし空のダンスを踊る。その姿がエルフ達の興味を惹いたのか、一人、また一人と楽しそうな曲を奏で始める。みんな即興なのに、良くこんな風にあわせられるモノだ。

 バルコニーから羨ましそうに見ていたエプロン姿のルルとナナを「理力の手(マジック・ハンド)」で持ち上げて、空のダンスに参加させてあげる。柱の陰から覗いていたリザに、参加するか目で問うたのだが、顔の前に両手を小さく上げてフルフルと首を横に振っていたので、武士の情けで見逃してあげる。そういえば、リザは空が苦手だったっけ。

 ちらりと見えた樹上の家のリビングに、巨大ヒヨコのクッションに体を預けてへばっているアイアリーゼさんの姿が見えた。連日、クラゲ捕獲に魔法を使い続けているのに、ミーア達の「お願い」に負けて飛行魔法を人数分掛けたせいに違いない。陣中見舞いには、プリンよりも栄養ドリンクの方を持参しよう。





「アーゼ様、大変です。ベリウナン氏族が、作戦を決行したそうです」
「ふごっ!」

 ちょっと、ハイエルフ様、乙女なんだからその音は無いと思います。さっきまで美味しそうに食べていたプリンの欠片を、横にいたルーアさんに拭いて貰いながら、乱入してきたエルフさんに問い返す。この人の名前は何だっけ? そう、たしかジーアさんの姉のローアさんだ。

「結果は?!」
「成功だそうです。欠員なし。怪我人は、焦って世界樹を掴んで火傷を負ったうっかり者が一人いただけとの事です」

 良かった、成功したんだ。
 しかし、予定では何かあった時のフォローの為にも、このボルエナンの里が一番最初に駆除作戦を実行するはずだった。何か予定が変わったのだろうか?

「ふぁきにひろばひらになっれくれらんならよかっらひゃない」

 アリサが、口にプリンアラモードに添えられていた桃を咀嚼しながら、意味不明な言葉を吐き出している。まったく行儀の悪い。

「アリサ、口に物を入れたまま喋るのは止しなさい」

 オレが注意するよりも早く、リザが注意してくれたのだが――

「ちゃんと味わってから喋りなさい。それは美味しい食事への冒涜です」

 ――注意するポイントが少し違ったみたいだ。

 アリサは、リザに注意されたとおり咀嚼を終えてから喋りだす。

「先に人柱になってくれたんだから良かったじゃない。これで、秘密作戦も安全にできるんじゃない?」

 アリサとナナには、アイアリーゼさんの許可を貰って話せる範囲で、クラゲの事を話してある。もちろん、この2人にも世界樹の役割や作戦失敗時の影響なんかの話は、許可して貰えなかったので話していない。
 もっとも、アリサはオレと一緒に、エルフの長老さんからエーテル理論を色々教えて貰っていたし、エルフ達が料理の礼だと言って置いていった沢山の本を読んでいたので、自力で答えを見つけているような気もする。

「私達の予定は、変更なしです」
「わかりました。今日、明日の2日は予定通り最低限の監視員を残して、全員に休養を取らせます」

 別人の様にキリっとしたアイアリーゼさんの言葉に、ローアさんが気合を滾らせて入ってきた時と同じ勢いで妖精の環(フェアリーリング)の方へ走っていた。元気な人だ。





 展望エリアには、500人強のエルフが集まっている。全員が30レベル超えの猛者ばかりだ。彼らは3交代で、10日も掛けてクラゲ達を睡眠薬で眠らせて、氷の檻に捕らえる作業を続けていた。

 4隻の光船で、世界樹の外側にクラゲを吊り上げる班、アイアリーゼさんを筆頭に精霊魔法でクラゲを連行する班、最後は多脚戦車のようなゴーレム馬車に乗って枝の上を移動して風魔法や術理魔法でクラゲを虚空の彼方に打ち上げる班の3つに分けてある。

 エルフたちだけで駆除できないと、数百年後とかにクラゲの被害が出た時に困るので、オレは員数外になっている。

 もちろん、何かがあったときのために、ジーアさんの詰めている指令室に待機させてもらっている。

「さあ、ボルエナンの子供達! クラゲの檻作戦を始めるわよ! 慎重に楽しく、油断無くいきましょう!」

 アイアリーゼさんが、範囲遠話(マス・テレフォン)で虚空のエルフ達に作戦開始を宣言する。司令塔からの指示は、通信魔法具で行うようだ。虚空で作業するエルフ達が持つ子機は、携帯電話サイズの小さなものだ。勇者ハヤトに貰った通信機よりも何倍も高性能みたいだ。

 じれったくなるようなゆっくりとした動作で、クラゲの檻が少しずつ世界樹の外側へと移動を始める。
 氷の檻に閉じ込める時にクラゲの脚を切っていなかったのか、檻を持ち上げるときに、クラゲの脚が世界樹に絡まって、幾本もの枝が折れてしまっている。

 ここからは、ガラスの破片と言うか、霜が剥がれるようなキラキラした光が見える。

 もったいない。
 貧乏性なのか、重力に引かれて落ちていく世界樹の枝を見過ごせなかった。気が付いたら天駆と縮地を駆使して、可能なものをすべてストレージに回収した。

 だが、結果的に、この少しみっともない行為が、多くのエルフ達の命を救うことになる。

 静かな虚空が騒がしくなったのは、この少し後の事だ。
 活動報告にポチSSをアップしてあります。良かったらご覧下さい。
9-31.害虫駆除作戦(2)
※9/15 誤字修正しました。

 サトゥーです。古典映画祭典という催しで見た昔の映画に、小さくなって人体の中に入って冒険するものがありました。荒唐無稽と言ってしまえばそれだけですが、自分には思いつかない発想に、人の想像力の多様さを感じました。





 虚空での天駆の移動は、速度超過を気にしないと危ない。重力があるとは言っても、空気抵抗がほぼゼロのため魔法での加速無しでも音速の数倍で移動できる。もっとも加速時間を考えると制動をちゃんと考えないと危険だ。上級魔法の「慣性制御(イナーシャル・コントロール)」や「慣性破棄(イナーシャル・キャンセル)」が欲しい所だ。

 天駆での移動速度が音速を超えた所で、1つのスキルと2つの称号を手に入れた。

>「閃駆スキルを得た」

>称号「疾き者」を得た。
>称号「天空の覇者」を得た。

 今回手に入れた閃駆スキルは、天駆と縮地をセットにしたようなスキルだった。もっとも、その事を知ったのは、スキルを有効化(アクティベート)した後だ。2つをセットで使うよりは、流れるように移動できるので便利かもしれない。天駆と縮地だと、どうしても直線的な動きになってしまう。猪王クラスの敵が相手だと、先読みされる危険があるので、良かったと思おう。そう、ポイントの無駄遣いじゃ無い。

 己の心を誤魔化しながら、早速、閃駆スキルを使って、折れて落下する世界樹の枝を回収する。

 上空のクラゲ除去隊の仕事は、なかなか順調のようだ。
 このまま何事も無ければいいのだが――しまった――アリサが居たならこう言うだろう。

『それはフラグよ?』

 そんな幻聴が耳を掠めたのと、時を同じくしてオレの危機感知が僅かに反応する。反応する場所は2箇所。オレは、最寄の場所に向かって加速する。

『総員、持ち場を放棄! 全員、展望台に避難しなさい』

 アイアリーゼさんが、範囲遠話(マス・テレフォン)で作戦中のエルフ達に緊急通信を送るのが聞こえた。たしか、致命的な失敗が発生した時の最優先避難命令だ。

 エルフ達が、各々クラゲ達の入った檻を虚空に捨てて展望台へと移動している。足の遅い戦車の所には光船が出向いて搭乗員だけを回収しているようだ。

 さっきまで「睡眠」になっていたクラゲが、ゆっくりとした速度ではあるが次々と、「狂乱」に変わって行っている。

 変化の基点は2箇所。どちらも、先ほど危機感知が反応した方向だ。

『繰り返します、総員、持ち場を放棄! 全員、展望台に避難しなさい』

 アイアリーゼさんの思念が震えている。
 オレが、今向かっている方向に逃げようとしないエルフ達がいるせいだろう。困ったモノだ。「命を大事に」の指令は必須だよね。

『キーヤ、ドーア! ゴーレム戦車なんて放置して早く離脱なさい』

 ああ、あの2人か。ソトリネーヤさんの師匠で、スクラップ寸前のゴーレム戦車を自分の子供のように大切にしていた人達だ。オレもカカシ作成の時に、色々と相談させて貰った。
 あのポンコツ戦車を大切にしていたのは知っているけど、避難命令にはちゃんと従わないとね。

『サ、いえ、ペンドラゴン卿! あなたも早く逃げなさい。自分の強さを過信しないで! 世界樹の攻撃は竜でも焼いてしまうのよ!』

 自分を棚上げしていたところに、的確にアイアリーゼさんからの名指し指令が来た。無理に家名を呼ばなくても。名前でいいのに。むしろ、名前で呼んでください。

 キーヤとドーアの乗る丸っこいゴーレム戦車から見て、数百メートルほど手前の空間に球状の雷が生じる。

 果たして効くか。

「このウドの大木! 枝か根かはっきりしやがれ!」

 遠話(テレフォン)で最寄の枝に思念を叩きつける。
 どうやら、この挑発は効いたようだ。

 球雷から伸びる紫電が生き物のようにオレに向かって伸びてくる。
 もちろん、無策に挑発したわけでは無い。世界樹の攻撃方法が雷撃だというのは、アイアリーゼさんから聞いていたので、新魔法「避雷針(ライトニング・ロッド)」を発動して、雷撃を受け流す。

 中級魔法だけあって、なかなか高性能だ。
 軽く10回くらいは未来に帰れるような特大の稲妻を、「避雷針(ライトニング・ロッド)」が生んだ鈍色(にびいろ)の巨大な金属柱は見事に受け止めきった。

 擱座したゴーレム戦車を外側からチェックする。6本の足のうち片側の3本が動かないようだ。素早く閃駆で傍らに降り立ち、足の動きを阻害していた世界樹の枝の破片を取り除き、無残に破れていた動力チューブをストレージの予備品と交換する。

 インスタントラーメンが出来るほどの間に修理を終え、世界樹からの2撃目に備える。

 今度は、7つの雷撃が来た。
 魔法で捌ききれなかった雷撃を避けたら、後ろにあった太目の枝が炭化して折れた。ヤバいな、下手に回避したら世界樹に被害が出てしまう。

 世界樹の攻撃から世界樹を守るなんて、なにか不毛だ。





 クラゲ達の狂乱の原因が判った。

 数百メートル先の枝に、30匹近いクラゲの幼生が居た。楕円形の風船みたいな姿だ。人間の胴体くらいの大きさの体から、淡い緑色の光を煌々と漏らしている。

 幼生が放つ光の波動に合わせて、直近にいる檻の中のクラゲが明滅している。そういえば「卵を世界樹に植えつける」って言ってたっけ。

 前に盗賊達が騎士を捕まえるのに使っていた網を再利用してクラゲの幼生を捕らえる。「理力の手(マジック・ハンド)」は破片を拾うのに忙しいので、網を使ってみた。そのまま、網に捕らえた幼生を虚空に投げる。

 世界樹の生み出した自衛の稲妻が、情け容赦なくクラゲの幼生を消し炭に変える。もちろん、世界樹が狙ったのは、その延長線上にいたオレの方だ。

 クラゲの「狂乱」が「憤怒」に変わってしまった。
 こんな状態異常もあるのか。

『2人も脱出できたから、はやく戻って! 戻ってこないと迎えに行くわよ!』

 先ほどから、アイアリーゼさんからの懇願するような避難勧告が耳に痛い。
 彼女には悪いが、ここは勝手にさせて貰おう。このままクラゲを放置すると程なく氷の檻が破壊されてしまいそうだ。その後に元の状態に戻るだけならいいのだが、そのまま暴走が始まりそうな予感がする。

『お願いだからぁ、戻ってよぉ』

 ごめんね、アイアリーゼさん。

 オレは、公都で巻物にして貰った「万華鏡(カレイドスコープ)」と「測量光(サーベイ・レーザー)」を連続発動する。

 万華鏡という魔法の名前はアリサが命名した。この魔法は、光の収束率を変えたり、反射したりする複数枚のミラーを生み出す。このミラーは、誘導矢の様に魔法発動後に任意にコントロールできるようにした。

 測量光は、レーザーポインターが作りたくて試作したものだ。もちろん、全力で撃っても殺傷力は皆無だ。長時間照射しても、魔力はほぼ減らないエコ設計だ。

 AR表示でのみ目視できる無害な測量光が、万華鏡で反射、拡散して虚空に光の軌跡を生み出す。

 氷の檻が早くも限界に来たようだ。睡眠薬が完全に抜けていないのかクラゲ達の動きは鈍いが、虚空を這うように触手をこちらに向けて伸ばしてくる。

『もう、サトゥーのばかぁ……ミーアやアリサに言いつけてやるんだから。』

 アイアリーゼさんは、泣き声も可愛いな。
 彼女へのフォローを考えつつも、オレの意識は、測量光に向けられている。

 よし、最後のラインが確定した。

 測量光を消去し、「光線(レーザー)」を放つ。もちろん、大怪魚(くじら)のときのように120本の光線を収束したりはしない。オーバーキルになるからだ。それ以前に、レーザーの過剰出力に万華鏡が壊されてしまうだろう。

 120本の光線は、万華鏡を通り抜けた時に1万本に増える。

 虚空を貫いた無数の光は、クラゲだけを撃ち抜き、世界樹の枝の隙間を抜けて消えていった。

 誤算だったのは、氷の檻だ。レーザーが貫いた場所が蒸発して、変な加速が生まれてしまっている。氷の檻まで消滅させるようなレーザーは論外だ。そんな事をしたら熱い水蒸気が、世界樹の枝を蹂躙していただろう。

 オレは、閃駆で虚空を駆け回り、氷の檻をストレージに回収して回った。氷の檻が激突して、幾本かの太目の枝が折れてしまっていたが、この程度の被害は許して欲しい。

 元々、駆除が依頼なら簡単な話だったんだ。あくまで依頼は、「エルフ達が駆除するための方法」を確立する事だったので、大掛かりになってしまった。今回の失敗を踏まえて、駆除マニュアルに卵の除去も追記しておこう。

 いつの間にかアイアリーゼさんからの遠話が途絶えていたが、今は後始末を優先させる事にした。

 あいかわらず世界樹が撃ち出してくる稲妻を避雷針の魔法で受け流しつつ、もう一箇所のクラゲの幼生を捕獲する。クラゲホイホイの餌にできそうな気もしたが、絵面が極悪なのでやめておいた。稲妻に焼かれて消滅する幼生に黙祷を捧げ、次の作業に移った。





 クラゲ達が産卵していた70箇所ほどのコロニーを完全に破壊する。もちろん、発見方法はマップ検索だ。10日ほど前に最後に虚空を訪れた時には1箇所も無かったのに、いつの間に産卵したのやら。作戦決行前に、もう一度検索しておくんだった。

 枝の中に卵を潜り込ませていたクラゲもいたようで、「透視(スルーアイ)」の魔法で位置を確認しながら「理力の手(マジック・ハンド)」で摘出した。その時に樹皮を破ったのは許して欲しい。決して「樹液ゲットだぜ」なんて考えていない。その時に回収した樹液が「汚染された樹液」というアイテム名になっていた。

 世界樹が、クラゲを自分の一部だと誤認させたのは、クラゲの卵が作り出した毒なのだろう。枝の奥深くにも卵があったので、枝の中に侵入して排除する事にした。枝の中に潜り込んでからは、世界樹からの雷撃が止んだ。雷撃は外敵専用なのだろう。

 世界樹の枝の中は、水の満たされた土管のような空間だ。幹に近付くほどにマナが濃くなってくる。白血球的な自動防衛用らしき抗体との戦いをなるべく戦闘なしで切り抜け、クラゲの卵を排除し尽した。





「サトゥーの反応が消えちゃった」
「それは大変ですね」

 展望室の床にへたり込んだアイアリーゼさんに、そう声をかける。

「もう、何を暢気に! 彼は世界樹を救ってくれたのよ!? どうして、そんな風に言うの!」

 怒った顔も美人ですね。
 珍しく怒気を漲らせたアイアリーゼさんに「ただいま」と告げる。

 キョトンとした表情もなかなか良いです。

 けっこう幹の奥深くまで潜ってしまったので、普通に戻るのが面倒になって、公都で作って貰ったばかりの「帰還転移(リターン)」の魔法で帰ってきた。そのせいで彼女の追跡を振り切ってしまったみたいだ。見られている感じがしていたから「遠見(クレアボヤンス)」あたりの魔法で追いかけていたんだと思う。

「おかえりなさい」

 呆然と呟くアイアリーゼさん。

「おかえりなさい」

 なぜ、2回言う?

「おかえりなさい、サトゥー」

 オレは、首筋に抱きついてきたアイアリーゼさんを抱き締め返す。アリサあたりに見られたら「ギルティ」といわれそうだ。

「ただいま、アーゼ」

 オレは、そう応えて泣きじゃくるハイエルフ様の髪を、愛おし気に撫でた。
 活動報告にポチSSをアップしてあります。良かったらご覧下さい。
9-32.祝勝パーティー
※9/15 誤字修正しました。

 サトゥーです。凱旋パレードをこの目で見たのは、地元出身のオリンピック選手が金メダルを取って帰ってきた時だけです。あの時見た選手は、どこか気恥ずかしそうでしたが、とても誇らしそうな表情をしていました。





「あの、お2人とも、そろそろ宜しいですか」

 ルーアさんが控えめに声を掛けて来る。その声を聞いて初めて、アイアリーゼさんが衆人環視という事実に気がついたみたいだ。オレは、もう少し前に気が付いていたんだが、せっかくの素敵シーンなので誰かが止めるまで状況を堪能していた。

「ち、違う、違うの!」

 アイアリーゼさんは、慌てたようにオレを引き離して、ルーアさんや周囲のエルフさん達に言い訳を始める。周りのエルフ達に混ざって、アイアリーゼさんの動揺っぷりを楽しむ。

「違うんですか」
「ちがっ、違うけど、そうじゃなくて」

 少し寂しそうに返すと、アイアリーゼさんが、わたわたと言い訳を始める。目をグルグルさせてあうあう言っている姿を愛でながら、ジーアさんたちにクラゲが暴れ始めた理由と、その対処法について報告を始めた。

「それじゃあ、その卵が原因で世界樹がクラゲを誤認していたんですね」
「確証はありませんが、その可能性は高いです」

 今回の失敗の原因、卵から孵化したクラゲ幼生のせいで、クラゲ達が「睡眠」から「狂乱」になり、幼生を抹殺してしまった為に「憤怒」の状態になった事を告げる。
 さらに、採取瓶に捕獲しておいたクラゲの卵をジーアさんに渡す。研究するにしても現物は必要だろうと思って少量確保しておいた。

 他の氏族への報告は、目を回してしまったアイアリーゼさんに代わって、渉外担当の長老さんがする事になったらしい。

 ここに来ているエルフさん達に、「クラゲを倒したのは勇者ナナシ」だと口裏を合わせて貰った。実際、ナナシ銀仮面バージョンで作戦に参加していたので、勇者の奇行としてあっさり了承されてしまった。好都合なんだが、ダイサク氏が過去に何をしていたのか気になる。

 残念な事に、クラゲの遺体には、魔核(コア)が存在しないようだ。クラゲの遺体を檻ごと回収した甲斐がないというものだ。魔物では無く「怪生物」となっていたのだから当然かもしれない。クラゲから得られた経験値は、魔物より少な目みたいだ。1万匹も倒したのに、たった7匹のクジラに及ばない経験値しか手に入っていない。





 地上に戻ったオレ達は、留守番をしていたエルフ達が用意してくれた宴席に参加した。カレー祭り広場では入りきらないので、メインの地下街と同じ広さのある牧場区画が開放された。

 オレは、わざわざ礼服に着替えてきたエルフ達と一緒に、凱旋パレードに参加している。

 オレの衣装は、ルーアさんの頼みで勇者っぽい聖鎧に着替えた。
 勇者っぽいというか、この聖鎧はダイサク氏の遺した装備らしい。明らかに大きすぎる装備だったのに、着込むと自然にジャストフィットのサイズに変換されてしまった。どういう仕組みなのか小一時間問い詰めたい所だが、装備を渡してくれたルーアさんは知らないようだったので、後回しにしておいた。

 パレードをする俺達の頭上を、たくさんの羽妖精たちが、楽しそうに花びらを撒きながら飛び回っている。

 会場の中央に仮舞台が設置してあり、アイアリーゼさん達と一緒に壇上に上がり歓声を浴びる。アイアリーゼさんや4人の側付きの人達は、初対面の時のように巫女装束を着ている。

「ボルエナンの子供達! 長らく母なる世界樹を穢していた害虫たちの退治が無事に終わりました――」

 アイアリーゼさんが透き通る声で、会場に集まった人々に成果を報告している。こういうのは苦手そうなのに、相手が家族みたいなものだから平気なのだろうか?

「――彼が、人族の勇者ナナシです! 感謝の拍手を!」

 彼女の横顔に見惚れている間にオレの紹介が終わっていた。少しタイミングが遅れたが、エルフ達に手を振る。

 やがてアイアリーゼさんの演説も終わり、舞台を楽隊に譲って宴会が始まる。広場の中央で音楽に合わせて踊る者、広場の周囲にたくさん設営された食事やお菓子の屋台に突撃する者、みな様々に自分の好きな事をしている。

 オレは、早着替えで勇者ナナシからいつものサトゥーに戻る。勇者の衣装はルーアさんに返しておいた。

 動く人形(リビングドール)が配る飲み物の中から、果実水のゴブレットを受け取り、軽く唇を湿らせる。ゴブレットを片手に持ったまま、人ごみを抜けてポチ達のいる場所へと向かった。

 地上に戻った時に、アリサに「遠話(テレフォン)」で連絡を取ってある。ルルがクレープ屋台を、リザが蛙肉の網焼きコーナーを出しているそうだ。リザの出品している蛙肉は、子豚くらいの大きさの巨大な蛙を使っている。魔物では無く普通の両生類だ。昨日、獣娘達とナナが、ポルトメーア女史に案内されて狩りに行っていた。

 リザの屋台は酒を片手に持った飲兵衛達が、ルルの屋台は羽妖精たちや甘いものが好きな女性陣が人垣を作っている。エルフ達は、待っている間も楽しそうにオシャベリしたり音楽を奏でたりしている。気が長いというか、彼らは「待つ」という事に対して忍耐強い。

「ご主人さま、こっち~」
「ご主人さまなのです!」

 オレを見つけたポチとタマが、エルフ達の足元を抜けて迎えに来てくれた。2人共、ふりふりのメイド服だ。2人と手を繋ぎエルフ達の間を通って屋台の前に行く。

 ミーアも手伝いに来ていたらしく、アリサとお揃いのミニスカメイド服を着ている。ナナ達年長組はロングのメイド服だ。そこは逆の方が良かったと思う。この辺の趣味は、どうもアリサと食い違うみたいだ。

「おかえり~ 無茶してないかとか無粋な事は聞かないけど、怪我は残っていないでしょうね?」
「ただいま、怪我は無いよ」

 アリサが可愛い衣装を見せびらかすようにポーズを取りながら、怪我の有無を心配してくれる。そこで終わればいいのに「今晩のお風呂で傷跡が残ってたりしないか、ちゃんと検分しないとね」とかブツブツ言ってしまうので台無しだ。

 クレープを焼いているのは、ルルとナナの2人だ。アリサとミーアは、屋台の前で客からの注文を受けたり商品を届けたりしている。食いしん坊の羽妖精達は、つまみ食いを狙っているようなのだが、近寄るとナナに捕まって胸の谷間に強制連行されるので手が出せないようだ。羨ましい。オレがつまみ食いしたいくらいだ。

 ルルが「特別です」と言って、鉄板の端で小さなクレープを1枚焼いてくれた。順番を待つエルフ達には悪いが、少し小腹が空いていたのでありがたく頂く。

 リザの屋台は、畳一畳ほどもある巨大な金網が置かれ、ポルトメーア女史がどこからか調達してきた炭を使って蛙肉を焼いている。鶏肉を焼くような良い匂いが漂ってくる。リザは、長めのトングを両手に構え、火加減を見守りつつ、焼け終わったものを客に提供している。なんというか、表情が真剣すぎる。

「よう、サトゥー。この間の竜泉酒ってもうないのかよ?」
「ありますよ、どうぞ」

 西洋人形みたいな可愛い顔をしているくせに、ポルトメーア女史の言葉遣いは悪い。公都に巻物を受け取りに向かう時に黒竜ヘイロンの所に寄ったので、竜泉酒は売るほどある。樽で大量に貰った妖精葡萄酒(ブラウニー・ワイン)を、黒竜にお裾分けに寄った時に、お返しにと受け取った分だ。

「おお、いい香りだ。この酒のためだけでも竜と仲良くしたくなるぜよ」
「ポーア、ほどほどにしておけよ」

 少し他の酒を嗜んでいたのか、ポルトメーア女史の語尾がおかしい。友人のエルフが特大のゴブレットに竜泉酒を注ぎ始めた彼女を制している。彼も酒呑みだったはずだから、忠告の半分は、自分の呑む分の酒が減るのを警戒しての事に違いない。

「もう少し味わって食べなさいポーア。酒で流し込むのは肉に対する冒涜です」
「ちゃんと味わってるってば、リザは細かいんよ」

 奉行振りを遺憾なく発揮するのを背後に聞きながら、酒宴が始まっている幾つかのテーブルに人族の酒と竜泉酒を配る。ポルトメーア女史の言葉では無いが、酒をきっかけにして交流が始まるのを少し期待している。

 配り終わって戻ってきたら、蛙肉が無くなりかけていたので、クジラ肉を50キロほど出す。手頃な大きさの肉片にカットしてから、リザの横の肉置き場に追加してやる。

「リザ~ 蛙焼き3人前追加~?」
「リザ、またまた追加注文なのです!」

 タマとポチが取ってきた注文をリザに告げている。注文を告げるときに、ヒナのように口をパカッと開けてリザに焼肉を要求している。

 リザも心得たもので、戻ってくるポチ達の姿が、人垣の向こうに見えたところで、2切れの小さな肉を小皿に避けて準備しておいたようだ。その肉をトングで掴んで、2人の口に放り込んであげている。

「ほくほく~」
「あちち、なのです!」

 リザは、そんな2人を目を細めて愛でる。一方、手は別の生き物のように素早く皿に肉をとりわけ、ポチとタマに次の配達分を手渡している。乗っている肉が注文より多いのは、ポチたちのつまみ食い用に違いない。皿を受け取ったポチとタマが、楽しそうに注文主のところに駆けて行った。

 先ほどの屋台で貰ったヤキトリを、手が塞がっているリザの口元に差し出して食べさせてやる。リザは、少し恥ずかし気に、啄ばむようにして串から鳥肉を食べていた。

 生クリームが尽きたルル達が店を畳んで、リザたちの加勢にやって来た。

 その後ろには、クレープの最後の1個を確保したらしきアイアリーゼさんの姿がある。頭の傍を飛ぶ羽妖精たちから「アーゼ、一口」「アーゼ、独り占めはずるい」という抗議の声が飛んでいるが、その声に耳を塞ぎ、両手で隠すように包んだクレープをチビチビと齧っている。ミーアもそうだけど生クリームが好きな人だ。一瞬、脳裏に生クリームまみれのアイアリーゼさんが思い浮かんだが、自重してその姿を掻き消す。落ち着けサトゥー。

 アイアリーゼさんを後ろから追い抜いて、駆けて来たアリサとミーアを抱きとめる。ルルとナナは先に奥様ネットワークで発注しておいたお弁当を受け取りに行ってしまった。

「きゃっ」

 後ろから聞こえた短い悲鳴に振り返ると、アイアリーゼさんが、クレープを地面に落としてしまったようだ。何も、そこまで絶望に沈んだ顔をしなくていいと思う。

「うう、最後の1個だったのに」
「あ~あ、し~らな~い」
「独り占めしたからバチがあたったんだよ~」
「アーゼ、残念」

 羽妖精たちの容赦の無い声に、泣きそうになっている。その様子に絆されて、つい、甘やかしてしまった。

「また、明日にでも焼いてあげますから、そんなに落ち込まないで下さい」
「本当? 約束してくれる?」
「はい」

 首を傾げながら見上げてくるハイエルフ様に、優しく頷き返す。
 左手の小指を差し出してくる彼女に応えようと、オレも小指を差し出したのだが、その指が絡むことはなかった。

 左右からアリサとミーアがオレの手を取って、さっさとルル達が仕出し料理を広げたテーブルへと連行されてしまった。

 首だけで振り返ると、寂しそうに小指を見つめるアイアリーゼさんの姿があった。そんな顔をしなくてもクレープを焼く約束を反故にしたりしませんよ。





 この10日後、アリサ達は最後の施設(アトラクション)をクリアし終わり、オレ達はエルフの里を後にする事になる。
9-33.ボルエナンの森に別れを
※9/15 誤字修正しました。

 サトゥーです。仕事が繁忙になるとカロリーバーとサプリメントの生活をしていた日々が、遠い過去のようです。バランス良く食事を取るのって、難しいですよね。





「サトゥー、味ヘン?」

 ミーアが、ハンバーグを食べて不思議そうな表情をしている。

「美味しい~よ?」「ハンバーグ先生にシツレイなのです!」

 タマとポチが、ハンバーグの擁護をしている。フォークを持った手を振る前に、ソースをちゃんと舌で拭うあたりルルやリザの教育の賜物なのかもしれない。

 今日のミーアのハンバーグは、何の変哲もない普通の豆腐ハンバーグだ。オレやルルも同じものを食べているが、特に雑味も無いし、なかなか会心の出来だと思う。

「口に合わないかい? こっちの皿のを食べてごらん」

 オレは、お代わり用に作っておいた、予備のハンバーグの皿を保温魔法具から取り出してミーアの皿と交換してやる。見分けが付き易いように皿の色を変えてある。

「ん、美味し」

 その皿のハンバーグを1切れ口に運んで、ミーアは満足そうに頷いて、はぐはぐと食べ始めた。ミーアの残した豆腐ハンバーグは、ポチとタマが分け合って食べていた。ポテト以外の付け合せの野菜は、きっちりミーアに押し付けている。

 そろそろ告知の頃合か。
 ミーアがハンバーグを食べ終わるのを待って、真実を告げる。

「ミーア、君に言わないといけない事がある」
「ん」

 神妙な顔でミーアに話しかけたのだが、何故か目を瞑って口を突き出して来た。アリサに毒され過ぎだと思う。誤解を解くために「ハンバーグの事だ」と前置きして話を続ける。何故かすごく不服そうな顔をされてしまった。

「ミーアがさっき食べたハンバーグには、肉が入っています」

 というか半分以上は、脂身を取り除いた赤身の肉を使っている。
 案の定、前に魚肉ハンバーグを食べた時のポチのように、裏切られたと言わんばかりの劇画調の表情をしている。

「ぎるてぃ」
「うん、ごめんね。さらに言うと、ミーアが最初に食べたハンバーグには肉が入っていませんでした」
「むぅ」

 何かの葛藤をしているミーアに、最後の一押しをしてやる。

「ミーア、お代わりはどっちのハンバーグにする?」
「むむぅ、こっち」

 ミーアが指差したのは肉入りハンバーグの方だった。
 まだ、普通の肉だけのハンバーグは食べれないみたいだが、少しは忌避感が減ってくれたと思いたい。

 ポチが差し出した肉汁たっぷりのハンバーグは、嫌そうに手で押し返していた。

 いきなりは無理だよね。





 展望台から、光舟に吊り下げられたカカシたちが虚空へと出陣して行く。
 今回、ロールアウトしたカカシで、予定数の半分だ。設計図を送ったベリウナン氏族とブライナン氏族によって改良されたので、後半作成したカカシほど索敵効率がアップしている。残りのカカシは、ソトリネーヤさんの工房に作成を任せた。

 この10日の間に、5つの世界樹から無事にクラゲが除去された。

 抜け駆けしてクラゲを駆除していたベリウナン氏族だが、ライバルのブライナン氏族に先んじるために無茶をしたそうだ。案の定、ベリウナン氏族の世界樹にも卵が残っていたらしい。後から伝えたオレ達の情報のお陰で、二次被害を未然に防げたと感謝の言葉が贈られて来た。
 これは、炎で排除したビロアナン氏族の世界樹にも言えることで、彼らの世界樹にも卵が残っていたらしい。

 今回の功績の対価として、バレオナン、ザンタナン、ダヲサナンの3つの氏族からボルエナン氏族に、光船が1隻づつ贈られる事になったそうだ。1隻欲しいかと、長老さんに聞かれたのだが、持て余しそうだったので散々迷った挙句に断った。必要になったら借りに来よう。

「ねえ、サトゥー。今日、アリサ達がスプリガンの修練所を制覇したら、森を出て行ってしまうの?」
「ええ、そのつもりです」

 今日は珍しくルーアさんがいない。
 隣の椅子に三角座りして膝の上に顔を乗せるアイアリーゼさんの質問に、オレははっきりと答える。

「一緒に来ませんか、アーゼ」

 オレは少し震える声で彼女を旅に誘う。100%負けが確定した賭けでも、引く事はできなかった。一瞬、アイアリーゼさんの顔が輝いたように見えたのは、気のせいでは無いと思いたい。

「ごめんなさい」

 そう呟いたアイアリーゼさんは、膝に顔を埋めてしまって表情が見えなかった。





 傷心を誤魔化すように、オレは、飛空艇の最終チェックを行う。この船は光船にそっくりだ。300年ほど前に、光船を自分達で作ろうというムーブメントがあったらしく、その時に作られたフレームを譲って貰ったのだ。フレームは、世界樹の中にある保管区画に大量にあった。

 全長30メートルほどの小型のモノだが、積載量は異常に大きい。それもそのはずで、居住区や貨物倉庫は空間魔法で拡張してあった。この拡張の維持にも賢者の石が使われているそうだ。
 空力機関は未搭載だったので、2重反転ディスク式の空力機関を8器載せた。推進器には4本の加速筒を搭載した。空気を圧縮して後ろに噴き出すだけのシンプルな装置だ。今回搭載した機関は、どれも静音性を追及してある。

 さすがに次元潜行機能は搭載していない。

 闇夜でも目立たないように、勇者のジュールベルヌと違って漆黒の塗装をしてある。ステルス性をアップするために、電波吸収塗料ならぬ魔力吸収塗料を使ってみた。この技術を開発した過去のエルフ達に何があったのか、少し気になる。

 動力機関は、動く人形(リビングドール)のと同じ動力炉を1機搭載している。もちろん、空力機関を起動するだけの出力は無い。世界樹の樹液を結晶化させて作った小型のバッテリーに、最大まで魔力を蓄えた状態で、ようやく30分だけ飛行できる。

 本来の主動力は、言うまでも無くオレ自身だ。動力機関は、船内の照明や索敵などの機器を制御する為や、オレに何かあった時に不時着する為に搭載してある。

 船の名前に、偽光船1号と付けたら周りから猛反対を受けたので無名のままだ。

 乗り物は、他にも2つ。

 低出力の空力機関を搭載した木造の帆船が1隻と、自走機関を搭載した小型の箱馬車が1台だ。どちらも見た目は、普通の帆船や箱馬車にしか見えない。帆船は、陸上に上陸させる事も考えて、着陸脚が出せるようにしてある。水上で誤作動した時に沈没しないように配慮してある。

 馬たちのうち、セーリュー市で買った老齢の2匹と、無角獣(つのなし)はボルエナンの森に置いて行く事にした。なんと、無角獣(つのなし)は、おめでただった。一角獣(ユニコーン)の手の早さにビックリだ。





「じゃあ、ミーア、ご両親と仲良くね」
「ん、サトゥー」

 ミーアが、おでこにかかる髪を両手で避けてココにキスをしろと圧力を掛けて来る。お別れの挨拶に、おでこにキスくらいはいいだろう。

 軽く触れるか触れないかのキスをする。
 きっと、後で全員にキスをする破目になりそうだ。

「まあ、やるわねミーア。策略家だわ」
「むむ、承知」

 勝ち誇って後ろの両親に、勝利のサインをしている。

「同行する」

 はい?

「同行する」

 2度そう繰り返した後、ミーアが久々の長文を続ける。

「シガ王国のサトゥー、貴方が婚約の儀式を受け入れてくれた事を嬉しく思います。ミサナリーア・ボルエナンは、死が貴方を連れ去るまで、貴方の片翼として存在する事を誓います」

 ひょっとして、嵌められた?

「まあ、素敵ね。サトゥーさん、ミーアを宜しくね」
「守れ」

 これは、少しやらかしてしまったみたいだ。ミーア母によると、エルフ達にとって、額にキスする事が婚約の申し出で、受けた側が相手の額にキスする事で了承するのだという。道理で「婚約者」とかいつも言っていたはずだ。

 ミーアの両親には、その風習を知らなかったと伝えて判ってもらえたのだが、ミーアは確信犯のようで「聞こえない」と耳をふさいでイヤイヤをしている。

 あれ? それだとオレは初対面のアイアリーゼさんに婚約を申し出た事になっていたのか? 彼女の情緒不安定なまでの反応が少し理解できたかもしれない。

 ミーアの両親の後ろで、見送りに来ていたアイアリーゼさんが、面白くなさそうに膨れている。そんな顔を見せられたら、迷宮都市からでも足繁く通っちゃうよ?





 ミーア父に呼ばれたドライアドが、オレ達をボルエナンの森の南端、マーメイドたちの隠れ里近くまで妖精の道(アルフ・ロード)を開いてくれる。

 ここは、少し暑い。
 予め、入り江に浮かべておいた帆船が見える。

「では、ここでお別れです。また遊びに来ますね」
「いつでも帰って来て。ボルエナン氏族は、いつでもアナタ方を歓迎します」

 どさくさ紛れにアイアリーゼさんとお別れの握手を交わしたが、今度ばかりはギルティ判定はされなかった。

 長老さんに許可を貰って、「帰還転移(リターン)」の魔法の目印に使う刻印板をボルエナンの森の樹上の家に置いてある。到達距離が足りるかは微妙だが、届かなかったら閃駆や魔法で加速して飛んで来ればいいだろう。

「何か変なのです」
「変な臭い~?」

 磯の臭いが初めてなのだろう。ポチとタマが鼻を押さえている。アリサが、これが潮の香りだと教えてあげている。このあたりは気温も高いみたいだし、一度、海水浴でもさせてあげよう。

 みんなや馬達は、理力の手(マジック・ハンド)で持ち上げて帆船に移動させた。

 ミーアを運ぶ時に、両親の元に残らないか再確認したが、「行く」と言ってダッコを強要された。オレはミーアを抱えると、天駆で帆船の甲板に乗り移った。
 先に理力の手(マジック・ハンド)で、船に乗せた面々からブーイングが出たので、後のフォローが大変そうだ。

 見送りの人達に手を振りながら、畳んだ帆を理力の手(マジック・ハンド)で広げる。「気体操作(エア・コントロール)」の魔法を発動して、帆に風を吹き付けて船を出港させた。

 寄り道は終わりだ。

 このまま岸に沿って西に進み、王都の南西にある貿易都市タルトゥミナ付近で上陸して、迷宮都市を目指そう。

 これでボルエナンの森編は終了です。
 数回の幕間を挟んで迷宮編になるはずです。たぶん。
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