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miércoles, 5 de agosto de 2015

幕間:ダンスとお茶会
 サトゥー視点ではありません。
※9/15 誤字修正しました。

 明日、ついに社交界デビューなのです!

 前からお母様にはお願いしていたのに、まだ早いと許してもらえなかったのです。けれど、ついに。そう、ついに舞踏会に出席するお許しがでたのです。

「リナは運がいいわね」

 お姉さまは14歳になるまで社交界に出れなかったと言ってらしたから、私が12で社交界に出るのが悔しいみたいなのです。

 でも、でもでも。
 急なお許しだったので、ドレスはお母様が子供の頃の古いドレスのサイズを直したものなのです。お姉さまみたいに、新しくドレスを仕立てて欲しかったなんて我侭は言えません。そんな事を言ったら、舞踏会のお話自体が無くなりそうなのですもの。





 うわぁ、お城! お城なのですよ!

「ちょっと、リナ。お口。今日から淑女なんですから、子供っぽい仕草は注意なさい」
「まぁ、フィアったら、貴方が初めてお城に上がったときと、同じ仕草じゃない。姉妹ね~」
「ちょっと、ティーナ。リナの前では止めてよ。姉の威厳っていうものが――」

 お姉さまと、ブラテス子爵家のティーナ様が何か話していますけど、私の耳を素通りしていくのです。
 だって、お城の中には、沢山の馬車が止まっているのですもの! あれは、どちらのお家の馬車かしら。丸い車体が可愛らしいのです。まあ、ゴーレム馬車までありました! すごいです、一度乗ってみたいな~

「さあ、お嬢様、お手をどうぞ」

 お城付きのフットマンの方が開けてくれた扉の外で、待っていたお父様が手を差し出してくれました。今日はお父様が付き添い人をしてくれるのです。

「ねえ、フィア。エト次期男爵様にエスコートしてもらわないの」
「いやだわ、ティーナ。それは終わった恋なの。今日は折角、王都から王子様がいらしているのだもの」
「高望みばかりしていたら、嫁き遅れてしまいますわよ?」
「ティーナも人の事を言えないじゃない。そんな事よりも! 王子様本人は無理だとして、狙い目は、お付の聖騎士の方や将来有望なお付きの方よ」

 有力貴族の子弟なら10歳までに婚約される方が多いですけど、わたし達みたいな中堅貴族の家の者は、成人まで婚約者がいない者が多いのです。中には理想が高すぎて20歳を過ぎても独身の方がいるそうですけど、私は、せめて17歳までに結婚したいです。容姿は普通で良いから、優しい人がいいのです。





 うああ、すっごい。

 我ながら頭の悪い感想なのですが、それ以外の言葉が出てこなかったのです。
 お父様に付き添われて入った舞踏会の部屋には、100人を超える立派な衣装の紳士淑女が所狭しと歓談していたのです。

 でも! 驚くのは早かったのです。

「リナ、こちらの小会場は、今日はじめて社交会でお披露目される者たちの控え室なんだよ」

 こんなに沢山いるのに、皆さん初お披露目だなんて! やっぱり、皆さん王子様目当てなんでしょうか?
 私はお父様に紹介されるままに、小会場にいた皆様に挨拶してまわったのです。

 ああ、こんなに自分の名前を連呼したのは初めてです。

「邪魔だ。道を開けろ」
「ご、ごめんなさい」

 本会場への通路に立っていたら、怒られてしまいました。白い鎧の怖い人です。騎士さまなのかしら? 私は謝って、慌てて道を譲りました。

「やるじゃない。さっそく王子様に声を掛けられたの?」
「あ、お姉さま。違います、道を塞いでいたので怒られてしまいましたの」
「道を塞いだって、華奢な貴方が10人くらい並べる幅があるのに?」

 改めて言われるとその通りです。何か理由があったのでしょうか?





「はあ、疲れました」
「あらあら、少し喉を潤しましょう」

 お姉さま達と一緒に、本会場の端にある長椅子に腰掛けて舞踏会の様子を眺めます。あんなに来たかった舞踏会ですけど、こんなに大変だとは思いませんでした。せっかく紹介していただいた方々もほとんど覚えられませんでした。

「それは、そうでしょう。横から見ていたけれど、あなた折角紹介して頂いているのに、ずっと目を伏せていたでしょう?」
「だって、みなさん年上で少し怖いのですもの」

 メイドさんの持ってきた果実水で喉を潤します。さすが公爵様の舞踏会、我が家では滅多に口に入らない高級な果実を使っているだけでなく、氷まで入っています。

「もう、二人とも疲れるのが早いわよ」
「ごめんなさい、ティーナ。それより、さっきの人だかりは何だったの?」
「ムーノ男爵領の名物料理が振舞われていたらしいのだけれど、私が行ったときは、お皿しか残っていなかったわ。よほど美味しかったのか、オジ様方が競って食べてらしたわよ」

 美食に慣れている年配の方々が競って食べるなんて、そんなに美味しかったのかしら。一口だけでも食べてみたかったのです。

「惜しかったわね。でも、ムーノ男爵領って、初めて聞くけど、遠方の領地の方なのかしら?」
「何を言っているのよ、公爵領のお隣よ。ほら、魔族の大群に襲われたって噂になっていたじゃない」
「ああ、あの! たしか、亜人の傭兵達を連れた魔法使いの方が、数万の魔物の群れを撃退したっていう英雄譚よね」
「でも、トルマ卿のお話だから、話半分で聞いておいた方がよろしくてよ」

 私も聞いたことがあるのです。
 迎撃にいった軍隊がなす術もなく全滅させられるような相手に、わずかな手勢で瞬く間に逆転して退けたそうです。きっと、全身傷だらけの大男さんなんです。左右には獣人の美女さんを侍らせていたり、そうそう眼帯なんかがあると、もっと雰囲気が出るかも――

「リナ、疲れた?」

 ――はっ。妄想に浸ってました。お姉さまが、先程のムーノ男爵領の料理が出ていた場所で、違う料理が用意されているというので、冷やかしに行く事になったのです。





 甘い香りが鼻腔を擽ります。何の匂いかしら?
 調理用の魔法具の上に薄い生地を流して手早く焼いて、その上にスライスした赤い果実と白いフワリとした何かを挟んで巻いて終了です。
 なんて手馴れた動作なんでしょう! 前に我が家の料理人が作るのを見た事がありますけど、全然違います。

「はい、どうぞ。小さな淑女さん」
「あ、ありがとうございます!」

 料理人の方がニッコリ笑って料理を勧めてくれました。お付きの黒髪メイドさんが差し出すお皿を受け取ります。
 よく見ると、この料理人の方、使用人じゃありませんよね? だって、こんな高そうな服なんですもの。お若いけど、きっと有力貴族の方なんだわ。だって、お姉さまやティーナ様も受け取る前に挨拶しているもの。
 わたしも慌てて、名乗ります。お話しをしている間に判ったのだけれど、相手の方は、名誉士爵様だそうです。お姉さま達は爵位を聞いて興味を料理に移したようですが、こんなに若いのに自分の力だけで爵位を勝ち取ったのは凄いと思うのです。

 そんな事を考えていられたのは、料理を口にするまででした。お姉さま達が確保していた近くの椅子に腰掛け、お皿に添えられていた小さなナイフとフォークで一口サイズに切って口に運びました。

 美味しい!

 白いふわふわの甘味が口一杯に広がります。咀嚼するとあの赤い果実でしょうか? わずかな酸味と白いふわふわとは違った甘みが混ざり合って、口の中が幸せなのです。淑女らしくないですが、おもわず口元が綻んで、笑みが漏れてしまいます。

「あ、あの、初めまして!」
「は、はい、初めまして!」

 食べ終わったお皿をメイドさんに渡した所で、年若い紳士の方に声を掛けられました。相手も緊張していたようですけど、わたしの心臓もばくばくと破裂しそうなくらい動揺しています。
 その方に誘われて、はじめてダンスを踊りました。緊張で相手の足を何度も踏んでしまいましたけど、相手も私の足を踏んでいたのでおあいこです。踊り終わった後に、その方のご友人の所に誘われたのですが、少し鼻息が荒くて怖かったので、なんとかお断りしました。

 やっぱり、男の方って、ちょっと怖いです。





 もう一度、さっきの「くれーぷ」が食べたくて行ってみたのですが、もう終了していました。あの白いふわふわを使いきってしまったそうで、「ごめんね」と優しく謝ってくれました。
 不思議です。鼻も高く無いし、目元も彫りが深いわけも無いしで、美形とは口が裂けてもいえないのに目が離せません。ゆったりした余裕のある動作や優しそうな表情に魅かれるのでしょうか?

「し、士爵さま! よろしかったら、私と踊っていただけませんか!」
「はい、私で良ければ、よろこんで」

 思わず私からダンスに誘ってしまいました。緊張しすぎたせいか声が大きくなってしまって、周りの人の視線が集まってしまいました。ああ、顔が熱い。
 士爵さまも少し驚かれたようでしたけど、すぐに承諾してくださいました。

「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ、周りの人は木石(ぼくせき)とでも思えばいいんです。わたしの事は父親や兄のようなものと気楽に思ってください」

 ガチガチに緊張した私の肩を優しく叩いて、そう囁いてくれました。少しだけ、ほんの少しだけ肩の力が抜けて、気が楽になりました。
 音楽が始まると、さっきとはまったく違った滑るような動きで、踊れるのです。小さな声で「大丈夫ですよ」「そこは、もっと気楽に」「流れに乗って王女さまのように」とか囁いて下さるのが気持ちよくて、水の中の魚のように踊っているうちに、曲は終わってしまいました。上手な人と踊るのがこんなに楽しいなんて! これからはダンスの練習は、もっと真剣にやらないといけません。
 もう一曲踊って欲しかったのだけれど、他の子達が順番待ちをしていたので、それは遠慮しました。独占したりしたら、意地悪されちゃいそうなのです。

「リナ、貴方、あんなにダンス上手だったかしら?」
「士爵さまが上手かったから、自然と踊れたんです」
「ふ~ん、年下には粉をかけない主義だから、私はパスね」

 お姉さまは扇子で顔の下半分を隠しながら悪い笑顔を浮かべています。きっと、何か思いついたのでしょうけど、ほどほどにしないと嫁き遅れるのですよ?





「本日はお招きに預かりまして――」

 サロンでお姉さまの友人達と一緒に、お茶をしていた所に訪れた人を見てカップを落としそうになりました。

 どうして士爵さまがここに?

「うふふ、リナがお気に入りみたいだったから、あなたの出したお礼状と一緒に、お茶会の招待状を入れておいたの」
「フィアに感謝なさい。他の家の子達も沢山招待状を出していて、今では争奪戦状態らしいわよ」

 お姉さまとティーナ様が、両方の耳元で囁いてくれました。
 あんなに魅力的なお姉さまたちに囲まれているのに、士爵さまは、相変わらず年に似合わない落ち着いた様子です。

 テトラ様! 話しかける振りをして、む、胸を押し付けるのは反則です。
 ああ、シオナ様まで、お二人とも同い年の士爵さまを狙ってるのでしょうか? なにか胸の奥がモヤモヤします。

 そこに我が家のメイド達が、士爵さまの手土産というお菓子を持って入ってきてくれなかったら、子供みたいに、間に割り込んでいたかもしれません。

 お菓子はムーノ巻きというもので、この前頂いたクレープとグルリアンの中間みたいな味です。クレープより少し重いですけど、青紅茶に良く合います。青紅茶もティーナ様の手土産でお持ちくださった銘柄しか飲んだことは無いのですけどね。

 お菓子にまつわる話や、爵位を賜った時のお話を聞いていて吃驚しました。だって、士爵さまがあのムーノ市防衛戦の英雄だったなんて! 全然、そうは見えません。だって、髪はサラサラだし、手だって細くてしなやかで、とても剣や杖を振るうようには見えないのです。

 用事があるそうで、晩餐の招待には応じてくださらなかったのが残念です。
 士爵さまがお帰りになる時に、お父様が、果実の入った袋を渡して何か話し込んでいました。あの果実は我が家の果樹園で取れるものなのです。苦味が強く、すっぱい上に見た目も悪いせいで害虫被害に遭うこともない手間いらずの果実なのですが、漬物にするくらいしか食べ方が無くて、最近ではガボの実の漬物に市場を荒らされているそうです。そのせいか、我が家の身代は傾き気味なのだそうです。





「こんにちは、リナ様」
「ご、ごきげんにょー、ししゃきゅさなっ」

 お庭から玄関前に出たところで、士爵さまに会って驚きました。おかげで、噛み噛みです。ああ、恥ずかしい。
 お父様に御用だそうですけど、何かしら? とってもいい匂い。
 士爵様の従者らしい黒髪の使用人さんが持つ白い箱から漂っているみたいです。何かお菓子なのかしら? ああ、はしたないと判っているのに口元が緩んでしまいます。

「これはペンドラゴン卿! ほ、ほんとうに、あの果実の新しい使い道ができたのですか?」
「はい、その果実を使ったお菓子を焼いてみました」

 たしかに、あの白フワなら、すっぱい果実も包めそうだけど、それは白フワの成果であって果実は関係無いんじゃないかしら?
 その証拠に白いふわふわがタップリ塗られた上にスライスして並べられた果実は、全然違う色だったのですもの。

「これは、あの果実では無いようですが、中に入っているのですか?」
「いいえ、上に乗っているのがその果実です。熱を加えると色が変わるのですよ」

 果物を熱するの? 普通は井戸水で冷やしたりするものなのに。
 あの茶色い果実が、淡い桃色になるなんて。なんて綺麗な色なのかしら。

 メイド達が切り分けてくれた、「けーき」を恐る恐る口に運びます。だって、みんな見つめるばかりで口にしないのですもの。

 すごい! ふわっと溶けるの。クレープとは違った食感で、食べたことのあるどんなお菓子とも違うのです。
 今度はすっぱいのを覚悟して果実の部分を切って口に入れてみたの。甘くて柔らかいツルリとした食感。噛むと苺やリンゴとは違う繊維質な感じなのです。

 もう少し食べたい。
 でも、残念ながら、一人一切れだけみたい。お皿に残った白フワをフォークでこそぎ取りたい衝動に駆られたけど、我慢です。もう社交界デビューした淑女なのですから。

「今度、ティスラード様の結婚式で、このケーキを振舞おうと思っているのです」

 ああ、士爵さまの爆弾発言でお父様が動揺しています。次々代の公爵様の結婚式の料理に使われるなんて、ものすごい名誉です。お父様が、予想外の申し出にガクガクと首を縦に振っている気持ちもわかります。
 ひょっとしたら、この二束三文の果実も、もっと売れて、我が家の財政も上向くかもしれません。

 この日の夜、お父様の部屋に呼び出されて、士爵さまとの縁談を持ちかけてみようと思うと言われました。お父様は、一代限りの名誉貴族の事をエセ貴族と言って嫌っていたはずなのに。

 えへへ、リナ・ペンドラゴンか。士爵さまが受けてくださるといいな。そしたら、毎晩2人でダンスを踊るのです。きっと楽しいに違いありません。

 美味しいケーキを食べて、素敵なお話も聞けて、今日は良く眠れそうです。
 明日もいい日になるといいな。
幕間:オークの錬金術士
サトゥー視点ではありません。

※9/15 誤字修正しました。

 私は滅び行く(いにしえ)の種族――オークのガ・ホウだ。

 何百年も昔に、魔王に付き従い世界を敵に回しそして滅びた愚か者の末裔だ。今でも数人単位で世界各地に潜んで居るが、如何なる種族も我らを受け入れてはくれないだろう。オークの帝国が滅んで600年以上が過ぎた今でさえ、世界はオークの犯した所業を忘れていない。長命ゆえ、世界の片隅で糊口を凌ぐ知恵と技術があれど、もはや表舞台に立つことは叶うまい。

「ガ・ホウ」
「ル・ヘウか、どうした。店に客でも来たか」
「うん、いつもの覆面の客」

 ここは公都の大壁の外の下町でも、めったに人族の来ない場所だ。下水を濾過する施設の傍故に臭いが凄まじく、鼻が利く獣人もめったに近寄らない。もっとも、このオーク帝国の時代に作られた濾過施設が無ければ、母なる大河はもっと汚れていただろう。そう思えば、この臭いも許せるというものだ――いや、すまん、やはりこの臭いは堪えられん。いつもの香料付きのマスクを装着し、フードを目深に被って、表の店に向かう。

「いつまで待たせるつもりだ!」
「す、すまね、ごれがー依頼のー、即効せーの睡眠導入剤だぁ」

 私は客と話す時、かならず言葉を詰まらせて、変なアクセントで喋るようにしている。相手がこちらを見下してくれるなら成功だ。
 どうして、この男は店に来るたびに、こう激昂しているのか。もう少し、心に余裕を持つべきだと思うのだが、忠告してやる必要はなかろう。忠告しても噛み付かれるだけだ。無駄な事はするまい。
 渡したカウンターに小瓶を並べつつ、用法を説明する。恐らく聞き流すだろう相手でも職業倫理は忘れたくない。

「小瓶一つでぇ、銀貨ぁ、6枚だぁ。小瓶3つだとぉ、何枚だか?」
「ふん、蛮族め、計算もできんのか。金貨3枚だ」

 ふむ、あまり値切らなかったな。銀貨3枚分くらいなら値切られてやろう。

「さ、さすがぁ、貴族さまだで。け、計算がぁ早いだなや」
「ふん、シガ王国の貴族たるものこの程度は造作も無い」

 貴族なのは秘密だったはずなのだが、あっさり認めてしまったな。まぁ、こいつのサイフに付いている金具に家紋が刻んであるので、カマをかける必要もないのだが。本人が正体を隠しているつもりなのだから、黙っていてやろう。
 男はカウンターに金貨を3枚並べると、小瓶の入った革ケースを受け取って出て行った。碌な用途には使わないのだろうが、そんな事を気に病むのは400年前に止めてしまった。この金貨はロ・ハンの集落にでもくれてやるか。公都の下水道で暮らす限り、金など不要だからな。





「ガ・ホウ、あれだよ」

 ル・ヘウの指差す方には、確かに彼女が言うような不審な集団がいた。あの衣装は見た事がある。下町の広場で、「魔王に滅ぼされないためには魔族になればいい」とかいう突拍子も無い主張をしていた者達だ。自由の翼とかいう名前の――狂信者集団だ。

 あの先は、迷宮の遺跡があるはず。迷宮は完全に死んでいるし、地下迷宮への転移施設も封印してあるはずだ。普通の人族には決して解けない高難易度の暗号封印を施してあるのだ。そうそう進入はできないはず。

 ル・ヘウをその場に残し、集団に近づく。
 鑑定スキルで調べてみたのだが、「状態異常:悪魔憑き」が一人居た。どの程度の魔族かはわからないが、私は戦いが苦手だ。ここは退散させてもらおう。
 隠形スキルの効果が切れる前に、その場を後にした。





「匿ってくれ、ガ・ホウ」

 血まみれのロ・ハンが店に転がり込んできた。
 狼人族(ろうじんぞく)の男に絡まれたのだそうだ。オークともあろうものが、なさけない。たかが50年も生きていないような若造にいいようにされるとは、実に嘆かわしい。
 今は、3年に1度の武術大会が開かれている時期だ。血の気の多いものが闊歩しているのだから、腕に覚えの無い者はあまり表を出歩かない事だ。

 ル・ヘウにロ・ハンの治療を任せて、店の外に出る。
 官憲の類が来たら面倒だ。

 ふむ、狼人族は200年ほど見ない間に、腕が4本になったのか?
 確か頭は1つだったと思うのだが、無毛の頭がもう一つ生えているではないか。

 さて、韜晦するのもこの辺にしよう。
 どうやら、短角魔族(ショートホーン)という下級魔族のようだ。爪には腐敗毒を持つ厄介な存在だ。唾液は強酸か、よく自分の体を溶かさないものだ。

 こんな店の目と鼻の先で暴れられてはたまらん。
 戦いは苦手だが、店から離れた場所まで押し出すくらいはやっておこう。

 魔法発動体の指輪を嵌めて、小声で「外骨格(シェル・アーマー)」と「身体強化(ライト・ブースト)」を連続で唱える。下級魔法だが、詠唱時間の短さを優先した。
 近くにあった木製の柱を抜いて構える。傭兵風の男達を相手に無双をしていた魔族が、こちらを振り向く。振り向ききる前の不自然な体勢に、勢い良く柱を叩き付けて、通りの向こうにある広場へ押し出す。

 広場から人々が転げるように逃げていく。
 近くにいた亜人の傭兵らしき男達が、次々と魔族に斬りかかっているようだ。なんとも勇敢な事だ。ここは主義に反するが、加勢しておくか。あたら勇敢な若者が魔族の爪や牙の前に散るのは見たくない。

「■■■■■■■ ■■■ ■■■■■ ■■■■――」

 取って置きの魔力増強薬まで飲んだのだ。効いてくれよ。

「――■■■ 爆炎竜(ドラグ・イグニス)

 魔族に荷車をぶつけて押さえ込んでいた衛兵達が少し巻き込まれたが、少しだけだ。たぶん、大火傷で済んだはずだ。
 魔族は上級魔法の爆炎竜に焼かれて瀕死だ。私も年を経て多少衰えたとは言え、あれほどの魔法を喰らって即死しないとは大したものだ。焼け爛れながらも、こちらへと足を踏み出してきた魔族に、足元に落ちていた槍を拾って投げつける。身体強化の効いた投槍は、中ほどまで深く刺さり、魔族の息の根を止めた。
 ふむ、100年ぶりの上級魔法は、やはり体に堪える。やはり中級魔法あたりを数発撃って倒すべきだった。住処に帰ったらル・ヘウに腰を揉んで貰おう。

 炎の中に崩れる魔族から魔核(コア)を取り出し、先に戦っていた傭兵の頭領らしき男に投げ与える。これだけ大きな魔核(コア)は貴重だが、私の作る薬には、これほどの品質は不要だ。精々、今夜の酒代にするがいい。

 魔核(コア)を渡されて目を白黒する頭領を他所に、足元に落ちていた魔族の角を拾う。鑑定すると「短角(ショートホーン)」という名前の品だった。脳裏に浮かぶ鑑定文章は悪魔語のようだったので、帰ってから辞書で調べるとしよう。

 辞書で調べた内容は衝撃的だった。

 なんと、あの品は、人を魔族に変える物のようだ。私が倒したあの魔族も、狼人族の若者が変化した姿だったのだろう。

 恐ろしい。
 魔族が――ではない。この品の存在を知った時、人々が理性を保てるかが心配だ。400年前に吹き荒れた亜人狩りの悪夢が再び、この地に蔓延しない事を願わずにはいられない。





 3日ほど前から、地下から不穏な波動を感じる。
 まさか、古の大魔王が復活するとでもいうのか。杞憂であって欲しい。





 先程からいつに無く激しい振動を感じる。
 この地に震源は無いはずだ。もし、誰かが戦っているのだとしたら、それは勇者と魔王に違いない。だが、竜だけは勘弁して欲しい。

 ついに、棲家でじっとしていられなくなったル・ヘウが、自由の翼(きょうしんしゃ)集団の占拠している地下道へと偵察に向かった。心配しないわけでは無いが、私ほどではないにしても、ル・ヘウの隠形を見破れる人族などいないだろう。

 地下の振動が止んでからしばらくして、ル・ヘウが転がるように慌てて帰ってきた。

「ガ・ホウ、大変。顔を見られちゃったかも知れない」

 なんでも、地下通路を移動している時に、高速で飛んで来た仮面の男に顔を見られたそうだ。ル・ヘウの隠形を見破るとは! と驚くべきなのか、地下通路をなぜ飛ぶのだ! と疑問を呈するべきなのか、少し迷った。

「高速で飛んできたのなら一瞬だったのだろう。その一瞬で種族までわかるとは思えん。だが、用心の為に、しばらくは地下道に近づくな」

 念の為、ほとぼりが冷めるまで、100年ほど、他の大陸に潜伏するか。
 王都地下のリ・フウの一族にも連絡しておかねばならんな。

 私は住処の地下にある、転移門(ポータル)を起動しに向かう。石で組まれたこの秘宝(アーティファクト)は、同種の転移門へと空間を繋ぐ事が出来る。

 3日ほどかけて起動状態になった転移門を眺める。朱色の石が実に美しい。

「やはり、鳥居はこうじゃないとな」

 誰もいないはずの場所から聞こえた声に、私の心臓は胸から飛び出しそうだった。

 ばかな。

 ばかな、馬鹿な。私の感知能力を超えた隠形術だと? 目立つ白いワニ達の間に潜ませた使い魔からも報告は無かった。全て、欺いたというのか?! ありえん。

 そこに居たのは、銀色の仮面の男。

 本来なら抹殺しなくてはならない侵入者に、私は穏やかに話しかけた。
 なぜなら、彼の称号を見てしまったからだ。

「何用かな、勇者殿」

 そう、彼は勇者。魔王とさえ拮抗する神の戦士。只人には決して超えられぬ超越者だ。その勇者に見つかってしまった以上、排除は不可能だろう。

「ああ、大した用事じゃないんだ。この前に地下道で、お友達のオークさんを驚かしたみたいだったから、吹聴するつもりは無いと言いに来たんだよ」

 なんと、無駄な気配りを。

「この転移門の事も他言しないから安心して欲しい。第三者にも言うつもりは無いよ」
「良いのか?」
「秘密なんじゃないの?」
「うむ、悪用されるわけにはいかぬ、我が種族の遺産だからな」
「そっか、前に見た壊れたヤツも君達が作ったものだったんだね」

 この近くだとセーリュー市のある辺りか。竜の谷を監視するために設置した簡易型の転移門があったはずだ。放棄した転移門は、この大陸にはあの一つしか無い筈だ。サガ帝国の手前の小国群にあった転移門は、痕跡も残さずに破壊されたから、人族の若者が知る事はないはずだ。

「どこに繋がっているか聞いていいかい?」
「済まぬが言えぬ。この転移門の先には数少ない、同胞がいるのだ。彼らの安全のためにも口外は出来ないのだ」

 もうすぐ、この転移門も消える。勇者は生き残るだろうが、この転移門とその周辺数百メートルは転移門と共に亜空間の彼方へ放逐されて消滅するだろう。
 さらばだロ・ハンにリ・フウ。ル・ヘウと共に、先に輪廻の彼方へ旅立つ事を許して欲しい。

 転移門の過剰駆動光(オーバードライブ・レイ)が広場を埋め尽くし。
 唐突に消滅した。

 死とは、なんとあっけない。
 闇と静寂がこの身を包む。

「雰囲気を出しているところすまないが、危ないので転移門から魔力を抜かせて貰ったよ。ヘタに暴走なんてさせたら、この公都だけで無く、王都や他の大陸まで影響がでそうだからね」

 さも簡単そうに言っているが、暴走状態の転移門から魔力を抜くなど人の技では無い。しかも、この身を賭して隠し通すはずだった転移先まで知られているとは、無念だ。

「そうだな、勇者の名とパリオン神に懸けて他言しないと誓うよ」

 まさか、神に懸けて誓うとは!
 彼らが神の名に懸けて誓った事をたがえる事はありえない。私の看破スキルも彼が嘘を言っていないと告げている。ここは彼を、勇者を信じよう。

 これが、私とナナシという変な名前の勇者との出会いだった。

 彼の持ち込む酒や肴に舌鼓を打ちつつ、彼の請うままにオーク達の昔話を語る。この下水道や浄水設備が我々オークの遺産だと語ると、彼はいたく感心していた。わざわざ浄水設備まで行って、その仕組みまで聞いてくるほど勉強熱心だ。思わず昔の成功を語る老人の様に、様々な過去の手柄話や工夫や苦労した話などを語ってしまった。彼は、それを飽きる事無く楽しそうに聞いていた。本当に変わった若者だ。

「でも、猪王も罪なことをするよね。自分の種族を巻き込んでまで世界に歯向かうなんて」
「仕方なかったのだ、ナナシよ。あの頃は我らオーク帝国やサガ帝国のような一部の例外を除けば、亜人はみんな、人族の奴隷であったのだよ。猪王は、決して勝てぬのを知りながら世界に歯向かい、人族の力を削って、そして勇者に滅ぼされたのだ」

 あの頃の人族は世界の9割を支配していた。過半数を支配していたフルー帝国を滅ぼしたところで、我々オークの戦いは終わっていたのだ。魔王となり自我を保てなくなってきていた猪王が、唯一亜人を保護していたサガ帝国にまで進軍したのは己の死を求めての事だろう。

 5体の上級魔族に操られた同胞達の死の進軍を、血の涙を流しながら止めようとしていた勇者の事を、私は忘れない。泣き声に歪みながら、天竜に光のブレスを命じた時の声の震えを。()の者が建国した国だからこそ、我らは無意味な野望を抱かずに地下に潜めるのだ。

 彼は公都を離れる時に、友情の証にと一振りの大剣を置いていった。

 銘は無い。

 故に我は、これに名を与えよう。

「■■ 命名(ネーム・オーダー)。聖剣『ナナシ』」

 オークが滅びるその最期の時まで、我らの宝として語り継ごう。
 7章の最後の方でサトゥーが見かけた「ボロを着た謎生物っぽい人」がオークのル・ヘウさんです。

 老化した王子がクスリを買いに来るエピソードも入れようとしたのですが、収まりが悪かったのでカットしました。
幕間:テニオンの巫女長【前編】
 サトゥー視点ではありません。

※2015/8/1 誤字修正しました。
※2013/8/11 一部加筆修正しました。
「巫女長さま! 大変です!」

 もう、困った子ね。40手前で、その落ち着きの無さは、ちょっとどうかと思うの。今度、ちゃんと注意した方がいいのかしら?

「どうしたの、司祭長。神殿では貴方の方が偉いのだから、私に様を付けてはいけませんよ」
「すみません、巫女長さま。いえ、それ所では無いのです!」
「落ち着きなさいな。何があったの?」
「パリオン神殿に続いて、ガルレオン神殿の巫女殿までが、何者かに攫われたそうなのです」

 まぁ、なんて事かしら。
 魔王の季節の最中に、神託の巫女を攫うなんて。
 この公都で神託が受けられる巫女は7人。私とセーラ、ウリオン神殿とカリオン神殿の巫女長達、ヘラルオン神殿の巫女見習い、そして攫われた2人。

 普段なら1人居れば事足りるのだけれど、先月、公爵様からの依頼で各神殿が行った神託は、魔王の復活を示唆するものだったの。なのに、その出現場所の絞込み結果が、どの神殿も違う答えが返って来ていたのよ。神託を受ける人間や授ける神によって食い違いがでるのはいつもの事なのだけれど、こんなにも食い違うのは初めて。

 私の神託は公都。出来うるなら外れて欲しいけれど、66年前に魔王の復活した場所を予言した時と同じ感触だったわ。間違いなく、魔王はこの地に蘇る。前の時は、私の傍らには勇者が居てくれたけれど、あの人は私達を置いて元の世界に帰ってしまった。だめね、無いもの強請(ねだ)りなんて。

 セーラに下された神託は、なんと他の大陸。同じ神の神託なのに、受け取り手によって変わってしまうのは、どうしてなのかしら。神の考えを推し量ろうなんて、聖職者のする事では無いわね。

 そうだわ、セーラ!
 物思いに耽っている場合では無いのよ。

「司祭長、セーラの居場所を確認なさい」
「はい、巫女長様!」

 慌てて駆け出す司祭長に、他の者に命じるように諭して止める。もう、貴方が使いっ走りをしてどうするのです。司祭長には、セーラの所在が確認出来ない場合に、公爵閣下に連絡をするように頼んでおく。この子のことだからオロオロするだけして、倒れそうですからね。





 司祭達に、方々を探してもらったけれど、セーラの所在はついに判らなかった。
 三人の巫女が攫われた事は公爵閣下にも連絡が行き、今は、配下の騎士や衛兵達が公都中を探しているでしょう。鐘楼から確認して貰ったけれど、港の外に見える船の明かりが動いていなかったそうだから、港は封鎖されているみたいね。一安心だわ。

 でも、相手には私の探知魔法を防げるような、上級魔法が使える強力な魔法使いがいるか、強大な秘宝(アーティファクト)を持つ者がいるみたい。以前、司祭達が噂をしていた終末思想に染まった「自由の翼」とかいう集団なのかしら。

 セーラ、無事に帰ってきて。

 気休めにしかならないと判っているけれど、首から下げていた蘇生の秘宝(アーティファクト)を手に取り魔力を注ぐ。

 だめね、心を乱していては秘宝に魔力を注ぐのは無理だわ。

 けっして魔法道具を扱うのは苦手ではないのだけれど、秘宝に魔力を注ぐのは繊細な魔力の調整が必要になるの。それは塔の上から糸を垂らして地面に置いた針の針穴に通すような、そんな気の遠くなるような精密作業。心を乱すという事は、垂らした糸に風を送るようなもの。決して糸が針穴を通ることは無いのよ。

 禁断の精神魔法を使って、心を平静に戻しましょう。
 テニオン様、貴方の信徒にご加護を。





 薄闇に沈む私室で目を覚ました。

 気を失っていたみたい。
 この年だと無理は効かないわね。蘇生の秘宝(アーティファクト)に魔力を注いでいる途中に気絶するなんて。

 気絶?
 この聖別されている場所で気絶?

 ありえないわ。
 ここは儀式魔法で聖域に近いほど、神気を満たした場所。私みたいな老人でも若者と同様に――それは言い過ぎね。若者に負けないくらいに動けるけれど、そんな場所で気絶するなんて、もう残された時は短いのかもしれないわ。

 もう80歳ですもの。そろそろ、先に逝った友人達の所へ旅立つ頃合なのかしらね。

 そんな感傷に浸っていて気が付かなかったけれど、今日は、揺れが無いのね。ここ数日、公都を襲っていた振動が無いのは嬉しいわ。毎日のように「大丈夫か」と尋ねに訪れる貴族達を諭すのは大変だもの。司祭長はお布施が入るから文句は無いみたいなのだけれど。そろそろ諭すのも司祭長に任せたいわね。





 本当に耄碌し始めたのかしら。
 この聖域に侵入を果たした暗殺者は、幾人もいるけれど、ここまで接近されたのは初めてだわ。危機感知スキルが錆付いたのかしら?

 侵入者に殺気が無いのをいぶかしみながら、先手を打って声をかけた。

「あら、今夜の暗殺者は、随分優秀なのね」

 物陰から地面を滑るように現れたのは、白い仮面を付けた少年だった。両肩に布に包まれた――あれは人? 誘拐のついでに暗殺なのかしら?

能力鑑定(ステータス・チェック)」で見たけれど、彼の名前は見えなかった。両肩の2人の名前は判ったから、スキルが発動しなかったわけじゃないみたい。両肩の2人は、セーラと同時期に攫われていた、パリオンとガルレオンの巫女の子達だった。

 彼のレベルはサガ帝国の勇者並みのレベル70、だけど称号が「聖者」。サガ帝国で召喚された勇者でも無いのに、この年で、このレベルだなんて異常としか言えないわ。

 それに「聖者」の称号。私のような「聖女」の称号を持つものはそれなりに居るけれど、「聖者」の称号を持つ者は、ここ100年は居なかったはず。何者なのかしら。むしろ勇者の称号を持っていたほうが納得できると思うの。

「はじめまして、ユ・テニオン巫女長殿。私はナナシ」
「ねえ、ナナシさん。お顔は見せてくれないの、そんな仮面じゃ話しづらいわ」

 声が震えそうになるのを懸命に堪える。

 ねぇ、セーラは?

 そう問い詰めたい。
 でも、巫女としての直感が告げている。あの子はもう居ない。

「ねえ、ナナシさん。もしかしてウチの巫女のセーラの行方を知らないかしら」
「知っています」

 ああ、やっぱり。
 あの子は逝ってしまったのね。だめよ、あの子の為に泣いてあげるのは、まだ早いわ。今は巫女長として、彼に尋ねないと。

「セーラの命を奪ったのは、『自由の翼』の人間? それとも――魔王。そうなのね、セーラは魔王の生贄にされたのね」
「そうです」

 ああ、涙を堪えられない。
 サガ帝国に勇者の派遣を依頼しないといけないのに、悲しみに沈む時ではないのに、涙が止まらない。

「そう、あの子は運命に抗えなかったのね」

 ナナシさんが、どこからか出したハンカチで涙を拭いてくれる。変な仮面を付けているのに紳士なのね。

 私は、泣きながら、この地に訪れるであろう破局を彼に語ったわ。勇者がこの地に到着するまでの戦力に引き摺り込むために。彼は魔王復活の話を聞いてなお淡々とした受け答えをしていたの。実感が無いのかしら? それとも――もう、退治した後とか?――まさかね。





「ユ・テニオン巫女長殿、あなたは蘇生魔法が使えますか?」
「ええ、使えます」

 唐突なナナシさんの質問に答える。
 おそらくセーラの遺体の場所まで連れて行って、蘇生させようというのだろうけれど、それは無理なの。この蘇生の秘宝(アーティファクト)には、必要なだけの魔力が充填されていないのよ。

「なんだ、そんな事ですか」

 ナナシさんは、私の胸元から蘇生の秘宝(アーティファクト)を取り上げると、眩しいくらいの勢いで魔力を注ぎ始めたの!

 信じられない光景だったわ。
 あの精密な魔力充填作業を、あっという間にこなすなんて。普通は、注ぎ始める前の魔力量調整作業で1時間は掛かってしまうものなのに。

 でも、やはり人の身。
 一人で充填しきれるほどの魔力はないのよ。こうしている間に、蘇生条件の死後30分という枷が蘇生を不可能にするの。

「ちょっと、失礼」

 さっきのハンカチと同様に、ナナシさんが取り出したのは、一本の聖剣。それも、部屋が昼間の様に明るくなるような煌々とした聖光。こんなに明るいのに、目を傷つけない優しい光。こんなに力に溢れた聖剣は見た事がないわ。私の勇者様が持っていた聖剣ジョワユーズと比べてさえ、桁違いの力を感じるわ。

 でも、何の為に?
 彼が私を害するために抜いたとは思えない。一体何を――

「直ぐに充填するので、無作法をお許しください」

 ――聖剣から脈動するように、聖なる光がナナシさんに吸い込まれていく。そしてナナシさんが、呼吸するような気負いのない動作で秘宝に魔力を注ぐ。まさか、聖剣の魔力を自分の体を媒介に秘宝に移しているの?

 そんな無茶な方法は御伽噺の中にも無いわよ?

 その非常識さに呆気に取られている内に、秘宝への魔力充填が終わった。あと数年分とはいっても、たった10分で済ますなんて、開いた口が塞がらないわ。

 ここまでしてくれたのだもの、老体に鞭を打ってでもセーラの遺体のある場所まで走りぬいて見せるわ。

 そんな決意を嘲笑うように、ナナシさんは、私の目の前にセーラの遺体を召喚してのけた。彼のスキルに召喚魔法は無いのだけれど? スキルなしで召喚したのかしら。勇者の持つような無限収納(インベントリ)を使ったのかも。
 いいえ、彼はセーラの遺体が、死後数秒しか経っていないと言っていたわ。勇者の無限収納(インベントリ)でも時間は経過する。もしかして固定化? いいえ、あれは生き物や遺体には使えないはず。
 まさか、時魔法? 御伽噺にしか出てこない存在しない魔法なのに、ナナシさんなら本当に使ってしまいそうな不思議さがあるの。

 目の前に召喚されたセーラの遺体は、傷一つ無い綺麗なものだった。
 裸なのに気が付いたナナシさんが、遺体に布を掛けてくれている。

 そんな事より、今は集中しないと。
 ナナシさんがくれた奇跡をモノにしなくては、女が廃るというものです。
※2013/8/5 巫女の数を間違っていたので修正しました。
※2013/8/11 最後の方のセーラの遺体を召喚した際の巫女長の内面を少し変更しました。
※2015/8/1 神殿名が間違っていたので修正しました。
174/413
幕間:テニオンの巫女長【後編】
 サトゥー視点ではありません。

※9/15 誤字修正しました。

「巫女長さま、ただいま帰りました」

 以前よりも生き生きとした様子のセーラが、聖域に入ってくる。この子はいつも楽しそうだけれど、こんなにウキウキした様子なのは珍しいわね。

「どうしたのセーラ。いい人でもできた?」
「ち、違います! 士爵様は、いい人なんかじゃありません」

 嘘のヘタな子ね。
 少し気になったので、その士爵という人物の事を問うてみた。

「炊き出しの手伝いをしてくださった士爵様なんですけれど、不思議と会った事があるような気になったんです。そう、巫女長さまに似た雰囲気の人でした、柔らかいと言うかしなやかと言うか――」

 セーラの惚気を聞いてあげながら、大した根拠も無くその士爵なる人物が、この間のナナシさんじゃないかと邪推してしまう。ここの所、ナナシさんのことばかりを考えていたせいかしら。

 老いらくの恋じゃないわよ?

 夜が明けてから行った儀式で、公都に復活していた魔王が討滅されたと神託が下ったの。もちろん、すぐさま公爵様に使いを出したのだけれど、他の神殿の面子があるので公的な発表は、しばらくできないと告げられてしまったわ。もちろん国王陛下には、伝えると確約してくださったので、遅くとも春の王国会議には魔王討滅が宣言されるはず。

「巫女長さまだって、何か幸せそうですよ? 恋人でも出来ましたか?」
「うふふ、ナナシさんと仰る方に夢中なのよ」

 反撃したつもりみたいだけれど、まだまだ甘いわね。わたしの冗談にそんなに動揺するなんて。うふふ、本当に恋でもしているみたいに心が浮ついているわ。魔王の季節がおわったのなら、そろそろ巫女長を引退する時期なのかもしれないわね。

 セーラに限って務めを忘れるとは思えないけれど、念のため健全なお付き合いの範囲で済ますように釘を刺しておかないとね。処女性を失ったら神託は受けれなくなってしまう。10代の少女には酷かもしれないけれど、魔王の季節が終わったと神託が降りるまでは、待って貰わないといけないのよ。





 公爵城で、セーラの想い人――候補と付けた方がいいかしら――の少年と出会ったわ。少女達に囲まれて大人気の様ね。あらあら、セーラったら。そんな顔をしていたら彼に笑われてしまいますよ?

 それにしても、いい香り。砂糖の甘さだけじゃないわね。品切れしてしまうのもわかるわ。

 でも、この声。
 ナナシさん、そっくりなのだけれど。彼の双子の兄弟なのかしら?
 レベルは半分以下だし、スキル構成もまったく違う。同じなのは年齢と、声と髪の色、それに背格好くらいかしら。

 ティスラード様にお祝いの言葉を贈っているところに出くわしたパリオンとガルレオンの古馴染みも一緒だから、直接問わずに囁くようにカマをかけてみたのだけれど、動揺もせずに困惑していた感じだった。これは違ったようね。

 少し、ナナシさんの事を考えすぎたのかしらね。
 うふふ、セーラの事を茶化せないわね。まるで恋する乙女みたいだわ。





「こんばんは、巫女長様」

 本当に、神出鬼没な子ね。
 どうやって、侵入しているのかしら? 空間魔法のような感じは受けなかったから違うと思うのだけど。

「今日は、魔王の神託についてお伺いに来ました」
「あら? アナタが退治してくださったのでしょう?」
「きっと、通りすがりの勇者が倒したのでしょう」

 あくまで自分では無いと惚けたいのね。

「魔王が討滅されたと発表しないのですか?」
「公爵閣下には直接お伝えしたけれど、他の神殿の神託では『討滅』と出ていないそうなの。だからテニオン神殿だけが魔王討滅を発表する訳にはいかないのよ」

 恐らく、各神殿は、公都の地下にいた魔王では無く、「各々が予知した魔王」が討滅されたかを問うたのでしょう。

 つまり、今期の魔王の季節は終わっていない――その場所に、もう公都が含まれないのが不幸中の幸いかしら。ナナシさんのお陰ね。

 念の為、その事をナナシさんに告げたのだけれど、彼もそれは予想していたみたい。淡々と「やはり、そうですか」とだけ呟いただけだったわ。「魔王なんて何体来ても怖くない」といった雰囲気だったの。見えない仮面の奥の表情を想像するのは、とても楽しいわ。

 ナナシさんが充填してくれた蘇生の秘宝(アーティファクト)を首にかける。本当に凄いわ。この20年近いお務めを徒労に思えるのは年寄りの僻みなのかしら。

「ありがとう、ナナシさん」

 だけど、感謝の心は忘れてはダメよね。

 彼にペンドラゴン士爵について聞いてみたけれど、「奇跡の料理人という若い貴族ですね」と答えてくれただけで、詳細は知らないみたいだったわ。その知らないという態度が、彼とそっくりだったのは気のせいかしら?

 もし彼とナナシさんが知り合いだった時のために用意した「免罪符」は無駄になりそうね。

 あの第三王子がナナシさんと出会ったら、どうなるかしら?
 嫌な予感しかしないわね。陛下もこんな大変な時に厄介ごとの種を送り込まないで欲しいわ。

 違うわね。

 あの陛下がそんな失敗をするはずが無いわ。あの喰えない陛下なら、確実に3手以上は先を読むはず。

 そうか、王子は厄介払いされたのね。
 陛下は迷宮都市に魔王が出現すると読んでいるんだわ。不確定要素の王子を公都に押し付けるなんて。国王(セテ)には直接会って文句を言ってやらないと。

 受け取ってくれるかは判らないけれど、ナナシさんが、粗相をした第三王子を排除したときの為に、「免罪符」を渡しておきましょう。

 本当ならテニオンの鈴を預けたいのだけれど、彼の不興を買うのが怖くて言い出せなかったの。少し、私らしく無いわね。





 世界の危機は意外に早く訪れたわ。

 絶望? その言葉さえ、この光景よりは希望に満ちていると思うの。

 聖域から見える公爵城。その傍らに現れた巨大な召喚陣から現れる大怪魚(トヴケゼェーラ)。ヤマト様の時代に世界中の国々に死を齎した破滅の化身。大魔王の使役していた空中要塞。遠くてステータスは見えないけれど、あまりに圧倒的な姿に言葉が出てこないのよ。

 ナナシさんさえ居ればなんて、甘い考えだったのかしら。

 私は、外出していたセーラを気遣う余裕さえなく、ソファーの上に崩れ落ちたわ。
 ただ1匹だけでも公都を滅ぼせる魔物が、何匹も召喚陣を抜けて闘技場の上空を遊泳しているの。

 7匹もの大怪魚。

 シガ王国どころか、この大陸中の国々が無くなってしまうわ。

 ああ、国を滅ぼしてでも天竜を招くしかないのかしら。フジサン山脈に住むヤマト様の朋友を。陛下の頭上に輝く竜呼の王冠(フェロークラウン)に託された唯一度の召喚権を使って頂くしか無いようね。

 まるで魔王が7体現れたかのようだわ。

 闘技場の応援に駆けつけたいけれど、ここを動くわけには行かないの。恐らくナナシさんは、自分の仲間達が亡くなった時の保険の為に、蘇生の秘宝(アーティファクト)に魔力を充填しておいてくれたのだから。

 怯える小さな巫女見習い達の頭を撫でながら、公都の最後を看取るわ。聖域の防御魔法を超えて被害が出る様なら、地下に避難しても何の意味も無いはずなのだから。

 それは閃光。

 輝きが消えると、そこには切断されて落下する大怪魚の姿。それも、空を拭き取るように空に溶けていく。いえ、消えていくと言うべきかしら。

 公都を突然襲った終末は、出現した時よりも唐突に消え去ったわ。
 あっけなく、ただ一人の被害も出さずに。

 ナナシさん、貴方なのかしら。
 まるで神託を受けたかのように、そう確信したの。

 ああ、テニオン様。
 あの方を、この地に遣わしてくださった事を感謝いたします。
 今回はやや短かったので、ミーア視点の食事制限SSを配信します。
SS:アリサと悪魔の箱
今回はサトゥー視点ではありません。
ルル視点のショートストーリーです。

※1/2 誤字修正しました。

 今日はお館の中庭で「ばーべきゅー」です。

「くぅ、焼けたての肉の香りがたまんない」
「たらららり~」「のです!」

 タマちゃん、よほど嬉しいのか「たまらない」って言えてません。ちょっと歌でも歌っているようで可愛いです。
 でも、リザさんが、真剣な表情で骨付き肉の焼け具合を注視してて、ちょっと怖いです。
 ご主人様が肉串を沢山用意してくれていたので、みんなお腹一杯食べていました。



 今日の試作品は、プリンです。
 とても美味しいのですが、「からめるそーす」というのが満足いかないそうで、ご主人様が苦戦中です。

「う~ん、ダメね。甘いだけで、苦味がぜんぜんないわよ」
「美味しい」

 私やミーアちゃんは美味しく感じているのだけど、ご主人様やアリサは満足していないようです。アリサったら、文句を言いながらも、全部ペロリと平らげています。さっき、ポチちゃん達と張り合って、「ちゃーはん」の大食い対決してなかったかしら?

 育ち盛りだから食欲はあるのだろうけど、あんなに食べて大丈夫かしら?



 下町の乾物屋さんで買ってきた昆布を見て、ご主人様が褒めてくれました。ちょっと高かったから迷いましたけど買って良かったです。勧めてくれた店主さんには、明日、お礼を言いに行きます。
 だって、ご主人様が満面の笑みで褒めてくれただけじゃなく、「はぐ」の後に、頭まで撫でてくれたんですから。

 えへへ~、今日はお風呂でも頭を洗わないんです。

「やっぱ、カニ鍋は最高よね~ でも、こんなカニフォーク良く手に入ったわね」
「ああ、それならさっき、作ったやつだよ」
「くう、このチートヤロウメ、でも許す。やっぱ、コレが無いとカニを食べてる気がしないわよね~」

 アリサの言う通り、このフォークだとカニのお肉を上手く取れます。
 カニは美味しいけど、みんな静かです。ミーアちゃんが、ちょっと寂しそうですけど、ご主人様がミーアちゃん専用に作った「ぴらふ」をモクモクと食べています。

「ミーア、ピラフも一口ちょーだい」
「アリサ、食べ過ぎ」
「仕方ないじゃない、美味しいのがいけないのよ~♪」

 本当に食べすぎじゃない?



 ご主人様が居間に持ち込んだ、丸い板を棒で木箱とつなげた様な魔法道具を見て、アリサが一目散に部屋から逃げだしました。
 びっくりです。アリサって、あんなに素早く動けたんですね。

 ご主人様に指示されたポチちゃんとタマちゃんが、アリサを捕まえて戻ってきました。アリサがあんなに嫌がるなんて、あの魔法道具は何なのかしら? ご主人様が持ってきたものだから、悪い道具じゃ無いと思うのだけど。

「じゃあ、次、ポチね」
「はい、なのです」

 あの台に乗ると、円盤に付いた針が回るみたいです。針に触ろうとして、タマちゃんが怒られてました。

「ちょい、重いけど標準の範囲内かな。種族が違うからBMIを出しても意味はないだろうけど、体重の推移はメモしておかないとね」

 タイジュウですか? 聞いた事の無い言葉ですが、その言葉を聞いたとたん、何故だか後ろに一歩下がってしまっていました。

「次はルルね」
「は、はい」

 ちょっと躊躇いましたけど、思い切って飛び乗ります。

「そんなに、勢いをつけなくても、そっと乗ってね」
「はい、すみません」
「別に謝らなくてもいいよ。ルルは標準より、少し軽めだね。食事の時に、もう少し肉類や乳製品を食べたほうがいいかな」

 ご主人様の表情を見る限り、合格だったようでホッとしました。

「いや~、その悪魔の機械には二度と乗らないと死んだ婆っちゃと約束したの~」

 約束も何も、アリサのお婆さまはアリサが生まれる前に亡くなっていたはずなのだけど?
 ご主人様に、「観念して乗れ」と言われてるのに抵抗しています。最後に、ご主人様がアリサを抱えたまま乗って、数字を調べた後に、アリサを降ろしてから、もう一度数字を調べています。
 初めは何をしているのかな? と思っていたんですけど、ご主人さまは凄いです、2度の計測結果の差を求める事でアリサの体重を調べてた事に気がつきました。

「アリサ」
「うう、汚されちゃった……」
「やかましい、軽肥満だ。明日からしばらく肉抜きに御代わり禁止。もちろん間食やおやつもダメだぞ」

 だから食べすぎよ、って注意したのに。
 ポチちゃんやタマちゃんまで、この世の終わりみたいな顔をしているのは、どうしてかしら? リザさんやミーアちゃんまで、アリサに黙祷をしているわ。

「オレも食事制限に付き合ってやるから、1ヶ月後に5キロダウンを目標にやるぞ」
「だ、ダイエットなんて嫌いよ~~~~」

 アリサの叫びが哀しく響く、そんな午後でした。

 追伸。

 ご主人様が用意した「のんかろりー」食品のお陰で、アリサの「だいえっと」は無事に推移しているみたいです。
 無邪気に応援している、ポチちゃんやミーアちゃんも、少しふっくらとしてきた気がします。わたしも注意しないといけませんね。今日のばすとあっぷ体操はいつもの倍、いいえ3倍やる事にします!
2013/07/25に活動報告に投稿したSSの再収録です。
幕間:ミーアと食事制限
 サトゥー視点ではありません。

※本日2話目です。「幕間:テニオンの巫女長【後編】」もご覧ください。

※8/9 誤字修正しました。
 人族の食べ物は美味しいわ。とっても美味しいのよ。
 でも、とっても危険なの。

 私は学んだの、学習したのよ。

 あれは、最近の事――

「ハンバーグは最高なのです」
「うまうま~」
「もう少し歯ごたえがあるものの方が好みですが、ハンバーグの美味しさに陰りが出るものではありません。実に美味です」
「合挽きじゃないのに、どうしてこう美味しいのかしらね~」
「アリサ、食べすぎよ?」
「成長期だから仕方ないのよ」
「ん」

 サトゥーは、私のために豆からハンバーグを作ってくれたの、私のためによ?
 おいしそうにハンバーグを食べるポチ達を見て、いつも羨ましかったの。

 だから一口ずつ味わって食べるの。
 だって、ガツガツ食べたらもったいないじゃない。

「口に合うかい?」
「ん」

 もう、さいっこーよ。至福なの。
 どうやったら、お豆から、こんな料理が作れるのか判らないわ。不思議なの!
 ハンバーグの上に乗せられた大根おろしがちょっと辛いけど、付け合せニンジンの甘味を引き出してくれるの。もちろん、ゴハンにも合うのよ?





 食事の後に幸せな気分のままサトゥーのヒザにダイブしたの。飛び込んだのよ?
 一番良い場所はタマに取られちゃったから、隣で我慢するの。でもでも、いつもタマばかりズルいと思うの。抗議しないとダメかしら。

「美味しかった~」
「また食べたいのです」
「ん、美味」

 感謝の言葉は難しいわ。長々と語るのも恥ずかしいし、伝わるかしら? 伝わるわよね。

「アリサ、食後に甘いものを食べたら太るぞ」
「デザートよ。甘い物は別バラだから大丈夫」

 アリサは、凄いわ。アレだけ食べて、まだ食べれるなんて! ポチとタマもアリサから一口貰っているわ!
 人族や獣族は、みんなあんなに食べるのかしら?
 違うわ、違うのよ。ルルやサトゥーはあんなに食べないもの。





「魚も美味しいけど、やっぱたまには肉も食べないとね」

 アリサには好き嫌いがないの、なんでも食べる、いい子だわ。

「甘味は別腹よね。クレープうま~。試食って、どうしてこんなに美味しいのかしら」
「ん」

 こんなに色々な味があるなんて、不思議。サトゥーは料理の魔法が使えるのよ。きっとそうだわ。でも試食って一口サイズだと思うの。アリサみたいに普通サイズを食べてたら晩御飯を食べれなくなるの、本当よ?

「アリサ?」

 着替えの時に、自分の体を見て固まっているアリサに声をかけたの。
 どうしたのかしら? 少し心配だわ。

「や~ね~ なんでも無いわよ。幼児体型ってや~ね。そう、これは幼児体型のせいなのよ」

 何か自分に言い聞かせてるみたい? 違うのかしら? でも、そう見えるの。

「ついに、ついに来たかスポンジケーキ! ねえねえ、やっぱり生クリームとイチゴよね! くう~ 今生でもケーキが食べれるなんて、正に至福」

 よっぽど好きなのね。好きなんだわ。
 あんなに大きなケーキを半分も食べちゃうなんて。

 一口食べて反省したの、だってあんなに美味しいなんて! 美味し過ぎるのよ。
 その後はみんなで貪るように食べたの。だって美味しいんだもん。





「みんな、一人ずつ、この台に乗って」

 サトゥーが、何か箱というか台みたいな魔法道具を持ってきたの。
 乗ると、横に付けられた針が回るの、クルクルまわるの。ちょっと触りたかったけど、触ろうとしたタマが怒られていたから我慢するの。我慢したのよ?

 その台を見てアリサが顔を顰めているわ。どうしたのかしら?

「嫌! その悪魔の機械とは前世で決別したの! 二度と乗らないと心に誓ったのよ」

 アリサが全力で嫌がってる。そんなに嫌なんだわ。
 でも、サトゥーが珍しく「命令」して乗らせている。アリサは「服!きっと服が重いの!」とか言っているけど、あの服は薄い木綿のとても軽い服よ? 羽のように軽いの。

 サトゥーが聞いた事の無い言葉で、アリサに告げているの。メトァボって何かしら? 気になるのよ。

「アリサ、5キロ落とすまで、間食は禁止。揚げ物もメニューから外すよ」
「にゅ! 揚げ物無しは、みんな~?」
「ま、待ってなのです! 揚げ物はジュウヨウなのです!」
「アリサだけじゃ可哀想だから、脂分少な目のメニューに変えるよ」

 あぶら? ギトギトが減るのは好ましいのよ。
 でもポチとタマには辛いみたい。「ぽち~」「たまぁ」と情けない声を出して抱きしめあっている。リザも空を見上げて何かを堪えているわ。辛いのかしら?

 でも、アリサのポッチャリを治すのには必要らしいの。サトゥーがそう言ったの。
 お腹ポッコリは可愛かったけど、病気なのかしら? 病気なのだわ。

 みんなで協力してアリサのポッチャリを治しましょう。
 がんばって、アリサ。応援しているわ、頑張るのよ。

「ダイエットなんてキライよ~~~」

 アリサの絶叫が何処までも木霊したの。
 美味しいご飯にも危険があるって、初めて知ったわ。

 サトゥー、あなたは危険な人なのね。
少し活動報告のSSと違う部分がありますがご容赦を。
幕間:姫巫女
 サトゥー視点ではありません。
 本編の8年ほど前(後半は4~6年前)のお話です。久々の三人称です。

※9/15 誤字修正しました。

「リーングランデ!」

 幼い女の子の声が広い私室に響き渡る。

「リーングランデ!」

 女の子が内心の黒い感情を吐き出すように、両手に持ったクッションをソファの背に叩きつける。

「リィーン、グゥラァン、デッ!」

 非力な女の子の腕力では、ぽふっと軽い音がするだけで、クッションの中に詰まった水鳥の羽すら外に飛び出さない。
 普段からあまり運動などしないのだろう、ほんの数分間クッションを振り回しただけで女の子は呼吸を乱している。

 そこに控えめな少年の笑い声が漏れた。

「だれ!」

 荒い息と共に収まりつつあった少女の怒りが再燃する。なぜなら、彼女は暴れる前に部屋付きのメイド達に人払いをしておくように言いつけたのだから。

「お冠だね、セーラ」

 笑いを噛み殺しながら物陰から出てきたのは、女の子(セーラ)の兄、ティスラード・オーユゴックだ。先程からセーラが叫んでいたのは、2人の同腹の姉の名前だ。

「ティスラード兄さま! 物音も立てずに入ってくるなんてシツレイだわ」
「ごめんよ」

 セーラの剣幕を柳のように受け流し、優しく微笑む少年。10歳という年齢にしては少し老成している印象を受ける。

「リーン姉さまの名前を連呼して、どうしたんだい? また、お喋りなメイド達の陰口でも聞いたのかい?」

 図星を指されたのか、赤く染めた頬を膨らませてそっぽを向くセーラ。普段はめったにしない子供らしい仕草も、兄のティスラードの前ではさほど珍しくない。

「ふーんだ、いつもみたいな話よ――

『ねえねえ聞いた? リーングランデ様が失われた魔法を復活させたんですって!』
『あなたマダそんな古い話をしているの? 今度は迷宮都市の地下で、聖騎士様たちを率いて階層の主(フロア・マスター)を討伐したんですって! その証に雷の魔剣まで手に入れられたそうよ?』
『まあ、迷宮の魔剣って金貨何百枚もするんでしょ? 凄いわね~』

 ――ですって。しかも最後は『それに比べたらセーラ様って普通よね』よ。余計なお世話だと思わない? そんなの十分判ってるわよ! 天才の姉を持った妹の大変さなんて、天才の姉を持った妹にしか判らないんだわ!」

 メイド達の声色を真似て語る妹の話を聞いて、苦笑する少年。なぜなら、殆ど同じ内容を自分に置き換えた話を、執事やメイドがしているのを聞いてしまったばかりなのだから。そこできっと同じような境遇であろう妹を慰めにわざわざ足を運んだのだ。

 あくまで妹を慰めにだ。彼は傷を舐めあうほど(やわ)な感性をしていない。そんな事では、将来、祖父や父の後を継いでこの大領を治める事はおろか、海千山千の貴族達と渉りあう事などできないのだから。

「セーラ、姉さんと自分を比べるのを止めなよ。あの人は特別だ。それこそ王祖ヤマト様や中興の賢王ザラ様のような歴史に名前を残す人達と肩を並べるような傑物だよ。大樹と自分の背を比べて、私のほうが背が低いと嘆くようなものだ」
「う~、判ってるけど! 理屈じゃないの!」

 僅か7歳の子供にいう言葉では無いが、同年代の子供達より遥かに聡いセーラは、兄の言葉を十二分に理解している。それでも、幼い彼女の心はそれを是としないのだ。

「怒ってばかりだと眉間に皺が寄っちゃうよ? 将来好きな男の子が出来た時に嫌われても知らないよ」
「ふ、ふんだ。その時は兄さまのお嫁さんにして貰うからいいの!」

 兄の言葉に憎まれ口――というには少し可愛らしい――を返しつつも、セーラは眉間を指で撫で付ける。幼くとも乙女心はすくすくと育っているようだ。





「洗礼?」
「ああ、ユ・テニオン巫女長が自ら執り行ってくださるそうだ」
「へえ、それは凄い。良かったね、セーラ。救世の聖女様が洗礼の儀式をしてくれるなんて、父さま以来じゃないかな?」

 ティスラード少年の言う「救世の聖女」とは、ユ・テニオン巫女長が勇者の従者をしていた事と彼女の持つ「聖女」の称号から付いた二つ名だ。彼女は老齢を理由に、洗礼の儀式をする事はほとんどない。事実、この公都の跡継ぎたるティスラード少年や姉のリーングランデ嬢の洗礼さえ、彼女では無く司祭長が行っていた。もっとも、階位的には司祭長の方が上なので文句を言うのは筋違いだ。

 セーラは満面の笑みで父と兄に抱きついて嬉しさを表現する。

 彼女は特別が好きだ。
 優秀過ぎる姉を持ってしまったばかりに、ほとんどの特別は姉のモノとなってしまっているのだから。

 三週間の準備の後に、セーラは兄の付き添いの下、テニオン神殿へと赴く。普通なら、城内にある礼拝室で執り行うのだが、巫女長の健康が思わしくない為に、テニオン神殿の聖域内で執り行われる事となった。

「あなたが、セーラね」
「は、はいっ。巫女長さま」

 緊張のあまり大声になってしまい、淑女らしからぬ己に恥じ入るセーラ。巫女長は、そのセーラの頭を優しく撫でて「お顔を上げて、元気がいいのは素敵なことなのよ?」と耳元でそっと囁く。その優しげな姿からは、勇者と共に魔王を討滅したとは想像だにできない。

 巫女長はセーラが落ち着くまで膝の上で抱きしめ、その髪を優しく撫でる。セーラの緊張が解けたのを確認して、彼女の手をとって儀式の魔法陣へと向かった。

「いいこと、儀式の間は大好きな人の事をお考えなさい」
「神様にお祈りしなくてもいいの、ですか?」
「ええ、心を落ち着けて好きな人を考えるの、その暖かな気持ちを神様に届けてあげるのよ」

 これは巫女長のやり方であって、テニオン神殿の公式な作法では無い。普通は、魔法陣の中に立たせて、洗礼の呪文をかけるだけで終わりだ。

「大好きな人は思い浮かべたかしら?」
「はい、巫女長さま」
「うふふ、誰を思い浮かべたのかしら。将来の旦那様?」
「ち、ちがうもん。セーラは結婚なんてしないの」
「あらあら、それじゃ巫女になるのかしら?」
「うん、セーラ、巫女になる!」

 からかう巫女長に釣られて、子供のような口調になるセーラ。もちろん、彼女はその事に気が付いていない。幼い頃の姉とのやりとりを思い出して、その思い出に流されたようだ。

「うふふ、■■ ■■■ ■■ 洗礼(イニシエイション)

 巫女長の呪文に応えるように、魔法陣が青く柔らかな光を放つ。魔法陣の上に浮かび上がった小さな青い光がセーラを祝福するように楽しげに踊る。まるで、御伽噺に出てくる小さな羽妖精(フェアリー)のように軽やかに。

 そのうちの一つの光がセーラの胸に吸い込まれるように消えて、洗礼の儀式は終了した。

「目を開けなさい。神託の巫女セーラ」
「はい」

 先程までの優しい老婦人のような巫女長とは打って変わった凛とした声に釣られて、少し澄ました声で応えるセーラ。巫女長の目には、彼女の身に「神託」のギフトと「テニオンの巫女」の称号が見えている。

 洗礼の儀式でギフトを得る者は、ごくごく稀にだが存在する。だが、神託のギフトを得た者は、公都のテニオン神殿の長い歴史でも前例が無い。
 その証拠に、巫女長とセーラを除く周囲の者達はまるで事態に付いて行けずに、儀式が始まった時の姿勢で固まっている。彼らが動き出すまでに、今しばらくの時が必要だった。





「セーラ・オーユゴック、あなたはオーユゴック家を出て、テニオンの御許に仕えますか?」
「はい、司祭長さま」
「では、今この時をもって、あなたはただのセーラです。さあ、お立ちなさい巫女セーラ。テニオン神殿はあなたを歓迎します」

 作法通りの問答をすませ、少女は公爵家の令嬢の恵まれた生活と地位を捨て、テニオン神殿の巫女見習いとして入信した。

 反対する者は少女を含め、誰一人としていなかった。それは、この公都――人口20万人を誇る大都市でも7人目、人口70万を超える公爵領全体で見ても9人目の「神託」のギフト持ちとあっては、そのギフトを確実に育てる手法を有する神殿に、身を寄せる以外の選択肢はなかった。
 この「神託」というギフトは限定的ながらも、直接、神に問いかける事のできる力を持つ。これは神に大災害を予見して貰える唯一の手段なのだ。

 それ故に、神託の巫女の訓練は熾烈を極める。





「セーラ、レレナ、ローザ、ここに並びなさい。いいですか、その魔法陣の中にいる限り安全です。決して取り乱さないように」

 3人の少女達の(まと)う巫女服は、みな違う種類だ。それぞれテニオン、パリオン、ガルレオンの3つの神殿を指し示す聖印が縫いこまれてある。

 レレナとローザは、セーラより1つ年下の9歳。セーラに1年遅れて巫女になった娘達だ。2人はセーラの血縁で、共に生まれた時から「神託」のギフトを持っていた「特別」な少女達だ。

 ここは公都の7神殿が共有している秘密の墳墓。
 神殿の中でも、ごくごく限られた一握りの者達しか知らされる事は無い秘密の場所だ。

「きゃっ」
「ああ、神様」
「くっ」

 魔法陣の向こう側、鉄格子で遮られた広い広い通路の奥から、幾体もの不死の魔物(アンデッド)が、ずりずりと這い寄ってくる。
 それは、死後の世界への扉が開いたかのような悪夢の光景だ。

「落ち着きなさい、巫女見習い達よ」
「さあ、彷徨える怨霊達を安らかに眠らせてあげなさい」
「唱えなさい、祝福の詔を!」
「「「祝福を!」」」

 少女達の後ろを固めている、護衛の神官たちの言葉が怯えを払拭させる。

「■■■ 祝福(ブレス)
「■■◆ 祝福(ブレス)
「■◆■ 祝福(ブレス)

 だが、それでも幼い少女達は極度の緊張から初歩的な魔法を失敗してしまう。セーラ以外の2人は、焦って呪文を失敗させてしまっていた。

「落ち着きなさい。レレナとローザはもう一度詠唱なさい。セーラはそのまま待機していなさい」

 指導員の神官の声に叱咤され、尚も数度の失敗の末に、ようやく呪文に成功させた2人。胸を撫で下ろす彼女達を嘲笑うように、鉄格子の向こうの不死の魔物(アンデッド)は、やかましく腕や触手を仕切りに叩きつける。祝福では不死の魔物(アンデッド)達に僅かなダメージしか与えられない。

 だが、それで十分なのだ。

「■■ 浄化(ターン・アンデット)!」

 ここで周りに控えていた高司祭からの浄化の魔法が浴びせかけられて、ようやく不死の魔物(アンデッド)は動きを止め、ただの屍に戻る。

 無数の不死の魔物(アンデッド)を倒した膨大な経験がセーラ達3人と高司祭へと流れ込む。急激な成長は身を引き裂くような痛みが襲う。少女達は急激に成長(レベルアップ)する己の体を抱きしめて、床の上で悶え苦しむ。それは成長の証、癒しの魔法は成長を妨げる故に使う事ができない。

 少女達は知らない。

 この不死の魔物(アンデッド)達が、彼女達の成長を促すためだけに神官達の禁呪によって作られた事を。

 これから幾度と無く、この秘密の儀式を行わねばならない事を。

 そして成長した少女達は、神託を受ける。
 過酷な未来を。

 ああ神よ。
 願わくば、少女達と人類の未来に、幸あらん事を――。
 明日からは9章です。
幕間:セーラ
 サトゥー視点ではありません。
※本日2本目です。「幕間:姫巫女」もご覧ください。

※8/9 誤字修正しました。
 叔父上に呼び出された先に居たのは、見知らぬ男達でした。ああ、以前から注意されていたのに、血縁を信じた私が愚かなのでしょうか。

 私は捕らえられ、何か卵の様な物を飲み込まされました。喉に痞えて何度も吐きそうになりましたけど、何かの薬と一緒に無理矢理に飲み込まされ、そのまま意識を失ったのです。

 次に目覚めた時に目に入ったのは、見慣れた天井と巫女長さまのお顔でした。見慣れた場所と思ったのも道理です、ここは、テニオン神殿の聖域だったのですから。

 事件の詳細は教えて頂けませんでしたが、巫女長さまが、「もう、全て終わったのよ。あなたを害するものは、もういないわ」と仰ってくれたので、その日はそのまま巫女長さまに体を預けるように眠りに落ちたそうです。子供みたいで、すこし、恥ずかしいです。





 その夜、夢を見ました。
 銀色の仮面を被った男の人と何かを話している夢です。聞いた事の無い口調で話しているのは確かに私です。でも、どうして裸なのでしょう。ああ、そんなに腕を振ったら。もし、これが夢じゃなかったら、塔の天辺から飛び降りなくてはいけません。
 ああ、裸のままで立膝まで……。

 夢の中で、私は羞恥に悶えました。





 こんなに寝起きが待ち遠しい日はありませんでした。
 幾ら夢でもあんまりです。

 落ち込んでいても仕方ありません。ここは気分を一新して頑張りましょう。
 まずは、朝のお務めです!

「ああ、セーラ。巫女長さまから、4~5日は、魔法を使わないようにしなさいと指示が出ています。しばらくは炊き出し班の方を手伝ってあげてください」
「はい、巫女頭さま」

 いきなり、出鼻をくじかれました。
 とっても遺憾です。





 もうっ! 今日は散々です。
 炊き出しの時に割り込んでくる人や、騒動が起こるのはいつもの事だけど、一体何度騒動が起これば気が済むのかしら。闘技大会が行われる時期はいつもらしいけど、今年は魔王の季節なだけじゃなく「自由の翼」とかいう変な集団が荒唐無稽なことを吹聴しているからか、余計に不安を暴力で発散してしまうみたい。

 顔を洗いに行っている間に、炊き出しを手伝ってくれている叔母さんが怪我をさせられてしまったなんて。体の怪我は魔法で癒せるけれど、傷ついた心までは癒せないの。せいぜい落ち着かせるくらいしかできないわ。

 騒動を治めてくれたリザという鱗族の女性とアリサという小さな女の子が、見かねて手伝いを申し出てくれなかったら、今日の炊き出しが中止になっていたかもしれません。炊き出しで命を繋いでいる子供達も多いから、中止だけはしたくなかったの。

「ありがとう、助かるわ」
「いいえ、ご主人様も、困っている人を見たらきっと手伝えって言ってくださるはずですから」

 ご主人さま?
 気になって、そのルルという子に確認してみたら、彼女達は名誉士爵さんの奴隷なんですって。奴隷にしては身奇麗すぎないかしら?
 彼女達が奴隷というのに驚いたのは、身奇麗なだけじゃなく、奴隷達に特有のどこか諦めたような退廃感がまるでしなかったから。こんなに明るく屈託の無い表情をする子達が奴隷だなんて、信じられないわ。

 炊き出しをしながら、ルルという子に、彼女のご主人さまの話を聞いてみた。まるで、恋人――いいえ、片思いの人の事を語る娘たちのような、そんな純粋な恋心を感じたわ。恋をした事が無い私には、それが少し、そう、ほんの少しだけ羨ましかったの。

 だからかしら?

 彼女達のご主人さま――ペンドラゴン士爵にお会いした時に初めて会う人に見えなかったの。

「あの、どこかでお会いしましたよね?」

 思わず、そんな事を言ってしまって、慌てて言葉を足して誤魔化してしまったの。

「いいえ、初めましてですよ。セーラ様」
「そうでしたかしら……」

 でも、否定されると変な気がするの。本当に知り合いじゃなかったのかしら?
 どこかで見た気がするのだけど。

 思い出せないわ。

「セーラ様、配給の人が待ちわびてますよ」

 えっと、ひょっとしてずっと士爵様の顔を見つめてしまっていたのかしら?
 恥ずかしい。人前で男の人に見とれてしまうなんて、巫女長様に知られたら怒られてしまうわ。いいえ、あの方なら、きっと楽しそうに、からかって来そうね。

 士爵様はルルさんのご主人様らしく、平民のオバさま達相手でも偉ぶらずに愛想良く作業を手伝ってくれているみたい。

「あんた貴族の割りに筋がいいね。家を継がなくていいなら、うちの店で働かないか? うちの娘を嫁にやるよ」
「だ、ダメです」

 オバさまのいつもの軽口なのに思わず反応してしまったのに自分で驚いてしまいました。同じ言葉を叫んでしまったルルさんと目を合わせて、笑い合ってしまいました。

 だって、どうしてか笑いがこみ上げてくるんですもの。
 こんなに心が沸き立つなんて、初めてです。

 片付けまで手伝って貰ってしまったのだけれど、突然現れたリーン姉さまに驚いてしまって、お礼を言い忘れてしまったの。

 失礼な女の子だとは思われなかったかしら?





 2度目に会ったのは、ティスラードお兄様にお祝いの言葉を伝えるために訪れたお城の舞踏会だったの。

 だけど、このムカムカは何かしら。

 年下の子達に囲まれる士爵様を見ていると、どうしてか心がささくれだって来るの。

「お久しぶりです、サトゥー様」

 どうして士爵様の事をファーストネームで呼んだのか自分でもわかりません。士爵様の周りにいた女の子達の視線がすごい勢いで集まったような気がするのだけど、この人って、ひょっとしてモテるのかしら?

 そんな事ないわよね?

 思わず失礼な事を考えてしまったのだけれど、彼が作ってくれたお菓子を食べて納得してしまったの。こんなに美味しいお菓子だなんて。お城の料理長も上手だったけれど、このお菓子は桁違いに感じるわ。

 一口ごとに幸せになる。

 そんな感じなの。

 少女達と踊る士爵様を見ていると、さっき感じたモヤモヤが強くなっていく感じがする。私が誘ったら踊ってくださるかしら?

「おモテになるんですね、サトゥー様」

 ああ、こんな厭味な事を言うつもりは無かったのに。
 なのに彼は見当違いな自己評価を返してくるの。それが可笑しくて、つい、クスクスと笑ってしまったのよ。彼は不思議なほど自分の評価が低いみたい。
 でも、彼って、優しいのに案外意地悪なの。私に「様」を付けないでってお願いしたのに、なかなか承諾してくれないんだもの。こんな事、めったに言ったりしないのに。

 そうそう、彼は料理だけじゃなくて、ダンスも上手だったわ。





「何かいい事でもあったんですか? サトゥーさん」
「はい、難航していた仕事が上手く行きそうなのです」

 サトゥーさんは舞踏会の時の約束を守って、あれから何度も炊き出しを手伝ってくれている。そしてついに前回の炊き出しの時に「サトゥーさん」「セーラさん」って「様」付け以外で呼び合えるようになったんです。神殿では皆が「様」付けだったから、呼び捨てで呼び合えるお友達に憧れていたの。

 ふふ、呼び捨てまで、もう少しです。

 べ、別に恋人同士になりたいわけじゃないですよ。
 巫女ですから!





 そうだわ、サトゥーさんってティスラード兄さまに似ているんだわ。
 いつも優しい微笑みを忘れない事とか、女の人が言い寄っても受け流す所とか、怒らせるような事を言っても困った顔をするだけで決して手を上げないところとか。

 巫女になってから、兄さまにあまり会えなかったのが寂しかったのかしら?
 まるで、子供みたいだわ。

 ティスラード兄さまから戴いた歌姫の公演券が2枚あったから、勇気をだしてサトゥーさんを誘ってみたら、快く了承してくれました。「見てみたかったんですよ」という言葉が額面通りなのが不満です。もう少し恥ずかしそうな顔をしてくれてもいいじゃないですか。

 歌姫の歌は素晴らしかったそうです。
 ごめんなさい、素敵な歌も、私の耳を素通りしています。

 だって!

 兄さまが下さった公演券の席が恋人用なのか、座ると殆ど隙間ができないのですよ?!兄さま以外の男性とこんなに接近するなんて初めてで、心臓が破れそうなくらいドキドキしました。

 サトゥーさんは平常通り、視線があってもにっこりと微笑を返してくれるだけで、ぜんぜんドキドキとかしていないみたい。あの澄ましたほっぺをツネりたくなっても仕方ないと思うの。もちろん、心の中で思うだけで実行に移したりは出来ないのですけれどね。

 こんなに近くに座っていると、体の奥からサトゥーさんに引っ張られるような感じがするのです。まるで歯車がかみ合うような、ここが私の場所だと心の底から何かが訴える様な、そう魂が引かれ合う様な、そんな不思議な感じです。

 これが、同僚の女神官の人達がいう恋なのでしょうか。
 でも、少し違う気もします。

 私は自分の気持ちを明確にするのに、臆病になっているのかもしれません。





 どうして彼は奴隷を連れているんだろう?
 他人を信用できない人かと思ったのだけれど、とてもそうは見えない。ポチちゃん達を見る限り、とても大切にしているみたいだし、家臣を雇えないほどお金が無いわけではないと思うのだけど。

「ああ、迷宮の奥で主人を失った彼女達を保護して地上まで連れて行ったんですよ」
「め、迷宮からですか?」
「はい、ご主人様がいなかったら闘う術を持たなかった私達は、迷宮の底で魔物達の餌食だったでしょう」
「むてきにすてき~?」
「ご主人様はサイキョーなのです!」

 それで皆さんサトゥーさんを、あんなに信頼しているんですね。

「迷宮を出た時に解放しようとしたんですが、嫌がられてしまって……」
「ご恩を返すまでは、ご主人様にお仕えさせて戴きます」
「ごえつシュドーン?」「いちれんタクシーなのです」

 タマちゃん達の言葉は良く判らないけど、奴隷というよりは忠臣みたいな感じなのかしら。

「わたしらは、悪い魔法使いの『強制(ギアス)』に縛られてるから。解放しようとしてもキャンセルされちゃうのよ」

強制(ギアス)」ですって?
 公都にも使える人は居なかったはず。神への祈願魔法なら解けるかもしれないけど、代償が大きすぎて巫女長さまに頼んでも断られそう。

「セーラさん、もし『強制(ギアス)』を解ける方法があるのなら教えて戴けないでしょうか?」
「神聖魔法には『祈願(ウィシュ)』というものがあるのです。その魔法なら解けるかもしれませんが、代償が大きいのです」
「代償とは?」
「そ、それは……」

 私は思わず言い淀んでしまいました。
 代償は「祈願(ウィシュ)」の大きさによって変わるのです。寿命が10年縮まる程度で済む事もあれば、命の火の全てを捧げる必要があるかもしれないのです。
 言い淀んだ私の姿に全てを悟ったのか、サトゥーさんがそれ以上問いただして来る事はありませんでした。





「あるわよ?」
「ええっ?」

 私の問いかけに巫女長さまはあっさり肯定を返したのです。

「パリオン神国のザーザリス法皇なら『強制(ギアス)』を解けるはずよ。私にも解けるけど、2人は無理ね。1人を解除するだけで私の寿命が尽きてしまうわ」

 でも、私はこの事をサトゥーさんに告げれませんでした。だって、「強欲」と言われるほど人材を求めるザーザリス法皇ならサトゥーさん程の傑物を見逃すはずが無いのですもの。アリサ達には悪いけど、私が祈願魔法を使えるまで待って貰いましょう。

 そんなに待たせないわ。
 必ず10年、いえ5年以内に、至高の頂まで登りつめて見せる。

 彼女達を解放した暁に、私はきっと――
 どうもルルと似てしまう。

 次回は恒例の登場人物紹介やスキル一覧を挟んで9章が始まります。
SS:オリオンと噂
※サトゥー視点ではありません。
 ムーノ男爵嫡男のオリオン君視点のSSです。

※1/2 誤字修正しました。

 永らく音信不通だった父上からの手紙が届いた。

 なんと魔族の姦計で、あやうく男爵領が滅ぶ寸前だったらしい。丁度、その時にムーノ市に訪れた商人とその護衛兵士達のお陰で、壊滅を免れたと書いてあった。

 商人の護衛程度が魔族と戦えるものなのか?
 父上は、その商人に騙されているのでは無いか?

 その疑いは、父上がその商人を名誉貴族に叙爵したと聞いてより深くなった。





 ニナ・ロットル? 知らない名前だが、同時に届いた父上からの手紙に新しい男爵領の執政官をする事になった名誉子爵らしい。

 エセ貴族の名誉子爵なら、食い詰めて男爵の部下になる事も厭わないのだろうが、貴族としての階位は相手の方が上。領主は伯爵扱いされるとはいっても、よくも男爵の部下になろうなどと思えたものだ。

「ニナ・ロットル? もしかして鉄血のニナか?」
「いや、オーク喰らいのロットルだろう?」
「そうなのか? 次期公爵の愛人じゃなかったっけ?」

 少し名前を出しただけなのだが、級友達は皆、ロットル執政官の事を知っているようだ。有能な者なら、辺境の我が領土よりも公都で職を捜した方が良いと思うのだが。





 ソルナ姉様から手紙が届いた。
 ふざけた事に、平民と婚約したと手紙に書いてあった。

 馬鹿な。

 父上は男爵。それも領土持ちの貴族だ。扱いで言えば伯爵にも相当するのに、どうして貴族の男では無く、平民なのだ。

 ソルナ姉様には、貴族としての矜持や義務について、熱く書き記した手紙を送った。これで、改心してくれるといいのだが。





 ロットル執政官から手紙が届いた。

 あの商人上がりの名誉士爵が、カリナ姉様に懸想しているらしい。成り上がりの名誉士爵の分際で、主家の姫君を嫁に求めるとは身の程知らずにも程がある。

 手紙には、2人の仲を取り持つ協力をして欲しいと書かれてあったが、とんでもない話だ。

 もしかして、ロットル執政官は、その名誉士爵と組んで男爵領を乗っ取ろうとしているのだろうか?

 父上は人を疑う事を知らない方だ。

 私が、何とかして士爵の化けの皮を剥がなくては!





 父上の名代として公爵様に招待された夜会で、初めて件の名誉士爵と出会った。今までも何度か、面会の申し込みがあったのだが、適当な理由を付けて断っていたのだ。

「サトゥー・ペンドラゴンと申します。以後、お見知りおきを」
「うむ、オリオン・ムーノだ。サトゥー士爵、よしなに頼む」

 ふむ、野心という言葉と対極にありそうな無欲な顔だが、詐欺師ほど善人に見えるというからな。騙されるわけにはいかん。

 その翌日から、友人達から聞かされたのは、あの名誉士爵の所業だ。夜会で知り合った娘達の家に、ずうずうしくも押しかけ、お茶会という名目で、誰彼構わず縁談の申し込みをしていると言う。

 なんたる事だ!

 カリナ姉様だけは、何としてでも守らねば。
 公都にいる限り、決してあの男の良いようにはさせん。

 私は、拳を握り締め、部屋に差し込む夕日にそう誓った。
※2013/09/15 の活動報告に掲載したSSの再収録です。
SS:ポチの怖いモノ
※サトゥー視点ではありません。
 ポチ視点のSSです。

※1/2 誤字修正しました。

「ポチ、いい話を教えてあげようか?」
「その顔は悪い顔なのです。アリサがポチを騙そうとしているのです」
「や~ね、そんな事無いわよ?」

 アリサがスゴイお話をしてくれたのです。
 これで魚生活とはお別れできるのです。

「ご主人さま! 大変なのです」
「どうした?」
「えーっと、えーっと、そう、ポチはお肉が怖いのです」
「へー、そりゃ大変だ」
「ヤキニクを見せられたら?」
「怖くて倒れそうなのです」

 アリサに言われた通り、顔を手で覆って、精一杯怖いアピールをしたのです。

「じゃあ、ステーキなんか見せられたら」
「悲鳴を上げて気絶しちゃうのです」

 今度は頭を抱えてしゃがむのです。

「そっか~、ポチも大変だね」
「そうなのです、大変なのです」

 ご主人さまが、アリサ言ってたみたいに笑ったのです。
 これで今晩はお肉なのです!

 だって、肉の焼けるいい匂いがしてきたのです~♪
 晩御飯が楽しみでワクワクなのです!


「おいし~」
「美味です、ご主人さま」

 あれ? あれ? 待ってなのです。
 可笑しいですよ?

 周りをキョロキョロみると皆の席にはステーキがあるのにポチの皿には。

「どうして、焼いたお魚なのです?」
「ポチは肉が怖いって言ってたから魚にしておいたよ。早く言ってくれたら良かったのに」

 ご主人さまがニッコリと笑ってくれます。ちょっと幸せな気分なのですが、違うのです。お皿を持ってオロオロしているとアリサが悪い笑顔で声をかけて来たのです。

「どうしたのポチ? お魚も美味しいわよ?」

 あ、アリサにやっぱり騙されたのです。

「はい、ポチ、お茶も怖いかもしれないから水だよ」

 ご主人さまがクスクスと笑いながら水の入ったコップをくれたのです。アリサが教えてくれたオチまで先に言われてしまったのです。

 夢もチボーもないのです。

 ガクリしながら魚さんを見つめていると、ルルがステーキのお皿と交換してくれました。

「もう、ご主人様もアリサもポチちゃんが可愛いからって遊びすぎです」
「ごめん、ルル、ついね」

 肉、肉なのです!
 ビックリして周りを見回すと、みんな頷いてくれたのです。

「ご主人さま、食べていいのです?」
「いいよ、沢山食べなさい」

 今度からは普通にご主人様に「肉が食べたいのです」と伝えるのです。
 それから、ルル、ありがとなのです。
※2013/07/14 の活動報告に掲載したSSの再収録です。

>ポチに「まんじゅうこわい」の昔話を教えてあげたい。
 という感想から生まれたSSです。

 この辺りから、ポチが弄られキャラに。
 なお、ポチの魚の皿はスタッフが美味しく頂きました。
SS:クリスマス
※12/24の活動報告に掲載したものと同じです。
 12/25に追加投稿したのは、次の「幕間:パーティー」の方です
 ふんふんふ~ふんふんふ~ふんふんふん、ふ、ふ~

「アリサが気持ち悪いのです」
「だいじょうび~?」

 むむむ、失礼な!

「クリスマスの準備をしてるのよ」
「くいすあす?」
「楽しいのです?」

 ぐぬぬぬ。過去の嫌な思い出が脳裏に……落ち着きなさいアリサ。今日は大好きな人と一緒のクリスマスじゃない。2人っきりじゃないけど、幸運の神様がこんなサービスをしてくれるなんてめったにないんだから楽しまないと!

「楽しいわよ。ごちそうを食べたり、みんなで遊んだりね」
「いつもといっしょ~?」
「毎日がクリスマスなのです!」

 いや、そーだけどさー、違うのよ。
 くそう箇条書きマジックがわたしの邪魔をする!

「クリスマスには赤い衣装を着たサンタさんって人が、プレゼントを配ってくれるの」
「ぷれぜんと~?」
「贈り物って事よ」
「肉なのです?!」
「クジラの唐揚げがいいのです!」

 あ~、アレは美味しかったわよね~。
 おっと、2人のペースに乗せられちゃった。
 このままだとサンタコスの準備が間に合わないかな。
 よし、ここは一石二鳥を狙おう。

「でもね、プレゼントは良い子しか貰えないのよ」
「タマいいこ~」
「ポチだって良い子なのです!」
「あら、そうかしら? 自分では良い子だと思っていても他の人はそう思っていないかもよ?」
「うにゅ~」
「そ、そんな事ないのです! アリサは意地悪なのです!」
「悪い子にはね」

 そこでいったん言葉を切って2人の注目を集める。

「くろ~い衣装を着た黒いナマハゲが、やってくるの」

 演出を狙って徐々に声を潜めていく。
 2人が息をのむ瞬間を待つ。

「悪いごはいねが~!!」
「わるいこいない~!」
「ポチもタマも、いいこなのです~~」

 両手を持ち上げて、大声で叫ぶと、2人は悲鳴を上げながら階下のご主人様達のいる部屋に走って行ってしまった。
 うん、からかい甲斐のあるイイ子達だ。





 昼間怖がらせたお詫びに、ポチとタマにも靴下をプレゼントした。
 枕元に置いておくとサンタさんが、プレゼントを入れてくれるんだよって教えてあげたら、嬉しそうにつるしていた。
 ミーアも普段はいているオーバーニーソを下げていたけど、細いからプレゼントを入れたら伸びちゃわないかな?

 4人でベッドに横になって、幸せな眠りについた。





「あら? アリサまで寝ちゃったみたいです」
「じゃあ、プレゼントを入れて下に戻ろう」
「はい」

 クリスマス夜の部はアリサは不参加か。
 せっかく、ムーディーな音楽を流す魔法道具や、大人っぽいしゃれた食器やオードブルを用意したのに、残念だ。

 オレは、幸せそうに眠る4人に癒やされながら、静かに寝室の扉を閉めた。
幕間:パーティーの夜
※2/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。社会人になってからのクリスマスは、職場にいることが多い気がします。3月が年度末じゃなかったら、もっと平和な年末が過ごせると思うのです。





「ご主人様、アリサの様子が変なんです」

 アリサはいつも変だけど、ルルが言うならもっと変なのに違いない。
 ルルに言われて見に行ってみると、暗い部屋で遠くで上がっている花火を眺めながら「さーいれんなーい、ろーんりーなーい」と微妙に替え歌になったクリスマスソングを口ずさんでいる。
 また何か過去のトラウマでも刺激されたのか?

「何か嫌な事を思い出したみたいだからそっとしておいてやろう」
「は、はい……」

 妹思いのルルを安心させるためにも、楽しいクリスマスパーティーでも開いて、嫌な思い出を上書きしてやろう。





「どうしたの急に? こっちはクリスマスもバレンタインも無いわよ?」

 普段のアリサに戻っていそうだが、小さく「リア充ざまぁ」とか呟いているから、まだ後を引いてるみたいだ。

「そうなのか、過去の勇者達が広めているかと思ったんだけど」
「クリスマスなんて都市伝説なのよ。ツチノコがこっちにいないようにクリスマスも存在しないの! QED完了!」

 いや、凄く無理があるぞ? 大体なにも証明できてないし。
 まあ、いいや。

「ごちそうを作ってクリスマスパーティーっぽい事をしようと思ったんだけど、それなら止めておこうか」
「ごちそ~?」
「肉祭りなのです?」
「果物祭り」

 ごちそうという言葉に年少組が反応してしまった。

「七面鳥の丸焼きとか、シャンパンとか? 骨付きの鶏カラもある?」
「七面鳥は見たこと無いけど鶏っぽい鳥はいたから、それで良かったら作れるよ」
「やふー! だったら、クリスマス衣装も作んなきゃね! ミニスカサンタを期待しててね!」

 空元気かもしれないけど、少しは元気が出てきたみたいだ。





「ご主人様、ケーキを作るのに使うルルの実なんですけど――」

 ルルの話によるとティスラード氏の結婚式から、市場で売り切れが続いているそうだ。ルルに頼まれて食材を買い付けに行っていたエリーナとタルナのペアが椅子に腰掛けて灰色に力尽きている。
 エムリン子爵に直接話して分けて貰おうかな。令嬢との縁談を断ったから気まずいが、子爵も本気じゃなかっただろうし大丈夫だよね。

「そっちは何とかするよ。ルルはケーキスポンジの方を頼みたいけどできそう?」
「はい! 特訓したから大丈夫です!」

 ルルは努力家だな。ケーキや料理の仕込みはルルに任すとして、人手が足りない分は、ムーノ男爵のメイド隊を借りよう。芋の皮むきくらいならできるはずだ。





「士爵さま!」
「やあ、リナ様、お久しぶりです」

 エムリン子爵邸で出迎えてくれたのは、次女のリナだ。
 ルルの実の果樹園の価値を一気に高めたお陰か、エムリン子爵がお礼のつもりなのか、先日、このリナとの縁談を持ちかけられたんだよね。いくらなんでも、ポッと出の格下貴族の嫁になんて可哀相過ぎるので、ちゃんと断ってある。

 エムリン子爵が応接間に現れるまで、彼女の新しいドレスを褒めておいた。前のドレスは母君のを仕立て直したものだと言っていたから、よほど新しいドレスが嬉しかったのか、褒めるたびにクルクルと表情が変わって楽しかった。

「ほう? クリスマスパーティーですか?」
「はい、王祖様の時代の料理の研究をしているときに見つけた古文書に書いてあったのです。先日、勇者さまに伺ったところ、勇者様の故郷でのお祭りと教えて頂いたので、一度料理だけでも再現してみようと思いまして」

 せっかくだからハヤトを言い訳に使ってみた。公都の人じゃないし、忙しいはずだから口から出任せだとは思うまい。
 とりあえず、相談してみたところ、ルルの実を分けて貰える事になった。なんでも果樹園に人をやって一番良い実を収穫してきてくれるらしい。相変わらず親切な人だ。
 子爵邸をお暇するときに、社交辞令で、リナにも「よかったら、パーティーにいらしてください」と告げておいた。カリナ嬢達もいるし、パーティーは多い方が良いからね。





 次に港前の食材市場に向かった。
 ミーアの果物祭りに使う珍しい果物や、盛りつけの彩りを良くするための野菜なんかを探す為だ。

「マしター!」
「なな、マしターいる」

 舌っ足らずな声に振り返ると、アシカ人族の子供を両手に抱えたナナがいた。後ろにはなぜか、セーラまでいる。

「こんにちはセーラさん」
「ごきげんよう、サトゥーさん」

 セーラは相変わらず、目が合うだけで、微笑みが出てしまう可憐な笑顔だ。
 でも、今日は炊き出しじゃ無いはずなのに、どうしたんだろう?

「はい、少しお使いを頼まれて、こちらに出向いていたのですが、ナナさんをお見かけしたものですから」
「せーら、マしターきいてた」
「なな、マしターのこいびと?」
「マスターとの関係を詰問されていましたので、主人と従者の関係であると宣言しました」

 セーラが顔を赤くしてナナ達の前で喋らないようにジェスチャーで訴えていたが、この3人にそんな空気を読むのを期待するのは無理があるだろう。
 しかし、巫女さんは異性と付き合うのはダメだったような気がするんだが、年頃だし、そういう話が気になるのかな。

 話を逸らそうとするセーラに合わせて、たわいない雑談に付き合う。ついでに、セーラにもクリスマスパーティーに来ないかと誘っておいた。





 帰宅途中に、もみの木っぽい木を担いだリザと合流した。
 ずいぶん本格的にやるんだな。

 屋敷に戻ると、たくさんの飾りが用意されていた。幾つかの見本を持ったエリーナが、下町の職人横町で量産してきたそうだ。アリサの依頼だったらしく、オレのツケで作らせたらしいので代金を渡しておく。金貨を渡そうとしたら大銅貨数枚で十分だと言われてしまった。まったく、こっちの手間賃は安いよね。

 飾り付けはミーアやメイド隊に任せて、オレは厨房のルルを手伝いに向かった。

「おかえりなさいませ! スポンジ生地はこれくらいあればいいですよね?」
「ああ、十分だよ」

 むしろ作りすぎじゃ無いだろうか?
 まあ、余ったら、知り合いに配ればいいだろう。

 鳥の丸焼きの準備をしながら、パーティーのメンツを考える。鳥の唐揚げや丸焼きくらいじゃ、すぐに無くなってしまいそうだ。
 手軽に量産できるクジラの唐揚げを、大量生産するべく準備を進める。皆の反応から振る舞うのを控えていたクジラの肉だが、あれからも特に変な影響とかはないので大丈夫っぽい。せっかくだから孤児院の子供達にも、ポテチやクジラの唐揚げをお裾分けしようかな。

 唐揚げのつまみ食いに現れたタルナを捕まえて、孤児院への配達係を担当させた。

「この匂いに包まれながら食べれないなんて! 士爵さまはオニですぅ~」
「オニは酷いな。パーティーのときに好きなだけ食べて良いから、配達頑張ってね」

 好きなだけ食べて良いというフレーズが良かったのか、タルナは、いつもの眠そうな顔のまま、元気よく馬車を走らせて孤児院に向かって出かけて行った。交通事故は気をつけてくれよ?
 唐揚げも作りすぎちゃったし、深夜にでもガ・ホウ達にお裾分けに行くか。





「たいへんでぇ~」
「ご主人様! 大変なのです!」
「そっか~ 大変だね」

 ケーキのデコレーションをしている所に、ポチとタマが血相を変えて走り込んできた。集中力のいる作業中なので、適当な返事になってしまった。2人は、埃が立つと料理を手伝ってくれていたリザに怒られている。少し遅れてミーアも駆けてきた。

「タマはいいこ~?」
「ポチは良い子なのです?」
「良い子?」

 3人とも、どうして疑問系なんだ?

「みんな良い子だよ」
「やった~」
「これで、夜にはサンタさんが来るのです!」
「ナマハゲ回避」

 アリサ、今度は何を教えた。というか、色々混ぜただろう!





 年少組と若手メイド隊とナナは、ミニスカサンタの衣装だ。ピナとリザの2人は、テレがあったのかロングスカートタイプを付けている。
 オレは危うく半ズボンタイプのサンタ服を着せられる所だったが、何とか回避した。

「本日はお招きに預かりまして」
「いらっしゃい、リナ様」

 到着の遅れていたリナが、やってきた。昼間とは違うドレスで、幼い彼女には不似合いな襟ぐりの広い色っぽさを強調するためのドレスだ。ちょっと背伸びしすぎたね。あと5年くらいしたら無理なく着れそうだ。
 せっかく頑張ったんだし「今日はちょっと大人っぽいですね」とリップサービスしたらクネクネと両手で頬を押さえて恥ずかしがっていた。

 そこに新たな来客が到着したようだ。

「こんばんは、サトゥーさん」
「いらっしゃい、セーラさん」

 セーラはいつもとちょっと違う。化粧に気合いが入っているし、巫女服も式典で着るような神秘さを強調するタイプのやつだ。何気に巫女服に合う品のいいアクセサリーを、目立たないように身につけている。

 セーラの巫女服やアクセサリーを褒めていたら、手持ちぶさたにしていたリナが会話に混ざってきた。この社交性をカリナ嬢も見習って欲しいね。

「セーラ様! 士爵さまは神託の巫女様とお知り合いなのですか?」
「はい、下町の炊き出しなどで、良くご一緒しています」
「サトゥーさん、こちらの可憐な方はお知り合いですの?」

 あれ? なにか火花が上がってませんか?

「あら? 良い匂いね。何かパーティーでもしてるの?」
「お帰りなさいませ、カリナ様」

 弟のオリオン君と出かけていたカリナ嬢の帰宅に、ピナ達が慌てて出迎える。

「すっごい美人」
「神よ、どうして人には生まれながらの違いがあるのですか……」

 カリナ嬢を見てリナが絶句している。セーラはカリナ嬢の胸を見た後、自分の胸を手のひらで確認した後に、神に何かを訴えていた。セーラ、神託の巫女がソレをやったらシャレにならないから。

 みんなが揃った所でケーキを切り分けてパーティーを始めた。
 ミーアのリュートに合せて、アリサ達が歌い始める。
 わざわざ、来客用に歌詞カードまで用意していた。この変形丸文字は、ポチとタマが書いたものみたいだ。

「じんぐるべ~、じんぐるべ~」
「にくがふる~」
「きょうは楽しい」
「肉祭り~」「果物祭り~」
「なのです!」

 違う、決定的に歌が違う。ミニスカサンタの年少組とナナが、アリサプレゼンツのクリスマスの自主制作ダンスを踊る。
 なんだろう、この小学校の学芸会を見物するような微笑ましい気分は。

 ケーキを食べ、季節のフルーツや鶏の唐揚げを味わいながら、皆でパーティーを楽しむ。意外にかさ増し用のポテチが人気だった。炭酸を入手したかったが、受注してからの運搬らしいので手に入らなかったんだよね。





 アリサの用意したツイスターゲームで遊んでいるところに意外な人物が訪れた。
 このゲームはカリナ嬢の一人勝ちだった。元々体が柔らかい上に、バランス感覚と筋力をラカが支援しているので、どんな変な場所を指定されても崩れないのだ。オレも早々に敗れて見物に回っていたのだが、非常に眼福だった。敗北の原因がバランスではなく二つの最終兵器だった為、ミーアとアリサにギルティーと言われてしまったが、そのくらい対価としては安いモノだね。

「よお、サトゥー! クリスマスって聞いたから来たぞ」
「「「ゆっ勇者様?!」」」

 なぜかシャンパン片手に勇者とその従者達の乱入で、パーティーのカオス度はさらにアップしてしまった。

「今朝、公都を出立するとおっしゃっていませんでしたか?」
「ああ、昨日知り合いから厄介なブツを渡されてな。公爵とちょっと話し合う必要ができちまって、しばらくは公都に滞在する事になりそうなんだ。」

 昨日渡した短角のせいか。
 勇者は、一切れだけ残っていたクジラの唐揚げを食べながら「このブタの唐揚げ、やけに美味いな」とか呟いて、咀嚼している。
 ナイスだ! 勇者!
 ヤツの不作法のお陰で、素材がばれなくて済んだ。
 勇者って、鑑定スキルがデフォだからバレちゃう所だったよ。

 ケーキと、予備に準備していた鳥腿の大きな照り焼きの追加をルルに頼む。

 勇者は、持参したシャンパンを開けながら、オードブルの皿をメイド隊から受け取っている。リナが話したそうにしていたので、勇者に紹介したり握手を代わりに頼んであげたりした。

「セーラ? あなた神殿を抜け出して何をしているの!」
「抜け出していません! ちゃんと巫女長さまに許可を頂いています」

 という姉妹喧嘩とか、まあ微笑ましいからいいのだが。

「お一人様だっていいじゃない、行き遅れがなんだってのよ~」
「まったくですわよ。兄弟が百人もいるのですから、一人くらい結婚しなくてもいいではありませんこと?!」
「そーよ! 女が一人で生きていける世の中を作るのよ! うーまんりぶよ!」

 アリサとメリーエスト女史が、何やら厄介な盛り上がり方をしている。アリサは勇者の持参したシャンパンを飲んで無いはずなのに、少し酔いの入ったメリーエスト女史の愚痴に乗っかってエキサイトしている。

 というか、このシャンパン、度数がやたら高くないか?

「にゃははは~」
「唐揚げの早食いなのです!」
「キミ達は、いっつもこんな美味しい料理を食べてるのか」
「うらやましいぞ!」

 獣耳の2人とポチタマコンビが唐揚げの早食い競争をしているが、山ほど作ったから当分無くならないだろう。

「こちらの、丸焼きもどうぞ。この葉っぱに包んでたべると格別ですよ」
「おお! これは美味いな」
「野菜嫌いなアンタが、そんな感想を言うなんてね」

 ルルが、勇者パーティーの弓使いの長耳族の女性に鳥の丸焼きを勧めている。その横にいたダークエルフっぽい長耳族の人は見たことが無いが勇者パーティーの人みたいだ。

「やはり、鶏肉は素晴らしい。肉の旨味は勿論のこと、骨まで味わうなら鳥が一番でしょう」
「骨の無いところの方が美味しいとおもうけどな~」
「ピナさん、お粥なんて食べずに、こっちの唐揚げも食べましょうよ!」
「タルナ、このお粥はただの白粥ではありません。鳥の出汁を使った深い味わいがあるのです。いいですか――」
「タルナ、二人のうんちくは任せた。あたしは食に生きる!」
「ちょっとエリーナ、逃げるなんてズルいよ~」

 リザやメイド隊は、マイペースに料理を楽しんでいるようだ。

 オレは、酔ったカリナ嬢と僧侶のロレイヤ女史に左右から挟まれてしまって、至福の感触を楽しんでいる。クリスマスパーティーして良かった。

「ぎるてぃ? そうよギルティなのだわ! サトゥーは判ってないの? 判ってないのよ。おっぱいは大きさじゃ無いの! 違うのよ? だって、柔らかければそれでいいのよ? 本当よ?」

 ロレイヤ女史に飲まされたのかミーアが酔っ払って饒舌になってしまった。
 食べ物に夢中のタマに代わって膝の上を占拠したミーアが説教をしているが、左右の大ボリュームが凄すぎて耳を通り抜けていく。

「サトゥー? ちゃんと聞いている? 聞いていないのだわ! ダメよ? ちゃんと聞くの。聞かないなら最終手段にでるわよ? そう奥の手なの!」

 ちゃんと相手にして貰えないのが悔しかったのか、ミーアが正面から顔に抱き付いて胸を押しつけてきた。いや、そんなに強く抱きしめたら逆効果だから。アバラが当たって痛い。もちろん口に出したりしない。そんな事を言ったら本気で泣かれてしまう。
 適当にミーアが満足したあたりを見計らって、普通に座らせて髪を編んであげた。とりあえず、構ってもらえばそれで満足みたいだ。しばらくしたらアルコールに負けたのか寝息が聞こえてきたので、そのまま寝かしつける。

「なな、タイヘン」
「マしター取られてるよ?」
「これは奪還作戦が必要です! 行動開始だと宣言します!」
「あい」
「なな、がンば」

 ナナが背後から襲ってきてからの事はあまり覚えていない。
 とてもとても幸せな夜だった。

 その晩、アリサを初めとした面々がベッドの横に靴下を下げていたので、準備しておいたクリスマスプレゼントを入れておいた。

 翌朝、プレゼントを見た皆が喜ぶ顔を想像しながら、オレ達はクリスマス夜の部を開催した。
 たまにはムーディーな曲に耳を傾けながらシャンパンを傾けるのもいいよね。
※QED完了(「証明完了」完了)は、アリサがノリで言っているので、重言ですが誤字という訳ではありません。
9-1.魔狩人の街へ
※8/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。小さい頃は仕事中毒(ワーカーホリック)の父は夜遅くに帰宅し、早朝に出勤していたせいかあまり顔を合わせた記憶がありません。もっとも、結婚をする前に同じような立場になるとは思いませんでした。





 久々の馬車の旅だ。馬車自体は公都の移動で毎日乗っていたが、綺麗に整地された公都の大通りと、未整備の片田舎の細い道では趣が違う。大河へと続く支流が街道と並行して流れているので、街道を進む馬車は他に数台しかいない。大抵は、支流を使って小船で輸送するようだ。

「がたごと~」「ゴトゴトなのです!」

 街を出てからポチとタマが、やけに楽しそうだ。さっきから、揺れにあわせてオレの袖を左右から引っ張って揺らすので、メニュー内に表示している本が読みにくい。

「も~、何がそんなに楽しいのよ」
「判らないのです?」
「アリサはマダマダ~」
「ダメダメなのです~」
「むっか~、ポチとタマの癖になまいき~」

 どこかのガキ大将みたいな事を言っているアリサだが、台詞ほど気分を害しているわけではなさそうだ。
 御者席で前を向いているルルは、さっきからクスクス笑っているのを見ると理由を知っているようだ。

「ルル、笑ってないで知ってるなら教えてよ」
「だ~め、『くいず』なんだから人から正解を聞いちゃダメじゃない」

 アリサはルルの答えに「ぐぬぬ」と乙女らしからぬ唸りを上げている。ルルのセリフはアリサがいつも皆に言っていた言葉なので、反論できないのだろう。

 でも、オレにも判らないし、ヒントでも貰おうかな。

「ごめん、ポチにタマ。オレにも判らないんだけど?」
「がーん」「な、なのですぅ」

 タマ、口で擬音は止めて。信じていた主人に裏切られた子犬みたいな顔で見上げる2人の頭を誤魔化すように撫でる。なんだろう、オレが悪いのかな?

「ご主人様をドクセン~」「一緒なのがいいのです」
「なるほど」

 そういえば、公都にいる間、特に後半は、食事と就寝のときくらいしか一緒じゃなかったからな。滞在後半は皆が寝静まってから帰ってくる残業お父さんみたいな状態だったし、少しくらい甘やかしてあげよう。

「サトゥー」

 リザやナナと一緒に無角獣(つのなし)で斥候に出ていたミーアが帰ってきた。無角獣(つのなし)からピョンと馬車に飛び移ってきたので、受け止めて馬車に下ろす。少し脂肪が付いてきたみたいだけど、まだまだ軽いな。アリサみたいにカロリー制限はしなくても大丈夫そうだ。

「ご主人様、この先で倒木が街道を塞いでいます」
「マスター、倒木の倒れ方が不自然です。作為的なモノを感じます」

 倒木は盗賊達が馬車を止める為に配置したのだろう。リザ達が偵察に行く時に、街道から少し離れた低い崖の上に盗賊たちを見つけていたので、「誘導気絶弾(リモート・スタン)」で既に排除済みだ。やはり魔法は便利だ。

「ポチ、タマ、作業服に着替えなさい。倒木を排除します」
「らじゃ~」「うけたまわり~なのです」

 魔法で排除するとリザに言ったのだが、倒木を魔物に見立てた訓練をしたいとの事だったので許可した。丁度、みんなの魔剣の性能の確認をしたかったから丁度いいだろう。盗賊相手だと、よほど上手く手加減しないと確実に相手を殺してしまうからな。

「ご主人様、ちゃーじして欲しいのです」
「ダメ~」
「タマの言う通りだよ。自分で魔力を籠めないと訓練にならないよ」

 上目遣いで小魔剣を差し出してくるポチのお願い攻撃をなんとか回避した。タマの援護がなかったら危なかったかもしれない。

 リザの様に魔刃を使える者は他には居ないが、ナナとタマも問題なく魔剣に魔力を充填できるようになった。ただ、ポチだけが上手く行かないようで苦戦している。アリサの考察によると、魔力が少ないわけじゃなく、瞬間的に操作できる魔力量が多い為に上手く制御できないでいるようだ。もっともMP総量自体は、タマとポチに差は無いみたいだ。

「やった、出来たのです!」

 ようやく小魔剣に魔力を充填できたポチが、こちらを振り返って「褒めて」オーラをだしているので、「良くやった!」と褒めて頭を撫でておく。尻尾が千切れそうだ。

「1番、ナナ行きます。『殻』」

 ナナが身体強化の理術で底上げされた筋力を存分に発揮して、体より大きな盾と片手半サイズの魔剣を構える。

 ナナ、ポチ、タマの三人の魔剣はサイズこそ違えど、同じ魔法回路を持つ。
 魔力を充填させた後に合言葉(コマンド)を唱えることで、剣に仕込まれた魔法回路が働く。『殻』は魔剣の軸を中心に円筒形の魔力フィールドを発生させる。
 本来は盾や鎧に仕込まれるべき回路なのだが、剣を鈍器のように使ったり、酸や腐敗性の体液を持つ魔物と戦うときなどに役立てるために試用してみた。

 はじめは炎を発生させる魔法回路を組み込んだものを作成したのだが、炎の熱で刃に悪影響がでるらしく、試し切りでポッキリと折れてしまったので、もっと熱に強い素材を用意できるまで保留中だ。長時間使っていると持っている手まで火傷しそうになるので断熱素材も探す必要がありそうだ。

 地味な魔法回路だが、今回のような倒木の排除には、うってつけだったのだろう。
 ナナの一撃で、オレの胴回り3人分くらいある倒木が中ほどから折れて真っ二つになっている。

「2番、タマいく~」
「3番、ポチなのです!」

 武術大会の影響か、タマが小剣2刀流になった。2刀流スキルが無いとは思えないくらい上手くバランスを取っている。ポチは以前と同じく小剣と小盾のスタイルのままだ。

 タマは2本の小魔剣の重さに振り回される事無く、いや振り回される慣性を上手く利用して踊るようにクルクルと小魔剣を倒木に叩きつける。一撃毎はナナの2~3割の威力しかないが、手数が多いので細い倒木や枝が次々に切断されていく。

 ポチは愚直に小剣を構えて突撃だ。ちゃんと強打スキルで威力アップをしている。それでもナナの8割程度の威力しかないのは、体格の差か武器の差か。

「4番、リザ参ります。『魔刃』『強打』」

 赤い残光を残してリザが低い姿勢で突撃する。刺突スキルを使わなかったのは、貫通よりも打撃力を重要視したのだろう。
 だが、やはり槍の貫通性能が高すぎるために、倒木に大きな穴を開けるだけで、ナナ達のように倒木を砕いたりするのは苦手なようだ。

 リザにも貫通耐性があるような敵用の武器か、リザの槍用の追加アタッチメントを設計しておいた方が良さそうだ。

 4人の攻撃で、細かくなった倒木は、ミーアの膨張(バルーン)とアリサの斥力(レプルジョン)の魔法で路肩に排除された。

 途中で気絶から回復したらしき盗賊は、もう一度、「誘導気絶弾(リモート・スタン)」で眠ってもらった。彼らの武器は理力の手(マジック・ハンド)で既に回収済だ。大したものは無かったので、溶かして新しい武器の素材にでもしよう。





「あんたら村に何か用か」
「いや、特に立ち寄る気はないよ。何軒か焼け落ちているようだけど、盗賊の襲撃でもあったのかい?」

 途中にあった農村の傍を通過する時に、武装した農民に誰何(すいか)されてしまった。その農民は手や足に火傷を負っているようで、その後ろの農民達も何がしかの怪我をしているようだ。また、彼らの持つ武器は、即席というのもおこがましいほど雑なつくりだ。先端を削っただけの木槍や、黒曜石を砕いて穂先を作った石槍などだ。

 農民達の目には憎悪と怯えがある。

「と、盗賊たちより、よっぽど(たち)が悪いさ。お貴族さまだよ」

 はき捨てるように告げる青年。遠くに見える家の中からこちらを窺う視線を感じる。情報を得たらすぐに退散するか。

「この辺の貴族かい?」
「いや、見た事がないよ。獣人を匿っていないか聞かれて、知らないと答えたら、魔法で家を燃やされて、白状しろって脅かされたんだよ」

 獣人を追いかけている火魔法を使う貴族。
 すごく思い当たるな。闇オークションで白虎姫を買おうとしていた他国の貴族っぽいな。名前を記憶していなかったので、ここから周辺の町までの空間を限定して検索してみた。オレ達が向かう先にあるプタの街に滞在しているヤツみたいだ。マーキングだけしておこう。タマが間違われて襲われても困るからな。

「それは災難だったな。オレ達も絡まれないように注意するよ。これは情報料代わりだ、受け取っておいてくれ」

 馬車の小物入れから、下級ポーションを3本ほど取り出して青年に渡す。訝しげな顔をされたので、安物の魔法薬だと告げて相手が何かを言う前に馬車を出発させた。

「気前いいわね~」
「あれは、行商用のダミーに作ったやつだから、本当に安物だよ。原価は1本銅貨1枚もかかっていないんだから」
「安っ~う」

 闇オークションで買った錬金術の本で、物資の足りない軍での魔法薬の量産の仕方や手抜きの仕方が色々と載っていた。さきほどの下級ポーションは、普通に作った下級ポーションを希釈液で20倍に薄めたものだ。それでも、市販品の下級ポーションと遜色ない効果がある。ただ、希釈液の製造に魔核(コア)が必要がないだけで、手間暇を考えると普通に魔法薬を量産した方が手っ取り早い。
 だが、この方法で作った「水増し下級ポーション」は、効果が薄いので気軽に売却したり人にあげたりできるので重宝しそうだ。





 そして、大河沿いの街を出発して3日目に、ようやくプタの街が見える場所まで来た。この街は、魔狩人(まかりゅうど)と呼ばれる魔物を狩って魔核(コア)を収集する職業の人間達が集っている。強そうな職業名だが、殆どの人間は10レベル以下だ。この公爵領には、プタの街と同じような魔狩人(まかりゅうど)達が集まる街が幾つかある。

 この辺の事情は、巻物工房のナタリナさんに教えて貰った。プタの街から入荷する魔核(コア)は小さい上に純度が低くて使えないとぼやいていた。

 このプタの街の近隣の山林には、百匹未満のデミゴブリンの巣が10数キロほどの間隔をあけて8箇所ほど存在している。十匹未満の小規模の巣はあちこちにあるようだ。恐らく枯れないように、そして増えすぎないように調整しながら狩っているのだろう。

 もっともデミゴブリンを狩っているのは、人だけでは無いらしく、デミゴブリン達の巣の近くにはヘビや蛙、トカゲなどの魔物も数体徘徊している。

 今も数組の魔狩人達のパーティーが、デミゴブリンを求めて森の中を徘徊しているようだ。そのうちの一組が、丁度、プタの街に帰還するところのようで、俺達の馬車から見える場所で何やら揉めている。

 まったく、この世界はトラブルが多い。
※感想の返信について
 感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
9-2.魔狩人の街にて
※8/10 誤字修正しました。
 サトゥーです。学生時代には良くアルバイトをしていましたが、金銭トラブルが起こる事はめったにありませんでした。研修期間があるものや不可解な給与体系のモノを避けるようにしていたのが良かったのかもしれません。





 門の前で揉めているのは5人の男女だ。

「だから入市税が払えないから、報酬を先払いしてくれって言ってるんだろ!」
「なんでウチらがそんな手間をかけないといけないのさ」
「そうよね~、役に立って見せるから連れて行けって言っておきながら、何の役にも立たなかったもんね」
「荷物持ちをさせたらすぐにへばるし、一人で水を飲みつくすし」
「極めつけは、せっかく倒した紅狐(クリムゾン・フォックス)の死体に切りつけ続けて毛皮をダメにしちゃうし」

 隻腕の少年の抗議を、4人の女性達が、嘲笑しながら却下している。
 物語とかなら、ここは少年に加勢する場面なんだが、どうしてだろう。女性達の方がまともな事を言っている気がして仕方が無い。

 足手まといであっただろう少年も必死なのか、なおも食い下がっている。ヘコタレ無いな~

「じゃあ、今日の日暮れまでに、買取所横の酒場まで来な。来れたら最初の約束どおり、6日分の報酬の銅貨3枚を払ってやるよ」
「待てよ、俺だってゴブリンを4匹も倒したんだ。歩合の銅貨4枚を忘れてるぞ」
「あんたね~、あたし達が瀕死にさせたゴブリンを横から掻っ攫っただけでしょう?」
「よくそれで、報酬を請求できるわね。ほんっと図太いわ」
「それでも、俺は倒した!」

 食い下がる少年を見下しながら、リーダーの長身の女性が肩を竦めて折衷案を告げる。

「わかった、わかった。だが、その4匹もお前だけで倒したわけじゃない、半分だ。半分の銅貨2枚を追加してやる。せいぜい夕方までに酒場にたどり着くがいい」

 ほっとした顔の少年を嘲笑うように、周りの女性達が悪い笑顔で煽る。

「へへっ、早くしないと全部酒代に化けるぞ」
「よ~し、小僧が来る前に飲みきるか賭けようぜ」
「いいね~、飲みきるのに大銅貨1枚」
「ウチも飲みきる方に銅貨5枚」
「ぎゃははは、それじゃ賭けになんね~よ」

 時間が掛かったら本気で飲みつくしそうな感じだな。
 それは、少年も同感だったらしく、慌てて門番との交渉に向かったようだ。





「だから、さっきの話を聞いてただろう? ココさえ通してくれたらちゃんと払いに戻ってくるからさ」
「ハンッ、お前たち魔狩人の口約束を聞いてたら、門番なんて務まらないんだよ。夕方までに物納できるような獣でも狩って来たらどうだ?」
「罠を張る道具も無しに獣を取れるわけ無いじゃないか」
「なら、諦めな」

 ほう、物納もできるのか、知らなかった。
 俺達の馬車が近くまで来たのに気が付いた門番が、少年を脇へ追いやる。少年は、その隙に街の中に駆け込もうとしたようだが、もう一人いた門番に足を掛けられて地面に踏みつけにされている。

「やあ、プタの街にようこそ。見ない顔だが、行商人かい?」
「いや、旅の途中に寄っただけだよ」

 身分証明書の銀製のプレートを門番に見せる。

「こいつは失礼しました。貴族様でしたか」
「失礼ついでに貴族様、旅の途中という事でしたが、ここは最果てのプタの町ですぜ? いったい何処への途中なんです? まさか山越えして翼竜(ワイバーン)の巣に卵取りですかい?」
「おい、ガッツ」

 門番達の言葉が気になってマップを調べたら、確かに途中の山に翼竜(ワイバーン)が居る。翼竜の卵はやはり大きいのだろうか。

「山越えするつもりだけど、翼竜の事は知らなかったよ。卵取りって、美味しいのかい?」
「すんげー美味いのかもしれませんが、高く売れるんですよ。王都や山向こうのスィルガ王国まで持って行ったら同じ重さの金貨と交換してくれるって噂ですぜ」
「実物は見たことありませんが、竜騎兵の騎竜にするそうです」

 卵が500グラムだとして、金貨150枚くらいか。
 スィルガ王国とやらは、東方の山脈を越えた先の小国らしい。ちなみにオレたちの向かっているボルエナンの森は南東の山脈を越えた先にある。

「なあ、貴族さま!」
「お前は黙ってろ」

 オレに声を掛けてきた少年を、手にした槍の石突きで素早く黙らせる門番。そこまでしなくてもいいと思うのだが。

「いいよ。なんだい、少年」

 前半は門番に、後半は踏みつけられたままの少年に声を掛けた。

「貴族さま、町に入るために必要なんだ。銅貨2枚貸してくれ! かならず返すからさ」
「ちゃんと敬語くらい使わんか!」
「ケイゴなんて知らないよ。『さま』って付けたら敬語じゃないのかよ」

 しかし、オレから銅貨2枚を借りて無利息で返したとしても銅貨3枚しか手元に残らないのはいいのだろうか?

「いいよ、貸してあげる」
「本当か?!」
「士爵さま、こいつは魔狩人ですぜ? 宵越しの金なんて持たないヤツラなんだ。絶対返ってきませんぜ」
「せっかく貸してくれる気になってるんだから余計な事言わないでよ。絶対返すってば!」

 門番の足元から這い出してきた少年に、銅貨2枚を渡してやる。長く風呂に入っていないのか、むせ返るような体臭がしている。いや、これはゴブリン達の返り血や肉片なんかの腐敗臭も混ざっているんだろう。

 少年は、片方しかない腕で引っ手繰るようにオレから銅貨を受け取ると、門番に叩きつけるように渡している。

「そうだ、貴族さま! 宿が決まってないなら、そこに見える門前宿に行きなよ。かなり高いけど、料理が美味いって評判だよ!」

 少年はブンブンと手を振りながら、そう告げると中央通りを駆けていった。
 さて、この生暖かい門番の視線はどうしたものか。

「士爵さま、人が良いのは美徳だと思うけど、世の中には人の善意を貪るだけで感謝なんてしないヤツラは沢山いるんだぜ、ですよ?」
「おい、その辺にしておけ。士爵さまが困ってらっしゃるぞ」
「いや、心配してくれて感謝するよ」

 どうもこちらを本気で心配してくれているらしいので、感謝の言葉を返しておく。とりあえず、街に入るのは問題ないようだ。
 ルルが馬車を発進させようとした所に、思い出したかのように呟く門番の忠告が耳に届く。

「守護のポトン准男爵のところには、頭のおかしい他国の貴族が逗留しているみたいだから近寄らない方がいいですぜ」

 マップで検索したところ、この街の守護――たしか代官みたいな街の執政官だったかな――のポトン准男爵の傍に例の火魔法使いがいるみたいだ。

 火魔法使いの名前は、ドォト・ダサレス。マキワ王国というの国の侯爵らしい。旅行記にも国名が載っていないので、どこにある国なのかは判らない。虎人族と関係があるのなら、ルモォーク王国やスィルガ王国のある小国群のあるあたりじゃないかと思う。

 賞罰に、「放火」「殺人」と付いているのに良く街に入れたものだ。





 このプタの街は、今までの都市と違い、かなり狭い。精々1キロ四方しかない。守護の住む小さな館を中心に、大まかに4つのブロックに分かれている。今、オレ達がいる西ブロック、港のある北ブロック、歓楽街のある東ブロック、職人や貧民街のある南ブロック。居住区はそれぞれにあるようだ。
 種族構成は、人族が7割、鼠人族、海驢人族、兎人族が同じ割合で合計2割強いる。それ以外の種族もいる事はいるが数は少ない。奴隷は、1割弱ほどで各種族様々だが、比較的人族の奴隷が多い。
 この街にいる貴族は、ポトン准男爵一家とダサレス侯爵の関係者のみらしい。

 貴族としては挨拶くらいしに行った方がいいのだが、わざわざトラブルに首を突っ込む必要もないだろう。トルマの家で書いてもらった公爵領の貴族達の相関図で確認したところ、ロイド侯爵の一門の末席付近の家系らしいので、それほど困った事にはならないだろう。

 しかし、この相関図は便利だ。今度、お礼にマユナちゃん用のオモチャでも作ってやろう。

 馬車を門前宿の中庭に乗り入れると、小間使いらしき少女が走ってくる。ルル達に馬車を任せて、少女の案内で宿に入る。一緒に付いて来ているのはアリサとナナだけだ。

 案内されて行った先で待っていた宿屋の主人はオレを見るなり金蔓を見つけたような表情になる。おかしい、今日はそれほど高そうな服を着ていないはずなんだが。

「これはこれは若様、ちょうど良い部屋がございますです」

 腕毛がわさわさと生えたぶっとい腕で、もみ手をしながら勧める部屋に案内してもらう。木造3階建ての別棟になっていて、別料金で夜間歩哨なんかも雇ってもらえるそうだ。5日以上泊まるなら歩哨は無料らしい。宿代は、1泊銀貨1枚との事だ。セーリュー市の門前宿で1部屋大銅貨1枚だった事を考えると割安なのかもしれない。
 この別棟には浴室があったが、一人サイズの浴槽がポツンとあるだけで、当たり前だが給湯設備は無いようだ。湯は沸かすのに時間が掛かるので、なるべく食事時以外にして欲しいと頼まれた。飲料水以外の水は用水路から好きに汲んでいいらしいが、これって下水共用じゃないのか? まあ、汲む前に「浄水(ピュア・ウォーター)」で綺麗にすればいいか。

 夜中に盗賊が来る事が多いらしいので、馬車に積んでいた荷物は、別棟の中にある倉庫に運び込んだ方がいいと忠告された。中身が空だからそのままでもいいのだが、無駄に注目を引くのも問題なので、全て宿の中に搬入した。

「よお、貴族様が泊まってるのはここかい?」

 山賊の親玉のような猟師の男が、大きな荷物を担いで宿の中庭へ入ってきた。広げた布の中には解体済みの鹿肉が入っていた。

「ほう、ゴク。お前にしちゃ、えらくでかい獲物だな」
「ああ、久々だよ。そっちの若様が貴族さまだろう? どうだい、丁度食べごろのはずですぜ。モツは仕留めた日に喰っちまったから無いけどな」

 ガハハハと笑うこの猟師は、どうやら鹿肉を売りつけに来たらしい。値段は銀貨2枚と公都の半分以下だ。いきなり相場の値段を言うとは商売の下手な男のようだ。情報が早すぎる気もしたが、街に戻ったところで門番に教えて貰ったのだろう。

 別棟には厨房がないので、調理は宿の料理人に任せる。

 夕飯までにはまだ時間があるので、元気一杯のポチとタマを連れて散歩に出かけた。念のため、ポチとタマは公都でも着ていた薄手のフード付き外套と、革鎧と木剣を装備している。オレは、白いシャツとズボンというシンプルな服装にしてある。

 これだけ地味な格好なら、変なヤツに絡まれる事も無いだろう。
 活動報告にSSをアップしてあるので、よかったらご覧下さい。

※感想の返信について

 感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。遅れ気味ですが、生暖かい目で見守ってください。


※作者からのお願い※

 誤字報告は、メッセージでは無く感想欄でお願いします。メッセージだと週末にピックアップするときに漏れやすいのです。
9-3.魔狩人の街にて(2)
※2015/6/17 誤字修正しました。

 サトゥーです。小さい頃、特に田舎の爺さん家に行ったときに火傷をした時は、市販薬ではなく、庭に生えているアロエを裂いて火傷の場所に貼り付けて治した記憶があります。民間療法なのですが、良く効いた記憶があります。異世界にもアロエはあるのでしょうか。





「どこいく~?」「のです?」
「港だよ。珍しい果物が色々売られているらしいから見物に行くんだよ」

 手を繋いで通りを歩きながら今更のように聞いてくるポチとタマに答える。
 宿から港は10分ちょいくらいで行ける。宿の主人の話だと、市が立っているわけではないらしいが、船乗りや人夫相手に飲食物を売る屋台や露店がいくつか出ているそうなので冷やかしに行くところだ。
 ミーア達も興味を持ったようだったが、アリサと何やら悪巧みをしていたようなので宿に置いてきた。リザも護衛に付いて来たそうだったのだが、治安が悪そうなので、ルル達の護衛に残ってもらった。ナナは、特にどちらでも良さそうだったのだが、危険なので置き去りにした。今から向かう港には海驢人族の子供達が沢山いるのだ。

 この街の家は、常春に近い気温のせいか通気性の良さそうな平屋が多い。高床式というほどでは無いが、どの家も30センチほど地面から高くなるように設計されているようだ。道は土がむき出しで路肩には雑草が生えている。空き地もまばらに存在するようだ。

 街を歩く人達も、全体的に薄着で、スカート丈も短い。流石に20代以上の年齢の女性はスカート丈が長いが、それでも足首が見えるくらいの長さだ。未成年の少女は膝上の短いものが多いようだ。男性は、わりとどうでもいいが、上半身裸の者や大胆な開襟の者が多い。小学生高学年くらいの子供達は、ヘソ出しのピチピチのシャツの子が多いようだ。どうやらファッションというだけで無く、着古して体に合わなくなっているだけらしい。だが、南国っぽくていいと思う。それ以下の子供達は、半数くらいはブカブカのシャツを着ているが、残りは裸同然の子が多いようだ。一応腰巻は付けているようだが、裸足で元気に走り回っている。

 急に手を離して路肩に走っていったタマが、何やら道端に生えていた雑草を摘んで戻ってきた。

「ニニギ草みっけ~」

 ニニギ草は解熱作用のある薬草だ。ただ、調合しただけの場合、弱い毒性が残るのでそのままでは使われず、練成して魔法薬にする必要がある。そのため、一般ではあまり薬草としては認識されていない。毒性と言っても腹を壊す程度なので、薄めて腹下しとして使われる事もあるようだ。

 しかし、旅の途中で2~3回しか見つけた事の無い薬草なのに、タマもよく覚えていたな。
 タマから受け取った薬草を鞄経由でストレージに仕舞う。タマを褒めながらも周囲1キロの範囲で「ニニギ草」を検索してみた。どうやら、この街の周辺はこの薬草が雑草並みにありふれているようだ。それほどよく使う薬では無いが、少し補充しておくか。

 途中にあった空き地に、先程のニニギ草が群生していたので、ポチとタマに集めてもらう。一応サーチしてみたが、止血用のヨモギモドキがある他は、使えそうな薬草はなかった。ヨモギモドキは、葉のスジが赤い色をしている以外は、ヨモギそのままの見た目だ。もちろん、ヨモギモドキは摘まないように2人に注意しておく。たぶん、こっちの薬草は地元の人も普通に使っているはずだ。

 ポチとタマがニニギ草を集めているのを見て寄って来た近所の子供達が、同じように集めてはオレが地面に敷いたゴザの上に置いていく。何かの遊びと思われているのだろうか?
 空き地のニニギ草が半分ほど集まった所で終了を宣言して、子供達にお駄賃をあげる。各自に賤貨1枚だ。安すぎる気もするのだが、公都の炊き出しで仲良くなったオバちゃんの話だと、それくらいで十分なのだそうだ。現に、貨幣を受け取った子供達が大喜びしている。

「よう兄ちゃん、子供に毒草を集めさせて何するんだ。クソ領主にでも盛るのか?」
「腹下しにも使えますが、練成すると解熱剤になるんですよ」

 言葉だけ聞くとチンピラのようだが、絡んできているわけではないようだ。単に興味があるだけらしい。
 この人族の青年は人夫のようだ。よく日焼けして筋肉が盛り上がっている。だが、レベル4くらいなので、ポチやタマの方が力が強いのだろう。

「やっぱり薬師なんだな! 頼むよ、代金は何としてでも払うから火傷に効く薬を分けてくれないか?」

 火傷ですか……。
 嫌な予感がして詳しく事情を聞くと、予想通りの話だった。白虎姫の行方を調べに来た例のバカ貴族が、幾つかの火弾を獣人の家に投げつけて、何軒か燃やしてしまったらしい。その時にこの青年の姉が、獣人の子供を助けようとして大火傷を負って重症なのだそうだ。

 街の衛兵は何もしないのかと疑問に思って青年に確認してみたが、この街を治めているポトン准男爵がバカ貴族を庇っているせいで、牢屋に入れられたりはしていないらしい。バカ貴族はポトン家の館に軟禁されているようで、その日以降はポトン家の使用人が白虎姫の行方を調べているらしい。だが、手がかりは得られていないらしく、使用人達も行動が荒々しくなっているのだそうだ。

 そりゃ、手がかりなんてないだろう。彼らが向かっているのは王都方面なんだから。
 たぶん、白虎君の一派が、こちらに逃げた振りでもしたか、偽情報を流したんだろう。有効な手段だとは思うが、迷惑な話だ。

「姉さん、薬師さんを連れてきたよ」

 帰ってくるのはフゴフゴ言う声だけだ。マップで事前にしらべた情報だと、22歳、独身のはずなのだが。いや、独身は関係ないな。うん。

 ポチとタマを入り口すぐの部屋で待たせて、青年の後について奥の部屋に行く。

 これは酷い。
 範囲は広くないが、右肩から顔の右半分にかけて焼け爛れている。青年は姉の寝ている寝台の傍にいた甥っ子や姪っ子をポチ達のいる部屋に出して、オレに場所を空ける。ひょっとしてシングルマザー? いや、何でもないさ。

 水増し薬1本でも治すのは簡単だが、痕が残らないようにするのが難しそうだな。
 薬を提供する代わりに効果を確認させてもらうか。魔力治癒や称号でブーストしていない標準濃度の魔法薬を取り出して女性に飲ませる。1本で300HPくらいは回復するから、彼女が瀕死でも10回以上回復できる薬品だ。

 オレの横で、青年が息を呑むのが見える。
 うん、その気持ちはわかる。何度見ても、この魔法薬の速攻性の効き目は、見ていて気持ちが悪い。筋組織が見えていた肩にも、もう新しいピンク色の皮膚が生まれている。
 念の為、女性に、重症患者用に調合しておいた、高カロリー&睡眠導入薬を飲ませる。これで朝には全快だろう。

 オレの靴に口付けしそうなくらいの勢いで礼を言う青年に、報酬代わりにそのバカ貴族が暴れた場所に案内してもらった。

 3軒の長屋? が焼け落ちている。長屋の残骸の作る日陰にゴザを敷いただけの場所に、数人が寝かされている。人族の接近に獣人たちが警戒を強めているのが見て取れたので、ポチとタマにフードを下ろしてもらう。2人を見て、少しだけ獣人達の警戒が和らいだ。

「何の用だ。人族」
「オレはヒョナの弟だ。薬師を連れてきたんだ」
「そういえば見覚えがあるな。オレ達よりヒョナを治療してもらえ。ここに居るヤツラはもう無理だ。薬を買おうにも身売りしたって足りねえよ」

 確かに店で買うと高いんだよね。
 でも、この街の魔狩人がデミゴブリンを狩っているんだったら魔法薬の材料には困らないと思うんだが、やっぱり魔核(コア)は公都への輸出用なんだろうね。

 寝かされていたのは兎人族が2人と鼠人族が1人だ。火傷の度合いは、青年の姉のヒョナさんより酷い。熱さましの効果があるという大きな葉っぱを、傷に巻いてあるだけのようだ。
 もっとも、ヒョナさんに与えたのと同じ魔法薬を飲ませるだけで回復した。獣人の方が基礎体力があるのか、回復薬の効きが良いような気がする。3人とも痩せていたので、念の為、高カロリー&睡眠導入薬も飲ませておいた。

 長屋の近くに軽度の火傷の人間が何人かいたので、火傷に効く軟膏を一瓶与えておいた。一瓶といっても20グラムくらい入る小さな容器だ。こちらは効果を絞る実験をしたときのヤツだが、市販品よりは効果があるはずだ。





「若様ここです」
「わかさま、ここ」

 大げさなくらい礼を言ってくる獣人達に別れを告げて、本来の目的地の港前広場にたどり着いた。さっき助けた兎人族の娘だという9歳と6歳の子供達が案内してくれた。

 ゴザの上に果物が詰まった篭が並べてある。篭の中に入っているのは、小ぶりの瓜のような果物だ。他にも柑橘系や桃色の梨のような果物も売っている。すべて、この町の近くの森の中で自生しているものらしい。

「どうだい、どれでも、賤貨1枚だよ」

 安っ。
 せっかくなので色々買って皆で分けて食べた。もちろん、兎人族の娘達も一緒だ。いつの間にか子供達が増えているような気がするが別にいいだろう。ちょっと青臭い果物もあったが、瓜は甘みの薄い西瓜みたいでなかなか美味しかった。帰りにミーアへの土産に数個買って帰ろう。
 上機嫌で「今日は店じまいだぜ」とか言って、果物売りの男が笑っている。途中から興が乗ったのか、只で子供達に果物を配っていたからな。気のいい男だ。

「よう兄さん、体にいい野菜はどうだい?」

 それに釣られてか、別の男が野菜を売込みにやって来た。
 いや、野菜を勧められても困る。

 即答で断っても良かったのだが、まだポチとタマが、ハグハグと半分に切った瓜を食べているので、2人の首元に小さなエプロンを付けてやりながらラインナップを見せてもらった。すこしエプロンを付けてやるのが遅かったかもしれない。宿に戻る前に「柔洗浄(ソフト・ウォッシュ)」の魔法で綺麗にしてやろう。そのまま帰ったらルルに怒られそうだからな。

 男が持っている篭には、ゴーヤやパプリカのような見た目の野菜と、真っ赤なトマト!――たぶんトマトだ――が並んでいた。

 試食して良いと言うので、トマトを1つ貰って齧る。ちょっと熟れ過ぎだが、たしかにトマトだ。この辺では赤実と呼ばれているらしい。
 珍しがったポチとタマにも一口ずつ食べさせてあげたが、口に合わなかったらしく微妙な顔をされた。子供って、わりとトマト嫌いだよね。

「この赤実はコレだけしかないのかい?」
「畑になら沢山あるぜ。ただ食べごろまではもう少し熟してからじゃないとな」

 むしろ、こんなに熟す前のものが欲しかったので、それを門前宿に届けてくれるように頼む。代金として先に銅貨10枚を渡したら、羽が生えて飛びそうな勢いで小船を漕いで上流へと収穫に戻っていった。この上流に小さな農村があるそうだ。





 その後も、水烏賊(みずいか)の干物を串に刺してあぶったものや、小魚の干物を焼いたものなんかを食べ歩きした。

 このハーメルンの笛吹き状態をどうしたものか。

 やたらめったら振舞っているわけでは無いのだが、ポチとタマが愛想良く自分の分を分けてあげているので結果的にこうなってしまった。まあ、2人に買い与えた分なので、どうしようと自由ではあるのだが。

 だが、解散指令は必要無さそうだ。
 足元に落ちていた手ごろな大きさの石を拾って片手で弄ぶ。軽いと思ってAR表示で確認したら石では無く椰子の実っぽかった。食用にするには未熟なので捨ててあったのだろう。

 馬に乗ったバカ貴族が通りの角を曲がって姿を見せた。

「そこに居たか、呪われた白獣どもが! ■■■ ■■」

 このバカ貴族の顔は街の人に知られていたのだろう。
 子供たちだけでは無く大人達も、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。レベル20の火魔法使い相手じゃ無理も無い。その後ろからバカ貴族の家臣らしき男たちと、准男爵の手勢らしき衛兵たちが追従してくる。表情を見る限り、彼らもバカ貴族の暴挙を止めたいのだろう。

 明らかにオレの横にいるタマに狙いを付けながら、街中で火魔法を唱えているバカ貴族の顔面に椰子の実を投げつける。パキョンというどこかコミカルな音を残して、バカ貴族は落馬した。頭から落下したので、不本意ながら「理力の手(マジック・ハンド)」で最低限の勢いを殺した。
 だが、後ろから追いついた家臣の馬に踏まれないように配慮してやる必要はないだろう。みるみる体力が減っていくが、レベル20もあるせいか一命は取り留めたようだ。

 慌てて下馬した家臣たちが、周りの町民から接収した荷馬車にバカ貴族を乗せて、准男爵の館へと運んでいった。まったく騒がしいヤツらだ。

 オレの前で木剣を構えていたポチとタマの肩を叩いて、緊張を解いてやる。2人はバカ貴族が魔法を唱えだすなり、オレの前に出てガードしてくれていたようだ。

 街の人達からは歓声が上がっているが、このままじゃ済まないんだろうな。


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9-4.魔狩人の街にて(3)
※2/11 誤字修正しました。

 サトゥーです。いつの世も冤罪は無くなりませんが、身分差がある世界では理不尽な事で罪に問われたりするようです。日本なら司法や弁護士を信じて待つという方法もありますが、異世界だと受身でいる事は致命的なようです。





 衛兵のうち2人が馬を引いて、こちらにやってくる。

「おい、詰め所まで来てもらうぞ」
「あんなんでも貴族さまだからな。大人しくついて来い。助命の嘆願くらいはしてやるから」

 おいおい、街中で拳銃発砲どころか爆弾投げるようなマネしたやつに、果物をぶつけただけで死刑囚扱いとは。素直についていったら酷い目に遭いそうだ。

 オレは胸元から、身分証の銀のプレートを取り出して、衛兵に見せる。

「こ、これは貴族様でしたか! いったい、いつからご逗留で」
「数時間ほど前だ。そんな事よりさっきの貴族は、公都では見かけない顔だったが、ドコの何様だ? こんな街中で攻撃魔法を使うなんて、名誉あるシガ王国の貴族の所業とも思えない」

 我ながら良く言うものだ。一応、偉そうになるように言葉使いに注意した。名誉うんぬんはともかく、街中で住民を焼き払うような魔法を使うのは人としてどうかと思う。

 言い淀む衛兵を更に追い込む。

「これはポトン准男爵も知っている所業なのか? 場合によっては公爵様やロイド侯にも注進する必要がある」

 衛兵達は、オレから目線を逸らしている。
 これはグルというか、本当に准男爵が許可しているみたいだ。

 ここで衛兵達を、追い詰めているのには理由がある。
 問題の准男爵が数人の護衛を付けて、こちらに向かっているのだ。先に捕縛されたり、彼らを物理的に制圧してしまうと話がややこしくなる。

「おい、衛兵! そいつがダサレス侯に手を上げた下手人か! さっさと捕縛せんか」

 やってきた准男爵は、偉そうに衛兵に指示を出しているが、小物臭のする40前の小太りの男だ。オレが平然と腕を組んで見つめているだけで、動揺して目を泳がせている。

「ダサレス侯だと? 我が国にそんな貴族はいなかったはずだ。まさか、街の守護として任ぜられた者が、他国の貴族の暴虐を見過ごすだけでなく援助までしていたわけではないだろうな?」

 口をパクパクしている准男爵の前にゆったりした動作で近づく。無手なので、護衛の兵士達も動いていない。

 鞄から取り出した書状を、ポトン准男爵に差し出す。このプタの街に寄るという話をした時にロイド侯が一筆書いてくれたものだ。

 訝しげな顔で書状に視線を落とすポトン准男爵だが、封蝋に押されたロイド侯の印章を見て顔を引きつらせる。おそるおそる開封し、書状を読み終わった准男爵は、青い顔をしてそのまま卒倒してしまった。

 この書状には大した事は書いていないはずだ、せいぜい街に逗留しているときに便宜を図ってやってくれとか、その程度だろう。ただ、その書状からオレとロイド侯が知り合い、それもそれなりに親しい間柄だと伝わるだろう。ここでの所業がロイド侯に伝わったら、良くて守護役の解雇、流石に処刑される事は無いだろうが、ヘタをしたら爵位を子供に譲らされて引退させられてしまうだろう。

 まさに虎の威を借る狐!
 まさか、コネをこんな風に使う事になるとは思わなかったよ。

「明日にでもポトン准男爵の館に寄らせて頂く。それまでに、ダサレスとかいう男に然るべき裁きを期待する」

 気絶してしまった准男爵の代わりに周りにいる衛兵達にそう伝える。こういう輩は自己保身は得意なはずだから、これで迷惑なバカ貴族の始末を付けてくれるだろう。火魔法使い相手とは言っても、健常な状態ならともかく、半死半生の今の状態なら簡単に無力化できるはずだ。

 なぜか周りから巻き起こる拍手が、小っ恥ずかしい。

 今日も頑張れ無表情(ポーカーフェイス)スキル。


>称号「護民官」を得た。
>称号「断罪者」を得た。





 騒ぎの後に、商会に寄って情報を集める事にした。

 残念ながら商会で得られた情報は大したものがなかった。せいぜい、ボルエナン方面の山脈まで向かう旧街道についての情報だけだ。旧街道は、200年前までは普通に使われていたらしいのだが、200年ほど前に、山脈に翼竜や魔獣が棲み付いたせいで廃れてしまったらしい。
 今では10キロほど先にある最果ての村を最後に、森に没してしまったというか、雑草の海に沈んでしまっているそうだ。

 事実だったとしても、風魔法で草刈をするか、土魔法で整地すればいいかな。

 ポチとタマを連れて戻った宿からは、いい匂いが漏れ出している。

「はらはら♪」「はらへり~♪」

 オレと繋いだ手をブンブンと振りながら、2人がお腹が減った時の歌を歌っている。空腹ソングは、その時の気分で新しく作られるので、何種類あるのかはオレも把握していない。

「ただいま」
「おかえり~ ああ、良かった。宿屋の主人から、もうすぐ食事ができるって連絡があったわよ~」
「ご主人さま、こちらに運んでもらう事もできるようですが、今日は宿泊客が少ないので食堂を勧められました」
「人族以外でも問題ないか聞いた?」
「もちのロンよ。おっけーだってさ」

 ア、アリサ。その言い回しは、昭和としても古いんじゃないだろうか。
 気を取り直して、ミーアにお土産の瓜を渡す。

「それなら、せっかくだし食堂に行こうか」

 港で注文していたトマトは先に届いていたそうで、篭に入れてテーブルの上に置いてあった。ちゃんとテーブルの横には、頼んだとおりの土まで付いた状態の苗が5株おいてあった。これで、迷宮都市に着いてもトマトを確保できるな。向こうで普通に売っていたら無駄だが、その時はムーノ市で栽培して貰えばいいだろう。

 料理はシンプルな丸焼きだ。
 肉をこそいで、小鉢に入った白いソースに付けてサニーレタスっぽい葉野菜に包んで食べるらしい。ミーア用に野菜をふんだんに使ったピラフや蒸し野菜なんかが別の皿に盛ってある。

 白いソースはマヨネーズのようだ。公都で肥満が増えそうで、マヨネーズは広めていなかったんだが、普通に存在していたんだな。公都では見なかったから、この街の郷土料理なのだろうか。

 ただ、これは――

「鹿肉の野菜焼きウマー」
「まよまよ~」
「マヨなのです!」
「マヨネーズは美味しいのですが、やはり最初は何も付けずに頂くのが良いと思うのです」
「あら? 美味しいけど、このマヨネーズって」

 マヨネーズを付けた鹿肉の野菜焼きを口にしたルルが、確認するようにこちらを振り向いた。そう、ここのマヨネーズは非常にクドい。油の種類が違うのか配合が悪いのかは判らないが、余り沢山食べたら胸焼けしそうだ。

 ちょっと拗ねたようにピラフをモクモクと無言で食べるミーアの頬をつつきながら、皆にマヨネーズを食べ過ぎないように注意する。

「貴族様には、この白タレは合わなかったかい?」
「いえ、大変美味しいですよ。この白いソースはご主人が作られたのですか?」

 様子を見ていた宿の主人が声を掛けて来た。
 だが、オレの質問に彼が答える前に乱入者があった。先程の隻腕の少年が、左腕を振りながら宿に入って来た。

「くぅ、いい匂いだ。貴族さま、さっきはありがとう。これ借りていた銅貨2枚。本当に助かったよ」

 彼が差し出してきた2枚の銅貨を受け取る。報酬を受け取るのにも一悶着あったのだろう。彼の口の端が切れているし、右頬に青痣が出来ている。

「おっちゃん、オレも金が入ったからさ、この貴族さまと同じ料理だしてよ」
「無茶言うな、材料がないから無理だ」
「そんな~」
「どうせ材料があっても払えんよ。ウチの名物の焼き魚白タレ定食にでもしておけ」
「うん、それでいいや」

 ここの焼き魚マヨ定食は、銅貨2枚する。いいのか、そんな無茶な使い方で。

「そんなに使ったら、また街に入れなくならないか?」
「そんときは、そんときさ。いつ死ぬかわかんないんだから、食えるうちに美味いモン喰わないとね」

 達観しているのか、後先考えていないのか。
 獣娘三人がうんうん頷いているのが、ちょっと心配だ。

「そうそう白タレの話でしたっけ。これは、3ヶ月ほど前に街に来た片腕の魔狩人の男が、教えてくれたんですよ。同じ片腕でも、そこのコンの小僧とは違って抜け目ないヤツでね。白タレの代金として、かなりふんだくられましたけど、元はとってみせますよ」
「ちょっと、あんな目つきの悪い男と一緒にしないでよ」
「その男の名前を、聞きましたか?」
「ああ、ジョンスミスって名乗ってましたよ」

 ジョンスミスって。
 特徴を確認したが、左腕が無い事と黒髪で彫りの浅い顔つきという事しか覚えていないという話だった。なんとなくだが、メネアの国が召喚した3人目の気がする。

「そういやいつの間にか街からいなくなっていたよな」
「魔狩人なんだから魔物に殺されちゃったんじゃない」
「あの男なら、そうそう死にそうにないけどな」

 少年が、左腕一本で器用にサカナ定食を食べている。
 たまにこっそりと鹿の丸焼きをうらやましそうに見ては、サカナ定食をがっついているので、小皿に取り分けた、鹿肉を差し入れてやった。これくらいはいいだろう。

 先に食事を終え、入り口の様子を窺っていたナナがすくっと立ち上がる。

 こっそり額を隠して身体強化したナナが、目にも止まらないような動きで宿の入り口まで移動した。ホクホク顔で戻ってくるナナの両手には2人の鼠人族の幼児が抱えられている。幼児達は必死で逃げようともがいているが、身体強化されたナナの力には、まるで敵わないようだ。

「マスター、幼生体を保護しました。餌付けの許可を」

 いや、餌付けって。
 獣娘3人以外は食べ終わっているみたいだし、まだかなり鹿肉があるからいいだろう。ナナに許可を与えると、嬉しそうに2人の鼠っ子に鹿肉巻きを与えている。鼠っ子達はさいしょの内こそ驚いていたが、食べていいとわかると飲み込む様に食べ始めた。それに危機感を感じたポチが、食事を喉に詰めたりとか、リザが鼠っ子達に味わって食べる様に説教したりと色々あったが、賑やかな楽しい雰囲気のまま夕食は終了した。

 宿の別棟を警護してくれている傭兵は3人。皆レベル5ほどしかない上に、見破り系のスキルを持たないので甚だ頼りない。こういった傭兵達は、姿を見せる事で盗賊達を牽制するのが目的らしいからこれでいいのかもしれない。

 せっかくの宿だが、夜営の時と同じく3交代で番をする事になった。
 警戒しすぎだとは思うが、あのバカ貴族の手下が、襲ってこないとも限らないしな。
189/413
9-5.魔狩人の街にて(4)
※11/3 誤字修正しました。

 サトゥーです。復讐を題材にした物語は多いですが、題材故かハッピーエンドで終わるモノは少ないようです。10倍返しだ! とでも叫んでガス抜きをして、深刻に思いつめないで欲しいものです。





「だから、待ってってば! あの人も貴族さまなんだってば! 悪い事する人なんかじゃないって」
「どきなよ、コン」
「そうだよ、宿の包囲に参加するだけで銀貨1枚だよ?」
「そうそう、ゴブリン何匹分だと思ってるんだ」
「あんたみたいな、穀潰しでも稼げるよ? この機会を逃すなんてバカを見るってモンよ」

 魔狩人達が集まる酒場から聞こえて来たのは、そんな会話だった。
 あの放火貴族のヤツ、まだ何かするつもりか。

 マップで確認したが、領主の館の近くの空き地に20人ほどの魔狩人達が集められている。他にも同数程度の若い人族の男女がいるところを見ると、魔狩人以外の無法者予備軍も集められているようだ。衛兵がその場にいない事から考えて、今回は守護のポトン准男爵は噛んでいないようだ。
 人数は42人もいるが、魔法スキル持ちはいなくて、戦士系や盗賊系のみだ。レベルも2~7なので、オレ以外の仲間達だけでも無双できそうな雑兵だ。

 放火貴族は、准男爵の館に滞在したまま動いていない。この街の神官や錬金術師のレベルが低いので予想はしていたが、体力がMAXの3割程度までしか回復していないようなので、骨折が酷くて動きたくても動けないのだろう。

 目の前の酒場には、隻腕魔狩人のコン少年と、彼と一緒に行動していた4人の女性魔狩人達、それから8人ほどの獣族の魔狩人達がいる。このオルドという獣人の仲間達は、魔狩人の中でも強めで、レベル7~9だ。他はレベル2~7で空き地にいる魔狩人達と大差ない。

「もう、オルド達も飲んでないで、姐さん達を止めてよ」
「いいじゃねぇか、行かせてやれよ」
「ちょっオルド!」

 どうやら、獣族は中立らしくコン少年の加勢はしないようだ。

「いい加減、どかないと拳骨じゃすまないよ」
「お願いだよ、姐さん」
「ケナ、止めねえけどよ」
「何だいオルド、他の魔狩人の組に意見するなんて、アンタらしくないね」
「意見じゃ無いさ、忠告だ。オレ達は宿の貴族側に付く。ボーシュの姉の恩人ってのもあるが、獣人の集会から宿の貴族を守ってくれって依頼を受けてるんだ」

 ほう? 火傷を治してあげたお礼かな。ボーシュの姉というのが誰かは判らないが、火傷を治した人達の誰かだろう。
 この話を聞いていなかったら、放火貴族の雇ったやつらと一緒に遠隔魔法の餌食にしていたかもしれない。

 さて、いつまでも聞き耳を立てていても仕方ないか。

「本気かい? オルドあんた達が強いのは知ってるけど、相手は20人以上の魔狩人だけじゃない。守護の衛兵たちも50人以上いるんだよ?」
「その心配は無いよ。衛兵達は出てこない」
「誰が言ってたんだい? あんたの母親かい? いいから引っ込んでな!」

 片目の兎人族の大男(オルド)女性達のリーダー(ケナ)の会話に割り込む。ケナはオレを振り向かずに吐き捨てるように啖呵を切る。オレを魔狩人の誰かと勘違いしているのかな?

「ポトン准男爵は、公都のコネを使って封じた。彼が破滅主義か天下無双の大馬鹿者でもなければ、兵を出したりはしないよ」

 オレの言葉の途中で、オルドの目配せに気が付いたケナ達が振り向く。帯剣しているオレを見て、ケナの仲間の女性が立ち上がり、剣の柄に手をかける。
 ケナの足元で踏みつけにされているコン少年に手を振りながら、名乗りを上げる。

「やあ、初めまして。私はサトゥー・ペンドラゴン士爵だ」

 名乗りながら酒場をゆったりと見回して、マップ検索で得た情報との整合性を確認する。

「立ち聞きする気は無かったんだが、聞こえてしまってね。そちらの――ケナ女史かな? 君達もできれば、今日の所はこの場で酒盛りでもしててくれないかな」
「酒盛り? 味方に付けに来たんじゃないのかい?」
「違うよ。ここには最果ての村から山脈までの最新の情報を集めに来たんだよ」
「はん、話を聞いてたなら、自分達のヤバイ状況が判ったんだろ? とっとと宿を引き払って逃げ出した方がいいんじゃないか? そっちのオルドに頼めば、門くらい開けてくれるよ」

 おや、意外だ。忠告されるとは思わなかった。報酬の銀貨に釣られただけで、それほど悪人でもないようだ。それなら、放火貴族の退路を完全に潰すのに一役買ってもらおうかな。

「少し相談があるんだが、いいかな?」





 宿屋に襲撃があったのは、夜半も大分過ぎた頃だ。
 いち早く気が付いたポチとタマに、仮眠していた皆を起すように頼んで、オレは時間潰しにしていた工作を中断する。

 鎧を装備したまま仮眠させていたので、すぐに臨戦態勢が取れた。寝たふりをしているので、照明はない。三階の窓から外を窺うと、怪しい集団が3方に分かれて通りの向こうからやってくる。ケナ達は上手く潜り込んでくれたようで、とある集団の後方にいる。

 彼女達には、放火貴族の家臣の捕縛あるいは逃走の阻止を頼んである。
 シガ王国の貴族に夜襲をかけた現行犯だ。本人が来ていないのは残念だが、どんなコネがあろうと国外退去くらいは免れないだろう。

「弓、3つ~?」「あそこの屋根の影にもいるから4つなのです」

 外を警戒していたポチとタマが、弓兵達を見つけている。殺人なんかの罪科を負っている2人にはクロスボウの一撃で肩を射抜かせて貰う。その上で4人を「誘導気絶弾(リモート・スタン)」で昏倒させた。弓兵の傍には誰もいなかったから、伏兵に襲われたとでも思ってくれるだろう。
 他にも屋根伝いで接近していた盗賊らしき身軽な連中も「誘導気絶弾(リモート・スタン)」で無力化しておく。落下して大怪我をしないようにタイミングを合わせるのが面倒だった。

「じゃあ、行こうか」

 ミーアやアリサの魔法使い組と魔銃を持たせたルルを最上階に残して、前衛陣を引き連れて階下に降りる。
 1階にたどり着いた頃にようやく異変に気が付いたのか、宿の警備兵達がドアを激しく叩いて緊急事態を告げている。
 完全武装で出てきたオレ達を見て驚いたようだが、彼らには有無を言わせず宿の本館の方の守りに移動してもらった。

 彼らは宿を包囲した上で、放火貴族の家臣が前に出てきて演説というか死刑宣告を始めた。この放火貴族の家臣も下級貴族のようだ。
 しかし、ここで演説とはね。何のために無灯火で接近したんだよ。

「呪われた白虎に組する愚かなる成り上がり者よ!」

 コイツラは真正のバカなのか?

「貴様の罪は、汚らわしい獣人に加担した事!」

 人種差別はイカンよ。

「貴様の罪は、我らが偉大なる主、ダサレス様を傷つけた事!」

 デモのシュプレヒコールみたいだな。
 名前を言っちゃダメだろう、と思ったが、悪事と思っていないのかもしれない。

「貴様の罪は――」

 これって、最後まで聞かなくちゃダメかな。
 家臣の言葉を要約すると、鼬人族に追われていた白虎姫一行をダサレス侯が匿ってくれたのに、ある日いきなりダサレス侯の家族を惨殺して、金銀財宝を奪い、領民達の家に放火して、民衆を虐殺したらしい。おまけに、その時に館に来訪していた先王も一緒に殺されたそうだ。

 それなら恨みに思っても仕方が無いと言いたい所なんだが、不自然すぎる。庇護者を殺すのはデメリットしか無いし、放火したり民衆を虐殺する理由はもっと無い。
 むしろ現王とか虎人族と人族が手を結んだら困る勢力(イタチ)が、白虎姫達に罪を擦り付けたと考えた方が判りやすい。

 まあ、事情はどうあれ、排除する方針は変わらないから詳細はいいか。
 中庭から外へ通じる門を開けて、彼らの前に出る。

「そろそろ満足したか? いい加減演説が長すぎて、周りの無法者たちが痺れを切らせているぞ?」
「おのれ愚弄しおって。わざわざ(へい)の向こうから出てきた事を後悔させてやる。やれ! コイツ等を皆殺しにしろ!」

 気持ちよく演説していた男は、顔を真っ赤にして激昂すると、つかえながらも号令をかけた。周りの無法者達は武器を突き上げてそれに応える。迫力あるな~
 ケナ達は集団の後方にいる放火貴族の家臣の内の残り2人の傍に控えている。あちらの2人の方が、目の前の演説家臣よりも位が高い。

「DT共よ、私が相手だと宣言します」

 襲ってきた無法者達にナナの挑発が飛ぶ。
 それじゃ意味が通じないだろう? それでも幾人はナナに向かっていったので、効果があったのかもしれない。

 ポチとタマの「殻」を発動した小魔剣が、ギャグマンガの様に無法者達をなぎ払っている。
 ナナも身体強化しているので盾で数人纏めて押し戻したり、同じく「殻」を発動した剣で大斧を持った魔狩人を撃退したりと、なかなか頼もしい。

 そして赤い残光を残して、リザの槍が、演説家臣の肩を穿つ。

 え?
 赤い残光?

 ちょっとリザ?
 少し気まずそうなリザの様子を見る限り、気合が入りすぎてしまっただけのようだ。流石に魔刃までは発動していないので、演説家臣も死んではいない。

 怪我の功名か、一罰百戒的な効果があったみたいで、無法者達が浮き足立っている。

「お、おいアレ、魔槍じゃねぇか」
「あっちの3人も魔剣使いだぜ」
「おいおい、聞いてないぞ。騎士でもないのにそんなヤツラと戦えるかよ」

 多くの無法者達が踵を返して逃げ出した。
 重犯罪者以外は放置してもいいのだが、ミーアの「刺激の霧(マスタード・ミスト)」で咳き込んで足が止まったところをタマの投石で無力化されてしまったみたいだ。

 ケナ達が足止めしてくれていた残り2人の家臣を、鞘に入ったままの妖精剣で殴り倒して捕縛した。足元で伸びているコンも大した怪我はしていないようだ。

 ちなみに宿の反対側にいた無法者達は、アリサとルルに援護されたオルド率いる獣人達によって捕縛されていた。





「ペ、ペンドラゴン卿! こんな夜遅くに何の騒ぎだ」

 縄で数珠繋ぎになった無法者達と縛られた放火貴族の家臣を引き連れて、ポトン准男爵の館を訪れた。そのオレ達を見た准男爵の第一声がコレだった。どうやら、今回の騒ぎに准男爵は絡んでいないらしい。だが、ここはアリサの助言どおり、准男爵も一味であるかのように決め付けて、保身に走らせる方向で行こう。

「まるで自分は関係ないとでもいいたいようだな。そこのダサレスの子分共が、これだけの数の無法者を連れて私の泊まる宿を襲撃してきたのだ」

 ああ、この貴族っぽい言葉遣いって慣れないな。

「な、私は関係ないぞ。私は無関係だ」

 よし、これで後は放火貴族を捕縛して公都に連行する手配をしてミッション完了だな。
 だが、事態は予想のナナメ上を進む。

「我が忠臣にまで手をかけたか、虎共の手先め! こうなっては仕方ない、我が手で始末してくれる!」

 杖で体を支えたダサレスが、ふらふらの足取りでやって来た。上着は肩にひっかけているだけなので上半身の大部分を覆う包帯が見える。バカが火弾の魔法を唱えだしたので、予め用意していた木の実を頭にぶつけて中断させる。
 ダサレスが膝を付くころになってようやく反応した衛兵達が、ヤツを押さえ込んだ。

「ポトン准男爵。今、ダサレスは、明確な殺意を持って私に火弾を唱えた。しかも傍らにいる貴方も諸共にだ。守護としての裁決を」
「わ、私の権限では貴族への死刑は宣告できない。まず公爵閣下へ引き渡し、そこから王都へ連行して貰い、陛下に裁決を委ねる事になる」

 おや、公都では始末できないのか。
 へたに王都まで行かれると白虎君達と遭遇しそうだから、公都で投獄しておいて欲しかったんだけどな。まあ、いいか。

「聞いたな。衛兵! さっさと、その犯罪者を捕縛しろ。その右手の指輪は魔法の発動体だ。外すのを忘れるな」

 実際には発動体が無くても魔法は使えるんだが、威力や精度がかなり下がる。
 さらに、准男爵の館には、魔法使いの犯罪者用の道具もあるらしく、ダサレスは「魔封じの鎖」というもので拘束されていた。これも完全に防げるものでは無いらしいが、詠唱しようとすると呪文に必要な魔力が魔封じの鎖を通して流出してしまうのだそうだ。

 魔封じの鎖に拘束されてなお暴れるダサレスが地下牢へと連行されていった。

 これにて一件落着かな。
 ポトン准男爵の処遇については公都のロイド侯に任せればいいだろう。

 さて、宿に帰って一眠りしますか。
※作者からのお願い※

 誤字報告は、メッセージでは無く感想欄でお願いします。メッセージだと週末にピックアップするときに漏れやすいのです。
9-6.魔狩人の街にて(5)
※8/14 誤字修正しました。
 サトゥーです。勧善懲悪モノといえば、時代劇が思い浮かびますが、意外と小説やマンガでもあるようです。もちろん、異世界の物語でも。





 翌日早々に、ダサレス侯爵とその家臣達は、ひとまず公都へと船で移送される事になった。逃亡が懸念されたので、20人近い兵士が随伴している。

 大河前の街で大型の船に乗り換えるのだそうだ。

 さて、ポトン准男爵が、なぜダサレス侯爵に便宜を図ったかなのだが、少々複雑な理由があった。
 まず、ダサレス侯爵は、公都の前ボビーノ伯の紹介状を携えていたそうだ。彼は公都で、前ボビーノ伯の後援するとある団体に協力していた伝手で、公爵領内で彼の後ろ盾を得ていたらしい。
 そして、ポトン准男爵の公都の学園に通っている息子が、この団体に傾倒していたそうだ。それだけなら問題はなかったのだが、この団体が「自由の翼」という名前で、公爵から指名手配されている為に少し困った事になる。

 息子が指名手配されているからと言って、守護の役職を解任される事は無いが、守護の職を求める者は多く、足を引っ張られる可能性が高い。

 そして、この時点で、ポトン准男爵の息子が「自由の翼」に所属しているという情報は知れ渡っていなかった。

 さらに、この息子は、現在、ボビーノ伯爵家の公都外にある狩猟屋敷に匿われて無事らしい。もちろん、この場所が公都の司法機関にバレたら、彼らは捕縛され、そのまま処刑されるだろう。

 こうしてダサレス侯爵は、ポトン准男爵の息子の「醜聞」と「生命」の2つのカードでポトン准男爵から協力と服従を勝ち取ったのだ。

 もちろん、最初からペラペラ話してくれたわけでは無い。

 火魔法で脅されたとか、紹介者の前ボビーノ伯に借りがあったとか、ワイロを貰ったのだとか、色々と言い訳していて(らち)があかなかったので、尋問スキルを最大まで上げて、ようやく聞き出すのに成功したわけだ。

 オレは彼と取引をした。

 本来なら、公爵や公都の人事院に告発文を送ったり、「自由の翼」の残党を匿っている狩猟屋敷を報告するべきなのだが、彼の処遇は、彼の所属する派閥のリーダーであるロイド侯に任せる事にした。さすがに無罪放免にする訳には行かない。

 ロイド侯は自派の醜聞を隠蔽しようとするかもしれないが、その過程で、「自由の翼」の残党も処分してくれるのを期待できるだろう。
 恐らく、ロイド侯によって、ポトン准男爵は、この街の守護役は解除されてしまうだろうが、それでも、ロイド侯の政敵に利用されて、処刑や爵位剥奪などの最悪のシナリオを進むことは回避できるだろう。

 ロイド侯に顛末を書いた手紙を送ったので、ポトン准男爵には追々沙汰が下るだろう。

 さて、オレが彼に要求したのは3つ。

 1つ目は、放火貴族の被害を受けた民衆への保障を、彼個人の資産から供出する事。
 2つ目は、街営の孤児院を創設する事。
 3つ目は、引退した魔狩人による魔狩人の職業訓練所の創設だ。

 3つ目は難色を示されたが、常設では無く月一度の講習会という形でなら、という折衷案で纏まった。こちらは魔狩人の損耗を減らすという大義名分があるので、守護が替わっても大丈夫だろう。

 2つ目がすんなり受け入れられたのが意外だったが、前守護役が閉鎖するまで街営の孤児院があったそうで、建物自体は街の外れに残っているそうだ。守護が替わった場合、孤児院への資金援助が無くなりそうだが、そこはロイド侯への手紙でもお願いしておいたので大丈夫だろう。あくまでお願いだ。脅迫とかはしていない。

 さて、次に、宿を襲撃した者達の処遇だが、全員、奴隷落ちとなった。
 もちろん、オレが潜入を依頼した者達は別だ。

 宿を襲撃した無法者やほとんどの魔狩人は、犯罪奴隷に落とされた。
 だが、魔狩人が減りすぎると、街の主要産出品である魔核(コア)の収集が滞るので、それ以前に罪科を持たない者は罪一等を減じて、期間限定の一般奴隷に留められている。
 一般奴隷になった者は、プタの街の公用奴隷になり、魔物狩りを強要させられる代わりに、成果によって奴隷期間が短縮できるらしい。

 最後にオレが、今回の事件で得たものだが、実は色々とある。

 まず、ダサレス侯から没収した装備品やヤツが襲撃者達に支払った報酬、さらに犯罪奴隷を奴隷商人に売却する分の金が、オレのところに転がり込んできた。
 後者はともかく、前者がなぜオレの懐に来たのかは良く判らない。確認したところワイロというわけではなく、行政側が没収した後に、犯罪者捕縛の報酬として支払われたという事らしい。ああ、ややこしい。

 正直なところ、こんな金はいらないのだが、オレから適当に分配すればいいと思いなおして受け取る事にした。

 今回の事件で手伝ってくれたケナやオルド達に、水増しポーション数瓶と銀貨数枚ずつを報酬に配った。ケナ達は、ポーションを売却して金に換えるべきが随分と悩んでいたようだが、結局、そのまま所持する事にしたようだ。命には代えられないからね。

 ダサレスに家を焼かれた人達にも分配しようとしたのだが、恐縮されたあげく断られてしまった。
 逆に、朝一番に森で集めて来たという木の実や薬草を篭数杯分も貰ってしまった。昨日の薬のお礼らしいので、ありがたく頂く。せっかくなので、その木の実を使った大量の焼き菓子を、ポチとタマに渡して子供達に配ってもらった。戻ってきた2人が疲労困憊だったので、きっと喜んでもらえたのだろう。2人と一緒に行っていたナナは、無表情ながらもツヤツヤしていたので、幼児が沢山だったようだ。

 ダサレスに襲撃された村々には、ポトン准男爵が私費を投じて見舞金を出すという事になっているので、オレからは何もしていない。

 あと、誰が噂を流したのか知らないが、どうもオレがトマト好きという事になっているらしく、宿までご機嫌伺いに来た商人達が、お土産にと大量のトマトを携えて訪れて来ていた。
 最初に港で入手したトマトとは違う品種も混ざっていたが、トマトは幾らあってもジャマになるものじゃないから、ありがたく頂いておいた。

 だが、港に銅像を作りたいという街の名士達からの申し出は断固として断った。さすがに銅像とか恥ずかしすぎる。せめてこれだけでも、と言うので「プタ街民栄誉勲章」の方は頂いておく事にした。

 この世界の人って勲章が好きなのかな?





「お、動いた! 今ピクッて動いたよね?」
「ああ、その調子なら、さっき見せたくらいには動くようになるから頑張れよ」
「うん、ありがとう! 貴族さま」

 襲撃待ちの暇つぶしで作っていたにしては、ちゃんと動作しているな。

 コン少年に与えたのは、木製の簡単な義手だ。

 義手には、ミトン風の形状をした可動する指が付いている。魔力を通すと義手の接合部付近にある魔法回路が動作して、ワイヤーを巻きとって指が閉じる仕組みになっている。魔力の供給を止めると板バネが働いて手が開く。開閉のレスポンスが遅いので、武器を持ったり戦闘に使うのは無理だろう。

 魔力を上手く扱えない可能性を考えて、手動で巻き取りが出来るようにしてある。勿論、ロック機能も付けた。

 この義手はコン少年へのボーナスだ。彼が頑張ってくれていなければ、オレの為に行動してくれたオルド達まで犯罪者と一緒に排除してしまうところだったからな。

 他にも、狼の皮で作ったブーツや革鎧、それに甲虫の殻で作った軽いわりに頑丈な胸当てと兜を贈っておいた。義手の中ほどのジョイントに付ける甲虫の殻製の盾も付けた。

 彼の持つ武器は父親の形見という話だったので、研ぎ直すだけにしてある。

「うわ、いいの、こんなに! ちょっと見てよ姐さん、まるで探索者みたいだ!」
「しっかし、あんたみたいな駆け出しが、こんな装備していたらバカ共に巻き上げられちまうんじゃ無いかい?」
「大丈夫でしょう、たいして高価な素材は使っていませんから」

 無邪気に喜ぶコン少年に、ケナが少し懸念を抱く。
 この時はそう思っていたのだが、後日、迷宮都市で、この甲虫の殻が意外に高価な品だと知った。この街では、高価な素材じゃないという噂が、広まったようだからそれでいいだろう。

「だったらさ、だったらさ、あたし達にも作ってよ」
「お礼は体でするからさ」
「アンタの体じゃ礼どころか逆に金を払わないとダメさ」
「ひっど! アンタも変わんないじゃないさ」

 このような姦しい反応は予想していたので、既に造ってあった、甲虫の殻製の胸当てを贈っておいた。革紐で固定するタイプで弓道の胸当ての面積を大きくしたような簡単なものだ。

 もちろん、無償ではない。

 代わりに、月に1度でいいからコン少年と組んで魔物狩りに連れて行ってやって欲しいと頼んだ。この世界なら、機会さえあれば、そして生き残りさえすればレベルが上がって生き易くなるはずだ。

 ちょっと、お節介が過ぎる気がしたが、これくらいはいいだろう。

 だから、アリサ、そのニヨニヨとした笑みはヤメロ。





 襲撃の数日後に、ようやくプタの街を出発できそうだ。
 これ以上いたら馬車が、木の実やトマトで埋まっていた事だろう。

「では、幼生体達よ、しばしの別れです」
「なな、いっちゃう? いっちゃうの?」
「ナナ、一緒にいよう? ダメ?」
「なな、いかないでー」

 3~5歳くらいの幼児達に別れを告げてナナが騎乗する。
 1人、2人、連れて行きたがりそうだったんだが、意外だ。

「彼らには拠点ができました。旅するのは、幼生体の生命が、危険で過酷だと判断します」

 拠点って言うのは仮設の孤児院の事だろう。
 まだゴザを敷いただけの寝床しかないが、家の軒下や木陰で寝るよりはマシなのだそうだ。仮設の孤児院には、ナナが町中から集めてきた50人くらいの孤児達が住んでいる。孤児はその3倍くらいいるのだが、すべては集まらなかったようだ。

 孤児院の責任者に、当面の食費に金貨数枚を寄付しようとしたんだが、やんわりと断られてしまった。この街では金貨が使える場所がないそうだ。仕方がないので、米100キロと銅貨100枚ほどを寄付した。彼らが横領しない事を祈ろう。

 幼児達や獣人達、さらには魔狩人達に盛大に見送られて街を後にした。
 何人かの足の速い子供達が並走していたが、すぐに疲れて置き去りになる。

 ナナは何度か名残惜しそうに街を振り返っていたようだ。

 街道と言うよりは獣道に近い雑草生い茂る道を、馬車は進む。
 まずは最果ての村へ、そして南東の山脈を越えてボルエナンの森へ。
 感想で気にしていた人が多かったので、事件の後始末を多めに増やしてみました。

※8章の一部を改稿しました。
 詳細は活動報告をご覧下さい。

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 感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。


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9-7.雑草の街道
※8/16 誤字修正しました。
※8/16 一部加筆修正しました。
 サトゥーです。小中学生の頃は理科の実験が大好きでした。中でも電気分解で水素と酸素を分離する実験には心が躍ったものです。魔法道具の作成には、その頃と同じワクワクがあるような気がします。





 人口200人ほどの最果ての村を通り過ぎて半日も経たない内に、街道は雑草で埋もれて見えなくなった。

「聞いてた通りの状態ね。本当にこの道を行くの?」
「ああ、取り合えず刈ってみるよ」
「まかせて~」「頑張るのです!」

 オレがそう告げながら馬車を降りると、ポチとタマの2人も馬車の道具入れの中にあった草刈り鎌を持って追いかけてきた。シャキーンと書き文字を背負いそうなポーズをしてから、シャカシャカシャカと草叢を掻き分け始めた。

 いや、君たち、ここは魔法でね?
 あまりに2人が、やる気に満ちて愉しそうなので止めるに止められない。飽きるまで待つか。

「マスター、作戦の参加許可を。草刈式装備への換装を具申します」

 ポチとタマの草を刈る姿のドコがナナの琴線に触れたのかはわからないが、宝物庫(アイテムボックス)から取り出した長柄の草刈り鎌を渡してやる。

「ご主人さま、3人はやる気の様ですが、草刈り鎌で刈っていたのでは、山裾まで辿りつくまでどれほど掛かるかわかりません。先程の村の者達を雇って切り開くか、油を撒いて燃やすしか無いのでは?」
「山火事になったら大変だから焼くのは無しだ。ポチ達が飽きたら魔法で切り開くよ」

 そういえば、ムーノ市に来るときにミーアが森に道を作ったという話を聞いていたので確認してみたが「無理」と返事が返ってきた。たぶん短い距離しか無理なのだろう。

 雑草に紛れて薬や料理の素材になる物があるようなので、アリサとミーアに集めて貰う。ルルとリザには、お昼の下準備を頼んだ。

「何かな~、ソレは?」
「ん? 竈だよ」

 昔見たマンガで、ピザを焼くのに竈を使っていたので、土魔法と火魔法を駆使して作ってみた。我ながら即席にしてはいい出来だと思う。作りが単純とはいえ、カップメンを作るより早くできるとか素敵過ぎる。

 乾いた笑みを浮かべて地面にヘタリ込んだアリサを横目に、宝物庫(アイテムボックス)の中で寝かせておいたピザ生地を取り出す。
 プタの街で滞在中に作っておいたトマトソースを取り出してピザ生地に塗っていく。トッピングはチーズは当然として、ベーコンやサラミを並べたスタンダードなピザに、スライスしたトマト、アスパラ、ナス、パプリカなどの野菜をたっぷり使用したピザの2種類を準備した。

 薄いピザ生地なので、ハラヘリっ子達の食欲だと足りなくなりそうだ。サイドメニューに、サイコロステーキやポテトフライなんかも用意しようか。

「のびる~?」「あちちなのです」
「うはは、バカうま~」
「ん、おいし」

 やけにハイテンションな年少組は、ピザがお気に召したようだ。ポチとタマの2人は垂れたチーズでベトベトになっているので、後で顔を洗わせないと。
 ルルとナナも気に入ったようだが、4人ほどでも無いようだ。リザは1切れ目を食べ終わった後は、ノーマークのサイコロステーキ攻略に取り掛かっている。本当にブレないな。

 美味しそうに食べてくれるのは嬉しいが、食べ過ぎになりそうなアリサだけは途中で止めた。恨めしそうな顔をされたが、リバウンドの怖さを説いたら判ってくれたようだ。前のダイエットは大変だったからな。
 だから、アリサ。ピザを食べるポチ達に向けるその視線は止めてあげて欲しい。





 ポチ達も満足したようなので、昼からは魔法で道を切り開く事にした。

 まずは、風魔法の「風刃(エア・ブレード)」を街道沿いに地面すれすれに放つ。
 短杖の先から放たれた風刃が、雑草を地上10センチほど残して切り払っていく。途中の少し隆起した地面や道沿いの潅木も切り裂いて、風刃が進む。最終的に正面200メートルほど先の所にあった、5メートル強の小高い断崖に当たって止まった。

「アンタねぇ、やり過ぎってモンをいい加減学習しなよ」
「ん、自然破壊」

 よほど呆れたのか、いつもより砕けた口調でアリサがボヤく。オレをアンタ呼ばわりしたせいか、リザに叱られて反省のポーズを取っている。

 街道沿いの木を切ってしまうのは予想の範疇だが、断崖まで真っ二つに割れて崩れ落ちたのは想定外だった。

 このまま馬車を進めたら、見えない段差や柔らかい場所で馬が足を挫きそうだったので、土魔法で整地する事にした。

 今回は使うのは「土壁(ウォール)」ではなく、そのものズバリの「整地(フラット・ランド)」という魔法だ。軍隊の工兵達だけでは無く、民間でも良く使われる魔法らしい。公都の最初の魔法屋で買った巻物の魔法だが、これまで使う機会が無かったものだ。

 整地範囲を街道のコースに設定して魔法を行使する。地面が草の下に隠れているせいで、本当に整地されているのか判らないので、マップで地形を確認した。問題なく平らのようだ。

 切られた雑草が足を取るようで、馬車の速度は出ない。車輪も少し滑ってしまうようだ。どうせ開拓しながらだと、時速数キロ程度の速度しか出せないので、ゆっくりと走らせるように指示した。

 オレが先行して魔法を使い、徒歩のポチとタマが、切断された雑草の中から薬草やハーブなんかを拾い上げている。街道にはみ出た潅木や倒木は、リザとナナが退けている。アリサとミーアは、集まった素材の仕分け作業をして貰った。

 しかし、こんな方法じゃ、時間がかかって仕方が無いな。当たり前だが、街道自体が真っ直ぐ山脈へと伸びているわけでもないし、平坦な地形でも無いので起伏もある。特に、丘や低めの山や谷なんかがある辺りは、それらを迂回するように道が伸びていたようだ。

 他に妙案もなかったので、そのまま街道を整備しながら歩き、10キロほど先にあった小川の(ほとり)に野営する事にした。
 野営予定地から1キロほどの所に、デミゴブリンが20匹ほどいたのだが、草木を切り裂く音に怯えたのか、すごい速さで逃げ出していたので、今夜は安全だろう。

 夕飯の準備をルルに任せて、オレはいったん開拓を始めた場所まで戻って幅100メートルほどを「土壁(ウォール)」でデコボコにしておいた。これで、突然街道が生まれたとか変な噂がたったりしないだろう。





 その夜、途中まで作ってあった空力機関が、組みあがった。

 だが、制御が難しい。

 完成後の試運転に少しずつ魔力を注いで浮かすところまでは持って行けたのだが、その先が不味かった。

 一定の魔力を超えた時点で、グリンとばかりに回転して地面に落下し、そのままの勢いで近くの樹木へと突っ込んでしまった。

 どうやら、空力機関を構成する個々のフィンの出力が一定じゃ無い上に、いわゆるパワーバンドにもバラつきがある事が判った。そのせいで普通の魔法道具のように魔力を通すだけでは上手くバランスが取れずに回転したり、急加速したりするという事がわかった。

 出力を調律する制御回路なんかが必要となるようだが、手持ちの資料にはそういった仕組みは載っていなかった。空力機関の説明にも制御が難しいとかは書いていなかったんだが、ひょっとしたらこの資料の著者は、実際には空力機関を組んだ事がなかったのではないだろうか。

「もっとも、制御しようとして、できない事は無い、かな?」

 樹木にぶつかって外枠が割れてしまったが、フィンや魔法回路自体は無事だったので、再チャレンジしてみた。一応、空力機関を30秒ほど浮かべるのには成功したが、ずっと集中しないといけないので面倒すぎる。これなら、「理力の手(マジック・ハンド)」で持ち上げる方が、まだマシだ。

 他の本に何かヒントが無いかを探すうちに夜は更けて行く。





 翌日、オレ達は空の旅に出る事になる。

 もちろん、画期的な方法が見つかって空力機関の制御に成功したわけでは無い。
 ちょっとした発想の転換――と言うのもおこがましいか。

 魔法がダメなら科学を使えばいいじゃないか!

 そう気が付いただけだったりする。
 ちょっと魔法の道具が作れるからと言って、魔法に頼りすぎていた。普通に気球を作る事で空の旅を実現したわけだ。

 もっとも、思いついてからが大変だった。

 はじめは熱気球を作ろうと思ったのだが、人と馬の数を考えてそれは断念した。ちょっとばかり重過ぎる。

 そこで、飛行船のように軽い気体を風船に詰める事にした。
 ここで困ったのが風船の材料だ。試算したところ、箱舟に人や馬を乗せて浮かべるには相当な大きさが必要になりそうなのだ。
 ストレージを探ったら、大怪魚の寄生虫の部位が使えそうな感じだ。特に生命強奪でレベル50まで成長していた個体はかなり巨大化していたので、これを使うとするか。

 手頃な加工場所が無かったので、公都までひとっ飛びして地下迷宮の広場を利用した。いつも作業していた場所では無く、もう少し下の階層で床面積の半分ほどが水に浸かっている場所だ。
 ここで飛行船の風船作りと、浮力を得るのに使う水素を作る事にした。

 寄生虫の部位を加工して風船を作ったのだが、長さは十分すぎるくらいあるものの、あまり大きなモノは作れなかった。なので、直径1メートルくらいの小さな風船を大量に作って、大きな網に詰める事にした。

 水素の作成には「浄水(ピュア・ウォーター)」、「放電(ディスチャージ)」と「電気操作(エレクトロニック・コントロール)」なんかの魔法を使った。「気体操作(エア・コントロール)」の魔法も利用して分離した気体が混合するのを防いでいたので、割と順調に進む。

 せっかくなので、分解で得た酸素も別の風船に保管しておいた。

 一度だけ、操作をミスして風船を爆発させてしまったが、咄嗟に「風盾(エア・シールド)」の魔法を展開したお陰で、少しびっくりしたものの服が燃えたりとかの被害はなかった。頑丈な迷宮で良かった。わざわざ、遠出した甲斐があるというものだ。
 予想よりも水素爆発の勢いが凄かったので、箱舟用に大怪魚の皮と鎧井守の骨を組み合わせて作った耐火耐爆の天井を用意した。大怪魚の皮は、前に肉を取った時に切り取った分だ。皮下組織が分厚いので、今回は表皮のみを使用している。
 試しに水素風船を、もう1個爆発させてみたが、問題なく防げるようだ。

 夜が明ける前に、空力機関の実験をしていた場所に戻って、箱舟を周辺の樹木に固定してから、風船を接続する。

 オレは、飛行船を見たときの皆の反応を想像しながら野営地へと向かった。
※水素の爆発力を過小評価していたので修正しました。
※屋根の素材を大怪魚の皮に変更しました。

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9-8.空の旅
※8/16 誤字修正しました。
 サトゥーです。出張で飛行機には乗りましたが、気球や飛行船に乗ったことはありません。熱気球の模型なら学生時代に作った事があるのですが、模型と実物では色々と勝手が違うようです。





「ねえ、高度は上げないの? この高さだと木の天辺から獣が乗り移ってこないかな?」
「大丈夫だよ」

 アリサの懸念はもっともだ。
 実は、飛行船で出発してから既に2回ほど、好奇心旺盛な獣が飛び移ろうとしていた。もちろん、危ないのでジャンプしそうなタイミングにあわせて「理力の手(マジック・ハンド)」で出鼻を挫いておいた。
 鳥の類も寄ってくるが、洋風アニメのカラスの様にクチバシで風船を割るようなヤツはいないので放置してある。

 落ちたときの事を考えて飛行高度は木々の少し上をゆったりと進んでいる。
 箱舟飛行船を前に進めている推力は、「気体操作(エア・コントロール)」の魔法だ。元々飛行目的の魔法じゃないので、箱舟飛行船の速度は時速15キロ程度しか出ていない。天駆で飛ぶときみたいに「大気砲(エア・カノン)」で加速すると箱舟飛行船が空中分解するか風船を入れてある網が破れる可能性が高いので使っていない。

 速度自体は遅いが、直線で進めるので馬車での移動よりも距離を稼げている。

 箱舟飛行船には、幌を畳んだ馬車と馬も一緒に載せている。馬車はストレージにしまおうと思ったのだが、問題なく浮いたのでそのままにしてある。

 箱舟は前後左右に覗き窓が付けてある。窓といっても蓋付きの穴でしか無い。側壁は馬たちの背よりも高く作ってある。箱舟と気球の間には、大怪魚製の天井と言うか防壁が配置してある。

 そんな側壁を上まで登ったタマが、側壁の上にちょこんと腰掛けて、さっきから下を流れる景色を眺めている。危なっかしい光景だが、落ちても地面に着く前にすぐ拾えるからそのままにしてある。タマなら落ちないだろう。

 ナナは後部の覗き窓から外を眺めているようだ。ナナ曰く、後ろの景色が一番カワイイそうだが、どうカワイイのか理解できなかった。その内、わかる日が来るかもしれない。

 する事が無くてヒマなのかアリサ、ルル、ミーアは、さっきから綾取り(あやとり)で遊んでいる。アリサやミーアはともかく、ルルが怖がらないのは意外だった。

 そしてタマが身を乗り出すたびに箱舟が揺れ――

「タマ、危ないのです! 落ちたらどうするのですか!」
「そうです! タマ、大人しくしなさい。空、そう空中にいるのです。落下したら飛べないのですよ?」

 船長席っぽいイスに腰掛けたオレの膝の上に座ったポチと、オレの斜め後ろでイスの背もたれに捕まって微動だにしないリザから、タマに注意というよりは非難の声が上がる。

「だいじょうぶ~」

 タマの返答はマイペースだ。

「だ、大丈夫じゃないのです。ご主人さま! 笑ってないで、手はコッチなのです。ちゃんと支えてくれないと落ちたら危ないのです」
「いいですか、タマ。地上に降りたらお仕置きですよ?」

 ポチとリザは空の旅が苦手らしい。
 さっきから、怖いくらい声が真剣だ。ポチが怖がるのは予想していたが、リザが怯えるのは予想外だった。

 ポチはオレの膝の上で、箱舟が傾くたびにビクッと体を硬直させている。さっきからポチの耳がペタンとしたままだ。膝の上に座っているだけじゃ不安らしく、オレの手を自分のお腹の上に置かせている。
 リザもイスに捕まるだけじゃなく、こっそりオレの服の袖を摘まんでいるみたいだ。こちらは気が付いていない振りをしている。

 もちろん、タマの軽い体重が掛かったくらいで船が傾く事はない。
 犯人はオレだ。

 タマが落ちそうな身の乗り出し方をするので、それにあわせて「理力の手(マジック・ハンド)」で箱舟を揺らしたのだが、なぜかタマでは無くポチとリザが過剰反応をしてしまった。
 ポチの反応が可愛いのでつい何度もしてしまったが、この辺で自重しよう。





 さて、順調に見えるが、空の旅は思ったよりも問題が多かった。

 1番の問題はトイレだ。
 今晩の野営時に増設するつもりなのだが、今日の所は一定時間毎に、オレが抱えて天駆で地上に降ろす事になった。
 沢山抱えて降ろそうとしたのだが、なぜか1人ずつお姫様ダッコで下ろす事になってしまった。

 2番目の問題は食事だ。
 火気厳禁のために、朝の内に作っておいた弁当食になっている。

「ひよこ~?」
「うわ、ひよこなのです!」
「お花」

 よほど嬉しいのか弁当箱の中をオレに見せてくる3人。
 いや、それを作ったのはオレだから。

 ポチとタマはひよこ柄、ミーアは鳥肉抜きチキンライスと野菜で花柄にしてみた。

「ほんっと~に、マメね。まさかこっちでキャラ弁が見れるとは思わなかったわ」
「あら、やっぱりアリサも、こっちの方がよかった?」

 アリサの呆れ顔にルルが混ぜっ返している。

「食べたら壊れる~?」
「食べていいのです?」
「いいよ、食べ物なんだから」
「ん」
「おいしそ~」

 キャラ弁とこちらを交互に見ながら、嬉しそうに煩悶する2人が可愛い。ミーアもどこから手を付けていいか迷っているようだ。
 この3人以外の弁当は、個別にメニューが違うが普通の料理だ。リザは肉多めに、オレやルルは軽めの内容にしてある。

「ポチ、タマ! そのキャラ弁を保護します。そんなに可愛いのに食べてたら――」

 キャラ弁にナナがこんな反応するのを予想できなかったのは、失敗だった。

「だめ~」
「ダ、ダメなのです」

 狭い箱舟内で暴れたら、馬まで興奮して危ないから「理力の手(マジック・ハンド)」で3人を持ち上げて騒ぎを止めた。

「マスター、不当逮捕です。釈放を要求します」
「狭い箱舟内で騒いだから有罪」
「再考を!」
「ダメ。今日は、そのまま空中で食事する事」

 やれやれ、これでようやく食事に戻れるよ。
 明日は、ちゃんとナナの分もキャラ弁にしよう。いや、空の旅の間は、キャラ弁をしばらく封印した方が良さそうかな。

「マスター」

 今日のナナは諦めがわるいな――。

 ナニヲシテルノカナ?

 思わぬ色仕掛けで、拘束が緩んでしまった。
 ナナが上半身の服をはだけさせたままポチとタマに迫るが、2人は早くも食べ終わる所だったようだ。少し弁当箱が小さかったかもしれない。

 がっくりと床に手を突くナナに、ルルが布を掛けてやっている。

 色仕掛けとは成長したな。
 いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。後で、説教しなくてはいけない。うん、さっきの光景は脳内フォルダに保管だな。映像に罪は無い。

 もちろん、撮影魔法は使っていない。





 3番目の問題は、目立つ事だ。

 人里離れた山奥だからと安心していたのだが、好奇心旺盛な動物や魔物はいるらしく、並走したり乗り移ろうとするものが後を絶たなかった。

 2日目には早くも山脈の麓までたどり着いたのだが、昨日は野営地に箱舟を下ろす時に集まってくる動物を排除するのが大変だった。ポチ達は「エモノ!」と言って喜んでいたので良いとしよう。

 本来、飛行船なんかは船の上下が意外に面倒だったりする。浮力を調整する必要があるからだ。だが、オレ達の場合、ストレージに気球を収納する事で浮力が減るので、簡単に降下できる。一定量まで減らしたら、後は「気体操作(エア・コントロール)」で地面まで降ろしてから全て回収すればいい。

 今日の停泊地は、湖の傍だ。
 風船部分が20メートル近いので降ろす場所が難しい。今日は水面に降ろしてから風船を回収した。

 箱船を岸に着けると、早速、リザ達が魔物の迎撃に向かった。さきほどから箱舟飛行船に並走していた角蛇(ホーン・スネーク)が相手だ。アリサとミーアも援護に向かったので、ルルと2人で夕飯の準備だ。

 みんなの狩りが終わったら、馬の運動がてらに湖の周りを騎馬で散歩しよう。





「アリサ! 蛇の攻撃を一時食い止めなさい。ナナ! 蛇の動きが止まったら、シールドを張りなおすのです」

 意外に苦戦しているみたいだ。
 リザとナナの後を追って、森を突き破って出てきた角蛇は、なかなかデカい。長さが何メートルあるのかは見えないが、太さがミーアの胴回りくらいはありそうだ。

 角は両目の間から正面に向けて、長さ50センチ弱ある。こいつの角には、麻痺毒があるらしいのだが、それ以前に、こんな角に貫かれたら重傷だろう。

 オレは、いつでも介入できるように、「理力の手」と「自在盾」を発動して待機中だ。

 鎌首を持ち上げ3メートルの高さから、ナナに突撃しようとした角蛇が、アリサの空間魔法による「孤立結界(アイソレーション)」に阻まれる。この魔法は、空間断層の壁を作るらしいのだが、かなり脆い。前に試したら「魔法破壊(ブレイク・マジック)」を使わなくても殴って壊せた。なぜかアリサに怒られたが、性能実験だったんだからいいじゃないか。
 アリサに言わせると、この「孤立結界」を破壊するには「魔法破壊」か同じ空間魔法の「孤立結界解除(リムーブ・イソレーション)」なんかの魔法が必要らしい。
 オレの予想では、影魔法や召喚魔法なんかの「他の空間」に干渉する系統の魔法でも破壊できそうだ。

 それはさておき、ナナが「(シールド)」を張りなおし「鋭刃(シャープ・エッジ)」を追加詠唱し終わったようだ。

 アリサが結界を解除して第2ラウンドの開始だ。
 まず、ミーアの「水刃(ウォーター・カッター)」が飛ぶが、角蛇にあっさりと避けられていた。
 続いてナナの挑発が発動する。

「さあ、来なさい! 手も足も出ないと思いしらせてあげると宣言します」

 いや、ヘビに手足はないけどさ。
 角蛇が、その角でナナを突き刺そうと、攻撃を繰り返す。ポチやタマも胴体部を狙って左右から攻撃をかけて居るが、尻尾に邪魔されてなかなか攻撃が届かないようだ。

 魔刃を発動したリザが、突撃姿勢に入ったその時――

 森の陰からソイツは現れた。

 ――漁夫の利なんて狙わせないよ?
※感想の返信について
 感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
9-9.漁夫の利
※8/18 誤字修正しました。
8/18 一部加筆しました。
 サトゥーです。土用の丑の日に蒲焼や冬至にカボチャを食べるとか、普段、食べないメニューを食べる機会ができていいですよね。もっとも、バレンタインのチョコは賛否両論ですが……。





 森の上空から現れたのは、翼竜(ワイバーン)だ。

 ヤツの狙いは、オレ達では無く角蛇(ホーン・スネーク)のようで、オレ達を完全に無視して、角蛇の無防備な胴に向かって急降下している。

 ナナへと執拗に攻撃を繰り返していた角蛇も、空から襲ってきた翼竜に気が付いたのか、攻撃を中断して鎌首をそちらに向ける。

「リザ、こっちはまかせろ」
「はいっ! ポチ、タマ距離を取りなさい。アリサ、ミーア! 角蛇の動きが止まっているうちに攻撃魔法を」

 久々の「短気絶(ショート・スタン)」を横合いから翼竜に叩きつける。

 まさか、オレ達から攻撃されるとは思っていなかったようで、まともに魔法を喰らって森の中に木々をなぎ倒しながら墜落して行った。
 このワイバーンだが、翼長10メートル近くもある。竜というよりは、プテラノドンとか恐竜系に近い体型じゃないだろうか。尻尾の先に毒針があるのは、ファンタジーのワイバーンらしいと言えるかもしれない。

 角蛇の方は、アリサの「空間切断(ディメンジョン・カッター)」で胴体を半ばまで斬られ、盛大に血を撒き散らしている。少し遅れてミーアの「水刃(ウォーター・ブレード)」が角蛇を襲ったが、そちらはレジストされたのか体表で散ってしまった。

 思わぬ大ダメージを受けた角蛇が逃げに転じようとしている。
 もちろん、リザ達が逃がすはずも無い。

「ナナ、角蛇を逃がしてはいけません」
「了解。蛇よ、カバヤキの準備は完了です!」

 ナナの微妙な挑発と、退路に配置されたアリサの結界壁のお陰で、角蛇に逃げられずにすんだようだ。アリサのつけた傷を狙って、リザの魔槍やポチとタマの小魔剣が交互に襲いかかる。
 そして、血を失い動きの鈍ってきたところを、ナナの「鋭刃(シャープ・エッジ)」で強化された剣に口内を貫かれて、角蛇は活動を停止した。

「えいえい」「おーなのです」

 角蛇の上でポチとタマが勝ち鬨を上げているが、まだ早い。

「ポチ、タマ、気を緩めてはいけません。ナナ、強化魔法を掛けなおして。アリサ、ミーア、魔力は足りていますか?」

 リザが指示をだして、次の戦いの準備を始めている。
 なかなか頼もしい。

 正面を受け持っていた、ナナとリザが少し怪我をしていたので、「軽治癒(ウォーター・ヒール)」の魔法で治してやる。





 それに少し遅れて、森の奥で怪獣のような咆哮が上がった。どうやらワイバーンが、ようやく目覚めたようだ。しかし、魔族みたいに咆哮で魔法を使うのかと警戒したが、普通に鳴き声のようだ。

 ワイバーンの優位性は飛べる事だ。

 だからヤツは、いったん飛ぶための加速の為に、湖岸まで出ると思ったんだが――

「ちょっと、あれってワイバーンだよね」
「さる~?」
「跳ねてるのです」

 ワイバーンは2本の木々を交互に蹴って駆け上がり、そのまま空へと飛翔した。木を駆け上がるときにはちゃんと手の鉤爪も使って加速の足しにしていたようだ。

 ポチ、タマ、ルルの3人にクロスボウを渡してやる。元々、対ワイバーン用の品だ。活用してやろう。

 空中で旋回して速度を溜めていたワイバーンが、高度を下げて湖の向こう側から襲ってくる。中央突破では無く、湖岸に沿って水面スレスレを滑空してくるようだ。

「ミーア、あの潅木の位置にワイバーンが来たら、『急膨張(バルーン)』でヤツを跳ね上げてやりなさい。3人はなるべく翼――そうですね右翼を狙いなさい。アリサは先ほどの切断魔法で同じく翼を。可能ならそのまま切断して構いません」

 リザから、みんなに指示が出る。
 前はアリサが指示をしていたんだが、魔法に集中しだすと指示が途切れるのでリザになったようだ。

 オレも「理力の手(マジック・ハンド)」と「自在盾(フレキシブル・シールド)」を準備しておく。
 いつもなら手出しをしないのだが、今回のワイバーンは33レベルと、さっきの角蛇の24レベルに比べても強敵なので、いつでもサポートできるようにしてある。

 潅木の位置まで接近したワイバーンが、突然膨張した水蒸気に姿勢を乱される。少しタイミングが遅かったようで体勢を完全に崩すところまではいかなかったようだ。

「むぅ」

 ふくれっつらのミーアの頭をポンポンと撫で叩いてやる。
 そこに遅れてアリサの「空間切断(ディメンジョン・カッター)」がワイバーンに叩きつけられるが、レベル差のせいなのか抵抗されたのか肩を傷つけただけで、切断までは行かなかったようだ。

 同時に放たれたポチとタマの短矢(ボルト)がワイバーンの鼻先を浅く傷つける。ルルの短矢(ボルト)は明後日の方向へ飛んでいってしまったようだ。まっすぐ向かってくるとはいっても飛行体に当てるのは難しいからね。

 これは、ちょっと格上すぎたかな?

 ナナが自分の前面に展開した「(シールド)」と自分の持つ大盾でワイバーンの突撃を受け止める。ワイバーンも頭突きではなく足から突っ込む辺り戦い慣れしているのだろう。ナナの体力ゲージが急速に減るのを見て、素早く自在盾を間に割り込ませる。ナナの回復はミーアが呪文を唱えだしたので任せよう。

 ワイバーンは、ナナを蹴って再び空に戻る。リザの突きはその足を掠めたようだが、さほどのダメージは与えられなかったようだ。飛ばされたナナは縮地で回り込んで受け止めた。柔らかさが足りない。鎧め。
 ミーアがワイバーンの追撃に参加したようなので、ナナはオレの魔法で癒しておく。

 空に戻って速度が落ちたところを狙ってクロスボウ組の矢と魔法組の攻撃魔法が襲う。ルルの矢も当たったみたいだ。横で小さくガッツポーズを取っていたので、良くやったと褒めておく。

 しかし、多少の怪我を負わせただけで、倒しきれないようだ。

 こちらが思ったよりも手ごわいと判断したのか、弱そうな個体を狙う事にしたようだ。速度を落とさないまま接近してアリサを後脚の爪で捕まえようとしてきた。ナナが挑発するが、その矛先は動かない。

 さすがに犠牲者が出そうな状況じゃ、訓練とか言ってられないだろう。縮地で、アリサの前に移動して、ワイバーンを蹴り上げる。
 頭上を飛びぬけようとしたので、素早く尻尾を掴んで湖岸に叩き付けた。

 対空戦の訓練としては十分なはずなので、素早く接近して「理力剣(マジック・ソード)」でワイバーンの首を落とす。

 理力剣は、術理魔法の盾や防護柵と同じくガラスの様に透明だ。刃の形状は、短剣サイズから刃渡り2メートルの大剣サイズまで自在に変えられる。非常に鋭利にできるが、その分薄く脆くなるので、剣スキルが無いと扱いが難しそうだ。

 この前のクジラ退治の時に困ったので、現在発注している理力剣の後期バージョンでは、最大20メートルの刃を生み出せるように改良してある。刃の強度などに無理があるので、実用性がどの程度あるかは不明だ。

 今回の戦いで、アリサとルルのレベルが上がった。ルルは新しいスキルが増えていないようだ。この間から魔法の入門書を読ませていたのだが、教育が足りなかったのか。残念だ。

「あと、1ポイント、あと1ポイントなのに~~~」

 地団駄を踏むアリサに確認したら、空間魔法のスキルを上げるのに1スキルポイント足りなかったそうだ。





 翼竜の網焼きは苦味が強すぎてイマイチだったが、角蛇の蒲焼は絶品だった。アリサのリクエストで鰻重のようにしてみたのが良かったのかもしれない。ミーアの晩御飯は、豆腐ハンバーグにしてみた。ポチとタマが葛藤に満ちた顔で、ミーアの豆腐ハンバーグと蒲焼を見比べていたが、肉の魅力に負けたらしく蒲焼と翼竜の網焼きを自棄気味に食べていた。
 翼竜の内臓は毒があるという事だったので、穴を掘って埋めておいた。

 そして食後には湖畔に作った露天風呂で汗を流した。
 やはり、満天の星の下の露天風呂はいい。

 風呂上りのアリサが、ポチ達と3人揃って氷で冷やしたフルーツ牛乳を飲んでいる。腰に手を当てて一気に呷るのは乙女としてどうかと思うが、ちゃんとバスタオルを巻いているので良しとしよう。

「ふぅ、美味しい御飯に、星空の映り込む湖畔での露天風呂! おまけに冷たいフルーツ牛乳ときたら、あとは決まってるわよね!」

 ミーアの髪を拭いているオレを振り返りながら、アリサが言う。
 ぐへへ、と笑うのは止めてくれ。身の危険を感じる。10年後とかなら、大歓迎なんだけどね。

「ほい、ミーア。終わったよ」
「ん」

 生活魔法の「乾燥(ドライ)」を使った方が早いと思うのだが、ミーアは首をふるふると振って嫌がるので、未だにタオルで拭いてやっている。

 無視されてご機嫌ナナメなアリサが、酔っ払いのように背中にのしかかってくだを巻いて来たので、抱え上げて寝床まで運んで転がしてやった。

 明日の山脈越えルートは、翼竜の群生地帯がある峰から離れたコースを進む予定だ。山頂付近での気流が心配なので、一度、天駆で見に行ってみようと思う。

 何事も無ければ飛行船、無理なら気球を畳んで「理力の手(マジック・ハンド)」で運んでいこう。

 山脈の向こうのボルエナンの森に思いを馳せながら、オレは一人、野営地を出発した。
※ワイバーンに反撃する所でルルの攻撃が命中したシーンをこっそり加筆しました。

※作中では、プテラノドンの事を恐竜と言っていますが、「厳密に言うと恐竜ではない」そうなので注意してください。間違って覚えないでね。

※感想の返信について
 感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
9-10.山脈の出会い
※2015/6/17 誤字修正しました。

 サトゥーです。油断大敵と言いますが、油断しているときに油断していると自覚できるなら大丈夫だと思うのです。本当に怖いのは慢心ではないかと思う今日この頃です。





 翌朝、一人先行したのには理由がある。

 気流やワイバーンたちの反応を見てみたいのもあるが、この山脈の途中から別の支配領域になっていたので先に確認したかったのだ。恐らくボルエナンの森の領域だとは思うのだが、仲間達の安全の確保のためにも、ちゃんと確認しておこうと思う。

 実は、昨夜一度出かけたのだが、夜間だと気流が違うし、魔物も動かないので意味がないので引き返した。まっすぐ帰ると恥ずかしいので、野営地周辺の強めの魔物を間引いてから帰った。始末した魔物の中に角蛇が2匹いたので、また今度、蒲焼にしよう。

 さて、この山脈の一番高い頂上は、元の世界のエベレスト並みの標高がある。なんと、8000メートル級の山々が連なっているのだ。俺が予定している谷間でも4000メートルを切ることはないので、天然の要害といえるだろう。

 ワイバーンが一番多いのは南西側の6000メートル級の峰だ。そこには数十匹が集まっている。

 俺が山越えコースに選んだあたりにワイバーンは居ないが、山越えコースの山頂付近を基点に扇状に散らばっているように見えるのが気になる。昨日、襲ってきたワイバーンといい、何か彼らが恐れるものが山頂にあるのだろうか。マップの索敵済み範囲が山脈の半ばで途切れているので、何かいるとしたらその先だろう。

 さて、ワイバーンの件はそれでいいとして、こんな山の中にも隠れ里のような集落が点在している。どこも10~20人ほどの小集落だ。人族、妖精族、熊人族と人種も様々だが、どれも位置的にかなり離れているので、お互いに交流したり争ったりはしていないようだ。

 どこも隠れ里のようなので接触する気はなかったのだが、移動中に狼の集団に追われている娘さんを見てしまったので、見捨てる気にもならず「誘導気絶弾(リモート・スタン)」で狼を蹴散らしておいた。姿は見られたが、銀仮面・勇者モードだったので別にいいだろう。





 隠れ里とニアミスしない航路を選び、山沿いに地表から100メートルくらいの高度を飛行している。そのせいか、ワイバーンや飛行虫系の魔物がパラパラ襲って来る。明日の飛行船の露払いも兼ねているので、見つけるたびに理力剣(マジック・ソード)で斬り捨てるようにしている。
 地表から銛状の針を打ち出してくる陸海栗(りくうに)という赤黒い球状の魔物だけは、遠間から「誘導矢(リモート・アロー)」で始末した。こんなハリネズミみたいな魔物に接近戦をしかけたら先端恐怖症になりそうだよ。

 しかし、魔物が多いな。

 隠れ里とかがある場所の周辺は少ないようだが、これだけ多いと魔物が気まぐれを起しただけで全滅しそうだ。あまり騒々しい魔法や派手な威力の魔法は自重するようにしよう。

 山陰から飛び出してきたワイバーンに、少々食傷気味になりながら、理力剣(マジック・ソード)を構えたのだが、ヤツはオレの事を眼中に入れていないようだ。

 ひょっとしてと思ってマップを確認して、ヤツを追いかけてるモノが判った。

 なるほど、これは逃げるな。

 ワイバーンが迂回した山頂を砕いて、そいつは姿を現した。

 竜。

 黒い成竜(ブラック・ドラゴン)

 悠々と飛翔する漆黒の竜は、空に浮かぶオレを睥睨した後、そのまま飛翔を続け、ワイバーンを一口にその(あぎと)に捕らえる。
 頭頂の角から尻尾の先までで、全長100メートルはありそうな巨体だ。だが、オレがイメージしていた「どっしりとした西洋ドラゴン」よりはスマートだ。

 絶滅はしてなかったんだな。オレは、身勝手な安堵に浸る。

 さて、どうしたものか。

 さっきから黒竜に、すごく見られている。

『GROOOUUUUNN!』

>「竜語スキルを得た」

 取り合えず話しますか。スキルレベル5まで上げて有効化(アクティベート)する。

「小さき者よ、平伏せ。天空の王者の前なるぞ」
「やあ、はじめまして、黒竜さん」

 敬称は付けたほうが良いんだろうか? 黒竜さんとか薬品名みたいに感じてしまうんだが、どうしたものか。相手が短気な場合に備えて、山を背にするように位置を調整する。

「ほう、竜語を語るか、小さき者よ」

 実際、この言葉は喋りにくい。腹話術スキルとかが無かったら、言葉が判っても発声できなかったかもしれない。

「では、不遜なる者よ。戦うとしよう」

 どうして、そうなる。
 名乗りをあげる前に、戦闘開始とかバトルジャンキーにも程がある。

 交渉しようと口を開きかけ、危機感知の命ずるままに「自在盾(フレキシブル・シールド)」と「自在鎧(フレキシブル・アーマー)」を連続で展開した。

 漆黒が視界を埋め、轟音が山肌を殴打する。

 天駆と縮地で咄嗟に移動したにも関わらず、8枚生み出していた自在盾のうち2枚が消え去った。

 竜の吐息(ドラゴンブレス)

 なるほど、これがそうか。
 ただの一撃で、山が2つ抉れている。位置取りを変えておいて良かった。さすがに山裾のアリサ達のところまでは届かないだろうけど、万が一の場合があるからね。

「ほう、黒炎(ブレス)を避けるか。さすがは勇者と言うものだ」
「そりゃどうも。できれば戦いたくないんだけど?」
「是非も無い。竜と勇者、出会えば戦うのは宿命というもの」

 ちょっと待て。ヤマトさんと一緒に戦っていなかったか?
 そう問いかけるも、オレの声は、2発目の黒炎(ブレス)の轟音にかき消される。今度は逃げる速度を落としてみたが、「自在盾(フレキシブル・シールド)」を8枚全部使えば1撃くらいは防げそうだ。

 そんな検証をしたせいで、黒竜に追いつかれてしまった。
 ヤツの尻尾が死角から襲ってくる。

 我輩君の数倍の重みだが、猪王の一撃よりは軽い。
 つまり、耐えられない強さじゃないって事か。

 空中で勢いを殺しきり、動きの止まった黒竜に、今度はこちらから反撃する。天駆と縮地を駆使して格闘ゲームのキャラのようなキックを黒竜の心臓に叩き付ける。
 蹴りが当たる瞬間に、鱗の何枚かが割れたが突き破るところまではいかなかった。危ない危ない、殺しちゃダメなのを忘れていた。

 しかし、鱗が割れる前に、ガラスが割れるような手ごたえがあった。たぶん、鱗の上に魔法的な防御フィールドが張ってあるのだろう。

 山の一つに叩きつけられて静かになっていた黒竜が、瓦礫を押しのけて起き上がる。
 その場で一つ吼え――魔法を使ったようだ。

 オレは、黒い稲妻に撃たれる。

>「雷魔法:竜スキルを得た」
>「闇魔法:竜スキルを得た」
>「闇耐性スキルを得た」

 1つの魔法で、2つのスキルを得られたのは初めてだな。
 複合属性の魔法のせいか、なかなかの威力だ。自在鎧の高密集モードでも隙間を抜けて内側の皮鎧を焼いている。自在鎧の体力は8割ほど残って居るが、皮鎧の方は裂けてしまった。

 ちょっと、ピリピリするが、変な追加効果は無いようだ。

 さて、どうするかな。
 普通に中級魔法を使ったら1発で殺しちゃいそうだし、聖剣だとバラバラに切り裂いてしまいそうだ。

 もちろん、話し合いも通じそうにない。
 仕方ない、肉体言語で話すか。

 飛び上がろうとする黒竜を、真上からの「気槌(エア・ハンマー)」で地面に縫いとめる。半径150メートルほどのクレーターが出来たが想定内だ。思ったよりもダメージを受けていないようなので、直接殴るのでは無く、「気槌(エア・ハンマー)」や「短気絶(ショート・スタン)」の乱れ撃ちで、オラオラオラとばかりに黒竜の心を折ろう。

 黒竜の体力と位置取りに注意しながら、環境破壊を繰り返す。
 時折、苦し紛れに放たれる黒炎(ブレス)を、「水壁(アクア・ウォール)」で防ぐ。どうも、黒炎(ブレス)の威力は、黒竜の残体力と比例するらしく、もはや序盤のような威力は面影も無い。案外、「水膜(ウォーター・スクリーン)」あたりでも防げるかもしれない。

 しかし、これだけ不利な状況なのに黒竜の攻撃の手は止まらない。どれだけバトルジャンキーなんだか。先の「雷」「闇」だけでなく「炎」「風」の魔法も使ってきているが、どちらにせよ自在鎧で殆ど防げるので意味は無い。

「グハハハッ、楽しいな勇者。これだけ力の限り戦うのは天竜達と戦って以来だ」

 さぞかし天竜さんたちを困らせたんだろうな。
 意図してか無意識なものか、この会話自体、オレを油断させるためのモノなのだろう。会話の中に混ざる擦過音が呪文になっているのか、オレの周囲に落ちる岩山の影から、影鞭のような漆黒の触手が一斉に湧き上がる。真下からだけでは無く、周囲の物陰から湧き出し、包み込むように迫ってきた。

 ログによると「闇手(ダーク・スナップ)」という魔法らしい。影鞭の闇版か。

 オレを拘束して、もう一度、黒炎(ブレス)か、あるいは隠し玉の上級魔法か、それとも勇者の仲間たちが使おうとしたような禁呪か。

 ――この時、オレには油断があった。

 次の黒竜の攻撃は、魔法では無かった。

 それは牙。

 原始的な牙の一噛み。

 ポチ達に読み聞かせた絵本にもあった。

 竜の牙は全てを穿つ。

 竜の牙は魔王をも滅ぼす、究極の刃。

 黒竜の牙は、オレの自在盾を貫き、自在鎧を食い破る。

 そして、溢れる鮮血――。
9-11.山脈の出会い(2)
※2/11 誤字修正しました。
※8/19 一部加筆修正しました。

 サトゥーです。新人歓迎会、忘年会、新年会。酒宴には色々ありますが、総じてコミュニケーションの潤滑剤になる気がします。酒量を弁えない酔っ払いは困りますけどね。





「あっぶねっ!」

 肩に牙が刺さる寸前で、手加減抜きの拳を叩き込む。折れた牙がそのまま黒竜の口内を傷つけ鮮血が溢れる。まあ、竜ならすぐ治るだろう。たぶん。
 その勢いのまま体を捻りこんで、黒竜の横顔に回し蹴りを叩き込む。

 しかし、油断大敵とは良く言ったもんだ。自在盾や自在鎧が、あそこまで脆く喰い破られるとは思わなかったよ。自在盾で止めた所をカウンターで殴るつもりが、あっさり食い破られすぎて焦ってしまった。

 直ぐ横で昏倒する黒竜の横顔を眺める。
 少し、強く蹴り過ぎたか? 頭蓋骨にヒビが入るような感触があったが、竜なら自然治癒するだろう。最強生物らしいし。

 だが、小一時間待って、バッドステータスの「昏倒」が消えても、黒竜が起き上がらない。

 死んだ振りか?

 そういえば、絵本に出て来た竜は、みんな酒好きだった。元の世界のドラゴンも酒好きが多かったから、試してみるか。下戸竜なら、もう一度戦えばいい。今度は、もう油断しない。

 黒竜の鼻先に酒の樽を置いてやる。公都の酒造蔵のなかでも「竜殺し」という名前の強い酒だ。アルコール度数でも火酒とタメを張るが、こちらは火酒と違い、口当たりまでキツイので有名だ。

 折った牙を叩き付けて酒樽の蓋を割ると、芳醇な酒の香りが周囲に広がる。いつのまにか、黒竜の鼻腔が広がっている。
 チラリと開いた黒竜の目が、オレの目線に気が付いて慌てて閉じる。

 いや、遅いって。

「起きているんだろう? お互いの健闘を讃えて酒盃を交わさないか?」
「うううむうう、よかろう、特別に引き分けにしてやろう。しかし、盃を交すには量が足りん」

 黒竜は、いかにも不承不承(ふしょうぶしょう)という風に取り繕いながら、起き上がる。威厳を保とうとしてるのは判るが、視線がそんなに酒樽に固定されていたらダメだろう。
 オレが気を利かせて酒を勧めたら、いそいそと酒樽に口を付けはじめた。意外に素直だな。

「うむむぅ、良い。やはり人の作る酒は美味い。だが、竜の酒も負けてはおらぬぞ? 返杯だ、さあ竜の酒を――」

 黒竜が長々と歌うように吼える。それは「酒の泉(ソウル・ウェル)」という名前の酒が湧き出す泉を召喚する魔法。なんて不思議(ファンタジー)な。

 飲んでばかりと言うのも何なので、酒の肴に、ワイバーンの姿焼きや、一切れ200キロのクジラ肉の串焼きを添える。串にはクジラの小骨を利用した。加熱には火炎炉(フォージ)を使う。

 酒宴の途中、追加の食材を調理している時に、「遠話(テレフォン)」の魔法で、アリサに連絡しておいた。オレが向かった山の方から怪獣大決戦のような咆哮や破壊音がしたはずなので、安心させるためだ。前ほどでは無いが、アリサとリザには心配させてしまったようだ。

 そして、アリサ達には、後始末をしてから戻ると言っておいたわけだが――

「うむ、美味、美味、実に甘露」
「この泉の酒も、美味いな。なんというか肉に合う味だ」

 ――単なる飲み会になってしまっていた。
 主に黒竜の戦闘遍歴の話を聞きつつ、酒盃を交わす。

 黒竜の話で、一番安心したのは竜の話。

 竜の谷にいたのは全体の7割程度で、残り3割は、他の大陸にいるらしい。全滅寸前とかじゃなくて良かった。

 この大陸にいる――竜の谷以外の――竜は、目の前の黒竜や西の霊峰に棲む天竜、それから数匹の若い成竜を除くと、下級竜くらいしかいないそうだ。

 下級竜は、一応竜族らしいのだが、明確な知性の芽生えない獣と変わらない存在らしい。黒竜曰く、下級竜と竜を一緒にするのは、人と山羊を哺乳類だからと一括りにするようなモノなのだそうだ。例えに山羊が出たのは黒竜の趣味のようだ。よほど山羊の肉が好きなのか、彼の例え話に良く出て来る。残念ながらストレージ内に山羊の肉が残っていなかったので振舞えなかった。

 安心した所で、もう一杯、泉から酌んだ透き通った緑色の酒を口に含む。深い森の中で飲む吟醸酒のような不思議な味わいだ。

 戦い終わった後に時計を見て気が付いたが、半日も戦っていたらしい。黒竜のスタミナって凄いな。とてもレベル68には見えない。実際、レベル69の勇者よりも強く感じた。

 手加減をしつつとはいえ、半日も戦っていたせいか、いつもより空腹だ。黒竜のギャグマンガのような喰いっぷりを目の前にしているせいで勘違いしそうになるが、もう肉だけで10キロは食っているはずだ。そろそろ終わりにしないと。

 そんな事を考えていたにも関わらず、肴を次々に追加しつつ、そのまま酒宴は翌朝まで続いた。食った肉の量は30キロを超えたところで数えるのを止めた。自分の平らな腹を見つめ、どこに食ったものが消えたのか少し不安になったが、わずかな酔いがそんな疑念を飲み込んで消してしまう。

 今度はドワーフ達も連れてきて一緒に飲みたいものだ。

>称号「黒竜の友」を得た。
>称号「山砕き」を得た。
>称号「健啖家」を得た。
>称号「大食漢」を得た。





 翌朝未明に、黒竜の背に乗って山脈を越えた。

 一度、竜に乗ってみたかったんだよ。

 雲海を抜け、黒竜が棲家がある最高峰を眼下に見下ろして山脈を越える。夜明けの光に照らされて見えたものは「樹海」。水平線の彼方まで続く森だった。

 そして、遥か彼方の森の中央には、公爵領に入ってからずっと見えていた天空へと伸びる1本の糸。その正体はミーアに教えられて知っていた。

 世界樹。

 しっかし、どう見ても、木には見えない。
 どちらかと言うと、軌道エレベーターにしか見えないんだよな。ファンタジーじゃ無くてSFの世界だったのか?

「どうした、我が心の友クロよ。世界樹が珍しいか?」

 黒竜の呼ぶクロという名前が指すのは、オレの事だ。

 これは、酒宴の途中の話なのだが、黒竜に頼まれて彼にヘイロンと言う名前を付けた。前から、自分と同格の者が現れたら名前を付けさせるつもりだったそうだ。竜はあまり固有名をつける習慣が無いのだそうだ。

 オレも名無しにしていたせいか、黒竜ヘイロンから名前を貰った。それが、このクロという名前だ。

 なんでも、900年ほど昔に黒竜が戯れに育てた子供の名前だったそうだ。思いっきり日本語の発音だったので、その子供とやらは転生者だったのかもしれない。種族や髪の色なんかは覚えていないそうだ。クロという名前も、閃くように記憶の隅から蘇ったと言う話だった。

 閑話休題(それはともかく)、今は世界樹の話だ。

「ああ、どこまで続いているのかと思ってね」
「あれは、虚空まで続いている。我が翼でも何日掛かるかわからん」

 そうですか、竜は宇宙まで飛べるんですね。
 空力とか関係ないんだろうな、きっと。

 公都の外側に出たので、久々に「全マップ探査」を行う。
 やはり眼前の樹海は、「ボルエナンの森」であっているようだ。しかし、たしかに旅行記にあるように公爵領の横だが、距離くらい書いておいて欲しかった。どうりで旅行記の人がボルエナンの森に寄った記述が無いはずだ。

 世界樹のある場所は別マップのようだが、この樹海の面積は公爵領よりやや広い。そんな広い空間に住むエルフはわずか数千人。そして他の樹海の外縁部に、合計1万人ほどのエルフ以外の妖精族が、点在する小さな集落に分散して暮らしているようだ。

「世界樹まで連れて行ってやりたいが、あまり森に近付くとハイエルフの婆が煩いからな。前に近付いた時は雷の雨を降らされて鱗の上半分が剥がれて、脱皮まで100年ほど痛かった。だからクロ、お前も近付くのはこのへんまでにしておけ」

 なるほど、エルフの防衛施設は竜すら退けるのか、凄いな。
 山を越えたら、ミーアの両親に「遠話(テレフォン)」で連絡して迎えに来てもらえばいいか。
 ハイエルフさんにも一度会ってみたいな。





 昨日戦った辺りで、黒竜ヘイロンと別れた。

 昨日折った牙は、100年もすれば生え変わるから要らないと言われたので貰った。入れ歯いらずだな。
 戦いのあった場所の周辺を検索して、竜鱗を破片も含めて全て回収する。「酒の泉」は、数日で只の湧き水になってしまうらしいが、まだ酒を湧き出していたので、手持ちの樽に詰めた。人里に戻ったらドハル老やガロハル氏に送ってやろう。

 アリサ達の所に戻る前に、後始末が1件残っていた。

 昨日、黒竜ヘイロンと散々暴れたせいで、魔物や獣の大移動が起こってしまったらしい。そのせいで、昨日、狼から助けた娘さんの集落が困った事になっているようだ。

 すぐさま、天駆で集落の上空まで駆けつける。

 岩壁を()り貫いて作った住居兼砦の周りを、茶色の悪食蟻(ビザーレ・アント)達が囲んでいる。レベル3しか無い魔物だが、数が多い。このままだと数時間も保たずに押し切られてしまいそうだ。

 何か叫んで居るが、知らない言葉だ。

>「スィルガ語スキルを得た」

 暢気にやっていたら、集落に死人が出そうだったので、ここは「誘導矢(リモート・アロー)」で手早く殲滅する事にした。5回ほどの斉射で、一通り片付いた。

 途中、スィルガ語スキルを1ポイントだけ割り振っておいた。片言だが、オレに向かって、天の使いとかガルレオン様とか叫んでいたようだ。
 天使や神様扱いされたのは、空中に浮かびながら魔法を使っていたせいかもしれない。あまり高度を下げると、悪食蟻の酸攻撃が臭かったのだ。

 19人しかいない集落で、これだけの量の屍骸を片付けるのは大変だろう。天駆で滑るように移動しながらストレージの「悪食蟻」フォルダに放りこんだ。今度、スライムの群生地帯でも見つけたらまとめて捨てよう。

 出てきた集落の人達が、地面に土下座するように平伏している。
 地面に染みこんだ酸が残っているのか、平伏している手足から薄っすらと煙が上がっている。

「顔、上げろ、立て」

 単語の会話が面倒だな。日常会話が出来る程度、スキルレベル3まで引き上げた。
 少し火傷をしているようなので、「治癒(アクア・ヒール)」で癒す。老人が「ヒザの痛みが消えた」とか女性が「傷跡が消えた」とか言っている。だが、「目が、目が見える」とか「リラが立った」とか言う声も混ざっているのが気になる。部位欠損系は治らないはずなんだが?

 神様扱いされるついでに、井戸や地面の酸を除去するのに「浄水(ピュア・ウォーター)」をかける。どの程度効果があるかは判らないが、使えそうな魔法がコレしかなかった。

 畑が蟻に踏み荒らされて悲惨な事になっているので、当面の食料に米や狼肉の燻製を置いていく。畑の復旧は、彼ら自身に任せよう。
 ちょっとしたお節介で、使い道の無い大量の魔物避けの薬と、水増し薬を10本ほど置いていった。

「さらばだ! 達者で暮らせ」

 スキルレベル3だと、語彙が変だな。

「カミサマ、お名前を! お名前を教えてください」

 誰が神様か。
 この前、狼から助けた少女が、オレの名前を請う。ナナシかクロか迷うが、ナナシでいいか。クロは竜と出会ったとき専用にしよう。
 彼女に、「ナナシ」と告げて、その集落を後にした。

 他の3つほどの集落にも迷惑が掛かりそうだったので、魔物や野獣の進行方向の山肌に壁を作って進路を操作して危機を未然に回避しておいた。魔物の中に壁を見たら乗り越えたくなるヤツがいない事を祈ろう。

>称号「救世主」を得た。
>称号「崇拝される者」を得た。

 苦労の甲斐あってか、オレ達を乗せた箱舟飛行船は、特にトラブルに会う事もなく山脈を越え、ボルエナンの森の(さかい)にたどり着いた。



 ようやく、ボルエナンの森に着きました。

※8/19 称号「健啖家」「大食漢」を追加しました。
※8/19 宴会中にアリサ達の元に戻っていたのを、遠話の魔法に変更しました。
9-12.ボルエナンの森
※8/25 誤字修正しました。

 サトゥーです。遊園地の絶叫系の乗り物を好きな人と苦手な人の差はドコからくるのでしょう。もちろん、向き不向きもあるでしょうが、その遊技機への信頼があってこそ楽しめるのかもしれません。





 山脈を越えて山裾と森の間にある狭い草原に、箱舟飛行船を降下させる。

「あ~、ようやく地面だわ」
「アリサったら、たった半日じゃない」
「だって、あんなに揺れるなんて思わなかったんだもの」

 アリサの言葉も(もっと)もだ。
 思った以上に変な気流があったので、予想より揺れが大きくなってしまった。「風防(キャノピー)」の魔法があったおかげで、気温低下や気圧変化の影響を受けなかったが、「気体操作(エア・コントロール)」では急激な気流変化を吸収しきれなかったので揺れまでは防げなかった。

「だ、大地なのです」
「ああ、母なる大地」

 そのせいで、ちょっとばかりポチとリザが可哀相な感じになっていた。
 がくりと地面に崩れ落ちている。2人供、ちょっと目の焦点があっていない。今回は揺らしていないんだけどな。それよりも、揺れないように支えた方がよかったかもしれない。

 やはり馬達みたいに、睡眠薬で寝かせておいた方が良かったのかもしれないな。
 アリサとミーアは乗り物酔いをしたのか、ちょっとぐったり気味だ。酔い止めの薬は飲ませておいたんだが、あまり効かなかったらしい。

 ナナは平常運転だ。今も足元で風に揺れる小さな花を指でつついている。

 タマは、予想外の方向に揺れるのが楽しかったのか、始終はしゃいでいたので遊園地帰りの子供のように電池切れになったみたいだ。今は、満足そうな笑顔で、草原に転がって眠っている。

 怖がったり乗り物酔いをしそうなルルだが、ジェットコースターのノリだったのかオレの腕に捕まって「キャーキャー」と悲鳴を上げていたわりに、最後まで笑顔だった。上気した顔が可愛かったから特に文句はない。

 日が落ちるまで、まだかなりあるが、皆の消耗が激しいので、今日はここで野営する事にしよう。

 ボルエナンの森の中には魔物がいないが、今いる境界エリアにはそれなりに魔物がいる。ただ、大して強い魔物はいないので、ナナに皆の護衛を任せた。

 オレはというと、山脈の途中に念願のミスリル鉱脈を見つけたので採掘に向かっているところだ。ミスリル鉱脈はかなり深い地中だったが、地表から1キロほどだったので「土壁(ウォール)」を4~5回使う事で、目的の深度までの縦穴を掘った。精製したらどの程度まで減るのかは判らなかったが、十数トンほど掘れたので十分だろう。足りなくなったら、また来ればいいだろう。

 夕飯の準備をするには、まだまだ早いので、山々を飛び回って焼き物用の粘土をはじめ、石材や希土類なんかを採取してまわった。金脈や銀脈もあったのだが、金脈は単位面積当たりの含有量が少なすぎたので手を出すのは止めておいた。必要ならフルー金貨を溶かせばいいしね。





 日が翳り始めた頃に戻った野営地には、珍客がいた。
 客と言っても人じゃない。ボルエナンの森に住む一角獣(ユニコーン)だ。ムーノの森にいた一角獣と違って、白馬ではなくシマウマに似た模様がある。

 一角獣(ユニコーン)無角獣(つのなし)と仲睦まじく、オレが配合しておいた馬用の餌を食べている。

「これは?」
「相思相愛」
「2時間前に、ふらりとやって来てイチャイチャしだしたのよ。リア充っていうかリア(じゅう)、氏ね」
「特に敵意がなかったので討伐も捕縛もしていませんが、如何いたしましょう?」

 げんなりしたアリサが毒づいているが、ユニコーンにまで絡むな。リザに討伐は不要だと告げて、ルルと一緒に夕飯の準備を始める。

 今晩はミーアのリクエストで、豆腐ハンバーグをメインにした料理にする。鶏肉抜きのチキンライスにポテト、さらに小さなプリンも付ける。ここにエビフライやソーセージも付ける所なのだが、そこには食竹(くいたけ)のフライとマカロニにしておいた。最後に型で形を整えたチキンライスに、楊枝に付けた旗を刺して完成だ。

「マメね~、キャラ弁の次はお子様ランチか」
「かわい」
「むてきにすてき~」
「そうなのです! ハンバーグだけでもサイキョーなのに、こんなに揃ったらムテキなのです!」

 数時間前の憔悴が幻のように思えるくらいポチが回復している。シッポだけじゃ飽き足らず腕をグルグル回転させている。興奮するのは良いが、興奮しすぎて目を回しそうだ。

「マスター」
「なんだい?」

 ナナが、不服そうな目をオレに向けてくる。暴走しそうなナナは、先に理力の手(マジック・ハンド)で拘束済みだ。感触が無いのが残念だ。

 今回は、ちゃんと全員分用意してある。もちろんナナの分もだ。特別にナナの皿には、全3種類の旗を全て添えてある。これで暴走しないだろう。

「慧眼です。マスター、実に素晴らしい出来だと賞賛します」

 ナナも、満足してくれたようで何より。アリサが「子供じゃないっつーの」とかボヤいているが、言葉の割りに満更でも無いようだ。

 肉抜きというのも可哀相なので、別の大皿には、ワイバーンのカラアゲを積み上げてある。昨日のうちに酒ベースの出汁に漬け込んでおいたワイバーンの肉を使った。リザから「昨日のものより美味です」という感想が聞けたので、今後もワイバーンの肉は下味をつけるようにしよう。

 こういうメニューだと顕著になるが、タマは好きなものから、ポチとミーアは嫌いなものから食べる癖があるみたいだ。もっとも、大皿の品はポチも好きなものから食べていた。

「サトゥー、美味しい」
「ん」

 珍しく二言を話すミーアに、彼女のマネをして答える。
 おかわりを要求してきたミーアに、盛り付けてやる。先に食べ終わってリザとカラアゲ攻防戦をしていたポチとタマが、その光景を見て慌てて「おかわり~」「おかわりなのです」と皿を突き出して来たので皿に盛り付けてやる。

 大釜に用意したチキンライスがカラになる頃には、みな満腹になったようで、お腹をさすって就寝用のシートの上で大の字になっている。

 後片付けは、リザとナナに任せて、オレは、簡単な仕組みの扇風機を作り始めた。
 山脈を越えたといっても、そんなに南下していないはずなんだが、少し汗ばんできているので、快適に眠れるように作ってみた。「気体操作(エア・コントロール)」で、そよ風を流せばいいと気がついたのは、扇風機を完成させた後だった。





 翌朝、朝食を終えてから、ミーアにボルエナンの森に入るための方法を尋ねてみたが、森から出た事が無かったらしいので知らないそうだ。

 なら知っている人に聞くか。

 メニューで、ミーアの両親のラミサウーヤとリリナトーアを検索してマーキングする。さて、やはり連絡相手は母親だな。

 リリナトーアさんを対象にして「遠話(テレフォン)」の魔法を発動する。
 この魔法は相手に会話する意思がないと、ちゃんと発動しない。イタズラ電話攻撃みたいな事はできないようでなによりだ。

「誰?」

 ミーアそっくりの声で返信がある。この声はオレにしか聞こえない。前に、ルルやポチ相手に実験したから間違いない。

「はじめまして、私は人族のサトゥーと申します。不躾な通話魔法に応じて――」

 そこで、リリナトーアさんの声が割り込んだ。

「まあ! サトゥーさんですって?! ドハルが言っていた人なのかしら? そうよね! なら、ミーアを連れてきて下さったのかしら? 連れてきてくれたのね? ――」

 酔っ払った時のミーアみたいな、マシンガントークが繰り出される。
 5分以上も彼女の会話に割り込む事もできずに、一方的な言葉を聞かされた。オレの名前はドハルさんからの連絡で知ったらしい。ドワーフの里でミーアが言っていた「相思相愛」とか「駆け落ち」とかいう単語は、本気で受け取っていないようで安心した。

 その一方で、セーリュー市のユサラトーヤ店長さんからの手紙は、まだ届いていないらしい。ドハルさんの連絡が先に届いていたのは魔法の通信だったからだそうだ。

 向こうから迎えに来てくれるという話だったのだが、オレの位置がわからないと言うことだったので、上空に向かって火球を打ち上げて合図した。

 火球が消えてしばらくしてから、目の前の森が割れて、2人のエルフが現れる。
 絵本のエルフが着るような緑色の服を着ている。

「「ミーア」」
「ラーヤ、リーア」

 お互いの名を呼び合って抱き合う親子。
 いやー、感動的な光景だ。

 感動の再会を見守るオレの袖を、アリサがチョイチョイと引っ張る。
 なんだ? いい所なのに?

「ねえ、あれってミーアの両親よね?」
「そうだよ」
「でもさ~」

 アリサの言いたいことは判る。
 ミーアの両親は、ミーアより多少年上に見えるものの、ルルに比べても年下に見える。成長は遅い種族みたいなので、ハヤトが喜びそうだ。
 父親の方は、セーリュー市のエルフの店長さんにそっくりの顔をしている。人口も少ないみたいだし、血縁なのかもしれないな。

「サトゥー」
「感謝する」
「まあ、サトゥーさんね? サトゥーさんよね。思ったより若いのかしら? 若いわよね――」

 ミーアに紹介されてご両親に挨拶する。
 それにしても、父親はミーアと同じく無口みたいだ。この夫婦の口数は、間を取ってくれないものか、実に話しにくい。

 オレ達は、ミーアの両親に招かれてエルフの里にお邪魔する事になった。
 本文中の「氏ね」は誤字ではありません。

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※作者からのお願い※

 誤字報告は、メッセージでは無く感想欄でお願いします。メッセージだと週末にピックアップするときに漏れやすいのです。
9-13.ボルエナンの森(2)
※7/15 誤字修正しました。

 サトゥーです。マンガなんかでは親と娘を見間違うシーンを良く見ますが、実際に遭遇した事はありませんでした。やはり皺や肌艶は誤魔化せませんからね。
 でも、長命種のいる異世界では、割と普通に見かけるみたいです。





「■■ ■……■ ■ ■ ■■■■■ 森乙女召喚(サモン・ドライアド)

 ミーア父、呪文の時は流暢だよな。
 彼の呪文に呼ばれて、長い緑色の髪と肌をした小さな少女が、木の幹から現れる。彼女は、トラザユーヤの迷路の近くで見たドライアドにそっくりだ。レベルが30もあるので別人だろう。

 だが、ドライアドと目が合うと、彼女は気さくに話しかけてきた。

「少年! 久しぶり」
「もしかして、枯れ山で出会ったドライアドかい?」

 もしそうなら、すごい速度のレベルアップだな。

「そうとも言えるし、まったく違うとも言えるかな。この体は寄り代にする木の格によって替わるけど、中身は共通なの」

 PCが違っても動いているソフトは同じとかっていう事かな?

「ドライアド」
「ちょっと、待って」

 ミーア父が、ドライアドに呼びかけるが、彼女はミーア父を適当にあしらって、オレとの会話を優先する。おや? 召喚主に逆らえるのか。
 ドライアドは、少し空中に浮かんで、オレの首に手を回して体を押し付けてくる。顔が近い。近いって。
 スキンシップ過剰なドライアドの体を押し戻す。

「あの時は美味しかったよ。また、味わいたいな」
「ちょ、ちょっと、浮気? 浮気なのかー!」
「ご、ご主人さま」
「むぅ」

 恐らくわざと「魔力」という言葉を省略したドライアドの言葉を聞いて、アリサが「うがー」と吼えながらオレに詰め寄る。
 事実無根なのにルルからは哀しそうな目で見られ、俺の背後に隠れていたミーアに背中をゴリゴリされている。

 そのドライアドが、オレの脇の下から覗き込むようにミーアに顔を向ける。

「おや~? おやおやおや~? そっこに居るのは幼子ちゃんね?」
「人違い」
「違わないよ~? そろそろ対価を払ってもらおうかな~?」

 ドライアドが、鼠を追い詰めるネコのような仕草で、オレの背後に隠れるミーアを追い詰める。2人でオレの周りをグルグルするのは止めて欲しい。そのうち溶けてバターになるぞ?
 ドアイアドの対価という言葉を聞いてミーアの両親までミーアを問い詰め始めた。

「ミーア!」
「ちょっと、ミーア! あなたまさかドライアドにお願い事をしたのね? したんでしょ? だから、あれほど注意したのに! 注意したわよね? ――」
「むぅ、緊急事態」

 ミーア母の長々とした言葉とリザからの補足で、ムーノ市の事件の時に森をショートカットするのにドライアドの力を借りたらしい。ミーアの母がドライアドと交渉しているが、なかなか折り合いがつかないようだ。
 このままではドライアドに魔力や生命力を吸われてミーアの干物ができてしまうらしい。それは見たくないな。

「ドライアド、対価と言うのは魔力でいいのか?」
「もちろん、いいよ~ 体力まで吸っちゃうのは魔力が足りないせいだから。少年の魔力なら大歓迎だよ」
「わかった。なら吸ってくれ」

 ドライアドが唇を奪いにくるのを、ミーアの両親とアリサの声が止める。

「待て」
「そうよ、待ってサトゥーさん。ドライアドは大食らいなの、いくらでも食べちゃうのよ? ちゅーちゅー吸われるの。 まだ若いのに干物みたいになりたいの? なりたく無いわよね ――」
「ギャー、ダメダメダメー! その唇は私のぉ~~~」
「むぅ」

 オレの唇はオレのだ。
 ミーアが、オレとドライアドの前に割り込む。オレを守ろうとしてくれているみたいだが、小刻みに体が震えているところをみるとドライアドに吸われるのは怖いらしい。

 ミーアをゆっくりと脇に避けながら、ドライアドに問いかける。

「ドライアド、唇以外から吸えないのか?」
「吸えるよ? えっちなのがいい?」

 ドライアドの「えっち」という言葉を聞いた瞬間アリサが沸騰する。話が進まないので素早く手で口を塞いだ。

「エッチなのは無しで」
「なら、心臓の上に口付けして吸うのは、どう?」

 絵的には犯罪臭がするが、それくらいならいいか。
 オレは、騎士服の上着とシャツを脱ぐ。アリサやルルからの視線が、オレに向いている気がするが、気のせいだろう。いつも傍で着替えているのに、なぜ見る。

 ミーアの両親が心配してくれるので、前にも一度、魔力を譲渡したという話をして安心してもらった。

「じゃあ、いっただきま~す」

 うぉ、ミーアの両親が「大食らい」と評するだけはある。
 凄い勢いで魔力が吸い上げられていく。前の時と違い魔力感知スキルを持つせいか、魔力の流れが判る。さらに魔力操作スキルに慣れたお陰か、ドライアドに流れる魔力の流れを調整して無駄を省けるようだ。実際、調整を始めてからドライアドが力を吸い上げる効率が良くなった気がする。
 ドライアドが吸い上げた魔力は、森に還元されるらしく、木々の根を通って広がって行っている。

 しかし、どこまで吸う気だ。
 このまま放置したら全部吸われそうだったので、合計1500MPほどになった所で止めた。

「ああん、もっと」
「この辺にしておけ」

 周辺の木々が、花満開になっているぞ。木の種類によっては果物がたわわに実っているものもある。さっきまでは無かったはずだ。ドライアドが調整したのか、雑草が伸び放題になったりはしていなかった。

「いや~ こんなに食べたの久々よん。森の中で手助けが欲しくなったら言って。2~3回なら対価なしで助けてあげる」
「そりゃ、どうも」

 むしろ、雑草の街道の時に手伝って欲しかったな。

>称号「森の客人」を得た。
>称号「森乙女の恋人」を得た。

 誰が恋人だ。





 特に汚れていたわけではないのだが、ルルが濡らしたタオルで胸元を拭いてくれるというので任せた。そんなにゴシゴシ擦らなくていいよ? そう思ったが、真剣なルルの表情に気おされて口にはしない。
 ナナがドライアドのマネをしようとしていたが、アリサに止められていた。珍しい、いつもならアリサの方がマネしそうなのに。

 オレが服を着終わる頃には、ミーアやミーアの両親の驚きの表情が収まったようだ。
 さっきからポチとタマが静かだと思ったら、リザに口を押さえられて両脇に抱えられていた。目線で助けを求めてきたので、リザに離してやるように言う。

「門を」
「そうそう、忘れていたわね。ちょっとだけよ? ボルエナンの里までの道を作ってもらうために呼んだのだったわ。そうよね?」
「そうだ」
「りょうか~い。森よ導け(アルフ・ロード)

 ミーア父に促されてドライアドが魔法を使う。
 森の間に道が開かれ、地面から湧き上がる無数の蛍火が空間を金色に染めていく。

 なかなか綺麗だ。

「さあ、行って~ そんなに長く開いてないわよん」
「行くぞ」

 ミーア父の先導に従って、黄金の道に足を踏み入れる。

>「森魔法スキルを得た」

 亜空間に作られた道のようで、マップを開いても「マップの存在しないエリアです」としか表示されない。

「後ろを振り返っちゃダメよ~ 迷子になるわよん」

 そういう事を後ろから言うのは止めて欲しい。オレの両手に捕まっているポチとタマが不安そうだ。後ろを振り返ったらダメとか、オルフェウスやイザナギの黄泉路みたいだな。
 これは後から知ったのだが、後ろを振り返っても問題ないらしい。ただ、振り返ったときに足を踏み外すものがいるから、そう警告するようにしているのだそうだ。

 道を抜けたとき、オレ達は、ボルエナンの森の中央付近にいた。





「ふわああ、ま・さ・に、エルフの住む町ね!」

 いつもならアリサが絶叫するのを止めるのだが、これは無理だ。

 目の前に広がるのは、巨大な樹木の内部に居住区がつくられた家々だ。中央の広場には青い水晶でできた幾何学的なラインの噴水があり、その泉の周りには、手のひらサイズの小さな揚羽妖精(フェアリー)透羽妖精(ピクシー)が飛んでいる。

 羽妖精達を見たナナがフラフラと歩み寄り始めたので、リザに目配せして左右から押さえる。

 樹木の家は、噴水を中心に建っている。1本あたり20階建てのビルくらいの大きさがある。樹木の家と家の間には、蔦と葉で作った渡り廊下が掛けられているようだ。

 家々の背後には、雲間に霞むような超巨大な樹が見える。

 それは世界樹だった。
 ちゃんと下のほうは樹木なんだな。良かった本当に軌道エレベーターとかじゃ無くて。

 樹木の家から顔を出したエルフ達が、ミーアの名前を呼びながら手を振っている。ミーアが律儀に一人ひとりの名前を呼び返しながら手を振る。その目尻が少し濡れていた。

 おかえり、ミーア。
 森耐性というスキルはありません。

※感想の返信について
 感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
9-14.ミーアの秘密
※各種アレルギーがお嫌いな方はご注意を!

※8/25 誤字修正しました。
※8/25 一部加筆修正しました。

 サトゥーです。食品アレルギーがマイナーな時代は、食べられるものを探すのが大変だったそうです。もっと昔は、好き嫌いが多い人間扱いをされる事もあったのでしょう。
 異世界でも、食品アレルギーはあるのでしょうか……。





「甘瓜~?」
「いっぱい生えてるのです!」
「ポチ、タマ。エルフさん達が育てているものだから、勝手に取っちゃだめだよ」

 それは、ミーアの家がある樹の周りに作られた螺旋階段を登っている最中の事だ。途中に生えている甘瓜や紅蜜柑を見て、ポチとタマがはしゃいでいる。

「ん」

 ミーアがそのうちの一つをもぎ取って、ナイフで2つに割ったものを、ポチとタマに差し出してやっている。

「お腹が減ったら好きにもいで食べていいのよ? 遠慮なんていらないわ――」

 なるほど、誰かが育てているというよりは、街路樹の銀杏みたいなものなのかもしれない。

 そう思ったのだが、樹木の外側の階段だけじゃなく、内側に作られた家の中まで果物や花が生えていた。日光が差し込まないと思うんだが、よく育つものだ。

 天井の高い、大きな居間に案内される。
 もみくちゃにされるミーアを置き去りに、オレ達はミーアの両親に案内されて、木の切り株のようなテーブルの所に行く。
 ミーア父が「椅子」と声をかけると、足元の蔦が持ち上がって椅子になった。なかなかファンタジーしている。

 ミーア父が指を鳴らすと羽妖精たちが、人数分のゴブレットを持ってきてテーブルに並べてくれる。
 もう一度、ミーア父が指鳴らすと、今度は上から降りてきたウツボカズラのような植物が、ゴブレットに甘い香りのする透明な液体を注いでくれる。

 飲んで大丈夫か?
 だが、ポチとタマは躊躇う事無く口を付けて賞賛の声を上げている。そうか、美味しいのか。

 オレ達は目の前で繰り広げられるファンタジーな光景に目を奪われ、危険人物の監視が疎かになっていたようだ。

 小さな抗議の声で、オレ達はその事に気付く。

『ハナセ』
『オイコラ、ハナセヨー』
『タしケテ、ラーヤ、タしケテ』

 振り向くとナナに捕まった3人の羽妖精たちが、泣きそうな顔でミーア父に助けを乞うている。ナナの両手に1人ずつ掴まれ、最後の一匹はけしからん事に、ナナの胸元に押し込まれている。オレと代われ。

 ミーア父もナナの胸の谷間で暴れる羽妖精を見るばかりで助け舟をださない。なんとなくミーア父と目線があったので頷きあう。

 あいた。
 後ろからアリサに頭を叩かれてしまった。羽妖精達はルルが救出してあげたようだ。

「まったく、このオッパイ星人共め」
「誤解だ」
「ん、誤解」

 アリサとルルの責める様な視線をかわして、揉みくちゃにされるミーアの方に視線を流す。やはりエルフは、みんなスレンダーだな。ぽっちゃりエルフはいないようだ。部分的にも全体的にもね。





『マッタク、ヤッテランネーゼ』
『コマッタモンダ』
『ココ、イゴコチイイ』

 ナナから逃げ出した羽妖精が何故か、オレの頭の上や肩の上に(たか)っている。ヤサグレた発言をしているヤツは、オレの髪を引っ張って文句を言っている。それなりに痛いから、手で包んでテーブルに降ろす。

 ボヤいている羽妖精たちに、ポチが焼き菓子を割って食べさせてやっている。

『オウ! コリャウメーナ』
『ホントダゼ』
『モット、チョーダイ』

 焼き菓子の粉がポロポロ零れているが、後で生活魔法を使えばいいか。
 羽妖精たちの賞賛の声を聞いたのか、エルフの里中の羽妖精が集まってくる。

『ネエ、チョウダイ?』
『アタシニハ、クレナイノ?』
「あうあう、待ってなのです、も、もう無いのです。」

 羽妖精たちはエルフ語で話しているので、言葉が通じていないはずだが会話が成立している。
 慌てるポチを見るのも楽しいが、ここは助け舟をだしてやろう。

 オレは、宝物庫(アイテムボックス)経由で取り出した篭一杯の焼き菓子をテーブルに出してやる。

 羽妖精たちが、はしゃぎながら焼き菓子に突撃する。

 ……うわっ。
 勢いが付きすぎたのか、篭に潜り込んで焼き菓子に刺さって足だけを残して埋没している者や、焼き菓子を抱えたままテーブルの反対側から落ちている者までいる。

 ミーアと一緒に戻ってきたエルフ達も焼き菓子に興味がありそうだったので、もう二篭分の焼き菓子をテーブルに並べて振舞う。

「旨い」「うむ」「良い」「美味」

 大抵は、こんな感じのミーアみたいな単語の賞賛だが、中にはミーア母ほどでは無いが、長文を話す人もいるようだ。

「まあ、美味しいわ。すごく美味しい。ねえねえ、これはサトゥーさんが作ったのかしら? 違うわよね?」
「本当、美味しいわ」
「ね、蜂蜜とは違うけど甘くて素敵ね」

 ほとんどのエルフは友好的なようだが、全員ではないようだ。
 オレの前にダンッと手を付いて一人のエルフの少年がオレを()め付ける。

「相思相愛?」

 誰と誰がだ?
 ミーアが、後ろからオレの首元に抱き着いてきて、その少年に見せ付けている。「当然!」とか言っているんだが、事実無根だと思う。
 表情から、彼が抗議しているのは判るのだが、文句はちゃんと相手に伝わるように言って欲しい。

 どうやら、その少年はミーアの事が好きなようだ。さっきから少年と言っているがミーア父と変わらない外見だ。年齢も250歳なので、ミーアよりはかなり年上だ。

「何処がいい?」
「綺麗」

 は? 綺麗?
 少年の質問への回答が意味不明だ。実際、周りのエルフ達も首を傾げている。

『キレー』『ウン、キレイダ』『ダヨネー』

 羽妖精達の何人かはミーアと同意見みたいだ。
 首を捻っていたミーアの母が、瞳の色を碧から銀色に変えてオレを見る。

「まあ、ミーアったら! たしかに綺麗だわ、見たことが無いくらい。なんて精霊の量かしら、精霊だらけで見えにくいけど、綺麗な光だわ」
「本当」
「精霊に好かれているのね」

 オレを綺麗だと評する人達の共通点は「精霊視」スキルだ。
 どうやら、オレの周りには精霊とやらが集まっているそうだ。精霊光とかいう精霊好みのオーラのようなモノが出ているらしく、それが美しく見えるという事だ。
 地脈の噴出する場所以外に精霊が集まるのは珍しいと言われた。

 オレが何処にいようとミーアが見つけるのは、この精霊の(かたまり)を目印にしていたらしい。





 判明したミーアの秘密は、もう一つあった。

 肉だ。

「まあ、ミーアったら! 好き嫌いしていたら大人になれないわよ? ほら、避けてないで、お肉も食べなさい。食べるわよね?」
「むぅ、不要」
「食べろ」

 両親に挟まれたミーアが、左右から肉を食べるように言われている。
 エルフが肉を食べれないというのは、オレ達の誤解だったようだ。実際、他のエルフ達は、肉料理も食べている。
 リザみたいに、肉至上主義じゃないみたいだが、菜食オンリーな者はいないようだ。

 ミーアで判っていたが、エルフ達はわりと健啖家みたいなので、ルルと一緒に食事を作っているエルフの奥様方の手伝いに向かう。クジラの唐揚げや昨日の蒲焼を奥様方に味見してもらって、OKが出てから量産し始める。

 人の顔みたいなコンロとか、なかなか悪趣味な調理器具もあったが、基本的には魔法道具の(たぐい)のようだ。ここの器具は、どれも有機的なテイストがある。

 人族の魔法具と違うのは、使い手が魔法を注ぐ必要のないところだ。息を吹きかけるだけで、コンロに火が付き、ノックするだけでオーブンに熱が入る。魚の口のような蛇口は、手を(かざ)すだけで水が出た。

 後で、エルフ達に仕組みを聞いてみよう。

 量産した唐揚げや焼き飯、串焼きを大皿に盛っていく。手伝いにきたエルフや、簡略化されたピノッキオみたいな動く人形(リビングドール)が皿を宴会場に運んでくれる。

 鉄壁リザの守る「唐揚げの山」争奪戦をするポチ達や羽妖精の姿に和みながら、テラスに出て町並みを眺める。羽妖精が持ってきてくれたサクランボっぽい果実を口に運びながら、エルフ達の奏でる曲に耳を傾けた。

「サトゥー」
「どうした、ミーア。主賓が席をはずしていいのかい?」
「ん」

 ミーアに手を引かれて、エルフの町並みを歩く。
 みんな宴会に行っているのか、街の中には掃除をする動く人形(リビングドール)や自動で動く馬なしの馬車しかいない。

 そして、ミーアに連れて行かれた先には――。
※唐揚げ争奪にリザを追加しました。

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9-15.ボルエナンの秘密
※8/25 誤字修正しました。

 サトゥーです。初めてサセボのホームテンボスに行った時は、その異国情緒あふれるテーマパークに驚いたものです。昼間にオランダの民族衣装を着ていたお姉さんたちが、夜中の居酒屋でTシャツにGパン姿なのを見かけた時は、少しショックでした。





 何処まで行くつもりなんだ?

「この先」

 エルフ達の自然に溶け込んだ町並みを眺めながら、ミーアの後ろを付いていく。

「こっち」

 ミーアが手招きしているのは、色とりどりのキノコを丸く輪を描くように植えてある広場だ。輪は同心円で2重になっている。
 AR表示には「妖精の環(フェアリーリング)」と表示されている。

「これは何だい?」
「環」

 何かの儀式をする場所なのかな? 婚姻とかじゃ無い事を祈ろう。

転移(リロケート)

 ミーアの合図で2つのキノコの輪が交互に点滅する。何処に転移するのかわからないが、ミーアのする事だから悪い事じゃないだろう。
 光の点滅速度が上がるほどに地面から噴出す光が強くなる。交互点滅が終わった時、転移が発動した。

 次の瞬間、オレ達は、平屋の家が規則正しく建つ町並みを見下ろす丘の上にいた。
 上を見上げると、木の枝のようなものに支えられた透明な天蓋がある。町全体を覆うようなサイズだ。

 地下なのか?

「本当の街」

 ミーアに手を引かれるままに、少し離れた場所にある路面電車のホームのような場所に行く。その駅のような場所には、術理魔法の自走する板(フローティング・ボード)の様な板が浮かんでいた。板は透明だが、色が付いているから術理魔法のとは少し違うみたいだ。
 オレ達がホームに着くのに少し遅れて、板に乗った青年が到着した。見た目は少年なんだが、似合わないヒゲを生やしているので青年としてみた。む、昔のトラウマが――似合わなくたっていいじゃないか。

「おかえり、ミーア。もう連れて来ちゃったのかい? やあ、ボクはツトレイーヤ。ツーヤと呼んで欲しい。ボクも100年ほど前までは人族の国に留学していたんだ」

 その青年が、オレに気さくに話しかけてくる。
 彼が言うには、先ほどまでオレ達がいたのは、来客用に演出された「いかにも」エルフらしい街として建造されたモノなのだそうだ。

 来客用の演出と言っても悪意ある詐欺のためのものでは無く、あくまで客を歓迎しもてなす為のモノらしい。なんでも、400年ほど前に、戦いに疲れ、この地で余生を送ったサガ勇者が主導して作ったという話だ。

 青年の話が長いのにムクレたミーアが手を引っ張るので、青年に再会を約束してその場は失礼させてもらった。

 ホームらしき場所に浮かぶ板に、ミーアが器用に飛び乗る。板は、少し沈んだ後、元の高さに復元した。彼女の勧めるままに横にあった同じ板に飛び乗る。彼女の告げる番地の様な番号を受けて、板が走り出す。オレの乗る板は何も言っていないのに、その後をついて行く。

 家々は、どれも200坪ほどの敷地に、白い樹脂のような素材を外壁に使ったスレート葺きの屋根の家だ。もっとも壁には蔦が覆っているので、外壁の色が見えている場所はわずかだ。家を区切るのは(へい)では無く生垣や花壇だ。どちらかというと花壇が優勢みたいだ。

 しかし、誰もいないな。
 みんな、上の町で宴会に参加中なのだろうか?

 板は、オレ達を乗せて時速20キロほどの速さで、街を滑るように飛んでいく。道路はアスファルトというかハードコートのテニス場の地面みたいというか、茶色の細かいビーズのような小石を固めたような感じの素材で出来ている。
 ミーアに聞いて見たが、興味がなかったのか、「知らない」と言われてしまった。物知りっぽかったし、ツーヤ青年に再会したときに尋ねてみよう。

 そして、一軒の家の前で、緩やかに板が止まる。板は、静かに地面に降下し、そのまま地面に吸い込まれるようにして消えた。





 ミーアに案内されて来た家は、ファンタジーというよりは近代建築の方が近い印象を受ける。
 何がそうさせるのかは、すぐに判った。

 窓だ。

 こちらの世界の窓は比較的小さな窓が多く、どれも木板で作られた換気や採光のために作られた穴だった。

 だが、目の前のミーアの家は、透明度の高い大きなガラス窓やガラス戸が使われている。公都の屋敷の中にはオークガラスを使うものもあったが、ここまでタップリ使っていなかったし、大抵は嵌め殺しになっていた。ここのは、レールのある窓枠に嵌っているので、現代建築の家のようにスライド式に開閉するのだろう。

 ミーアが入り口のドアに触れると、圧搾空気の漏れるような音がして、自動的にドアが開く。彼女に手を引かれて中に入ると、後ろで自動的にドアが閉まった。なかなかSFちっくだ。どうせなら、エアロックみたいに2重扉だったら面白かったのに。

 廊下の天井は透けていて、天蓋の向こうの太陽が差し込んでいる。
 だが、2つの硝子を透過しているせいか、その光は柔らかい。

 ミーアに手を引かれるままに廊下を歩む。
 さすがに廊下まで魔法の仕組みがあるわけでは無いようだ。

「ここ」

 ここはミーアの部屋らしい。
 ベッドが1つに机が1つ。ベッドの傍らにある作り付けの棚には、ペンギンのようなデフォルメされた鳥のヌイグルミが並んでいる。全体的に、淡いピンクの色調の部屋だ。観葉植物のようなものは無い。

 これは部屋を見せたかったって事かな。
 なんていうか、現代の女子中学生みたいな部屋だ。

「見ちゃダメ」

 ミーアがウォークイン・クローゼットのような衣裳部屋に入っていった。
 言われなくても覗いたりしないよ。

 黙って出てきてしまったので、「遠話(テレフォン)」の魔法を使ってアリサに連絡を取る。

「ふぁい、こひらアリサちゃんれすよ~」
「すまない、間違えた」

 明らかに酔いを感じるアリサの言葉に、そっと「遠話(テレフォン)」の魔法を解除する。今度はリザに向けて「遠話(テレフォン)」を発動するが、返答はなかった。寝ているようだ。最後にミーア母に繋いで、家にお邪魔している事を伝えておいた。

 その日は、夜半過ぎまでミーアのファッションショーに付き合う事になった。如何にもな緑の三角帽付きのエルフの民族衣装や、ワンピースのような服、七分丈のパンツに短めのスカートを合わせたような衣装など、思ったよりも豊富なバリエーションだった。

 そのまま疲れて眠くなってしまった彼女をベッドに寝かせ、オレもその横で添い寝して眠ってしまった。

 言い訳させてもらうと、昨晩は黒竜との対決や徹夜の飲み会で疲れていたんだ。

 オレは夢も見ない泥のような眠りに、落ちた。





「ギルティ オア ノットギルティ!」
「ぎるて~」
「ぎるてぃ、なのです!」
「ご主人さま、ぎるてぃです」

 目が覚めた先には、眦を吊り上げたアリサに、ベッドに楽しそうにダイブしたポチとタマ、それから泣きそうな顔のルルの姿があった。ナナとリザも一緒だったが、2人は沈黙を守っている。いや、ナナが進み出て、アリサの方に手を置いた。

「アリサ。小官はマスターを擁護します」

 おお、弁護人が現れた。
 いや、元から無罪なんだが。

「なによ、ナナは浮気を容認するの?」
「アリサ、良く聴いてください」
「言って見なさいよぉ」

 冷静に詰め寄るナナに、少し引くアリサ。
 なんだろう、ナナが余計な事を言う気がして仕方ない。

「マスターとミーアは、種族が違います。交配を試みても子孫は生まれません。従って、浮気はありえません」

 久々に見たナナのドヤ顔だが、予想通り、的外れな擁護だった。しかし、言外にオレがミーアと間違いを犯したと言っていないか?

「ミーア!」

 うわ、ミーア父が来てしまった。

「あらあら、仲がいいのね」
「ん、相思相愛」

 だから、恋愛感情は無いってば。
 ミーア母は判っていて楽しんでいるようだが、ミーア父は誤解したままだ。

 ミーア父の誤解は、ミーア母が加勢してくれるまで解けなかった。いや、誤解が解けたというよりは、ミーア母のマシンガントークに溺れて有耶無耶になっただけという気もする。

 ミーア母は、たっぷり喋った後に、本題に入った。
 用事があったのなら、もっと早く切り出してください。

「さて、サトゥーさん、ミーアとの事は追々聞かせて貰うという事で、今日は、長老会の方へ顔をだしてくださらないかしら?」

 噂のハイエルフに会えるかもしれないからな。
 エルフ達を見る限り、ダイナマイトボディーは期待できそうにないけれど、普通じゃ会えないはずだから、ちょっと楽しみだ。
 

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9-16.ハイエルフ
※8/25 誤字修正しました。

 サトゥーです。残念美人という言葉がありますが、完璧な美女よりは好意を感じます。もっとも、元の世界ではテレビやネットの向こうにしかいませんでしたけどね。





 ミーア父に連れて行かれたエルフの長老議会の会場は、ボルエナンの森の奥、世界樹の区画に存在した。

 ここへは、地上の街から地下街に行った時の様な「妖精の環(フェアリーリング)」による転移でやってきた。ミーア父が寡黙すぎて判らないが、たぶん転移でのみ進入できる区画なのだろう。

 もちろん、この区画に入った時に「全マップ探査」をしておいたのだが、違うブロックになっているのか、世界樹の一定より上の階層と、最下層がマップに掲載されなかった。案外、「全マップ探査」に抵抗するシステムでもあるのかもしれない。

 判った範囲でいうと、この世界樹の区画は、地下5キロ近い深さがある。地殻の厚さは覚えていないが、かなり深いんじゃないだろうか? あくまで建造物のある区画の広さで、世界樹の根はもっと深く伸び、横にはボルエナンの森全体より広く伸びているようだ。昨日、ミーアの家があった場所は、世界樹区画から10キロほど離れた場所のようだ。結構近く感じたのは、世界樹が異様に大きいために錯覚したからだろう。

 それはさておき、この世界樹区画には、沢山のエルフがいる。
 なんと地上の10倍、数万人のエルフがいた。ただし、彼らは、ほとんど全て「睡眠」状態のようだ。地上のエルフとの違いは比較的高レベルな事と、高齢な事だ。一部、千歳前後の若いエルフもいるようだが、ほとんどは1万歳を越えるエルフばかりだ。しかし、長命な割りに50レベルを超えるエルフはいない。

 眠るエルフ達が、どういう状態なのかミーア父に聞いてみたいが、「なぜ知ってる」とか突っ込まれそうなので、聞くに聞けない。

 さて、待望のハイエルフだが、8人しかいない。しかも、そのうち7人は他のエルフ達同様に「睡眠」中のようだ。ハイエルフたちも50~70レベルの範囲で納まっている。エルフどころでは無いくらい長寿なのに不思議だ。

 そして、唯一起きているハイエルフが、この先の長老議会の奥の部屋にいる。

 そんな風に世界樹区画のチェックをしている間に、目的地に着いたようだ。
 さっきまで乗っていた浮遊板が地面に吸い込まれるようにして消えていく。目の前の扉は、一辺3メートルの八角形の木目調の扉だ。ここまでの廊下が樹脂製だったのに、ここだけ種類が違うようだ。
 ミーア父が一歩踏み出すと自動ドアの様に開く。左右に2つに割れて開いたのだが、そのすぐ奥側にもう1枚扉が重なっており、そちらは上下に2つに割れて開いていく。
 その先は、20メートルほどの直線通路で、行き止まりには先ほどと同じ構造の扉があった。まるでエアロックみたいだ。

「サトゥー」

 しまった、自動ドアの構造が気になって見入ってしまった。
 先に室内に入っていたミーア父に呼ばれて、早足でそちらに向かう。





「シガ王国のサトゥー。貴殿の助力に感謝する」
「シガ王国のサトゥー。邪悪な魔術士の手から幼子を救ってくれた恩を我等は忘れない」
「シガ王国のサトゥー。はるか遠方より幼子を連れ帰ってくれた事に我等は報いたい」
「シガ王国のサトゥー。よくぞ――」

 ここは、千人以上の人が入れるような広々とした講堂だった。
 そこには長老議会のお歴々が、20人ほど、その最前列に腰掛けていた。

 そして、一人一人がミーアを連れ帰った事に対してお礼を言ってくれているんだが、どうしてみんな「シガ王国のサトゥー」って最初に付けるんだろう。そういう言い回しで言うのが決まりなんだろうか。オレがエルフ語を話せるのが伝わっていたのか、彼らはエルフ語を話している。

 この長老さんたち、見た目はミーア父とほぼ同じ若さだ。

 ただ、目が違う。

 なんというか、年経た老亀の瞳というか、落ち着きというよりは無感動に近い静寂を感じる瞳だ。あまり見られているとウトウトしそうなくらい安定した不動の瞳をしている。さすがに数千年も生きている人達だけはある。仲良くなって昔話とかを色々聞いてみたいな。

 しかし、黒竜ヘイロンの方が遥かに年上なのに、このエルフの長老達より、よっぽど若く感じる。これは種族差なのか、個人差なのか気になる所だ。

 そして、全員がお礼を言い終わるのを待っていたかのようなタイミングで、部屋の奥の緞帳が上がり、部屋一つ分くらいあるような光る板に乗った人々が出てきた。

 その板にはお待ち兼ねのハイエルフさんを中心に、その四方を守るように4人のエルフの巫女さんが立っている。
 この4人の巫女さんたちは、公都のセーラ達の様な洋風の巫女さんでは無く、「和風」の衣装を着ている。それも神楽舞を舞うときのような装飾過多な巫女服だ。やっぱり巫女なら白小袖に緋袴だよね。

 残念ながらハイエルフさんの姿はまだ見えない。
 4方に立つ巫女エルフさんのすぐ内側に御簾が浮かんでいるからだ。そう、浮かんでいる。支柱も無いし巫女さんたちが支えているわけでもない。たぶん、魔法だろう。

 ハイエルフさん達を乗せた光る板が、長老さん達の間を通り抜け、オレの前で停止した。

「「「「静粛に~」」」」

 巫女さん達の持つ錫杖が、声に合わせてシャリンと鳴らされる。
 誰も喋ってないが、つっこむのは野暮というものだろう。

「「「「聖樹様よりのお言葉です」」」」

 ハイエルフさんは、聖樹様って呼ばれているのか。本名はアイアリーゼって言うみたいだから、聖樹様っていうのは役職の略称か2つ名とかだろう。AR表示では、称号は「無垢なる乙女」、職種は「世界樹:地の管理者」となっている。

 彼女を隠していた御簾がするりと開いて、ハイエルフさんが姿を現した。

 また、幼女か。

 御簾の向こうにいたのは、アリサよりも年下、5~8歳くらいの幼女だ。顔立ちはミーアに近いが、銀髪に赤い瞳をしているので、緑髪緑瞳のエルフ達とは少し違うようだ。興味本位で、年齢を確認するんじゃなかった。年齢で億という単位をはじめて見た。桁数を数えている最中に眩暈がしたよ。

 しかし、見た目が、幼女か。

「シガ王国のサトゥー。よくぞ無事にミサナリーアをボルエナンの森まで送り届けてくれた、のじゃ」

 ん?

「わっち? は、とても感謝しています、のじゃ」

 何だろう、この違和感のある喋り方は。
 途中までは、流暢に話しているのに、自分の一人称や語尾のあたりで詰まったり、棒読みになったりしている。流暢な時は落ち着きのあるしっとりとした声なのに、詰まる時は、変にアニメ声っぽく変調した声になっている。声優じゃ無い人が声優の真似をしているような感じだ。

 長老さんたちは、そんなハイエルフさんの姿を見ても、相変わらず不動だ。だけど、4方の巫女さんたちは顔を伏せて表情を窺えないものの、肩が震えている。

「どうかしたの、かや?」

 小首を傾げる幼女。

 前にムーノ市でポチ人族フォームとやらの幻影を見破った時から気がついていたんだが、どうやら、オレには幻術の類は効かないようだ。

 目の前に立つ幼女に重なって、座り込んだ20代の女性の姿が見える。少し淡い色の金髪に碧眼、薄い唇と高すぎない鼻梁、ルルほどでは無いにせよ、文句無く美人だ。白小袖と千早のせいで体型が見分けにくいが、胸もCカップくらいはありそうだ。座っているので背丈は判らないが、オレと同程度くらいかな。

 いい、実に良い!
 やはり、異世界には、こう言う美女との出会いが足りてないと思うんだ。ああ、ボルエナンの森を訪問して良かった。

「褒美は、何が良いでしょう――良いのじゃ?」

 幻影の幼女は自信満々の偉そうな顔だが、本体の彼女は、少し顔が赤い。
 彼女が率先して茶番をしたいわけではなさそうだ。困ったような気弱そうな表情に少し魅かれる。

「では、シガ王国のサトゥー。褒美として口付けを授ける、のじゃ」

 しまった、前後の話をちゃんと聞いていなかった。
 手を広げた幼女が、タコの様に唇を突き出している幻影が見える。本体の美女の方は恥ずかしいのか、目を伏せている。

 幼女にキスをしろといわれたら、即座に遠慮するのだが、こんな美女相手ならOKしないわけが無い。

 ミーアも、けっこう気軽にキスをしようとしていたから、きっと欧米の人みたいに挨拶代わりなんだろう。

 オレは地面を滑るように一瞬で歩み寄ると、自然な動作で本体の美女の頬に手を添えて軽いキスを交わす。本当なら、唇にキスしたかったが、仮にもエルフの里の代表だ、そこは自重した。
 ミーアを助け出した時にしてくれたのが、額へのキスだったのでオレもそれに倣って、ハイエルフさんの額にキスをした。

 反応が無いので目線を落とすと、ハイエルフさんは、ユデダコのように真っ赤になって目を回している。やけに脱力していると思ったら気絶していたようだ。

 ひょっとして、マズかったか?





「ルーア、水を頂戴」

 透明の光る寝台で寝かされていた美人さんこと、ハイエルフのアイアリーゼさんが、寝ぼけ眼で起き上がった。

 オレと一緒にアイアリーゼさんの目覚めを待っていた巫女のルーアさんが、水差しから注いだ水を彼女に手渡してあげている。水を入れたコップは、ガラスみたいな質感だが、持った感触はプラスチックに近い不思議な素材だった。AR表示では、アルアのゴブレットと表示されている。アルアが素材名なのだろう。

「うう、絶対、ダイサクの話が間違っていたのよ。ハイエルフは銀髪で幼女姿で語尾が『のじゃ』だっていうから」
「アーゼさま」

 ルーアさんが、オレの存在をアイアリーゼさんに伝えようとしているが、彼女は自分がまくし立てるのに必死で、まるで気がついていない。
 ダイサクさんとやらが、例の街を作った400年前の勇者さんかな?

「判ってるわよ、故人に愚痴を言ってはダメだって言うんでしょう?」
「アーゼさま」

 アイアリーゼさんは、ミーアのように頬を膨らませて拗ねている。
 ちょっと可愛いな。

「もう、少しくらいいいじゃない。絶対、変な女だと思われたわ。ミーアを連れ帰ってくれた恩人なのに、エルフの里の印象が最低になっちゃったんじゃないかしら」
「アーゼさま」

 それは、仕方ない。だって、変だもの。

「昨日は、ミーアに『オカエリ』って言いに行ったのに上の街に居ないし。そうよ、あのアリサっていう子も、『ハイエルフは銀髪幼女が基本だ』とか『ご主人さまは幼女がキスを求めたら必ず断る』って言ってたのに、全然違うし」
「アーゼさま」

 そうか、アリサも一枚噛んでいたか。

「もう、これだからニホンジンは油断ならないのよ。昔から人をオモチャにして」
「アーゼさま」

 歴代の日本人に何人か会った事があるんだろうけど、アリサみたいなのにばかり出会っていたのかな? オレみたいに普通なのもいるのに、不運な人だ。
 しかし、アリサが日本人って判ったのか? やはり紫色の髪のせいで気がついたのだろう。金髪のカツラを被らせておくんだった。

「もう、ルーアったら、何よ」

 ルーアさんが小さく指差す方には、オレがいる。
 本来なら女性の部屋に、男が入るなんて問題だと思うんだが、ルーアさんが構わないからと連れて来た。どうも、このエルフの里の上下関係がわからない。王政では無く議会制民主主義って感じかな。いや、むしろ大家族という感じだろう。

 アイアリーゼさんが、油をさしていないブリキ人形の様にギギギと首を巡らせる。

 目が合った。

 あうあうと、うろたえるアイアリーゼさん。
 残念な人だが、ここは助け舟をだそう。アリサも悪いみたいだしね。

「ルーアさんから伺いましたが、朝から熱を出して臥せっていたそうですね。私の為に無理をさせてしまったようで、申し訳ありません」
「そうですよ、アイアリーゼ様。まだ熱は下がっていないのですから、今日の所は無理せずにお休みくださいませ」

 ルーアさんに、素早くアイコンタクトをする。
 彼女もオレがでっち上げた、「変な言動は高熱で朦朧としていたせい」という作り話に素早く乗っかってくれた。

 アイアリーゼさんが落ち着いた頃にもう一度伺う約束をルーアさんと交わして、その日はお(いとま)する事にした。ルーアさんによると、何か相談事があるそうだ。厄介事の予感がするが、聞くだけなら別にいいだろう。

 ミーアの家に帰って、なぜか「正座」と言われた。
 密告犯は、ミーア父ではないようだ。アリサやミーアの後ろで、3人の巫女さんが楽しそうに笑って焼き菓子を食べている。今度、激辛クッキーを差し入れしてやろう。
 ポチ成分やタマ成分が不足している……。

 ハイエルフさんが「ニッポンジン」ではなく「ニホンジン」と言っているのは誤字ではありません。

※感想の返信について
 感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
9-17.エルフたちの日常
※9/15 誤字修正しました。
※9/15 加筆しました。

 サトゥーです。ゲーム作成でも、構造を理解せずに外見だけ真似て失敗する事はよくあります。仕組みを理解してこそ、応用や発展へと繋がると思うのです。
 でも、稀に理解を飛び越えて新しい発想をする人もいます。天才っているんですよね~





「「「ヘイ・ボーイ、来訪者だじぇ」」」

 突然、食堂の壁に掛けられた複数の仮面が同時に喋りだした。
 完全に不意を突かれたのか五目並べの石を置こうと身を乗り出していたタマの尻尾が膨らんでいる。ポチも椅子から落ちそうになっていたが、横に座っていたリザが支えてやって事なきを得たようだ。

 この仮面はインターフォンのようなものらしい。昨日までは動いていなかったから、昨夜の来客の内の誰かが起動していったのだろう。タマと話していた悪戯好きのレプラコーンかもしれない。
 壁に掛かった鏡がモニタのように来訪者の姿を映すかと思ったが、そこまでの機能は無いようだ。

 オレが立ち上がると仮面の声が()んだ。

「わたしが見てきます」

 ルルがパタパタと階下にお客を迎えに走っていった。
 オレ達が滞在しているのは、初日に訪れた樹木の中にある家だ。ミーア一家は、地下の実家への滞在を勧めてくれたのだが、久々の親子の再会や団欒を邪魔したくなかったのでこちらに滞在する事にした。

 エルフの里に着いてから、既に5日経っている。

 ミーアを送り届ける目的は果たしたので、長居する必要も無いのだが、折角なのでエルフの里を見学したいと申し出たらアッサリと許可が下りた。むしろ、「何言ってるの? 当然、しばらく滞在するよね?」みたいなリアクションが帰って来た。エルフと人族の時間感覚は予想以上に違うみたいで、「しばらく」というのは年単位を指すようだ。

 長居しても半月くらいのつもりだったんだが、あまり早いと失礼にならないか心配だ。

「ご主人様、ネーアさんたちが、昨日仰っていた料理を持って来てくださいましたよ」

 ネーアさんというのは、500歳くらいのエルフのご夫人だ。料理が趣味だそうで、勇者ダイサクが言い残した料理を再現するのがライフワークらしい。なんでも、勇者ダイサクは、料理が出来なかったので口頭で雰囲気だけを伝えたらしく。上手く再現できなかったと言っていた。

 今日はネーア式ハンバーグをご馳走になる事になっていた。
 勇者が言い残したのは「ひき肉を捏ねて焼いた料理」という情報だけだったらしい。

 ドヤ顔のネーアさんが、テーブルの上に並べたのは5皿だ。
 ミートボールっぽい小玉、ペースト状にした肉を焼いたモノ、麺状にした後にそれを編んで小判サイズの塊にしてから網焼きにしたモノ、塊肉にしか見えないモノ、そして最後に見た目はハンバーグそのものが載った皿が並べられている。

「コレ以外は、どう見てもハンバーグじゃないけど、文句無く美味しいわ」
「うん、確かに。特にこのネーア式2型のペースト状のヤツと3型の編み麺が美味いな」

 ハンバーグでは無いが、地球では見かけない料理だ。創作料理の店なんかに並んでそうな感じの料理かな。
 ネーア式ハンバーグがハンバーグっぽくないのは、肉だけで作ろうとしているせいだ。ネーアさんは「牛肉100%です」と言っていたので、勇者ダイサクの伝え方に問題があったようだ。

 肉だけで作るとパサパサになりやすいのだが、その辺は数百年の試行錯誤でなんとかしたらしい。気長だよな。尋ねたら、派生料理はかなりの種類が作られたそうだ。今度、いくつか伝授してもらおう。

 オレとアリサが試食した後に、ハンバーグ評論家のポチとタマにも食べてもらった。

「にゅ~? ハンバーグ違う~」
「ハンバーグは、もっと柔らかくて弾力があって食べるとじゅわっとなるのです! こう、ぱくっと食べると幸せなのです」

 ネーアさんの前で腕をふりふり熱く語るポチの手からフォークを奪う。危ないからね。

 リザは、それぞれ一口ずつ食べてうんうんと頷いている。目じりが緩んでいるので、満足の行く味だったようだ。
 ナナも興味深そうに口に運んでいる。コメントは「美味です」と言葉少なだったが、世辞ではないだろう。

 そこにルルが焼きたてのハンバーグを運んできた。
 ハンバーグは、ファミレスにあるような皿――木の皿の上に、熱々の黒い金属の皿が載っているタイプのヤツだ――に盛ってある。公都に滞在中に、アリサのリクエストで作ったヤツだ。

 ネーアさんが、感無量と言った感じで香りを楽しみ、目に焼き付けるようにハンバーグの詳細を確認している。はやく食べなよ。

「頂きます」

 ナイフとフォークで一口分に切って小さな口に運ぶ。
 ポチとタマが涎を垂らしながら、そのフォークの動きを目で追っている。君ら、2時間ほど前に朝食食べたところだよね。チラリとリザの横顔を見たが、少し口が開いているだけで涎は垂れていなかった。目線に関しては不問にしよう。

 え~っと、泣きながら食べるのは止めて欲しいです。
 ネーアさんは、滂沱の涙を流しながら食べている。彼女にとっては幻の料理だから仕方ないのかもしれない。彼女の腕なら、一度食べたらすぐにでも再現してしまいそうだ。

 落ち着いて味わえるようにポチとタマを小脇に抱えて台所に向かった。
 折角なので、和風ハンバーグや煮込みハンバーグ、トマトバーガーなんかも作って持って行ってあげよう。もちろん、欠食児童達の分も忘れずに。





 戻った食堂には客が増えていた。

「ちょっとアーゼ様、一口って言っていつまで食べているんですか」
「だって、美味しいんだもん」
「だもん、じゃありません」

 ネーアさんの横には、ハイエルフのアイアリーゼさんが、ハンバーグを食べながら巫女のルーアさんに怒られていた。本当に、この人は子供みたいだ。

 あの初対面の翌日の午後に、ルーアさんに手を引かれてやって来たアイアリーゼさんに、悪ふざけを詫びられた。正直、まったく気にしていなかったので、素直に謝罪を受け入れた。こちらもアリサの事を詫びておく。
 この2人はいいのだが、実は、午前のうちにあの場にいたエルフの長老の一人が代表して詫びにきていた。正直、深刻な口調で謝られても困ってしまうので、その時も軽めの口調で気にしていない旨を伝えてある。ちなみに、エルフの里の見学の許可は、彼が出してくれた。

「いらっしゃい、アイアリーゼ様、ルーアさん。ネーアさん、こちらのハンバーグも味見してください」

 2人に挨拶してから、ネーアさんに料理の皿を差し出す。

 リザとルルに頼んで、食堂に用意した予備の皿をこちらに運んで貰った。
 せっかくなので、アイアリーゼさんとルーアさんにも、料理を勧める。いつも食事時になると羽妖精達やヒマなエルフ達がご相伴に預かりに来るので、余分に作ってあるので問題ない。

 この羽妖精達はエルフ語しか話せないので、オレやエルフ達が通訳していたのだが、気を利かせたルーアさんが、何処からとも無く持ってきた翻訳指輪で解決した。なんて、ファンタジーっぽい装備だ。竜の谷の戦利品にも無いレアな品なのに、ルーアさんは1人1個ずつ翻訳指輪を無期限貸与してくれた。昔、翻訳指輪を作ることに情熱を傾けたエルフが居たらしく、ボルエナンではそれほど珍しい品では無いそうだ。

 3人が食べている間にも、匂いに釣られた羽妖精達が集まってくる。そして、その羽妖精を見てエルフ達が集まるといった、ここ数日で見慣れたパターンが再現される。
 どうやら「勇者の言い残したハンバーグの再現」という言葉のインパクトが強かったのか、いつも以上に集まりが良くて、何度かルルと厨房で補充分を用意する羽目になった。

 オレやルルは、ハンバーグを食べに来たエルフ達が持ってきた手土産の小鉢や果物を食べながら、食堂で争うような勢いで食事を楽しむ人々を眺める。肉の在庫は結構消費したが、クジラ肉を除いても、かなりあるので当分は大丈夫だろう。
 おまけに、エルフ達が材料にと提供してくれた牛や山羊が何頭かいる。貰った家畜は、馬達と一緒に、樹木の根のあたりにある広大な(うろ)で飼っている。世話は、エルフ達が派遣してくれた動く人形(リビングドール)に任せっきりだ。

 もちろん、両親と一緒にミーアも来ていた。豆腐ハンバーグが御所望だったので、大豆だけでなく、脂分を排除した肉を3割ほど混ぜてハンバーグにしてみた。試食した感じでは、肉肉しい感じはしなかったのでミーアに出してみたら問題なく食べていた。

 ミーアへの告知は、もう少し肉の割合を増やしてからにしよう。





 ルルの入れてくれた緑茶を飲みながら、ネーアさんとハンバーグのレシピの情報交換をする。普段は単語会話のネーアさんだが、調理方法や素材に関しては饒舌だった。基本的なレシピ自体は紙に書き出して先に渡してある。

 視界の端のアイアリーゼさんが、巫女ルーアにせっつかれている。
 何か用事があるようだ。

 オレは、ネーアさんの相手をルルとアリサに任せて、別室に2人を誘った。

「もうしわけありません、気を使わせてしまったようで……」

 恐縮するルーアさんを宥めて、2人に椅子を勧める。
 アイアリーゼさんは、人見知りなのかモジモジするばかりで喋らないので、ルーアさんとの会話が主体になる。その事に焦れたルーアさんが、アイアリーゼさんをせっつき始めた。

「ほら、アーゼ様っ」
「えーと、そう、アレよ」

 オレでは無くルーアさんに向かって話していたアイアリーゼさんだが、ルーアさんにグイッとばかりに首をオレの方に捻られて来た。ちょっと、気持ちはわかるけど、首を痛めるよ?
 オレと目線が合ったアイアリーゼさんが、テンパって叫ぶように極端な緩急をつけて爆弾発言をした。

「黒竜と仲、いいんですね! 今日は勇者クロじゃないんですか!」
「ちょっと、アーゼさま」

 ルーアさんが焦ってアイアリーゼさんを落ち着かせている。

「あの、何の事でしょうか?」
「申し訳ありません。私の方から、お話しさせていただきます」

 トボけておいたが、オレが勇者クロだというのは、例の精霊光でバレバレだったそうだ。ルーアさんの記憶でも個人が出す精霊光としては破格らしく、「同時期に2人いるなんてありえません」と苦笑気味に断言された。

 オレが黒竜ヘイロンと暴れていた後半部分と、宴会の模様をルーアさんの使い魔が遠方から眺めていたそうだ。あの時は、確かに沢山の怯える視線を感じていたので、その中に紛れていたのだろう。
 オレの名前や称号が、その時と違うのは術理魔法の「偽装情報(フェイク・パッチ)」やその上位呪文で隠していると思っていそうだ。

「ここからが本題なのですが――」

 普通なら、「黙っていてやるから何々しろ」みたいに要求されると身構える所なんだが、どうも、ここのエルフ達をみているとそんな言葉が予想できない。何かして欲しかったら、交換条件では無く普通に頼んでくるタイプばかりだ。

「わたしが! 教えてあげます!」

 拳を握り締めたアイアリーゼさんが立ち上がって宣言する。何を教えてくれるか判らないので、彼女の次の言葉を待つ。

 見つめられるのが恥ずかしかったのか、真っ赤になってしゃがみ込んでしまった。微妙に面倒なタイプだよね。

「だから、その、精霊光を抑える方法とかっ! 精霊達を集めないようにする方法とかっ」

 ルーアさんの背後に隠れるようにして言葉を継ぐ。
 なんていうか小柄なルーアさんに隠れると、中学生の背後に隠れる気弱な先生みたいだ。

 こうして、オレは非常に頼りないアイアリーゼ先生の教えを請う事になった。
 すみません、PCトラブルで今朝の配信登録ができませんでした。

※9/15 翻訳指輪について加筆しました。
9-18.石舞台の修行
※9/18 誤字修正しました。

 サトゥーです。平安を舞台にしたマンガは数多く、それ故に名作が沢山あります。「なんて素敵にHEIANKYO」とかは幼馴染に勧められて全巻読みました。
 その度に思ったのは、狩衣(かりぎぬ)で狩りしたら枝に服や袖が引っかかって大変じゃないのか? という疑問でした。本当にあの服で狩りをしたんですかね~





「ふぉぉぉ~! 平安ロマンキターー!」

 アリサが奇妙なシャウトをしているのは、オレの衣装のせいみたいだ。
 アイアリーゼさんから贈られた修行の為の衣装なのだが、勇者ダイサクの趣味が浸透してしまっているのか、それとも他の日本人の影響なのか、狩衣(かりぎぬ)――陰陽師の格好と言った方が判りやすいかな――だった。
 中に着る単衣(ひとえ)こそ白色だが、上着と袴のような指貫(さしぬき)はそれぞれ明るさの違う緑色をしている。幸い、烏帽子は無かった。

「ご主人さま、素敵です」
「ローブ姿や鎧姿も凛々しいですが、エルフの民族衣装も良くお似合いです」
「魔法防御力が高い良い装備です」

 ルルにも好評のようだ。今度、十二単(じゅうにひとえ)を作ってみようか。
 ナナはわざわざ「魔力感知(センス・マジック)」を使用して、この服を調べたようだ。ナナが言うように、この衣装はアリサやミーアのローブに使ったユリハ繊維で出来ている。この繊維は、特殊な織り方を併用する事で、生地の表面に防御膜の魔術回路を構成するらしい。黒竜の体表にあった防御膜と類似する機能だ。ある程度以上のレベルの魔物達には標準搭載のものだが、この服は少量の魔力でそれを形成するようだ。

「ポチも修行するのです!」
「タマもする~?」

 何かごそごそしていると思ったら、前に公都で買った新撰組衣装に着替えた2人が出てきた。今回の修行は沢山人がいると上手くいかないらしいので、2人には遠慮してもらおうと思ったのだが、どうやら2人の言う修行は、ちょっと違うようだ。

「シャグニグが誘ってくれたのです」
「宝探し~」
「レプラコーンのシャグニグっていう気のいいオッサンなんだけど、エルフの子供達の遊び場に誘ってくれたのよ」
「安全な模擬罠や魔物を模した動く人形(リビングドール)が配置された施設だそうです」
「演習への参加を具申します」

 アリサがじゅるりと涎を拭きながらポチ達の言葉を補足してくれる。リザとナナも参加したそうなので許可した。子煩悩なエルフ達が子供を遊ばせる場所なら危険もないだろう。
 その施設は、シャグニグの師匠の師匠であるエルフが設計したそうなのだが、実際に作ったのは彼の師匠であるスプリガンのリレック氏という人物らしい。今は新しいアイデアを得るために、サガ帝国の迷宮に視察に出かけているそうだ。その設計した人物は、100年以上も前にエルフの里を出奔してしまったので、会う事は出来ないそうだ。





 迎えに来てくれた巫女装束のルーアさんと一緒に、世界樹から30キロほど離れた滝を見下ろす岩場までやって来た。移動はドライアドの「転移(リロケート)」だ。ボルエナンの森の中しか無理と言っていたが、十分便利だ。

 岩場の奥に、巨大な岩を寝かせた石舞台がある。

 その石舞台の中央に、アイアリーゼさんが居た。
 いや、居るのはいいんだ。

 何、その格好。

 白シャツにタイトスカート、オマケに三角レンズのメガネまで。髪型は後ろでお団子にしているが、前髪を左右に2房だけ残している。あの短杖は指示棒の代わりなんだろう。

 いわゆるステロタイプの女教師といった格好だ。

 勇者ダイサク……文化ハザードもほどほどに。
 まあ、目の保養になるからいいか。

「サトゥー君、遅いわよ」

 赤くなるならコスプレなんてしなければいいのに。
 ジト目で見てやりたいところだが、話が進まなさそうなので無表情(ポーカーフェイス)スキルに頑張ってもらった。

「遅れてすみません」
「アーゼ様こそ、遊んでないで導師の衣装に着替えてください」
「いいじゃない、この衣装なら教育スキルに+1の効果があるってダイサクが言っていたわよ」
「それは彼の冗談です」

 アイアリーゼさんは、ルーアさんに怒られてというよりも「教育スキル+1」というのが嘘だと教えられて愕然としている。どうして、そう信じるかな。

 アイアリーゼさんが気を取り直すまで、岩舞台の上から滝の絶景を見下ろす。ナイアガラほどとは言えないが、複数の滝が一つの淵に向かって落ちていてなかなか壮観だ。岸壁に沿って浮かんでいる岩からも水が流れ落ちている。オレの持つ奈落の水瓶(ウォータボトル)みたいな原理なんだろうか? なかなか不思議な光景(ファンタジー)だ。

 コホンと一つ咳払いの声が聞こえたので振り返る。
 そこには巫女服に着替えたアイアリーゼさんの姿があった。衣擦れの音に誘われて、振り返ったりしないようにするのが大変だった。

「では、修行の前に、これを飲んでください」

 アイアリーゼさんが薬包に入った赤い粉を差し出してくる。
 なんだろう、魔核(コア)の粉末よりも透明度が高いな。

 どこかで見た気がする。

 そうか、公都の宝石工房で見たルビーの粉みたいな感じだ。たまにキラキラと発光しているので、何かの魔法薬なのだろう。AR表示には「賢者の石の粉末(パウダー・オブ・フィロソフィウム)」と表示されている。

 賢者の石?!

「これは?」
「霊石の粉です。出産する妊婦に飲ませる事もありますけど、主な用途は魔法の効果増強ですね」

 オレの質問にはルーアさんが答えてくれた。
 それに変な対抗意識を刺激されたのか、アイアリーゼさんが口を滑らせる。

「世界樹で、年に小石1個くらいしか取れない貴重品なのよ! だから、零しちゃダメよ」

 そうか、世界樹から採れるのか。
 なんだろう、結石みたいな印象を受けてしまった。

 赤い粉を口に含み、ルーアさんが渡してくれた水で喉の奥に流し込む。
 味は無い。魔力感知スキルがパウダーの動きを教えてくれる。この粉からは僅かだが魔力が湧き出しているみたいだ。

「それでは、まず準備運動よ。私の動くとおりにマネしてね」

 アイアリーゼさんの動きを空間把握で確認しながら、動きをマネる。なかなか全身運動だな。この動きはパウダーを全身に広げるためのもののようだ。胃まで行った粉が溶けて血流に乗って体中に広がっていくのが判る。

「次は体に魔力を通して」

 言われた通りに魔力を自分の体に満たす。自己治癒するときに近い感じだな。狩衣のユリハ繊維に魔力が流れないように注意した。

 魔力を体に流す端から、血中のパウダーに吸い込まれていく。

「上手いわね」
「本当ですね、普通は衣装のユリハ繊維に流出したり、上手く魔力を循環できなかったりするんですけど、自然にやってますね」

 褒めてくれるのは嬉しいが、このまま続けていいのかな?
 わりと調整が難しいので、喋る余裕は無い。

 血中のパウダーは、一定量まで魔力を吸い込むと、今度は魔力を放出しだした。この感触は、聖剣の出す聖光に近いかな。

「いいわよ、そこで体から溢れる魔力を掴んで、ねじ伏せて。そのまま体の表面に薄い膜を作る様に広げるの」

 なるほど、天才の教えベタというやつだな。だが、何となく判る。
 ゼンの影鞭を掴んだ時の要領で、グイッと掴む。今度は、その魔力を薄く広げる。自在鎧の薄膜バージョンで経験があったので、割と簡単だ。

>「精霊光制御スキルを得た」
>「魔力制御スキルを得た」

「はい、成功よ」
「え?! あ、本当です。精霊光が殆ど見えません」

 目を開けると銀色の精霊視バージョンの瞳になったルーアさんが、確認してくれている。残念ながら元から見えない精霊光の漏れは、自分では判らないのでルーアさんの言葉を信じよう。
 ついでに、いつも体からほんの少しだけ漏れていた魔力も、ほとんど流出していないのが判る。こちらは隠形スキルでも流出が止まっていたので、魔力制御スキルは不要かもしれない。有効化する時があったら、魔力操作との違いも検証してみよう。

「普通は数年かかるんだけど、筋がいいわね」
「そんな水準(レベル)じゃ無いと思いますよ。本当に勇者って規格外ですね」

 ルーアさんが呆れているが、オレが慰めるのは何か違う気がしたので、そのままスルーした。2人に助力の礼を言おうと佇まいを直して向き直ったのだが、それは少し気が早かったようだ。

「では、修行の第二弾に行きましょう」
「そうですね、貴重な霊石の粉を使った事ですし、効果がある内に次の課程も済ましてしまいましょう」
「今度は、膜のようにした魔力の壁を目の部分だけ薄くして、僅かに通すようにしてみて」

 なかなか簡単に言うな。
 一部だけの操作は難しいんだよ、っと。うん、上手くいった。

「私の両手の先を見ててね。■■■■■■■■ ■■ 水精霊召喚(サモン・ウォーター・エレメント)

 アイアリーゼさんが上に突き出した両手から、水が溢れる。しばらくして水が球となって両手の少し上でフワフワと浮かんだ。

 言われた通り目を凝らす。

 凝らす。

 水以外見えない――いや、薄く青い不定形の小さな光がある。目を凝らすと見えなくて、逆に焦点を外すと見える感じだ。

>「精霊視スキルを得た」

 意外に簡単に手に入ったな。賢者の石様々っていうところか。

「見えました」
「「えっ?!」」

 え? なぜ、そこで驚く。

「本当に?」
「ええ、薄青い不定形の光ですよね」
「そ、そうです」
「凄いわね、エルフでも100人に1人くらいしか後天的に手に入れられないのに」

 百分の一なら、それほどレアでもなさそうだ。

「よっし、ここは第三弾! 精霊使役にいってみよー!」

 少しテンション高めのアイアリーゼさんが腕を振り上げて宣言する。
 ここは「乾燥(ドライ)」で服を乾かしてあげるのが紳士なのだろうが、もう少しだけ、そうほんの刹那の間だけ、この光景を堪能したい。

 水に濡れた巫女服って、いいよね。
※感想の返信について
 感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
 返信が遅れていてすみません。
9-19.石舞台の修行(2)
※9/1 誤字修正しました。


 サトゥーです。ECOは色んな所に浸透してきていましたが、一番身近な所では家庭用の太陽光発電でしょうか。異世界では魔法がありますが、あれはECOなんでしょうか? そもそも、あの魔力って、元はどこから来ているんでしょうね。





「いくわよ、■ (ウィンド)

 まずは、アイアリーゼさんの模範技だ。

 有効化(アクティベート)した精霊視スキルによって、アイアリーゼさんのした事が良く見えた。
 彼女の唱えた、たった1語の呪文で、彼女の周りに無色の精霊たちが集まり、間を置かず緑色の風属性の精霊に変化して、「風」という現象に成り魔法を発動させた。

 威力的には気槌(エア・ハンマー)程度だったのだが、詠唱がすごく短い。

「どう? 発現する魔法は普通の風魔法と変わらないけど、詠唱時間の短さや必要な魔力が凄く少なくて済むって言う利点(メリット)があるの」
「その代わり、精霊のいない場所では無力です」

 アイアリーゼさんの言い忘れたデメリットをルーアさんが補足してくれる。
 精霊のいないところというのが曖昧だが、人工物の中や魔物の住処にはあまり居ないらしい。後者は判る。前の鎧井守の洞窟みたいに魔物のエサになってしまうのだろう。

 発動した精霊視のスキルが見せてくれる視界では、アイアリーゼさんは金を中心とした貴金属系の強い光を放っている。ルーアさんは、寒色系の光が淡く明滅している感じだ。2人を見る限りでは精霊光は一定の色という訳ではなく、特定の幅の色彩が変化するものみたいだ。滝の上を飛ぶ鳥なんかも見てみたが、光が薄くて良く判らなかった。

 オレの体から漏れる微かな光は淡く白い。
 試しに押さえていた精霊光を解放してみたら、目が潰れるかと思うほど強烈な光が周囲を染め上げていく。滝の周りにいた精霊たちが恐ろしいほどの速度で集まって来た。精霊たちが邪魔で良く見えないが、オレの放つ光は寒色から暖色まで幅広い感じの原色で、品の無い極彩色だった。
 ミーアは「綺麗」と評してくれたが、美的な観点で言うなら、アイアリーゼさんの放つ光の方が遥かに高貴で綺麗だと思う。

 おっと、これじゃ周りが見えないな。
 オレは急いで、精霊光を収束させて外に漏れないようにする。目標を見失った精霊達がフラフラと散り始めた。ルーアさんやアイアリーゼさんの放つ精霊光に魅かれた精霊だけが残り大部分は、元の自然界に帰って行く。集まった時にくらべたら、ゆっくりした速度だ。

「もう、自由自在なんですね。すごい適応力ですね。ね、アーゼさま」
「え、ええ」

 アイアリーゼさんは眩しかったのか、目をパチパチさせながらルーアさんの言葉にも生返事だ。

「すみません、アイアリーゼ様。少し確認したい事があって制御を緩めてしまいました」
「は、初めてだから仕方ないわ」

 あれ? アイアリーゼさんの人見知りが発動している。さっきまでオレを見ながら話せていたのに、またルーアさんの方を向いて話している。よっぽど眩しかったのかもしれない。

「そ、それより! やってみて」
「はい、◆ (ウィンド)

 お? 呪文を失敗したのに少しそよ風が吹いている。精霊達が気を利かせてくれたのだろうか?

「あら? 呪文の詠唱は苦手なの?」
「ええ、どうしても上手くいかなくて」
「その割りに、今、風が吹きませんでしたか?」
「精霊が気を利かせてくれたのかもしれませんね」

 ルーアさんの言葉に何となく感じたとおりに答えたのだが、あっさり否定された。

「それはありませんよ。ドライアドみたいな例外を除けば、精霊達に自我というか知性はありません。地脈からマナを受け取って、マナを必要としている生き物まで届ける役割を機械的にしているだけです」

 へー。
 じゃあ、色っぽいウンディーネのお姉さんとかには会えないのか。残念だ。

「そうなの? たまに沢山集まると何か言っているわよ」

 お、アイアリーゼさんから反対意見が。

「そんな事を言っているのは、アーゼ様だけですよ。他のハイエルフの方も言っていなかったんでしょう?」
「うう、それはそうなんだけどっ。言ってるように感じるんだもの」

 ルーアさんに否定されたアイアリーゼさんが、頬を膨らませてそっぽを向いている。ミーアみたいなリアクションだな。
 気のせいの可能性が高いけど、あながち勘違いと決め付けるのも良くない。ゲーム開発時のデバッグでも、「気のせいだ」と断じられたバグはたいてい市場で見つかるからね。

「一度、試してみてもいいですか?」
「もう、サトゥーさんまで」
「やってみて! 絶対聞こえるんだから!」

 2人の許可を貰って試してみる。
 精霊光の眩しさと、精霊達の猛突撃に耐えて精霊乱舞が終わるのを待つ。10分ほどで、俺の周りを精霊達が繭のように囲む。良く見ると空中に静止しているのでは無く、ゆったりと一定距離を周回しているようだ。

 ふむ、何も聞こえないけどな。
 これはアイアリーゼさんの思い込みかな?

 そのまま精霊達から漏れる微小なマナを受ける。
 これは有意の信号なのだろうか? そう認識した瞬間に、何かがカチリと嵌るような感覚と共に、小さな小さなざわめきが聞こえてきた。

 確かに何かを伝えようとしてきているが、残念ながらそれ以上は判らなかった。100メートル先の雑踏の声を聞き分けようとしているみたいな感じだ。スキルも取得できなかったし、精霊の声を聞き取るには、何か条件とかがあるのかもしれない。

「何かを言っているみたいですけど、何を言っているかは判りませんでした」
「そうなのよ! 一度で良いからお話ししたいわ」
「サトゥーさん、冗談とかでは無くですか?」

 困惑気味のルーアさんに、冗談じゃない旨を伝えておいた。





 さて、精霊使役の方は、残念ながらダメダメだった。
 予想はしていたけど、呪文の詠唱と同じく、精霊使役も詠唱が上手くいかなかったのだ。

 一度、見本を見せようとするアイアリーゼさんのポカミスで、ルーアさん諸共ずぶ濡れになったが、その時に精霊魔法スキルが手に入ったので特に文句は無い。ルーアさんに怒られてショボンとするアイアリーゼさんが可愛かった。

「そういえば、この精霊光って、どういう理屈で強弱が変わるんですか?」
「さあ?」
「ちょっと、アーゼさま」

 頬に指を当てて首を傾げるアイアリーゼさんにルーアさんのツッコミが入る。説明はルーアさんがしてくれた。

「人の場合は、魔力総量の違いと言うわけでも無いですし、実はあまり良く判っていないんですよ。地脈なんかの場合は、流れの濃いところからは強めの光が漏れていますね。源泉付近は特に激しく光っています」
「そうだったわ。たしか、そこの滝つぼの底も源泉の一つよね」

 え?!
 アイアリーゼさんの言葉を聞いて思わず視線を落とす。確かに精霊視を有効にすると滝つぼの底から光が漏れている。
 水が濁っているというわけではないのに、それほど強い光では無い。

「源泉と言ってもピンキリですからね」

 オレの落胆するような表情を見たのか、ルーアさんからフォローするような言葉が出た。

「そういえば、源泉って何なんですか?」
「地脈の噴出孔かな?」
「そうですね、この大陸だと、竜の谷が破格の規模ですけど、それ以外にも百箇所以上はあります。この滝つぼくらいの小さな源泉だと総数はちょっと把握できていません」

 竜の谷の源泉か、確か支配しちゃっているんだっけ。案外、オレの精霊光はそれが原因かもしれない。ルーアさんの話では、都市や迷宮なんかは、この源泉の上に築かれているものが多いらしい。小さな源泉は、魔物や幻獣の住処になっていたり、魔法使いの塔が建ったりしているそうだ。
 ふむ、この話からするとトラザユーヤの迷路は源泉の上に築かれていそうなんだが、竜の谷と違って支配できなかった。一人が支配できる源泉は一つまでとか制限があるのだろうか?

 ちょっと気になって、後ろの世界樹を精霊視で見てみた。
 樹木本体が眩く輝いている。しかも目を凝らすと、幹の周りから同心円状に光の輪が波紋のように広がって行っている。

「綺麗でしょ?」
「はい、とても。あの世界樹も源泉なんですか?」
「いいえ、違うわ――」
「アーゼさま」
「――あれは、地脈じゃなく、虚空から、って言っちゃダメだったんだっけ?」
「まぁ、サトゥーさんなら構いませんけど、外の世界で吹聴しないで下さいね」

 ルーアさんの言葉に頷く。それを確認したアイアリーゼさんが続きを話してくれた。

「虚空にはエーテルの流れがあるのは知ってる?」
「すみません、無学なもので」
「あら、知らないなら学べばいいのよ。エーテルって言うのは――」

 アイアリーゼさんが、得意げにエーテルの説明をしてくれたが、地水火風の4大元素に続く第5の元素がどうとか、ややこしい話をバッサリカットすると、要は太陽から吹き出る大量のマナを宇宙空間で媒介する物質という事らしい。

「――でね、世界樹は、そのエーテルに枝葉というか根というか、とにかく端末を伸ばして、エーテルの流れからマナを吸い上げる機能があるの。そうして回収したマナを地中深くに送り込んで、大地の地脈を活性化させているのよ。あの世界樹の光は、マナが天から地へと流れる時に漏れた分を精霊達が拾っている姿なの」

 なるほどね~
 巨大な魔法装置といった所か。しかし、アイアリーゼさん。先程までとは打って変わって、説明がずいぶん流暢だった。

「その事を欲の深い者に知られると、ボルエナンを始めとする世界樹のある森を狙う国が跋扈してしまいそうなので秘密にしているのです」

 いわば大出力の太陽光発電ユニットみたいなものだからな。独占したら、凄い事が出来そうだ。2人には絶対に口外しないと約束した。「強制(ギアス)」や「契約(コントラクト)」で縛られても構わないといったのだが、「そこまでしなくていいですよ」と苦笑されてしまった。

 結構本気だったんだが、エルフの人達は危機感が薄いのだろうか?
 そう思ってルーアさんに確認してみた。

「本当に、世界樹を私物化して世界を破滅させようとしたら、神々から天罰が落ちますから最悪の事態は無いと思いますよ」

 そういえば、神様が実在する世界でしたね。

 でも、まあ、誰にも口外はしないように注意しよう。そう心に刻み込んだ。
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