8-6.工房見学と博物館(2)
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。初めて見たときに豆腐ハンバーグの存在を信じられませんでした。最近では色々な素材のハンバーグがあるようですが、やっぱり合挽きミンチで作るハンバーグが一番美味しいと思うのです。
◇
もう夕方か。
一体、何人の爺さんや婆さんの腰痛マッサージをしたのだろう。皆感謝してくれていたからやりがいはあったのだが、もう少し加減してほしかった。
「野戦病院は終わったみたいね。こっち、こっち来て」
美術品や宝物類を見学に行っていたアリサとナナが戻ってきた。2人に手を引かれてヤマト展の方へ行く。夕方になったせいか人が殆どいない。
「ござる~」
「ゴザルなのです!」
新撰組っぽい羽織を着たポチとタマが日本刀を模した木刀を持ってポーズを付けている。
「ふふん、似合うでしょ。コスプレコーナーというかお土産コーナーで買ったのよ」
「アリサ、無駄遣いは感心しませんよ」
リザが叱っているが、アリサの小遣いはムーノ男爵領でニナさんから支払われた給料だ。「奴隷の持ち物も主人の物」という感覚はどうも慣れない。
日本刀の展示コーナもあったが、「古代の剣」扱いのようだ。普及はしなかったみたいだ。
刀の展示コーナの中央に、ヤマトさんの佩剣という聖剣クラウソラスの模型が飾られている。
長さ2メートル近い大剣だ。前の世界のクラウソラスは片手剣だった記憶があるのだが、ゲーム知識だからあてにならない。
この剣を使いこなしていたとなると、ヤマトさんは意外に大柄な人だったのかもしれないな。
剣の模型の後ろに幅3メートルもの巨大な絵画が飾られている。
城の上に立つ金色の肌の魔王と立ち向かうヤマトさんの絵だ。竜の背中に乗って聖剣を振るう姿が描かれている。ヤマトさんがちょっと小さいが、魔王と竜が大きいから仕方ないのだろう。
剣が何本も空中に浮いているように描いてあるのは、絵師の創作なのだろう。アニメにでも出てきそうなシーンだ。
「竜に乗る人族などありえません」
「え~、竜騎士とか萌えるじゃない」
リザが竜に乗るヤマトさんを見て、やや不快そうだ。鱗族は竜を神聖視しているのかもしれない。
アリサの「もえる」が「燃える」じゃないのは何となくわかった。アリサの横でミーアがウンウンと頷いているが、頷いている理由を追求するのは止めておこう。
アリサ、文化ハザードは、ほどほどにね。
生前の衣装を展示するコーナに行く手前で、閉館を知らせる係員の人が回ってきたので見学を切り上げた。時間があったら、また来よう。
先に見物していたアリサによると、色々なコスプレ衣装があったそうだが、それはコスプレじゃなくてそういう時代の人の服だと思う。
◇
伯爵邸に戻ると、置いてきぼりにされたカリナ嬢に絡まれたが、ポチ達とお揃いの新撰組の羽織と鉢巻のお土産をプレゼントしたら、あっさりと許してもらえた。現金な人だ。
今晩はオレが料理を担当すると伝えるとカリナのメイド隊から歓声が上がったが、豪勢な料理を作る気もないので、あまり喜ばれても困る。
ポチの魚嫌いを治すためにも、今日は魚料理だ。
「どうかしら、アリサが着付けてくれたのだけど、似合うかしら?」
「とてもお似合いですよ」
わざわざ調理場まで羽織姿で現れたカリナ嬢に、適当な返事を返しておく。そんなにポチ達とお揃いなのが嬉しいのだろうか。
魚を捌いてすり身にしていく。
昨日の炊き出しの団子を見ていて思いついた、魚肉のハンバーグだ。魚だけだと淡白な味になりそうなので、隠し味に山羊の脂身を少し混ぜる。繋ぎに使う卵の在庫が心もとないな。カリナのメイド隊がヒマそうだから卵の買い付けを頼むとしよう。
「ご主人さま、油が煮えました」
ルルにイモを揚げていって貰う。ハンバーグといえばポテトが無いとね。
ついでにニンジンのグラッセを手早く作る。イモにイモが重なるがマッシュポテトも付けてみよう。続いて前に買ったアスパラモドキも添える。
ソースはグルリアンの料理長さんに分けてもらったウスターソースっぽいものだ。レシピも教えて貰って自作したのだが、熟成させる必要があるそうなので当分使えない。なので、今回はもらい物をそのまま使う事にした。
「ポチ!」「タマ!」
ハンバーグを見た2人がお互いの名前を呼び合って抱き合っている。そんなに嬉しいか? そういえば前に普通の肉で作った時も大喜びしていた気がする。あの時はソースがなかったから、醤油ベースのなんちゃってソースだった。
食事が始まる前にハンバーグの御代わりが無いと伝えてあるので、みんな味わって食べている。
「うみゃ~」
「前のと違うけど、美味しいのです」
「美味しい~♪」
概ね好評のようだ。
「この料理は初めて食べますわ」
「カリナ様でも食べた事がないような高級料理が食べられるなんて!」
「エリーナ、食事中にはしたないですよ」
カリナ嬢やメイド隊の口にもあったようだ。初回はオレが誘ったのだが、いつの間にかメイド隊も一緒に食べるようになっていた。
「ポチ、美味しかったかい?」
「はい、なのです!」
「本当に?」
「ほんっっ、とーなのです!」
ポチが「ほん」で体を縮めて「とー」で体を伸ばして全身で美味しかった事を表現してくれる。可愛いが、ここで事実を伝えなければ。
「ポチ君」
「はい、隊長」
隊長なのか。
「重大な報告があります」
「あい」
なぜ敬礼だ。
「そのハンバーグの材料は、サカナです」
「サッカーナの肉なのです?」
小首を傾げるポチ。なぜ変なイントネーションを使う。
「だから肉じゃなくて魚なんだよ」
「う、ウソなのです! ご主人様が意地悪なのです」
「ポチちゃん、嘘じゃないのよ。私も横で見ていたから。確かに魚のすり身から作っていたわよ」
「が~ん、なのです」
両手を地面について落ち込むポチ。なぜそこまでショックを受ける。
タマが落ち込んだポチの肩をポンポンと叩いている。
「ポチ」
「タマぁ」
タマが指をグッと立てて言葉を続ける。
「美味しいは~正義!」
「!」
タマの言葉にポチは愕然とする。
なんとなく小芝居臭いので、アリサの方をチラリと窺うと目線を逸らされた。やはり黒幕はお前か。
「タマは正しいのです。美味しいモノは最高なのです!」
顔を上げたポチが何かを悟ったような表情で空を見上げている。屋内なので天井のシャンデリアが見えるだけだとは思うが誰も突っ込まない。
とりあえず、ポチの魚への苦手意識はマシになったようだ。魚料理のたびにオレやルルに骨取りを頼んでくるが、嫌がる事は無くなった。
◇
「アリサ、この本を読むか?」
「ん~? トルマのオッサンと一緒に買ってきた本? 光の中級書とかでもあったの?」
食後にソファーで寛いでいる所に、アリサがお風呂に誘ってきたので、興味を逸らす方向に持っていった。ここのお風呂は一人用の浴槽なので乱入されると寛げないのだ。
「こ、これは!」
アリサに見せたのは光の中級魔法の魔法書に、爆裂魔法、破壊魔法の魔法書と解説書だ。
「くぅ、これで髪の毛を桃色に染めたらヒロインだってばっちりよ」
はいはい。
ついでに呪文しか載っていないが空間魔法の魔法書も出す。
「こっちは何? 随分と管理の悪そうな本だけど……」
呪文を目で追うアリサの表情が険しい。
「ねえ、まさか、空間魔法だったりしない?」
「そうだよ」
「かんっ、たんっ、に。言うな~~~」
やたら言葉に力をこめて「うがー」とばかりに吼えるアリサの姿に若干引く。
「確かに珍しいけど、空間魔法の使い手自体はそれなりにいるだろう?」
今までの街を見る限り、影魔法が一番レアだ。ゼン以外の使い手は見た事が無い。
爆裂、破壊、精神魔法が次点で、リーングランデ嬢やアリサなんかの他には魔族や魔王しか使い手が居なかった。
死霊、召喚、空間魔法がその次くらいに少ないが、大きな都市には数人くらいいた。
「何言ってるの! 空間魔法よ空間魔法! チートの定番じゃない!」
「転移魔法とかがあれば便利だとは思うが、空間魔法を覚えられるほどスキルポイントがないだろう?」
アリサの興奮度に少し引いてしまう。
喜んでいるところ悪いが、転移魔法があるとしても上級魔法だと思うんだ。
「ふははは、いつからスキルポイントが固定だと勘違いしていた!」
アリサがソファーに仁王立ちになってドヤ顔で見下ろしてくる。
それはビックリだ。
◇
もう夕方か。
一体、何人の爺さんや婆さんの腰痛マッサージをしたのだろう。皆感謝してくれていたからやりがいはあったのだが、もう少し加減してほしかった。
「野戦病院は終わったみたいね。こっち、こっち来て」
美術品や宝物類を見学に行っていたアリサとナナが戻ってきた。2人に手を引かれてヤマト展の方へ行く。夕方になったせいか人が殆どいない。
「ござる~」
「ゴザルなのです!」
新撰組っぽい羽織を着たポチとタマが日本刀を模した木刀を持ってポーズを付けている。
「ふふん、似合うでしょ。コスプレコーナーというかお土産コーナーで買ったのよ」
「アリサ、無駄遣いは感心しませんよ」
リザが叱っているが、アリサの小遣いはムーノ男爵領でニナさんから支払われた給料だ。「奴隷の持ち物も主人の物」という感覚はどうも慣れない。
日本刀の展示コーナもあったが、「古代の剣」扱いのようだ。普及はしなかったみたいだ。
刀の展示コーナの中央に、ヤマトさんの佩剣という聖剣クラウソラスの模型が飾られている。
長さ2メートル近い大剣だ。前の世界のクラウソラスは片手剣だった記憶があるのだが、ゲーム知識だからあてにならない。
この剣を使いこなしていたとなると、ヤマトさんは意外に大柄な人だったのかもしれないな。
剣の模型の後ろに幅3メートルもの巨大な絵画が飾られている。
城の上に立つ金色の肌の魔王と立ち向かうヤマトさんの絵だ。竜の背中に乗って聖剣を振るう姿が描かれている。ヤマトさんがちょっと小さいが、魔王と竜が大きいから仕方ないのだろう。
剣が何本も空中に浮いているように描いてあるのは、絵師の創作なのだろう。アニメにでも出てきそうなシーンだ。
「竜に乗る人族などありえません」
「え~、竜騎士とか萌えるじゃない」
リザが竜に乗るヤマトさんを見て、やや不快そうだ。鱗族は竜を神聖視しているのかもしれない。
アリサの「もえる」が「燃える」じゃないのは何となくわかった。アリサの横でミーアがウンウンと頷いているが、頷いている理由を追求するのは止めておこう。
アリサ、文化ハザードは、ほどほどにね。
生前の衣装を展示するコーナに行く手前で、閉館を知らせる係員の人が回ってきたので見学を切り上げた。時間があったら、また来よう。
先に見物していたアリサによると、色々なコスプレ衣装があったそうだが、それはコスプレじゃなくてそういう時代の人の服だと思う。
◇
伯爵邸に戻ると、置いてきぼりにされたカリナ嬢に絡まれたが、ポチ達とお揃いの新撰組の羽織と鉢巻のお土産をプレゼントしたら、あっさりと許してもらえた。現金な人だ。
今晩はオレが料理を担当すると伝えるとカリナのメイド隊から歓声が上がったが、豪勢な料理を作る気もないので、あまり喜ばれても困る。
ポチの魚嫌いを治すためにも、今日は魚料理だ。
「どうかしら、アリサが着付けてくれたのだけど、似合うかしら?」
「とてもお似合いですよ」
わざわざ調理場まで羽織姿で現れたカリナ嬢に、適当な返事を返しておく。そんなにポチ達とお揃いなのが嬉しいのだろうか。
魚を捌いてすり身にしていく。
昨日の炊き出しの団子を見ていて思いついた、魚肉のハンバーグだ。魚だけだと淡白な味になりそうなので、隠し味に山羊の脂身を少し混ぜる。繋ぎに使う卵の在庫が心もとないな。カリナのメイド隊がヒマそうだから卵の買い付けを頼むとしよう。
「ご主人さま、油が煮えました」
ルルにイモを揚げていって貰う。ハンバーグといえばポテトが無いとね。
ついでにニンジンのグラッセを手早く作る。イモにイモが重なるがマッシュポテトも付けてみよう。続いて前に買ったアスパラモドキも添える。
ソースはグルリアンの料理長さんに分けてもらったウスターソースっぽいものだ。レシピも教えて貰って自作したのだが、熟成させる必要があるそうなので当分使えない。なので、今回はもらい物をそのまま使う事にした。
「ポチ!」「タマ!」
ハンバーグを見た2人がお互いの名前を呼び合って抱き合っている。そんなに嬉しいか? そういえば前に普通の肉で作った時も大喜びしていた気がする。あの時はソースがなかったから、醤油ベースのなんちゃってソースだった。
食事が始まる前にハンバーグの御代わりが無いと伝えてあるので、みんな味わって食べている。
「うみゃ~」
「前のと違うけど、美味しいのです」
「美味しい~♪」
概ね好評のようだ。
「この料理は初めて食べますわ」
「カリナ様でも食べた事がないような高級料理が食べられるなんて!」
「エリーナ、食事中にはしたないですよ」
カリナ嬢やメイド隊の口にもあったようだ。初回はオレが誘ったのだが、いつの間にかメイド隊も一緒に食べるようになっていた。
「ポチ、美味しかったかい?」
「はい、なのです!」
「本当に?」
「ほんっっ、とーなのです!」
ポチが「ほん」で体を縮めて「とー」で体を伸ばして全身で美味しかった事を表現してくれる。可愛いが、ここで事実を伝えなければ。
「ポチ君」
「はい、隊長」
隊長なのか。
「重大な報告があります」
「あい」
なぜ敬礼だ。
「そのハンバーグの材料は、サカナです」
「サッカーナの肉なのです?」
小首を傾げるポチ。なぜ変なイントネーションを使う。
「だから肉じゃなくて魚なんだよ」
「う、ウソなのです! ご主人様が意地悪なのです」
「ポチちゃん、嘘じゃないのよ。私も横で見ていたから。確かに魚のすり身から作っていたわよ」
「が~ん、なのです」
両手を地面について落ち込むポチ。なぜそこまでショックを受ける。
タマが落ち込んだポチの肩をポンポンと叩いている。
「ポチ」
「タマぁ」
タマが指をグッと立てて言葉を続ける。
「美味しいは~正義!」
「!」
タマの言葉にポチは愕然とする。
なんとなく小芝居臭いので、アリサの方をチラリと窺うと目線を逸らされた。やはり黒幕はお前か。
「タマは正しいのです。美味しいモノは最高なのです!」
顔を上げたポチが何かを悟ったような表情で空を見上げている。屋内なので天井のシャンデリアが見えるだけだとは思うが誰も突っ込まない。
とりあえず、ポチの魚への苦手意識はマシになったようだ。魚料理のたびにオレやルルに骨取りを頼んでくるが、嫌がる事は無くなった。
◇
「アリサ、この本を読むか?」
「ん~? トルマのオッサンと一緒に買ってきた本? 光の中級書とかでもあったの?」
食後にソファーで寛いでいる所に、アリサがお風呂に誘ってきたので、興味を逸らす方向に持っていった。ここのお風呂は一人用の浴槽なので乱入されると寛げないのだ。
「こ、これは!」
アリサに見せたのは光の中級魔法の魔法書に、爆裂魔法、破壊魔法の魔法書と解説書だ。
「くぅ、これで髪の毛を桃色に染めたらヒロインだってばっちりよ」
はいはい。
ついでに呪文しか載っていないが空間魔法の魔法書も出す。
「こっちは何? 随分と管理の悪そうな本だけど……」
呪文を目で追うアリサの表情が険しい。
「ねえ、まさか、空間魔法だったりしない?」
「そうだよ」
「かんっ、たんっ、に。言うな~~~」
やたら言葉に力をこめて「うがー」とばかりに吼えるアリサの姿に若干引く。
「確かに珍しいけど、空間魔法の使い手自体はそれなりにいるだろう?」
今までの街を見る限り、影魔法が一番レアだ。ゼン以外の使い手は見た事が無い。
爆裂、破壊、精神魔法が次点で、リーングランデ嬢やアリサなんかの他には魔族や魔王しか使い手が居なかった。
死霊、召喚、空間魔法がその次くらいに少ないが、大きな都市には数人くらいいた。
「何言ってるの! 空間魔法よ空間魔法! チートの定番じゃない!」
「転移魔法とかがあれば便利だとは思うが、空間魔法を覚えられるほどスキルポイントがないだろう?」
アリサの興奮度に少し引いてしまう。
喜んでいるところ悪いが、転移魔法があるとしても上級魔法だと思うんだ。
「ふははは、いつからスキルポイントが固定だと勘違いしていた!」
アリサがソファーに仁王立ちになってドヤ顔で見下ろしてくる。
それはビックリだ。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
8-7.夜間訓練
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。最近はオンライン上にセーブデータがある上に自動で保存されるので、昔のようにリセット技が使えなくなって、少し寂しく感じます。リセットって、何かいいですよね。
◇
「どういう事だ? まさかリセットできるのか?」
「できるわよ? 言ってなかった?」
勿論初耳だ。
スキルポイントは盛大に余っているが、レベルアップの目処が立っていない以上はリセットの有無は重要だろう。
「どうやるんだ?」
「スキルリストにある『リセット』を取得して実行するのよ。ユニークやギフト以外のスキルを、全てポイントに戻してくれるの」
なんて便利な。
そしてなんて理不尽な。リストから選べないオレには縁のないスキルなわけだ。
「ちょっと、そんな顔しないでよ」
相変わらず無表情スキルをモノともしないヤツだ。
「リセットって言っても万能じゃないんだからさ」
万能だったら、それこそ戦うシーン毎にスキル構成を変更できるじゃないか。そういえば「エスパー瀬野たん」とかいうアニメでも似たような事をしてたな。
「1回使うと5~20%のスキルポイントがロストするのよ。それも回復手段無しで」
オレが使えるとしても155~620ポイントもロストするのか、代償が大きすぎるな。アリサがこれまで使わなかったのも判る。
「あとね、コレを使いたくない理由があるんだ~」
何かと聞いたら「超、痛い」と答えられた。
なら、こんな場所でリセットしたら近所迷惑だな。鎮痛剤を用意しようとしたんだが、サガ勇者情報で、薬を使うとロストするポイントが増えた記録があったそうだ。
「騒いでも大丈夫な場所に心当たりない?」
「ちょっと待て」
覚えたての風魔法、密談空間を発動する。
これで、数時間は外に音が漏れることは無い。
「密談空間の魔法を使った。これで音が漏れることは無い」
「なら、エッチな事もし放題ね」
「解除するぞ?」
アリサのやつは本当にブレないな。
◇
憔悴するアリサを膝枕で寝かせる。
リセットスキルを実行する時に、アリサの希望で膝の上にダッコして抱きしめていたのだが、絶叫だけでなく背中に爪を立てて、腕の中で暴れまわっていた。紫色の髪が白く脱色してしまわないか心配したが、杞憂だった。リセットが終わると同時に力が抜けて気を失ってしまったので、膝枕してソファーに寝かせたのだが……。
「アリサ、セクハラするなら膝枕を止めるぞ?」
アレだけ痛がっていたくせにタフなものだ。寝返りを打つふりをしながら微妙なポジションに移動しようとするくらいだ。
「それで、上手くいったのか?」
「ま~ね、ちょいポイントが足りなかったけど、精神魔法と光魔法の代わりに、空間魔法レベル6をゲットしたわよ」
やり遂げた感のアリサだが、先に釘を刺しておかなくては。
「アリサ、命令だ。緊急時以外の風呂場への乱入や着替えを覗くのは禁止する」
「ぐはっ、せめて、せめて現行犯で捕まえてからにしてよ。乙女のちょっとした御褒美があ~~」
やはり考えていたのか。
◇
思う存分魔法が使いたいというアリサの要望を受けて、地下の迷宮跡地へ向かう。出かける事はリザに伝えておいた。
本来の転移装置やオレが掘った縦穴のある場所には、公爵の配下が張り込みをしているので、別の場所から地下迷宮への通路を作る。
「王様の耳はロバの耳」
気持ちはわかるが、巡回中の警備兵がいたらどうする。もちろん、いないけどさ。
「バカな事やってないで行くぞ」
アリサを抱えて下に下りる。繋がっている先は、魔王と戦ったフロアではなく、別の場所だ。
「はあ、死ぬかと思った」
失礼な。ちゃんと速度調節したのに。
ここだと大きい魔法を使って地上に影響がでたら怖いので、3層ほど下に潜る。
「ここって、何なの? 迷宮っぽいけど、魔物も居ないし」
「迷宮の遺跡だよ」
「へ~、本当に魔王でも出そうね」
ん?
何を言っている?
「昨日言ったろ? 魔族狩りのついでに、ポップしてた魔王を一緒に退治したって」
アリサも「おつ~」とか「アンタも大変ね~」とか言ってた癖に。
「え、マジだったの?」
「大マジ」
「うそ~ うそよ、本当なら称号が『真の勇者』になるはずじゃない!」
良く知ってるな。
せっかくなので、ナナシ勇者スタイルになって称号を「真の勇者」にする。カツラの補充をしていないので、黒髪のままだ。今度買いに行かねば。
「うあ、本当だ。どーやって倒したの? って聖剣に決まってるか」
実際に止めを刺したのはガラティーンだが、一番活躍したのはデュランダルなので、それを見せてやる。
返そうとしてくるアリサに、そのまま持っているように告げた。
「もう魔王は倒したし、アリサに預けるよ。他にも武器は沢山あるから、大丈夫だ」
何かあった時の保険に、1本くらいアリサに預けようと思ったのだが、アリサは違う解釈をしたのか必死に俺に詰め寄ってきた。
「まさか、神様から送還のオファーが来たんじゃないでしょうね」
なんの事やら。
「勇者が魔王を倒して『真の勇者』になったら、送還されるかこのまま勇者としてこの地に残るかを、神様に聞かれるらしいのよ。そこで『帰る』と答えたら、元いた世界に送り返されるっていう話なの」
「心配しなくていいよ、もし神様から元の世界帰るか聞かれても、当分はこちらにいるよ」
アリサやポチ達が、魔族に勝てるくらいに強くなってからじゃないと安心して元の世界に帰れない。
それに、普通の勇者召喚じゃない以上、本当にオレが元の世界に帰れるかわからないしな。もし、チャンスが1度と言われたら、オレ自身の代わりに家族に手紙を届けて貰おう。「元気だ」と書いておけば何となく許してくれそうな気がする。オレと違って暢気な家族だから大丈夫だろう。
「そ、それって……」
おっと、勘違いしたアリサが頬を染めているので、バカ話にしてしまおう。
「まだ、この世界の観光が終わってないからな」
「へっ?」
怒ったアリサにポカポカ叩かれたが、コレくらいは甘んじて受けよう。
◇
「何かレアドロップなかったの? 魔王核とか?」
本当にありそうだが、「魔王核」というのは存在しないらしい。
「大したモノは無かったよ。魔王の使っていた柳葉刀が2本あるんだけど巨大すぎて人間サイズだと使えない。それに1本は折れてるしね。他には、『自由の翼』の所持品らしき悪魔召喚の魔法書や例の短角を召喚するための特殊魔法陣とか、あとは雑多な小物だな」
貴族の持ち物だけあって、小物はそれなりの金額で売れそうなモノがあったが、盗難の疑いが掛けられそうなので、鋳潰して材料にさせて貰おう。
元々の回収目的だった短角も沢山あるが、わざわざ言うまでもないので省略した。
「悪魔召喚って、ケータイとかノートPC使うんじゃないでしょうね」
「ソレは無いよ」
ただ、魔王復活の儀式や、上級魔族の召喚方法なんかが載っているかなり危ない本なので、死蔵するつもりだ。焼いてもいいのだが、呪文の中身が他の魔法に応用できるかもしれないので取ってある。
初級魔法はアリサと一緒に試したが、中級以上はアリサと一緒だと危ないので、一人で別の巨大フロアに移動して試した。さすが、鍛冶用と違って本物の戦闘用の魔術だ。威力がシャレに成らない。
街中だと、爆裂魔法の「爆縮」や威力が低めの光魔法の「光線」くらいしか使えそうに無い。トルマの実家で、もうちょい使い勝手のいい呪文を巻物にして貰おう。
「おかえり」
迎えてくれたアリサは、床に引いたクッションの上でぐったりとした姿勢だ。
さすがに疲労困憊状態のようだ。甘い匂いがしているから魔力回復薬を飲みながら魔法のテストをしていたんだろう。
「どんだけ激しい魔法使ってるのよ。迷宮が崩落するんじゃないかってビクビクしてたわよ」
おかしい。
かなり離れていた上に、覚えたての結界魔法で内壁を覆っていたのに。
「すまない、静穏性が足りてなかったみたいだ」
「もういいわよ。もう、驚いてなんかあげないんだから」
つまり驚いていたわけか。
「それより、こういうの作ってくれない?」
アリサに頼まれて魔法書に書いてあった刻印板というのを作る。中級までの魔法書にある唯一の転移魔法に必要で、転移先の目印に使うものなのだそうだ。
「一人で貿易とか出来そうだな」
「無茶言わないでよ。せいぜい数キロしか届かないわよ。スキルレベルが上がっても一緒に転移できる人数が増えたり、消費MPが減るくらいの特典しかないみたい」
今のところ一緒に跳べるのはアリサ自身ともう一人くらいらしい。しかもそれだけ跳ぶと魔力が殆ど尽きてしまうらしい。燃費は悪そうだ。
「本当の緊急時なら『全力全開』も併用して全員で脱出できそうよ」
おお、それは何よりだ。
魔力付与台で仕上げの終わった数枚の刻印板をアリサに渡す。これ1枚で銀貨2枚分くらいのコストがかかるので、空間魔法使いは金欠になりそうだ。
せっかくなので、刻印板の1枚をこの場所に隠して設置しておいた。
作中では省略しましたが、刻印板を作る時に製作者名が残らないように、ナナシで作っています。
作中に「魔王がポップする」という表現がありますが、「魔王が出現する」という意味のゲーム用語です。
よくある質問の回答や幕間未満のショートストーリーなども活動報告の方に書いてあるので良かったらご覧下さい。
8-8.トルマ邸にて
※2015/4/4 誤字修正しました。
サトゥーです。日本人の家はウサギ小屋と評される事がありますが、一人暮らしだと1LDKで十分だと思うのです。広すぎても掃除や片付けが面倒ですからね。
◇
「今度は何を作ってるの?」
「ワイヤーだよ」
今日の工房見学は午後からの予定なので、暇な時間を工作に費やしている。ワイヤーと言っても、単なる鋼糸ではない。麻糸に魔液を絡めた物と縒り合わせる事で、任意に動かす事が出来るようにしたものだ。なかなか自在に動かせないので、編み方を考えた方がいいかもしれない。
さっきから膝の上のタマがワイヤーに絡んでくるので、なかなか作業が進んでいない。ミーアに頼んで毛糸で釣って貰うのだが、ワイヤーの方が楽しいみたいだ。
ミーア、飽きたからと言って、タマと一緒になってワイヤーに絡むのは止めてくれ。
「ふっふっふー、何を作ろうとしてるかわかったわ!」
ほう?
「ズバリ、蛇腹剣ね!」
なんだ、そりゃ?
ワイヤーと何の関係があるのやら。
「普通にワイヤーとして使うつもりなんだけど?」
「えー、詰まんないー」
アリサのいう蛇腹剣は、とあるアニメに出てきた武器で、剣をぶつ切りにしてワイヤーで鞭状にしたり剣に戻したりできる空想武器なのだそうだ。三節棍みたいなものだろう。
およそ実用的な品物には思えない。
アリサにそういったら「ロマンなのよ」と返された。ロマンなら仕方ないな。
もっとも、任意に操作できるワイヤーも術理魔法にある「理力の手」や「理力の糸」があれば不要になりそうなので人の事はいえないかもしれない。
◇
午後からの工房見学が思ったより早く終わってしまったので、先日約束したトルマ邸へ顔を出しに行く事にした。
随行者は、ナナとアリサ、それから何故かカリナ嬢とメイドのピナを含めた4人だ。ポチとタマが来たがらなかったのは当然として、他の皆もトルマには会いたくないそうなので置いてきた。えらく嫌われたなトルマのおっさん。
リザはついて来ると言っていたが、ルル達に護身術を教えてやって欲しいと頼んで置いて来た。へたに連れて行っても不快な思いをさせる可能性が高いからね。
そうしてやってきたトルマ邸だが、シーメン子爵邸の敷地内にある離れという話だったので、3LDKくらいの小さな家を想像していたのだが、オレ達が借りている館なんて目じゃないくらいの豪邸だった。トルマ邸の近くの勝手口からお邪魔したので本邸は見ていないが、きっと立派な建物なのだろう。
儲かってるなシーメン子爵。いや、代々の権勢の賜物と考えるべきだろう。
「ご無沙汰しています、ハユナさん」
「お久しぶりです、サトゥーさん。あら、サトゥーさんなんて呼んじゃダメよね。爵位を賜ったのだから家名で呼ばないといけないのかしら」
久々に会ったハユナさんは、気安さはそのままに貴族の奥方然とした衣装に身を包んでいた。けっして華美ではないが、品の良い高級な仕立てだ。マユナちゃんは乳母っぽい中年メイドさんがあやしている。
「幼生体よ、わたしは帰ってきました」
ナナがマユナちゃんを指でつつくと、小さい手で、その指をキュと掴む。その仕草に、ナナの表情がとろけそうな感じになっている。
一方、その様子を興味深そうに見つめるカリナだが、決して赤ん坊に近づこうとしない。
「カリナ様も抱いてみますか?」
ハユナさんがそう水を向けてくれるが、カリナ嬢は、フルフルと首を横に振るばかりだ。そういえば、トルマの前だと大人しいな。案外、初恋の相手だったりするのかもしれない。
◇
「カリナ様は、歌劇場は行きましたか?」
「いえ、なかなか機会が無くて……」
「是非、行くべきですよ。妖精シリルトーアの奇跡の歌声は一度聴いておくべきです!」
「へー、妖精ってエルフ?」
「妖精の区別はつかないけど、たぶんエルフだと思うわ」
オレ達は、テラスで軽食とお茶を摂りながら雑談をしている。
借りてきた猫状態のカリナに気を使ったハユナさんがいろいろと話題を振っているが、なかなか合わないようだ。ハユナさんが空回りしないようにアリサがフォローしている。もちろん、ナナは、赤ん坊に夢中だ。
「そうだ、サトゥー殿」
「何でしょう?」
この後のトルマが何を言おうとしたのか、それは永遠に謎のままとなった。
植え込みを掻き分けて現れた彼女が場の空気を染め替えたからだ。
「あら、トルマ兄さん、駆け落ちしたって聞いてたけど、帰ってたの?」
「やあ、リーン、久しぶりだ。すっかり綺麗になったね」
現れたのはリーングランデ嬢だった。トルマの事を兄と呼ぶのは幼少の頃の癖らしく、実際は従兄弟らしい。今日は鎧や大剣は持って来ていないようだ。赤い騎士服っぽい衣装に細剣を下げている。しかし、登場の仕方から見て誰かに追われていたのかな?
「トルマ兄さん、悪いけどしばらく匿ってくれないかしら」
「いいとも。リーンの頼みを断った事なんてないだろう?」
「ありがとう、兄さんはいつも頼りになるわ――」
トルマに親しげに礼を言いつつ、周りの人間に目を配るリーングランデ嬢だが、オレを視界にいれるなり、眦を決して詰め寄ってくる。
「あなた、セーラに言い寄った挙句に、今度は外堀から埋めるつもりですの?」
言いがかりも甚だしい。大体、セーラの説明で誤解が解けたはずなのに。
アリサがチラリと視線を送って来るが、口を挟まないようにジェスチャーで抑える。
「恐らくセーラ様の事を仰っているのでしょうが、下町の炊き出しの手伝いでお会いしただけですよ」
オレが根も葉もない誤解だと伝えるのだが、KYな彼はやはり要らない事を言う。
「サトゥー殿の狙いは、セーラだったのか、てっきりムーノ領から連れてきているからカリナと結婚するつもりだと思ってたんだけど。8人もいてまだ足りないのか、若いっていうのは羨ましいね」
「トルマ兄さん、今の話は本当ですか?」
「うん? 大体本当だよ」
オッサン、誤解を生むような発言は控えて欲しい。8人って、カリナ嬢を数に含めるのは止めてください。
「可愛いセーラを9人目の愛人にですって? 許せないわ」
「え~っとリーングランデ様? 何度もいいますが、誤解ですよ?」
彼女は細剣を抜いてこちらに突きつけてくる。
「言い訳無用。一度、性根を叩きなおしてあげるわ。それとも、その腰の剣は飾りかしら?」
飾りなんだけど。
そう言ったら怒りそうだ。言わなくても怒りそうだけどね。
アリサはニヤニヤ笑いを噛み締めて「やっちゃえば~?」とか無責任に煽っている。ハユナさんは状況が良くわからなくて困り顔だ。ナナはキリッとした顔で「マスター、御武運を」と言った後、赤ん坊の相手に戻ってしまった――信頼されていると思おう。
こういうときに一番に絡んできそうなカリナが静かだ。まだ猫を被っているのかと思ったら、何やら険しい顔をしている。小声で「リーングランデ? 従姉妹のリーン? アレが勇者の仲間になった天才魔法使い?」とかブツブツ言ってる。これならいつもみたいに「勝負ですわ」とか言われた方がマシだ。
何か確執があるみたいだから関わらないでおこう。
「判りました、力不足ですが一手ご指南頂きます」
仕方ない。
せっかくだから、戦い方を教えて貰おう。魔王にもバカにされた所だから丁度いいだろう。
彼女の立つ中庭に進んで妖精剣を抜くと、リーングランデ嬢やハユナさん達が息を呑む。「綺麗」と呟いたのは誰だったのだろう。
魔力は篭めず、軽いままの状態の妖精剣を揮う。
リーングランデ嬢の細剣が、予備動作無しに突き出される。頬を掠めるコースだ。軽い細剣だけあって、その突きは素早い。
それを下段に構えた妖精剣で軽く払う。
妖精剣が触れるより早く引き戻された細剣を抱き込むようにして、妖精剣を振り上げて無防備になったオレの懐に潜り込みながら、細剣を突き上げてくる。
ちょっとリーングランデ嬢? それって心臓を貫くコースですよね?
寸止めするつもりだとは思うが、セーラ嬢に付きまとう虫は死んでもいいとか考えてそうで怖い。
妖精剣を持つのとは逆の手で短杖を抜きつつ、細剣を捌く。もちろん、短杖で細剣を受け止めたら、短杖なんて簡単に斬り飛ばされるが、とっさの動きで短剣に見えたらしく、リーングランデ嬢が細剣を引き戻して距離を取る。
「ふむ、なかなかやりますわね。伊達にミスリルの剣を持っているわけではなさそうね。バレバレの視線で素人の振りをしたのね。まさか次の手の布石だとは思いませんでしたわ」
そうか視線か。気にしてなかったな。
その後の数合で視線を利用したフェイントなんかの使い方や、呼吸の読み合いなんかのスキル外の技を色々と学ばせて貰った。
誤解されるのも、たまには良いものだ。
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よくある質問の回答や幕間未満のショートストーリーなども活動報告の方に書いてあるので良かったらご覧下さい。
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8-9.トルマ邸にて(2)
※9/1 誤字修正しました。
サトゥーです。物語では狂犬のような人物が良く出てきますが、元の世界では学生時代にしか見た事がありません。年とともに丸くなるのでしょうか。異世界では丸くなる前に淘汰されそうな気がします。
◇
「ほう、白銀の戦乙女ともあろう者が、子供の遊び相手ですかな?」
せっかくのリーングランデ嬢の剣術教室に乱入してきたのは、白い鎧を来た3人の騎士達だ。彼らはシガ王国の国王配下の聖騎士で、年配の男性と二枚目半の青年は「シガ八剣」という称号を持っている。二枚目半の青年は、名をシャロリック・シガ。シガ王国の第三王子だ。
ところで子供って、ひょっとしてオレの事なのだろうか?
「シャロリック王子、臣下の家とは言え他家の庭に無断で立ち入るとは礼儀がなっていないのではありませんか?」
「リーングランデは、硬いな。やあ、シーメン子爵の弟の――」
「トルマと申します。殿下」
言いよどむ王子にトルマが補足する。
オッサンは、こういう空気は読めるんだな。ある意味、貴族らしい。
王子が気負った様子もなく「お邪魔するよ」と声をかけ、トルマも当たり前のように了承してしまった。
それにしても、リーングランデ嬢に用があるのはわかるんだが、こいつら何しに来たんだろう?
「少しリーングランデに用があるのでね。君達、席を外してくれ」
依頼っぽく言ってるけど、命令だよね。
「殿下、申し訳ありませんが、ここは私の館で、彼女は私の従姉妹です。相手が殿下といえど、未婚の女性と2人きりになるのは避けられた方がよろしいかと」
「ふん、婚約者と2人きりになって何が悪い」
「婚約なら7年も前に解消したはずですわよ」
さて、このややこしい現場から退散したいんだが、どうするかな。
「殿下、面倒な問答なんてせずに、こうすればいいんだよ」
今まで空気だったやんちゃそうな顔の聖騎士の少年が片手剣を抜刀しながら斬りかかってくる。
なんだこいつ? 頭がおかしいのか?
踏み込み速度こそ速いがリーングランデ嬢に比べると隙だらけの剣技だ。
「殿下の面前で抜刀したままなんて、謀反の意思ありって事でいいよね」
どんな理屈だ。屁理屈以前に言いがかりレベルだよ。
相手が硬さに定評のあるミスリル合金の剣だったので、妖精剣で受けずに回避する。だが、少年は執拗に攻撃を仕掛けてくる。
戦闘狂か?
「およ? 伊達にミスリル剣を持ってるわけじゃないんだ。あはっ、これを受けられるかな?」
少年が連続攻撃から竜巻のような技を放ってくる。
格闘ゲームか。
流石に面の攻撃を避けると目立ちすぎるので、剣で受けて後ろに吹き飛んだ振りをする。カリナ嬢とハユナさんがオレの名前を呼んで心配してくれる。アリサには体力が減っていないのが判るだろうし、ナナは初めから心配していないようだ。信頼されてるな~。信頼、されてるんだよね?
文字通りラカの力で跳んできたカリナ嬢がオレを抱き上げてくれる。
OH!フカ、フーカ。
「へー、キミも身体強化が使えるんだ? 彼の剣を拾って挑んでくるなら相手するよ?」
オレの剣に手を伸ばそうとするカリナ嬢の手を止める。彼女では勝てない。
「ダメですよ、カリナ様」
一方、トルマが王子を止めようと頑張っている。かなり弱腰だが、頑張れ。
「殿下、彼はムーノ男爵の家臣で爵位持ちの貴族ですよ。その辺で彼を止めていただけませんか?」
「ほう、あの呪われ領に仕えるとは、よほど食い詰めたのだろう」
あれ? 今のセリフにちょっとカチンと来た。我ながら結構、ムーノ男爵やその家臣達を気に入っているのかもしれない。アリサもムカムカした顔をしているが、流石に相手が悪すぎて介入できないようだ。
「我が領土を侮辱するとは、相手が王子でも許しませんわ。ワタクシの一命を賭してでも、前言を撤回していただきますわ」
「ふん、子供に取り入って貴族の仲間入りをしたつもりか? 女は家で大人しく子供でも生み育てていろ」
カリナ嬢は一度も社交界に顔を出していないといっていたから知られていないんだろう。ムーノ男爵令嬢じゃなくムーノ男爵の家臣、つまり木っ端貴族の妻か妾と思われているみたいだ。不憫な。
「ワタクシはムーノ男爵の次女カリナですわ。端女扱いをされる謂れはありませんのよ?」
カリナ嬢がその場に立ち上がって腰に手を当てて毅然と正面から王子を睨め付ける。
オレは地面に落とされた後頭部をさすりながら立ち上がる。
相手が王子だ、ここは静観するのが得策だろう。
「主家を侮辱されては、黙っていられませんね。相手が殿下でも、先ほどのお言葉を訂正していただきますよ」
あれ~?
ここは、静観が正解のはずなのに。オレはカリナ嬢に並んで、そんな言葉を吐いていた。きっと10代の肉体に引き摺られてるに違いない。そういう事にしておこう。
最低限、納刀するくらいの分別は残っていた。王族に剣を向けるとかしたら確実に処罰対象にされそうだ。
「カリナ殿、勝率は限りなくゼロだぞ?」
「ラカさん、女には引けない時があるのですわ」
盛り上がっている2人? だが、相手が王族だから物理的な対決はイカンのですよ。
「相変わらず、女性を子供を産む道具程度に考えているのですね」
リーングランデ嬢が王子とカリナの間に入りながら、怒りに震える声で言葉を搾り出す。
彼女の肩をポンポンと叩いて前に出たのはトルマだ。足が震えている。無理しやがって。
「殿下、そこの彼が言いがかりを付けた相手は、ムーノ市防衛戦の英雄ですよ。ついでにグルリアン市に現れた魔族も倒してましてね、オーユゴック公爵家の賓客として、この公都にいるんですよ。殿下は兎も角、そちらの彼は少し困った立場に立たされるのではないかと」
非難の矛先を王子から、戦闘狂の少年に逸らしたのか。
面と向かって非難されたら王子も引くに引けないだろうからな。
「ふん、仕方ない、ここは引くとしよう。魔王が現れる前に有効な戦力を間引かれては困るからな。
そうだ、トルマと言ったか? 都は王都のみだ。オーユゴック市を公都と呼ぶのは、いささか不敬だぞ」
そんな捨て台詞を残して王子が去っていく。
まさかトルマが、この場を収められるとは思わなかったよ。
それにしても、ここに魔王が現れると確信しているような口ぶりだったのが気になる。まさか、「自由の翼」の黒幕が第三王子とかじゃないよね?
◇
「あの王子様も、武術大会に出場するために来たのですか?」
「いや、違う――よくあの攻撃を喰らって無事で居られたな」
「丁度ポケットに魔法薬が入っていたので」
ポーションの空瓶を振って、誤魔化しておく。
オレの質問に答えてくれたのはトルマだった。
「殿下は大会終了後に開催されるリーンの弟のティスラードの結婚式に出席されるんだと思うよ」
ティスラードとはオーユゴック公爵の孫で、エルエット侯爵の令嬢と結婚するらしい。次期公爵が彼女達の父で、その次代がティスラードなのだそうだ。彼女も、この結婚式に出席する為に帰ってきていたらしい。
「噂では陛下まで御臨席されるそうだよ」
「トルマ兄さん、それは機密事項ですよ。あまり吹聴なさらないでください」
メイドさんがボロボロになったオレの服を気にして着替えを勧めてくれたので、その場を離れた。
それにしても怒涛の展開だったな。
確定事項は、「シャロリック第三王子はリーングランデ嬢を嫁にしたい」「リーングランデ嬢にその気はない」「リーングランデ嬢の弟が結婚する」かな。
未確定事項は、「結婚式には国王陛下が来るかもしれない」「第三王子達は、公都に魔王が現れると確信しているかもしれない」だ。
結婚式に別の魔王が出現しそうで怖いな。
着替え終わってトルマ邸を去る時に、リーングランデ嬢に声を掛けられた。
「アナタ、思ったよりはやるようね。強くなりたいなら、城まで来なさい。公都にいる間に稽古を付けてあげます」
稽古を付けて貰うのは嬉しいが、城とか目立つ場所は嫌だな。
「言っておきますけど、セーラとの仲を認めたわけじゃありませんからね?」
だから、誤解だ。
理不尽な事に「誤解」なのを言葉を尽くして訴えたら、「セーラのどこが不満なのです」と怒られた。支離滅裂な人だ。
アリサが「ツンデレきたー」とこっそり言っていたが、これはツンデレなのか?
◇
「許せませんわ」
「そうですね。アレが第三王子で良かったですよ」
「ホントよね~ 不幸中の幸いだわ」
憤慨するカリナ嬢はオレとアリサの言葉が判らなかったようだ。
「だって、アレが次代の王だったら、暮らし難い国になっちゃうわよ」
「その時は、サガ帝国あたりに引っ越さないといけないな」
オレとアリサはカリナ嬢の気持ちが少しでも上向くように、少しおどけた口調で会話する。
「だ、ダメですわ。サトゥーはお父様の家臣なんだから出て行っちゃダメです」
動揺したように詰め寄るカリナ嬢の言葉が乱れている。近い。カリナ嬢、近いです。そんなに近いと色々当たって――。
ナナの胸も凄いがカリナ嬢のボリュームは別格だ。危うく流されそうになるな。
「きっく」
さっきからウォルゴック伯爵邸の敷地内に入ったところで会話していたのだが、どこからとも無く現れたミーアにキックされた。ぐいぐいとカリナ嬢との間に割り込んで強引に距離を開けている。
ミーアの頭を撫でながら、カリナ嬢に「サガ帝国云々は冗談ですよ」と伝えておく。ちょっと赤面しながら「そ、そうですの、それならいいのですわ」とか言っていた気がする。
◇
その日の晩は、カリナ嬢とメイド達の王子に対する愚痴大会に巻き込まれてしまった。メイド隊の誰かが酒を持ち込んでしまったので、アリサ達は隔離している。あの惨劇をもう一度繰り返すわけには行かない。
そこに監視役としてリザが派遣されて、オレと一緒に酒宴に参加していた。たしかにリザは悪酔いする事は無いのだが、寝ちゃうんだよね。今も綺麗な姿勢で座ったまま眠っている。
メイド隊の若手2人もそうそうに潰れてしまって、オレの膝枕で寝てしまっている。カリナ嬢の据わった目が怖い。
「サトゥー! アナタはもっと私に優しくするべきなのですわ」
「そうです、士爵様は、わたしにお粥を作るべきです」
これだから酔っ払いは。
カリナ嬢とピナの2人は、お互いに言いたいことだけを言い合う状態になってしまっている。たぶん、明日になったら自分達が何を言っていたのか覚えていないだろう。
ラカは賢明にも沈黙を保っている。
オレも見習おうとしたが、「ちょっと聞いているんですの?」とか「士爵さまはツルペタと巨乳とどちらがいいんですか!」とか左右の肩にもたれ掛かられながら絡まれた。片方が気持ちよすぎて跳ね除けられない。
明日からは、酒盛りの誘いは断ろう。
酒の入ったカリナ嬢が色っぽいだけに、この絡まれ方はちょっと辛い。
明日の朝は、お粥をメインに胃に優しいメニューにしよう。
※感想の返信について
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●どうでもいい執筆裏話(興味のある方だけ、どうぞ)
初稿ではサトゥーが戦闘狂の少年の大技に合わせて土魔法で足を引っ掛けて転ばして反撃する内容だったのですが、サトゥーらしくないので変更しました。
第二稿では、完全に静観していたのですが、読み返していてムカムカしたので、彼らしくない行動を少しさせています。人間、己を100%律することなどできないのです。
彼らが、物理的に不幸になるのは8章終盤の予定なのでお楽しみに。
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●どうでもいい執筆裏話(興味のある方だけ、どうぞ)
初稿ではサトゥーが戦闘狂の少年の大技に合わせて土魔法で足を引っ掛けて転ばして反撃する内容だったのですが、サトゥーらしくないので変更しました。
第二稿では、完全に静観していたのですが、読み返していてムカムカしたので、彼らしくない行動を少しさせています。人間、己を100%律することなどできないのです。
彼らが、物理的に不幸になるのは8章終盤の予定なのでお楽しみに。
8-10.公爵城へ
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。学生時代に良く通っていたお店のCMで「食は万里を超える」をいう素敵なキャッチフレーズがありました。どうやら万里どころか世界も超えてしまうようです。
◇
どうして、こうなった。
「士爵様、エビの殻剥き終わりました」
「あ、違うんです、これで一度篩に掛けてください」
「本当にこんな葉っぱを使うんですか?」
「はい、大葉は水にさらしておいてください」
公爵城の厨房で、オレとルルは公爵家の料理人たちと必死でテンプラを作る羽目になっていた。
それは数時間前の事だ――。
◇
「士爵様、公爵様から使者の方がいらしてます」
微笑ましいモノを見たような表情で、シェルナさんが告げる。
居間で舞踏会の衣装合わせという名目で、オレはアリサ達の着せ替え人形の様に、オモチャにされていた。
「何か約束でもしてましたっけ?」
「いえ、本日の予定は、夕方から開催されるお城での舞踏会のみです」
寸法合わせの余禄にペタペタ触ってたアリサを剥がして、ルルが渡してくれたローブに着替える。リザが鏡を見せてくれたが髪は乱れてなかったのでそのまま使者の待つ部屋へ行く。
その部屋で待っていたのは、先日、公爵城で会った執政官補佐さん――では無く、その後ろに控えていた秘書っぽい男性だった。彼が言うには内密に公爵が会いたがっているそうだ。
内密に。
となると、やっぱり、昨日の王子との一件だろう。
まさかと思うがセーラ嬢の事じゃないはずだ。リーングランデ嬢が誤解して騒いでいたとはいえ、彼女はテニオンの巫女だ。名前もセーラ・オーユゴックではなく「セーラ」となっていたから、いわゆる出家して神殿に入っているのだろう。そんな彼女に言い寄ったからといって結婚できるはずもない。それ以前に、手を出す気も無いしね。
念のため使者さんに内容を聞いたが、やはり詳しいことは知らないようだった。
とりあえず、アリサを従者にして城へと向かう。
「アリサ」
「何? 似合うでしょ? 存分に褒めていいのよ~」
ムーノ城のメイドさん達の正装とそっくりなメイド服だ。金髪のカツラも只のツインテールでは無く、ゆるい縦ロールが掛かっている。このあいだヘアアイロンっぽい魔法道具を作れと強請ってきたのはコレがやりたかったからなのか。
「ああ、カワイイ、カワイイ。でも、登城するからコレは外しておいてくれ」
アリサが、隷属の首輪をわざわざ付けていたので外すように言う。最近は付けていなかったはずなのに、どうした?
「メイド服に付けると背徳感急上昇で押し倒したくならない?」
「ならない」
即答すると、「ちえー」とか不平の声を上げて首輪を外した。
まったく、使者の人が別の馬車で良かったよ。
◇
「レオンからの手紙に書いてあったが、卿は剣技や魔術だけでなく、料理にも秀でていると聞いた」
レオンって誰だっけ。
そうそう、たしかムーノ男爵の名前だった。あの人、手紙に何を書いてるかな。
公爵と面会しているのは、先日の部屋だ。今日は隠れた護衛だけではなく、リーングランデ嬢も同室している。
「ふーん、昨日の剣技もなかなかだったけど、魔法も使えるのね。今度、指南するときは魔術と剣術の複合技を――」
「リーン」
「あら、ごめんなさい、お爺様」
シェルナさん情報だと公爵は、孫のリーングランデ嬢に対して甘々らしい。
おまけ情報で、「自由の翼」にセーラを誘拐させていた公爵三男は、尖塔の一つに療養と称して軟禁中らしい。
マップで確認した範囲では、ボビーノ伯爵邸に匿われている貴族出の「自由の翼」の構成員以外は、市外に逃れた数名を除いて城の地下牢に投獄されている。
「そこでだ、今晩の舞踏会で卿の料理の腕を披露して欲しいのだ」
「男爵様がどのように紹介されたかは存じませんが、私の得意なのは庶民的なものばかりで、あまり高級な料理は――」
「そういえばセーラも褒めてたわね、あなた、いつも料理で取り入っているんじゃないでしょうね」
「リーン。客人に絡むために臨席したのなら席を外せ」
「ごめんなさい、お爺様、つい」
公爵には頭が上がらないのかショボンとしている。
「なにも宴席に出す全ての料理を作れというわけではない。レオンの書いていたテンプラという料理だけでも構わん」
「では不肖の身ながら、公爵様の期待に沿いたいと思います」
昨日の第三王子の件には触れられなかったが、公爵の心証を良くしておいた方がいいだろう。味方になって貰えるとは思わないが、敵にはならないでいて欲しい。
第三王子の矛先がオレに向かうなら良いが、仲間の方に向かわれると困るからな。
◇
「ちょいと、旦那ぁ、あっしにパーチィーを盛り上げるいい案があるんでさぁ」
アリサ、なぜ小物感を出して言う。
「普通に言え」
「いいじゃない、ちょっとくらい」
アリサの提案を纏めると、料理マンガに出てきた料理やアイデアを模倣しようと言う事だった。そのアイデアの中から実現できそうな案と料理をピックアップして実行する事に決めた。
メイドさんの案内で訪れた厨房は、今晩の為の下ごしらえをする人たちで戦場のようになっていた。
「おう、アンタ、いや、え~っと、アナタ様が奇跡の料理人ってご大層な二つ名持ちの貴族様だな、ですか?」
そんな二つ名は初耳です。
それにしても、無理矢理な敬語だ。
「すみません、うちの親方は、料理の腕は確かなんですが、言葉遣いが悪くて、敬語が碌に話せないんです」
なるほど。
「はじめまして、サトゥー・ペンドラゴンと申します。敬語が苦手なら普通に話していただいて結構ですよ」
オレがそう告げると料理長とそのフォロー役の料理人の男性が、あからさまにほっとした顔をする。
「そいつあ、すまないな。グルリアンの太守ん所の料理長とは昔なじみでね。アンタの事を散々褒めちぎった手紙を送ってきてたよ」
ああ、あの人ですか。晩餐会の次の日から暇を見つけては、ソースの作り方や色々な技法を教えて貰ったっけ。
「ここを使ってくれ、少し手狭だが、一通りの調理器具はある。2人ほど雑用係を付けるから食材の用意なんかはこいつらに言ってくれ」
「はい、何から何までありがとうございます」
館に使いを出してルルを呼びに行って貰った。最近のルルの調理の腕は本職並みなので、オレの調理法を知っているルルが居てくれると助かるからだ。
◇
用意した料理は3つ。
1つは公爵のリクエストの天ぷら。この世界の揚げ物は動物性の油を使う事が多いようだが、体に悪そうなのでサラダ油っぽい植物性の油で揚げてある。大河で輸送できるからか、公爵城の食材置き場にはカツオ節が存在したので、いつもより美味しい天つゆが出来た。
半数は揚げて並べておき、残り半分は、ルルや給仕補助に付けて貰った2人に、その場で揚げてもらい、揚げたてを食べてもらうという趣向にしてみた。
2つめは、煮凝りだ。庶民の料理としては存在していたのだが、貴族の食卓には並ばない種類のものらしい。アリサの提案で、カラフルな食材を使う事で色鮮やかに、思わず手に取りたくなる見た目にしてみた。
カラフルなのには、もう一つ意味があり――
「ほう、料理で我が公爵家の紋章を描くとは天晴れだ」
受けた様でなにより。
ただ、家紋にしてしまったため、みな遠巻きに感心するだけで誰も手を出さない。
壮年の紳士を連れたリーングランデ嬢が「美味しそう」と言って手を出さなかったら、最後まで誰も食べなかったかも知れない。図案はもう少し考えた方が良かったな。
「ふむ、初めて食べる味だが、王祖の時代の失われた料理にあるゼリーというもののようだな。実に美味だ」
「本当ですわね。この魚の物も美味しいけど、こちらの赤い物も美味しい……く、幾ら美味しくてもセーラはダメよ」
この人も大概しつこいな。
「ほう、彼がリーンの言っていた人物か」
「はじめてお目にかかります。サトゥー・ペンドラゴンと申します」
「おお、ムーノ市防衛戦の英雄殿か。トルマが散々自慢しに来ていたよ。グルリアンでも活躍したそうじゃないか」
この紳士は、リーングランデ嬢の父親で、次期公爵さんだ。
それにしてもトルマが原因か。誰が英雄だ。テーブルの陰でしゃがみ込んでいたアリサが「ロビー活動とはやるわねトルマ」とか小声で呟いている。ちゃっかり小皿に料理を確保して楽しんでいるみたいだ。
「セーラは、優しい良い子だが貴族の生活に向いてないのだよ。それに今は公爵家を離れて神殿に籍を置いている。あの子を還俗させたければ、まずテニオン神殿の聖女様を口説きたまえ」
「私がセーラ様に言い寄っているというのは、リーングランデ様の誤解なのです――」
次期公爵さんの方は、普通に弁解するだけで誤解は解けた。リーングランデ嬢も見習って欲しいものだ。
「ほう、辺境の英雄から使用人に鞍替えしたのか?」
そんな嫌味な言い方で現れたのは、貴公子然とした衣装の第三王子だった。今日は壮年の聖騎士だけで、戦闘狂の少年はいないようだ。
わざわざ寄ってこなくていいのに、困ったものだ。
※7/21 料理長との会話を変更しました。
カリナの事は忘れてませんよ?
8-11.公爵城へ(2)
※9/1 誤字修正しました。
※8/2 カリナの弟の名前を修正しました。
※8/2 カリナの弟の名前を修正しました。
サトゥーです。小食な女性は多いですが、甘いものは別腹という女性はもっと多いといいます。そして、それは異世界でも変わらないみたいです。
◇
「王子、彼は私の父のお気に入りだ。私も父も彼の料理のファンでね」
絡んできた王子への対処を考えているところに助け舟をだしてくれたのは、次期公爵さんだった。
王子はリーングランデ嬢とオレしか目に入っていなかったらしく、声を掛けてきた次期公爵さんを驚いた目で見ている。
流石に相手が悪いらしく王子が困っている。テーブルの陰から見ているアリサのニヤニヤ顔と目があった。小さな手でピースサインをしてくる。なんて懐かしい。
「まあ、シャロリック殿下、こんな所にいらしたのですね。こちらで是非、王都のお話をきかせてくださいな」
人ごみを掻き分けて現れたちょっと化粧の濃い女性陣が王子を誘いに来る。
これ幸いと王子は、次期公爵に適当な暇乞いをして、その女性達と行ってしまった。
「ふむ、あの方も、もう少し丸くなってくれればいいのだが」
「無理でしょう。10年前から変わりませんもの」
「剣の腕なら王国でも屈指の腕前なのだが……」
「お父様、強さと人格は比例しないわ。もし比例するならマサキだって、もっと」
リーングランデ嬢は、勇者の愚痴になりかけた所で自分の口に手を当てて失言を悔やんでいた。
「シガ八剣というのは、有名なのですか?」
「あなた本当にシガ王国の貴族ですの?」
「すみません、田舎者なので」
なんでも、シガ八剣というのは王国最強の聖騎士達の筆頭となる8人の剣士に贈られる称号らしい。王子は次席らしいのだが、王国の秘宝である聖剣クラウソラスを帯刀する事を国王から許可されているらしい。
ちなみに王祖ヤマトが愛用していた杖は、歴代の筆頭宮廷魔術士が使う事になっている。聖剣や杖を国王が使わないのは、ヤマトさんが適材適所たれと制度化したかららしい。
◇
次期公爵とリーングランデ嬢が去ると、遠巻きにこちらを見ていた貴族の若者達が興味深そうに集まってきて、料理に舌鼓を打っていた。
リーングランデ嬢との関係を聞かれたが、剣を指南してもらっただけだと正直に言っておいた。
かなりの分量があったはずなのだが、30分も経たずに全部はけてしまった。物珍しさと揚げたての魅力の勝利みたいだ。
「ペンドラゴン卿、少しいいかしら?」
そこに男連れのカリナ嬢がやって来た。
男連れと言っても色っぽい話では無い、カリナ嬢の弟でムーノ男爵家の長男のオリオン君だ。14歳と若く、公都に留学中の学生だ。公都に着いてすぐに挨拶をしておこうと、何度か面会を希望する手紙を出していたのだが、何かと理由を付けて断られていたので、今回が初対面だ。
「これは、カリナ様。そちらが次期男爵様ですね。サトゥー・ペンドラゴンと申します。以後、お見知りおきを」
「うむ、オリオン・ムーノだ。サトゥー士爵、よしなに頼む」
オリオン君は、鷹揚に頷いて名乗った。精一杯、大物ぶりたい年頃なのかもしれない。自分の名前を言う時だけ小声だったのは、勇者好きの男爵が付けた名前のせいなのだろう。不憫だ。
彼らは少し雑談した後に舞踏会の会場の方に行ってしまった。一応、王子に絡まれないように忠告はしておいた。
その頃になって、ようやく会場の中央でダンスパーティーが始まったようだ。社交界で浮名を流すと大火傷をしそうなので、女性を口説く気はない。何といっても、未婚の女性が13~18歳くらいまでしか居ないので、やや若すぎなのも食指が動かない理由だったりする。
若い女性客が増えてきたので3品目を披露する事にした。
ミーアが好きなミルククレープだ。アリサが食材庫の中でイチゴを見つけてきたので、生クリームだけでなくスライスしたイチゴも挟んでみた。
「まあ、良い香りですわ」
「もうすぐ焼けますから、しばしお待ちください」
焼きあがった生地に生クリームとイチゴを挟む。できたクレープをルルが持つ皿に載せる。料理長さんによると手掴みはNGらしいので、小さなナイフとフォークをつけて、貴族の令嬢に手渡す。
クレープを一口食べた少女の顔が綻ぶ。精一杯化粧をした顔が、その時ばかりは年相応のあどけなさに染まる。
それを見ていた少年貴族達が、クレープを食べ終わった少女の所に歩み寄ってダンスに誘っている。頑張れ、少年少女。
「ちょっと、年寄り臭い顔してるわよ」
足元のアリサが、小さく焼いたクレープを齧りながらそんな事を言ってくる。
いいじゃないか、応援したって。
アリサに答える暇も無いまま、少女達の求めに応えてクレープを焼き続ける。
高そうな衣装のせいか、オレを使用人だと勘違いする人間はいなかった。そのせいで、クレープの注文を受けるたびに、お互いに自己紹介しあうので、百人以上の少女の名前を覚えてしまった。もっと短い家名にすれば良かったと初めて思ったよ。
◇
用意していた材料が尽きたので、ルルとアリサに頼んで、作り置きして冷やしてある生クリームやイチゴを厨房まで取りに行って貰う。
「いい香りね」
「すみません、材料を取りに行って貰っているので、もう半時間ほどお待ちください」
「まあ、人気なのね」
顔を上げた先に居たのは、ユ・テニオン巫女長さんだった。
なぜ?
「お久しぶりです、サトゥー様」
彼女と一緒にいたのはセーラ嬢だった。巫女長さんの後ろには、パリオンとガルレオンの偉そうな神官の人が2人いる。どちらも白髪の痩せた男性だ。セーラ嬢の横には、セーラと一緒に誘拐されていた巫女さん達がいる。
ルル達が戻ってくるまで雑談していたのだが、セーラだけでなく他の2人の巫女さんも公爵の血縁らしい。セーラの様な直系ではなく、傍系だそうだ。血縁だけあってよく似ているが2人は黒髪と茶髪だったので簡単に見分けられる。
彼女達は、セーラの兄であるティスラード氏に結婚のお祝いの言葉を贈る為に来たらしい。結婚式当日はまず会えないらしいので、今日がいい機会なのだそうだ。
そこにルル達が戻ってきたので、クレープ作りを再開する。クレープは口に合ったようで、さっきの貴族娘と同じように、巫女のお澄まし顔から普通の少女のような顔になって喜んでくれていた。
巫女さん達に遠慮してクレープを頼めない貴族娘さん達に気が付いたセーラが、少し離れた所へ移動するのを提案してくれた。
途中でクレープ生地が無くなったので、アリサが持ってきていた細長いメロンを氷結で凍らせてシャーベットを作ってみた。魔法の威力調整精度を上げる為に柑橘系の果物で試していたので、果実を変更しても上手く作れた。前に失敗作をミーアとアリサが全て平らげてお腹を壊していたので、少量だけ作って終了にした。
◇
「士爵さま、宜しかったら踊っていただけませんか?」
よほど誘いやすい顔をしているのだろうか。社交界デビューっぽいローティーンくらいの少女にさっきから、やたらと誘われている。社交スキルのお陰でダンスは問題ない。ついでに「舞踏」スキルを得てしまった。
踊ったからと言ってどうという事は無いのだが、何人かの少女から家に遊びに来ないかと誘われている。どうやらモテている訳ではなく、仲良くなって遊びに来たら手土産のお菓子が期待できるからだ、とアリサに釘を刺された。
勘違いなんて、してないよ?
「おモテになるんですね、サトゥー様」
「そんな事はありませんよ、美味しいお菓子のお礼代わりに、踊りの相手をして頂いてたんですよ」
「そんな事ありませんよ」
歩み寄ってきたのはセーラだった。
声を掛けてきたときは少し棘があったのに、後半はクスクス笑いながらだった。
「私とも踊っていただけますか?」
「ええ、喜んで」
リーングランデ嬢にまた何か言われそうだが、少女の誘いを断れなかった。
「お上手なんですね、サトゥー様」
「セーラ様もお上手ですよ」
「『様』は不要です。私はもう貴族ではありませんから『セーラ』とお呼びください」
さすがに呼び捨てはマズい気がする。位置的に見えないが、ルルとアリサの視線が刺さっているような気がする。
「セーラ様、巫女も十分、『様』付けに値しますよ」
「サトゥー様は優しそうなのに案外意地悪です」
この間、ポチにも言われたな。注意しなくては。
セーラ嬢の不思議なほどの親しげな態度に困惑しながらも無難に踊り終わる。セーラ嬢は意外に交渉上手で、滞在中にテニオン神殿の炊き出しを手伝う事になってしまった。
「今日は美味しいお菓子をありがとう。セーラと仲良くしてあげてね」
巫女長さんが去り際に、小さな声で爆弾発言をしていった。
「あの夜の事はヒミツにしておくから安心してね。仮面の下はかわいい顔なのね」
なぜ、バレた。
◇
「それは、声でしょ」
アリサに呆れたように言われた。
しまった、変声スキルを取得しておくんだった。今晩練習してみよう。
まあ、レベルも名前もスキルも全く違うし、あの後もトボけておいたから大丈夫だろう。巫女長さんもカマをかけただけみたいだったしね。
「おまたせしました、ご主人様、アリサ」
厨房の料理長に呼び止められていたルルが戻ってきた。
働きたかったら何時でも訪ねて来いと誘われていたらしい。引き抜きとは油断ならないオジサンだ。
公爵一家が退出したのに合わせて、オレ達も退出させてもらったのだが、舞踏会はまだ続いているので、音楽がここまで聞こえている。
「お嬢さん、一曲如何ですか?」
「は、はい、よろこんで」
屋敷から漏れる光の中をルルと2人で踊る。ルルが来るまでの間にアリサとも踊っていたのだが、思ったより好評だったので、ルルも誘ってみた。
「ああ、夢みたいです」
「それは良かった」
ルルと2人、いつまでもクルクルと踊り続けた。
「ちょ、ちょっと、いつまでも2人だけで踊ってないで代わってよ~」
「うふふ、アリサったら、可愛い」
ルルが飽きたら止めようと思っていたのだが、いつまでも飽きないので嫉妬したアリサが乱入するまで踊り続けてしまった。
たまに傍の回廊を通るメイドさんの微笑ましいものを見るような視線に見守られながら、3人で交代しながら踊り続けた。
偶には、こんな日もいいものだ。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
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8-12.お茶会の日々
※9/1 誤字修正しました。
サトゥーです。小さい頃に読んだ少女マンガでは、頻繁にお茶会をするシーンが描かれていましたが、現実では一度も見かけた事がありません。現代のお茶会は、ファミレスのドリンクバーなのかもしれませんね。
◇
あの舞踏会の翌日から、多忙な日々が始まった。
予定していた工房見学のスケジュールはそのままに、貴族のお嬢様方からお茶会のお誘いを受けれるだけ受けて訪問している。
もちろん、ローティーンの貴族の少女達が目的なのではない。もしそうなら、アリサを同行させたりしていないだろう。
あの王子からは、意外に根に持ちそうな小物感を感じたので、今後も絡まれそうな気がしている。
なので、何か変な陰謀に巻き込まれた時に、味方になってくれそうな人脈を増やそうとアリサに提案されたので、それに乗ったわけだ。
お茶会には、クレープでは無く冷めても美味しいモノを選択した。薄いパンケーキに生クリームとグルリアンの粒餡や漉し餡をサンドした、洋風の餡巻きを作って持っていく事にした。餡巻きは、ムーノ市の新銘菓という触れ込みにしてある。レシピは、ムーノ男爵宛に手紙をしたためてカリナ嬢に預けてある。ゲルトさんならレシピの再現もできるだろう。ムーノ市で入手し辛い材料については、行商人を雇って配達を依頼してある。
毎回、同じものを持っていくわけにも行かないので、オレとアリサの記憶からスイーツをメモに書き出して作れそうな品を試作して良さそうなモノを選んでいる。試作品の試食はアリサ達だけでなく、お世話になっているウォルゴック前伯爵一家にも頼んでいるのだが、なかなか好評だ。試食のし過ぎでアリサがポッチャリして来た様なのが少し心配だ。
お茶会には、カリナ嬢も連れて行こうと思ったのだが、リザ達と修行に励んでいて取り付く島もなかった。せっかくカリナ嬢に貴族の友人を作ってもらおうと思ったのだが、なかなか上手く行かないものだ。
カリナ嬢やリザ達の訓練には、トルマの紹介で軍の教練をやっていたアラサーの女性教官を雇ってある。闇雲に組み手をするよりは、修行になるだろう。オレも偶に見学させて貰っている。もちろん、カリナ嬢の特定部位では無く、訓練の仕方をだ。
お茶会の余禄として、見学を断られていた工房の見学の口利きをしてもらったり、お菓子のお礼に珍しい食材を分けてもらったりとなかなか想定外のメリットがあった。
工房見学も順調に消化して、残りは巻物工房と結界柱工房の2箇所だけだ。
昨日見学させてもらった、翠絹の工房は、子犬ほどもあるイモムシが吐く糸から絹糸を作っていた。このイモムシの吐く絹糸が名前の通り光の反射で翠がかっており、この糸で織った布は鉄製の鎖帷子並みの防刃性能があるらしい。
こっそりAR表示で解析させてもらった所、イモムシの餌に秘密があるようだ。主食は、普通の葉っぱだが、他にミスリル・スラグ――ミスリルを精錬した後に出る屑――を食べさせていた。翠絹の緑色の成分は、ミスリルなのかも知れない。同じ種類のイモムシは、森の奥地にそれなりに居るみたいだから、一度試してみるのもいいかもしれない。
◇
「へ~、なかなか良い席ね」
「そうだな、闘技場の一般席の混み方を見ると、貴賓席は天国だな」
せっかく貴賓席を確保してもらっているのに一度も使わないのは悪いので、今日は初めて利用させて貰っている。闘技場は予想より広く、東京ドームの倍くらいはあるだろう。集団での馬上試合を開催する事もあるので、それなりの広さが必要なのだろう。
本来なら貴賓席付きの使用人が付くらしいのだが、自前の使用人がいるから、と言って断った。
「マスター、狙撃対象を確認しました。許可を」
「ダメ」
「再考を要求します」
ナナの視線を追うと、闘技場に入場してきた選手の片方だった。
ああ、前にアシカ人族の子供を蹴っていたヤツらの兄貴分みたいな白い虎人族の男だ。いや、あいつ自身はオレに斬りかかっただけで、子供には何もしていないだろう?
対戦相手は人族で、タンという美味しそうな名前の探索者の魔法剣士だ。オレと同じミスリルの剣とバックラーの様な小盾を持っている。本戦出場枠をかけた試合だけあって、双方レベルが高い。タン氏が42レベル、白虎人が37レベルだ。戦いの水準も高いのを期待したい。
「う~ん、この距離だとステータスが見えないわね。前評判だと魔法が使えるタンの方が勝ちそうよね」
「アリサ、そうとも言えません。白虎殿の巨躯に加え、あの巨大な大剣の射程と威力は侮れません。虎人族は、素早さと力強さを兼ね備えた武闘派の種族です。魔法を使わせて貰えるかで、勝負の行方が決まるでしょう」
おお、リザが饒舌だ。
白虎君の武器は、リザと同じような魔物の部位を使った大剣だ。攻撃力はリザの槍に劣る。前から少し疑問だったのだが、リザの槍は即席で作ったにしては強力過ぎる気がしてならない。素材がレアだったのか、場所がレアだったのか、その両方だったのかもしれない。
「サトゥー、あ~ん」
ミーアが両手に抱えていたおやつの1つをオレの口に入れてくれる。
これは、細いステック状のアメかな? この公都は砂糖が安い、ここの砂糖は黒砂糖だ。クハノウ伯領の街で買ったウギ砂糖の半額くらいだ。大河の下流でサトウキビを栽培しているので安価らしい。それでも市民に手が出せる価格ではなかったりする。
「どうしたんだ、これ?」
「買った」
「貴賓席向けに売り子の方が来ていたんです」
ミーアの小遣いの使い道は飲食関係ばかりだな。
ルルに続いてポチとタマも帰ってきた。
「タコ串~」
「イカ串も買って貰ったのです」
2人とも両手に3本ずつ持っている。ちゃんと皆の分もあるらしく、1本ずつ配っていっている。
そろそろ試合が始まるみたいだ。
あ、目が合った。
闘技場の白虎人が、大剣をこちらに向けて伸ばして睨み付けて来る。よく覚えているもんだ。本戦に出場できた亜人はいないそうだから、是非とも頑張って欲しい。
闘技場の中央付近に1メートルほどの円が50メートルほど離れた場所に2つ描いてあり、それぞれに対戦者が入る事で試合開始の合図が出るらしい。魔法自体は使用が禁止されている訳ではないが、あくまで「武闘大会」なので、遠距離から魔法で一撃で倒すとかは反則になるらしい。
2人が円の中に入った所で、係員が開幕を知らせる角笛を吹く。
「白い人が突撃したのです!」
「むぐむぐ~」
「タマちゃん、食べ終わってから喋りましょうね」
ポチが食べ終わった串を振りながら解説し、タマは口の中を一杯にしたまま何か言って、ルルに怒られている。
「人族の方はバフ系の魔法で強化してから戦うみたいね」
「牽制」
「ん~、あの大剣だったら、ヘタな牽制くらい切り裂いて突っ込んでくるんじゃないかな~」
「膨張」
「あの体重と速度なら止められるか微妙ね」
「むぅ」
アリサとミーアは、魔法使いとしての視点からの考察みたいだ。
お、魔法剣士は水系の身体強化みたいだ。3秒で唱え終わったみたいだが、あの呪文は普通に唱えたら倍くらい時間が掛かるはずなんだが、標準の呪文よりも詠唱が短くなるようにアレンジしてあるみたいだな。あとは「詠唱短縮」のスキルのお陰だろう。
「ご主人様、ごーっと来て、ガツンとあたったのです」
「リザなら勝てる~?」
「むざむざ殺られるつもりはありませんが、真正面からでは、ちょっと勝てる気がしませんね」
ポチとタマがエキサイトしすぎているので、リザの両脇に縫いぐるみみたいに抱えられている。2人は抱えられた状態でも気にせずに、グリングリンと顔を動かして観戦している。振り回している尻尾と腕が千切れそうだ。
「う~ん、凄いわね、あの大剣を捌きながら呪文の詠唱を一度もしくじってないわよ」
「冷静沈着」
ミーアの買ってきたお菓子をボリボリ食べながら魔法剣士の闘い方を観察している2人。こぼれた菓子屑は、ルルが丁寧に掃除してあげている。
「マスター、私もあのような動きが出来るのでしょうか?」
「身体強化を上手く使えば出来るんじゃないかな。カリナ様も、似たような動きをしていただろう?」
「タマならできる~」
「ポチも頑張るのです!」
2人の戦いは、一見、白虎さんが優勢に見えるが、有効打が全て防がれている。魔法剣士は防戦一方だが、徐々に強化魔法が揃ってきている。あとは纏わり付く霧あたりで、白虎の動きを遅くすれば勝負アリだろう。
そのまま予想通りの展開で、魔法剣士の勝ちで勝負は終わった。ただ、白虎の動きを遅くしたのは、水魔法ではなく、雷の魔法付与を武器に付与した一撃による麻痺だった。
その後も3試合ほど行われたが、戦士同士の地味な立会いだったのでミーアとアリサの2人は、早々に飽きて寝落ちしてしまった。玄人好みだったらしく、年配の観客が野太い声援を送っていた。
「あのハカマでしたか? あの装備は素晴らしいですね。あれほど足運びが隠せるとは思いませんでした」
リザが先ほどの試合に出ていた和装の美女の事をしきりに褒めている。
地面に下ろして貰ったポチとタマが、2人して羽織袴の剣士の真似をしていたが、上手く出来ないようだ。羽織袴の人は黒髪だったが、特に日本人とかでは無いらしい。
靴を脱いで足運びを実演してみせる。前にマンガで読んだ記憶なので、正しいかは自信が無い。
「ナメクジみたい~?」
「ヌルヌルと近づいていたのです! 拙者ナメクジでござる~」
上手く足運びができなかったポチが床に寝そべって、尺取虫のようにクイクイと動いている。それは「ナメクジじゃない」と突っ込んであげるべきなのだろうか?
「ポチちゃん、せっかくの余所行きで、床に転がった悪い子は誰かしらっ!」
「あ、あう、違うのです。ルル、これは違うのです」
「何が違うの? 悪いことをしたら?」
「ごめんなさいなのです」
「ポチ、反省~」
しまった、怒るところだったのか。ポチが反省のポーズをして謝る。
タマはちゃっかりと、ルルに便乗して怒る側に回っている。今、しゃがむ寸前だったよね? オレの目線と合うと、タマがワタワタと慌てた後に、ポチと同じ「反省」のポーズをしていた。
◇
「マスター、飛空艇に幼生体が産まれています。アリサ、至急、あの形のクッションの作成を!」
「え~、またぁ~。もう飽きた~、やり方を教えてあげるから自分で作りなよ」
「妙案です。アリサ、指南をお願いします」
ナナの指差す先には、小型の飛空艇が停泊している。王都からやってきた高速艇だ。乗っているのは国王――では無く、その影武者さんだ。一緒に来ている大臣2名は、本物のようだ。
ナナが裁縫を覚えたら、馬車が縫いぐるみで一杯になりそうな予感がする。
アリサがナナに裁縫を覚えさせようとする横で、オレは鎧井守の皮と翠絹を使った革鎧と靴を作成していた。魔法剣士が着ていた鎧が、魔物の素材製で対衝撃や防刃性能が普通の鋼鉄の鎧より性能が高かったのを見て真似しようと思ったからだ。翠絹を裏地に使ったせいか「裁縫スキル」を取得できた。スキルを最大にして、皆のインナーを作ろう。
そういえば、たしか盗賊のアジトで手に入れたユリハ繊維とかいう素材の服もあったな。これを加工してアリサとミーアのローブに仕立て直すか。
その日の晩、夜なべして皆の装備と、ポチ達の新しい靴を作った。
御伽噺の妖精さんにでもなった気分だ。
インナーと言っても下着ではありません。服や鎧の下に着る薄手のシャツや短パンもしくはズボンです。
翠絹は、正式には「かわせみきぬ」ですが、「みどりきぬ」という呼び方もされているようです。
故ヤマトさんが、名付けたという逸話がありますが、作中にでる予定はありません。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
翠絹は、正式には「かわせみきぬ」ですが、「みどりきぬ」という呼び方もされているようです。
故ヤマトさんが、名付けたという逸話がありますが、作中にでる予定はありません。
※感想の返信について
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8-13.子爵と巻物工房
※9/15 誤字修正しました。
※8/13 一部加筆修正しました。
※8/13 一部加筆修正しました。
サトゥーです。統合環境でプログラムをしていると、ふとニーモニックのバイナリ変換表を眺めつつ速度と容量を切り詰めていた学生時代を懐かしく感じる時があります。
もっとも、あの頃に戻りたいとは思いません。やはり技術は進歩しないとね。
◇
ワシ鼻に眉間の皺、よく整えられた口ひげにオールバックに纏められた濃い金髪。その瞳からは、強い意思を感じさせられる力強さが溢れている。
本当にトルマの兄弟か?
横に並ぶとトルマの父親に見える。やや老け顔で、まだ34歳とは思えない。
「トルマを救ってくれた事を感謝する」
不思議だ。お礼を言われているのに上司に叱られている気になってくる。
それが、トルマの兄、ホーサリス・シーメン子爵だった。
「悪いね、サトゥー殿、兄はこういう話し方しかできないんだよ」
「失敬な。トルマ、私の話し方のどこが可笑しいと言うのだ」
言葉自体は普通なのだが、ホーサリス氏の喋り方が、不出来な生徒を叱る堅物教師のような感じだ。実際、横でアリサが涎を垂らしそうな気配を放っている。妙にテカテカしたオーラが漏れているような気がしてならない。
最大の懸念事項だった工房の見学は、問題なく許可された。
トルマの短剣の対価に約束した魔法のスクロールの件も、最優先とは行かないものの、1ラインを優先的に割り振って貰える事になった。
「そうか、シャロリック殿下と揉めたのか、ペンドラゴン卿、それは十分注意したまえ。殿下は聊か揉め事を暴力で安易に解決したがるきらいがあってね」
ホーサリス氏によると、王子は王都でも厄介者扱いだったらしい。10年ほど前には、結婚が決まっていた地方領主の娘に手を出して、あわや伯爵領が1つ、シガ王国に反乱を起こす寸前までいった騒ぎがあったらしい。リーングランデ嬢が王子との婚約を解消したのも、この件があったからだそうだ。
本来なら病気療養という名目で、辺境の修道院というか離宮に幽閉される所なのだが、卓抜した剣の腕があったため聖騎士として身を立てる事が許されたらしい。聖騎士になってからも黒い噂は絶えなかったそうだが、地方領主の時の様な大きな不祥事は起こさずにいたらしい。
そんな人間に、よく聖剣を預けるモノだ。
◇
「ですから、蛍鈴蘭の露を使ったインクをですね~」
「たしかに、そのインクなら付与台での精密操作が可能だが、幾らすると思っている」
「そんなのジャングさんの言ってた竜鱗粉や捻角粉とかだって、採算とれないじゃないですかぁ~」
廊下に通じる扉の向こうから人の声が聞こえてくる。
ホーサリス氏が呼び出した、巻物職人さん達だろう。
「旦那様、おかえりなさいませ」
「ホーサリス様、お帰りなさい!」
メタボという言葉を鼻で笑うような肥満体の中年男性と、メガネにアッシュブロンドのショートヘアで、そばかすの小さな少女が部屋に招き入れられた。少女の方は、綺麗とはとても言えないが醜いとも言われないだろう凡庸な顔のノームの女性だ。
「そちらが工場長のジャング。そんな見た目だが、巻物に関してはシガ王国一の技術者だ。そちらの娘がナタリナ。創意工夫にかけては工房一だ。必ずペンドラゴン卿の期待に応えてくれるだろう」
創意工夫って、つまり売れ筋じゃなくて変な巻物を作ったり、工夫と称して予算を湯水のごとく使うのだろう。たしかにオレ向きの人材だ。
ホーサリス氏は、2人を紹介した後にトルマと連れ立って出かけてしまった。元々、出かける前の空きの時間に挨拶するだけのつもりだったので問題はない。
◇
希望する巻物のリストをジャング氏に見せて、巻物化できるか確認したのだが、やはり上級に含まれる魔法は不可能だった。
また、「偽装情報」や「開錠」のような犯罪や諜報に使える魔法も請け負えないという事だった。
戦闘用が良くても犯罪用はダメなのか。
その癖、「透視」や使い方次第で鍵開けに応用できる「理力の糸」なんかは大丈夫らしい。
他にも巻物作成は、巻物の仕上げをする人間が、その魔法のスキルを持っている必要があるらしく、「重力」「影」「精神」「死霊」などの魔法は作成不能らしい。
なら「空間」魔法も使えるのか? と期待したのだが、「空間」「破壊」の2種類は初級までしか作成できる者がいないらしい。
神聖魔法の巻物化は、主に宗教的な理由で出来ないと言われた。技術的には可能なのか。
「ねえ、士爵様。収集家なのは判るのだけれど、この表にある魔法は巻物で使っても大した効果の無い物ばかりよ? 本当にいいのかしら?」
「ナタリナ、もう少しちゃんとした敬語を使え」
「え~、ちゃんと敬語になってますよね? 士爵様」
「少し砕けてますが、私は成りあがり者なので、敬語が使いにくかったら普通に話してくださって構いませんよ」
それを聞いたナタリナさんが「ほんとー? やったー」とバンザイしながら答えて、ジャングさんに頭を叩かれていた。
呪文のラインナップについても、効果が弱くても文句を言わないと確約しておいた。半分ほどの呪文は在庫にあるそうなので、受注分の優先順位を付けて依頼を完了する。
「ヘンな呪文ね? 見やすいけど、やけに効率が悪いわね。初級で収まるとは思うけど、詠唱が長くて使いにくいんじゃないかな」
この世界の呪文は、プログラムで言うところの「スパゲッティーソース」みたいなものだった。昔の非力なCPUしか無い時代のアセンブラみたいに、パズルのように絡み合っていたのだ。そのため非常に解析し辛かった。もしかしたら難読化の為にやっているのではないかと疑った程だ。
そこで、自前の呪文を作るのに際して、呪文を機能別にモジュール化して構造化プログラミングの考え方を導入してみた。結果、非常に可読性の高い呪文になったのだが、呪文が長くなり、必要なMPが増えるというデメリットが生まれてしまった。従来の呪文は長い歳月を掛けて最適化した結果だったのだろう。
「巻物化できませんか?」
「ああ、それはダイジョーブ。ちょっとヘンだけど術理魔法の作法を逸脱してないみたいだから、なんとかなりそー、です」
ジャングさんがジロリとナタリナさんを睨んだせいか、最後に申し訳程度の敬語っぽい語尾を付けて来た。
「では、士爵さま。在庫を出すのに少々お時間を頂きたいので、その間、工房の方を御覧になりますか?」
「はい、是非に」
アリサを連れて工房の見学に行った。工房は子爵家の敷地内の地下にあり、幾人もの警備の人間が厳重に警戒していた。警備は全員20レベル以上で、「見破り」や「監視」などの密偵対策のスキルを持った者達で構成されていた。
工房は幾つもの小部屋に分かれており、特定の工程だけをこなすようになっている。そのため全体の工程を知る者は、ごく少数らしい。非効率にも見えるが、技術の秘匿が重要なのだそうで、かなり徹底されている。
巻物の紙は、別の場所で作っているらしく「巻物用紙、乙」みたいな解析結果だった。2人の技術者との会話で、インクに魔核の粉末が必要らしい事がわかった。子爵さんが王都に向かっていたのも、純度の高い魔核を買い付ける為だったらしい。中級魔法の巻物作成に必要な魔核はレベル30以上の強力な魔物からしか獲れないそうだ。加工前のものを見せて貰ったが、この間の鎧井守から得た魔核よりも少し赤味が濃い。
「この部屋ではインクを作っています」
ジャングさんが扉を少し開いて中を見せてくれる、中には入れて貰えない様だ。ここで「巻物用インク、甲」を作っているらしい。大体の材料は判ったのだが、素材の一つが「巻物用インク、乙」だった。なかなか手ごわいな。
巻物作りと言っても、専用の紙とインクで呪文を書くだけではないようで幾つもの工程を必要とする。その為に、既製品でも2~4日、オーダーメイドの場合は+1~2日を見ておく必要があるそうだ。
在庫に存在した呪文は、次のようなものだ。
術理魔法:自在盾(中級)
術理魔法:自在鎧(中級)
術理魔法:透視(中級)
術理魔法:魔力譲渡(中級)
術理魔法:魔力強奪(中級)
術理魔法:魔法破壊(中級)
術理魔法:理力の手(中級)
術理魔法:理力の糸
土魔法:研磨
土魔法:型作成
水魔法:解毒(中級)
水魔法:治癒(中級)
水魔法:軽治癒
風魔法:風防
殆どは引き取り手の無い見本扱いの品だったそうだ。一番古いものだと100年以上前の品もあるそうだ。
下級は3本で金貨1枚換算、中級は1本で金貨2枚換算で計算して貰った。オリジナルは、金貨3枚という扱いだったのだが、呪文の複写を許可する事で金貨1枚換算にして貰った。
この辺の交渉はアリサが活躍したのだが、対価に要求されるセクハラを考えると、追加料金を払ったほうが良かったんじゃないかと思えてしまう。
在庫の中に「研磨」や「型作成」みたいな地味な魔法があったのが嬉しい。コレで、鋳造する時に木型から砂型を作る手間が減る。
前にラカがグルリアン市の魔族と戦った時に使っていた小盾群を産む魔法――「積層理力小盾」という名前だと教えて貰った――が在庫に無いか探したが、見つからなかった。
注文作成できないか相談してみたが、上級の術理魔法らしいので無理だと言われてしまった。残念だ。
元々は猪王が使っていた小盾群を、術理魔法で再現するために開発されたモノだという逸話が聞けたが、実物を見た身としては再現度がもう一つだと言わざるを得ない。それともスキルレベルが高ければ同等の魔法になるのだろうか?
発注したのは次の通りだ。
術理魔法:軽気絶(オリジナル)
術理魔法:誘導気絶弾(オリジナル)
術理魔法:録音(オリジナル)
術理魔法:撮影(オリジナル)
術理魔法:理力剣(オリジナル)
水魔法:液体操作(オリジナル)
風魔法:気体操作(オリジナル)
雷魔法:電気操作(オリジナル)
火魔法:花火(オリジナル)
光魔法:幻花火(オリジナル)
空間魔法:遠見
空間魔法:遠耳
空間魔法:遠話
生活魔法:柔洗浄
生活魔法:乾燥
生活魔法:止血
スタン系は、威力に上限を設定した対人用に。録音、撮影は実験の記録や観光の記念写真用に。操作系は、魔法の道具を作る時に使う為に用意した。他の魔法は地味だったりマイナーすぎて巻物になっていなかったヤツだ。
透視は、服を透けさせるためではない。10代の頃ならまず思いつく用途だが、使い道としては、鋳造の魔法剣を作る時に加工状況を観察する為の魔法だ。
理力剣は、透明な刃を持つ直剣を作り出す魔法だ。博物館のヤマトさんの絵画を見ていて思いついた。透明な剣とか、実にファンタジーっぽい。
実のところ、理力剣は中級魔法だったのだが、ナタリナさんの琴線に触れてしまったらしく、他のオリジナル魔法と同じ扱いで処理してもらえる事になった。
最終的に、巻物代が少しオーバーしてしまった分は現金で支払って帳尻を合わせた。
巻物工房の見学が終わる頃に、ジャングさんが巻物の仕上がり予定日を教えてくれた。丁度、空間魔法が使える人間が空いていたらしく、「遠見」「遠耳」「遠話」の3種類が3日後に、他は5日後に「気体操作」が仕上がる予定らしい。他の魔法はそれ以降になるそうだ。特に生活魔法は作業ができる人間が大会観戦を口実に長期休暇を取っているらしく、大会終了後に着手になるらしい。
帰りにマユナちゃんの所に居座っていたナナを連れ帰るのが一苦労だった。
前にトルマと一緒に魔法屋で買った魔法のラインナップは非公開にします。基本的に攻撃魔法や定番魔法ばかりです。
理力の手を中級に変更しました。それにあわせて代金が変化したので、オーバー分は現金で支払った旨の記述を足しました。
巻物の購入の所でラカの使う小盾群についての記述を加筆しました。(ラカで検索すると見つかります)
※感想の返信について
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理力の手を中級に変更しました。それにあわせて代金が変化したので、オーバー分は現金で支払った旨の記述を足しました。
巻物の購入の所でラカの使う小盾群についての記述を加筆しました。(ラカで検索すると見つかります)
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8-14.決勝前夜
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。昔は、オークションと言えば、お金持ちが美術品や宝飾品を冗談みたいな値段で取引するシーンが想像できたそうです。美術品なんて美術館に置いておけばいいのに、と子供心に思っていました。
今では、ネットオークションしか思い浮かばないサトゥーです。
◇
「何かいい事でもあったんですか? サトゥーさん」
今日は炊き出しの手伝いに来ている。何度か炊き出しの手伝いをしている間に、セーラ嬢がオレを呼ぶ敬称が「様」から「さん」に変わった。ゼナさんと同じ呼び方だ、彼女が呼ぶときみたいな恥じらいを感じる。デレるとミーアのキックが跳んでくるので平静に答える。
「はい、難航していた仕事が上手く行きそうなのです」
この間、シーメン子爵邸で手に入れた幾つかの魔法のお陰で、鋳造の魔法剣が上手く作れたのだ。とは言っても、前に木魔剣で成功したレベルなので、第一歩を踏み出したに過ぎない。鍛造の方は目処さえ立っていない状況だ。
前に買った「魔法道具につかう30の定番回路」に、魔剣に使えそうな回路が色々と載っていたので、順番に試してみよう。他に興味深かったのは飛空艇に使う回路で、怪魚という空飛ぶ魚の魔物の素材が必要らしい。普段は外洋の上空を飛んでいるらしく、入手は困難なのだそうだ。
「ご主人さま、配給食を貰い損ねた子供達が来たんですけど、どうにかなりませんか?」
「今日は大人が多かったもんね~」
ルルとアリサが連れて来たのは、ポチと同じ、犬人族の子供が2人に鼠人族の子供が3人だ。年は4~8歳ほどだ。ポチがポケットから取り出した焼き菓子を配ろうとしている。ルルが何度も教育したので、焼き菓子を直接ポケットに入れるのでは無く、ちゃんとハンカチで包んで入れてある。
「へへん、イタダキ~」
「あ~ばよ~、いぬっこ~」
ポチの手から、素早く焼き菓子を奪った猿人族の子供達が、路地に逃げていく。
突然の出来事にポチはしばらく目を白黒した後、「待つのです! どろぼうはメッなのです~」と叫びながら、犯人を追いかけていく。
「リザ、タマ、頼む」
「はい!」「らじゃ~」
2人に頼んで、ポチを追いかけて貰う。迷子になったら大変だ。
お腹を空かせた5人の子供達は、ナナに頼んで近くの露店で、何か食べさせるように頼んだ。あまり高価なものにしないようにナナに釘を刺しておく。ナナは「幼生体」に甘いからな。まあ、アリサも付いていってくれたから大丈夫だろう。
程なくポチとタマが、それぞれ頭上に猿人族の子供を担いで帰ってきた。どこで手に入れたのかロープでグルグル巻きになっている。
「ご主人様、犯人を捕らえたのです」
「ザイニンに死のテッツイを~」
「どうしましょう? 官憲に渡せば適切に捌いてくれると思いますが」
リザ、今、「裁く」じゃなくて「捌く」を使わなかったか?
問い詰めるのが怖い。
2人の小さな盗人は「ごめんなさい」「もうしません」とか言っているが、大して反省はしていないだろう。官憲に突き出すと下級奴隷コースか斬首だ。公都では、犯罪を犯す亜人にはトコトン厳しい処分が下される。
焼き菓子1個で人生を棒に振るのはフランスパンみたいな人だけでいいだろう。オレは優しくデコピンだけで許してやった。
大げさな子供達が額を抑えて転がっているが、演技……のはずだ。ポチやタマが額を押さえて痛そうな顔をしている。不思議な事に、アリサとミーアまで額を押さえている。
リザに縄を解いて放すように言って炊き出しの片付け作業を行う。猿人族の子供達がポチの事を「アネさん」と呼びながら作業を手伝っている。懲りていないのか、ポチのポケットからお菓子をスリ取ろうとしてタマに見つかって阻止されている。怒ったポチに拳骨を落とされて、さっきみたいに地面を転がっている。HPの減りから見て手加減はちゃんと出来ているみたいだ。
「ねえ、ミコのお姉ちゃん」
ミコ? 巫女か。
「どうしたの?」
「大人の人が、マオーが復活するとか」
「セイキマツーだ。みんなシヌンダーとか言ってるの」
「みんな死んじゃうの?」
亜人だけじゃなく人族の子供も、心配そうな顔でセーラを囲んでいる。
お茶会の時にも話題にでたが、魔王の季節の頃は世紀末的な、厭世観や滅亡論が流行るのだそうだ。それに加えて、アリサと深夜の実験をしたときの振動が地上にも届いていたらしく、魔王が復活する前兆ではないかと噂になっていた。その為、翌日からは、2時間以上かけて深い階層まで潜ってから実験する羽目になった。
「大丈夫よ、そんな事無いわ、きっと勇者さまが退治してくれますよ」
「ん」
「だいじょぶ~」
「ご主人さまが、マオーなんてズババンとやっつけちゃうのです」
「ご主人様、責任重大ですね」
ポチとタマがキラキラした目で見上げながら腰に抱きついて来る。ルルは楽しそうに言うが、きっと本気では思っていないだろう。唯一真実を知っているアリサだけが、複雑そうな顔をしている。知らない方が幸せっていう事もあるよね。
◇
「こんばんは、巫女長様」
「あら、ナナシさん。いつも神出鬼没ね」
前に公爵城で見たときは年相応に見えたのだが、この部屋だと何故だか若く見える。
「今日は、魔王の神託についてお伺いに来ました」
「あら? アナタが退治してくださったのでしょう? テニオン様の神託で『討滅』と告げられていたわよ」
「きっと、通りすがりの勇者が倒したのでしょう」
「うふふ、そう言う事にしておきましょう」
老齢とは思えない軽やかな笑い声だ。
おっと、そんな事より確認しておかねば。
「市井の民の間では、魔王が公都の地下で雌伏していると噂されています。神殿から魔王が討滅されたと発表しないのですか?」
「公爵閣下には直接お伝えしたけれど、他の神殿の神託では『討滅』と出ていないそうなの、だからテニオン神殿だけが魔王討滅を発表する訳にはいかないのよ」
まさか、まだ他にも魔王がいるのか?
大魔王とかが居そうで嫌だな。
会話の間に魔力を充填していた蘇生の秘宝を巫女長さんに返す。バッテリー代わりにしていた聖剣を宝物庫に収納する。
「ありがとう、ナナシさん。これが必要な時が来なければいいのだけれど」
「そうであって欲しいですね」
去り際に、巫女長さんからあるものを貰った。
免罪符。
前の世界でも存在した集金の為の品物ではなく、賞罰に刻まれた罪を一つ消去する事が出来る品なのだそうだ。これをオレに贈った巫女長さんの意図が判然としないが、便利そうなので黙って受け取っておいた。
◇
下街で手に入れたカツラの一つを被って、ナナシスタイルで夜の街を歩く。薄手のフード付き外套を着て歓楽街を歩く紳士は多いので意外に目立たない。
貴族になってから出費の桁が増えているので、武術大会中にこっそり開かれている闇オークションにお邪魔している。入場に必要な招待状は、魔王の犠牲になった何人かの貴族が持っていたようで、入手するまでもなくストレージ内にあった。
代理人を使う事もできるそうなので、依頼する事にした。売れなくても出品毎に銀貨1枚が手数料として取られる。指定した最低額より高く売れた場合、1割が代理人のモノになるという契約だ。鑑定書が無いと安く買い叩かれると言われたので、オークション会場の公認鑑定士に鑑定書を発行してもらった。公認鑑定士は10人ほどいたのだが、みな目に隈が出来ているのに、すごい笑顔だった。文字通り書き入れ時なのだろう。思わず、スタミナ回復薬を差し入れしてしまったよ。
出品するのは薬品と武器だ。
薬品は、ナナシ印の精力増強剤や一部が元気になる魔法薬だ。
お茶会の時に当主のオジサン達との会話で売れ筋なのを知った。どの世界でも変わらないな。鎧井守の肉が原料なので、幾らでも作れる上に相場がかなり高値だ。服用した人間に腹上死されても困るので、ある程度は品質を落として作ってある。
5本セットを10組作って持ち込んだのだが、予想以上の高値で売れた。今度は増毛剤や豊胸剤でも研究してみようかな。
武器は、魔物の素材を使ったエセ魔法武器や試作した鋳造魔剣なんかだ。鋳造魔剣を作成した時に、称号「魔剣の鍛冶師」を得たりした。
魔物の素材で作った槍や剣、弓なんかは探索者や傭兵っぽい人たちに売れていた。
鋳造魔剣は、貴族らしき人たちに売れていた。あの買い付けている人に少し見覚えがある。AR表示で確認したら、公爵さんの所の軍務主計官の人だった。お付きの騎士らしき人が、鋳造剣に魔力を通して魔刃を発生させている。なかなかの使い手みたいだ。
気前良く1本毎に金貨100枚も出しているが、そんなに使って大丈夫なのか? 他人事ながら心配だ。盗賊から巻き上げた武器を溶かして鋳造しなおした品で、使っている魔液も普通の品質のものなので、1本あたりの製造コストはほぼ無料だ。もし、素材を購入したとしても金貨2枚もいかないだろう。ボッタクリもいい所だ。
代理人の所に軍務主計官の人が来て、もう10本ほど注文できないかと問い合わせがあったそうだ。10本くらいなら1時間もあればできるから受注しておくか。あと3日ほどオークションが開催されるそうなので、最終日に持ち込むと約束しておいた。
全部で金貨780枚なり。
もちろん代理人さんに手数料を払った後の金額だ。鋳造魔剣5本が570枚で売れたのが大きかった。金って、ある所にはあるんだな。
予定より稼ぎすぎたので、市場への還元の意味もあって闇オークションで入札してみた。魔法の品に混ざって、没落貴族の令嬢とか、違法薬品とか、レベルの上がる薬とかが出品されていた。レベルの上がる薬はAR表示で確認したところ「経験値+1万」となっていたので、オレには意味の無いものだった。迷宮都市でのドロップ品らしく金貨70枚ほどで落札されていた。思ったより値段が低かったが、使い捨ての品物としては破格らしい。
購入の時も代理人が使えるそうなので、依頼してみた。数冊の魔法書と巻物が3本だ。闇オークションで出る品だけあって、犯罪臭が凄い。
術理魔法:偽装情報
術理魔法:開錠
術理魔法:施錠
シーメン子爵の巻物工房で断られたものばかりだ。
最終日には「亡国の王女」や「古代語の研究書」、「飛空艇の空力機関」といった目玉商品が目白押しらしい。亡国の王女って、アリサやルルの姉妹とかじゃないだろうな?
◇
歓楽街で英気を養った後に、地下迷宮の奥にあるいつもの広場で、鋳造魔剣を量産した。途中で飽きてきたので、槍や斧槍タイプも何本か作っておいた。生産コストは高いが、オークションでも斧槍タイプが一番高値がついていたので作ってみた。定番魔法回路を紹介する本に、魔力を電撃に変換するヤツが載っていたので、斧槍に後付で追加してみた。魔力を流す量を間違うと自分も感電しそうだったので保護回路も追加しておいた。
>称号「魔法武器の鍛冶師」を得た。
帰る前に消臭で痕跡を消したのに歓楽街に寄ったのがバレてしまった。小さくても女の勘は鋭いものだ。
明日の武闘会の決勝は、陛下も臨席するらしい。
しかも、リーングランデ嬢と王子の2人が、決勝前にエキシビションマッチをするそうだ。もし、騒動が起こるなら、そこか結婚式のどちらかだろう。
王子達と「自由の翼」が接触する気配は無いようだ。例の伯爵邸は摘発されたらしく、構成員の数は半分になっている。難を逃れた者達は下水道に潜伏している。自首しても斬首みたいだから臭くても出るに出れないのだろう。できれば、そのまま終の棲家にしてひっそりと余生を送って欲しい。
※8/4 称号を追加しました。
8-15.決勝当日
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。シェイクスピアの有名作品のセリフに「to be or not to be」というのがありますが、高校に入るまでずっと格闘マンガのキャラのセリフが原典だと思っていた黒歴史があります。勘違いって、誰にでもありますよね。
◇
今日は朝からタマの様子がおかしい。
やたらと部屋を行ったり来たりしてると思ったら、ポチやアリサに絡むというか、くっついて床をゴロゴロとジャレあっている。
「どうかしたのか? タマ」
「ん~? 何かムズムズする~」
「プンプンなのです! 今日のタマはおかしいのです」
おや? ポチも珍しく怒りっぽいな。
タマが、オレの膝の上に座っていたミーアを押しのけるように割り込んできて、膝の上で丸くなる。どうしたんだろう? 強引に割り込んで来るなんて珍しい。
「士爵さま、本日の決勝戦は観戦に行かれないのですか?」
「ええ、決勝戦後の祝賀会で料理を振舞って欲しいと依頼されているので、もう少ししたら登城する予定です」
なんでも、複数の貴族達から、公爵の家令に問い合わせがあったそうだ。ここ数日の間にあった陛下が臨席する舞踏会や晩餐会は高位貴族しか参列できなかったので、オレは参加していない。さすがに参加しない晩餐会や舞踏会の料理を作れとは言えなかったのだろう。
その点、今日の祝賀会は優勝者や貴族だけでなく、本戦出場できた武芸者と公都の有力者も招かれるそうなので、前の舞踏会の時の様に数品の料理を出して欲しいと依頼があったのだ。
今日の決勝には陛下も臨席されるので、カリナ嬢も弟氏と一緒に列席している。
タマは、背中を撫でられているうちに落ち着いたのか、難しい顔のまま眠ってしまった。
公都が震撼したのは、そんな時だ。
◇
地震があったわけではない。
例えるなら潜水艦のアクティブソナーのような、探査魔法の信号が1度だけ通り過ぎただけだ。
ただ、その威力が尋常ではないらしい。
「何? 今の」
「信号?」
「何かゴーンってきたのです!」
「マスター、戦闘準備を」
オレだけでなく、半分くらいのメンバーが、さっきの信号を認識したようだ。
恐らく、タマが情緒不安定だったのは、この前触れを感じていたのだろう。
リザがこの間渡した新装備を装着し始めている。少し遅れてポチとナナも着替え始めた。目が幸せだが、そのまま眺めているわけにもいかないので、ルルに頼んで、ナナの前に衝立を置いて貰う。
「タマも着替えなさい」
「あい~」
マップには魔族が出現している。闘技場の上空だ。
闘技場にはリーングランデ嬢や王子と聖騎士達に加え、レベル40超えの者達が20人近くいる。間の悪い魔族だ。オレが介入するまでも無く抹殺決定だろう。
「何が起こったの?」
「また、魔族だ」
「え~、また~」
本当に、そろそろ自粛して欲しいものだ。
アリサ達も、この間作った新装備に着替えておいて貰う。リザ達より薄手だが、お揃いの白い革鎧だ。リザ以外の者達は、鋳造魔剣に替えてある。この間、オークションで売ったのとは見た目がかなり違うし、銘がサトゥー・ペンドラゴンになっている。
魔族は「召喚魔法」「精神魔法」「火炎魔法」が使えるみたいだ。時間をかけると色々召喚しそうなので、早めに処分しよう。
皆が着替えを始めてしばらくして、警報の鐘の音が公都に響き渡った。
◇
公都の貴族の館には、魔族の襲撃に備えて地下シェルターが存在する。このシェルターは貴族達が自身の安全の為に設置したものだけあって、異常に頑強だ。上級貴族の家にあるものは、なんと外壁なみの強度がある。
警報の鐘の音に少し遅れて、館付きのメイドさんが、避難誘導に来た。
「アリサ」
「ほい、ほ~い」
「皆で、地下シェルターに避難していてくれ。本気でヤバそうなら例の信号を送るから、後先考えずに地下迷宮に緊急転移して欲しい」
「あいあい」
対魔族対策はコレでいいか。
リザ達に、もう一つのやっかい事の対処を依頼しておく。
「リザ」
「はいっ!」
「セーラ嬢の馬車が、悪漢に追われている。ミーアやナナと一緒に馬で保護に向かってくれ」
「了解しました」
「了解です、マスター」
「ん」
自由の翼の面々が、セーラ嬢を誘拐しようとしているみたいだ。
オレが直接助けに行ってもいいのだが、変にフラグが立っても困るからリザ達に任せた。リザ達の実力なら余裕だろう。セーラ嬢は、この屋敷に向かって逃げているようなので、リザに大体の道順を教えておいた。
◇
オレは公爵城に行くからと地下シェルターへの避難を断って出かける。
適当な路地裏で、ナナシ銀仮面の勇者バージョンに変身して、闘技場に向かう。
とりあえず、状況把握の為に新魔法の「遠耳」と「囁きの風」を発動する。焦点は、これから向かう闘技場だ。
『魔族よ、いや魔王よ、貴様の命運もこれまでだ』
この声は王子だな。レベル71の上級魔族だが、魔王じゃないぞ?
状況は混沌としているようだが、闘技大会の決勝だけあって、国内有数の強力な者が沢山いるので蹂躙されているわけではないようだ。
『勇気ある戦士達よ、協力しあって魔物達を討伐するのだ。魔法使い達よ、攻撃魔法より、戦士達への強化魔法を優先しろ』
今度はリーングランデ嬢だな。
魔族は、兵隊用の魔物を召喚したのか、王子以外の人々は魔物の排除に追われている。レベル40台の魔物が、10体以上も召喚されている。高レベルの探索者や騎士、武芸者なんかが徒党を組んで戦っているみたいだ。聞こえてくる喧騒が、すごく生き生きとしている。よっぽど戦うのが好きなんだろうな。
『結界だ、防御結界を張れ』
『だめだ通路が崩落している、脱出路を確保しろ』
どうして陛下の影武者を初めとした貴族達は逃げていないのか不思議だったが、そういう事らしい。遠耳と囁きの風って便利だ。
一般客は通路が無事だったのか、外に向かって殺到している。踏み潰されて死んだ人間はいないみたいだ。血の気の多い人間ばかりだったようなので、心配無用のようだ。
オレは、天駆と縮地で、闘技場の近くにある尖塔の一つの天辺に降り立つ。
魔族は、頭部が2つあり、黄色い肌で、肩から水牛のような2本の角が生えている。頭が2つという事は、黄金の猪王みたいに同時に魔法を使って来るんじゃないだろうか。
リーングランデ嬢や手柄を立てたい人間には「空気読め」と言われそうだが、闘技場には知り合いもいそうなので、さっさと始末しよう。
まずは、大物の上級魔族を光魔法の「光線」で倒すか。
そう決断するのを待っていたかのように、空間を割ってそれは現れた。
水面から浮かび上がるように光の波紋を生みながら、流線型をした銀色の宇宙船のようなモノが現れた。
船首には、青い鎧の男――勇者ハヤト・マサキが立っている。アリサに会ったときはレベル61と言っていたが、今はレベル69まで上がっている。
『俺様、見参!』
その言葉に挑発のスキルが篭められていたのか、飛行型の魔物が勇者に向かっていく。
『ほう勇者ハヤト、ワラワの前に現れるとは、死ぬ覚悟ができたのデスか?』
『いつまでも、昔の俺様だと思うなよ! 今日こそ雪辱を果たさせてもらうぜ!』
今なら「光線」で一瞬なんだけど。撃ちにくいな。
『ひかえろサガ帝国の狗め! 勇者がサガ帝国の専売ではない事を証明してくれる』
王子だな。任せておけばいいのに。
『≪踊れ≫、クラウソラス!』
さっきの≪踊れ≫は、何かの合言葉だったみたいだ。王子の手から離れた聖剣クラウソラスが青い光を放ちながら、黄色魔族を襲う。おお~ 前に博物館で見た絵は、誇張はあるものの嘘じゃなかったんだな。
あ、弾かれた。
弱いなクラウソラス。
『聖剣が泣いてるぜ、王子様。そいつは古の大魔王――黄金の猪王の筆頭幹部だ。数百年生き延びた最上級魔族なんだよ。死にたくなければ、下がっていな。≪歌え≫アロンダイト』
勇者の持つアロンダイトが、勇者の合言葉を受けて激しい聖光を放つ。
オレの聖剣にも、ああいう合言葉はあるんだろうか? 魔法道具の説明書のお陰で読めるようになったのが、近代に作られた魔法道具だけだったので、聖剣とかはまだ読みきれていない。合言葉くらいなら読み解けそうだから、ヒマを見つけて調べよう。
船から現れた勇者の仲間達が、勇者に強化魔法をかけて行く。興味本位で「遠見」の魔法を使ったのだが、止めておけば良かった。
僧侶らしき、ゆるふわタイプの巨乳美女が強化魔法を使う。目の下のほくろがいいね。
弓兵らしき長耳族の女性が、勇者に接近する魔物を迎撃する。1射した矢が途中で10本ちかくに分裂して魔物に襲い掛かっている。赤い光が漏れているのを見る限り魔法の矢なのだろう。
弓矢を逃れた魔物達が銀の船の上に着地したが、身軽な軽戦士と双剣の戦士の2人が瞬く間に排除している。彼女達も耳族だ。虎耳族と狼耳族の二人だ。虎耳がポニテ、狼耳がショートヘアの色っぽい美乳美女だ。
最後に出てきたのが、長杖を持った豪奢な金髪の爆乳美女だ。カリナ嬢に匹敵しそうだ。何か長々とした呪文の詠唱を始めている。
要は従者全員がグラマラスな美女軍団なわけだ。
リア充爆発しろ。
どうしよう。
トルマ並みに空気を読まずに片付けるべきなんだろうか。
撃つべきか撃たざるべきか、それが問題だ。
このままサトゥーに攻撃させると、敵の強さがわからないので、別キャラ視点の話を1~2話はさみます。
黒歴史はサトゥーのものです。作者のエピソードじゃないです。本当ですよ?
8-16.決勝当日(2)
サトゥー視点ではありません。
※本日は『なぜか』2話連続投稿してます。8-15もご覧下さいな……orz
※9/1 誤字修正しました。
※本日は『なぜか』2話連続投稿してます。8-15もご覧下さいな……orz
※9/1 誤字修正しました。
まったく、茶番だわ。
陛下が臨席するからと言って、どうして私と殿下が模擬戦をしなくてはならないの?
しかも、殿下の持つのは聖剣クラウソラス。シガ王国を体現するとも言われている「不敗」の剣だもの。
絶対に勝つわけにはいかないのよ。
正しくは聖剣クラウソラスを持つ者は、決して負けてはいけない。なぜなら、それは不敗のシガ王国の敗北を連想させるから。
たとえ幻想とわかっていても、敗北は許されない。
もっとも、わざと負けようとしなくても、魔法抜きだと殿下の方が、やや強いはず。
奥の手を使わない限り勝ちようがない。使ったら、間違いなく殿下を殺してしまうもの。流石にそれは不味いものね。
ああ、憂鬱だわ。
◇
観客席から私の名を呼ぶ声援が聞こえる。殿下への声援もあるけれど、「王子」という称号に惹かれているだけじゃないのかしら。
勇者の従者になったときに頂いた魔法の鎧チャフタルを身にまとい、迷宮探索中に手に入れた雷の大剣を担ぐ。この鎧は着る者に、身体強化の魔法と同じ効果を与える。魔法回路に魔力を通せば、魔力の盾や狙撃を防ぐための幻術を発動する事もできる。
試合開始の円陣の中に入る。
試合開始の合図に合わせて、魔力の盾を発動。続いて、雷の大剣に魔力を通して雷刃を発動する。
強化魔法を重ねがけする前に嫌な予感がして、横に跳びずさる。
私がいた場所を、火弾が突き抜ける。
火弾の杖?
軍用の兵器じゃない。
魔法を詠唱しなければいいってものじゃないのよ?
「懐かしいだろう? 貴様が学院で作ったモノだからな」
殿下の聖剣が青い軌跡を描きながら襲ってくる。
なんて、速い。
聖剣の使い手は空を飛ぶという伝説は本当だったのかも。
大剣で聖剣の軌道を逸らす。
重い。手首を痛めそうだわ。
大剣の刃に纏わせた雷も、聖剣を伝わる事無く宙に散っていく。
相手が普通の剣だったら、今ので気絶か麻痺状態にさせられたのに。
お返しとばかりに、大剣を殿下の足に叩きつける。
聖騎士の鎧が発動している防御膜に大剣を受け止められた。
さすがに、大国最強の聖騎士の装備だけはある。
今度は殿下の剣を防ぐのを鎧に任せ、私は攻撃に注力する。
強打スキル発動。命中や攻撃精度が落ちるけど、今は威力だ。
魔刃スキル発動。いつもは魔力が勿体無いから使わないけど、今は魔力を温存する意味が無いから。
大剣が赤い光を帯びる。
鋭刃スキル発動。殿下を殺す気は無いけれど、殺すつもりでやらないと、あの鎧の防御は抜けない。
「旋風烈刃」
必要もないのに技名を叫んでしまう。
私もハヤトのバカに染まってしまったみたいだわ。
てっきり防がれると思ったのだけれど、あっさり命中して防御膜を破壊する。
まずい、このまま刃を止めなければ、勝ってしまう。
何とか殿下に致命打を与える前に刃を止められた。
でも、そんな不安定な体勢を殿下が見逃すはずも無く。
私は鞠のように闘技場の地面を跳ね飛ばされていった。
◇
歓声と悲鳴と罵声。
一瞬だけど気を失っていたみたいだ。
王子が追撃の火弾を連射してきている。殺す気なの?
どうやら、先ほど剣を止めたせいで彼の肥大化したプライドを傷つけてしまったようだ。殿下の目が怖いくらいに血走っている。
詠唱の早い破裂で火弾を爆破して止める。
でも、私達の戦いは、ここまでだ。
空に生まれる召喚陣。
アレハキケンダ。
頭が割れそうなくらい、直感が危険信号を送ってくる。
私は、魔法爆破の詠唱を始める。だめだ、殿下は、上空の召喚陣に気が付いていない。私しかみていないんだ。
殿下の攻撃を回避するために、呪文の詠唱を中断する。
こんな事なら、さっき刃を止めるんじゃなかった。
召喚を止める事ができなかった。
そこに現れたのは、黄色い肌の魔族だ。あの存在感に威圧感、間違いなく上級魔族だ。身長5メートルを超える巨躯が地面に着地する振動で倒れそうになる。
前にハヤトが言っていた。
たった一度だけ、魔族から逃げた事があると。
その時に、仲間の半数がハヤトを逃がすために犠牲になったと悔しそうに言っていた。あの非常識なまでに強いハヤトが遅れをとったなんて信じられなかったけど、今ならわかる。
アレは桁が違う。
魔王は、アレより更に強いの?
無理だ。
絶対に無理。
理屈じゃない、魂が叫んでる。今すぐここから逃げたい。
心が折れそうな私が踏みとどまれたのは、意外な人の言葉のお陰だった。
◇
「魔族よ、いや魔王よ、貴様の命運もこれまでだ」
殿下、相手の強さも測れないなんて。彼は虚勢を張っているわけじゃない。もし、こんな時に、絶対強者に対して虚勢を張れるくらいの男気があったなら婚約を解消する事もなかったかもしれない。
魔王は首を傾げた後に殿下の剣を見て興味を抱いたようだ。
「その剣はクラウソラス、デェスね? ヤマトの子孫デシタか」
なんだろう黄肌魔族が会話をしながら、何かが咆哮する声が聞こえる。もう一つの首の方か、詠唱しているんだ。
召喚を妨害するために、詠唱の早い破裂を、黄肌魔族に叩き込む。
だめだ。
威力の弱い下級魔法じゃ普通に手でふせがれてしまう。
威力よりも速さを!
詠唱短縮を発動しつつ、爆裂を唱える。たぶん、間に合わない。でも只で詠唱させたりしない。
黄肌魔族の詠唱が完了し、地面に出現した召喚陣から魔物が出現する。ムカデにサソリ、カマキリ、双角甲虫までいる。
アレを相手にしながら闘えるほど黄肌魔族は、簡単な相手じゃない。さっきの爆裂も大してダメージを与えられなかった。
そうだ、会場には本戦の出場者やその仲間達がいる。魔物は彼らに任そう。
拡声の魔法を使って会場の戦士達に呼びかける。
「勇気ある戦士達よ、協力しあって魔物達を討伐するのだ。魔法使い達よ、攻撃魔法より、戦士達への強化魔法を優先しろ」
バラバラに魔物と闘っていた人々が、連携を取り始めた。
彼らはベテランだ。きっかけさえあれば、魔物なんかに遅れは取らないだろう。
ムカデ型の魔物が襲って来た。殿下の方にも甲虫型の魔物が襲い掛かっている。
「ふむ、やはり勇者はいないデ~ス。これは折角の土産が意味ないデスね」
黄肌魔族がボヤキながら召喚した魔物に強化魔法をかけている。
せめて殿下が前衛を引き受けてくれたら、強力な魔法が使えるのに。
「おかしいデ~ス。これだけ騒ぎを起こしたら青いのや赤いのがしゃしゃり出て来るはずなのデェスが」
このムカデ強い。剣じゃなかなか倒しきれない。こんな時、ハヤトやあの子達がいてくれたら。
「あはは~ お姉さん、苦戦してるじゃな~い」
「余所見をするな、殿下の加勢に行くぞ」
シガ八剣のレイラス殿と、聖騎士の少年が殿下の加勢に向かった。少年が行きがけの駄賃としてムカデの足一本を斬り飛ばして行った。
注意がそれた所を、爆裂を3連打して倒す。詠唱は長いけれど、爆裂には気絶や後退効果があるからなんとかなった。
大盾を構えたレイラス殿が、黄肌魔族の火炎地獄を受け止めている。凄いわね。魔法を併用しているのだろうけど、あれだけの攻撃を受けれるのがハヤト以外にいるとは思わなかったわ。
「ほう? 懐かしい盾デスネ。これはどうデスか?」
黄肌魔族の放った白い炎の飛礫が、高速でレイラス殿の大盾を容易く貫く。
彼を殺させるわけには行かない。彼が死ねば戦線が崩れる。
私は利己的な思いから、一つの選択をする。
「偉大なるパリオンよ、我が魂を糧に勇者召喚を叶えよ! われは従者、勇者ハヤトの従者リーングランデ!」
それは詠唱では無い。
パリオン神への祈願だ。この願いでどれだけ私の寿命が減るのかは知らないけれど、私の故郷を蹂躙させずに済むなら、寿命くらい10年でも20年でも捧げるわ。
私の祈りに応えて、胸元で神授のお守りが輝く。
さあ、来なさい、ジュールベルヌ。
勇者を乗せて、いざ戦場へ!
リーングランデ嬢視点です。
時間は、前回の上級魔族登場より少し前です。
時間は、前回の上級魔族登場より少し前です。
8-17.決勝当日(3)
※昨日は2話投稿しています。(もし見落としていたら 8-15 も御覧ください)
勇者ハヤト視点です。
時間は、リーングランデ嬢が召喚する少し前です。
※2/11 誤字修正しました。
勇者ハヤト視点です。
時間は、リーングランデ嬢が召喚する少し前です。
※2/11 誤字修正しました。
「ねえねえ、ハヤト。魔王はどこに出現すると思う?」
「さあな、俺様に難しい事を聞くな。魔王が現れた所に急行して倒す。それが俺様の仕事だ」
メリーエストめ、俺に判る訳がないだろう。
「あはは、勇者様らしいや」
「仕方ないよね。神託がバラバラなんて初めてらしいから」
猫耳のルススと犬耳のフィフィが気楽に言う。
知ってるぞ、お前達は俺サイドだ。俺の座る船長席に身を乗り出してきた2人の耳を触る。実にイイ感触だ。一緒に行動しだして5年経つが、耳を触れさせてくれるまで3年もかかった。
「順当な所だと、シガ王国の迷宮都市セリビーラか迷宮が復活したクボォーク王国あたりですわね」
僧侶ロレイヤがおっとりした声で予想を言っている。書記官のノノと魔法剣士のリーングランデが居ない今、魔女メリーエストとまともに話せる相手はロレイヤしかいない。
ロレイヤが後ろから人の頭を抱え込んできた。頭の上に乗った胸が重い。俺は無造作に胸を押しのける。邪険にされているのにロレイヤが嬉しそうだ。
胸なんて只の脂肪の塊りに過ぎんのですよ。エロイ人にはわからんのです。
「勇者様は、今日もストイックですね」
聖職者のセリフじゃないよな。
ああ、どうして俺のパーティーはボンキュボンばかりなんだ。
一人くらい幼女が居てもいいじゃないか。無口娘は居るが、ノノは今年23歳の上にEカップだ。無口幼女が居てくれたら、いつでも愛を囁くぜ。
はあ、この前助けたシガ王国の兵士らしき中学生くらいのツルペタ少女はなかなか良かった。あと5年早く出会っていたら、絶対に求婚した自信がある。
「ハヤト、セリビーラのノノから定時連絡が入りました。『平穏無事』です」
「そうか」
メリーエストやロレイヤの予測だと、セリビーラが一番怪しいらしい。護衛付きとはいっても非戦闘員のノノを置いておくのは危ないかもしれん。
「誰か、ノノと交代でセリビーラに行かないか?」
「え~、ヤダよ。ハヤトの傍がいい」
「だよね~ ハヤトの近くにいると戦いに不自由しないもんね」
迷宮都市に行っても、迷宮に潜れないんじゃストレスが溜まりそうだし、ルススとフィフィの2人なら、キレて迷宮に突撃してしまいそうだ。
半時間ほど経ってから、ヨウォーク王国に潜入中のセイナから定時連絡が入った。
「読み上げます。『貧乏小国は、今日も平和。ボクはヒマだ~』です」
ノノ同様に交代させてやりたいところだが、うちのメンバーで潜入ができるのは、斥候のセイナだけだ。我慢してもらおう。
個人的にはヨウォーク王国に出現して欲しい。あの国はマイハニーを迷宮復活の生贄にした大いなる罪があるからな。
帝国にある勇者の迷宮に潜ってばかりいたせいで、クボォーク王国の滅亡に気付かなかったのは痛恨のミスだった。
◇
「リーンからの定時連絡は無いのか?」
あの几帳面なリーングランデらしく無い。
オーユゴック市の地下迷宮は不活性化しているはずだから、魔王が現れる事は無いはずだ。神託が降りたのも何かの間違いだろうけど、リーングランデの生まれ故郷だし、弟さんの結婚式があるって言ってたから丁度いいと送り出した。
「ハヤトは忘れっぽいね~」
「まったくよね。それで、何を忘れてるの?」
「リーンは、用事があって定時連絡の時間を昼過ぎに変更してたじゃない」
ルススとフィフィめ、忘れっぽいのはお互い様だ。
そうだったな、昨日の晩の定時連絡で、シガ王国のアホ王子と試合だって愚痴ってたっけ。
その時だ。
船長席の前にある操作宝球が激しく明滅する。
神授のタリスマンを誰かが使ったみたいだ。いや、状況から見てリーングランデに違いない。
「総員、配置につけ」
「メリー、タリスマンを使ったのは誰だ」
「ちょっとまって――リーングランデよ」
やはりか。
「俺は船首で待機する。操船はウィーに任せるぞ」
「任せて」
俺はアロンダイトを担いで船首へ急ぐ。
◇
鈍色の異空間を抜け、船は元の世界へと帰還する。
よし、いつものセリフだ。
「俺様、見参!」
うむ、気持ちいい。
俺の挑発を受けて、空を飛んでいた魔物がジュールベルヌに向かって突撃してくる。
伝声管からメリーエストの報告が入った。
『リーングランデは無事よ。敵は――』
言い淀むメリーエスト。
皆まで言うな、まさかヤツが居るとはな。
そこにいたのは因縁のある相手だ。
ヤツと出会ったのは勇者として召喚されて3年目だ。無敵だと思っていた俺達のパーティーは、この黄肌魔族に惨敗した。仲間達が、その身を犠牲にしてくれなかったら、俺もこいつに殺されていただろう。
だが、俺はあの時の俺じゃない。
目にモノ見せてくれるぜ。
出し惜しみはしない、最初から全力だ。
ユニークスキル「最強の矛」「無敵の盾」を発動する。最後に「無限再生」を発動した。無限再生は月に1回しか使えないから、魔王戦に取っておきたかったんだが、こいつ相手じゃ出し惜しみしたら負ける。
雑魚は仲間達に任せて、オレは黄色野郎に専念する。
仲間達を降ろした船が自動操船で、次元の狭間に沈んでいく。貴重な船をこんな場所で失うわけにはいかないからな。
「ひかえろサガ帝国の狗め!」
なんだ? アホ王子か?
シガ王国の聖剣を使うみたいだが、なっちゃいないぜ。あんな使い手じゃ聖剣が可哀相だ。一応、聖句を使えるみたいだが、聖剣の力を引き出せていない。
見せてやるぜ、本当の聖剣の使い方ってヤツを!
「≪歌え≫アロンダイト!」
聖剣の青い輝きが一層激しくなる。
飛翔靴を発動して、黄色野郎に突っ込む。
今日のアロンダイトは一味違うぜ!
すみません、間に合わなかったので2話に分けました。
※8/11 愛称と名前を整理しました。
※勇者パーティ
魔法剣士リーングランデ(シガ王国の公爵の孫、王族の血を引く)
魔女メリーエスト(サガ帝国の第21皇女、豪奢な金髪の爆乳美女)
僧侶ロレイヤ(ゆるふわタイプの巨乳美女)
弓兵ウィーヤリィ(長耳族)
身軽な軽戦士ルスス(虎耳族、ポニテ)
剣の戦士フィフィ(狼耳族、ショートヘア)
斥候セイナ
書記官のノノ
※8/11 愛称と名前を整理しました。
※勇者パーティ
魔法剣士リーングランデ(シガ王国の公爵の孫、王族の血を引く)
魔女メリーエスト(サガ帝国の第21皇女、豪奢な金髪の爆乳美女)
僧侶ロレイヤ(ゆるふわタイプの巨乳美女)
弓兵ウィーヤリィ(長耳族)
身軽な軽戦士ルスス(虎耳族、ポニテ)
剣の戦士フィフィ(狼耳族、ショートヘア)
斥候セイナ
書記官のノノ
8-18.決勝当日(4)
勇者ハヤト視点の続きです。
少し短めです。
※2/11 誤字修正しました。
少し短めです。
※2/11 誤字修正しました。
どれだけ、剣を交えただろう。
魔法主体のはずの黄色野郎と剣で互角とか、自信が揺らぐぜ。どんな魔法か知らないが、ヤツの爪の延長線上に生えている魔法の刃が厄介だ。幾ら砕いても生えるのは反則すぎる。
鑑定スキルで見る限り、黄色野郎とのレベル差は僅かだ。
なのに、なぜ届かない。
黄色野郎の火炎攻撃を「無敵の盾」で受け止め、「最強の矛」で強化された聖剣アロンダイトで奴の防御膜を突き破る。だが、ヤツの周りに生まれる鱗状の防御膜を、貫いている間に威力が削られてしまう。
僅かばかりのダメージが通っても、ヤツの周りに浮かぶ3つの球体がヤツを癒しやがる。球体から先に始末しようにも、1つ潰している間に次を召喚されちまう。
このままだとジリ貧だ。
「ハヤト、一人で闘おうとしないで、私達はチームよ」
しまった、熱くなりすぎていた。
メリーの言うとおりだ、協力しないで難敵に勝てるはずも無い。
幸いほとんどの雑魚魔物たちは闘技場の反対側で、シガ王国の戦士達が始末してくれているみたいだ。シガ王国にはめったに来ないから知らなかったが、この国の戦士達もなかなか侮れない。いつの間にか黄色野郎から距離を取った手際もそうだが、お互いに接近しすぎないように上手く距離を取っている。
まるで誰かが調整しているみたいだ。
思わず、そんな事を考えてしまった。
バカバカしい。雑魚に見えても、あの魔物達はレベル40台だ。そんな事をする実力のあるヤツがいたら、俺達のパーティーにスカウトしたいくらいだぜ。
俺達の近くに残っていた2匹も仲間達が抑えてくれている。
ムカデ型のはルススとフィフィが担当だ。苦戦しているみたいだが、リーングランデも加勢に行ったから、もうすぐ始末できるだろう。
双角甲虫が飛び回っているが、ウィーヤリィが近くに来ないように牽制してくれている。
「ウィー、そいつは任せた。後でルススとフィフィを応援に回すから時間を稼いでくれ」
「わかったハヤト。こちらは任せてくれ」
ちがう、ウィーヤリィ、そこは倒してもいいのだろう、と返して欲しかった。弓兵の癖にわかっていない。
「そろそろ作戦の打ち合わせは終わったのデェスか?」
ちっ、攻撃が来ないと思ったら……。
その余裕を後悔させてやるぜ。
「ハヤト、詠唱の時間を稼いで」
「了解だ!」
アロンダイトを構えて突撃する前に、黄色野郎の火炎攻撃が襲ってきた。
無敵の盾で強化された聖盾で、白い火炎の豪雨を防ぐ。全部は防ぎきれなかったが、多少の怪我は、ロレイヤが幾らでも癒してくれる。
「サスガ、サスガなのデース。煉獄の白焔を防ぐとは進歩したデスネ。やはり勇者は面白いのデース」
ザコを倒し終わったルススとフィフィがウィーヤリィの援護に向かう。
「リーングランデ、ロレイヤ、詠唱を始めるわよ」
3人が神授のタリスマンを利用した禁呪の詠唱を始めた。
タリスマンには幾つもの便利機能があるが、詠唱同期は戦略魔法の威力や精度を飛躍的に跳ね上げる。
メリーは回復球ごと倒すつもりだな。
しかし、ここで戦略級の禁呪なんて使ったら、この都市に無視できない傷痕が残るぞ。
「おかしいデスね。どうして青や赤が出てこないのデスか?」
黄色野郎が首を傾げてやがる。
どこか上の空のヤツの攻撃を盾で防ぐ。チャンスな気がするが、ここで後衛から離れるわけにはいかない。
「まあ、いいのデス。勇者達のダメージはイタ気持ちイイのデスが、そろそろ勇者の恐怖や絶望を味わいたいデスね」
「ふん、このM野郎が! 俺様に恐怖だと? できるものなら、やってみろ!」
「では、折角のお土産デス。存分に味わうがいいのデス」
俺はヤツの攻撃に備えて、加速の魔法薬を呷る。こいつを使うと後が無くなるが、嫌な予感がしてならない。苦い液体を飲み干す。少しずつ効果が現れ、まわりの動きが、だんだんとゆっくりになって行く。
黄色野郎の背後頭上に巨大な召喚陣が生まれる。
むざむざ、召喚を許すものか!
「《歌え》アロンダイト、《奏でろ》トゥーナス」
聖剣と聖鎧の聖句を唱える。
オレの魔力を呼び水に、聖鎧の核を成す賢者の石から溢れるような魔力が生まれる。そして、その莫大な力が、聖剣へと流れ込む。
黄色野郎の召喚陣の完成前に準備が整う。
「閃光延烈斬」
やはり必殺技は叫ぶべきだ。
亜音速で振りぬいたアロンダイトから、光の刃が召喚陣に向かって襲い掛かる。
ちぃっ。
ヤツめ、頭上の回復球の1つを閃光延烈斬の刃の前に投げつけて防ぎやがった。
重ねて閃光延烈斬を放つが、今度はヤツの足元に落ちていた魔物の死体で迎撃されてしまう。
奮戦空しく、召喚は成功してしまった。
「なん……だとっ」
それは空飛ぶクジラ。
全長300メートルを超える巨大な魔物だ。
「だ、大怪魚?!」
「うそだよ、黄金の猪王が使役していたっていう、アレ?」
「伝説の空中要塞じゃん?」
詠唱していない3人から驚愕の声が上がる。
大怪魚、どこか間抜けな名前をしたこの魔物のレベルは97だ。
信じられなくて何度も見直した。
だが間違いない。
「どんなヤツが相手でも引くわけにはいかない。ウィー、ルスス、フィフィ、ジュールベルヌを浮上させろ、主砲の使用を許可する。アロンダイトを持って行け」
貴重な次元潜行艦が壊れるのを警戒して、次元の向こう側に隠していたが、そうも言っていられない。皇帝陛下には悪いが、艦を無事に持ち帰るって約束を守れそうにないな。
こいつの主砲を街中で使ったら大惨事は間違いないだろう。
勇者の名が地に落ちるかもしれないが、こいつを倒す方法は他に無い。主砲のコアになるアロンダイトを渡す。代わりに無限収納から予備の魔法剣を取り出した。
「いい恐怖なのデ~ス」
黄色野郎め。
いい気になっているのも今のうちだ。リーン達の詠唱が終わった時が、お前の最期だ。
大怪魚は、何を考えているのか、こちらを見向きもせずに闘技場の一角を見つめている。良くわからんが、好都合だ。案外、黄色野郎が召喚に失敗してコントロールできていないのかもしれない。
「シカシ、希望が残っていると、恐怖に雑味が混ざって、いまいちデスネ」
希望か。楽しいことを考えればいいんだな?
俺、この戦いが終わったら、孤児院に慰問に行くんだ。幼女の楽園に行くまで、絶対に死んでやらねえ。お風呂に入れてやったりとか、添い寝してやったりとか、夢が広がるぜ。
「俺様が勇者である限り、希望は何時だってあるのさ」
「笑止デスネ」
俺は気が付いていなかった。
空には、大怪魚を召喚した召喚陣が残ったままになっている。
そうだ、俺はその意味に気が付いていないといけなかったんだ。
召喚を終えても消えていなかった召喚陣から、続々と大怪魚が出現して来る。
その数は、最初のヤツを入れて7匹。
そうか、お前達が俺の死か。
なあ、パリオンさん。
あんたの世界はハードすぎるぜ。
明日からは、いつものサトゥー視点に戻ります。
長さも元通りになります。
2日連続で短い話だったので、活動報告にSSを1本載せて置きますね。
※勇者パーティ
魔法剣士リーングランデ(シガ王国の公爵の孫、王族の血を引く)
魔女メリーエスト(サガ帝国の第21皇女、豪奢な金髪の爆乳美女)
僧侶ロレイヤ(ゆるふわタイプの巨乳美女)
弓兵ウィーヤリィ(長耳族)
身軽な軽戦士ルスス(虎耳族、ポニテ)
剣の戦士フィフィ(狼耳族、ショートヘア)
斥候セイナ
書記官のノノ
8-19.闘技場での戦い
※7/27 称号を追加しました。
※9/15 誤字修正しました。
※9/15 誤字修正しました。
サトゥーです。昔は給食にクジラの肉が出ていたそうです。祖父の家に遊びに行っていた時に海岸に打ち上げられたとかいうクジラの肉を食べた事がありますが、すごく美味しかった記憶があります。
昔の事なので美化されている気がしますけどね。
◇
結局、迷っているうちに、攻撃するタイミングを逸してしまった。
取りあえず、人死にがでないように配慮しますか。
尖塔から、闘技場の観客席に移動する。
公爵や王様の影武者さん達は――まだ、手間取っているみたいだ。
よし、ここはアレを使おう。
この間手に入れた魔法に、「理力の手」というのがある。これは中級の魔法が使えるようになった術理魔法の使い手が、必ず覚える魔法だ。
所謂、サイコキネシスに近い効果といえばわかりやすいだろう。魔法使い達は、この魔法で、手の届かない所にある資料を取ったり、背中を掻いたり、自分の肩を揉んだりするらしい。
この「理力の手」は、非力な魔法使い並みの力しか出せないので、戦闘に使う魔法使いは少ない。術理魔法スキルに熟達すると、魔法の矢のように同時に使える「理力の手」が増える。同様に、「理力の手」は魔力操作に優れたものが使うと、結構な距離まで届くらしい。オレの場合、120本の手をそれぞれ500メートル位まで伸ばせる。
世の魔法使い達の間では、2本以上の手を上手く操れる者がめったに居ないそうだ。
スルスルと伸ばした無数の「理力の手」で、公爵達の行く手を塞いでいる3匹の魔物を掴んで、闘技場に投げ捨てる。
ちょいと、操作が難しいな。
そのうち、「理力の手」に剣を持たせて、千手観音みたいな感じで闘ってみたい。
公爵の護衛達は、急に魔物が排除されて驚いていたが、原因の究明よりも公爵の脱出を優先させたみたいだ。魔物を排除した人物を探している者もいるが、オレに気が付いた人間はいない。どうやら、前の潜入ミッションで覚えたスキルのお陰みたいだ。
◇
さてと、魔物とまともに戦えない人間の避難は済んだみたいだ。
もちろん、オレも避難が済むのを、ただ見ていたわけではない。逃げ遅れた人間を「理力の手」で掴んでは、避難通路に放り込む作業をしていた。
勇者パーティーと黄肌悪魔の近くにいる魔物を、闘技場の反対側に集めるのが一苦労だった。勇者が最初に範囲挑発をしてくれたお陰で、投げても投げても戻ってくるのにはまいった。
あまりにしつこい2匹は、あきらめて勇者パーティーに任せる事にした。虎耳の人とか狼耳の人とかが倒してくれるだろう。
残りの魔物は6匹。
王子達が、魔物退治に向かってくれたらいいんだが、なぜか黄肌悪魔に向かっていくので、数が減らない。効率の悪いやつらだ。
シガ八剣の壮年の方は、序盤に黄肌悪魔に受けたダメージが大きいのか退場してしまった。まったく、不甲斐ない。
戦闘狂の少年は、王子と一緒に黄肌悪魔とジャレあっていたが、さっき尻尾の一撃を喰らって気絶している。鎧のお腹の所がベコリと凹んでいるが、HP的に見て死にそうな怪我じゃないので放置でいいだろう。位置的にも範囲攻撃が来そうに無いしな。
◇
「ヤサク、大技は控えめにしろ。他のやつらがいつ崩れるとも限らん。スタミナは温存しておけ」
「ばーろー、お前は堅実すぎるんだよ。ここはガツンとやって数を減らすのが先だ」
「ちょっと、ヤサクもタンもお喋りは後にしなっ」
「そーですよー、ゆだんーしてるとー、あぶないですよー」
戦蟷螂と闘っているパーティーは大丈夫そうだ。重戦士に魔法戦士、魔法使いにポールアームを担いだ神官の過不足のなさそうなパーティーだ。
もちろん、そんなパーティーばかりじゃない。
「ホーエン卿、ここは某が援護するので、いざ行かれよ」
「なんの、ムズキー卿、貴殿の勲を見せるのは、この場しかありませぬぞ!」
ダンゴ虫型の魔物を前にして、お互いに譲り合っている騎士達。
この2人は20レベル弱なのだが、お付きの騎士達が高レベルなので無事でいるようだ。
ここのは取ってもいいかな?
だ・れ・も・見てないよね?
こっそり「石筍」を使う。
土系の初級魔法だが、弱い腹部を下から貫けるので、なかなか有用だ。ダンゴ虫は、石の槍で腹を貫通されて、空中に突き上げられているのに、まだ死んでいない。魔物のHPは、あと2割といったところだ。後は、騎士達が反撃を受けない位置から、我先にと殺到しているからすぐに決着はつくだろう。さっきまで譲り合っていたのに、現金なヤツラだ。
次のパーティーは寄せ集めみたいだ。
盾役が2人もいるのに、挑発スキルを使っていないみたいだ。そのせいで、アタッカーに魔物の狙いが行ってしまって、後衛が攻撃魔法じゃなく回復魔法に専念する状況になってしまっている。
「きゃー」
「ソソナ! ゲルカ、体勢を整えろ。ソソナの犠牲を無駄にするな」
蟋蟀型の魔物と闘っていたパーティーの一人が、後ろ足のキックで空中に打ち上げられている。それにしても、犠牲って……まだ生きているだろう?
あれは妖精族の少女かな?
空中10メートル近い高さまで打ち上げられている。魔法で威力を殺したんだろうけど、HPがぐんぐん減って1割を切りそうだ。空中にいるうちに「理力の手」で捕まえてこちらに引き寄せる。途中で、非売品の魔法薬を「理力の手」で少女の口に突っ込んだ。
どうやら間に合ったようだ。
9割ほどまでHPの回復した少女を観客席に横たえる。せっかくの初レプラコーンだったのだから、もっと近くで見たかったな。
「理力の手」は実に便利だ。堕落しそうで怖い。
こっそり、誘導矢を十発ほど打ち出して、蟋蟀の後ろ足の関節を狙撃する。
突然の援護射撃に驚いているようだが、これで後は放置しても大丈夫だろう。
このパーティーが一番苦戦していたみたいだ。他のパーティーは、苦戦しつつも、活き活きと闘っている。たまに助けたり、魔物から魔力を強奪したりしながら勇者達の戦いを観戦していた。
◇
あの黄肌魔族は、やっぱり、この間のオジャル魔族やナリ魔族の仲間みたいだ。魔王はもう倒したって教えてやったら、66年後まで大人しくしててくれないかな?
それにしても、黄肌魔族の頭上に浮かんでる3つの球は凄いな。勇者達が大ダメージを与えても瞬く間に回復している。この間の魔族召喚の本に呼び出し方が載っていないかな? AR表示で確認したが、回復球っていう名前みたいだ。検索してみたが、悪魔召喚の魔法書には載っていなかった。残念だ。
おや?
頭上に危機感知が働いている?
召喚の魔法陣がそこにあった。
何を召喚しようとしているのか知らないけど、ここから出たのはPOP即ゲットしてもいいよね?
そして、そこから現れたのは――
くじら?
空を飛んでて、300メートル近い巨体だが、間違いなく鯨だ。シロナガスクジラでも、あんなに大きく無かった気がするんだが?
魔物の名前は、大怪魚らしい。
絶対に、最初に見た日本人が「空飛ぶクジラ」と言ったのが語源だよな。
勇者達が驚いている。
それは、そうだろう。
あれだけのサイズがあったら、何食分取れるのか想像もできない。
大和煮はガチとして、何作ろうかな?
思わず、大怪魚と見つめあってしまった。
いやー、魔族よ。
やればできるじゃないか!
思わず小躍りしそうになったが、それは1匹だけじゃなかった。
なんと6匹も追加で召喚陣から出てきた。
そのあとも少しまってみたが打ち止めらしい。追加が来ないとも限らないので、召喚陣を破壊するのは止めておこう。
◇
さて、クジラを解体するのに肉を傷めたらダメなので、光線で頭を落としてすぐにストレージに収納する事に決めた。本当ならエクスカリバーの切れ味を披露したいところなのだが、相手がデカ過ぎて刃が届かない。
光線単発だと弱いので、集光を併用する事にした。
光線は1発あたりの攻撃力は弱いのだが、スキルレベルが上がると複数本撃てるようになる。これを集光で一つに纏める事で威力と収束度をアップするわけだ。
空間把握とレーダーを併用する事で、レーザーの軌道をシミュレートする。少し照射時間が足りないので、オンオフを連続で切り替えてパルスレーザーちっくに撃つ事にした。
連続で魔法を使ってもいいのだが、手間取って召喚陣の向こうに逃げられたらイヤだからね。
閃光とコピー機の近くにいるようなオゾン臭。パルスレーザーの軌跡が鯨を撫で、はるか彼方の雲を撃ち抜く。
よし、一撃でクリア!
あの大質量が落下したら大惨事なので、すぐさま天駆と縮地を使って落下を始めたクジラの肉に接近して、ストレージに回収する。焼けたのか血肉が蒸発したのか、鯨肉の近くは少し熱かった。
ホクホクだ。
レーザーで焼き切ったのに、結構な量の体液が飛び散った。レーザーだと傷口が焼けて血が出ないとか聞いていたけど、あれは俗説だったのだろうか?
そんな事に頭を悩ませていたのは、オレだけだったみたいだ。
いつの間にか、喧騒に包まれていた闘技場が静かになっている。
え~っと、クジラが美味しいのがいけないと思います。
>称号「大怪魚殺し」を得た。
>称号「幻術師」を得た。
>称号「光術師」を得た。
>称号「天空の料理人」を得た。
大怪魚をテイムするルートも考えたのですが、普段ジャマだったので食料扱いになってしまいました。
シロナガスクジラは30~40メートルほどです。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
シロナガスクジラは30~40メートルほどです。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
8-20.闘技場での戦い(2)
少し暴力的な表現や気持ち悪い魔物の描写があります。ご注意ください。
※2/11 誤字修正しました。
※2/11 誤字修正しました。
サトゥーです。人の三大欲求は睡眠、食欲、性欲といいます。だから食欲に負けて迂闊な行動を取ってしまうのも仕方ないのです。でも性欲にだけは負けないように頑張りたいと思います。幼女趣味は7つの大罪の一つといいますから。
◇
しまった。
ナナシの銀仮面モードだから大丈夫とは言っても、少し目立ち過ぎたかもしれない。
さて、どう誤魔化したものか。
いや、いい機会かもしれない。さっきからMMOの狩場で一人散歩するような、そこはかとないボッチ感を味わい続けていたし、ここは派手すぎるくらい派手にした方が、普段のオレから乖離して正体がバレにくいかもしれない。
幸い、クジラの蒸発した血が靄状になっていて、こちらの姿は見えていないはずだ。
オレみたいに「遠見」を使っているものもいないだろう。アリサと実験してみたが、使われると魔力感知で見られているのがわかった。
とりあえず、声だな。「あ、あー、あ」と声の高さを変えていく。
>「変声スキルを得た」
一番派手なヤツという事で、「白仮面、光背オプション付き」で行く事にする。
アリサと一緒に、深夜の変なテンションで考えた自重しないやつだ。服装は、金糸で彩った白を基調にした服をベースにしている。そこに無用なヒラヒラの布を垂らして巫女っぽいテイストを追加した上に、肩、胸、腰の布をだぶ付かせて性別不詳にしてある。
マントや外套は無く、例の白い笑顔の仮面を付ける。カツラは、新作のロングストレートの紫色の物にしてある。もちろん、アリサの髪で作ったわけでは無い。白い毛のカツラを染色したものだ。
そこに幻影魔法で、光る3重の光背をオプションに付けて、移動時には残像が残るようにしてある。オマケで、足首の外側に、移動速度に合わせて激しく光る環を出す。これに「自在盾」と「自在鎧」を出して完成だ。称号はナナシに合わせて「名も無き英雄」にしておいた。
サトゥーの時には絶対にしたくない派手派手スタイルだな。
どうせ介入するのだからと、開き直って、誘導矢を使い、2匹ほど残っていた虫系の魔物と黄肌魔族の回復球を破壊した。余った分は黄肌魔族に回したが、そちらは防がれてしまったようだ。いくつかの魔法の矢は、黄肌魔族の火炎魔法で焼かれてしまったらしい。魔法の対象を魔法にするのはいい使い方だ。今度、やってみよう。
「何者デェスか?」
「誰だ!」
勇者と黄肌魔族の誰何が重なる。
両者は互いに距離をとりながら、こちらを警戒しているみたいだ。オレは、高度を下げて、地上10メートルほどまでに降下する。
「ナナシ」
短く名前を告げる。
変声スキルを最大まで割り振ったお陰で、どんな声も自在だ。女性声優さんが演じる少年の声をイメージして声を調整した。年齢性別不詳でいい感じだ。
危機感知が、勇者の背後の美女の方から脅威を報告して来る。そういえば、詠唱を始めて2~3分経っている。何かの上級魔法なんだろうけど、この感覚からして街中で使えるレベルの魔法じゃなさそうだ。
ダメだ。
アレハ、トメナイト、イケナイ。
これだけ焦燥感に駆られるのは久々だ。一応ログを見たが精神魔法とかでは無いみたいだ。
勇者を説得して中断させるのがベストなんだろうが、問答をしている時間がなさそうなので、強引に行く。
まず「魔法破壊」で呪文を強制中断。
当然、魔法の構成を破壊された素の魔力が周囲にあふれ出す。深夜の各種魔法実験の結果から、この流れは予想できていたので、「理力結界」で美女達を守る。さほど強い防御魔法じゃないはずだが、問題なく守れたようだ。
ただし、魔法の強制中断によるフィードバックが多少なりともあったようで、みな地面にヒザを突いている。
「何をする!」
「その魔法は危険過ぎるよ。悪いけど、詠唱を中断させて貰ったよ」
勇者が美女達に駆け寄りながら、こちらに抗議してくるが、事後承諾させる。口調は声に合わせて少し変えた。
やはり、勇者なら周辺被害を抑える工夫はして欲しいものだ。昔再放送でやってたツバサマンを見習って欲しい。
「これは失笑なのデェス。仲間割れデスか? 恐らく幻術を使って大怪魚を召喚ゲートに引き返させたのデスね? なかなか知恵の回る仲間がいたものなのデス」
あれ? そういう解釈なのか。
◇
亜空間に隠れていたらしき勇者の銀色の船が浮上して来た。浮上してきた船の船首が白い輝きを放っている。
しばし船首を彷徨わせていたが、少し迷った末に照準を固定して光線を放つ。
困った事に照準はオレだ。
どうも、勇者が抗議してきていた姿を見てオレが敵と判断したみたいだ。短絡的なやつらめ、と内心で悪態を吐いたが、客観的に見て怪しい風体だったので、少し納得した。やはり仮面の見た目が正義の味方っぽくないのだろう。
自在盾を重ねて、勇者の船からの光線を受け止める。けっこうな速さで自在盾のHPが減っていく。オレのレーザー4~8本分くらいの威力はありそうだ。何時までも受け止めていられないので、「集光」魔法を使って、光線の向きを途中で逸らす。影魔法の「吸光」とかがあったらもっと楽だったかもしれない。
光線を発射している船首が赤熱してきているので、そのうち攻撃が止まるだろう。勇者が、船の仲間に向かって何かを叫んで居るが、相手は聞こえていないみたいだ。
「不甲斐ないぞ勇者! 《踊れ》クラウソラス」
あれ? 王子いたんだ。
勇者の船に続いて、王子までがオレを敵認定して空飛ぶ聖剣を撃ち出して来た。顔を横にずらして剣を避けて、通過寸前に柄を掴んで止める。手の中で暴れるが、一気に聖剣から魔力を吸い上げたら大人しくなった。
しかし、王子、ずいぶん草臥れた姿になっているな。
さっき、クジラをストレージに入れたときに、大量の体液と一緒にストレージに入らなかった寄生虫っぽい姿の魔物が闘技場に落下していた。個々は弱い魔物だったのだが、丁度、そいつらが落ちた所が、王子達がいた場所だったわけだ。
王子達なら大丈夫だろうと放置していたのだが、思いのほか苦戦していたようだ。鎧は半壊し、むき出しになった肌には魔物が喰らいついたと思しき傷跡が無数に残っている。よく失血死しないものだ。
戦闘狂の少年は、王子より酷い有様だが、狂ったように哄笑しながら、魔物の死体に剣を突き立てている。
◇
黄肌魔族が足元に召喚陣を作り出して、逃げようとしていたので、「魔法破壊」で召喚陣を破壊する。続けて黄肌魔族の防御魔法を「魔法破壊」で破壊するが、よっぽど積層化しているのか一撃じゃ全て剥げないようだ。
縮地で急接近して「魔力強奪」で黄肌魔族の魔力を奪う。
「グヌヌ! こうまで容易く魔力を奪われるとは!」
黄肌魔族も、ただ魔法を吸われていた訳では無く、色々と無駄な抵抗はしていた。
「キサマ、吸血鬼どもの真祖の類なのデスね」
今度は吸血鬼扱いか。
とりあえず、「魔法破壊」して殴る、続けて「魔力強奪」というコンボを続けてみた。魔族が何か言っていたが適当に聞き流す。
1度に奪えるのは300MPほどだ。71レベルなら710MPくらいかと思ったが、3度奪ってもまだ尽きる様子が無い。どうやら魔族の保有MPは人族よりはるかに多いみたいだ。最終的に10回ほどで魔力強奪ができなくなった。オレよりMP多いんじゃないか?
奪った魔力は余剰すぎるので、丁度持っていた聖剣クラウソラスにチャージする。片手剣サイズだった聖剣が魔力を注ぐたびに大きくなっていく。アリサが居たら変な連想をして、ニヨニヨと頬を緩めていたに違いない。MPを500ほど注いだところで膨張は止まった。博物館にあったレプリカくらいの大きさだ。
防御魔法をあらかた剥ぎ終わり、魔力も尽き、体力も9割強ほど削り終わった黄肌魔族を勇者一行の前に投げる。
目の前に飛んできた黄肌魔族を勇者の剣が躊躇なく両断する。やはり防御魔法が切れてると簡単に倒せるみたいだ。1発で複数の魔法を破壊できるような魔法を開発したら楽に倒せそうだ。黄肌魔族は滅ぶ時に「やり直しを要求するのデース」とか叫んでいたが、何をやり直したいのかは最後まで不明だった。
仲間の魔法使い達が、両断された遺骸を魔法で焼き尽くしている。
勇者がオレの前に歩を進める。剣は抜き身のままだ。そういえば、聖剣じゃなく魔剣をつかっている。聖剣が壊れたのかな?
「どういうつもりだ」
「因縁のある相手だったんでしょ?」
「ふん、礼は言わんぞ」
「別にいいよ。禁呪が発動していたら倒せていた相手でしょ?」
黄肌魔族の余裕から見て対抗手段があった気がするが、突っ込むだけ野暮だろう。
しかし、この口調は失敗だ。喋りにくい。
「ところで、あのアホ王子が死に掛けているが、助けなくていいのか?」
勇者の言葉に、王子の方を振り返ると、さしずめ蠱毒の様相を呈しはじめてきた雑魚魔物達に嬲られている。短剣で戦っているようだ。
勇者も積極的に助ける気はないらしい。
オレも見捨ててもいいのだが、どうせ魔物を始末しないといけないので、ついでに助ける事にしよう。
誘導矢を使った方が早いのだが、せっかくの聖剣なので使ってみる。
「《踊れ》クラウソラス」
手から離れた聖剣クラウソラスが、重ねた紙がバラけるように増えていく。そのまま13枚の薄い刃の剣に分かれた。青い光が実剣の外側に刃を形成する。
AR表示に「誘導矢」と同じような照準マークが表示された。軌道も、同様に設定できるみたいだ。そのまま雑魚魔物に向けて刃を撃ち出す。
刃は次々と魔物を切り裂き、聖なる光で魔物を蒸発させていく。
最初に見たときは20レベル前後の魔物ばかりだったのに、いつの間にか50レベルのモノが数体まざっていた。「生命強奪」というスキルで仲間の魔物達や王子達からレベルや生命力を奪って急成長していたようだ。
なるほど。
どうりでいつの間にか、王子の髪が白くなっていたはずだ。
あんなに皺も無かったし、レベルも40台後半はあったはずなのに、さっき見たらレベル20台まで落ちていた。戦闘狂の少年も、王子と似たような感じだが、王子よりはかなりマシだ。レベルも30台を維持しているし髪は白いものの老化はしていない。
オレにクラウソラスを投げつけなければ、もうちょっとマシだったろうに哀れだ。
5体満足で生き延びただけでも御の字だろう。
王子の結末は、こんな感じになりました。
この後2~4話で8章、公都編は終わりです。
念の為:7つの大罪は「暴食、強欲、怠惰、色欲、傲慢、嫉妬、憤怒」です(wikiより)。あたりまえですが、幼女趣味は含まれません。
前話の反響があまりに大きかったので、今回の話を全て書き直してしまいました。初稿だと、もう一度隠れたり意味不明な事をしていたので、少しはマシになったと思います。
8-21.闘技場での戦い(3)
※9/15 誤字修正しました。
サトゥーです。テーブルトークRPGというものがあります。その世界の住人になりきって遊ぶゲームですが、欧米人と違って日本人は恥ずかしがり屋なので、割りと事務的な会話に終始する事が多いようです。
もう一度いいます、日本人は恥ずかしがり屋が多いのです。
◇
闘技場の向こうから鳥人族の偵察隊が飛んできた。
どうやら公爵軍がようやくやって来たようだ。マップで確認すると、鉄のゴーレム10体と騎士団3000人が闘技場を包囲しているようだ。移動砲台も何両か来ているらしい。
「ちっ、今頃来やがったぜ」
悪態を吐く勇者に別れの言葉を告げる。そろそろ退場しないと面倒だしね。
「勇者、ボクはそろそろお暇させてもらうよ。あまり、権力者の近くには行きたくないんだ」
すみません、本当は既に権力者サイドです。
「その気持ちはわかるぜ。見えているだろうけど、俺様はハヤト・マサキ。紛らわしいがマサキが苗字だ。あんたも日本人――いや、その髪は転生者だな。元日本人なんだろう?」
「日本人かどうかなんて、言わなくても判るんじゃない? ボクは『名も無き英雄』のナナシ。いつか戦場で会うこともあるかもね」
自分で英雄とか――無いわ~ 思わず床をゴロゴロと転がりたいぐらい恥ずかしいな。中二語変換ツールとかスマホにインストールしておくんだったよ。
本当に無表情スキルがあって良かった。
「待ってくれ! 一緒に戦ってくれないか? 魔王との戦いで君が欲しいんだ」
キモっ。
せめて「君の力が欲しい」と言って欲しい。ロリ以上にホモは無理だ。
「それはプロポーズ? せっかくの誘いだけど遠慮しておくよ。後ろで怖~い、お姉さま方が睨んでいるからね。じゃあね、色男さん」
何が「色男さん」だ! 誰かオレを止めて。中性的なセリフを意識したせいか、変なキャラ付けになっている。
オレを連想させないキャラというのはクリアしているが、キモすぎて死ぬ。
◇
闘技場の客席に侵入してきた斥候部隊がオレを見て「ヤマト」コールを始めた。
なんだ?
自分の姿を見て納得した。
13枚に分割した聖剣クラウソラスが昔のシューティングゲームのオプションやビットのように、オレの周りに浮遊している。
その様子が、博物館にあったヤマトさんの絵画に似通って見えたのだろう。
しかし、ヤマトさんは2メートルの大剣を振り回す大男だろう?
流石に中性的な今のオレの容姿では、同一視するのは無理があると思う。いや、兵士たちと距離があるから背丈はわからないか、と思いなおした。
さて、退場前に、瀕死の王子達の怪我を少し治しておこう。このまま死なれてもMPKしたみたいで後味が悪いからな。
魔物の残骸に埋もれた王子達を助けだすのが面倒だったので、残骸をストレージに回収して、地面に残された王子達を水魔法で治癒する。少しだけのつもりだったのだが、全快してしまった。白髪や老化は治らなかったが、そこまでは面倒を見る気が無い。後で神殿に行くなりして欲しい。
2人とも破壊されていた装備は魔物の屍骸と一緒にストレージに回収されてしまったらしく、半裸だ。誰得な気がしたので、以前に盗賊から回収したマントを体の上に掛けておく。
「またね、勇者」
「ああ、今度は魔王との戦場で会おう!」
しまった、魔王を倒したのを言い忘れたな。そのうち神様から神託があるだろうから、別にいいか。
天駆で数百メートル上昇してから、風魔法:大気砲で加速して空の彼方へ飛び去る。前に試したら時速100キロを超えていた。そのうち最大速度の実験をしてみよう。
空の彼方へ消えるとか、気分は昭和のヒーローだな。
◇
公都の上空にいるうちに確認したが、アリサ達は、ちゃんと館の地下室に避難しているようだ。セーラも無事に救出されたらしく、アリサ達と同じ部屋にいる。前伯爵夫妻や使用人のみなさんも大丈夫らしい。
カリナ嬢や弟君、それに巻物工房の面々も無事なようで良かった。
適当な所で森の奥地に着地する。
勇者の仲間か公爵の配下かはわからないが、監視の魔法で見られているようだ。一旦、密林に着地して自身に「魔法破壊」を使う事で監視を解除できた。
天駆が解除されると困ると思って、着地したのだが、破壊したい魔法を指定できるようなので無用だったようだ。
森の上ギリギリを飛行して公都に戻る。公都から見える距離まで近づいたら地表付近まで降りて移動した。
前に公爵三男の部屋に侵入したルートを通って、公爵のお城に潜入完了。マップで確認したかぎり、公爵と王の影武者は同じ部屋にいるようだ。
勇者は、リーングランデ嬢とメリーエスト皇女の2人を引き連れて謁見の為に城に向かっているようだ。勇者の船や他のメンバーはマップ検索に引っかからないようなので、また亜空間に退避しているのだろう。
「突然の訪問をお許しください」
部屋にどうどうと入っていたのだが、オレが声をかけるまで警備の人達は誰も気が付いていないようだった。大丈夫か、ここの警備?
警備の人達が、天井を突き破って降りてきたり、隠し部屋から転がり出てきた。
対応が面倒なので「理力の手」で近くに来れないようにする。
「何者だ」
「ナナシと申します」
公爵さんの問いに答える。公爵さんがジェスチャーで指示すると護衛の人達は、元々隠れていた場所に戻っていった。巫女長さんから聞いていたのかもしれないが、護衛無しに不審者と同室とか肝の太い人だな。
公爵さんの家令の人だけが残っている。マンガとかだと手練だったりするけど、この家令さんは内政タイプの人のようだ。
「用件を聞こう」
「大した用ではありません。これを返しに参りました」
そう告げて布に包まれた聖剣クラウソラスを渡す。
どうやって手に入れたか聞かれたので、過程を素直に話した。なぜか聖句を唱えて、剣が13枚に分割した話をしたら驚かれた。
「俄かには信じられぬ」
「王祖以降、聖句を唱えて剣を『踊らせる』事ができる者は幾人もいたが、真の姿を解き放つ事ができる者はいなかった」
本当にできるか実演しろといわれたのだが、影武者とはいえ王様の前で剣を抜かせるのは不味くないか?
「心配は要らぬ。巫女長から話は聞いている。魔王を倒したという話が本当なら抜刀せずとも我を殺せよう」
酷いよ、公爵さん。事実だけど、護衛の人達の面目が丸つぶれじゃないか。
クラウソラスに充填していた魔力は、すべて別の聖剣に移した後なので、もう一度魔力を注ぐ。500MPくらいでいいだろう。
聖剣が膨張するのを見て、公爵さんや影武者さんだけじゃなく、隠れて護衛している人達も驚いている。
「《踊れ》」
クラウソラスが、先程と同じように、13枚の剣に分かれて体の周りに浮かぶ。
「なんと、伝説は真であったか!」
「美しい、あの絵は創作ではなかったのだな」
驚きすぎ。
影武者さんとか、今にも痙攣しそうで怖い。興奮するのも、ほどほどにね。
十分観賞したようなので、励起状態を解除して元の1本の剣へと遷移させる。充填したMPを回収して、剣を布に巻きなおして影武者さんに差し出す。
「そのまま所持するがいい」
「王都の方に了承を得なくて宜しいのですか?」
ちょっと、影武者さん、本物の許可もなくそんな事言っちゃダメでしょ。少しぼかして本物の許可は要らないのかと確認してみる。目線をやると公爵さんも頷いている。
「王祖ヤマト様の御心だ」
よく判らないのだが、何か遺言でも残したのか?
便利な剣だが、無くてもそんなに困らないんだよな。適当に理由を付けて返そう。
「王都の防衛に必要では無いのですか?」
「構わぬ、王都には、もう一振りの聖剣がある」
ああ、あの鋳造聖剣か。
俺も同じようなのを作ってみたから判るが、あれはジュルラホーンと比べても威力が低い。下級魔族なら兎も角、上級魔族とは戦えないだろう。
自分には既に佩剣があるからと、断ったのだが、一度主人を決めると誰かが剣を抜くだけで、主人の下に帰ってしまうらしい。普通は、専用の儀式で主人を確定させるので、今回のような事例は非常に珍しいそうだ。
やはり、魔王を討伐できる人材が欲しいのか、聖剣を与えられて断り辛い雰囲気にしてから、仕官や爵位云々の話がでた。もちろん、その気がないので、やんわりと断った。もう十分です。王女を嫁にやるとかいう話には心が動いたが、婚約者が決まっていない王女の年が9歳と聞いて、その気が失せた。そういう話はハヤトにしてやってくれ。
ただで聖剣を貰うのも悪いので、シガ王国で有名な聖剣をトレードで渡すことにした。
「こ、これは17年前に魔人に奪われた聖剣ジュルラホーン!」
「おお! 神よ! 王祖ヤマト様が鍛えられた聖剣が再びシガ王国に帰ってくるとは!」
まさか、ここまで喜ばれるとは思わなかった。もっと早く返してあげれば良かったかもしれない。魔人ってやっぱりゼンなんだろうな。
勇者達が城に着いたので、オレは暇乞いをする事にした。
闘技場がボロボロなので、決勝は1ヵ月後に順延されたのだが、晩餐会自体は上級魔族討伐という名目で執り行われた。大怪魚は魔族の使った幻覚という事になったようだ。
その日の深夜、地下迷宮の一角で片手剣サイズのクラウソラスを型取りした鋳造聖剣を作った。鞘は、ストレージ内にゴミと一緒に回収されていたクラウソラスの鞘があったので、見た目をそっくりに複製する。
>「贋作スキルを得た」
>称号「聖剣の鍛冶師」を得た。
>称号「贋作師」を得た。
明け方に、影武者さんの寝室に忍び込んで枕元にレプリカを置いておく。
レプリカと一緒に「贋作を用意したので有効利用されたし」と書置きを添えておいた。これでうるさ方の門閥貴族相手にも、ごまかしが効くだろう。いくら王や公爵が許可したとしても、国護の聖剣が行方不明じゃ責任問題だろうからな。
だが、どうせ忍び込むなら美女の寝室が良かった。
晩餐会は次回です。
仮面の勇者では無く、サトゥーと勇者のファーストコンタクトの回の予定です。
※クラウソラスの贋作を枕元に置くシーンを修正しました。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
本日の活動報告に、SSを1本投下しておきました。王子の末路のIFバージョンです。
仮面の勇者では無く、サトゥーと勇者のファーストコンタクトの回の予定です。
※クラウソラスの贋作を枕元に置くシーンを修正しました。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
本日の活動報告に、SSを1本投下しておきました。王子の末路のIFバージョンです。
8-22.勇者とサトゥー[改定版]
※2/11 誤字修正しました。
※10/17 改稿しました。
※10/17 改稿しました。
サトゥーです。人の価値観は様々ですが、いい方は違えど「隣の芝は青い」という言葉はどこの国にもあるようです。もちろん、それは異世界にも。
◇
「ほう? 『テンプラ』か」
晩餐会場で、沢山の美女を引き連れて現れた勇者の最初の一言がソレだ。わざわざテンプラという単語だけを日本語で言うとか嫌らしい。
「いえ、これは天麩羅という料理です。公爵領の北方の都市では知る人ぞ知る、といった隠れた名物料理なのです」
「なあ、佐藤」
「勇者様に名前を覚えていて頂けるとは光栄ですが、私の名前は、最後を伸ばすのでサトゥーとお呼びいただけると」
「そうかい、悪かったな。サトゥー」
「いえいえ、お気に為さらずに」
サトゥーの時のオレが日本人だというのを勇者にバラすのは構わないんだが、こんな衆人環視の中でバラされるのは困る。
ルルが差し出したテンプラの皿を受け取る勇者。
「こいつあ、驚いた。普段から美女を見慣れているが、あんた程の美少女は初めてみたよ。あと5年早く会いたかったぜ」
流石の勇者も、「あと5年」のあたりを声に出さない様にするくらいの配慮はあったようだ。読唇スキルで読まれているとは思うまい。
ルルは公衆の面前で遠まわしな厭味で侮辱されたと顔面を蒼白にしている。勇者はリーングランデ嬢とかにこっそり叱られているみたいだ。見た目はニコヤカなのだが、勇者の両サイドの2人の目が笑っていない。
ルルの頭をポンポンと軽く叩いたあと、厨房に食材を取りに行ってもらう。
後で、ちゃんとフォローしよう。
ルルと交代で戻ってきたアリサを見て勇者が固まっている。
「マイハニー!」
「まあ、勇者ハヤト様、ご無沙汰しております」
アリサが、TPOを弁えてお澄まし口調だ。それにしてもハニーって。
リーングランデ嬢やメリーエスト皇女が小声でアリサの事を知らないか確認しあっている。他の勇者パーティーの面々は、あまりハヤトの女性遍歴に興味が無いのか天麩羅や煮凝りに舌鼓を打っている。勇者ハーレムじゃないのかな?
「生きていてくれて嬉しいよ、アリサ王女」
外野から「王女?」とか「勇者さまと話す、あのメイドは何者?」とか姦しい。
「政変に巻き込まれて亡くなったとばかり――」
嬉しそうにアリサに詰め寄っていた勇者の表情が凍る。
あ、嫌な予感が。
すいっと位置を移動して、オレと勇者の間にテーブルがくるように調整した。
「おい、サトゥー! YESロリータ、NOタッチの精神を忘れたか!」
やはり、アリサの称号「サトゥーの奴隷」を見たか。それにしても、そんな精神が必要なほど若年層に興味は無いんだよな。
「勇者様、何の事をおっしゃっておられるのですか?」
「そうですわよ、私を窮地から救ってくれたのがサトゥー様なのです。私が奴隷という身分なのはヨウォーク王国に侵略された時に強制の魔法を掛けられたからなのです」
奴隷うんぬんから後は、勇者にだけ聞こえるように耳打ちしていた。
勇者が、メリーエスト皇女や僧侶のロレイヤさんにヒソヒソと確認しているが、2人共揃って首を横に振った。勇者パーティーでも強制は解除できないのか。どれだけ強力なんだ。そういえば巫女長さんにもセーラ経由で聞いてもらったが、やはり解除できないと言われた。
結局、ロレイヤさんに真偽判定の魔法まで使ってもらって、アリサに手を出していない事を証明するはめになった。立場的には、真偽判定の魔法を受ける必要はないのだが、変に誤解されて幼女趣味だと思われたくないので了承した。
「そうか、手を出していないか! いやー、お前とはいい酒が飲めそうだ」
「恐縮です」
一晩中、幼女の魅力とかを語られたら吐きそうだ。
積もる話もありそうだったが、勇者を独り占めするわけにもいかないので、後日の再会を約束するだけに留まり、この日の内にもう一度勇者と会話する機会はなかった。
この前、王子にまとわり付いていた女性陣が勇者に取り入ろうとしていたが、リーングランデ嬢やメリーエスト皇女にあっさり排除されていた。
12~13歳の少女達も勇者に話しかけていたが、ストライクゾーンから離れているのか普通の対応だった。
◇
その日の晩、ルルを慰めるのが大変だった。むしろ魔王と戦う方が楽だったかもしれない。
「ルルが可愛いのは本当だよ、勇者もオレやアリサと同じでルルが美少女に見えるんだよ」
「ありがとうございます、嘘でも嬉しいですご主人さま」
耳元で砂糖菓子のような甘いセリフを囁いても、ルルには慰めるための言葉としか受け取ってもらえなかった。
せめて好物でもと思ってリクエストを聞いたら、今までに作ったお菓子全種類と言われた。我侭を言えるようになってきたようで大変嬉しい。
実際に作ると時間が掛かりすぎるので、ストレージに収納してある完成品を厨房で出してルルの待つ食堂に持っていく。
ルルの横にミーアやポチ、タマが居るのが判っていたので4人分だ。もちろん、オレやアリサの分は無い。ここ最近のアリサはカロリーの摂取量が過剰だったので、現在は甘味禁止令が出ている。オレは、食事制限の必要が無いのだが、アリサに付き合って嗜好品を控えている。
今日はルルを驚かせるために新作のお菓子も用意した。ルルと同じ名前の果実を使ったカスタードパイだ。
このルルという果実だが、皮を剥く前が非常に不味そうに見える不遇の果実だったりする。おまけに生食するとすっぱくて食べれたモンじゃない。だが、不思議と加熱すると桃そっくりの味に変化する不思議果実だ。この果実をくれた人の話では、生食ではなく漬物に使うと言っていた。
「今日の新作は、ルルのカスタードパイだよ」
名前を聞いて躊躇していたルルだが、観念したように一口分に切り分けたパイを口に運ぶ。
「美味しいです」
ルルの頬に大粒の涙が零れた。あれ~? この展開は予定にないぞ。
「あのすっぱい果実がこんなに美味しくなるなんて」
「それに綺麗な色だろ?」
「はい、ありがとうございます。ご主人様の言いたい事が何となくわかります」
それは何より。
ルルは泣きながら、大皿のパイを口に運び続けた。
その様子を食い入るように見つめていたミーアの口元をハンカチで拭いてやる。予備のパイをテーブルの下でストレージから出して、3人に切り分けてあげた。
「美味しい」
「甘い~」
「百点なのです!」
「うう、ダイエットさえなければ……一口、一口だけでいいから……」
アリサが往生際の悪いことを言ってるがダメだ。絶対に、もう一口と言うに決まっている。
その日は、ルルの横で添い寝して、彼女が眠るまで「ルル可愛いよ」と囁く事になってしまった。ポチ達がジャンケンをしていたので、今晩から日替わりで囁く事になりそうな予感がする。
是非、予想が外れて欲しい。
>「慰撫スキルを得た」
◇
翌日は午前中にセーラ嬢に付き合って孤児院へ、午後は結界柱工房の見学の予定だ。
孤児院への慰問は、布教の一環でもあるようだが、慰問と言う名目で、体調の悪そうな子供に治癒魔法を使ってあげるのが主目的のようだ。
ここではうちの幼女達が大人気だ。特にアリサとポチが人気で、変な遊びや学習カードでの遊びを広めているようだ。一応、文化ハザードには気をつけろとは言ってあるが、どの程度自重するかは任せてあるので、アリサ次第だ。
今日はルルとナナは連れてきていない。
子供達は思った事を躊躇いなく口にするので、ルルを傷つけそうな言葉を連打しそうなので、置いてきた。ナナを連れてこなかったのは、幼生体――幼い子供を持ち帰ろうとするからだ。
「大変よ! ゆ、勇者様が慰問に来てくださったの」
「ええ! どうしましょう、お化粧しないといけないかしら」
保母さんというか職員のお姉さま方が色めき立つ。ちょっと、君ら、既婚者だろう。
勇者ハヤトがやってくると、男の子達や職員のお姉さま方が勇者に付きっ切りになる。子供は兎も角、美女に加え癒し系の職員さんたちにまでチヤホヤされるとか羨ましい。しかも、普段は寄り付かない院長令嬢まで、いつの間にかやって来ていた。
イケメンめ、爆発しろ。
「ししゃくさま、ししゃくさま、これみて~」
「ういなもつくったの、これもみて」
5~6歳くらいの幼女軍団に囲まれてしまった。前に来た時に教えた貝殻のアクセサリーだ。拙いながらに、それぞれの特徴が出ていて面白い。
勇者は美女に囲まれているのに、オレは子供のお守りか、格差社会を感じるよ。
勇者と視線があったので、挨拶をしておく。幼女達に囲まれて移動できなかったので、少し離れた場所からだった。なぜか、酷く羨ましそうな顔をされたが、なぜだろう。まさか、幼女趣味とは言っても、ここまで幼い子供達も対象なのか? さすがに無いな。
セーラ嬢と仲良く慰問に来ていたのをリーングランデ嬢に見られて、ひと悶着あったのは、蛇足なので省略する。
◇
午後の結界柱の工房見学は、久々に仲間内のみだ。ポチやタマと手を繋いで、見学通路を進む。結界柱は、主に村落で魔物の侵入を阻害するための魔法道具らしい。1本立てるだけで、半径100メートルが有効範囲になるそうだ。ただし、物理的な結界ではないので、暴走状態や人を追跡するような状況だと侵入されてしまう事があるらしい。
結界柱の魔力は地脈から吸い上げる事でも機能するらしいが、土地が痩せてしまうので、数日に一度、地元の呪い士が魔力を補充するそうだ。
大量の魔核を材料にするらしいので、盗難の心配をしたのだが、地面に立てられた後に、固定化の魔法を掛けるので、簡単には盗めないそうだ。村を襲うような盗賊達でも、結界柱に手を出すことは無いらしい。結界柱に手を出したら、ほぼ確実に領主の軍隊が出動するからだそうだ。
難しい話だったせいか、両手に捕まっていたポチとタマが寝オチしてしまったので、死体のポーズの2人を両手に抱えて見学する事になった。リザが交代を申し出てくれたので、途中で2人を預けた。起きている時も可愛いが、寝ている時は、いつもと違った可愛さがある。
やはり、平和が一番だ。
◇
「ほう? 『テンプラ』か」
晩餐会場で、沢山の美女を引き連れて現れた勇者の最初の一言がソレだ。わざわざテンプラという単語だけを日本語で言うとか嫌らしい。
「いえ、これは天麩羅という料理です。公爵領の北方の都市では知る人ぞ知る、といった隠れた名物料理なのです」
「なあ、佐藤」
「勇者様に名前を覚えていて頂けるとは光栄ですが、私の名前は、最後を伸ばすのでサトゥーとお呼びいただけると」
「そうかい、悪かったな。サトゥー」
「いえいえ、お気に為さらずに」
サトゥーの時のオレが日本人だというのを勇者にバラすのは構わないんだが、こんな衆人環視の中でバラされるのは困る。
ルルが差し出したテンプラの皿を受け取る勇者。
「こいつあ、驚いた。普段から美女を見慣れているが、あんた程の美少女は初めてみたよ。あと5年早く会いたかったぜ」
流石の勇者も、「あと5年」のあたりを声に出さない様にするくらいの配慮はあったようだ。読唇スキルで読まれているとは思うまい。
ルルは公衆の面前で遠まわしな厭味で侮辱されたと顔面を蒼白にしている。勇者はリーングランデ嬢とかにこっそり叱られているみたいだ。見た目はニコヤカなのだが、勇者の両サイドの2人の目が笑っていない。
ルルの頭をポンポンと軽く叩いたあと、厨房に食材を取りに行ってもらう。
後で、ちゃんとフォローしよう。
ルルと交代で戻ってきたアリサを見て勇者が固まっている。
「マイハニー!」
「まあ、勇者ハヤト様、ご無沙汰しております」
アリサが、TPOを弁えてお澄まし口調だ。それにしてもハニーって。
リーングランデ嬢やメリーエスト皇女が小声でアリサの事を知らないか確認しあっている。他の勇者パーティーの面々は、あまりハヤトの女性遍歴に興味が無いのか天麩羅や煮凝りに舌鼓を打っている。勇者ハーレムじゃないのかな?
「生きていてくれて嬉しいよ、アリサ王女」
外野から「王女?」とか「勇者さまと話す、あのメイドは何者?」とか姦しい。
「政変に巻き込まれて亡くなったとばかり――」
嬉しそうにアリサに詰め寄っていた勇者の表情が凍る。
あ、嫌な予感が。
すいっと位置を移動して、オレと勇者の間にテーブルがくるように調整した。
「おい、サトゥー! YESロリータ、NOタッチの精神を忘れたか!」
やはり、アリサの称号「サトゥーの奴隷」を見たか。それにしても、そんな精神が必要なほど若年層に興味は無いんだよな。
「勇者様、何の事をおっしゃっておられるのですか?」
「そうですわよ、私を窮地から救ってくれたのがサトゥー様なのです。私が奴隷という身分なのはヨウォーク王国に侵略された時に強制の魔法を掛けられたからなのです」
奴隷うんぬんから後は、勇者にだけ聞こえるように耳打ちしていた。
勇者が、メリーエスト皇女や僧侶のロレイヤさんにヒソヒソと確認しているが、2人共揃って首を横に振った。勇者パーティーでも強制は解除できないのか。どれだけ強力なんだ。そういえば巫女長さんにもセーラ経由で聞いてもらったが、やはり解除できないと言われた。
結局、ロレイヤさんに真偽判定の魔法まで使ってもらって、アリサに手を出していない事を証明するはめになった。立場的には、真偽判定の魔法を受ける必要はないのだが、変に誤解されて幼女趣味だと思われたくないので了承した。
「そうか、手を出していないか! いやー、お前とはいい酒が飲めそうだ」
「恐縮です」
一晩中、幼女の魅力とかを語られたら吐きそうだ。
積もる話もありそうだったが、勇者を独り占めするわけにもいかないので、後日の再会を約束するだけに留まり、この日の内にもう一度勇者と会話する機会はなかった。
この前、王子にまとわり付いていた女性陣が勇者に取り入ろうとしていたが、リーングランデ嬢やメリーエスト皇女にあっさり排除されていた。
12~13歳の少女達も勇者に話しかけていたが、ストライクゾーンから離れているのか普通の対応だった。
◇
その日の晩、ルルを慰めるのが大変だった。むしろ魔王と戦う方が楽だったかもしれない。
「ルルが可愛いのは本当だよ、勇者もオレやアリサと同じでルルが美少女に見えるんだよ」
「ありがとうございます、嘘でも嬉しいですご主人さま」
耳元で砂糖菓子のような甘いセリフを囁いても、ルルには慰めるための言葉としか受け取ってもらえなかった。
せめて好物でもと思ってリクエストを聞いたら、今までに作ったお菓子全種類と言われた。我侭を言えるようになってきたようで大変嬉しい。
実際に作ると時間が掛かりすぎるので、ストレージに収納してある完成品を厨房で出してルルの待つ食堂に持っていく。
ルルの横にミーアやポチ、タマが居るのが判っていたので4人分だ。もちろん、オレやアリサの分は無い。ここ最近のアリサはカロリーの摂取量が過剰だったので、現在は甘味禁止令が出ている。オレは、食事制限の必要が無いのだが、アリサに付き合って嗜好品を控えている。
今日はルルを驚かせるために新作のお菓子も用意した。ルルと同じ名前の果実を使ったカスタードパイだ。
このルルという果実だが、皮を剥く前が非常に不味そうに見える不遇の果実だったりする。おまけに生食するとすっぱくて食べれたモンじゃない。だが、不思議と加熱すると桃そっくりの味に変化する不思議果実だ。この果実をくれた人の話では、生食ではなく漬物に使うと言っていた。
「今日の新作は、ルルのカスタードパイだよ」
名前を聞いて躊躇していたルルだが、観念したように一口分に切り分けたパイを口に運ぶ。
「美味しいです」
ルルの頬に大粒の涙が零れた。あれ~? この展開は予定にないぞ。
「あのすっぱい果実がこんなに美味しくなるなんて」
「それに綺麗な色だろ?」
「はい、ありがとうございます。ご主人様の言いたい事が何となくわかります」
それは何より。
ルルは泣きながら、大皿のパイを口に運び続けた。
その様子を食い入るように見つめていたミーアの口元をハンカチで拭いてやる。予備のパイをテーブルの下でストレージから出して、3人に切り分けてあげた。
「美味しい」
「甘い~」
「百点なのです!」
「うう、ダイエットさえなければ……一口、一口だけでいいから……」
アリサが往生際の悪いことを言ってるがダメだ。絶対に、もう一口と言うに決まっている。
その日は、ルルの横で添い寝して、彼女が眠るまで「ルル可愛いよ」と囁く事になってしまった。ポチ達がジャンケンをしていたので、今晩から日替わりで囁く事になりそうな予感がする。
是非、予想が外れて欲しい。
>「慰撫スキルを得た」
◇
翌日は午前中にセーラ嬢に付き合って孤児院へ、午後は結界柱工房の見学の予定だ。
孤児院への慰問は、布教の一環でもあるようだが、慰問と言う名目で、体調の悪そうな子供に治癒魔法を使ってあげるのが主目的のようだ。
ここではうちの幼女達が大人気だ。特にアリサとポチが人気で、変な遊びや学習カードでの遊びを広めているようだ。一応、文化ハザードには気をつけろとは言ってあるが、どの程度自重するかは任せてあるので、アリサ次第だ。
今日はルルとナナは連れてきていない。
子供達は思った事を躊躇いなく口にするので、ルルを傷つけそうな言葉を連打しそうなので、置いてきた。ナナを連れてこなかったのは、幼生体――幼い子供を持ち帰ろうとするからだ。
「大変よ! ゆ、勇者様が慰問に来てくださったの」
「ええ! どうしましょう、お化粧しないといけないかしら」
保母さんというか職員のお姉さま方が色めき立つ。ちょっと、君ら、既婚者だろう。
勇者ハヤトがやってくると、男の子達や職員のお姉さま方が勇者に付きっ切りになる。子供は兎も角、美女に加え癒し系の職員さんたちにまでチヤホヤされるとか羨ましい。しかも、普段は寄り付かない院長令嬢まで、いつの間にかやって来ていた。
イケメンめ、爆発しろ。
「ししゃくさま、ししゃくさま、これみて~」
「ういなもつくったの、これもみて」
5~6歳くらいの幼女軍団に囲まれてしまった。前に来た時に教えた貝殻のアクセサリーだ。拙いながらに、それぞれの特徴が出ていて面白い。
勇者は美女に囲まれているのに、オレは子供のお守りか、格差社会を感じるよ。
勇者と視線があったので、挨拶をしておく。幼女達に囲まれて移動できなかったので、少し離れた場所からだった。なぜか、酷く羨ましそうな顔をされたが、なぜだろう。まさか、幼女趣味とは言っても、ここまで幼い子供達も対象なのか? さすがに無いな。
セーラ嬢と仲良く慰問に来ていたのをリーングランデ嬢に見られて、ひと悶着あったのは、蛇足なので省略する。
◇
午後の結界柱の工房見学は、久々に仲間内のみだ。ポチやタマと手を繋いで、見学通路を進む。結界柱は、主に村落で魔物の侵入を阻害するための魔法道具らしい。1本立てるだけで、半径100メートルが有効範囲になるそうだ。ただし、物理的な結界ではないので、暴走状態や人を追跡するような状況だと侵入されてしまう事があるらしい。
結界柱の魔力は地脈から吸い上げる事でも機能するらしいが、土地が痩せてしまうので、数日に一度、地元の呪い士が魔力を補充するそうだ。
大量の魔核を材料にするらしいので、盗難の心配をしたのだが、地面に立てられた後に、固定化の魔法を掛けるので、簡単には盗めないそうだ。村を襲うような盗賊達でも、結界柱に手を出すことは無いらしい。結界柱に手を出したら、ほぼ確実に領主の軍隊が出動するからだそうだ。
難しい話だったせいか、両手に捕まっていたポチとタマが寝オチしてしまったので、死体のポーズの2人を両手に抱えて見学する事になった。リザが交代を申し出てくれたので、途中で2人を預けた。起きている時も可愛いが、寝ている時は、いつもと違った可愛さがある。
やはり、平和が一番だ。
8-21で書いたクラウソラスのレプリカは、ルルが眠った後に、徹夜で作成しました。影武者の枕元に置いた後に、ルルの横で添い寝し直したようです。
※8/12 改稿しました。
⇒ サトゥーが勇者に日本人とバレても良いと考えている内面描写の追加。
⇒ 舞踏会で後日の再会を約束する描写を追加
167/413
8-23.勇者とサトゥー(2)[改定版]
※9/15 誤字修正しました。
※8/12 改稿しました。
※8/12 改稿しました。
サトゥーです。格闘ゲームは必殺技が楽しそうで始めたのですが、次第に対人戦での技の読み合いに魅かれるようになりました。
さすがに、自分自身が格闘ゲームの様に動ける日が来るとは思っていませんでしたけどね。
◇
「迎えに来たぞ、マイハニー!」
扉を開けて入ってきたのは、勇者ハヤトだ。膝の上で丸くなっていたタマがビックリしてヒザに爪を立てる。ちょっと痛い。左右のポチとミーアも固まっている。
平和な絵本タイムに乱入とは、困った勇者だ。
「なん……だと」
そして、なぜお前が愕然としてるんだ、勇者ハヤト。
いったい、何に驚いているのやら。
別に変な事は無い。ポチにせがまれて絵本を読んでいただけだ。大き目のソファーに腰掛けて、久々のノンビリとした午後を楽しんでいた。タンクトップにショートパンツと涼しげな格好だが、私室だし問題ないだろう。
足元の絨毯の上で寛いでいたルルとナナは、薄手とはいえワンピースなので露出が多いという事もない。瞑想するような姿勢で目を閉じて絵本の朗読を聞いていたリザが静かに立ち上がる。ほんの少し目元に怒りを感じる。意外にリザも絵本の朗読とかを聴くのが好きだからな。邪魔されれば怒るか。
ミーアがハヤトの視線を怖がって、オレの背もたれの後ろに潜り込もうとしていてくすぐったい。
「あら、勇者さま、ノックも無しに入室するなんて、お行儀が悪いですわよ?」
お澄ましな喋り方も、オレの足を撫でた姿勢のままだと少し滑稽だ。まったく、絵本の朗読を聴く振りをしたセクハラはいい加減止めて欲しいものだ。
「勝負だサトゥー! 貴様は俺を怒らせた!」
血の涙を流さんばかりの顔で絶叫する勇者を、後ろから追いついてきたリーングランデ嬢達が押さえ込んでいる。
まったく、訳が判らないよ。
◇
メリーエスト皇女に失礼にならないように、動きやすい騎士服に着替えて中庭に出る。勇者と勝負するつもりは毛頭無いが、勇者達が待っている以上出向かないわけにはいかない。
「本当に勝負するんですか?」
「するわけ無いよ」
心配そうに聞いてくるルルに、軽い調子で返す。
勝負しても実力がバレるだけで、何のメリットも無いからな。
「ようやく来たかサトゥー!」
本館の巨乳メイドさんに傅かれていた勇者が、中庭の東屋からアロンダイトを肩に担いで出てきた。
「いざ、尋常に勝負だ!」
「お断りします」
アロンダイトを真っ直ぐこちらに向けながら、勝負を挑む勇者に、にっこり笑顔ではっきりと断った。
断られると思っていなかったのか、呆けた顔になる勇者。なぜ断られないと思ったのか小一時間問い詰めたい。
だって、勝負してもデメリットしかないよね?
「理由を聞こう」
「勝負する旨味が無いからです」
「へー、勝てないからって言わないのね」
勇者への答えを、メリーエスト皇女に突っ込まれた。
「もちろん、勝ち目が無いのもありますが、万が一勝てた場合でも旨味がありません。勝負する甲斐がないでしょう?」
「勇者と剣をあわせた事があるなんて、帝国でもめったに無い栄誉よ?」
あなたは、勇者とオレを戦わせたいんですか?
「その栄誉は、騎士達や武闘大会に参加するような戦士達に与えてあげてください」
「あなた、ハヤトに勝てないとは毛ほども思っていないでしょう?」
「メリーエスト様、その決め付けは無理がありますよ。彼は勇者様ですよ? 魔王と匹敵するような存在に勝てるわけ無いじゃないですか」
なんでもありならともかく、歴戦の勇士と普通の剣術の勝負で必ず勝てるとは思ってはいない。実際、ドハル老との立会いでも実力を隠していたとはいえ、詰め将棋のような立ち回りで破れている。
「そう? あなたは、絶対強者に対する崇拝も、羨望も、嫉妬も、そして恐怖すら抱いていない。違うかしら?」
まあね。
「おい、メリー。難しい話で俺様の勝負をジャマするな」
「あら、ごめんなさい。この子の反応が珍しくて、つい、ね」
さて、本題に戻ってしまいそうだが、どうしたものか。
そういえば、アリサが静かだな。
「ぐふふふ、『私の為に戦わないで』とか、なんて美味しいシチュかしら」
こっちは小声とはいえ何を言っている。
「よし、こうしよう。お前はアリサ姫を賭ける。俺様は俺様にできる事ならどんな望みでも叶えよう」
大きく出たな。
なら、彼の船とか欲しいな。
「次元潜行艦や彼の聖剣、聖鎧は帝国からの貸与品だからダメよ」
オレの内心を感じ取ったのか、メリーエスト皇女が釘を刺す。ムーノ男爵の長話では、勇者は召喚時に聖剣を持って現れると聞いたんだが、実際は違うのかな?
情報の収集とかはナナシでできるから、別段サトゥーで収集する必要はない。そうだな、いつかオレだけじゃ対応できない事態が起こったときの保険になって貰うか。世界の2箇所で同時に魔王が発生したら対応できないからな。
それにサガ帝国にコネができたら、シガ王国に居られなくなった時に匿って貰えそうだ。
◇
結局、勇者と立会いをする事になってしまった。
オレから出した条件は3つ。
1つ、オレ達の決闘は誰も見ていない場所で行う事。
1つ、勇者はユニークスキルやアクティブ系の戦闘スキルを使用しない事。
1つ、アリサの所有権譲渡は強制の解除後にアリサの意思を優先する事。
ただし、メリーエスト皇女が難色を示したので、各々見届け人を1人だけ連れて行く事になった。リーングランデ嬢も付いてきたがったが、彼女に見られると色々面倒な事になりそうだったので、阻止した。
2つめの戦闘系スキルは、オレも無しになるはずだったのだが、アリサの公平じゃないという主張が認められてこうなった。
オレたち4人は、公都地下にある見捨てられた闘技場にやってきている。
地下道で暮らす知り合いに教えて貰った場所で、100年前までは、闇格闘大会が開かれていた場所だそうだ。
メリーエスト皇女の光魔法で、部屋が照らされる。
高さ10メートル、半径20メートルほどの広い空間だ。観客席も含むので、実際に戦える場所はもっと狭い。
ここに来る前に少しアリサの真意を聞いたが、やり過ぎない範囲で友情を深めて情報交換するべきと言っていた。アリサと勇者の間だけで十分な気がするのだが、どーしてもと懇願されたのに絆された訳では無いが、秘密にしすぎるとアリサの時みたいに、かえって事態が悪化するので、説得に乗った。
勇者相手に「やり過ぎない範囲」というのが難しいが、寸止めという事なので、ストレージの武器を使い捲くったり、中級魔法を乱打したり、相手の剣を素手で受け止めたりしなければ大丈夫だろう。
「ここなら、多少派手に戦っても大丈夫みたいね」
ここに来る前に、白い革鎧に着替えてある。
「ちゃんと寸止めするから安心しろ」
「はい、信用してます」
礼儀としてそう答えたが、その肉食獣みたいな表情の何を信じろと。
「勇者様、寸止めですよ。相手を殺したら負けですからね。その時は私もサトゥー様の後を追わせていただきます」
「うむ、手加減なら得意だ、任せろ」
アリサが釘を刺してくれているが、勇者はデレデレとしているだけで本当に判っているのか疑問だ。
「3本勝負で2本先取した方の勝ちとします」
メリーエスト皇女が勝敗について伝えてくる。
「わざと負けるのは、禁止ですよ!」
「当たり前だよ、マイハニー。結婚したら帝都に白い家を建てよう。庭には大きな犬を飼うんだ」
アリサは、たぶんオレに言ったんだろうけど、勘違いしたハヤトが何か語りだしてしまった。意外に乙女な趣味だな。
「ほんと~に手抜きはダメよ! わたしだけじゃなく、ルルまでセットで居なくなると思いなさい!」
小声でオレに念を押すアリサ。
どういう理屈かは知らないが、ルルを引き合いに出さなくてもアリサを譲る気は無い。アリサが本当に望むなら笑顔で送り出すが、それ以外なら傍にいればいい。
「大丈夫だよ」
不安そうなアリサに頷く。しかし、変な所で自分に自信の無いヤツだな。
◇
勇者はユニークスキルだけじゃなくアクティブスキルも禁止か。公平にする為に、オレもメニューを閉じた方がいいかな。メニューをOFFにしても交友欄の最後の設定は維持されるみたいだし、いいだろう。
久々に、メニューをOFFにする。
視界が広い。
オレは妖精剣、ハヤトは聖剣だ。自重しろ勇者と言ってやりたいが、慣れた剣の方が寸止めしやすいと言われては否応もなかった。
「両者位置について、コインが地面に落ちたら試合開始よ!」
アリサがコインを上に弾く。
魔王との戦いの後に、色々な事を学んだ。
視線の動き。
体の重心の位置。
筋肉の動きを映した僅かなシルエットの変化。
そして呼吸――
アロンダイトの切っ先の下を潜り妖精剣を心臓に突きつける。
コインが石畳を打つ澄んだ音色が消える前に勝負はついていた。
「一本目、サトゥーの勝ちぃ♪」
おい、審判。
「何をやっているのハヤト! 大して速い動きじゃないのに、わざと相手に一本与えるなんて、相手を侮辱しているわよ」
外野のメリーエスト皇女がハヤトを叱っているが、彼の耳には届いていないようだ。
「驚いたな、本当にレベル30の動きか?」
驚く勇者以上に、オレは自分の動きにビックリしていた。いつもより体が軽い。何かのスイッチが入ったかのように、驚くほど、鮮明に情報が入ってくるような気がする。
勇者のアロンダイトの一撃も、軌道やタイミングが予想通りだった。黄肌魔族と勇者の戦いを観戦してハヤトの癖は知っていたが、それ以前にまるで未来が読めるように動きが予測できた。
その感覚を確認するために、2本目を戦う。
横斬りを、最小限のスウェーバックで避ける。
異常な速さで返ってきた剣を、剣を持つ手と逆側の手甲で跳ね上げる。
僅かな隙を見せた俺のわき腹を勇者の蹴りが襲う。
予測し、捌き、時にはわざと攻撃を受け止めて相手のバランスを崩す。
格闘ゲームで強いプレーヤーと戦った時のような気分だ。もう一度、ドハル老と戦ってみたい。今度はもう少し手玉に取られずに戦えるはずだ。
もっと、もっとだ。
剣を振るう前の僅かな切っ先の揺らぎ、剣の柄を握る微妙な力加減、情報は何処にでも存在する。
勇者との戦いを体の隅々で味わう。
そして――
楽しい時というのはあっという間に終わった。
>「先読み:対人戦スキルを得た」
>称号「剣の舞手」を得た。
※絵本のシーンにリザのカットを加筆しました。
※8/12 改稿しました。
⇒ アリサはハヤトに対してお澄まし口調のまま。
⇒ サトゥーはハヤトとの対決に乗り気じゃない&断る
⇒ 対決への流れの変更。
⇒ 対決場所は地下迷宮では無く、地下通路の先にある闇闘技場。
⇒ アリサのユニークスキルは未公開。歩いて闘技場へ。
⇒ メリーエスト皇女も対決の場に参加。
⇒ 対決の条件の変更。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
※8/12 改稿しました。
⇒ アリサはハヤトに対してお澄まし口調のまま。
⇒ サトゥーはハヤトとの対決に乗り気じゃない&断る
⇒ 対決への流れの変更。
⇒ 対決場所は地下迷宮では無く、地下通路の先にある闇闘技場。
⇒ アリサのユニークスキルは未公開。歩いて闘技場へ。
⇒ メリーエスト皇女も対決の場に参加。
⇒ 対決の条件の変更。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
8-24.勇者とサトゥー(3)[改定版]
※9/15 誤字修正しました。
※8/12 改稿しました。
※8/12 改稿しました。
サトゥーです。結婚式はおめでたいのです。誰が何と言ってもメデタイのです。ちょっとばかりご祝儀でサイフが寂しくなりますが、メデタイのです。お願いだから月に3人以上は勘弁して欲しいサトゥーです。
◇
「アクティブスキル無し縛りとはいえ、5連敗もするとは思わなかったぜ」
「ちゃんと最後に勝っていたじゃないですか」
「全敗じゃ、仲間にあわせる顔がないからな」
両手両足を地面について落ち込んでいた勇者が再起動した。
2本目のつもりが、集中しすぎて何戦も連続で戦ってしまっていた。勇者が2連敗したときに「もう一本だ」とか言ったせいだ。
お陰で「先読み:対人戦」スキルを取得できたのだが、少しやりすぎたかもしれない。
いつもの戦闘用スキルを使っていなかったせいか、勇者が戦いの流れの端々で微妙な隙を作っていたので、先読みがしやすかった。
さっきから、座り込んだオレの肩に抱きついて、ホッペタを人指し指でつついていたアリサをはがす。「えへへ~ 我を忘れるほど、私を手放したくなかったんだ~」とか言っていた。お互いのためにも、真相を話すのは止めておこう。
勇者と何か話していたメリーエスト皇女が、先に戻ると言って地下通路の方に行ってしまった。白い鰐が目印になるから迷う事は無いだろう。
「まったく、動きの一つ一つは大した速さじゃないのに、悉く先読みしやがって――それで、転移者か転生者かどっちなんだ? さっきのは常時発動型のユニークスキルなんだろう?」
勇者が確信した口調で聞いてくる。
「いえ、――」
「ああ、勝負の結果を反故にしたいわけじゃないさ」
事実無根なので否定しようとしたのだが、勇者に手で制された。
そうだな、余人もいないし、お互いに情報交換をするか。勇者もそのつもりでメリーエスト皇女を先に帰したんだろうからな。
オレは自分自身が、転移者か転生者のどちらかは判らない事、この世界で目覚める前後の記憶が欠落している可能性がある事、アリサ達と出会った経緯なんかを話した。もちろん、ユニークスキルや流星雨やレベルの事は話していない。
「サトゥー、お前はルモォーク王国という国を知っているか?」
「はい、知人に、その王国の人がいます」
「そうか、お前はその国で召喚されたのかもしれない」
勇者の話では、王国に潜入していた耳族の諜報員が、7~8人の異世界人が召喚されていたのを確認した、との事だった。
死んでたと聞かされていた3人目も無事に保護されたらしい。
保護された後に、数ヶ月ほど諜報員と一緒に居たらしいのだが、サガ帝国に連れて行こうとした所で、行方不明になったらしい。一緒にいた間に、特別な力が無い事は確認していたので、追跡チームなどは派遣していないそうだ。召喚直後に逃げ出す事といい、独立独歩なヤツだ。
幾つか情報交換を行ったが、些細な事を除けば既出の情報が殆どだった。もちろん、メリットが無かったわけでは無い。アリサが控えめにおねだりしただけで、禁呪や戦略級の攻撃魔法など国防上問題のある魔法を除外した上級魔法の書物を、譲ってもらえる事になった。もっとも写本を作るのに時間がかかるらしく、最速でも半年後らしい。
さらに、オレ達にサガ帝国の通行証やサガ帝国の大使館などへの身分保証書なんかを都合して貰える事になった。
これで、将来、サガ帝国に観光に行く時に便利そうだ。
そうそう、オレが異世界人なのは「勇者の名にかけて」秘密にすると確約してもらっている。どこまで信用できるかはわからないが、異世界人自体はそこそこ居るみたいだから、それほど問題にはならないだろう。勇者もオレの話からルモォーク王国の8人目がオレの出自に違いないとあたりを付けているようだった。
「この前の非常識な美少女といい、この少年といい、まだまだ強者がいるんだと再認識させられたよ。レベルだけが全てじゃ無いんだな」
勇者の言葉が耳に痛い。
しかし、カマをかけてこないところをみると、あれがオレだとは思っていないようだ。しかし美少女って、別に女装してたわけじゃないし、顔も出てないのにどこから「美」がでてきた。
「美少女ですの?」
「ああ、公都の上空に現れた大怪魚を光線の一撃で薙ぎ払い、上級魔族を手玉にとってしまう様なバケモノじみたヤツだ。紫色の髪だったから転生者だろう」
「まあ、すごいのですね」
アリサ、お澄ましモードの口調が乱れてるぞ。
どうも勇者はアリサがあの仮面の勇者だと疑っているみたいだ。確かに髪の色も同じだし、アリサはユニークスキルを勇者に秘密にしているからな。その中に大人の姿に変身するユニークスキルがあると勇者が考えてもおかしくない。勘違いするのも仕方ないな。
オレがナナシとか全く思っていないようだ。口調とかを変えておいて本当に良かった。うん、良かった事にしよう。
一応、勇者に確認してみたが、転生者が必ず紫色の髪という訳では無いらしいのだが、紫色の髪を持つ転生者は、必ずユニークスキルを持つのだそうだ。
グリンとアリサの顔がこっちを向く。ポチみたいな動きなのに、可愛いというよりはホラーっぽい印象を受ける。
声を出さずに唇だけで「アンタでしょ?」と聞いてきたので頷いておく。
「もしかして、好みのタイプだったのですか?」
「顔が見えなかったが15歳だったからな。あと5歳若かったらやばかったかもしれん」
BLは勘弁な!
今後、あの口調の仮面の勇者は使用しないようにしよう。
アリサが小刻みに震えている。笑いを堪えているんだろうが、勇者にバレるから止めてくれ。
夜中の実験の時に、美少女の詳細を聞いたアリサが呼吸困難になるまで、笑い転げていた。今度は、もっとまともな方向性の衣装にしよう。そう心に誓う。
後日、女装させられそうになったが、それだけは断固として断った。
「色恋沙汰は別にして、もう一度会いたいな。アイツには命を助けられたのと、勇者の名声を守ってくれた2つ分の礼を言い忘れているんだ。俺様は借りは早めに返す主義だからな」
はて? たしか「礼は言わんぞ」って言われた気がするんだが。あれは魔族の体力を削った事に対しての話だったんだろうか。
他にも仲間の失礼を詫びたいとも言っていた。何か失礼な事を勇者の仲間にされたっけ? 記憶に無いが、仮面勇者モードで会った時に聞けばいいだろう。
公爵の孫の結婚式まで、公都に滞在するらしいから、それまでに一度会いに行くか。
◇
「綺麗~」「なのです!」
「白いドレス」
「素敵ね~ やっぱ結婚式は、着物よりもドレスよね~」
「マスター、新婦のあの花飾りの複製を希望します」
「豪華なパレードですね」
「すっごく、幸せそうです。あんなお嫁さんになってみたい」
公爵の孫、リーングランデ嬢の弟の結婚式が終わり、市民へのお披露目のパレードをしている。丁度、滞在している館の前の通りもパレードの経路になっていたので、皆でパレードの行列を見物しているところだ。
カリナ嬢は弟と結婚式に列席していたので、ここにはいない。この間から、やけに弟氏がカリナ嬢を連れまわしている気がする。たぶん、シスコンなんだろう。
幼くても、ウェディングドレスに魅せられるものなのか、タマやポチまでテンションが上がっている。タマは頭の方まで登ってくるし、オレの服の裾を握ったポチがブンブンと手を振り回している。ミーアもタマのマネをしようとしたが、危ないので途中で捕まえて腰を横抱きにしておいた。リザだけは大人しかったが、食い入るように新婦さんを見つめていたので興味が無いわけではなさそうだ。
「士爵さま、シーメン子爵家の使いの方がいらしてます」
「ああ、すぐ行くよ」
館付きメイドさんに案内されて、来客に会いに行く。先にマップで確認したが、来訪したのは巻物工房のナタリナさんだ。恐らく、注文していた巻物が出来上がったのだろう。
「では、こちらが、ご依頼の品です」
予定よりかなり早く、最初に注文した分の巻物が完納された。
「たしかに受け取りました。そうだ、前に言っていた理力剣のバリエーションができましたよ」
「本当ですか? まだ話してから3日も経ってませんよ?」
クラウソラスの動きを見ていて思いついた魔法だ。理力剣を自在に飛行させて戦う。すでに「術理魔法:旋風刃」といった自動攻撃の魔法があったので、思ったより簡単に作れた。
幾つかのオリジナル魔法と巻物として市販されていない魔法を、追加で注文しておいた。もちろん、現金先払いだ。
月に3~5本くらいのペースでしか無理という話だったので、ボルエナンの森に行った帰りに寄るか、信用のできる商隊に運搬を依頼するという事で纏まった。
オレ一人なら天駆で幾らでも訪問できるから大丈夫だろう。
◇
その夜の披露宴でも、料理を出す事になっていた。なんとなく公爵家の使用人の気分だったが、悪いことばかりでは無い。
「やあ、ペンドラゴン卿、挨拶回りもそこそこに君の料理を食べに来てしまったよ」
「ホーエン伯もですか、私もエビ天に夢中でね」
「ロイド侯、天麩羅は紅ショウガこそが通の食するものですぞ」
といった感じに、わりと高位の貴族さんたちに気軽に話しかけて貰える様になっていた。貴族社会で出世する気は無いが、何かあったときに頼れる先があるのはいい事だろう。デメリットは、たまに小中学生くらいの少女との縁談を持ち込む困った大人が居る事だ。大抵は許婚がいると言うと引いてくれるのだが、中には食い下がってくる人がいて困った。
何人かの貴族達からは、ムーノ市への投資や留学生の受け入れを快諾してもらっているので、ニナ執政官も一安心だろう。
しかし、ニナさんの手紙を断ったのに、結局、ニナさんの目論見どおりになっている気がする。不思議だ。
「士爵様、今日のオヤツは何かしら? 楽しみにしてますわ」
「うふふ、ムーノ巻も美味しいけれど、クレープが一番素敵ですわ」
「今日は、ティスラード様のお祝いですから、特別な料理を用意しましたよ」
「まあ、楽しみですわ」
「ええ、楽しみですこと」
少女達だけで無く、最近は美女達の知り合いも増えた。殆ど全てが既婚者なのが悲しいが、遠くから愛でて楽しむ分には問題ないだろう。
今日のスイーツは、ルルの実と苺のホールケーキだ。先日、ようやくスポンジ生地が焼けたので、この結婚式には定番ともいえる多段ケーキを用意してみた。
文化ハザードな気もするが、グルリアンや公都の料理を見るかぎり、オレの作るような料理が開発されるのも時間の問題な気がしたので、気にせず披露している。アリサも止めなかったが、あれは絶対に食欲に負けたせいだろう。だが、マヨネーズや生クリームは自重した方が良かったかもしれない。ぽっちゃりな人が増えそうで怖い。
苺のケーキは、館で試作した時に皆に振舞ったのだが、年少組だけでなく、ルルやメイド隊たちまで入り乱れた壮絶な取り合いが発生してしまった。結局、皆が納得するまで焼き続ける事になってしまった。たぶん1人1ホールくらい食べたんじゃないだろうか。なお、オレとアリサは1カットだけだ。ダイエットとは長く厳しい戦いなのである。
「ああ、自分が食べられないケーキを焼く辛さったら無いわ~ お一人様のコンビニケーキでの誕生日より辛いわよね」
あ、アリサ、リアルな凹み話は止めてくれ。ダイエットが終わったら、たっぷり食べさせてやるから、今はぐっと我慢しろ。
「みなさん、ご注目あれ! ティスラード様とミニエム様のご成婚を記念して、ムーノ男爵領が誇る奇跡の料理人ペンドラゴン卿より、王祖ヤマト様の時代の失われた料理! ウェディングケーキの入場です!」
もう奇跡の料理人とか言われるのにも慣れた。公都を離れれば、そのうち忘れられるだろう。
メイドさんたちが、ワゴンに載った4段重ねのケーキを運んでくる。わざわざケーキが見えないように外枠の上に布まで掛けて特別感を演出している。もちろん、こういう演出の発想はアリサだ。
「では、新郎新婦によるケーキ入刀です!」
場はとても盛り上がっているのに、アリサが妙に凹んでいる。
「ああ、今世でも、こうやって人の結婚式をお祝いする側なのね」
「もう、アリサったら、ちゃんと10年したらご主人様が貰ってくれるって言ってたじゃない」
「そ、そうよね。よーし、バリバリ女を磨くぞう!」
ルルが慰めて復活したようだが、そこで腕まくりしたらダメだろう。乙女的に。
アリサの決意を他所に、ケーキ入刀にタイミングを合わせて、打ち上げ花火が夜空を彩る。シーメン子爵の音頭で集められた火系、光系の魔法使い達による盛大な花火魔法だ。
空に輝く大輪の花に照らされて、新郎新婦だけでなく、披露宴会場にいたカップルたちも肩を寄せ合って儚い光の芸術をうっとりと見つめていた。
その晩、館でこの花火を見ていたポチ達にせがまれて、庭で色々な花火を見せる事になった。
そのうち魔法道具で、花火セットを作ろう。
次々回で公都編は終了の予定です。
※8/12 改稿しました。
⇒ 勝利の報酬はサガ帝国での通行証などに変更。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
※8/12 改稿しました。
⇒ 勝利の報酬はサガ帝国での通行証などに変更。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
8-25.公都の夜に別れを
※9/15 誤字修正しました。
サトゥーです。敵陣に潜入して、囚われの仲間や恋人を助ける。映画なんかでは定番のシーンですが、なかなか現実にはないものです。ですが、異世界ではありふれているようで……。
◇
「やふー、ひ・さ・び・さのカラ揚げだー」
「やった~?」「カラ揚げなのです~」
アリサは自分の皿の上に乗ったカラ揚げを見て歓喜している。
ここ1週間ほど、揚げ物を禁止していたからな。アリサの年齢を忘れてて、ダイエットの効果が出すぎたので、間食と過食だけを禁止する方針に変えた。もちろん、アリサには計算を間違えたとは言ってない。少し緩めるとだけ伝えてある。
ミーアの分はタケノコの炊き込みご飯と野菜の煮物だ。タケノコは、食竹という見た目が青竹なのに普通にタケノコみたいに食べれる不思議食材だ。できれば灰汁抜きも不要だったらよかったのだが、そこまで甘くなかった。
「あり? 何のカラ揚げ? トリじゃないしブタじゃないし。確かに食べたことがあるんだけど、思い出せない~」
アリサが1個目をモニュモニュと咀嚼している間に、獣娘3人が御代わりを要求してきたので、保温の魔法道具から取り出した「クジラ」のカラ揚げを皿に入れてやる。
たくさん、あるから好きなだけお食べ。
あんなにあるとは計算外だった。出所が出所だけに、ヘタにクジラ肉祭りとかを開催するわけには行かないのがもったいない。
もう少し前に手に入れていたら、ムーノ男爵領への運搬を考えたのだが、ムーノ男爵領の食事事情は、既に改善済みだ。正確には手配済みと言うべきか。
お茶会で少し話題を振ったところ、お喋りな婦人から、丁度、そういった品物をだぶ付かせて困っていた貴族を紹介してもらえた。そのお陰で、古米や魚の干物、漬物などを大量に、そして安く仕入れられた。現在、ムーノ男爵領まで運搬中だ。量が量だったので、護衛の傭兵を付ける事になった。公都の有力者であるシーメン子爵の紹介なので、間違いないだろう。
閑話休題。
モニュモニュと咀嚼し続けていたアリサが、ようやく何の肉か思い当たったようだ。
「わかった、鯨でしょ!」
さすが、アリサ。
「昔、給食で大和煮とか竜田揚げとか出たわ~ でも、よく鯨の肉なんて手に入ったわね」
「ああ、丁度入荷していてね」
そう、アリサは大怪魚を見ていない。なので、大怪魚=クジラとは気が付いていない。世の中知らない方がいい事だってあるのだ。
「ハンバーグも最強だけど、クジラのから揚げはもっと強いのです!」
「うみゃ~」
タマが名古屋の人みたいな感想を言いながら、カラ揚げを頬張っている。口に合ったようでよかった。
「ご主人さま、この肉は高価なものでは無いのですか? 一噛み毎に力が湧いてくる様な気がします」
そうかな、先々日に先行して毒見をした限り、そんな事はなかったんだが、リザなりの美味しさの表現なのかもしれない。
「ひとくちごとに~」「ニクワキーチーオドリグイなのです」
うん、ポチ。気に入ったのは判ったから落ち着いて食べよう。肉が沸くとか怖いことを言わないで欲しい。
昔ゲームで見た肉人とか思い出してしまったじゃないか。
「実に美味です。ポチ、タマ、そのカラアゲは私が確保していた物です。その両手のフォークに刺した2つで満足しなさい。ああ、ナナ、そんな無造作に飲み込まず、もっと味わってください。ルル、遠慮していると食べ損ないますよ、もっと食べなさい」
それからリザ、落ち着け。
みんなの御代わりが激しすぎて、落ち着いて食べれないので、保温の魔法道具から大皿に移したのは失敗だったかもしれない。
タケノコご飯とクジラのカラアゲが良く合うのがいけないんだ。
「うー、サトゥー」
拗ねたミーアに新しいスイーツを作ることを約束させられたが、まあ仕方ないだろう。もっと肉以外の料理を開拓しないといけないな。
カリナ嬢達にも振舞おうと思ったのだが、弟君との約束があるとかで出かけている。
明後日の朝には公都を出発する予定なので、明日の晩は少しご馳走を作ろうかな。
◇
闇オークションは、最終日という事もあって異様な熱気に包まれている。
今日は亡国の王女とやらが出品されるとか言っていたから、それが原因かもしれない。人身売買が普通の商品と並んでいる事実をあっさり受け入れられるようになったのは、少しこの世界に毒されている気がする。
このオークション会場は、劇場くらいの広さがあり、1階に一般の入札者の座席が並び、2階にボックス席のような貴賓席がある。前回、代理人を務めてくれた青年が気を利かせて貴賓席を1つ確保していてくれたので、今日はゆったりと出品や落札ができる。さすが、代理人やるような人間は気配りがいいね。こんなサービスをされたら、自分がVIPなんじゃないかと勘違いしそうだよ。
オレの鋳造魔剣は最初の方の出品だったので、すぐさま落札された。冗談で10本セットの販売とかにしてみたのだが、そのまま売れてしまっている。買ってくれたのは、注文していた軍務主計官の人だ。鋳造魔剣は前回と同じく、ナナシ作の銘を空欄にしたものだ。剣の形は、公都で一番人気の鋭角的なフォルムの片手剣だ。
実は鋳造魔剣はこの10本だけじゃなく、他にもバラで10本ほど出品している。片手剣だけじゃ無く槍や鋳造魔斧槍も混ぜてある。前に、軍務主計官の人にセリ負けていた人がいたので追加しておいた。他には、前回と同じ薬品も3倍の数を出品してある。
代理人が優秀だからほどなく売れるだろう。
珍しい出品物としては、「祝福の宝珠」というのがあった。
なんでも使用者にスキルを与えてくれるモノらしい。今回出品されたのは「火魔法の祝福の宝珠」だった。壮絶な競り合いの末に最終的に金貨200枚で落札されていた。
代理人の話だと、魔法の祝福の宝珠はいつも高値になるらしい。出所は迷宮都市で、年に5個ほど出回るらしい。祝福の宝珠自体、使わずに保管すると10年ほどで効力を失ってしまうらしい。
詠唱の祝福の宝珠を所蔵している人間に心当たりが無いか聞いて見たが、知らないそうだ。怪しまれたり値を吊り上げられても困るので、「詠唱」をピンポイントには聞いていない。5~6種類ほどのスキルを上げて聞いてみた。
意外な事に「飛空艇の空力機関」の入札は、あまり盛り上がらなかった。
デキレースと言うと聞こえは悪いが、こういった品物を欲しがる有力貴族達の間で根回しがされていたようだ。
もちろん、オレも入札していない。
この間、公爵城の飛空艇の整備工場を見学させて貰った時に仲良くなった工場長さんが、近日中に壊れた空力機関の整備があるから今の内に休むとか言っていた。おそらく、コレの事だろう。明日は出発準備があるが、一度顔を出して、バラしている所が見れないか尋ねてみよう。
オレが一番狙っていた「古代語の研究書」は、予想のナナメ上を行っていた。
どう見ても文庫本の半分ほどのサイズのノートだ。恐らく歴代の転移者が持ち込んだものだろう。代理人には金貨40枚までで入札しろと言っていたのだが、上限を300枚まで上げた。これで中身が自作の詩集とか恨みノートとかだったら泣ける。
自棄に張り合ってくるヤツが居たお陰で、値段が自棄に吊りあがってしまった。もし、ヤツがいなかったら金貨10枚ほどで落札できたのに、最終的に金貨114枚も掛かってしまった。
入札していたヤツを代理人に教えて貰ったので見てみたら、知り合いだった。
なにやってんの勇者。
次に出品された、「黒い鑑定不能の板」で再び勇者との壮絶な入札合戦を覚悟したのだが、なぜか勇者からの入札が無かったので、金貨23枚で「スマホ」を購入できた。見た事も無い型の上に見知らぬメーカー名だが、たぶんスマホだろう。バッテリーが切れているのかスイッチを押しても電源が入らなかった。
さきほどの「古代語の研究書」と同じ人間が持っていたのだろう。代理人に頼んで、入手経路や情報が買えないか交渉してもらった。情報量の上限は金貨10枚だ。
◇
そして、「亡国の王女」が出品された。9歳くらいの真っ白な幼女だった。
タマの方が可愛いが、この子も十分可愛い。
白い毛の虎人族の元王女のようだ。そういえば虎人の国が、鼬人族の国に侵略されたとか言っていたからな。
ようやく合点が行った。
それで、さっきから会場に侵入しようと獣人達が下水道に集結していたのか。一部の身軽な獣人は通気ダクトから侵入しているみたいだ。そちらに注意を払っている者がいないからいいが、視線が行ったら一発でばれそうだ。バランスを崩して落ちそうな栗鼠人族の少女を「理力の手」でこっそり押し戻してやる。
入札は白熱し、金貨120枚まで上がっている。入札しているのは、どちらも人族だ。片方は公都の貴族のようだが、もう一人は聞いた事の無い王国の貴族のようだ。前者はわかり易い欲望に塗れた表情だからいいのだが、後者の目の血走り具合が怖い。何か恨みつらみでもありそうな感じだ。
魔法の気配を感じたので、そちらに視線をやると、そこでは黒い玉を生み出している青年の姿があった。どうやら、あの玉で、この部屋の照明を消すらしい。
会場の出口から「火事だー!」というお約束の声と白煙が流れ込む。ほどよくパニックになった所で、照明が消え、下水道から侵入した奪還チームが虎王女を助け出す。
いいね~、なにか映画でも見てるみたいだ。
警備の兵士に囲まれそうになっていたので、闇に紛れて、こっそり、「理力の手」で手助けをしておいた。さっきの他国の貴族が、火球の魔法詠唱を始めていたので、「理力の手」で適当な壷を叩き付けて昏倒させておいた。危ないヤツだな。
虎王女の傍に「遠耳」を発動しておいたので、色々聞こえてくる。
>「白虎族語スキルを得た」
しまった会話は母国語だったか。ちょっとポイントを割り振る。細かいニュアンスは脳内補完すればいいだろう。
『ルーニャ姫、お迎えに参上しました』
『ガルガオロン様、きっとわたしを助けに来てくれると信じておりました』
『ガルの兄貴、早く逃げないと』
『そうですよ、鼬共は兎も角、公都の警備兵が来たら絶対逃げれませんぜ』
『よし引き上げるぞ!』
『『応!』』
聞き覚えのある声だったので暗闇の向こうを見ると、やはり見知った顔だった。あの時の白虎君とその取り巻きか。幼女を助けに来るような人間なのに、海驢人族の子供は足蹴にするのか。脱出も手伝ってやろうと思っていたが、何かその気が失せた。後は頑張れ。
後日聞いた話では、何人かの虎人族が追跡部隊の手にかかって命を落としたらしいが、虎王女は無事逃げおおせたそうだ。それほど興味があったわけでは無いが、騒動に巻き込まれないようにマップで確認したところ、虎人の国があった方角ではなく、シガ王国の王都方面へと続く森林を移動していた。恐らく獣人の自治領を目指しているのだろう。オレ達の移動予定コースの逆向きだから、もう出会うことは無いはずだ。
実は虎姫の後に、人族の元王女も出品される予定だったらしい。
ただ、この騒動で闇オークションが中止になったため、公爵のお声掛りで公爵家の預かりとなったそうだ。詳しくは聞いていないが、メネア王女の婚約者のいた国の庶出の王女だったとの事だ。
さて、異常なほど稼げたし、尾行を撒くついでに、夜の街を散策でもしよう。
他意は無い、散歩するだけだ。
お土産の飴玉セットまで買って帰ったのに、何故か夜遊びを責められた。
すみません、書き漏らしたエピソードがあったので、もう1話追加しました。
次回で公都編は終了の予定です。
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
次回で公都編は終了の予定です。
※感想の返信について
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8-26.公都の夜に別れを(2)[改定版]
※9/15 誤字修正しました。
※8/12 改稿しました(8/13 加筆)
※8/12 改稿しました(8/13 加筆)
サトゥーです。旅立ちと言うと卒業式を思い出します。大地の反対側でも2~3日もかからず会える世界にいたからでしょうか、旅立ちを今生の別れと思うような気質は持ち合わせていません。異世界ではもう少し重いのでしょうか?
◇
昨晩のオークションの結果は予想より良かった。
鋳造魔剣は予定通りの値段だったのだが、鋳造魔槍や鋳造魔斧槍がかなりの高値で売れた。特に鋳造魔斧槍は、探索者らしき男と立派な鎧を着た男の一騎打ちになったせいか、1本金貨270枚という値段で売れてしまった。やはり、電撃による麻痺機能を付けたのが高値になった勝因なのだろうか。原価は考えてはいけないのだろう。
予想以上に儲かってしまったので、喜捨のつもりで、テニオン神殿の炊き出し基金と孤児院に金貨10枚ずつを寄付する事にした。これ以上は常識の範囲を超えるので自重する。
落札したノートだが、中ほどで2つに破れていた。さらに用心深いヤツが書いたのか、独自の暗号が掛けられてあった。解読しようとしているうちに「暗号解読」スキルを取得したので、簡単に復号できた。
石鹸の作り方から、ガラスや鏡の作り方、ゴムの作り方、etc……。
ようは異世界に来た時に役に立ちそうな技術が、色々とメモされている。ただ、大半が既に作れるのが、残念だ。もう少し早く入手したかった。
有益だったのは、カレーのレシピだ。香辛料から作る方法が書いてあった。問題は、香辛料が見つかるかどうかだな。ソバやうどんの打ち方もあったので、お買い得だったかもしれない。
持ち主の情報は、残念ながら手に入らなかった。
勇者ハヤトが言っていた3人目の気がするのだが、抜け目のないヤツのようなので達者で異世界ライフを堪能しているのだと思いたい。
◇
「こんばんは、勇者ハヤト」
勇者達が公都を出発する前夜に、少し地味目の衣装に替えたナナシモードで勇者の部屋を訪問した。ポチ達みたいに鼻が利くメンバーがいると不味いので「消臭」の魔法を使ってある。
「ナナシか、どうやって侵入しやがった?」
「チートで」
便利な言葉だ。
窓から入室してすぐに、いきなり勇者の仲間らしき耳族の娘さんに謝られた。ただ許すのもアレなので、対価に彼女達の耳を触らせて貰った。うん、なかなかイイ。
その次に勇者に礼を言われた。
サトゥーの時に聞いた内容と同じだったが、礼に自分の耳を触るか? と言われたときは、思わず勇者の頭に拳骨を落としてしまった。
勇者を殴ってしまったので、リーングランデ嬢やメリーエスト皇女に文句を言われるかと思ったが、普段からそういう扱いを受けているらしく、みんな当然のような顔をしていた。メリーエスト皇女には手加減しなくていいとまで言われてしまった。いいのか勇者。
お礼の品と言っても、特に必要なものも無かったので、冗談で空力機関と言ったら、勇者がジュールベルヌの予備らしき空力機関を出してきて焦らされた。空力機関は自作する予定なので、せっかくの申し出だが、遠慮しておいた。メリーエスト皇女が、あからさまにホッとしていたので、けっこう貴重なものなのだろう。
結局、勇者からは、ミスリルやオリハルコンなどの希少金属を分けてもらえる事になった。彼が迷宮の中で手に入れたモノらしいのだが、どちらも帝国の工廠に貸与してあるらしく手元には無いそうだ。
実際に手に入るのは先なのだが、オリハルコンとか心が躍る。
おっと、ここに来た本題を忘れていた。
「これは?」
「見たこと無いかな? 人を魔族に変える呪われた魔法道具だよ」
オレは、ストレージ経由でポケットから出した短角を勇者に放り投げる。グルリアン市で手に入れた使用済みのものだ。
「なんですって?!」
「ど、どこでこれを!?」
前者はメリーエスト皇女、後者はリーングランデ嬢だ。表情や口調から察するに、どうやらリーングランデ嬢は公爵から短角の話を聞いていたみたいだな。他の公爵領の都市でも討伐されている以上、公爵の関係者が知らないはずもない。
「知っていたの? リーングランデ」
「ごめんなさい、公爵令嬢の立場として知った内容だったから、漏洩するわけにはいかなかったのよ」
変に固い人だな。立場上、明言できなかったんだろうけど、公爵も勇者に伝えて欲しくて彼女にリークしたと思うんだが。
「ねえ、お姉さん。この短角は珍しいものなのかな?」
「ええ、初めて見るわ。サガ帝国と魔族の長い戦いの歴史でも、こんな品は一度も出てきた事はないわ」
新アイテムか。
「他の領地で下級魔族を倒した時に手に入れたんだ。もう使えないみたいだから、欲しいならあげるよ?」
メリーエスト皇女が感謝の言葉を返しながら、恐る恐る短角を受け取り、勇者の無限収納に保管して貰っている。頭の切れそうな彼女に言う必要は無いかも知れないが、「扱いは慎重にね」と釘を刺しておいた。
このアイテムの事もあって、お互いに連絡できる魔法道具を所持しようという事になった。これは初めから渡すつもりだったようで、勇者の無限収納から直ぐに出てきた。特に揉める事も無く、10日に一度の深夜0時にお互い通信機を起動して連絡を取り合う事に決まった。時間の確認用に短針しかない時計の魔法道具も貰った。
これは後日わかった事だが、この時計をストレージに入れると時間が狂うので、宝物庫に移動しておいた。
追跡機能を心配したが、通信機を起動したとき以外は場所の特定は不可能なのだそうだ。元々他国に潜入している協力員との連絡用らしく、お互いの通信機以外には検知されない仕組みが使われているらしい。ちょっと分解してみたいが自重しよう。
◇
出発の前日は、意外とヒマだった。
知り合いになった人への挨拶回りや、食材や調味料――特に砂糖――の調達なんかは毎日少しずつ進めていたので、慌ててやる必要は無い。
午前中にテニオン神殿で、皆の洗礼を済ませた。
>「神聖魔法:テニオン教スキルを得た」
いざと言う時に巫女長さんに、復活の儀式をしてもらうためだ。
なぜか、オレとアリサだけは洗礼を受けられなかった。儀式自体は受けられたのだが、他の者と違って称号に「テニオンの信徒」というのが付かなかったのだ。
もっとも周りからは判らないらしく、セーラ嬢に、「これでサトゥーさんもテニオン神殿の信徒ですね」と嬉しそうに言われてしまった。
「サトゥーさん、これを受け取ってください」
セーラ嬢から、「テニオンの鈴」というアイテムを手渡された。アイテムの説明を解読したところ「テニオン神殿の大鐘と共鳴する鈴」らしい。なんでも、テニオン神殿に緊急事態が起こった時に、大鐘を慣らすのだそうだ。この鈴は、大鐘と共鳴する魔法道具で、公都と王都くらい離れていても、危機を察知できる優れた品なのだそうだ。
受信専用らしい。
「ほら、私も持っているんです。お揃いですね」
「そうですね」
純粋に喜んでいるらしいセーラ嬢に突っ返すわけも行かず、素直に受け取る。
恐らく、というか十中八九、巫女長さんの差し金だとは思うのだが、鈴を付けられたような気分だ。
◇
洗礼を終えて館に戻ると、来客が待っていた。
ムーノ次期男爵、カリナ嬢の弟君だ。アポは無かったはずだが、主家の若君だし、まあいいか。
「ペンドラゴン卿、突然の来訪を許して欲しい」
「若君の訪問なら、いつでも歓迎いたしますよ」
昼から整備工場の見学に行きたいから、さっさと用件を済まそう。
「単刀直入に聞こう。君はカリナ姉さんと結婚する気はあるのか?」
「ありません」
しまった、もう少し遠まわしに言うんだった。
弟君が顔を真っ赤にして怒ってしまった。
「君は、姉を弄んだ上に捨てるのか! 父上の直臣の身でありながら――」
「誤解です」
失礼に当たりそうだが、激昂している弟君の言葉に被せるように主張する。
「もう一度言いますが誤解なのです。わたしは、カリナ様と恋仲ではありませんよ?」
「しかし、グルリアン市の晩餐会では、まるで夫婦の様に仲むつまじかったというではないか!」
仲が悪い方が良かったような言い草だな。このシスコンめ。
「晩餐会には太守から、私とカリナ様の双方が招待されていたのです。お互いに伴侶が居ない身だったので、カリナ様にご一緒していただいた次第です」
お陰で大した散財だったが、ボリューム満点の谷間が見れたから、後悔はしていない。あれは良い景色だった。
「オリオン! あなた、何をしているの!」
ああ、せっかく名前を呼ばない様にしていたのに。カリナ嬢、酷いよ。
弟君の名前は、オリオン・ムーノ。オレと同じく、ムーノ男爵の勇者趣味の犠牲者だ。まあ、オレは自分で付けたんだから犠牲者というのは違うか。
さて、誤解を解くか。
「カリナ様」
「何ですの?」
ちょっと警戒気味にカリナ嬢が問い返す。
「私の事が好きですか?」
「な、ちょ、そんな――」
「姉上?」
「そ、そんなわけありませんわ! ワタクシがサトゥーの事を好きなんて、そんな事は絶対にありえませんもの!」
やはり、こう言うタイプは率直に聞くと自爆してくれると思った。「はい」って答えられたら少し困ったが、そこでしおらしくなるタイプなら、こんなに邪険にはしていない。
「オリオン様、そういう訳ですので、私達が恋仲という噂は事実無根です。カリナ様には家格の釣りあう由緒正しい大貴族の子弟が相応しいでしょう」
「う、うむ、士爵が身の程を弁えた人物で良かった。今後とも宜しく頼む」
「はい、こちらこそよしなに」
つまり、オリオン君は、成り上がり貴族は自分の身内とは釣り合わないと釘を刺しに来たのだろう。シスコンを拗らせない事を祈りたい。このオリオン君だが、リーングランデ嬢やセーラとは異腹の公爵令嬢と婚約しているらしい。相手はまだ7歳らしいので、結婚自体は先の話だそうだ。
◇
午後は、公爵城の飛空艇整備工場で、例の空力機関の解体をするそうなので、見学に訪れた。
整備工場に行く途中で、前に見た絵の中の人物が動く風景画を見に行ったのだが、日替わりなのか、違う絵が掛かっていたので見れなかった。他の美術品の手入れをしていたメイドさんに、尋ねてみたのだが、そんな絵は知らないと怪訝な目で見られてしまった。そういえば、前にお茶会で話題に出した時も、ホラ話扱いされてしまった。寝ぼけて見間違えたのだろうか。不思議な話だ。
整備工場は、何時になく人が多かったので、近くでは見れなかった。仕方ないので、少し離れた脚立の上から「望遠」スキルで見学した。空力機関は、空冷のラジエーターみたいなフィンが並べられたものだった。
フィンの部分が、怪魚の素材で作られているらしい。そのフィンに魔力と空気を送り込むことで、浮力が発生するのだそうだ。
熱気球的なものでは無いらしいので、オレの知ってる物理法則には無い仕組みだ。
ストレージを調べたら、王子を廃人にしていた寄生虫型の魔物の何匹かが、フィンに利用できる部位を持っていたので、深夜の迷宮に潜って、解体作業を行った。そのまま利用できるものでは無いので、ボルエナンの森までの旅路の間に加工しよう。
前に森を開拓した時の木材があったので、馬車ごと乗れるような、箱舟を作っておいた。将来的には、この箱舟に空力機関を搭載しようと思う。空力機関が完成するまでは、「理力の手」で持ち運ぶのもアリかもしれない。
しかし、ここを利用できるのも今日までか。実に便利なので、このまま公都に住み着きたいくらいだ。
◇
翌日、前伯爵さん夫妻や使用人の皆さんに見送られて公都を旅立った。
カリナ嬢が付いてきたそうにしていたが、ニナさんへ届ける大量の書類や手紙を預けたので、しぶしぶ男爵領に戻るのを承諾してくれた。書類の中には、ムーノ市のゲルト料理長に宛てた調理のレシピ集もある。必要な材料は、先行して送っておいた食料便に混ぜておいたので大丈夫だろう。
他にもゾトル卿やハウト宛に鋳造魔剣を用意したのを預けた。流体操作系の魔法が手に入ってから作ったので、闇オークションで作ったのとはまったく違う構造の剣になっている。剣の外見自体も、ポチ達用に作ったのと同じ丸みを帯びた独特の形状にしてある。しゃもじを剣の長さまで伸ばしたような形状といえば想像できるだろうか? 一応、先端は突きの為に逆向きのRをかけて尖らせてある。ナナシでは無くサトゥー・ペンドラゴンの銘だ。
それとメイドの纏め役のピナに帰りの路銀をこっそり渡しておいた。前に聞いたら、往路で商人の護衛をしたお陰で納屋で寝ずに済んだとか、年頃の娘さんとは思えない発言をしていたので、復路ではもう少しマシな旅をして欲しい。
船が出港し始めた頃になって、セーラ嬢が見送りに来てくれた。今生の別れみたいに泣きながら手を振るのは止めて下さい。少し気恥ずかしいです。
船で1昼夜過ごし、途中にあった人口1万弱の街で下船した。そこからは久々の馬車の旅だ。ボルエナンの森までは、同規模の町が一つある他は、村落が幾つかあるだけらしい。人跡未踏じゃないだけマシだと思おう。
さあ行こう、エルフの森へ。
微妙に打ち切りENDっぽいですが、幕間を2~3話挟んで、9章が始まります。
※カリナの弟の名前を修正しました。
※ポチ達の剣の形状について少し加筆しました。
※8/12 改稿しました。
⇒ ナナシの報酬を魔法金属に変更
⇒ 短角について勇者パーティーと意見交換。
⇒ 通信機を受け取る理由を変更
※8/13 加筆しました。
⇒ 通信機と一緒に時計を受け取るように変更
※感想の返信について
感想返しが追いつかないので、個別返信ではなく活動報告で一括で返信させていただいています。
※カリナの弟の名前を修正しました。
※ポチ達の剣の形状について少し加筆しました。
※8/12 改稿しました。
⇒ ナナシの報酬を魔法金属に変更
⇒ 短角について勇者パーティーと意見交換。
⇒ 通信機を受け取る理由を変更
※8/13 加筆しました。
⇒ 通信機と一緒に時計を受け取るように変更
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