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lunes, 10 de agosto de 2015

12-6.リザの実力
※6/23 誤字修正しました。

 サトゥーです。脳筋という言葉がありますが、変に陰謀を巡らせる人種より好感がもてます。
 ……少々暑苦しいんですけどね。





「返答や如何に!」

 リザに手合わせを挑んだシガ八剣の筆頭――ゼフ・ジュレバーグ氏が高そうな槍の石突を地面に突いて再度問いかけて来た。

「ご主人様、勝負を受けても宜しいでしょうか?」

 リザが飛び切りのご馳走を目の前に出された時のようにわくわくした顔で、ジュレバーグ氏を見つめている。
 まるで視線を外したら、その瞬間に打ちかかられると言わんばかりだ。

 とりあえず二人とも、その楽しそうな視線とは裏腹の殺気をどうにかしようか。
 周りのギャラリーが息をするのも忘れているよ。

「リザ、判っていると思うけど」
「ご安心下さい。ご老人相手に無茶はしません。ちゃんと手加減は致します」

 戦っちゃダメって言いたかったんだけど、こんなセリフの後じゃ向こうも引いてくれないだろうなあ。
 ジュレバーグ氏本人では無く周りのギャラリーから、罵声と言うか悲鳴のようなざわめきが溢れる。

 リザとしてはエルフ師匠たちの教え通り強敵を逆上させて本来の実力を出させない為にしたんだろうけど、挑発するのは場所を移動してからにして欲しかった。

 ジュレバーグ氏が槍をくるりと回して下段に構える。
 奥歯が割れそうなほど噛み締めるのは止めた方が良いと思う。

「ほほう、この老体を心配してくれるとは中々に敬老精神に溢れる女傑のようだ」
「ご主人様のご人徳の賜物です」

 それ、流れ的に褒め言葉になってないから。
 どうもリザはジュレバーグ氏の言葉を額面通りに捉えてしまったようだ。

「申し訳ありませんが場所を移しましょう」

 ここで勝負を始めるとまずいので二人の間に割り込んだ。
 ジュレバーグ氏が射殺すような視線を向けてくるが、魔王達に比べたらマダマダだ。

「ここで戦って貴族の方々に怪我人を出したり、国有の新型艦を壊す訳には参りますまい」

 オレの言葉にジュレバーグ氏が槍を立て、苦虫を噛み潰したような顔で承諾してくれた。

 決闘自体を止めたかったが、今のリザならば実力を発揮しても大丈夫だろう。
 貴族達からの無理難題は一部を除けば対処できるだけの人脈をゲットしてある。
 リザ達が対魔族や対魔王の兵器扱いをされないかが少し心配だが、それはオレがナナシとして活動すれば良いだけの話だ。
 それに情勢的にシガ王国に戦争をしかけそうな国は東の果てにあるイタチの帝国くらいだけど、ナナシのレーザーで大軍の前に線を引いてやれば引き返すだろう。それでも攻めてくるなら、土魔法で攻められないような長城でも築いてやれば良い。

 オレが仮定の話で頭を悩ませている間に、お付きの白矛を持った壮年の男がジュレバーグ氏の指示で、空港の隣にある駐屯地に決闘の準備の為に駆けて行った。
 彼はミスリル証のパレードの後くらいにリザに勝負を挑んで返り討ちにあった「白矛の騎士」という二つ名を持った聖騎士だ。
 後でギャラリーから教えて貰ったのだが、彼も3つあるシガ八剣の空席を狙っている一人だったらしい。

 ジュレバーグ氏が空港の外へ姿を消すのを見計らったかのように、周りの人達から歓声が上がった。
 出迎えに来てくれた知人達や他のミスリルの探索者達から激励の言葉を受け取りながら、オレ達も決闘の舞台へと向かった。

 公爵暗殺未遂とか、結構大きな事件が起こっているのに決闘なんて遊びをしている場合じゃないと思うんだが……。
 周りのお祭り騒ぎを見る限りでは、そう思っている人は少数派のようだ。





「いざ、参る」
「承知」

 ――君らはいつの時代の人だ。
 そんなオレの内心に誰も応える事無く、対決は始まった。

 昼の闘技場に鮮やかな赤い軌跡が交錯する。
 ジュレバーグ氏が「手加減無用」と言ったせいか、二人とも最初から魔刃を使って戦っている。

 ポチやタマは無頓着に使っていたから街中で魔刃を使わないように言い含めていたが、そういえばリザには明言していなかった。
 それにしても、殺し合いじゃないのに魔刃を使うのはどうかと思う。
 槍が傷まないように保護の為もあるんだろうけどさ。

 もちろん、この対決が本当の殺し合いじゃない証拠に、ちゃんとオレの隣の控え席にはガルレオン神殿の高位神官と水系と地系の宮廷魔術師が控えている。
 宮廷魔術師さん達は郊外の土木作業を中断して駆けつけてくれたそうだ。

 戦いの場となっている騎士団の駐屯地に併設された闘技場は半径200メートルほどで、高さ2メートルの強固な壁がある。
 オマケに騎士団の魔法を使える面々が魔力を提供して魔法の防御壁を生む魔法装置を起動しているので、ギャラリーは安全だ。

「さすがはシガ八剣の頂点に立つお方だ。ジェリルの魔刃よりも立派だぜ」
「ああ、リザ殿もジュレバーグ様と同じくらい素早く槍に魔刃を纏わせていたが、明らかに弱々しい光り方だ」

 そんなギャラリーの声が耳に入ってくる。

 リザは槍が傷まないように魔刃でコーティングしているだけなのであの程度の出力なのだが。
 普通は出力調整ができないのか?
 無闇に高出力にしたら燃費が悪いと思う。

「六連撃~?」
「リザも凄いけど、お爺ちゃんも凄いのです」
「え、嘘?! 今、一回突いただけにしか見えなかったけど?」
「わたしには2連撃に見えた」
「アリサ、ルル、足元の土埃を見れば大体の動きが判ると告知します」

 タマとポチの解説通り、両者が凄まじい速さで突きを入れ、目まぐるしい速さで攻防が入れ替わっている。
 しかし、これがシガ八剣の実力か。

 第三王子で大体わかっていたが、このままだとリザが軽く勝利してしまいそうだ。
 なにせ、リザの方がレベルが低いにもかかわらず、3レベルも高いジュレバーグ氏の方が押されている。
 しかも、「魔力感知」スキルで解析した所、ジュレバーグ氏は既に自前のスキルで身体強化済みだ。高齢故の衰えなのか、リザの基礎体力がそれだけ優れているのかは比較対象が少ないので判らない。

 流派の異なる両者の槍術の粋を尽くした攻防にギャラリーが沸く。なかなかのハイスピードバトルだ。
 だが、このまま一進一退の戦いが続くなら、持久力でリザが勝ってしまうだろう。

 ジュレバーグ氏がいつ仕掛けるのかに注目していたのだが、先に仕掛けたのはリザだった。

「あっ!? 今、リザの槍が消えましたわ!」
「へ? 消えた?」
「リザの消える槍~?」
「消えないのですよ?」

 リザのフェイントに騙されたカリナ嬢が驚きの声を上げる。
 一定以上の武人にしか判らないトリックなので、アリサには見えなかったようだ。
 ポチは動体視力が良すぎるので、アリサとは別の意味で引っかからない。

 リザが行ったのは達人相手専用の高度なフェイント技だ。
 普通は見てから攻撃を避けたりできないので、視線や筋肉の動きで攻撃の予備動作を察知して避けるのだが、リザはそれを利用してフェイントを仕掛ける。
 エルフ師匠に教わっていた技だが、オレも最初にやられた時は引っかかりかけた。

 オレやポチみたいに見てから避けるタイプは大丈夫だが、タマの様に先読みして避けるタイプはこの技に引っかかり易い。

 ジュレバーグ氏もフェイントに掛かりリザの幻影の突きを槍で払ってしまい、胴に一撃を受けてしまった。
 彼の魔法の鎧が無かったらこれで勝敗がついた所だが、カリナ嬢のラカの守りを簡略化したような白い魔力板が彼を守り、白い欠片を散らせるだけで終わってしまった。

 リザも今の一撃で勝てるとは思っていなかったらしく、特に気落ちしたりはしていない。

「なるほど、魔刃やレベルだけの促成栽培の輩とは違うようだ」

 ジュレバーグ氏がリザと距離を取って、そう評する。
 まさか、数ヶ月前はリザがレベル3だったとは言えない雰囲気だ。

「ご主人様の指導の賜物です」

 リザが神妙な顔でオレの株を上げようとする。
 ナナとルルまで、うんうんと頷くのは止めてほしい。ポチとタマまでマネするじゃないか。

 リザは本気でそう思っていそうだが、オレがしたのはパワーレベリングと「命を大事に」という方針だけだ。
 強くなったのは彼女自身の努力と、エルフ師匠達の特訓の成果だろう。

「その歳でそこまで鍛えた貴殿に敬意を表して、この技を贈ろう。秘奥の魔刃のさらに秘された伝説の技だ」

 ジュレバーグ氏が腰ダメに槍を構えて魔力を穂先に集める。
 魔刃砲とは違うのかな?

 魔力の集まり方からして魔刃砲っぽい。
 リザも槍を構えてジュレバーグ氏の技を盗もうと彼の動きに集中している。

「おお、膨大な魔力がジュレバーグ卿の槍に集まっているぞ!」
「強敵にしか使わないという、あの技か!」

 槍の魔刃が膨張していくのを見てギャラリー達が騒ぎ出す。

 しかし、収束が甘い。
 あの状態だと弾丸状じゃなくコーン状に近い攻撃になるんじゃないかな?
 魔法防御が強い相手だと目くらましにしかならない気がする。

 ようやく準備が完了したジュレバーグ氏が「ぬおおお」と気合を篭めて魔力を打ち出す。
 赤く人の体ほどもある魔力の砲撃がリザを襲う。

「ちょ、棒立ちしてないで――」
「リザさん!」

 アリサとルルからリザの安否を気遣う声が上がる。
 ジュレバーグ氏の放った砲撃が二人の中央まで来た所で、ようやくリザの手が動く。

 瞬く間に形成された赤く小さな魔刃砲が素早く放たれる。

 砲弾はリザの手前で衝突し、赤い閃光で闘技場を染める。
 闘技場を守る魔力壁が共鳴したのか、魔力壁まで赤い光を反射して闘技場が良く見えない。

 リザが放った魔刃砲がジュレバーグ氏の魔刃砲を打ち砕き、その余勢をもって彼の体を打ち据えたのが見えた。
 ジュレバーグ氏の着る魔法鎧の白い魔法の防御が消滅する。

 ――ちょっと、リザ?

 2発目の魔刃砲がジュレバーグ氏に飛来する。
 その威力は最小まで絞られているが、ジュレバーグ氏の体勢では避けきれない。

 しかし、シガ八剣の頂点に長年君臨していたのは伊達ではないようで、「ぬんっ」という裂帛の気合と共に槍から離した拳で魔刃砲を打ち砕く。
 もちろん、その対価は彼の拳だ。完全に破壊されてしまっている。

 老戦士のメンタルはこのくらいではへし折れたりしないらしい。
 彼は残った利き腕で槍に魔力を通して最後の攻撃に出ようとする。

 そこにリザが放った最後の魔刃砲が槍を持つ手首に命中した。
 アリサが突撃銃の三点バーストの話をしてから、獣娘達の間で魔刃砲は3発で強敵を仕留めるようにしていた。
 そのせいで癖になっていたのだろう。

 瞬動で接近したリザが尻尾でジュレバーグ氏の足を払い、為す術べなく仰向けに倒れた彼の喉元に槍を突きつけてその動きを止める。

 ようやく闘技場の魔法壁の赤い輝きが薄れ、ギャラリー達に結末が明かされる。

「なっ、どういう事だ?」
「魔刃砲を使ったジュレバーグ卿がなぜ倒れているんだ?」

 混乱したギャラリー達の間からそんな感じの戸惑いの声が漏れ聞こえる。
 だが、それも審判がリザの勝利を告げるまでだった。

「勝者、『黒槍』のリザ!」

 その言葉が闘技場に宣言された瞬間、王都が揺れるほどの歓声が響き渡る。
 誰が何を言っているか聞き取れないが、一つだけ明確なのはリザへの祝福の言葉だという事だ。

 リザがジュレバーグ氏から距離を取ってから、こちらに槍を振る。
 決着が着いて尚、油断をしないとはリザらしい。

 オレも精一杯の祝福の言葉を叫んで、手を振り返す。
 この後に待つ厄介事を憂うよりも、今は彼女の勝利を祝いたい。

 この日、リザは王都で一番有名な探索者となった。
※次回は 6/29(日) の予定です。

※「10-35-2.酒宴とベリアの実」を割り込み投稿しました。
11章の人物紹介を割り込み投稿しました。

※サトゥーが実力を隠そうとする理由は 11-2 でも書いてあるので気になる方はそちらもご覧下さい。
12-7.挑戦者達
※2015/5/30 誤字修正しました。

 サトゥーです。対戦格闘ゲームが流行っていた頃、勝てないと判っている強いプレーヤーと戦うのが好きでした。一方的に負けつつも、色々と学ぶことができたものです。





 神官がジュレバーグ氏に駆け寄り、彼の手を癒す。
 上級治癒魔法の効果は凄まじく、瞬く間に砕かれた手が復元されていく。

「リザ殿、貴殿の強さは本物だ」
「恐縮です」

 治療を終えたジュレバーグ氏がリザに言葉を掛ける。
 リザはお澄まし顔で応えるが、尻尾がピタピタと動いている。尻尾は正直だ。

「シガ八剣とは国を守る盾であり矛だ」

 ジュレバーグ氏が唐突な話をリザに語りだした。

「それ故、実力と国を想う崇高な心さえあれば、種族や血統などの出自に拘るべきではないとわしは考えておる」

 リザにはイマイチ伝わっていないようだが、どうやら彼女をシガ八剣に勧誘したいらしい。

「今、シガ八剣には三つの空席があり、その内の2つを貴族達が己の派閥争いの道具にしておる。だが、最後の一席の指名権はわしがもぎ取った」

 派閥争いと言う所でオレを睨むのは止めてもらえませんか?

「その席に貴殿を推挙したい。――受けてくれるな?」

 キリッとした顔でリザに告げる。
 オレの周囲の子達がハラハラした顔でリザを見つめている。ナナだけはマイペースにシロとクロウの羽で遊んでいた。

「お断りいたします」

 気負いの無い声でリザがジュレバーグ氏の誘いを断った。
 アリサやポチが安心して脱力する。それは良いが、どさくさに紛れてオレの足に顔を擦り付けるのは止めろ、アリサ。ミーアもアリサのマネをしないっ。

「何故だ。今はペンドラゴン卿の奴隷かもしれんが、シガ八剣になれば王権によって奴隷身分から解放され、名誉伯爵位を得られるのだぞ? 亜人の身では決して届かない地位と栄誉を前に、なぜ拒むのだ」

 信じられないといった顔のジュレバーグ氏の言葉をリザが止める。

「確かに、私には望外の栄誉だとは思います」
「ならば――」
「ですが、私の忠誠は国では無くご主人様にあるのです。シガ王国に忠誠を向けるべきシガ八剣の資格はありません」

 微妙に危ないセリフだ。
 そこにムードメーカーのアリサが割って入る。

「そうよ! 私達は『ペンドラゴン七勇士』なの! ご主人様と一緒に『シガ八剣』に匹敵する新しい世界の守り手になってみせるわ!」

 なんだよ「ペンドラゴン七勇士」って。真田十勇士をリスペクトしたのかな?
 たぶん、この場を和ませようと適当な事を言ったんだろうけど、アリサのドヤ顔を見ると本気で言ってそうで怖い。

「おおっ! シガ八剣に並び立つって宣言したぜ?」
「だが、『不倒』のジュレバーグ卿を倒したんだ。その資格はあるだろう」
「ああ、光の槍撃を使う新たなシガ王国の守護者の誕生だ!」
「『黒槍』、いや、『魔滅の光槍』リザ!」
「『ペンドラゴン七勇士』とシガ王国に栄光あれ!」

 なんだか、アリサの宣言した名前が公称みたいにギャラリー達の間に広がっている。
 誰かがサクラを用意したんじゃないか疑いたくなるような流れだが、ギャラリー達のノリがおかしい。
 リザがジュレバーグ卿を倒したのがそれほどの大事件だったのか?

 リザが魔刃砲を使ったのを視認できたギャラリーもいたみたいで、新しい二つ名がついたみたいだ。

 アリサの宣言でリザのシガ八剣入りが阻止できたとは思わないが、少なくとも先送りにするのは成功したようだ。後の事はニナさんあたりに相談して決めよう。

 ちなみに、アリサの言い出した「ペンドラゴン七勇士」がポチの創作小説に出てくる称号だと知ったのは、かなり後の事だ。






 そろそろ王城で待つムーノ男爵の所に顔を出したいのだが、ギャラリー達の騒ぎは収まる様子がない。
 出迎えに来てくれた知人達とは挨拶できたのだがリザを祝福する人の列が途切れないのには参った。

 それを打ち破ったのは2つの人影だ。

「爺さんに勝ったってのはアンタか?」
「リュオナ殿、礼儀を忘れるな。我等はシガ八剣に席を置く者ぞ」
「バウエンは堅ぇな」

 大鎌を肩に担いだ野生的なリュオナと呼ばれた女性と、カタナを下げたバウエンという男性がやってきた。
 彼らはシガ八剣の第8位『草刈り』のリュオナ女史とシガ八剣の第6位『風刃』のバウエン氏だ。
 どちらもレベル40台中盤と、ジュレバーグ氏よりかなり弱い。

 アラフォーのバウエン氏は普通にシガ王国の騎士服を着ているが、20代後半のリュオナ女史は膝丈のズボンにベストの様な上着と野生的な服装だ。ちなみに割れた腹筋が見えていて露出の割りに色気を感じない。
 バウエン氏のカタナを刀と表現しないのは、その拵えが西洋風だからだ。サーベルと言っても良いのだが、バウエン氏の雰囲気がサムライっぽかったのでそう呼ぶ方がしっくりくる。

 新たな武人の登場に色めき立ったのはポチとタマだ。
 順番を決めるためか、音速のあっち向いてホイ勝負を始めてしまった。きっと周りには意味不明な行動に映ったに違いない。

「アタイと勝負しな」
「お断りいたします。じゃ――」
「リュオナ様、申し訳ありませんが、リザはジュレバーグ氏との対戦で消耗しております。勝負を挑まれるなら後日改めてという事で」

 リザが「弱者」とか言いそうだったのですかさず割り込んだ。

「なんだい、アンタ?」
「彼女の主人でペンドラゴン士爵と申します」
「――ペンドラゴン?」
「忘れたのかリュオナ殿。我らの新たな同僚候補だ」
「ああ……。なら、アンタが相手するかい?」

 鼠を見つけた猫のような表情で問いかけるリュオナ女史に首を振る。
 というか「新たな同僚候補」なんて初耳なんだが。

「勝負のお相手なら、あちらに」

 オレはこちらをうずうずとした目で窺っていた脳筋――ミスリルの探索者達の方に手を向ける。

「皆、リザに勝るとも劣らない剣士達です。きっと楽しい戦いになりますよ」
「そうだね……。よし、そこの色男! あんたが一番強そうだ。アタイと勝負しな!」
「このジェリル、相手が女性でも手加減はいたしませんよ?」
「それでこそ戦士だ! さあ、場所を空けな! 楽しい戦いの始まりだ!」

 上手く誘導に成功した。
 シガ八剣対ミスリルの探索者達の勝負にも興味があるが、ここは一旦退散する事にしよう。
 オレは最前列に齧り付いて観戦しようとしたカリナ嬢やうちの子達を引っ張って馬車に向かった。

 あっち向いてホイに勝利したポチがしょぼんとしていたが、今日はムーノ男爵が歓待してくれるらしいからすぐに元気になるだろう。





「あれって飛空艇?」
「ああ、空港に併設された造船所だよ」

 アリサが指差したのは飛空艇工場だ。
 ナナシとしてオレが持ち込んだ空力機関を組み込むための船体部分を建造している。飛空艇の設計はオレがしたが、賢者の石を使った魔力炉は付けていないので従来船と同じく魔核の粉から練成した燃料棒を使った魔力炉を使用するタイプのはずだ。

 この燃焼型の魔力炉はどの国も技術を秘匿しているので、オレも作り方を知らない。
 出力が賢者の石を使ったタイプよりも低いし、理論的に小型化できない仕組みらしいので余り魅力が無い。
 賢者の石以外にも小型化可能な魔力筒とかもあるし、当面は必要ないだろう。
 王城の地下にある禁書庫や王立学院の書庫を閲覧する許可は貰ってあるから、ヒマができたら何かのついでに調べてみよう。

 それにしても、街路から造船所の建造風景が見えて良いのだろうか?
 昔の軍艦の建造とかは、電車や国道を走る車とかからも見えないように気を使っていたと聞いた事があるんだが。

 そんなオレの心配を他所に、馬車は造船所の横を通り過ぎ工場区画から貴族街へと続く大通りを進む。

 ちなみに1台の馬車に乗り切れなかったので、4台の馬車に分乗している。
 先頭がカリナ嬢達、2台目がオレ、アリサ、獣娘達、3台目が荷物、4台目がルル、ミーア、ナナ達となっている。乗る馬車は公平にグーパーで決めた。

「がらがら~?」
「ポチもガラガラしたいのです!」

 タマやポチが路地をキックボードで走る人達を見つけた。
 迷宮都市は曲がりくねった道が多いので普及していないが、ポチ達には迷宮内の通路で試乗させた事がある。
 ああいう乗り物は初めてだったのか、リザやルルも含めて、みんな楽しそうに乗っていた。

「結構普及してきたね」

 それを見て、アリサがしみじみと呟く。
 キックボードはアリサの考案した物で、王都のエチゴヤ商会の工場で生産している。
 工場長のポリナが過労死しそうなほどの売り上げを叩き出している人気商品だ。
 近いうちに時間を作って工場に顔を出す事にしよう。

 賑やかな通りは一国の首都だけあって混んでいる。
 メインストリートは馬車が4台くらい横に並べるほど広いが、信号が無いので交差点などで稀に団子状態になったりする。馬車の往来が現代の自動車みたいに多くないのが救いだ。

 ――レーダーに赤い点が点る。

「敵襲」
「方向は?」
「大変! なのです!」

 ほぼ時を同じくしてタマが皆に敵襲を伝える。
 方向を問うリザにタマが棒手裏剣を取り出しながら視線で方向を教える。ポチも大慌てで長楊枝を鞄から取り出した。

 レーダーに映る影は12、犯罪ギルド「手長猿」の一行らしい。
 リーダーらしき男は水魔法と火魔法を使えるレベル20代後半の男だ。こいつは近くの3階建ての商店の屋根の上にいるようだ。

 そこまで調べた所で賊の襲撃が始まる。十字路の交差点の真ん中だ。
 衝突しそうな勢いで交差点に飛び込んできた4台の幌馬車が、オレ達の後ろの荷物を載せた馬車の前後を挟んで分断する。
 幌馬車から降りた男達が発煙筒の様なものを幾つも地面に投げて視界を塞ぐ。迷宮で使われていた煙玉と同じものだろう。

「私とポチは曲者を排除します。タマは馬車を守りなさい」
「あい、なのです!」
「らじゃ~?」

 リザとポチが白い煙の中に突撃し、襲撃者達を排除していく。馬車の屋根に上ったタマも棒手裏剣で家屋の上から呪文で援護しようとしていたリーダーを討ち抜く。
 オレも魔力の手でタマの棒手裏剣でバランスを崩したリーダーの足を引っ張って地面に落とす。後ろの馬車もナナが対応しているようだ。

 彼らの狙いは3台目の荷馬車だろう。
 普通なら高価な探索者達の装備品が載っているはずだからだ。オレ達の場合はダミー装備品なので盗まれても痛くも痒くもないのだが、オレ達から盗むのがチョロイと犯罪集団に広まると、今後の王都観光がやりにくくなるので真剣に対応する事にした。

 オレ達の対応速度が想定外だったのか、ヤツ等が荷馬車に手を掛けるのは予想より遅かった。
 荷馬車から御者を引き摺り下ろし、犯罪ギルドの人間が乗り込んで馬車を急発進させる。

「逃がしません!」

 リザの短槍が荷馬車の車輪の一つを地面に縫いとめ、馬車が横転する。

 御者席の賊を捕まえようと横を走っていたオレもその横転に巻き込まれそうになる。
 同じく横転した馬車に轢かれそうになっていた男性を軽く足で押し出して地面を転がし、巻き込まれそうな奉公人っぽい服装の娘達を両手に抱き寄せて安全地帯に飛び退いた。

 娘達を地面に降ろし、オレは逃げ出そうとする賊との距離を詰め、その足を払い背中を踏みつけて捕縛する。
 手荒に扱ってしまったが、この賊は女性らしい。
 まあ、いいか。賊だし。

「ご主人様、あそこ~」

 馬車の警備をしていたタマが駆け寄ってきて、近くの屋根の上を指す。
 そこには黒装束の怪しい女が潜んでいた。踏みつけた賊と違い胸が大きいので遠目にも女性と判る。

 気付かれたと察した女が身を翻す。

「にげた~?」

 追いかけようと瞬動を発動しそうになったタマの襟首を掴んで止める。
 不思議そうに振り向くタマを抱き上げて頭を撫でる。

 さっきの盗賊の一味ではないようだが、怪しいので念の為マップのマーカーを付けておいた。
 認識阻害の装備を身につけているようで、情報が二重に表示されている。称号が「怪盗」になっていたので、そのうち宝物を狙って来そうだ。
 怪盗さんは「変装(ディスガイズ)」なんかの珍しいスキルも持っていたのでマーカーは付けたままにしておこう。

「この騒ぎは何だ!」

 偉そうな声が割って入る。
 騎乗した男性だ。鎧は着ていないが肩に描かれた紋章からして王都の警備兵のようだ。

「賊の襲撃を受けた。私はペンドラゴン士爵。主家の姫を王城までお連れする所だ」

 オレはジェスチャーで、彼の視線を馬車から顔を覗かせたカリナ嬢の方に向けさせる。
 カリナ嬢は乱闘に参加できなくて残念そうな表情をしているが、事情を知らなければ不安そうな顔にも見えるだろう。
 男が顔を赤く染めてカリナ嬢の方に向かおうとするが、引き止めて賊を牢屋に連行する為の手勢を呼びに行かせた。

 荷馬車の修理には時間が掛かりそうだったので、近くの商店から荷馬車を借りる交渉をする。

 しばらくして、警備騎兵が連れて来た平警備兵に賊を引き渡す。
 平警備兵によると、ここまで派手な襲撃事件は王都でもめったにないらしい。

 恐らく、ミスリルの探索者達が飛空艇でやってくると聞いて、高価な魔法の道具を奪おうと考えた人間がいたのだろう。
 階層の主から得た宝物は王家直属のアイテムボックス・スキル持ちの官吏達が城内に運び込んだ後なので大丈夫だ。詠唱の宝珠のマーカーが王城地下の宝物庫にあるから間違いない。

 迷宮都市でも盗賊が増えていたし、王都の屋敷にも盗賊ホイホイを作って置くことにしよう。

 カリナ嬢の馬車でしつこく愛をささやいていた警備騎兵を引き剥がし、オレ達の馬車は王城へと向かう。
 ムーノ男爵は王都に屋敷を持たないので、王城の迎賓館の一つを借り受けているそうだ。

 煌びやかな銀色の全身鎧(プレートメール)に身を包み、斧槍(ハルバード)を構えた門番の前を通り抜け、オレ達は王城へと辿りついた。
※次回は 7/6(日) の予定です。

※活動報告にタマSSをアップしてあるので、良かったらご覧ください。

●おまけ「シガ八剣」席次一覧
シガ八剣、第1位、レベル54、70歳越え。『不倒』のゼフ・ジュレバーグ
シガ八剣、第2位、(欠員)レベル40台後半。第三王子シャロリック・シガ
シガ八剣、第3位、レベル52。『雑草』のヘイム。大剣使い。
シガ八剣、第4位、(欠員)レベル41以上。60歳越え。トレル卿。飛竜騎士(ワイバーン・ライダー)
シガ八剣、第5位、(欠員)40台後半。40歳台。王都に中級魔族が現れた時に殉職
シガ八剣、第6位、レベル40台中盤。30歳前後。『風刃』バウエン。カタナ使いの男性
シガ八剣、第7位、レベル40台後半。60歳越え。老聖騎士レイラス。盾使い(王子と一緒にいた)
シガ八剣、第8位、レベル40台中盤。20代後半。『草刈り』リュオナ。大鎌の野生的な女性。
12-8.桜の木の下で
※2014/7/8 誤字修正しました。
※2014/8/20 加筆修正しました。

 サトゥーです。桜の木の下には死体が眠っていると言いますが、原典の名前どころか、そのお話しが小説か寓話かすら知らなかったりします。





「下から見上げると壮観ね」
「まったくだな。怖いくらい綺麗だ」

 桜を見上げながら呟く。
 つんつんと袖を引かれる。ミーアだ。
 さっきの一件で壊れた馬車の代わりに借りた荷馬車に獣娘が護衛として移動したので、空いた席にミーアとルルが移動してきている。

「もう1回」
「――『怖いくらい綺麗だ』かい?」
「そう」

 ミーアがうっとりと目を瞑って口を突き出してくる。視線を逸らして反対側に向けると、アリサまで同じポーズをしていた。

 あきれて正面に座るルルに同意を求めたら、桜色に頬を染めたルルが瞬きをした後、そっと目を閉じた。
 ――君ら、事前に示し合わせていないか?

 さて、そんな馬車の中の小事など関係なく、馬車はムーノ男爵が滞在する迎賓館前へと到着する。

 馬車が一台足りない。
 どうやら獣娘達の乗った荷馬車は裏口に向けられてしまったようだ。

「ようこそ王都へ」

 玄関前に整列する侍女たちに導かれて館の中に入る。

 整列している侍女さん達はムーノ男爵領の人では無く館付きの人のようだ。
 その証拠に彼女達はメイド服では無く上等そうなワンピースタイプの揃いの服を着ている。

 玄関ホールにはメイド服を着たピナが待っていた。

「お待ちしておりました。士爵様、カリナ様」
「久しぶりだね。元気なようで何よりだ」
「士爵様のご活躍もムーノ領まで届いております」

 あまり長々と会話していても出迎えのメイドさん達の仕事が止まるので、適当なところで切り上げる。

 ピナはムーノ領や公都で見た戦闘メイドの格好とは違い、「昔から侍女をしていました」と言わんばかりの淑やかな仕草でオレを先導して居間へと案内してくれる。

 マップで確認したが、男爵やニナ執政官は王城の北会議室に詰めているようだ。なかなか神経を使う会議らしく、男爵のスタミナ値がすごく減っている。
 状態異常に「過労」って出ている人を初めて見たよ。

「男爵様と執政官様は事前折衝にお出かけなのでお戻りになるまで、この部屋でお寛ぎください」

 侍女達がテーブルの上に人数分の茶器とお茶請けを幾つも並べていく。お茶請けはまだ暖かい焼き菓子の乗った皿と白い飴のような物が小さな器に盛られている。
 テーブルの上に置かれた鈴は侍女を呼ぶための物だろう。部屋の入り口近くで待機していた侍女達を下がらせる。

 少し遅れて裏口から入る事になった獣娘達が合流してきた。

「むむぅ~? 不法占拠~?」
「早い者勝ち」

 ミーアに取られた膝をタマが奪い返そうと狙っている。
 今日の2人は、いつもと立場が逆だ。でも、そんなに取り合うようなものでも無いと思う。ポチはよじ登ったり横に座ったりはするけど、膝の上には興味が無いみたいだ。
 横に座るポチがオレと目が合って、にへっと笑う。
 それが可愛くて、思わず頭を撫でてしまた。

 さて、今後の方針を話し合いたい所だが、当然ながらカリナ嬢も一緒なので話しづらい。
 王都に用意してある自分の屋敷に戻ってから話し合うとするか。

 前に飛空艇や魔法剣を納品に寄った時に、アキンドーでペンドラゴン士爵用の屋敷を用意しておいた。アキンドーはペンドラゴン家ご用達の商人という触れ込みにしてあるのでそれなりに便利だ。
 エチゴヤの場合はナナシやクロとして武器や飛空挺などの大物の売買用なので、サトゥーとしての用事にはアキンドーを使用している。

「それにしても、強い強いと思ってはいましたけど、まさかシガ八剣のジュレバーグ卿にまで勝つとは思いませんでしたわ」
『まったく見事であった』
「恐縮です」

 カリナ嬢とラカがリザを賞賛する。
 ポチやタマも自分の事のように嬉しそうだ。

 タマからオレの膝を勝ち取ったミーアは、そんな事とは関係無しに鼻歌を歌うくらいご機嫌だ。
 そんなに座り心地が良いとも思えないのだが……。

「でもさ、ペンドラゴン七勇士とか言って誤魔化したけど、このままだとリザさんとかご主人様がシガ八剣にされるんじゃないの?」

 アリサがオレの隣でカップを傾けながら、心配そうに問うてきた。
 良かった。あの「ペンドラゴン七勇士」は本気じゃなかったのか。あのドヤ顔から、てっきり本気だと思っていたよ。

「ペンドラゴン七勇士なのです!」
「七勇士~? カリナも入る~?」

 ポチやタマは能天気に発言するが、流石にその名前は恥ずかしくないだろうか?
 アリサの発言に首を傾げたのはカリナ嬢だ。

「リザはともかく、さ、サトゥーはシガ八剣に推挙されないのではないかしら? 剣術ならポチやタマの方が強いですわよね?」
「そんな事はないのです!」
「ご主人様のが強い~」

 ポチとタマが首と手を横に振りながら、それを否定する。
 でも、とカリナ嬢は納得いかない顔だ。

 ポチやタマに迷宮都市の屋敷で散々にあしらわれていたのだ。
 カリナ嬢と接戦したオレの姿と、2人を脳内で比べているのだろう。

「……そう、そうでしたの」

 なんだろう?
 顔を伏せたまま何か納得した感じのカリナ嬢を見てると、危機感知が働く。

 表情は見えないが、口元が「ぐへぐへ」笑うときのアリサみたいに緩んでいるようだ。もっとも、もう少し上品な感じだし手で口元を隠している違いはあるが。

「サトゥー! あなたの気持ちは良くわかりました!」

 嬉しそうな顔でこちらを見て、そんな宣言をする。
 きっと、それは誤解です。

 あまりに嬉しそうな満面の笑みなので、その一言を言い出せなかった。

「ちょ、ちょっと。おっぱいさん、何か勘違いしてない?」
「ん」
「そんな感じね」

 アリサが小声で耳打ちしてくる。
 ミーアとルルも同じ感想のようだ。
 シロとクロウを餌付けしているナナも聞いていたようで「誤解もしくは乙女補正による誤認だと推測します」と自分の見解を伝えてきた。

 たぶん、自分との対戦で「わざと負けよう」として実力を隠していたとカリナ嬢が誤解した可能性が高い。
 早めに誤解を解いておかないと、面倒な事になりそうだ。





「桜鮭の王国風ムニエルでございます」

 執事っぽい格好の人が、オレ達の前に上品な盛り付けの鮭のムニエルの皿を置いて、そう説明を付けてくれる。
 この鮭は鯛のようなピンク色の鱗をしているので「桜鮭」と呼ばれるらしい。
 王都で桜が咲く季節に良く食べられる縁起物だそうだ。

「ポチちゃん、いきなりフォークで刺しちゃダメ。ちゃんとナイフを使って」
「このくらいなら一口で食べれるのですよ?」
「ナイフ無くてもだいじょび~?」
「大丈夫じゃないの!」

 ポチとタマにマナーを教えるルルとアリサが大変そうだ。

「シロ、こう持つんだよ」
「こう? クロウ」
「そうそう」

 シロはクロウに教えられて、さほど苦労せずにマナーを物にしつつある。
 ナナはそんな2人の様子に目じりが下がりっぱなしだ。母娘の様にも見えるが、実年齢的にはナナの方が年下だったりする。

 オレはそれを横目に、ムニエルを見て険しい表情をするミーアに声を掛ける。

「ミーアも食べてごらん」
「魚嫌い」
「骨も少ないし、騙されたと思って食べてみなよ」
「むむぅ」

 ミーアが眉を寄せてムニエルを睨みつける。
 フォークを咥えて唸るのはマナー違反だが、可愛いので指摘し難い。

「ミーア、フォーク」
「ん」

 少しだけ鑑賞してからミーアに注意しておいた。





 食事の後のお風呂が終わっても、男爵たちは戻ってこない。
 マップに表示される男爵のパラメータが危険な水準だ。スタミナがゼロになって昏倒と覚醒を繰り返している。

 栄養剤やスタミナ回復の魔法薬を差し入れたい所だ。残念ながら、会議に出席しているのは上級貴族とその側近だけのようなので気軽に顔を出すわけにはいかない。
 ピナに回復薬セットを手渡しておく。会議の休憩時間の時にでも差し入れて欲しい。

 その時に今日は引き上げる旨を伝えたのだが、ニナ執政官から絶対に引き止めて置くように言いつけられているからと涙ながらに懇願された。
 仕方が無いので、男爵が帰るまで皆で夜桜見物と洒落込もうとしたが、それも止められた。
 曰く、連絡手段が無いかららしい。

「サトゥー」
「なんだいミーア」
「呼んでる」

 仕方なく窓から夜桜を楽しもうとバルコニーに向かったのだが、先に陣取っていたミーアが振り向いてそんな事を言ってきた。
 ミーアの見ていたのは桜の大樹だ。

「桜の大樹の根元に行きたいのかい?」
「ん」

 ミーアの顔が何時に無く真剣だ。

「アリサ、悪いけど男爵が帰ってきたら遠話で連絡を頼む」
「おっけー。ミーアの添い寝の番一回で手を打つわ」
「……わかった」

 部屋の隅に「帰還転移(リターン)」の魔法用の刻印板を設置する。
 添い寝一回とはアリサも無欲な物だ。判っているとは思うけど、セクハラは禁止だよ。

 付いて来たそうなポチ達を置いて、オレはミーアを連れて桜の根元に向かった。
※次回は 7/13(日) の予定です。

※7/8 「少し遅れて裏口」から少し加筆しました。
※8/20 膝の上でご機嫌なミーアの前後の文章を調整しました。
12-9.桜の木の下で(2)
※7/16 誤字修正しました。

 サトゥーです。雪女の昔話と似ていますが、ドライアドに魅了された男達は幸せな夢をみたまま樹木の中で魅了されたそうです。
 前に出会ったドライアドが童女でなかったら危なかったかもしれませんね。





 お姫様だっこをしたミーアと一緒に隠形系のスキルで隠れながら縮地で桜の大樹の根元に向かって移動する。

 誰にも見つからず、俺達は桜の樹の下に辿り着いた。
 途中に桜の樹を守る為のフェンスや結界が張られていたが、特に障害にはならなかった。

 桜の樹の根元に腰掛る儚げな容姿の少女がいた。
 ピンクブロンドの少女だ。

 きっと、この子がミーアを呼んだ桜の精だろう。
 オレは迂闊にもAR表示で確認もせずに、その少女の前に姿を現してしまった。

「何者?! 『桜守り』の許可無く『聖桜樹(せいおうじゅ)』に近付くとは!」

 少女は先程までの夜闇に溶けそうな儚げな姿から一転して、烈火の勢いでオレ達を誰何(すいか)してきた。

 ここは芝居がかった仕草で返そう。

「失礼、桜の樹に呼ばれて参上しました」
「何を世迷い事――」

 オレの言葉を切って捨てようとした少女を止めたのは、幹から現れた桜色の美女だった。
 げっ、本当に桜の木の精が出てきやがった……。

「ごめんね、『桜守り』ちゃん。暫く眠っていてね」

 幹から現れた美女が少女に触れて一瞬で眠らせてしまった。
 桜の精が力なく倒れる少女を優しく受け止めて桜の根の上に横たわらせる。

 そして優しく少女の髪を整えたあと、顔を上げてこちらに振り返る。
 見覚えのある顔だ――。

「あら! 少年じゃな~い。桜な私にまで会いにきてくれるなんて!」

 それを肯定するようにAR表示でも「ドライアド」と出ている。
 もっとも、俺の知っている童女なドライアドとは似ても似つかないほど肉感的なスタイルの美女だ。
 美女ドライアドがオレを抱き寄せようと手を伸ばしてくるが、ミーアがそれを止めてしまった。

「むぅ、破廉恥」
「あら? ボルエナンの幼子ちゃんもいたの? 一人前(いっちょまえ)に嫉妬なんて、幼くても女ねぇ」

 どうやら、ミーアが会いに来たのは美女ドライアドの方らしい。
 ミーアはオレとドライアドの接近を阻止する姿勢のまま会話を続けている。色々と理由を付けてミーアを説得していたがドライアドの用事なんていつも一つだ。

「サトゥー」
「少年、何時も悪いんだけどさ。魔力ちょうだい?」

 ――やっぱりか。
 吸血鬼のバンも顔負けだ。

 まあ、こんな豊満な美女相手なら、キスの一つや二つお安い御用だけどさ。

 ドライアドが俺の頭を掻き抱いて口付けをして来る。
 ミーアも魔力供給と割り切っているのか「ギルティ」と言ってきたりはしない。もっとも不満はあるようで、風船のように膨らんだ頬が破裂しそうだ。

 今までで最大の2000ポイント近い魔力を吸い取った後、いやらしい音を立てて口を離すドライアド。
 魔力補給が完了するなり、ミーアがドライアドをオレから引き離す。

「うん、満足ぅ~。や~、助かったわ。ここしばらく王都の魔力の流れがヘンでさ。王都の源泉から魔力が上手く吸えなくて困ってたのよ。幼子ちゃんと少年がいて助かったわ」
「ん」

 微妙に気になるワードが出たので尋ねたのだが、魔力の流れが狂ったのが最近だという事以外の情報は得られなかった。最近というのもドライアドの狂った時間感覚での話だったので何時から変なのかも微妙だ。

「少年、これは魔力のお礼。使い方はアイアリーゼ様にでも聞いて。あの方なら知ってるはずよ」

 ドライアドはそう告げて桜色の宝珠をオレに渡して桜の幹の中に消えていった。
 AR表示や鑑定では桜珠という名前になっている。精霊力を集めた結晶らしい。最近、やけにレア素材に縁がある。





 桜の幹に消えるドライアドを見送った後、そのまま立ち去ろうかと思ったのだが、「桜守り」の少女を放置したら風邪を引きそうなので起こす事にした。
 立ち去った方が不審者扱いされそうなのも理由の一つだ。オレ達の顔を見られているしね。

 そうそう、王都の地脈が変だって言う情報だけは、近い内に王様か宰相さんに伝えておこう。

 少女に「魔法破壊(ブレイク・マジック)」を使った後に、声を掛けて数度揺すると目を醒ました。

「こんな場所で居眠りをしたら風邪を引いてしまいますよ?」
「……ん、桜の精」

 眠る直前に桜ドライアドを見ちゃったのかな?
 想定の範囲内だ。(とぼ)けよう。

「桜の根の上で微睡(まどろ)む貴方は、まるで桜の精のように可憐ですよ」
「……そんな、私なんて――」

 寝ぼけながらもオレの誉め言葉に身をくねらせ、途中でハタと現状に気が付いて体を起き上がらせる。
 どうやら、彼女は低血圧ではないようだ。

「――何者! ここを『聖桜樹(せいおうじゅ)』の禁域と知っての事か!」
「夜桜見物の間に道に迷い、ここに迷い込んでしまいました。失礼とは存じますが、迎賓館までの道を教えて戴けませんか?」

 オレの言葉に少女の緊張が別のベクトルに変化した。
 この時期に迎賓館を使うのが諸侯や同盟国からの国賓のみという事を知っているからだろう。

「お名前を窺っても宜しいですか? 私はシガ33杖の一人、『桜守り』のアテナと申します」

 少女がローブに付けているタスキの紋章を此方に見えるようにして名乗りを上げた。
 ギリシャ神話に出てくるような名前の少女だが、転生者や転移者らしき情報は皆無だ。名前は偶然の一致だろう。
 シガ33杖というのは宮廷魔術士の称号だったはずだ。

「私はムーノ男爵の家臣でペンドラゴン士爵と申します」
「ミーア」

 オレ達の名乗りを聞いてアテナ嬢の丁寧な態度が霧散した。

「なんだ、上級貴族のバカ息子かと思って警戒して損しちゃった」

 丁寧だった言葉が急にぞんざいな口調に変わった。
 平民出身かと思ったが、彼女は子爵令嬢だ。上級貴族の娘ならもう少し外面を鍛えられているはずなんだが……。
 成人したてで宮廷魔術士になっているし、魔法の勉強しかしてこなかったのかな?

「本当なら禁域に入った人間を衛兵の詰め所に連行しないといけないんだけど、面倒だから立ち去って――」

 こちらを格下だと見下したアテナ嬢の言葉が途中で止まる。
 彼女が見ているのはミーアだ。

 見つめられる理由が判らずミーアが首を傾げる。

「あ、あなたエルフね! 氏族はどこ?」
「無礼」

 不躾な問いかけにミーアがヘソを曲げる。
 仕方が無いのでオレが代わりに「ボルエナン氏族」だと教えてあげた。

「ボ、ボルエナン氏族って、もしかしてエルフの賢者トラザユーヤのいたボルエナン氏族?」
「ん」

 震える声で問い掛けるアテナ嬢にミーアが短く応える。

「やっぱり! 賢者様と同じエルフだからって偉いわけじゃないんだからね! ご先祖様は負けたけど、私は絶対に賢者を超える功績を残してやるんだから!」

 ミーアにびしっと指を突きつけた少女がそう宣言する。だが、ミーアは話の急展開についていけないのか困惑顔だ。
 どうやら、彼女の先祖とトラザユーヤ氏の間で何か確執があったみたいだ。

「私は生まれだけで偉そうにするエルフが大嫌いなの。私は弛まぬ努力と才能でこの宮廷魔術士の地位を獲得したのよ。今は赤帯のシガ33杖の一人だけど。いつか宮廷魔術士長になって銀色の帯を纏って見せるわ!」
「むぅ?」

 アテナ嬢は鼻息あらくミーアにまくし立てる。
 謎ワードが多すぎてミーアがパニック気味だ。

 それにしてもシガ八剣といい、この国の人は数字の付いた称号が好きだな。
 この調子だと、なんとか四天王とかもいそうだ。

「違う」
「何がよ!」

 ミーアの言葉に脊髄反射的に返したアテナ嬢に、ミーアは薄い胸元からミスリル証を取り出して彼女に見せる。
 おそらくミーアは自分も努力をしていると言いたいのだろう。

「そ、それはミスリル証! そういえば、今回のミスリル証は上層と中層の主を倒したって……。いいえ、それなら私は下層の主を倒して見せるわ」
「無理」
「どうしてよ! 絶対に倒して見せる」
「無理だから無理」
「私たち人族は貴方達が森の奥に引き篭もっている間も進歩しているのよ! 今度、宮廷魔術士の演習に来なさい。私たち人族の真価を見せてあげる。同期魔術を見て腰を抜かしてもしらないんだから!」
「むぅ」

 ミーアは魔法使いだけじゃ勝てないと言いたいみたいだが、言葉が短すぎて伝わっていない。
 子供のケンカに介入したくなかったが、通訳くらいはするか。

「落ち着いて。ミーアは貴方を貶めているわけじゃ無くて、魔法使いだけじゃ階層の主には勝てないって言っているんだよ」
「そうなの?」
「ん」

 オレの説明で毒気を抜かれたアテナ嬢が、ミーアにオレの言葉を確認する。
 首肯するミーアを見てエキサイトしていた自分が恥ずかしくなったのか、白い頬を桜色に染めて次の言葉に迷っている感じだ。

「え、えっと。取りあえず失言は謝ります。ごめんなさい。でも、人族が凄いのは本当なんだから! 一度、見に来なさい。絶対よ!」
「ん」

 アテナ嬢は謝罪した後、恥ずかしさを誤魔化すように捲くし立てて桜の樹の下から走り去っていった。
 おーい、禁域とやらに侵入した人間を放置していいのか?

 中高生くらいの少女とはいえ職務を疎かにするのはどうかと思う。今回は好都合だったけどさ。

 変な少女に出会ってしまったが、宮廷魔術士とのパイプができてラッキーだったと思うことにしよう。
 同期魔術とやらはオレも興味があるし、暇ができたらミーアと見学に行こう。

 それにしても、これだけの巨木だと桜の花びらを掃除するのが大変そうだ。
 頭や肩の上に桜の花びらを雪のように積もらせるミーアを連れて帰還転移で館に戻った。





 夜半になっても男爵達は戻ってこない。

 眠そうな子供達をベッドに運んで寝かしつける。
 ルルも料理大会に出場する為に明日の朝に飛空艇で公都に向かう予定なので早めに眠るように言ってある。リザとナナを護衛に、アリサを応援団長に付ける予定だ。

 ポチ、タマ、ミーアの三人はオレと王都に残る。
 人聞きが悪い事にミーアはオレの浮気防止の為に残るそうだ。ポチとタマの2人はオレやミーアの護衛役らしい。
 料理大会のご馳走とオレの傍の二択で迷う姿が可愛かった。
 もちろん、大会決勝には3人を連れてこっそりルルを応援しに行くつもりだ。

 カリナ嬢も連日の過酷なレべリングの疲れが出たのかそうそうに部屋に戻った。
 ただ、戻る時に「間違って迷い込まないよう」にと自分の部屋の位置を消えそうな声で告げたのは夜這いの誘いだったのだろうか? 誘いなら誘いらしく、色っぽく囁いて欲しいものだ。乗らないけどさ。

 窓から見える魔法の照明にライトアップされた夜桜を愛でつつ、シガ酒を傾ける。
 アリサが一口! と強請(ねだ)ってきたが却下した。酒の代わりにお手製のジンジャエールをアリサのグラスに注いでやる。

 リザとシガ酒を飲み交わしながら、今後の事を少し話した。
 爵位の話、立身出世の話、奴隷からの解放の話。素面だとなかなかできない話をアルコールの助けを借りて本音で語り合う。

「私の槍はご主人様の為にあります。許されるならば、この身果てるまで私の忠誠と魂はご主人様と共に――」

 酒に弱いリザはそれだけ語り終わると、オレの答えも聞かずに酒杯を手にしたまま眠ってしまった。
 おやすみ、リザ。これからも宜しく。

 もちろん、アリサもね。
※次話(12-10)は 7/20(日) に投稿予定です。



 2巻発売を記念して7/16(水)までSSを割り込み投稿する予定です。
 できれば本編を連続投稿したかったのですが、色々あって無理でした。

 以下、発売日までのSS予定表。

7/14(月) 熱砂の猛特訓(2)
7/15(火) トレル卿の決断
7/16(水) ミーア先生の音楽教室
7/19(土) タマの好物(こちらは「なろう特典」なので、割り込み投稿ではなく活動報告にアップ予定です)
12-10.紛糾する折衝
※2014/11/5 誤字修正しました。
※2014/7/21 加筆修正しました。
 サトゥーです。ふとしたタイミングにアイデアが湧く事ってありますよね。幾ら悩んでも思いつかなかったアルゴリズムがメイド喫茶に入店した瞬間に思いついて、ダッシュで会社に戻った事もあります。





 シガ酒を傾けながら、膝枕で眠るアリサの髪を弄る。
 舞い散る桜の花びらを見ている内に思いついたアイデアを元に魔法回路を設計する。何度も書き直す場合は、メニューの交流欄のメモ帳に書くのが楽で良い。
 なかなか難しくやりがいのある回路だったが、なんとか上手く纏める事ができた。明日にでもアリサとミーアに手伝って貰って試作しよう。

 男爵とニナさんが戻って来たのはそんなタイミングだった。
 窓外に見えた男爵は使用人の男性に背負われている。顔が土気色だ。

 オレは狸寝入りをしていたアリサを膝から降ろすと、男爵に魔法薬を差し入れに玄関ホールに向かう。
 もちろん、狸寝入りを止めて目をぱっちり開けたアリサも悪びれない顔でついて来る。

「おかえりなさい、ニナさん。ピナ、男爵様にこの栄養剤を」
「おう、ただいま。くそう、美味そうな酒の香りを漂わせやがって。私にも飲ませやがれ」

 ニナさんがオレの吐息に含まれた酒気を嗅いで悪態を吐く。
 息も絶え絶えな男爵はそのままベッドへと連行されて行った。
 寝かせる前に栄養剤を飲ませるようにだけ念を押しておく。これさえ飲んでおけば、翌朝には元気になるはずだ。

「ニナさんってば、やさぐれてるわね」
「ああ、アリサ殿が執政官補佐に就任してくれたら、私の苦労も半分になるんだがね」
「や~よ。そんなのに就任したらご主人様の傍にいられないじゃない」

 ニナ執政官も疲労が蓄積しているのか、アリサとの言葉の応酬にも力が無い。
 オレはポケット経由でストレージから取り出した栄養剤をニナさんに手渡す。お疲れの2人の為に用意しておいた砂糖多めの特別バージョンだ。

「なんだい? えらく甘い匂いだが」
「ぐっ、と行って下さい。疲れに効きますよ」

 ニナさんは一気に栄養剤を飲み下し、凄く嫌そうに「甘い」と呟いた。
 応接間に辿りついた時にはニナさんに元気が戻っていた。さすが魔法薬。

「凄い効き目だね」
「トリスメギストスとかいう新進気鋭の錬金術士の品です」
「どこかで聞いた名だね」

 気の無い返事をするニナさんに、アリサに回収して来てもらったシガ酒を注ぐ。
 肴は下級バジリスクの燻製だ。




「――だから、ほどほどに活躍してくれよ」
「無茶を言わないで下さい」

 ニナさんが愚痴混じりに状況説明をしてくれる。

 なんでも、ニナさんはオレを准男爵に陞爵させようと根回しをしていたらしい。
 オレの実績からして問題なく通るはずの話が、思わぬところから待ったが掛かった。それも同じ派閥であるはずのオーユゴック公爵の身内からだ。

「まったく、あんたを伯爵に推挙するとか、公爵閣下もボケたんじゃないかと本気で心配したよ」
「……伯爵とは無茶振りをしますね」

 伯爵といえばシガ王国でも32家しか無い上級貴族だ。当然の如く他の派閥から反対意見が続出し、その提案は却下された。

 ――本来なら、そこで終わるはずだった。

 西の空に無数の星が流れ、その振動は王都まで届いたらしい。
 ニナさんと男爵も、王城からそれを見たそうだ。

 さらに神殿から迷宮都市の西方の砂漠に狗頭の邪神が復活したという神託があったと報告が入って来た。
 王都ではパニックが起こり、なかなかに酷い有様だったらしい。神託も良し悪しだ。
 特に家柄の古い門閥貴族達の取り乱し方が滑稽だったと、ニナさんが酒を呷りながら嗤う。

 迷宮都市から勇者ナナシが魔王――神殿のいう所の狗頭の邪神――を討伐したと通信が届くまで、パニックによる暴動や混乱が原因で結構な数の犠牲が出てしまったそうだ。
 流星雨のような派手な魔法じゃなかったら犠牲はでなかったのかもしれないが、たらればを思い悩んでも仕方ない。この教訓を次回に活かそう。
 具体的には、詠唱の宝珠をゲットして上級魔法や禁呪を使えるようになる事だ。流星雨に頼らず強敵を倒せるようにならないとね。

 さて、話を戻そう。

 国王は民心を宥める為に勇者ナナシを「シガ王国の勇者」として発表したが、効果は薄かったそうだ。
 一度も王都の民衆の前で活躍していないのだから当然だ。
 民衆からは、勇者ナナシの実在自体が疑われていたらしい。

 そんな不安に揺れる王都に入ってきたのが、オレがレイドリーダーを務める集団が「階層の主」を撃破したという報告だ。
 本来ならジェリル達の二番煎じとして埋もれるはずが、そんな事情もあいまって無駄にクローズアップされる事になってしまった。

 魔王と「階層の主」では強さが全く違うが、普通の人からしたらどちらも同じ強大なバケモノだ。
 それに対抗できる存在は、いるかいないか判らない勇者より余程頼もしく映ったのか、オレをムーノ男爵から引き離して王家の直臣に迎えるべきだという変な主張が王都の門閥貴族達の間から出始めたらしい。

 溺れる者は藁をも掴むというが、実に迷惑な話だ。
 ある意味、自業自得だが……。

 それに止めを刺したのが、リザがシガ八剣に勝利したという続報だった。
 危うくオレを伯爵に推挙するという馬鹿げた提案が通る寸前だったらしいが、ニナさんとムーノ男爵のファインプレイで水際で阻止する事に成功したそうだ。

 GJ(グッジョブ)と言わざるを得ない。
 最終的に、名誉子爵か永代の男爵という線で纏まりそうだとニナさんが言っていた。

「ところで、あんたと『階層の主』撃破した集団があんたの雇った妖精族を中心とした傭兵団ってのは本当かい?」
「ええ、貿易都市や旅の途中で知己を結んだ方達です」

 ほとんどアーゼさんの紹介だが、嘘は言ってない。

「しかも、あんたの家来は一人も欠けずとか非常識な偉業を達成したそうじゃないか」
「犠牲は少ないほうが良いじゃないですか」

 実際には損害ゼロで重度の怪我人も無く、安全な狩りだった。

「おまけに迷宮都市で慈善事業や探索者育成学校まで設立したって?」
「ええ、手紙に書いた通りですよ。人的資源は有効に活用するべきです」

 少し露悪的な言い方だが、魔核や食材などの資源を迷宮から効率的に回収するなら、探索者達の初期能力を底上げして中堅レベルの人間を増やした方が良い。
 ある程度余裕のある人間が増えれば、後進を育てようという人間も出てくるだろうしね。

「はっきり言って、あんたは一介の名誉士爵の範疇に納まらないよ」
「買い被りですよ」

 謙遜では無くそう思う。
 炊き出しをしたり育成校を作ったのは崇高な理想があるわけではなく、成り行きみたいなものだ。





「ところで、さっきから疑問だったのですが……」
「なんだい? それにしても、この肴は美味しいね。鰻にしちゃ肉厚だし、穴子にしては味が繊細だ」

 ――ああ、それは白角蛇です。
 下級バジリスクの燻製が無くなったので追加したのだが、うっかり魔物の肉を出してしまっていたので「当ててみてください」と言って誤魔化しておく。
 この蒲焼がシガ酒に合うんだよ。

 ちなみに、シガ王国近海の穴子は野球のバットくらいの太さがある。

 おっと、また話が逸れた。
 オレは強引に話を戻す。

「名誉准男爵や永代の准男爵以上の爵位は、国王陛下にしか陞爵や叙爵が出来ないと記憶しているのですが?」
「もちろん、そうさ」
「なら、どうして貴族達が陞爵する階位を決める話になったのでしょう?」

 ニナさんが答えを言う前に空になった酒瓶を振って催促してきたので、ソファの後ろでストレージから出した竜泉酒を出す。迷惑料代わりに一番良い酒を選んだ。

「あたしらがしていたのは、陞爵や叙爵に値する功績を上げた者を陛下に推挙する為の事前折衝さ。この大国に貴族が何千人いると思ってるんだい。陛下の目が届かない場所から有為の人材を推挙するのが、上級貴族達の権利であり義務なんだよ」

 なるほど、会社とかと一緒か。
 課長や部長が部下の成績とかと一緒に役員会とかに昇進の推薦をするのを、国家規模にした感じだな。

「もっとも、推挙した人間がそのまま陞爵や叙爵する割合は半分以下だ。今回のアンタみたいな例だと一つ二つ低い位で納まる事が多い」

 なるほど、「名誉子爵か永代の男爵」を推挙と言う事は「名誉男爵とか永代の准男爵」あたりの爵位が転がり込んできそうなわけか。

「名誉准男爵あたりで一つお願いします。永代貴族だと縁談の話が増えそうですからね」
「ふん、縁談が嫌なら、さっさと嫁を貰え。ナナ殿なら年も近かろう。私としては嫁き遅れ(いきおくれ)ているカリナ様を貰って欲しいんだがね」

 そうすれば転籍を企む貴族が減る、とニナさんが(うそぶ)いた。





 その後、ムーノ男爵領の近況を色々と聞かせて貰った。

 手紙でも聞いていたが、ムーノ男爵領の復興は順調過ぎるくらい順調らしい。
 公都の貴族達がこぞって支援や技術交流――と言う名の技術提供をしてくれたお陰だそうだ。
 内政の人材も、公都から行儀見習いにやって来た侍女達やその随行員からスカウトしたりしてある程度の定数を確保できたそうだ。

 更に領内の治安も、謎の人物――たぶん、福神漬けを探していた時のオレだろう――による盗賊の大量捕縛で改善した上に、迷宮都市から仕官に来る青銅の探索者達が幾人も訪れたお陰で戦力の増強が出来たらしい。
 ゾトル卿が新参の元探索者達を相手に活き活きと訓練に勤しんでいるらしい。元偽勇者のハウト君も、士官として一人前になってきたそうだ。

 大体の近況が終わった所で世間話になった。
 ニナさん、そろそろ寝ないと明日が大変ですよ?

「そうそう、エムリン子爵令嬢もこっちに来るよ。今は公都に里帰りしているけど、子爵殿と一緒に飛空艇で来るはずだ」

 誰だっけ――そうそう、確かエムリン子爵は「ルルの実」の果樹園を経営している貴族さんだ。令嬢のリナちゃんとは何度かお茶会でご一緒した事がある。中一くらいなのにしっかりした子だった。

 おっと、そんな事より一番重要な事を尋ねるのを忘れていた。

「ニナさん、重要な案件がありまして――」
「なんだい、真剣な顔をして」

 引き気味のニナさんを問い詰め、ついに干瓢(かんぴょう)の情報を得ることができた。
 正確には干瓢(かんぴょう)の元になるユウガオの実らしき物の情報だ。

「あんたも変な物に興味を持つね。あんなもの味も薄いし表皮も固くて代用食以外に食べようってヤツはいないんだけどねぇ」
「あれ単体で食べる物じゃないですからね。食物繊維が豊富ですから胃腸に良いんですよ」
「ふ~ん、薬草の一種なわけか」

 商売のネタになると思ったのかニナさんが腕を組んで唸る。

 ニナさんがユウガオの実の情報を知っていたのは、ムーノ領の財政再建をする為に使える産物が無いか調べさせた時に集めた中にあったからだそうだ。
 なんと、真祖バンの言っていた大森林だけではなく、ムーノ領の北部一帯ならどこでも自生しているらしい。
 魔族が暗躍していて農民が貧窮に喘いでいた時に干瓢(かんぴょう)の実で命を繋いでいた村もあったそうだ。

 オレがユウガオの実を欲していると察したニナさんが、快く迷宮都市の屋敷に送ると確約してくれた。
 美味く食べるレシピができたらムーノ城の料理長ゲルトさんに送る事にしよう。

 大瓶の竜泉酒が尽きたのを機に酒宴はお開きとなった。
 いつの間にかオレの肩を枕に寝ていたアリサを抱き上げて寝室へ戻る。

 朝まで3時間ほどだが、少しでも睡眠をとっておく事にしよう。
※次回更新は 7/27(日) の予定です。

※7/21 魔王討伐までの間に犠牲が出た理由を加筆しました。
※8/20 かんぴょう⇒ユウガオの実に変更

※宣伝
 ただいま「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の2巻が好評発売中です。
 2巻の見所やネタバレ感想は活動報告の方をご覧下さい。
 12-9と12-10との間に投稿してあるSSは(未読の方もいそうなので)来週末に移動します。
12-11.王都の屋敷
 サトゥーです。何日も練習してきた運動会が雨になってがっかりした事があります。
 もちろん、がっかりしたのは練習が無駄になったからです。決して女子生徒の運動着姿が見れなかったからじゃありません。ええ、決して。





「では、料理大会は延期なのですか?」
「はい、申し訳ありません。少々込み入った事情が御座いまして……」

 公都への飛空艇乗り場で見つけたロイド侯の執事さんに挨拶した所、ルルが出場予定の料理大会が延期された事を伝えられた。

 事情に付いては言葉を濁していたが、ロイド侯がビスタール公爵の乗る飛空艇を襲撃した嫌疑をかけられて王都に召還されているせいだろう。
 ここに来る途中にすれ違った豪華な馬車がロイド侯の物だったに違いない。

 マップで確認しても王城の敷地内にロイド侯がいるのを確認した。
 後で差し入れでも持って挨拶に寄ろう。公爵謀殺の嫌疑が掛かった人物に接触するのはまずいかも知れないが、公爵謀殺を阻止したオレ達なら大丈夫だろう。

 執事さんに挨拶をして、オレ達は混みあう飛空艇乗り場を離れた。





「ねぇねぇ、あれって制服かしら?」
「うん? そうみたいだな、王立学院の制服だろう」

 道行く同じ服を着た少年少女たちを見てアリサが尋ねて来た。AR表示でも「所属:シガ王国王立学院、幼年学舎」と表示されている。
 わざわざ聞かなくても、アリサの「能力鑑定(ステータス・チェック)」のスキルでも確認できるだろうに。

 王立学院には日本の大学のように校舎が複数の敷地に分かれている。
 まず、研究発表などの講堂や図書館のある高等学舎が王城の前に建っている。
 貴族街には貴族学舎と乙女学舎。これらはそれぞれ貴族が通う。乙女学舎はいわゆる花嫁学校だ。グルリアン太守令嬢のリリーナが通うのは前者だ。
 さきほど制服を見かけた幼年学舎は空港の近くにある。幼年学舎は裕福な平民だけでなく、名誉貴族の子弟なども通っている。
 幼年学舎の隣には、騎士学舎や魔法学舎などの広い敷地の必要な校舎が並んで建っている。
 魔法学舎の敷地内には人工の地下迷宮が存在するそうだ。もっとも、セリビーラの迷宮の1区画にも満たない規模らしいので、完全に生徒達の育成用だろう。
 50メートル四方で5階層の「始まりの迷宮」と100メートル四方で10階層の「試練の迷宮」の2つがあるそうだ。
 王都の貴族にも有料で解放しているそうだが、入場料に加え倒した魔物の数に応じた料金が必要になるらしい。
 また、迷宮の底であるていど強くなった魔物は、間引きを兼ねて王都外縁にある闘技場に連れて行かれ、犯罪奴隷の闘士と戦わせて見世物にされるらしい。

 この辺りの情報は魔法学舎に通うメネア王女からの手紙で知った。

 そんな解説をしながら、王都の幼年学舎の傍を通過する。
 アリサが前世を思い出しているのか、懐かしそうに視線を細めていた。





 頑丈そうな内壁を潜り、オレ達の馬車は貴族街へと入る。
 この貴族街のエリアは非常に広く、ムーノ市全体と同じだけの広さがある。ちなみに、王城はその3割近い面積を占めている。
 元々は貴族街のある範囲だけが王都だったのだが、300年ほど前から手狭になって100年おきに外壁を新設して現在のように同心円状に内壁がある王都ができた。

 王城へと向かう主街路を離れ、下級貴族の屋敷が連なる区画に向かう。

「ねぇ、どの辺にあるの?」
「この先の区画だから、もうすぐだよ」

 水道橋の作る影を潜り、しばらく進むと一区画がまるまま一つの屋敷になっている場所へと出た。

「壁~?」
「入り口がお休みなのです!」
「ちょ、ちょっと! まさか、この豪邸が王都の屋敷なの?」

 まさか。
 ここはエチゴヤ商会の本店兼住居だ。
 ここは貴族専用で、平民用の店舗は下町に2つほどある。

「違うよ。ほら、見えてきた。あっちの青い屋根の屋敷がそうだよ」
「ちっさ」

 ――失礼な。

 迷宮都市の屋敷より敷地面積は狭いが、建坪は同じくらいだぞ?
 ちなみに値段は遥かに高かった。どんな世界でも王都の物価は高いね。





「おかえりなさいませ、旦那様」
「ただいま」

 執事服に身を包む老紳士に挨拶を返す。
 この人とその後ろにいる5人のメイドさん達は王都の貴族が経営している人材派遣業者から雇ったプロフェッショナルだ。
 手配はミテルナ嬢に頼んだので、彼らに会うのは初めてだ。ちゃんと、亜人に偏見の無い人材を頼んである。

 メイドさんは普通の人達ばかりだが、この老紳士はレベル27の元探索者だ。
 探索者をしていた頃は斥候だったらしいので直接戦闘能力は低そうだが、並の賊なら彼一人でも撃退してくれるだろう。

 居間に案内して貰い、老執事の淹れてくれた青紅茶で喉を潤す。

 ルルは早速アリサを連れて厨房の見学に行っている。獣娘達は屋敷の防犯チェックに出かけた。シロとクロウも獣娘達の手伝いだ。
 なので、ここにいるのはミーアとナナの二人だけだ。

「奥様とお嬢様には何か甘い物でもお持ちいたしましょうか?」
「……奥様」

 ミーアが嬉しそうに呟くが、彼が奥様と言ったのは間違いなくナナの方だ。

「それは違うと訂正します。私はマスターのげ――」
「悪いが2点ほど用事を頼まれてくれ」
「畏まりました――」

 ナナの後半のセリフに被せて老執事に用事を頼む。
 門番および夜間の敷地内の警備の人員の雇用と、地下室の改造依頼だ。

 地下室のワインセラー兼食料庫を、宝物庫という名の盗賊ホイホイに作り変えようと思う。入り口が屋敷の外にあるのも好都合だ。





 オレは寝室に帰還転移の刻印版を設置してから、クロの姿で隣のエチゴヤ邸に帰還転移で移動した。

 移動先はティファリーザの執務室だ。
 ここにはクロの身内以外が入室する事がないので、王都に用事がある時はここを転移先にしている。

「クロ様」
「まあ、クロ様! 今日も白い御髪が素敵ですわ。こんな汚い部屋ではなんですから、私の支配人室においでください」

 ティファリーザは無口にお辞儀してきただけだが、新支配人に任命したばかりの娘はティファリーザにライバル心を燃やしているのか、やたらと積極的に体を寄せてくる。
 まさに「当ててんのよ」の実演だ。何がとは言わないが。

 彼女は蔦の館に残っていた女探索者の一人だ。
 行く当ての無かった彼女達だが、元々貴族なので当然のように文字の読み書きができる。せっかくの教養のある人材なので、エチゴヤ商会の職員兼護衛として雇い入れた。
 中でも新支配人に任命した彼女は王都の門閥貴族に連なる家系の令嬢で、意外に顔が広く事情通だったので重宝している。

「挨拶は不要だ。売り上げリストと予約リストを見せろ」
「こちら――」
「こちらでございます。クロ様」

 新支配人嬢がティファリーザの差し出そうとした書類を引っ手繰ってオレに渡して来た。誰が渡しても一緒だろう?

 相変わらずティファリーザの作る書類は読みやすい。

「予想以上に育毛剤と元気薬が売れているな」
「はい、拡声器と呼ばれる男爵夫人と子爵様に試供品をお譲りしてから、品切れ寸前まで注文が入りましたから」
「そうか、良くやった」

 どちらも千セット用意したんだが、ほぼ完売の勢いだ。
 元気薬とは男性の一部を元気にする薬だ。従来品より瞬発力に優れ、持続力に長けている。女性向けの艶肌薬も売れているが元気薬ほどではない。
 基礎化粧品の類は殆ど売れていなかった。

「育毛剤1月分で金貨10枚、元気薬が1回分で金貨1枚ですが、今の倍の値段でも売れると思います。ここは一つ値上げをしてみてはいかがでしょう?」
「そのあたりは任せる。前回の倍の数を倉庫に入れておくから長期的な儲けでは無く、短期的に貴族達から金を巻き上げる事に腐心しろ」
「畏まりました」

 オレは支配人を連れて地下倉庫に行き、薬品や受注生産の武具をアイテムボックスから出して並べていく。

 この地下倉庫に出入りができるのは、オレと支配人の2人だけだ。

 ティファリーザやネルの方が古株だが、彼女達は戦闘能力が無いので安全の為に除外した。
 支配人の安全は無視する形になっているが、彼女の場合、本人の志願という事もあるが、実家の権勢があるのでそうそう無茶な事はされないだろう。

 この地下倉庫は王都の地下金庫並みの防犯設備を設置してある。
 倉庫内には賢者の石を動力源に使ったオリハルコンゴーレムと8体の青銅のゴーレムが不寝番をしているので、侵入したのが真祖バンのように物理無効の特殊能力でも無いとまず無事ではいられない。

 空間魔法での侵入は防げないが、使い手自体が少ないので考慮していない。
 アリサでもない限り、脱出する前にオリハルコンゴーレムに打ち倒されるだろう。

 ちなみにオリハルコンゴーレムの戦闘パターンには獣娘達の物をコピーしてある。
 オリハルコンゴーレム1体はポチより少し弱い程度だ。青銅のゴーレムは8体揃ってもオリハルコンゴーレムより弱いが、自らの損害を恐れず相手の行動を妨害する事に特化したアルゴリズムをインストールしてある。
 8体の青銅のゴーレムと連携するオリハルコンゴーレムが相手だと、タマでも逃げ切るのは至難の技だろう。いや、忍者モードのタマなら飄々と逃げきるかも……。

 代金の金貨や買い集めさせておいた貴金属などのインゴットをアイテムボックスに収納していく。
 その中に珍しい金属があった。

「このプラチナのインゴットはどうした?」
「はい、商人の寄り合いで知り合った鼬人族の商人の方から譲っていただきました。ウサン殿と――」
「名前はどうでも良い。相場の倍までなら出してもいいから今回の3倍の量を買い付けておいてくれ」

 プラチナが必須の魔法道具があったので前から探していた。魔法の露天掘りで取れたのは10グラムくらいだったので、今回の様にキロ単位のインゴットで手に入る機会は逃さないようにしたい。
 それにしても、久々に鼬人族の名前を聞いたな。





「上級貴族の方から売掛取引を望む声が多いのですが……」
「却下しろ。我が主の目的は王国会議後のオークションまでに貴族共から現金を回収する事だ。脅して来る者がいるなら宰相に訴え出ろ。宰相ならエチゴヤ商会の真の持ち主が誰か知っている。必ずなんとかしてくれるだろう」

 虎の威を借りれる内は遠慮せずに借りよう。
 もう国内に現れた魔王を2体も討伐しているのだから、遠慮は無用のはずだ。
 それに、この屋敷の近くには宰相配下の隠密が潜伏しているから、何かあったら呼ぶ前に介入してくるだろう。
 他の貴族への牽制なのか、宰相の実家の私兵らしき騎士達がマメに巡回しているしね。

「クロさま、エチゴヤ商会とは直接関係ないのですが、お耳に入れておきたい事が――」

 ティファリーザが仕分けした手紙を確認していると、支配人が仕入れたばかりの噂を教えてくれた。

 昨夜、王都の地下から魔物が出現してその場に居合わせた者を食い散らして下水道へと逃げて行ったらしい。赤い模様のある地虫タイプの魔物だったそうだ。
 魔物が出現した場所が牢屋だった事もあって、騒ぎに便乗して犯罪者が逃げたかもしれないとの事だ。
 今朝から衛兵や「ムラサキ」と呼ばれる犯罪奴隷の兵士達が下水道の捜索に当たっているそうだ。
 マップ検索してみたが、王都にいる魔物は従魔士(テイマー)達が従えた従魔のみだ。
 王立学院の迷宮を除けば地下道やスラム街にゴースト系の魔物が散見される程度だ。地下道に住む死霊魔術師が怪しいが、虫系の魔物は見当たらなかった。
 地下道にはオーク達の小集団もいるが、地下を探索する兵士達に見つかるようなヘマはしないだろう。

 王都にはレベルが高めの戦闘集団が沢山いるからオレが出しゃばらなくても問題ないだろう。
 一応、屋敷に戻ったら知り合いには警告をしておこうと思う。

「ところでネルはどうした?」
「はい、工場の方で生活魔法が使える人が足りないそうで、お手伝いに行っています」

 なるほど、それで顔を見なかったのか。
 ネルの独特の喋り方を聞かないと王都に帰ってきた気がしない。後で工場長のポリナの所へ陣中見舞いに行くとするか。

「忘れていた。土産だ」

 ティファリーザにティルシルバーと小粒の水石で作ったネックレスを手渡す。黙々とエチゴヤ商会を支えてくれた彼女へのご褒美だ。
 疲労回復効果のある魔法道具なので、これまで以上に働いてくれるに違いない。保険の隠し機能もあるが、できればそちらは保険のままでいて欲しいものだ。

 他の幹部店員達の分の銀のイヤリングは出かける前に支配人に渡しておこう。
 役職的に見栄も必要だろうから、支配人には金鎖に大粒ルビーのネックレスを用意してある。

 襟が邪魔で付けにくそうだったので、代わりに着けてやる。
 正面から付けてしまったせいか、ティファリーザの白い肌に朱色が差す。

「良く似合う」
「ありがとうございます」

 相変わらず無表情だが、声のトーンが半オクターブくらい高くなっていた。
 きっと喜んでくれているのだろう。

 オレは軽く手を上げてティファリーザの礼に応え、王都外縁の工場に転移した。
※次回は 8/3(日) の予定です。

※人物紹介
ビスタール公爵:身内に暗殺されかけた貴族。サトゥー達に救われた。
ロイド侯   :サトゥーが公都で知り合った食道楽の貴族。
メネア王女  :サトゥーに好意を寄せるピンク髪の王女。二人の日本人を保護している。
ティファリーザ:命名スキル目当てでクロが買った奴隷。事務仕事が得意。
ネル     :ティファリーザと一緒に買った奴隷。生活魔法が使える。
支配人    :クロが迷賊から助けた貴族出身の探索者の一人

 久々のキャラが多かったので簡単な人物紹介を付けました。
12-12.王都の屋敷(2)
※8/3 誤字修正しました。
 サトゥーです。必要は発明の母と言います。楽をする為に努力をするプログラマーの工夫に通じるものがあると思うのです。





「魔力が要らない点火器具だと?」
「はい、その自称発明家が言うには点火棒よりも簡単に着火できるとの事で、彼の持ち込んだ試作品を試したところ比較的簡単でした。少々コツは要りますが、火打石よりは格段に楽でしょう」

 工場の事務室でポリナからそんな話を聞かされた。
 キックボードに触発されたのか、下町の自称発明家達が色々と発明品を持ち込んでくるのだそうだ。
 大抵は愚にも付かない物が多いが、少しでも目新しいものがあったら買い取るようにポリナに伝えてある。
 アイデアと試作品もしくは設計図の買取に銀貨1枚。エチゴヤ商会で発売する場合は売り上げの1割を発明者に支払う取り決めにしてある。

 ポリナが17番と書かれた箱を棚から持ってくる。
 番号できちんと分類しないとどこに何が置いてあるか判らなくなるので、工夫したそうだ。

 箱の中にはヘアスプレーほどのサイズのライター(・・・・)が入っていた。
 契約前の試作品を置いていくなんて無頓着すぎると思う。

 少々無骨だが、オレの知っているオイル・ライターと同じ構造だ。

 正しくは、以前、公都の闇オークションで手に入れた手帳に書かれてあった、ライターの構造と一致する。
 王都に転生者やチート付きの転移者らしき存在はいないから、きっとメネア王女関係の転移者だろう。さしずめ、死んだはずの転移者の誰かが「実は生きていた」とかだろう。

「便利そうなのですが、致命的な欠陥があるのです」

 ライターを興味深そうに眺めるオレに、ポリナがいいにくそうに問題点を述べた。

 ――それは生産コストだ。

 他の都市ならば充分な採算が取れる商品なのだが、迷宮都市から潤沢な魔核(コア)の供給を受ける事ができる王都だと、意味が違ってくる。

 迷宮都市ほどでは無いが王都でも、ライターの試算コストよりも点火棒の方が安いのだ。
 当然、商売である以上、その試算コストに利益を上積みするわけだから値段という面で太刀打ちできない。
 しかも、菜箸程度の点火棒に比べて、試作ライターは重く大きい。
 台所で使う利便性でも点火棒の方が勝ってしまう。

 現状のままなら好事家達のコレクターズアイテム止まりにしかならない。

「ポリナ、その発明家の連絡先は聞いてあるか?」
「はい、伺っています。お会いになるなら、『いつでも都合を付ける』と先方が申しておりましたので、クロさまの都合の良い日時を仰って戴ければ連絡を付けて参ります。お会いになる場所は工場の応接室で宜しいですか?」
「ああ、それで頼む」

 段取りが良いな。
 元々ポリナは元運搬人とは思えないほど聡明だったが、工場長になってから磨きが掛かった気がする。
 よほど色々な経験が積めたのか、出会ったときよりも3レベルも上がっているしね。

 日時を伝えるとポリナが隣室に声を掛けて、使いの者を出した。
 当日の楽しみに発明家の名前は聞かなかった。

 さて、用事も済ませたし、土産も渡した。あとはネルの顔を見たら帰るか。
 昼休みだし、休憩室か食堂にいるだろう。





「ひゅ、ひゅろはま」

 誰が「ひゅろ」だ。
 口いっぱいに麺を啜っていたネルが無理矢理に「クロ様」と言おうとして変な発音になっている。

「口の中のものを飲み込んでからでいい」
「ふぁい」

 ズルズルと麺の残りを啜るネル。
 この香りに麺の色から察するに――。

「もしかして、蕎麦か?」
「う、うぐっ。は、はい、蕎麦っす」

 醤油ダシのソバか。
 王都で蕎麦を食べる習慣があるのは聞いていたが、蕎麦掻(そばがき)が主流で麺料理として蕎麦を食べたりしないという話だった。

 その話をネルに振ってみると――。

「一小月ほど前に流れの料理人が行きつけのメシ屋に来てから、変な料理が色々と食べられるようになったんっすよ。半分くらいは激マズなので、新しいのに挑戦するのは勇気がいるんすけどね」

 どんな料理が出るのか聞いてみたのだが、どうも元の世界の料理に近いレシピのようだ。変な味になっているのは現地の材料や調味料で無理矢理再現しようとしているからと見た。

 昼食前だし、メシ屋に寄って会ってみようと思ったのだが、例のライターを持ち込んだ人間と料理人は同じ可能性が高いので今日はやめておく事にした。
 どうせ、明日には会えるし、そろそろ帰らないとうちの子達がお腹を空かせて待っているだろうからね。

 ネルに近況と工場での出来事を少し尋ねた。
 もちろん、先に土産は渡してある。アクセサリーを貰い慣れていないのか、妙に緊張して受け取っていたのが印象的だった。
 魔力回復の補助をしてくれる、砂粒より小さな賢者の石が嵌ったピアスだ。
 ぜひ大切にして欲しい。

 ――これで工場の効率アップ間違いなしだ。

 アリサに「遠話(テレフォン)」で今から帰る事を伝えてから、帰還転移で帰宅した。





 屋敷に帰るとソバの匂いとテンプラの香りがしていた。

「サトゥー」

 出迎えに出て来たミーアに手を引かれて食堂に向かう。
 途中で厨房から駆けて来たタマやポチと合流する。

 食堂に着くと、ナナ達が皿を並べていた。
 所在なさげにしているメイドさん達が可哀相なので、食卓の準備をメイドさんに任せて皆に着席するように促す。

「おかえり~、さっきの『帰るコール』から早すぎるわよ。もうちょっと早めに連絡してよね」

 ……あ、アリサ。「帰るコール」って、いつの時代の人だ。
 まあ、今更突っ込むまい。

 今はテーブルの上の天蕎麦の方が重要だ。
「いただきます」の合図でみんなで食べ始める。最近はポチやタマも箸を使えるようになってきたのだが、ソバは滑って摘まめないらしくフォークに換装していた。

 めんつゆにさっと漬けて一気に頬張る。
 噛み締めると蕎麦の香りとめんつゆの甘辛い味が口いっぱいに広がる。
 日本人ならズルズルと啜るべきなのだろうが、シガ王国ではマナー違反な行為らしいので控えた。
 現に、アリサがズゾゾと蕎麦を啜ってルルに叱られている。

「だから、蕎麦はこうやってすするのが通なの!」
「そんな言い訳してもダメ。そんなはしたない事をしていたら、ご主人様に嫌われちゃうわよ?」
「そんな事ないも~ん。ね、ダーリン」

 誰がダーリンだ。
 オレはシガ桜海老という海老のテンプラを一口食べた後、さきほどのようにシガ王国風の食べ方で蕎麦を食べる。
 桜海老と付いているが、普通サイズのエビだ。殻が桜色をしている所から名付けられたそうだ。

「ほら、ご主人様だって、優雅に食べているじゃない」
「この裏切りモノ~~~」

 アリサの絶叫をBGMにオレは久々の蕎麦を楽しんだ。

 ちなみに天蕎麦になったのは、食料庫で蕎麦粉を見つけたルルがアリサにレシピを相談したところ、天蕎麦が選択されたらしい。

「美味しいよ、ルル」
「ありがとうございます、ご主人様」

 ルルの言葉の最後に音符が付きそうなくらい嬉しそうな声だ。
 いつ聞いても聞き心地が良い。

「ちょっと~、発案は私なんだから、私も誉めて」
「そうだな、今日は蕎麦の気分だったからグッジョブだアリサ」

 誉めて、と主張するアリサを素直に称賛する。

「言葉だけじゃなく、態度で示して」

 そこでキスの体勢に入らなければ、もっと誉めたのに。

「アリサは甘えん坊なのです」
「甘えん坊~?」

 ポチが目を閉じて突き出したアリサの口にテンプラを突っ込む。反対側からは、タマもテンプラを突っ込んでいる。

「もががっ。ちょっと、あんふぁふぁち! んぐ。どうして大葉のテンプラなのよ。海老とか水蛸とかいろいろあるでしょ!」
「だって、大葉は健康に良いってルルが言ってた~?」
「エビさんはポチに食べて欲しいって言ってるのです」

 子供達の微笑ましいじゃれあいはスルーしてルルに話しかける。
 もう少ししたらリザが注意するはずだ。

「大葉なんてどこで手に入れたんだい?」
「ミーアちゃんが庭で見つけて来てくれたんです」
「散歩のついで」
「すごいぞ、ミーア」
「ん」

 雑草と間違えそうなのに、良く見つけたもんだ。
 大葉のてんぷらって結構好きなんだよね。





 昼食後に皆で王都観光に出かけた。
 馬車2台に分乗だ。どちらも貴族相手の送迎ギルドからのレンタルだ。
 もちろん、御者込みで予約してある。王都に滞在中は基本的に彼らの世話になるだろう。

 ストレージ内には2台の馬車があるのだが、テクノロジー的な問題があるので鑑定スキル持ちが多い王都では使いにくい。
 乗り心地は浮遊機構が付いた自作馬車の方が上だが、今乗っている馬車もレンタル代が高いだけあって吊り下げ式の筐体とかで割りと振動が少ない。

「それで何処に行くの?」
「そうだな――」

 王都の観光名所といえば、王城の桜や王城裏庭の空中庭園があるが、前者は昨日たっぷり堪能したし、後者は叙爵式の後の園遊会で招かれる予定なので楽しみに取ってある。

 庶民や下級貴族が訪れる事ができる一番の名所というと、王都に八箇所ある大噴水だ。 噴水には様々な彫刻が施され、色々なテーマの像が立っている。また、定刻の鐘の音にあわせて仕掛けが動き出すので、それを順番に見物する予定だ。

「ぴゅーって吹き上がっているのです!」
「ミーアの魔法みたい~?」
「そう?」
「ナナさま、すごいよ、ホラ」
「シロ、そんなに前に行ったら泉の中に落ちちゃうよ」

 年少組が噴水を見てはしゃいでいる。
 ドワーフやエルフの里にも噴水はあったのだが、そんな事は子供達には関係ないようだ。
 シロとクロウは初見だったっけ。

「綺麗だけど、小さな水しぶきが冷たっ。迷宮都市にあれば喜ばれそうね」
「そうだな。だけど、あそこは水がそれなりに貴重だから無理じゃないか?」
「時間限定にして、それ以外は水汲み場にしたらいいじゃない」

 ふむ、ギルド前の広場かギルドの中庭あたりに作ったら観光スポットとか癒し空間になりそうだ。

 ――王都の各所にある定刻を報せる鐘の音が響く。

「わぁ、凄い! 見てみてアリサ! ご主人様も見てください綺麗ですよ」

 いつもよりワントーン高いルルのはしゃいだ声に誘われて思考の底から戻って来る。

 不覚にも目の前の光景に目を奪われてしまった。
 水魔法か術理魔法かは判らないが、噴水の周りの泉から水が重力を無視してふわりと浮かび上がり、空中にいくつもの輪を描く。

 そして、その輪を潜るように噴水が吹き上がる。
 輪は噴水の流れに合わせて浮き上がり、そして虹色の輝きを残して消えて行く。

 少し遅れて、それを彩るように水中のノズルから一斉に水が吹き上がり、中央の噴水を彩る様に大輪の華を作り出す。
 落ちてくる水しぶきが幾重もの花弁を作り出し、桜の花吹雪と一緒に広場の空を舞う。

 ――実に幻想的な光景だ。

 それにしても、機械的な仕掛けだけじゃなくて魔術的な仕掛けだったのか。

 オレの袖を掴んだまま、ルルが声も無くその光景に見惚れる。
 ルルだけじゃない、他のみんなも魂を奪われたように次々に姿を変える水の祭典に見入っていた。

 ……ミーア、そして、ポチ。気持ちは判るが、その開いた口は塞ごうか。
 オレはそっと手で押して、二人の口を塞いでやった。
※次回の更新は、8/10(日)です。

 今回は久々の観光編でした。
 賢者の石については「8-18.決勝当日(4)」「10-41.魔法金属」などをご覧下さい。
12-13.少年発明家
※2014/8/20 誤字修正しました。

 サトゥーです。努力が忌避される昨今ですが、努力による下積み無くして天才的な閃きが形になる事は無いと思うのです。日々の努力は自分を裏切らないと言いますからね。





 王都観光の翌朝、クロに変身してポリナの待つ工場へと転移する。
 例の発明家に会うためだ。

「ポリナ、相手は来ているか?」
「はい、クロ様」

 出迎えに出て来たポリナに案内させて応接間に向かう。

 ポリナがあけたドアの向こうに待っていたのは、予想外の相手だった。

「はじめまして! アオイ・ハルカと申します。家名は御座いますが貴族ではありませんのでお間違いなきようにお願い申し上げます」

 10歳の少女にしか見えない少年が、歳不相応に丁寧な名乗りを上げる。
 アオイはメネア王女の母国が召喚した日本人だ。大倭豊秋津島帝国人と言うべきかもしれないが細かい事は良いだろう。

「はじめましてエチゴヤだ。エチゴヤ商会の会長をしている」

 エチゴヤは姿も衣装も交遊欄の名前もクロのままだ。エチゴヤは判り易いクロの偽名として使っている。

「失礼を承知でお伺いいたしますが、越後屋さんは日本の方ですか?」
「貴殿とは違う日本だろうがな」
「やっぱり! 僕以外にも日本人がこちらの世界にきているんですよ!」

 興奮するアオイ少年を手で制する。
 サトゥーの時と性格が変わっている気がするが、こっちが地なのかもしれない。それにあの時はメネア王女が一緒だったし、日本人なのは否定したからね。

「落ち着け。まずは商談だ」
「はい! あのライターは自信作なんです――」

 アオイ少年が嬉々として苦労話や改良点なんかを語る。
 このままいつまでも続きそうだったので、制止して残酷な事実を伝える。

「あのライターは商品として成立せぬ」
「ど、どうしてですか? 機構だって簡単だし、オイルだってごく一般的な物を――」

 動揺するアオイ少年に、ポリナと話したライターの問題点を列挙してやる。
 それでも食い下がっていたアオイ少年だが、点火棒を見せて説明するとようやく納得してくれた。

「それで、次はどんな物を『発明』するんだい?」
「残念ですが、ライターが売れないなら次はありません。……資金が無いんです」

 今回のライターもメネア王女が資金捻出に貸してくれた指輪を質に入れて作った金だったらしい。
 シガ王国には融資を頼める銀行も無いからね。
 商会や商人ギルドはあるけど、融資してもらった金を返せなかったら奴隷落ちが待っている。

「では、私からの提案だ――」

 オレはアオイ少年をエチゴヤ商会の発明家&アドバイザーとして契約し、王都の屋敷内に研究室と研究費を与える提案をした。
 さらにダメ押しで金貨1枚の初任給と、メネア王女の指輪を質から出す金を貸与する事を提案した。
 こうして、アオイ少年がエチゴヤ商会に参加する事となった。

 彼を抱え込んだ理由は幾つかあるが、最大の理由は「神の怒り」を買う様な開発をさせない事にある。
 アオイ少年に内密の話だと断ってから、ムクロやヨロイから聞いた話を語り聞かせる。
 特に電波塔や汽車は考え付き易い利器なので、先に釘を刺しておいた。自分の資金提供が原因で王都が灰燼に帰すとか、笑えないにもほどがある。

 アオイ少年との用事はすんだので、ついでに彼と一緒にいる日本人のユイ・アカサキの近況を聞いてみた。

 彼女はメネア王女に付いて行った夜会で、知り合った高貴な身分の男性と婚約したらしい。
 向こうがユイに惚れてしまったそうだ。13歳の小娘に惚れるとか、ロリコン男に違いない。
 ユイにその気は無かったらしいが、猛烈なアタックに絆されて結婚の約束をしたそうだ。身分違いですぐには結婚できないが、その相手の親類の貴族の養女になって身分を得てから婚約する事になっているそうだ。
 今はその親類の貴族の紹介で、礼儀作法を学ぶ教室に真面目に通っているとアオイ少年が感慨深げに語っていた。

「エチゴヤさん、一人紹介したい先生がいるんですけど――」





 アオイ少年に案内されたのは、下町の小さな工房が並ぶ界隈だ。通りを幾つか越えるとスラム街があるような場所だ。

「先生! いませんか、先生」
「寝ているのではないか?」

 レーダーには室内に人を示す光点がある。
 ドアを固定しているのは只の閂のようだったので、「理力の手(マジック・ハンド)」でするりと開ける。

「開いているぞ」
「あれ? 本当だ――。先生! アオイです。入ります」

 アオイ少年が床に散らばった書付けを器用に避けて奥へ入っていく。
 床に転がった書付を見て眉を顰める。そこにはオレが作った2重反転ディスク式の空力機関を、別の理論と回路で設計した図面が書いてあった。

「エチゴヤさん、この人がジャハド博士です」
「御高名はかねがね承っております」
「ふん、社交辞令などいらん」

 アオイ少年が紹介してくれたのは、瓶底のようなメガネに寝癖のままの白髪の老人だった。人族にしては矮躯な以外は特徴のない外見をしている。
 彼は回転狂いと噂の老魔術士で、セーリュー市で彼の作品と著書を見てから一度は会いたいと思っていた人物だ。

 アイテムボックスから彼の著書と魔力コマを取り出して見せ、社交辞令ではない事を伝える。
 自分の著書とコマを見て、フンと鼻を鳴らしてオレに返して来たが、その後は覿面に態度が軟化した。

 彼は王立学院と王立研究所に籍を置いていたそうだが、門閥貴族出身の研究者の罠に嵌って両方の席を奪われてしまったらしい。
 今ではパトロンも無く下町で細々と魔法道具の修理で糊口を凌いでいるそうだ。

 ジャハド博士をエチゴヤ商会の研究者として誘ったのだが、色よい返事は返って来なかった。

「ふん、金などどうでも良い。わしを雇いたかったら、新型飛空艇の空力機関でも持ってこい! あの芸術的な二重反転円盤の素晴らしさを間近に見れるのなら、魔王に魂を売ってもいいくらいだ」
「二言はありませんね?」
「無い」

 オレは「理力の手(マジック・ハンド)」で部屋の一角に場所を作り、予備の2重反転ディスク式の空力機関をストレージから出した。アイテムボックスからだとサイズが大きすぎて無理だったのだ。

 目玉が飛び出そうなジャハド博士の姿に微笑を返し、雇用契約は成立した。
 彼なら、きっと空力機関をもう一段階上の性能に引き上げてくれるだろう。





 屋敷の部屋の手配や研究室の準備などの諸々を、新支配人とティファリーザに丸投げした。
 新支配人は何が嬉しいのか嬉々として行動を開始する。
 淡々と機材手配の書類を作成するティファリーザと対象的だった。

 一応、新型の空力機関は国防機密に属するので、ジャハド博士の下宿から一旦回収して新しい研究室に移動してある。

 分解手順のマニュアルや大雑把な構成図を渡しておいた。
 詳細な設計図はマップのメモ欄にしかないので、こんど書面に書き出すとしよう。





 エチゴヤ商会でのヤボ用を済ませ、皆を連れて二箇所目の噴水まで観光に来ていた。
 噴水が稼動するまで時間があるので、先に噴水の広場に集まっている大道芸を見て回る事にした。

「うっはっ! 懐い!」
「にょろにょろ~?」
「カバヤキさんなのです!」

 音のしない縦笛で篭に入った蛇を操る大道芸を見てアリサがテンション高く喜ぶ。

 ――懐かしい?
 アリサの故郷にはこんな大道芸が流行っていたのかな?

 蛇の類を見てポチが蒲焼を連想していた。
 さっき昼御飯を食べたばかりなのに、ポチの食欲に衰えはないようだ。
 今日の晩御飯はウナ重ならぬ、白角蛇丼でも作るか。

 副菜を何にしようか頭を悩ませ始めたオレの耳に、建物が崩れる音と人々の悲鳴が飛び込んできた。

「マスター、二時の方向に魔物を発見。排除行動に出ます。許可を」

 コオロギを巨大化したようなレベル30の魔物が、二階建ての建物を突き破って道路に出て来た。
 黒い体に蛇がのたうつ様な赤い模様が特徴的だ。

「ナナはアリサ達の護衛に残れ。リザは速やかに魔物を排除しろ。ポチとタマは怪我人を見つけたら回収して来る事。ミーアは治療準備。残りはオレとここで待機だ

「イエス、マイマスター」
「承知致しました」
「あい!」
「らじゃなのです!」

 皆の行動開始と同時にマップで周辺の再チェックを行う。
 直前までオレのレーダーには魔物が映っていなかった。転移か召喚か、いかなる方法で王都の中心街に魔物を呼び出したのか調べる必要がある。

 ――リザの槍がコオロギの魔物の表面に現れた赤い障壁で一瞬だけ止まる。

 そのままコオロギの障壁や装甲を破ってダメージを与えたが、一撃で止めを刺す所までは行かなかった。
 大技を発動していないとは言え、レベル30程度の魔物の防御でリザの槍が止まるなんてありえない。

「リザさん! そいつは『魔身付与』って状態に成ってるわ! 聞いた事のない支援(バフ)系スキルだから、本気技でいっちゃって!」
「承知!」

 アリサのアドバイスに従って、リザが魔力を通しただけの状態から魔刃が発生するレベルまで槍に流す魔力量を増やした。

 ――魔身付与?

 魔人薬の効果か!
 リザの螺旋槍撃がコオロギの魔物を粉砕するのを横目に、魔人薬を検索したが王都内に所持者はいなかった。

 魔人薬は徹底的な摘発が行われたはずだから、そうそう持ち歩いている人間がいるとも思えない。
 そこで、オレの脳裏に嫌な予想が()ぎった。

 ……証拠隠滅の為に下水に不法投棄された魔人薬が、魔物を産んでいるとかじゃないよね?

 王城の禁書庫に行けば魔人薬について書かれた書物があるはずだ。
 今晩にでもナナシで国王陛下に会いに行って、禁書庫の入室許可を取りつけよう。

 リザが回収してきた白っぽい魔核(コア)を受け取り、皆に倒壊した家屋に埋もれた人達の救出を指示した。
 幸い、死人はおらず、下級の治癒魔法で治せる程度の怪我人しかいなかった。

 出動してきた衛兵達に後始末を任せ、オレ達は噴水見物を楽しんでから帰宅した。

 王城で社交界デビューの特訓を受けているはずのカリナ嬢が屋敷にきていたが、心を鬼にして王城へ強制送還した。
 泣きながら「裏切り者ぉー」とか叫ぶのは外聞が悪いので止めてください。

 明日にでも美味しい物を持参して、特訓の陣中見舞いにでも行きますか。
※次回は、8/17(日)です。

※ようやく四章で名前が出ていたジャハド博士が出せました。
※ジョンスミス氏はいずこに……。
12-14.王とナナシ
※2014/8/21 誤字修正しました。

 サトゥーです。「勘違い」モノというジャンルがマンガなどにはあるそうです。力のない主人公が力を持った別の有名人に間違われて、ちやほやされつつトラブルの渦中へと巻き込まれて行く話が多いようです。





 王都で魔物と遭遇した日の晩、オレは国王陛下と謁見していた。

 狗頭の魔王討伐の件を大げさに賞賛され、その褒章としてミツクニ公爵とかいう門地を押し付けられそうになった。

 ミツクニ公爵家というのは王祖ヤマトが二代目に王位を譲った後に創設された家門で、黄門様ばりに世直し旅をした事で有名らしい。
 シガ王国の四代目国王までは引退後にミツクニ公爵を名乗っていたらしいのだが、当時に何かあったらしく、それ以降は誰も継がなくなったそうだ。

 面白い逸話が聞けて楽しかったが、爵位自体には興味が無かったので適当に断った。

 爵位だけでは不満と思われたのか、今度は王国の南西にある「碧領」を領地にと提示された。
 碧領とは、黄金の猪王がフルー帝国を滅ぼすために生贄に使った七つの都市を指すらしい。

 貿易都市の西側とか迷宮都市の南側のあたりに広がる樹海の奥に眠る都市群で、今では魔物の巣窟なのだそうだ。
 過去に何度か軍隊を派遣して都市を確保したそうなのだが、周辺の樹海から溢れる魔物を抑えきれずに都市を放棄して撤退する結果になったらしい。

 ナナシなら都市の魔物を駆逐するのは簡単だが、それを恒久的に維持するのは手間が掛かりそうだ。
 領地経営や内政にもあまり興味が無い。

 都市育成系のゲームは良く遊んだが、現実は色々と面倒ごとが多いので遠慮したい。

 なので、軽い調子で断ったのだが、陛下や宰相にあからさまにがっかりされた。
 魔王を倒すほどの力があるのだから、その力で魔物から都市を取り返して欲しかったのだろう。





 雑談を少し挟んで、本来の用件に入る。

陛下(へーか)、王都に魔物が出没してるってエチゴヤの人間から報告を受けたんだけど」

 実際に遭遇しているわけだが、ここは伝聞の形にさせて貰った。

「流石はナナシ様。お耳が早い。宰相」
「はっ。ここから先は私が説明させていただきます。ここ数日の間、王都内で巨大な魔物出没の報告を受けております。どの魔物も突然地下から出没し、出現地点付近の人や建物を破壊した後に地下へ消えるそうでございます」

 やっぱり、地下からなのか。

「今まで7件の出現が報告されておりますが、そのうち逃亡前に討伐できたのは、シガ八剣のリュオナ卿の出動が間に合った件とミスリルの探索者達がたまたま遭遇した場合の2件だけでございます」

 リュオナって腹筋の女傑さんか。もう一件の探索者達っていうのはオレ達だな。
 マップで確認してみたが、地下道に魔物の姿はない。
 補足説明で7件の魔物全てに赤い縄状の模様があった事を伝えられた。虫型だけでなく鼠型の魔物もいたらしい。

「逃げた魔物の後は追跡したの?」
「はい、王都の兵を差し向けて地下道を探索させた所、件の魔物の遺体を発見いたしました。衰弱死していた魔物が三匹、腐敗していた魔物が一匹、何者かの刃と魔法で退治されていたのが一匹でございます」
「腐敗に衰弱?」

 殺されていた魔物は別として、他の四匹は勝手に死んだのだろうか?
 前に公都でオークのガ・ホウが王都の地下に同胞がいると言っていたから、地下で魔物を退治したのはオーク達だったのかもね。

「王立研究所で魔物の研究をしている者に調べさせておりますが、芳しい報告は届いておりません」
「なら、一つ情報をあげるよ。王都に鑑定スキル持ちの知り合いがいるんだけど、その人が例の魔物を見た時に、『魔身付与』っていう状態になっているのを確認したそうだよ」
「『魔身付与』でございますか? ――まさかっ」

 宰相さんも魔人薬の存在を思い出したみたいで、苦い顔で絶句した。
 前に迷宮都市で魔人薬を密造してた事件を思い出したのだろう。

 当時の主犯格だと目星をつけられていたケルテン侯爵は、派閥間の力関係を利用して処罰を免れていたはず。
 その後、「自由の光」とかいう魔王崇拝者達が、魔人薬を国外へ密輸しようとしているのも見つかっていたっけ。

「宰相、魔人薬の始末はいかが致した?」
「はっ、王立研究所で処分を行わせましてございます」
「どういう方法で処分したかは聞いた?」
「いえ、再利用不可能になるよう申し付けましたが、処分方法までは確認しておりません」

 まあ、普通だな。
 宰相もそれほどヒマじゃないだろうしね。

「もしかして、魔人薬を適当な薬剤や酸とかに溶かして下水道に流したんじゃない?」

 あるいは加工もせずに、そのまま下水に流したか。

 オレの言葉に宰相さんの眉がぴくりと動いた。
 顔色が少し青いが大した自制心だ。

「直ちに、研究所の所長と担当者を呼び出して確認いたします」

 宰相さんが呼び出し手配を命じに少し席を外した。

「ねぇ、陛下(へーか)。魔人薬に関する詳しい資料って無いの?」
「御座います。一部、王立研究所に貸し出しておりますが、それ以外は王城地下の禁書庫に収蔵されております」

 禁書庫の本を外部に出していいのか?
 まあ、機密度の低い内容なんだろう。

「ちょっと調べ物がしたいんだけど、その禁書庫への入室許可をくれない?」
「何を水臭いことを仰るのですか。この城はナナシ様の城も同じ。好きな場所に出入りいただいて構いません」

 いやいや、それはルーズすぎるだろう。
 オレは陛下に案内されて、王族のプライベートエリアの更に奥にある禁書庫へと案内して貰った。

 禁書庫は宝物庫に隣接しており、双方へと通じる場所に強力な侵入防止の魔法が施された重厚な門が設置されていた。
 門番の騎士はレベル30代後半の近衛騎士達で、マジメが服を着てそうな実直な人達だった。
 陛下相手にもマニュアル通りに通行目的を確認し、オレにも仮面を取って見せるように要求してきた。
 オレは仮面の下の顔マスクを見せて、門を通過する。

 途中で、禁書庫と宝物庫への回廊が分れ、オレ達は禁書庫への回廊を進んだ。
 陛下は若い頃に聖騎士をしていただけあって健脚だったが、老人に長距離を歩かせるのは悪い気がしたので、ストレージから出した椅子に座らせて、理力の手で持ち上げて運んだ。

 禁書庫に至るまで十三の門を潜ったが、三番目の門以降は人間の門番が配置されておらず、ゴーレムやリビングアーマーなどの魔創生物(コンストラクター)の門番ばかりだった。
 回廊にも一定距離ごとに配置されており、この先の禁書庫の重要性を物語っていた。

 隔壁の様な二重扉を潜って、オレ達は禁書庫へと入室した。
 紙の匂いがする。禁書庫内は暗く、本の保全を最優先にした湿度と温度に保たれているようだ。

 陛下が通行証に使っていたメダリオンを翳すと、館内に明かりが灯る。
 エントランスホールを抜けて、天井まで届く書架の列を抜ける。

 マップで確認した所、禁書庫には閲覧者が一人いるだけで、他には司書もおらず、整理作業用のゴーレムやリビングドールが二十体ほど配置されているだけだった。

「どなたがいらっしゃったのかと思えば、陛下でしたか」
「うむ、息災か? お前は相変わらず夜会にも行かず本の虫なのだな」
「ええ、幸運にもレッセウ伯との縁談も白紙に戻りましたので」

 国王と親しげに話しているのは、第六王女だ。彼女は18歳だからカリナ嬢より一つ下だ。
 少し茶色がかった黒髪をアップに纏め、瀟洒なティアラを着けている。

 レッセウ伯というと、さっき雑談で取り潰しがどうとかいう話題が出ていた若い領主さんの事だろう。

 第六王女は銀縁のメガネの奥から気の強そうな青い瞳でこちらに視線を向けた。

「こちらの怪しげな風体の方はどなた? 新しい護衛の方ですか?」
「口を慎め。こちらは勇者ナナシ殿だ」
「よろしくー、王女様」

 ナナシを王祖ヤマトと勘違いしている件は、陛下と宰相だけの秘密のようだ。
 オレが気安い感じで第六王女に挨拶すると、彼女は若干不愉快そうな表情を見せたあと、慇懃な挨拶をして自分の研究に戻って行った。

 その後、陛下に連れられて図書館の奥にある八本腕のゴーレムの所にたどり着いた。

「ナナシ様、これがこの禁書庫の『司書』でございます」
「ヘイカ、本日ハ、ドノヨウナ、本ヲ?」

 途切れ途切れの合成音声で、ゴーレムの司書が尋ねる。

「『司書』よ、シガ王国国王の権限において、こちらのナナシ様に三層までの書庫の閲覧許可を与える。処理せよ」
「ハイ、処理ヲ、オコナイマス」

 この禁書庫は四層まである。
 最下層のはダメって事が。まあ、マップのアイテム検索で書名は判るし、読みたい本があったら勝手に侵入して読めば良いか。

「ナナシ様、ご存知かとは存じますが、最下層の禁書庫は当代の国王にしか入室できない決まりが御座います。目録は『司書』に記憶させておりますので、必要な本がございますれば取ってまいりますゆえ御容赦を」

 いやいや、国王をパシリには使え無いでしょう。
 勝手に侵入するとは言えないので、「その時はヨロシク」と軽い感じで言っておいた。

 オレは陛下を地上に送ったあと、図書館に取って返し『司書』や小間使いのリビングドール達の手を借りて魔人薬の調査に取り掛かった。





 調べ物を終えてオレはクロの衣装で工場へと帰還転移した。
 ここの近くに下水道へと入る入り口があるのだ。

 南京錠で閉ざされた扉を潜り、下水道へと降りる。
 コウモリや鼠の群れが襲ってきたが、適当に「軽気絶(ライト・スタン)」を使って蹴散らした。
 この魔法を使うのも久しぶりだ。

 マップを頼りに下水道を飛行し、事件のあった場所を含む128箇所の汚水を「理力の手(マジック・ハンド)」で採取する。

 途中で赤い縄状の模様のある魔物の死骸を二度ほど見かけた。
 どちらも鼠や虫に食い散らされていたが、片方は魔核が残っていた。朱一よりも白い色の魔核だ。

 念の為、両方の死骸を回収しておく。
 後で王立研究所に届けてやろう。

 近くまで来たので、ガ・ホウに会った時に着ていたナナシの衣装にチェンジしてオーク達の住処(すみか)にお邪魔する。

「やあ、はじめまして。敵意は無いから、その物騒な槍は下げてくれない?」
「この地を見られた以上、貴殿が生き延びる道は無い。覚悟召されよ」

 魔槍を持ったオークの青年リ・フウが目深に被ったフードの向こうで告げる。

 赤い軌跡を描いて突き出される槍を手で掴んで止める。
 リザやシガ八剣の第一位さんほどじゃないけど、鋭い突きだ。魔刃の収束もなかなかで、生半可な魔法の盾じゃ防げそうにない。

「バカな! ガ・ホウですら、我が槍をいなすのがやっとだぞ! 貴様何者だ!」

 それは最初に聞いて欲しかった。

「オレはナナシ、公都の地下にいるガ・ホウの友人だよ」
「き、貴殿がナナシ殿か! ガ・ホウから話は聞いている。先ほどの無礼は許されよ」
「ああ、構わないよ」

 リ・フウはガ・ホウより二百歳くらい若いオークだ。
 彼に案内されてオーク達の集落に入る。中には二十人近いオーク達がいた。大半はリ・フウと同じ世代だが、三人ほど幼いオークの子供達もいた。

 夜遅い時間帯だが、地下道で暮らすオークたちにとっては地上の人達が眠るこの時間帯が活動時間なのだそうだ。

「我らは仲間が減った時だけ、次代のオークを産むようにしておるのだ。実に百五十年ぶりの新生児だったので皆甘やかして困るのだ」
「そんな事ないよ! リ・フウの意地悪!」

 オークの子供も容姿が多少違うだけで、人族と変わらないな。

「お待たせ。ナナシさんが持って来てくれたご馳走よ。皆、お礼を言ってから食べなさい」
「「「うん!」」」

 迷宮産の肉類や魚介類が多いが、公都で買った食材も渡してある。一番喜ばれたのはクハノウ伯爵領の大根だった。
 オークの奥様方が調理してくれたオーク料理を(つつ)きながら、最近地下道に異変が無いか尋ねてみた。

「うむ、前に鼠の魔物と闘ったのだが、妙に丈夫な魔物でな。我らにも怪我人が出てしまったほどだ」

 やっぱり地下の魔物を退治していたのはオーク達だったか。

「ああ、リ・フウがいなかったら危なかったよ」
「こいつなんて魔族かと勘違いしたからな」
「だって、あんな防御壁を作る魔物なんていなかったじゃないか」

 オークの若者が言う防御壁は、リザの槍が一瞬止められたアレの事だろう。
 確かに彼らのレベルでは死人が出なかったのが不思議なくらいだ。

「ヘンって言ったら、ここ一ヶ月くらい地下の生き物が増えてるかな?」
「鼠とか丸々と太ってて美味しいもんね」

 ふむ、何か栄養源が――って魔人薬じゃないだろうな。

 オレはリ・フウと何人かの幹部に、危険な薬品が下水に流出しているかもしれない件を伝え、しばらくの間、地下道に住む生物を摂取しないように頼んだ。
 もちろん、その分の食糧は渡してある。ストレージには食べきれない食材が大量にあるので、保存の利きそうな物を一月分ほど渡しておいた。

「ナナシ殿、我らの為にここまでしてくれるのは何故だ?」

 御節介が過ぎたのかリ・フウにそんな事を問われた。

 ――何の為だろう?

「う~ん、御節介かな。あとガ・ホウは友人だからね」

 友人の親戚を放置して健康被害に遭われたりしたら寝覚めが悪いし。
 それに、ここで御節介を焼いたら、地下道のパトロールとかをしてくれるかもしれないしさ。

「そうだ、御節介ついでにコレもあげるよ。ガ・ホウにあげたみたいに聖剣じゃないけど」
「こ、これは魔剣か?」
「魔槍もあるぞ!」
「どっちも、魔力を通し易いだけの武器だけど、魔物相手なら役に立つと思うよ」

 量産品で悪いが、エチゴヤ商会用の魔剣と魔槍をプレゼントしておく。これで、戦力の底上げができるだろう。
 オーク達から感謝の言葉を受け、オレはオーク達の住居を後にした。

 ――さて、明日は王立研究所だ。

 早めに対処しないと、魔物騒動でお目当ての店が臨時休業してたり、魔物に観光先が壊されていたりしたら嫌だもんね。

 さぁ、楽しく遊ぶ為に、もう一頑張りだ!

 朝日を全身に浴びながら、オレは気合を入れた。
※次回更新は 8/24(日)の予定です。 
12-15.王立研究所の不始末
※2014/08/26 誤字修正しました
※2014/09/12 一部改稿しました。
 サトゥーです。日本でも不法投棄は問題になっていましたが、異世界でもやっぱり問題の様です。中にはシャレにならない不法投棄もあるようで……。





「で、では、魔人薬の処分を出入りの業者にやらせたと申すのかっ!」

 宰相の部下が王立研究所の所長に雷を落とす。
 オレもその横で開いた口が塞がらない気分だ。

 翌日の朝から、王立研究所の査察に来た宰相の部下に混ざって、オレはクロの格好で事の経緯を見物していた。

「い、いえ。私どもが処分を任されたのは期限切れの戦意高揚薬のはずでございます。まさか、魔人薬などのような危険薬を外部の者に任せたりなど……」

 流れる汗を拭う所長は本当に魔人薬だとは知らなかった雰囲気だ。
 一方で、彼の背後に立つ秘書らしき女性の顔色が青い。オレは宰相の部下の注意を秘書に誘導する。

「そこの女、何か知っていそうだな。素直に話すなら、反逆罪までは行かぬように宰相殿に口を利いてやっても良いぞ」
「……は、反逆?! そ、そのような、めっそうもない」

 蒼白な顔色で床に膝をつく秘書。
 宰相の部下の連れて来ていた審議官による尋問で、所長と秘書から事情を聞きだす事に成功した。

 あきれた事に、秘書のミスで「戦意高揚薬」と「魔人薬」の処分手続き書類が入れ違いになっていたらしい。
 本来なら酸に混ぜて成分を破壊した後に下水道に流されるはずだったらしいが、「戦意高揚薬」に間違われた為に水に溶かしただけで下水道に捨てられたそうだ。

「――で、ですが、下水に流されたとしても、魔物に変じるほどの摂取量になる事はありえません。『魔人薬』を経口摂取しても、魔物化の症状が出始めるまでには数十度の摂取が必要となります。今回の魔物騒動は別の原因があるのではないかと愚考するのですが……」
「戯言を。――連れて行け」

 所長がそう強弁するが、宰相の部下はにべもなく切り捨て、宰相府の衛兵達に命じて二人を連行させてしまった。向こうで尋問の専門家に任せるらしい。

 宰相の部下が連れて来ていた下級官吏に実際の処分所を視察するように命じていたので、オレもそれに便乗してついて行く事にした。





「ゴミの処分方法だか? お偉い文官様やお貴族様が気にするようなこっちゃねぇですよ」
「聞かれた事に答えろ」

 下級官吏がボロを着た下男を問い詰める。
 この男は所員ではなく、実験動物の処分や汚物の処理をする為に下町の貧民街から連れてこられた男達だ。

 オレ達は下男に案内されて、投棄場所へと案内された。

 そこはのっぺりとしたコンクリートの様な質感の円筒形の部屋だった。
 部屋の中央には、床面に直径5メートルほどの円形の穴があり、そのまま垂直に10メートルほど下の水面まで続いている。

「あんまり近寄ると危ねぇです。前にも薬を処分した時に新入りが落っこちてスライムの餌食になりやしたから……」

 ――スライム?
 近くの地下道にはいるが、この直下にはいないようだが。

「あんれぇ? 先客だか? ゴミ捨ててもええだか?」
「文官様、良かですか?」
「後にせよ――」
「待て、構わぬ捨てさせよ」

 下級官吏の言葉を遮って、後から入って来た男にゴミを捨てさせる。

 ……例の魔物の解剖後の屍骸か。

 ん? 鼠型魔物の屍骸に後脚が無い。背肉や胸肉もサンプル採取にしては大きく削られているような気がする。

 腐臭に顔を顰める下級官吏を横目に、屍骸の投棄を見守る。
 魔物の血が水面に落ちると、周辺の地下道にいたスライム達が集まってくる。

「ちょ、ちょっとダンナ!」

 焦ったような下男の声を背に、オレは水面まで飛び降りる。水面ギリギリで天駆を発動して、屍骸やスライムに接触しないように注意した。

 照明用の光粒で水面を照らす。

 スライムの表面に魔物の屍骸にあったような赤い縄状の模様は無かった。その代わりに、黒い虫が付着していた。ここのスライムは腐肉しかエサにしないようだ。

 サンプル用に何匹かのスライムから、組織サンプルを試験管に採取する。
 これを研究所で調べさせて、魔人薬の残留や影響が残っていないか調べさせれば良いだろう。

 ここを引き上げる前に、さっきの事を下男に確認する。
 問い詰めてもトボけるか誤魔化すかするだろうから、下級官吏が先に地上に引き上げたのを確認してから尋ねた。

「迷宮都市でも魔物の肉は常食されていたからとやかく言わぬが、腐ると毒素を発生する種類も多い。疫病の元になる事もあるから、注意するのだぞ」
「へい、心得てまさぁ」

 やはり、実験動物の屍骸から肉を採取して横流ししていたか。
 ……何年か前に貧民街で疫病が流行ったそうだが、こいつらの持ち込んだ肉が病原菌の発信地になっていたんじゃないだろうな。
 防疫とかのマニュアルを作らせた方が良いかも。

「痛み始めた肉は近所の鼠や野良に食わせてから食べてやす。そいつらが死んだときは浄水施設前の池に捨てておけばスライム共が始末してくれやすから」

 王都の外縁部にある浄水施設の方にいるスライムも調査しておいた方が良いかもしれないな。

 そうだ、肉を持ち出せるなら、処分を頼まれていた薬物も持ち出していそうだ。
 マップの検索で王都内に魔人薬が存在しないのは確認済みだが、念の為、保険をかけておくか。

「処分に困った薬品があったら買い取ってやる――」

 オレは小声で男にそう告げて、下町にいくつかある宰相の配下の諜報機関員が経営する酒場を教えておく。
 これで流出薬品を回収し易くなるだろう。あとは宰相達にお任せだ。

 オレは下町の工場経由で浄水場に向かい、ストレージにあった魔物の死体を投棄して集めたスライムの組織を採取する。
 後の分析作業は王立研究所の職員に押し付けよう。
 蔦の館の設備を使えば調べられると思うが、全部抱え込むのは面倒だもんね。





 少し情報を整理しよう。

 結局、判った事は――。

 一つ、魔人薬の粉末は適正な処理を行わずに下水に流された。

 一つ、スライムを媒介にして地下道の生き物に蔓延した可能性がある。

 一つ、魔人薬の粉末は「戦意高揚薬」と勘違いされていた。

 この薬は麻薬に似た特徴があるので、下町に横流しされた可能性がある。

 一つ、貧民街の人間が魔人薬を摂取したかもしれない。

 一つ、王都内に魔人薬は存在しない。

 こんなものか?
 いや、もう一つあった。

 一つ、魔物騒動の原因と魔人薬は関係ないのかもしれない。

 魔物発生の原因が掴めるかと思ったが、謎が深まってしまった。
 都合の良い名探偵が現れて、事件をスパスパと解決してくれないだろうか。

 怪盗がいるんだから、名探偵もいてくれても良いのに。





「遅いですわ!」
「失礼、少々所用がございまして」

 カリナ嬢が特訓している迎賓館のホールに入るなり、カリナ嬢から叱責を受けてしまった。
 この部屋にいるのは、カリナ嬢とメイド達、それからダンスの教師、それからうちの子達だ。
 アリサはニナさんの仕事につき合わされているので、ここにはいない。

「カリナ様、集中してくださいませ」
「練習ならサトゥーとします。貴方はそこで見て指導しなさい」

 カリナ嬢が教師にそう告げて、こちらに手を伸ばす。
 少し頬が紅潮しているが、どこか不貞腐れたような顔だ。

 まあ、遅れてきたし、ダンスの相手くらい良いか。
 カリナ嬢の練習が終わったら、うちの子達とも踊ろう。

「では、お相手いたします」

 オレはカリナ嬢の手を取って教室くらいの広さのホールの中央に向う。
 ミーアの弾く舞踏曲に合わせて、カリナ嬢をリードする。

 カリナ嬢とダンスを踊ると胸元が幸せすぎて意識が飛びそうになるが、素数や円周率の助けを借りて乗り切った。

 相変わらず直線的でシャープな男らしい踊りだ。
 だが、ちゃんと努力をしているのか、前に踊った時よりは遥かに上達している。

「頑張りましたね。前よりも上手くなっていますよ」
「――あ、あたりまえです! 聖騎士団の演習見物も我慢しているのですから。本番でも、サ、サトゥーに踊ってもらいますからね!」

 ――う~ん、本番は無理じゃないかな。

 王国会議前夜の舞踏会は、子爵以上の上級貴族が集まる舞踏会と、男爵以下の下級貴族が集まる舞踏会に分かれる。

 そういう規定がある訳では無いが、暗黙の了解としてあまり位の離れた貴族は足を踏み入れない事になっているそうだ。
 具体的に言うと、上級貴族側は公爵、侯爵、伯爵、子爵が対象だが、男爵、准男爵までは参加する場合がある。こちらに士爵が参加するのはご法度だ。
 下級貴族側は、士爵、准男爵、男爵が対象だが、子爵あたりも参加する事がある。こちらに伯爵以上の貴族が参加する事は無い。

 当然ながら、カリナ嬢は伯爵扱いされている領主のムーノ男爵のエスコートで上級貴族達の舞踏会に出席するので、一緒に踊るのは無理だ。
 婚約者とかなら話は別だろうが、それこそカリナ嬢と婚約宣言をするようなものなので遠慮したい。

「私は上級貴族の舞踏会に出席できませんから――」
「ダメですわ!」

 ヒールのせいで少し高くなった目線から、子供の様な不安そうな声で断りの言葉を遮られた。

 ――ダメと言われても困るな。

「失礼いたします。カリナ様、お客様がお見えです」

 そこにピナが現れて来客を告げた。実に良いタイミングだ。

「応接間でお待ちいただいているので、士爵様とご一緒にいらしてください」
「お客様? お父様にではなく?」
「はい、セーラ様とトルマ・シーメン様のお二方です」

 今日の夕方くらいに飛空艇で来るという話だったのに、ずいぶん早く到着したんだな。
 確かに二人の青い光点が迎賓館の応接間で光っている。

 オレは問題を先送りにして、二人の待つ応接間に向った。
※次回更新は 8/31(日) の予定です。

●再登場人物
【セーラ】 公都のテニオン神殿の巫女。オーユゴック公爵の孫娘。黄金の猪王の生贄にされ一度死亡。作中で唯一の復活経験者。
【トルマ】 公都のシーメン子爵の弟。情報通。サトゥーがムーノ男爵と知り合うきっかけになった人物。
【ピナ】  ムーノ男爵家のメイド。兵士としての訓練も受けている。おかゆ好き。

※2014/09/12 舞踏会に参加できる貴族の記述を細かく修正しました。


●物語の予定
 2日後 王国会議前夜祭
 3日後 王国会議開催。
 7日後 王国会議最終日。
 8日後 オークション開催
10日後 オークション最終日(宝珠の出品)


※宣伝
 本作「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」2巻の電子書籍版が8/20(水)より販売を開始しています。
 電子版をお待ちだった方がいらしたようなので告知しておきます。
12-16.朝食会のお誘い
※2014/9/1 誤字修正しました。

 サトゥーです。昔と違って遠方でもメールで頻繁にやり取りできるせいか、距離を感じる事が少なくなった気がします。
 でも、実際に会って見ると色々と話す事がでてくるのが不思議ですよね。





「お爺様が朝食をご一緒にいかがかと仰っているのです」

 お互いに再会の挨拶をした後、セーラが切り出した用件がソレだった。

 相手が妙齢の女性なら是非もないお誘いの言葉だが、相手が爺さん、それも国家の重鎮ともなれば朝食もミーティングのようなモノだろう。

 はて? 公爵がオレを朝食に誘うのは、オレを旗下に抱え込む勧誘をする為なんだろうか?
 オレ達がミスリルの探索者になった件だけでなく、リザがシガ八剣の第一位さんに勝利した件もあるから、可能性は高そうだ。

「それは光栄ですが、私のような下級貴族が公爵様の朝食会に呼ばれても良いのでしょうか?」

 あの暢気な公都の貴族さん達が疎むとも思えないが、全員がオレに好意的なわけでは無いだろう。
 ロイド候やホーエン伯の派閥の人は大丈夫そうだが、自由の翼関係で敵対した形になっているボビーノ伯の派閥の人間からは逆恨みされていそうだ。

「大丈夫ですよ。あの姉様でさえ認めたサトゥーさんですもの」
「――それは光栄ですね」

 姉様って勇者ハヤトの従者のリーングランデ嬢の事だよな?
 彼女に認められたような記憶が無いのだが、もしかして、勇者との勝負で勝ったから認めてくれたとかだろうか?

 断るわけにもいかないし、オレは公爵の朝食会に参加する旨をセーラに伝え、ここまで空気扱いだったトルマやカリナ嬢も交えてお互いの近況を語り合った。

「では、巫女長どのの体調が思わしくないのですか?」
「いいえ、体調を崩されているわけではないのですが、余りお元気が無いのです。外出どころか聖別された奥の間からさえ、めったに出てこられないのです」

 どうしたんだろう?
 何か新しい神託でも受けたのかな?

「いいえ、新たに受けたのは迷宮都市に現れると預言されていた魔王が討滅されたという神託のみです」

 そういえば、そろそろ勇者ハヤトとの定時連絡の時期だったはずだ。
 イタチの帝国に出現を預言された魔王の件がどうなったか尋ねないとね。

 ……残り5体だっけ?
 世界同時出現とかは止めてくれよ。

 そんな不吉な想像は思考の彼方に投げ捨て、交流欄のメモ帳に「巫女長の見舞い」という予定を追加した。
 王都の用事が一段落したら、足を運ぶとしよう。

 会話の流れを変える為だろう、トルマが変な事を言い出した。

「兄の話だとサトゥー殿は迷宮都市でも(・・)モテモテだそうじゃないか」

「でも」とは何だ。
 オレが何時そんなにモテたって言うんだ――いや、年下にはそれなりにモテていたっけ。

「昔から、年配の方や小さい子には好かれるんですよ」
「まぁ、サトゥーさんったら」

 オレが冗談めかしてそう答えるとセーラはお淑やかに笑い流してくれたが、カリナ嬢が微妙な反応だ。

「……小さい子、だけじゃない」

 カリナ嬢がぶつぶつと呟いているが、「聞き耳」スキルがあるオレにしか聞こえないような小さな声だ。
 そうか、オレの主観だと年下ばかりだが、この体の年齢だと同い年や年上の子もいるんだっけ。

「だけど、どこかの小国の王女や同年代の貴族令嬢とも仲が良いって聞いたよ?」

 相変わらず空気を読まないトルマが、カリナ嬢の雰囲気を無視してそんな発言をする。
 セーラまで真剣な表情でオレの答えを待つ。

 王女って、のじゃ姫ミーティア殿下の事かな?
 同年代の貴族令嬢はゼナさんかデュケリ准男爵の娘さんの事だろうか?

「どちらも、ちょっとした事件で知り合っただけの知人ですよ。特別な関係ではありません」

 オレがそう断言すると女性陣から安堵したような吐息が零れた。
 カリナ嬢は彼女達に会った事があるから、どんな関係か判っているだろうに。

「何だ、そうなのか。サトゥー殿も若いんだから、もっと社交界で浮名を流そうよ」
「「トルマ叔父様!」」

 トルマの不埒な発言に潔癖なセーラとカリナ嬢から叱責の声が飛ぶ。

 ……そういう発言は男同士の時にしようよ。





 手紙では頻繁にやり取りをしていたが、こうして会話すると色々と手紙には書いていない微妙なニュアンスの違いが補完できて良い。

 主にセーラから公都の孤児院や人々の様子を教えて貰いながら、オレの方も迷宮都市での孤児院経営や探索者育成校の話を伝える。
 迷宮での活躍譚はなるべくあっさり気味に端折っておいた。

 ナナが気にしていたアシカ人族の子供達の近況も教えて貰ったので、後でナナに伝えておこう。

 それにしてもカリナ嬢の人見知りは相変わらずだ。
 オレやトルマが話しかけた時は普通に会話するのに、セーラが話しかけても「はい」とか「そうですね」みたいな一言で答えを返すので会話が続かない。

 まるで、セーラに隔意があるみたいな印象になってしまう。
 その度にトルマが「カリナは相変わらず人見知りだね」といったフォローをしていたので、セーラも機嫌を損ねていないようだ。

 大体の近況を終えた辺りで、飛空艇での事件の話をトルマに聞かれた。

 オレは請われるままにビスタール公爵襲撃事件の顛末を話し、代わりにロイド候が疑われている件がどうなったのかを教えて貰った。
 ロイド候は自ら不名誉な審議官による審問を受けて、潔白を証明したらしい。

 疑いが晴れたのは喜ばしいが、結局、差し入れを持っていけなかったな。

 それから、迷宮都市を出発する間際に、カリナ嬢が告白じみた勝負を挑んできたのがトルマの入れ知恵だと判ったが、セーラの前だし小さな事に目くじらをたてるのは止めておいた。

 その代わり、王都に詳しいトルマに、王都の隠れた観光スポットや夜の歓楽街のお店を案内して貰う事になった。もちろん、ゲイバーは禁止だ。
 ちゃんと「案内して貰う店の種類」は言外に隠したので、カリナ嬢もセーラも気付いていない。

 セーラやトルマはオーユゴック公爵と一緒に陛下の晩餐に招かれているそうなので、楽しい会話を途中で切り上げ、二人を見送った。





 二人の姿が見えなくなると、カリナ嬢が謎の問いかけをしてきた。

「サ、サトゥーは、セーラ様を妻にするおつもりですの?」
「いいえ、セーラさんとは友人ですよ。そもそも巫女は還俗しない限り結婚なんてできませんよ?」

 セーラみたいな神託の巫女が、還俗させて貰えるはずがないしね。

「そ、そうですの……」

 オレの横でほっと色っぽい吐息を漏らす。
 まさかとは思うが、本当にオレに惚れているのだろうか?

 恋する乙女のようなカリナ嬢の横顔を見て、少しドキリとした。

 ――これはイカン。

 カリナ嬢とはきっちり線引きをしておかないと、外見が好みなだけにうっかり(・・・・)と一線を越えてしまいそうで怖い。
 そうなったら確実に結婚コースが待っている。自重せねば。

「それに――」

 丁度良い話の流れだし、言っておくか。

「――私の恋する方は遠い異国におられますから。セーラ様を妻に求める事はありませんよ」

 アーゼさんの事を恋人や嫁と言うと嘘になるが、「恋する相手」ならギリギリセーフだろう。
 既に何度も振られているが、アーゼさんが嫌がらない限り彼女に恋をしていたいと思う。少なくとも一、二年で挫ける気は無い。

「……う、うそ」

 カリナ嬢が反射的に否定の言葉を口にする。
 彼女の瞳から大粒の涙が零れるのが見えた。

 ……どうやら、迷宮都市を出るときの求婚は本気だったようだ。

 少々、罪悪感に胸が痛いが、出会いの多い社交界シーズン前に引導を渡しておいた方が、彼女の婚活の為だろう。
 オレはそんな言い訳で自分の罪悪感を誤魔化し、さらに言葉を重ねる。

「本当ですよ? 少し年上ですが可愛い方なんです」

 オレの精一杯のノロケを聞いて、カリナ嬢が(きびす)を返して自室に走っていった。

 悪いが、ここでカリナ嬢を追うわけには行かない。彼女のケアはメイド頭のピナかアリサにでも頼もう。

 ……あぁ、久々にアーゼさんに会いに行きたい。

桜の精(ドライアド)」や「桜珠」のネタで遠話したのが最後だから、ずいぶん話してない気がする。

 ――まったく、基本的に振られる側だったから、振る側がこんなに辛いとは思わなかったよ。





「士爵様! 何かお城の様子が変です」

 オレの黄昏気味の気分を薙ぎ払う様に、玄関ホールに駆け込んできた武装メイドのエリーナが騒ぐ。

「どう変なんだい?」
「騎士様達の往来が多いんです。しかも城壁内なのに襲歩(ギャロップ)で駆けているなんて変です」

 ふむ、王都内に魔物が大量発生したのかとマップを開いたが、そんな事は無いようだ。
 騎士団の駐屯地の人の流れを見てみたら、三つほどの騎士団で頻繁に人が出入りしているのが判った。

 何があったんだろう。
 知っていそうな人間は沢山居るが、サトゥーで押しかけられる軍事関係の知り合いは少ない。

 陛下や宰相も忙しそうだし、興味本位でナナシで訪れるのは夜中にしようか。

 オレはエリーナに何か判ったら教えてくれと頼んで、一人厨房へと向かった。
 せめて、カリナ嬢がヤケ食いでもして気分を紛らわせられるように、クジラのカラアゲの山と何種類かのケーキを用意しておく事にした。

 この館は保温庫と冷蔵庫の魔法道具があるので、彼女が食べたくなった時にでも出して貰えば良いだろう。





 屋敷に引き上げたオレ達を、予期しない相手が待っていた。

「お待たせして申し訳ありません」
「何、構わぬ。先触れも出さずに寄ったのは私の方だ」

 聖騎士の白い鎧を着たジュレバーグ氏が、鷹揚に答える。
 応接室にはオレとリザとジュレバーグ氏、それから初めて会うシガ八剣、第3位の「雑草」のヘイム氏の四人がいる。

 ヘイム氏はリザの実力を測ろうと、先ほどから探るような視線を投げかけている。リザと同族だったらセクハラで訴えても勝てそうだ。

 ちなみにヘイム氏の鎧も聖騎士の白い鎧だったようだが、原型を止めないほど魔改造されていて判りにくい。とりあえず、肩に無意味な角を付けるのは止めて欲しい。

「さっそくですが、どのようなご用件でしょう?」
「うむ、明日の夜、我が屋敷でシガ八剣を集めた晩餐会を開くのだ。陛下よりオーミィ牛の良い肉を下賜して戴いたので、皆に振舞おうと思ってな」

 ――前に食べた御用牧場の牛肉は美味かった。

 横ではリザがお澄まし顔を取り繕っているが、内心は肉に心を奪われている気配がする。

「他にも新しいシガ八剣の候補達も招いているのだ。貴殿ら二人にも是非来て欲しい」

 候補は同じミスリルの探索者のジェリルの他、5名ほどが来るらしい。
 さすがにシガ八剣、第1位自ら誘いに来てくれた晩餐会は断れないので、お邪魔させて貰う事にした。

 ジュレバーグ氏の屋敷には簡易の闘技場設備があるので、勝負を挑まれない為にも見える所には武器を装備しないようにしないとね。

 雑談の時にそれとなく二人に、先ほどエリーナが言っていた騎士達の件を話題に出したが、国防機密だと教えて貰えなかった。

 ――つまり、国防に関わるような事態が起きているのか?
※次回は 9/7(日) の予定です。

※カリナに引導を渡したサトゥーですが、カリナが諦めるかどうかは別問題です。
※研究所の所長秘書さんの話まで入れたかったのですが、ちょっと長くなりすぎるので次回に回しました。
12-17.事件の背後で蠢く者
※2014/9/7 誤字修正しました。
 サトゥーです。人が二人いると争いが起きると何かの本で読んだ事があります。争いを避けられないのなら、せめて人死にがでないような方法を選んで欲しいものです。





「こんばんわ、陛下(へーか)。王都が騒がしいけど何かあったの?」

 オレは夜も更けた頃に、ナナシの格好で王城に訪れていた。

「これはナナシ様、もうお気付きでしたか。お恥ずかしい話ですが、ビスタール公爵領で叛乱が発生いたしまして――」

 ああ、そっちの件を忘れてた。
 そういえば飛空艇を狙った相手って公爵の身内だったっけ。

 陛下の話によると、飛空艇襲撃事件の発生直後に緊急用の通信魔法道具でビスタール公爵領に連絡を取ったそうなのだが、まったく応答がなかったらしい。
 そこで、近隣の貴族達に調査を依頼したところ、ビスタール公爵の嫡男がビスタール公国の樹立を宣言して、調査に向かった貴族達を領外へ追い返したそうだ。

 まだ何日も経っていないのに、素早い事だ。
 たぶん、調査に鳥人族とか飛行型従魔でも使ったのだろう。

 そして、それを伝えられたビスタール公爵が陛下に国軍の出動を嘆願し、常備軍のうち演習に出かける予定だった三個騎士団が派遣される事になったそうだ。
 神速の行軍で有名な第三騎士団が明日出発し、第二、第六の二つの騎士団が5日後に王都を出発する事に決まったらしい。
 鳥人族や飛竜騎士(ワイバーン・ライダー)の先遣隊が既に出発した後との事だ。

「ふーん、大変だね」

 オレは気のない返事を返しておく。
 悪いけど、人間同士の戦いに参加するつもりはない。

「『魔王の季節』に人族同士が争うなど、私の不徳の致すところでございます」

 そういえば、この時期に人間同士の争いはほとんど無いんだっけ。
 大陸西部でも戦争が起こりそうだって言うし、異世界でも人間は戦争好きみたいだ。

 陛下が深く頭を下げて不始末を詫びている。
 オレに詫びる必要はないんだが、オレを王祖と勘違いしている以上仕方ないか。

 レーダーに宰相の青いマーカーが見えたので、陛下に頭を上げて貰った。





 宰相から例のスライムから採取した部位の解析報告書を受け取る。
 まだ半日しか立っていないのに、もう結果が出たのか。

 ――王立研究所の人って有能だな。

 書類に軽く目を通す。
 要約によると、スライムが魔人薬の濃縮とキャリアーの二つの役割を果たしていたらしい。
 だが、所長が言っていたように、このスライムを食べた普通の生物が濃縮された魔人薬の影響で死ぬ事はあっても、魔物に変化(へんげ)する可能性は低いと結論付けられていた。

 一応、実証実験の為に、スライムや地下道の鼠などを捕獲して、研究所の郊外実験棟で蠱毒のように捕食し合わせているそうだ。
 実験中は聖騎士団から数名ほど常駐させているらしいので、安全の方は大丈夫だろう。

 解析報告書と一緒に、所長や秘書の調書まで入っていたので、興味本位で目を通してみる。

 ……これは?

 秘書が書類を間違えたと言っていた時に余りのお粗末さに呆れたが、どうやら裏があったらしい。
 宰相さんが書類に書かれていない事も補足してくれた。

「魔王信奉者が事件の背後にいるようでございます」

 秘書の恋人だった騎士が、例の「自由の翼」の類似組織と関係を持っており、金欲しさに魔人薬を組織へ横流しする為に書類を誤魔化させたらしい。
 かなりの量の魔人薬が処分前に研究所から持ち出され、組織の手に渡ってしまったそうだ。

 貿易都市で見つかった魔人薬とかの出所が、研究所から持ち出された物だった可能性が高い。

 前に迷宮都市で聞いた話では王都に潜伏する「自由の風」は公都の「自由の翼」と異なり、魔王崇拝者というよりは「お気楽オカルト同好会」のような存在だったはず。

 ならば、公都から流れてきた「自由の翼」の残党か大陸西部に勢力を持つ「自由の光」の工作員かのいずれかが怪しいだろう。
 マップ検索で両者の所在を調べて、宰相に伝えておく。

「……所在、でございますか?」
「ああ、部下が調べてくれていたんだよ」

 今調べたと言っても信じられないだろうから、そういう事にした。
 宰相と陛下が何やら「さすがは――」とか称賛していたが、追加の情報を調べるのに集中して聞き流す。

 残党のレベルは大した事がないが、「自由の光」にはレベル40台の斥候系のスキルを持つ魔法使いがいるので注意が必要だ。
「自由の光」には他にもレベル30前後の「召喚魔法」を使う魔法使いや調教系スキルを持つ従魔士(テイマー)がいる。

 スキル構成的に、彼らが事件の真相を知っている可能性が高そうだ。

「――注意するのは、今言った三人だよ。特に斥候相手には通常の衛兵だけでなく、シガ八剣あたりの戦闘力の高い人間も混ぜた方がいいかな」
「御意」

 宰相がオレの忠告に深々と感謝の意を表す。

 クロで捕縛に向っても良いが、潜伏場所からして貴族の屋敷に客人として滞在していそうなので色々と面倒そうだ。後は宰相に任せよう。
 斥候系のヤツだけは逃げられそうなので、マーキングしておいた。


 魔王信奉者の話で少し横道にそれたが、横流しをした騎士の出自に少し気になる点があった。
 例の「迷宮都市の魔人薬密造騒ぎ」の黒幕とされたケルテン侯爵の遠縁にあたる家の出身らしい。

 宰相によると、ケルテン侯爵は魔人薬密造騒ぎの時に「反逆」の疑いで捕縛された為、審議官による尋問が行われて魔人薬と無関係だと証明されているそうなので、注目するほどの情報でもないか。

 その時の審議官が、今回のビスタール公爵領の叛乱に関わる家の出身なのが少し気になるが、陰謀論でもあるまいし、全ての事件が関係している訳でもないはずだ。





 エチゴヤの屋敷に帰還転移後に、イタチの帝国にいる勇者ハヤトに定期連絡を取ったが、出たのは留守番役のノノという女性だった。

「――じゃ、ハヤト達は迷宮の奥に魔王を追いかけて行ったのかい?」
「そう。今度こそ、ハヤトは魔王を倒す」

 逃げる魔王っていうのも珍しい。
 今までは死に掛けても復活するような、戦闘狂の魔王ばかりだったもんね。

「そっか、優勢なら良いよ。通信機を拠点に設置しておくから、ハヤトに何かあったらいつでも連絡を送って」
「感謝する、勇者ナナシ」
「うん、じゃーねー」

 ハヤトと相性の良い魔王みたいだし、ハヤトやその仲間達なら油断なんてしないだろうから、きっと退治してくれるだろう。

 もし、王国会議の後のオークションが終わっても、魔王を捕捉できないようなら新魔法の実験名目で魔王探索だけを手伝いに行くとしよう。

 オレは「理力の手(マジック・ハンド)」でアンテナに相当する通信魔法道具の受信性能拡張器をエチゴヤの屋根に備え付け、通信魔法道具の本体をティファリーザの執務室の本棚に設置した。
 常時待ち受けにするには動力源が足りないので、賢者の石を使用した超小型の魔力炉を本体の裏に置いておく。

 書類から顔を上げたティファリーザが、感情の読めない透明な視線でこちらを窺っている。

「クロ様、それは何の道具でしょう?」
「ああ、今から説明する。この道具は――」

 ティファリーザに勇者ハヤトとの連絡用の魔法道具である事を説明し、その事はティファリーザと支配人以外には秘密にするように言い含めた。

 送信機能はロックして、受信時のみ通話を可能にしておく。

「向こうから何か連絡が届いたら、緊急報知用に渡してある魔法道具の三番を押して連絡しろ」
「畏まりました」

 緊急報知用の魔法道具「信号棒(シグナル・ロッド)」は、シグナルの魔法を利用した近距離用の信号発信用の道具だ。

 迷宮の別荘に設置した大型の物と違って信号の到達距離が短い。
 オレが王都にいないと届かない上に、地下道や禁書庫あたりだと恐らく信号が届かない。

 エチゴヤの屋敷には迷宮都市との通信用の大型の通信魔法道具もあるが、こちらは一度使うと次のリチャージが面倒なので、普段は携帯サイズの「信号棒(シグナル・ロッド)」を使わせている。





 翌朝、オレはオーユゴック公爵との朝食会にやってきたのだが、なぜか場所が公爵の屋敷ではなく王城の一角にある会食場だった。
 嫌な予感がしたので、公爵の現在位置をマップで調べる。

 ――やっぱりか。

 しばらくして、王城の使用人が公爵の到着を報せてくれたので、彼を出迎えるべく入り口の扉近くで待機する。

「待たせたな、ペンドラゴン卿」
「いえ、私も先ほど来たところにございます」

 恋人同士の会話か! と突っ込みたい所だが、オレの意識は公爵の後ろから来る人物に向けられている。

「貴殿がペンドラゴン卿か、若いな」

 オレは膝を突き臣下の礼で国王陛下(・・・・)を出迎える。
 昨晩もナナシで会った所だから、普通に王様している陛下に会うと何か変な感じだ。

 そういえば、公爵とも初めて会った時に「若い」って言われたっけ。

 国王の後から入ってきた侍従さん達が、白い箱をテーブルの上に置いて退出して行った。
 部屋の中に残ったのはオレと国王と公爵の三人だけだ。

「その箱を開けよ」

 陛下の指示で箱を開けて中に入っていた「聖剣クラウソラスの偽物」を取り出す。
 オレは「無表情」スキルを無効にして、普通に驚きの表情を出した。

「こ、これは、もしかして――」

 オレがナナシと同一人物は思われていないだろうが、これを持って来たって事は……。

「ペンドラゴン卿、この聖剣を使いたくはないか?」

 予想通りの陛下の言葉に、一呼吸溜めてから返事をする。

「こ、この剣を私に……。いいえ、私には過ぎた剣です」

 オレは悔しそうな表情を作って首を振る。
 確かにオレが使えば偽物だと見抜く人間はいなくなるだろうけど、自動的にシガ八剣入りが確定してしまいそうだからね。

「僭越ですが、シガ八剣のヘイム様やバウエン様の方が聖剣の力を十全に揮われるに違いありません」

 オレの返答に、陛下の視線が公爵の方を向く。

「つまらん、貴公の言っていた通りの回答か」
「今時の若者にしては少々野心が足りませんが、今回の件では適任でしょう」
「うむ、ニナやレオンも勧めておったからな」

 レオンって、確かムーノ男爵のファーストネームだっけ。
 まったく、何か企んでいたなら先に教えておいて欲しい物だ。

 朝食が始まってからようやく「今回の件」に触れる会話になった。

「シガ八剣には魅力が無いか?」
「いいえ、そんな事は――」

 その質問にハイとは答えられないでしょ。

「ニナが言うには貴殿は世界を見て回るのが目的だそうだな?」
「はい、世界は広うございますから」

 地球と違って未知の場所が山ほどあるし、この世界には旅した気分になれる「CooqleMap(くーきゅるまっぷ)」やロードビューとかが無い。

 何より、311レベルのお陰で安全に旅ができそうだしね。

 陛下と公爵は何やらオレを眩しそうに見つめた後、重々しく頷いた。

「貴殿がシガ八剣を望まないのは判った。候補から外すように言っておこう」

 良く判らないが、厄介ごとから逃れられたようで良かった。
 最後にさらに変な質問をされた。

「迷宮都市からの空の旅は楽しかったか?」
「はい、少々波乱万丈でしたが、地上からは見えない様々な景色が堪能できました」

 オレの答えに満足したのか、陛下が深く頷いて退出を許可してくれた。
 結局、「今回の件」が何だったのかは「王国会議を楽しみにしておれ」という不安になる回答だけで明かされなかった。

 話の流れからして、悪い話ではないだろうから王国会議を待つか……。
 意に沿わない事なら、サトゥーの人脈かナナシから働きかければ良いだろう。


 ちなみに朝食会のメニューは、ふわふわのロールパンに半熟の目玉焼きと新鮮なサラダ、それから厚切りベーコンを焼いた物だった。スープ類はなく、柑橘系のフレッシュジュースが付いていた。

 どこかのホテルみたいに何の変哲もないのに、どの料理も絶品だった。さすがは王様の料理人だけはある。
 帰ったら再現して皆にも食べさせてやろう。





 朝食後、件の横流し騎士が獄中で毒殺されたとエチゴヤ商会経由で聞かされた。

 それにしても、一連の事件を起こしている連中の目的が見えなくてモヤモヤする。
 国家転覆を目指しているにしてはお粗末だし、テロにしては狙う場所が意味不明だ。

 牢屋に、噴水に、下町に、貴族街。
 オレが見落としている何かがあるのだろうか……。
※次回更新は 9/14(日) です。

ようやく10章や11章で出していた伏線を回収できました。
 いよいよ明日は王国会議前夜祭。明日は何時来るのだろう……。
12-18.お茶会の闖入者
※後書きに人物紹介(抜粋)を添付しました。
※2014/09/14 誤字修正しました。
※2014/09/15 一部改稿しました。
 サトゥーです。招かれざる客というのはいつの世もいるようです。江戸時代の小話ネタである京の「お茶漬(ぶぶづ)け」みたいに、遠まわしな帰れの意思表示があったらいいんですけどね。





「ようこそおいでくださいました、ペンドラゴン士爵様」

 空を飛び去る「飛竜騎士(ワイバーン・ライダー)」達の編隊から、視線を出迎えの老紳士に移して礼を告げる。

 ここはお茶会に招かれた貴族の屋敷だ。
 アシネン侯爵夫人の友人で、建国時から伯爵家として続く名家らしい。

 こんな名家なら、オレみたいなぽっと出の名誉士爵なんて使用人からも見下されそうだが、少なくとも老紳士にはそんな様子は微塵もない。

 伯爵夫人へのお土産のお菓子と贈り物を、使用人に運び込んで貰う。

 オークションの客層や宝珠を欲しがる客についての情報を集めて貰った恩があるので、お礼代わりに迷宮産の毛皮や王都で珍重される迷宮蜘蛛の糸を使った布などに加え、手作りの瀟洒なアクセサリーを持ってきてある。

 アクセサリーは元の世界の有名ブランドのニファティーの物を参考にし、アリサの意見で調整したので原価金貨3枚なのにその十倍ほどの価値になっていた。
 もちろん、作者は幾つかある偽名の一つで作ってある。

 老執事に案内されて本館を抜け、庭にあるお茶会会場へと案内される。

 会場ではレベル35の騎士をリーダーに、レベル20台の女性騎士達12人が警護を行っている。
 皆、儀礼用の装飾が施されたピカピカの鎧を装備している。
 男性騎士はイケメンだし、女性騎士達も訓練所よりも舞台が似合いそうなくらいの美女揃いだ。

 会場には幾つもテーブルが置かれ、三十人近い貴族の女性達がお茶会を楽しんでいる。男性の貴族もいるが、人数は少ない。

 思ったよりも大きな集まりだ。

「いらっしゃい、ペンドラゴン卿。レーテルから聞いていたけど、本当に若いわね」
「本日はお招きに与かりまして――」

 オレは定番の挨拶を交わした後、伯爵夫人に招かれてお茶会の席の一つに案内される。
 彼女はアシネン侯爵夫人の親友だけあって名前を呼び捨てだ。

 このテーブルにいるのはアラフォー以上の女性たちばかりで、高価なアクセサリーや服装から明らかに高位の貴族の夫人達の集まりだと判る。

「みなさん、今年は太守の任でレーテルも帰って来なかったけれど、代わりに彼女の友人が来てくださったの」

 伯爵夫人の紹介で名乗りを上げ、お近付きの印に伯爵夫人への贈り物とは別に持ってきた小さな小箱を女性達に配る。
 もちろん、伯爵夫人へのプレゼントよりはグレードを一つ落としてある。

「まぁ、私達にも贈り物なの? レーテル様のお気に入りだけあって如才ないのね」
「あらあら、まぁまぁ、なんて素敵なのかしら」
「この宝石は何かしら? ルビーにしては赤が深いし、もしかして血玉の欠片?」

 目利きの子爵夫人に、見抜かれた事を驚いて見せる事で肯定する。

 真祖バンの所で貰った素材の一つだが、血珠に比べて血玉は使い道が少なかったので、体調を良好に保つ追加効果のあるイヤリング型の魔法装身具にしてみた。
 参考にした文献によると、肩こりに効いたり女性の日が軽くなる追加効果もあるそうだ。

 ――あれ?
 プレゼントした品の相場価格が上がっている。

 迷宮都市で作った時は金貨10枚程度だったのに、夫人達がデザインの違うイヤリングを見せ合う度に価格が上がって、今では一桁違う値段になった。

 そういえば、前にアシネン侯爵夫婦に贈ったアクセサリーも異様な値段になっていたっけ。
 お茶会の贈り物にしては価値が高すぎるが、初回という事で大目に見てもらおう。

「さすがはミスリルの探索者ね。これだけの品は私達のサロンでも、婚約の申し込みくらいでしか見かけないわよ?」
「田舎者ゆえ、少々背伸びしてしまいました」

 TPOを弁えない贈り物を見て心配気に嗜めてくれる伯爵夫人に、若さゆえの過ちだと素直に認めて詫びておいた。

 そんな失敗があったものの持ってきたお菓子(カステラ)のサポートもあって、お茶会はつつがなく進み、雑談の輪に溶け込むのに成功した。

「――まぁ、お耳が早い事。もう公領の反逆の話をご存知なのね」

 サトゥーとしては知らなかったが、オレとしては軍部と関わりのない伯爵夫人が昨日の今日でもう知っている事の方が驚きだ。
 やはり、女性たちの情報網は侮れない。

「ビスタール公爵といえば、こんなお話もあるのよ――」

 もっとも、彼女達の会話は話題が飛ぶので付いていくのが大変だ。
 長い彼女の話を簡単に纏めると、前に禁書庫で会った王女様の母親がビスタール公爵の娘だったらしい。
 昨晩も陛下に会った後に禁書庫に出かけたのだが、王女には会わなかった。彼女も毎日禁書庫に篭っている訳ではないのだろう。

「キャー、凄いですわ!」
「うふふふ、なんて可愛らしい動きなのかしら」

 幾つか離れたテーブルの若い貴族の娘さんたちの間から、黄色い悲鳴があがる。
 そちらに視線をやると、蛇使いの笛に合わせて、宝石のような質感の蛇や白く長い毛に覆われた蛇がひょうきんな動きをして娘さん達を楽しませている。

 余興の為に呼ばれた芸人だろう。
 前に噴水の場所でも見たが蛇も見たことのない種類だし、ここに招かれている蛇使いの方が技量が上のようだ。

「はしたない事」

 同じ席の夫人達が、大きな声ではしゃぐ少女達に眉を顰める。
 その雰囲気を変えようと伯爵夫人がオレに話題を振ってきた。

「サトゥー様は蛇使いを見るのは初めてかしら?」
「はい、見事な物ですね」

 伯爵夫人の意図は上手くあたり、他の夫人達も娘さん達の事を忘れて話題に乗ってきた。

「去年くらいに、ケルテン侯爵が外国の芸人を招いたのが始まりだったかしら?」
「そうね。あの方が軍事以外に興味を持つなんて珍しいとサロンでも話題になりましたもの」

 そういえば魔人薬の事件の時にも、ソーケル卿が証言の中でケルテン侯爵を「軍に絶大な影響力を持つ」と評していたっけ。

「そういえば、ケルテン侯爵といえば先月は驚きましたわ」
「ええ、愛国家のケルテン侯爵が反逆の疑いを掛けられるなんて……」
「結局、軍部に影響力を持ちたいオーユゴック公爵の策略だったのかしら?」
「まぁ、ダメですわよ。憶測でそんな事を言っては――」

 ふーん、愛国家っていう評判なのか。

「前に王女様に珍しい小鳥を贈ってらしたわよね?」
「ええ、たしかビスタール公爵の手を煩わしたからと、公爵の最愛のお孫さんに贈ったそうよ」

 ビスタール公爵の孫って、あの禁書庫の王女か?
 彼女なら珍しい鳥より、珍しい本の方が好きそうだ。

 噂話に夢中の彼女達に「本がお好きな王女様ですか?」と尋ねてみたら、違うと答えが返ってきた。
 彼女達の話では、あの禁書庫の王女の同腹の妹らしい。

「翡翠のような鳥ですって」
「ケルテン侯爵の弟君が王配として招かれた、ヨウォーク王国から取り寄せたのでしょうか?」

 ヨウォークって、どこかで聞いた名前だな。
 ――どこだっけ?

「違いますわ。大陸の東の果てにしかいない珍しい種類だそうよ」
「まぁ、イタチの帝国から取り寄せたのかしら?」

 そんな他愛無い話の最中に、不躾な来訪者がやって来た。





 レーダーに赤い光点が映る。
 王都に来てから街中が騒がしい。迷宮都市よりも物騒だ。

 轟音を上げ、庭の一角にある池の底を破って例の赤縄模様の魔物が現れた。
 巨大なイボガエルのような姿をしている。なぜか、おたまじゃくしのような尻尾を持っていた。

 ――変だ。

 オレは悲鳴を上げて抱きついて来るボリューミーな婦人を、近くの使用人に預けて立ち上がる。

 素早く展開した騎士達だったが、巨大蛙の魔物の吐いた「酸の息(アシッド・ブレス)」を浴びて、女性騎士達が火傷を負って地面を転がっていく。

 ――光点は転移してきたように突然現れた。

 巨大蛙の手が近くに座り込んだ令嬢に叩きつけられる。
 オレが助けに向かうまでも無く、警備隊長が身を挺して令嬢を救出した。

 ――地下道を検索したが、そこには誰も居ない。

 完全には避けれなかったみたいで、助けた令嬢と一緒に庭の端まで転がっていく。

 ――どうやって出現したんだ?

 オレは疑問を後回しにして、地面に転がっていた女性騎士が落とした剣を拾い上げて手伝いに向かう。
 尻尾に跳ね飛ばされた女性騎士の一人を受け止めて、地面に降ろしてやる。
 やはり金属鎧だと、美人を受け止めても楽しくない。

「隊長さんが来るまで、時間を稼ごうか」

 そう声を掛けて、無造作にイボガエルの前に向かう。
 巨大な目をカメレオンのようにグルリと回転させて、イボガエルが伸びる舌で攻撃してきた。

 鋼鉄の剣で舌の軌道を横に流す。
 魔力を纏わせる事ができないせいか、舌を受け流した剣が抉れている。

「舌にも酸があるようだ。盾持ちも受け止めずに受け流せ」
「「「はいっ」」」

 やけに素直な女性騎士達に、予備の武装に槍や斧があるなら取って来いと命じて、イボガエルの攻撃をいなすのに集中する。
 迂闊に攻撃したら一撃で倒しそうなので、なるべく手加減して時間稼ぎに集中する。

「全員後退! 尻尾が来るぞ!」
「「「応っ」」」

 オレの合図でイボガエルの尻尾を避ける女性騎士達。
 一人だけ後退中に足を引っ掛けて、あられもない姿で地面に転んでいる娘もいたが見なかった事にする。

 イボガエルの舌を四回ほど受け流した所で剣が折れた。脆い剣だ。

「士爵様、これを」
「ああ、助かる」

 受け取った両手持ちの斧でイボガエルの舌を途中で切り落とす。
 吹き出す血が地面に落ちるまでの間に変質して、酸のように芝生を変色させる。

 ――このファンタジー生物め。

 オレは斧の代わりに短槍に持ち替えて、舌を地面に縫いとめる。

「よくぞ、保たせた! 士爵殿、ご助力感謝いたす」

 ようやく参戦してきた護衛隊長に華を持たせて、オレはイボガエルの注意を逸らす事と女性騎士達が怪我をしないように尽力した。

 その甲斐あってか、かなり時間が掛かったものの死者を出すことなく、イボガエルを倒すことができた。
 なぜか戦闘開始から十分くらいでイボガエルの状態が「衰弱」になり、イボガエルの体を護る魔法の防御が消えたお陰だ。

 この情報は、騒ぎを聞きつけてやって来た衛兵達に伝えておいた。





 さすがにお茶会はお開きになったが、参加者の貴族達から感謝の言葉を受け、お茶会で話す機会のなかった令嬢達からも舞踏会で一緒に踊ろうと誘われた。
 ここにいるのは、ほとんどが子爵令嬢以上なので、何人かの男爵や准男爵の令嬢くらいとしか踊れないだろうが、社交辞令として「光栄です」と答えておいた。

 お茶会の帰りの馬車で、他の場所でも赤縄模様の魔物の屍骸を見かけた。
 子供達は無邪気に魔物の屍骸に石を投げていたが、大抵の人達は不安そうな目をしていた。
 発生する場所が判らないのは、普通の人には恐怖だよな――。

 そうか、その視点を忘れていた。

 そうか、恐怖か。

 見えない黒幕の目的は恐怖を王都の人達に植え付ける事だったのかもしれない。

 もし、また魔王騒ぎが起こったら。

 もし、魔物の大群が襲ってきたら。

 王都の人達は恐怖に支配されて、前の狗頭騒ぎの時のより酷い死傷者を出すんじゃないだろうか。

 だが、それでも、その先が判らない。

 民衆を殺すだけなら、こんなに回りくどく謎な手段を取る意味がない。
「誰が」「何の為に」王都の人達に恐怖を植え付けるのだろう。

 ――最後のピースは、何なんだ。
※次回更新は 9/21(日) です。

※2014/09/14 冒頭の「ぶぶ漬け」の話を修正。
※2014/09/15 王女の説明のシーンを修正。

●活動報告にアリサSSをアップしてあります。宜しければご覧下さい。

●人物紹介抜粋
【アシネン侯爵】   迷宮都市の太守。夫人に頭が上がらない。男色家。
【アシネン侯爵夫人】 迷宮都市の貴族を纏める女傑。サトゥーの作るカステラがお気に入り。
【ケルテン侯爵】   軍に絶大な影響力を持つ。魔人薬密造やクーデターの疑いをかけられていた人物。
【ソーケル卿】    魔人薬密造で捕まった迷宮都市の下級貴族。
【ビスタール公爵】  シガ王国の北西に領地を持つ。領地で反乱が発生中。
【ヨウォーク王国】  アリサの国を併呑した小国。ビスタール公爵領の北にある(7-23,8-11参照)。
12-19.シガ八剣の集い
※2014/9/22 誤字修正しました。
 サトゥーです。大事件の始まりは静かな物です。そして気が付いた時には取り返しが付かないほどの事態になっている事が多い気がします。
 それでも諦めさえしなければ、本当に取り返しが付かない事態というのは稀だと思うのです。





 お茶会から戻った後に、アリサからカリナ嬢の話を少し聞いた。
 アリサが掛けた発破が効いたそうで、鬼気迫る様子でダンスに取り組んでいるそうだ。

「なんて言ったんだ?」
「ふふん、聞きたい? でも、教えな~い。それは乙女のヒ・ミ・ツよ」

 アリサが顔の前でチッチッチと指を振った後、パチリとウィンクをしてくる。
 ちょっとムカッとくる態度だが、アリサのお陰でカリナ嬢が舞踏会に前向きになったようだし、ホッペタをひっぱる刑は勘弁してやろう。

「ダンスはおまかせ~?」
「ご主人様にも、ポチの特訓の成果を見て欲しいのです」
「ん、踊る」

 年少組がキラキラした笑顔でダンスの相手をねだってきたが、今は相手をする事ができない。

「ごめんね、これからリザと出かけないといけないんだよ」

 ショボンとする子供達にちょっと罪悪感が湧くが、明日は夕方までフリーにしてあるので幾らでも相手するよと約束した。
 アリサが、「それって約束を守れないお父さんみたいなセリフよね」と要らない発言をしたので、今度こそ、ホッペタをひっぱる刑に処した。

 約束は守るさ。絶対にだ!

「――ご主人様、準備ができました」
「うん、そういう衣装も似合うよ」

 珍しくスカート姿になったリザを誉めて、貴婦人にするようにエスコートしてジュレバーグ氏の屋敷に向かう馬車に乗り込んだ。





「武人が得物を持たぬとは何事か!」

 ジュレバーグ家の使用人に案内されてやって来た館の最上階にある会場で、いきなり見知らぬ中年剣士から叱責された。

 ――誰、この人?

「これは失礼。はじめてお目にかかります。ムーノ男爵の家臣でサトゥー・ペンドラゴン士爵と申します」
「ふん、(おの)が腕で成り上がるべき木っ端貴族が、その体たらくではシガ八剣に選ばれる事などありえぬと心得よ!」

 いやいや怒ってるのは判ったから、せめて挨拶くらい交わそうよ。
 オレは改めて一人で激昂している男を見る。

 レベル42とレベル高めの剣士だ。年齢も42歳とお揃いなのは偶然だろう。
 彼もシガ八剣候補だとは思うが、所属はパリオン神殿となっており出身もパリオン神国となっている。
 どうやら神殿からの推薦のようで、聖騎士やミスリルの探索者というわけではないらしい。

 それにあわせたように称号が「神殿騎士」となっている……のだが、AR表示だけに見える隠れ称号に「殺人鬼」「暗殺者」のような物騒な称号が並んでいる。
 たしかに彼のどこか病んだようなピリピリした雰囲気からは似合いの称号だ。

 その称号にあわせたように彼の持つ魔剣は「吸精」や「脱力」のような禍々しい追加効果があった。
 あまりにも怪しい情報と出身地から少し警戒したが、魔王信奉者の「自由の光」関係者では無いようだ。

 オレが彼の情報を確認している間も文句を言っていたようだが、横に立つリザが切れる前に助け舟が入った。

「ジゾン殿、私が招いた客に無礼な振る舞いをするのはやめて貰おう」
「ふん、そのような甘い事を言っているから、亜人などに敗れるのだ」

 割って入ったのはホスト役のジュレバーグ氏だ。
 だが、ジゾンという中年男は矛先をオレからジュレバーグ氏に移して挑発するように噛み付く。

 ――狂犬みたいなヤツだ。

 アラフォーなんだから、もうちょっと落ち着いて欲しいものだ。
 こちらの世界には不惑という言葉は無いのだろうか。

「愚弄するか、小僧」

 ジュレバーグ氏の声に怒気が乗る。
 この場にいるのは血の気が多い人間が多いのか止めるどころか、事の成り行きをわくわく顔で見る者ばかりだ。

 ――この脳筋共め。

 さて、空気が不穏になってしまったのでフォローに回る。

 この二人が戦いになって、オーミィ牛を喰いっぱぐれるのは勘弁して欲しい。この家の料理人は肉料理に関しては王都随一という評判だから、この機会を逃したくないのだ。
 ここで更なる技をゲットしてうちの子達にもご馳走してやるのだ。

「ふん、武人なら言葉より先に――」

 言葉と共に抜刀しようとした中年男の前に縮地で接近し、抜こうとした柄頭をそっと掌で押さえる。
 この二人に視線が集まっていたから、オレの縮地がバレたりしていないはずだ。精々瞬動あたりと解釈してくれるだろう。

 中年男がお構い無しに抜こうとするが、筋力(STR)の圧倒的な差で押さえ込む。

「ここは歓談の場ですよ。余興は腹ごしらえの後でも問題ないでしょう?」

 中年男が必死に抜刀しようと顔を紅潮させて力むが、柄頭はびくともしない。

「……そうだ、なっ――」

 抜刀を諦めたような顔をした中年男が力を抜く。
 危機感知が訴えるまでも無く、中年男が体の後ろから短剣を抜こうとするのを反対側の肘を押さえて止める。
 さすがにソレはバレバレでしょう。

「――これで試験は合格ですか?」

 ぐぬぬと唸る中年男に微笑みながら、問いかける。

 せっかく「試験」という落とし所を用意してやったのに、中年男がオレの足を蹴りつけてくる。その爪先には仕込みナイフが光っていた。

 多少予想外だったが、初見の魔物相手で良くある不意打ちなので、難なく中年男の爪先を踏み抜いて防いだ。
 手加減したのだが、足の裏から鈍い感触が伝わって来る。彼の足の甲の骨にヒビが入ったかもしれない。

「このように探索者は全身が武器なのです。お分かりいただけたでしょうか?」

 彼の足を踏みつけた場所にゆっくりと力を篭めながら、微笑み掛ける。
 もちろん、「無表情(ポーカーフェイス)」スキルの助けを借りて目に感情が乗らないように調整した。

「ふん、先ほどの言葉は撤回しよう。晩餐の後に尋常な勝負をしてもらうぞ」
「それは楽しそうですね」

 言質は与えない。
 食事が終わったら、この戦闘狂の相手は他の候補かジュレバーグ氏に任せて退散するのだ。





 ひと悶着あったが、このくらいの騒動で晩餐が中止になる事はないようだ。
 ジュレバーグ氏が懐深い人物で助かった。

 会場に到着したのはオレ達が最後だったらしい。
 シガ八剣の五人と新シガ八剣候補の聖騎士団の三人とミスリルの探索者のジェリル、そしてさっきの中年男が晩餐の会場に揃っていた。

 なぜか、全員武装している。
 一応、ジュレバーグ氏に本当に晩餐なのか確認したが、間違いないそうだ。武闘大会とかではないようで安心した。
 シガ八剣選抜大会のような流れになるかとヒヤヒヤしたよ。

 晩餐の席に着くと、オレ達以外が全員鎧姿なので微妙に変な笑いを誘う。
 いやはや、「無表情(ポーカーフェイス)」スキルがなかったらヤバかった。

 なお、晩餐の座席はジュレバーグ氏が配慮してくれたようで、さっきの中年男はオレ達から遠い位置にしてくれた。

 オードブルから始まるかと思った晩餐は最初から肉料理が運ばれてきた。
 どうやら、各部位が順番に調理されて出てくる趣向らしい。

「美味です。少し柔らかすぎる気もしますが、この芳醇な味わいは他の肉と一味違いますね」

 リザが澄ました声で感想を言う。
 その尻尾が椅子と背の間で嬉しそうにヒタヒタと動くのが気配で判った。

「肉もさることながら、このソースが絶品です。ジュレバーグ卿は良い料理人をお抱えのようだ」

 向かいの席ではジェリルがホスト役のジュレバーグ卿に感想を述べている。

 一方、他の面々は「旨い」くらいしか言わず、黙々と食べるのに夢中だ。
 ここにいるのは半分くらい生まれながらの貴族なのだが、それでも御用牧場の牛肉の味は別格なのだろう。

 オレもオーミィ牛尽くしのメニューに舌鼓を打つ。
 焼き加減も絶妙だが、下ごしらえに使ったタレの分析が難しい。隠し味に使っている素材が後一つどうしても判らない。なかなか難問だ。

 だが、そんな素敵な晩餐に水を差すように危機感知が働いた。
 中年男からかと思ったが意外な事に斜め上方だ。この部屋は館の最上階にあるので、屋根の上だろうか?

 それと時を同じくして、レーダーに素早い動きで接近する光点が映った。
 光点の移動速度からして10秒ほどで接敵だ。接近してくる軌道と速さから判断して、相手は飛行しているに違いない。

 光点を選択して詳細情報ウィンドウを開く。

 接近するのは飛行型の魔物が5匹。どちらも従魔だが、乗っているのは「自由の光」に所属する構成員らしい。

 光点の動きと危機感知の反応からして、この館が狙いのようだ。
 少々やり方が強引だが、彼らの企みに邪魔なシガ八剣や候補達を抹殺に来たのか?
 もしくは、「自由の光」の活動拠点のパリオン神国で、さっきの中年男が何か怨みでも買って、その巻き添えという線もあるかもしれない。色々と敵を作りそうなタイプだもんね。

 それはともかく、搭乗員も魔物もレベル20台なので、5匹で襲ってきてもここにいる面々なら秒殺だろう。

 ――接敵まで後5秒。

「何か来るぞ!」

 オレが声を上げる前に、シガ八剣のヘイム氏が切迫した声を上げる。
 彼も危機感知スキルがあるのだろう。

 警告を聞いて、戦士達が自分の得物を手に取る。
 武器の無いリザがさっきまで食事に使っていた銀のナイフを片手に席から立ち上がる。

 しかし、王都の防空体制はどうなっているのやら。
 城壁の魔物の侵入を阻害する機能が止まっているのだろうか?

 ――接敵まで後0秒。

 あれ? 来ない?
 レーダーに映る光点の動きを追うと、この館をフライパスして上空を旋回するような動きを見せている。

 ひゅるひゅると風切り音が――。

 しまった、爆撃か。
 まさかファンタジーの世界で、空爆されるとは思わなかった。

「リザ、直上。魔刃砲、最大」
「承知」

 オレの指令にリザが遅滞無く行動に移る。

 ――アドレナリンが分泌されているのか、周りの様子がやけにゆっくりに見える。

 自分の武器を手にとって天井の向こう側を警戒するジュレバーグ氏にカタナ使いのバウエン氏。
 さきほど警告したヘイム氏と大鎌使いのリュオナ女史は、バルコニーへ出る扉を蹴り開けるところだった。
 公都で第三王子と一緒にいた老聖騎士レイラスは盾を腕に固定する作業をしている。

 さすが、シガ八剣は行動が早い。
 聖騎士の三人はまだ状況が飲み込めないのか、周囲を見回して席から立ち上がる所だ。

 一方で緊急事態に慣れた探索者のジェリルは、落ち着いた様子で腰のポーチから取り出した魔法薬をくいっと呷っていた。アレは加速薬と身体強化薬だ。高価な薬だが、命の方が大事だもんね。

 そして最後の中年男は、少々様子がおかしい。
 抜刀しているのは判るとして、なぜかその視線が室内を彷徨っている。

 まるで自分を狙う刺客が室内にいるような態度だ。

 天井の向こうで重量物が衝突した音が、その思考を邪魔する。
 従魔が投下した岩弾が天井を突き破るのと、リザの手元から赤い光弾が放たれるのはほぼ同時だ。
 魔刃砲が岩弾を天井諸共に打ち砕く。
 銀のナイフを使ったせいで収束が甘くなった魔刃砲が光を散らし、部屋を赤く染める。

 ――こうして、年末の王都を襲った長い長い夜が始まったのだ。
※次話は、9/28(日)の予定です。


●人物紹介抜粋
【ジュレバーグ】シガ八剣、第1位、レベル54、70歳越え。二つ名は『不倒』。リザに負けた
【ヘイム】   シガ八剣、第3位、レベル52。二つ名は『雑草』。大剣使い。
【バウエン】  シガ八剣、第6位、レベル40台中盤。30歳前後。二つ名は『風刃』。刀使い。
【レイラス】  シガ八剣、第7位、レベル40台後半。60歳越え。第三王子と一緒にいた盾使い。
【リュオナ】  シガ八剣、第8位、レベル40台中盤。20代後半。二つ名は『草刈り』。大鎌使い。
【ジェリル】  ミスリルの探索者。中層の「階層の主」を討伐したレイドのリーダー。二つ名は『紅の貴公子』。
【自由の光】  大陸西部にあるパリオン神国を拠点に活動する魔王信奉者。過激なテロ活動が得意。シガ王国から持ち出された魔人薬の密輸に関わっていた可能性が高い。
356/414
12-20.王都の長い夜
※2014/9/29 誤字修正しました。

 サトゥーです。質量兵器と聞くと強そうなのに、投石機と聞くと弱そうに聞こえるのは何故なんでしょう。人の頭ほどもある岩が飛んで来たら、充分危険だと思うのです。





 割れた天井から落ちて来た土埃の噴流とリザの魔刃砲の残光が部屋を満たし、魔刃砲で粉砕された岩弾の欠片が部屋を飛び回る。
 それらに少し遅れて、砕けた天井の瓦礫が落ちて来た。

 オレは瓦礫に押しつぶされそうなメイドを、素早く横から掻っ攫って助ける。
 土埃で周囲の視線から隠されているので、気軽に縮地が使える。

 崩落する天井や岩弾に当たって、聖騎士の二人が怪我をしたようで、体力ゲージが半分になっている。
 一方で、ソムリエっぽい男性給仕は自力で難を逃れたようだ。やはり、男はそうでないとね。

 そこに、腹に響くような重い振動が断続的に襲ってきた。

 揺れる足場に驚いて、さっき助けたメイドさん達が左右から抱きついて来る。
 緩みそうな頬を「無表情(ポーカーフェイス)」スキルの助けを借りて耐え、マップを開いて状況を確認する。

 マップの3D表示で、館の倒壊が始まっている事がわかった。

 間違いなく、先ほどの岩弾4連発のせいだろう。
 リザが迎撃した一発を除けば、攻城戦に使うような岩弾が直撃したのだから無理もない。

 オレは急いで館の中の使用人達の位置を確認する。
 意外に少ない、全部で23人だ。オレは常時発動している「理力の手(マジック・ハンド)」で彼らを館の外へと運び出すために捕獲していく。

 幸い、岩弾の直撃を受けて即死した者はいないようだ。
 瀕死の人間が何人かいるが、それはオレ達が脱出してからの対処でいいだろう。

 オレが必死で脱出の手配していた数秒の内に、室内で事件が起こっていた。

「――ぐっ、な、何をする」

 くぐもった悲鳴が土埃の向こうから聞こえた。
 AR表示では、カタナ使いのバウエン氏が瀕死になり、その横にいるジュレバーグ氏も半死半生の重傷を負っていた。

 その横では、レーダーの光点を赤く染めた中年男――神殿騎士のジゾンがいるようだ。

 ――さっきの空爆はこいつの暗殺をアシストする為だったのか。

 レーダーを頼りに、そちらに向かって足元の瓦礫を蹴りつける。
 土煙の向こうで、ゴキンという重い音と神殿騎士ジゾンのくぐもった悲鳴がする。

 瓦礫の軌跡に一瞬だけ埃が晴れた空洞ができる。
 ジュレバーグ氏の背中に魔剣を突き立てていたジゾンが、忌々しそうに剣を抜いて後退した。
 さっきの瓦礫はジゾンの肩の骨を砕いたようで、片手が力なく下に垂れている。

「ちっ、無手の分際で邪魔をしおって――『邪刃無双』」

 悪態の最後の「合言葉(コマンド・ワード)」を受けて、ジゾンの魔剣が黒く染まる。
 そして、その黒が手から体に移ったように、全身を黒く染めていく。

 ――まあ、誰も最後まで待たないけどさ。

 崩れ始める床をものともせず、ジゾンの左右から「雑草」のヘイム氏の大剣と「草刈り」のリュオナ女史の大鎌が襲い掛かる。

 ジゾンが爪先で引っ掛けたカタナ使いのバウエン氏をヘイム氏の前に蹴り上げて、その進攻を妨げる。
 続いて襲ってくるリュオナ女史の大鎌が僅かに肩を掠めたが、黒く染まった身体の上を滑るように鎌の刃が流れた。
 大振りの一撃が避けられて隙だらけになったリュオナ女史の胴に、ジゾンが大振りの魔剣で牽制して彼女を後退させ、その場を抜け出す。

 黒く染まったジゾンがゴキブリの様な低い姿勢で駆け出した先は、なぜかオレとリザのいる方向だ。
 左右から女給仕さん達に抱きつかれたオレがカモに見えたのだろう。

 確かに、使用人たちの脱出作業に意識の大半を使っているオレには対処が難しい。

 ――だが、オレの傍には頼もしい護衛がいる。

「リザ」
「承知」

 急接近したジゾンが、オレの前に立ちふさがるリザに片手半剣(バスタード・ソード)サイズの魔剣を突き入れて来た。

 それをリザが魔刃を宿した銀のナイフで受け流す。

「バカな、食器に魔刃だと?!」

 彼はさっき天井の岩を迎撃したリザを見ていなかったのだろうか?
 確かにさっきの砲撃でリザは魔力の大半を使ってしまっていたが、既にオレの「魔力譲渡(トランスファー)」によって再チャージ済だ。

「まだ、魔力が残っていたとはなっ――『毒刃』」

 ジゾンの合言葉(コマンド・ワード)を受けて、彼の魔剣の表面に赤黒い光が漏れ出す。

「触れるだけで肉が落ちる『腐敗毒』だ。貴様の鱗で防げると思うなら向かってくるが良い」

 こちらを萎縮させる為の発言だろうが、それは悪手だ。
 余計な発言をしている間にリザの準備が終わっていた。

 リザの手には赤く輝く槍がある。

 銀のナイフを核に魔刃で編み上げて作った槍だ。燃費が悪いので普段は使わないが、その威力は普通の魔槍に匹敵する。

 リザの赤い槍が、ジゾンの毒の魔剣を弾き、そのまま片腕を抉る。
 僅かに魔剣から飛散した毒液は、リザの身体の表面に作られた赤い皮膜――部分展開された「魔力鎧」によって防がれる。

 肩を貫かれても攻撃を続けようとしたジゾンだが、それは叶わない。
 ジゾンが剣を振り上げるより早く、リザの槍が目にも止まらないような速さでジゾンの両膝と剣を持つ手首を貫いた。

 ――いやはや、容赦ないな。

「魔刃で作った槍、だとっ」

 成す術なくリザの四連撃で無力化されたジゾンが、床に崩れ落ちる。
 ジゾンが自分の身体の陰から、何かを取り出すのが見えた。

 黒い拳くらいの塊が三つ――自爆用の魔導爆弾か!

 幸い、気がついているのはオレだけだ。
 ヤツの手から起動した魔導爆弾が離れた瞬間、使用人達の脱出作業に使っていない「理力の手」で触れてすばやくストレージに収納する。
 ジゾンの目には、急に爆弾が消えた様に見えただろう。

 ジゾンが驚きの言葉を発するよりも早く、くるりと回転したリザの尻尾の一撃で男の意識は刈り取られた。

 ――まったく、自爆はロボットか研究所だけにして欲しい。

 この一連の騒ぎの間に、この部屋を除く館内の人間の脱出はなんとか完了した。
 館の完全倒壊までさほどの時間もない、オレ達もさっさと逃げ出すべきだろう。

 当然ながら、そう考えたのはオレだけでは無いようだ。

「ここは危ない、全員脱出しろ!」

 魔剣の「吸精」や「脱力」の効果で動けないジュレバーグ氏に代わってヘイム氏が人々に指示を出す。

 既に館は下の二階が圧壊して、この五階の窓の高さは10メートルほどになっている。
 ここにいるメンバーなら、このくらいの高さからでも脱出できるだろう。

 オレは左右から抱きついている女給仕さん達の腰を抱き上げて、崩れる館の壁から飛び出した。
 ステレオで聞こえる悲鳴で耳が痛い。

 崩れた館から剥落する瓦礫を自在盾で防ぎながら、土埃で視界の悪い大地に降りる。
 大量の瓦礫で足場が悪いので、実際には埃の陰に隠れて地表付近を天駆で移動した。

 脱出したオレ達を狙って従魔の背に乗った男達から、クロスボウの短矢が飛んでくる。
 狙いはリザが捕縛して肩に担いだジゾンのようだ。

 埃の遮蔽を利用して撃ち出した「誘導気絶弾(リモート・スタン)」の魔法で短矢(ボルト)の軌道を逸らす。

 ついでに8発ほど従魔の頭を狙ってやったのだが、対策がしてあったらしく、従魔の手前に出現した魔法の盾を蹴散らしただけで、本体には届かなかった。
 攻撃の機会を失った敵が屋敷の上空を飛び越える。

 ――自重せずに120発で狙うべきだったか。

 後悔と共に着地し、館の下敷きにならないように距離を取る。
 着地に失敗して動けなくなった聖騎士を、「理力の手(マジック・ハンド)」で掴んで強引に危険地帯から投げ飛ばす。
 多少怪我をするかもしれないが、圧死するよりはマシだろう。

「この二人の手当てを頼む」
「は、はい」

 オレは両手に抱えたメイドさんを先に脱出させていた使用人達に委ねる。
 悲鳴がやんだと思ったら二人共、気絶していたようだ。

 先ほど狙撃に失敗した4体の従魔が、ジゾンを始末しようと再襲撃してきた。

 だが、迎撃体制は既に整っている。

「…… ■■■■■■ 光槍乱舞(マルチプル・レイ・ジャベリン)
「「「…… ■■■■ 光槍(レイ・ジャベリン)」」」

 シガ八剣達とジェリルが唱えた光の槍が、従魔達に襲い掛かる。
 絶命した従魔が慣性のままに突っ込んで来るが、そこに大盾を抱えた老騎士が割り込んだ。

「《防げ》聖盾プリトウェン」

 盾の周囲に広がった青い光が、1トン以上ありそうな従魔の屍骸を受け止める。

 ここまで空気だったが、この老騎士レイラスもシガ八剣の一人だ。
 公都で第三王子と一緒にいた時も、ほとんど会話した事がないので人となりは知らないが、黄肌魔族との戦いでも生き残っていた人だけあって防御力はなかなかのようだ。

 墜落した従魔から逃げ出そうとする「自由の光」の構成員達を、リュオナ女史とヘイム氏が嬉々として追いかけて行った。





 オレはそれを横目にマップを開いて周囲を確認する。

 今日の昼に伯爵家のお茶会に魔物が出現したからか、王都を巡回する騎士や衛兵の数が普段の三倍近い。
 騎士や兵士でマスクしたが、特定の館を囲んでいるなどの不穏な様子もない。

「自由の光」を屋敷に匿っている貴族なら一緒に何か行動を起こすかと思ったのだが、自分の屋敷内に百名以上の私兵を抱え込んでいるくらいで動きは無い。
 もっとも、他の上級貴族の屋敷も似たような状況なので特筆するほどの事でもないだろう。
 例の「自由の光」の精鋭三名も、この機に乗じてシガ八剣暗殺のダメ押しにくるかと思ったが潜伏先の屋敷から動いていない。

 一国の首都でこれだけ大胆な襲撃をするヤツらだ。これで終わりじゃないだろう。
 さっきのが陽動だとしたら、本命はやはり王城か?

 オレは人の動きから何かわからないか、もう一度、マップを見つめなおす。

 視界の隅に動きがあったのは、そんな時だ。

「旦那様、警邏中の騎士の方がお見えです」
「……通せ」

 埃で汚れた礼服を着た家令が、ジュレバーグ氏にそう報告している。
 あれだけの騒ぎだから、一番近くにいた巡回隊が気が付いたのだろう。

 マップで詳細を見る。
 第十二騎士団の部隊か、部隊長はレベル34ほどだ。巡回隊の部隊長クラスにしてはレベルが高い。

 巡回隊に不似合いな大盾をもった者が6名に、火石が先端に付いた長柄武器を持った者が10名、魔法使いが4名、その他10名の合計30名の部隊だ。
 戦争に行くような過剰な戦力だが、この装備や兵数は王都に出没する大型の魔物に対抗する為の選択だろう。

 こちらに向かってくる男を見て、隣に控えていたリザに緊張が走る。

「どうかした?」
「ご主人様、御警戒を。あれは迷賊のボスだった男です」

 リザにそう指摘されて、AR表示を再確認する。
 男の名前はルダマン――迷宮の地下で魔人薬を密造していたヤツだ。

 だが、オレ達に捕縛されてギルドの牢屋に入れられたアイツはギルド長に直談判して、王都の「犯罪奴隷部隊(ムラサキ)」に入ったはず。
 どういうツテで普通の騎士団に移籍したのか……。

 今晩の騒動はまだまだ続きそうだ。
※次回更新は、10/5(日)の予定です。

●人物紹介(抜粋)
【ジゾン】   12-19で登場。神殿推薦枠のシガ八剣候補。戦闘狂の中年男。
【ルダマン】  迷賊王の二つ名を持つ犯罪者。かつてサトゥー達に捕縛された。
【ジュレバーグ】シガ八剣、第1位、レベル54、70歳越え。二つ名は『不倒』。リザに負けた
【ヘイム】   シガ八剣、第3位、レベル52。二つ名は『雑草』。大剣使い。
【バウエン】  シガ八剣、第6位、レベル40台中盤。30歳前後。二つ名は『風刃』。刀使い。
【レイラス】  シガ八剣、第7位、レベル40台後半。60歳越え。第三王子と一緒にいた盾使い。
【リュオナ】  シガ八剣、第8位、レベル40台中盤。20代後半。二つ名は『草刈り』。大鎌使い。
【ジェリル】  ミスリルの探索者。中層の「階層の主」を討伐したレイドのリーダー。二つ名は『紅の貴公子』。
【自由の光】  大陸西部にあるパリオン神国を拠点に活動する魔王信奉者。過激なテロ活動が得意。シガ王国から持ち出された魔人薬の密輸に関わっていた可能性が高い。
12-21.王都の長い夜(2)
※2014/10/06 誤字修正しました。
 サトゥーです。堰き止められた川が限界を迎えて鉄砲水を生むように、限界を超える瞬間まで静かな事は多々あります。でも、後になって考えると、様々な予兆が存在していたと気付くのです。





 オレはジュレバーグ氏を追い抜き、第十二騎士団の部隊長として訪れた元迷賊王のルダマンの前に進み出る。

「やあ、ルダマン。犯罪奴隷部隊から転職かい?」
「――ちっ、『怪我無し』のペンドラゴンか。あんたもシガ八剣候補だったとはな……。道理でこの大惨事で怪我人が見当たらない訳だぜ」

 オレが気さくに話しかけたのにルダマンは舌打ちして顔を歪めた。
 ちなみに、怪我人が見えないのは、使用人の中に治癒魔法が使える人間がいたからと魔法薬を配ったからだ。

 ルダマンが頭を掻いていた手を何気なく上げて、前に倒す。

 それと同時に、第十二騎士団の面々が戦闘行動に入った。
 大盾を持った男たちが壁を作り、その間から突き出された長柄の火槍から「火球(ファイア・ボール)」が撃ち出される。
 彼らの背後からは呪文の詠唱まで聞こえてきた。

 背を低くしたルダマンが、オレの横を駆け抜けようとするのを足を引っ掛けて転ばせる。
 だが、前転の要領で器用に身体を起したルダマンが、無手のジュレバーグ氏に斧を振り上げる。
 ジュレバーグ氏が斧を避けようと回避行動を取るが、魔剣による弱体化が残っている為、普段の動きとは程遠い鈍さだ。

 だが、その狂刃が届く事は無い。

 赤い魔刃槍を構えたリザが割って入る。
 オレはそれをレーダーの光点の動きだけで捉え、飛来する「火球(ファイア・ボール)」に足元の瓦礫を、ひょいひょいと投げて爆発させていく。

 火球の軌道から考えて、狙いはジゾンの口封じだったようだ。
 あわよくば治療のため鎧を脱いでいる聖騎士達やジゾンの魔剣の影響で本調子じゃないシガ八剣のお侍さんも一緒に始末といった感じだろう。

「…… ■■■ 『光身の加護(ライト・ブースト)』」

 光魔法の身体強化を唱え終わった探索者のジェリルが、魔剣を片手に賊を始末しに駆け込んでいく。
 彼も迷宮都市でルダマンの事を見知っていたらしく、リザがルダマンの事を報告してきた時点で詠唱を始めていた。

 ジェリルが前方の盾兵を飛び越えて、火杖を構えた杖兵を蹂躙する。
 それと時を同じくして賊の後ろの呪文詠唱が止まった。どうやら、逃走した従魔の操者を追っていたシガ八剣の二人が後ろから襲撃したようだ。

 三人の高レベル剣士達の活躍で、第十二騎士団を騙った賊は瞬く間に始末されていった。

 もちろん、ルダマンはリザの魔刃槍に手足を貫かれて捕らえられている。
 やはり、魔刃槍では手加減が難しいのか、ルダマンの片腕が千切れそうだ。

「バカな、前は互角だったのに……」
「ご主人様の薫陶と修行の成果です」

 ルダマンの悔しそうな声を、リザが誇るでもなく淡々と受け流す。

 そんな折に、怪しげな光点の動きがレーダーに映った。
 庭の奥、隣の屋敷との境付近だ。

 どうやら犯罪ギルドの人間が五人ほど待機していたようだ。恐らく混乱に乗じて暗殺でもさせる為に伏せてあったのだろう。
 あっけなくこちらの戦いが終結してしまったので、出るタイミングを逃してしまったようだ。
 こいつらの始末は他の人に任せよう。
 周囲を見回すと、シガ八剣の「草刈り」のリュオナ女史が手持ち無沙汰にしていたので、彼女に振る事にした。

「リュオナ様お耳に入れたい事が――」

 オレが隣家との境から不審な気配がすると告げると、獰猛な笑みを浮かべて二つ返事で調査を請け負ってくれた。

 捕らえた賊の尋問は、シガ八剣のジュレバーグ氏とヘイム氏の二人が率先して行っているようだ。
 そちらは彼らに任せて、オレはオレにしかできない事をしよう。

 彼らが所属を騙っていた第十二騎士団と「自由の光」の人間だけ残してマップを確認する。

「自由の光」の内、レベルの高い者達は上位三名と一緒に貴族の屋敷に潜伏したままだが、10レベル以下の者が第十二騎士団と一緒に行動している。

 ――いや、一緒じゃない。

 マップを拡大すると「自由の光」の構成員は地下道にいた。第十二騎士団の面々は地下道の入り口で待機のようだ。
 オレは小用だと告げて庭の木陰に入り、「遠見(クレアボヤンス)」の魔法で順番に構成員の様子を見る。

 構成員達は足早に地下道を出口に向かって移動中のようだ。
 彼らが移動してきた方向を確認したが、特になんらかの魔法装置が設置されている様子も無い。
 下水の上をスライムがぷかぷか浮いているが、その様子にも変化はない。

 さらに地下道の視線を進ませると、一つの真新しい死体があった。
 死体で検索すると地下道に複数の遺体が見つかった。どの遺体も刃物でめった突きにされ苦悶の表情で事切れている。
 血の匂いに引かれたスライムや虫や鼠に(たか)られて目を背けたくなるような凄惨さだ。

 どの遺体も全て貧民街の者か奴隷のようなみすぼらしい服装をしている。
 年齢や性別はバラバラで特筆すべき点はない。事前に暴行を受けていたのか、青黒いアザを持つ者が多かった。

 そこにアリサからの「遠話(テレフォン)」の着信が届く。

「どうした、そっちでも何かあったのか?」
『そ、そっちでもって、何かあったの? 怪我は無い?』

 迂闊な一言で心配させてしまったアリサに、言葉を足して先を促す。

「こっちは二人共大丈夫だ、それより何があった」
『お城のセーラから手紙が届いたの。持ってきた侍従が『大至急』って言ってるけど、どうする?』

 ――セーラさんから?

「アリサ、すぐに開封して読んでくれ」
『へ? いいの? ちと(・・)待って。よし、読むわよ――「王都に悪夢が訪れ、天より黒き災いが舞い降りる」よ』

 これだから預言は……。
 もう少し分かり易い文章で頼む。

 王都には魔王顕現の預言は無かったはずだから、上級魔族あたりの出現って所か。
 だが、地下からじゃ無く。天からなのか。

 ――「今度の敵は神だ」とか展開に困ったインフレバトル漫画みたいなのは止めてくれよ?

 神託を聞いていなかったら後手に回る所だ。この件が終わったらセーラに何かお礼をしないとね。

 今日の事とは書いていないが、ヤバそうな気配がひしひしとしている。のんびりしていて手遅れになって後悔したくない。
 何が起こっても対処できるように準備だけは進めておくか。

「アリサ、皆に武装をするように言ってくれ。今日は何が出るか判らないから一番良い装備にしてくれ」
『良い装備って、秘匿装備も許可って事?』
「ああ、頼む。正体を隠すマスクとか仮面もちゃんと装備しろよ」
『おっけー!』

 よし、これで複数の魔王が襲ってこない限り大丈夫だろう。





 オレはジュレバーグ氏に装備を取りに自分の屋敷に戻ると伝え、暇乞いを済ませた。
 助け出したメイド達からキラキラした目で礼を言われたが、鼻の下を伸ばしている場合でもないので簡単な挨拶を交わして立ち去った。

 館に戻ったオレはクロに着替えてエチゴヤへ用事を済ませに向かう。
 リザは装備を整える為に皆のいる部屋に行かせた。

「ティファリーザ、最上階の指揮室を使えるようにしておけ。支配人はいるか?」
「畏まりました。支配人は御自分の執務室にいらっしゃると思います」

 オレは支配人を連れて地下金庫に向かう。

「この広さなら大丈夫だな」

 オレは地下金庫にある戦闘用以外の物資をアイテムボックス経由でストレージに回収する。
 戦闘用の物資も部屋の隅に纏めておいた。

「あ、あのクロ様、いったい何が?」
「万が一の場合は、近隣の住民をこの地下金庫に匿う。お前にはこの部屋のゴーレムの指揮権を預ける」

 オレは支配人にそう告げて、オリハルコン・ゴーレムに命令を出せる「指揮棒(コマンド・ロッド)」を預ける。

 ここなら上級魔術の直撃を受けても一撃くらいは耐えてくれそうだ。





 もう連絡が届いている気がするが、報告の為に、ナナシに着替えて王城へ帰還転移する。
 今回飛んだ先は地下禁書庫ではなく、王の執務室に程近い王族専用の庭園の一角にある東屋の一つだ。
 ここは陛下から転移専用の場所として提供して貰っている。

 国王の執務室に行くと、陛下と宰相が何かの打ち合わせをしていた。

「陛下、先触れ(アポ)無しで悪いけどいいかな?」
「これはナナシ様」

 もう知ってるのか。話が早いのはいいけど。
 陛下の傍らに立っていた宰相が、室内の文官達を下がらせる。

「もしや、ジュレバーグ邸の一件ですかな?」
「やあ、宰相。その件もあるけど、追加情報があるんだ――」

 オレは第12騎士団が魔王信奉者の「自由の光」と行動を共にしている事、ジュレバーグ邸を空から襲ったのが「自由の光」の構成員である事を伝えた。
 逃走した従魔の操者達は尋問を受ける前に自害していたらしいので、これらの情報を聞いた宰相が驚いていた。

 さらに、「自由の光」の構成員が王都の地下道で貧民を殺害して、何らかの儀式の贄にしている可能性を伝えた。

「さすがはナナシ様。こちらからもお伝えしたい事がございます――」

 宰相が伝えて来たのはセーラが教えてくれた神託とほぼ同じ物だった。
 セーラからだけでなく、王都の複数の神殿から似た内容の報告が届いたらしい。

 ただ、パリオン神の老巫女からだけは「災いは桜の(もと)にあり」と少し違う予言が届いたそうだ。
 ふむ、桜の(もと)というと王城かな?

「じゃ、王都に上級魔族とか国軍の手に負えない大型の魔物が出現したら、速やかに避難するか守りに徹するように通達しておいて。なるべく被害が出ないようにサックリと倒すから。ヘタに手を出して死者を増やさないようにしておいて」
「御意のままに。宰相、『都市核(シティー・コア)』の魔力残量はいかほどか」
「低下していた源泉からの魔素(マナ)供給量がここ数日で改善しておりますので、広域の儀式魔法はともかく、王城の守護ならば問題ありません」

 オレの言葉に陛下と宰相が情報を確認しあう。

 ……というか「都市核(シティー・コア)」って何だ?
迷宮核(ダンジョン・コア)」とかみたいな物なのだろうか?

 ま、そんな話は後で聞けば良いか。

「じゃ、なるべく犠牲の少ない方向でよろしく」

 オレはそう告げて王城を後にした。





 ジュレバーグ邸が襲われてから30分も経たないのに、王都の3箇所に例の赤縄模様の魔物が出現していた。
 いつもと違うのは、どの魔物もレベル10~20程度の弱い個体だった事だろうか。
 そのお陰で、巡回の騎士達が手際よく退治している。

 オレは自分の屋敷に戻ったあと、口調だけクロに変えて「遠話(テレフォン)」の魔法で工場長のポリナに地下壕に避難するように通達する。

「はい、了解いたしました。工場の設備類はいかが致しましょう?」
「設備類はそのままでいい。工員だけでなくその家族も避難させろ。地下壕に余裕があればポリナの判断で周辺住民を受け入れても構わない」

 ネルに連絡を忘れたが、ポリナが伝えてくれるだろう。
 アオイ少年は回転博士と一緒にエチゴヤの研究室だから、支配人あたりが避難誘導するだろう。

 続いて王都地下のオーク達にも「遠話(テレフォン)」の魔法で連絡する。
 今度はナナシの口調に変える。緊急時だと切り替えが面倒くさい。

「リ・フウ、王都に魔族が出現するかもしれない。安全な避難場所があるなら今の内に避難してくれ。転移門が使えるならそっちの方が良い」
『無理を言うな。転移門は起動に3日はかかる』

 転移門にそんな制限があったのか。

『それに今いる場所以上に安全な場所はないぞ。でなければ子供らを育てる事もできん』
「なら、集落の入り口にバリケードでも作って篭っていてくれないか? 最長で三日ほどだ」
『判った。ナナシの言葉を無下にはできん。我らに手伝える事はないか?』

 オレはマップを確認して、例の贄らしき遺体のあった場所を確認する。
 二箇所ほどリ・フウの集落から近い場所がある。彼らに頼んで焼いて貰うか。

「――頼めるか?」
『任せて置け。ヘラルオンの神官もいるから浄化の儀式もしておこう』

 オレはリ・フウの頼もしい言葉に感謝の意を伝え通話を切った。
 事件が片付いたら、酒と料理でも差し入れに行こう。





 通話を切った、その時――。

 足元から湧き上がるような違和感を感じた。

「にゅ!」

 同じく異変を感じたタマが尻尾の毛を逆立てて、オレの身体を駆け上がってくる。
 鎧の突起がチクチクと痛いからヤメテ。

「何か気持ち悪いのです」
「サトゥー」

 ポチとミーアも異変を感じたようだ。
 オレは急いでマップを開く。

 次々と王都に赤い光点が生まれていく。
 ステータスを見る限りでは、どれも赤縄模様の魔物達だろう。

「見て! 窓の外!」
「マスター、上空に魔法陣らしきモノが出現していると報告します」

 アリサとナナの報告に窓の外を見渡す。
 王都全体を覆うような巨大な魔法陣が出現していた。

 どうやら、異変が本格化したみたいだ。

 ――ナナシになって、さっさと潰しに行きますか。
※次回更新は 10/12(日)の予定です。
 サトゥー無双編の前に王都の人々の視点を挟む予定です。

※都市核については、6章の最後にある「幕間:領主の秘密」をご覧下さい。






↓↓↓ちょっとネタバレ





※今回初出の「都市核」について
 特に伏線というわけでもないので、少し補足。王都編後半でも説明する予定です。
「都市核」は神代の昔に作られたアーティファクトです。
 基本的に各都市の地下に埋設され、源泉と接続されています。
 各地の領主が「特別」なのは、ダンジョンマスターの都市版のような地位にあるからなのです(セーリュー市で上級魔族の魔法攻撃を防いでいたのもこの都市核の機能です)。
 本来はムーノ編の最後で出す予定だったのですが、書き忘れてそれっきりになっていました。
 年末に時間が作れたらムーノ編の最後にエピソードを追加したいですね~
12-22.混乱の王都
※今回は三人称視点です。
※2014/10/13 誤字修正しました。
※後書きに人物紹介抜粋を追加しました。

 年末の王都は阿鼻叫喚の地獄の様な混乱の中にあった。

「くそっ、鋼鉄の剣が欠けやがった」
「ちっ、俺の槍もだぜ」

 王都の警邏中に魔物と遭遇した不運な衛兵達が奮戦していた。
 石畳の地面を突き破って出てきた象ほどもある巨大なコオロギの魔物と、彼らが最初に接触した。
 普段よりも重装備とはいえ、犯罪者相手に活躍する衛兵には荷が重く、形勢は魔物側に傾いていた。

 だが、ジリ貧だった彼らの元に救世主が現れた。
 通りの向こうから現れた三十名ほどの団体が、魔物に踊りかかる。

「助太刀いたす! 魔物の相手は我らに任せろ!」
「おお! 騎士様、感謝いたす」

 騎士隊長がミスリル合金の馬上槍を片手に魔物の顔面に突撃する。
 その攻撃は魔物の体表に生まれた赤い膜に阻まれるが、衛兵達の剣の様に欠ける事はなかった。
 しばしの拮抗の末、赤い膜が硝子の様に割れる。
 だが、赤い膜の抵抗で馬上槍は魔物の頭から逸れて空しく体表を滑る。

「これが赤縄かっ」

 騎士はその勢いのまま、魔物の横を駆け抜ける。
 残りの騎士達が、隊長に続けとばかりに突撃を開始した。

 だが、魔物も倒されるのを待つばかりではない。
 先ほどまで触角と前肢で戦っていた魔物が、騎士達に向かって体当たりを仕掛けてきた。
 弓から放たれた矢のように、魔物が騎士達を跳ね飛ばしながら跳躍する。

 半数以上の騎士が跳ね飛ばされ数名が落馬したが、分厚い鎧と鍛え上げられた筋肉に守られた彼らに死者は出ていない。
 倒れた騎士の血に濡れた視界に、魔物の前に立ち尽くす街娘の姿があった。

「ぬおおお、魔物よ! キサマの相手はこっちだ、この便所虫野郎めっ!」

 騎士は気力を振り絞って立ち上がり、魂の限りで挑発の言葉を魔物の背に叩きつけた。
 街娘に鼻先を向けていた魔物の興味が騎士に移る。

「えらいね、流石は男の子。ここは手伝ってあげるから、もうちょっと休憩していなさい」

 街娘は子供に言い含めるようにそう告げて、手にした箒をクルクルと回す。
 どうやら街娘は魔物と戦う気のようだ。

 魔物の触角がムチのように襲ってくるが、街娘は器用に箒で右に左にいなす。
 さらに魔物が振り下ろした前肢を、街娘がひょいと飛んで避けた。

「に、逃げろ。箒などでどうにかなる相手ではない」
「だいじょ~ぶ、ま~かせて」

 騎士にピースサインを送った街娘の顔には、お忍びの貴族が付ける様な認識阻害のベールが掛かっていた。
 街娘が手にした箒の柄で、魔物の頭を下から跳ね上げる。
 まるで巨人の振るうハンマーで殴られたように、魔物の頭が勢い良く仰け反る。

「なっ、バカな」

 勇者物語か喜劇のような現実離れした光景に、騎士の口から現実逃避の言葉が漏れる。

 さらに街娘が箒の三連突を魔物の下あごに叩き付けた。
 魔物がどうと街路の脇にある家屋に倒れこみ、建物を瓦礫と土埃に変える。

「あちゃぁ、これ弁償とか請求されちゃうのかなぁ」

 そんな街娘の場違いな心配を他所に、騎士達が次々に身体を起して魔物に向けて得物を構える。
 満身創痍だが、婦女子に戦わせたままでは騎士としての面目が立たない。

「時代が変わってもシガ王国の騎士の魂は健在だね」

 街娘が腕を組んで偉そうにうんうんと頷く。
 瓦礫に埋もれながらも、魔物は触角を器用に動かして騎士を襲う。騎士達が帯剣や盾で触角を防ぐたびに火花が上がる。

「よ~し、お姉さんからのプレゼントだよ! こんなサービスめったにしないんだからね」

 街娘が箒を持った手を振ると、騎士達の剣が光を帯びて輝きだす。
 もしここに鑑定のスキルを持つ者がいたら、上級術理魔法の「神威光刃(デバイン・ブレード)」だと見破っただろう。

 瓦礫の下から襲ってきた魔物の触角を、騎士隊長が輝く剣で受け止める。
 先ほどまでは火花を上げて弾いていた触角が、剣に触れた途端スパリと斬れて飛んで行った。

「なんと!」

 それを見た別の騎士が馬上槍を魔物の胴に突き刺す。
 槍は豆腐に釘を刺したように軽々と魔物の胴体を貫いた。


「ミト、何を遊んでいる。我らの敵が現れたぞ」
「あ、天ちゃん。敵なら、そこで串刺しにされてるよ?」

 長い銀色の髪をした怜悧な眼差しをした女性が、屋根の上から街娘の前に降り立つ。
 街娘と同じく認識阻害のベールを付けていてその顔は隠されているが、この場にいた全ての騎士がベールの下の彼女の素顔が美しい事を確信していた。

「……あれを見ろ」

 銀髪の女性が白魚の様な指を天に向ける。
 それに釣られて空を見上げた人々が、王都の上空に広がる魔法陣を目にした。

「うあ、やっばいわねぇ」
「あそこに浮いている紫髪が騒動の黒幕だろう。さっさと始末に向かうぞ」

 銀髪の女性が魔法陣の中心付近を指差すが、騎士達には人影など見えなかった。
 だが、ミトと呼ばれた街娘の方には見えたようだ。

「空中に浮いてるね。やっぱ、魔王候補なのかな?」
「知らん、戦えば敵か味方か分かる。魔族か魔王なら滅ぼせば良いのだ」

 物騒な発言をした銀髪の女性が無骨な白い大剣を片手に、街路脇の家屋の屋根をぴょんぴょんと飛び跳ねて去っていく。

「ちょ、ちょっと待ってよ~」

 街娘は箒を脇に挟んで、長いスカートの裾を両手で上げて追い駆けていった。





「陛下、今夜の魔物の発生報告が七箇所を越えました」

 宰相が伝令からの報告を国王に伝える。
 これまでは一日に二箇所が最大だった事を考えると異常と言っていいだろう。

「そうか……」

 巌の様な静謐な沈黙を経て、国王が決断を告げる。

「将軍達よ、各騎士団に出撃準備を通達せよ。別命あるまで待機を徹底させ、決して功を焦って勝手な出撃をさせぬように」
「「「御意」」」

 将軍達が小姓に通信塔への伝令を命じる。
 通信塔は光魔法使いによる信号を外壁傍の騎士駐屯地に伝える為の物だ。

「宮廷魔術士長よ、シガ三十三杖に王都全体の索敵を実行させよ。結果は我が元に伝えると同時に各通信塔にも伝えるのを徹底させよ」
「御意。……なれど、我等がシガ三十三杖は王国最大の矛としての任こそが本道と心得まする。陛下には――」

 抗弁する宮廷魔術士長に、国王が重々しい声でそれを遮る。

「宮廷魔術士長よ、王命である」
「……王命承りましてございます」

 面従腹背を絵に描いたような苦々しい顔で宮廷魔術士長が平伏する。
 その事に目敏く気付いた宰相がフォローの言葉を重ねる。

「宮廷魔術士長よ、汝らが矛として働くに相応しい敵は未だ現れぬ。此度の件の後ろに潜むのは恐らく――」

 宰相の言葉に誘導された宮廷魔術士長が、はっと息を呑んでキリリとした表情を作る。

「上級魔族、あるいは……」

 顔を上げた宮廷魔術士長が熱に浮かされたように呟く。

「陛下のご下命謹んで果しましょう!」

 宮廷魔術士長は王祖伝来の国宝「聖杖オーファリアン」を振り上げて颯爽と退場して行く。
 周囲の冷ややかな視線は彼には届かない。

 魔物の出現を報せる伝令が10を超えた所で、国王が玉座から立ち上がる。

「宰相、『コウホウの間』を使い、民に避難を指示する」
「御意」

 宰相は侍従達と侍女達に、王祖ヤマトが作った「広報の間」の起動準備と国王の儀式用の支度を命ずる。





『親愛なる我が民達よ――』

 不気味な魔法陣に重なるように王都の夜空に国王の姿が投影される。声は王都各所にある報知用の塔からだ。
 王都の人々の記憶にある限り、新年の祝いや戴冠式以外で、この機能が使われたことは無い。

『魔族によって、我が王都に――』

 だが、空に浮かぶ国王の姿を見上げる人は少ない。
 王都の人々はこの放送の直前に王都各地に出現した魔物達から逃げるのに必死だった。
 避難を指示する国王の放送は、少しばかり遅かったようだ……。





「おい、何人生きてる?」
「わかんねぇ、魔法薬(ポーション)残ってねぇか? さっきから左手の感覚が無いんだ」
「そんなもん、とっくに使い切ったよ」

 瓦礫の陰で半死半生の騎士達が力なく言葉を交わす。顔色の悪い方の騎士は、片腕が半ばから取れそうなほどの重傷だ。
 盾は壊れ、剣も鈍器と変わらないほど刃が欠けてしまっている。

 瓦礫の向こうにある通りでは、五匹ほどのダンゴ虫の魔物が触角を揺らして、騎士達を探している。

「せめて、もう一匹くらい道連れにして――」
「短気を起すな。来週幼馴染と結婚するんだろ?」
「ああ、もう一目くらい顔を見たかった……」

 騎士の言葉が途中で止まる。
 倒壊した家屋の向こうから別のダンゴ虫が姿を現した。

「ちっ」

 鈍らになった剣を構えて立ち上がる騎士達。
 だが、その決意を嘲笑うように、ダンゴ虫の後ろからは同種の魔物が次々と彼らの前に転がり込んで来る。

「嘘だろ……」
「はん、望むところだ」

 強がる騎士に岩石のような勢いで魔物達が転がってくる――。

 だが、騎士達に届くより早く、魔物達の頭上に不可視の鉄槌が轟音と共に叩きつけられた。
 一瞬だけ魔物の表面に赤い膜が生まれるが、瞬く間に吹き散らされ、硬い甲殻に同心円のヒビが入る。
 その余波は強風となって、騎士達を近くの壁に押し付けた。

 衝撃破は魔物達の身体の奥深くまで届いたのか、どの魔物も横転して丸まったまま起き上がる気配が無い。

「うおっ」
「い、今のは『気槌(エア・ハンマー)』か?」
「……いや、もっと上位の魔法だろう。そんな事より、今の内に逃げるぞ」
「悪いが一人で逃げてくれ、立ち上がれそうも無い」
「うるさい、担いででも連れて行くぞ」

 そんな騎士達の熱い友情も、魔術を使った何者かには関係ないようだ。
 続いて飛来した透明な「理槍(ジャベリン)」らしき魔法が、魔物に――それも狙い済ましたように先ほどの衝撃波でヒビ割れた甲殻の中心に命中する。

 ゾフリと音を立てて透明な理槍が魔物の身体に潜り込む。
 次の瞬間、魔物の奥でくぐもった破裂音が響き、内圧で押されたように魔物の身体が一瞬だけ膨らみ、甲殻の隙間から赤い光が漏れた。

 そして、その人間離れした精度の攻撃は、その場にいた全ての魔物達に降りかかっていた。
 魔物達は只の一度の攻撃で躯に成り果て、その場に転がる瓦礫などのオブジェの仲間入りをした。

「……たった二撃だと?!」
「イテッ、何だこれ?」

 魔物の体から光と共に飛んできた小片が、騎士の一人の額に当たって地面に転がる。
 騎士が拾い上げたそれは、まるで魔核の欠片のような赤い石だった。

 騎士達は知らない――。

 最初の魔法攻撃が「誘導気絶弾(リモート・スタン)」と呼ばれる非殺傷魔法だという事を。

 そして、二撃目の魔法が初級の術理魔法「誘導矢(リモート・アロー)」である事を。

 なにより、その二撃目の魔法が魔物の奥深くにある魔核を狙撃して、内部から魔核を過負荷状態にして破裂させた事を。

 ――騎士達は知らない。

 世の中には知らない方が心安らかな事もあるのだ。





「おい、せっかく奇跡が起きたんだ。俺達を助けてくれた魔術師に礼を言うまで生き延びてやろうぜ」
「……そうだな」

 精一杯明るく同僚を励ます騎士だが、相棒の騎士の顔色は青を通り越してどす黒く死相を浮かべていた。
 そこにべしゃりと冷水が掛けられる。

「何しやがる!」

 その人でなしの所業に反射的に怒鳴りつけた騎士が見たのは、ピンク色の外套の下に黄金の鎧を纏った小さな騎士の姿だった。
 騎士が激昂する意味が判らないのか、黄金の騎士は小さく膝を抱えて座った姿勢で首を傾げている。
 掴みかかろうとする騎士を、さっきまで死に掛けていた相棒の騎士が掴む。
 それはさっきまで千切れそうになっていた方の腕だ。

「落ち着け……。今のは魔法薬だ」

 黄金の騎士が、地面に腰を下ろしたままの騎士を下から覗き込む。

「おてて大丈夫?」
「ありがとう。凄い薬だな」
「これあげる~?」

 黄金の騎士が手渡した小さな袋には、三本ほどの魔法薬が入っていた。

「良いのか?」
「支援物資~?」

 騎士の問いに、こくりと黄金の騎士が頷いた。

「かたじけない」
「なんくるないさ~?」

 少しもじもじとした黄金の騎士が、その場から消え去り通りの向こうに姿を現す。
 どうやら、そこでも先ほどここで行われたようなやり取りが繰り返されているようだった。
 この日、黄金の騎士の薬に救われた兵士や騎士達の間で、ピンク色のマントやバンダナがお守り代わりに流行る事になる。





「地獄の蓋でも開いたってのか?」
「どうする、ヤサク。あれは危険だ。肌がピリピリと粟立つ」
「ああ、リーン嬢ちゃんの水先案内で見た『階層の主(フロアマスター)』級だ」

 出現から僅かの間に街の一角を瓦礫に変えた大樹のような魔物の巨躯を、僅かに残った壁の陰から覗く探索者達。その後ろには彼らが守る市民の姿がある。

「ミスリルの連中を集めたら勝てそう?」
「ばーろー、無理に決まってるだろ」

 仲間の魔女の言葉に無精ひげの男が首を横に振る。

「あいつらが『階層の主』を倒した時の連中が全員揃ってるわけじゃねぇ。準備だって万端には程遠いさ。それに――」

 彼が言葉を区切って指差す先には、同クラスの魔物がさらに二匹姿を見せていた。桃色の団子みたいな魔物と六本の腕をもった人身鰐頭の銀色の魔物だ。
 その周りには二足歩行の小柄な魔物の姿もある。

「たーいへーんー」

 神官服を着た巨乳の探索者が、大変とは思えないのんびりした声で新たに現れた魔物の一匹を手にした杓杖で指し示す。

「あれってー魔族ぅー、それもー最低でもー中級ーの魔族よー。周りにーいるのもー下級ぅー魔族みたいー」
「魔族か、雑魚の下級はともかく中級は辛いな」

 探索者の一人、端正な顔立ちの魔法剣士が魔族を見て柳眉を逆立てる。
 彼は雑魚と評したが、それは高レベルの彼らだからこそ言えることで、普通は軍隊で相手をするような強敵だ。

「強そうなのです!」
「油断大敵と進言します」
「二人共、行きますよ」

 場違いな声に振り向くと、彼らが「階層の主(フロアマスター)」級と評した大樹の魔物の前に、黄金の鎧に身を包んだ三人の騎士が立っていた。
 その内、一人はドワーフか子供のように小柄だ。

「いつの間に……」

 呟く探索者達の目の前に、仮面を被った翼人の子供達が唐突に空中から出現した。

「案内しますから、今の内に避難してください」
「先導する~」

 白銀鎧の翼人の子供達が、探索者達に声を掛ける。
 手招きする彼らの言葉を信じて、彼らはその場を後にする決断をする。

 彼らの後ろでは――。

 青い軌跡を描きながら、朽木を倒すように大樹の魔物を倒す黄金の騎士達の姿があった。

 勇者のように詠唱も無しに上級魔術を使う騎士に、シガ八剣筆頭の秘奥義「魔刃砲」を只の牽制に連射する巨槍の騎士、目まぐるしく突撃しては大樹に大穴を空ける青光の大剣を使う小さな騎士。
 まるで夢物語のような現実離れした超常の騎士達の姿を横目に、彼らは危地を脱出する。

 後日、王都を救った黄金の騎士達の正体は、シガ八剣を破った蜥蜴人の槍使いを筆頭としたペンドラゴン七勇士ではないかと噂が流れた……。

 新年祝いの放送で、国王陛下から黄金の騎士達の正体が告知された。
 その正体は――。
※次回更新は、10/19(日)の予定です。
 次回から、またサトゥー視点に戻ります。

※活動報告での感想返しが止まっていて申し訳有りません。
※最後の引きは12章のエピローグに繋がるのでご注意ください。

●人物紹介
【ミト】     ゼナ幕間に登場した女性。下級竜とケンカをして勝利した模様
【天ちゃん】   ゼナ幕間で名前だけ登場した人物。フジサン山脈に住むらしい。
【ヤサク】    なにかと上級魔族と縁がある不運な探索者。
【シガ三十三杖】 宮廷魔術士達
【黄金鎧】    正体不明。迷宮都市で目撃証言あり
12-23.王都の魔法陣
※2014/10/24 誤字修正しました。
※2014/10/19 加筆修正しました。
※2014/10/20 後書きに人物紹介を追加
 サトゥーです。花見をしながら食べる桜餅は格別です。熱い緑茶があれば文句なしですね。
 でも、異世界には手を出すのが躊躇われる桜餅があるようです……。





「アリサ! 『戦術輪話(タクティカル・トーク)』の魔法を起動してくれ」
「おっけー!」

 アリサが無詠唱で相互通信魔法を起動する。
 オレはそれを待たずに、天駆で魔法陣に向けて飛翔した。

 今日は何が出てくるか判らないので、ナナと同型のオリハルコン製の黄金の鎧を着込んでいる。銀仮面を付けたままでも装備できるが、カチャカチャ五月蝿いので仮面は外してある。

「オレはあの魔法陣を破壊しに行って来るが、皆には王都の魔物退治を頼みたい」

「戦術輪話」を経由して、オレの言葉に皆が口々に承諾の言葉を返す。
 それに耳を傾けながら、視界の半分を占めるマップで王都の魔物の状況を監視する。

 ――個別に倒すには多い。

 雑魚はオレの方で一掃しよう。
 範囲魔法やレーザーだと、地下道や家屋への被害が大きすぎる。

 ここはやはり、小目標向けの魔法を使うべきだろう。

 オレは術理魔法の「誘導矢(リモート・アロー)」を使おうとして思い留まる。
 あの赤縄模様の魔物達は、一瞬だけとはいえリザの槍を防いで見せた。あの防御膜を先に潰してから(とど)めを刺した方が良いだろう。

 オレは「誘導気絶弾(リモート・スタン)」を起動する。
 マップに次々現れるロックオン・マークを確認して、「誘導気絶弾(リモート・スタン)」を一斉掃射する。
 続けて、「誘導矢(リモート・アロー)」を同じ目標に向けて発射する。
 目論見は上手く当たったようで、赤縄の魔物達を示す光点が100ほど消えた。

 魔法陣に到着するまでの10秒ほどの間に、それを20セット繰り返して路上の雑魚の殆どを始末した。
 クラウソラスも十三の刃に分離して、魔物の除去に鋭意派遣中だ。

 だが、屋内に出現した魔物は、さきほどのパターンでは倒せない。

 それに、王都の魔物は次々湧いてくるようで、減った端から補充されている。
 やはり、混乱を収めるには元凶を断たないといけないようだ。

 オレは「戦術輪話」でアリサに声を掛ける。

「アリサ、指揮室の地図を見ろ。北西を左上にして、縦横を10分割してあるだろう?」
『ちょっと待って』

 アリサの回答を待つ間、魔法陣の構成を読み解く。
 性質(たち)の悪い魔法陣だと、破壊される事をトリガーとした罠のような物があるので、いきなり力ずくで壊すわけにはいかないのだ。

『ええ、確認したわ』
「その枠に横軸にAからJ、縦軸に0から9を振れ」

 通話の向こうで、ペンを片手に奮戦するアリサ達の声が聞こえる。

『……OK書いたわよ』
「じゃ、いくぞD3にタマを派遣。貴族の屋敷にトカゲ型の魔物が大量に侵入している。頼んだぞ、タマ」
『あいあいさ~』

 タマの軽快な言葉を耳に、魔法陣の解析を続ける。

「今度はB1だ。大型の魔物が出ている。現在は騎士団が戦っているが、このまま戦線が拡大したら、孤児院に被害が――」
『アリサ、転送を。マスター、許可を』
「許可する」

 平坦な言葉に焦りを滲ませたナナを下町に派遣する。

 ――よし、解析完了。

 どうやら、王都の源泉から強制的に魔力を汲み上げて、王都に放出する仕組みらしい。
 大掛かりなサイズの割りに単純な機能だ。

 オレは「魔法破壊(ブレイク・マジック)」を発動して、魔法陣を破壊する。
 硝子のような破片と白光を残して、魔法陣が壊れた。

 だが、王都に蓋をするように展開された巨大な魔法陣だ。
 オレが一度に壊したのは、ほんの一部でしかない。連鎖的に数百メートルほどの範囲が壊れたが、魔法陣自体に補修機能があるのか壊れた端から勝手に復元を始めてしまった。

 ――やっかいだ。

 オレに上級の「連鎖魔法破壊(チェイン・ブレイク・マジック)」や「魔法中和(ニュートラル・マジック)」があれば一発なのに。





 オレは雑魚の掃討を続けながら、うちの子達の派遣先を指示する。
 みんなの頑張りのお陰で、王都の人的被害は抑えられているが、それでも死者が出ていないわけではない。

 この混乱を少しでも早く片付ける為に、もう一度魔法陣の破壊を試みる。

 今度は「魔力強奪(マナドレイン)」と「魔法破壊(ブレイク・マジック)」を連続起動してみる。
 やはり、構成を砕かれた上に魔力を吸い上げられては、魔法陣の再生も働かないようだ。

 後は全力で魔法陣を砕いて回ろう。
 邪魔さえ入らなければカップラーメンができるよりも早く――。

 ――その思考がフラグだったかのように、危機感知が反応した。
 地表から襲ってきた白光を閃駆で回避する。

 閃駆の速さに置いていかれた自在盾が一枚、その白光に打ち砕かれてしまう。
 獣娘達の必殺技でも一撃は耐える自在盾を一瞬でだ。

 さっきの白光には見覚えがある。
 黒竜ヘイロンの使う竜の吐息(ドラゴンブレス)の一撃にそっくりだ。

 再び撃ちこまれた白光を自在盾二枚で防ぐ。
 上手く自在盾の角度を付けて白光を逸らしたら、一枚だけでもなんとか防げるみたいだ。
 相手が二発目を撃ってくれたおかげで、赤点で埋まるマップの中から、白光を撃った者を特定できた。
 距離は400メートルほど。地表を高速で接近してくる。

 驚いた事に、あれだけの威力の白光を使ったのに、相手のレベルはわずか30だ。
 名前は「テンチャン」。昔の漫画に出てくる胡散臭い中国人のような名前をしている。
 性別は女性で、種族はナナと同じ「ホムンクルス」。称号は「使い魔」となっていた。

 認識阻害のアイテムを所持しているのか、鑑定とAR表示で表示される情報が異なるようだ。

 そして街路の陰から飛び出してきたのは、背中にコウモリのような翼を生やした銀髪の美女だった。
 黒いベールで顔の半分が隠れているが、きっと美人に違いない。
 手には白い刀身の大剣を掴んでいる。

「魔族か魔王か知らぬが、王都に混乱を(もたら)した黒幕であろう。我が竜爪剣の露と消えよ」
「誤解――」

 オレが最後まで言葉を紡ぐ前に襲ってきた大剣を、ストレージから取り出した聖剣デュランダルで受ける。
 どうやら誤解しているだけで魔族に敵対する者のようなので、閃駆で避けたり、いつもみたいに掌打からの気絶コンボをせずに会話を試みる。
 できれば雑魚排除要員に追加したい。

 空を滑るように移動しながら、二合三合と剣を打ち合う。青い軌跡と刃の間から漏れる火花が王都の夜空を彩る。
 どうやら、銀髪美女は察しが悪いらしい。
 明らかに聖剣なのに、未だにオレが魔族だと思っているようだ。

「天ちゃ~ん、待ってよ~」

 通りや建物をピョンピョンと飛び跳ねる黒髪の女性がこちらに向かってくる。
 なんの冗談か、手に持っているのは箒のようだ。

 ――気のせいか、どこかで聞いた声だ。

「ミト! こいつは強敵だ。まだ孵化していないが、魔王になるのは時間の問題だ。私がひきつけている間に禁呪で始末しろ」
「え~、王都の中で禁呪なんか使ったら、どれだけ被害がでるか」
「甘いぞ! その甘さでどれだけのオーク達が犠牲になったか忘れたか!」
「ううっ、それは言わない約束だよぅ」

 何やら取り込んでいるようなので、アリサ達に次の派遣場所を指示する。
 クラウソラスが頑張っているが、増える速度が速すぎる。うちの子達も雑魚退治に回って欲しい所だが、あまり空間転移を使いすぎたら魔法薬の飲みすぎでアリサが倒れてしまう。
 アリサ達後衛陣に装備させているディバイン・ドレスには魔力回復用の賢者の石が付いているが、それでも燃費の悪い空間魔法の消費量には追いつかないのだ。

 内輪の話が終わったのか、ミトと呼ばれていた女性が「立方体(キューブ)」の魔法で作り出した足場を使って、オレの前に上がって来た。

「そこのキミ! 固有スキルを遣いすぎると魔王に落ちるんだよ。だから――」

 ――オレを指差すポーズに見覚えがある。

「……ヒカル?」
「へっ?」

 オレの呟きに反応したミトとやらに、閃駆で接近してデュランダルを一閃する。
 テンチャンが横からミトのカバーにやってきたが、「短気絶(ショート・スタン)」の弾幕で追い払う。

 キャッと短い悲鳴を上げて両手で胸を掻き抱くミトを見つめる。
 オレが斬ったのは顔を隠す認識遮断のベールだけだ。エロゲーの悪役みたいに服まで両断したりしない。

 そこに現れたのは、ナナシと同じ顔。
 正しくはナナシのモデルにした人物の顔とうりふたつ――いや、少し老けたか。

 AR表示される彼女のステータスを眺めながら、確信を篭めて声を掛ける。

「王祖ヤマト――」
「なっ」
「――受け取れ」

 絶句するミト――王祖ヤマトに、派遣先から帰還させたクラウソラスを投げ渡す。
 もちろん、再契約し易いようにクラウソラスから魔力を抜いた後でだ。

「クラウソラス?! どうして?」
「理由は敵を倒してから話してやる」

 オレはそうミトに告げて眼下を睥睨する。
 さっきから、徐々に反応が強くなっていた危機感知の示す方向だ。

 視線の先の貴族屋敷を崩しながら三体の魔族が現れた。それの内の一体は明らかに威圧感が違う。恐らく上級魔族だろう。

 威圧感とは裏腹に、桃色の桜餅のような丸い魔族がぽよりと揺れた。
 それを見下ろしながら、クラウソラスに魔力を注ぐミトに話かける。

「王祖ヤマト、魔法陣の解除と上級魔族の退治のどちらが得意だ」
「う~ん、聖杖も聖骸動甲冑もないから戦闘力は最盛期の半分くらいだよ」

 ならば、思案するまでも無い。
 王祖ヤマトの逸話がどこまで真実か判らないが、術理魔法の達人だったのは信じても良いだろう。レベル89の実力を見せて貰おう。

「ならば魔法陣の解除を頼む。何度か試したが中級の魔術では破壊しきれなかった」
「ほい、任せて」
「ミト! こんな怪しい者の言葉に従うのか!」
「うん。だって、この人がその気なら私も天ちゃんも今頃生きてないよ?」

 もしかして、ユイカみたいにオレの隠されたレベルとかを見抜いたのか?
 さすがはヤマト石の作者といった所か。

 ふよふよと桜餅もどきが浮かび上がってくる。
 漫画だったら、この手のタイプは物理無効だったり、攻撃を反射してくる強敵だが、現実ではどうだろうか。

 何の為にこんなに回りくどい事をしているのか聞いてみたいが、好奇心を優先できるほど状況に余裕は無い。
 悪いが、クジラ達を始末した時の技で秒殺させて貰おう――。
※次回更新は 10/26(日) の予定です。

※2014/10/19 サトゥーの装備を書き忘れていたので加筆修正しました。

 感想返しが止まっていてすみません。
 月末くらいには書籍版の三巻の情報を出せそうです。

※一話使ってミトとナナシを対決させようと思ったのですが、こんな感じに落ち着きました。

●人物紹介(12-22と同じ内容ですが……)
【ミト】     ゼナ幕間に登場した女性。下級竜とケンカをして勝利した模様
【天ちゃん】   ゼナ幕間で名前だけ登場した人物。フジサン山脈に住むらしい。
【ユイカ】 迷宮下層でサトゥーと出会った多重人格の転生者。13種類の固有スキルを持つ。ゴブリンのお姫様。
12-24.桜色の上級魔族
※2014/10/26 誤字修正しました
 サトゥーです。家庭用ゲーム機のRPGには多彩なボス敵が出てきます。ゲームの時は飽きずに遊べて楽しかったのですが、攻略本も無しにノーミスクリアが必要な現実だと、ただ厄介なだけだと思うのです。





「やめろっ! やつらは最古参の上級魔族の中でも防御に特化したヤツだ。たとえ、禁呪でも多少のダメージを与える程度。無詠唱で使える上級魔法では目くらましにしかならん」

 オレが「集光(コンデンス)」を発動したのを見た銀髪美女のテンチャンが、オレの前に立ちふさがって長文でまくしたてる。
 せっかく良い位置に着いたのに、照準のやり直しだ。
 ……次に邪魔をしたら、実力で排除させて貰おう。

戦術輪話(タクティカル・トーク)」を通じて、アリサに対上級魔族用の指示を出す。
 同時に、上級魔族出現の少し前に出現していた大樹型の魔物の始末に派遣していたリザ達から、討伐完了の報告を受ける。

 仕切り直しのついでに、どの程度の魔法防御性能があるのかを試してみよう。
 オレは射線を必要としない「爆縮(インプロージョン)」の魔法を、桜餅みたいな上級魔族に対して発動する。

 標的の桜餅魔族を包み込むように無数の爆発が一斉に発生した。
 爆炎と衝撃破が内側に向かって殺到し、その余波が周囲に吹き荒れる。

「なっ――」

 背後で巻き起こった爆音にテンチャンが驚いて振り向く。
 直後、「爆縮(インプロージョン)」が巻き起こした余波の爆風に巻き込まれて何処かに飛ばされて行った。これでしばらく静かになる。

 着弾地点周辺の家屋や庭木が爆風に飛ばされてしまっている。
 この「爆縮(インプロージョン)」はオレの使う中級魔術の中では周辺被害の少ないモノなのだが、それでも街中で使うのはやめた方が良さそうだ。

 ――ん?

 爆炎の向こうからピンク色の触手のような物が三本ほど飛び出て来た。

 先ほどの魔法では桜餅魔族を始末できなかったようだ。
 どうやら、テンチャンの言っていた「防御に特化したヤツ」という情報は正しいようだ。

 襲ってきた触手を回避しながら、聖剣デュランダルで切り裂く。
 防御特化という割には問題なく軽々と切断できた。

 切り裂いて本体から分離した触手は「火炎炉(フォージ)」の魔法で焼き尽くす。
 上級魔族の部位は放置すると下級魔族に変化したり、復活の起点になったりしてやっかいだから後始末は大事だ。

 そこに爆炎の煙を曳きながら、桜餅魔族が姿を現す。
 桜餅魔族の周囲を、術理魔法系の透明な多面体の防御膜が包んでいる。
 ほとんど壊れ掛けなのか、穴だらけで、端からパリパリと霜が剥がれる様に割れ落ちて宙に消えていくのが見える。
 さらに、本体にも一割ほどのダメージが通っているとAR表示が教えてくれている。

「――なんだ、ちゃんと効くじゃないか」

 どうやら完全防御という訳ではないようだ。
 公都の地下で戦った魔王と同レベルの防御力と言えるだろう。

『名乗りを上げる前に攻撃とは、今代の勇者は卑怯ものポヨ』

 ――ポヨ?
 語尾のネタが尽きたか、上級魔族っ!

 内心で罵倒しながら、「戦術輪話(タクティカル・トーク)」を通じて、アリサからの準備完了の報告を聞く。
 しばらく待機にするように伝え、オレは桜餅魔族と相対する。

「突然の奇襲で王都を混乱に陥れておいて、卑怯が聞いて呆れる」
『何を言ってるポヨ。我ら魔族は悪ポヨ。悪は卑怯、卑劣、非道、残虐、そういうものと決まっているポヨ。我らが主上がそう決めたポヨ』

 ……ポヨポヨうるさい。

 今まで出会った上級魔族は、詠唱用の頭が付いていたが、この桜餅魔族は体表のピンク色の粒々が全て頭になっているようだ。
 オレと会話しながらも、粒から詠唱の咆哮が聞こえ、桜餅魔族の周囲にある防御膜が復活していく。

「ふん、開き直りか――」

 そうだ、こいつから事件の真相を聞きだそう。
 テンプレな悪役なら、ペラペラと話してくれるかもしれない。

「――この王都で何を企んでいる? 魔王の顕現でも企んだのか?」
『ポヨ? 紫色の髪ポヨ? 勇者のマネをした卵ポヨ。偽王の孵化の手伝いに来て本物の孵化ができそうポヨ』

 ……まて、こいつは何を言っている?

 恐らく卵は転生者を指す隠語だと思う。
 黄金鎧の兜からたなびいているオレの紫色のカツラを見て転生者と誤解したのだろう。
 そして、転生者を魔王にする隠語が孵化なのだとしたら……。

『魔王を信奉するニンゲン共の召喚に応えた甲斐があったポヨ。王都の源泉の魔力を集める聖杯があれば、孵化も容易いポヨ。聖杯の魔力を瘴気に変える為の負の精神波動もたっぷりあって、失敗する方が難しいポヨ』

 この王都の混乱は王都の瘴気とやらを量産する為の物だったのか。
 目的が見えないと思っていたが、混乱自体が目的だったのなら見えなくて当然だ。
 後で忘れずに国王に顛末を伝えておこう。

『さあ、これまで何人も孵して来た名人の技を見せてあげるポヨ』
「――ふん、魔王なんかになる気はないぞ」

 もちろん、アリサも魔王にさせる気は無い。

『みんな初めはそう言うポヨ。でも、全力で戦えば自ら限界を超えようとして孵化しちゃうポヨ』

 なるほど、強制的に魔王にするワザがあるわけじゃなく、防御主体の桜餅魔族の特徴を生かして相手にユニークスキルを過剰に使わせて魔王化させようというのか。

 なら、躊躇はいらないな。
 せっかくだし、試作品の実験台になって貰おう。

「――ルル、撃て」

 オレの「戦術輪話(タクティカル・トーク)」越しの合図を受けて、狙撃ポイントに着いていたルルに指示を出す。
 不意打ちに備えてタマを護衛に付けておいた。

 青い光弾がレーザーのように桜餅魔族の防御膜に命中し、青い火花を上げる。
 弾頭は桜餅魔族に届かなかったが、修復したばかりの防御膜がガラスのような音を立てて割れた。

 アダマンタイトと「青液(ブルー)」を贅沢に使用した、聖弾とも言うべき新型の徹甲弾だ。
 硬さ自慢のアダマンタイト向きだと思ったのだが、魔法防御壁相手だと階層の主に使ったミスリル製の魔弾とさほど変わらなさそうだ。

『仲間に狙撃させたポヨ? 本当に卑怯な卵ポヨ』

 桜餅魔族が体表を揺らして、オレを罵倒する。

『勇者の聖剣でも防ぐ防御壁を破壊した威力は大したものポヨが、必殺の一撃も無駄だったポヨね』

 桜餅魔族がそう呟いて、哄笑をはじめた。
 この哄笑は呪文詠唱だったらしく、防御膜が修復し、さらに二重三重に桜餅魔族を包んでいく。

 ――だが。

照準弾(・・・)、命中!』

戦術輪話(タクティカル・トーク)」を通じてルルの涼やかな声がオレの耳に届く。

『浮遊砲台連動』
『イエス、マイレディ。フローティング・フォートレス、リンク・コネクション』
『砲塔群照準』
『アイアイマム。ファランクスシステム、ターゲットインサイト』
『発射!』
『イッツ、ショータイム!』

 ……ノリノリで音声を吹き込んだあの時の自分を殴りたい。
 これからは酒盛りの後の収録は避けよう。

 そんなオレの内心の葛藤に応じる者も無く、ルルのいる方向から莫大な魔力が発生する。
 それに気が付いた桜餅魔族が慌てて振り向くのが見えたが、もう遅い。

 曳光弾のような赤い光弾が、防御膜に当たって弾ける。
 続いて飛来した青や赤の光弾が一つ二つと命中し、やがてスコールのように降り注ぐ。

 一つの光弾が命中する(たび)に防御膜をガラスのように砕き、やがて桜餅の表面に着弾を始める。

 防御膜を割り。

 魔族の体表を抉り。

 粒状の詠唱器官を粉砕する。

 一発命中する度に桜餅魔族の体が震える。
 一撃一撃が、階層の主にトドメを刺した程の威力だ。
 ボクサーの連打に晒されたサンドバッグのように、桜餅魔族が右に左に翻弄されていく。

 瞬く間に桜餅魔族が虫歯のように抉れて行き、肉片を周囲に撒き散らす。
 オレはその様子を観察しながら、周囲に飛び散る肉片を空中にある間に「火炎炉(フォージ)」の魔法で焼却処分しておく。

 それでも防御特化型だけあって、ポヨポヨと悲鳴を上げる余裕があるようだ。

 ――その余裕もここまでだ。

『プラズマ・カノン、スタンバイ……』

 さきほどの連射はあくまで防御を抉じ開けるまでの前座だ。

『主砲発射!』

 塔を一つ飲み込むようなプラズマの弾丸が、桜餅魔族に激突する。

「アリサっ!」
『おっけー! 爆風処理はお任せ!』

 アリサの作り出した結界壁が、桜餅魔族に激突したプラズマの莫大な熱量を天へ導く。
 僅かに漏れた熱量が桜餅魔族の背後の屋敷を数十件消失させたが、人的被害は無いので許して欲しい。
 きっと国王が補償してくれるはずだ。

 赤い炎の柱が王都の天を焦がす。
 アリサの結界壁の内側は、圧倒的な高熱で地面がガラス状に変質し、すり鉢状に抉れている。

 そこには桜餅魔族の姿はない。
 上級魔族にしてはあっけない最後だ……。

 結界壁の向こうでは酸素がなくなって一時的に鎮火していたが、爆風が天に抜けた後に流れ込んだ新鮮な空気を受けて再び各所で小さな火災が発生している。

 遠くの貯水池には、ミーアが作り出した水の巨人が消火の為にこちらに向かう姿が目の端に映る。

『状況終了――』

 ルルの報告を遮って、ルルの護衛をしているタマに注意を促す。

「――タマっ!」
『あびない~?』

 ルルのいた給水塔が倒れていくのが見える。
 もちろん、二人は無事だ。近くの建物の屋上に着地する二人が見える。

 ――タマを付けていて良かった。

 どうやら、桜餅魔族と一緒に現れた二体の魔族の内の片方がルル達を襲ったようだ。
 もう片方の魔族は、ミトの邪魔をしているらしく、聖剣クラウソラスの自動攻撃やテンチャンと戦っている姿が見える。

『ルルとタマを回収完了したわ』
「了解」

 そこに転移魔法を使ったアリサからの報告が入る。

 オレは「光線(レーザー)」の魔法を発動して、二体の魔族をさっさと輪切りにして始末する。
 うっかりテンチャンを焼き殺さないようにするのが、少々面倒だった。

 輪切り魔族の残骸も焼き尽くしたいが、距離がありすぎる。
 閃駆で始末に行きたいところだが、ここを留守にする訳にはいかない。

 なぜなら――。

「そろそろ、死んだ振りは止めたらどうだ」
『よく気が付いたポヨ。普通はそこで油断して後ろから撃たれて終わりポヨ』

 宙に浮き出るように半透明の桜餅魔族が実体化する。

 ……どうやら、防御特化型と言うのはダテじゃなかったみたいだ。
※次回更新は 11/2(日) です。
 活動報告による感想返しが止まっていて申し訳ありません。


【宣伝】
 本作、「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の三巻が 11/20 に発売予定です。
 既にAmazon等で予約が始まっているようです。
 3巻の見所や店舗特典等については月末の公式サイト更新後の予定です。


●人物紹介
【ミト】   彼女の正体は王祖ヤマトらしい。また、第一話で失踪していた後輩氏の可能性が高い。サトゥーは彼女の事をヒカルと呼んでいたが……。
【天ちゃん】 大剣を持つ銀髪の美女。竜の様なブレスを吐き背中にコウモリのような翼があるホムンクルス。誰かの使い魔。
12-25.桜色の上級魔族(2)
※2014/11/5 誤字修正しました。
※2014/11/9 一部訂正しました。

 サトゥーです。ゲームでは特定の手順を踏まないと倒せない敵というのが一頃流行りました。理不尽感が不評だったせいか、徐々に主流から外れ、最近では特定の手順を踏むと“早く”倒せる敵が増えたようです。





『さあ、どうするポヨ? 普通の攻撃は通用しないポヨ。観念して固有スキルを使って攻撃してくるポヨ』

 ――ふむ。固有(ユニーク)スキルか

 光魔法の「幻影(イリュージョン)」で、アリサが固有スキルを使う時の紫色のエフェクトに似た映像を表示する。

『ようやく、その気になったポヨね』
「や、やめろ! 魔王になるつもりか!」

 魔法陣を破壊する為の禁呪の詠唱を続けるミトの護衛をしていたテンチャンが、焦ったように叫ぶ。
 ――詠唱?
 勇者でも禁呪は詠唱が必要なのか……。

 オレは「集光(コンデンス)」と「光線(レーザー)」のコンボ魔法を叩き込む。
 クジラを解体した時とは違い、桜餅魔族を食材にするほど悪趣味な事はしないので、縦横無尽の細切れにして「火炎炉(フォージ)」で焼き尽くした。

 さっきのエフェクトは、こちらの攻撃を避けさせない為のダミーだ。
 反射とか魔法無効とかされると面倒なので、保険をかけてみた。

 桜餅魔族はポヨと悲鳴を上げる間もなく退場したが、やはり簡単には終わってくれないらしく、先ほどと同じように半透明の姿で現れて復活を果した。

「そこの紫髪! 上級魔法では無く禁呪を使え!」
『その程度じゃ無駄ポヨ。今日は魔力が溢れてるから復活し放題――』

 最後まで言わせずに、先ほどの魔法コンボを繰り返す。
 テンチャンがゴチャゴチャとアドバイスをしているが、無理なものは無理だ。
 まったく、こんな事なら地下の禁書庫でアリサやミーアが使える禁呪を先にゲットしておくんだった。

『キョキョキョキョ、幾らでも復活――』

 桜餅魔族が復活すると同時に、再び魔法コンボで沈める。

「なっ――」

 テンチャンの方向から驚きの声が聞こえたが、構っているヒマは無いのでスルーする。

 先ほどの攻撃の時に魔法の出始めが素通りしていた。
 レトロゲームの再登場無敵時間のように、復活する瞬間は姿が見えていてもダメージが通らなかった。

 先ほど魔力がどうとか言っていたので、周辺の魔力を「魔力強奪(マナドレイン)」で吸収してから倒したり、再出現時や倒す寸前に「魔法破壊(ブレイク・マジック)」を叩き込んだりしてみたが、結果は変わらずだった。
 十回ほど繰り返してみたが、相手の復活は止まらない。

 ――魔法がダメなら、次は聖剣でいってみよう。

 鋳造聖剣をストレージから取り出し、聖剣デュランダルに集めた魔力を注いで過剰供給寸前の状態にする。
 まばゆい青光が鋳造聖剣から漏れ始める。
 もちろん、さっきと同じ紫色のエフェクトも出して演出した。

『ほー? 聖剣の二刀流ポヨ?』

 閃駆で桜餅魔族の足元に移動し、「短気絶(ショート・スタン)」を全力で叩き込んで桜餅魔族を数十メートルほど浮かせる。

 ポヨポヨと耳障りな悲鳴は無視して、縮地で桜餅魔族の真下に潜り込んで鋳造聖剣を真上に投擲した。

 ――まばゆい閃光が周囲を青く染める。

 鋳造聖剣だった物は桜餅魔族を軽々と貫通し、上空の魔法陣を半径100メートルほど引きちぎって上空に消えた。
 投げ始めた時点で崩壊していたから、本当の意味で消滅してしまったのだろう。

 鋳造聖剣に貫かれた桜餅魔族は、一瞬だけ形を保っていたが、次の瞬間に幾つかの桜色の靄の輪っかに変わり、その後の爆風と共に宙に溶けて消えてしまった。

 テンチャンの顎が外れそうになっているのが視界の隅に映る。
 せっかくの美貌が台無しだ。





『今のは驚かされたポヨ。さすがは神の力を分け与えられた卵だけはあるポヨ』

 やっぱり復活したか――。
 それと、今のは普通に人の力だ。固有スキルは使っていない。

 さっきまで呆けていたテンチャンが、復活した桜餅魔族を見て勢いを取り戻す。

「何度やっても無駄だ! そんなに無茶な力の使い方をしたら、その内魔王に成ってしまうぞ!」

 テンチャンの声に上空を見上げるが、ミトの詠唱はまだ折り返し地点といった所だ。
 禁呪は長すぎる……。

 ――あれ?

 禁呪には詠唱が必要だというなら、無詠唱で使える流星雨は上級魔法なのか?
 あれより威力が上の魔法があるのか……まさに禁呪だな、世界が壊れそうだ。

 そんな風に余計な事を考えて隙を見せたせいか、桜餅魔族が触手で攻撃してきた。
 オレは空に逃げながらデュランダルで触手を切り裂く。

 後追いで襲ってきた桜餅魔族の使う上級の術理魔法による攻撃を、デュランダルでまとめて斬り裂く。柱の様なサイズの魔法の矢を撃つ攻城用魔法だ。
 術理魔法には他の系統に比べて強い範囲攻撃が無いから、周辺被害を恐れて空に逃げる必要は無かったかもしれない。

「ヤツを倒したいなら周辺空間ごと潰せ! さもなくばキサマが消耗するだけだぞ」
『そのハエの言う通りポヨ。これだけ魔力の溢れる空間なら、無限に再生できるポヨ』

 テンチャンの叫びに桜餅魔族も余裕ぶった発言をしてきた。
 だが、今の言葉で思いついた事がある。

 オレは「戦術輪話(タクティカル・トーク)」を通して話しかける。

「――アリサ、今の言葉を聞いていたか?」
『もっちのロンよ!』

 アリサの言葉に脱力しかけるが、今は突っ込みを入れている場合でもない。

「来い、アリサ」
『おっけー!』

 転移して来たアリサが、オレの横に並ぶ。

「よばれて飛び出てじゃんばらじゃんじゃんじゃん――」
「先に結界を構築しろ」
「ほいさ!」

 馬鹿な登場セリフを途中で止めて、行動に移らせる。

 アリサがエメラルドでできたような杖をシャキンッと構える。虚空で回収した世界樹の枝を使った物だ。
 アリサの空間魔法が桜餅魔族を囲む円柱状の結界を作り出す。

『これは………ポヨ?』

 桜餅魔族の驚きに構っている場合じゃない。
 枯渇しかけのアリサの魔力を、「魔力譲渡(トランスファー)」の魔法で補充してやる。

「ユニークスキルは禁止だ」
「えー? アリサちゃんの見せ場が……」
「普通の空間破壊を使え」
「ほーい」

 アリサの杖が一瞬光り、上級空間魔法の「空間破壊(スマッシャー)」が桜餅魔族に叩きつけられ――。





 ――帰還転移、緊急発動。

 瞬間的に発生した危機感知の反応に、オレはアリサを連れて屋敷へと転移した。

 一瞬過ぎて詳細は判らなかったが、アリサの「空間破壊(スマッシャー)」が桜餅魔族の防御壁を破壊した瞬間に、何らかの反射系のスキルか魔法が発動したのを知覚した。
 本気で負けそうな時の桜餅魔族の切り札だろう。

 ――やっかいな。

「な、何があったの?」
「たぶん、魔法反射だ。危うく自分達の魔法でやられるところだったよ」

 アリサに魔力譲渡してやりながら、オレの見解を伝える。

 前に「黄金の猪王」と戦った時に側近の上級魔族も使っていたから間違いないだろう。
 上級の術理魔法に「魔法反射(マジック・リフレクション)」というのがあったから、多分それだと思う。
 格上の魔法は返せないらしいから、オレの魔法は大丈夫だと思うが、アリサやミーアの攻撃魔法が通じないのは痛い。

『マスター、上級魔族出没地点の隣接区画の住民の退避が完了しましたと報告します』
『完了~?』
『こっちも、完了なのです』

 よし、これでもう少し威力のある攻撃も使える。
 オレは(みんな)に労いの言葉を告げた後、皆の回収を指示して閃駆で戦場へと戻る。

 オレがいない僅かの間に、桜餅魔族の攻撃対象はミトに変わっていた。
 何本ものピンク色の触手がミトを襲う。

 クラウソラスの自動攻撃とテンチャンが、辛うじてミトへの攻撃を防いでいる。
 自動攻撃だと威力が低いのか、触手の軌道を逸らすのがやっとのようだ。

 オレは閃駆で接近して触手をデュランダルで切り払い、桜餅魔族の攻撃の矢面に立った。





 ――さて、次の手だ。

 空間ごと潰せないなら、魔法の供給を断つ方を優先しよう。
 ミトの呪文詠唱はしばらく終わらない。

 オレは桜餅魔族の直上でヤツの攻撃を防ぎながら、マップを開いて探し物をする。

 その間も王都に湧く雑魚魔物の始末をする為に「誘導気絶弾(リモート・スタン)」と「誘導矢(リモート・アロー)」を連射するのを忘れない。

 17秒後にようやく発見した。
 目標位置は、桜餅魔族の出現した場所の地下300メートルの地下空洞のような場所だ。
 自由の光の構成員が十数名がいるようだ。

 オレが求める物は、そいつらがいる中心地点にあった。

 ――聖杯。その状態は「混沌」。

 オレは「集光(コンデンス)」と「光線(レーザー)」のコンボ魔法を撃ち込んで破壊しようかと考えたが、聖杯に魔力を充填するだけの結果になる予感がしたので取りやめた。
 ……もちろん、周りの人間も巻き込みそうだったのも、理由の一つだ。

 オレは少し黙考して、決断する。

「リザ、上級魔族と戦ってみるか?」
『ご命令とあらば、勝利できずとも存分に闘って見せましょう』

 オレの言葉にリザが即答する。

(みんな)はどうだい?」
『おふこーす』
『も、もちろん、戦うのです!』
『マスターの命令を受諾』
『愚問よね~』
『ん』
『が、頑張ります』

 皆の答えを確認して、オレは作戦を伝える。

 目的はあくまでオレが聖杯を破壊するまでの時間稼ぎだ。
 ミーアの作る擬似精霊のベヒモスを使い捨ての盾にして、前衛陣によるヒットアンドアウェイによる攻撃を命じる。

「ルル、砲台の方は使えるか?」
『ダメです。“はんぐあっぷ”しちゃいました』
「ならばルルはアリサとミーアの護衛を頼む。魔族が潜んでいるかもしれないから充分注意するんだ」
『はい!』

 オレは会話しつつも、桜餅魔族に「短気絶(ショート・スタン)」を間断なく撃ち続けてヤツを地面にめり込ませ、周辺の地形を凹ませる。
 これはヤツが上級魔法を使っても被害が上空に流れるようにする為だ。

「アリサは戦闘エリアの隔離に徹しろ。できればヤツが上級魔法を使おうとしたら結界魔法で阻止してくれ」
『難しい事言うわね。でも、任されたわ! ご主人様のお願い(オーダー)は確かに受け取ったわよ』

 アリサの男前な発言で作戦がスタートした。

 もう一度、桜餅魔族に「爆裂(エクスプロージョン)」を叩き込んで、一度始末してから(みんな)と交代する。

「……■■ 魔獣王創造(クリエート・ベヒモス)

 戦場の端に陣取ったミーアが、象とカバの合いの子みたいな生き物を呼び出す。
 こうして対象物のある場所だと、その巨体が良く判る。

「PUWAOOOOWWNNN!!」

 ベヒモスが雄たけびを上げて桜餅魔族に突撃して、がっぷりと組み合う。

魔刃螺旋突撃(ヴォーパル・ストライク)なのです!」

 エチゴヤの屋上から「加速門」でカタパルト発射されてきたポチが、最初の一撃を桜餅魔族に与える。
 桜餅魔族の防壁をガラスの薄膜のように砕いて突き破り、桜餅魔族の体表にめり込んで止まった。
 続いてタマが「加速門」から打ち出されてくる。

 ――大丈夫、充分互角に戦えている。

 桜餅魔族の防御力と再生力は優れているが、攻撃力は今まで対戦したどの上級魔族よりも低い。
 オリハルコン製の黄金鎧に身を守られたうちの子達を害する事はできない。
 ヤツにも隠し玉はあるだろうけど、ヤツがそれを使う前にオレが聖杯を破壊して戻るまでだ。

 さっさと聖杯を破壊して、この戦いに終止符を打とう。

 (みんな)の晴れ舞台と、ルルの成人の祝いの為にも、今日中に片付けないとね!

※次回更新は 11/9(日) です。

※2014/11/2 ルルの成人式については9/13の活動報告にあるアリサSSをご覧下さい。そのうち本編側にも掲載します。
※2014/11/9 聖杯の傍の敵を訂正しました。百体の魔族はリストラされました。

●今回は新規登場キャラがいないので簡易人物紹介はありません。
12-26.王都地下の聖杯
※2014/11/09 誤字修正しました。
※2014/11/09 22:30 一部改訂しました。
 サトゥーです。聖なる物を汚して邪教の儀式に使うのは、フィクションでは意外にメジャーなようです。始めから邪悪な器物を一からつくるようでは一端の邪教とは言えないとか、変なこだわりでもあるのではないかと邪推してしまいます。





 桜餅魔族の相手を皆に任せ、オレは地下空洞の真上に閃駆で移動し、土魔法で地下空洞までの通路を作り出した。

 通路を降下して一瞬で地下空洞に出る。

 けっこう広い空洞だ。陸上競技場がそのまま入りそうな楕円形をしている。
 そして、痛ましい事にこの空洞には数百の夥しい数のミイラ化した遺体が地面に転がっていた。
 粗末な衣服の労働者、街娼、乞食、孤児、そして獣人達の遺体だ。遺体の上に溜まった埃から、一度に殺されたのではない事が判る。

 ――事件が終わったら、ちゃんと埋葬してやろう。

 この空洞の奥、オレが降りてきたのと反対側には篝火が焚かれ、紫色の台座の上に黄金(こがね)色の杯が置かれていた。
 たぶん、あれが聖杯だろう。

 その聖杯の周囲には十数人の紫色のローブを着た男たちが、なにやら詠唱を続けている。
 男達との対比から聖杯の大きさは直径5メートルほどもありそうだ。

 ときおり、聖杯のある方向から、いやな感じの波紋のような魔力の波動を感じる。
 これ以上ヘンな事が起こる前に儀式を中断させるとしよう。





 閃駆で儀式をする男達の所へ飛ぶ。

「何ヤツ! 儀式を邪魔するか! この勇者気取りの愚か者め!」

 口から泡を吹きながら叫ぶ男は、紫色の外套を纏い頭に水牛の骨を被っている。
 この男は自由の光の構成員を匿っていた貴族の次男らしい。

 この貴族次男だけは儀式の詠唱に参加していない。
 たぶん、オレと同じで詠唱ができないんだろう。

「桜色の御方より――」

 貴族次男が何か語りだしたようだがオレは最後まで聞かず、こいつらの儀式を中断させる事を優先させる。
 手っ取り早く「短気絶(ショート・スタン)」を2~3発ずつ自由の光の構成員達に叩き込む。
 魔法が命中した構成員達の身体の表面で白い火花が散っていたが、特に抵抗される事無く撃破に成功する。
 構成員達が血を吐きながら地面を転がっていく。

 もちろん、殺したりしていない。
 わりと高レベルが混ざっていたので、確実に気絶させる程度に強めに撃っただけだ。

「ぎ、儀式がっ!」

 貴族次男が突然打ち倒された構成員達を見て腰を抜かして驚く。
 この男だけはレベル3と著しく低かったので、「短気絶(ショート・スタン)」を撃つのを控えていた。
 もし撃ちこんでいたら、多分殺してしまっていただろう。

 オレは充分に手加減をした掌打を叩き込んで、貴族次男を気絶させた。

 詳しい話は後で尋問すれば良いだろう。
 今は聖杯だ。

 オレは縮地で聖杯の前に移動する。
 黄金の聖杯の中には透明な琥珀色の液体で満たされていた。
 恐らく、この琥珀色の液体は魔力が実体化したモノなのだろう。
 聖杯に近付くだけで魔素(マナ)の圧力を感じる。フル充填した聖剣エクスカリバーみたいな圧迫感だ。
 ただ、聖剣と違い、この聖杯からは禍々しい怖気(おぞけ)というか、不協和音を聞かされたときのような言い知れない拒絶感を抱いてしまう。

 まあ、個人の感想はおいておいて、さっさと聖杯を何とかしよう。

 まず、そのままストレージに収納できないか試してみたがダメだった。
 仕方が無いので、魔力を抜いて無力化する方向で行こうと思う。

 オレはおもむろに聖杯に触れて魔力を抜く。
 変な抵抗があって、なかなか難しい。気を抜くと奪った魔力が吸い戻されそうになる。
 オレは力で捻じ伏せるように魔力を抜いていく。
 もちろん、抜いた魔力は聖剣デュランダルへと送り込んだ。

>「呪詛耐性」を得た。
>「混沌耐性」を得た。

 ――おお、久々の耐性スキルだ。

 オレは両方の耐性にスキルポイントを割り振って最大まで上げる。
 これで混沌が這い寄って来ても大丈夫だろう。

「愚かな勇者め! 聖杯に呪われて魔王へと至るが良い! 悪しき神の使徒から我らの同胞へと生まれ変わるが良いのだ!」

 オレが聖杯に触れているのを見て、貴族次男が地べたに這い蹲りながら哄笑する。

 ――もう起きたのか。少し手加減が甘かったようだ。

 今は無力な貴族次男よりも、聖杯の魔力強奪に集中しよう。
 さっきスキルポイントを割り振った時も、魔力を吸い戻されていたのだ。

 流石に聖杯の魔力は多いらしく、デュランダルの容量目一杯まで注ぎ込んでもまだ半分くらいだ。
 どれだけ魔力を蓄積していたのやら……。
 オレは呆れながらも、ストレージ内にある伝説の金属を使った試作聖武器類と交換して魔力を奪っていく。

「まさか……王都の源泉から何ヶ月もかけて吸い上げた魔力だぞ? たった一人の人間がどうこうできるはずが……」

 さっきまで哄笑していた貴族次男の笑いが半笑いへと変わり、さらにうわ言のような呟きに変わる。

 聖杯の魔力も、残り1割ほどで吸い終わる。
 こいつらを捕縛して国王に突き出すのはその後で良いだろう。

 マップで見る限り、うちの子達と桜餅魔族との戦いは互角のようだし、早くこちらを片付けて合流してやりたい。





「……殿下を新たなる王へと孵化させる計画がっ。ぅおのれぇ勇者めぇ」

 貴族次男がオレを睨みながら狂ったように恨み言を繰り返す。
 だが、貴族次男が具体的な行動を起こす事はないみたいだ。

 聖杯の残り魔力が5%を割り込んだあたりで、聖杯が変な振動と異音を発し始めた。
 いつの間にか、黄金の聖杯の底に漆黒のタールのような液体が溜まっている。オレが魔力を吸い上げる時の抵抗の元が、このタールのような液体だったようだ。

 聖杯の底でタールのような液体が、不定形生命のように蠢く。

「……■ 牙蝿群召喚(サモン・モスコーファ)

 いつの間に呪文を唱えていたのか、倒れていた構成員の一人が召喚魔法で拳ほどもある蝿の群れを生み出す。

「……■ 操死兵(アニメート・アンデッド)

 今度は他の構成員が死霊術を使って、ミイラ化した遺体をアンデッドに変えて襲ってきた。
 他の構成員達も各種属性魔法を放ってくる。

 ――少し、普通の人間を舐めていたかもしれない。

 反省会は後だ。
 今はこいつらの始末を優先しよう。

 オレは聖杯を無力化する作業を一旦中断し、事態の対処を行う。

 飛来する魔法は「魔法破壊(ブレイク・マジック)」で一まとめに破壊する。
 死霊術で作られたアンデッドは「魔法破壊」が効くらしく、オレの「魔法破壊」を受けて元の遺体に戻っていく。

 飛んでくる牙蝿の群は、「小火弾(ファイア・ショット)」の魔法で焼き払った。
 その向こうでは構成員達が懐から白い棒状の物を取り出して天に掲げて、祈るように人生を捨てる言葉を叫ぶ。

「「「長角(ロング・ホーン)よ、我が絶望を糧に暴虐の力を」」」

 あの「長角」は中級魔族になる為のアイテムだったはず。公都で第三王子の取り巻きだった戦闘狂の少年が使っていたのを覚えている。

 構成員達が「長角」を自分の額に押し付けようと腕を振り下ろす。

 ――させないよ?

 オレは「理力の手(マジック・ハンド)」で構成員達の手から「長角」をもぎ取ってストレージに収納していく。
 スタン状態から回復しきっていない相手から奪うのなんて朝飯前だ。

 オレは再び「短気絶(ショート・スタン)」で構成員達を無力化し、装備を根こそぎ奪った後に棘蔦足(ソーン・フット)の蔦から作った魔封じのロープで縛り上げる。





 構成員達の始末を終えて聖杯に戻ると、蠢いていた漆黒の液体がソフトボールくらいの大きさの卵型の結晶になっていた。

 なんとなく触ったら呪われそうなアイテムだ。
 AR表示によると「邪念結晶(イービル・フィロソフィア)」となっていた。
 聖杯の状態が混沌だったからといって、ニャルラトホテプとかが生まれてなくて良かった。邪神はこの前の「狗頭の魔王」で充分だ。当分、おかわりは遠慮したい。

 漆黒の球体に、時おり幾何学模様の紫色の線が浮かんでは消える。色や形状が違うがフルー帝国の紅貨みたいだ。

 オレは意を決して「邪念結晶」をストレージに収納する。
 少し身構えたが、呪われる事はなかった。

 できれば手放したいが、ヘタに捨てると余計な事件の元になりかねない。
 魔法の詠唱ができるようになったら、太陽に投棄して始末するのが良いだろう。

 さきほどの「邪念結晶」が重石だったかのように、聖杯が動かせるようになったのでストレージに回収した。
 魔力の収束や吸収の効果があるようなので、移動要塞や空飛ぶ大陸を作る時にでも活用しよう。

 これで桜餅魔族の再生力も鈍るだろう。
 あとはミトのヤツが王都上空の魔法陣を何とかしてくれれば、桜餅魔族に止めを刺す事ができそうだ。

 あとは変な事態が裏で進行していないかだな。
 事件の実行犯達がいる事だし、少し確認しておくか。

 オレは構成員の中で一番レベルの高い召喚魔法使いに気付け薬を飲ませて、スタン状態から強制回復させる。

「お前たちの目的を聞かせて貰おう」
「目的? 我らの目的など、ただ一つ。魔王による現世の破壊――」

 オレの質問に、召喚魔法使いが妙に素直に答える。
 やはり、単なる終末思想に囚われた破滅主義者か。

「――そして、ゆくゆくは魔神様を月の牢獄から解放し、神々を滅ぼし世界の全てを人の手に取り戻すのだ」

 ――何? ただの破滅主義者じゃなく、科学を世界に広めようとしているのか?

「魔神様を頂点とした、人族だけの正しい世界を構築するのだ。その暁には、我ら『自由の光』が世界の指導者として栄耀栄華を――」

 ……違った。
 大量破壊兵器で世界征服を目論む独裁者みたいな思考だ。

 ひょっとしたら、こいつらの組織を作った人間は、ムクロのように文明を停滞させる神に抗う事が目的だったのかもしれない。
 組織名の「自由の光」というのも、本来は崇高な願いから付けられたモノなのではないかと思う。
 だが、長い年月の果てに当初の理想は形骸化してしまったようだ。

 オレは演説を続ける召喚魔法使いの言葉を遮って、質問を変更する。

「お前たちの世迷い事は後で聞いてやる。この王都で企んでいる事だけを喋れ」
「ふんっ、理想を理解できぬ愚神の番犬め」

 さっきまでの饒舌さが嘘のように、召喚魔法使いが口を閉ざす。
 余り時間を掛けられないのだが、拷問をするのは嫌だ。

 マップ検索で「自由の光」とその系列の組織をピックアップする。
 いつの間にか、王都にいた「自由の光」の構成員がここにいる者と王城に潜入した高レベルの斥候一人だけになっている。
 他のヤツらは王都を離れたのか、忽然と姿を消していた。
 案外、さっきのコイツらみたいに「短角」か「長角」で魔族になって――そういえば桜餅魔族と一緒に何体か魔族が出てきていたっけ。
 なら、他の構成員達も魔族になってオレの魔法で殲滅されていたのか。

 ……まあ、魔族は始末する以外の選択肢が無いから、悩むだけ無駄だろう。

 さきほど見つけた斥候だが、王城に潜入したのは要人の暗殺が目的ではないようだ。
 地下に潜入し、禁書庫か宝物殿に向かっている。

 ――よし、この情報を使おう。

 オレは召喚魔法使いが口を閉ざしてからコンマ1秒で調査と思考を終え、尋問を再開する。

「口を閉ざすのは結構だが、王城に潜入させた『蜃気楼』ポルポーロは地下道で捕らえたぞ?」
「なっ、なぜポルポーロ卿の事をっ。まさか伯爵が裏切ったのか?」
「伯爵は最初から貴様らの元に潜入させた我らの手駒だ」

 久々のせいか詐術スキルが暴走気味だ。
 ちなみにポルポーロというのは斥候の本名だ。その二つ名が「蜃気楼」というらしい。

「ならば、宝珠が王城に運び込まれたのも、ボビーノ伯爵の差し金か!」

 ――あれ? その名前が出てくるのか?
 てっきり、彼らを匿っていた貴族の名前が出てくると思ったんだが……。

 たしか、公都でオークの魔王を復活させた「自由の翼」に協力していたのが前ボビーノ伯爵だったはず。
 もしかして、前伯爵だけでなく、代々「自由の翼」の黒幕的な存在だったのか?

 こいつがミスリードさせているだけかも知れないが、一応メモしておこう。

 それよりも、宝珠だ。
 こいつらが欲するような宝珠があったか記憶を探る。

 ジェリル達が手に入れた「祝福の宝珠(ギフト・オーブ)」は「詠唱」「光魔法」「毒耐性」の三つ。
 オレ達が見つけたのが「物品鑑定」「水魔法」「麻痺耐性」の三つだ。

 こんな混乱を起こす必要があるような宝珠は無い。
 オレの主観なら「詠唱」にはそれだけの価値があるが、自分の価値観が一般的でない事は判っている。

 ちょっと揺さぶりをかけてみよう。

「やはり、宝珠が目的だったようだな」
「くっ、宝珠が押さえられてしまったのならば、殿下の孵化は諦めねばなるまい……」

 ――孵化に必要?
 たしか魔王化の隠語だったな。

 さっき上げた六つの宝珠の中でそれらしい者は無い。
 もしかして、王都には他にも宝珠があるんじゃないか?

 マップで「祝福の宝珠(ギフト・オーブ)」を検索する。
 ――あった。他に4つも王城地下の宝物殿にあった。

 オレが見つけたのは「金剛身」「瞑想」「交神」、そして「魔族召喚」だ。
 おそらく、この「魔族召喚」が本命だろう。次点で「交神」か。

 前者は国王に言って破壊させよう。
 パリオン神殿の預言にあった「災いは桜の元にあり」っていうのは、この宝珠だったんじゃないかと思う。


「番犬よ、我らを殺すがいい。孵化の望みが潰えた以上、この地に拘る必要も無い。今生では力足らずキサマに(かな)わず終わったが、来世では魔族に転生を果し報復を果そうぞ!」

 召喚魔法使いが怒りを抑えきれない口調で、歯をカチカチと鳴らしながら叫ぶ。
 ケイレンするように召喚魔法使いの身体が震え、歯の鳴る音が空洞に木霊する。

 カチカチと五月蝿いので、気絶させて王城に連行するか……。
 ――なんだか、歯の音がリズムみたいだ。

 メコッと音がして召喚魔法使いの肩が膨れ上がる。
 AR表示される召喚魔法使いの状態が「魔族憑き」に変化した。

 ――さっきの歯のリズムが呪文だったのか?

「BAROROROW」

 セミのような顔した魔族が、召喚魔法使いの身体を食い破るように現れる。
 自分の体を寄り代にして召喚したのか……。

 決死の反撃だったのだろうが、タダの犬死だよ。
 オレは聖剣デュランダルをストレージから取り出して、セミ魔族を切り裂く。

 青い残光と黒い塵をその場に残し、構成員達を「理力の手(マジック・ハンド)」で担ぎ上げて、オレは王城へ帰還転移した。





「上級魔族を召喚した実行犯を捕らえてきたよ~」
「ナナシ様! で、ではあそこで戦っているのは?」
「あれはうちの騎士達だよ。こいつらは任せたから、あとはヨロシク」

 オレは「自由の光」の構成員と貴族次男を、宰相と近衛騎士達に引渡し、次の場所に帰還転移する。

 禁書庫の前に転移したオレは、道を縮地で引き返し宝物殿へと向かう。
 オレが辿り着いた宝物殿は扉が開かれたままで放置され、警備についていた10人ほどの騎士の遺体が転がっていた。

 おかしい……「魔族召喚」や「交神」の宝珠が手付かずだ。
 にも関わらず、斥候は王城を脱出しようとしている。

 計画失敗を察して逃げ出したのか?
 それとも他の宝珠と間違えたか?

 ――アタリだ。オレの「詠唱」の宝珠が盗まれている。

 ついでに他の5個の「祝福の宝珠」も無くなっていた。マップ検索にも出てこない。
 斥候は「宝物庫(アイテム・ボックス)」のスキルを持っているから、その中に隠したのだろう。

 ――許せん。

 オレは宝物殿の扉を閉ざし、「遠話(テレフォン)」で宰相に、宝物殿の現状と斥候の話を伝える。

 次に国王に「遠話」を繋ぎなおし、「魔族召喚」と「交神」の「祝福の宝珠」を預かると一方的に告げて、二つの宝珠をストレージに回収する。
 破壊するにしても返却するにしても、事態が収束するまではオレのストレージに仕舞っておくのが安全だろう。

「アリサ、聞こえるか」
『ういうい、クリアーよ。そっちはどうだった?』
「地下の聖杯は始末した。もうしばらく、上級魔族の相手を任しても大丈夫か?」
『もちよ』
「では、時間稼ぎを頼む」
『ふふん。別に倒してしまっても構わんのだろう?』
「ああ、倒せそうなら倒してくれ。ただ、復活するから無理な追い込みは止めろよ」
『くふぅ、ネタがスルーされるのがクセになりそう』

 ……まったく、緊張感の無いヤツだ。

 オレは「怪我をしないように注意しろ」と皆に告げて、王城の庭に転移する。
 さて、盗人を捕まえて宝珠を回収したら、しつこい桜餅魔族に引導を渡して、楽しい年末年始を迎えよう。

 オレはそんな決心を胸に、桜舞い散る夜の王都の空を舞った。
※次回は 11/16(日) の予定です。

※2014/11/09 宰相と話しているナナシの口調がクロになっていたので修正しました。
※2014/11/09 ネタがくどいようなので、サトゥーの連想する邪神の名前をアンリマユからニャルラトホテプに戻しました。

●人物紹介抜粋
【ムクロ】    セリビーラ地下の迷宮下層に居を構える軍オタのミイラ男。かつて大帝国を築いた。核を使って神を脅迫した過去がある。
【ボビーノ伯爵】 公都の有力貴族。自由の翼の協力者だった。
【自由の光】   パリオン神国を拠点とする魔王信奉者。急進的な集団。
【自由の翼】   公都を拠点としていた魔王信奉者。かつてはオークの魔王を復活させたが現在は壊滅状態。
【自由の風】   王都を拠点としていた「なんちゃって」魔王信奉者。お気楽なオカルトマニアの集団。


【宣伝】
 本作、「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の三巻が来週中頃 11/20 に発売予定です。

 また、コミカライズ版が本日11/9(日)発売の電子書籍「月刊エイジプレミアム」にて連載開始しました。作画はあやめぐむ氏です。
 今月は巻頭カラーです!
 ご興味が有れば、BOOK☆WALKER、Kindle、Renta、ニコニコ静画などでお求め下さい。
 もしかしたら、「金色の文字使い」みたいに月遅れでComicWalkerに掲載されるかもしれません。
12-27.預言の行方
※2014/11/17 誤字修正しました。
 サトゥーです。預言というモノは曖昧にする事で正解率を上げている気がします。解釈する者の匙加減で変わる以上、後出してどんな回答でも出せる気がするのです。
 では、神のいる世界の預言は――。





 青い残光を引きながら、閃駆で王都の上空を疾駆する。

 ――ミツケタ。

 屋根から屋根へと飛び跳ねる黒衣の男――「自由の光」に所属する高レベル斥候の前に着地する。
 腕を組み両足を揃えて着陸する様は、我ながら何者だと突っ込みを入れたくなる。

 オレの姿を見とめて踵を返す斥候の前に回りこんで声を掛ける。

「どこに行くつもりだい?」

 オレの言葉に、「そこは『どこへ行こうというのだね』でしょ!」とアリサが「戦術輪話(タクティカル・トーク)」経由で突っ込みを入れてくるが、ここでネタを入れる気はないのでスルーする。

「王城の宝物殿から盗んだ品を返してもらおうか、盗賊君?」
「■ 宝物庫(アイテム・ボックス)

 斥候が素直にアイテムボックスを開いて中から小袋を取り出す。
 フェイクかと思ったが、レーダーにオレの「詠唱」の宝珠に付けたマーカーが復活したので本物のようだ。

「良い心がけだ。八つ裂きにするのは止めてやるよ」

 斥候が無言のままに「詠唱」の宝珠が入った小袋を天に高く投げ上げる。オレの隙を突くためだろう。
 オレは斥候の方向に「短気絶(ショート・スタン)」を10発ほど発射し、小袋の方へ閃駆で接近する。

 よし、無事にキャッチ――。

『戻れ』

 ――オレが掴む寸前に小袋が消える。

 眼下には影を盾のようにした斥候が、小袋を片手に自分の影の中に沈んで行くところだった。

 ――ちっ、影魔法か。
 いや、こいつが持っていたのは光魔法と神聖魔法の二つだったはず。
 ならば、これはこいつの持つアイテムの能力だろう。

「逃がさん!」

 オレは斥候の作る不定形の影にダイブする。
 ドポンという音がしそうな勢いで、影の作る亜空間へと侵入する。

 光が無いので全く見えないが、AR表示やレーダーは別だ。
 オレが斥候本人と「詠唱」の宝珠に付けたマーカーがヤツの場所を教えてくれる。

 ミーアが攫われた時に「不死の王」ゼンの影に潜った時は何もできなかったが、今度は違う。
 オレは影空間を閃駆で飛翔し、斥候から小袋を奪ってストレージの中に収納する。
 そして、すぐさま中の宝珠を全てストレージの別フォルダへと移す。

 セーフ。これで一安心だ。

 後は、脱出だ。
 前は気合を入れて叫んだら出られた。

 今度も同じで良いだろう。

「回収完了!」

 漆黒の空間が割れ、元の王都へと帰還する。

「ば、馬鹿な。キサマ何者だ! デタラメすぎる。魔法ではなく気合で空間に干渉するなど……」

 ――LWEEENN。

 ガラスを弾いたような音が聞こえた。
 何の音だ?

「ま、まさか、勇者では無いのか? まサかキサマはカミ、いや、そんなバカナ事があるはずがナイ」

 呂律が回らなくなり始めた斥候の肌の上に赤い縄状の模様が現れている。
 ヤツの背中がメコリと変形する。

 どうやら、こいつも魔人薬の常習者だったようだ。
 何が原因かは判らないが、大方、精神の安定を欠くと身体の中の魔物の因子が活性化するとか、転生者の魔王化と似たような理由だろう。

 こいつを助ける義理は無いが、目の前でスプラッタな光景を見せられるのはゴメンだ。
 魔力を抜いてやれば、魔人化は防げるだろう。

 オレが「魔力強奪(マナドレイン)」を発動するのを邪魔するように、空から桜色の触手が幾本も降ってきた。

 そのまま魔法を発動し、聖刃を手に作り出して触手を切り払う。
 斥候に付けたマーカーが桜餅魔族に飲み込まれた後消えてしまった。

 マップを開いて確認したが、斥候はまだ死んでいない。
 現在位置は、マップの存在しない空間となっている。

 ――もしかして、オレは勘違いしていたのかもしれない。

 オレは閃駆で桜餅魔族の上空へ移動する。
 ヤツの残体力は二割ほどだ。

「リザ、倒せ」
「承知」

 青い軌跡を描いて、リザが桜餅魔族に突撃する。
 それを阻もうと襲う触手はミーアの操るベヒモスが防ぎ、詠唱頭の放つ上級魔法はアリサの空間魔法が反射する。

 そして、黄金鎧の空中ステップと瞬動の組み合わせで桜餅魔族に迫ったリザが、桜色の体表に白い槍を突き立てる。
 桜餅魔族の前に幾重にも展開された魔法防御の壁がリザの白い槍の前に立ち塞がる。

 だが、それは無意味だ。

 薄膜を割るようにリザの白い槍が、桜餅魔族の防御壁を突き破っていく。

 ――竜の牙は全てを穿つ。

 それは竜の身体を離れても有効だ。

 ――竜の牙は魔王をも滅ぼす、究極の刃。

 ならば、防御特化だろうが、上級魔族ごときの防御を貫けぬはずがない。

 リザの竜槍(・・)ヘイロンが、桜餅魔族の身体に突き刺さり、残り体力を削りきる。

「その槍は反則ポヨォォオオ」

 そんな悲鳴を残して桜餅魔族が桜色の靄となって消える。





 やっぱり、そうか――。

 オレが見つめていたのは桜餅魔族ではなく、ヤツに付けたマーカーの方だ。
 復活までの間、ヤツの現在位置は斥候と同じ「マップの存在しない空間」だった。

 オレはテンチャンの言葉を誤解していたようだ。

 桜餅魔族は「周辺空間が壊れるほど威力がある禁呪」でないと倒せないのではなく、「周辺空間を破壊する」事ができる禁呪でないと倒しきれないという事だったのだろう。

 そこに存在すら忘れかけていたミトの叫びが響き渡る。

「……■■■■■■ 神威崩魔陣(ディバイン・ディストラクション)!!!」

 無数の風鈴を鳴らしたような音の雨が王都の空に響く。
 次の瞬間、ミトの魔法が王都に蓋をしていた魔法陣を破壊し尽くしていった。

「よくやった、ミト。この身体を任すぞ、ヤツの止めは任せろ」

 もっと空気だったテンチャンが嬉しそうに叫んだあと、電池が切れたように脱力する。
 ――こいつは何がしたいんだ?

「………コネクション・ロスト。ユーザーのログアウトを確認。アバターの操作権を回復。自律モードに移行します。ミト、指令をどうぞ」
「あっちゃー、天ちゃんの本体が来たら、王都の被害が増えちゃう」

 ロボのようなセリフを吐き出したテンチャンの言葉を真に受けるなら、さっきまではどこか別の場所にいた本物のテンチャンが、このホムンクルスに憑依して操作していたのだろう。

 そして、ミトの今のセリフからテンチャンの正体とは――。

「いよっしゃー! 七回目撃破!」

 アリサの威勢の良い言葉が、オレの思考を中断する。

 先ほどと同じように桜餅魔族が桜色の靄となって消えて行く所だ。
 もし、ヤツの再生の秘密が、オレの想像通りなら――。

 オレはAR表示を全てOFFにして、精神を研ぎ澄ます。

 ――ここだっ!

 ヤツが通常空間に現れる時の僅かな違和感――隙間を捉える。
 それは分子一個分のほんの小さな隙間だったのかもしれない。

 ――だが、隙間は隙間だ。

 影の空間を抉じ開けられるなら、同じ亜空間が抉じ開けられないはずが無い。

「うぉおおおぉぉぉぉぉ!」

 オレらしくない裂帛の気合で、空間の隙間を両手で抉じ開ける。

「理不尽ポヨ! 原始魔法じゃあるまい――」

 気になるワードが聞こえたが、今は殲滅が先だ。
 オレは亜空間の中に潜んでいた90匹近い桜餅魔族に向けて、「集光(コンデンス)」「光線(レーザー)」のコンボを叩き込んで蹂躙していく。

 ――ポヨポヨと喧しいが一匹も残さん。

 最後の一匹を潰し終わった所で、ログに上級魔族討伐が表示された。
 崩れる空間と共に漆黒の靄が空に消えていく。





 レーダーに斥候の男が再表示された。
 桜餅魔族と一緒に殺してしまったかと思ったが、無事だったようだ。

 こちらに背を向けて地面に座り込んだ斥候が、何かうわ言のようにブツブツと呟いている。
 ヤツの身体の模様は活性化を止めて黒ずんだ状態になっているので、最悪の事態は避けられたようだ。
 あの呟きが呪文だったら嫌なので、「短気絶(ショート・スタン)」を3発ほど叩き込む。

 オレは斥候を拘束するべく、「棘蔦足(ソーン・フット)」の蔦を片手にヤツの傍へと天駆で接近する。

 ――何か引っかかる。

 オレは見落としが無いか思考をフル回転して、違和感の正体を洗い出す。

 ――そうだ。桜餅魔族の触手だ。

 なぜ、桜餅魔族は斥候を助けたんだ?
 ヤツラにとって人はオモチャに過ぎないはず。

 斥候の身体の表面で、「短気絶」の魔法が防がれた。
 桜餅魔族の置き土産か!

 ならば――。

「…… ■ 神霊光臨(インヴォーク・デイティー)

 巨大な魔核を腹に抱き込んでいた斥候が、それを天に掲げた瞬間、激しい白光に包まれる。
 手遅れかもしれないが、オレは咄嗟に「光線」の魔法を発動して斥候の掲げる魔核を両断した。

 ――この詠唱時間を稼ぐ為だったのか。

 だが、身構えても何も起こらない。
 詠唱を終えた斥候が、ミイラのような姿になって地面に倒れる。
 最後の瞬間に持っていた魔核も蒸発してしまったのか、どこにも存在しない。

 ……もしかして、詠唱失敗だったのか?

「ね? 今のなんだったの?」
「神を降ろそうとしていたみたいなんだが……」

 呆然としたアリサが問いかけてくる。

「サトゥー! 危ないの、精霊が騒いでるの、泣きそうなの。どの子も地面に潜ろうとしている。上が怖いみたいなの、上よ」

 ミーアの久々の長文の警告に従い、空を見上げる。

 ――月をバックに三本の黒い線が見えた。

 その線を見た瞬間、身体の奥底に氷柱を抉りこまれたような冷やりとした恐怖に捕まった。
 恐怖耐性を最大にしても、ダメだ。

 完全には恐れを払えない。

 タマがオレのマントの陰に潜り込んで足に掴まって震えている。
 ミーアが反対側の足にピタリとくっ付いた。

 今のところオレとこの二人しか、あの黒い線の恐ろしさを悟っていないようだ。

「ナナ、『キャッスル』発動! リミッター解除で使え!」
「イエス、マスター。『キャッスル』モード起動」
「全員ナナの傍に集まれ! ルルも『フォートレス』を起動しろ」
「は、はい!」

 オレはミトとテンチャンの抜け殻を「理力の手」で捕まえて一緒に皆の傍に連れてい行く。
 ナナに続いて、オレも彼女と同じ「キャッスル」モードを起動する。
 これはフロアマスター戦で使った「フォートレス」の3倍以上の防御力がある上位版だ。

「え? 何この魔法? 聖盾や聖鎧と同系統だけど、魔力の編み方がヘン。緻密すぎる。こんな魔力を編むのは人間には無理なはず……」

 オレ達の黄金鎧の作り出した防御壁「キャッスル」を見たミトが、うわ言のようにそんな事を呟く。
 だが、今は相手をしてやる余裕がない。

 これで大丈夫のはずなのに、危機感知が止まらない。

 ――そうだ、オレは忘れていた。

「アリサ、空間魔法の準備を頼む」

 ――セーラが教えてくれた預言は「王都に悪夢が訪れ、天より黒き災いが舞い降りる」だ。

「へ? ナナ達の防御に干渉しちゃうわよ?」
「使うのはオレ達三人の防御が突破されそうになったらだ。いざとなったら王都の外に脱出する」

 ――前者は桜餅魔族だろう。では後者は?

 オレの言葉に皆が驚いたように振り向く。
 皆を代表してアリサが問い掛けてきた。

「あの空から落ちてくる三本線って、そんなにヤバいの?」
「ああ、オレの予想が正しかったら――」


 オレはストレージから神剣(・・)を取り出す。


 ――今度の敵は“神”だ。




※次回更新は 11/23(日) の予定です。


【宣伝】
 本作、「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の三巻が 11/20(木) に発売予定です。
 早売りのお店だと 11/18(火) あたりから置いているようです。


●人物紹介
【ミト】   彼女の正体は王祖ヤマト(Lv89)らしい。また、第一話で失踪していた後輩氏の可能性が高い。サトゥーは彼女の事をヒカルと呼んでいたが……。
【天ちゃん】 大剣を持つ銀髪の美女。竜の様なブレスを吐き背中にコウモリのような翼があるホムンクルス。誰かの使い魔。
【斥候】   魔法信奉宗教団体「自由の光」の構成員。レベル40台で斥候系スキルと光魔法、神聖魔法が使える。
12-28.カミ
※残酷な表現にご注意ください。
※2014/12/15 誤字修正しました。
※2014/11/22 一部変更しました。
 サトゥーです。フィクション世界の主人公達は、どうして絶対勝てないような敵に立ち向かえるのでしょう?
 逃げられる時は逃げて、捲土重来を図るのが良いと思うのです。





「――予想が正しかったら何よ?」
「強敵さ」

 月を四分割するような黒い線を見上げながら、アリサの問いに精一杯の軽口で答える。
 敵と判断するには早計かもしれないが、オレの心の奥底から「アレは共存できないモノ」だと何かが囁く。

 やがてシガ王国の圏内に入ったのか、黒線の横にAR表示が現れた。

 ――UNKNOWN。

 それはかつて狗頭の魔王と砂漠で戦った時に現れた、幼女の姿をした謎の存在と同じ表示だ。

 幅10メートル、高さ9キロ、人影かと思ったが異様に細長い……。
 もっと太く感じたのだが、それは黒線が光を吸い込んでいるせいでそう見えるのだろう。
 ゆったりと降って来たそれが、王都の上空100メートルほどで滞空する。

「何アレ? 髪の毛?」
「でも、すっごい魔力を感じるよ」

 三本の黒線を見上げたアリサの呟きにミトが答える。

 ……髪の毛?

 言われて見れば、確かにそう見えない事もない。

 ――神の髪の毛?

 なんだろう、この今まで感じた事のない怒りは。
 これがオヤジギャグを聞かされたOL達の気分なんだろうか。

 ……だが、恐怖は消えた。

 よく考えたら、神が死ぬ事は実証済みだ。
 それに、如何なる神の一部かは判らないが、アレは神の本体では無いはずだ。

 たかだか、部分召喚された神の一部ごとき、神剣で消滅させてやるっ。

「ご主人様、珍しく怒ってない?」
「――怒ってないよ?」

 アリサのヤツめ、なかなか鋭い。
 黄金の兜越しによく判ったな。

「ちょっと、始末してくるよ」
「へ? ヤバいヤツじゃなかったの?」
「これがあるから何とかしてみせるよ」

 オレは鞘に納まったままの神剣を掲げ、黄金の兜の中で外から見えない笑顔を作る。

「ご主人様、お供します」
「ポチだって、お供するのです」
「マスター、随伴を希望します」

 リザ、ポチ、ナナが同行を申し出てきたが、それに頷くわけには行かない。
 かつて、「不死の王」ゼンから現れた「神の欠片」を聖剣で攻撃したときも、破壊するどころか干渉する事もできなかった。
 リザの持つ竜槍なら、あるいは通じるかもしれないが、分が悪すぎる賭けだ。

「ダメだ。悪いけど連れて行けない。相手が悪すぎるんだよ」

 オレが諭すように告げると、三人は素直に聞き分けてくれた。

 マントをくいくいと引っ張る方を見ると青い顔をしたミーアと、泣きそうな顔のタマの姿があった。

「ダメ、あれはダメなの。絶対、なの」
「かえろ~?」

 不安がっている二人を剥がすのは可哀相だが、あれが動き出したら王都が壊滅する予感がある。
 オレは二人を優しく引き離してリザに預ける。

「みんなはここにいて。ここからはオレの仕事だ」

 オレが移動したら、この子達の防備が下がってしまうが、装備を交換しているヒマは無い。
 オレはナナに引き際の判断を任せ、アリサとリザに撤退時には躊躇うなと言い含めた。





 三本の黒線に向かって、王城から紅蓮の火炎が飛来した。
 上級魔法か禁呪かは判らないが、その火炎は黒線に命中するなり蒸発するように消えてしまった。
 黒線の一本の根元がくるりと渦巻き状に形を変え――。

 オレは閃駆で黒線と王城の間に割り込む。
 ギリギリで称号を「神殺し」に替えるのが間に合った。

 ――ムチのように黒線が王城を打擲(ちょうちゃく)しようと襲いかかってきたのを身体の前に構えた神剣で受け止める。

 神剣に触れた黒線が、闇色の火花を上げて二つに裂ける。
 飛び散る火花が薄れ消えてゆく時に、その火花の本来の色が見えた。それは濃い、とても濃い紫色だった事が判った。

 ――くっ、重い。

 オレは閃駆で慣性に抵抗したが、それでも一瞬で王城に激突する寸前の場所まで押されて来てしまった。

 眼下の王城には、セーラやムーノ男爵領の人達がいる。国王や宰相だって、見捨てるには交流を持ちすぎた。
 バカな攻撃をした宮廷魔道士のシガ三十三杖達は自業自得だが、他の人達まで見捨てる気はない。

 裂かれた黒線が一旦、王城から距離を取る。
 二つに裂けた部分の黒線も、裂けただけで泳ぐような軌道で黒線の本体の方に巻き戻っていく。

 オレは天駆で王城から離れ、上空の黒線に近寄って行く。
 ストレージから取り出した聖剣デュランダルの魔力を吸い上げて、その魔力を神剣に注ぐ。
 魔力を注ぐ(たび)に漆黒の刃が少しずつ伸びていく。
 聖剣の魔力を全て注ぎ終わった時には刃の長さが10メートルを越えていた。

 これで準備完了まで、あと一手だ。

 魔力を一定量まで注いだあと、オレはその言葉を知った。
 神剣から、その言葉が伝わってきたのだ。

 オレは最後の言葉を告げる――。

「神剣よ。《滅び》を」

 それは告げるべきではなかったのかもしれない。

 ――月夜に真闇が訪れた。

 神剣に触れた光が滅ぶ。

 ――夜空に静寂が訪れた。

 神剣に触れた空気が滅ぶ。

 ――そして、神剣に触れた黒線が蒸発するように靄となって剥離していき、漆黒の神剣の刃に吸い込まれるように消えていく。

 オレは閃駆で黒線を遡り、瞬き一つの間に9キロ上空の端まで滅ぼし尽くした。

 残り二本。





「なんだ、思ったよりも簡単じゃないか――」

 黒線のあまりの脆さに気が抜けて、そんな独り言が口をついて出てくる。

 だが、眼下に見えた光景に、オレの浮ついた心が冷水を掛けられたように冷えていく。

 眼下に小さく見える王城の一角がごっそりと無くなっている。
 幸い、王城の人達が集まっている本楼閣は無事のようだが、もし神剣の「聖句」を使った場所が本楼閣のあたりだったら、取り返しの付かない事になるところだった。

 ――反省、反省。

 深く反省するのは後回しにして、今は事態の収拾を優先しよう。

 AR表示で判る滅びの範囲はだいたい数百メートル未満だ。
 黒線を地上に被害がでない高空まで釣ってから始末するのが良いだろう。

 黒線に射程の長い「光線」で攻撃し、オレを襲ってきたところを《滅び》状態の神剣で消していく。
 さっきから空気がなくて苦しいが、体力ゲージやスタミナゲージを見る限り、一時間や二時間は大丈夫だろう。我ながらチートな身体だ。

 二本目の黒線を消した所で、黒線の主体性のなさというか、スケルトンのような知性のなさが気になった。
 MMOなどのノンアクティブモンスターのように、他の黒線が攻撃されても自分が攻撃を受けない限り、反応がない。

 斥候の神霊召喚が失敗したせいなのか、そもそも黒線には別の役割があるのか、あまりに謎過ぎる。

 そんな風に思考を逸らしたのは、ほんの数秒だったのだが、その数秒が問題だったようだ――。





 東北東の遥か彼方から、朝日が昇ったような白い光が生まれた。
 その白光が収束し、一条の白い光の束となって最後の黒線を二つに引き裂いた。
 光は黒線を両断した後も勢いを失わずに直進し、王都の向こうにある穀倉地帯を一条の灰と亀裂に変えた。

 光が放たれたのは東北東にある霊峰、フジサン山脈の方角だ。

 オレの閃駆にも劣らぬ速さで、飛来したのは白金の鏃――全長180メートルを越える巨大な天竜だった。

 ……やはり、テンチャンのテンは天竜の天だったか。

 王祖ヤマト伝説に出てきた天竜がアレなのだろう。
 天竜は「全てを穿つ」といわれる牙で黒線を噛み砕き、牙にも劣らない角や爪で黒線を切り裂いて行く。

 オレは観察をしつつも、天竜が最初の「竜の吐息(ドラゴン・ブレス)」で両断した上方の黒線を神剣で消しながら降下していく。

 短くなった黒線が、天竜に引き裂かれながらもその身体に巻きついていく。
 しかも、一部は天竜に同化をしているのか、白金の鱗が黒く染まって行っている。

 地上一キロほどの所で、神剣の魔力を一気に吸い上げて聖剣デュランダルに移す。
 一定以下の魔力になると聖剣の聖句のように、神剣の《滅び》も解除されてしまうようで、元の神剣に戻ってくれた。

 王都の上空にバキバキと板が割れるような音が響く。
 天竜の方からだ。

『KUROOOUUUUNN!』

 黒線に侵食されている天竜が悲鳴を上げる。
 竜語が判るオレでも意味が理解できなかったから、悲鳴で間違いないだろう。

 苦しみで地上に落ちようとする天竜の尻尾を掴み、大車輪のように空中で円を描いて王都の外に投げ捨てる。
 我ながら酷い扱いだとは思うが、これは必要な処置なのだ。
 こんな巨体が王都に落下したら、どれだけ犠牲がでるか判ったもんじゃない。

 王都の穀倉地帯を荒地に変えて、天竜が深い谷を作っていく。
 農家の皆さんごめんなさい。詠唱ができるようになったら、元に戻すから今は勘弁して欲しい。





 天竜が食い散らした黒線の欠片を、マップでマーキングして神剣で順番に消していく。
 こんな物を残していたら何が起こるかわからないからね。

 その内の一つが、運悪く顔を出したモグラの魔物に触れてしまった。

 ――次の瞬間。

 ぐるんとモグラの体が裏返り、魔核を露出した状態でスライムのように不定形になって動き出した。
 周辺の瓦礫や魔物の屍骸を取り込み巨大化していく。

 レベル20だったはずのモグラが、巨大化を終えたときにはレベル50まで上昇していた。
 どうやら、このドーピングが黒線を召喚した斥候の目的だったようだ。

 オレは「誘導気絶弾(リモート・スタン)」でモグラスライムを空中に打ち上げ、真下から「集光(コンデンス)」と「光線(レーザー)」のコンボ魔法を叩き込んでヤツの魔法防御と身体を細切れにする。
 黒線の本体以外は普通の攻撃も通用するようだ。

 オレは空中を落下してくる魔核を睨みつける。
 黒線は露出した魔核に潜り込んでいた。

 オレは地面から飛び上がり、落ちてくる魔核ごと黒線を神剣で切り裂いて消滅させた。





 王都の外で小山を崩して暴れている天竜の所へ閃駆で向かう。
 どうやら我を失っているようで、小山を崩したあとに近くの街へ向かおうとしていた。

 閃駆で天竜が転がる方向に先回りして、ヤツの頑丈な鱗を蹴飛ばして止める。

『GYURORORORONN』

 しまった。体力ゲージが二割くらい減ってしまった。
 天竜は意外と脆いのか?

 正気を失ったような焦点の合わない瞳でオレの方を向き、「竜の吐息(ドラゴン・ブレス)」を撃ってきたのを閃駆で避ける。
 そのまま顔を動かしてブレスの火線を向けて来たので、閃駆でヤツの側面に移動し、横っ面を蹴飛ばしてブレスを天に向けて被害が出ないようにする。

 AR表示では天竜の状態が「狂乱」「侵食:魔神」になっていた。

 ――あの黒線の正体は「魔神」の一部だったのか!

 UNKNOWNだった黒線も、天竜に侵食する事で正体が明らかになったようだ。

 天竜に侵食する黒線は27箇所。その内、大量の黒線が巻きついているのは頭と尻尾、逆鱗の3箇所だ。

 ――ならば。

 手荒い真似だが、勘弁してくれよ。
 オレは神剣を片手に天竜へと肉迫する。

 正気を失った天竜の尻尾が音速を超えた速度で襲ってくる。
 天竜の鱗は聖剣すら弾き返すと、王祖ヤマトの絵本に書いてあった。
 その鱗は、あの「黄金の猪王」の魔剣すらも防いだという。

 だが、神剣の前では紙切れ同然だ。
 天竜の尻尾を切断し、尻尾に巻きついていた黒線を消滅させる。

 オレは天竜の背を駆け、その身体ごと抉って黒線を消し飛ばしていく。
 少々乱暴だが、悠長に構えていて全身を侵食されたらシャレにならない。それこそ魔王以上の被害が出てしまうだろう。
 レディーにするような行いではないが、ドラゴンの姿だと罪悪感が少ない。
 それに、天竜の体力なら充分に保つはずだ。

 オレは心を鬼にして、天竜から黒線を消していく。
 竜の血で染まりながらも、ほんの10秒後にはほとんどの黒線を消すことができた。

 ――残りは逆鱗と頭部のみ。

 ここは体ごと抉るわけにはいかない。
 黒線を掴んで剥がすしかないだろう。だが、ヘタに触ったらオレまで侵食されてしまいそうだ。
 オレは神剣を持っていない方の手の表面に魔力鎧を形成する。

 そして、そのまま掴もうとして思い留まる。

 ――相手は一部とはいえ神だ。不用意な行動は破滅に繋がると思え。

 オレは自分の思いあがりを戒めて、魔力鎧を変質していく。

 魔剣の構成素材を替えて聖剣が作れるのなら。
 そして、魔刃に聖刃のような亜種があるのなら。

 神の力も同じように、再現できるのではないだろうか。

 オレは神剣の力を借りて、魔力鎧を神気に染めていく。
 赤かった魔力鎧の光が、徐々に神剣のような漆黒へと色を変えて行く。

 ――それはまるで黒線と同じ色。

 余計な事を考えるなサトゥー。
 今は――。

 オレは神気を纏った手で天竜の頭部から飛び出たアホ毛のような黒線を掴んで引き抜く。
 一際大きな天竜の悲鳴が聞こえたが、今は取り合っている場合じゃない。

 引き抜いた黒線を、反対側の手に持った神剣で消滅させていく。

 そして、最後に天竜の逆鱗に絡みついた黒線を引き剥がす時に、うっかり逆鱗まで剥がしてしまった。
 それが余程痛かったのか、天竜が一声悲痛な叫びを上げて気絶してしまう。
 逆鱗から引き剥がした黒線を、神剣で消滅させながら内心で天竜に詫びておいた。

>「魔神の落とし子」を倒した。
>「魔神の落とし子」を倒した。
>「魔神の落とし子」を倒した。

>スキル「」を得た。

>称号「神徒」を得た。
>称号「禁忌を犯す者」を得た。
>称号「拷問王」を得た。
>称号「嗜虐者」を得た。
>称号「天竜の天敵」を得た。

 少々不本意な称号があるが、今更システムを司る何者かに突っ込みはすまい。

 上級魔族を乱獲したせいか、「魔神の落とし子」を倒したせいか、オレはレベル312になっていた。
 名前のないスキル獲得表示はバグだったのか、スキル一覧には載っていない。

 精神的な疲労に気を失いそうになりながらも、オレは秘蔵の上級回復薬や治癒魔法を駆使して天竜の傷を治していく。
 切断した尻尾は予想通り繋がったが、剥がれた逆鱗や戦闘中に折れた牙や角、爪は元に戻せなかった。
 魔力を限界までチャージした上級回復薬をかけたら爪が生えてきたので、牙や角も頑張ればまた生えてくるだろう。

 疲れているせいか、どこか思考が投げやりだ。
 ここまで疲労したのは異世界に来てから初めてかもしれない。

 それに……先ほどから左手に感触がない。

 オレは左手の状態を確認する為に黄金鎧の篭手を外す。
 篭手の下から現れた左手を見て、オレは言葉を失った。

 その手は人の肌の色を失い、漆黒に染まっていたのだ……。
※2014/11/22 天竜の大きさを変更しました。

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 本作、「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」の三巻が 11/20(木) 本日発売です!!!
 作品の見所などは活動報告をご覧下さい。
 また、書籍版の内容に触れる感想は活動報告の「感想(ネタバレok)」の方にお願いします。


※発売日なのに何もしないのは寂しいのでサプライズ投稿してみました。
 書籍3巻のなろう特典SSは来週になりそうです。

※次回更新は 11/23(日) の予定です。遅れたらごめんなさい。
12-29.黒い左腕
※2014/11/26 誤字修正しました。
 サトゥーです。“禁忌の力を揮った主人公が、その代償に体の一部を失っていく”
 それは少年漫画や熱血系主人公の出てくる小説ならば、良くあるシチュエーションですが、現実で我が身に降りかかると、ちょっとシャレになりません。




 オレは光沢のない漆黒に染まった左手を見下ろす。

 中二病を患っていた頃なら「鎮まれ! 我が左腕よ!」とか騒いで大歓迎だったのだろうが、今は困惑するばかりだ。

 一応、指は問題なく動くが、手の感覚が全くない。
 これではナナの魔力補充をしても楽しくないし、綺麗なお姉さん達のお店に行った時に色々と楽しめないじゃないか……。

 ――切り落としたら、新しい腕が生えてこないかな?

 疲れているせいかバカな発想が浮かんでくる。
 普段なら絶対に選択しないはずだが、この時のオレには天啓を受けたように、それが名案に感じた。

 オレは用済みの神剣をストレージに収納し、聖剣デュランダルを取り出す。

 右手に持ったデュランダルで黒い左手をコンコンと叩く。
 伝わってくるのは金属のような硬い感触だった。

 黒く染まっているのは肘と手首の中間くらいまでだ。
 その部分を避けて肌色になっている部分に狙いを付ける。

 オレは意を決して、デュランダルを左腕に振り下ろす。
 キィンッと軽い音をして、二つに分かれた。

 ――聖剣デュランダルが、だ。

 神授の聖剣が折れるとか、どれだけだ。
 オレは疲れた心で無言の突っ込みを入れる。

 聖剣の折れた部分から魔力が漏れ、風となって周囲に吹き荒れる。
 オレは常時発動している「理力の手(マジック・ハンド)」で飛ばされた刃を掴まえ、手元の剣から魔力が漏れないように制御を強める。

 オレは回収した折れた刃を鞘に入れ、デュランダルの残った刃も差し込む。

 以前に聖句を試した時には、「黄金の猪王」との戦いで付いた小さな傷が修復されていた。
 オレはダメ元で聖句を唱えてみる事にした。

「《永遠たれ》 デュランダル」

 青い光が鞘から溢れる。
 光が収まったあと、鞘から抜いたデュランダルは折れる前の姿に戻っていた。

 期待しなかったといえば嘘になるが、まさか折れた刃が繋がるとは思わなかった。
 さすがは安定の前座。これからも頼りにさせて貰おう。

 さて、もう一度だけ腕の切断を試してみよう。

 先ほど斬りつけた所を触ってみたら、肌色なだけで感触は黒い部分と変わらなかったのだ。
 オレは黄金鎧の腕パーツをストレージに格納して肘と肩の中間あたり、いわゆる二の腕の辺りを右手で触って柔らかいのを確認してから、デュランダルで斬りつけた。

 赤い血が零れ、腕が地面に落下していく。
 苦痛耐性のお陰で痛みは無いが、見ていて気分の良いモノではない。

 落ちる途中の腕をストレージに回収し、「理力の手(マジック・ハンド)」で傷口を押さえる。
 腕の付け根からぽたり、ぽたりと数滴の血が地面に垂れる。

 ――次の瞬間。

 ずぅおぉぉと、空気と地面を揺らして緑色の蔓の束が地上から天に向けて伸びた。
 初めは植物型の魔物が現れたのかと距離を取ったのだが、先ほどのは高さ10メートルほどまで伸びたサツマイモの蔓と葉だった。
 スケールが異常な点を除けば、ごく普通の植物だ。

 もしかしたら、オレの血が原因なのだろうか?
 ヒマができたら実験してみるのもいいが、今はそんな事をしている時でもない。

 オレは念の為、これ以上血が垂れないように、「治癒(アクア・ヒール)」で切断面の傷を癒す。
 血は止まったが、腕が再生する様子はない。

 ここまでは予定通りだ。
 マウスを使った実験でも、「治癒(アクア・ヒール)」で部位欠損は治らなかった。

 上級魔法薬を取り出す前に、右手で巨大サツマイモを引き抜いてストレージに回収した。
 この芋が新たな厄介ごとの種になっても困るからね。

 オレはストレージから魔力充填済みの上級魔法薬を取り出して、一気に飲み干す。
 マウスの実験では、これで腕や足の欠損が再生していた。

 だが、しばらく待っても再生が始まらない。

 目論見が外れたか……。
 疲労で麻痺した心で嘆息する。

 先ほど切断した手を繋ぎなおそうとして、思いとどまる。

 ――何だ?

 何かが意識の端に引っかかっている。

 何故だか、斥候を追って影にダイブした時の事がフラッシュバックした。

 ――そうだ。

 気合で影の空間に干渉して破壊できたのは何故だ。
 たしか、桜餅魔族が「原始魔法」がどうとか言っていた……。

 この手の魔法はフィクションだと「気合」と「イメージ」と「魔力」でなんとかなる場合が多い。
 更に素材があれば充分だろう。

 オレは秘蔵の上級回復薬が入った大樽をストレージから取り出して、腕の切断面を浸す。
 昔、アニメで見た白骨から人体が再生するシーンを脳裏に思い浮かべながら、裂帛の気合を叫ぶ。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 果たして、本当に「原始魔法」なんていう物があったのか、それとも「自己治癒」スキルが潜在能力を発揮したのかは判らない。

 だが、そんな事よりも――。

 ざばっと樽から引き抜いた腕の先が、ちゃんと再生していた事の方が何倍も重要だ。
 再生する時に傷口が開いたのか、一樽分の上級薬にオレの血が混ざってダメになってしまったが、薬なんてまた作ればいい。
 上級薬の材料になる血珠は真祖バンから大量に貰ってある。

 さて、王都に戻るか……。

 オレは「遠話(テレフォン)」の魔法でアリサに連絡を付ける。

『アリサ、こっちは片付いた。屋敷で合流しよう』
『も、もう終わったの? 王都の外から大きな音が聞こえてきたけど、大丈夫? 怪我はない?』
『ああ、大丈夫だ』

 そう告げて通話を解除する。

 帰還転移の魔法を起動する前に、王都に残存する魔物を「誘導矢(リモート・アロー)」や「短気絶(ショート・スタン)」で殲滅する。
 地下や屋内に少し残っているが、そちらは周囲に誰もいなかったり、拮抗する戦力がいたりして緊急性が低いので後回しで良いだろう。

「天ちゃ~ん」

 遠くから箒に乗ってふわふわと飛んでくるミトの声を「聞き耳」スキルが拾ってきた。
 ミトの傍にはホムンクルスのテンチャンもいる。

 ミトの正体がオレの予想通りなら、オレが鈴木一郎である事を告げて色々と話したい。
 だが、今は他に優先するべき事がある。
 ミトにマーカーを付けておけば、後で幾らでも会いに行けるだろう。

 オレは気絶した天竜を放置して、王都の屋敷へと「帰還転移」した。





「ご主人様~?」

 ペンドラゴン邸に戻ったオレを最初に出迎えたのはタマだ。
 頭に飛びついてきたタマを「理力の手(マジック・ハンド)」で捕まえて肩に乗せる。

「ただいま、タマ」
「怪我無い~?」
「ああ、もちろん(・・・・)さ」

 心配そうなタマに嘘を吐く。
 いや、今の状態なら事実だ。

「サトゥー」

 ミーアがゴツンと抱きついて来た。
 お互い武装が邪魔で、感動の再会も様にならない。

 二人に続いて他の子達も無事を喜んでくれた。

「皆、お疲れ様。夜が明けたら、もう一働きしてもらうから、3時間ほど仮眠をとっておいて」

 黄金鎧の兜だけを脱いで、皆にそう告げる。
 兜と一緒に変装マスクも除去済みだ。

「畏まりました」
「あい!」
「はいなのです」

 オレの指示に皆が口々に答え、それにあわせて腹の虫が合唱をする。
 長丁場の戦いだったから、お腹が減ったようだ。

 皆の背後に、夜食用に作り置きしてある軽食と果実水を載せたワゴンを出す。

「それじゃ、寝る前に何か軽いものでも作りましょうか」
「いや、もう用意してあるから、お腹が減った子はそれを食べてから仮眠しなさい。もう、起床後はいつもの装備で行動して貰うから黄金鎧は脱いでいいよ」

 ルルを止めて、皆の後ろに出したワゴンを指差す。

「わ~い」
「ろーすとびーふさんど、なのです!」
「骨付きカラアゲの存在を告知します」
「実に美味しそうですね」
「パフェ」
「アリサ、ポテトもあるわよ」
「……いつの間に」

 釈然としない顔のアリサ以外は、サンドイッチやカラアゲの攻略に取り掛かった。
 いつもは行儀の良いルルも、余程空腹だったのか、両手に料理を持って忙しそうに口に運んでいる。

「軽く食べたら寝るんだよ。夜明けになったら強制的に起こすから、早めに仮眠を取るように」

 オレの言葉にモガモガと返事をする皆に食事を続けるように促して、静かに部屋を出る。

「――空間魔法使いは必要ない?」

 だが、廊下の先には転移して来たアリサが立っていた。

「それで、ご主人様は一人でどこに行くのかしら?」
「戦いに行くわけじゃないよ。瓦礫の下に閉じ込められている人達を助けて来るだけさ」
「それなら、皆で行った方が――」

 アリサが全て口にする前に、オレは首を横に振る。

「無理はダメだよ。上級魔族相手に連戦をして、皆の疲労は限界を超えている。一度仮眠を取って神経を休めないと過労で倒れるよ」
「それはご主人様だって一緒じゃない」

 精神的に疲れているのは事実だが、だからと言って要救助者を放置するのは寝覚めが悪い。

「大丈夫、朝になったら皆と交代で仮眠を取らせて貰うさ」

 アリサの頭を撫でながらそう諭して、オレはエチゴヤの工場経由で王都の空へと戻った。
 変装用の(マスク)は再装備したが、黄金の兜は被らずにミトが付けていたような夜会用の目元だけを隠すマスクを装備する。





 救助を開始する前に、関係各所に報告を済ませておこう。

 オレは王城の国王に「遠話(テレフォン)」の魔法で連絡を取り、上級魔族や後から現れた三本線――上級魔族の用意した魔導兵器という事にした――の討滅の報告をする。
 ついでに、魔物の残りの位置と数を伝え、シガ八剣や聖騎士の派遣を依頼しておく。
 念の為、国王に「広報の間」を使って国民に事態の終息を告知する時に、赤縄模様の魔物の肉を食べないように注意してくれと頼んでおいた。大丈夫だとは思うが変な副作用があっても困る。

 次に「遠話(テレフォン)」の魔法でエチゴヤ商会の支配人に連絡を取り、戦闘の終了を伝え、今後の王都復興の為に必要な準備や根回しを指示する。
 戦々恐々としながら徹夜していたはずなのに、支配人は気合の入った声で「畏まりました」と二つ返事で行動に移ってくれた。
 実に頼もしいが、ワーカーホリックには気を付けて欲しい。

 続けて、エチゴヤ商会の工場地下に避難していた工場長のポリナにも、被災者達の支援に必要な準備を始めさせる。
 あまり時間の余裕もないので、ティファリーザやネルを始めとしたエチゴヤ商会の他の面々には一言ずつ労いの言葉を掛けるだけにしておいた。





 要救助者と思われる人々は約8670名。
 かなり多いが、人口20万を超える大陸有数の都市の被害としては妥当かもしれない。
 その多くは王都の外に逃げ出した者の中に含まれる怪我人達だ。神官達もいるようだが、治療が間に合っていないらしい。
 このうち1000名弱は倒壊した建物の下敷きになったり、火災を起こした家屋に取り残されたりしている。

 分布としては主に低所得者層区画の人達が多い。富裕層区画や貴族区画にも二桁以上いるが全体的に少数なので、低所得者層区画から救助に向かう。

 倒壊した家屋の上で幼い兄妹が、必死に瓦礫を退けているのが見えた。

「誰か! 助けてよ! 母ちゃん達がこの下にいるの!」
「誰も来ねぇよ。助けを呼ぶヒマがあったら瓦礫を一個でも退けるのを手伝え」
「お兄ぃ」

 マップで確認したところ、この家屋の下に彼らの母親らしき人と他数名が残留している。

 ――オレの救助のやり方は実にシンプルだ。

 オレは家屋の上に降下しながら、マップで範囲指定をして瓦礫や建材をストレージに収納していく。
 瓦礫は瞬く間にストレージに収納され、あっという間に家屋の隙間に取り残されていた人達が露になる。
 急に足場がなくなった兄妹が悲鳴を上げて落ちてきたが、「理力の手」で掴んで路肩に移動した。

 怪我をしてる人が多かったので「治癒(アクア・ヒール)」で纏めて治癒し、安全な路肩へと「理力の手」で運んだ。
 母親と感動の再会をする兄妹も、手がボロボロになっていたのでついでに治してやった。

 感謝の言葉に軽く手を上げて応え、すぐさま次の要救助者の所に向う。
 毎分16名強の速度で救出を行い、移動中に見つけた魔物の屍骸をストレージに回収していく。
 遺体を放置するのは偲びないが、今回は生者を優先させてもらう。

 途中で国王からの放送が行われ、恐慌状態だった王都の人々が目に見えて落ち着いていった。さすがは大国の王様だけある。

 オレは予定より早く救助活動を完了させた。自重を放棄したお陰で、1時間と掛かっていない。
 やはり、普段は地味だがユニークスキルの効果は絶大だ。

 ついでに王都の外に出て、空中に浮かんだまま怪我をしている人達に「軽治癒(ウォーター・ヒール)」「治癒(アクア・ヒール)」を掛けて癒していく。
 地上の人達から歓声や感謝の言葉が聞こえるのは想定内なのだが、中には膝をついてオレに祈りを捧げる人達までいた。

 ――そういうのは神様相手にしてあげて欲しい。





 夜明けまであと2時間。

 今度は王都の道路を塞ぐ瓦礫をストレージに収納して除去していく。
 さすがに全部は面倒なので、幹線道路と公園などの人々が避難している場所への経路を優先して掃除する。
 道路が陥没している場所が何箇所かあったので、そこの対処は王都の宰相に連絡して、優先的に土魔法使いを派遣するように伝える。
 これで災害救助や被災者支援の衛兵隊や騎士団の輜重隊が動けるだろう。

 最後に遺体の回収を行い、その弔いを周辺の住民に任せた。

 オレはメニューのメモ帳に書いた備忘録で抜けがないか確認する。
 よし、問題ない。王都で勇者ナナシがするべき事は終了だ。

 そして夜明けまでの間に、近隣の都市と街から202名の生活魔法使いと11名の神官を集めて来た。
 事前に王城に寄って国王から委任状を発行してもらっていたので、地元の太守や守護ともめる事無く人材を募集できた。
 もちろん、こんな時刻に短時間で集められたのは、転移魔法による輸送と募集時に一人当たり金貨10枚の高額報酬で釣ったお陰だろう。
 このうち、何割かはエチゴヤにスカウトするつもりなので、工場長のポリナや生活魔法使いのネルに良さそうな人をチェックするように命じてある。

 彼らはエチゴヤの工場にある増築中の寮に滞在し、今回の件で家を失った人達の衛生面を支えて貰う為に集めた。
 お腹が減って疲れている上に泥だらけだと、どん底まで気持ちが落ち込むからね。

 食糧の方はオレがやるまでもなく、国王が国庫の備蓄を放出し、宰相や将軍達が輜重隊や下級官僚や下働き達を動員してくれる事になっている。
 これで後は倒壊した家屋の再建と犠牲者達の葬儀だけだ。

 王国の威信を諸外国に示すためにも、今夜の舞踏会はちゃんと開催されるだろう。
 うちの子達の晴れ舞台なんだから、後顧の憂い無く楽しめるようにしたいもんね。

 ……それにしても、疲れた。

 夜明けの太陽を背に、オレは皆の眠るペンドラゴン邸へと帰還した。

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※次回更新は 11/30(日) の予定です。



●人物紹介
【ナナシ】     サトゥーの仮の姿。仮面で顔を隠した勇者。主に紫髪。
【クロ】      サトゥーの仮の姿。白髪に学生服の傍若無人なヒール役。
【デュランダル】  サトゥーの聖剣。一時アリサに預けていたが狗頭の魔王戦の前にサトゥーに返却された。
【斥候】      魔法信奉宗教団体「自由の光」の構成員。魔神を部分召喚した時に死亡。
【ミト】      彼女の正体は王祖ヤマト(Lv89)らしい。また、第一話で失踪していた後輩氏の可能性が高い。サトゥーは彼女の事をヒカルと呼んでいたが……。
【天ちゃん】    フジサン山脈に住む天竜。ミトの友人。
【テンチャン】   大剣を持つ銀髪の美女。竜の様なブレスを吐き背中にコウモリのような翼があるホムンクルス。誰かの使い魔。
【国王】      シガ王国の国王。ナナシを王祖ヤマトの転生者だと思っている。
【宰相】      シガ王国の宰相。ナナシを王祖ヤマトの転生者だと思っている。
【エチゴヤ商会】  クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【支配人】     エチゴヤ商会の女支配人。クロに名前で呼んでもらえない。
【ポリナ】     エチゴヤ商会の工場長。
【ティファリーザ】 エチゴヤ商会の秘書。クロの奴隷。命名のスキルを持つ美少女。
【ネル】      エチゴヤ商会の生活魔法使い。クロの奴隷。
12-30.王城の舞踏会
※2014/12/2 誤字修正しました。

 サトゥーです。少年漫画だとバトルに次ぐバトルで日常の風景は単なる箸休めな扱いのような気がします。でも、実際にそんな環境に身を置くと、当分バトルは遠慮して平和な場所で休養を取りたくなります。




「天ちゃん、落ちるぅううう~~」

 そんなミトの悲鳴を残して、天竜はフジサン山脈に逃げるように帰って行った。
 光点の動きからしてミトとホムンクルスのテンチャンも一緒のようだ。

 オレ達が王都を発つまでに帰ってこないようなら、こちらからフジサン山脈に出向いてミトに会いに行こう。

 ……そうだ、天竜の落とした鱗の回収を忘れていた。
 あのまま放置しても良いが、変なゴールドラッシュ騒ぎでも起こったら地元の農民に迷惑だ。さっさと回収しておくとしよう。





 ふっふふ~ん、とオレは鼻歌交じりにペンドラゴン邸へと帰還した。
 実は鱗の回収を終えたタイミングで、オレを(・・・)心配したアーゼさんから「無限遠話(ワールド・フォン)」が入ったのだ。

 ――心配して焦るアーゼさんも可愛かった。

 うちの子達はまだ寝ているようなので、普段着に着替えて階下へと移動する。
 そこには通いの使用人達が勢揃いしていた。

「「「おはようございます、旦那様」」」
「ああ、おはよう」

 朝からシャキッとした挨拶に返事をし、老執事に昨日の事件の後だから実家が大変な者は休んでも良いと伝える。

「お気遣い感謝いたします――」

 老執事の話によると、通いの使用人たちの実家は無事なようだ。

 レーダーに知人を報せる青い光点が映った。
 オレは老執事に二階の寝室で寝ている子達が起きてくるまで寝かせておくように指示して、エントランスホールの方に足を運ぶ。

「ご主人様、来客でございます」
「サトゥーさん、おはようございます」

 メイドさんに案内されて玄関から入ってきたのは、神官服に身を包んだセーラだった。
 あんな事件の後なのに、よくオーユゴック公爵や家臣団が外出を許したものだ。

「おはようございます、セーラさん。こんな朝早くどうされましたか?」
「こんな早朝からすみません。サトゥーさん、実はお願いしたい事が――」

 少し言いにくそうにするセーラのお願いは、市内視察への同行だった。

 もちろん、物見遊山ではなく、大怪我をしているであろう王都の人達を治癒する為との事だ。
 既に王都の人達はナナシで治癒済みなのだが、それをサトゥーとして語るわけにはいかない。

 それはともかく、オレに頼むまでもなくセーラには護衛の騎士が4騎ほどオレの屋敷まで同行している。
 そこでその事をセーラに確認したところ、オーユゴック公爵が貴族街の外に出る条件として指定したのが、オレと一緒に行動するというものだったそうだ。

 それだけを聞くと、まるでオーユゴック公爵がオレとセーラをくっつけようとしていると誤解を受けそうだが、オレを付ければ自動的にシガ八剣と互角なリザ達を護衛に付けられるという目論見が隠れているに違いない。

 オレはセーラのお願いを快諾し、護衛の女騎士達の値踏みするような視線を受けながら、王都を巡った。





「これだけの被害を受けているのに怪我をしている方がいらっしゃいませんね」
「ええ、そうですね――」

 セーラの困惑した言葉に頷く。

 このあたりは富裕層エリアなので、ゴーレムや奴隷や使用人らしき男たちが集まって瓦礫の撤去などを行っている。
 陥没した街路を修繕する魔法兵やローブを着た魔法使いなども見受けられた。

 それを横目に見ながら、オレ達は富裕層エリアを越えて一般市民エリアへと入る。

 周囲を見回すと、夜が明けてから二時間も経っていないのに、市民達が協力しあって倒壊家屋の後片付けを始めていた。
 こちらでは魔法使いやゴーレムなどはほとんど見当たらない。

 オレ達が視察しているのに気付くと市民達が手を止めて平伏するので、オレ達は作業の邪魔にならないように、なるべく足を止めずに視察を続けた。

「姫様、周囲の家があれだけ壊れているのに、街路に瓦礫一つありません」
「ええ、王都の工兵達はよほど優秀なのですね」

 馬を進めながら護衛騎士の一人が感心したように、セーラに話しかける。
 工兵達は確かに優秀だが、それはオレの仕業だ。さすがに、チートなしだと事件収束から二時間で王都中の瓦礫撤去をするにはマンパワーが足りない。

 公園ではエチゴヤ商会で雇った生活魔法使いが無料で市民の汚れを落としたり、炊き出しをしているのを見かけた。
 エチゴヤ商会の人間だけでなく、近隣の主婦達も手伝ってくれているようだ。

 公園の木立の傍でぐったりとしている人達がいたので、馬を下りたセーラが声を掛ける。

「お加減が悪いのですか?」
「い、いいえ、神官様。その人達は瓦礫の下から助け出された者達でございまして――」

 近くで平伏していた老婆が、彼らは疲れて寝ているだけだとセーラに説明してくれる。

「勇者様が瓦礫の下から、孫達を助け出してくださったのですじゃ」

 その老婆の声を聞いて、近くにいた他の市民達も顔を上げて口々に勇者自慢をはじめた。

「ワシは勇者様の魔法で魔物から助けていただいたんじゃよ」
「凄かったのぅ。お姿も見えないほど遠くから幾百もの魔法の矢で、騎士様達でも苦戦していた魔物達をあっという間に倒してしまわれた」
「俺なんか腕が千切れそうなほどの大怪我だったのに、黄金の鎧の勇者様が魔法で癒してくれたんだぜ」

 ――くすぐったいので、その辺で止めて欲しい。

「わしらが、こうして生きておるのも勇者ナナシ様のお陰じゃ」

 老婆が両手を合わせて祈り始めたのを見て、周囲の人達もナムナムと祈り始めてしまった。

 ……だから、祈るのは止めてくれ。

 居た堪れなくなったオレはセーラを促して公園を立ち去り、今度は低所得市民エリアに向かった。

 だんだんと街路を行き交う人達に雑然さが出始めてきた。
 とくに炊き出しが行われている広場周辺の混雑が凄い。一般市民エリアでも炊き出しが行われていたが、こちらは暴動寸前だ。
 やれ並ばないだの、割り込んだだの、ちょっとした事で殴り合いが起こったりしている。
 暴力から縁遠いセーラが、その光景を見て表情を曇らせる。

 ――パンッ。

 オレが掌を打ち合わせた音が広場の喧騒を止める。
 打ち合わせる瞬間に魔刃を生むのがコツだ。

「お、おい、あれ貴族様じゃないか」
「騎士様もいるぞ」

 オレ達に気がついた人達が、次々と平伏していく。
 迷宮都市だと「なんだ、貴族か」くらいで終わりだが、門閥貴族が闊歩する王都だと無礼を働いたら簡単に処分されてしまうので、こんな時代劇のような反応になるのだろう。

「みなさん、食糧は陛下が充分な量を用意しています。シガ王国の国民に相応しい秩序ある行動を心がけてください」

 セーラが凛々しい笑顔で市民達に語り掛ける。

「おい、秩序ってなんだ?」
「知らね。それより相応しいってどういう意味だっけ」

 そんな市民達の言葉を聞き耳スキルが拾ってきた。
 それでも、おおよそのニュアンスが伝わったのか、セーラの笑顔に毒気を抜かれた人々が、炊き出しをしている係員達の指示に従って列を作り始めた。

 こちらに敬礼をする係員達に手を振って、オレ達は王都視察を終了し帰還の途についた。





 オレは王城に隣接するオーユゴック公爵邸の前でセーラと別れ、ムーノ男爵達の滞在する王城の迎賓館に寄ってから帰還した。
 男爵家のメイドの一人が慌てて階段から落ちた以外に被害は無かったようで安心した。

 オレの留守中にカリナ嬢が来ていたらしいが、特にオレに用事というわけではなかったらしい。
 たぶん、うちの子達の安否を確認しに来たのだろう。

 皆と一緒に早めの昼食を終え、早くも夜会の準備を始めさせる。
 オレは最下級の貴族なので、上位の貴族達が来る前に会場に入らないといけないのだ。
 夜会が始まるのは日没後だが、オレたちはその一時間前には会場に入っておく必要があるらしい。

 皆が用意を終えるまでの間に、ナナシになって王城の国王や宰相と会いに行った。
 オレが国王の執務室に顔を出した時に、二人から平伏しそうな勢いで幾度も幾度も礼を言われた。
 途中で面倒になったので強引に遮って、ここに来た本来の目的――オレが知り得た事件の詳細と黒線の本当の正体を伝えた。

 驚愕する二人だったが、あれが尋常の存在で無い事は家臣達からの報告で察していたらしく、比較的簡単にオレの話を信じてくれた。

「魔神の部分召喚とは……」
「ああ、その事でまた禁書庫に篭らせて貰うよ」
「承知いたしました。優秀な司書を用意いたしますので、必要な資料がございましたらその者にお申し付けください」
「助かるよ」

 ツンとした女教師系の人だと調べ物も楽しそうだ。

 オレの報告の後に、事件の犯人達の処遇を教えて貰った。
「自由の光」と「自由の翼」の残党は王国会議後に全員公開処刑。「自由の光」に拠点を提供していた貴族は反逆罪を適用されて一族郎党全員処刑――。

「年端も行かない子供達もかい?」
「いいえ。ナ、王祖様の制定された法に則りまして、10歳以下の子供はフジサン山脈の麓にある修道院で一生を過ごす事になります」

 なるほど、当時のアイツの頑張りが見える法律だ。

 納得したオレに宰相が他の者達の処遇を続ける。
 その貴族に協力していた貴族達も、協力の度合いにあわせて当主の処刑から罰金刑まで様々な罰を与えるそうだ。
 シガ八剣達を襲った神殿騎士を派遣したのは、大陸西方のパリオン神国から出向してきていた枢機卿らしいのだが、そいつは事件の混乱に乗じて逃亡した後だったらしい。

 パリオン神国の関係者は全て拘束し、保護という名目で王城内に監禁しているそうだ。

 また、お気楽オカルト集団の「自由の風」の構成員もお咎め無しとはいかず、過激な言動を行っていた数名を見せしめに軽い処罰を与えるとの事だった。





「じゃ、じゃ~ん!」
「じゃ~ん?」
「じゃじゃんなのです!」

 庶務を終えたオレがペンドラゴン邸のリビングで寛いでいると、そんな効果音を口で言いながらアリサ、タマ、ポチの三人がドレス姿を披露しに現れた。

 簡単に言うとシンデレラっぽいドレスだ。
 中にパニエというフレームが入っていて、スカートを立体的にボリュームアップしている。両サイドの大きなリボンが可愛い。
 三人ともお揃いで色だけが違う。アリサが白、ポチが黄色、タマがピンクだ。

 三人の額を飾る細いサークレットに付けた宝石も、それぞれのドレスに合わせてある。どれも色違いの金剛石(ダイヤモンド)で、ブリリアンカットもどきに加工するのが一苦労だった。
 この加工にも聖剣デュランダルが大活躍だった。
 やはり聖剣は良く斬れる。

「みんな良く似合っているよ」
「でへへぇ~」
「わ~い」
「なのです!」

 オレが三人を誉めると、その場でくるくると回って喜びを表現している。
 膨らんだスカートがコマのようだ。

「マスター、新装備の検分を依頼します」
「ナナ様、ステキです」
「マしター、ナナ様のドレス、褒めて褒めて?」
「ご主人様、私はやはり鎧姿の方が……」

 次に部屋に入ってきたのはナナとリザだ。
 ナナは無表情ながらも、どこか誇らしげな様子でシロとクロウを連れている。チビ二人は連れて行けないので普段着のままだ。

 リザは昨日の晩餐会に続いて二日連続のドレス姿なのだが、未だにスカート姿が馴染めないようだ。
 今日のリザの衣装は昨日よりも華やかなドレスだ。
 胸元に幾重にも重ねた生地によって薄さをカバーするデザインになっており、リザのシャープさを引き立てつつも女性らしい華やかさを演出するように工夫してある。

 その点、ナナの衣装は工夫点が少ない。胸の谷間を主張する普通のデザインだ。下品にならないようにだけ注意した。ドレスにブラトップを縫いこんであるので、背中のラインがステキに露出している。

 リザが紺色、ナナが紅色の生地を使ったドレスだ。

「二人共よく似合っているよ。リザ、襟元が折れてる。直してあげるからこっちにおいで」
「あ、ありがとうございます、ご主人様」

 オレがリザの襟直しをしたのが羨ましかったのか、アリサ達自分達の衣装を乱そうとするが、そもそもリザのドレスにしか襟がないので無理な話だ。

「ご主人様、お待たせしました」
「サトゥー」

 最後にルルとミーアが部屋に入ってきた。
 白いドレスを着たルルに目を奪われる。可憐に微笑むルルは思わず惚れそうなほど魅力的だ。

「むぅ」

 ルルに見惚れていたせいか、ヘソを曲げたミーアにゲシッと脛を蹴られてしまった。

「ごめんごめん、二人共、とっても可愛いよ」

 ミーアの衣装はエルフらしく植物っぽいテイストのドレスになっている。
 はっぱを模した透ける生地を幾つも重ねることで緑色のグラデーションを描き、左腰と右肩に青い薔薇のような飾りを付けている。
 元の世界にいた時は布だけで立体的にする縫い方があったと思うのだが、やり方が解らず、細いミスリルのワイヤーで補強しておいた。

 ルルの衣装はウェディングドレスっぽい清楚な白いドレスだ。
 一見、白一色だが、アダマンタイトを使った特殊な糸で刺繍をしてあるので、シャンデリアのような照明の下だと、キラキラと模様が浮き上がるサプライズ仕様になっている。
 もちろん、ルルには秘密だ。

 なお、どのドレスも裏地に世界樹の枝やクジラのヒゲから作った繊維を織り込んであるので、防御力は折り紙付きだ。





 二台の馬車に分乗したオレ達は王城の中にある迎賓館の一つへと辿り着いた。
 この館は舞踏会を行う時にだけ使われる場所らしい。

 本館と別館からなり、オレ達下級貴族の会場は別館一階および中庭となっている。上級貴族達の会場は本館の二階が会場、一階が従者や護衛達の待機場所になるらしい。

 ロータリーで馬車を降り、青い絨毯が敷かれた廊下を歩いて会場へ向かう。

「あれはミスリルの探索者達かしら?」
「蜥蜴人に犬人、猫人、まぁ、エルフ様までいらっしゃるわ」
「黒髪の少年が率いる集団――あれが『傷無し』ペンドラゴンか!」

 聞き耳スキルが、噂話をする下級貴族の集団からそんな声を拾ってきた。
 特に悪い噂でもないので、にこやかな笑顔で会釈して通り過ぎる。

 本会場には300人以上が同時に踊れるほどの広さがある。
 しかもよく見てみれば、同じ広さの部屋が他に2つも繋がっているようだ。
 下級貴族は人数が多いので、これくらいの広さが必要なのだろう。

「きれ~?」
「しゃんでりあが一杯なのです」
「綺麗だと賞賛します」

 タマ、ポチ、ナナが会場を煌々と照らす幾台ものシャンデリアを見上げて感嘆の声を上げる。

「あれって、蝋燭とかじゃないみたいだけど、全部魔法道具なのかしら?」
「そうみたいだね」

 アリサが尋ねてきたので鑑定してみた所、光粒を使った魔法道具だと判った。
 他にも部屋の四隅の天井付近に換気用の魔法道具が備え付けられている。
 さすが大国の舞踏会場だけあって、他にも防犯用の魔法道具なんかも設置されているようだ。

「華やかですね。私には場違いな気がします」
「そんな事はないさ。リザも立派な貴婦人だよ」

 不安そうなリザにお世辞ではなく、本心からそう保証してやる。
 実際、このフロアにいる貴族達のうち5%ほどは人族以外の種族だ。ほとんどは一代限りの名誉士爵ばかりだが、中には名誉男爵の位を持つ者もいる。

「ルルも少し肩の力を抜いて良いよ」
「で、でも。私みたいな子が着飾っても……」

 最近はなりを潜めていたのに、華やかな舞台に来たせいかルルの劣等感が復活している。
 オレの主観だと、この場にいる誰よりも可憐で美しいのに、劣等感で美貌を翳らせるなんて勿体な過ぎる。

 丁度、楽団の準備が終わったようで、ゆったりとした曲がフロアに流れ始める。
 司会進行の人が、まだ開会の挨拶をしていないのに気が早いカップルが何組か曲に合わせて踊り始めているようだ。
 ルルが踊るカップルを見て羨ましそうな吐息をそっと漏らした。

「お嬢さん、私と踊っていただけませんか?」

 オレはルルに手を差し出して、ちょっとキザっぽく声を作ってダンスを誘う。

「あ、あの……わ、私で良ければ」

 おずおずとオレの手を取ったルルを連れてカップル達が踊る広場へとエスコートする。
 ゆったりした曲に合わせて、回遊魚のように踊る。
 初めは失敗しないように緊張していたルルも、オレがわざとステップを失敗したのをみて噴出(ふきだ)してからはリラックスして踊れるようになった。
 道化になった甲斐がある。

 くるくると二人で踊り、平和な夜を満喫する。
 やっぱり魔族と戦うよりも、こんな風にのんびりとした時間がオレには合っている。

 ルルが満足するまで、オレ達は何曲も踊り続けた。

 なお、踊り終わって皆の所に戻ると、踊って欲しそうにこちらを見ていたので、順番にパートナーをお願いする事になった。

「アリサは踊らなくて良いの?」
「ふふん、真打はラストを飾るものなのよ!」

 そんなアリサの強がっている声を聞き耳スキルが拾ってきた。
 そしてそれがフラグだったように、うちの子たち以外の青い光点がレーダーに……。

 ――舞踏会の夜は長そうだ。

※次回更新は 12/7(日) の予定です。
 舞踏会のお話をもう一話続けても良かったのですが、12章は今回の12-30で終了です。
 12/7,14は幕間を予定しています。

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●人物紹介
【ナナシ】     サトゥーの仮の姿。仮面で顔を隠した勇者。主に紫髪。
【デュランダル】  サトゥーの聖剣。一時アリサに預けていたが狗頭の魔王戦の前にサトゥーに返却された。
【アーゼ】     アイアリーゼ。ボルエナンの森のハイエルフ。サトゥーの想い人。
【セーラ】     テニオン神殿の神託の巫女。オーユゴック公爵の孫。サトゥーの友人。
【自由の光】    魔法信奉宗教団体。パリオン神国に拠点を持つ。王都で魔神を部分召喚した。
【自由の翼】    魔法信奉宗教団体。オーユゴック公爵領で、魔王「黄金の猪王」を復活させた。現在は少数の残党を残すのみ。
【自由の風】    魔法信奉宗教団体。シガ王国の王都を拠点にするお気楽オカルト集団。
【ミト】      彼女の正体は王祖ヤマト(Lv89)らしい。また、第一話で失踪していた後輩氏の可能性が高い。サトゥーは彼女の事をヒカルと呼んでいたが……。
【天ちゃん】    フジサン山脈に住む天竜。ミトの友人。
【テンチャン】   大剣を持つ銀髪の美女。竜の様なブレスを吐き背中にコウモリのような翼があるホムンクルス。誰かの使い魔。
【国王】      シガ王国の国王。ナナシを王祖ヤマトの転生者だと思っている。
【宰相】      シガ王国の宰相。ナナシを王祖ヤマトの転生者だと思っている。
【エチゴヤ商会】  クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
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