12-30.王城の舞踏会
※2014/12/2 誤字修正しました。
サトゥーです。少年漫画だとバトルに次ぐバトルで日常の風景は単なる箸休めな扱いのような気がします。でも、実際にそんな環境に身を置くと、当分バトルは遠慮して平和な場所で休養を取りたくなります。
◇
「天ちゃん、落ちるぅううう~~」
そんなミトの悲鳴を残して、天竜はフジサン山脈に逃げるように帰って行った。
光点の動きからしてミトとホムンクルスのテンチャンも一緒のようだ。
オレ達が王都を発つまでに帰ってこないようなら、こちらからフジサン山脈に出向いてミトに会いに行こう。
……そうだ、天竜の落とした鱗の回収を忘れていた。
あのまま放置しても良いが、変なゴールドラッシュ騒ぎでも起こったら地元の農民に迷惑だ。さっさと回収しておくとしよう。
◇
ふっふふ~ん、とオレは鼻歌交じりにペンドラゴン邸へと帰還した。
実は鱗の回収を終えたタイミングで、オレを 心配したアーゼさんから「無限遠話 」が入ったのだ。
――心配して焦るアーゼさんも可愛かった。
うちの子達はまだ寝ているようなので、普段着に着替えて階下へと移動する。
そこには通いの使用人達が勢揃いしていた。
「「「おはようございます、旦那様」」」
「ああ、おはよう」
朝からシャキッとした挨拶に返事をし、老執事に昨日の事件の後だから実家が大変な者は休んでも良いと伝える。
「お気遣い感謝いたします――」
老執事の話によると、通いの使用人たちの実家は無事なようだ。
レーダーに知人を報せる青い光点が映った。
オレは老執事に二階の寝室で寝ている子達が起きてくるまで寝かせておくように指示して、エントランスホールの方に足を運ぶ。
「ご主人様、来客でございます」
「サトゥーさん、おはようございます」
メイドさんに案内されて玄関から入ってきたのは、神官服に身を包んだセーラだった。
あんな事件の後なのに、よくオーユゴック公爵や家臣団が外出を許したものだ。
「おはようございます、セーラさん。こんな朝早くどうされましたか?」
「こんな早朝からすみません。サトゥーさん、実はお願いしたい事が――」
少し言いにくそうにするセーラのお願いは、市内視察への同行だった。
もちろん、物見遊山ではなく、大怪我をしているであろう王都の人達を治癒する為との事だ。
既に王都の人達はナナシで治癒済みなのだが、それをサトゥーとして語るわけにはいかない。
それはともかく、オレに頼むまでもなくセーラには護衛の騎士が4騎ほどオレの屋敷まで同行している。
そこでその事をセーラに確認したところ、オーユゴック公爵が貴族街の外に出る条件として指定したのが、オレと一緒に行動するというものだったそうだ。
それだけを聞くと、まるでオーユゴック公爵がオレとセーラをくっつけようとしていると誤解を受けそうだが、オレを付ければ自動的にシガ八剣と互角なリザ達を護衛に付けられるという目論見が隠れているに違いない。
オレはセーラのお願いを快諾し、護衛の女騎士達の値踏みするような視線を受けながら、王都を巡った。
◇
「これだけの被害を受けているのに怪我をしている方がいらっしゃいませんね」
「ええ、そうですね――」
セーラの困惑した言葉に頷く。
このあたりは富裕層エリアなので、ゴーレムや奴隷や使用人らしき男たちが集まって瓦礫の撤去などを行っている。
陥没した街路を修繕する魔法兵やローブを着た魔法使いなども見受けられた。
それを横目に見ながら、オレ達は富裕層エリアを越えて一般市民エリアへと入る。
周囲を見回すと、夜が明けてから二時間も経っていないのに、市民達が協力しあって倒壊家屋の後片付けを始めていた。
こちらでは魔法使いやゴーレムなどはほとんど見当たらない。
オレ達が視察しているのに気付くと市民達が手を止めて平伏するので、オレ達は作業の邪魔にならないように、なるべく足を止めずに視察を続けた。
「姫様、周囲の家があれだけ壊れているのに、街路に瓦礫一つありません」
「ええ、王都の工兵達はよほど優秀なのですね」
馬を進めながら護衛騎士の一人が感心したように、セーラに話しかける。
工兵達は確かに優秀だが、それはオレの仕業だ。さすがに、チートなしだと事件収束から二時間で王都中の瓦礫撤去をするにはマンパワーが足りない。
公園ではエチゴヤ商会で雇った生活魔法使いが無料で市民の汚れを落としたり、炊き出しをしているのを見かけた。
エチゴヤ商会の人間だけでなく、近隣の主婦達も手伝ってくれているようだ。
公園の木立の傍でぐったりとしている人達がいたので、馬を下りたセーラが声を掛ける。
「お加減が悪いのですか?」
「い、いいえ、神官様。その人達は瓦礫の下から助け出された者達でございまして――」
近くで平伏していた老婆が、彼らは疲れて寝ているだけだとセーラに説明してくれる。
「勇者様が瓦礫の下から、孫達を助け出してくださったのですじゃ」
その老婆の声を聞いて、近くにいた他の市民達も顔を上げて口々に勇者自慢をはじめた。
「ワシは勇者様の魔法で魔物から助けていただいたんじゃよ」
「凄かったのぅ。お姿も見えないほど遠くから幾百もの魔法の矢で、騎士様達でも苦戦していた魔物達をあっという間に倒してしまわれた」
「俺なんか腕が千切れそうなほどの大怪我だったのに、黄金の鎧の勇者様が魔法で癒してくれたんだぜ」
――くすぐったいので、その辺で止めて欲しい。
「わしらが、こうして生きておるのも勇者ナナシ様のお陰じゃ」
老婆が両手を合わせて祈り始めたのを見て、周囲の人達もナムナムと祈り始めてしまった。
……だから、祈るのは止めてくれ。
居た堪れなくなったオレはセーラを促して公園を立ち去り、今度は低所得市民エリアに向かった。
だんだんと街路を行き交う人達に雑然さが出始めてきた。
とくに炊き出しが行われている広場周辺の混雑が凄い。一般市民エリアでも炊き出しが行われていたが、こちらは暴動寸前だ。
やれ並ばないだの、割り込んだだの、ちょっとした事で殴り合いが起こったりしている。
暴力から縁遠いセーラが、その光景を見て表情を曇らせる。
――パンッ。
オレが掌を打ち合わせた音が広場の喧騒を止める。
打ち合わせる瞬間に魔刃を生むのがコツだ。
「お、おい、あれ貴族様じゃないか」
「騎士様もいるぞ」
オレ達に気がついた人達が、次々と平伏していく。
迷宮都市だと「なんだ、貴族か」くらいで終わりだが、門閥貴族が闊歩する王都だと無礼を働いたら簡単に処分されてしまうので、こんな時代劇のような反応になるのだろう。
「みなさん、食糧は陛下が充分な量を用意しています。シガ王国の国民に相応しい秩序ある行動を心がけてください」
セーラが凛々しい笑顔で市民達に語り掛ける。
「おい、秩序ってなんだ?」
「知らね。それより相応しいってどういう意味だっけ」
そんな市民達の言葉を聞き耳スキルが拾ってきた。
それでも、おおよそのニュアンスが伝わったのか、セーラの笑顔に毒気を抜かれた人々が、炊き出しをしている係員達の指示に従って列を作り始めた。
こちらに敬礼をする係員達に手を振って、オレ達は王都視察を終了し帰還の途についた。
◇
オレは王城に隣接するオーユゴック公爵邸の前でセーラと別れ、ムーノ男爵達の滞在する王城の迎賓館に寄ってから帰還した。
男爵家のメイドの一人が慌てて階段から落ちた以外に被害は無かったようで安心した。
オレの留守中にカリナ嬢が来ていたらしいが、特にオレに用事というわけではなかったらしい。
たぶん、うちの子達の安否を確認しに来たのだろう。
皆と一緒に早めの昼食を終え、早くも夜会の準備を始めさせる。
オレは最下級の貴族なので、上位の貴族達が来る前に会場に入らないといけないのだ。
夜会が始まるのは日没後だが、オレたちはその一時間前には会場に入っておく必要があるらしい。
皆が用意を終えるまでの間に、ナナシになって王城の国王や宰相と会いに行った。
オレが国王の執務室に顔を出した時に、二人から平伏しそうな勢いで幾度も幾度も礼を言われた。
途中で面倒になったので強引に遮って、ここに来た本来の目的――オレが知り得た事件の詳細と黒線の本当の正体を伝えた。
驚愕する二人だったが、あれが尋常の存在で無い事は家臣達からの報告で察していたらしく、比較的簡単にオレの話を信じてくれた。
「魔神の部分召喚とは……」
「ああ、その事でまた禁書庫に篭らせて貰うよ」
「承知いたしました。優秀な司書を用意いたしますので、必要な資料がございましたらその者にお申し付けください」
「助かるよ」
ツンとした女教師系の人だと調べ物も楽しそうだ。
オレの報告の後に、事件の犯人達の処遇を教えて貰った。
「自由の光」と「自由の翼」の残党は王国会議後に全員公開処刑。「自由の光」に拠点を提供していた貴族は反逆罪を適用されて一族郎党全員処刑――。
「年端も行かない子供達もかい?」
「いいえ。ナ、王祖様の制定された法に則りまして、10歳以下の子供はフジサン山脈の麓にある修道院で一生を過ごす事になります」
なるほど、当時のアイツの頑張りが見える法律だ。
納得したオレに宰相が他の者達の処遇を続ける。
その貴族に協力していた貴族達も、協力の度合いにあわせて当主の処刑から罰金刑まで様々な罰を与えるそうだ。
シガ八剣達を襲った神殿騎士を派遣したのは、大陸西方のパリオン神国から出向してきていた枢機卿らしいのだが、そいつは事件の混乱に乗じて逃亡した後だったらしい。
パリオン神国の関係者は全て拘束し、保護という名目で王城内に監禁しているそうだ。
また、お気楽オカルト集団の「自由の風」の構成員もお咎め無しとはいかず、過激な言動を行っていた数名を見せしめに軽い処罰を与えるとの事だった。
◇
「じゃ、じゃ~ん!」
「じゃ~ん?」
「じゃじゃんなのです!」
庶務を終えたオレがペンドラゴン邸のリビングで寛いでいると、そんな効果音を口で言いながらアリサ、タマ、ポチの三人がドレス姿を披露しに現れた。
簡単に言うとシンデレラっぽいドレスだ。
中にパニエというフレームが入っていて、スカートを立体的にボリュームアップしている。両サイドの大きなリボンが可愛い。
三人ともお揃いで色だけが違う。アリサが白、ポチが黄色、タマがピンクだ。
三人の額を飾る細いサークレットに付けた宝石も、それぞれのドレスに合わせてある。どれも色違いの金剛石 で、ブリリアンカットもどきに加工するのが一苦労だった。
この加工にも聖剣デュランダルが大活躍だった。
やはり聖剣は良く斬れる。
「みんな良く似合っているよ」
「でへへぇ~」
「わ~い」
「なのです!」
オレが三人を誉めると、その場でくるくると回って喜びを表現している。
膨らんだスカートがコマのようだ。
「マスター、新装備の検分を依頼します」
「ナナ様、ステキです」
「マしター、ナナ様のドレス、褒めて褒めて?」
「ご主人様、私はやはり鎧姿の方が……」
次に部屋に入ってきたのはナナとリザだ。
ナナは無表情ながらも、どこか誇らしげな様子でシロとクロウを連れている。チビ二人は連れて行けないので普段着のままだ。
リザは昨日の晩餐会に続いて二日連続のドレス姿なのだが、未だにスカート姿が馴染めないようだ。
今日のリザの衣装は昨日よりも華やかなドレスだ。
胸元に幾重にも重ねた生地によって薄さをカバーするデザインになっており、リザのシャープさを引き立てつつも女性らしい華やかさを演出するように工夫してある。
その点、ナナの衣装は工夫点が少ない。胸の谷間を主張する普通のデザインだ。下品にならないようにだけ注意した。ドレスにブラトップを縫いこんであるので、背中のラインがステキに露出している。
リザが紺色、ナナが紅色の生地を使ったドレスだ。
「二人共よく似合っているよ。リザ、襟元が折れてる。直してあげるからこっちにおいで」
「あ、ありがとうございます、ご主人様」
オレがリザの襟直しをしたのが羨ましかったのか、アリサ達自分達の衣装を乱そうとするが、そもそもリザのドレスにしか襟がないので無理な話だ。
「ご主人様、お待たせしました」
「サトゥー」
最後にルルとミーアが部屋に入ってきた。
白いドレスを着たルルに目を奪われる。可憐に微笑むルルは思わず惚れそうなほど魅力的だ。
「むぅ」
ルルに見惚れていたせいか、ヘソを曲げたミーアにゲシッと脛を蹴られてしまった。
「ごめんごめん、二人共、とっても可愛いよ」
ミーアの衣装はエルフらしく植物っぽいテイストのドレスになっている。
はっぱを模した透ける生地を幾つも重ねることで緑色のグラデーションを描き、左腰と右肩に青い薔薇のような飾りを付けている。
元の世界にいた時は布だけで立体的にする縫い方があったと思うのだが、やり方が解らず、細いミスリルのワイヤーで補強しておいた。
ルルの衣装はウェディングドレスっぽい清楚な白いドレスだ。
一見、白一色だが、アダマンタイトを使った特殊な糸で刺繍をしてあるので、シャンデリアのような照明の下だと、キラキラと模様が浮き上がるサプライズ仕様になっている。
もちろん、ルルには秘密だ。
なお、どのドレスも裏地に世界樹の枝やクジラのヒゲから作った繊維を織り込んであるので、防御力は折り紙付きだ。
◇
二台の馬車に分乗したオレ達は王城の中にある迎賓館の一つへと辿り着いた。
この館は舞踏会を行う時にだけ使われる場所らしい。
本館と別館からなり、オレ達下級貴族の会場は別館一階および中庭となっている。上級貴族達の会場は本館の二階が会場、一階が従者や護衛達の待機場所になるらしい。
ロータリーで馬車を降り、青い絨毯が敷かれた廊下を歩いて会場へ向かう。
「あれはミスリルの探索者達かしら?」
「蜥蜴人に犬人、猫人、まぁ、エルフ様までいらっしゃるわ」
「黒髪の少年が率いる集団――あれが『傷無し』ペンドラゴンか!」
聞き耳スキルが、噂話をする下級貴族の集団からそんな声を拾ってきた。
特に悪い噂でもないので、にこやかな笑顔で会釈して通り過ぎる。
本会場には300人以上が同時に踊れるほどの広さがある。
しかもよく見てみれば、同じ広さの部屋が他に2つも繋がっているようだ。
下級貴族は人数が多いので、これくらいの広さが必要なのだろう。
「きれ~?」
「しゃんでりあが一杯なのです」
「綺麗だと賞賛します」
タマ、ポチ、ナナが会場を煌々と照らす幾台ものシャンデリアを見上げて感嘆の声を上げる。
「あれって、蝋燭とかじゃないみたいだけど、全部魔法道具なのかしら?」
「そうみたいだね」
アリサが尋ねてきたので鑑定してみた所、光粒を使った魔法道具だと判った。
他にも部屋の四隅の天井付近に換気用の魔法道具が備え付けられている。
さすが大国の舞踏会場だけあって、他にも防犯用の魔法道具なんかも設置されているようだ。
「華やかですね。私には場違いな気がします」
「そんな事はないさ。リザも立派な貴婦人だよ」
不安そうなリザにお世辞ではなく、本心からそう保証してやる。
実際、このフロアにいる貴族達のうち5%ほどは人族以外の種族だ。ほとんどは一代限りの名誉士爵ばかりだが、中には名誉男爵の位を持つ者もいる。
「ルルも少し肩の力を抜いて良いよ」
「で、でも。私みたいな子が着飾っても……」
最近はなりを潜めていたのに、華やかな舞台に来たせいかルルの劣等感が復活している。
オレの主観だと、この場にいる誰よりも可憐で美しいのに、劣等感で美貌を翳らせるなんて勿体な過ぎる。
丁度、楽団の準備が終わったようで、ゆったりとした曲がフロアに流れ始める。
司会進行の人が、まだ開会の挨拶をしていないのに気が早いカップルが何組か曲に合わせて踊り始めているようだ。
ルルが踊るカップルを見て羨ましそうな吐息をそっと漏らした。
「お嬢さん、私と踊っていただけませんか?」
オレはルルに手を差し出して、ちょっとキザっぽく声を作ってダンスを誘う。
「あ、あの……わ、私で良ければ」
おずおずとオレの手を取ったルルを連れてカップル達が踊る広場へとエスコートする。
ゆったりした曲に合わせて、回遊魚のように踊る。
初めは失敗しないように緊張していたルルも、オレがわざとステップを失敗したのをみて噴出 してからはリラックスして踊れるようになった。
道化になった甲斐がある。
くるくると二人で踊り、平和な夜を満喫する。
やっぱり魔族と戦うよりも、こんな風にのんびりとした時間がオレには合っている。
ルルが満足するまで、オレ達は何曲も踊り続けた。
なお、踊り終わって皆の所に戻ると、踊って欲しそうにこちらを見ていたので、順番にパートナーをお願いする事になった。
「アリサは踊らなくて良いの?」
「ふふん、真打はラストを飾るものなのよ!」
そんなアリサの強がっている声を聞き耳スキルが拾ってきた。
そしてそれがフラグだったように、うちの子たち以外の青い光点がレーダーに……。
――舞踏会の夜は長そうだ。
※次回更新は 12/7(日) の予定です。
舞踏会のお話をもう一話続けても良かったのですが、12章は今回の12-30で終了です。
12/7,14は幕間を予定しています。
「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」書籍版3巻が只今発売中です!
●人物紹介
【ナナシ】 サトゥーの仮の姿。仮面で顔を隠した勇者。主に紫髪。
【デュランダル】 サトゥーの聖剣。一時アリサに預けていたが狗頭の魔王戦の前にサトゥーに返却された。
【アーゼ】 アイアリーゼ。ボルエナンの森のハイエルフ。サトゥーの想い人。
【セーラ】 テニオン神殿の神託の巫女。オーユゴック公爵の孫。サトゥーの友人。
【自由の光】 魔法信奉宗教団体。パリオン神国に拠点を持つ。王都で魔神を部分召喚した。
【自由の翼】 魔法信奉宗教団体。オーユゴック公爵領で、魔王「黄金の猪王」を復活させた。現在は少数の残党を残すのみ。
【自由の風】 魔法信奉宗教団体。シガ王国の王都を拠点にするお気楽オカルト集団。
【ミト】 彼女の正体は王祖ヤマト(Lv89)らしい。また、第一話で失踪していた後輩氏の可能性が高い。サトゥーは彼女の事をヒカルと呼んでいたが……。
【天ちゃん】 フジサン山脈に住む天竜。ミトの友人。
【テンチャン】 大剣を持つ銀髪の美女。竜の様なブレスを吐き背中にコウモリのような翼があるホムンクルス。誰かの使い魔。
【国王】 シガ王国の国王。ナナシを王祖ヤマトの転生者だと思っている。
【宰相】 シガ王国の宰相。ナナシを王祖ヤマトの転生者だと思っている。
【エチゴヤ商会】 クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
13-1.陞爵
※2014/12/24 誤字修正しました。
◆注意!◆
※2014/12/23に 6章と7章の間に「幕間:領主の秘密」を割り込み投稿しました。
サトゥーです。窮地に追い詰められた主人公が、その危機を脱する為に秘められた能力を解放するのは物語ではよくある手法です。でも、現実ではそう上手くいかないようです。
◇
王国会議の初日、新年の「大謁見の儀」に参加する為にオレ達は王城の大謁見室に集まっている。
今日は爵位の昇格や授与なんかが行われたり、大臣なんかの役職の発表がある日なのだそうだ。
王国会議と名前が付いているのに、初日は特に会議らしい会議は無いとの事だった。
今日の「大謁見の儀」に参加するのはサトゥーだけでなく、ナナシもだ。
ナナシが登場するのは10分だけなのだが、その間、サトゥーも大謁見室にいないといけない。
少々やっかいだが、なんとかなるだろう。
オレ達のいる王城の大謁見室は今まで見てきた長方形の謁見室と違い、扇形をしている。
コンサートホールや式場のような感じだろうか?
少し暗い照明の大謁見室には千名を超える貴族達が整列している。
これだけいても手狭に感じないだけの広さを大謁見室は持っていた。
国王の玉座が置かれている場所が一段高くなっており、その背後にネオン管のような細いガラスの管で、高い天井まで伸びるオブジェクトが作られている。
そして、小さなボリュームで音楽が流れ始め、オブジェクトが淡い光を帯び始める。
「国王陛下、ご入来」
司会を務める高官が国王の入室を宣言し、国王が玉座に着席すると同時にオブジェクトが輝き、オブジェの陰にいた楽団が荘厳な音楽を奏で始める。
たぶん、国王の権威を高める為の演出だろう。
――さて、周りの視線が玉座に集まったので、ナナシと交代しよう。
次の瞬間、オレの姿は王城の控え室にあった。
今まで使えなかったオレの「特殊能力 」の「ユニット配置」によるものだ。
なぜか、この間の騒ぎの後から使えるようになった。
理由と言えば、カミを倒した事か神剣の力を纏った事くらいしか思いつかない。
残念ながら「ユニット作成」は使えないままだ。
この「ユニット配置」だが、自陣においては自軍のユニットを自由に移動できる。
しかも、魔力を消費せずにだ。
まさに
今のところ自陣と認められるのは各地の自分の屋敷と竜の谷、ムーノ市、ボルエナンの里、迷宮都市、公都、王都くらいだ。
さて、扉の向こうに侍従が近寄って来た。
「ユニット配置」について思いを馳せるのはこの辺にしておこう。
なお、オレが本来いるべき場所には、ここへの移動と同時にサトゥー人形を配置済みだ。もちろん、「ユニット配置」を使って位置を交換したのだ。
このサトゥー人形は前に迷宮都市の「蔦の館」で作った変装用のスーツで、中には自由骨格ゴーレムが入っている。
会話は不能だし戦闘もできないが、仕草のトレースは完璧なので短時間の身代わりならば問題ない。
偽装に特化してあるので、アリサ並みの「人物鑑定」スキルを持たない限り人形と本人の区別がつかないようだ。
エチゴヤ商会で契約している顧問鑑定家にクロ人形で試して確認してある。
さて、「早着替え」スキルで黄金鎧の勇者ナナシスタイルになったオレは、呼びにきた侍従に案内されて大謁見室へと入室した。
「我が王国を危機から救った英雄――勇者ナナシをここに紹介しよう」
光魔法によるスポットライトに照らされて国王の傍まで歩み寄る。
聖剣クラウソラスはミトに返したので、帯剣しているのはオリハルコン合金で作り直した模造品の方だ。
貴族達の視線がオレに集中する。
国王の前に立ち、貴族達に背を向けた状態で兜を脱いで
顔には白い新作の仮面があるが、後ろの貴族達からは見えていないはずだ。
「勇者ナナシ、よくぞ民や我が王国を救ってくれた。その功績を讃えミツクニの家名を授け公爵に叙する」
「謹んでお受けします」
微妙に国王がやりにくそうだが、いつもみたいな態度を他の貴族達の前で取るわけには行かないからね。
やがて、国王の体が白い燐光に包まれる。
「■■
国王の詠唱と共に光の粒子がふわふわと振りかかってきた。
>称号「シガ王国公爵」を得た。
>階級「貴族(公爵)」を得た。
ステータスは自動で変わらなかったので、交流覧を変更して情報を更新する。
再び、黄金の兜を被り、貴族の方を振り返る。
タイミングよく勇壮な曲が楽団から流れ、事前の打ち合わせ通り背後の照明が暗くなる。
オレが模造聖剣を抜いて魔力を篭めると、青い光が大謁見室を満たした。
「我が名はナナシ。魔族を討つ剣である。我が人の世の争いに関与する事はない。人の手に余る強大な魔族が現れれば、我が名を呼べ。我はその地に赴き魔族を滅するだろう――」
シガ王国の典礼室が考えた原稿通りの演説なんだけど、自分の口から出る中二病っぽい言葉が地味にメンタルダメージを与えてくれる。
五分ほどの演説を終え、勇者ナナシはここで退場となる。
「――では、我は我を必要とする地へと赴こう」
その場から天駆でふわりと大謁見室を浮き上がる。
十分に浮上したところで、王城の中庭に浮かべておいた全長30メートルほどの飛空艇を「ユニット配置」で室内に出現させる。
意表を突かれた貴族達の間から、ざわめきが巻き起こる。
「おお、あれはジュールベルヌ?」
「サガ帝国の勇者の船と同型か!」
そんな声が貴族達の席から聞こえた。
最初の声はムーノ男爵だ。
オレの飛空艇の外殻は勇者の船と同じボルエナン製だから、似ていて当たり前だったりする。
オレは滞空状態の飛空艇の中に乗り込み、少しの間を置いてから飛空艇ごと「ユニット配置」で王城の中庭に転移した。
さて、ナナシの出番は終了だ。
オレは飛空艇の自動航行装置をスタートさせ、王都を一周してから公都方面に向かうコースを取らせる。
巡回速度は馬が走る程度に抑え、艦首展望室を開いて皆の黄金鎧を着せた自由骨格ゴーレムに王都の人達に手を振るように指示しておいた。
これでオレ達と黄金の騎士達を同一視する者も減るだろう。
なにせ、オレ達が参加する儀式中に、勇者ナナシと黄金の騎士達がパレードした事を王都の人達全員が目撃したのだから。
オレは一連の準備が終わった時点で、「ユニット配置」を使って大謁見室へと戻った。もちろん、交流欄の値や服装は元に戻してからだ。
ミトが王都にいればナナシ役を押し付けたのに、ヤツは天竜と共にフジサン山脈にいるようだ。
◇
「領主レオン・ムーノ。汝を伯爵に
「謹んで拝命いたします」
新年の儀式は進み、ムーノ男爵の陞爵の儀式が行われていた。
シガ国語でのやり取りの後に、王錫を持った国王の詠唱が行われる。
「■■
聞いた事のない
国王の詠唱が終わると、ムーノ男爵と国王の周りに光の環が現れ、外周が繋がって無限記号のような形を作る。
しばらく光の環が周囲を照らす。
やがて光の環が蒸発するように天と地に消えて行く。
そして光が消えると、ムーノ男爵の称号や階級が「伯爵」へと変わった。
儀式が終了し、ムーノ伯爵が陛下に一礼して席に戻っていく。
そういう規則なのか拍手や歓声などは起こらなかった。その代わりというわけでも無いのだろうが、楽団が盛り上がるような荘厳な曲を流してくれていた。
続いて故レッセウ伯爵の嫡男が「
「サトゥー・ペンドラゴン士爵、御前へ」
進行役の高官に呼ばれて、席を立つ。
てっきり、爵位順に呼ばれると思ったのだが、准男爵位を持つジェリルよりも先に呼び出されてしまった。
オレは少し嫌な予感を覚えながら国王の前に
「サトゥー・ペンドラゴン士爵を子爵に
……マテ。
名誉男爵か准男爵あたりに内定してたんじゃなかったのか?
一代限りの名誉士爵と永代貴族の子爵じゃ、町内会の会長と国会議員くらい違うぞ?
ナナシの時やムーノ伯爵の時のような意思確認などもなく、国王の詠唱が始まる。
「■■
国王の詠唱と共に光の粒子がふわふわと振りかかってきた。
さっきの伯爵達の時とはエフェクトが違う。
>称号「シガ王国子爵」を得た。
>階級「貴族(子爵)」を得た。
驚いたのはオレだけではなく、下級上級を問わず貴族達の間を罵声とざわめきが飛び交っている。
見た所、罵声を上げているのはビスタール公爵の子飼いの門閥貴族達のようだ。
気持ちは判るが、文句は国王に言って欲しい。
◇
男爵になったジェリルに続いて、何人もの貴族達が昇格の儀式を受けた。
「ペンドラゴン家家臣、リザ」
続いてミスリルの探索者達の「
シガ八剣の第一位に勝ったせいか、リザが一番最初だった。
騎士服を正装に選んだリザが、緊張した面持ちで国王の前に歩んで行く。
「ペンドラゴン家の奴隷リザを、キシュレシガルザ名誉女准男爵に
――名誉
「■■
国王の詠唱が終わり、リザの名前が「リザ・キシュレシガルザ」に変わる。
キシュレシガルザはリザの部族の名前だ。そしてリザの「サトゥーの奴隷」という称号と階級「奴隷」が消え、「ペンドラゴン家家臣」「シガ王国女准男爵」の称号と階級「貴族(女准男爵)」が新たに増えた。
「リザ・キシュレシガルザ名誉女准男爵よ、その無双の槍術で民草を守れ」
「御意」
これまでで初めて国王が、義務的なセリフ以外を口にした。
続けて、ナナ、ルル、アリサ、タマ、ポチの順で「名誉士爵」の位を授かった。
ただし、アリサとルルの階級は「奴隷」のままだ。
事前にニナ女史を介して、アリサやルルの「
普通なら全員で「
宰相情報では「
詠唱の宝珠を手に入れたら、「
他にもパリオン神国のザーザリス法皇とやらも、儀式魔法の「
なお、ミーアはエルフの掟で他国の貴族になってはいけないそうなので、「
もっとも、エルフというだけで国賓並みの扱いを受けられるそうなので、本人もあまり気にしていなかった。
◇
爵位の昇格や授与が終わり、降格や廃爵される貴族が発表された。
例の「自由の光」を匿っていた貴族や関与していた貴族達が、反逆罪を適用されて一族郎党が処分されるそうだ。
10歳未満の子供達は処刑ではなく、フジサン山脈の麓にある修道院に送られるらしい。
続いて官職の変更や新しい部署の新設が発表された。
宰相が大臣を兼任する「観光省」という部署ができるとの事だ。
どう考えても「外務省」と業務が被る上に、宰相直属のスパイ組織の隠れ蓑にするために作ったとしか思えない胡散臭さがある。
シガ八剣には候補者の中からジェリル男爵一人だけが選ばれた。
残り二人は該当者無しらしい。ミスリルの探索者達の中にもジェリルに近いレベルの斧使いや盾使いがいたから、お鉢が回って来る前に、折を見て推薦しておくとしよう。
最後に国王から新型の大型飛空艇の二番艦、三番艦が年内に就航し、現在就航していない国内の各領地を巡回する航路を新設する事と各地の領主に各一隻の小型飛空艇が貸与される事が発表された。
ナナシとして献上した空力機関を使った物だろう。
魔力炉の燃費は悪くて運行コストが高いので、神々が目を付けそうな流通革命は心配しなくて良いはずだ。
魔力炉の燃料になる魔核の需要が上がるから、迷宮都市やセーリュー市に人が増えそうな予感がする。
また、小型飛空艇は魔力炉の占める体積が大きいので、馬車一台分くらいの積載量しかない。
領主や代官の移動くらいにしか使えないが、それでも領主達からは歓声があがっていた。
こうして、新年の大謁見の儀式が終わり、「コウホウ」の間で国王による新年の祝賀の放送が行われた。
その中に、こんな言葉があった。
「――王都を魔族から救った勇者ナナシ・ミツクニ公爵と黄金騎士団に感謝の言葉を贈る――」
どうやら公式文書でうちの子達は「黄金騎士団」と呼ばれるみたいだ。
できれば、王都で再登場が必要な出来事が起こらない事を祈りたい。
◇
明日から一月五日までの四日間は王国会議が開かれる。
下級貴族は元日の儀式にだけ出席すれば良かったのだが、上級貴族の末席に叙せられてしまったので、オレも四日間の会議に出席するハメになってしまった。
「それにしてもご主人様が子爵になるなんて、前もって言ってくれてたらよかったのに」
「オレも本番でいきなり教えられたんだよ」
まったく、上意下達の国にしても酷い。
もしかしたら、打診したらオレが断る事を知っている誰かの策だったのかも。
ま、済んだ事はいいか。
今更辞退できるモノでもないだろうしね。
皆でコタツに入り、ルルの作ったおせち料理を食べながら、アリサとそんな言葉を交わす。
アリサの貴族としての家名はタチバナだ。
以前ニナ女史がタチバナ士爵は他に存在すると言っていたのだが、王城の貴族名鑑を確認したらタチヴァナ士爵の間違いだったので、アリサの前世の家名は問題なく使えた。
ちなみにポチとタマの家名はリザと同じだ。初めうちの子達は家名をペンドラゴンにしたいと言っていたのだが、アリサの「結婚した時にペンドラゴンに変わった方がありがたみがあるでしょ?」という言葉に惑わされて、それぞれ違う家名になった。
ルルは先祖の日本人家名を継いでルル・ワタリに、ナナは前マスターのゼンの名前を継いでナナ・ナガサキになっている。
「ご主人様、これも食べてみてください」
「ありがとう。ルルのおせち料理は少し変わっているけど、とっても美味しいよ」
ルルにおせち料理の感想を告げる。
「――変わってる?」
「ああ、伊達巻きに魚やエビのすり身を入れてないし、栗きんとんも全部栗で作ってるし、オレの田舎とは違ったレシピだと思ってさ」
ぽそりと呟いたアリサに変な所を指摘したら、アリサの表情が「やっちまった」感いっぱいの苦いものになってしまった。
どうやら、テキトー・レシピでルルに作らせたらしい。
「あ、あの作り直します!」
「ごめん、ごめん。言い方が悪かったね。オレの知っている味と違うけど、オレの知ってるどのおせち料理よりも美味しいよ」
立ち上がったルルを制して、言葉を補足する。
「うまうま~?」
「ルルの料理は美味しいのです!」
「ん、おいし」
タマ、ポチ、ミーアの三人もオレの言葉に同意した。
タマは鯛の尾頭付き、ポチは焼きエビ、ミーアは栗きんとんがお気に入りのようだ。
「おせち料理は地方ごとにレシピが違うから、これは王都風おせち料理って事で良いと思うよ?」
「そうです、ルル。このボーダラは実に歯ごたえが良くて美味しいですよ」
オレとリザの言葉にルルの顔に微笑が戻る。
食事が終わった所で、皆でコタツに入ってくつろぐ。
膝の上のタマが殻を剥いてくれた栗を食べ、ミーアの剥いた蜜柑を一房口に入れてもらう。
――ああ、平和だ。
晴れ着姿のルルの口元で、ピンク色の紅が誇らしそうに唇を飾る。
オレは今日何度目かの誉め言葉をルルに贈り、その美貌を朱に染めるのを見て楽しんだ。恥ずかしがる美少女の笑顔は癖になるね。
オレは皆と一緒に平和な夕食を楽しみ、明日への英気を養った。
さて、明日からはまた元気に働こう!
※13章目にして、ついに主人公の第二のユニークスキルが解放されました。
残るはあと二つですね。
内容的におせちのシーンは、もう2週間ほど遅らせて投稿した方が良かったかも。
※次回更新は 12/28(日) の予定です。
12章の登場人物は正月休みの間に作成したいと思います。
感想返しが止まっていてすみません。
【宣伝】
とらのあな様で「富士見書房×とらのあなWEB系小説応援フェア」というのが開催中だそうです。
600文字ほどの短いアリサSSを書かせていただきました。
また、電子書籍版「デスマ3巻」がBOOKWALKER他にて発売中です。
※12/23追記
活動報告に「デスマ三巻、なろう特典SS」をアップしました。
書籍版の設定準拠になるので、活動報告のみでの掲載となります。
残るはあと二つですね。
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※次回更新は 12/28(日) の予定です。
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13-2.新春のお仕事
※今回は登場人物が多いです。
判らないキャラが出てきたら後書きを参照してください。
判らないキャラが出てきたら後書きを参照してください。
サトゥーです。社会人になってからは大晦日を会社で迎える事も多かったですが、元旦は休みをもぎ取るようにしていました。やはり元旦だけでも正月気分を味わわないとね。
◇
「――以上、王国会議後のオークションまでは現金での売却のみを徹底する事。金の無い貴族には、来月から売り掛けの販売を検討していると伝えておけ」
「承知いたしました」
オレは子供達を寝かしつけたあと、夜中にエチゴヤ商会に出向いて新年の訓示と方針の再確認を行った。
エチゴヤ商会本邸の最上階にある作戦会議室に集まったのは、支配人を始めとした商会の幹部をしている元探索者の貴族の娘達とポリナを始めとする工場の幹部達、それからクロの奴隷のネルとティファリーザの合計16人だ。
「クロ様、先日のナナシ様のご活躍に感銘を受けた貴族達から多数の面会を希望する手紙が届いております。中でも三公爵や八侯爵からの手紙には早めに返信をする必要がございます――」
「オレは会わん。支配人に任せる。主のナナシ様と共に他国に出征中だと伝えておけ」
「畏まりました。訪問の順序にご希望がございましたら――」
「一任する」
オレの丸投げにも、嫌な顔一つせずに支配人が粛々と頷いた。
この娘は門閥貴族のパワーバランスや折衝事に強いので、ややこしい交渉はオレが出張るよりも確実だ。
「クロ様、経理や事務処理、邸内の機密区画で奉仕を行う使用人が不足しております。また、邸内に侵入を試みる間者が増えているので、それに対処できる人員の増員をお願いしたいのですが……」
「判った。雇用を許可する。人選および給与額は支配人に任せる。結果だけ報告書に纏めておけ」
「ご信頼ありがとう存じます。ですが、機密区画なので通常の使用人ではなく、知識奴隷を購入したいと考えております」
ふむ、奴隷か。
マップで奴隷商の在庫を検索してみる。
ネルやティファリーザを買った奴隷商人の所に、十分な人数がいるようだ。
反逆罪で廃爵された貴族が何家もあったから、その家の家臣達が犯罪奴隷として売られたのかもしれない。
「よかろう、奴隷の購入を許可する。支払いは月末払いを持ちかけろ」
「支払い方法は問題ありませんが、奴隷の購入にはクロ様に足を運んで戴かないと主従の契約ができませんので……」
「主人はお前にしておけ」
「私で宜しいのですか?」
エチゴヤ商会の予算から出す予定だから何の問題もないので、支配人の言葉を肯定してやる。
「最後に宰相様より、王都の復興について協力の依頼がきております」
「――協力?」
「はい、協力と申しますか、エチゴヤ商会への復興資材の発注でございます」
支配人の横から差し出されたティファリーザの書類を一瞥する。
市価の5割増しの価格になっているので割りが良いが、期限がそれなりに早い。
「よかろう、受けておけ」
「クロ様、老婆心ながら――」
支配人が現在の王都周辺では建材の買占めが発生しているので、市価の5割り増しでは希望数を確保するのが難しいと忠告してくれた。
「問題ない。建材は公都、ムーノ領、クハノウ領あたりから取り寄せる」
「ですが、それでは運搬費用が……」
「忘れたのか支配人?」
運搬をオレがやれば問題ない。
たぶん、現地で購入すれば市価の2割程度で確保できるはずだ。
現地の商人に建材の確保だけさせれば、手間も無いだろう。
それで仕事関係の話が終わったので、年始の宴会となった。
支配人の指示で、階下に用意されていた豪華な料理や酒が作戦会議室の巨大なテーブルに並べられる。
――そうだ、皆が酔っ払う前に、もう一つ伝えておかなければ。
「皆、聞け。明日の晩、夜二刻の後から特別任務を与える」
夜二刻は日暮れから6時間くらい経った頃だ。
オレの言葉を全員が聞いている事を確認して、続きを伝える。
「一刻ほどで終わるが、その後は仕事にならない可能性が高い。その日の仕事は集合前に済ませておけ」
最初の「特別任務」でざわっとした割りに、続きの言葉の後は部屋に静寂が降りてしまった。
新年早々に深夜残業の話で不満が出たのかと思ったが、特にそういう雰囲気では無い。どちらかというと好意的な様子だ。
まったく、ワーカーホリックなヤツラだ。
どんな衣装が良いかと支配人に尋ねられたので、好きな衣装で良いと伝えておいた。
仕事の衣装なんて大して変わらないだろうに、変な事を聞くヤツだ。
その時、レーダーに青い光点が映った。ペンドラゴン邸の玄関先だ。
オレは皆に用事ができたので先に帰ると伝えて「ユニット配置」でペンドラゴン邸の私室に戻った。
肝心の「幹部連のレベルアップの為に迷宮へ連れて行く」という目的を伝え忘れたのに気がついたが、別に危険があるわけでもないので当日で良いだろう。
◇
「ご主人様、お客様です」
「ああ、ルル。寝ていたのに悪いね」
私室に戻ったオレは早着替えで自分の服に着替える。
玄関のノッカーの音で皆起きてしまったようだが、寝ていいよと伝えてルルとリザだけを連れて階下に降りる。
玄関を開けると、ふわりと淡い金色の髪が視界に飛び込んできた。
「サ、サトゥーさん! ぶ、無事で良かった」
オレに抱きついて来たのは迷宮都市にいるはずのゼナさんだ。
震える手でオレを抱きしめて「良かった。本当に良かった」と涙声で繰り返している。
その背後にはリリオ嬢を始めとしたゼナ分隊の三人の少女達もいた。どうやら、複数の馬を乗り継いでやってきたらしく、彼女達も馬も息絶え絶えだ。
ぶるん、と聞きなれた鼻息に視線をやれば軍馬や乗用馬の間に、貫禄のある馬車馬が二頭ほど混ざっていた。
迷宮都市の屋敷に残して来たギーとダリーの二頭だ。
よく見れば他の馬達もうちの屋敷の馬達だった。留守番のミテルナ女史から借りたのだろう。
「はい、安心してください。うちの子達は誰も怪我をしていません。さ、皆さん、お疲れでしょう。客間を用意しますので、汗を拭いて休憩してください」
「すぐに客間を用意してきますね」
「では馬は私が厩舎に連れて行きます」
オレの言葉に反応して指示するよりも先に、ルルとリザが行動を起こす。
抱きついたまま泣き出したゼナさんをあやしながら、ゼナ隊の三人を邸内に招く。
「大変だったみたいだけど、この辺には被害がなかったのね」
「ええ、運が良かったようです」
イオナ嬢に答えながら、応接室へと四人を案内した。
「もしかして魔王が出ちゃったり?」
「いいえ、桃色をした丸い上級魔族や多数の魔物だけです」
「――上級?!」
リリオ嬢の冗談めかした言葉に素直に答えたら、横に座ってルルの淹れたお茶を飲んでいたゼナさんが跳ねるように振り返った。
「ああ、ご心配なく。勇者ナナシ様とその従者の黄金騎士団が全て倒してしまわれました。私達にはまったく出番がありませんでしたよ」
「よかった……」
ゼナ隊の面々によると、迷宮都市で一緒に訓練を受けていた神官が突然、王都の危機を報せる神託を受けたのだそうだ。
「まったく、いきなり魔法を使って走って行こうとするゼナっちを止めるのは大変だったんだから」
「も、もうリリオったら! それは内緒にしてってあれほど!」
たしか風魔法の「風早足」は馬よりも速く走れるけど、筋肉疲労が激しいから、マラソンみたいな距離を走るのには向いていない。
「それで勝手ながらミテルナ殿にお願いして、お屋敷の馬をお借りして皆で押しかけた次第です。私どもが無理を言って強引にお借りしたので、ミテルナ殿には寛大な沙汰をお願いしたします」
「大丈夫ですよ。その位の裁量は彼女に与えてあります」
イオナ嬢がミテルナ女史の独断を代わりに謝罪してきたが、特に問題はないので笑顔で返した。
ルルが部屋の用意ができたと伝えてくれたので、スタミナゲージが枯渇寸前で疲労の溜まっている彼女達を寝かせる事にした。
「ゼナっちは少年のトコで寝てもいいのよ?」
「もう! リリオのバカ!」
オレのベッドは広いのでゼナさん一人くらい増えても大丈夫だが、みんな一緒なので、リリオ嬢が期待しているような色っぽい事は起こらないよ。
彼女達と客間の前で別れる前に「心配してくれてありがとうございます」とゼナさんにお礼を告げた。
◇
「え? 王国会議に出席ですか?」
「ええ、昨日の『大謁見の儀』で子爵に陞爵したので出席が義務付けられていて朝から登城しないといけないんですよ」
オレ達と一緒の朝食の席で、王都見物に同行できないとゼナさん達に詫びる。
ゼナさんが「し、子爵?!」と呟いて表情を固まらせたのは仕方ないだろう。迷宮都市で再会したら名誉士爵になっていたのに、さらに王都で再会したら3階級特進して子爵にまでなったのだから。
ゼナさんが落ち着くのを待って話を続ける。
彼女達はオレの無事を確認したらすぐに迷宮都市に戻るつもりだったようだが、馬の回復に二日はみないといけないので、リリオ嬢やルウ嬢の勧めで王都見物をする事になった。
建前としては「視察」となる。
「では、リザに案内を頼めるかな?」
「はい、畏まりました。ゼナ様、私ではご主人様の代わりは務まりませんが、誠心誠意ご案内させて戴きます」
「いえ、お手数をお掛けします」
オレの頼みにリザが快諾し、ゼナさん達の案内を任せる事になった。
「名誉女准男爵の案内なんて贅沢よね~」
「ちょっと、アリサ」
アリサのからかうような言葉と、ルルの窘める声が食堂に響く。
「女准男爵ですか?」
「はい、昨日、爵位を賜りました」
ゼナさんの驚きの声にリザが粛々と伝える。
「うっそ! 蜥蜴人族が貴族?!」
「やっぱ、ミスリルの探索者になったからか?」
「ちっ、ちっ、ちっ、リザさんの偉業はそれだけじゃないんだなぁ~」
リリオ嬢の少し失礼な物言いやルウ嬢の素直な驚きの声に、アリサが自慢げに言葉を返す。
「なんと! あの生ける伝説、シガ八剣筆頭の『不倒』のゼフ・ジュレバーグ卿と勝負をして勝っちゃったのよ!」
「すごい!」
「マ、マジで?」
「シガ八剣ってシガ王国最強の剣士集団だろ?」
「俄かには信じられませんが、それが事実なら名誉女准男爵の位を授かるのも頷けます」
アリサの大げさな発言に、ゼナ隊の娘さんたちが様々な反応を返す。
素直に賞賛の言葉を返したのはゼナさんだけだ。
「しかもシガ八剣に誘われたのも断って、ご主人様の家来でいる事を選んだのよ~」
アリサが薄い胸を張って自慢する。
最後に「わたし達も全員『名誉士爵』になったの!」と告げたが、リザのインパクトが強すぎて「ふ~ん」みたいな反応しか帰って来なかった。
オレは話を変えるべく、アリサに声を掛ける。
「アリサ、悪いけど今日から迷宮都市に戻るまでの間、王立学院に行ってくれないかな?」
本当は王立学院をオレが直接視察して、授業内容の確認やヘッドハンティングする教師をチェックに行きたかったのだが、王国会議で行けなくなったのでアリサに代わりを頼もうと思ったのだ。
――だが、アリサの反応は予想と少々違った。
「よっしゃー! 学園編ね! 武闘大会、迷宮探索と並ぶ三大エターと言われる学園編に突入するのね! うぉおおお、滾って来たあ!」
「アリサ、お行儀が悪い!」
椅子の上に立ち上がって叫ぶアリサを、ルルが叱りつける。
「しかたないんやぁ~」
「お客様の前よ?」
「ゆるしてつかぁさい」
反省のポーズをするアリサをルルが小声で叱っている。
「学園~?」
「育成校なのです?」
「そんな感じかな。迷宮課もあるけど、文学や魔法学なんかの授業もあるよ。皆も行ってみるかい?」
「行く~」
「行きたいのです!」
「はい!」
「行きたい」
元気良く答えたのはタマ、ポチ、シロ、クロウの四人だけだ。
シロとクロウが行くなら保護者としてナナも行かせるとして、ルルとミーアはどうかな?
「私は王城の料理人の方から招待状を戴いているので、そちらにお邪魔しようと思っています」
そういえば年末の夜会の時に、成り行きでルルと一緒に王城の料理人達と料理勝負のような事をしたっけ。
ルル一人で行かせるのは不安だな。
「ナナ、悪いけど、ルルの護衛に付いていってくれないか?」
「マスターの命令を受諾」
ナナがあっさりと頷いてくれたので、ミーアの予定を確認する。
「ミーアはどうする?」
「行く」
難しい顔をしていたミーアだが、一人で屋敷に残っても意味が無いのでアリサ達と一緒に王立学院へ行く事になった。
◇
登城の馬車にゼナ隊の四人を乗せて、セーリュー伯爵の王都屋敷へと送った。
さすがに、王都まで来ておいてセーリュー伯爵の無事を確認しないわけにもいかないだろう。
門番に来訪を伝えた所で、丁度、王城に向かうために馬車に乗ったセーリュー伯爵一行がやってきた。
ゼナさん達が馬車から降りて、セーリュー伯爵の馬車の横に跪く。
「マリエンテール家のゼナか。後ろの娘達も見覚えがある」
「王都に起こった災害を聞きつけ、迷宮都市から馳せ参じましてございます」
セーリュー伯爵の言葉にゼナさんが緊張した声で返す。
「うむ、大儀である」
大雑把な労いの言葉を返した伯爵がオレの方に視線を向ける。
「して、ペンドラゴン卿の馬車で出向いたのは如何なる理由か?」
伯爵が問い掛ける相手はゼナさんだが、訝しげな視線はオレを向いている。
そこに屋敷の中からもう一台の馬車がやってきた。
「伯爵様、如何なされた」
馬車の中から出てきたのは三十過ぎの赤毛の貴族。
オレと目が合うなり、貴族の男が破顔する。
「おお、サトゥー殿ではないか?!」
「これはベルトン子爵様、ご無沙汰しております」
彼はセーリュー市の迷宮騒動の時に、蜘蛛のエサにされそうな所を助け出した貴族だ。
「ベルトン、知り合いか?」
「はい、迷宮で私や娘の危地を救ってくれた恩人です」
「ほう? ムーノ伯爵の家臣が、例の事件に巻き込まれたとは報告を受けていないが……」
伯爵が記憶を手繰るように自分の髭をしごく。
「サトゥー殿はムーノ伯爵に仕えておるのか?」
「はい、少々ご縁がございまして。事件の後にムーノ伯爵に名誉士爵に取り立てていただきました」
「ほう、大した出世ではないか!」
ベルトン子爵が豪快にバンバンとオレの肩を叩いて祝福してくれる。
この人は魔法使いのはずなんだが、騎士や戦士みたいな喜び方だ。やはり、火とか炎の属性の魔法を使う人は豪快になるんだろうか?
「間違えるなベルトン。ペンドラゴン卿は昨日陞爵し今は貴様と同じ子爵だ」
「な、なんと?!」
訂正する伯爵に子爵が驚きの声を上げた。
どうやら、ペンドラゴン卿がサトゥーと同一人物だと繋がっていなかったようだ。ま、知り合いの行商人がミスリルの探索者になっているとは思わないよね。
「旦那様、そろそろ登城なさいませんと」
「うむ、そうだな」
馬車に同乗していた執事っぽい老人が、時計の魔法道具を片手に伯爵に忠告する。
「ゼナ隊の者達よ。無断で任地を離れた件は、お前達の忠義に免じて不問とする。屋敷に部屋を用意させる。迷宮都市に戻る前に、しばし羽を伸ばして行け」
「はっ、ご厚情感謝いたします」
軍人モードのゼナさんは凛々しいな。
伯爵とベルトン子爵が王城に向かったので、オレもゼナさん達をセーリュー伯爵の屋敷に残して王城へ向かった。
オレを王城に降ろしたら、馬車は取って返してゼナさん達を乗せてリザの待つペンドラゴン邸に向かう予定だ。
本日の王国会議――。
王都復興の責任者選定とビスタール公爵領へと出征している三騎士団の報告で終わった。
三時間毎に休憩時間があるのだが、その度に自分の娘や係累の娘を売り込みにくる貴族達が多いのに閉口した。
売り込みにきていたのは王国会議に出席する上級貴族達だけではなく、その為だけに登城した下級貴族までいた。
二度目の休憩時間からは、ロイド侯やホーエン伯が派閥の貴族達で守ってくれたので平和になったが、料理大会にどんな料理を出すのかをわくわく顔で尋ねてくるのでやはり休憩にはならなかった。
彼らの矛先を逸らすためにも、一度、ムーノ伯爵の滞在する迎賓館で晩餐会でも開こうと思う。
さすがにペンドラゴン邸は、上級貴族達を招くには手狭すぎるからね。
※次回更新は 1/4(日) の予定です。
●登場人物
【ナナシ】 サトゥーの仮の姿。仮面で顔を隠した勇者。主に紫髪。
【クロ】 サトゥーの仮の姿。白髪に学生服の傍若無人なヒール役。
【エチゴヤ商会】 クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【ティファリーザ】 エチゴヤ商会の秘書。クロの奴隷。命名のスキルを持つ美少女。
【ネル】 エチゴヤ商会の生活魔法使い。クロの奴隷。
【支配人】 エチゴヤ商会の女支配人。迷賊に捕まっていた貴族の娘。元探索者。
【貴族娘達】 エチゴヤ商会の幹部。迷賊に捕まっていた貴族の娘達。元探索者。
【ポリナ】 エチゴヤ商会の工場長。苦労人。
【工場の幹部】 エチゴヤ商会の工場の幹部。迷賊に捕まっていた元探索者達。
【ゼナ】 セーリュー伯爵領の魔法兵。地味系美少女。デスマ一巻の表紙。
【リリオ】 ゼナ隊の一員。ゼナの親友。自称美少女。漫画版デスマ第一話に登場。
【イオナ】 ゼナ隊の大剣使い。男爵の傍系。漫画版デスマ第一話に登場。
【ルウ】 ゼナ隊の盾使い。牧羊で有名なセーリュー伯爵領カイノナの街出身。胸が大きく体格が良い。
【セーリュー伯爵】 セーリュー伯爵家の当主。30代前半。
【ベルトン子爵】 火魔法や炎魔法が得意なセーリュー伯爵の家臣。書籍版では大活躍。
※2014/12/23に6章の最後に「幕間:領主の秘密」を追加しました。
今まで書き忘れていた都市核の事や領主が何故特別扱いをされるかの理由が記載されているので、ぜひご覧下さい。
※活動報告に「デスマ三巻、なろう特典SS」をアップしてあります。
書籍版の設定準拠になるので、こちらは活動報告のみでの掲載となります。
●登場人物
【ナナシ】 サトゥーの仮の姿。仮面で顔を隠した勇者。主に紫髪。
【クロ】 サトゥーの仮の姿。白髪に学生服の傍若無人なヒール役。
【エチゴヤ商会】 クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【ティファリーザ】 エチゴヤ商会の秘書。クロの奴隷。命名のスキルを持つ美少女。
【ネル】 エチゴヤ商会の生活魔法使い。クロの奴隷。
【支配人】 エチゴヤ商会の女支配人。迷賊に捕まっていた貴族の娘。元探索者。
【貴族娘達】 エチゴヤ商会の幹部。迷賊に捕まっていた貴族の娘達。元探索者。
【ポリナ】 エチゴヤ商会の工場長。苦労人。
【工場の幹部】 エチゴヤ商会の工場の幹部。迷賊に捕まっていた元探索者達。
【ゼナ】 セーリュー伯爵領の魔法兵。地味系美少女。デスマ一巻の表紙。
【リリオ】 ゼナ隊の一員。ゼナの親友。自称美少女。漫画版デスマ第一話に登場。
【イオナ】 ゼナ隊の大剣使い。男爵の傍系。漫画版デスマ第一話に登場。
【ルウ】 ゼナ隊の盾使い。牧羊で有名なセーリュー伯爵領カイノナの街出身。胸が大きく体格が良い。
【セーリュー伯爵】 セーリュー伯爵家の当主。30代前半。
【ベルトン子爵】 火魔法や炎魔法が得意なセーリュー伯爵の家臣。書籍版では大活躍。
※2014/12/23に6章の最後に「幕間:領主の秘密」を追加しました。
今まで書き忘れていた都市核の事や領主が何故特別扱いをされるかの理由が記載されているので、ぜひご覧下さい。
※活動報告に「デスマ三巻、なろう特典SS」をアップしてあります。
書籍版の設定準拠になるので、こちらは活動報告のみでの掲載となります。
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13-3.王立学院
※今回はアリサ視点です。
※2015/1/6 誤字修正しました(すみません1/5の修正で本文を更新するのを忘れれていました)
※2015/1/6 誤字修正しました(すみません1/5の修正で本文を更新するのを忘れれていました)
「はじめましてタチバナ士爵。私が王立学院の学院長リトゥーマイヤーです」
凛とした老女が執務机の向こうから挨拶をしてきた。
私は子供達を連れて、貴族街にある王立学園を訪れている。
シガ王国にしては変わった名前の人だ。
どちらかというと大陸西部の名前に多い系統の家名だったと思う。
わたしは愛しのご主人様から預かった手紙を学院長に手渡す。
オーユゴック公爵からの紹介状だから、無碍にはされないと思っていたけれど、まさか学院長にいきなり面会が叶うとは思っていなかった。
「当学院に体験入学したいとの事ですが、貴方だけでなく後ろの子供達もでしょうか?」
学院長が後ろの子達を見て眉を顰める。
「当学院の入学には文字の読み書きや基礎的な算数ができる事が必須となるのです。いかに公爵様の推薦とは言っても、その程度の学力が無い事には……」
「タマ、算数も読み書きもできる~?」
「ポチだって、小説が書けるし計算だってバッチリなのです」
「ぼくも~」
「私もできます」
学院長の言葉に、タマ、ポチ、シロ、クロウの順で答える。
ミーアは学院長との会話に興味がないのか、壁に掛かった風景画に興味津々だ。
「そちらの貴方も?」
「むぅ?」
声を掛けられたミーアが振り向き、フードから飛び出したツインテールが慣性で揺れてフードを後ろに倒す。
「エ、エルフ様?! ま、まさかボルエナンの森のエルフ様ですか?」
「ん、ミーア」
驚いて執務机から身を乗り出す学院長に、ミーアがコクリと頷いて答える。
ここ二日で会った貴族達は丁寧な対応だったけど普通な感じだったから、この人はエルフスキーな人に違いない。
ミーアが同行した事もあって、わたし達は問題なく王立学院に体験入学する事ができた。
◇
「――のように我が学院には基礎学科の他にも様々な学科があります。どの学科をご希望ですか?」
学院長の長い説明を端折ると、この学院には高等学舎、貴族学舎、乙女学舎、騎士学舎、魔法学舎、幼年学舎の6つの校舎と12の学科がある。
王都に腰を据えるならともかく期間限定の体験入学だし、わたし達は相談して3つの学校にお邪魔してみる事にした。
魔法学舎にわたしとミーア、騎士学舎にポチとタマ、幼年学舎にシロとクロウの二人を派遣する事を決めた。
私としては花嫁修業の為に乙女学舎とか、高等学舎で政治学や経済学とかも考えたけど、やっぱり趣味の魔法の研究ができる場所への興味が勝ってしまった。
うちのチートなご主人様なら自分の王国とか帝国くらい作っちゃいそうだから、領地経営や帝王学あたりを学んだほうが良さそうだけど、体験入学じゃ中途半端になるから止めておいた。
いざ出発の段になって、ポチとタマだけを騎士学舎に放り込むのは何かのフラグな気がしたので、初日だけでもわたしが同行する事にした。
明日以降はご主人様にお伺いを立てればいいだろう。
◇
わたしはポチとタマの二人を連れて、案内の教師に連れられて騎士学舎へとやってきていた。
ここは貴族か貴族の推薦を受けた者しか入学ができない。
「もうしわけありませんが、念の為、簡単な試験を受けていただきます」
「あい!」
「シケンは得意なのです!」
「どのような試験なのでしょう?」
わたしはムキムキ筋肉の教師に尋ねる。
「騎士を目指す者には簡単な事です。剣を持ち上げて素振りをして貰うだけです。十回振ってみてくださ――いっ?!」
ブンブンと剣先さえ見えない速度で、ポチとタマが座った姿勢で剣を振っている。
驚いた教師の顎が外れそうだ。
二人を嗜めて、ポチの剣を受け取る。
――お、見た目よりも意外に重い。
重心が剣先の方にあるのかな?
レベルアップの時に、普通の騎士くらいのステータスまで上げてあるから持てるけど、振り回したら姿勢が崩れて上手く振れなさそう。
わたしはこっそりと火魔法の「身体補佐」を無詠唱で使用する。
うちのご主人様に作ってもらった隠密性の高い「身体強化」魔法の亜種だ。
剣道の素振りのように、剣をふゅんふゅんと振る。
振ってるうちにだんだんとテンションが上がってきた。
剣って「うぉおおおお」とか雄たけびを上げたくなってくる不思議な魅力があるのよね。
さっきの二人の気分が良く判る。
「よし、タチバナ卿も合格だ」
「ありがとうございます」
わたしはお澄まし顔で剣を教師に返す。
帰ったらマッサージしないと筋肉痛になりそう。
そうだ! ご主人様にねっとりとマッサージして貰おう。
もちろん、終わったらお返しにマッサージしてあげないとね!
ぐへへへ、ショタの肉体を思うがままにかぁ。
滾るわぁ~。
「アリサ~?」
「顔、なのです」
下から覗き込んできた二人が私の口元をつつく。
おっと、いけない、お澄ましお澄ましっと。
◇
「タマ・キシュレシガルザ」
「ポチ・キシュレシガルザなのです!」
「アリサ・タチバナと申します。みなさん、仲良くしてくださいね」
案内された教室は新入生の子供ばかりだった。
13歳くらいがボリュームゾーンかな?
騎士見習いだけあって童顔なのにガタイがいい子ばかりで、わたしの興味を引く子はいない。
30人ほどいるけど、女の子は2人だけ。片方は華奢なお姫様みたいな場違いな子だけど、もう1人は男の子よりも体格の良い女の子だ。
レベルは3から7と開きがある。中にはレベル11とか15の規格外の子もいるみたい。
貴族の子弟が7割を占めるせいかスキル持ちが多い。
武術スキルを持つ子が半数、魔法スキルを持つ者も二割ほどいる。
「ふん、亜人と女ばかりか。騎士学舎も落ちぶれたものだ」
貴公子風のイケメン少年がテンプレっぽいイヤミを言ってくる。
それに瞬間沸騰のように反応する者がいた。
「なんですって! もう一度言って見なさい。ケルテン家の名にかけて、あなたに決闘を申し込みますわよ!」
先ほどの華奢なお嬢様だ。
というか、なぜアンタが怒ってるのよ。
「ケンカだめ~」
「そうなのです! 仲良くしないといけないのですよ。メッなのです」
タマとポチの二人が一触即発の二人の間に瞬動で割り込んで、両手をわたわたさせて仲裁しようとしている。
「……お、おい」
「今、あの二人が急に移動しなかったか?」
「まさか、瞬動?」
「バカ言え。瞬動なんて使えたら騎士学舎に通うどころか騎士団から勧誘がくるぜ」
二人の超絶的な技を見て、クラスメイト達が落ち着きを無くした。
さっさと止めろという思いを篭めて筋肉教師を見てみたが、生徒達の自主性を見たいのか腕を組んで面白そうに騒ぎを見つめている。
――まったく。困ったものね。
「お二人ともその辺にしておいてください」
大人としてポチやタマの代わりに仲裁に入る。
「そちらの貴公子様。性別で区別するのは構いませんが、性別で差別するのはお止めなさいませ。シガ八剣のリュオナ様のように女性でも素晴らしい剣の使い手がおりますのよ」
こういう権威に弱そうな子には、腹筋割れオバサンを例に出して反論できないように封殺する。
続いて、こんどは瞬間沸騰お嬢様の方だ。
「ケルテン卿のお嬢様には私達への侮辱を弁護していただき感謝しております」
本当は、この後に彼女を窘める言葉を足してやる方が本人の為なんだろうけど、それは教育者の仕事よね。
ここで指摘したら彼女の顔に泥を塗ることになるし、二人っきりの時にでも指摘してあげればいいか。
「リ、リュオナ様は例外だ! 男の方が力も強いし、戦いに秀でている! シガ八剣様達だって、ほとんどが男じゃないか!」
少年が引き際を過って、なおも噛み付いてきた。
だが、それに応えたのは華奢少女だ。
「あら、そのシガ八剣のジュレバーグ様を打ち破った『黒槍』のリザ様も女性ですわよ」
リザさんの誉め言葉を聞いて、ポチとタマがぱぁっと嬉しそうな顔をする。
「リザ強い~」
「そうなのです。リザは強いのです!」
「ちょっと、あなたたち! 様を付けなさい! あの方は今頃、シガ八剣に叙せられて名誉伯爵の位を授かっているはずですわ」
リザさんを誉める二人を、お嬢様が叱りつける。
「ちがう~?」
「違うのです」
「何が違うというのですか!」
二人はリザさんがシガ八剣を断った事と名誉伯爵ではなく名誉女准男爵の位を授かった事を言いたいのだろうけど、その単語が上手く思い出せないでいるようだ。
「落ち着いてくださいませ。リザ・キシュレシガルザ様はシガ八剣のお誘いを辞退いたしました。先日の『大謁見の儀』では名誉女准男爵の位を賜っておられましたよ」
「まるで、見てきたように言うのね――キシュレシガルザ?」
お、さっきのポチとタマの自己紹介をちゃんと聞いていたのね。
「はい、わたし達三人もその場に居合わせましたから。お気付きのようですから補足いたしますが、この二人はキシュレシガルザ様の妹のような存在なのです」
「……リザ様の妹君?」
まったく、リザさんの家名は気合を入れないと噛みそうだわ。
そこに存在を忘れかけていたイケメン少年の声が割り込んできた。
「お前達、オレと勝負だ! 勝ったら、さっきの事を詫びてやる。先生、訓練所の手配を」
「よかろう」
筋肉教師が少年の偉そうな言葉に頷いて、「最初の授業は決闘の見学だ」とクラスメイトに告げて、訓練場へと皆を案内する。
――この脳筋めっ。
◇
「さぁ、来い! 三人一緒でも良いぞ」
衝撃を吸収するヘルメットに胴衣と木剣を装備した少年が、木剣をこちらに突き出して叫ぶ。
彼の後ろには取り巻きの少年達が5人ほどこちらを睨みつけている。
「タマ隊員。先鋒を命じます」
「らじゃ~」
「いいこと? 狙うのは相手の武器よ。ミーアがいないし、間違っても相手を怪我させないようにね」
「あいあいさ~?」
器用なタマに相手の武器破壊による決着を頼む。
もちろん、相手に聞こえないように小声だ。
「両者前に! 構え」
少年が騎士風に剣を正眼に構える。
対するタマは自然体だ。
「始め!」
筋肉教師の合図で、少年が雄たけびを上げてタマに突きを放つ。
危ないな~。突きだと木剣でも大怪我するわよ。
「うぉおおおおおお!」
少年の突きは鋭い。踏み込みも少年とは思えないほどの速さと足運びだ。
探索者育成校の子供達とは比べ物にならない。さすがはレベル11といった所か。
――でも、相手が悪い。
「タマは魅惑のダンサ~?」
少年の突きを、タマが右に左に華麗なステップで避ける。
たぶん、タマならシガ八剣の突きが相手でも同じ事ができるはず。
「タマ、がんばなのです!」
「あい~」
ポチの応援に答えて、タマが手に持った木剣で少年の剣を輪切りにする。
「なっ」
「秘剣、輪切りの舞~?」
少年の横を駆け抜けたタマが変なキメポーズで静止する。
木剣を輪切りにされた少年が、あまりの理不尽な技に腰が抜けたのか、その場に座り込む。
「勝者、タマ」
筋肉教師の宣言で、クラスメイト達が沸く。
一人だけ斜に構えた少年がクラスメイトたちの後ろで「フッ」と気障な笑みを浮かべて訓練所を出て行った。例のレベル15の少年だ。
これが学園モノの物語だったらライバルになりそうな相手だけど、残念ながらお呼びじゃないのよね。
◇
あの後にイケメン少年の取り巻き達が次々と挑んできたけど、タマとポチが交代で武器を飛ばして勝利をもぎ取った。
筋肉教師から備品を壊さないように頼まれたので、二人目以降は輪切りを自重している。
取り巻きたちが倒れた後に大柄の女の子が挑んできた為、なんだかクラスマッチみたいな感じになってしまった。
「次~?」
「今度はポチの番なのです!」
木剣を構えるポチが、クラスメイトの方を楽しそうな顔で見回すが、もう誰も名乗りを上げなかった。
お嬢様や最初の少年は3回ずつ二人に挑んだが、楽勝でいなされてしまっていた。
「よし、今日の授業は終了だ」
筋肉教師がそう宣言すると、息を整えていた数人が悔しそうな顔で地面を殴りつけた。
ああ、少年の悔しそうな顔って良いわね~。
この悔しさをバネに成長するのよ! 応援してるからね!
「皆、上には上がいると判っただろう? だが、腐るなよ? この二人は特別だ。小さい頃から迷宮で命のやり取りをしていた本物の探索者達だからな」
どうやら、筋肉教師に上手く使われちゃったみたいね。
これで子供達は慢心する事なく、それでいて具体的な理想像を植えつけられて訓練に勤しむだろう。
目に見える目標って大事だもんね。
でも、これで二人が皆に一目置かれてイジメの標的にされる事もないだろうし、何人かの子達と仲良くなれたみたいだから、文句は言わないでおいてあげるわ。
なお、例の絡んで来たイケメン少年はちゃんと二人に謝罪してくれた。
整理しきれない感情を御して謝る姿だけで、御飯三杯くらいいけそうだったわ。
いや~、学園編はたまりませんなぁ~。
◇
「変な料理ばっかりの店なんだけど、不思議と美味いんだよ」
「たまに外れもあるよね」
「でも、あのマヨって絶対癖になるぜ?」
授業の後、名誉士爵の四男っていう男の子と大柄な女の子、それから豹頭族の男の子の三人組に誘われて、買い食いに向かう事になった。
……にしてもマヨか。転生者か転移者くさいわね。
ま、トラブルなんていつもの事よね。
――なんて事を考えたせいか、変な現場に遭遇してしまった。
「汚らしい孤児がこんな場所を堂々と歩くな!」
「ソウヤ殿、暴力はお止めください。シンは学園の雑用をしているだけではありませんか!」
「オレに構うな。殴りたければ殴れ。オレはさっさと仕事を終わらせたい。手短に頼む」
殴ったのは小太り気味でぽっちゃりなのが勿体無いくらいの残念美形少年。黒髪に痩せてたらルルと並んでも遜色がなさそうな美形だ。
アジア系というか日本人っぽい顔つきにソウヤという名前。まるで勇者か転移者みたいだ。スキルは「彫金」のみ。14歳。
庇っていたのは、なんと知り合いだった。
ピンク色の髪をした遠方の小国の王女メネアだ。学園内のせいか取り巻きや侍女も連れていない。ちょっと無用心すぎると思う。
殴られた少年は白髪で痩身、フランス系の顔立ちをした美少年だ。シンという名前が地球人っぽいが、こちらにもよくある名前なので関係ないだろう。スキルは「片手剣」のみだ。さっきの黒髪少年と同じく14歳。
それにしても「少女マンガか!」って突っ込みを入れたくなる様なシチュエーションよね。
「おい、また殿下だぜ」
「あっちの雑用係も、よく殿下に絡まれているよな」
「王女様が雑用係に話しかけるのが面白く無いんだろ」
「ブサイク殿下も王女様に嫌われているのによくやるよ」
そんな会話がわたし達の近くを通り過ぎる上級生達の間から聞こえた。
ブサイク殿下? もしかしたら、あの子もルルみたいな不幸パーツの集合体なのかしら?
「ふん、殴る手が汚れるわ!」
メネア王女に下から睨まれていた殿下とやらが、偉そうに胸をそらして立ち去った。
「大変! 血が――」
「いいっ。ハンカチが汚れる」
殴られた少年の口から血が流れていたのを見て、メネア王女がハンカチを取り出してその血を拭おうとする。
少年がそれをぶっきらぼうな態度で断り、自分の手でゴシゴシと拭う。
――くぅ、何コレ、何この少女マンガ空間は!
これが「ただしイケメンに限る」っていうヤツね。
くっそう、学園編なら私があのポジションにいるはずなのに……。
神様のバカヤロー!
私は心の中でラブコメの神様に毒を吐いた。
凛とした老女が執務机の向こうから挨拶をしてきた。
私は子供達を連れて、貴族街にある王立学園を訪れている。
シガ王国にしては変わった名前の人だ。
どちらかというと大陸西部の名前に多い系統の家名だったと思う。
わたしは愛しのご主人様から預かった手紙を学院長に手渡す。
オーユゴック公爵からの紹介状だから、無碍にはされないと思っていたけれど、まさか学院長にいきなり面会が叶うとは思っていなかった。
「当学院に体験入学したいとの事ですが、貴方だけでなく後ろの子供達もでしょうか?」
学院長が後ろの子達を見て眉を顰める。
「当学院の入学には文字の読み書きや基礎的な算数ができる事が必須となるのです。いかに公爵様の推薦とは言っても、その程度の学力が無い事には……」
「タマ、算数も読み書きもできる~?」
「ポチだって、小説が書けるし計算だってバッチリなのです」
「ぼくも~」
「私もできます」
学院長の言葉に、タマ、ポチ、シロ、クロウの順で答える。
ミーアは学院長との会話に興味がないのか、壁に掛かった風景画に興味津々だ。
「そちらの貴方も?」
「むぅ?」
声を掛けられたミーアが振り向き、フードから飛び出したツインテールが慣性で揺れてフードを後ろに倒す。
「エ、エルフ様?! ま、まさかボルエナンの森のエルフ様ですか?」
「ん、ミーア」
驚いて執務机から身を乗り出す学院長に、ミーアがコクリと頷いて答える。
ここ二日で会った貴族達は丁寧な対応だったけど普通な感じだったから、この人はエルフスキーな人に違いない。
ミーアが同行した事もあって、わたし達は問題なく王立学院に体験入学する事ができた。
◇
「――のように我が学院には基礎学科の他にも様々な学科があります。どの学科をご希望ですか?」
学院長の長い説明を端折ると、この学院には高等学舎、貴族学舎、乙女学舎、騎士学舎、魔法学舎、幼年学舎の6つの校舎と12の学科がある。
王都に腰を据えるならともかく期間限定の体験入学だし、わたし達は相談して3つの学校にお邪魔してみる事にした。
魔法学舎にわたしとミーア、騎士学舎にポチとタマ、幼年学舎にシロとクロウの二人を派遣する事を決めた。
私としては花嫁修業の為に乙女学舎とか、高等学舎で政治学や経済学とかも考えたけど、やっぱり趣味の魔法の研究ができる場所への興味が勝ってしまった。
うちのチートなご主人様なら自分の王国とか帝国くらい作っちゃいそうだから、領地経営や帝王学あたりを学んだほうが良さそうだけど、体験入学じゃ中途半端になるから止めておいた。
いざ出発の段になって、ポチとタマだけを騎士学舎に放り込むのは何かのフラグな気がしたので、初日だけでもわたしが同行する事にした。
明日以降はご主人様にお伺いを立てればいいだろう。
◇
わたしはポチとタマの二人を連れて、案内の教師に連れられて騎士学舎へとやってきていた。
ここは貴族か貴族の推薦を受けた者しか入学ができない。
「もうしわけありませんが、念の為、簡単な試験を受けていただきます」
「あい!」
「シケンは得意なのです!」
「どのような試験なのでしょう?」
わたしはムキムキ筋肉の教師に尋ねる。
「騎士を目指す者には簡単な事です。剣を持ち上げて素振りをして貰うだけです。十回振ってみてくださ――いっ?!」
ブンブンと剣先さえ見えない速度で、ポチとタマが座った姿勢で剣を振っている。
驚いた教師の顎が外れそうだ。
二人を嗜めて、ポチの剣を受け取る。
――お、見た目よりも意外に重い。
重心が剣先の方にあるのかな?
レベルアップの時に、普通の騎士くらいのステータスまで上げてあるから持てるけど、振り回したら姿勢が崩れて上手く振れなさそう。
わたしはこっそりと火魔法の「身体補佐」を無詠唱で使用する。
うちのご主人様に作ってもらった隠密性の高い「身体強化」魔法の亜種だ。
剣道の素振りのように、剣をふゅんふゅんと振る。
振ってるうちにだんだんとテンションが上がってきた。
剣って「うぉおおおお」とか雄たけびを上げたくなってくる不思議な魅力があるのよね。
さっきの二人の気分が良く判る。
「よし、タチバナ卿も合格だ」
「ありがとうございます」
わたしはお澄まし顔で剣を教師に返す。
帰ったらマッサージしないと筋肉痛になりそう。
そうだ! ご主人様にねっとりとマッサージして貰おう。
もちろん、終わったらお返しにマッサージしてあげないとね!
ぐへへへ、ショタの肉体を思うがままにかぁ。
滾るわぁ~。
「アリサ~?」
「顔、なのです」
下から覗き込んできた二人が私の口元をつつく。
おっと、いけない、お澄ましお澄ましっと。
◇
「タマ・キシュレシガルザ」
「ポチ・キシュレシガルザなのです!」
「アリサ・タチバナと申します。みなさん、仲良くしてくださいね」
案内された教室は新入生の子供ばかりだった。
13歳くらいがボリュームゾーンかな?
騎士見習いだけあって童顔なのにガタイがいい子ばかりで、わたしの興味を引く子はいない。
30人ほどいるけど、女の子は2人だけ。片方は華奢なお姫様みたいな場違いな子だけど、もう1人は男の子よりも体格の良い女の子だ。
レベルは3から7と開きがある。中にはレベル11とか15の規格外の子もいるみたい。
貴族の子弟が7割を占めるせいかスキル持ちが多い。
武術スキルを持つ子が半数、魔法スキルを持つ者も二割ほどいる。
「ふん、亜人と女ばかりか。騎士学舎も落ちぶれたものだ」
貴公子風のイケメン少年がテンプレっぽいイヤミを言ってくる。
それに瞬間沸騰のように反応する者がいた。
「なんですって! もう一度言って見なさい。ケルテン家の名にかけて、あなたに決闘を申し込みますわよ!」
先ほどの華奢なお嬢様だ。
というか、なぜアンタが怒ってるのよ。
「ケンカだめ~」
「そうなのです! 仲良くしないといけないのですよ。メッなのです」
タマとポチの二人が一触即発の二人の間に瞬動で割り込んで、両手をわたわたさせて仲裁しようとしている。
「……お、おい」
「今、あの二人が急に移動しなかったか?」
「まさか、瞬動?」
「バカ言え。瞬動なんて使えたら騎士学舎に通うどころか騎士団から勧誘がくるぜ」
二人の超絶的な技を見て、クラスメイト達が落ち着きを無くした。
さっさと止めろという思いを篭めて筋肉教師を見てみたが、生徒達の自主性を見たいのか腕を組んで面白そうに騒ぎを見つめている。
――まったく。困ったものね。
「お二人ともその辺にしておいてください」
大人としてポチやタマの代わりに仲裁に入る。
「そちらの貴公子様。性別で区別するのは構いませんが、性別で差別するのはお止めなさいませ。シガ八剣のリュオナ様のように女性でも素晴らしい剣の使い手がおりますのよ」
こういう権威に弱そうな子には、腹筋割れオバサンを例に出して反論できないように封殺する。
続いて、こんどは瞬間沸騰お嬢様の方だ。
「ケルテン卿のお嬢様には私達への侮辱を弁護していただき感謝しております」
本当は、この後に彼女を窘める言葉を足してやる方が本人の為なんだろうけど、それは教育者の仕事よね。
ここで指摘したら彼女の顔に泥を塗ることになるし、二人っきりの時にでも指摘してあげればいいか。
「リ、リュオナ様は例外だ! 男の方が力も強いし、戦いに秀でている! シガ八剣様達だって、ほとんどが男じゃないか!」
少年が引き際を過って、なおも噛み付いてきた。
だが、それに応えたのは華奢少女だ。
「あら、そのシガ八剣のジュレバーグ様を打ち破った『黒槍』のリザ様も女性ですわよ」
リザさんの誉め言葉を聞いて、ポチとタマがぱぁっと嬉しそうな顔をする。
「リザ強い~」
「そうなのです。リザは強いのです!」
「ちょっと、あなたたち! 様を付けなさい! あの方は今頃、シガ八剣に叙せられて名誉伯爵の位を授かっているはずですわ」
リザさんを誉める二人を、お嬢様が叱りつける。
「ちがう~?」
「違うのです」
「何が違うというのですか!」
二人はリザさんがシガ八剣を断った事と名誉伯爵ではなく名誉女准男爵の位を授かった事を言いたいのだろうけど、その単語が上手く思い出せないでいるようだ。
「落ち着いてくださいませ。リザ・キシュレシガルザ様はシガ八剣のお誘いを辞退いたしました。先日の『大謁見の儀』では名誉女准男爵の位を賜っておられましたよ」
「まるで、見てきたように言うのね――キシュレシガルザ?」
お、さっきのポチとタマの自己紹介をちゃんと聞いていたのね。
「はい、わたし達三人もその場に居合わせましたから。お気付きのようですから補足いたしますが、この二人はキシュレシガルザ様の妹のような存在なのです」
「……リザ様の妹君?」
まったく、リザさんの家名は気合を入れないと噛みそうだわ。
そこに存在を忘れかけていたイケメン少年の声が割り込んできた。
「お前達、オレと勝負だ! 勝ったら、さっきの事を詫びてやる。先生、訓練所の手配を」
「よかろう」
筋肉教師が少年の偉そうな言葉に頷いて、「最初の授業は決闘の見学だ」とクラスメイトに告げて、訓練場へと皆を案内する。
――この脳筋めっ。
◇
「さぁ、来い! 三人一緒でも良いぞ」
衝撃を吸収するヘルメットに胴衣と木剣を装備した少年が、木剣をこちらに突き出して叫ぶ。
彼の後ろには取り巻きの少年達が5人ほどこちらを睨みつけている。
「タマ隊員。先鋒を命じます」
「らじゃ~」
「いいこと? 狙うのは相手の武器よ。ミーアがいないし、間違っても相手を怪我させないようにね」
「あいあいさ~?」
器用なタマに相手の武器破壊による決着を頼む。
もちろん、相手に聞こえないように小声だ。
「両者前に! 構え」
少年が騎士風に剣を正眼に構える。
対するタマは自然体だ。
「始め!」
筋肉教師の合図で、少年が雄たけびを上げてタマに突きを放つ。
危ないな~。突きだと木剣でも大怪我するわよ。
「うぉおおおおおお!」
少年の突きは鋭い。踏み込みも少年とは思えないほどの速さと足運びだ。
探索者育成校の子供達とは比べ物にならない。さすがはレベル11といった所か。
――でも、相手が悪い。
「タマは魅惑のダンサ~?」
少年の突きを、タマが右に左に華麗なステップで避ける。
たぶん、タマならシガ八剣の突きが相手でも同じ事ができるはず。
「タマ、がんばなのです!」
「あい~」
ポチの応援に答えて、タマが手に持った木剣で少年の剣を輪切りにする。
「なっ」
「秘剣、輪切りの舞~?」
少年の横を駆け抜けたタマが変なキメポーズで静止する。
木剣を輪切りにされた少年が、あまりの理不尽な技に腰が抜けたのか、その場に座り込む。
「勝者、タマ」
筋肉教師の宣言で、クラスメイト達が沸く。
一人だけ斜に構えた少年がクラスメイトたちの後ろで「フッ」と気障な笑みを浮かべて訓練所を出て行った。例のレベル15の少年だ。
これが学園モノの物語だったらライバルになりそうな相手だけど、残念ながらお呼びじゃないのよね。
◇
あの後にイケメン少年の取り巻き達が次々と挑んできたけど、タマとポチが交代で武器を飛ばして勝利をもぎ取った。
筋肉教師から備品を壊さないように頼まれたので、二人目以降は輪切りを自重している。
取り巻きたちが倒れた後に大柄の女の子が挑んできた為、なんだかクラスマッチみたいな感じになってしまった。
「次~?」
「今度はポチの番なのです!」
木剣を構えるポチが、クラスメイトの方を楽しそうな顔で見回すが、もう誰も名乗りを上げなかった。
お嬢様や最初の少年は3回ずつ二人に挑んだが、楽勝でいなされてしまっていた。
「よし、今日の授業は終了だ」
筋肉教師がそう宣言すると、息を整えていた数人が悔しそうな顔で地面を殴りつけた。
ああ、少年の悔しそうな顔って良いわね~。
この悔しさをバネに成長するのよ! 応援してるからね!
「皆、上には上がいると判っただろう? だが、腐るなよ? この二人は特別だ。小さい頃から迷宮で命のやり取りをしていた本物の探索者達だからな」
どうやら、筋肉教師に上手く使われちゃったみたいね。
これで子供達は慢心する事なく、それでいて具体的な理想像を植えつけられて訓練に勤しむだろう。
目に見える目標って大事だもんね。
でも、これで二人が皆に一目置かれてイジメの標的にされる事もないだろうし、何人かの子達と仲良くなれたみたいだから、文句は言わないでおいてあげるわ。
なお、例の絡んで来たイケメン少年はちゃんと二人に謝罪してくれた。
整理しきれない感情を御して謝る姿だけで、御飯三杯くらいいけそうだったわ。
いや~、学園編はたまりませんなぁ~。
◇
「変な料理ばっかりの店なんだけど、不思議と美味いんだよ」
「たまに外れもあるよね」
「でも、あのマヨって絶対癖になるぜ?」
授業の後、名誉士爵の四男っていう男の子と大柄な女の子、それから豹頭族の男の子の三人組に誘われて、買い食いに向かう事になった。
……にしてもマヨか。転生者か転移者くさいわね。
ま、トラブルなんていつもの事よね。
――なんて事を考えたせいか、変な現場に遭遇してしまった。
「汚らしい孤児がこんな場所を堂々と歩くな!」
「ソウヤ殿、暴力はお止めください。シンは学園の雑用をしているだけではありませんか!」
「オレに構うな。殴りたければ殴れ。オレはさっさと仕事を終わらせたい。手短に頼む」
殴ったのは小太り気味でぽっちゃりなのが勿体無いくらいの残念美形少年。黒髪に痩せてたらルルと並んでも遜色がなさそうな美形だ。
アジア系というか日本人っぽい顔つきにソウヤという名前。まるで勇者か転移者みたいだ。スキルは「彫金」のみ。14歳。
庇っていたのは、なんと知り合いだった。
ピンク色の髪をした遠方の小国の王女メネアだ。学園内のせいか取り巻きや侍女も連れていない。ちょっと無用心すぎると思う。
殴られた少年は白髪で痩身、フランス系の顔立ちをした美少年だ。シンという名前が地球人っぽいが、こちらにもよくある名前なので関係ないだろう。スキルは「片手剣」のみだ。さっきの黒髪少年と同じく14歳。
それにしても「少女マンガか!」って突っ込みを入れたくなる様なシチュエーションよね。
「おい、また殿下だぜ」
「あっちの雑用係も、よく殿下に絡まれているよな」
「王女様が雑用係に話しかけるのが面白く無いんだろ」
「ブサイク殿下も王女様に嫌われているのによくやるよ」
そんな会話がわたし達の近くを通り過ぎる上級生達の間から聞こえた。
ブサイク殿下? もしかしたら、あの子もルルみたいな不幸パーツの集合体なのかしら?
「ふん、殴る手が汚れるわ!」
メネア王女に下から睨まれていた殿下とやらが、偉そうに胸をそらして立ち去った。
「大変! 血が――」
「いいっ。ハンカチが汚れる」
殴られた少年の口から血が流れていたのを見て、メネア王女がハンカチを取り出してその血を拭おうとする。
少年がそれをぶっきらぼうな態度で断り、自分の手でゴシゴシと拭う。
――くぅ、何コレ、何この少女マンガ空間は!
これが「ただしイケメンに限る」っていうヤツね。
くっそう、学園編なら私があのポジションにいるはずなのに……。
神様のバカヤロー!
私は心の中でラブコメの神様に毒を吐いた。
※次回更新は 1/11(日) の予定です。
次はサトゥー視点に戻ります。王立学院2日目は2~3話後になる予定。
●登場人物など
【メネア】 小国ルモォークの第三王女。桃色の髪の美少女。17歳。
【ルモォーク王国】 かつて鼬人族と組んで異世界人を召喚していた。
【ケルテン】 軍に絶大な影響力のあった候爵家。
次はサトゥー視点に戻ります。王立学院2日目は2~3話後になる予定。
●登場人物など
【メネア】 小国ルモォークの第三王女。桃色の髪の美少女。17歳。
【ルモォーク王国】 かつて鼬人族と組んで異世界人を召喚していた。
【ケルテン】 軍に絶大な影響力のあった候爵家。
13-4.新年の特訓
※2015/2/15 誤字修正しました。
サトゥーです。仕事が忙しい時は学生時代に戻りたいと思うときがありますが、実際に学生時代に戻ったら窮屈さと金欠に数日で音を上げそうな気がします。
◇
「お帰りなさいませ、旦那様」
「「「お帰りなさいませ」」」
王国会議を終えて帰宅したオレが玄関前で馬車から降りると、執事とメイド達が並んで出迎えてくれた。
まるで王侯貴族みたいだ――って、貴族だったっけ。
「旦那様、マリエンテール様と御友人の方々がおいでになっております」
「判った。ゼナさん達は応接室かい?」
「はい」
「じゃ、着替える前に挨拶だけでもしておこうかな」
オレがそう言うとメイドの一人が、応接室に先触れとして向かってくれた。
通いの使用人達は妙に有能な人ばかりだな。迷宮都市のロリメイド達を何人か呼んで、こっちで教育を受けさせた方が良いかもしれない。
執事が開けてくれた扉を潜り、オレはゼナさん達や皆が待つ応接室へと向かった。
さすがに15人もいると狭く感じる。
うちの子達の出迎えの言葉に「ただいま」と短く返す。
王立学院が楽しかったのか、みんな顔が艶々としている。
「お邪魔しています。サトゥーさん……えっと、もう子爵様とお呼びしないといけませんね」
「公の場でなければ、今まで通りサトゥーと呼んでください」
少し寂しそうなゼナさんに、そう告げる。
公私の区別を付けるのは当然としても、友人によそよそしく対応されるのはあんまり好きじゃないんだよね。
「――いいんですか?」
「ええ、今まで通りでお願いします」
「はいっ!」
ゼナさんがお日様のような笑顔で応えてくれた。
相変わらず、ゼナさんはこういう時の表情がとても良いね。
「すぐに着替えてくるので、皆で食事にしましょう。ゼナさん達も食べて行かれるでしょう?」
「あの、それが……」
オレとしては当然晩餐は一緒のつもりだったのだが、ゼナさん達はセーリュー伯爵の晩餐に招かれているそうだ。
ついでに迷宮都市での進捗を報告する事になっているらしい。
「それは残念ですね。しばらく王都にいらっしゃいますよね? それならば、まだ機会はあります。明日にでも桜鮭を一匹丸ごと使ったステキな宮廷料理をご馳走しますよ」
「きゅ、宮廷料理ですか! ぜひ! 楽しみにしていますね」
そんな会話をしながら、伯爵邸へ戻るゼナさん達を見送った。
リリオがルルから何やら包みを受け取っていた。彼女達が気に入ったという、おせち料理の詰め合わせだそうだ。
◇
その日の夕飯はルルが王城で教わったという宮廷料理がずらりと並んでいた。
なかなか贅沢な料理ばかりだ。おせち料理が残っているのに勿体無いが、あれは朝ごはんに食べれば良いだろう。
「――千切っては投げ、千切っては投げの大活躍だったのです!」
「タマも活躍した~?」
騎士学舎でクラスメイトの子供達相手に無双をした報告をポチとタマから聞く。
アリサに目で「怪我はさせてないだろうな?」と問い掛ける。
「そんな目をしないでよ。ちゃんと、二人には武器だけを攻撃するように言っておいたから大丈夫よ。明日から挑んでくる子も減るだろうし、二人もぺんどら相手の練習で手加減を覚えてるから大丈夫だって」
「だいじょび~」
「そうなのです。ししょーから弱者には手加減をしろと教わっているのです」
おっと、それは問題発言だぞ。
「ポチ、友達に『弱者』とか言ったらダメだよ」
「ダメなのです? ししょーがよく言っていたのです」
う~ん、エルフ師匠達は武術に関してはナチュラルに格下を見下すからなぁ。
「じゃあ、想像してみようか」
「そうぞ~?」
「なのです?」
オレはハテナ顔の二人に頷く。
「ポチやタマの事を全然しらない武人が、戦う前から二人に『お前達は弱者だ。戦う価値もない』って言って見下してきたら、どう思う?」
「ポチは弱くないのです!」
「タマも強い~?」
オレの言った事を素直に脳裏に想像した二人が、プンプンと怒り出す。
「でも、相手の武人が『ふん、弱いものほど良く吼える』とか言って二人の言葉を聞いてくれなかったら、二人はどうする?」
「戦う~?」
「勝負を挑むのです」
うん、誘導したい通りの反応をしてくれてとても助かる。
「そうだね。二人が友達に『弱者』って言ったら、友達は二人の事を、さっきの例えの武人みたいに思って怒ると思わないかい?」
二人が腕を組んで難しい顔で、想像を膨らませている。
「絶対に怒っちゃうのです!」
愕然とした顔のポチがワナワナと震える。
「タマ、弱者って言わない~」
「ポチだって言わないのです!」
素直な二人の言葉を「そうだね」と肯定して、頭を撫でてやる。
怪我をさせないようにとも言ってあるし、これで変なトラブルを起す事もないだろう。
何かリザもうんうんと頷いていたが、別に実戦で相手を挑発するのはアリだと思うよ?
アリサから、騎士学舎の注意するべき貴族や人物についての補足を報告して貰った。
なかなか面白そうな人材が一杯で退屈しなさそうな学校だ。
◇
「それでミーアの方は楽しかったのかい?」
「ん」
ミーアがこくりと頷いて、蜜柑を口に放り込む。
あれ? それで終わり?
……まったく、無口なミーアらしい。
明日はアリサもミーアのいる魔法学舎に行くらしいし、アリサからどんな感じか報告して貰えばいいだろう。
「王城の厨房の方は何も問題はなかったかい?」
「は、はい。ご主人様が一緒じゃなかったのが残念そうでしたけど、色々な技法とか素材の見極め方のコツとかを教えて戴きました」
物品鑑定スキルが使えたら見極めなんて不要なんだろうけど、宝珠が下賜されるのはオークション終了の翌日なんだよね。
ルルが学んで来た技法なんかは後で教えて貰うとして、変に苛められていないようで良かった。
「ルルは大事にされていたと報告します」
「ありがとう、ナナ」
ルルだけだと苛められていても言わないかもしれないけど、ナナなら遠慮なく言うだろうから、本当に大事にされていたのだろう。
最後にリザがゼナさん達をどこに案内したのか尋ねてみた。
「買い食い通りと武具屋を中心にご案内いたしました」
「……リザさん、らしいわ」
アリサがポソッと呟くとおりリザらしい案内先だ。
でもゼナさん達なら、意外に受けていたかもしれない。
「なら、明日はオレ達と一緒に回った商店街を案内してあげて。あそこなら可愛い小物や服も売っているからさ」
「承知いたしました」
オレが一緒だったら小物とかを買ってあげられるんだけど、今回は下見だけで我慢して貰おう。
ゼナさん達が滞在中に一回くらいは市内観光に同行したいね。
◇
「そうだ、例の桃色王女もいたわよ」
アリサがニヤニヤしながら口にしたのは、アニメキャラのようなピンク色の髪をしたルモォーク王国のメネア王女の事だろう。
「そりゃ、メネア王女も王立学院の生徒だからね。でも、桃色王女じゃなくて普通にメネア王女って呼んであげなよ」
「は~い」
オレが窘めると、アリサが子供のような返事をした。
「それでさ、それでさ、メネア王女ったら、少女マンガのヒロインみたいに美少年二人の狭間で揺れ動いていたのよ」
げへへと笑うアリサの言葉だが、オレと出会うなり「運命の相手」とか言い出すようなお花畑な思考の娘だから、あながち否定できない。
「へー、モテモテだね」
「なによ、張り合い無いわねぇ」
オレにどんなリアクションを期待していたのやら。
「でさ、本題はここからなのよ」
アリサが姿勢を変えて、コタツの上に身を乗り出す。
「その片方のぽっちゃりイケメンが『殿下』って呼ばれていたの」
――殿下か。「自由の光」の幹部が言っていた魔王の憑代の隠語と同じ呼び方なのだが……。
「普通に王族なんじゃないのか? 何って名前だった?」
「えっとね、ソウヤって呼ばれてたわよ」
ふむ、日本人っぽい名前だ。
マップで検索するとすぐに見つかった。
富裕層エリアだが、貴族街ではない場所に住んでいるようだ。
備考欄の出自を確認、ついでに王城でナナシとして貰って来た紳士録を検索してその情報と照らし合わせる。
「どうやら、本当に王家の血を引いているみたいだね。前国王と商人の娘の間に生まれた庶子らしい」
さきほどのソウヤ君が住んでいた家は、母方の商人の家らしい。
念の為、宰相から貰っていた各種資料を検索してみたら、その商会の名前がヒットした。
海外との貿易を生業とする商家で、貿易都市に何隻もの外洋船を所有しているとの事だった。主な取引先は大陸西方の国家群と、大陸東方の鼬人族の帝国らしい。
資料に記載されていた理由は、この前、反逆罪で処刑された伯爵の家と取引があったからと、お気楽オカルト集団の「自由の風」に傾倒する貴族の家にパリオン神国からの輸入品――小物や書物などを納めているかららしい。
他にも、ケルテン侯爵の家に海外から輸入した剥製や美術品を納めていたようだ。
この程度は宰相の部下達も調べただろうけど、少々怪しいのでソウヤ君と商家の幹部にマーカーを付けておくとしよう。
ついでに「スキル不明」な人間や魔族、魔族に憑依された者を検索してみたが、該当者はいなかった。
◇
「ク、クロさま、お待ちしておりまひた」
緊張した面持ちの支配人が珍しく出迎えの言葉を噛んだ。
だが、エチゴヤ商会に「ユニット配置」で転移したオレは、意外な光景に一瞬思考停止していた。
オレの前にはズラリと集まったエチゴヤ商会の幹部達の姿がある。
まあ、それは良い。元々、召集したのはオレだ。
――だが、なぜ全員半裸なんだ?
支配人は肌が透けるレースのナイトガウンで、大事な要所は辛うじてレースが重なって透けていないが不用意に動くと全部見えてしまいそうだ。
後ろの貴族娘達も、もう少し大人しめであるものの支配人と大差ない扇情的な衣装だ。
ポリナは多少落ち着きのある服装だが、柔らかそうなワンピースに体のラインが浮き上がっていて、これから仕事をする格好には見えない。
ネルは上下のセパレートで寝巻きのような感じだ。本来なら余り色気のない格好だが、この集団の中だと独特のエロティシズムを生み出している。
ティファリーザは直視できない。氷の美貌を朱に染めて、恥ずかしそうに体を隠す仕草がやばすぎる。二人っきりの時にこれをやられたら、思わず押し倒しそうだ。
まったく、「これ何てエロゲ?」の世界だな。
オレはゴホンと一つ咳払いをする。
……落ち着けサトゥー。いや、今はクロか。
「支配人、今日は随分とステキな衣装だな」
「は、はい。クロ様のお召しですから、皆で精一杯のおめかしをさせていただきました」
――『明日の晩、夜二刻の後から特別任務を与える』
――『一刻ほどで終わるが、その後は仕事にならない可能性が高い』
あのセリフで誤解したのか?!
特別任務を夜伽、後者のセリフを事後で動けなくなると解釈したのか……。
誤解を誤解のままにして乱交パーティーに突入というのも心惹かれるが、それは止めておこう。
大事な従業員に手を出すなんて経営者失格という建前は棚上げしたとしても、下手に手を出したらオレの方が肉欲に溺れてダメになってしまいそうだ。
この手の発散は後腐れない本職のお姉さん達に限る。
恋人がいるなら、そっちでイチャイチャすればいいんだけどさ。
さて、彼女達をヤキモキさせるのはここまでにしよう。
「誤解させたようだな。私はお前達を無理矢理褥に連れ込むつもりはない。特別任務とは別の事だ。時間をやるから普段着に着替えて再集合しろ。靴は歩き易い物にしておけ」
微妙に居た堪れない表情になった支配人たちを残して、オレは迷宮地下の二番別荘に移動した。
ただ無為に待つのも勿体無いので、本日のパワーレベリングの生簀を確認に向かった。
生簀のある区画まで天駆で駆け抜け、生簀の部屋に辿り着く。
生簀の壁の周りに「湧き穴」から出現した魔物がウロウロしていたので、安全なパワーレベリングの為に掃除しておく。
構造的に「湧き穴」ができない広間の片隅に、ストレージから取り出した丸木小屋を置く。
小屋に小結界を発生する聖碑という魔法道具を設置して起動した。
赤い魔法陣が発動し、聖碑から半径10メートルは魔物が近寄らない安全地帯となる。
物理的な結界ではないので完全にシャットアウトはできないが、普通の魔物なら近寄ってこない。
メニューの「ユニット配置」の項目を確認すると、この場所も自陣として登録されていた。
この方法で色々な場所に移動先を用意していくとしよう。
オレは聖碑に魔力炉を接続し、起動しておく。出力の小さな中古品だが、聖碑一つに魔力を提供するには過剰な品だ。
他の拠点を作る時は村々にあるような結界柱にしよう。
あれなら魔力炉はいらないからね。
◇
「こ、ここは?! ――迷宮?」
「そうだ。迷宮中層にある277区画だな」
支配人の疑問に答えたのに、皆の表情が凍りついた。
普段着でレベル一桁の彼女達が連れてこられたら、そりゃ怖いよね。
「安心しろ。危険な魔物は排除済みだ」
オレが優しく伝えると、皆が地面にペタリと座り込んでしまった。
どうやら、腰が抜けたらしい。
こういうサプライズは止めておいた方が良さそうだ。
「ついて来い。お前達にはこの先にある生簀の魔物を狩ってレベルを上げて貰う」
生簀の壁にある階段を登って、生簀の中が見える場所まできた。
生簀の底では大繁殖した魔物――「迷宮油虫」達が、エサ用に投下してある非常にまずい魔物の屍骸を喰らう姿が見える。
正直、夢に見そうな光景だ。
「探索者だった頃の矜持が許さないかも知れないが、これは命令だ。嫌でも従って貰う」
支配人、ネル、ポリナの三人にストレージから取り出した武器を渡す。
「これは? 杖、ですか?」
「そうだ。投射銃という名前だが、火杖や雷杖の一種だ」
見た目は銃身を切り詰めたショットガンみたいな姿だ。薬莢を篭める場所に火石や雷石をセットする事で、用途別に属性を切り替えられる。
名前に投射とあるように収束をワザと甘く作っており、スプレーを噴射したように投網状の雷撃や火炎が放射される仕組みになっている。
銃にしか見えないが武器の種別としては杖にあたる。
殺傷性能が低いので、パワーレベリングか撹乱用途にしか使えない。
「全員、順番に生簀の中央付近を狙って撃って貰う。撃ったら後ろの者と交代しろ」
「「「はい!」」」
意外なほど良い返事で、全員が投射銃を受け取り言われた通りに引き金を引く。
「クロ様、雷が拡散してあまり効いていないようです」
「気にするな。それで良いのだ」
不可解そうな支配人を下がらせて、次の者に交代させる。
今回使ったカートリッジは「氷」「風」「雷」の3種類だ。あわよくばそれぞれの属性の魔法スキルが付かないかと画策している。
一応、銃を撃つ前にオレのアイテムボックスに手を入れさせておいた。これもスキルが手に入ったらラッキー程度だが、やっておいて損はないだろう。
更に魔法の学習をした事がある何人かに、魔法の巻物を使って攻撃魔法を使わせておいた。
「クロ様、全員終わりました」
「よし、危ないから全員階段のところまで下がれ」
オレは皆が後ろに下がったのを確認してから、「火炎嵐」の魔法で迷宮油虫を殲滅する。
「な、なんて凄い炎……」
「あれは上級魔法なのかしら?」
「それを無詠唱でなんて――」
驚きの声を上げる幹部達の相手は後回しにして、マップを開いて全員のステータスを確認する。
――しまった、やりすぎた。
先ほどの迷宮油虫は一匹当たりレベル7ほどしかなかったので、多少数が多くても大丈夫だと思ったのだが、ヤツらは1000匹以上に増えていたようだ。
幹部達の人数が多いので多少目減りしているようだが、それでも全員がレベル16まで上がっていた。
元からレベルが高かったポリナやオレの無茶ぶりでレベルが上がっていた支配人や彼女の副官2人はレベル17になっている。
「――あれ? なんだか力が入らないっす」
「私も何か気分が……」
一番レベルの低かったネルを皮切りに、次々と幹部達が不調を訴え始めた。
一度にレベル10以上も上がったら、そりゃレベルアップ酔いにもなるさ。
階段から転落しそうになった幹部達を「理力の手」で支え、そのまま「ユニット配置」でエチゴヤ商会の作戦指令室に転移した。
「ご苦労様。本日の特訓はこれで終わりだ」
「クロ様、体が変なんっすけど――」
「その症状はただのレベルアップ酔いだ。二刻も休めば元に戻る」
辛そうな顔の割りに元気なネルに答えてやる。
「あ、あれって酒飲み達のホラ話じゃなかったんだ」
「じゃ……、ひょっとしてレベル10くらいまで上がったのかな?」
「……まさか、そんなはず、無いわよ」
他の幹部達も辛そうにしつつも、レベルが上がった事に喜びを隠せないようだ。
あと7日も続ければレベル30ほどになる。それくらい上げておけば、この間のような事態に巻き込まれてもそうそう死なないだろう。
レベルの上がった彼女達だが、5人が魔法スキルを覚え1人がアイテムボックスのスキルを覚えた。予想以上の成果と言えるだろう。
うちの子達はレベル50まで誰もアイテムボックスのスキルを覚えなかったのに運の良い事だ。
オレは体の動かせない彼女達を放置するわけにも行かず、彼女達を本邸の仮眠室や客間まで運んで寝かす事になった。
なぜか、全員お姫様だっこを希望したのでそれに応えてやったのだが、幹部達のテンションが妙だった。
そんなにお姫様だっことは良いものなのだろうか?
アイテムボックスのスキルを覚えた運のいいティファリーザを一番最後に彼女の部屋まで運んで、本日の業務は終了だ。
「……クロさま」
そんな寝言をいう彼女をベッドに寝かしつけ、部屋を出る。
「――意気地なし」
そんな微かな独り言を「聞き耳」スキルが拾ってきたが、聞こえなかった事にしてオレは一人夜の繁華街にお邪魔した。
やっぱり、本職のお姉さんのテクニックは素晴らしい。
※次回更新は 1/18(日) の予定です。
●登場人物
【メネア】 小国ルモォークの第三王女。桃色の髪の美少女。17歳。
【ルモォーク王国】 かつて鼬人族と組んで異世界人を召喚していた。
【ケルテン】 軍に絶大な影響力のあった候爵家。
【ナナシ】 サトゥーの仮の姿。仮面で顔を隠した勇者。主に紫髪。
【クロ】 サトゥーの仮の姿。白髪に学生服の傍若無人なヒール役。
【エチゴヤ商会】 クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【ティファリーザ】 エチゴヤ商会の秘書。クロの奴隷。命名のスキルを持つ美少女。
【ネル】 エチゴヤ商会の生活魔法使い。クロの奴隷。
【支配人】 エチゴヤ商会の女支配人。迷賊に捕まっていた貴族の娘。元探索者。
【貴族娘達】 エチゴヤ商会の幹部。迷賊に捕まっていた貴族の娘達。元探索者。
【ポリナ】 エチゴヤ商会の工場長。苦労人。
【工場の幹部】 エチゴヤ商会の工場の幹部。迷賊に捕まっていた元探索者達。
【ゼナ】 セーリュー伯爵領の魔法兵。地味系美少女。デスマ一巻の表紙。
【リリオ】 ゼナ隊の一員。ゼナの親友。自称美少女。漫画版デスマ第一話に登場。
●登場人物
【メネア】 小国ルモォークの第三王女。桃色の髪の美少女。17歳。
【ルモォーク王国】 かつて鼬人族と組んで異世界人を召喚していた。
【ケルテン】 軍に絶大な影響力のあった候爵家。
【ナナシ】 サトゥーの仮の姿。仮面で顔を隠した勇者。主に紫髪。
【クロ】 サトゥーの仮の姿。白髪に学生服の傍若無人なヒール役。
【エチゴヤ商会】 クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【ティファリーザ】 エチゴヤ商会の秘書。クロの奴隷。命名のスキルを持つ美少女。
【ネル】 エチゴヤ商会の生活魔法使い。クロの奴隷。
【支配人】 エチゴヤ商会の女支配人。迷賊に捕まっていた貴族の娘。元探索者。
【貴族娘達】 エチゴヤ商会の幹部。迷賊に捕まっていた貴族の娘達。元探索者。
【ポリナ】 エチゴヤ商会の工場長。苦労人。
【工場の幹部】 エチゴヤ商会の工場の幹部。迷賊に捕まっていた元探索者達。
【ゼナ】 セーリュー伯爵領の魔法兵。地味系美少女。デスマ一巻の表紙。
【リリオ】 ゼナ隊の一員。ゼナの親友。自称美少女。漫画版デスマ第一話に登場。
13-5.王城にて
※2015/1/18 誤字修正しました(誤字報告感謝です!)。
サトゥーです。やっかい事や問題は終わった気でいるときにこそ、大挙してやってきます。
開発終盤で「もうバグは取りきった」と発言するのはフラグだと思うのです。
◇
「ところで、ペンドラゴン卿は第一夫人を誰にするか決めたかい?」
王国会議の休憩時間に、そんな事を話題にしたのはトルマだった。
不穏当な発言をするから、オレに幼女を押し付けたい貴族達が遠くのテーブルから殺気だった目で見てくるし、公都の食いしん坊貴族さん達まで微妙な顔をしているじゃないか。
ちなみに名誉准男爵の彼がこの場にいるのは、シーメン子爵への伝言を届けにきたからだ。
「当分嫁を貰う気はないよ」
オレは正直にそう告げる。
アーゼさんを嫁にしたいのはやまやまだが、エルフは基本的に気が長いので10年くらい求婚しないと本気にして貰えない気がする。
「そういう訳にもいかないだろ? 一代限りの名誉貴族じゃなくて永代貴族なんだから、国法で一年以内に子供ができなかったら次の妻を娶らないとダメだったはずだよ? うちの兄者もそれで第四夫人まで娶る事になったはずだしね」
――マジか?!
なんだその悪法は。
この落命しやすいこの世界なら次代の確保の為に仕方ないのかもしれないけれど、結婚くらい自由意志でさせて欲しいものだ。
トルマの話には続きがあって、上級貴族の場合は最低3人の夫人を持つのが普通で、夫人以外にも平均5人は妾を持っているらしい。
上級貴族で夫人を一人しか持っていないのは、ムーノ伯爵を含めて数人だけとの事だ。
リアルハーレムか……。
よく体力が保つものだ――って、そうか、そのせいでエチゴヤの精力増強剤があんなに飛ぶように売れていたのか。
他の錬金術師達が困らないように相当高額のボッタクリ値段設定をしたのに、王都に着いてから補充した分が既に売り切れている。
「王族を妻にしたいとか無謀な願いがあるわけじゃないなら、カリナでもお嫁さんに貰ってあげなよ。ペンドラゴン卿は年下が好きだと思うけど、第一夫人は年上の方が良いと思うよ」
「待たれよ、シーメン准男爵。無理強いはいかん」
カリナ嬢を売り込み始めたトルマを、ロイド候が止めてくれた。
さすがは年の功だ。ただの食いしん坊貴族じゃ――。
「ところで、ペンドラゴン卿、わがロイド家の娘は多産で有名でな」
――前言撤回。
貴方までトルマと同じノリになってどうするんですか。
「トルマ叔父様、あまりサトゥーさんを困らせてはいけませんよ」
オーユゴック公爵の付き添いで登城していたセーラが、淑やかな微笑みで助けに来てくれた。
先ほどまで他の女性官僚達と談笑していたのに、友達甲斐のある良い子だ。
セーラがオレのすぐ横に腰掛ける。
……少し近くないか?
「ね、サトゥーさん」
せっかくの助け舟だ。ここは流れに乗っておこう。
「ええ、そもそも永代貴族に取り立てられるとも思っていませんでしたから、まだ結婚などは考えていません」
セーラに促されて、そう皆に告げる。
それで判ってもらえたのか、トルマ達の嫁斡旋行動が収まった。
自分の仲裁が上手く行ったからか、セーラがやけにニコニコとした顔でお茶を傾けていた。
◇
さて、冷静になって考えてみたら、必要なのは跡継ぎのはずだ。
ならば、別に実子が必要とは限らないだろう。適当な養子を貰ってペンドラゴン家を継がせればいい。
ちょっと楽な気持ちに回復したので、さっきから聞き流していた王国会議の議題に耳を傾ける。
王国会議では王都の復興に必要な建材を確保する為に、買占めを行っている商人達から強制接収するか、周辺領地からも輸入するかが議論されていた。
――おっと、そういえば支配人からも資材の件を言われていたっけ。
オレは昼休憩の始めに「遠話」で、エチゴヤ商会に連絡を取り、建材確保に派遣する幹部を数名選出するように伝えておく。
そうしている間にも王国会議午前の部が終わり、昼休憩となった。
公都の貴族さん達から昼食に誘われたが、先に宰相の開く昼食会に招待されていたので、断りを入れる。
なんでも宰相は新しく上級貴族になった者とは必ず会食をして、交流を持つ事にしているそうだ。
「ペンドラゴン子爵様、ご案内いたします」
見覚えのある宰相の侍従がオレを迎えに来てくれたので、彼の案内に従ってついて行く。
もっとも、会ったのはクロとしてなので、気安く話すわけにもいかない。
少し気まずくなった所で、王城の中にある採光の良い会食室へと案内された。
宰相達が来るのはもう少し後なので、暇つぶしがてら窓からの景色を眺める。
ここからは桜の大樹がよく見える。
「――桜は好きかね」
「はい、桜はとても好きです」
声を掛けてきたのは、文官を従えた宰相だった。
いつの間に来たのやら。
それにしても、会食のはずなのに何か面接のような雰囲気だ。
「座りたまえ。今日の食事は他国から招いた料理人に作らせた物だ。口に合わないものがあったら遠慮なく残して構わん」
――ほほう、それは楽しみだ。
前菜は茹でたエビをトッピングしたサラダだ。
何の変哲も無いサラダだと思って口に入れた瞬間、ドレッシングの非常識さにやられた。
まさか、ドレッシングだと思ったのが透明なハチミツをベースにしたソースだったとはっ。
先入観さえなかったら、不思議なほど美味しかったのだが、なかなかインパクトがある。
宰相は澄ました顔で食べているが、ナナシとして何度も宰相と会った経験からわかる。
ぜったい、宰相はオレの驚いた反応を楽しんでいる。
次に出て来たのは白いサラサラとしたスープ。
香りはコーンスープっぽい感じだが、油断はできない。
オレは先ほどの経験を活かして、ほんの少しだけ口に含む――すっぱ!
後味は悪くないが、すっぱいのが苦手な人間には辛そうだ。
「異国の料理は口に合うかね?」
「ええ、実に刺激的な美味しさです」
これはリップサービスではなく本心だ。
食事の後にでも料理人に会って、どこの国の料理か教えて貰おう。
そんな感じで宰相のビックリメニューは、どれも見た目と味のギャップがあったものの総じて美味かったので不満はない。
宰相の質問に当たり障りの無い返事をしつつ、色々な食事を楽しむ。
そしてメインで出て来たのは、子豚サイズのイモムシの丸焼きだった。
香りは豚肉のテリヤキっぽい。
給仕の人がイモムシの外皮を切り分けて皿に盛ってくれる。
最後にトロリとしたイモムシのジェル状の身をソースのように外皮の切り身に掛けて完成らしい。
……いや、これは盛り付け後に出した方がいいんじゃないか?
ま、これもきっと美味しいだろう。
迷宮都市で暮らす前のオレだったら絶対に拒絶していたと思うが、迷宮内で色々と魔物の肉を食べた今では、このくらい許容範囲だ――たぶん。
ここは宰相の舌を信じよう。
オレは意を決して、給仕の教えてくれた通りに外皮にソースを絡めてから口に運ぶ。
――美味い。
外皮がパリパリなのにそのすぐ内側がジューシーで、割と面白い食感だ。
それに甘辛いソースが良く合う。
「――合格だ」
上機嫌そうな宰相が左右の文官にそう小声で呟いたのが聞こえた。
しまった、これは何かの試験だったのか?
途中で顔を顰めるなり、最後の料理を食べずに済ますなりするべきだった。
美味しい料理を食べるのが楽しくて、つい完食してしまった。
これではロイド候やホーエン伯を食いしん坊貴族なんて呼べなくなってしまいそうだ。
◇
宰相との昼食会の後、昼からの王国会議が始まるまでに30分ほど時間があったので、オレはこっそりとエチゴヤ商会に来ていた。
「クロ様、この三人を派遣員に選びました」
支配人の傍らには旅装束を調えた3人の貴族娘達がいる。
この娘達には「相場」や「交渉」などの頼もしいスキルがある。以前にはなかったはずだから、昨日のパワーレベリングの成果だろう。
「良い人選だ」
オレは短時間で準備を整えさせた支配人を労い、娘達にこれからの目的を指示する。
「お前達の任務は、王都復興の建材の買いつけとエチゴヤ商会の仮支部の確保だ。建材は現地引渡しで安く買い付けろ。輸送は考えなくて良い。仮支部はさほど立派な建物でなくても構わないから、今月中に引渡し可能な物件を選べ」
「「「はい! クロ様」」」
オレは元気良く答える娘達を連れて、公都へとユニット配置で移動した。
ここで一人降ろし、再びユニット配置でムーノ市へと移動して次の娘を降ろす。
最後のクハノウ市までは2回の帰還転移で移動した。
「ク、クロ様、ちょっと休憩させてください何か眩暈がします」
どうやらユニット配置よりも帰還転移の方が乗り心地が悪いようだ。
気分が良くなるまで付いていてやりたいところだが、あと20分ほどで午後の会議が始まってしまう。
オレは近くの茶屋まで貴族娘を運び、そこの個室を借りて彼女を楽な姿勢で寝させてやった。
「クロ様……」
「ここで暫く休め。夜二刻になったら迎えに来るので、それまでに任務を終えるように」
変に色気のある声で見上げる娘に、努めて事務的に告げて茶屋を去った。
密室でハタチ過ぎの美人に迫られたら、理性がヤバイのだよ。
◇
『だから! 「竜の瞳」が盗まれたと言っておるのだ!』
「落ち着いてください、殿下」
午後の会議に向かっていたオレは、「聞き耳」スキルが回廊の向こうから拾ってきた声が気になって、寄り道をしてしまった。
……また「殿下」か。少々食傷気味だ。
そこには妖精語を捲くし立てるレプラコーンの少年と、妖精語がカタコトしか判らない感じの文官の姿があった。
レプラコーンの少年は白を基調としたキンキラの衣装を纏い、それに合わせたようなゴテゴテした装飾品を帯びている。
文官の言葉にあったように、大陸南西部にあるレプラコーンの国の王族だ。実年齢は365歳なので見た目ほど幼いわけではなさそうだ。
なお、妖精語は妖精族の共通語ともいうべきエルフ語の下位互換言語なので、オレは問題なく理解できる。優美なエルフ語を木訥な感じにした言葉だ。
『何かお困りですか?』
『おお! 貴殿は妖精語が判るのだな。部屋に置いてあった「竜の瞳」が盗まれてしまったのだ!』
『宝石か何かですか?』
『違う! 「竜の瞳」は我が国伝来の宝珠だ。竜の持つ森羅万象を見破る鑑定の魔眼を使用者に与えるのだ』
――今度は宝珠か。
最近、何を見聞きしても魔族関係のものに深読みしてしまう。
このままだと枯れ尾花を見てもレーザーで焼き払う事になりそうだ。
オレは気を取り直して、彼の言葉を文官に伝える。
「また、盗難事件ですか!」
文官の言葉に首を傾げる。
「王城でそんなに盗難があるのか?」
オレは文官にそう尋ねながら「竜の瞳」をマップで検索して見たが、どこにも存在していなかった。
転移で持ち去られたか、アイテムボックスに保管されているかのどちらかだろう。
「……い、いえ、そんな事は」
文官がしどろもどろに失言を誤魔化そうとする。
『何を話しておる! 我が国の秘宝なのだぞ! はよう捜索隊を出さぬか!』
レプラコーンの少年が必死に訴えるので、他の盗難事件の事は後回しにして少年の要求を文官に伝える。
彼の言っていた「竜の瞳」は、使用者に「物品鑑定」のスキルを一時的に付与する事のできるアーティファクトで、効果中の使用者の虹彩が縦に割れて金色に変わる事から、この名前が付いたそうだ。
なお、少年と雑談している間に知ったのだが、一日三回までスキルを付与する事ができ、一回あたり1時間ほど効果が持続するそうだ。
色々な手配が終わった後、先ほど失言をした文官を問い詰めたところ、ここ二日ほどの間に王城で3件の盗難が発生しているのだそうだ。
いずれも宝珠のような形状をした宝石っぽい外見の品が被害にあっているらしい。
――宝珠っぽい品か。
前に桜餅魔族か「自由の光」の斥候が「殿下」を孵化させるのに必要だと言っていた品も宝珠だったはずだ。
やはり、「殿下」の関係者が暗躍しているのだろうか?
王城の宝物殿にあった宝珠はオークションが始まるまでオレが預かる事になっている。
その事を知らない連中が、宝珠っぽい物を物色しているのではないだろうか?
それにしても、「殿下」とは何者なのだろう?
ここは大国の王都だけあって、「殿下」という尊称を受ける人間が100名以上いるのでマーカーを付けて追跡するには少し多い。
昨日のアリサとの会話のついでにマップ検索した時にも、怪しそうな存在はヒットしなかった。
現在の王都に魔王信奉者の「自由の光」や「自由の翼」の残党はもういないし、シガ八剣の暗殺を企てたパリオン神国の関係者も出国した後だ。
これがマンガやラノベだったら主人公と接触した人物で絞れるのだろうが、現実ではそう便利な法則など適用されない。
もし適用されるなら、アリサが接触したソウヤという日本人顔の庶子の王子が「殿下」なのだが……。
桜餅魔族や「自由の光」の発言は国王や宰相に伝えてあるし、「殿下」の絞込みは彼らに任せるとして、オレの方でも罠の一つでも設置して犯人をおびき出してみるか。
オレはどんな罠が良いか思案しながら、時間ぎりぎりに午後の王国会議第二部へと滑り込んだ。
開発終盤で「もうバグは取りきった」と発言するのはフラグだと思うのです。
◇
「ところで、ペンドラゴン卿は第一夫人を誰にするか決めたかい?」
王国会議の休憩時間に、そんな事を話題にしたのはトルマだった。
不穏当な発言をするから、オレに幼女を押し付けたい貴族達が遠くのテーブルから殺気だった目で見てくるし、公都の食いしん坊貴族さん達まで微妙な顔をしているじゃないか。
ちなみに名誉准男爵の彼がこの場にいるのは、シーメン子爵への伝言を届けにきたからだ。
「当分嫁を貰う気はないよ」
オレは正直にそう告げる。
アーゼさんを嫁にしたいのはやまやまだが、エルフは基本的に気が長いので10年くらい求婚しないと本気にして貰えない気がする。
「そういう訳にもいかないだろ? 一代限りの名誉貴族じゃなくて永代貴族なんだから、国法で一年以内に子供ができなかったら次の妻を娶らないとダメだったはずだよ? うちの兄者もそれで第四夫人まで娶る事になったはずだしね」
――マジか?!
なんだその悪法は。
この落命しやすいこの世界なら次代の確保の為に仕方ないのかもしれないけれど、結婚くらい自由意志でさせて欲しいものだ。
トルマの話には続きがあって、上級貴族の場合は最低3人の夫人を持つのが普通で、夫人以外にも平均5人は妾を持っているらしい。
上級貴族で夫人を一人しか持っていないのは、ムーノ伯爵を含めて数人だけとの事だ。
リアルハーレムか……。
よく体力が保つものだ――って、そうか、そのせいでエチゴヤの精力増強剤があんなに飛ぶように売れていたのか。
他の錬金術師達が困らないように相当高額のボッタクリ値段設定をしたのに、王都に着いてから補充した分が既に売り切れている。
「王族を妻にしたいとか無謀な願いがあるわけじゃないなら、カリナでもお嫁さんに貰ってあげなよ。ペンドラゴン卿は年下が好きだと思うけど、第一夫人は年上の方が良いと思うよ」
「待たれよ、シーメン准男爵。無理強いはいかん」
カリナ嬢を売り込み始めたトルマを、ロイド候が止めてくれた。
さすがは年の功だ。ただの食いしん坊貴族じゃ――。
「ところで、ペンドラゴン卿、わがロイド家の娘は多産で有名でな」
――前言撤回。
貴方までトルマと同じノリになってどうするんですか。
「トルマ叔父様、あまりサトゥーさんを困らせてはいけませんよ」
オーユゴック公爵の付き添いで登城していたセーラが、淑やかな微笑みで助けに来てくれた。
先ほどまで他の女性官僚達と談笑していたのに、友達甲斐のある良い子だ。
セーラがオレのすぐ横に腰掛ける。
……少し近くないか?
「ね、サトゥーさん」
せっかくの助け舟だ。ここは流れに乗っておこう。
「ええ、そもそも永代貴族に取り立てられるとも思っていませんでしたから、まだ結婚などは考えていません」
セーラに促されて、そう皆に告げる。
それで判ってもらえたのか、トルマ達の嫁斡旋行動が収まった。
自分の仲裁が上手く行ったからか、セーラがやけにニコニコとした顔でお茶を傾けていた。
◇
さて、冷静になって考えてみたら、必要なのは跡継ぎのはずだ。
ならば、別に実子が必要とは限らないだろう。適当な養子を貰ってペンドラゴン家を継がせればいい。
ちょっと楽な気持ちに回復したので、さっきから聞き流していた王国会議の議題に耳を傾ける。
王国会議では王都の復興に必要な建材を確保する為に、買占めを行っている商人達から強制接収するか、周辺領地からも輸入するかが議論されていた。
――おっと、そういえば支配人からも資材の件を言われていたっけ。
オレは昼休憩の始めに「遠話」で、エチゴヤ商会に連絡を取り、建材確保に派遣する幹部を数名選出するように伝えておく。
そうしている間にも王国会議午前の部が終わり、昼休憩となった。
公都の貴族さん達から昼食に誘われたが、先に宰相の開く昼食会に招待されていたので、断りを入れる。
なんでも宰相は新しく上級貴族になった者とは必ず会食をして、交流を持つ事にしているそうだ。
「ペンドラゴン子爵様、ご案内いたします」
見覚えのある宰相の侍従がオレを迎えに来てくれたので、彼の案内に従ってついて行く。
もっとも、会ったのはクロとしてなので、気安く話すわけにもいかない。
少し気まずくなった所で、王城の中にある採光の良い会食室へと案内された。
宰相達が来るのはもう少し後なので、暇つぶしがてら窓からの景色を眺める。
ここからは桜の大樹がよく見える。
「――桜は好きかね」
「はい、桜はとても好きです」
声を掛けてきたのは、文官を従えた宰相だった。
いつの間に来たのやら。
それにしても、会食のはずなのに何か面接のような雰囲気だ。
「座りたまえ。今日の食事は他国から招いた料理人に作らせた物だ。口に合わないものがあったら遠慮なく残して構わん」
――ほほう、それは楽しみだ。
前菜は茹でたエビをトッピングしたサラダだ。
何の変哲も無いサラダだと思って口に入れた瞬間、ドレッシングの非常識さにやられた。
まさか、ドレッシングだと思ったのが透明なハチミツをベースにしたソースだったとはっ。
先入観さえなかったら、不思議なほど美味しかったのだが、なかなかインパクトがある。
宰相は澄ました顔で食べているが、ナナシとして何度も宰相と会った経験からわかる。
ぜったい、宰相はオレの驚いた反応を楽しんでいる。
次に出て来たのは白いサラサラとしたスープ。
香りはコーンスープっぽい感じだが、油断はできない。
オレは先ほどの経験を活かして、ほんの少しだけ口に含む――すっぱ!
後味は悪くないが、すっぱいのが苦手な人間には辛そうだ。
「異国の料理は口に合うかね?」
「ええ、実に刺激的な美味しさです」
これはリップサービスではなく本心だ。
食事の後にでも料理人に会って、どこの国の料理か教えて貰おう。
そんな感じで宰相のビックリメニューは、どれも見た目と味のギャップがあったものの総じて美味かったので不満はない。
宰相の質問に当たり障りの無い返事をしつつ、色々な食事を楽しむ。
そしてメインで出て来たのは、子豚サイズのイモムシの丸焼きだった。
香りは豚肉のテリヤキっぽい。
給仕の人がイモムシの外皮を切り分けて皿に盛ってくれる。
最後にトロリとしたイモムシのジェル状の身をソースのように外皮の切り身に掛けて完成らしい。
……いや、これは盛り付け後に出した方がいいんじゃないか?
ま、これもきっと美味しいだろう。
迷宮都市で暮らす前のオレだったら絶対に拒絶していたと思うが、迷宮内で色々と魔物の肉を食べた今では、このくらい許容範囲だ――たぶん。
ここは宰相の舌を信じよう。
オレは意を決して、給仕の教えてくれた通りに外皮にソースを絡めてから口に運ぶ。
――美味い。
外皮がパリパリなのにそのすぐ内側がジューシーで、割と面白い食感だ。
それに甘辛いソースが良く合う。
「――合格だ」
上機嫌そうな宰相が左右の文官にそう小声で呟いたのが聞こえた。
しまった、これは何かの試験だったのか?
途中で顔を顰めるなり、最後の料理を食べずに済ますなりするべきだった。
美味しい料理を食べるのが楽しくて、つい完食してしまった。
これではロイド候やホーエン伯を食いしん坊貴族なんて呼べなくなってしまいそうだ。
◇
宰相との昼食会の後、昼からの王国会議が始まるまでに30分ほど時間があったので、オレはこっそりとエチゴヤ商会に来ていた。
「クロ様、この三人を派遣員に選びました」
支配人の傍らには旅装束を調えた3人の貴族娘達がいる。
この娘達には「相場」や「交渉」などの頼もしいスキルがある。以前にはなかったはずだから、昨日のパワーレベリングの成果だろう。
「良い人選だ」
オレは短時間で準備を整えさせた支配人を労い、娘達にこれからの目的を指示する。
「お前達の任務は、王都復興の建材の買いつけとエチゴヤ商会の仮支部の確保だ。建材は現地引渡しで安く買い付けろ。輸送は考えなくて良い。仮支部はさほど立派な建物でなくても構わないから、今月中に引渡し可能な物件を選べ」
「「「はい! クロ様」」」
オレは元気良く答える娘達を連れて、公都へとユニット配置で移動した。
ここで一人降ろし、再びユニット配置でムーノ市へと移動して次の娘を降ろす。
最後のクハノウ市までは2回の帰還転移で移動した。
「ク、クロ様、ちょっと休憩させてください何か眩暈がします」
どうやらユニット配置よりも帰還転移の方が乗り心地が悪いようだ。
気分が良くなるまで付いていてやりたいところだが、あと20分ほどで午後の会議が始まってしまう。
オレは近くの茶屋まで貴族娘を運び、そこの個室を借りて彼女を楽な姿勢で寝させてやった。
「クロ様……」
「ここで暫く休め。夜二刻になったら迎えに来るので、それまでに任務を終えるように」
変に色気のある声で見上げる娘に、努めて事務的に告げて茶屋を去った。
密室でハタチ過ぎの美人に迫られたら、理性がヤバイのだよ。
◇
『だから! 「竜の瞳」が盗まれたと言っておるのだ!』
「落ち着いてください、殿下」
午後の会議に向かっていたオレは、「聞き耳」スキルが回廊の向こうから拾ってきた声が気になって、寄り道をしてしまった。
……また「殿下」か。少々食傷気味だ。
そこには妖精語を捲くし立てるレプラコーンの少年と、妖精語がカタコトしか判らない感じの文官の姿があった。
レプラコーンの少年は白を基調としたキンキラの衣装を纏い、それに合わせたようなゴテゴテした装飾品を帯びている。
文官の言葉にあったように、大陸南西部にあるレプラコーンの国の王族だ。実年齢は365歳なので見た目ほど幼いわけではなさそうだ。
なお、妖精語は妖精族の共通語ともいうべきエルフ語の下位互換言語なので、オレは問題なく理解できる。優美なエルフ語を木訥な感じにした言葉だ。
『何かお困りですか?』
『おお! 貴殿は妖精語が判るのだな。部屋に置いてあった「竜の瞳」が盗まれてしまったのだ!』
『宝石か何かですか?』
『違う! 「竜の瞳」は我が国伝来の宝珠だ。竜の持つ森羅万象を見破る鑑定の魔眼を使用者に与えるのだ』
――今度は宝珠か。
最近、何を見聞きしても魔族関係のものに深読みしてしまう。
このままだと枯れ尾花を見てもレーザーで焼き払う事になりそうだ。
オレは気を取り直して、彼の言葉を文官に伝える。
「また、盗難事件ですか!」
文官の言葉に首を傾げる。
「王城でそんなに盗難があるのか?」
オレは文官にそう尋ねながら「竜の瞳」をマップで検索して見たが、どこにも存在していなかった。
転移で持ち去られたか、アイテムボックスに保管されているかのどちらかだろう。
「……い、いえ、そんな事は」
文官がしどろもどろに失言を誤魔化そうとする。
『何を話しておる! 我が国の秘宝なのだぞ! はよう捜索隊を出さぬか!』
レプラコーンの少年が必死に訴えるので、他の盗難事件の事は後回しにして少年の要求を文官に伝える。
彼の言っていた「竜の瞳」は、使用者に「物品鑑定」のスキルを一時的に付与する事のできるアーティファクトで、効果中の使用者の虹彩が縦に割れて金色に変わる事から、この名前が付いたそうだ。
なお、少年と雑談している間に知ったのだが、一日三回までスキルを付与する事ができ、一回あたり1時間ほど効果が持続するそうだ。
色々な手配が終わった後、先ほど失言をした文官を問い詰めたところ、ここ二日ほどの間に王城で3件の盗難が発生しているのだそうだ。
いずれも宝珠のような形状をした宝石っぽい外見の品が被害にあっているらしい。
――宝珠っぽい品か。
前に桜餅魔族か「自由の光」の斥候が「殿下」を孵化させるのに必要だと言っていた品も宝珠だったはずだ。
やはり、「殿下」の関係者が暗躍しているのだろうか?
王城の宝物殿にあった宝珠はオークションが始まるまでオレが預かる事になっている。
その事を知らない連中が、宝珠っぽい物を物色しているのではないだろうか?
それにしても、「殿下」とは何者なのだろう?
ここは大国の王都だけあって、「殿下」という尊称を受ける人間が100名以上いるのでマーカーを付けて追跡するには少し多い。
昨日のアリサとの会話のついでにマップ検索した時にも、怪しそうな存在はヒットしなかった。
現在の王都に魔王信奉者の「自由の光」や「自由の翼」の残党はもういないし、シガ八剣の暗殺を企てたパリオン神国の関係者も出国した後だ。
これがマンガやラノベだったら主人公と接触した人物で絞れるのだろうが、現実ではそう便利な法則など適用されない。
もし適用されるなら、アリサが接触したソウヤという日本人顔の庶子の王子が「殿下」なのだが……。
桜餅魔族や「自由の光」の発言は国王や宰相に伝えてあるし、「殿下」の絞込みは彼らに任せるとして、オレの方でも罠の一つでも設置して犯人をおびき出してみるか。
オレはどんな罠が良いか思案しながら、時間ぎりぎりに午後の王国会議第二部へと滑り込んだ。
※次回更新は 1/25(日) の予定です。
●登場人物
【トルマ】 KYで顔が広い。一人娘のマユナちゃんは神託スキルを持つ。
【シーメン子爵】 トルマの兄。公都で巻物工房を経営している。
【ロイド候】 公都の貴族。テンプラ好き。
【セーラ】 テニオン神殿の神託の巫女。サトゥーの友人。
【オーユゴック公爵】セーラの祖父。
【宰相】 シガ王国の宰相。意外に食通だった。
【クロ】 サトゥーの仮の姿。白髪に学生服の傍若無人なヒール役。
【エチゴヤ商会】 クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【支配人】 エチゴヤ商会の女支配人。迷賊に捕まっていた貴族の娘。元探索者。
【貴族娘達】 エチゴヤ商会の幹部。迷賊に捕まっていた貴族の娘達。元探索者。
【ソウヤ】 アリサが王立学院で出会った黒髪のぽっちゃり少年。前シガ国王の庶子。
●登場人物
【トルマ】 KYで顔が広い。一人娘のマユナちゃんは神託スキルを持つ。
【シーメン子爵】 トルマの兄。公都で巻物工房を経営している。
【ロイド候】 公都の貴族。テンプラ好き。
【セーラ】 テニオン神殿の神託の巫女。サトゥーの友人。
【オーユゴック公爵】セーラの祖父。
【宰相】 シガ王国の宰相。意外に食通だった。
【クロ】 サトゥーの仮の姿。白髪に学生服の傍若無人なヒール役。
【エチゴヤ商会】 クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【支配人】 エチゴヤ商会の女支配人。迷賊に捕まっていた貴族の娘。元探索者。
【貴族娘達】 エチゴヤ商会の幹部。迷賊に捕まっていた貴族の娘達。元探索者。
【ソウヤ】 アリサが王立学院で出会った黒髪のぽっちゃり少年。前シガ国王の庶子。
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13-6.王立学院(2)
※2015/5/30 誤字修正しました。
※アリサ視点のお話です。
※アリサ視点のお話です。
ミーアと二人で魔法学舎の門を潜る。
「ミサナリーア様、お待ちしておりました」
「おはよ」
校舎の入り口で待っていた学院長が、あれよあれよと言う間にミーアを連れて行ってしまった。
それを為す術無く見送った後、学院長の横にいた三十前後のハンサムな教師がわたしの方に歩み寄って来た。
「タチバナ卿は、こちらへ。主任教授をしているヘビンだ。私が案内をさせて貰う」
「よろしくお願いいたします、ヘビン先生」
憂いのある表情にベストマッチな渋い声。
ゆったりとした独特の抑揚がステキね。
翻訳版だったら、「猫なで声」って訳されそうな感じ。
そんなバカな事を考えている間にも、校舎の中へと案内される。
ヘビン先生は酷薄そうな顔とは裏腹に気配りができるタイプらしく、ちゃんとわたしの歩く早さに合わせてくれた。
「魔力量を測定する器具を持ってくるので、そこに腰掛けていなさい」
「はい、先生」
応接間のような立派な部屋に通され、ふっかふかのソファーを勧められた。
お淑やかに浅く腰掛けつつも、わたしの心は「魔力測定」という言葉に穏やかではいられなかった。
やっぱ、魔力測定をする水晶を破裂させて「なんて、魔力量だ!」なんて驚かせちゃうのよね。
くっふっふっふ~、やっぱり、学園モノは魔力TUEEEから始めないとね!
◇
「星四つだな。かなりの魔力量だ。ミサナリーア様の友人だけはある」
ヘビン先生は水晶型の測定器の値を読み取って、入学書類に記入していく。
――ありゃ? 測定器の許容量大きすぎない?
わたしのそんな疑問に答えるようにヘビン先生が呟く。
「ミサナリーア様が新入生用の測定器を壊してしまったので、城から王祖様がお作りになったオリジナルの魔力測定器を借りてきておいたのだよ」
あっちゃ~、ミーアが先に壊してたのか~。
そりゃそうよね。ミーアの方がわたしの5割増しくらいの魔力あるし、当たり前か。
まったく、普通は常人を超えるレベルの魔力を順番に上げていって驚かれるのがセオリーなのに、ミーアが一番先じゃ埋没しちゃうじゃない。
こ、ここはうちのチートなご主人様を連れてきて、オリジナルの魔力測定器を壊すくらいの魔力量を見せ付けて――って無理よね。
そんな目立つ事をうちのご主人様がする訳ないか。
「そんな顔をせずとも良い」
黙っていたせいか、ヘビン先生がちょっと優しい声でフォローしてくれる。
「普通の新入生は星一つから星二つだ。教師でも星四つ行くのは私と学院長の二人だけだ。誇って良い」
「ありがとうございます、ヘビン先生」
学院長のレベルが43で、この先生はレベル41ほどある。
私のMPが890だから、おそらく1000を超えたら星5つなのだろう。
なお、ミーアの評価だけど――。
「ミサナリーア様は星五つだ。王祖ヤマト様や過去の偉人達に続く歴代七人目の記録だよ」
――と、チート主人公みたいな評価を貰っていた。
うちのご主人様の非常識さと比べたら普通だけど、ミーアも十分すごいもんね。
あと、この手のお約束の属性判定はなかった。
ヤマト石があるからだってさ。まったくロマンが足りないわよね~。
で、今度は場所を移して実技の試験。
「ではあの的を魔法で破壊してくれたまえ」
よっしゃーっ! 名誉挽回のちぁーんす!
ここはあの的どころか、この実技室の魔法障壁を破壊する「火炎地獄」の一撃で、アリサちゃんの実力を見せてあげようかしら。
無詠唱の空間魔法で周辺被害が出ないようにすれば無問題よね。
「念の為に言っておくが、制御の緻密さも見るので的以外を破壊したら減点なので注意するように」
――くぅ、既に誰かがやらかしていたかぁ。
仕方ない。
テクニカル・アリサちゃんで行こう。
「■ ■■ ■■■ ■■ ■ 細火多弾演舞」
爪の先ほどの小さな火弾が長杖の先に次々に生まれる。
全部で16発の弾が私の精密なコントロールに従って的に飛んで行く。
それぞれの弾が途中でさらに4つに分割し、合計64個の火弾の雨となって的を撃つ。
暴徒鎮圧用にご主人様に作って貰った魔法なので、一つ一つの弾丸の威力は最低。デミゴブリンさえ倒せない。
でも、64個の弾丸はわたしの意図したとおりに的を穿った。
「見事。的に弾痕で桜の花びらを描くとは――」
ヘビン先生を唸らせた甲斐あって、エリートの集まる特別選抜クラスで授業を受ける事になった。
確認していないけど、きっとミーアもそこだろう。
◇
ヘビン先生に連れて行かれた教室は生徒が10人しかいない。ここに来るまでに見た教室の平均生徒数の半分以下だ。
生徒の年齢は大体10歳から18歳と幅広くて、平均は16歳くらい。
この国の子達は12歳くらいからオッサン化し始めるので、貴重なショタは1人しかいない。
レベルは平均9で、最大が炎魔法使いの子のレベル19。次点が雷魔法使いの子のレベル15だ。
騎士学舎と違ってレベルが高めなのは、安全な後方から経験値稼ぎができるからだろう。
部屋の中にミーアはいない。
代わりに見知ったピンク髪の王女が座っていた。
ニコリと笑顔を送ってきたので、軽く会釈を返しておく。
このクラスにいるって事は男関係の素行に問題があっても優秀らしい。
――くぅ、このリア充めっ。
ヘビン先生に促されて自己紹介を行う。
名前と得意属性を言えば良いらしい。
「アリサ・タチバナです。火魔法を嗜みます――」
インパクトのある自己紹介で印象付けるのは過去の痛い痛い思い出がブレーキをかけるので、凄く無難な内容で終わらせた。
クラス内から「なんだ火魔法か」と呟く炎魔法使いの少年や雷魔法使いの青年がいたが華麗にスルーしておいた。どこのクラスにもこういう輩はいるみたい。
それに炎や雷は一部の攻撃魔術の威力が突出しているだけで、上位魔法というわけではない。
ちなみに、クラス内では基本属性の魔法を使える子が半数ほど。
地爆水氷炎風雷、術理、召喚、死霊の10種で、地の子が被りで、氷の子が死霊魔法も使えるみたい。
ヘビン先生が「魔法に優劣は無い」と問題発言をした少年を叱っている。
少年は甘やかされて育ったのか叱られた事自体が不満なような顔で悔しそうに謝罪の言葉を口にしていた。
わたしは劣化した元少年の事よりも、眼鏡を掛けたショタ少年の方が気になる。
教室の空席は二つ。どちらかがミーアの席なんだろうけど、空席の片方が最前列に座る彼の横にあるのだ。
たぶん、こっちがミーアの席で私は一番後ろの炎魔法使いの少年の横だろう……。
ところが、ヘビン先生は最前列の席を指差した。
「タチバナ君はその席を使いたまえ」
――マジっすか!
思わぬヘビン先生の言葉に、心の中で三下口調で喜ぶ。
もちろん、表面はお淑やかに取り繕った。
「はい、先生」
眼鏡ショタに「仲良くしてくださいね」とニコリと微笑んだら、彼は恥ずかしそうに頬を朱に染めて小さく頷いた。
くぅ、これぞ、ニコポ!
伝説の技なりぃいいいいい!
やっぱ、学園編はこうでないとね!
「あ、アリサ君? 何があったか知らんが落ち着きたまえ」
「す、すみませんっ」
くっはぁあ……失敗した。
つい高ぶって立ち上がってしまった。もしかしたら声に出てたかも。
せっかくいい感じだった眼鏡少年が引いている。
慌ててお淑やかぶってごまかすが、あまり効果は無かった……。ちくせう。
◇
汚名返上の案を考えていると廊下の方からがやがやと人の声が聞こえる。
がらりと教室の扉を開けて入ってきたのは、学園長と何人かの研究者風の男女数名。
――そして、彼らに囲まれるようにミーアがいた。
「アリサ」
わたしにミーアが小さく片手を挙げて声を掛ける。
教室中の視線がわたしに集まった。驚いていないのは学園長とヘビン先生、それからピンクさんの3人だけだ。
わたしがミーアに手を振り返えしている間に、学園長がわたしとミーアが知り合いだと皆に説明する。
その間に学院の職員っぽい男達が5組ほどの机と椅子を教室の隅に配置して去って行った。
学園長達や研究者風の男女がその席に着く。
「では、ミーア先生」
「ん」
――先生?
学園長が促すとミーアが教壇に立って授業を始めた。
どうやら、ミーアは優秀すぎて生徒ではなく教師枠になってしまったらしい。
ミーア……恐ろしい子っ。
さて、お約束も終えた所でミーアの授業を眺める。気分は授業参観だ。
学園の授業は現代日本のように黒板に板書して行うみたい。
ただ黒板は王祖ヤマトが発明した魔法道具で、杖で魔力を流すとチョークで書いたように白い線が残る物らしい。生産コストが高いので王立学院にしかないそうだ。
ミーアの授業はやっぱり単語だった。
板書が終わったら「読んで」の一言。
生徒達が読み終わった頃を見計らって、長杖で指し示して「基礎」「定石」「安定回路」「収束」「発動」と単語で説明していく。
「ミーア様、その箇所は何を?」
「猶予」
白衣の男の質問にミーアが答える。
男は王立研究所の所員らしく、その一言で納得して何やらノートを取っている。
大多数の生徒が解らないようだったので、ヘビン先生がミーアに耳打ちしている。
こくりと頷いたミーアがわたしを見て手招きする。
「アリサ。きて」
もう、ミーアったら仕方ないわね~。
わたしはヤレヤレ系の主人公のような気分で立ち上がり、うきうきと教卓へ向かう。
「それじゃ、ミーアに代わって説明するわよ」
わたしがそう切り出すと、色々な視線が集まった。
「まず、この猶予って言ってたヤツだけど、これは魔法行使時に術者によって魔力の供給量や思考制御に反応して効果を変化させる為に必要なの。呪文の効率化を目指してここをカットしている魔法書を見かけるけど、ここをカットしちゃうと実行時制御コードを増やす余地がなくなって汎用性に欠けちゃうので注意してね。あと知っているかもしれないけど、ジブクラウド博士の魔法解説辞典にこの猶予についての解説があるから初めて聞いた人は読んでみて。賢者トラザユーヤの魔法書にも書かれていると思うけど、ジブたんの辞典が一番詳しいから――」
わたしの詳しい説明に生徒達が耳をそばだてて必死にノートを書き込んでいる。
さっきの炎魔法使いの子だけが驚いたような顔で呆けている。アリサ先生は厳しいから聞き逃したりしたら、後で説明してやんないわよ?
その説明が分かり易かったのか、ミーアが板書してわたしが解説する授業が確立してしまい、生徒ポジションで学園TUEEEする機会を喪失してしまった。
授業後も研究者達に囲まれて呪文の解説や改良案を語り合う輪の中に巻き込まれてしまい、眼鏡ショタ少年と仲良くなる事はできなかった。
教師や上級生用の豪華な学食がタダで食べ放題だったのは嬉しいけど、ご主人様やルルの超絶究極料理に慣れたわたしの舌を唸らせるほどじゃなかった。
◇
「上級魔術の魔法書ですか?」
「ん」
授業は午前で終わりだったので、学院長に学院の魔法書を閲覧させて貰えないかお願いしてみた。
もちろん、心証を考えてミーアからのお願いという形にしてある。
「本来なら、生徒への閲覧は許可していないのですが、他ならぬミサナリーア様のお願いとあらば――」
「感謝」
長くなりそうだったので、ミーアに目配せして話を強引に終わらせた。
わたしたちは学院長に案内されて、図書館の奥の扉へと向かう。
学院長によると、この扉は複雑な魔法の結界で守られているので、専用の開錠用の魔法道具を使わない限り開かないそうだ。
「■■ 開錠」
分厚い金属の扉が開くと黴臭い古い本の匂いが鼻腔を擽った。
この身体に生まれ変わってから鼻の粘膜が薄いので、ハンカチで素早く鼻と口を守る。
後ろでミーアが「くしゅん」と可愛いくしゃみをしていたので、妖精鞄から取り出したちり紙とマスクを手渡してあげる。
「はい、ミーア」
「ありがと」
扉の向こうは三十ほどの書架が並ぶ窓の無い部屋になっている。
そして、閲覧机には先客がいた。
「学院長様――」
お姫様のような女性が侍女っぽい娘を二人連れている。
どこかの上級貴族の令嬢かな?
――なんとなく鑑定した結果、彼女は本物のお姫様だとわかった。
シガ王国の第六王女でシスティーナさん。レベルは17、称号は「禁書庫の主」、スキルは「礼儀作法」「算術」「錬成」「術理魔法」の四つ。
お付きの二人はレベル30前後の護衛を兼ねたメイドさんっぽい。
学院長が王女に挨拶して、ミーアとわたしを王女に紹介している。
「そう、貴方が――」
王女が興味深げな視線をわたし達に向ける。
「わたくし、タチバナ士爵とはぜひお話しをしたいと思っていたの」
「光栄に存じます」
てっきりミーアって言うかと思ったのに、どうしてわたしなんだろう?
彼女の様子を見る限り、どう見ても社交辞令で言っているとは思えない。
「失礼ですけれど、タチバナ士爵は本当に見た目どおりの年齢なのかしら?」
――ま、まさか前世と足して、ん十歳なのを見抜かれた?!
「……は、はい。王女殿下のご質問の意味が判りませんが、わたしが中央小国群で生まれたのは12年前です」
もって回った言い方をしたのは、嘘を見抜く魔法道具を王女や侍女達が持っていないか警戒したからだ。
「そう――では、たった数年で貴方達はその高みにまで上り詰めたのね……」
たぶん、年始の「謁見の儀」で鑑定スキル持ちの誰かが、わたし達のレベルと年齢を確認したのだろう。スキルなんかはチートなご主人様の作った認識誤認アイテムで、無難なモノが見えるようにしてあるから大丈夫のはずだ。
「殿下、彼女は促成栽培の者ではございません。力を得るに相応しい知識と礼節を兼ね備えております」
「まぁ、学院長がそこまで生徒を褒めるのは初めて伺いましたわ」
微妙に会話に置いて行かれたけど、どうも王女はわたしがパワーレベリングで促成栽培されたと発言して、学院長がフォローしてくれたという流れみたい。
パワーレベリングは事実なんだけど、そこは訂正しないでおこう。
レベル50までパワーレベリングするなんて話は聞いた事がないもんね。
「タチバナ士爵、非礼をお詫びいたします。わたくしの無礼を許してくださいますか?」
「はい、王女殿下。宜しければ、わたしの事はアリサとお呼びください」
ピンクさんやのじゃ姫みたいな小国の王女ならともかく、こんな大国の王女様が素直に非礼を詫びるとは思わなかった。ぴろりろりん、と心の中で好感アップの効果音を鳴らして、王女に微笑みかける。
そのまま談笑する流れになりそうだったが、ミーアが「本」と呟いてくれたので、本来の目的に戻ることができた。
私は火、ミーアは水の上級魔術の書かれた魔法書を読む。
斜め読みを終えて、大まかな概要を帳面に書き込んだ。
ふと、顔を上げると学院長と王女の会話が耳に飛び込んできた。
「――それは果汁を一滴垂らした水甕から果汁をより分けるようなものです。神聖魔法や水魔法で果汁を不純物として浄化する事は可能ですが、分離できるような魔法はございません」
「そう、ですか……」
実験とかで重宝しそうなのに、存在しないのかな?
イオン化傾向とか浸透率の違いを利用したら分離できそうな気がする。
こっちにはそんな概念が無いかもしれないけど、便利な魔法なら概念を知らなくてもできそうなものよね。
そんな事を考えていると王女と目が合った。
「アリサ、何か良い呪文をご存知?」
「いいえ――」
わたしの否定の言葉を聞いて、期待に満ちた王女の瞳が曇る。
「――ですが、水魔法の『浄水』の『水に含まれる不浄』を検出するコードを流用して、浄化ではなく分離を行う魔法を新しく作られてはいかがでしょう?」
分離はちょっち面倒だけど、うちのご主人様なら一晩で組み上げちゃいそう。
「新しく、ですか?」
「はい、無いのなら作れば良いのです」
王女のびっくりした顔に、ちょっと得意になりながら頷き返す。
でも、そこに学院長の現実的な意見が水を差す。
「お待ちください。新規の呪文開発ともなれば、研究開発費に金貨千枚は必要となるでしょう。学院の資料や王国の禁書庫の資料が閲覧できる殿下なら、多少は節約できるかもしれませんが――」
「そんなに……」
学院長の提示した金額に、王女が驚きの声を上げる。
わたしはミーアと顔を合わせ、今までにご主人様に作ってもらった呪文の数々を脳裏に浮かべる。
有益なモノからくだらない呪文まで、合計100個くらい作ってもらった気がする。
……ま、チートなご主人様だから、いいか。
さすがに大国の王女様でも、そこまでの大金を右から左に動かせないみたい。
貴族や商人に出資させるにしても、回収の見込みの無い用途の限定された魔法では出資者を募るだけ無駄だと学院長が補足した。
「でも、新しく呪文を作るなんて発想が出るなんて素晴らしいわ」
「タチバナ卿はミサナリーア様に匹敵する魔法の大家ですから」
王女の賞賛の声に学院長が応える。
なぜか、私よりもミーアが褒められている気がするが、別に構わない。
その後、ミーアも混ざって魔法理論や魔法書の話題で日が傾くまで語り合った。
王女とは身分の違いがなければマブダチになっていたかもしれない。その勢いのまま王女のお茶会という名目の研究室ご訪問の約束までしてしまった程だ。
◇
そろそろお開きという段になって、王女がこんな事を尋ねてきた。
「そういえば、大晦日の日に空を飾った『花火』の魔法はペンドラゴン子爵が公都の貴族たちに伝授したと窺っていますけど、あれはもしかしたら、アリサが作ったのではないかしら?」
「いいえ、あの魔法は私たちの主人のサトゥー・ペンドラゴン子爵が作ったものです」
王女の誤解を即答で解く。
うちのご主人様は目立つのを不思議なくらい忌避するけど、すでにやらかした事を肯定するのは問題ないはず。
オーダーメイドの巻物が嬉しかったからって、新魔法をガンガン作ってシーメン子爵の工房に持ち込んでいたもんね。
「――本当に?」
「ん」
信じられないという顔の王女にミーアがこくりと頷いて「天才」と言葉を足した。
「でしたら、今度のお茶会にはペンドラゴン子爵もお招きいたしますわ。あの美しさを追求した遊び心のある魔法を作った方と、一度お話ししてみたかったのです」
――やっちまったぁ。
恋する乙女のような王女のキラキラとした顔を見て、自分の迂闊さを呪った。
まさか、自分の手でフラグ建設を補助してしまうとは!
わたしの横ではミーアがライバル出現を予感して眉を寄せる。
唯一の救いは、うちのご主人様が権力闘争に巻き込まれる危険性がある王女に恋慕する可能性がゼロという事くらいだろう。
はぁ、脈無しのアーゼたんをさっさと見限って、わたしやルルに手を出してくれないかなぁ~
ま、無いよね……。
ああっ! 早くご主人様を悩殺できる大人な身体が欲しいっ!
「ミサナリーア様、お待ちしておりました」
「おはよ」
校舎の入り口で待っていた学院長が、あれよあれよと言う間にミーアを連れて行ってしまった。
それを為す術無く見送った後、学院長の横にいた三十前後のハンサムな教師がわたしの方に歩み寄って来た。
「タチバナ卿は、こちらへ。主任教授をしているヘビンだ。私が案内をさせて貰う」
「よろしくお願いいたします、ヘビン先生」
憂いのある表情にベストマッチな渋い声。
ゆったりとした独特の抑揚がステキね。
翻訳版だったら、「猫なで声」って訳されそうな感じ。
そんなバカな事を考えている間にも、校舎の中へと案内される。
ヘビン先生は酷薄そうな顔とは裏腹に気配りができるタイプらしく、ちゃんとわたしの歩く早さに合わせてくれた。
「魔力量を測定する器具を持ってくるので、そこに腰掛けていなさい」
「はい、先生」
応接間のような立派な部屋に通され、ふっかふかのソファーを勧められた。
お淑やかに浅く腰掛けつつも、わたしの心は「魔力測定」という言葉に穏やかではいられなかった。
やっぱ、魔力測定をする水晶を破裂させて「なんて、魔力量だ!」なんて驚かせちゃうのよね。
くっふっふっふ~、やっぱり、学園モノは魔力TUEEEから始めないとね!
◇
「星四つだな。かなりの魔力量だ。ミサナリーア様の友人だけはある」
ヘビン先生は水晶型の測定器の値を読み取って、入学書類に記入していく。
――ありゃ? 測定器の許容量大きすぎない?
わたしのそんな疑問に答えるようにヘビン先生が呟く。
「ミサナリーア様が新入生用の測定器を壊してしまったので、城から王祖様がお作りになったオリジナルの魔力測定器を借りてきておいたのだよ」
あっちゃ~、ミーアが先に壊してたのか~。
そりゃそうよね。ミーアの方がわたしの5割増しくらいの魔力あるし、当たり前か。
まったく、普通は常人を超えるレベルの魔力を順番に上げていって驚かれるのがセオリーなのに、ミーアが一番先じゃ埋没しちゃうじゃない。
こ、ここはうちのチートなご主人様を連れてきて、オリジナルの魔力測定器を壊すくらいの魔力量を見せ付けて――って無理よね。
そんな目立つ事をうちのご主人様がする訳ないか。
「そんな顔をせずとも良い」
黙っていたせいか、ヘビン先生がちょっと優しい声でフォローしてくれる。
「普通の新入生は星一つから星二つだ。教師でも星四つ行くのは私と学院長の二人だけだ。誇って良い」
「ありがとうございます、ヘビン先生」
学院長のレベルが43で、この先生はレベル41ほどある。
私のMPが890だから、おそらく1000を超えたら星5つなのだろう。
なお、ミーアの評価だけど――。
「ミサナリーア様は星五つだ。王祖ヤマト様や過去の偉人達に続く歴代七人目の記録だよ」
――と、チート主人公みたいな評価を貰っていた。
うちのご主人様の非常識さと比べたら普通だけど、ミーアも十分すごいもんね。
あと、この手のお約束の属性判定はなかった。
ヤマト石があるからだってさ。まったくロマンが足りないわよね~。
で、今度は場所を移して実技の試験。
「ではあの的を魔法で破壊してくれたまえ」
よっしゃーっ! 名誉挽回のちぁーんす!
ここはあの的どころか、この実技室の魔法障壁を破壊する「火炎地獄」の一撃で、アリサちゃんの実力を見せてあげようかしら。
無詠唱の空間魔法で周辺被害が出ないようにすれば無問題よね。
「念の為に言っておくが、制御の緻密さも見るので的以外を破壊したら減点なので注意するように」
――くぅ、既に誰かがやらかしていたかぁ。
仕方ない。
テクニカル・アリサちゃんで行こう。
「■ ■■ ■■■ ■■ ■ 細火多弾演舞」
爪の先ほどの小さな火弾が長杖の先に次々に生まれる。
全部で16発の弾が私の精密なコントロールに従って的に飛んで行く。
それぞれの弾が途中でさらに4つに分割し、合計64個の火弾の雨となって的を撃つ。
暴徒鎮圧用にご主人様に作って貰った魔法なので、一つ一つの弾丸の威力は最低。デミゴブリンさえ倒せない。
でも、64個の弾丸はわたしの意図したとおりに的を穿った。
「見事。的に弾痕で桜の花びらを描くとは――」
ヘビン先生を唸らせた甲斐あって、エリートの集まる特別選抜クラスで授業を受ける事になった。
確認していないけど、きっとミーアもそこだろう。
◇
ヘビン先生に連れて行かれた教室は生徒が10人しかいない。ここに来るまでに見た教室の平均生徒数の半分以下だ。
生徒の年齢は大体10歳から18歳と幅広くて、平均は16歳くらい。
この国の子達は12歳くらいからオッサン化し始めるので、貴重なショタは1人しかいない。
レベルは平均9で、最大が炎魔法使いの子のレベル19。次点が雷魔法使いの子のレベル15だ。
騎士学舎と違ってレベルが高めなのは、安全な後方から経験値稼ぎができるからだろう。
部屋の中にミーアはいない。
代わりに見知ったピンク髪の王女が座っていた。
ニコリと笑顔を送ってきたので、軽く会釈を返しておく。
このクラスにいるって事は男関係の素行に問題があっても優秀らしい。
――くぅ、このリア充めっ。
ヘビン先生に促されて自己紹介を行う。
名前と得意属性を言えば良いらしい。
「アリサ・タチバナです。火魔法を嗜みます――」
インパクトのある自己紹介で印象付けるのは過去の痛い痛い思い出がブレーキをかけるので、凄く無難な内容で終わらせた。
クラス内から「なんだ火魔法か」と呟く炎魔法使いの少年や雷魔法使いの青年がいたが華麗にスルーしておいた。どこのクラスにもこういう輩はいるみたい。
それに炎や雷は一部の攻撃魔術の威力が突出しているだけで、上位魔法というわけではない。
ちなみに、クラス内では基本属性の魔法を使える子が半数ほど。
地爆水氷炎風雷、術理、召喚、死霊の10種で、地の子が被りで、氷の子が死霊魔法も使えるみたい。
ヘビン先生が「魔法に優劣は無い」と問題発言をした少年を叱っている。
少年は甘やかされて育ったのか叱られた事自体が不満なような顔で悔しそうに謝罪の言葉を口にしていた。
わたしは劣化した元少年の事よりも、眼鏡を掛けたショタ少年の方が気になる。
教室の空席は二つ。どちらかがミーアの席なんだろうけど、空席の片方が最前列に座る彼の横にあるのだ。
たぶん、こっちがミーアの席で私は一番後ろの炎魔法使いの少年の横だろう……。
ところが、ヘビン先生は最前列の席を指差した。
「タチバナ君はその席を使いたまえ」
――マジっすか!
思わぬヘビン先生の言葉に、心の中で三下口調で喜ぶ。
もちろん、表面はお淑やかに取り繕った。
「はい、先生」
眼鏡ショタに「仲良くしてくださいね」とニコリと微笑んだら、彼は恥ずかしそうに頬を朱に染めて小さく頷いた。
くぅ、これぞ、ニコポ!
伝説の技なりぃいいいいい!
やっぱ、学園編はこうでないとね!
「あ、アリサ君? 何があったか知らんが落ち着きたまえ」
「す、すみませんっ」
くっはぁあ……失敗した。
つい高ぶって立ち上がってしまった。もしかしたら声に出てたかも。
せっかくいい感じだった眼鏡少年が引いている。
慌ててお淑やかぶってごまかすが、あまり効果は無かった……。ちくせう。
◇
汚名返上の案を考えていると廊下の方からがやがやと人の声が聞こえる。
がらりと教室の扉を開けて入ってきたのは、学園長と何人かの研究者風の男女数名。
――そして、彼らに囲まれるようにミーアがいた。
「アリサ」
わたしにミーアが小さく片手を挙げて声を掛ける。
教室中の視線がわたしに集まった。驚いていないのは学園長とヘビン先生、それからピンクさんの3人だけだ。
わたしがミーアに手を振り返えしている間に、学園長がわたしとミーアが知り合いだと皆に説明する。
その間に学院の職員っぽい男達が5組ほどの机と椅子を教室の隅に配置して去って行った。
学園長達や研究者風の男女がその席に着く。
「では、ミーア先生」
「ん」
――先生?
学園長が促すとミーアが教壇に立って授業を始めた。
どうやら、ミーアは優秀すぎて生徒ではなく教師枠になってしまったらしい。
ミーア……恐ろしい子っ。
さて、お約束も終えた所でミーアの授業を眺める。気分は授業参観だ。
学園の授業は現代日本のように黒板に板書して行うみたい。
ただ黒板は王祖ヤマトが発明した魔法道具で、杖で魔力を流すとチョークで書いたように白い線が残る物らしい。生産コストが高いので王立学院にしかないそうだ。
ミーアの授業はやっぱり単語だった。
板書が終わったら「読んで」の一言。
生徒達が読み終わった頃を見計らって、長杖で指し示して「基礎」「定石」「安定回路」「収束」「発動」と単語で説明していく。
「ミーア様、その箇所は何を?」
「猶予」
白衣の男の質問にミーアが答える。
男は王立研究所の所員らしく、その一言で納得して何やらノートを取っている。
大多数の生徒が解らないようだったので、ヘビン先生がミーアに耳打ちしている。
こくりと頷いたミーアがわたしを見て手招きする。
「アリサ。きて」
もう、ミーアったら仕方ないわね~。
わたしはヤレヤレ系の主人公のような気分で立ち上がり、うきうきと教卓へ向かう。
「それじゃ、ミーアに代わって説明するわよ」
わたしがそう切り出すと、色々な視線が集まった。
「まず、この猶予って言ってたヤツだけど、これは魔法行使時に術者によって魔力の供給量や思考制御に反応して効果を変化させる為に必要なの。呪文の効率化を目指してここをカットしている魔法書を見かけるけど、ここをカットしちゃうと実行時制御コードを増やす余地がなくなって汎用性に欠けちゃうので注意してね。あと知っているかもしれないけど、ジブクラウド博士の魔法解説辞典にこの猶予についての解説があるから初めて聞いた人は読んでみて。賢者トラザユーヤの魔法書にも書かれていると思うけど、ジブたんの辞典が一番詳しいから――」
わたしの詳しい説明に生徒達が耳をそばだてて必死にノートを書き込んでいる。
さっきの炎魔法使いの子だけが驚いたような顔で呆けている。アリサ先生は厳しいから聞き逃したりしたら、後で説明してやんないわよ?
その説明が分かり易かったのか、ミーアが板書してわたしが解説する授業が確立してしまい、生徒ポジションで学園TUEEEする機会を喪失してしまった。
授業後も研究者達に囲まれて呪文の解説や改良案を語り合う輪の中に巻き込まれてしまい、眼鏡ショタ少年と仲良くなる事はできなかった。
教師や上級生用の豪華な学食がタダで食べ放題だったのは嬉しいけど、ご主人様やルルの超絶究極料理に慣れたわたしの舌を唸らせるほどじゃなかった。
◇
「上級魔術の魔法書ですか?」
「ん」
授業は午前で終わりだったので、学院長に学院の魔法書を閲覧させて貰えないかお願いしてみた。
もちろん、心証を考えてミーアからのお願いという形にしてある。
「本来なら、生徒への閲覧は許可していないのですが、他ならぬミサナリーア様のお願いとあらば――」
「感謝」
長くなりそうだったので、ミーアに目配せして話を強引に終わらせた。
わたしたちは学院長に案内されて、図書館の奥の扉へと向かう。
学院長によると、この扉は複雑な魔法の結界で守られているので、専用の開錠用の魔法道具を使わない限り開かないそうだ。
「■■ 開錠」
分厚い金属の扉が開くと黴臭い古い本の匂いが鼻腔を擽った。
この身体に生まれ変わってから鼻の粘膜が薄いので、ハンカチで素早く鼻と口を守る。
後ろでミーアが「くしゅん」と可愛いくしゃみをしていたので、妖精鞄から取り出したちり紙とマスクを手渡してあげる。
「はい、ミーア」
「ありがと」
扉の向こうは三十ほどの書架が並ぶ窓の無い部屋になっている。
そして、閲覧机には先客がいた。
「学院長様――」
お姫様のような女性が侍女っぽい娘を二人連れている。
どこかの上級貴族の令嬢かな?
――なんとなく鑑定した結果、彼女は本物のお姫様だとわかった。
シガ王国の第六王女でシスティーナさん。レベルは17、称号は「禁書庫の主」、スキルは「礼儀作法」「算術」「錬成」「術理魔法」の四つ。
お付きの二人はレベル30前後の護衛を兼ねたメイドさんっぽい。
学院長が王女に挨拶して、ミーアとわたしを王女に紹介している。
「そう、貴方が――」
王女が興味深げな視線をわたし達に向ける。
「わたくし、タチバナ士爵とはぜひお話しをしたいと思っていたの」
「光栄に存じます」
てっきりミーアって言うかと思ったのに、どうしてわたしなんだろう?
彼女の様子を見る限り、どう見ても社交辞令で言っているとは思えない。
「失礼ですけれど、タチバナ士爵は本当に見た目どおりの年齢なのかしら?」
――ま、まさか前世と足して、ん十歳なのを見抜かれた?!
「……は、はい。王女殿下のご質問の意味が判りませんが、わたしが中央小国群で生まれたのは12年前です」
もって回った言い方をしたのは、嘘を見抜く魔法道具を王女や侍女達が持っていないか警戒したからだ。
「そう――では、たった数年で貴方達はその高みにまで上り詰めたのね……」
たぶん、年始の「謁見の儀」で鑑定スキル持ちの誰かが、わたし達のレベルと年齢を確認したのだろう。スキルなんかはチートなご主人様の作った認識誤認アイテムで、無難なモノが見えるようにしてあるから大丈夫のはずだ。
「殿下、彼女は促成栽培の者ではございません。力を得るに相応しい知識と礼節を兼ね備えております」
「まぁ、学院長がそこまで生徒を褒めるのは初めて伺いましたわ」
微妙に会話に置いて行かれたけど、どうも王女はわたしがパワーレベリングで促成栽培されたと発言して、学院長がフォローしてくれたという流れみたい。
パワーレベリングは事実なんだけど、そこは訂正しないでおこう。
レベル50までパワーレベリングするなんて話は聞いた事がないもんね。
「タチバナ士爵、非礼をお詫びいたします。わたくしの無礼を許してくださいますか?」
「はい、王女殿下。宜しければ、わたしの事はアリサとお呼びください」
ピンクさんやのじゃ姫みたいな小国の王女ならともかく、こんな大国の王女様が素直に非礼を詫びるとは思わなかった。ぴろりろりん、と心の中で好感アップの効果音を鳴らして、王女に微笑みかける。
そのまま談笑する流れになりそうだったが、ミーアが「本」と呟いてくれたので、本来の目的に戻ることができた。
私は火、ミーアは水の上級魔術の書かれた魔法書を読む。
斜め読みを終えて、大まかな概要を帳面に書き込んだ。
ふと、顔を上げると学院長と王女の会話が耳に飛び込んできた。
「――それは果汁を一滴垂らした水甕から果汁をより分けるようなものです。神聖魔法や水魔法で果汁を不純物として浄化する事は可能ですが、分離できるような魔法はございません」
「そう、ですか……」
実験とかで重宝しそうなのに、存在しないのかな?
イオン化傾向とか浸透率の違いを利用したら分離できそうな気がする。
こっちにはそんな概念が無いかもしれないけど、便利な魔法なら概念を知らなくてもできそうなものよね。
そんな事を考えていると王女と目が合った。
「アリサ、何か良い呪文をご存知?」
「いいえ――」
わたしの否定の言葉を聞いて、期待に満ちた王女の瞳が曇る。
「――ですが、水魔法の『浄水』の『水に含まれる不浄』を検出するコードを流用して、浄化ではなく分離を行う魔法を新しく作られてはいかがでしょう?」
分離はちょっち面倒だけど、うちのご主人様なら一晩で組み上げちゃいそう。
「新しく、ですか?」
「はい、無いのなら作れば良いのです」
王女のびっくりした顔に、ちょっと得意になりながら頷き返す。
でも、そこに学院長の現実的な意見が水を差す。
「お待ちください。新規の呪文開発ともなれば、研究開発費に金貨千枚は必要となるでしょう。学院の資料や王国の禁書庫の資料が閲覧できる殿下なら、多少は節約できるかもしれませんが――」
「そんなに……」
学院長の提示した金額に、王女が驚きの声を上げる。
わたしはミーアと顔を合わせ、今までにご主人様に作ってもらった呪文の数々を脳裏に浮かべる。
有益なモノからくだらない呪文まで、合計100個くらい作ってもらった気がする。
……ま、チートなご主人様だから、いいか。
さすがに大国の王女様でも、そこまでの大金を右から左に動かせないみたい。
貴族や商人に出資させるにしても、回収の見込みの無い用途の限定された魔法では出資者を募るだけ無駄だと学院長が補足した。
「でも、新しく呪文を作るなんて発想が出るなんて素晴らしいわ」
「タチバナ卿はミサナリーア様に匹敵する魔法の大家ですから」
王女の賞賛の声に学院長が応える。
なぜか、私よりもミーアが褒められている気がするが、別に構わない。
その後、ミーアも混ざって魔法理論や魔法書の話題で日が傾くまで語り合った。
王女とは身分の違いがなければマブダチになっていたかもしれない。その勢いのまま王女のお茶会という名目の研究室ご訪問の約束までしてしまった程だ。
◇
そろそろお開きという段になって、王女がこんな事を尋ねてきた。
「そういえば、大晦日の日に空を飾った『花火』の魔法はペンドラゴン子爵が公都の貴族たちに伝授したと窺っていますけど、あれはもしかしたら、アリサが作ったのではないかしら?」
「いいえ、あの魔法は私たちの主人のサトゥー・ペンドラゴン子爵が作ったものです」
王女の誤解を即答で解く。
うちのご主人様は目立つのを不思議なくらい忌避するけど、すでにやらかした事を肯定するのは問題ないはず。
オーダーメイドの巻物が嬉しかったからって、新魔法をガンガン作ってシーメン子爵の工房に持ち込んでいたもんね。
「――本当に?」
「ん」
信じられないという顔の王女にミーアがこくりと頷いて「天才」と言葉を足した。
「でしたら、今度のお茶会にはペンドラゴン子爵もお招きいたしますわ。あの美しさを追求した遊び心のある魔法を作った方と、一度お話ししてみたかったのです」
――やっちまったぁ。
恋する乙女のような王女のキラキラとした顔を見て、自分の迂闊さを呪った。
まさか、自分の手でフラグ建設を補助してしまうとは!
わたしの横ではミーアがライバル出現を予感して眉を寄せる。
唯一の救いは、うちのご主人様が権力闘争に巻き込まれる危険性がある王女に恋慕する可能性がゼロという事くらいだろう。
はぁ、脈無しのアーゼたんをさっさと見限って、わたしやルルに手を出してくれないかなぁ~
ま、無いよね……。
ああっ! 早くご主人様を悩殺できる大人な身体が欲しいっ!
さすがに長すぎたかも、2話に分割して土日連続投稿にした方が良かったかな……。
※12章の人物紹介と主人公のスキル一覧表を割り込み投稿してあります。
よろしかったら、ご覧ください。
※次回更新は 2/1(日) の予定です。
感想や誤字報告ありがとうございます!
なかなか返信する時間がとれませんが、すべて目を通させていただいています。
●登場人物
【ピンクさん】 メネア、大陸東方部の小国ルモォークの第三王女。桃色の髪の美少女。17歳。
【のじゃ姫】 ミーティア、大陸中央部の小国ノロォーク王国王女。のじゃ口調。15歳。勇者の従者に憧れている。
【ルモォーク王国】 かつて鼬人族と組んで異世界人を召喚していた。
【システィーナ】 シガ王国第六王女。18歳。王城の禁書庫への出入りが許可されている。
※12章の人物紹介と主人公のスキル一覧表を割り込み投稿してあります。
よろしかったら、ご覧ください。
※次回更新は 2/1(日) の予定です。
感想や誤字報告ありがとうございます!
なかなか返信する時間がとれませんが、すべて目を通させていただいています。
●登場人物
【ピンクさん】 メネア、大陸東方部の小国ルモォークの第三王女。桃色の髪の美少女。17歳。
【のじゃ姫】 ミーティア、大陸中央部の小国ノロォーク王国王女。のじゃ口調。15歳。勇者の従者に憧れている。
【ルモォーク王国】 かつて鼬人族と組んで異世界人を召喚していた。
【システィーナ】 シガ王国第六王女。18歳。王城の禁書庫への出入りが許可されている。
13-7.撒き餌
※2015/6/17 誤字修正しました。
サトゥーです。撒き餌というと子供の頃に防波堤でしたさびきを思い出します。撒き餌のオキアミを撒くと激しくイワシ達が反応して、少し怖いと思ったことを覚えています。
◇
「ペンドラゴン卿、これは明後日からのオークションに出品される予定の品であろうか?」
「受付期間が終わっていましたので、再来月のオークションに出品しようと考えております」
公都の老子爵がオレの前に置かれた宝珠を見て目を輝かせている。
オレは王国会議終了後に社交サロンに寄って、血玉で作った宝珠を見せびらかしていた。
もちろん、自慢や虚栄心を満たす為ではなく、昼休みに聞いた王城を荒らす盗賊達をおびき寄せる為のエサにする為だ。
この血玉は迷宮下層の吸血鬼バンから貰った品の一つで、主に体力回復やスタミナ回復の魔法の道具の素材に使われる。
オレみたいに使い捨ての魔法薬の素材に使う者はめったにいないらしい。
一緒に貰った血珠の劣化版の魔法素材なのだが、この血玉自体もかなりのレア素材で、サガ帝国にある血吸い迷宮に出没する「血の従僕」達のレアドロップ品としてしか市場に供給されないそうだ。
もっとも、オレはバンやその配下の吸血姫達がお手軽に作るのを見ていたので、あまり貴重品という気がしない。
「ルビーかと思ったが、これは血玉ですな」
「まさか――ビスタール公がお持ちの血玉の首飾りはもっと赤茶色をしておりましたぞ?」
「血玉は明るい赤色の物ほど質が良いと聞き及びます」
「これほど澄んだ色の血玉なら、どれほどの値が付くか……」
少なくとも贅沢品を見慣れた大国の上級貴族が目の色を変える程度には貴重品らしい。
……もっと手ごろな、拳大のルビーやエメラルドにしておけば良かったかも。
思ったよりも反響が大きかったが、当初の予定通り噂になってくれるだろう。
ちょっと目立ってしまったが、「階層の主」討伐や子爵に陞爵した事にくらべたら些細なものだ。
◇
さて、噂の拡散は貴族の側近やあの場にいたメイド達に任せるとして、オレの方は宝珠の保管場所の準備をしよう。
王都についた時に作ろうと考えていた盗賊ホイホイは未だに着手していない。
今晩のパワーレベリング場所の確認も兼ねて迷宮の中で盗賊ホイホイの建設を行おうと思う。
まず、メモ帳に簡単な設計図を書き出す。
迷宮都市の屋敷でも一度作ったので、それをちょっと改良したバージョン2だ。
次は素材の準備をしよう。
迷宮の非常に硬い壁を聖剣で切り出し、建材として使用する。
接着には樹木型の魔物が出す強力な粘着液を大量に確保してあるので問題ない。
ほんの三十分ほどで組み上がった盗賊ホイホイは、一辺7メートルの立方体の建造物だ。
内部は立体的な迷路状の通路の組み合わせになっており、非殺傷系の罠が色々と準備してある。
通路は立って歩くどころか這って移動するのがやっとの通気孔のような狭さで、行き止まりも用意しておいた。
たぶん、普通に移動したら宝部屋まで一時間くらいはかかる計算だ。
小動物を使役あるいは召喚できる盗賊なら易々と宝部屋まで侵入できるが、その対策に一定以上の膂力が無いと宝を取り出せないように固定すれば良いだろう。
後はこれを王都の屋敷の庭に埋めるだけだ。
◇
一旦、王城に帰還し、そこから馬車で屋敷に戻る。
迷宮で時間を消費してしまったせいか、迷宮に行く前に我が家にあったゼナさんのマーカーがセーリュー伯爵の屋敷に移動していた。
着替えを済ませてリビングで寛ぎながら、アリサにゼナさんの事を尋ねる。
「ゼナさんはもう帰ったのかい?」
「うん、伯爵からの呼び出しの使者が来たのよ」
ふ~ん、何か緊急事態でも起こったのかな?
後でエチゴヤ商会の方で何か情報が入っていないか聞いてみるか。
庭で遊んでいたタマとポチがリビングの窓から顔を出す。
「えもの~?」
「ご主人様、不審者を捕まえたのです」
どうやら早くも噂が効果を出し始めたようだ。
オレは勝手口から庭に向かい、二人が捕まえた賊を検分する。
AR表示によると犯罪ギルド「手長猿」の一味らしい。
王都に到着した時にオレ達の馬車を襲った連中の残党だろう。
マップを検索したら屋敷から下町に逃げる光点があった。
マーカーだけ付けて食後にでも捕縛しに行こう。
「さて、不審者君。誰の命令で侵入したのか話して貰おうか?」
「ふ、ふんっ。俺様が喋ると思うのか?」
「もちろん、喋るさ――」
遮音魔法と目隠しの土壁を作って尋問を行う。
「――やれ」
「かくご~?」
「地獄の苦しみが待っているのです」
オレの指示でタマとポチの拷問が始まる。
遮音空間内で不審者の笑い声が響き渡る。
楽しそうに擽るタマとポチを手伝う為に「気体操作」の魔法で空気の流れを抑制しておく。これで酸欠度もアップするだろう。
不審者が折れたのは1時間後だった。
思ったよりも口が堅いやつだったみたいだ。
「――ビスタール公爵の乗った飛空艇から運び出された宝珠を盗み出せって、お頭から命じられていたんだ。ここの子爵がその宝珠らしき物を持ってるって話を聞いて――」
息も絶え絶えに不審者が語る。
ふむ、王都に到着した日に襲われたのも、宝珠狙いだったのか……。
前に捕縛したのは実行部隊のリーダーだったらしい。
マップでこいつらの頭目を検索する。
……該当なし?
「お前たちの頭目の名は?」
「ロ、ローポ」
今度はその名前で検索するが見つからない。
「どうやら拷問が足りなかったようだな」
ポチに指示して安物の青銅剣を指で折らせる。
それを見て顔面を蒼白にした不審者が潔白を主張した。
「ま、待ってくれ! 俺は嘘を言っていない!」
真に迫った表情だが、盗賊の言葉を真に受けるわけにはいかない。
タマとポチの二人に拷問再開を指示しよう。
『ご主人様、ルルが蟹鍋の準備ができたって言ってるわよ』
「わかった、すぐに戻る」
音声が届かないので、アリサが空間魔法で連絡してきた。
盗賊を拷問するよりも鍋の方が重要だ。
俺は盗賊を縄で縛って土壁の中に放置する。縄抜けして逃げ出したとしても、盗賊の本拠を襲うときに一緒に再捕縛すれば良いだろう。
「さぁ、二人とも晩御飯にしよう」
「あい!」
「はいなのです!」
オレは二人を連れて屋敷に戻った。
◇
夕飯の時に皆から王立学院での出来事を教えて貰う。
「まったく、ミーアったら生徒じゃなくて先生になっているんだもん。びっくりしたわよ」
「ん、さぷらいず」
ミーアが勝ち誇ったような微笑でアリサにピースサインを向ける。
元々、学院には研修教員枠で入って貰う予定だったので問題はない。
「しゃてい~?」
「そうなのです。ご主人様、ポチの話も聞いて欲しいのです」
タマに促されてポチが騎士学舎での出来事を語ってくれる。
なんでも、二人に舎弟ができたそうだ。
そして、〆の蟹雑炊を平らげた後にアリサが言いにくそうに切り出した。
「それでさ――」
言い淀むアリサ。
「何をやらかしたんだ?」
「怒らない?」
「内容によるな。さっさと話せ」
「うぅ、そんなに悪い話じゃないのよ……」
なら、なぜそんなに言いにくそうにする。
「王女様とお友達になったの」
「メネア王女か?」
王立学院で思い出す王女と言ったらメネア王女くらいだ。
アリサがふるふると首を横に振る。
「違うの。システィーナ殿下」
――また、殿下か。
だが、システィーナという名前には聞き覚えがある。
……そうだ、禁書庫の無愛想な王女様がそんな名前だったはず。
なんでも、アリサと魔法の話がきっかけで仲良くなったそうだ。
「でさ、王女様のお茶会に誘われたの」
「へ~、良かったじゃないか。ミーアも一緒かい?」
「ん」
ミーアがこくりと頷く。
アリサがぽそりと「ご主人様も」と呟く。
「もしかして、オレも王女のお茶会に誘われているのか?」
「う、うん」
なるほど、言い辛そうにしているはずだ。
システィーナ王女といえばレッセウ伯との婚約解消でフリーになっている。
オレがお茶会にお邪魔したら、彼女の伴侶の座を狙っていると周囲に誤解されそうだ。
もっとも、アリサがそんな事に気がつかないとも思えないし、よっぽど王女と気があったのだろう。
ここは多少の風聞くらい受けてやろうと思う。
「そんな顔をしなくていい。王女のお茶会に参加するよ」
「……いいの?」
「ああ、別に下心があるわけじゃないし、貴族の奥方主催のお茶会の延長だと思えば問題ないさ」
それに、中級魔族がレッセウ伯爵領で暴れたせいで、領主の妻の座を得られなかったシスティーナ王女が「殿下」の可能性も低いだろう。
――婚約解消したくて、レッセウ伯爵領を半壊させたなら話は別だけどさ。
◇
夕飯後、盗賊ホイホイを庭に設置してから、クロの姿で犯罪ギルド「手長猿」のアジトを襲い、その場にいたメンバーを全員捕縛する事に成功した。
万が一逃げられた時のために、近くの給水塔の天辺にアリサとタマを配置していたのだが、無用に終わってしまった。
捕縛が完了した所で、不意に謎の気配が生じた。
「――我が手足を襲うとは命知らずなヤツめ」
銀光と共に飛んできた刃を横に飛び退いて避ける。
いつの間にそこに現れたのか、両手に曲刀を持った緑装束の男が立っていた。
AR表示による名前は「ローポ」、レベル66となっている。
――変だ。さっき検索した時にはいなかった。
双曲刀による攻撃を受け流しながら、ヤツにマーカーを付ける。
ヤツの剣術はそれなりに上手いが、「先読み:対人戦」スキルのあるオレの敵じゃない。
「なるほど、腕に自信があるようだ――」
余裕ぶって呟く男が再度連撃を掛けてくる。
今度は攻撃を受けずに避け、奴が刀を返す前にヤツの緑装束の覆面を切り裂く。
それは見知った顔だった。
魔神の部分召喚を成した「自由の光」の幹部、「蜃気楼」ポルポーロと同じ顔だった。
ポルポーロにローポ、名前も似ている。ヤツの親族かもしれない。
さて、剣で遊ぶのはそろそろ止めて、いつもの掌打で無力化しよう。
――突然、ヤツが奇行に出た。
なんと、自分の曲刀で自分の胸を突いたのだ。
傷口から噴出した血が霧状になって襲ってくる。
――なぜか、危機感知が反応した。
オレは血を浴びないように後ろへと飛びずさる。
血を浴びた地面が強い酸を浴びたように白煙を上げて焼かれていく。
ヤツの姿が無い。
白煙がほんの一瞬、ローポの姿を隠した隙に部屋の外に逃げ出したようだ。
部屋の中にいた捕縛したはずの「手長猿」のメンバーは全員殺されている。
たぶん、口封じだろう。手足とかいっていたくせに切り捨てるのが早い。
鉄臭い部屋の中でマップを開く。
――いない?
ヤツを示すマーカーがマップに映っていない。
もしかして、影魔法を使っていたのか?
オレはそう考えてマップのマーカー一覧を確認する。
――バカな。
そこにもローポの名前は載っていなかった。
影魔法の中やユイカのユニークスキルで作った結界内でも、マーカー一覧には記載されていたのに……。
何かオレの知らないユニークスキルの類を持っていたのかもしれない。
勇者か魔族か魔王か……。
少なくとも本物の「殿下」の関係者と考えて良いだろう。
オレは遺体以外のアジトの物品を全回収して帰宅した。
この中に「殿下」へと繋がる情報がある事を祈って。
◇
「ペンドラゴン卿、これは明後日からのオークションに出品される予定の品であろうか?」
「受付期間が終わっていましたので、再来月のオークションに出品しようと考えております」
公都の老子爵がオレの前に置かれた宝珠を見て目を輝かせている。
オレは王国会議終了後に社交サロンに寄って、血玉で作った宝珠を見せびらかしていた。
もちろん、自慢や虚栄心を満たす為ではなく、昼休みに聞いた王城を荒らす盗賊達をおびき寄せる為のエサにする為だ。
この血玉は迷宮下層の吸血鬼バンから貰った品の一つで、主に体力回復やスタミナ回復の魔法の道具の素材に使われる。
オレみたいに使い捨ての魔法薬の素材に使う者はめったにいないらしい。
一緒に貰った血珠の劣化版の魔法素材なのだが、この血玉自体もかなりのレア素材で、サガ帝国にある血吸い迷宮に出没する「血の従僕」達のレアドロップ品としてしか市場に供給されないそうだ。
もっとも、オレはバンやその配下の吸血姫達がお手軽に作るのを見ていたので、あまり貴重品という気がしない。
「ルビーかと思ったが、これは血玉ですな」
「まさか――ビスタール公がお持ちの血玉の首飾りはもっと赤茶色をしておりましたぞ?」
「血玉は明るい赤色の物ほど質が良いと聞き及びます」
「これほど澄んだ色の血玉なら、どれほどの値が付くか……」
少なくとも贅沢品を見慣れた大国の上級貴族が目の色を変える程度には貴重品らしい。
……もっと手ごろな、拳大のルビーやエメラルドにしておけば良かったかも。
思ったよりも反響が大きかったが、当初の予定通り噂になってくれるだろう。
ちょっと目立ってしまったが、「階層の主」討伐や子爵に陞爵した事にくらべたら些細なものだ。
◇
さて、噂の拡散は貴族の側近やあの場にいたメイド達に任せるとして、オレの方は宝珠の保管場所の準備をしよう。
王都についた時に作ろうと考えていた盗賊ホイホイは未だに着手していない。
今晩のパワーレベリング場所の確認も兼ねて迷宮の中で盗賊ホイホイの建設を行おうと思う。
まず、メモ帳に簡単な設計図を書き出す。
迷宮都市の屋敷でも一度作ったので、それをちょっと改良したバージョン2だ。
次は素材の準備をしよう。
迷宮の非常に硬い壁を聖剣で切り出し、建材として使用する。
接着には樹木型の魔物が出す強力な粘着液を大量に確保してあるので問題ない。
ほんの三十分ほどで組み上がった盗賊ホイホイは、一辺7メートルの立方体の建造物だ。
内部は立体的な迷路状の通路の組み合わせになっており、非殺傷系の罠が色々と準備してある。
通路は立って歩くどころか這って移動するのがやっとの通気孔のような狭さで、行き止まりも用意しておいた。
たぶん、普通に移動したら宝部屋まで一時間くらいはかかる計算だ。
小動物を使役あるいは召喚できる盗賊なら易々と宝部屋まで侵入できるが、その対策に一定以上の膂力が無いと宝を取り出せないように固定すれば良いだろう。
後はこれを王都の屋敷の庭に埋めるだけだ。
◇
一旦、王城に帰還し、そこから馬車で屋敷に戻る。
迷宮で時間を消費してしまったせいか、迷宮に行く前に我が家にあったゼナさんのマーカーがセーリュー伯爵の屋敷に移動していた。
着替えを済ませてリビングで寛ぎながら、アリサにゼナさんの事を尋ねる。
「ゼナさんはもう帰ったのかい?」
「うん、伯爵からの呼び出しの使者が来たのよ」
ふ~ん、何か緊急事態でも起こったのかな?
後でエチゴヤ商会の方で何か情報が入っていないか聞いてみるか。
庭で遊んでいたタマとポチがリビングの窓から顔を出す。
「えもの~?」
「ご主人様、不審者を捕まえたのです」
どうやら早くも噂が効果を出し始めたようだ。
オレは勝手口から庭に向かい、二人が捕まえた賊を検分する。
AR表示によると犯罪ギルド「手長猿」の一味らしい。
王都に到着した時にオレ達の馬車を襲った連中の残党だろう。
マップを検索したら屋敷から下町に逃げる光点があった。
マーカーだけ付けて食後にでも捕縛しに行こう。
「さて、不審者君。誰の命令で侵入したのか話して貰おうか?」
「ふ、ふんっ。俺様が喋ると思うのか?」
「もちろん、喋るさ――」
遮音魔法と目隠しの土壁を作って尋問を行う。
「――やれ」
「かくご~?」
「地獄の苦しみが待っているのです」
オレの指示でタマとポチの拷問が始まる。
遮音空間内で不審者の笑い声が響き渡る。
楽しそうに擽るタマとポチを手伝う為に「気体操作」の魔法で空気の流れを抑制しておく。これで酸欠度もアップするだろう。
不審者が折れたのは1時間後だった。
思ったよりも口が堅いやつだったみたいだ。
「――ビスタール公爵の乗った飛空艇から運び出された宝珠を盗み出せって、お頭から命じられていたんだ。ここの子爵がその宝珠らしき物を持ってるって話を聞いて――」
息も絶え絶えに不審者が語る。
ふむ、王都に到着した日に襲われたのも、宝珠狙いだったのか……。
前に捕縛したのは実行部隊のリーダーだったらしい。
マップでこいつらの頭目を検索する。
……該当なし?
「お前たちの頭目の名は?」
「ロ、ローポ」
今度はその名前で検索するが見つからない。
「どうやら拷問が足りなかったようだな」
ポチに指示して安物の青銅剣を指で折らせる。
それを見て顔面を蒼白にした不審者が潔白を主張した。
「ま、待ってくれ! 俺は嘘を言っていない!」
真に迫った表情だが、盗賊の言葉を真に受けるわけにはいかない。
タマとポチの二人に拷問再開を指示しよう。
『ご主人様、ルルが蟹鍋の準備ができたって言ってるわよ』
「わかった、すぐに戻る」
音声が届かないので、アリサが空間魔法で連絡してきた。
盗賊を拷問するよりも鍋の方が重要だ。
俺は盗賊を縄で縛って土壁の中に放置する。縄抜けして逃げ出したとしても、盗賊の本拠を襲うときに一緒に再捕縛すれば良いだろう。
「さぁ、二人とも晩御飯にしよう」
「あい!」
「はいなのです!」
オレは二人を連れて屋敷に戻った。
◇
夕飯の時に皆から王立学院での出来事を教えて貰う。
「まったく、ミーアったら生徒じゃなくて先生になっているんだもん。びっくりしたわよ」
「ん、さぷらいず」
ミーアが勝ち誇ったような微笑でアリサにピースサインを向ける。
元々、学院には研修教員枠で入って貰う予定だったので問題はない。
「しゃてい~?」
「そうなのです。ご主人様、ポチの話も聞いて欲しいのです」
タマに促されてポチが騎士学舎での出来事を語ってくれる。
なんでも、二人に舎弟ができたそうだ。
そして、〆の蟹雑炊を平らげた後にアリサが言いにくそうに切り出した。
「それでさ――」
言い淀むアリサ。
「何をやらかしたんだ?」
「怒らない?」
「内容によるな。さっさと話せ」
「うぅ、そんなに悪い話じゃないのよ……」
なら、なぜそんなに言いにくそうにする。
「王女様とお友達になったの」
「メネア王女か?」
王立学院で思い出す王女と言ったらメネア王女くらいだ。
アリサがふるふると首を横に振る。
「違うの。システィーナ殿下」
――また、殿下か。
だが、システィーナという名前には聞き覚えがある。
……そうだ、禁書庫の無愛想な王女様がそんな名前だったはず。
なんでも、アリサと魔法の話がきっかけで仲良くなったそうだ。
「でさ、王女様のお茶会に誘われたの」
「へ~、良かったじゃないか。ミーアも一緒かい?」
「ん」
ミーアがこくりと頷く。
アリサがぽそりと「ご主人様も」と呟く。
「もしかして、オレも王女のお茶会に誘われているのか?」
「う、うん」
なるほど、言い辛そうにしているはずだ。
システィーナ王女といえばレッセウ伯との婚約解消でフリーになっている。
オレがお茶会にお邪魔したら、彼女の伴侶の座を狙っていると周囲に誤解されそうだ。
もっとも、アリサがそんな事に気がつかないとも思えないし、よっぽど王女と気があったのだろう。
ここは多少の風聞くらい受けてやろうと思う。
「そんな顔をしなくていい。王女のお茶会に参加するよ」
「……いいの?」
「ああ、別に下心があるわけじゃないし、貴族の奥方主催のお茶会の延長だと思えば問題ないさ」
それに、中級魔族がレッセウ伯爵領で暴れたせいで、領主の妻の座を得られなかったシスティーナ王女が「殿下」の可能性も低いだろう。
――婚約解消したくて、レッセウ伯爵領を半壊させたなら話は別だけどさ。
◇
夕飯後、盗賊ホイホイを庭に設置してから、クロの姿で犯罪ギルド「手長猿」のアジトを襲い、その場にいたメンバーを全員捕縛する事に成功した。
万が一逃げられた時のために、近くの給水塔の天辺にアリサとタマを配置していたのだが、無用に終わってしまった。
捕縛が完了した所で、不意に謎の気配が生じた。
「――我が手足を襲うとは命知らずなヤツめ」
銀光と共に飛んできた刃を横に飛び退いて避ける。
いつの間にそこに現れたのか、両手に曲刀を持った緑装束の男が立っていた。
AR表示による名前は「ローポ」、レベル66となっている。
――変だ。さっき検索した時にはいなかった。
双曲刀による攻撃を受け流しながら、ヤツにマーカーを付ける。
ヤツの剣術はそれなりに上手いが、「先読み:対人戦」スキルのあるオレの敵じゃない。
「なるほど、腕に自信があるようだ――」
余裕ぶって呟く男が再度連撃を掛けてくる。
今度は攻撃を受けずに避け、奴が刀を返す前にヤツの緑装束の覆面を切り裂く。
それは見知った顔だった。
魔神の部分召喚を成した「自由の光」の幹部、「蜃気楼」ポルポーロと同じ顔だった。
ポルポーロにローポ、名前も似ている。ヤツの親族かもしれない。
さて、剣で遊ぶのはそろそろ止めて、いつもの掌打で無力化しよう。
――突然、ヤツが奇行に出た。
なんと、自分の曲刀で自分の胸を突いたのだ。
傷口から噴出した血が霧状になって襲ってくる。
――なぜか、危機感知が反応した。
オレは血を浴びないように後ろへと飛びずさる。
血を浴びた地面が強い酸を浴びたように白煙を上げて焼かれていく。
ヤツの姿が無い。
白煙がほんの一瞬、ローポの姿を隠した隙に部屋の外に逃げ出したようだ。
部屋の中にいた捕縛したはずの「手長猿」のメンバーは全員殺されている。
たぶん、口封じだろう。手足とかいっていたくせに切り捨てるのが早い。
鉄臭い部屋の中でマップを開く。
――いない?
ヤツを示すマーカーがマップに映っていない。
もしかして、影魔法を使っていたのか?
オレはそう考えてマップのマーカー一覧を確認する。
――バカな。
そこにもローポの名前は載っていなかった。
影魔法の中やユイカのユニークスキルで作った結界内でも、マーカー一覧には記載されていたのに……。
何かオレの知らないユニークスキルの類を持っていたのかもしれない。
勇者か魔族か魔王か……。
少なくとも本物の「殿下」の関係者と考えて良いだろう。
オレは遺体以外のアジトの物品を全回収して帰宅した。
この中に「殿下」へと繋がる情報がある事を祈って。
※次回更新は 2/8(日) の予定です。
ぎりぎりで投稿したので、いつもより誤字が多いかも。
●登場人物
【ビスタール公爵】 現国王の従兄弟。息子が公爵領で反乱を起こした。サトゥーを嫌っている。
【システィーナ】 シガ王国第六王女。18歳。王城の禁書庫への出入りが許可されている。母親がビスタール公爵の娘。
【メネア】 大陸東方部の小国ルモォークの第三王女。桃色の髪の美少女。17歳。
【ポルポーロ】 蜃気楼という二つ名を持つ。自由の光の構成員。神聖魔法を使う高レベル斥候。
【殿下】 幾度も登場しているが正体不明。
【手長猿】 犯罪ギルド。王都に到着した日にサトゥーたちの馬車を狙った。
【クロ】 サトゥーの仮の姿。白髪に学生服の傍若無人なヒール役。
【エチゴヤ商会】 クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【セーリュー伯爵】 セーリュー伯爵家の当主。30代前半。ゼナの仕える相手。
【バン】 迷宮下層の転生者。吸血鬼の真祖。趣味人。
【ユイカ】 迷宮下層の転生者。多重人格のゴブリンの姫。13種類のユニークスキルを持つ。
ぎりぎりで投稿したので、いつもより誤字が多いかも。
●登場人物
【ビスタール公爵】 現国王の従兄弟。息子が公爵領で反乱を起こした。サトゥーを嫌っている。
【システィーナ】 シガ王国第六王女。18歳。王城の禁書庫への出入りが許可されている。母親がビスタール公爵の娘。
【メネア】 大陸東方部の小国ルモォークの第三王女。桃色の髪の美少女。17歳。
【ポルポーロ】 蜃気楼という二つ名を持つ。自由の光の構成員。神聖魔法を使う高レベル斥候。
【殿下】 幾度も登場しているが正体不明。
【手長猿】 犯罪ギルド。王都に到着した日にサトゥーたちの馬車を狙った。
【クロ】 サトゥーの仮の姿。白髪に学生服の傍若無人なヒール役。
【エチゴヤ商会】 クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【セーリュー伯爵】 セーリュー伯爵家の当主。30代前半。ゼナの仕える相手。
【バン】 迷宮下層の転生者。吸血鬼の真祖。趣味人。
【ユイカ】 迷宮下層の転生者。多重人格のゴブリンの姫。13種類のユニークスキルを持つ。
13-8.禁書庫の王女[改稿版]
※2015/02/15 誤字修正しました。
※2015/02/12 一部改稿しました。
※2015/02/12 一部改稿しました。
サトゥーです。一人で考え事をすると思考の袋小路に嵌りがちです。そんな時は少し休憩を取ってクールダウンしたり、他の人に相談してみると簡単に出口が見つかったりするものです。
◇
……宝珠の噂を流したのは失敗だったかもしれない。
屋敷の屋根に寝転んで星を眺めながら、さっき会ったローポの事を考えていた。
やつが声を掛ける寸前まで、ヤツの存在に気づかなかった事。
マーカーを付けたにもかかわらず、ヤツの存在を見失った事。
上級魔族並のレベルを持つ事。
恐らく、ユニークスキルさえ欺くほどの隠蔽系ユニークスキルだろう。
無詠唱による転移も考えたが、どこに転移しようとマップのマーカー一覧から隠れるのは不可能だ。
次元移動や閉鎖空間――ユイカの例から考えても、マーカー一覧から隠れられるとは思えない。
そう考えると、やはり隠蔽系ユニークスキルが一番可能性が高い。
これらの事から考えて、ヤツの正体の予想はある程度つく。
勇者や転生者、魔王……あるいは神やその使徒といった存在に違いない。
それにしても完璧な隠蔽スキルを持つなら、手下に盗みに行かせたのはなぜだろう?
自分で盗んだ方が成功率が高いだろうに。
何らかの理由があるのだろうか?
あの時にAR表示をちゃんと確認しておけば――。
不意にお腹に暖かい温もりを感じて視線を下げる。
「おかり~?」
タマがお腹の上で丸くなっていた。
「どうしたの? 何か失敗した?」
今度はアリサが転移で現れて、無言で星空を見つめるオレの頭の下に膝を滑り込ませて膝枕をしてくれた。
「――ちょっとね」
「偶には失敗してもいいじゃない。人間なんだもの」
アリサがオレの髪を撫でながら、お姉さん口調で慰めてくれる。
被保護者に心配されるとは情けない。
後悔と反省はこの辺でいいだろう。
――次からは優先順位を間違えない。
「そうだな」
アリサにそう応えながら、立ち上がる。
さて、行動だ――。
◇
オレは情報を求めて、禁書庫へと向かった。
もちろん、ナナシでだ。
「ふふん、ふん、ふんふんふん」
――珍しいものを見た。
あの寡黙な王女が鼻歌を歌っている。
「――あっ」
オレに気づいた王女が顔を赤くして口を閉ざす。
「ご機嫌だね。何か良い事でもあった?」
「ええ、少し」
「そう。良かったね」
どうやら、王女の方もアリサ達と仲良くなったのが嬉しいようだ。
仲良き事は美しき哉、ってヤツだね。
美少女の上機嫌な顔を見て癒されたし、オレも本来の目的に移るか。
六本腕の司書ゴーレムの所に行って本を探してもらう。
「――ゴ希望ノ水ト火ト空間ノ禁呪目録トゆにーくすきるノ書物デス」
リビングドール達が机に積み上げてくれる本をストレージに収納し、メニューの検索機能で「隠蔽」「認識阻害」「潜伏」などのキーワードを調べる。
隠蔽や潜伏が得意な者は比較的メジャーだったらしく、魔王だけでなく盗賊勇者や暗殺王などの過去の有名人達が使っていたユニークスキルが幾つか見つかった。
だが、どのスキルも一般的な索敵系スキルを無効化できるとあるだけで、他の索敵系ユニークスキルとの対比は書かれていなかった。
――当たり前か、元々のサンプルも少なかっただろうし。
後で役に立ちそうな情報も多いので、今回調べた禁書をメモ帳の禁書フォルダに転写しておく。
禁呪目録からミーア用に「体液掌握」、アリサ用に「次元裂斬」「塵火」を選び、その呪文の載った魔法書を司書に頼む。
「申シ訳ゴザイマセン。空間魔法以外ハ閲覧貸シ出シ中デス」
――閲覧中?
ふと、鼻歌を再開している王女の方を振り返ると、確かに彼女の横にはオレが司書に依頼した書物があった。
今は読んでいないみたいだし、少しだけ借りよう。
「王女様、ちょっといいかな?」
「な、何か御用かしら?」
オレに声を掛けられると思っていなかったのか、王女が動揺していた。
「その本、ちょっとだけ見せてくれない?」
「え、この本を?」
「うん、すぐに返すから」
王女が頷いてくれたので、本をストレージにしまって目的の呪文だけでなく一冊丸ごと魔法書フォルダに転写していく。
本をストレージに収納した時に王女が何やら驚いていた。
「ありがとう。今度はそっちの本を貸して」
「え、ええ……」
二冊目も同様に処理を終え、本を王女に返す。
――もしかしたら、王女はアリサとミーアの為に呪文を調べてくれていたのだろうか?
「……あの、勇者様」
「なんだい?」
礼を言って立ち去ろうとしたら、珍しく王女の方から話しかけてきた。
「もしかして、また魔王が王都を襲うのでしょうか?」
「神託は降りていないんだし、王都は大丈夫なんじゃない?」
不安そうな王女に軽い口調で答え、「上級魔族は暗躍するかもしれないけどさ」という言葉は口にしなかった。
それにしても、神託か。
公都で聞いた魔王降臨の神託は7箇所。
公都地下の猪王を倒した後に聞いたから残り6箇所は外れだと思っていたのだが、迷宮都市で狗頭と出会った以上、残り5箇所にも魔王が出現する可能性がある。
実際、勇者ハヤトが鼬人族の帝国で魔王を追撃中らしいし。
オークションで「詠唱の宝珠」が手に入ったら、任意の場所に転移できる空間魔法を使って順番に確認に行ってみようと思う。
そういえば残りの神託の場所はどこだったっけ?
たしか、セーラが神託を受けたのが別の大陸で、他には大陸西方のパリオン神国、大陸東方の鼬人族の帝国、大陸北東の鼠人族の首長国――たしかゼンが潜伏していた「トラザユーヤの迷路」付近にあったはず。
最後の一つはアリサの故国を占領したヨウォーク王国。
ヨウォーク王国……最近、噂話の一つで何か聞いた気がする。
たしか、反乱が起きているビスタール公爵領の隣だ。それとクーデター疑惑を掛けられたケルテン侯爵の弟がヨウォーク王国の王配に迎えられていたはず。
……もしかしたら、あの辺のきな臭い話にも魔族が絡んでいるんだろうか?
魔法が詠唱できるようになったら、最初にヨウォーク王国を調査に行くとしよう。
「……でしたら、どうして過去の勇者や魔王の事を調べておられたのですか?」
「王都は大丈夫でも、他に出るかもしれないからね。それと――」
ついでなので博識そうな王女に、ローポが使っていたであろう特殊な隠蔽の話をしてみた。
王女が難しい顔をしながら、記憶を探ってくれる。
「勇者様の索敵の固有スキルを無効化する賊ですか……もしかしたら、転移や異界に隠れるようなアーティファクトを使ったのではないでしょうか?」
ふむ、伝説の秘宝級のアイテムという線もあるか。
やはり、他の人の意見というのは重要だ。
新しい視点が得られたのは収穫だが、一応、そういった種類のアイテムではない事を告げておく。
「そういったアイテムを使ったとしても、狙った相手ならどこに行ったのかは判るんだよ」
ただ、隠蔽系のアイテムと本人の卓抜した隠蔽スキルの複合というのはありそうだ。
「でしたら、その瞬間に消滅したのかもしれません」
「消滅?」
「はい、王祖様が戦われた上級魔族にそんな能力を持った者がいたはずです」
検索ワードでユニークスキルを絞り込んだから見落としたみたいだ。
……というか、消滅したらダメじゃないか?
「どんな能力だい?」
「あまり詳しくは伝わっていないのですが、人や亜人に獣、千変万化の姿で現れて王祖様を翻弄した上級魔族がいたそうです――」
王女が記憶の底から拾い上げた情報をくれる。
「――その者が使っていた能力は『擬体創造』と呼ばれたそうです」
◇
あの後、王女から詳しい話を聞かせて貰った後、禁書庫の資料を漁って「擬体創造」という能力について情報を補完した。
擬体という本人と同じ能力を持つ個体を作り出して、憑依操縦するスキルらしい。
この間の桜餅魔族のような分身とはまた違うらしい。
擬体を作り出している間、本体の方は無防備に放置されるそうなのだが、強敵とノーペナルティーで戦闘できるのは大きいだろう。
卑怯と言っても過言ではない。
書物では王祖と一緒にいた天竜のブレスで倒されたと書かれていたものの、そのあたりの状況が曖昧で詳しく書かれていなかった。
ここは当事者に確認を取りに行くとしよう。
◇
エチゴヤ商会の面々には本日の特訓は中止だと伝え、各自自主練に励むように通達しておいた。
なお、各地で支店準備と資材調達に送り出した幹部たちは、無茶振りに応えて半数が任務を完了させていた。
これだけ有能なのに探索者としては大成できず、迷賊に捕まっていたとは……。
彼女たちと資材の回収は明日の夕方に行うと伝え、そのまま現地の高級宿で羽を伸ばすように言っておいた。
さて、情報収集にフジサン山脈へ出かける前に、うちの子たちの安全確保を行おう。
上級魔族の可能性があるなら、就眠中の不意打ちが怖い。
安心できる睡眠の為にも、当分の間寝るのはボルエナンの森にある樹上の家にしておくのが良いだろう。
オレの傍以外なら、ここ以上に安全な場所はない。
「こんばんはルーアさん」
「おかえりなさい、サトゥーさん。寝具の準備はできていますよ」
「ありがとうございます。急に無理を言ってすみません」
「いいえ、これくらいなんて事はありませんよ」
夜の早いアーゼさんは既に睡眠中なので、ここにいるのはルーアさんだけだ。
ポチとタマは既に眠っていたので、リザが小脇に抱えてベッドに運んでいる。シロとクロウはナナの胸元で幸せそうに寝ていた。
「じゃ、オレはフジサン山脈に行って来る」
「了解。気をつけてね」
オレはアリサ達に見送られて、ボルエナンを出発した。
オークションが終わったら、しばらくボルエナンの森で休養を取るのも良いかも。
ここしばらく働きすぎだよね。
なお、盗賊ホイホイの番には量産型の青銅ゴーレムと監視用のカカシ、追跡用の超小型ガーゴイル試作型を設置しておいた。
◇
フジサン山脈まで直線距離で一番近い拠点はムーノ市だ。
オレはナナシの格好でムーノ市の城壁にユニット配置で転移し、フジサン山脈方面の領境まで閃駆で駆け抜けた。
領境に転移用の拠点が欲しかったので、マップで検索して手ごろな廃墟を探してみる。
「ふむ、盗賊が根城にしている廃砦か――」
オレの呟きを聞く者はいない。
この辺りの治安回復までは、手が回っていないようだ。
時間を掛けるのも面倒なので、エチゴヤの幹部のパワーレベリングで使用した「投射銃」を使って抵抗不能にしてから「理力の手」を器用に使って一まとめにロープで縛り上げる。
仲間ユニット以外は対象外になる「ユニット配置」だが、こうやって無力化した対象なら捕虜として自ユニットと一緒に移動できるらしい。
ムーノ市に連行した盗賊たちを領軍の兵士達に押し付けて、オレは先ほどの廃砦へとユニット配置で戻る。
――うん、便利だ。
今度、盗賊避けにグリフォンとか魔物を調教して、廃砦に配置してみるのも面白いかもしれない。
そんな事を考えながらオレは天を舞い、雪の残る霊峰フジサン山脈へと向かった。
◇
フジサン山脈に入った所で、久々の「全マップ探査」の魔法を使う。
天竜やミトは山頂の神殿にいるらしい。人族はミトだけで、他は竜と魔物と獣だけしかいない。
魔物は山裾のみに分布しており、中腹より上に竜達がいる。
百体を超える下級竜と七体の成竜、一体の古竜がいるようだ。
気配を隠蔽して山頂に向かう事も考えたが、ミトや天竜に良からぬ事を企む者と判断されるのも業腹なので、オレは正々堂々と天駆で山頂の神殿へと向かった。
――結果として、それは失敗だったらしい。
縄張りに入った者は許さぬとばかりに、竜達が向かってきている。
迷宮下層で会った邪竜達より小ぶりな下級竜達が、次々と空に舞い上がる。
神殿方向からは、成竜と古竜が向かってきていた。
「GUROROROWWWWN」と、竜の威勢の良い咆哮が山々を震わせる。
オレのせいで希少種になってしまった竜達を無闇に傷つけたくない。
ここは称号を使って大人しくなって貰おう。オレは称号に「黒竜の友」を付ける。
「KISSYWAAAAAAA」
「BWAOOOOOOWWWWN」
「GUROROROWWWWN」
さっきよりも雄叫びが酷くなった。
一瞬、黒竜ヘイロンが嫌われ者なのかと失礼な事を考えてしまったが、竜の目を見る限り「拳を交えてこそ、本当の友」とか考えてそうなワクワクした感じだ。
――竜達が基本的にバトルジャンキーなのを忘れていた。
少数ならば相手をするのも吝かではないが、こう数が多いと手加減を失敗しないか心配だ。
称号を「竜族の天敵」に変更して、竜達がひるんだ隙に閃駆で駆け抜けよう。
ここの下級竜は邪竜達よりも胆力がないのか、称号を変えた途端、恐怖に身体を硬直させて次々に山の斜面に落下していく。
……これは選択肢を間違えたか?
山の斜面に大穴を開けてめり込んでいるが、竜達の体力ゲージがピクリとも減っていないので死んだふりに違いない。
成竜達は落下こそしなかったが、オレと目を合わさないように視線を背けて空を滑空している。
失礼な事に、羽ばたいてオレの注意を引いたら命は無い、とでも言いたいかのような緊張感だ。
ちょっと後ろめたかったので、心の中で軽く詫びてその横を通り過ぎる。
後で山羊の丸焼きなどの宴会料理を用意して差し入れしよう……。
オレはそんな事を考えながら、閃駆で神殿へと高速移動した。
天竜が神殿から姿を現し、翼を広げて威嚇のポーズを取る。
こいつには貸しがたっぷりあるから、ちょっと手荒でも良いだろう。
『GROROROROROWWWW――』
オレは称号を「天竜の天敵」に変更し、ヤツの出鼻を挫く。
『――KYUUWNNN』
……子犬か?
◇
天竜は尻尾を巻いて神殿の奥へと消えてしまった。
もっとも、どこにいるかはマップ上の光点が教えてくれるので問題ない。
オレは静かに神殿の床に着地する。
中は外の寒さが嘘の様に暖かかった。
たぶん空調の魔法でも掛かっているのだろう。
誰もいない回廊を進むと、レーダーにミトやテンチャンを示す光点が映った。
長い廊下の向こうに、ギリシャ風のトーガのような衣装を纏った二人が現れる。
「竜達を苛める悪い子はキミかっ――」
箒を片手に仁王立ちするミトはなかなか凛々しかった。
さて、話をする前に誤解を解かないとね。
※次回更新は 2/15(日) の予定です。
※2015/02/12 竜達との遭遇のあたりを丸ごと変更しました。
※2015/02/15 禁書に矛盾があったので訂正しました。
●登場人物
【ユイカ】
迷宮下層の転生者。多重人格のゴブリンの姫。13種類のユニークスキルを持つ。
【王女】
シガ王国第六王女システィーナ。18歳。王城の禁書庫への出入りが許可されている。母親がビスタール公爵の娘。アリサやミーアの友人。
【ハヤト】
サガ帝国の勇者。
【セーラ】
テニオン神殿の神託の巫女。16歳。オーユゴック公爵の孫。サトゥーの友人。
【ゼン】
転生者。不死の王。ミーアを誘拐していた。故人。
【ルーア】
ボルエナンの森のエルフ。筆頭巫女。アイアリーゼの秘書的な立場。
【エチゴヤ商会】
クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【ミト】
彼女の正体は王祖ヤマト(Lv89)らしい。また、第一話で失踪していた後輩氏の可能性が高い。サトゥーは彼女の事をヒカルと呼んでいたが……。
【天竜】
天ちゃん。フジサン山脈に住む天竜。ミトの友人。
【テンチャン】
大剣を持つ銀髪の美女。竜の様なブレスを吐き背中にコウモリのような翼があるホムンクルス。天ちゃんの使い魔。
【ケルテン】
軍に絶大な影響力のあった候爵家。迷宮都市の魔人薬密造及びクーデター疑惑で失脚した。
※2015/02/12 竜達との遭遇のあたりを丸ごと変更しました。
※2015/02/15 禁書に矛盾があったので訂正しました。
●登場人物
【ユイカ】
迷宮下層の転生者。多重人格のゴブリンの姫。13種類のユニークスキルを持つ。
【王女】
シガ王国第六王女システィーナ。18歳。王城の禁書庫への出入りが許可されている。母親がビスタール公爵の娘。アリサやミーアの友人。
【ハヤト】
サガ帝国の勇者。
【セーラ】
テニオン神殿の神託の巫女。16歳。オーユゴック公爵の孫。サトゥーの友人。
【ゼン】
転生者。不死の王。ミーアを誘拐していた。故人。
【ルーア】
ボルエナンの森のエルフ。筆頭巫女。アイアリーゼの秘書的な立場。
【エチゴヤ商会】
クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【ミト】
彼女の正体は王祖ヤマト(Lv89)らしい。また、第一話で失踪していた後輩氏の可能性が高い。サトゥーは彼女の事をヒカルと呼んでいたが……。
【天竜】
天ちゃん。フジサン山脈に住む天竜。ミトの友人。
【テンチャン】
大剣を持つ銀髪の美女。竜の様なブレスを吐き背中にコウモリのような翼があるホムンクルス。天ちゃんの使い魔。
【ケルテン】
軍に絶大な影響力のあった候爵家。迷宮都市の魔人薬密造及びクーデター疑惑で失脚した。
13-9.フジサン山脈の神殿
※2015/02/12 前話(13-8)の竜との遭遇シーンを変更しました。
※2015/02/15 誤字修正しました。
※2015/02/15 誤字修正しました。
サトゥーです。異性の幼馴染がいると話すと高確率で恋人かと聞かれます。その度に、幼馴染の恋人なんてフィクションの世界にしかないと力説したものです。
◇
「――あれ? この間の紫髪の勇者じゃない?」
「やあ、久しぶり」
どうやら、ナナシの事は覚えていてくれたようだ。
思ったよりも冷静で――。
「天ちゃんを拷問したのって、こいつ?」
「そうだぞ、ミト。動けない私の身体を抉ったり、鱗を剥いだり尻尾や角を切り落としたりしたのだ! そしてあまつさえ……」
ミトの後ろに隠れるように付いてきていたテンチャンが、震えながら訴える。
中身は天竜のようだ。
オレと視線が合うと、苛められっ子のようにミトの背中に隠れた。
――天竜ともあろう者が情けない。
とりあえず、黙っていると事態が悪化しそうなので、ミトに事実を伝える。
「人聞きの悪い。あれは治療行為だよ。誓って、嗜虐嗜好を満たすための行為じゃない」
「……本当に?」
「ああ、もちろん。切り落とした尻尾や鱗だって、上級魔法薬と魔法で癒したしね」
ミトが後ろを振り返って「天ちゃん、本当?」と確認している。
両者の意見をちゃんと聞くとはミトらしい。
「そうだが……こいつは逆鱗まで剥がしたんだぞ? あれは治療されても痛いんだ」
「仕方ないじゃないか。逆鱗も侵食されていたんだからさ。魔神に身体を乗っ取られた方が良かったわけじゃないんだろう?」
恨みがましい口調はそのままだが、だんだんとテンチャンの勢いが無くなっていく。
「つまり、キミは天ちゃんを助けてくれたんだね?」
「ああ、手荒にならない方法があったらよかったんだが、天竜に通用する麻酔の持ち合わせが無くてね」
天竜に効くクラスの麻酔とか、常人に使ったら心臓麻痺を起して死んじゃう劇物になるしね。
「天ちゃん、この人にありがとうとごめんなさい、しよ?」
「……ミト」
ミトに嗜められて、銀髪の超絶美女がまるで子供のようだ。
「ごめ……ありがと……」
それだけ呟くように告げると、踵を返して神殿の奥へと逃げていった。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、その姿が可愛いと思えた。
きっと、気のせいだろう。
◇
さて、本題だ。
「ミト、用事があったのは天竜じゃなくて、君の方なんだ」
「わたし? もしかして惚れちゃった~?」
ミトが嬉しそうにニマっと頬を緩める。
そして、芝居がかった仕草でまくし立てた。
「でも、ダメよ! ダメったらダメ! だって私には先輩という将来を約束した人がいるんだから」
……オレの事じゃないよな?
だって、そんな約束した覚えもないし。
「そんな気はないから安心してくれ。それより、どこか静かに話せる場所はないか?」
回廊で立ったまま話すのもなんだしね。
「じゃ、私の部屋に行こう。部屋って言っても議事堂が入るくらい広い建物なんだけどさ」
ミトに案内されていった部屋は、王都の迎賓館にも見劣りしない贅を尽くした屋敷だ。薄緑色の大理石のような石で作られている。
その屋敷の玄関から程近い応接間へと連れて行かれた。
オレ達が腰掛けると、動く石像のメイドさんが暖かいお茶を入れてくれる。
石像の癖にルルに匹敵する上手さだ。
「さて、人心地ついた所で、本題に入りましょ」
「そうだな」
オレは紫髪のカツラを外して、ソファの上に置く。
「あらら、カツラだったの? 黒髪って事は今代の勇者君だったのか――」
ミトの言葉の途中で、白い仮面を取る。
「――え、その美少女顔は!」
ミトが自分と瓜二つのナナシの顔を見て叫びを上げる。
……誰が美少女だ。
「女の子だったの? もしかして並行世界の私?」
「正真正銘の男だ。これは只の変装だよ」
そこで言葉を切って、変装に使っていたフェイスマスクを顎の辺りからベリベリと剥がす。
気分は怪盗って感じだね。
「――イ、イチロー兄ぃ!!!」
レベル89のステータスを感じさせる勢いで抱きついてきたミト――幼馴染にして会社の後輩だった高杯光子を優しく受け止める。
慣性はユニット配置を駆使して消し去った。
「イチロー兄、イチロー兄、イチロー兄、イチロー兄――」
オレの名に篭められた奔流のような感情を、華奢な身体と一緒に抱きしめてやる。
子供のように泣く光子の髪を優しく撫で、落ち着くまで好きなだけ泣かせてやる事にした。
オレにとっては1年前だが、こいつにとっては長い年月が経っているはずなのだから。
一時間ほども泣いた後、ようやく嗚咽がやんだので、話しかけてみる。
「久しぶり。やっぱり、FFWの開発中に勇者召喚されたのか?」
「うん――あっ、バグだらけのFFWって、やっぱりイチロー兄、じゃなかった鈴木先輩が仕上げてくれたの?」
「ああ、少なくとも製品版パッケージをメタボ氏に渡した所で、こっちに来たから多分大丈夫だと思う」
「良かった。ずっと気になってたんだ」
こいつは責任感が強い上に、初めてのプロジェクトだったしね。
「そうそう、イチロー兄でいいぞ。ここは会社じゃないし」
「うん、じゃ、私の事も愛を篭めてヒカルって呼んで」
ヒカルは大切な幼馴染で後輩だが、恋愛感情は無い。
「親愛の情なら篭めてやろう」
「そういうつれない所は相変わらずだよね」
ヒカルはそう言って、懐かしそうに目を細めた。
ちなみにヒカルというのは光子の徒名だ。
光子という名前がお洒落じゃないからと、幼い頃に自分で付けていた。
「愛はともかく、いい年なのに本名の光子より、ヒカルの方がいいのか?」
「いい年って言わないでっ! こっちに来てからはシガ・ヤマトかミトって呼ばれていたから、日本に居た頃の名前で呼んで欲しいんだもん。後輩氏でもいいけど……ヒカルの方がいいな」
就職してからはメタボ氏の名付けた「後輩氏」という呼び方が広まっていた。「高杯で後輩なら、君の徒名は『後輩氏』だ」という言い方が周囲に受けたのか、次の日には営業の人までヒカルの事をそう呼んでいたほどだ。
その報復に「メタボ氏」という徒名を付け返していたので、どっちもどっちだが。
「じゃ、ヒカルって呼ぶ事にするよ」
「うん――」
なんとなくむず痒い空気がオレ達二人の間を流れたが、ヒカルはアリサと同様の自爆体質なので、こういう空気は長く続かない。
「――って、どうしてそんなに若いのよ!」
今更、そこを気にするか。
◇
オレはこちらに着いてからの顛末を包み隠さずヒカルに語った。
いい機会だし、屋敷に帰ったらアリサとリザにもオレの本名や神殺しの件を教えておこう。
他の子達は二人と相談して決めようと思う。
「それじゃ、勇者召喚されたんじゃないの?」
「ああ、今代の勇者の話だと、ルモォーク王国の転生者に召喚された一般人の可能性が高いそうだ」
「ふ~ん、ルモォーク王国かぁ。あそこのピンク髪の若い王様がまんまテニ×勇のシガ君みたいだったんだよね~」
テニ×勇は日本にいた頃にヒカルが嵌っていた、青髪の魔王とピンク髪の勇者がテニスで戦う謎の少女漫画だ。
たしか、登場人物が――。
「ヒカル。もしかして、シガ・ヤマトってテニ×勇の主人公達から取ったのか?」
「へへ~、いつもゲームで使っている名前だからとっさに出ちゃったんだ」
オレもいつもゲームで使う「サトゥー」だったから人の事は言えない。
オレの事を話した後で、ヒカルが勇者として召喚されてからの話を色々と聞かせて貰った。
「白い部屋でパリオン神から神力の欠片を授けられたんだけどさ。殺しあうのが嫌だったから、魔王と仲良くなれる『友愛』ってスキルを選んだら、それで魂の器が一杯になっちゃったんだよね」
確かにヒカルのスキル欄には「友愛」というのがある。
ユニークスキルとは思いもしなかった。
「それで召喚された後にハズレ勇者扱いされて聖剣や聖具を取り上げられちゃって、容量無限のインベントリを利用した輸送担当にされちゃった」
なんでも、当時のサガ帝国にはヒカルの他に三人の勇者がいたらしい。
「それで私を輸送中の飛行艇が魔王の奇襲で撃墜されちゃって、オーク帝国の捕虜にされちゃったんだ――大丈夫、安心して! 私の純潔はイチロー兄に取ってあるから」
「そんな心配はしていない」
もちろん、性的な暴行でヒカルが傷つかなかったのは嬉しいけどさ。
ヒカルが言っていた魔王とは公都地下で戦った「黄金の猪王」の事だ。
捕虜になったヒカルはユニークスキルの「友愛」のお陰でオーク達に味方を作り、魔王とも友情を育んだそうなのだが、神の欠片に侵食された魔王が当時の二大帝国――フルー帝国とサガ帝国を相手取った大戦争を起してしまって事態が急変したらしい。
多数の魔王と複数の勇者が相争う凄まじい戦争だったそうだ。
その戦いでヒカル以外の勇者達が命を落とし、当時無敵を誇っていたフルー帝国が滅亡して、世界中が荒れに荒れていたとヒカルが語る。
その後、捕虜から解放されたヒカルが竜神の所で天竜という味方と、クラウソラスを始めとした聖なる武具を授かって、大魔王討伐の偉業を成し遂げたらしい。
もっとも、ヒカル本人は魔王やオーク達を倒したのを後悔しているらしく、あまり誇らしげな様子はなかった。
「魔王討伐後にこっちに残る事を選んだのか?」
「まさか。イチロー兄の所に帰りたかったから、すぐに帰還を選んだよ」
――なら、なぜ今ここにいる?
「日本に帰る途中で、うちの祭神様から神託を受けたんだ――元の世界に帰ってもイチロー兄には会えないって」
ヒカルはそこで言葉を切って、オレの瞳を見つめる。
ヒカルの父方の実家は神社の神主をしていて、祭神は確か――。
「天之水花比売に会ったのか?」
「会ってないよ。声だけ……違った、言葉になる前のそういうイメージの塊を貰ったんだよ」
そのイメージを信じて、今の公都に帰還したらしい。
ヒカルが当時の従者や仲間たちと一緒にシガ王国を建国したのは、その後の事だそうだ。
シガ王国が現在の王都に遷都したのを機に二代目の王様と代替わりして、ミトとして世直しの諸国漫遊や迷宮の宝箱から若返りの薬を乱獲したりして過ごしたらしい。
そして再び神託を受けて、フジサン山脈の麓にある樹海の塔に魔法的なコールドスリープ装置を設置して眠りについたそうだ。目覚めたのはつい最近らしい。
ふと視界に紫色のカツラが目に入った。
――そうだ、ヒカルに謝罪するのを忘れていた。
オレは国王達の誤解を解かずに王祖ヤマトと身分を偽った事を謝り、ちょっとした提案をしてみた。
「子孫の様子を見たかったら、このカツラを被っていけば王祖ヤマトの転生体として会って貰えるぞ」
「純潔は守ったっていったでしょ! 二代目の王様は私の養子だよ。フルー帝国の最後の皇帝の庶子で頑張り屋さんの良い子だったんだぁ。『シガ家の名に恥じぬように』っていうのが口癖でね――」
そういえば国王はシガが家名だったけ。
「――でも、そっか。シャロリック君の子孫に会うのもいいかもね」
ヒカルがしんみりとそんな事を口にした。
第三王子と同じ名前――って逆か。第三王子が二代目国王の名前を貰ったんだろう。
オレはストレージの中から未使用の紫色のカツラとナナシ衣装セットを取り出して、ヒカルに進呈しておいた。
◇
うちの子達の事を話した後に、ここに来た本題に話を戻した。
「『擬体』?」
「ああ、天竜のブレスで倒された上級魔族が使っていたと記録にあったんだ」
「それなら緑色の上級魔族の事だね。あいつらってば、戦隊モノのヒーローみたいに色違いだったんだよ」
ヒカルの話だと、黄金の猪王に仕える古参の上級魔族は赤青黄桃緑黒の六色との事だった。
上級魔族自体は沢山いたらしい。
「どうやって対処したんだ?」
「何度か遭遇するうちに特徴が判ったんだよ。『ザマス』って語尾だったから。ちょっと会話すればすぐに擬体かどうか判別できたんだぁ」
……語尾くらい変えろ。
例のローポは普通の語尾だったから別人か。
「なら、やっぱり隠蔽系のユニークスキルか」
「イチロー兄のユニークスキルって索敵系だっけ」
「ああ、そんな感じのスキルだ。一度マーキングしておくと異界に行こうと何処にいるのか判る」
「へー、じゃ私の現在位置はわかるかな?」
目の前で何を言って……レーダーからヒカルを示す光点が消えた。
オレは驚いてマップを開いてマーカー一覧を確認するが、そちらからもヒカルのマーカーの現在地が不明に変わっていた。
「どう?」
ヒカルが言葉を発した瞬間に彼女のマーカーがレーダーに復活した。
「マーカーは存在しているけど、現在位置は不明になった」
オレの答えに満足したのか、腕を組んだヒカルが偉そうに頷く。
「やっぱりね。イチロー兄の探索スキルは私が作った解析板と同じリソースから情報を手に入れてるんだと思う」
「解析板って、ヤマト石の事か?」
「今はそう呼ばれているみたいだね……そんな事よりリソースの話」
ヒカルの説明によると、竜神が作った惑星を巡る魔素の流れ――いわゆる竜脈――があるのだが、その流れには魔素だけでなく、様々な情報も一緒に流れているのだそうだ。
鑑定や相場スキルの情報も、この竜脈から得ているとの事だ。
「つまり、その竜脈に情報が流れないように栓をする事で、情報を遮断できるんだよ」
「……なるほど」
認識阻害系のアイテムなんかは、その流れに偽りの情報を流す物なのだそうだ。
原理は判ったが、このままだとローポを捕らえる事が――。
「でも、完全遮断を維持するのは大変なんだよ。魔素の流れを違和感なく遮断するには自分の魔力を凄い勢いで消耗するし、その間、外部からの魔力回復もできないんだ~」
ヒカルの魔力ゲージを見たところ三割近くが減っていた。
あの短時間でこれだけ減るなら、多少レベルが高くても長時間維持するのは難しいだろう。
これなら、ローポが自分で盗みを行っていないのも合点が行く。
オレもヒカルのマネをして、魔素の流れを遮断してみる。
……上手くいかない。
気配を遮断するのとは違うのか。
隠蔽系のスキルを使う時のように、周囲と同化して尚且つ光学迷彩の様に魔素の流れを身体の反対側から投射するような感じで――。
>「認識阻害」スキルを得た。
>「魔素隠蔽」スキルを得た。
>「魔素迷彩」スキルを得た。
>「光学迷彩」スキルを得た。
>称号「全てを欺く者」を得た。
ちょっと違うのも得られたが、まあ役に立ちそうだから別に良い。
自分で実行できるようになったお陰で、どういう風に迷彩しているのかが掴めた。
「すごいよ、イチロー兄。姿を消したのって魔法?」
「いや、『光学迷彩』ってスキルみたいだ」
「みたい、って。スキルポイントの無駄遣いしてたら器用貧乏になっちゃうよ?」
心配してくれるヒカルに「大丈夫だ」と告げて、本番のスキル獲得に乗り出す。
ヒカルに頼んで魔素迷彩スキルを発動して貰う。
先ほどのようにレーダーからヒカルの光点が消える。
オレは集中力をアップさせる為にメニュー表示をOFFに切り替えた。
――違和感を探せ。
何も無いなら、空白を。
空白が無いなら、齟齬を。
視界の死点を見るように、見えないモノに目を凝らせ……。
……情報の揺らぎ。
……流れの不自然さ。
――見えた!
>「違和感検知」スキルを得た。
>「魔素分布感知」スキルを得た。
>「対魔素迷彩検知」スキルを得た。
>称号「全てを見通す者」を得た。
よっし!
スキルゲットだ。
残念ながら上手くマップと連動できないみたいだが、レーダー圏内くらいならスキルだけで検知できそうだ。
さて、これで準備万端だ。
王都に帰ったら、ローポの尻尾を捕まえてみせる!
◇
「――あれ? この間の紫髪の勇者じゃない?」
「やあ、久しぶり」
どうやら、ナナシの事は覚えていてくれたようだ。
思ったよりも冷静で――。
「天ちゃんを拷問したのって、こいつ?」
「そうだぞ、ミト。動けない私の身体を抉ったり、鱗を剥いだり尻尾や角を切り落としたりしたのだ! そしてあまつさえ……」
ミトの後ろに隠れるように付いてきていたテンチャンが、震えながら訴える。
中身は天竜のようだ。
オレと視線が合うと、苛められっ子のようにミトの背中に隠れた。
――天竜ともあろう者が情けない。
とりあえず、黙っていると事態が悪化しそうなので、ミトに事実を伝える。
「人聞きの悪い。あれは治療行為だよ。誓って、嗜虐嗜好を満たすための行為じゃない」
「……本当に?」
「ああ、もちろん。切り落とした尻尾や鱗だって、上級魔法薬と魔法で癒したしね」
ミトが後ろを振り返って「天ちゃん、本当?」と確認している。
両者の意見をちゃんと聞くとはミトらしい。
「そうだが……こいつは逆鱗まで剥がしたんだぞ? あれは治療されても痛いんだ」
「仕方ないじゃないか。逆鱗も侵食されていたんだからさ。魔神に身体を乗っ取られた方が良かったわけじゃないんだろう?」
恨みがましい口調はそのままだが、だんだんとテンチャンの勢いが無くなっていく。
「つまり、キミは天ちゃんを助けてくれたんだね?」
「ああ、手荒にならない方法があったらよかったんだが、天竜に通用する麻酔の持ち合わせが無くてね」
天竜に効くクラスの麻酔とか、常人に使ったら心臓麻痺を起して死んじゃう劇物になるしね。
「天ちゃん、この人にありがとうとごめんなさい、しよ?」
「……ミト」
ミトに嗜められて、銀髪の超絶美女がまるで子供のようだ。
「ごめ……ありがと……」
それだけ呟くように告げると、踵を返して神殿の奥へと逃げていった。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、その姿が可愛いと思えた。
きっと、気のせいだろう。
◇
さて、本題だ。
「ミト、用事があったのは天竜じゃなくて、君の方なんだ」
「わたし? もしかして惚れちゃった~?」
ミトが嬉しそうにニマっと頬を緩める。
そして、芝居がかった仕草でまくし立てた。
「でも、ダメよ! ダメったらダメ! だって私には先輩という将来を約束した人がいるんだから」
……オレの事じゃないよな?
だって、そんな約束した覚えもないし。
「そんな気はないから安心してくれ。それより、どこか静かに話せる場所はないか?」
回廊で立ったまま話すのもなんだしね。
「じゃ、私の部屋に行こう。部屋って言っても議事堂が入るくらい広い建物なんだけどさ」
ミトに案内されていった部屋は、王都の迎賓館にも見劣りしない贅を尽くした屋敷だ。薄緑色の大理石のような石で作られている。
その屋敷の玄関から程近い応接間へと連れて行かれた。
オレ達が腰掛けると、動く石像のメイドさんが暖かいお茶を入れてくれる。
石像の癖にルルに匹敵する上手さだ。
「さて、人心地ついた所で、本題に入りましょ」
「そうだな」
オレは紫髪のカツラを外して、ソファの上に置く。
「あらら、カツラだったの? 黒髪って事は今代の勇者君だったのか――」
ミトの言葉の途中で、白い仮面を取る。
「――え、その美少女顔は!」
ミトが自分と瓜二つのナナシの顔を見て叫びを上げる。
……誰が美少女だ。
「女の子だったの? もしかして並行世界の私?」
「正真正銘の男だ。これは只の変装だよ」
そこで言葉を切って、変装に使っていたフェイスマスクを顎の辺りからベリベリと剥がす。
気分は怪盗って感じだね。
「――イ、イチロー兄ぃ!!!」
レベル89のステータスを感じさせる勢いで抱きついてきたミト――幼馴染にして会社の後輩だった高杯光子を優しく受け止める。
慣性はユニット配置を駆使して消し去った。
「イチロー兄、イチロー兄、イチロー兄、イチロー兄――」
オレの名に篭められた奔流のような感情を、華奢な身体と一緒に抱きしめてやる。
子供のように泣く光子の髪を優しく撫で、落ち着くまで好きなだけ泣かせてやる事にした。
オレにとっては1年前だが、こいつにとっては長い年月が経っているはずなのだから。
一時間ほども泣いた後、ようやく嗚咽がやんだので、話しかけてみる。
「久しぶり。やっぱり、FFWの開発中に勇者召喚されたのか?」
「うん――あっ、バグだらけのFFWって、やっぱりイチロー兄、じゃなかった鈴木先輩が仕上げてくれたの?」
「ああ、少なくとも製品版パッケージをメタボ氏に渡した所で、こっちに来たから多分大丈夫だと思う」
「良かった。ずっと気になってたんだ」
こいつは責任感が強い上に、初めてのプロジェクトだったしね。
「そうそう、イチロー兄でいいぞ。ここは会社じゃないし」
「うん、じゃ、私の事も愛を篭めてヒカルって呼んで」
ヒカルは大切な幼馴染で後輩だが、恋愛感情は無い。
「親愛の情なら篭めてやろう」
「そういうつれない所は相変わらずだよね」
ヒカルはそう言って、懐かしそうに目を細めた。
ちなみにヒカルというのは光子の徒名だ。
光子という名前がお洒落じゃないからと、幼い頃に自分で付けていた。
「愛はともかく、いい年なのに本名の光子より、ヒカルの方がいいのか?」
「いい年って言わないでっ! こっちに来てからはシガ・ヤマトかミトって呼ばれていたから、日本に居た頃の名前で呼んで欲しいんだもん。後輩氏でもいいけど……ヒカルの方がいいな」
就職してからはメタボ氏の名付けた「後輩氏」という呼び方が広まっていた。「高杯で後輩なら、君の徒名は『後輩氏』だ」という言い方が周囲に受けたのか、次の日には営業の人までヒカルの事をそう呼んでいたほどだ。
その報復に「メタボ氏」という徒名を付け返していたので、どっちもどっちだが。
「じゃ、ヒカルって呼ぶ事にするよ」
「うん――」
なんとなくむず痒い空気がオレ達二人の間を流れたが、ヒカルはアリサと同様の自爆体質なので、こういう空気は長く続かない。
「――って、どうしてそんなに若いのよ!」
今更、そこを気にするか。
◇
オレはこちらに着いてからの顛末を包み隠さずヒカルに語った。
いい機会だし、屋敷に帰ったらアリサとリザにもオレの本名や神殺しの件を教えておこう。
他の子達は二人と相談して決めようと思う。
「それじゃ、勇者召喚されたんじゃないの?」
「ああ、今代の勇者の話だと、ルモォーク王国の転生者に召喚された一般人の可能性が高いそうだ」
「ふ~ん、ルモォーク王国かぁ。あそこのピンク髪の若い王様がまんまテニ×勇のシガ君みたいだったんだよね~」
テニ×勇は日本にいた頃にヒカルが嵌っていた、青髪の魔王とピンク髪の勇者がテニスで戦う謎の少女漫画だ。
たしか、登場人物が――。
「ヒカル。もしかして、シガ・ヤマトってテニ×勇の主人公達から取ったのか?」
「へへ~、いつもゲームで使っている名前だからとっさに出ちゃったんだ」
オレもいつもゲームで使う「サトゥー」だったから人の事は言えない。
オレの事を話した後で、ヒカルが勇者として召喚されてからの話を色々と聞かせて貰った。
「白い部屋でパリオン神から神力の欠片を授けられたんだけどさ。殺しあうのが嫌だったから、魔王と仲良くなれる『友愛』ってスキルを選んだら、それで魂の器が一杯になっちゃったんだよね」
確かにヒカルのスキル欄には「友愛」というのがある。
ユニークスキルとは思いもしなかった。
「それで召喚された後にハズレ勇者扱いされて聖剣や聖具を取り上げられちゃって、容量無限のインベントリを利用した輸送担当にされちゃった」
なんでも、当時のサガ帝国にはヒカルの他に三人の勇者がいたらしい。
「それで私を輸送中の飛行艇が魔王の奇襲で撃墜されちゃって、オーク帝国の捕虜にされちゃったんだ――大丈夫、安心して! 私の純潔はイチロー兄に取ってあるから」
「そんな心配はしていない」
もちろん、性的な暴行でヒカルが傷つかなかったのは嬉しいけどさ。
ヒカルが言っていた魔王とは公都地下で戦った「黄金の猪王」の事だ。
捕虜になったヒカルはユニークスキルの「友愛」のお陰でオーク達に味方を作り、魔王とも友情を育んだそうなのだが、神の欠片に侵食された魔王が当時の二大帝国――フルー帝国とサガ帝国を相手取った大戦争を起してしまって事態が急変したらしい。
多数の魔王と複数の勇者が相争う凄まじい戦争だったそうだ。
その戦いでヒカル以外の勇者達が命を落とし、当時無敵を誇っていたフルー帝国が滅亡して、世界中が荒れに荒れていたとヒカルが語る。
その後、捕虜から解放されたヒカルが竜神の所で天竜という味方と、クラウソラスを始めとした聖なる武具を授かって、大魔王討伐の偉業を成し遂げたらしい。
もっとも、ヒカル本人は魔王やオーク達を倒したのを後悔しているらしく、あまり誇らしげな様子はなかった。
「魔王討伐後にこっちに残る事を選んだのか?」
「まさか。イチロー兄の所に帰りたかったから、すぐに帰還を選んだよ」
――なら、なぜ今ここにいる?
「日本に帰る途中で、うちの祭神様から神託を受けたんだ――元の世界に帰ってもイチロー兄には会えないって」
ヒカルはそこで言葉を切って、オレの瞳を見つめる。
ヒカルの父方の実家は神社の神主をしていて、祭神は確か――。
「天之水花比売に会ったのか?」
「会ってないよ。声だけ……違った、言葉になる前のそういうイメージの塊を貰ったんだよ」
そのイメージを信じて、今の公都に帰還したらしい。
ヒカルが当時の従者や仲間たちと一緒にシガ王国を建国したのは、その後の事だそうだ。
シガ王国が現在の王都に遷都したのを機に二代目の王様と代替わりして、ミトとして世直しの諸国漫遊や迷宮の宝箱から若返りの薬を乱獲したりして過ごしたらしい。
そして再び神託を受けて、フジサン山脈の麓にある樹海の塔に魔法的なコールドスリープ装置を設置して眠りについたそうだ。目覚めたのはつい最近らしい。
ふと視界に紫色のカツラが目に入った。
――そうだ、ヒカルに謝罪するのを忘れていた。
オレは国王達の誤解を解かずに王祖ヤマトと身分を偽った事を謝り、ちょっとした提案をしてみた。
「子孫の様子を見たかったら、このカツラを被っていけば王祖ヤマトの転生体として会って貰えるぞ」
「純潔は守ったっていったでしょ! 二代目の王様は私の養子だよ。フルー帝国の最後の皇帝の庶子で頑張り屋さんの良い子だったんだぁ。『シガ家の名に恥じぬように』っていうのが口癖でね――」
そういえば国王はシガが家名だったけ。
「――でも、そっか。シャロリック君の子孫に会うのもいいかもね」
ヒカルがしんみりとそんな事を口にした。
第三王子と同じ名前――って逆か。第三王子が二代目国王の名前を貰ったんだろう。
オレはストレージの中から未使用の紫色のカツラとナナシ衣装セットを取り出して、ヒカルに進呈しておいた。
◇
うちの子達の事を話した後に、ここに来た本題に話を戻した。
「『擬体』?」
「ああ、天竜のブレスで倒された上級魔族が使っていたと記録にあったんだ」
「それなら緑色の上級魔族の事だね。あいつらってば、戦隊モノのヒーローみたいに色違いだったんだよ」
ヒカルの話だと、黄金の猪王に仕える古参の上級魔族は赤青黄桃緑黒の六色との事だった。
上級魔族自体は沢山いたらしい。
「どうやって対処したんだ?」
「何度か遭遇するうちに特徴が判ったんだよ。『ザマス』って語尾だったから。ちょっと会話すればすぐに擬体かどうか判別できたんだぁ」
……語尾くらい変えろ。
例のローポは普通の語尾だったから別人か。
「なら、やっぱり隠蔽系のユニークスキルか」
「イチロー兄のユニークスキルって索敵系だっけ」
「ああ、そんな感じのスキルだ。一度マーキングしておくと異界に行こうと何処にいるのか判る」
「へー、じゃ私の現在位置はわかるかな?」
目の前で何を言って……レーダーからヒカルを示す光点が消えた。
オレは驚いてマップを開いてマーカー一覧を確認するが、そちらからもヒカルのマーカーの現在地が不明に変わっていた。
「どう?」
ヒカルが言葉を発した瞬間に彼女のマーカーがレーダーに復活した。
「マーカーは存在しているけど、現在位置は不明になった」
オレの答えに満足したのか、腕を組んだヒカルが偉そうに頷く。
「やっぱりね。イチロー兄の探索スキルは私が作った解析板と同じリソースから情報を手に入れてるんだと思う」
「解析板って、ヤマト石の事か?」
「今はそう呼ばれているみたいだね……そんな事よりリソースの話」
ヒカルの説明によると、竜神が作った惑星を巡る魔素の流れ――いわゆる竜脈――があるのだが、その流れには魔素だけでなく、様々な情報も一緒に流れているのだそうだ。
鑑定や相場スキルの情報も、この竜脈から得ているとの事だ。
「つまり、その竜脈に情報が流れないように栓をする事で、情報を遮断できるんだよ」
「……なるほど」
認識阻害系のアイテムなんかは、その流れに偽りの情報を流す物なのだそうだ。
原理は判ったが、このままだとローポを捕らえる事が――。
「でも、完全遮断を維持するのは大変なんだよ。魔素の流れを違和感なく遮断するには自分の魔力を凄い勢いで消耗するし、その間、外部からの魔力回復もできないんだ~」
ヒカルの魔力ゲージを見たところ三割近くが減っていた。
あの短時間でこれだけ減るなら、多少レベルが高くても長時間維持するのは難しいだろう。
これなら、ローポが自分で盗みを行っていないのも合点が行く。
オレもヒカルのマネをして、魔素の流れを遮断してみる。
……上手くいかない。
気配を遮断するのとは違うのか。
隠蔽系のスキルを使う時のように、周囲と同化して尚且つ光学迷彩の様に魔素の流れを身体の反対側から投射するような感じで――。
>「認識阻害」スキルを得た。
>「魔素隠蔽」スキルを得た。
>「魔素迷彩」スキルを得た。
>「光学迷彩」スキルを得た。
>称号「全てを欺く者」を得た。
ちょっと違うのも得られたが、まあ役に立ちそうだから別に良い。
自分で実行できるようになったお陰で、どういう風に迷彩しているのかが掴めた。
「すごいよ、イチロー兄。姿を消したのって魔法?」
「いや、『光学迷彩』ってスキルみたいだ」
「みたい、って。スキルポイントの無駄遣いしてたら器用貧乏になっちゃうよ?」
心配してくれるヒカルに「大丈夫だ」と告げて、本番のスキル獲得に乗り出す。
ヒカルに頼んで魔素迷彩スキルを発動して貰う。
先ほどのようにレーダーからヒカルの光点が消える。
オレは集中力をアップさせる為にメニュー表示をOFFに切り替えた。
――違和感を探せ。
何も無いなら、空白を。
空白が無いなら、齟齬を。
視界の死点を見るように、見えないモノに目を凝らせ……。
……情報の揺らぎ。
……流れの不自然さ。
――見えた!
>「違和感検知」スキルを得た。
>「魔素分布感知」スキルを得た。
>「対魔素迷彩検知」スキルを得た。
>称号「全てを見通す者」を得た。
よっし!
スキルゲットだ。
残念ながら上手くマップと連動できないみたいだが、レーダー圏内くらいならスキルだけで検知できそうだ。
さて、これで準備万端だ。
王都に帰ったら、ローポの尻尾を捕まえてみせる!
※次回更新は 2/22(日) の予定です。
※活動報告にバレンタインSS(2015年版)をアップしてあるので良かったらご覧ください。
※異世界に来る前や来た後に、ヒカルの事をまったく心配していなかった理由は再来週の更新分で開示される予定です。
(5/3追記:13-11に入れ損なったので理由は13章中か幕間に!)
●登場人物
【イチロー】
サトゥーの本名。鈴木一郎。わりと忘れられがち。
【天竜】
天ちゃん。フジサン山脈に住む天竜。ミトの友人。
【テンチャン】
大剣を持つ銀髪の美女。竜の様なブレスを吐き背中にコウモリのような翼があるホムンクルス。天ちゃんの使い魔。
【第三王子】
シガ王国の第三王子。8章に登場。サトゥーと敵対。黄色い上級魔族との戦いで吸命攻撃を受けて老化。現在は王位継承権を失って、母方の荘園で療養中らしい。
※活動報告にバレンタインSS(2015年版)をアップしてあるので良かったらご覧ください。
※異世界に来る前や来た後に、ヒカルの事をまったく心配していなかった理由は再来週の更新分で開示される予定です。
(5/3追記:13-11に入れ損なったので理由は13章中か幕間に!)
●登場人物
【イチロー】
サトゥーの本名。鈴木一郎。わりと忘れられがち。
【天竜】
天ちゃん。フジサン山脈に住む天竜。ミトの友人。
【テンチャン】
大剣を持つ銀髪の美女。竜の様なブレスを吐き背中にコウモリのような翼があるホムンクルス。天ちゃんの使い魔。
【第三王子】
シガ王国の第三王子。8章に登場。サトゥーと敵対。黄色い上級魔族との戦いで吸命攻撃を受けて老化。現在は王位継承権を失って、母方の荘園で療養中らしい。
13-10.捕り物
※2015/2/23 誤字修正しました。
※2015/2/26 一部文章を修正しました。
※2015/2/26 一部文章を修正しました。
サトゥーです。探偵と泥棒が楽しく追いかけっこするのはフィクションの中だけ。現実では複数の警官がチームを組んで犯人を追い詰めるものだと思うのです。
◇
夜通しでヒカルと語り、朝日と共に天竜の神殿を後にした。
ヒカルは天竜を宥めた後で王都に来るとの事だ。
神殿は自エリア扱いになっていないので、自身を起点とした短距離転移はともかく遠距離から神殿まで直接ユニット配置で移動するのは不可能だった。
ヒカルの屋敷の一角に帰還転移用の刻印板を置かせて貰ったので、いつでも会える。
神殿を出る前に竜達と和解しようとしたのだが、思ったよりも怯えていて神殿に近寄ろうとしなかったので、こちらのメンタルケアもヒカルに頼んでおいた。
いずれ日を改めて土産片手に会いに行こうと思う。
まずボルエナンに顔を出そうか迷ったが、まだルルくらいしか起きていない時間だったので、先に王都で盗賊退治を行う事にした。
ペンドラゴン邸にユニット配置で移動し、さっそく対魔素迷彩検知スキルを発動しようとメニューを開いた所でハタと気づいた。
――燃費の悪いスキルなら常時発動はしていないはずだ。
そう思ってマップを確認した所、貧民街の一画に普通にローポが存在していた。
どうやら予想が当たっていたようだ。
マップでローポのいる盗賊のアジトを調べ、ユニット配置でヤツのいる部屋へと移動する。
直前にナナシの格好から、昨日と同じクロの姿に変える。
ローポはベッドの上で裸の女性を両脇に置いて眠っているようだ。
まだ、こちらに気づいていない。オレが魔素迷彩スキルや隠蔽スキルを使っているからだろう。
女性二人も盗賊の一味らしいので、遠慮なく捕り物に移れる。
眠ったままのローポを「理力の手」で少し持ち上げて「棘蔦足」の蔦で作ったロープで縛り上げる。
さすがに目が覚めたのか、野太い悲鳴を上げるローポ。
その悲鳴に、女たちが短剣を手にベッドの上で構えを取った。
面倒なので女達を「誘導気絶弾」で無力化しておく。
無力化した拍子に女達がベッドから転げ落ち、手に持っていたナイフがローポの頬を浅く切り裂く。
昨日と違って流れた血は煙を吹き出す事なく、ベッドに赤いシミを作るだけだった。
「何者だテメェ」
――昨日会ったばかりなのに、もう忘れたのか?
オレはヤツの言葉には答えずに女達と同様に「誘導気絶弾」を腹に叩き込む。
レジストされるかと思ったが思った以上にあっけなく、ローポの状態が昏倒になった。
……おかしい。簡単すぎる。
対魔素迷彩検知スキルを使ってみたところ、ローポの手首に違和感を感じた。
AR表示によると、「盗神の装具」という名前の認識阻害系のアーティファクトらしい。
上手く外せなかったので、直接触ってストレージに収納した。
――誰だ、こいつは?
オレがローポだと思っていた人物が姿を変える。
レベル30ほどの髭面の中年男になった。
どうやら、アーティファクトで偽装した替え玉だったらしい。
偽ローポだけを残して、他の盗賊達は捕縛した上で王都の衛士達に突き出した。
◇
盗賊のアジトに引き返し、偽ローポを気絶から回復させて尋問する。
「さて、ローポとお前の関係を教えて貰おうか?」
「ふん、貴様なんかに話すことなんか――」
ポチ先生とタマ先生を呼ぶのもいいが、ここは普通に脅すとしよう。
オレは右手に持っていた魔剣で部屋にあった鋼鉄製の甲冑を真っ二つに切断する。
「四肢を失った後も同じことが言えるかな?」
上級魔法薬があれば復元可能だが、本当に実行する気はない。
「――その血も涙もなさそうな顔は本気だな」
どうやら無表情スキルが良い仕事をしたようだ。
「お頭を売るくらいなら、ここで殺された方がマシだ」
偽ローポが声を震わせながら強がる。
「ローポとは長いのか?」
「ああ……オレがパリオン神国でこそ泥をやっていた頃からだから、もう10年以上か――」
交渉スキルや尋問スキルの効果なのか、殺された方がマシと言いつつ普通に情報を漏らしている。
どうも本人はその事実に気がついていないようだ。
「――ポルポーロの兄貴がシガ王国で大きなヤマをやるってんで、オレ達はその下準備に来たのさ――」
「ほう、蜃気楼と呼ばれる有名人じゃないか」
「へへっ、兄貴はすげぇのさ」
偽ローポは酔っ払ったように滑らかに周辺事情を語ってくれる。
いつの間にか「自白誘導」スキルが手に入っていた。便利そうなのでポイントを割り振っておく。
こいつが使っていたアイテムは蜃気楼ポルポーロから預かっていた物だそうだ。
……待て、さっきのヤツの話が少しおかしかった。
ローポとこいつは蜃気楼の下請けのような立場のはず。
ローポが蜃気楼の事を兄貴と言うなら判るが、こいつの立場なら叔父貴と言うのではないだろうか?
習慣が違うだけかもしれないが、確認してみる。
「蜃気楼ポルポーロは叔父貴じゃなくて兄貴なのか?」
「当たり前だろ? 俺をスラムの底から連れ出してくれたのは兄貴なんだから」
「ローポじゃないのか?」
「そりゃそうだ――お頭は恩人で」
「何の恩人だ?」
「何って……何だろう?」
偽ローポが怪訝そうな顔で黙り込む。
魔族の精神魔法で記憶を操作されていた時のムーノ男爵達に似ている。
――危機感知が反応した。
銀光が偽ローポとオレを狙って飛んでくる。
オレは「理力の手」でそれを受け止めてストレージへと収納し、姿なき襲撃者を予備動作なしの蹴りで迎撃した。
「どうやって、場所を特定したザマスか?」
オレの蹴りに吹き飛んだローポが瓦礫から顔を上げる。
――ザマス、だと?!
後ろで起こった偽ローポの悲鳴を無視して、起き上がるローポに追撃の蹴りを放つ。
両手をクロスさせた防御ごと蹴り砕き、やつを再び瓦礫の中に逆戻りさせる。
魔素迷彩されているのか、やつの情報がAR表示されない。
ならば、ここはハッタリだ。
「――緑の上級魔族がこんな場所で何をしている?」
オレの言葉に能面のような顔になるローポ。
その左腕に、偽ローポが付けていたのと同じ腕輪を見つけた。
「たかが50レベルの白髪小僧に見抜かれるとは情けないザマス」
カエルの様な哄笑を上げるローポ改め、緑魔族にストレージから取り出した聖剣デュランダルで斬りかかる。
もちろん、狙いは左腕の腕輪だ。
ヤツの周りに生まれた無数の氷の刃を無詠唱の「魔法破壊」で散らし、手に持った聖剣でヤツの左腕を切り裂く。
落下する腕ごと腕輪をストレージに収納しようとするが弾かれた。
――ならば。
オレは「火炎炉」の魔法でヤツの左腕ごと焼却する。
余熱が生んだ爆風が盗賊の地下アジトを粉々に引き裂く。
人殺しをする気はないので、不本意ながら偽ローポは「自在盾」と「防御壁」の魔法で守ってやった。
驚いたことに腕輪は火炎に翻弄されながらも存在していた。
火炎の中の腕輪を「理力の手」で捕まえて、今度こそストレージに回収する。
そこに煙を引き裂いて緑魔族の擬体が襲撃してきた。
その手には名前に合わせたのか緑色の魔剣が握られている。
襲いかかる魔剣を体を反らすだけで軽々と避け、不自然な姿勢のまま聖剣を振り下ろしてヤツの体を真っ二つに切り裂く。
人間にしか見えない相手を斬るのは抵抗があったが、中身が魔族ならヘタな手加減は無用な隙を生むので心を鬼にした。
昨日と同じように地に落ちたヤツの血液が白煙をあげる。
白煙の隙間から真っ二つに分かれた擬体が立っているのが見えた。見た目が人間なだけにシュールだ。
崩れゆく擬体に視線をやると、ヤツの情報がいつものようにAR表示される。
名前が「ローポ(偽名)」、種族が「人族(魔族)」になった。
どうやら、腕輪無しでも偽装はできるようだが、素の状態ではオレのメニューを欺く事はできないらしい。
やつが黒い塵となって消える前に、AR表示される情報を記録する。
変装や隠蔽、偽装などのスキルや「精神魔法」「氷魔法」が使えるようだ。
「――前座は消えるとしよう。殿下の即位と共に我らは戻ってくる。束の間の平和を享受するがいいザマス!」
そんな捨て台詞を残して擬体は完全に消え去った。
……どうやら、感情が高ぶると語尾がごまかせないらしい。
マップから擬体のマーカーが消滅している。
擬体を消されると死亡と同じ扱いになって、マーカー一覧から消えてしまうようだ。
確認したところ、緑魔族や偽ローポから回収した「盗神の装具」という腕輪は、三つ一組の装備品らしい。
認識阻害や自情報操作に隠蔽といった機能に加え、装備した者の位置を交換するという限定的な転移の能力まであるようだ。
ダメ元で最後の一つを検索した所、王都外縁部の孤児院に所有者がいる事が判った。
さて、朝飯前にこっちも片付けますか――。
◇
「少年。そのバンダナは君の物か?」
オレは孤児院の井戸で水を汲む白髪の少年に問いかけた。
その少年はシンという日本人のような名前をしていたが、顔立ちは白人種系だった。
「――そうだ」
少し口ごもって、バンダナに手を当てるシン少年。
このバンダナが「盗神の装具」の最後の一つだ。額に当たる部分に閉じた目の意匠を施されている。
「どこで手に入れた?」
「この前の魔物騒動で瓦礫の下敷きになって死んだ乞食の爺から貰った」
……ふむ、その爺さんが元の持ち主か。
いや、シン少年自身が偽装している可能性もある。
「少し借りるぞ」
「あっ――」
シン少年のバンダナを「理力の手」で奪い取る。
腕を組んだままのオレに取られるとは思わなかったらしく、シン少年が驚きの声を上げた。
バンダナを奪っても彼の名前や種族は変化無し。レベルも3のままだ。
変わったのはスキル欄と詳細欄の二箇所。スキルにあった「片手剣」が消えて「苦痛耐性」スキルが現れ、詳細情報が空欄になっていた。
おっと称号も増えているようだ――これはっ?!
オレは無表情スキルで驚きを封じ、抗議する少年に質問する。
「この孤児院に来る前は何をしていた?」
「知らない」
「知らない事はないだろう?」
「本当だ。ここの院長に拾われる前の記憶がないんだ」
シン少年がキレ気味に叫ぶ。
見たところ、嘘を言っている様子はない。
詳細情報が空欄な事から考えて、記憶喪失というのは事実なのだろう。
「勇者、魔王、殿下――今言った単語に聞き覚えは?」
「勇者や魔王は孤児院に来るおばさんから聞かせてもらった事がある。デンカってのは学院の王女とか小太りの男がそんな風に呼ばれていた」
シン少年に詳しく聞き直したところ、メネア王女と庶子のソウヤ君の事らしい。
そういえば、アリサから聞いた話にシン少年の名前も出ていた。
「最後の質問だ。死んだ乞食との関係は?」
「よく俺を見つけるたびに訳の判らない話をする爺だった」
「どんな話だ?」
シン少年の方は爺さんを嫌っていたのか、うんざりした顔をしている。
「ジユウがどうとか、ソクイがどうとか、ニエがどうとか、さっぱりだ」
自由に即位に贄か。
その爺さんは自由の光の構成員だったのかもしれない。
「……な、なあ、そのバンダナが欲しいんだったら、ど、銅貨いや、銀貨一枚で売ってやるよ」
シン少年がそう切り出してくれたのは渡りに船だ。
形見の品を取り上げるのは気が引けていたのだが、金で解決できるなら話が早い。
何せ、このアイテムは放置するには危険すぎる。
「良かろう、買い取ろう」
オレは銀貨と一緒にストレージの中にあった黒いバンダナを手渡す。
「……これは?」
「代わりに巻いておけ。安物だが無いと寂しいだろう?」
「あ、ああ……貰っておいてやるよ」
シン少年は無愛想に振る舞おうとしているが、その口元が綻んでいる。
どうやら、お手製の認識阻害の黒いバンダナは気に入ってくれたようだ。
「さらばだ。少年」
オレはシン少年――勇者シンに背を向けて、その場から立ち去った。
そう、彼には「勇者」の称号が隠されていたのだ。
認識阻害のバンダナは彼の称号を隠す為に渡しておいた。
次に会った時にでも、訓練用の木聖剣を与えてみるのもいいかもしれない。
彼の事は本物の勇者であるヒカルに相談してみるとしよう。
◇
夜通しでヒカルと語り、朝日と共に天竜の神殿を後にした。
ヒカルは天竜を宥めた後で王都に来るとの事だ。
神殿は自エリア扱いになっていないので、自身を起点とした短距離転移はともかく遠距離から神殿まで直接ユニット配置で移動するのは不可能だった。
ヒカルの屋敷の一角に帰還転移用の刻印板を置かせて貰ったので、いつでも会える。
神殿を出る前に竜達と和解しようとしたのだが、思ったよりも怯えていて神殿に近寄ろうとしなかったので、こちらのメンタルケアもヒカルに頼んでおいた。
いずれ日を改めて土産片手に会いに行こうと思う。
まずボルエナンに顔を出そうか迷ったが、まだルルくらいしか起きていない時間だったので、先に王都で盗賊退治を行う事にした。
ペンドラゴン邸にユニット配置で移動し、さっそく対魔素迷彩検知スキルを発動しようとメニューを開いた所でハタと気づいた。
――燃費の悪いスキルなら常時発動はしていないはずだ。
そう思ってマップを確認した所、貧民街の一画に普通にローポが存在していた。
どうやら予想が当たっていたようだ。
マップでローポのいる盗賊のアジトを調べ、ユニット配置でヤツのいる部屋へと移動する。
直前にナナシの格好から、昨日と同じクロの姿に変える。
ローポはベッドの上で裸の女性を両脇に置いて眠っているようだ。
まだ、こちらに気づいていない。オレが魔素迷彩スキルや隠蔽スキルを使っているからだろう。
女性二人も盗賊の一味らしいので、遠慮なく捕り物に移れる。
眠ったままのローポを「理力の手」で少し持ち上げて「棘蔦足」の蔦で作ったロープで縛り上げる。
さすがに目が覚めたのか、野太い悲鳴を上げるローポ。
その悲鳴に、女たちが短剣を手にベッドの上で構えを取った。
面倒なので女達を「誘導気絶弾」で無力化しておく。
無力化した拍子に女達がベッドから転げ落ち、手に持っていたナイフがローポの頬を浅く切り裂く。
昨日と違って流れた血は煙を吹き出す事なく、ベッドに赤いシミを作るだけだった。
「何者だテメェ」
――昨日会ったばかりなのに、もう忘れたのか?
オレはヤツの言葉には答えずに女達と同様に「誘導気絶弾」を腹に叩き込む。
レジストされるかと思ったが思った以上にあっけなく、ローポの状態が昏倒になった。
……おかしい。簡単すぎる。
対魔素迷彩検知スキルを使ってみたところ、ローポの手首に違和感を感じた。
AR表示によると、「盗神の装具」という名前の認識阻害系のアーティファクトらしい。
上手く外せなかったので、直接触ってストレージに収納した。
――誰だ、こいつは?
オレがローポだと思っていた人物が姿を変える。
レベル30ほどの髭面の中年男になった。
どうやら、アーティファクトで偽装した替え玉だったらしい。
偽ローポだけを残して、他の盗賊達は捕縛した上で王都の衛士達に突き出した。
◇
盗賊のアジトに引き返し、偽ローポを気絶から回復させて尋問する。
「さて、ローポとお前の関係を教えて貰おうか?」
「ふん、貴様なんかに話すことなんか――」
ポチ先生とタマ先生を呼ぶのもいいが、ここは普通に脅すとしよう。
オレは右手に持っていた魔剣で部屋にあった鋼鉄製の甲冑を真っ二つに切断する。
「四肢を失った後も同じことが言えるかな?」
上級魔法薬があれば復元可能だが、本当に実行する気はない。
「――その血も涙もなさそうな顔は本気だな」
どうやら無表情スキルが良い仕事をしたようだ。
「お頭を売るくらいなら、ここで殺された方がマシだ」
偽ローポが声を震わせながら強がる。
「ローポとは長いのか?」
「ああ……オレがパリオン神国でこそ泥をやっていた頃からだから、もう10年以上か――」
交渉スキルや尋問スキルの効果なのか、殺された方がマシと言いつつ普通に情報を漏らしている。
どうも本人はその事実に気がついていないようだ。
「――ポルポーロの兄貴がシガ王国で大きなヤマをやるってんで、オレ達はその下準備に来たのさ――」
「ほう、蜃気楼と呼ばれる有名人じゃないか」
「へへっ、兄貴はすげぇのさ」
偽ローポは酔っ払ったように滑らかに周辺事情を語ってくれる。
いつの間にか「自白誘導」スキルが手に入っていた。便利そうなのでポイントを割り振っておく。
こいつが使っていたアイテムは蜃気楼ポルポーロから預かっていた物だそうだ。
……待て、さっきのヤツの話が少しおかしかった。
ローポとこいつは蜃気楼の下請けのような立場のはず。
ローポが蜃気楼の事を兄貴と言うなら判るが、こいつの立場なら叔父貴と言うのではないだろうか?
習慣が違うだけかもしれないが、確認してみる。
「蜃気楼ポルポーロは叔父貴じゃなくて兄貴なのか?」
「当たり前だろ? 俺をスラムの底から連れ出してくれたのは兄貴なんだから」
「ローポじゃないのか?」
「そりゃそうだ――お頭は恩人で」
「何の恩人だ?」
「何って……何だろう?」
偽ローポが怪訝そうな顔で黙り込む。
魔族の精神魔法で記憶を操作されていた時のムーノ男爵達に似ている。
――危機感知が反応した。
銀光が偽ローポとオレを狙って飛んでくる。
オレは「理力の手」でそれを受け止めてストレージへと収納し、姿なき襲撃者を予備動作なしの蹴りで迎撃した。
「どうやって、場所を特定したザマスか?」
オレの蹴りに吹き飛んだローポが瓦礫から顔を上げる。
――ザマス、だと?!
後ろで起こった偽ローポの悲鳴を無視して、起き上がるローポに追撃の蹴りを放つ。
両手をクロスさせた防御ごと蹴り砕き、やつを再び瓦礫の中に逆戻りさせる。
魔素迷彩されているのか、やつの情報がAR表示されない。
ならば、ここはハッタリだ。
「――緑の上級魔族がこんな場所で何をしている?」
オレの言葉に能面のような顔になるローポ。
その左腕に、偽ローポが付けていたのと同じ腕輪を見つけた。
「たかが50レベルの白髪小僧に見抜かれるとは情けないザマス」
カエルの様な哄笑を上げるローポ改め、緑魔族にストレージから取り出した聖剣デュランダルで斬りかかる。
もちろん、狙いは左腕の腕輪だ。
ヤツの周りに生まれた無数の氷の刃を無詠唱の「魔法破壊」で散らし、手に持った聖剣でヤツの左腕を切り裂く。
落下する腕ごと腕輪をストレージに収納しようとするが弾かれた。
――ならば。
オレは「火炎炉」の魔法でヤツの左腕ごと焼却する。
余熱が生んだ爆風が盗賊の地下アジトを粉々に引き裂く。
人殺しをする気はないので、不本意ながら偽ローポは「自在盾」と「防御壁」の魔法で守ってやった。
驚いたことに腕輪は火炎に翻弄されながらも存在していた。
火炎の中の腕輪を「理力の手」で捕まえて、今度こそストレージに回収する。
そこに煙を引き裂いて緑魔族の擬体が襲撃してきた。
その手には名前に合わせたのか緑色の魔剣が握られている。
襲いかかる魔剣を体を反らすだけで軽々と避け、不自然な姿勢のまま聖剣を振り下ろしてヤツの体を真っ二つに切り裂く。
人間にしか見えない相手を斬るのは抵抗があったが、中身が魔族ならヘタな手加減は無用な隙を生むので心を鬼にした。
昨日と同じように地に落ちたヤツの血液が白煙をあげる。
白煙の隙間から真っ二つに分かれた擬体が立っているのが見えた。見た目が人間なだけにシュールだ。
崩れゆく擬体に視線をやると、ヤツの情報がいつものようにAR表示される。
名前が「ローポ(偽名)」、種族が「人族(魔族)」になった。
どうやら、腕輪無しでも偽装はできるようだが、素の状態ではオレのメニューを欺く事はできないらしい。
やつが黒い塵となって消える前に、AR表示される情報を記録する。
変装や隠蔽、偽装などのスキルや「精神魔法」「氷魔法」が使えるようだ。
「――前座は消えるとしよう。殿下の即位と共に我らは戻ってくる。束の間の平和を享受するがいいザマス!」
そんな捨て台詞を残して擬体は完全に消え去った。
……どうやら、感情が高ぶると語尾がごまかせないらしい。
マップから擬体のマーカーが消滅している。
擬体を消されると死亡と同じ扱いになって、マーカー一覧から消えてしまうようだ。
確認したところ、緑魔族や偽ローポから回収した「盗神の装具」という腕輪は、三つ一組の装備品らしい。
認識阻害や自情報操作に隠蔽といった機能に加え、装備した者の位置を交換するという限定的な転移の能力まであるようだ。
ダメ元で最後の一つを検索した所、王都外縁部の孤児院に所有者がいる事が判った。
さて、朝飯前にこっちも片付けますか――。
◇
「少年。そのバンダナは君の物か?」
オレは孤児院の井戸で水を汲む白髪の少年に問いかけた。
その少年はシンという日本人のような名前をしていたが、顔立ちは白人種系だった。
「――そうだ」
少し口ごもって、バンダナに手を当てるシン少年。
このバンダナが「盗神の装具」の最後の一つだ。額に当たる部分に閉じた目の意匠を施されている。
「どこで手に入れた?」
「この前の魔物騒動で瓦礫の下敷きになって死んだ乞食の爺から貰った」
……ふむ、その爺さんが元の持ち主か。
いや、シン少年自身が偽装している可能性もある。
「少し借りるぞ」
「あっ――」
シン少年のバンダナを「理力の手」で奪い取る。
腕を組んだままのオレに取られるとは思わなかったらしく、シン少年が驚きの声を上げた。
バンダナを奪っても彼の名前や種族は変化無し。レベルも3のままだ。
変わったのはスキル欄と詳細欄の二箇所。スキルにあった「片手剣」が消えて「苦痛耐性」スキルが現れ、詳細情報が空欄になっていた。
おっと称号も増えているようだ――これはっ?!
オレは無表情スキルで驚きを封じ、抗議する少年に質問する。
「この孤児院に来る前は何をしていた?」
「知らない」
「知らない事はないだろう?」
「本当だ。ここの院長に拾われる前の記憶がないんだ」
シン少年がキレ気味に叫ぶ。
見たところ、嘘を言っている様子はない。
詳細情報が空欄な事から考えて、記憶喪失というのは事実なのだろう。
「勇者、魔王、殿下――今言った単語に聞き覚えは?」
「勇者や魔王は孤児院に来るおばさんから聞かせてもらった事がある。デンカってのは学院の王女とか小太りの男がそんな風に呼ばれていた」
シン少年に詳しく聞き直したところ、メネア王女と庶子のソウヤ君の事らしい。
そういえば、アリサから聞いた話にシン少年の名前も出ていた。
「最後の質問だ。死んだ乞食との関係は?」
「よく俺を見つけるたびに訳の判らない話をする爺だった」
「どんな話だ?」
シン少年の方は爺さんを嫌っていたのか、うんざりした顔をしている。
「ジユウがどうとか、ソクイがどうとか、ニエがどうとか、さっぱりだ」
自由に即位に贄か。
その爺さんは自由の光の構成員だったのかもしれない。
「……な、なあ、そのバンダナが欲しいんだったら、ど、銅貨いや、銀貨一枚で売ってやるよ」
シン少年がそう切り出してくれたのは渡りに船だ。
形見の品を取り上げるのは気が引けていたのだが、金で解決できるなら話が早い。
何せ、このアイテムは放置するには危険すぎる。
「良かろう、買い取ろう」
オレは銀貨と一緒にストレージの中にあった黒いバンダナを手渡す。
「……これは?」
「代わりに巻いておけ。安物だが無いと寂しいだろう?」
「あ、ああ……貰っておいてやるよ」
シン少年は無愛想に振る舞おうとしているが、その口元が綻んでいる。
どうやら、お手製の認識阻害の黒いバンダナは気に入ってくれたようだ。
「さらばだ。少年」
オレはシン少年――勇者シンに背を向けて、その場から立ち去った。
そう、彼には「勇者」の称号が隠されていたのだ。
認識阻害のバンダナは彼の称号を隠す為に渡しておいた。
次に会った時にでも、訓練用の木聖剣を与えてみるのもいいかもしれない。
彼の事は本物の勇者であるヒカルに相談してみるとしよう。
※次回更新は 3/1(日) の予定です。
※2015/2/26 ユニット配置の移動範囲についてわかりにくいようだったので、少し冒頭の文章を変更しました。
●登場人物
【ヒカル】
本名、高杯光子。ヒカルは徒名。王祖ヤマト(Lv89)、ミト、後輩氏にしてサトゥーの幼馴染。天竜の友人。
【ポルポーロ】
蜃気楼という二つ名を持つ。自由の光の構成員。神聖魔法を使う高レベル斥候。
【シン】
アリサが王立学院で出会った白髪の美少年。勇者の称号を持っていた。
【メネア】
大陸東方部の小国ルモォークの第三王女。桃色の髪の美少女。17歳。
【ソウヤ】
アリサが王立学院で出会った黒髪のぽっちゃり少年。前シガ国王の庶子。
【殿下】
幾度も登場しているが正体不明。
※2015/2/26 ユニット配置の移動範囲についてわかりにくいようだったので、少し冒頭の文章を変更しました。
●登場人物
【ヒカル】
本名、高杯光子。ヒカルは徒名。王祖ヤマト(Lv89)、ミト、後輩氏にしてサトゥーの幼馴染。天竜の友人。
【ポルポーロ】
蜃気楼という二つ名を持つ。自由の光の構成員。神聖魔法を使う高レベル斥候。
【シン】
アリサが王立学院で出会った白髪の美少年。勇者の称号を持っていた。
【メネア】
大陸東方部の小国ルモォークの第三王女。桃色の髪の美少女。17歳。
【ソウヤ】
アリサが王立学院で出会った黒髪のぽっちゃり少年。前シガ国王の庶子。
【殿下】
幾度も登場しているが正体不明。
13-11.現地産の勇者
※2015/3/2 誤字修正しました。
サトゥーです。社会人になってからは24時間戦うことを強いられる事が多くなった気がします。睡眠不足になると短気になって失敗しやすいので、チートな体になる前には一日三時間の睡眠は死守したものです。
◇
「すまん、聞きたい事がある――」
ムーノ市の廃砦に移動したオレは山頂のヒカルに遠話で問いかける。
『勇者? それってパリオン神の秘術で召喚された召喚勇者じゃなくて、現地産の勇者じゃないかな?』
現地産って……野菜じゃないんだから。
『わたしの現役時代は少数だけどいたよ。蜥蜴人や犬人の勇者とか』
よく考えたら、オレ自身も現地産の勇者の枠に入る気がする。
我が輩君を倒した後くらいに「勇者」の称号を手に入れたんだし――そうだ、思い出した。
――勇者の称号は死線の先にこそあるのだよ
以前、「不死の王」ゼンがそんな事を言っていた。
あいつはオレを死地に追いやる事で、勇者の称号を得させようとしていたはずだ。
シン少年も髪が白くなるほどの経験を経て勇者になったのかもしれない。
案外、記憶喪失の原因もそれかも。
続けてシン少年から聞いた話をヒカルに語る。
『贄か……もしかしたら魔族は魔王を「真の魔王」にする為にそのシン少年を使おうと思っていたのかもね』
「何だそれは?」
『うんとね。勇者が魔王を倒すと称号が「真の勇者」になるじゃない。魔王が勇者を倒すと称号は変わらないんだけど、急激に強くなるのよ。前に話したオークの魔王がそんな感じだったんだ~。勇者を倒す度に力がアップして魔王化の浸食度が上がる感じ』
ふむ、同レベル帯の相手を一人倒したくらいでレベルがアップする訳もないから、お互いに特殊な成長要素がある相手なのだろう。
案外、神がそういう風に「設定」したのかもしれないね。
『わかった。イチロー兄は忙しいそうだし、わたしが王都に戻ったら、それとなく護衛してあげるよ』
「すまん、助かる」
ヒカルの申し出はありがたかった。
魔王が「真の魔王」になって多少強化されても特に問題ないのだが、魔族の生け贄にされそうな者を見捨てるのも気分が悪いからね。
ただ、ヒカルが王都に戻るのは少し先になるとの事だったので、それまではオレの方でシン少年周辺の動向を見守る人員を派遣しておこう。
オレはヒカルに礼を告げ、続けて緑魔族の話を伝える。
『げっ、あの緑野郎ってば、まだ滅んでなかったの? あっちゃ~、面倒なヤツが生き残ってるなぁ』
「ヤツの擬体って任意の場所に生み出せるのか?」
『本体のいる場所にしか生み出せなかったはずだよ。わたしの勇者パーティーにいた知略担当の子が言ってた』
なら、定期的に魔族とレベルで検索しておけば接近前に察知する事が可能だろう。
「やつの拠点ってどこか判るか?」
『前はビローホ王国に隠れてたけど、天ちゃんのブレスで都市核ごと消滅しちゃったから今は別の場所じゃないかな?』
「現在位置は?」
『えっと、今の地図がないからわかんない。迷宮都市の西北西あたり』
エルエット侯爵領の西あたり――砂漠の端っこか。
その後、いくつかの確認を行って、オレはヒカルとの通話を切った。
ボルエナンの里に戻る前に、さっきヒカルに聞いた緑魔族の過去拠点の確認に向かう事にした。
広大な砂漠の中に用意した転移用の拠点にユニット配置で移動し、魔族やレベルで検索する。
わざわざ足を運んだが、緑魔族が検索に引っかかる事はなかった。
せっかくなので迷宮の別荘に寄って、朝食用のトマトを少し仕入れてボルエナンの里へと帰還した。
◇
朝食後にアリサやリザに本名や竜の谷での顛末を話そうと思ったのだが、朝飯前の捕り物が思ったよりも時間を食ったので、夕方に延期する事にした。
慌ただしく話さないといけないような事柄でもないしね。
ボルエナンの里からユニット配置で王都へ戻り、子供たちを学校に送り出す。
オレも着替えを済ませ出かけようと馬車の準備をさせた所に、ゼナさん達が訪れた。
今日はいつもより遅い。
いつもなら、子供たちが学校に行く前、朝食が終わった頃を見計らってやってくるのに。
「いらっしゃい、ゼナさん。昨日はセーリュー伯に呼び出されたそうですが――」
「ごめんなさいっ、子爵様!」
オレの言葉の途中で、ゼナさんの後ろにいたリリオが謝罪を口にする。
何かあったようなので、応接間に案内して話を聞いた。
「――なるほど。つまり、伯爵は私とゼナさんの関係を誤解しているわけですね?」
「うん、ちょっと話を盛りすぎちゃって――」
ふむ、誤解されるような関係なんて無いんだが……。
魔法兵は貴重だったはずだから、伯爵からしたら自分の家臣を誑かして引き抜こうとする他領の者って事になるのかな?
「子爵様、これを」
平身低頭であやまるリリオの横から、イオナ嬢が手紙を差し出してきた。
封蝋の印章から見てセーリュー伯からのようだ。
「――昼食会のお誘いのようです」
オレは目を通した手紙をゼナ隊の面々に見せ、承諾の返事を書き上げて恐縮するゼナさんに手渡す。
手紙に書かれていた日付は明日。
急にもほどがある。
オレはメニューのスケジュール帳に昼食会をメモして、遅刻ギリギリで王国会議四日目に参加した。
この会議も明日で終了。明後日から三日間は待望のオークションだ。
――キリキリ消化しよう!
◇
その日の午前の小休憩時にムーノ伯爵とニナ女史と会って、明日のセーリュー伯爵との昼食会の話を伝えておいた。
ニナ女史の見立てによると、セーリュー市にできた新しい迷宮の話の可能性が高いとの事だった。
「個人的な家臣としてミスリル級の探索者を複数抱え、その下部組織として迷宮都市に優秀な探索者集団を抱えるアンタの協力が欲しいんだろう」
下部組織というのが何を指すのか一瞬分からなかったが、恐らく探索者育成校の生徒や卒業生のぺんどら達の事を指すのだろう。
オレにはぺんどら達への命令権なんてものは無いのだが、周囲はそういう風に見ているようだ。
「たぶん、その魔法兵をあんたの妾にでも与えて歓心を買おうって所だろうね」
妻じゃなくて妾なのは爵位の問題らしい。
ついでにセーリュー伯に変な言質を取られないように注意しろと釘を刺されたが、ニナ女史達は基本的にオレの意思に任せてくれるようだ。
短い休みはすぐに終わってしまったので、ニナ女史達に礼を言って会議へと戻った。
迷宮運営の協力をするのは吝かではないが、ゼナさんが政治的なコマにされるのは阻止しておきたいね。
◇
昼食の時にエチゴヤ商会の支配人に、シン少年に複数の監視者を付けるように命じておいた。
監視者と言っても間者のようなハイレベルな隠密ではなく、エチゴヤ商会で調査用に雇っている探偵みたいな非戦闘員達だ。
彼らにはシン少年の監視だけを依頼するように伝えてある。
積極的な調査ではなく、怪しげな人物の接触がないか、怪しい監視者がいないかなどを見守って貰うだけにしておいた。
生け贄目的ならたとえ拉致されても、速やかに報告さえして貰えれば救出は可能だろう。
むしろ、拉致に黒幕が手を出してくれれば一網打尽にできて事件解決だ。
……少々薄情かもしれないが、今のところ友人というわけでもないしね。
◇
夕方、会議を終えて帰宅すると、執事から庭の罠に複数の盗賊が掛かっていたので捕縛しておいたと報告を受けた。
ローポと無関係の盗賊のようだったが、食後にクロでアジトを急襲して一網打尽にしておこう。
唯一の癒やしタイムの夕食の席で、子供達から学院での話を聞かせて貰う。
「ご主人様、聞いて! なのです」
分厚いステーキ肉のお代わりを待つポチがハイテンションで訴える。
「なんだい? 言ってごらん」
「今日はせんせーの先生、大先生と訓練したのです!」
「つよかった~?」
殻ごとエビを食べていたタマも、しみじみと頷く。
この二人が強かったと言う相手か……。
「大先生の名前はなんて言うんだい?」
「へ~む」
「ヘイム大先生なのです」
――やっぱり。
シガ八剣の「雑草」のヘイム殿の事だろう。
たしか、この前席次が上がって、シガ八剣第二位に就いたはずだ。
「ポチがズシャッと行くと、きゅいってして、ポンと防いじゃうのです」
「うしろとったら、背中に回した剣でふせがれた~?」
パワーレベリングなしで二人と同レベルの人だから、色々と経験を積んでいるんだろう。
「何か言われたかい?」
「遊びに来いって~?」
「良い練習になるから、暇なときは聖騎士団の訓練所に来いって言ってたのです」
やっぱり、勧誘されたか。
リザと違って二人は未成年の爵位持ち貴族だから、シガ王国の法だと後見人のオレの許可無く軍属にはできない。
それでも一応心配なので――。
「訓練所に行っても良いけど、かならずリザに一緒について行って貰う事。いいね?」
「あいあいさ~」
「はいなのです」
――そう言いつけておいた。
リザには事後承諾になるが、実力が近いシガ八剣相手なら良い訓練になるだろう。
「ミーアとアリサは今日はどんな事をしたんだい?」
「う~ん、ミーアの授業の助手の他は――」
「魔法布」
腕を組んでうなるアリサの言葉を遮ってミーアが呟く。
「あ、そうそう。銀糸で布に魔法回路の下書き刺繍をして、魔法布を作る実習をしたわ」
「へ~、エルフやブラウニー達の作るユリハ繊維の布みたいな感じかい?」
オレの普段着に使っているユリハ繊維を挙げてみたが、アリサがフルフルと首を横に振って否定した。
「それの劣化版って感じね。刺繍の終わった布を錬金術師が作った溶液に漬けて、魔液を定着させるんだって言ってたわ」
メッキみたいな物かな?
オレの持つ資料を検索したら、ちゃんと該当するレシピがあった。
最初の頃に大規模な設備が必要でスルーしたやつだ。ボルエナンの里に着いてからは、高価な素材がふんだんに使えたので忘れていた。刺繍が面倒だが、そのうち何かに使ってみよう。
「アリサ、特訓」
「え~、刺繍ってチマチマしてて苦手なのよ~」
「うふふ、私も教えてあげるから頑張りましょう」
アリサのやつは裁縫が得意なくせに刺繍が苦手らしい。
ミーアとルルに教えて貰って、刺繍の腕と女子力を鍛えて貰うと良い。
なお、シロとクロウの二人は大過なく幼年学舎で過ごしているそうだ。
なんでも、鳥好きの上級貴族令嬢が亜人嫌いの勢力から庇護してくれているらしい。
「チーナ様は王女様のお茶会にも参加した事があると言っていました」
「うん、言ってた。クロウ、骨取って」
「シロ、やってあげるけど、自分でできるようにならないとダメだよ?」
魚好きのシロが小骨を取る作業をクロウに押しつけている。
クロウの言っていたチーナという名前をマップで検索したら複数人がヒットしたが、上級貴族に分類されるのはケルテン侯の曾孫くらいだった。
ついでに王女様の方も名前を聞いて検索した所、禁書庫の王女の同母妹の事だと分かった。なかなか世間は狭いらしい。
続いてルルやナナから王宮の厨房の話を聞かせて貰った。
「今日はあま~いお菓子をいっぱい作ったんです」
王国会議が終了した明日の晩からオークション終了日まで毎夜王宮で舞踏会が開かれるそうなので、そこで披露する新作お菓子作りのアイデアを出したり、宮廷で供されるお菓子のレシピを教えて貰ったりしたそうだ。
甘いお菓子という言葉に子供達が反応する。
「マジで!」
「お土産も一杯貰ってあるから、ボルエナンの里に持って行って皆で食べましょう」
「おかし~」
「わ~い、なのです!」
オレも「楽しみだ」と笑顔のルルに返しておく。
ゼナさん達は明日も昼食会関係で来られないそうなので、リザは今日と同じくボルエナンの里でエルフ師匠達と修行をするそうだ。
「あと少しで新しい技が思いつきそうなのです」とはリザの談。
ポチとタマも新技に興味を持ったので、少し早めにボルエナンの里に皆を送り届けた。
さて、名残惜しいが本日の残務処理に取りかかるとするか。
昨日放置してしまったエチゴヤ商会の出張者達や王都復興資材の回収、仮支社の設営と常駐員の派遣を一気に執り行い、たまっていたタスクを片付けて行く。
盗賊のアジトをクロで急襲した後、エチゴヤ商会のパワーレベリングも行った。
こちらは思ったよりも順調で、養殖した魔物達だけでレベル30まで上げられそうだ。
いっそ、クロで接触してゼナさんやカリナ嬢あたりも30レベルまで引き上げられないか検討するのもアリかもしれない。
……ま、その辺はオークションが終わって、手が空いてからでいいか。
オレは徹夜で魔族察知用のカカシを増産し、オレが寝ている間の監視の不備を補う準備を進めた。
国王直轄領内へのカカシ設置はユニット配置で楽々だったが、さすがに精神的な疲れが溜まってきた気がする。
明日で王国会議も終わるし、ヒカルが王都に着いたら少しは休養を取らないとね。
◇
王国会議最終日の午前は迷宮都市で産出される魔核の領地別割り当て量が下達されていた。
事前の折衝で大方の根回しが行われていたのか、大過なく――。
「我が領地への供給量が3年間停止とは、あまりに無体ではありませぬか! これでは領地復興もままなりませぬ!」
――とは行かなかったらしい。
年若いレッセウ伯が必死の形相で王や執政官に抗議をしている。
復興に魔核をどう使うのかは知らないが、彼の領地に供給されるはずだった魔核をビスタール公爵領へ派遣する騎士団や王都の復興に回される事に不服を唱えていた。
恐らく、根回しの時点で蚊帳の外に置かれていたのだろう。
あまり興味が無かったので、ナナシの授爵の時に使っていたサトゥー人形と入れ替わって、しばしの仮眠を取る事にした。
おやすみなさい……。
◇
「すまん、聞きたい事がある――」
ムーノ市の廃砦に移動したオレは山頂のヒカルに遠話で問いかける。
『勇者? それってパリオン神の秘術で召喚された召喚勇者じゃなくて、現地産の勇者じゃないかな?』
現地産って……野菜じゃないんだから。
『わたしの現役時代は少数だけどいたよ。蜥蜴人や犬人の勇者とか』
よく考えたら、オレ自身も現地産の勇者の枠に入る気がする。
我が輩君を倒した後くらいに「勇者」の称号を手に入れたんだし――そうだ、思い出した。
――勇者の称号は死線の先にこそあるのだよ
以前、「不死の王」ゼンがそんな事を言っていた。
あいつはオレを死地に追いやる事で、勇者の称号を得させようとしていたはずだ。
シン少年も髪が白くなるほどの経験を経て勇者になったのかもしれない。
案外、記憶喪失の原因もそれかも。
続けてシン少年から聞いた話をヒカルに語る。
『贄か……もしかしたら魔族は魔王を「真の魔王」にする為にそのシン少年を使おうと思っていたのかもね』
「何だそれは?」
『うんとね。勇者が魔王を倒すと称号が「真の勇者」になるじゃない。魔王が勇者を倒すと称号は変わらないんだけど、急激に強くなるのよ。前に話したオークの魔王がそんな感じだったんだ~。勇者を倒す度に力がアップして魔王化の浸食度が上がる感じ』
ふむ、同レベル帯の相手を一人倒したくらいでレベルがアップする訳もないから、お互いに特殊な成長要素がある相手なのだろう。
案外、神がそういう風に「設定」したのかもしれないね。
『わかった。イチロー兄は忙しいそうだし、わたしが王都に戻ったら、それとなく護衛してあげるよ』
「すまん、助かる」
ヒカルの申し出はありがたかった。
魔王が「真の魔王」になって多少強化されても特に問題ないのだが、魔族の生け贄にされそうな者を見捨てるのも気分が悪いからね。
ただ、ヒカルが王都に戻るのは少し先になるとの事だったので、それまではオレの方でシン少年周辺の動向を見守る人員を派遣しておこう。
オレはヒカルに礼を告げ、続けて緑魔族の話を伝える。
『げっ、あの緑野郎ってば、まだ滅んでなかったの? あっちゃ~、面倒なヤツが生き残ってるなぁ』
「ヤツの擬体って任意の場所に生み出せるのか?」
『本体のいる場所にしか生み出せなかったはずだよ。わたしの勇者パーティーにいた知略担当の子が言ってた』
なら、定期的に魔族とレベルで検索しておけば接近前に察知する事が可能だろう。
「やつの拠点ってどこか判るか?」
『前はビローホ王国に隠れてたけど、天ちゃんのブレスで都市核ごと消滅しちゃったから今は別の場所じゃないかな?』
「現在位置は?」
『えっと、今の地図がないからわかんない。迷宮都市の西北西あたり』
エルエット侯爵領の西あたり――砂漠の端っこか。
その後、いくつかの確認を行って、オレはヒカルとの通話を切った。
ボルエナンの里に戻る前に、さっきヒカルに聞いた緑魔族の過去拠点の確認に向かう事にした。
広大な砂漠の中に用意した転移用の拠点にユニット配置で移動し、魔族やレベルで検索する。
わざわざ足を運んだが、緑魔族が検索に引っかかる事はなかった。
せっかくなので迷宮の別荘に寄って、朝食用のトマトを少し仕入れてボルエナンの里へと帰還した。
◇
朝食後にアリサやリザに本名や竜の谷での顛末を話そうと思ったのだが、朝飯前の捕り物が思ったよりも時間を食ったので、夕方に延期する事にした。
慌ただしく話さないといけないような事柄でもないしね。
ボルエナンの里からユニット配置で王都へ戻り、子供たちを学校に送り出す。
オレも着替えを済ませ出かけようと馬車の準備をさせた所に、ゼナさん達が訪れた。
今日はいつもより遅い。
いつもなら、子供たちが学校に行く前、朝食が終わった頃を見計らってやってくるのに。
「いらっしゃい、ゼナさん。昨日はセーリュー伯に呼び出されたそうですが――」
「ごめんなさいっ、子爵様!」
オレの言葉の途中で、ゼナさんの後ろにいたリリオが謝罪を口にする。
何かあったようなので、応接間に案内して話を聞いた。
「――なるほど。つまり、伯爵は私とゼナさんの関係を誤解しているわけですね?」
「うん、ちょっと話を盛りすぎちゃって――」
ふむ、誤解されるような関係なんて無いんだが……。
魔法兵は貴重だったはずだから、伯爵からしたら自分の家臣を誑かして引き抜こうとする他領の者って事になるのかな?
「子爵様、これを」
平身低頭であやまるリリオの横から、イオナ嬢が手紙を差し出してきた。
封蝋の印章から見てセーリュー伯からのようだ。
「――昼食会のお誘いのようです」
オレは目を通した手紙をゼナ隊の面々に見せ、承諾の返事を書き上げて恐縮するゼナさんに手渡す。
手紙に書かれていた日付は明日。
急にもほどがある。
オレはメニューのスケジュール帳に昼食会をメモして、遅刻ギリギリで王国会議四日目に参加した。
この会議も明日で終了。明後日から三日間は待望のオークションだ。
――キリキリ消化しよう!
◇
その日の午前の小休憩時にムーノ伯爵とニナ女史と会って、明日のセーリュー伯爵との昼食会の話を伝えておいた。
ニナ女史の見立てによると、セーリュー市にできた新しい迷宮の話の可能性が高いとの事だった。
「個人的な家臣としてミスリル級の探索者を複数抱え、その下部組織として迷宮都市に優秀な探索者集団を抱えるアンタの協力が欲しいんだろう」
下部組織というのが何を指すのか一瞬分からなかったが、恐らく探索者育成校の生徒や卒業生のぺんどら達の事を指すのだろう。
オレにはぺんどら達への命令権なんてものは無いのだが、周囲はそういう風に見ているようだ。
「たぶん、その魔法兵をあんたの妾にでも与えて歓心を買おうって所だろうね」
妻じゃなくて妾なのは爵位の問題らしい。
ついでにセーリュー伯に変な言質を取られないように注意しろと釘を刺されたが、ニナ女史達は基本的にオレの意思に任せてくれるようだ。
短い休みはすぐに終わってしまったので、ニナ女史達に礼を言って会議へと戻った。
迷宮運営の協力をするのは吝かではないが、ゼナさんが政治的なコマにされるのは阻止しておきたいね。
◇
昼食の時にエチゴヤ商会の支配人に、シン少年に複数の監視者を付けるように命じておいた。
監視者と言っても間者のようなハイレベルな隠密ではなく、エチゴヤ商会で調査用に雇っている探偵みたいな非戦闘員達だ。
彼らにはシン少年の監視だけを依頼するように伝えてある。
積極的な調査ではなく、怪しげな人物の接触がないか、怪しい監視者がいないかなどを見守って貰うだけにしておいた。
生け贄目的ならたとえ拉致されても、速やかに報告さえして貰えれば救出は可能だろう。
むしろ、拉致に黒幕が手を出してくれれば一網打尽にできて事件解決だ。
……少々薄情かもしれないが、今のところ友人というわけでもないしね。
◇
夕方、会議を終えて帰宅すると、執事から庭の罠に複数の盗賊が掛かっていたので捕縛しておいたと報告を受けた。
ローポと無関係の盗賊のようだったが、食後にクロでアジトを急襲して一網打尽にしておこう。
唯一の癒やしタイムの夕食の席で、子供達から学院での話を聞かせて貰う。
「ご主人様、聞いて! なのです」
分厚いステーキ肉のお代わりを待つポチがハイテンションで訴える。
「なんだい? 言ってごらん」
「今日はせんせーの先生、大先生と訓練したのです!」
「つよかった~?」
殻ごとエビを食べていたタマも、しみじみと頷く。
この二人が強かったと言う相手か……。
「大先生の名前はなんて言うんだい?」
「へ~む」
「ヘイム大先生なのです」
――やっぱり。
シガ八剣の「雑草」のヘイム殿の事だろう。
たしか、この前席次が上がって、シガ八剣第二位に就いたはずだ。
「ポチがズシャッと行くと、きゅいってして、ポンと防いじゃうのです」
「うしろとったら、背中に回した剣でふせがれた~?」
パワーレベリングなしで二人と同レベルの人だから、色々と経験を積んでいるんだろう。
「何か言われたかい?」
「遊びに来いって~?」
「良い練習になるから、暇なときは聖騎士団の訓練所に来いって言ってたのです」
やっぱり、勧誘されたか。
リザと違って二人は未成年の爵位持ち貴族だから、シガ王国の法だと後見人のオレの許可無く軍属にはできない。
それでも一応心配なので――。
「訓練所に行っても良いけど、かならずリザに一緒について行って貰う事。いいね?」
「あいあいさ~」
「はいなのです」
――そう言いつけておいた。
リザには事後承諾になるが、実力が近いシガ八剣相手なら良い訓練になるだろう。
「ミーアとアリサは今日はどんな事をしたんだい?」
「う~ん、ミーアの授業の助手の他は――」
「魔法布」
腕を組んでうなるアリサの言葉を遮ってミーアが呟く。
「あ、そうそう。銀糸で布に魔法回路の下書き刺繍をして、魔法布を作る実習をしたわ」
「へ~、エルフやブラウニー達の作るユリハ繊維の布みたいな感じかい?」
オレの普段着に使っているユリハ繊維を挙げてみたが、アリサがフルフルと首を横に振って否定した。
「それの劣化版って感じね。刺繍の終わった布を錬金術師が作った溶液に漬けて、魔液を定着させるんだって言ってたわ」
メッキみたいな物かな?
オレの持つ資料を検索したら、ちゃんと該当するレシピがあった。
最初の頃に大規模な設備が必要でスルーしたやつだ。ボルエナンの里に着いてからは、高価な素材がふんだんに使えたので忘れていた。刺繍が面倒だが、そのうち何かに使ってみよう。
「アリサ、特訓」
「え~、刺繍ってチマチマしてて苦手なのよ~」
「うふふ、私も教えてあげるから頑張りましょう」
アリサのやつは裁縫が得意なくせに刺繍が苦手らしい。
ミーアとルルに教えて貰って、刺繍の腕と女子力を鍛えて貰うと良い。
なお、シロとクロウの二人は大過なく幼年学舎で過ごしているそうだ。
なんでも、鳥好きの上級貴族令嬢が亜人嫌いの勢力から庇護してくれているらしい。
「チーナ様は王女様のお茶会にも参加した事があると言っていました」
「うん、言ってた。クロウ、骨取って」
「シロ、やってあげるけど、自分でできるようにならないとダメだよ?」
魚好きのシロが小骨を取る作業をクロウに押しつけている。
クロウの言っていたチーナという名前をマップで検索したら複数人がヒットしたが、上級貴族に分類されるのはケルテン侯の曾孫くらいだった。
ついでに王女様の方も名前を聞いて検索した所、禁書庫の王女の同母妹の事だと分かった。なかなか世間は狭いらしい。
続いてルルやナナから王宮の厨房の話を聞かせて貰った。
「今日はあま~いお菓子をいっぱい作ったんです」
王国会議が終了した明日の晩からオークション終了日まで毎夜王宮で舞踏会が開かれるそうなので、そこで披露する新作お菓子作りのアイデアを出したり、宮廷で供されるお菓子のレシピを教えて貰ったりしたそうだ。
甘いお菓子という言葉に子供達が反応する。
「マジで!」
「お土産も一杯貰ってあるから、ボルエナンの里に持って行って皆で食べましょう」
「おかし~」
「わ~い、なのです!」
オレも「楽しみだ」と笑顔のルルに返しておく。
ゼナさん達は明日も昼食会関係で来られないそうなので、リザは今日と同じくボルエナンの里でエルフ師匠達と修行をするそうだ。
「あと少しで新しい技が思いつきそうなのです」とはリザの談。
ポチとタマも新技に興味を持ったので、少し早めにボルエナンの里に皆を送り届けた。
さて、名残惜しいが本日の残務処理に取りかかるとするか。
昨日放置してしまったエチゴヤ商会の出張者達や王都復興資材の回収、仮支社の設営と常駐員の派遣を一気に執り行い、たまっていたタスクを片付けて行く。
盗賊のアジトをクロで急襲した後、エチゴヤ商会のパワーレベリングも行った。
こちらは思ったよりも順調で、養殖した魔物達だけでレベル30まで上げられそうだ。
いっそ、クロで接触してゼナさんやカリナ嬢あたりも30レベルまで引き上げられないか検討するのもアリかもしれない。
……ま、その辺はオークションが終わって、手が空いてからでいいか。
オレは徹夜で魔族察知用のカカシを増産し、オレが寝ている間の監視の不備を補う準備を進めた。
国王直轄領内へのカカシ設置はユニット配置で楽々だったが、さすがに精神的な疲れが溜まってきた気がする。
明日で王国会議も終わるし、ヒカルが王都に着いたら少しは休養を取らないとね。
◇
王国会議最終日の午前は迷宮都市で産出される魔核の領地別割り当て量が下達されていた。
事前の折衝で大方の根回しが行われていたのか、大過なく――。
「我が領地への供給量が3年間停止とは、あまりに無体ではありませぬか! これでは領地復興もままなりませぬ!」
――とは行かなかったらしい。
年若いレッセウ伯が必死の形相で王や執政官に抗議をしている。
復興に魔核をどう使うのかは知らないが、彼の領地に供給されるはずだった魔核をビスタール公爵領へ派遣する騎士団や王都の復興に回される事に不服を唱えていた。
恐らく、根回しの時点で蚊帳の外に置かれていたのだろう。
あまり興味が無かったので、ナナシの授爵の時に使っていたサトゥー人形と入れ替わって、しばしの仮眠を取る事にした。
おやすみなさい……。
※次回更新は 3/3(火) の予定です。
●登場人物
【イチロー】
サトゥーの事。割と知られていないがサトゥーの本名は鈴木一郎。
【ヒカル】
本名、高杯光子。ヒカルは徒名。王祖ヤマト(Lv89)、ミト、後輩氏にしてサトゥーの幼馴染。天竜の友人。
【ゼン】
転生者。不死の王。ミーアを誘拐していた。故人。
【シン】
アリサが王立学院で出会った白髪の美少年。勇者の称号を持っていた。
【緑魔族】
黄金の猪王に仕えていた古参の上級魔族。語尾がザマス口調。擬体という分身を作り出せる。
【エチゴヤ商会】
クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【支配人】
エチゴヤ商会の女支配人。迷賊に捕まっていた貴族の娘。元探索者。
【セーリュー伯爵】
セーリュー伯爵家の当主。30代前半。ゼナの仕える相手。
【ゼナ】
セーリュー伯爵領の魔法兵。地味系美少女。デスマ一巻の表紙。
【リリオ】
ゼナ隊の一員。ゼナの親友。自称美少女。漫画版デスマ第一話に登場。
【イオナ】
ゼナ隊の大剣使い。男爵の傍系。漫画版デスマ第一話に登場。
【ムーノ伯爵】
サトゥーの上司。勇者研究家でモフモフ好きのケモナー。
【ニナ】
ムーノ伯爵領の執政官。「鉄血」という二つ名を持つ。
【ビスタール公爵】
現国王の従兄弟。息子が公爵領で反乱を起こした。サトゥーを嫌っている。
反乱鎮圧の為に国軍が派遣されている。
●登場人物
【イチロー】
サトゥーの事。割と知られていないがサトゥーの本名は鈴木一郎。
【ヒカル】
本名、高杯光子。ヒカルは徒名。王祖ヤマト(Lv89)、ミト、後輩氏にしてサトゥーの幼馴染。天竜の友人。
【ゼン】
転生者。不死の王。ミーアを誘拐していた。故人。
【シン】
アリサが王立学院で出会った白髪の美少年。勇者の称号を持っていた。
【緑魔族】
黄金の猪王に仕えていた古参の上級魔族。語尾がザマス口調。擬体という分身を作り出せる。
【エチゴヤ商会】
クロが迷賊から助け出した人達を雇用して作った商会。
【支配人】
エチゴヤ商会の女支配人。迷賊に捕まっていた貴族の娘。元探索者。
【セーリュー伯爵】
セーリュー伯爵家の当主。30代前半。ゼナの仕える相手。
【ゼナ】
セーリュー伯爵領の魔法兵。地味系美少女。デスマ一巻の表紙。
【リリオ】
ゼナ隊の一員。ゼナの親友。自称美少女。漫画版デスマ第一話に登場。
【イオナ】
ゼナ隊の大剣使い。男爵の傍系。漫画版デスマ第一話に登場。
【ムーノ伯爵】
サトゥーの上司。勇者研究家でモフモフ好きのケモナー。
【ニナ】
ムーノ伯爵領の執政官。「鉄血」という二つ名を持つ。
【ビスタール公爵】
現国王の従兄弟。息子が公爵領で反乱を起こした。サトゥーを嫌っている。
反乱鎮圧の為に国軍が派遣されている。
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